-Ruin-   作:Croissant

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二十二時間目:とっくん特訓またトックン 
前編


 

 闇には至らぬ影の中——

 密を持ってその会合は成されていた。

 

 相対する者はやはり陰。

 ライトのような灯りに達する光源は無いが、周囲の機器から零れる仄かな光はその者達の輪郭をおぼろげながらも浮かび上がらせていた。

 

 

 「……状況は好転した」

 

 「……」

 「否、好転したはず(、、)だった……」

 

 

 一方の陰から吐き出すような声で紡がれた言葉は、ずしんと重くその空間に圧し掛かった。

 計画を組んでいた訳ではなく、どちらかと言うと手を拱いていただけに過ぎないのであるが、まるで世界が嘆きに応えたかのように状況が勝手に動き、やや思惑からズレはしたが望む形へと収束していった。

 

 ——してゆくはずだったのだ。

 

 「当初の予想より、状況は……2%ほどしか」

 

 「進んでない……か」

 

 そう、好転はしたが進んでいないのだ。

 それどころか後退したと言えなくも無い。

 出発点の時間は兎も角として、余計なロスタイムが入った上、余計なコースに勝手に入っていったのである。

 これでは終点から遠のくばかりだ。

 

 「クソ……っっ」

 

 ドンっと悔しげにテーブルが叩かれ、その衝撃で上に置かれていたグラスが転がる。

 相対していた者——どうやら女性らしい——は気付いていないのか、相手の悔しさに同調するかのように組んでいた腕を掴む指に力が篭った。

 その間にもグラスは中の液体をぶちまけながら転がり続け、テーブルの端でコッと小さな音を立てて床に向かってダイブする。

 

 コォ——ン……

 

 床には樹脂が張られていたのか、或いは上手く底に当たったからかガラスが砕ける事はなかったが、当たり所が良かったからか意外に響く音を立てた。

 その音にすら反応を見せず、その二人は沈黙の中でただ肩を震わせて……

 

 ——と?

 

 

 

 「あーっ 何やってるんですかー!?」

 

 カチっと軽い音がし、薄暗かった部屋に蛍光灯の光が満ちる。

 

 今までが暗すぎた為か、二人の目の奥が痛むがそうも言ってられない。

 うっすらと涙を浮かべつつ、二人が面を上げるとやっぱり声の主は見知った顔。

 

 同級生の——

 

 「ハカセか……」

 

 紙束やらファイルの束を抱えた少女、葉加瀬 聡美であった。

 

 「ハカセか…じゃないですよ龍宮さんっ

  部屋を真っ暗にして何やってんるんですか」

 眼鏡掛けてる私が今更言えた事じゃないですけど目に悪いですよ? と菓子に空間を奪われたテーブルの上の邪魔な袋を背負っていたマジックハンドにどけさせてファイル等を置く。

 

 学園祭に向けてやる事はてんこ盛り。

 特に今年は急遽“計画”の発動まで強いられているのでおもいっきり時間がなくなっている。

 尚且つ、カモフラージュとして自分のクラスの出し物の準備やら、倶楽部活動、そして自分らにも店に出ずっぱりにならなければいけないので大変どころの騒ぎではないのだ。

 だというのに主要人物の二人に遊ばれていたら話にならないではないか。

 

 そう愚痴りつつぷりぷり怒ってたのであるが……

 

 

 「「あ……

 

   遊 ん で る 訳 で は な い (ヨ) ! ! ! 」」

 

 

 目から涙を ぶしゅわっと撒き散らしつつ、魂を絞るような声で二人が叫ぶ。

 

 余りのパワーに葉加瀬は、『わぁっ』と思いっきりスカートを捲り上げつつすっ転んでしまった。

 無論、彼女とて科学にココロを売り渡しているマッドの端くれ。ンな程度気にはしていないのだが。

 

 そんな彼女を他所に、超と真名はまた超謹製の液体胃薬をグラスに入れてゆっくりと飲む。

 医療用の飲み薬より遥かに安定し、尚且つ安全性も効き目も高いそれを胃に落とすと、ようやくキリキリとした痛みが和らいでゆく。

 

 「……おのれ楓め」

 

 「古のヤツめダラシナイ……」

 

 しかしその様は管を巻くヲッサンそのもの。

 お腹に手をやりつつ、そう呪詛の言の葉を漏らす様は、性質の悪い上司を持ってしまったサラリーマンが会社帰りに安酒屋で管を巻いているのに酷似している。

 

 尤も、この二人であればそんなのが上司ならばとっとと洗脳するなり始末するなりできるので気にはすまい。

 

 だがこの件はそんな簡単な問題ではないのだ。何せ完全なる他人という訳ではないのだから。

 問題を抱えていたのは二人のライバルであり、友人である楓と古の一件なのである。

 

 級友達の中でもブルーとイエローの称号を持たされていたバカ二人であるが、よりにもよって何故か同じ男に同じ感情を持ちつつ三角関係にすらないというスカポンタンをぶちかましていた。

 それまでの紆余曲折を思い浮かべるだけで涙が浮かぶのであるが、救世主明日菜と聖女木乃香(+お供の刹那)の大活躍によって目出度く気持ちを自覚。ついに、その男に向けていた好意がLikeだけではなくLoveだと自覚できたのである。

 

 その結果、告白にこそ至らなかったものの、心は女としてとある青年を求めていた事にようやく、

 ようやく、よ〜〜〜やく気付いたのだった。

 

 ここに至るまでの数ヶ月、超も真名も初手で楽観視していたものだから、そりゃあもうエラい焦らされて。どれだけ心労が嵩んでしまった事か……

 いや、もぅ、感覚的にどれだけ長く感じされた事か……苛立ちで噛み締めた歯にヒビが入りそうだったわストレスは溜まるは胃は痛むはで散々だったのだ。

 

 二人が自覚したあの日、余りの嬉しさに二人手をとって踊り、祝杯を挙げた挙句に二日酔いで苦しみつつ笑い合ったのはもはや楽しい記憶である。

 

 が、ここにきてとんでもない事態が発生していた。

 

 「まさか……

 

 

 

  まさか、自覚したら 乙 女 になってしまうとは思ってもいなかった……」

 

 「ど、同感ネ……」

 

 欠点はこの二人も色恋沙汰から遠ざかっていた事。

 それにより、好意が恋に変動した後には女心にも変動があるという事を失念してしまっていたのだ。 

 

 現状であえて一例を挙げるのならば“羞恥心”だろう。

 楓にしても露出バリバリの装束で走り回っていたし、古も平気でスカートで功夫の型をやっていたし、二年生のラスト時にあった図書館島地下での騒動時にはほぼ裸で大立ち回りを演じていた。

 彼女らに限らず、この学園の制服は何故かやたらミニであるし、同性同士という事もあってパンチラはおろかモロパンでも余り気にしていなかったのであるが、新体操部等やチアリーディング部等の見られる事が前提のクラブに入っている者を覗けば、男達の目線を気にしていない楓と古はほぼ筆頭という位置にあった。

 

 要するに武道家としての頭が羞恥心を凌駕しており、通常時も簡単にそれが緩んでいたのであるが……それが惚れた相手だと話が変わってくる。

 例えば、普段をものすごく貞淑な衣装で過ごしていても恋人や夫の前では思いっきりハジけ、口にするのも(はばか)られる程はしたなくなる女性もいるのだが、その逆もいる。

 そして楓と古は後者の方だった。そういう事なのだ。

 

 ところがどっこい。

 あの男に対する気持ちに気付いた途端、あれだけ裸に近い形で肌を曝していたというのに今更ながら羞恥心を取り戻したか頬を赤らめてもじもじしまくってやがるのだ。

 っザケやがって。ナメとんかと言いたい。

 

 「あ゛ーっ

  横島さんも大阪人ならガーっと襲ってガーっと犯ってしまえばよいものを〜っっ」

 

 「せめて避妊せず押し倒すなり、妊娠させるなり、

  孕ませるなりすれば私たちはこんなに歯痒くなかたヨ〜っっ」

 

 いや、それは暴言&無茶では……

 しかし……何で仮にもマッドサイエンティストの端くれである葉加瀬が一番理性的な意見を浮かべねばならないのか疑問が残る。

 

 「これで本当に“計画”が実行できるんでしょーか……」

 

 ぎゃあぎゃあ喚く二人を目の端に入れて溜息を吐く。

 思春期の少女でありながら恋心なんぞ理解範疇外の葉加瀬には、さっぱりさっぱり解らない超絶難問であった。  

 

 

 

 

 

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         ■二十二時間目:とっくん特訓またトックン (前)

 

 

 

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 空に浮かぶ飛行船。

 何故か くそみそに長いブランコがぶら下がっていて、何者かがそれで曲芸を行っている。

 

 下には通学路という名が冗談としか思えない超大通りが伸びており、その先には作りかけの凱旋門(木製)。

 

 そして登校風景も、学生に混じって宇宙の戦士やら怪獣に宇宙人etc...

