-Ruin-   作:Croissant

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 今回のサブタイトル、アレ? これって音楽の名前じゃね? と思われた方。わりと正解です。
 でも一応、映画タイトルですよー
 件の音楽DVDの中に入ってる短編映画のタイトルですもんww 反則?




休み時間 <幕間>:ヤサシイ赤
本編


 

 

 「ね、ねぇ、くぎみーさぁ……」

 

 「う、うん……どーしちゃったんだろうね」

 

 

 登校一番、いきなり“それ”を見てしまった桜子は、同じように驚いている美砂の髪を引っ張ってそう話を振った。

 

 ……何だかちょっと前に見たやり取りクリソツであるが気にしてはいけない。

 二人が思わずコピペが如く、前と同じやり取りを行ってしまうにも訳があるのだ。

 

 登校したのは良いが円の様子がビョーキでは? と心配してしまうほどおかしくなってるのだから当然であろう。

 

 昨日はどんよりと重く、尚且つ気難しげな顔をしつつタレるという奇行を披露していた訳であるが、今日の円は一味違う。

 

 自分で自分のやった行為を悔いてると言うか、理解不能な葛藤に悶えていると言うか、兎も角そういったものを曝しているのは同じでなのであるが、今回はその上に真っ赤になって頭を抱え悶えたりしているのだ。

 

 

 「うーん……やっぱり聞き難いね」

 

 「ウン。昨日とは別の意味で聞きにくいよね……」

 

 

 やっぱり時折溜息を吐いている円であるが、シリアスな昨日の様子とは違うのであんまり心配してはいない。いや、別の心配はしているのだが(主に脳の)。

 

 兎も角、昨日とは違って深刻度は(然程)無いよーな気もするので今はほっとくのがベスト判断し、美砂も後頭部にでっかい汗を引っ付けつつ自分の席に戻っていった。

 

 と、そんな美砂が椅子に腰掛けようとした正にその瞬間、ざわ……と異様な空気を感じて驚き、反射的にそれを感じた方向に首を動かした。

 真名が座っているだろう隣の席に。

 

 そして美砂は珍しくギョッとしてしまう。

 

 

 「えっと た、龍宮……さん?」

 

 「ん? どうかしたのか? 柿崎。

  いや、今日もいい天気だな」

 

 

 何つーか……ごっつ上機嫌だった。

 

 いや見たことも無いよーな笑顔を曝け出してくれているコトに不満はある訳ぁないのであるが、ぶっちゃけ機嫌良すぎて気持ち悪い。

 

 どれだけ機嫌が良いのかというと、真名の頭の上にヒマワリが咲いていたとしても違和感を感じないかもしれないほど。浮かれていると言っても良い。

 

 鼻歌なんかかましている上、そのリズムに合わせて頭を軽く動かしてたりするのだからハンパではない。

 

 ——と、そんなアホな子状態のまま真名がふんふ〜ん♪ とばかりに、みょーに嬉しげな眼差しを教室のドアの方に向ける。

 

 

 「か、楓姉ぇ……ホントどうしちゃったのー?」

 

 

 へ? またぁ? と、心配げな風香の声に導かれ、真名の視線を追う形で入り口に目を向けると……

 

 昨日のように酷くはないが、別の意味でヒドく肩を落とし、顔を真っ赤にして湯気を出したり蹲って悶えたりと大忙しの楓が、鳴滝姉妹と何故か明日菜に励まされつつ教室に入って来たではないか。

 

 

 「え? ナニコレ?」

 

 

 更にはそれに続き、木乃香と刹那に励まされる状態入って来た古も、やっぱり頭を抱えて悶えたり真っ赤になってorzしてたりと大忙し。

 これにはクラスの皆も反応に困った。

 

 当然、桜子も混乱しているのだが、こうなると元来の知りたがり精神も手伝ってナニがあったのか知りたいという気持ちを止められなくなる。

 

 結局は昨日と同様、二人して和美のところにすっ飛んで行くのだった。

 

 

 

 クラス中がざわざわと福本化して動揺している中、当然というか、当たり前というか、コトを全て理解している関係者の一人は我関さずを貫いている。

 それでも先の三人とは逆に昨日と打って変わって、今日は上機嫌で出席していた。

 

 一時限目はなんだっけとお気楽極楽に隣の席の主に質問ぶっこくほどに。

 

 

 「ふぁ……?」

 

 「んだよ。相変わらず朝弱ぇーな」

 

 

 だが、当のご主人は眠そうだ。

 しゃーねーやなと肩を竦ませ、前に座っている裕奈に教科を聞き、机に入れっぱなしの教科書を引っ張り出す。

 

 と……その時、スカートのポケットに入れていたカードがポロリと零れ落ちた。

 普段持ちなれないものを持っていた所為だろうか、ちょっと扱いが悪い気がする。

 それでも彼女は落としたそれを大事そうに拾って、息で埃等を飛ばして軽く指先で拭く。

 カードを見る目もどこか満足げだ。

 

 金髪の主はそんな下僕を薄眼でチラリと一瞥した後、口元に笑みを浮かべて今度こそまどろみに全てを委ねるのだった。

 

 

 そんな下僕の少女が見つめるカードには絵が描かれている。

 

 タロットカードにも似たそれに描かれているものは——多くの怪異のシルエットを引きつれて走る青年の絵。

 

 赤い鎖を手に持ち、電車ごっこが如く怪異達と共に駆け、楽しげに微笑んでいる青年の絵——

 

 

 

 

 

 

 「な〜んか面白いコトになってきたな〜

  これはからかいがいがあり……もとい、神の徒として悩みを聞いてやらないとね〜」

 

 「コレコレ 美空。いらぬ節介は駄目ネ。

  それでパーになたら私ナニするかわかんないヨ?」

 

