-Ruin-   作:Croissant

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中編

 

 アルベール=カモミール。

 通称:カモ。

 

 ぱっと見はちょっと可愛く見えなくもないオコジョそのもので、その実ケット・シーを祖とする妖精族の一派“おこじょ妖精”(注:自称)。

 

 おこじょ妖精は魔法世界では結構な数がいるようで、人の感情の強度を測れ、尚且つ魔法使い達にとって重要な契約の陣を描く事ができる為、実のところかなり重要な任があると言って良い存在だったりする。

 

 そしてその中でもアルベール=カモミールという名はイギリスの方でもちったぁ知られた“おこじょ妖精”だった(らしい)。

 

 尤も、その名の知られ方は良い意味ではない。悪い方……ぶっちゃけて言えば汚名である。

 

 何せ前代未聞。

 己をパンツ神とのたまっており、下着を2000枚を泥棒した罪で懲役されたりしている程の恥さらしで女の敵なのだ。

 

 おまけに懲役されていた場所から脱走を果たしており、あてを求めて日本にまで逃げて来ているのだから恐れ入る。

 

 更に更に、大人しくしていたのならまだしも、日本に来て早々に女子中等部寮内の風呂場に突撃し、何故か水着姿だった少女らから水着を強奪。

 唯一の知人といえるネギ少年の温情で部屋で暮らせるようにはなったが、寝床の確保という理由でまた少女らから下着を盗むという罪を重ね、尚且つ兄貴の為という大義名分の下にそこらで仮契約仕掛けるという犯罪を犯しまくっていた。

 

 困った事に彼の行動は偶然というか運悪くと言おうか、何故かネギたちにとって良い方向に傾いたりするものだから誰も本気で怒れなかったりするのである。

 

 そういった経緯で、彼も好き勝手絶頂の日々を送っていた訳であるが……ある意味、ネギ少年の一大転機を迎える事となった修学旅行の辺りから状況が傾いていった。

 

 

 謎の用務員、横島忠夫。彼が関わってきてから彼の死亡フラグが唐突に乱立し出したのである。

 

 見た目は十代後半。

 裏の者の中でも若輩に内に入る彼であったが、最初の邂逅の時には完全に幼児になりきっていてネギはおろかカモですら完璧且つ徹底的に騙されまくっていた程の演技力を持ち、何故だか知らないがやたらと裏のシビアさに精通しており、むやみやたらと一般人を巻き込む事を嫌悪している為か時折カモに凄まじい仕置きを科してくる。

 何せどこにどう逃げても行動を読み尽くされているが如く先回りをされて捕縛され、それなり以上の目に遭わしてくれるのだから堪ったものではない。

 

 そしてカモが誇っていた不届きなプライドですら、

 

 『は? 2000枚? その程度の事が自慢なのか?』  

 

 と、鼻先で笑われてしまったりする。

 その言葉にガビーンっと超ショックを受けるカモを見下ろしつつ彼は、

 

 『ふん 枚数云々で威張られても上には上はいくらでもいるぞ?

  大体、捕まっている時点でキサマの負けだ。

 

  ホンモノはなぁ、

  獲られた(盗られた)事すら気付かせず、

  対象から<至高の一品>を掠め取るものなのだ』

 

 等とのたまい、カモを更に追い詰めてゆく。

 

 『至高……

  或いは究極の一品すら持ち合わせぬキサマが、

  その程度のキサマがパンツ神を名乗るなどおこがましいわ!!

 

  キサマなんぞ単なるコレクターに過ぎん。

  その程度の技術で下着泥棒道を語るなど……百年早いっっ!!』

 

 そんな犯罪ロードがあったとは知らなかったカモは目から雨あられとウロコが落ちた。

 その言葉はいっそ神々しく、光背すら幻視してしまったほど。

 

 直後にくノ一少女とバカンフー少女に袋叩きにされて血達磨にされはしたが、カモは『神!? やはり彼こそが神なのか!!??』と恐れおののいたものである。

 

 とまぁ、そんな事件もあったし、何より可により件の少女らによって科せられている果てし無く死刑に近い拷問を目の当たりにし、修学旅行中の騒動でちょっちトラウマを持っているカモは少しは大人しくしてようと思ったりなんかしてたりしたのであるが……

 

 どーやら彼の真上にはアンフォーチュンスターが『ヒャッハー』と雄たけびを上げつつ張り付いているようで、ある時イキナリ何の前触れも無く真祖の吸血鬼にとっ捕まってこう命じられた。

 

 『おい下等生物。仮契約の魔法陣を描け』

 

 それもよりにもよって件の横島忠夫との仮契約らしい。

 

 冗談ではない。

 

 先の仮契約の時ですらバカブルーとバカイエローに肉塊にされたり、九割九分九厘殺しな目に遭わされたりしたのだ。これ以上ちょっかいを掛ければ命どころか魂までも危険である。

 

 『尤も、横島と釘宮円との仮契約は半成立しかせんだろう。

  その分は私が上乗せして報酬を払ってやる。

  チャチャ……零との仮契約は恐らく成立するだろうから契約料を期待できるぞ』

 

 確かにそう聞けばオイシイと言えなくも無いが、それは孔明の罠だ。何せその報酬の“支払い後”の事が語られていない。

 故意に語られていないのは明白である。

 

 どーせこの魔法界のナマハゲの事だ。『誰が庇ってやると言った?』とかほざいて見捨てるに違いない。

 確かに上乗せ報酬プラス五万オコジョの仮契約料は惜しいが、あの兄貴の事だからじっと待っていればいずれそこらでホイホイ契約してくれるに違いないのだ。だから今はどう言われても命に関わるので勘弁である。

 

 だから必死こいて許否ろうとしたのであるが……

 

 『ほほぅ……

  キサマは生皮剥がれて(はらわた)を引きずり出され、

  挙句ムリヤリ延命されるという末路を望むか……それは知らなかったな。

 

  まぁ、確かに普通にキサマを従わせるよりも面白いか。

  古代暗黒魔法でアンデッド化させて描かせたモノでも発動するかな?