 人間に混ざって何故か大学の工学部謹製恐竜ロボまでのっしのっしと歩いていたのだから訳解んねぇ。

 初めて目にした者は『何じゃこりゃあ?!』と驚愕する事請け合いな狂乱具合である。

 

 リオのカーニバルに勝るとも劣らない乱痴気騒ぎ。これでまだ準備期間というのだから呆れてしまう。

 

 「お祭りレスか。楽しみレス〜♪」

 「ぴぃぴぃ〜♪」

 

 「つっても学園の祭りのハズ、なんだけどな。

  学園祭っつーからもっとこう……

  子供だまし的な安心感があるモンなんだと思ってたんだが……」

 

 そう会話を交わしつつ校舎を歩く凸凹兄妹二人+1。

 仕事中だからか青いツナギを着た横島と、彼にくっ付いて歩く かのことナナである。

 

 何時もの出勤時間に家をでた一行であったが、余りの光景に口を開けてぽかんとしてしまった事は言うまでも無い。

 新たなる同居人(モノ?)である心眼によって直に再起動できたものの、眼前に見える風景はほんの数日で一変していた事に驚きを隠せないでいた。

 当の心眼も呆れかえっていたのだがこれもまた異界かとヘンに納得してたりもする。

 

 テレビに映る市町村挙げての祭事だってもっと地味だ。

 国を挙げての祭りレベル。それも都市部のバカ騒ぎの光景が学園中で起こっているというのだから頭痛の種に事欠かない。

 

 尤も、それが学園祭という言わば祭りの準備期間の光景だと知るとナナの目は期待に輝きを取り戻し、かのこと共にはしゃいでいた。

 人間の里でそういった事があるのは知ってはいたが、追われていたので近寄る事も出来なかった彼女だ。それは期待もするだろう。

 横島も、うんうんヨカッタヨカッタと頷く裏で、HAHAHA どこのどいつだか知らないがこんな娘に酷い事しやがったのかと怒りを募らせてもいるが。

 それは兎も角、使い魔と愛妹(かぞく)がここまで楽しそうにしているので、心眼も不満を口にしていないし、彼も問題なんぞ浮かびはしない。

 

 だが表に裏に仕事をしている横島と、何とかこの世界の知識を受け入れている心眼はこれから学園祭が終わるまでの激務を考えると内心溜息を吐いてたりもする。

 

 何せここの学園祭ではとんでもない額の金が動く。

 

 その為、期間中は都市の外からもとんでもない数の様々な業者が出入りをする。

 

 当然ながら入って来るのは業者だけではなく、他の一般客やら他校の関係者や地方からの来園者も入ってくる訳であるが、その中に招かれざる客(、、、、、、)だっているはずだ。

 だもんだから、表では客達が落としまくりぶち撒けまくるゴミの清掃に駆け回り、裏ではそういったお客様ども(、、、、、)に対応せねばならないのである。過労死しろというのだろうか?

 

 尤も、外部から信頼の置ける人間を雇っているらしいので、想像しているよりは過労死の可能性は低いだろう。そう思いたい。ウン。

 

 「しっかし、ネギも何やってんだろうなぁ……」

 

 「せんせーだから忙しいんだと思うんレス」

 

 そして今、二人が歩いているのは女子中等部の廊下。

 女学生(それも女子中学生ばっか)満載時間にわざわざ、こんな色んな意味で鬼門のところを歩いているのは仕事であるが、ナナが一緒にいるのは何故なのか? という疑問も湧く。

 

 横島がココを歩いているのは単に仕事だ。

 

 学園祭の清掃範囲を決める作業があるのだが、その範囲を決めるのに必要な出し物の報告が滞っているクラスがある。

 それがよりにもよってネギのクラスだったのだ。

 

 そうなるとローテーションが組めない横島たち用務員ズは困ってしまった。

 しかし執行部やら事務らに聞いてもやっぱりそれらしい報告は出されていない。仕方なく横島が代表として聞きに出て来たというわけである。

 

 ナナが一緒にいる理由はチョットややこしい。

 

 と言うのも、あの爺……もとい、ぬらり…じゃなかった、学園長のチェックミスが関わっている。

 ナナの戸籍を作る祭に彼女の設定年齢を低くしてしまい、小等部への入学が難しくなってしまっていたのだ。

 

 更に今は学園祭前であり且つ夏休み前。

 何とか入学を果たせたとしても用意を手伝うには入りたてでは勝手が解らず役に立てそうにないし協調を取るのは難しい。尚且つ直に夏休みが訪れるもんだからやや内気なナナの印象はその間に薄れかねない。

 

 よってナナの転入は六歳を迎える年に小等部に入学するか、次の学期から幼等部に入る事となり、その間は“お兄ちゃん”と一緒に仕事を手伝ったり、円達に(文字通り)くっついて学校に行って皆とお話をしたりと楽しい日々を送らせているのである。

 

 言うまでもない事であるが、『学校に行けないレスか……』等とナナが悲しげに呟いてたとしたら怒れる大魔神(シスコン)らよってガクエンチョはエラい目に遭わされていた事だろう。

 

 何せこの幼女、横島は言うに及ばず、彼の周囲の少女達は当然として、職場である用務員の同僚からも孫のように可愛がられている。 

 同じように望まぬ人外への改造を受けた者としてエヴァに目を掛けられているし、茶々丸に茶々姉達や零にも妹分として可愛がられているし、当然ながら楓たちにも可愛がられている。

 ガキは嫌いといいつつ面倒見の良い明日菜にもかまってもらっているし、言うまでもなく木乃香と刹那にも妹分として愛されている。のどかと夕映も、ナナがのどかに似ている事から思いっきり甘えさせていたりする。

 

 そしてネギからも、その年齢から『じゃあ、せんせーもお兄ちゃんなんレスね』と言われ、唯一の年下という事もあってかなり好かれていた。

 

 更に、ナナの生い立ちを知っている他の魔法教師達も当然のように彼女を気遣っているし、可愛らしい笑顔を向けてもらっているので女教師の人気も高く、同じ年頃の娘を持つガンドルフィーニやら弐集院達からは特に気にしてもらっていたりする。

 

 『ほら、ちゃんと前を見ないと転ぶぞ』

 

 「はいレス!」

 

 心眼にしてもこうだった。

 

 ナナからしてみれば、心眼はオカルトを用いたゴーレムみたいなものなのだから、言うなれば先輩だ。

 心眼にしてもナナは横島の妹なので、横島から生まれた自分から見ても妹。可愛がらない理由が欠片も無い。

 要するに、ものごっつ贔屓されてたりするのだ。ナナは。

 

 だから実のところ、学園長の生存判定はギリギリで成功しているだけなのである。

 

 「え〜と……3−A、3−A……」

 

 「こっちレスよ」

 

 無駄に広い校舎をキョロキョロと不審者宜しく歩いている横島の手をナナが引く。

 彼女は何度も訪れているのでここの造りを把握しているのだ。

 

 「ここが高等部だったら一回で覚えられたのになぁ……」

 

 『納得できるが、感心はせんぞ?』

 

 「感心されても嬉しゅうないわい」

 

 等と言いつつ、心眼は妙なところを感心してたりする。

 

 というのも、心眼が知っている横島はもっとケダモノだった。

 何せ霊力を上げるのに手っ取り早く煩悩をスターターに使用したら、GS資格試験の結界をあっさりぶち破ったほど。

 対戦相手だった傷だらけ男(名前を失念している)は魔に取り込まれた挙句暴走した訳であるが、それでも結界はあんなに簡単には破れなかった。

 

 そんな超出力の霊波をぶち撒きつつくノ一に迫る様子は喜劇のそれであったが、客観的に考えてみるとバケモノじみた能力で出力だったりする。

 自分が関わった最後の戦いにおいて、横島はまず絶対に勝てないだろう相手に勝つ為に自分は煩悩力を上げさせたのであるが、結果的に相打ちに持ち込めるほどの高まりを見せるに至ったという。

 

 そんな煩悩大魔神だった彼は、今やちょっとエッチな青年程度。言っては何だが世も末だと感じたものだ。

 尤も、霊力が下がれば高速で回復させようとする為に心眼が知る横島的行為(セクハラ)をぶちかましてしまうらしい。

 ともすれば、あの零とかいう元殺戮人形の少女を押し倒してしまいかねないほどに。

 