 「わ、解ってるって。冗談だよ。怖いなぁ……」

 

 「フフフ……ようやく胃薬から解放されたのだから もう二度となりたくないヨ。

  美空の所為でこじれたら、私ぶちキれ金剛ネ。

  強化ピロリ菌、その無駄な口に漏斗突っ込んでグビグビ飲ませるヨ」

 

 「しねーって!! マ ジ 怖 ぇ え っ っ ! ! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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              休み時間 <幕間>:ヤサシイ赤

 

 

 

 

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 神は存在しない——

 

 それはエヴァンジェリンが数百年を通して生き、身をもって理解している事だ。

 

 そして異世界からの来訪者、横島忠夫によってその理解の度を深めている。

 

 以前は“居た”かもしれないが、今現在は遠過ぎて何も出来ないし、介入も出来ない。

 だからこそ神魔の感覚を記憶している横島ですら、毛の一筋も感知できないのだろう。

 

 

 だが——ともエヴァは思う。

 

 

 神という存在が希薄なだけで、その存在を認識できた者だけが差し伸べられた手を取れるのではないかと。

 

 現に、完全に世界の異物である横島忠夫という存在がここにおり、そして彼はまた“それ”と会う事が叶っている。

 

 別に会いたいと思ってはいなかっただろうし、願ってもいなかったのであるが、それでも“それ”と会うという事がどれだけ救いになるのか……エヴァをもってしても量りし得ない。

 

 

 大騒動の日が明けた次の日の放課後。

 場所は何時ものエヴァの城の中。

 

 全てはそこから始まる。

 

 

 「小娘どもの様子はナニであるが、恙無(つつがな)く仮契約を終えた訳だ。

  うむ重畳重畳」

 

 

 「重畳ちゃうわぁーっ!!!

 

  泣くぞぉっ ワりゃああーっっ!!!」

 

 簀巻(すま)きと言ってよいほど包帯でぐるぐる巻きのミイラ男が泣き叫ぶ。

 

 一体どのような惨劇があったというのだろう。

 思い出したくもないのか、記憶が吹っ飛んでいるのか、被害者も加害者も覚えていなかったりするし。

 

 尤も、聞いたところで大首領たるエヴァは我関せずだろう。面白がってせせら笑うのが関の山だ。

 それでもまぁ、お兄ちゃんお兄ちゃんと懐く血の繋がらない実妹(、、、、、、、、、)や、ぴぃぴぃと鳴いて心配してくれている使い魔がいる分、かなりマシ…いや一兆倍はマシである筈だ。

 

 何せ女子中学生に唇を奪われるわ、押し倒されるわ、満身創痍且つ半死半生にされるわで心は傷だらけで泣きの涙。

 

 おまけに円や零に対してまでちょっとクるものがあった事をウッカリ自覚してしまったが為にダメージは更にドンと倍。

 

 何せジャスティスはとっくに引退しているので新たに守護騎士を生み出し、ちっちぇプライドをガードしているのだがこれがまた役に立っていない。

 (なな)小鹿(かのこ)がいなければ冬の玄界灘にダイブしていた可能性もあったりなかったり。

 

 

 「うう……」

 

 「うにゅぅ……」

 

 「はぅうう……」

 

 「けけけけけ」

 

 

 イロイロと成し遂げちゃった少女らも、一人を除いてけっこー精神がズタボロだった。

 

 

 『横島さんの側でナナちゃん、あないに幸せそうに笑うとるんよ?

  ずっと苦しんどるんやったら、側におるナナちゃんあないに自然に笑えんと思うえ?』

 

 

 とか、

 

 

 『どっちかって言ったら、楓ちゃんが落ち込んでる方がキツイんじゃないの?

  私はそんなに話した事ないけど、惚気聞かされてたらそうとしか思えないんだけど……

  ノロケと違う? ナニ言ってんのよ。十人が聞いたら百人はノロケって言うわよ!!』

 

 

 等と言われ、

 

 

 『ウチがせっちゃんの事で悩んどった時、

  ずっと話聞いてくれて、ホンキで怒ってくれたんや。

  多分、ウチらが思とる以上にあの人は優しいんやろな。

  せやからウチらもくーふぇも優しさに甘えてまうんやろなぁ……』

 

 『つーかさ、あの人のコト知ってんのって私とかじゃなくて楓ちゃんじゃないの。

  何で一番親しい娘が距離置いて見てるだけなのよ?

  一番親しい訳じゃない? しばくわよ?』

 

 

 等と段々と追い詰められてゆく。

 

 つーか木乃香も明日菜もけっこー容赦がない。

 なぁ、そうでもしないとこの二人は干し草の山を前して悩み続けて餓死した童話の羊が如く、一定距離を置いて悶えるだけで終わりそうだったのだけど。

 

 じっとりと湿って落ち込んで沈んでゆく二人を見せ付けられるのは、周囲にカビが生えそうで勘弁であるし、何より そろそろ引導を渡さないとマジにキれてしまうのだ。主に堪忍袋の紐が。

 

 

 木乃香は刹那に人目がないか探ってもらい、明日菜は誰も裏庭に近寄っていない事を確認する。

 

 刹那は周囲に足音どころか人の気配がない事を木乃香に告げ、明日菜は誰もいない事を確認すると、奇しくも同じ瞬間に二人は話を聞いている少女の肩をぐわっと掴んだ。

 

 

 『ええか? くーふぇ。

  前から言おう言おう思とったけど、くーふぇはなぁ……』

 

 

 『あのね、楓ちゃん。

  前に言いかけた事だけどさ、あなたって……』

 

 

 

 

 

 

 横島さんのコトが——………

 

 

 

 

 

 ズ ボ ム ッ ッ ! !