  それはそれで楽しい実験だ……くくく……』

 

 

 ――彼に逃げ場はなかった。

 

 

 進むも地獄。退くも地獄なら進む方がマシだ。

 そう思わねばやってられない。

 半ば……いや、完全にヤケクソの死なば諸共精神でコトに及んだカモであった。

 

 『まだだ。まだオレっちは終わらんよ……っっ』

 

 そして今、彼は地を這い、壁を駆け、影に忍び、水に沈み、学園中を逃げ惑っていた。

 

 捕まる訳には行かない。

 何せ嫉妬に狂った女性はドコまでも残虐行為に走れるのだから。それは世界の歴史が物語る。

 

 尚且つ、自分を物理封印できる横島忠夫という鬼が八つ当たりしてくるに決まっているのだ。

 

 轢殺、刺殺、絞殺、撲殺、焼殺、溺殺、何だって考えられる。何でもありそうだ。いや想像の範疇を超えたコトされるやもしれん。

 

 『捕まって堪るかっっ!!』

 

 だからカモは逃げる。

 全身全霊、全力全開で力の限り。微かに可能性に全てをかけて。

 

 

 

 

 その想いが奇跡を生むと信じて――

 

 

 

                ご愛読、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「で、

  カモのヤツどこ行った?」

 

 「えと、僕もここのところ見てないんですよ」

 

 「そう言えば見てないわね」

 

 「ウチも見てへんなぁ……」

 

 「私もです」

 

 「せ、拙者も……」

 

 「わ、私も見てないアル」

 

 忙しかったり、

 別の心配事でカモに対する文句なんぞ覚えてなかったってオチ――

 

 

 

 

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         ■二十二時間目:とっくん特訓またトックン (中)

 

 

 

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 まだ一週間以上も間が開いているというのに、ここ麻帆良学園は既に学園祭色に染まっていた。

 

 学園都市そのものが高等教育の塊であり、妙なブランド志向を持ってない限りは校区外の進学コースには向かう人間がいない為か、ここで日々の生活を送っている人間はがっついた勉学に励んだりしない。

 

 まぁ、都市全体に掛かっている認識阻害の魔法とかが何かに作用しているのかもしれないが、兎に角“外”の学校に比べるとやはりここの“のほほん具合”は計りしれない。

 

 何せ時間が残っているのに授業をほっぽらかして用意を続けているくらいなのだから。

 

 「まー それでも時間足りないんだけどねー」

 

 「人事みたいに言うなーっ!!」

 

 周囲の焦りとは無縁とばかりに、チクチクとお針仕事を続けてゆくハルナ。

 大道具と平行で続けていないのは授業もあるからだ。よってギリギリまで大道具に掛かれないので大変である。

 

 だからまき絵が焦っているのも当然で、文句を言う間に手を動かせば? という正論も出て来難い。

 対してハルナに余裕があるのは、しょっちゅう修羅場ってたりするからで、言っては何だがこの程度なら追い詰められた気にならない。

 

 そしてそれにつき合わされてたりする夕映達、他の図書館探検部員とかも当然のようにそんなに慌てていなかったりする。あまり嬉しくない理由だろうが。

 

 兎も角、3-Aの出し物が目出度く決まった訳で、彼女らは張り切って祭りに向かって駆けているのだった。

 

 

 ――あの、ネギが横島に引っ張られて来た超の屋台での騒動の後。

 

 例よって例の如く、思考のループに入ってブツブツと考え事をしていたネギは再度痛すぎるデコピンを喰らい悶絶。

 足元が固まってもないのに背伸びばっかすんなっと、それを身に沁みている横島に怒られてしまう。

 

 遅れてやって来た新田ら教師連中も加わり、

 

 『失敗? 大いに結構!!

  成功だけしかしてないヤツが立ち直る方法など解り得るのかね?』

 

 といった舌戦に入り、

 

 『ネギ先生は立派にやっている。

  単にクラスのハードルが高いだけ』

 

 と慰めまで入ってきた。

 

 そして『灰汁が強過ぎるがいい子達に間違いない。そんな娘達に好かれているキミはそれだけの器があるんだよ』等と色々と言ってもらって何とか気を取り直していった。

 

 ……まぁ、最後の方で教師達に勧められた甘酒をウッカリがぶ飲みしてしまって酔いつぶれるというアクシデントもあったりしたのであるが……それはまぁ、ご愛嬌だろう。

 

 明日菜達もコッソリ付いて来ていたのが幸いし、横島が彼女らの住む寮の前までネギをおんぶして連れて行きその日を終えた。

 彼の中で何があったかは知らないが、兎も角次の日にはネギもすっかり元気を取り戻し、出し物を取り決めたのであるが……やっぱりちょっと出遅れ感が強い。

 

 何せやるなら徹底的っという3-A。

 中学生の学園祭だというのにそこらのアミューズメントパーク並のレベルを成そうとしているのだから。

 

 それでも“できてしまう”のだから性質が悪い。

 

 “できる”と解っているのだから手加減も手抜きも出来ない。

 

 その上、いやだーっ めんどくさーいっ 等と喚きつつも皆が皆してグレードを落とさないように汗だくでやってたりする。負けん気が強いのか、妙なプライド持ちなのかは不明であるが。

 

 それで彼女らのクラスが何をするのかというと、学祭の定番でもある<お化け屋敷>である。 

 無論、時流に合わせてホラーハウスと称してはいるが、やる事は同じ。結局は脅かして怖がらせて楽しませるというコンセプトに変わりは無い。

 

 因みにタッチ一回500円だそうだ。どこの風俗店だと問いたい。

 

 「まー 間に合わへんよーやったら助っ人呼ぶし、いける思うえ?」

 

 「確かに……無駄に手先が器用でしたし」

 

 衣装なのか小道具なのか布を裂き裂き、木乃香と刹那がそう言ってくれているので気は楽だ。

 業者に委託するのは足が出るし、何より問題にされるだろう。

 

 最悪、他のクラスが真似たりするだろうから手が着けられなくなる。

 調子に乗った男子生徒などが入り込まないとも限らないのだから。

 

 が、この学校の関係者であり、尚且つ教師職ではなく、風紀を乱したり授業の妨げにならないのなら校内を歩いていても然程問題にされない、雑業を生業としている者がいる。

 そしてその人物はこのクラスに縁があり、クラスの人間全員と面識が合ったりする。

 事後承諾のよーな気がしないでもないが、“彼”ならば頼めば手助けくらいしてくれるだろう。何時の間にか木乃香が言質取ってるよーであるし。

 

 もはや言うまでも無いだろう。横島である。

 

 前の世界において、Queen of GOUTUKU の名を欲しい侭にしていた“あの”雇い主の下で丁稚(涙)をしていた彼だ。如何なるサバイバルから、如何なる雑用まで何でもござれのVery便利な人間と化していた。

 何せ某魔神の娘達に誘拐されていた折、あまりの便利さに重宝されていたくらいで、その挙句に彼女達に気を使われてたりする。

 

 そんな不憫且つ有能な雑用人間である彼が手伝えば本当に事足りてしまうのだから始末が悪い。

 

 「そう言えば、サンプルもらってるです」

 

 「あ。わ、忘れてた」

 

 木乃香がまだ名を挙げていないのであるが、それでも見当がつくいたのだろう、彼の話が出た辺りで預かったものを思い出し、夕映が作りかけの衣装を置いてロッカーから紙袋を持ってきた。

 

 ごそごそと中から取り出されたものは……

 

 「……石?」

 

 よく言う、漬物石サイズの石だった。

 しかし破れやすい紙袋に入ってた上、本以外を持つ時は非力となる夕映が片手で持って来れたのはどういう事か?