 『ふむ、良かった……

  それでこそ妾の知るヨコシマだ』

 

 「 ン な 事 で 安 心 す な や ー っ っ ! ! 」

 

 といったやり取りもあったりなかったり。

 閑話休題(それはともかく)

 

 「おや、君は……」

 

 と、しばらく歩いていると廊下の角から現れた男性教諭がこちらに気が付いて声を掛けてきた。

 

 「あ、これは新田先生。おはようございます」

 

 「おはようレス」

 「ぴぴぃ〜」

 

 相手は修学旅行時にもお世話になっている教師、新田だった。

 

 流石に見知った教師(ただし一般人)であるし仕事先の人間。

 更には将来的にナナがお世話になるかもしれない(←ココ重要)ので横島の顔もキリリと引き締まってかなり丁寧だ。無論、妹にイイカッコ(外面)見せようと足掻いているのも一因であるが。

 それにつられてナナと かのこもペコリと頭を下げる。

 そんな仲良さげな一行を見、新田は言葉を返しつつ口元も緩ませていた。

 

 この兄妹の事は既に学校側に連絡が入っている。

 

 3−Aの宮崎にちょっと似ているナナという娘は、新たに横島が引き取った娘で、今現在は小学校に上がるまで準備期間を置いているとの事。

 いろいろとややこしい事情があり、集団生活に慣れていない為、横島が職場に連れて行って同僚の人達や出歩く先の人たちと接する事でリハビリを行っているらしい。

 前にいたところでかなり酷いイジメに遭い、心を閉じかけていたらしいが横島の奮闘によって外に出て人に挨拶が出来るほどまでの回復を見せている。

 そして勉強の方も毎日彼がキッチリ教えているらしく、前に高畑経由で見せてもらった横島手作りのドリルの出来は素晴らしく、それをサンプルとして教学部に提出してみようかと思ったほど。

 

 尚且つこの青年、試験的に飼育している小鹿の世話係まで買って出ているという。

 ちょっと見ただけでも元が野生動物だというのに小鹿は心底彼に懐いているのが解る。これは彼が心底優しいという証だ。

 

 お陰で新田は、今時珍しい心優しく感心な青年なんだと涙ぐんでたりする。

 いいトコだけ聞いたらホントに凄い好青年なんだがな〜 と学園長や高畑らが苦笑してたり。

 

 兎も角、そんなこんなで横島は新田の覚えが思いっきり良かったりするのだ。

 

 「二人とも、こんな時間どうしたのかね?」

 

 「あ、はい。これも仕事なんですよ」

 

 「お祭りの出し物、何するのか教えてもらってないクラスがあるんレス。

  じむのヒトが凄い忙しそうレしたから、直接教えてもらおうと……」

 

 「ああ、成る程……」

 

 そう言われて新田も納得した。

 

 この時期に関わらず、この学園はやたらとイベントが大げさになって忙しいのだ。

 テストですらどこが学年成績一位になるかでほぼ公認のトトカルチョが発生する『イギリスじゃあるまいし。学校としてどーよ?』なところなので、当然ながら用務員らの仕事量もハンパではない。

 それが解っている分、申し訳なく思ったりもする。彼が悪い訳ではないのであるが。

 

 「ま、ここの子は元気なトコが長所ですけどね。

  他では考えられないくらい素直でいい子たちばかりですし」

 

 「みんな優しいレス〜」

 「ぴぃぴぃ♪」

 

 「……そうかね」

 

 そういわれると新田も面映かった。

 

 新田にしてみてもここの生徒たちは可愛い子供だ。だからこそあえて厳しく当たってきた訳であるが……その分、こう真っ直ぐに褒められると嬉しいさと気恥ずかしさが湧いてくる。

 

 何時も何時も厳しく接しているが、誰かが嫌われ者にならない限り学園という隔離世界には締りがなくなってしまう。

 だからこそ厳しく接しているのだが、そう真っ直ぐに大事な生徒を褒められると嬉しくない訳がないのだ。

 

 「お姉ちゃんたち、何時も遊んでくれたりするんレスよ」

 「ぴぃ〜♪」

 

 「あはは……

  彼女達にはちょっと(大分)痛い目に逢わされる事もありますけど、感謝の念は絶えませんよ」

 

 そして当然、横島達に他意は全く無い。

 

 何だかんだで横島は本気の本気で楓たちに感謝しているし、かな〜り理性の閂がヤヴァさを感じるほどの気持ちを持っている。だからこそすんなりとこんな言葉も出るのだ。

 まぁ、やや照れた顔を持っていたファイルで扇いで誤魔化していたりするのだが。

 

 ナナとかのこは流石にストレートに感謝を述べている。

 何時も何時も遊んでくれるし、オヤツやフルーツをもらえて可愛がってくれているのだ。感謝しない訳が無い。

 その上もあけすけで真っ直ぐな横島といれば素直さに磨きがかかろうと言うものだ。

 

 そんな素直な感謝の言葉に新田もまた照れくささを感じていた。

 

 ドコに出しても恥ずかしいと謳われていた横島であるが、いいトコしか見ていない新田からすれば子供や動物に優しく親しみ易い好青年。

 そんな彼に生徒たちを褒められれば、やはりうれしいと言うものだろう。知らずが花とは良く言ったものだ。

 

 おまけにナナが退屈しないように彼女にも話を振りつつ学校に通い出すに当たっての注意点や、何れ向かい合う問題である思春期突入時の男の保護者としての心構えなどを新田に質問してゆく様は好青年を通り越して保護者の鏡。

 単なるシス魂だと解る訳もない新田は、横島に対する好印象を再度上方修正をしつつも丁寧に答えてゆく。

 

 途中ナナに、『お兄ちゃん、お姉ちゃんたちにモテモテなんレスよ〜』と自慢するように言われ、大いに横島を焦らせたりもするが彼のイイトコしか知らない新田は好意としか受け取らず、

 

 「そうかね。

  だったら将来、キミのお義姉さんになってくれるかもしれないね」

 

 等と珍しく冗談で返すものだから横島を更に慌てさせたりする。

 ナナはその言葉に対しはにかんだ笑顔を見せてたりするのだが、マジに今の時点で手を出しかねないほど彼女らの魅力を思い知らされている横島としては冗談では済まされなかったりする。それもリアルに。

 

 まぁ、そんなこんなで若干一名が本気の冷や汗を後頭部に垂らしてはいたが、比較的おだやかな会話を交わしつつ三人で廊下を歩いてゆくと、目的の教室に近寄るに連れて何だか黄色い声が響いてくる。

 案の定、件の3−Aの教室から響いてくるではないか。おまけに何だかボリュームが上がっていってるし。

 

 折角褒めてもらっていたというのに……と新田の心に低気圧が訪れているのだが、横島とナナは慣れたものでそんなに気にしていない。

 特にナナは円にくっ付いてよく教室に入ってるから思いっきり慣れていた。

 

 しかしそんな二人の様子に気付く訳もなく(正確に言うと褒められた直後に恥をかかされたので彼らに顔を向けられなかったのだけなのだが)、鬼の新田は額に血管を浮かせて正に鬼の形相で教室のドアに手を掛けた。

 

 

 ガ ラ ッ ッ

 

 

 「さぁ、この保健体育の教科書を読み込むんだ!!

  そして実践しろ!!」

 

 「そ、それは少コミであって、保健体育の本では……っ

  ひぃっ!? 斯様(かよう)に過激な……勘弁するでござるーっ!!」

 

 

 「コレが新開発の排卵誘発剤 一発必中しゅとるむ皇帝(カイザー)ネ!!

  無論、催淫効果もばっちりヨ!! さぁ、ぐっと逝くネっ!!!」

 

 「それは字が、字が違……っ 嫌アルーっ!!!」

 

 

 「じゃ ネギくんをノーパンにーっ♪」

 

 「キャアアアア!?」

 

 「 コ ラ ー ッ ! ! 」

 

 「 あ な た 達 ー っ ! ! 」

 

 

 ——正にカオス。

 

 

 流石に教師生活の長い新田も絶句。

 横島にしても、ココのじょしちゅーがくせーパワーを再確認されられて呆気にとられていた。

 

 被害者(笑)である楓と古そしてネギや、ノリノリでアクションを起こしていた少女らも新田の登場に固まり、視線を絡みつかせたまま氷結状態。

 

 「あ、せんせー 裸レス〜」

 

 無垢々々な少女の声が、ただ痛かった。

 

 

 「なっ ななな……

 

    何 や っ と る か ————っ!!!