 

 

 ナニかを思い出したのだろうか、楓と古は二人して同時に顔を爆熱化させて自爆。

 呆れた方が良いのか生温かく見守ればよいやら判断が難しい。

 零は実に楽しそうだが。

 

 因みに楓と古がぶっちゃけられた時、ナニが起こったのかは不明だったりする。

 

 知っているのは当の本人と、後は木乃香と刹那、明日菜の三人のみだ。

 

 だが当人二人は顔を真っ赤にして口を貝にするし、この三人に聞いたところで苦笑いを見せるのみ。乙女のヒミツというコトらしい。

 

 それでもBigなLikeだと思い込んでいた“それ”が別のナニか(、、、、、)だったと自覚した事だけは確か。

 

 そして勢いと後押しによってヤケクソ気味に覚悟を決めた二人は勇気を振り絞って別荘に突撃し……何というか……見事に自爆して果てていた。

 

 

 いや、二人してやっと気持ちを、

 やっとやっと、や〜〜っと気持ちを理解してくれた事はめでたい。それは間違いない。

 

 約二名ほど某少女らが泣いて喜び、一人は明日菜に甘味処のタダ券をプレゼントしたりお気に入りの餡蜜を奢り倒し、もう一人は<超包子>のタダ券一年分束を木乃香と刹那にプレゼントしたほどだ。

 

 

 だけどまぁ、

 何が不味かったかというと……二人のタイミングが余りにも悪かった事だろう。

 

 

 何せエヴァは一応気を使って円と零の為にネギ達が邪魔をしないように連絡を入れ、見守るだけに徹しているつもりだったのであるが、残念ながら頭の中がアッチの世界に吹っ飛んでいた二人には連絡が全く聞こえておらず、尚且つ入って来てしまったのならしょーがないと、エヴァ本人もほったらかしにしていたのである。

 

 尤も、ほったらかしとは言っても二人の仮契約が済むまでの足止めはちゃんとしていた。

 

 所在をはぐらかす程度であるが、それでも二人は強く出られないので効果的だ。

 しかし流石に二人は経験者だけあってエヴァの横で何だか煤けた笑いを浮かべているカモの目の前に札が出現すればナニがあったかは解ってしまう。

 

 それを見た二人は旋風のように駆け出し、茶々姉ズの導きで部屋に駆けつけ、そして……ナニかを目にしちゃったりなんかして惨劇が起こったという訳である。

 

 

 流石にその時は騒ぐだけ騒ぐ事しか出来ず、ナナ以外の少女達らは顔を合わす事が出来ず逃げ惑い、結界から出られるようになると寮にすっ飛んで逃げ帰り、部屋にお籠りさんとなってしまっていた。

 

 無論、チョー重傷の横島を置いて、だ。

 

 

 「クソぉ……

  オレか? これもオレが悪いと言うのか? 神よ!!」

 

 

 当たり前であるが、泣きの涙なのは横島である。

 

 惨劇というかスプラッタムービーというか、女版しっとマスクにドえらい目に遭わされた訳であるからただで済むはずもなく、さっき述べた通り満身創痍の半死半生。半殺しというかプチ殺しというかズタボロであった。

 

 何せゴキブリも平伏する彼の生命力をもってしても直ぐには全快に至れず、リアル時間で一日もエヴァの城の中で過ごすしかなかったほど。

 今日だって仕事を休んだくらいなのだからシャレにならねぇ。

 

 言うまでも無いが仮契約の魔法陣があった事から、横島も仕掛け人(獣?)は解っている。

 そう、振り上げた拳の振り下ろし先だ。

 

 エヴァにしても自分から依頼しておいてナニであるが、その全ての張本人であるというのに、

 

 

 『当分は姿を見せない方が良いぞ。

  まぁ、挽肉になりたいのなら話は別だがな……ククク』

 

 

 等とヤツを助ける気はナッシング。

 

 生死どころかDead or Deadの危機。カモは自力で生き残りの策をとらねばならなかった。

 よって、ほとぼりが冷めるまで(ヤツ)はここに訪れない事であろう。

 

 その所為でコ・ノ・ウ・ラ・ミ・ハ・ラ・サ・デ・オ・ク・ベ・キ・カと呪いパワーは積もり続けるのだが、報復対象がいないので横島のフラストレーションは溜まる一方。

 無残である。

 

 

 「ま、自業自得だ」

 

 「テメーがクソ鈍感なのが悪りぃんだろーが」

 

 「「「−ああ、お義兄様……」」」

 

 

 その上、エヴァと零は気にしてくれやしねぇ。

 

 代わりといっては何だが侍女人形達が心配してくれているようにも見えるのだが、

 

 

 「−泣き喚くヘタレ具合が……ハァハァ」

 

 「−白い包帯に包まれたお姿が何とも……ハァハァ」

 

 「−ああ、是非とも私が尿瓶を……ハァハァ」

 

 

 ……何かちょっと違う……

 

 

 因みにアメリアと名乗った茶々姉はいそいそと他の姉妹達と共に皆の夕食を作りに行っているのでこの場にはいない。

 

 ここにいる三人は其々、ディード、エリー、フィオと名乗っている。D・E・Fの順だ。名付けはアルファベット順らしい。

 何にせよ、個性が生まれたことは目出度いのであるが、明後日の方向に成長しているのがイヤ過ぎる。

 

 

 『くすんくすん……お兄ちゃぁん……』

 「ぴぃぴぃぴぃ〜」

 

 「だーかーらー大丈夫だって。

  前から言ってんだろ? オレはほぼ不死身だって」

 

 『えっぐえっぐ……ウン……』

 

 

 癒しは妹と使い魔だけ。ヤレヤレだ。

 