 

 「これ、発泡スチロールです」

 

 「え゛? マジ?」

 

 「はい」

 

 「あ、あの、私達の目の前で片手間で作ってくれたんです」

 

 もう一度じっと見てみるがどう見ても石ころ。

 川原に転がってる石そのもので、やや緑がかってて鉱物独特の線もうっすらと見えている。

 僅かにコケも見えるし、ひっくり返したら虫でもくっ付いていそうだ。

 

 だが、何気なく裕奈が手にとってみると……

 

 「わっ ホントに作り物だ! 凄く軽いっ」

 

 「マジ!?」

 

 驚いた少女らが次々に手に取って調べてみるが、やっぱり重さ以外は石ころ。手触りもなんか石っぽいのだ。

 

 隠れヲタである千雨がコソーリと見てみるが、彼女の目からしても物凄い出来だった。正しく川原に転がってる角が削られた丸い石。ジオラマ作りとかに慣れているのだろうか、ワンフェス等でいいとこ狙えそうなレベルで。

 彼女がその腕前を知り、彼にコスプレのパーツを依頼してみたくなったのは内緒である。

 

 尤も、エヴァに次いで人形作りの実力がありそうな横島であるが、ワンフェスに一大旋風を巻き起こせる技術はあっても生身ではないお人形さんなんぞ全く興味が無い為、そんなモンを作る気がじぇんじぇん起きない。

 技術はあっても時代に合ったニーズにそれを使うつもりが無いのは惜し過ぎるのだが、実に彼らしいと言えよう。

 

 「まぁ、横島さんの事だから頼めば引き受けてくれると思うけど……

  今度は怖くなり過ぎないかなぁ?」

 

 そうポツリと零したのは、他の娘同様にやはり針子と化している円である。

 

 彼の技術の高さはここのところの修行の合間合間で十分過ぎるほど目にしているし、何よりその片手間で作っていた場にいたのだ。

 

 それより何より彼の過去を“観た”ものだから、実際のオカルトを知る彼がその技術を使ったらシャレにならないだろう。実際、彼のいた事務所はテーマパークに関わった事もあるし、そのノウハウもなんか覚えてるっポイ。

 

 かと言って、それがそのまま使えるのかと問われると首を傾げざるを得ない。と言うのも、オカルトが日常的な世界だったからこそ使えた技術もある訳で、そういったものが秘匿とされているこの世界では下手な事をすると客にトラウマを与えかねないのである。

 

 そう思っての呟きだった。

 

 だったのだが……

 

 

 「……ねぇ、くぎみー」

 

 「だから、くぎみーって言う………って、ナ、ナニ?」

 

 

 あまり好きではない呼ばれ方をしたので思わず振り返ったのであるが、ふと見ると少女らの好奇の目が自分に集中しているではないか。 

 

 木乃香と刹那は苦笑するのみで、夕映たちに至っては傍観を貫く平坦な目で見ていた。

 

 

 「え、えと……?」

 

 「いや、このかとゆえゆえは何か解んのよ。

  ネギくんと一緒にエヴァちゃんトコに行ってるみたいだしさ」

 

 「え? あ、うん……」

 

 

 代表するかのようなズズイと前に出てそう言ってくるハルナ。

 何か顔にシャドーが降りててごっつ怖い。その影の中でメガネフレームが光ってるし。

 くくくと含み笑いも聞こえてるものだから恐怖感にも拍車が掛かる。恰もどっかの十三課の不死身神父が如く。

 

 「だけどさ、

  なんで今の話で件の横島さんの名前がするりと出てきたのかな~

  そんな疑問も浮かぶわけよ」

 

 「 え゛ ? い、いやそれは、その……」

 

 「あら? あららら? 言い澱みますか。それも赤くなって。

  そぉーですか、そーですか。ほっほぉ~~~~~~~~」

 

 「あっ、う……」

 

 円もさらっと返せば良いものを、おもいっきり反応見せたりするものだからメガネ魔人パルは余計に調子に乗ってくる。

 オマケに周囲の娘達も興味津々。目が何だか爛々としてるし。

 

 最初にネタを振った木乃香達よりも、明確に名前を口にして女の子女の子した反応を見せた円の方が気になるご様子。さもありなんであるが。

 

 「で? その横島さんと手ぐらい握った? それともキス?」

 

 「……っっ」

 

 キスという単語に反応し、一瞬で茹蛸になってしまう円。リトマス試験紙も真っ青の反応速度だ。赤いけど。

 絶句して頬を染めた彼女を見、ハルナの笑みは黒さを増した。ニィ……と裂けた口は鮫のよう。何て邪悪な。

 

 「このラヴ臭のコクと薫り……こりゃ~話を聞かずばなるまい。

  ウンウン 是 非 と も ! ! 」

 

 「あっ、ちょっ、待……っっ」

 

 ラヴ臭って何なん!? そのネーミング嫌過ぎっ!! という外野の声もなんのその。

 円の許否の言葉など聞く耳持たない。

 いや、端から反対意見は聞く気がない。

 

 

 「 問 ☆ 答 ☆ 無 ☆ 用 」

 

 

  ア゛――――――――……………ッッ

 

 

 

 

 

 

 何だか知らないけど、このクソ忙しい時に数人の少女らによってどっかに連行されて行く円を見ながら、木乃香達は後頭部にでっかい汗をタラリ。

 

 今手が足りひんよーになったら後が大変なん解っとるんやろか? 忘れとるんやろなー……

 そう溜息を吐きつつ、諦めて作業を再開することにした。どー言っても今のテンションだったら聞く耳持ってなさそーであるし。

 

 「えっと 一応出来たでござるか、この暗幕はドコに置けばよろしいでござる?」

 

 そんな木乃香に楓が歩み寄り、適当に裂いた暗幕を広げて見せた。

 今の騒動をガン無視していたのか、気付いていないのか、マイペースで作業を続けていたらしい。恐らく前者だろうが。

 

 「これは~……

  いんちょ、コレはドコやったぁ?」

 

 「え? あぁ、もうお出来きになられたのですね。

  楓さんにお頼みしていたのはゴシック館で使うものでしたわね?