 

       全 員 、正 座 ぁ ————ッッ!!!」

 

 

 「キャー」

 

 「ヒ——」

 

 

 ——本来、騒動を治めなければないないはずのネギがこっぴどく説教された事は言うまでもない。

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 「ひ、酷い目にあったでござる……」

 

 「同感アルね……」

 

 そして放課後。

 

 黄昏時に黄昏れるという、中々シャレの利いている心境で楓と古はフラフラと道を歩いていた。

 何だか知らないが真名にしても超にしても異様にしつこく横島との関係を進ませよう進ませようと迫ってくるから心労が大きかった。

 

 いや、身を案じてくれるのは嬉しいし、助言してくれるのもありがたいのであるが、

 

 『横島さんの子を孕めっ 寧ろ妊娠しろ!! 出産でもいいぞ!!

  そして責任取らすべくとっととくっ付いてしまえっ!!』

 

 『性的興奮剤も媚薬も催淫剤も揃ってるヨ!!

  それらを横島サンに致死量まで飲ませて襲わせるネ!!

  何なら証拠画像を録画してもいいヨ!?』

 

 等と『それ、何か違ェっっ!!』というぶっ飛び案を押し付けてくるのは勘弁してほしい。

 おまけに○川賢の描く主人公のようなグルグルしたイッちゃった目で迫られるのだから怖くて仕方がないのだ。

 

 挙句の果てには『いや零や円の二人も引き入れて四人で襲……いや、もう、刀子先生とかも誑かして囮として引き入れ、クスリでアッチの世界の住人にして皆で……』と等と言い出した時には流石にキれて当身を喰らわせたものである。

 何だかんだで真名も超もかなりの強者であるのに、アッサリと当身を受けたのはよっぽと精神を病んでいたからであろう。

 一体何にここまで追い詰められているのやら……二人には見当もつかなかった。(←それが原因)

 

 それでもまぁ、大騒動の最中に新田教諭に怒鳴り込まれ、思いっきり説教を喰らって恥を掻いた挙句、何故だが一緒に着いて来ていた横島に生温かい目で見られてしまって大恥を掻いてしまったハプニングは、実のところかなり二人の心の負担を軽くさせていた。

 というのも、真名と超に追い詰められていた様やら、自発的でないのは幸いだが少女雑誌とは名ばかりの女の子向けエロマンガを読まされているシーンまでバッチリ見られてしまったのだ。

 エロ本を親に見つかったよーな心境というヤツだろうか? どちらにせよ、横島のあの何もかも解ってるよと言いたげな生温かい眼差しはイタ過ぎて忘れられない。

 

 まーその甲斐(お陰? 所為?)もあってか掻けるだけの恥を掻く事ができた。

 あれだけ恥ずかしい目に遭ったのだから開き直れるというものである。

 マイナスとマイナスを掛けたらプラスになる理論かもしれない。ちょっと違うか?

 

 尤も、その恥ずかしさも相まって未だ自分から会いに行けないのであるが。

 

 「会いたい。なれど恥ずかしい……」

 

 「けど、やぱり会いたい……うう……難しいアル〜」

 

 ぶっちゃけ、全部放り出したいという気もしないでもない。

 だがそれは絶対にイヤであるし、何より零の眼差しが腹が立つ。

 

 『良いのか? ま、アタシとしては好都合だけどな。

  何なら見せてやってもいいぜ? アタシがどう抱かれてるかをな。くくく……』

 

 アレはそう言ってる。間違いない。

 

 何だか知らないがそう確信できる。これも目覚めてきた霊能力だろうか。

 どーせ零の事だ。口八丁で円も引き入れ、ノリと流れで三人で……なんて事になりかねないのだ。

 

 おのれ零。乗り遅れて堪るものか——

 

 「「 っ て 、 違 う (アル)で ご ざ る ! ! 」」

 

 ビシィッッ!! と虚空に対し、二人同時にツッコミをいれる。

 

 遠巻きに見ていた二人連れの親娘が、

 

 「ママぁ あのお姉ちゃんたちどうしたの〜?」

 「うん。(いず)れ解るわ。

  女の子って男の子の事で追い詰められたりするものなの」

 

 等と言葉を交わし、母親が何かを思い出したのだろう涙を拭いつつ生温かく見守っていたり。

 

 それはさて置き。

 

 学園祭が近いという事もあってか、今日は鍛錬が休みとなって軽く暇になってしまった楓は、古のバイトに付き合う形で超包子に向かっていた。

 古として是非とも逝きたく……もとい、行きたくないのであるが、この時期の店の忙しさは思い知っている為にそれも儘ならない。

 超だけなら兎も角、茶々丸や五月もいるから無視して帰る訳にもいかないからだ。

 

 それに——

 

 「おや、ナナも既に働いているでござるな」

 

 そう隣で楓が呟くと、それにつられて視線を前に送る。

 するとテーブルの間を縫ってちょこちょこと走り回る桜色のミニチャイナにエプロンを着けた幼女の姿が。

 

 「ああ……そう言えば昼までは老師のお手伝いをして、

  午後からはココの手伝いをすると言てたアルな」

 

 「……なんでバイトの先輩が忘れてるでござるか」

 

 暇を持て余しているとはいえ、ナナは かのこと共に横島や円にくっ付いてよく学校に来ていた。

 

 だが根が真面目なのだろう、ナナは自分にもできる事がないだろうかと横島の仕事のお手伝いを始めていたのであるが、慣れてくると他のお手伝いも探し始めていた。

 

 無論、用務員のオバチャンズにもかなり気に入られており、てこ入れもあっただろうが清掃の手伝いくらいはやれるようになっているのでそんなに仕事で困る事はない。

 唯一欠点を挙げるならば外見年齢だろう。

 

 何せナナ、設定年齢が五歳(実年齢もそれくらいらしい)。

 アルバイトすらままならない年齢なのだ。

 

 更にお手伝いで人を雇う様なところは殆ど無く、かといって猫の手どころか犬の足でも人手がいるところはマジ命に関わる(例:購買部,図書館島等)。そうなってくると横島のところで手伝うのがベストと言えるのであるが……

 

 『そうレスか……残念レス』

 

 と、若干(本当にほんのちょっと)気落ちした表情を見せたナナに何でか知らないが超が手を差し伸べた。

 

 何せこの時期、彼女がオーナーを勤めている<超包子>もかき入れ時。特殊車両等を含めた露店を全てはき出し、園内の要所要所に設けて朝から営業している。

 当然ながら夜の部もあるのだが、安くて美味くて早いので兎に角大繁盛。客足が途絶えてくれないのだ。

 しかしオーナーもシェフもプロ顔負けとはいえ学生は学生。一日中いる訳にも行かず、朝と放課後以降しか店に出られない。

 その為、日中は大学部のスタッフ等に任せている訳であるが、それでも手が足りないのだ。

 

 だから幼女とはいえナナの手伝いは願ったり叶ったりなのである。

 

 それに……

 

 「五番のテーブルに小龍包四つと蒸し餃子セット一つ。

  八番テーブルに飲茶セット三つ。

  四番テーブル海老餃子二つとミニ天心二つ。

  十番テーブルに飲茶セット二つと、後で中華粥二つをふにゅ〜で……」

 

 −クスクス “腐乳”ですね解りました−

 

 「あうぅ〜……」

 

 実はナナ、やたら記憶力が高くて注文もそれを受けたテーブルも一回で記憶できるのだ。

 尤も、エヴァや零に言わせればそれは携帯のメモに書いただけのようなものらしいが、それでもこういった仕事場ではかなり重宝する。

 

 一度に大して運べもしないが、ちょこちょこと可愛い女の子が手伝ってくれる様はかなりお客の目を和ませてくれるのでやっぱり客も文句はない(時折、妙に短気な客がブツクサ言ってたりするが、知らない内に他の客にボコボコにされて沈黙してたりするので現実面問題無しと言っていい)。

 

 「……あ」

 

 と、そんなナナを見ながら歩いていた古であったが、不意にその足が止まる。

 

 「? どうしでござ……あっ」

 

 そんな古を見て首を傾げた楓であったが、その視線を追うと彼女も足が止まってしまった。

 

 二人して怖じるように足を止めているその視線の先、

 

 <超包子>の路面電車を改造した屋台のカウンター席。

 

 そこにはさっきまで真名達に追い詰められていた原因のひと。

 

 

 横島忠夫、その人がいた。

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 「ホレ、泣くな。

  おめーが悪いんじゃねーんだから」

 

 「ひっく、うう……でも……」

 

 何だかんだで放課後になったのであるが、ネギはまだ落ち込んだままだった。

 幾ら色男予備軍を憎悪する横島とはいえ相手は子供。尚且つ本人は否定するだろうが面倒見の良さで知られている男である彼は、やっぱり様子を見に来て泣いているネギを発見。

 

 メシ奢ってやるから泣くなと引き摺って来たのである。

 

 「あのさ、言っちゃあ何だがあのくらいの女の子パワーに負けるのは当たり前だぞ?