 その愛妹ナナはスライム形態となって横島の腹の上に乗ってしくしく泣いてるし、かのこは彼の周りをくるくる回って頭を摺り寄せたりしている。

 何とも目に優しい光景なのであるが、相手が半死半生なのが頂けない。

 まぁ、円を追いかけていって戻ってきたら半死半生の重傷者になってたりしたらそりゃ泣きもするだろうけど。

 

 横島でなければマジにアブなかっただろうし。更に言うならギャグパートでなければホント拙かった。

 

 因みに、ナナが泣きながら飛びついて横島の傷に直撃して悲鳴を上げさせたコトはお約束である。

 

 

 「まぁ、キサマが嘆くのは勝手だが後にしろ。

 

  さて……我が級友にして新たなる僕、釘宮 円よ。我が組織にようこそ。

  改めて祝福してやろう」

 

 「……物凄くありがたくない話なんだけど……」

 

 「ふふふ 謙虚だな」

 

 「……」

 

 

 何言っても無駄だわこりゃと円も諦めて溜息を吐いた。

 

 そんな円を実に楽しげな笑みで眺めつつ、エヴァは懐からカード……いや、例の“札”を取り出し、円に向かって弾いて飛ばした。

 

 シュルル……と音を立てつつテーブルの上を回りながら滑り、円の前にそれが来る。

 丁度円とその札の絵が相対する位置というのは流石だ。

 

 

 「これ……が?」

 

 「ああ、それがお前の札だ」

 

 

 札のデザインベースはやっぱり花札。

 

 楓や古の札に描かれたものよりは大人しめな感じで、垂れた柳の枝に飛び掛る蛙と、楽器(琵琶?)を使ってそれを応援しているような円の絵。

 そして着ている衣装は、立て烏帽子、単、水干(すいかん)という白拍子のそれだ。

 

 水干というのは本来は水で洗って張っただけの(糊を付けない)絹の布の事で、この作りをした狩衣を水干と称するようになったという(余談だが、木乃香の父やこの世界の陰陽師の正装になっている狩衣は、衣冠束帯における袍のの中でも厥腋の袍(腋を縫わない袍)が簡略化されたものである)。

 

 無論、楓や古のと同様にアレンジがなされている為、水干もどこぞの改造巫女服宜しく袖はあっても肩の部分がないノースリーブっポイ珍妙な着物で、下も本来は長紅袴ではなくスパッツの様(おまけに紺色)。足は草履っぽいデザインのサンダルだ。

 

 楓よりかは微妙に露出は少ないものの、やっぱりどこか色っぽい衣装になっている。まぁ、白拍子が遊女を意味している場合もあるので楓同様に“そっち系”に感じてしまうのは否めない。何せ横島の従者なのだから妥当と言えなくもないが、女子中学生の乙女の衣装としては如何なものだろう?

 

 

 「他の札と同様に、裏には元のカードの残留があった。

  Sirenes(シーレーネス)Dynamis(デュミナス)、そしてCythara(キタラ)だ。

  シーレーネスはセイレーンの複数形。

  デュミナスは力や能力。キタラは竪琴の意味がある。

  複数形になっている意味はまだ不明だが…

  おそらく見た感じからしてお前のアーティファクトはおそらく楽器だろうな」

 

 「楽器……この絵の私が持ってるヤツかな?」

 

 「多分な。

  ま、衣装については横島の趣味だろうから 「オレの所為とちゃうわーっ!!」 うるさいぞ、そこ。

  兎も角、衣装は別としてアーティファクトまでは詳しく解らん。使ってみろ」

 

 「うぇっ!? い、今使うの?!」

 

 

 心の準備がーっ等と悶えているが知った事ではない。

 

 さっさとやれいとエヴァが一睨みすると渋々ながらも従う他ないのであるし。

 

 何だか恥ずかしそうに自分の札を手に持ち、コマンドを——

 

 

 「……これ、どうやって使うの?」

 

 

 唱えようとして止まってしまった。

 

 ずりっとエヴァが腕を組んだまま椅子から滑り落ち掛かる。

 わたわたと慌てて体制を整え、アホかーっと叫びかかるもよくよく考えてみれば教えてもいない事を知っているはずも無い。言い忘れていたのだし。

 

 あえてその事を突かれる恥は御免なので出しかかった声をそのまま飲み込み、楓達から聞いていたワードを教えてやった。賢明である。

 

 

 「札が花札に似ているからか、<こいこい>だそうだ」

 

 

 ったく……と、エヴァも溜息混じり。まぁ、これだけふざけていれば当然か。

 

 相変わらずカラクリは解らないのであるが、横島を対象に仮契約を行えば式が歪み、パクティオーカードはシステムから変貌し、アーティファクトは宝貝や宝具といったものに変化している。

 

 楓と古に手伝わせて色々と調べてはいるのだが、相変わらずよく解らないシロモノのままなのだ。

 まぁ、逆に横島を誰かの従者として契約を行ってみると一応は成功したのであるが……

 

 それは兎も角。

 

 何だかごっこ遊びみたいでこっ恥ずかしいが、魔法は実在するし自分は霊能力者として覚醒している。ごっこではなく現実なのだと受け入れるべきだろう。

 

 さっきまでとは別の意味で顔を赤くしつつ、札を掲げる様に持って円はついにその言葉を口にした。

 

 

 「こ、−“来い来い”−」

 

 パァッ!!