  袋に入れて間違えないように印を付けておいてくださいな」

 

 「了解でござる」

 

 手先が器用な事もあってテキパキと小道具を仕上げてくれる楓であるが、ヨーロッパ風のホラーハウス用の小道具を忍者が仕上げてゆくというのも……と、刹那が苦笑してみたり。

 

 そんな刹那がふと明日菜が手を止めて何かを眺めている事に気付き、何となくその視線を追ってみると。

 

 「……古?」

 

 彼女が見つめていたのは古だった。

 

 彼女も楓同様に我関せずとプスチックを切りつつ何やら作り続けている。

 その横では超が半眼でブツブツと彼女に文句を言っており、何時もの余裕が見えない彼女とどこか落ち着いた古と普段と逆の配置となっているのがちょっと新鮮だ。

 

 後頭部に汗を垂らしつつもそれを捌いて尚且つ手を止めていないのは見事であるが、それより何より愛想笑いで超の猛“口”を捌いている古の雰囲気が妙に気に掛かった。

 

 かと言って、何がどう違うのかと問われれば答えに窮してしまう。

 どこかがおかしいというのでもないし、古らしくないのかと聞かれれば、いや別にと答える他無いだろう。

 

 ――強いて言えば、

 

 「くーふぇ、何や綺麗になった気ぃせぇへん?」 

 

 という事である。

 

 ああ、そうかと刹那もすとんと言葉が腑に落ちた。

 木乃香も何やら楽しげに楓を見ているようだが、楓と古、そして円の三人は、どこがどうと口で説明する事は難しいのであるが確かに以前より魅力的になっているのである。

 

 楓と古は“表の武道家”として突出していた為だろうか、その所作の中に羞恥があまり感じられなかった。

 

 確かに武道家としては間違いでない。戦いの最中に恥ずかしさにかまけていればそれは絶大な隙となる。

 

 刹那とて修学旅行での入浴の折、混浴とは知らず先に入っていたネギを西の刺客と間違えて攻撃したものであるが、その時の刹那は何も身に着けていない裸体であった。

 

 それでも欠片の躊躇も無くネギを取り押さえたのであるが……当然ながら楓と古の二人もその程度の事は出来る。

 

 いや、出来はするのであるが、この二人は今まで刹那に輪をかけて羞恥に囚われない行動をとっていた。

 

 特に楓は“あの”プロポーションでそれが無く、レベルで言えば幼児扱いされている鳴滝姉妹と同等だ。幾ら女子校とはいえ限度というものがあろう。

 

 流石に裸でうろつくほどのハレンチさはないものの、入浴時に肌を隠すといった思春期特有の羞恥もないし、衣装は兎も角、下着にも全く気を使っておらず動き易さ重視でデザイン二の次。

 

 ガサツではないし、極め細やかな心遣いができはするものの、どういう訳か女性らしさからは程遠い少女だった。

 

 つまり彼女からは、アレだけのカラダをしていて色気が感じられなかったのである。

 

 所作こそ落ち着いた大人のそれを持ってはいても羞恥の点で幼児並。それでは単に大きくなっただけの幼児だ。

 実際、普段は鳴滝姉妹と部活の名の下におさんぽをしまくっていたし、土日は森の中で修行三昧。

 男に関しての話など毛一筋も出てこず、偶に口にしたかと思えば強そうとか鍛えてるといったやっぱり色気の無い話。

 刹那とて人の事は全く言えないが、健全な女子中学生としてどうよと言いたい。

 

 が、横島と出会い、彼に興味を持ち、

 

 ゆっくりと彼に懸想し、その想いを膨らませて行き、

 

 ついにそれを自覚するに至って彼女の、彼女“ら”の持つ雰囲気は大きく変わっていた。

 

 

 彼の事でからかうだけで、

 

 彼が歩いている事に気付いただけで、

 

 何気ない事で彼がはにかむだけで、

 

 妹を優しげに見つめている彼の表情を見ただけで、三人の頬に朱が走り、その影をずっと追う。

 

 彼の悲しみを理解して不甲斐無さに泣き、彼が悲しみを完全に吹っ切っている事に切なさを零す。

 

 そんな急激に大人びた彼女達を綺麗だと思う事に何の不自然さがあるというのだろうか。

 

 

 そして明日菜はそんな古を見て何を思っているのだろう?

 見惚れているようで、羨ましそうで、それでいて悔しそうな……何とも言い難い表情を露としていた。

 

 

 「アスナはアスナで、

  ほんまに誰かを好きになった顔を始めて見てショック受けとるんかもなぁ……」

 

 「ショック……ですか?」

 

 

 せや…と木乃香は静かに頷き、親友から縫いかけの布切れに目を戻す。

 

 「こないだ言うたやろ? アスナ、高畑せんせーの事……」

 

 「え、えぇ」

 

 明日菜が高畑の事を好いている事は既に公然の秘密である。

 しかし、そんな彼女が高畑の事で綺麗になったか、或いは魅力的になったかと問えば疑問符が湧くのだ。

 自分に自信を感じ切れない分、ショックが大きいのだろう。

 

 それは自分が高畑の事を本気で好きかどうかの自信が揺らぐ程に。

 

 あの京都での一件で生死を共にしたという事もあるのだろうが、楓と古が纏っている雰囲気は彼女らより一歩先を感じさせている。

 確かに、高畑を想う明日菜のそれは木乃香達から見ても可愛いと評するに値するものであるが、楓らのそれは綺麗と言えるほどもの。同じようでいて、そのベクトルは全く違う。

 

 同じく想い人を持っているという境遇なのに、彼女らからは明らかに自分にはないものを持ち合わせている事がはっきりと見て取れる。

 それは落ち込みもするだろう。

 

 「普段はお馬鹿ばっかしとるのに、

  ポイントポイントでええトコ見せよるしなぁ……

  何やろ? 

  横島さんて、ウチらよりずっと大人に見える時あるんよ」

 

 「それは……確かに」

 

 そう意外なほど横島に信頼を感じさせる木乃香と、その言葉に同意を見せる刹那。

 この二人にそう言わしめる、彼の人となりを知るとあるイベントがあった。

 

 それはエヴァの城で修行を行っていた際、その合間での休憩時間に刹那は横島に聞かれた事がある。

 

 『刹那ちゃん飛べるのに何で飛ばんのだ?』

 

 彼女の戦い方は、剣に氣を纏わらせて切断力を上げたり、剣氣を飛ばしたりするものであるから、飛べるだけで高いアドヴァンテージが取れるし、戦いのバリエーションも増えていい事尽くめなのだ。

 

 だからその有利さを封印している理由が解らなくてそう聞いてしまった訳であるが……罪作りというか何と言うか、彼女の背景何ぞ聞いた事も無かったし、無論のこと他意は全く無い。

 

 しかし聞かれた方は大変だ。

 

 物凄く何気なく聞かれたので一瞬固まってしまった刹那であったが、彼にも見られている事を思い出し、すぐさま気を取り直して今まで自分が正体を隠していた事を横島に述べたのであるが……

 

 

 言うまでも無いだろう。彼はおもいっきり首を傾げてしまった。

 

 

 何故なら理由が殆ど解らなかったからだ。

 しばし考えて、そう言えば魔法は秘匿だった事を思い出し、それで知られないようにしていたのかと思いつきはしたのであるが、だとしてもこういった鍛錬時でさえ用いない理由が解らなかった。

 

 ハテ? あれ? と、刹那が見ている前で横島はどんどん困惑してゆく。

 

 これには刹那の方が困ってしまった。

 彼女は“自分が言っている意味がさっぱり理解できていない事”が理解できなかったのだから。

 人ではないものが人と一緒にいる。その不自然さが理解できない。刹那からしてみればそっちの方が異常なのだから。

 

 するとうんうん悩っている横島の奇行に気付いた木乃香も二人の側に寄って来た。

 

 何を横島が唸っているのかサッパリサッパリの彼女は、とりあえず刹那に聞いてみると……彼女が返した答えは木乃香にも疑問を持たせてしまう。

 

 『はれ?