  新田先生だって何度も怒ってるみたいだけど、あの娘ら全然堪えてねーだろ?

  だから気にすんな」

 

 「で、でも、ボク先生なのに……」

 

 「だーホっ!! 失敗せん人間なんぞおるか!!」

 

 相変わらずネガティプなヤツだと溜息一つ。

 着いて来ている小鹿も何かゲンナリしてるっポイし。

 

 僅か十歳で先生が出来ているというのだけでも大したものであるのに、どーしてかこのボーヤは100点満点に拘っている。

 どうも父親を神聖視しているが為に完全であろうと拘り続けているようなのだ。

 

 ただ、学園長や高畑に聞いてみたところ、その父親のナギとかいう奴は魔法学校途中退学で、まともに覚えている魔法は片手で数えられる程度。

 力押しだわ、空気を読まないわ、人の話を聞かないわ、偶に聞いてたと思ったら仕返しをする題材を探してただけだわ、やられたら百倍にして返すわとやりたい放題。

 これだけなら単なる劣等性の問題児で終わるのだが、驚くべきはその行動力と大言壮語を実現させるだけの実力を持っているという事だ。

 

 千の魔法を使いこなして羨望を集めていた……のではなく、ムチャクチャな魔力とハチャメチャな魔法の使い方によって状況をひっくり返すしぶとさ、そして如何なる相手であろうと受け入れる器の大きさに人々は魅かれていたのだという。

 

 アレだけスゴイんだから、千種の魔法が使えるんでね? って感じに噂が広まったのかも。何て事を彼は言っていた。

 尤も、アンチョコを読んで良いのなら、どんな魔法も使用できるだけの地力は間違いなくあったらしいが。

 

 そんなハチャメチャな男の息子だというのに、この少年は血が繋がっているとは思えないほどの頭が固い。

 

 いや、件のナギとやらも責任感は強かったらしいから、その責任感と魔力だけ受け継いでしまったのかもしれない。或いは母親に似たのか。

 横島の感じとしては、責任感というより強迫観念のような気もしているのだが。

 

 「お前、成績いいのにテストで失敗するタイプだなぁ……

  解けない問題を解けるまでやって時間切れでアウトになるよーな」

 

 「うう……」

 

 「ブっちゃ……もとい、御釈迦さんも言っとるが、

  怪我した時は原因を考える事より手当てが先だろ?

  今回失敗したんだったら、次に成功するように考える方が建設的や思わんか?」

 

 「は、はぁ……」

 

 まだ何か納得し難い表情をしながら考え込むネギ。

 そんな様子を見、ネギが色男予備軍だというのに横島にしては珍しく『だめだコイツ、早くなんとかしないと……』と本気で心配していた。

 

 「(なぁ、心眼。コイツって……)」

 

 『(オマエが言っていた通りなら、な……)』

 

 小声を額に送って確認を取ると、やはり心眼も同じように感じていたのか同意を返す。

 

 先ほどからずっと観察していたのだが、ネギは横島に聞いていた通りの人物で、確かに才能もあって優秀なのだが一人で抱え込む点が目立っていた。

 責任を取る気持ちを持っている事は確かに褒められたものであるのだが、裏に返せば全部背負い込んでいるだけのネガティブ精神というだけだ。

 

 自分以外が悪いと言いだすよりかはマシであるのだが、自分だけが悪いと言って背負い込むのは慢心以外の何物でもない。

 

 悪い言い方をすれば、自分が悪いと考えれば手っ取り早く問題が解決する為、思考を放棄しているに過ぎない。

 何がどう悪かったか客観的に見る事ができないのだ。

 

 横島が文句を言っていたのは、こういう人格形成を成して行った根源を知っているはずなのに、誰も修正しようとしていない事である。

 間違った事をしていればキチンと怒る。それは絶対的に必要な事なのに。

 

 『(まったく……昔のオマエと真逆だな)』

 

 「(うっさいわっ!)」

 

 尤も、横島は如何に拷問じみた説教を喰らっても直っていないのだから比較にはならないのであるが。

 

 兎も角、そんなこんなで二人して別の事で悩みつつ歩いていると、やがて急に道の向こうから喧騒が聞こえてくる。

 

 夕暮れともなれば人通りは薄れてゆくものであるが、そこは人の声が集まっていた。

 

 「わぁ……」

 

 何時もは武術系のクラブ(しかし主に古)が騒動を起こしている広場であるが、この時期は朝と夕暮れからはお料理研究会の独壇場。

 

 広場一杯に配置されたテーブルはみっちりと埋まっており、楽しげに会話を楽しみつつ食事をしている。

 まぁ、学園祭準備期間中という時期なので、様々なコスプレや着ぐるみの学生が混ざっているのでかなりカオスな光景となっているのだが。

 そしてそれらは皆、電車の車両を改造して営業されている屋台食堂<超包子>の客だったりするのだ。

 

 と、その店のウェイトレスだろうか、やたらと小さな体格の少女が目ざとく二人を見つけだし、嬉しげな表情を浮かべてこちらに駆けて来るではないか。

 

 「お兄ちゃん♪」

 

 「よ、ナナ。今日もミニチャイナが可愛いぞ」

 「ぴぃ〜?」

 

 「エヘヘ……やーんレス」

 

 桜色のミニチャイナにエプロンを着けたその店員は、口調でもわかる横島の妹、ナナだった。

 流石に かのこは“可愛い服”というものがよく解っていないようで、ナナに寄って行ってすんすん鼻を鳴らしているが。

 

 「あ、あれ? ナナさん? どうしてここに?」

 

 知らなかったのはネギである。

 彼にとっても妹分に当たるのだが、日中の生活を良く知らないのだから当然の疑問だ。

 

 「あ、せんせー こんばんわレス」

 

 「ハ、ハイ。こんばんわ……じゃなくて、どうして」

 

 今更気付いたように挨拶をされ、ちょっと落ち込み掛けるが何とか持ち直し、再度疑問を投げかけるネギ。

 

 「私、お昼までおにいちゃんのお手伝いやってるんレスけろ、

  お昼からはお姉ちゃん……

  えっと鈴音お姉ちゃんのお店のお手伝いやってるんレス」

 

 「へぇ〜」

 

 実のところ横島は最初、改造人間であるナナに超自身が興味を持っていたとも考えていた。

 

 無論、そういった理由なら彼としてもイロイロなちょっかいを掛けてやるつもりもあったのであるが、大方の予想を裏切るかのように意外なほどナナに優しく接し、実験云々の話は塵ほど見せず匂わさず、何故だかやたら気遣いを見せていたりする。

 それによく考えてみると、お手伝いの件もナナの負担を考えて二人で話し合ってから引き受けていたし。

 

 ナナを見る超の目は何だか妙に優しげであるし、どう見ても非力でどんくさそーな戦力外のナナであるのに直に仕事を任せ、多くの人間に接する事を任せている事も興味深い。

 まぁ、横島としては彼女の思惑どうあれ、ナナの為になるのならどーだって良い事なので、超の空気が変化しない限り傍観する気だったりするのだが。

 因みに“お手伝い”であるから給金は無し(基準法無視にも程があるので)であるが、その代わりに超達の持つレシピの一部を教えてもらったり、デザートをもらったりしているので、ある意味破格だったりする。

 

 「ホレホレ 手伝いの最中だろ? 仕事せんとアカンやん。

  で、可愛いウェイトレスさん。席は空いとるんかな?」

 

 「あ、はいレスっ

  ちょうどカウンターがあきましたからこちらにどうぞレス〜」

 

 可愛いと言われて嬉しげにはにかみつつ、ナナはちょこちょことテーブルの間を抜けて二人を電車屋台のカウンター席に案内してゆく。

 その動きがイイのか、一部の女学生やら“おっきいお友達(無論、横島は件の“お友達”のツラはキッチリ覚えておく)”やらが目尻を下げていたりするが、当のナナは気付かずに笑顔で二人を席に着かせ、お冷を置いて注文を聞く。

 

 「で、今日のお勧めは?」

 

 「えっとレスね……フェア中レスから、蒸し物が美味しいレスよ?