 

 

 円がワードを唱えた瞬間、彼女の身体は光に包まれその中に沈み込んでしまう。

 

 とはいってもそれは刹那の間。あっという間もなく光は消え去り、学校帰りに直行した時の制服姿だった彼女の衣服は絵札の自分と同じ露出が大目の白拍子へと変化を遂げていた。

 

 その上、柳の枝葉に絡み編まれたストラップ(?)で、琵琶なんだかベースギター何だかよく解らない弦楽器を肩に掛けているもんだから、ただでさえ半端ななんちゃって白拍子姿なのにコスプレ感に拍車が掛かっている。

 

 そしてそんな彼女の前。

 ティーセットが置かれている白い丸テーブルの上にちょこなんと、ウシガエルほどのサイズのマンガチックにディフォルメされたカエルが鎮座していてお間抜けさが素晴らしい。

 当然ながら楓は件のカエルを見て引き攣っていたが、見た目がユーモラスなので逃げ腰になる程ではないようだ。

 

 この一セット。

 カエルと楽器(?)込みのセットが円専用宝貝、“蛙の唄”の全てであった。

 

 

 「ほぅ……」

 

 「ふぁ……」

 

 

 楓たちも流石に気を取り直し、興味深げにそれを見つめている。

 

 ナナは見ため的にどっちが前だかサッパリサッパリであるが、こっちを見ているのだろう、興味深げ(?)にぷるぷる震えている。

 

 

 「ほぅ……?

  やはり絵姿と同じになったか。そこまでは変わらんな」

 

 「そーいや、楓ちゃんも古ちゃんも絵と同じ格好なんだったな」

 

 「うむ。それもキサマの趣味丸出しに露出多めだ」

 

 「趣味ちゃうわーっ!! つーか、古ちゃん露出少ないやん!!」

 

 「アホ。

  ド派手なデザインのスリット付きミニチャイナなんぞ着せておいて何を言うか」

 

 「ああーっ!! ワイわ、ワイわぁああ——っ!!!」

 

 

 包帯姿で悶え苦しむ横島を無視し、呆然としている円に「オイ」と声を掛けて意識をこっちの世界に戻させた。

 

 

 「どうした? 何時までポケッとしているんだ」

 

 

 エヴァはそう言うが、楓と古は何となく解っている。

 

 何せ自分達も初めて出した時はあんな感じだったのだから。

 

 

 「……いきなり使い方が解ったので混乱していたのでござろう?」

 

 「なっ、何で解るの!?」

 

 「アイヤ、私達もそうだたアル」

 

 

 ああ、成る程と円も納得。

 

 ——そう。エヴァと横島がやり取りをしている間に、円はこれの使い方が頭の中に雪崩れ込んでいたのである。

 

 “今のところ”衣装はオマケみたいなもので、本体は手に持っている琵琶ギターと、対になっているカエル。こっちの能力の方がハンパねぇのだ。

 

 この琵琶ギター。

 弦の数も琵琶なら大体三〜五弦なのだが、ギター準拠なのか六弦。

 ペグ(弦のチューニングを維持するネジみたいなアレ)も琵琶の糸巻きと同じデザインをしている。

 

 琵琶が含まれているからか、ギターのテンションピンに相当するものは見当たらない。

 

 ふぅん? と、円は感心したように琵琶ギター手に持って立ってみる。

 するとストラップの位置を変える事もなく、柳の枝葉が緩んで彼女が何時も持っている位置に納まった。

 

 

 「おお、便利っ」

 

 

 なんだかテンションが上がってくる円。

 

 まぁ、言うなれば完璧且つ徹底的に自分用のオーダーメイドを手に入れられたのだし、尚且つ魔法の道具とキたもんだ。彼女の機嫌が良くなるのも当然かもしれない。

 

 誰に言われたでもなく極自然に肩に手をやり、ストラップの葉を一枚取る。するとそれがライムグリーンのピックになった。

 

 円はふむふむと納得しつつ更に機嫌を上げ、調律してみようと取り合えずAを弾いてみる。と、

 

 

 びぃん

 

 

 何ともいえない音がカエルの口から放たれた。

 

 いきなり横から音がしたので皆(特に楓)もビックリしていたが、円は別の意味で驚いていた。

 

 ギターの絃の音には違いはないが、音に()が無い。

 琵琶の響きにも似た感もあるのに妙に甲高いというか……

 言うなれば“しなやかな金属”といった不思議な音色で、円が今まで耳にした事のない音感だった。

 

 

 「へぇ……」

 

 

 ものすごくドキドキしながら弦を爪弾くが、慣れないと戸惑うFにも簡単に指が届いて楽に音が出せる。非常に弾き易いのだ。

 

 更に調律の必要が無いくらい、最初っから自分に合った音が出ている。

 というか、勝手に調律がされている気がする。これが魔法なのか?

 

 要は円が出したい音が出るように勝手になってくれているのだ。便利にも程がある。

 まぁ、確かにああいう能力(、、、、、、)ならそうであった方が便利に違いは無いが。

 

 

 「それで一体どんな力があるでござる?」

 

 

 新しい玩具をもらってはしゃぐ子供宜しく絃を爪弾いて遊んでいた円に、流石に好奇心に負けたのだろう楓が急かす様に声を掛けた。

 

 え? と円が頭を上げるとエヴァも同じ事を言いたかったのだろう、開けていた口をばつが悪そうに閉じている。古も焦れているようだ。

 

 そして横島は苦笑。何か微笑ましそうに見られていたらしく、めっさ恥ずかしい。

 

 こほんっと誤魔化すように咳払いをし、ちょっと悩んでから楓に顔を向け、

 

 

 「あのさ、ちょっとその辺を歩いてみて」

 

 「は?

  歩く……でござるか?」

 

 「うん」

 

 

 今ひとつ解らないが、これは実験なのだろう。言われるままに歩いてみる事にした。

 

 普通にトコトコ歩いてみるが別に変わった事はない。

 横島の姿を極力視界に入れないようにという不自然な歩き方(まだ恥ずかしいらしい)であるが、それでも変わったところは感じな……

 

 

 いや……?