  そー言うたらウチもせっちゃんが離れとった理由よう知らへんえ?』 

 

 『い、言ってませんでしたか?』

 

 『うーん……

  せっちゃんとまた一緒におれるよーなったさかい、聞くコト忘れとったわぁ』

 

 刹那にしてみれば不幸自慢のようであまり言いたくなかったというのが正直なところ。

 それに大切な彼女に対して自分がバケモノであると再々告げるのが苦痛だったという事もある。

 

 だが、以前の自分に完全に見切りをつけるという意味で、二人に対し改めて自分が烏族と人間のハーフである事を語った。

 

 

 烏族でもなく、かといって人間の枠にも入れ切れず、人として見てくれた者も極僅か。

 だから居場所を与えてくれていた長に恥を掻かせない様に幼い時から竹刀を振り、孤独だった自分に暖かい居場所をくれた木乃香を守り続けようと頑張っていた。

 しかし幼いあの日、まだまだ守るという想いに力が追いついていない事を思い知らされ、木乃香を守りつつ自分から距離を置いてずっと見守り続けていたという。

 

 話を聞いた木乃香は当然ながら涙ぐんでしまう。

 自分の周囲にいた大人達が自分の大切な友達を傷つけていた事、そして彼女が傷付いて苦しんでいる間、ずっと気付いてやれなかった不甲斐無さに。

 刹那はえっぐえっぐと咽び泣く木乃香を見、迂闊に語ってしまった事とこんなに優しい心を持っている彼女の事を信じ切れなかった自分を恥じた。

 

 大体、昔からこんな娘である事を知っていたはずなのである。

 昔の一件……犬を救う為に溺れた木乃香を助けようとして何も出来なかった自分を責めるでなく心配かけまいとけなげに微笑を見せながら慰めてくれた。

 それを覚えていたはずなのに、信じ切れずずっと彼女に寂しい思いをさせ続けていた過去の自分をぶん殴ってやりたい。

 よしよしとあやす様にその小さな背中を撫でつつ、そう悔む刹那であった。

 

 『そっか……かわいそうになぁ……』

 

 そう滂沱の涙を流して同情する横島。

 

 そんな横島を見て、いえここまで想ってくれる人がいるのなら幸せですよと刹那も正直に返そうとしたのであるが……相手は横島忠夫である。

 

 決して普通ではないのだ。

 

 『何て……何て哀れなんだ……』

 

 『いえ、ですから……』

 

 

 『 そ い つ ら 』

 

 

 『は?』

 

 流石にそう返されると刹那も返答に困った。

 なんとこの男、刹那ではなく彼女を半端とみなして壁を作っていた者達に同情しているようなのである。

 

 『どういう意味なん?』

 

 木乃香が頭を上げ、ややムッとした口調でそう問うた。まぁ、彼女からすれば憤りもあるだろうが、相手は横島なのだ。

 

 天地がひっくり返ってヘッドスピンしてても女(特に美女美少女)の味方しかしない。

 

 『木乃香ちゃん。

  まぁ、考えてみるんだ』

 

 涙の後を残しつつ、いきなり刹那の肩を掴むと木乃香の前にぐわっと寄せる。

 

 『この刹那ちゃん見てどう思う?』

 

 顔が近くなった事もあって刹那は顔を赤くしてわたわた慌てるが、その仕種も表情も何とも言えないほど、

 

 『可愛えぇわぁ……』

 

 『お、おぢょーさま!?』

 

 余りに素で褒めるので刹那は声を裏返して慌てふためいた。そしてその所作も実に歳相応に可愛らしい。

 すると横島も同じ感想なのだろう、神の同意を得たかのように深く深~く頷いて見せた。

 

 『そう!! 可愛い!!!

  オレかて断言する。

  刹那ちゃんが女子高生やったら間違いなく告る! 告らずにはいられんっ!!

  つーか男やないっ!! うん。ぜってーに!!』

 

 『ちょっ、あの……っっ!?』

 

 これまた力強く断言して褒めるものだから刹那はじぇんじぇん落ち着けない。

 そんな幼馴染の慌てる様が実に何とも新鮮で木乃香に笑みが戻ってきていた。

 

 『今でさえこんな美少女なんやから、ちっちぇ頃はとてつもなく可愛かった筈!!

  木乃香ちゃん、解るか!?

  そいつらはそんな可愛い女の子に気付けなかったっちゅー事だぞ!?

  人間として、

  否っ

  生物としてなんか大切なモンを無くしとると思わへんか!!??』

 

 

 そう力説する横島の背後には太陽のコロナが見えた。

 

 『それは……………哀れや……』

 

 『おっ、おぢょーしゃまっ!?』

 

 横島の波動に同調し、二乗作用を起こしたかのようなグラビティを感じる木乃香の声がずしんと響く。

 その重さ故に傍からすれば滑稽さも大きいのであるが、それより何より刹那の“はづかしさ”の方が大きい。

 

 『せやろ?! 可愛ぇえ娘を可愛ぇと気付かんっ!!

  この世界で光明が見えていない!

  それは砂漠で眼前のオアシスを無視して水道の蛇口を求める愚行!!

  無論、ひょっとしたらシュミが生物学的にかなり特殊なんかもしれんが……

  オレから言うたら狂人や。かわいそ過ぎるっ!!』

 

 『ウンウン……そう聞いたらウチも哀れに思えてきたわぁ。

  何て悲惨な人生なんやろ……生きとる価値無いわ』

 

 ひょっとすると目に障害が!? いや致命的な頭脳障害かも? いやひっよとしたら転移性のクルクルパーなのか!?

 実は可愛いと感じていんだけど、他のアホが怖くて口に出せなかったというパターンかも……?

 いやいや、美少女を可愛いと言わんのは宇宙の損失やから己が意見を曲げて美醜観を曲げるなど愚の骨頂!! 等と拳を振り上げて喚くものだから焦りまくる刹那はどう止めればいいか見当も付かない。

 

 等と奇抜な意見が二人の間で飛び交い、刹那の混乱は止まらない。

 

 おまけに横島の言葉には形容し難いパワーがあって、正体不明の説得力があるものだから下手な革命家のアジテージよか心に沁みてくる。木乃香なんぞ端から同意しているものだから反対意見も出やしない。

 よってスパイラルで泥沼だった。

 

 『ま、そいつらが常軌を逸した愚か者やからこそ、

  木乃香ちゃんは刹那ちゃんを独占できる訳やからな。

  その哀れさに免じて許してやってもええか……

  くくく 愚かな……逃した魚は惜しすぎるのぉ』

 

 『勝者の余裕っちゅーやつ?』

 

 『そーやな。

  呪うんやったら己の美的センスの無さと見る目の貧弱さを呪ってもらおう。

  さぁ、キミも向こうの奴らを哀れんでやろうやないか』

 