  オススメはミニ天心か、飲茶セットレスね。

  蒸し餃子と小龍包でどちらかに分かれるレスよ。

  デザートはミニ点心が揚げ胡麻団子で、飲茶セットが蒸し饅頭レス」

 

 「うーん……

  こーゆー中華に慣れてねーネギだったら、小龍包は舌を火傷しそーだなぁ」

 

 「でもでも、アツアツのスープがじわっとレて来て、とっても美味しいレスよ?

  あー レも、蒸し餃子の皮ももっちもちで噛んだら くにゅっとしてたまらないレス」

 

 やや大げさな身振り手振りで一生懸命そう解説されるとやたら唾液が湧いてくる。

 可愛らしさに耳を傾けていた客も何だか唾を飲んでるし。

 横島は『結局どっちがええねん』と思いつつも無自覚にやってんだろうなぁと苦笑し、自分はミニ点心、ネギには飲茶セットを注文。かのこ用にフルーツ盛りと杏仁豆腐を頼み、

 

 「ご注文ありがとうレス」

 

 という妹の声に頬を緩ませていた。結局バカ兄貴である。

 

 何だかウキウキしている愛妹の後姿を見送っていると、ネギが自分と同じようにナナに視線を送り続けている事に気がついた。

 それがナニな眼差しであれば煉獄パンチ確定であるが……不幸中の幸いと言うか、彼のその瞳の色は暗く沈んでいた。

 

 「ナナさんも、がんばってるんですね……」

 

 「んあ?」

 

 そう呟き、ネギは出してもらったお茶をチビチビと啜り出す。

 

 問うまでもないし、見るだけで解る。

 明らかに自分と比べて落ち込んでいるようだ。

 

 横島が意識を自分の額に向けると同意の気配が伝わってきた。やはり心眼もそう感じているのだろう。

 

 「(コイツ、やっぱり……)」

 

 『(ウム。他人と比べて落ち込むのは末期だな)』

 

 念話というかテレパシー的に心眼とそんな会話を続け、コッソリと二人して溜息を吐いてみる。

 何せ横島。そう言った時の心境はおもいっきり理解しているのだから。

 と言うのも、ネギとは言動やら行動は似ても似つかないのであるが、横島自身がそんな人間だったからだ。

 

 霊能に目覚めて直の横島の周囲はやたらめったら優秀な人材に満ち々溢れていた。

 

 何でもできる天才やら式神使いで退魔の名家やら、精霊から力を借りられる神父やら、元幽霊(生霊?)の世界に数人しかいないネクロマンサー娘やら、雇い主の自称ライバルで世界最高レベルの呪術師やら、影は薄いが世界最高ランクに入る精神感応虎男。

 聖邪両方の技が使えるイケメンバンパイアハーフやら、魔装術の技を極める事に成功した自称ライバルの戦闘のキ印やら……ざっと挙げただけでもコレだけ出てきてしまう。

 

 その他にも千年を生きた錬金術師やら、雇い主の母親で完全に安定した時間跳躍が出来る者等がいるが、そこらは論外。色んな意味で遠すぎる存在だ。

 

 後は神様やら魔族やら妖怪やらといった超存在なので省略。手が届かないのにも程がある。

 

 そんな中、単なる荷物持ちからポッと出の新人霊能力者となり、経験やら技術やら判断力でおもくそ負けてるトコばかり曝しまくっていた横島は、どうしようもないくらい自分に対して負け犬意識を積み上げていた。

 だから幾ら頑張ったって越せない壁というものは在るんだと妙な割り切りをずっと持ち続けていたのである。

 とはいえ、過去の大失敗からそんな壁をぶち壊すという気骨が生まれているのだから、大いなる進歩を遂げていると言って良いだろう。

 

 だからこそ、悪い例として横島には感じ取れていた。

 

 今のネギは(つまづ)いただけで折れかかっている——と。

 

 

 この少年とて恐らく失敗は初めてではなかろうのに、出来ない事と出来る事の区別が曖昧になってる。

 自分の出来る範囲というものを見失っており、今の少年では出来ない事なのにそれが“まだ”無理であるという事を理解し切れておらず無力感に陥っているのだ。

 

 「(ナイーブっつーか、天才過ぎたっつーか……

   下手な励ましは逆効果だろーなぁ)」

 

 『(ウム。正にオマエと真逆。

   何でも出来ていた世界から出来ない場に引きずり落とされたのだからな。

   世界の広さと高さをその身で理解し、その高さに戸惑っているのだろう)』

 

 「(オレの方は周りが天才集団やったんやからしゃーないやん)」

 

 『(オマエも人の事は言えんのだがな……)』

 

 「(ん? 何だ?)」

 

 『(いや別に……)』

 

 心眼のセリフは兎も角、ネギは周囲を省みず魔法の勉学に打ち込む天才且つ秀才という困った存在である。

 

 いや、周囲の環境がそれに留まらせてしまっていたと言うのも大きい。

 何せ心の逃避行動を全て魔法勉強につぎ込んでしまっていたのだから。

 

 

 父の背を追う。その為に正しい魔法使いになるというどこかズレた意識の元、ただそれだけの事を支えにこの歳まで愚直に突き進んでいた少年は、乱暴な言い方であるが世間という現実の壁に初めて叩きつけられた形となっている。

 

 人生経験が足りないという以前に、一般知識の何かが圧倒的に足りていない。

 それがネギの弱点であった。

 言うなればゴールまでの距離の遠さに慌ててコースを見失ったといったところだろう。

 

 歳不相応に黄昏れ、ふうとアンニュイに溜息をついているネギ。

 女泣かせになるだろう未来の欠片が見えた気がして殺気が湧きかかるのだが、残念……もとい、幸いにもネギはまだ子供である。

 

 「アホたれ。ガキがいっちょまえに黄昏んな」

 

 よって如何に<しっと神>の一柱である横島であろうと、そんな殺気など直に霧散させてしまえるのだ。

 

  ブ ゴ ン ッ ッ

 

 「おぶっっ!!??」

 

 ただそれでも、頭部が仰け反るほどの音と衝撃がクるデコピンをぶち込んだりはしたが。

 しゅううう……とオデコから煙を立てつつ白目を剥いて気を失ってしまうネギ。

 

 ありゃ? と首を傾げるが『やりすぎだ馬鹿者』と心眼に窘められてしまう。

 

 つーか、元の世界にしても“こっち”の少女達にしても、怒らせたら拷問だかオシオキなんだか判断がつき難い目に遭わせてくださる。そのお陰(?)でこういった手加減がヘタクソになってたりする。無論、女の子相手なら話は別なのだろうが。

 それでもキチンと怒ってやらないと気持ちを立ち上がらせるだけで心の傷は増える一方である。今日、新田に会ったからかもしれないが結局は嫌われ役になってでも背を押してやる気持ちは高まっていた。

 

 尤も、あんまやり過ぎたら女の子の眼差しが痛過ぎる視線が突き刺さってこっちの心の方が折れそーになるんだけどなー……トホホ……

 等と内心溜息を吐いていた横島の前に、コトリと蒸篭が置かれた。

 

 −お兄ちゃんも大変ですね−

 

 そうクスクス笑っているのはこの超包子を任されている、実質オーナーシェフの少女 四葉五月である。

 やや ふっくらとした女の子であるが、子供の可愛さと大人の落ち着きの両方を兼ね備えた少女で、横島も心身ともに必要十分以上に美少女だと思っている。

 屋台で何度も美味いものを食べさせてもらっているし、昔の同僚巫女(後年はやや黒くなってて怖かった)と同じく癒し系であり、自分の妹までお世話になってるものだから全く持って頭が上がらない相手であり、ぶっちゃけて言うとガクエンチョよりも敬意を払ってたりする少女だ。

 

 「大変つーか、なんつーか……コイツ危なっかし過ぎてほっとけんのよ」

 

 照れたように箸を伸ばし、蒸篭の料理に箸を伸ばす。

 無論、小皿に分けてもらったフルーツを小鹿に与える事も忘れない。

 

 五月はその誤魔化しの仕種が子供っぽく感じ、また笑ってしまう。

 こんな優しさや気遣いを見せているから古や他の娘が気にしているんだろうなぁと。

 

 自分のオーナーである超が色々と気を揉んでいるのも、こういった優しさを意図的ではなく無意識に振り撒き過ぎているところなのだろう。

 だからこそナナが心底懐き、楓らが纏わり着くように側にいるのだろう。最近は若干二名ほど増えたようであるし。

 誰がどうなって彼とくっ付くかは知らないが、それでも全員応援したくなる五月だった。 

 

 ガシャン!!