 

 足が重い。気にする程度ではないが、確かに錘をつけたかのように重い。

 

 音楽が聞こえないからまだ使われていないのか。それともこれが付随する力の一つなのかは知らないが、兎も角足に妙な荷重が掛かっている事に間違いは無いだろう。

 

 だが、武闘家にとってはトレーニング程度の過重にしかなるまい。

 

 首をかしげながら歩く楓であったが、びぃんっと弦を弾く音が聞こえると加重が消えた。

 拍子抜けの感もあったが、実験も終わりかと皆に顔を向けると……

 

 

 「お前……」

 

 「か、かえで……」

 

 

 何だか皆の様子が変だ。

 

 呆れるというか呆然としているというか、様々ではあるが驚きの目で楓と円を交互に見つめていたのだから。

 

 

 「おろ? 一体何でござるか?」

 

 

 当然、彼女にはサッパリだ。確かに荷重は掛かっていたようであるが、それ以外は……

 

 

 「楓ちゃん……」

 

 「にゃっ にゃんでごじゃるか?」

 

 

 流石に横島の声には激しく動揺し、みょーな喋り方で聞き返してしまった楓であるが、彼の言葉を聞いて素に戻って驚く事になる。

 

 

 「ひょっとして、全然気ぃついてないんか?」

 

 「にゃにが……」

 

 「いや、にゃにがって……ものごっつスローで歩いとったんやが……」

 

 「は?」

 

 

 いや自分は普通に歩いて筈だ。

 

 確かに加重は掛かりはしたが、それで足が重くなって速度を落とすほどではなかったのだし、そこそこ体力があれば軽いパワーアンクル程度にしかなるまい。

 

 つまりはその程度。その程度で足を遅くしたりはしないのであるが……

 

 

 『お姉ちゃん音楽が鳴っている間、ずっとゆっくり歩いてたレスよ?』

 

 「え!?」

 

 

 音楽?

 いやそんなものは聞こえていなかった。

 

 何時鳴るのかな? とは思っていたのだが、聞こえてくるより前に足が重くなってそちらに意識が取られてそのままだったのだ。

 

 という事はつまり、とっくの昔に音楽を奏でられ、その効果があったという事、

 そして足が重くなったのではなく、動きがスローだったという事、

 そしてそれが意味をいるものは——

 

 

 「釘宮殿!?」

 

 

 そう円に向き直ると、彼女は悪戯が成功したのを喜ぶ子供のような笑みを浮かべ、

 

 

 「うん。これが私の道具……<蛙の唄>の力みたい」

 

 

 円専用の宝貝、<蛙の唄>

 

 アンプ兼スピーカーである緑色のカエルの口から放たれた曲が“当たる”と、思考速度と反応速度が音色に操られてしまう、恐るべき宝貝であった。

 

 

 

 

 

 

 「……流石に呆れたわ」

 

 

 円を囲んでわいわい騒いでいる少女らを眺めつつ、当然というかエヴァは呆れ返っていた。

 

 というのも、あの<蛙の唄>とやらの効果はシャレにならないくらい酷いもので、その音は相手の思考速度と反応速度が同時に音に操られる為、本人は自分の周りの時間の進み方だけが変わったとしか認識できず、戦いに用いたならば先行さえ取れていれば相手を何も解らないまま倒す事もできる事を聞かされたからである。

 

 何せ効果範囲内(音が届く範囲)の任意対象に働くのだから、乱戦になったとしても敵だけスローに出来るし、やろうと思えば味方だけ加速する事も出来るのだ。

 

 尤も円の演奏速度準拠なので、瞬動が使える楓等に曲調の早いもの使用したとしても逆に遅くなってしまうので意味は無いが、それでも敵に遅い曲調で奏でれば思考減速効果というド反則さも相俟って洒落にならない。

 何しろ掛かっている本人は音が染み込む為に音楽が響いている事を確認できないので訳が解らないのだから。

 

 楓が加重を感じたのも当然だ。

 無自覚に動きをスローにされてしまうので、自然に歩くという行動も片足立ちが多くなってしまう。それを軽い重さが掛かっていると勘違いしたのだろう。

 そしてそんな誤解があるので余計に気付きにくいという利点が生まれていた。

 

 おまけにカエルと琵琶ギターとの共感できる距離もかなり曖昧で、エヴァの家から学校くらいまでの距離であれば問題なく届くらしい。

 更には自立行動もできるので、時間はめっさ掛かるだろうが カエルだけをのそのそと目的地に向かわせ、着いた時に演奏を始めるという援護法も出来るとの事。

 

 そりゃエヴァでなくとも呆れるだろう。

 

 

 欠点は、その効果が演奏している間だけで、音楽には当然あるはずの“余韻”の部分には効果は含まれないし、演奏を止めれば瞬間的に元に戻ってしまう事、

 そして演奏中はそれに集中してしまう為に移動が全く行えず、またかなり周囲から意識が遠のいてしまうとの事。

 つまり円のアイテムは、移動不可の設置型支援特化型の魔法楽器であった。

 

 とは言ってもその力は侮る事は出来ない。

 単体の能力だけでもかなり怖いというのに、誰かと組んだ時の効果はハンパではなく、先に使用されればエヴァですら手も足も出なくなってしまうのだから。

 

 しかも、その宝貝の力はそれだけではない。

 

 

 「感情まで操る……か、

  音楽らしいといえばそこまでだが……シャレにならんな……」

 

 

 そう——

 何とその音は感情まで操れるというのだ。

 現に今、実験だと称して横島を泣かせたり怒らせたり『遊ぶなやー!!』と怒る彼をイキナリ笑わせたりしている。

 音が止まれば瞬間に戻るのだが、それでも戦いの最中に高ぶる戦意を霧散させたりできるのだから本当にシャレにならない。

 

 何せ相手をいきなり鬱状態にして絶望感に陥れつつ動きを鈍化させられるのだから。

 

 

 「しっかし……これって、霊波だな。そりゃ抗えんわ」

 

 