 『せやな』

 

 そう頷き合い、隔離結界内ではあるが西の方に二人して目を向け、やや体を反らして恰もその“哀れなものたち”を上の視線から見下ろすかのようにしてし、口の端を吊り上げつつ、

 

 『『ハ…っ』』

 

 と腹筋を使って、そりゃーもう人類の勝者と言わんばかりの余裕をもって鼻先で笑ったのだった。

 

 

 

 

 そのやり取りを思い出し、刹那はかなり微妙な表情を見せる。

 何だか彼の影響で木乃香が黒さを増してゆくよーな気がするからだ。

 

 尤もその横島の茶々によって木乃香が家の方に確執を持つ事が防げたのも事実なので強くも出られない。

 もしあの時に横島が関わらず、後になってから木乃香が刹那の過去を知ったのなら彼女の事であるから、本山にいた男衆や解っていて手を打たなかった長である自分の父親に対して苦い感情を持っていたかもしれない。

 いや、木乃香の性格上その可能性はかなり高かった。

 それだけ大事な友達の話なのだから。

 

 根っこから優しい少女であるから不幸な事にはなるまいが、確執が続けば信頼も信用も薄れてゆき、木乃香と家の関係はかなり苦いものとなっていたかもしれない。

 

 だが、ああもベクトルを曲げられると本山の連中を怨む事もあるまい。

 刹那が怨んでいる訳でもないのに木乃香が怨むのは何か違う気がするし、刹那にしても優しく穏やかな彼女にそんな感情を持ってほしくなかった。

 刹那の可愛らしさに気付けなかった。或いは先見の明が無さ過ぎる“かわいそうなヒトタチ”に対して絶大な優越感を感じている今の木乃香が、本山の連中や長、そして神鳴流の面々を怨む事は無いだろう。

 

 何をどういわれても負け犬の遠吠えとせせら笑うくらいか。

 

 おちゃらけと言うか歪んでいると言うか、横島の言動は突飛にも程があるものの結果的にはそれなり以上の効果を二人に齎せていた。

 

 「……痺れも憧れも出来ませんけど……感謝はしますね」

 

 「同級生の話聞いた時は笑てもたけどなー」

 

 「ええ」

 

 彼によると高校の同級生には人外もいたとの事。

 エヴァンジェリンより年上だと言うハーフバンパイアは女生徒にモテモテで、真面目で委員長タイプの机の九十九神少女は教師達に人気だったらしい。元貧乏神に取り付かれていた後輩の少女は何故か校長先生に支援されていたらしい。

 何とも信じ難いが、思い出し笑いならぬ思い出し嫉妬によって件のハーフバンパイアに恨み言を零していた横島の様子から嘘だとは思えなかった。

 

 結局、人間だろうがそうじゃなかろうが、可愛い娘は可愛いし憎たらしいヤツは憎たらしい。

 

 それが解るヤツも実はこの世にたくさんいるけど、自分が黙ってさえいればと壁を作り続けるだけならそんな事にも気付けず、結果的にはそんな優しさを踏みにじって相手を傷つけてしまう。

 そーゆーのって、刹那ちゃんを可愛いと気がつかなかったドアホォのやっとる事とどー違うん?

 

 何だか知らないが、そう彼が語った言葉は信じられないほど彼女達の胸に響いていた。

 

 尤も彼は事実を述べるられるだけ述べているにすぎない。

 刹那が横島に零したときに彼が首を傾げていたのも、そんな過去があったから木乃香と出会えたのだし、その翼があったから彼女を助けられた。それで問題でも? という疑問が大きかったからだ。

 幼い時から裏に関わっていて、色んな人間や人外と相対してきた刹那ですら、会った事もない柔軟過ぎる思考の持ち主。

 最後こそ何時ものように騒ぎを起こした挙句、零にボコられて引き摺って行かれはしたが、最後の枷を引っこ抜いてくれた気がして彼に対して強い感謝の念を持っていたりする。

 

 その零に後で言われた事であるが、

 

 『あのバカはいらん芸人根性もってやがるから、

  すぐに体張ってギャグかましやがんだ。

 

  特に女が泣いてる時にな……』

 

 そう言って彼女は苦笑して見せた。

 

 苦笑といっても零が浮かべたそれはどこか嬉しげで、元が人形だと思えないほど艶っぽく、大人びていて見惚れてしまったほど。

 蓼食う虫も何とやら、割れ鍋に何とやらで、つまりはそんな欠点すらも好ましいであろう事は誰の目にも明らかだ。

 

 バカであけすけで一直線でどーしよーもないトコで真っ正直だからやたら勘違いされて傷付いて、それでも足掻いて立ち直ってまた体を張る。

 

 そこに嘘がないからこそあの四人も魅かれ、皆も信じられるのだろう。

 自分にとっての木乃香のようなものか……そう思うだけで全てがしっくりする気がしていた。

 

 「あははは……

  せやけど、せっちゃん。あぶなかったなぁ」

 

 「何がですか?」

 

 何時の間にか刹那が笑みを浮かべていた事に気付いたのだろう、木乃香が意味ありげにそう話しかけてくる。

 

 「せやかて、楓やくーふぇがくっ付いとらんかったら、

  絶対せっちゃんも好きになっとったえ~?」

 

 「ぶっ!?」

 

 イキナリの断言に流石の少女剣士も噴いてしまった。

 いや確かに、最初に会ったのが楓ではなく自分だったらそういう流れになったそうなる可能性が高い。

 どういった出会いかはまだ楓も語ってくれてはいないのであるが、それはそれは劇的な出会いだったようであるし(間違っていない)。

 

 だが、楓が接触していなければ古が関わってくるイベントも無かったであろうし、何より守備範囲から程遠い刹那が監視役として選ばれていた可能性は高い。

 となると、彼女自身もあまり認めたくなかろうがそういう展開もあったかもしれないのだ。

 

 物凄く扱いにくく、物凄く解りにくい優しさに満ちた人間であるが故に、一旦魅力に気付いてしまうと底なし沼状態になりかねない。

 

 それは刹那を諦めかかった木乃香を叱咤激励したという話や、ありえない場所からありえない速度で城から落ちかかった二人を救出しに駆けつけた事、そして木乃香を犠牲にしようとしていた千草達に対して本気で怒っていた事等から理解できる人の良さ、そして誰より自分自身が感じた彼の人間味からも解る。

 

 楓たちより接触期間が少ないというのにアッサリとそんな風に彼を評している事に、自分はこんなに軽かったのだろうかと呆れてしまうほど。

 

 しかし何時の間にそれを見て取られていたものやら。今更ながら幼馴染の木乃香に戦慄してみたり。

 

 「まー 今はネギくんがおるさかいなー せっちゃん売約済みやし」

 

 「な、ななな、何でそーゆー話になるんですかーっっっ!?」

 

 「まーまー ええやん二人で分け分けしようや」

 