 

 と、そんな穏やかな心でいた五月の耳を、彼女が一番嫌っている音が邪魔をする。

 

 微かに眉を顰め、その音害のした方に目を向けてみれば案の定だ。

 

 工科大と麻帆良大の格闘団体が意見の相違からいきり立っているのである。

 もともと仲が悪い事もあるが、この時期になると顔を合わせやすくなるので直ぐに関節技がどうとか打撃技がどうとかで、実にしょうもない理由で彼らは騒動を起こす。それも場所も弁えずだ。

 

 元々、彼女は自分の作った料理を美味しいと言ってくれる人が大好きである。

 

 当然ながら食べる事に集中して本当に幸せそうに食べる横島はかなり評価点が高く、逆に一生懸命作った料理を台無しにした挙句喧嘩をおっ始めるああいった手合いは大嫌いだった。

 それに今さっきまで微笑ましいものを見せてもらっていた分、落差が大きい為に彼らの点数は著しく低い。

 しかしこのまま放っておける彼女でもない。只でさえ御免蒙る手合いだと言うのに他の客に大迷惑なのだ。

 何故か今日はバイト兼用心棒である古と茶々丸がまだ来ていないが、それも構わず麺棒を手に握り締めて屋台から出ようとしていた。

 

 しかし、その足が驚きに止まる。

 

 「い、いけないレスよ〜 ここはおしょくじをするところレス」

 

 −ナナちゃん!!??−

 

 流石に無茶過ぎだ。

 

 喧嘩を止めようとしてくれる責任感は褒められるものであるし、大人しい彼女がなけなしの勇気を振り絞り、足を振るわせつつも行動を起こした事は褒めてもいいかもしれない。だがそれは無謀以外の何物でもなかった。

 何せ騒ぎを起こしているのは頭に血が上っている武闘集団だ。どれだけ一生懸命でも蚊の鳴くような彼女の訴えが彼らの理性を取り戻せるとは考え難い。

 

 「うっせぇっ!!」

 

 「きゃあっっ」

 

 当然、血が上り切っている青年にそう怒鳴りつけられた。

 

 怖かったからか、その剣幕に負けたか、ナナは腰が抜けたかのようにそのままペタンと座り込——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「コラ 危ねぇだろ?

  チンピラの喧嘩に割り込んじゃ駄目だろーが」

 

 「ふぇええ……お、お兄ちゃん?」

 

 ——む前に、何時の間にか横島がその場におり、お尻が地面に着くよりも前に抱きとめていがみ合っている彼らに背を向ける形でナナを叱っていた。

 

 

  ゴッッ!!

 

 

 直後、何か重いものが叩きつけられる音。

 

 五月がハッとして目を向けるとさっきの男が広場からちょっと離れた木の下にいた。

 

 どうやら横島がナナと男の間に割り込んだ時に吹っ飛ばされたようである。

 幼女の危機に反応し、一瞬で十数メートルを移動してカバーするとは……何とも凄まじいお兄ちゃんパワーだ。

 

 「ええか? よう聞けや。

  お前が責任感強うてやっとるんは解っとるし、一生懸命なんも解る。

  せやけど無理して怪我でもしたらどーするんや?

  オレもごっつ辛いし、お姉ちゃん連中も心配するやろが」

 

 「ふ、ふぁい……ゴメンなさい……」

 

 「それに迷惑もかけてまうやろ?

  ええか?

  何だかんだ言うても子供なんやからできる事とできん事っつーのがあるんや。

  無茶するんはあかんで。絶対やぞ?」

 

 口調は冷静そうに聞こえるのだが、やっぱり肝を冷やしていたのだろう。思いっきり関西弁でのお説教だった。

 それだけ心配していたという事であろうが…やはり大したシス魂だ。

 

 ナナもくすんと鼻を啜っているが、お兄ちゃんに撫でて慰めてもらっているからかそんなに怯えてもいないようで、五月もほっと胸を撫で下ろした。

 

 「テメぇ……だ、誰がチンピラだ……」

 

 しかし、空気を読まない男もいた。

 

 目にも留まらぬ横島の割り込みと、それに反した穏やかなやり取りを目の当たりにして男達も呆然としていたのだが、吹っ飛ばされた男はまだ頭が冷えていないのか、或いは横島の言葉で導火線に火が付いたままなのか、ヨロヨロの立ち上がりつつもそう言って睨みつけている。

 

 無論、横島から言えばその怒気は微風のようなもの。

 人間や魔族から浴びせられまくっていた本物の殺気に比べる方が間違いなのであるが。

 

 「ホレ、解ったら厨房行って五月ちゃんに謝ってきな。

  ぜってー心配掛けてるからな」

 

 「う、うん……ゴメンなさいレス……」

 

 「解りゃいいさ。今度こんな無茶したら一緒に寝てやんねーぞ?」

 

 「ふぇ……」

 

 「のわっっ!!?? だ、だからもう泣くなって!!」

 

 よって横島にはじぇんじぇん効いていなかった。

 その完全侮辱の態度に額の心眼も『ホント、敵には容赦のない男だな』と苦笑する。

 

 「……っっっ てめぇっっ!!」

 

 だが、流石にこうまでシカトこかれたら誰だってキれるだろう。

 

 歯を軋ませるくらいの怒気を口から漏らし、<ここで諍いを起こす事を禁ズ>という決まりすら忘れ、後先考えず横島に飛び掛った。

 

 

 「お前らに聞きたいんだが……」

 

 

 しかしその、男の攻撃が横島に当たる事はない。

 

 いや、それどころか届きもしていないではないか。

 

 利き腕である右手でナナを抱きしめるように庇い、彼女を不安にさせないように頭に手を置いたまま。

 ナナと高さを合わせるように肩膝を付いたままの姿勢で、その男に向けられているのは左の掌だけ——

 

 だが男は、その掌に押さえつけられているかの様に一歩も踏み出せなくなっていた。

 

 驚愕——というより恐れの感情が膨らみ、男の背は冷たい汗で濡れて湿ってゆく。

 

 

 殺気どころか怒気も闘気もない。

 

 何の波動もない感じられないのに体が全く動かず、ただ眼前の男の声だけが鼓膜に突き刺さってゆく。

 

 

 「一つ目。他にお客さんがいるというのに喧嘩を始めようとする。

 

  二つ目。女子供がいるというのに、構わず暴力沙汰を曝そうとする。

 

  三つ目……

  騒動を止めようとした女の子に手ぇまで上げたのに謝ろうともしていない……」

 

 

 その掌を曲げながら例を読み上げてゆく横島。

 

 相変わらずナナを庇ったままで顔を向けてもいないのだが、どういった訳か指を曲げてゆくにつれて男達に向けられたプレッシャーが上がってゆく。

 

 「これらお前らがやった事から考えて、自分らは何なのか答えてくれ。

  A.心身を鍛えているはず(、、)の武術家。

  B.……暴力沙汰で営業妨害をしに来た迷惑なチンピラ。

 

  どれがお前らに当てはまるんだ?」

 

 その放たれるプレッシャーと言葉に、男達はぐっと言葉が詰まってしまう。

 

 言い返したいが材料が全くない。

 

 <ここで諍いを起こす事を禁ズ>というのは約束事であるし、破ってはならない誓いである。

 それに他人に迷惑をかけたという事実が武術家としてのプライドに圧し掛かって言い返す言葉を封じてしまっているのだ。

 男達にできた事は、ただ無言を貫く事だけ。

 

 横島はひょいとナナを抱き上げると、そんな男達など最初から居なかったかのようにスタスタとカウンターの席に戻って行った。

 

 もはや興味はない。そう背中が語っている。

 そう見下された(、、、、、)事実に彼らは声も出せない。

 

 

 −ここで騒ぎを起こしちゃダメだと言いましたよね?−

 

 「わっ!?」

 

 −ナナちゃんも、危ないトコに自分から行っちゃダメでしょ?−

 

 「えぅっ!?」

 

 そんな二人を出迎えたのは五月の怒り顔。

 

 見た目はプンスカという可愛らしい怒ってますよな表情である。

 だがしかし、その背後には≪┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨……≫という謎擬音と共にジョジョ立ちするコアラが見えていた。

 

 その余りの迫力に二人して地べたに這い蹲って土下座してしまう。

 何だかんだで実の兄妹並みに似てきた二人。実に土下座も様になっていた。ついでに小鹿まで真似しているのだから何とも微笑ましい。

 

 しかし、そのアホぉなやり取りに緊張で重くなっていた周囲の空気も緩んでいる。

 狙ってやった事ではなかろうが、やはり横島は場を和ませる天才なのかもしれない。

 