 何か疲労している横島が、掛かってみて解った感想をそう述べた。

 

 

 「れーは?」

 「ぴぃ〜?」

 

 「ああ……」

 

 

 まだナナにはチンプンカンプンだろう。かのこと一緒に首をコテンと傾げていた。

 その所為で横島は何かしら萌えていたがそれは兎も角。その言葉が聞こえていた楓たちにはどうにか通じていたようだ。

 

 昔——

 横島がいた世界での事であるが、職場の同僚にネクロマンサーの笛というアイテムを使う霊波の使い手がいたし、とある仕事で歌に霊波を乗せて船を沈めていたローレライと戦った事もあるのだ。

 お陰で音や歌による霊波攻撃も思いっきり身に沁みているのである。

 

 だからこそ彼は気付く事が出来た。

 これは音に霊波を乗せているのではなく、霊波を音として発しているのだと。

 

 よって音に曝されるのではない為、魔法抵抗力が激高いエヴァ、氣や特定の魔法を弾けるナナはおろか、茶々姉達すらこれの影響を受ける。

 

 当然ながら、命令を“聞く”という存在であるゴーレムやガーゴイルすら音に操られるだろう。

 全く、何というチートなアーティファクト……いや、宝貝であろうか。

 

 

 「凄いでござるな。条件反射の動きすら操られているでござるよ」

 

 「という事は、遅い曲弾かれたら飛んできた飛礫とかに反応する事も出来ないアルか?」

 

 「いや、それ以前に気付けねぇよ。

  ビーチバレーのボールだって音速超えてるよーに感じるだろうし」

 

 

 無論、如何に鈍化されようと反応速度と思考速度だけなので瞬動は出来る。

 

 しかし“入り”の部分が丸解りになる上、本人は未体験の加速を行った感覚に見舞われる為に制御が出来なくなるだろうし、“抜き”の部分に入るだけですっ転んでしまうだろう。

 そんなあまりの反則具合に皆もちょっと引きが入る。まぁ、当然だろうけど。

 

 尤も、当の円にしてみれば嬉しさ半分、切なさ半分だ。

 

 嬉しいのはこの楽器の能力を完全に引き出すには彼女の演奏力が求められる。

 つまり、彼女自身が底上げをしなければ宝の持ち腐れなのだ。

 傍から聞けばどうという事は無かろうが、この意味合いは大きい。

 

 鍛えなくとも強くなれるというのは、横島を騙して脅して契約を結んだ意気込みが意味を成さなくなるという事でもある。

 そして切なさはその余りにも使い勝手の良い道具の強さ所以(ゆえん)

 もう少し前の彼女であればそれは素直に喜べたであろうが、何もせずとも一足飛びに強くなってしまえば、今の横島と同じ悩み……便利過ぎて道具に頼り切り、本人を弱くしてしまいかねない能力なのだ。

 それどころか下手をすると慢心し、その力を持て余した挙句、逆に道具に使われてしまいかねない。

 

 この馬鹿(横島)のケツを引っ叩いて引き摺って前に進む為にはどうしても自分自身をもっと鍛えてゆく必要がある。

 しかし想定した目標以上の高みを目指す必要が生まれてしまった。

 

 それがちょっと切なかったりしているのである。

 

 尤も、それが悪いと言うわけではない。いや、それどころかマイナス要素を見付ける事が出来なかった。

 何せこの手に入れた力、操るのが霊波なのだからギターの練習を続ければ続けるほど、腕を上げれば上げるほど鍛錬になるしバンド活動の役に立つ。

 円はそれが彼の気遣いのように感じ、彼を見て少し微笑んでしまった。

 

 

 「う……」

 

 

 そして横島はその笑顔をまともに見てしまい、包帯の間から覗く肌を赤く染めてそっぽを向く。

 照れているのが丸わかりで実に微笑ましく、円はまた微笑んでしまった。

 何だか初々しいカップルの如く——

 

 

 「ぬぅ…」

 

 「ム…」

 

 

 で、

 面白くないのが楓と古である。

 

 そのやり取りが阿吽に見えてスゲく腹立たしい。つーか妬ましい。

 

 今までと違って気持ちをすっかりスっこり理解してしまっているので余計にジェラシってしまう。

 ハンカチ噛み締めてキーっというヤツ。

 

 その様子が面白いのか零はけけけと笑うのみ。こっちは元から手段を選ぶつもりが無いので余裕があるのだろう。

 その辺の恋心は解っていないナナはハテ? と無い首を傾げて横島を肩に乗った。

 

 

 『ねぇねぇ、お兄ちゃん』

 

 「ん? 何だ?」

 

 『お兄ちゃんもお姉ちゃん……零お姉ちゃんとも契約したんレスね?』

 

 「………………………………………………………………うん」

 

 

 横島がおもっ苦しい沈黙の後にそう答えた瞬間、周囲の空気が一気に冷えた。つーか凍った。

 

 その寒冷前線の原因は、楓と古、そしてそこまでは温度は低くは無いが円だったりする。

 

 放たれた冷凍ビームは横島と零を思いっきり射抜いていた。

 当然のように横島はコキンっと瞬間凍結したが零はカキーンと弾く。じぇんじぇん効きゃしない。

 

 それどころか椅子に座ったまま足を組み、自分の指先をチロリと舐めて横島に流し目を贈ったりしてる。

 

 外見は幼女と少女の半ばだというのに、その仕種は異様に色っぽく、横島の顔に少女らとは別の朱が走る。お陰で更に温度が下がったりして寒いの何の。

 

 そして故意にそんな冷凍ビームが避けているナナは、そんな凍死寸前の横島に気付かないまま、何だかわくわくしてるっポイ声で横島に聞いた。

 

 

 『だったら零お姉ちゃんのってどんな道具なんレスか?』

 