 「おっ、お嬢様ぁああ――っ!!??」

 

 どこからどこまでか冗談で本気なのやら。

 

 昔のように仲良くなれたのは良いが、気苦労も増えた刹那であった。

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 学園祭準備期間というクソ忙しい時期であり、子供であるものの正式採用された教師であるネギにはやらねばならない事はいっぱいだ。

 

 何せまだラストスパートに入っていないのだから授業だってある。

 

 只でさえ元学年最下位をぶっちぎりだった生徒達を抱えているクラスだ。ちょっとの気の弛みからアッサリとワースト一位を奪回しかねない。

 流石は学園チャンピオン(笑)とか言われるのは勘弁だ。

 

 だからネギ少年も“彼なりに”必死こいて教師生活と、魔法使いとして修行の日々を送っている訳であるが……

 

 「ふーん お化け屋敷かぁ……学祭の定番やな」

 

 「は、はぁ……」

 

 ぜっ、はっ、ぜっ、はっ、と切迫した呼吸の合間に答えるネギ。

 

 ボコスカにされて大の字にぶっ倒れ、息を整えるつもりなのだが中々思うように体が言う事を聞かない。

 殴られたわけではないし、あ痛っというレベルの攻撃でしかなかったのであるが、攻撃が全てかわされた挙句にカウンターでしばかれ続けたものだから蓄積した疲労ダメージが凄まじい。

 

 単なるデコピンでもネギの踏み込む速度より速く突き込まれれば、速度のある方が勝つので地味に痛い。

 

 踏み込んだ足が地に付く前に軸足を払われると、何が起こったのか理解できなくなって頭が真っ白になり反応が出来なくなる。

 いや、仮に踏み込んでの双掌底が出せたとしても、狙った相手はほぼ同じ速度でバックステップを果たしており、あっという間に後ろに回られて膝カックンされてそっくり返ってしまう。

 

 全ての動きを読み、そんな風にカウンターを返しまくってネギをボコスカにしていたのは、誰あろう横島忠夫であった。

 

 ここのところの修行といえば、珠を使った『再』『現』による対戦で、一対多の変則団体戦ばかり行っていたのであるが、何の気まぐれか今回は一対一。それもネギと横島のガチバトルである。

 

 エヴァはめんどーなので今日は修行するつもりはないと言っていたので、横島が貸切にさせてと申し出たのだ。

 彼女は普段とは珍しい行動にふぅん……と興味深げに横島の話を聞いていたが、『あの器用貧乏のバカに駆け引きを教える』という点が気に入ったのだろう、二つ返事で使用を許してくれた。

 

 言うまでもないがガチバトルとは言っても横島は例のトラウマが抱えている為、敵でもない女子供に手を上げ切れない。

 

 よって合理性を求めたエヴァは楓が製作した横島専用修行武具であるハリセンを強化し、壊れ(破れ)難くした品を与えてネギや楓達の特訓に使わせている。

 

 何で古代魔法技術まで使ってハリセンなんぞを強化せねばならないのか。実のところエヴァはその事でアンニュイになってたりする。まぁ、今は関係ない話であるが。

 

 如何にハリセンといえど頭にスパカンスパカン喰らい続ければダメージが蓄積してゆくし、何よりネギの攻撃は全て回避されてたりする。

 

 無詠唱魔法という手段も無きにしも非ずであるが、どーも横島には魔法を使用する際の間というか呼吸を完全に読み切られているようで、呪式を組み上げる直前にはたかれて失敗させられてしまうのだ。

 こうなると心身ともに喰らうダメージは計り知れない。それが大の字にぶっ倒れている理由である。

 

 「しっかし、準備は間に合うんか?

  もう、あんま日が残ってねぇだろ?」

 

 「ハ、ハイ で、ですから、

  ホントは、やっちゃいけないん、ですけど、い、居残り、を……」

 

 「ああ~ もう。

  直に口で答えんでええから、先に息整えぇや」

 

 「ハ、ハ、ハイ……っ」

 

 体力の限界まで使わせた為か、中々回復しないネギ。

 

 対する横島は息も乱れておらず、それどころか座ってもいない。

 元の世界において半死半生レベルでこき使われ慣れた所為で体力が半端無い上、自分のペースに引き込んで戦った訳であるからそんなに疲れていなかった。

 ネギがこうまでボロボロなのは、自分のペースを完全に乱されてしまった事も大きいのである。

 

 「(なんつーか……

   死にゲーを根性だけでクリアしようとしとるよーなモンやなぁ)」

 

 『(言いえて妙だな)』

 

 死にゲー。

 所謂、死んでパターンを覚えて行くタイプのゲームを、気力だけでクリアしようとしても敵との物量差(残機やBOM数等)で何れGAME OVERだ。

 せめてパターンを覚えればよいものを、がむしゃらに向かって行くだけでは、相手からすれば迎撃すれば良いだけなのでかなり楽なのである。

 

 『(だが、ゲームと実戦は違う。何せ“こんてぃにゅー”がないのだからな)』

 

 「(そりゃそーなんだが……フツーはもっと警戒するだろ?

   何でコイツこんなにひっかけに弱ぇんだ?)」

 

 例えばショートアッパーをわざと空振って、その構えのまま固定したとする。

 するとネギは何かするとは考えるのだか、注意はその拳だけに注がれてしまって他が疎かになる。

 そこで足払いを掛ければ勝手に転び、今度は足元に集中して構えたままの拳から意識が飛び、自分からぶつかりに飛び込んでしまう。

 そんなパターンが多々あった。フェイント攻撃メインという戦法を伝えてあると言うのに引っかかる事が多いのだから重症だ。

 

 何というか……ネギは致命的に駆け引きに弱いのである。

 

 『(それは恐らく、同年代の同性の友人の少なさからだろうな。

   悪戯や遊びから覚えてゆく駆け引きの経験が無さ過ぎるのだ。

   素直で良い子と言えばそれまでだが……)』

 

 「(だな……)」

 

 だが、ネギを取り巻く環境上、それだけでは話にならないのだ。

 

 そしてこの周囲の環境は、何時の日かネギにとってマイナスとして圧し掛かってくるだろう。それもそう遠くない未来に。霊能者としての勘もそれを伝えてくる。

 ドイツもコイツもこんな子供に何を押し付けてきやがるのか、と腹立たしいやら憎たらしいやら。無意識に舌打ちも出てしまうというもの。

 

 「あ、あの……横島、さん?」

 

 ふと気がつけば、ペタンと座り込んではいるもののネギが不思議そうな顔をしてこちらを見上げていた。

 

 『(もう息が整ったのか?!)』と心眼が驚愕してはいるが、実際ネギの身体能力とか才能とかは群を抜いており、今現在の魔法の師であるエヴァすら驚くほど。英雄の血は伊達ではないという事か。

 

 が、如何に超絶優秀遺伝子を持っていようと使いこなせなければ宝の持ち腐れ。

 

 今のネギでは戦場にバズーカだけを持ち込んで白兵戦を挑むようなものだ。

 小手先の技で大火力の相手を引っ掻き回す事が常であった横島とまるで真逆である。そりゃあ相性が悪かろう。

 

 「ちょっち考え事してただけだ。気にすんな」

 

 「はぁ……」

 

 そう言って何となくネギの頭をぐりぐりと乱暴に撫でてみたり。

 横島にナデポの才能が無いのが惜しまれるが、ネギにポッされてもド迷惑なだけであるから関係ない。

 それでも幼い時からコミュニケーションが足りていないネギは嬉しいらしく、ちょっと照れてたりする。この場にハルナのような腐りきった女子が居なくて本当に良かった。恐らく彼女の頭の中では大量の掛け算が行われていた事だろう。

 

 「今回のでお前に相性の悪い戦いがあるのが解っただろ?