 女性客らもホッとして食事を再開。親子連れらしき客も庇っていた子供を席に戻している。

 そんな客の行動を見、さっきまでいきり立っていた男らもテンションが底辺まで下がり、代わりに後悔が果てし無く膨らんでゆく。

 

 本当に強い者はむやみに暴力を行ったり、力を見せ付けたりしないと中武研の部長にキツく言われ続けていたというのにこの有様。

 身体だけしか鍛えられていなかったのかと、自分を責め続けている者もいたりする。まぁ、それができるのだから見所があるという事だろうか。

 

 しかし、取り残されるように立ち竦んでいた男たちでの前に、何時の間にかその場に五月が歩み寄ってきていた。

 

 「あ、五月ちゃん」「さっちゃん」等と言った声も聞こえるが、彼女は反応を見せない。

 

 だが、店の方からの逆光で顔もよく見えないのだが、さっき横島を怒っていた時より強いプレッシャーを自分らに放っている事だけは感じ取れる。

 

 

 −アンタら……次やったら出入り禁止だよ−

 

 

 “今度”というチャンスを与えるところは彼女らしいが、それでも男達にとっては癒しの場を失う可能性を挙げたのはかなりきつい。

 これが他所ならば軽すぎる刑罰であるが、この地の者から言えばとてつもなく重い罰なのだ。

 

 忽ち男どもから、そんなーっとか、五月ちゃーんっっ等といった気色悪い悲鳴が上がる。無論、五月はガン無視で背中を見せて去って行ってしまう。

 何せ彼女はシェフ。お客様をお待たせするような事はあってはならないのである。

 

 それに、彼らはこれから重要な用事があるのだ。

 

 

 「やぁ、キミタチ……」

 

 

 いきなり背後から冷たい声を浴びせられ、いい歳こいた男どもがサブイボ立てて引きつり上がった。

 

 震えながら恐る恐るゆ〜っくりと振り返ってみると……

 

 「ゲっっ!?」

 

 「デ、デスメガネ!!??」

 

 何という事でしょう。

 

 鬼より怖い広域指導員。デスメガネ事、高畑・T・タカミチその人が、何だか知らないが顔にシャドーを掛けつつ、眼がねをクイッと指先で直しながら実にイイ笑顔で立っているではありませんか。

 

 

 「……ちょっとOHANASHI、しようか」

 

 

 

 

 

      ア゛ア゛ァ゛———————………………っ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何時の間にか気がついていたのか、そんなやり取りを呆然と見つめていたネギ。

 

 

 年上の怖そうな男の人たちが騒動を起こそうとしていたあの時。

 

 どうしようと間誤付いている間に、無謀ではあるがナナは止めさせようと前に出ていた。

 

 そのナナが怒鳴られ、尻餅をついてしまい掛けた時、目にも留まらなぬ速度で駆け寄って庇っていた横島。

 

 更に彼は片手と言葉だけで男の人達の動きを止めていた。

 

 そして自分の教え子である五月も、これだけの店を切り回している上、あの人達を必死に謝罪させていたりする。

 

 どれもこれも自分にできない事ばかり……

 

 戻ってきた五月はニッコリ笑って料理を勧めてくるし、横島も隣に座り直して量が足りなかったのか追加注文を行っていた。

 

 ——もう、騒動があったという影すらも見えない。

 

 

 愛想笑いで取り繕いつつ料理に箸を伸ばしていたネギであったが、ここのところ失敗が続いて行き詰っていた少年は、

 

 

 

 自分には何が足りないのだろう——と、初めてそれ(、、)に真正面から向き合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 −おまけ−

 

 ツルむのはあまり好きじゃない為、別のテーブルで食事を取っていた彼は、騒動が始まった時に止めに入った幼女を怒鳴るシーンを見、その無粋さに苛立って腰を浮かせかけていた。

 

 しかし彼が行動を起こすよりも前に、妙な男が瞬間的に割り込んで騒動を鎮圧していた。

 

 その動きは彼の目をもってしても全く見えず、怒鳴り返そうとしていたチンピラの動きを封じていたプレッシャーの正体も不明。

 

 結局、無粋極まりない輩はデスメガネに連れられてドナドナと姿を消していたのであるが、彼の目はカウンター席の青ツナギの男に向けられたままであった。

 

 

 彼は食後のガムを噛みつつニヤリと笑う。

 

 湧き上がってくる好奇心に心を揺さぶられていた彼であったが、自分が無粋と称した様にここで騒ぎを起こすのは得策ではない。五月ちゃんに釘刺されていたし。

 

 それに彼は常連らしいし、あの幼女はここを手伝っているようなのでチャンスは幾らでもあるのだ。

 

 だから彼は、大人しくレシートを掴んで席を立った。

 

 「ふ……やるじゃないか。

  久しぶりにホンモノの漢を見たぜ……」

 

 お代を払ったその男は、スーツを着た子供に何やら喋っている青年を見ながらそう呟き、時代錯誤のデカいリーゼントと長ランを揺らしつつ立ち去って行く。

 

 彼は、美味いものは取っておく性分なのであった——

 

 

 

 

 ぞくぅっ

 

 「な、何じゃ?! このプレッシャーは?!」

 

 「? どうかしたんですか?」

 

 「解らんっ!!

  しかし、何か知り合いのバトルモンガーに目ぇ付けられた時のよーな怖気が……」

 

 「はぁ……?」

 

 

 

 

 

 

 −おまけ2−

 

 実のところ横島の行為はとんでもない事態を未然に防いでいた。

 

 というのも、ナナが暴言によって転ばされかかった折、既に かのこの頭には角が生えかけており、下手をすると大自然のオシオキが起こっていた可能性があったのだ。

 

 更には様子を窺っていた楓は真っ黒い煤みたいな物質が塗りたくられたクナイを投擲しようとしていたし、

 古もどこから取り出したのか両の手に鈍い光を放つ鴛鴦鉞(えんおうえつ)を握り締めている。

 

 チョット離れた某所の屋根の上では茶々丸が対戦車ライフルを取り出していたし、

 丁度食事を取ろうと店に歩み寄っていたエヴァは異様に切れ味のよさげな糸を取り出しているし、

 脇に着いていた零も非常に痛げなナイフを両手の指に四本づつ挟んで今正にナイフ衾にせんとしていた。

 

 実はコッソリとネギを心配してコソコソと明日菜らも後を付けて来ていたのであるが、明日菜も刹那も其々カードを取り出していた。

 

 ぶっちゃけ、あの男の命は風前の灯だったりするのだ。

 

 結果的に彼の命を救った横島であるが、アレだけの勇敢行為を行った彼は当然のように後になってガクブルしてたりする。

 

 何せ元々横島はドコに出しても恥ずかしいヘタレだ。

 女子供に手を上げるという愚行と、愛妹ナナに対するシス魂パワーのダブルブーストで暴走していただけで、普通状態の彼ならば武闘集団に立ちはだかる様な無謀行為は絶対に行わない。仕返しも怖いし。

 

 それでもまぁ、場は収まったし誰も傷付いてないから良っかなと楽観視。

 単に難問を先送りにしているだけとゆー気もしないでもないが、明日は明日の風が吹くケセラセラとあまり深く考えない事にしてたりする。

 

 

 愚かと言う事なかれ。

 何せ元々彼がいた職場は雇い主からしてそんなんだったのだから。

 

 

 ただ、そんな行為の所為で良く解んないフラグがポンポン立ってたりする。

 

 横島は気付いていなかったのだが、カウンターで食事を取っている彼の背をガン見していた時代錯誤なリーゼント男がいたし、

 

 

 「お兄ちゃん……」

 

 

 おもいっきり庇われ、抱きしめて守ってもらった少女は頬を染め、何だか今までと違った熱が篭った眼差しをチラチラと兄に向けていたり、

 

 

 「……横島殿」

 

 「老師……」

 

 

 その守ろう守ろうという姿勢に、胸を締め付けられて顔を赤く染める少女が二人いたりする。

 

 

 それに

 

 

 

 「へぇ……」

 

 

 

 と、更に感銘を受けていた日本人形のような美少女の眼差しも……

 

 

 やはり横島忠夫。

 知らない所でウッカリ立ててしまうスカのくせして、一級フラグ建築士であるところは相変わらずのようだ。

 

 




 この話が載った時、先代ぶちょーのお別れ会が……
 感慨深ぇーなー ヲイ。

 前と同じく楓と古の好感度+フラグ、およびネギくんパワーアップフラグのお話でした(ナナフラグ? 最初から立てっぱなしですからお気になさらず)。

 無論、ネギも強く死増すよ?
 え? 誤字? どこにw

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