  実際、小竜姫様とやりあった時はもうちょっともったのに、

  オレとやりあったらボロクソだったし」

 

 「あ、ハイ。ものすごく一方的でした……」

 

 「よーするに、今のお前じゃ真っ正直な人間と一対一でしか戦えねぇんだ。

  ひっかけとか罠、

  所謂インチキとかに鈍過ぎるし、想定外の事でパニクり易いしな」

 

 「う゛……」

 

 「こーゆーのは口でどーこー教えられるモンじゃねーからな。

  数をこなして経験積んで勘を鍛えるほか無ぇ」

 

 「ハ、ハイ!」

 

 そう元気に答えるネギをじっと見る。

 やっぱりもう回復しているようだ。何とも信じ難い器ではないか。

 いやそれより、何と言うか……ネギは不思議なやる気に満ちているのだ。

 

 この間ずぅんと落ち込んでいたオコサマと同一人物とは思えないほどに。

 ちょっと目を放した隙にナニを決意したのか知らないが、男子三日会わずばと言う諺を思い出し、自分にそんな事で瞠目する日が来ようとは思わなかった横島である。

 

 そんなネギの霊波を見て横島は、これなら大丈夫だろう。多分……と思い。いや、思う事にし、

 

 「さて、ネギ」

 

 「はい?」

 

 そう彼に語りかけつつ横島は霊圧を高めていった。

 

 「これからとびっきりスゲェ相手と殺り合わせてやろうと思う。

  オレとばっかやり合ってもそれはオレのパターンを覚えるだけだしな。

  色んなレンジでの戦いを覚えんと話ンならん」

 

 「はぁ(何だか言葉のニュアンスにズレがあったような……?)」

 

 「相手に関しては問題ない。

  “悪”っちゅーランクだったらキティちゃんよか上だがオレもやっつけた事があるしな」

 

 「そ、そーなんですか?」

 

 「魔族的なランクでもこの間のヘルマンとかいうジジイよか上だが……

  まぁ、それは横に置いといて」

 

 「ハ、ハイ!? ち、ちょっと何か聞き捨てなら無い言葉が……」

 

 

 ボ~っと流して聞いていたネギであったが、流石にヘルマンより上とかいうセリフが混ざれば流石に回帰もする。

 慌てて問い掛けるが相手は横島。

 

 「気の所為だ。気にしたら負けだ」

 

 聞く耳なんぞ持っていない。

 

 「ま、そう気にするな。コイツより邪悪な存在は美k……

  もとい、オレの前の雇い主しか知らん。

  つまり人間以下だ。大した事ない」

 

 「そ、そーなんですか?」

 

 「本当だ。ウソは言っていない」

 

 そう――“嘘は”言っていない。

 ただ、異世界に居るというのに名を口にするのも憚られる件の雇い主様とやらは、魔界から名指しで仕事を頼まれたり、天界魔界の両方から指名手配されている魔族より邪悪で狡猾で悪どいと太鼓判を押されてたりするだけである。

 

 「だから、死 ぬ な よ ? 」

 

 「え゛?」  

 

 ネギが言葉の意味を問い返すより前に、横島の姿が光に包まれ空気が破裂する。

 それは気配そのものが膨れ上がったからであり、その存在感故に空気中のマナが反応して爆ぜた為。

 

 波動に思わず手で顔を庇っていたネギが、ようやく顔を戻したその先。

 つい今しがたまで横島が立っていたその場所には全く見慣れぬ女性が佇んでいた。

 

 やや紫がかった長い銀色の髪。

 

 白磁のような白い肌、そして赤い瞳。

 

 ノースリーブのように肩を出した軽鎧に、どこか拳の師である古を思わせる大陸風の衣服。そして足には沓。

 肌の白さと相まって紅色の唇がやたらと目立ち、そして頭には横島がつけているものと同じような赤いバンダナが巻かれている。

 そんな姿の美少女がネギの前にいきなり出現しているではないか。

 

 それも、圧倒的な魔氣を放ちながら――

 

 「あ、あの……?」

 

 流石にネギも腰が引けていた。つーか怖過ぎる。

 悪魔悪魔していない美少女然とした外見を持っている分、余計に魔の波動を強く感じられて恐ろしいなんて軽々しく言えるレベルじゃない。

 

 『はは もうアンタと殺り合わせるとはね……案外、面倒見が良いみたいだねぇ』

 

 「え、えと、アナタは……?」

 

 イヤんなるほど軽~く話してくるものの、やっぱり怖くてビクビクしつつそう問いかけると、彼女は一瞬キョトンとした表情を見せたが横島が名前を教えていなかった事を思い出し、いっそ不自然と言ってしまえるほど丁寧に頭を下げて名を告げた。

 

 『挨拶をし忘れてたよ。悪かったね坊や。

  アタシの名は女蜥叉。

  あのバカの願いでアンタをコテンパンに鍛えてあげる先生様さ』

 

 「いえ、あの……表現法が間違ってるような」

 

 カクカク震えが出てくるが、残念な事に彼女はちょっちサドッ気があったりする。

 言うまでもなく雨の中の子犬が如く震えているネギを目にして萌えていた。

 

 『あは、あははは あはははははははは

  その目……良いよぉ……ゾクゾクする……』

 

 「あ、あの」

 

 彼女の瞳が、縦に細くなって三日月の形を取る。

 

 『安心しなボーヤ。

  殺しゃあしないよ。生きたまま地獄に堕ちるだけ。

 

  堕ちるだけ堕ちたら……気持ち良いよ……?』

 

 「えっ!? あ、あの、えっと……」

 

 

 

 

   ア゛ア゛ァ゛ァ゛――――――……………ッッッ

 

 

 

 

 




 当時はXmasでした。
 
 思い返せば本屋ちゃん。諍いや乱暴な男の子が嫌いだからネギくんに傾いたそーでしたね。
 だけど未来の彼は真摯な態度のバトルマニア。
 彼が平和主義者だと言うのなら、麻帆良って血と暴力が支配するバイオレンスな無法地帯だったのかと首をかしげてみたり。
 あながち間違ってないw?

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