 「ぐ……っっっ」

 

 

 何たる質問っっっ

 

 無垢な分、始末が悪い。

 

 “外”なら兎も角、この空間内ならほぼ実力が出せるエヴァですら『おおぅ』と感心してしまうほどのブリザードが吹き荒れていた。小鹿もなんか寒そーだし。

 零としてはガキっポイしっとの応酬を受け続けるのも一興であろうけど、それでは何時まで経っても話が進まない。

 いい加減イラつきが入りかかっていたエヴァが代表のように声を掛けた。

 

 

 「おい。お遊びはそのくらいにしておけ。

  キサマも道具を、アーティファクトを出してみろ」

 

 

 と、エヴァが横島にカードを飛ばしてやる。

 しかし全身ミイラ男状態で掌まで包帯まみれの横島は受け取れまい。そう判断したナナが機転を利かせ、彼に代わって両手(触手?)を伸ばして空中ではしっと白羽取り——を、しようとして失敗。見事すり抜けてスコーンと横島の額に突き刺さった。

 

 

 「のわーっ!!」

 

 「ぴぴぃーっ!?」

 『うわーんっ ごめんさいレスーっ!!』

 

 

 「……」

 

 

 コイツらは一々コントせにゃ話を進められんのかと、エヴァは深くて重い溜息を漏らす。

 

 あ゛ーっ あ゛ーっと喚く横島……は、兎も角、泣いて慌てるナナと かのこを皆があやして何とか場は納まった。言うまでも無く不死身の男はスルーである。

 尤もそのお陰で凍気が緩んだのだから結果オーライかもしんない。

 『蔑ろや……』と涙する横島が哀れであるが。

 

 泣きながらもいい加減邪魔に感じた包帯を自分でモソモソ解いてゆく。するとやっぱり怪我は癒えている。呆れた不死身野郎だ。

 自分で自分の人間具合に疑いを高めつつ、横島は額に刺さったカード……おそらく従者用のコピーカード……を抜いて絵に目を落とす。

 

 今までの札と違い、明日菜達と同じようなタロットカードに良く似たデザインの洋風カード。

 そこに何とも呑気な顔をした自分が電車ごっこ宜しく赤い鎖を引っ張って駆けている絵があった。

 オレっやっぱこんなんか? と、何だか悲しくなりつつもそのカードをじっと見つめていると……

 

 

 「……ん?」

 

 

 と、ある事に気付く。

 

 後ろに背負うように引き連れている黒いシルエット集団。

 一緒にいることが嬉しいとでも言いたげな自分が、赤い鎖でもって繋げているそれら。

 一見して人間ではない事が伺える獣の耳やら尻尾やら翼やらの影かあるのだが、何だか見覚えがあるようなないような……

 

 

 「キサマの称号はPandemonium…パンデモニウムか。

  本来は『伏魔殿』なのだが……

  この絵の様子からすると『百鬼夜行』の意味の方だな。

  二重の意味でキサマにお似合いだ」

 

 「ほっとけっ!!」

 

 「問題は番号。実のところ読めん。

  神代文字だとは解っているのだがな……

  キサマは読めるか?」

 

 「うんにゃ……

  いや……? 何となく見覚えがあるような……」

 

 

 首を捻るがやっぱり出てこない。

 可能性として、消滅した記憶の中にあるのか、或いはこの体の自分が知っていたのかもしれないが……やっぱりどうにもこうにも出てこない。

 

 

 「……まぁいい。

  次に色調。

  キサマの素性や運命が関係していると言われているのだが……Prisma。“虹色”だ。

  納得できるやら、できないやら」

 

 「ほっとけ!」

 

 「徳性は……Spes。“希望”か」

 

 「何だかイメージ的には合うように思うでござるな」

 

 「そーアルな」

 

 「……」

 

 

 「星辰性は素性に応じた天体的な特質だ。

  まぁ、お前らは星占い的な意味合いだと捉えれは良い。

  それはFax。“流星”だ。

  ほっくととどこかに行ってしまいそうだし、すっ飛んで行くトコも似ているな」

 

 「悪かったな!!」

 

 「そして方位はOccidens。“西方”だ。

  キサマの属性は土だと判断していたから中央だと思ったんだがな」

 

 「知らんがなっ!!」

 

 

 方位は兎も角として、口ではムチャクチャに言いつつも、横島の周囲を彩る少女同様にエヴァも何となく横島に合っていると思っている。

 正解とは程遠くとも最良を射抜く彼には、ズレている方が的を得ている気すらしてしまうのだから。

 で、アーティファクトなのだが……これは呼び出してみないと良く解らない。

 

 横島は、この赤い鎖がそうなんだと思っていたのであるが……

 

 

 「兎も角ホレ、呼び出してみろ」

 

 「え、え〜と……?」

 「……Adeat(アデアット)だ」

 

 

 考えてみれば教えてもいないが、ナニを今更的な感は拭えない。

 溜息を吐きつつ、明日菜ですら言いまくっている超基本的なコマンドを教えてやると、ふんふんと納得して横島は口を開いた。

 

 

 「ア、アデアット」

 

 

 何だか自信なさげで、アクセントもなんだかな〜ではあったが、意識をカードに向けてその言葉を口にする。

 

 そして唱えた瞬間、横島は光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——後に彼は語る。

 

 

  この日の事は今でも忘れられない——と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ハレ? 何も変わてないアルな」

 

 

 光は直に収まったものの、何かを持っている訳でも、変化したわけでもない。

 そこにいたのは元のままのぼへ〜っとした青年一人。

 古で無くともそう思っただろう。

 

 

 「? いや、バンダナが……?」

 

 

 しかし流石にバンダナをプレゼントした本人である楓は僅かな変化に気がついていた。

 彼の額に巻かれているものが変化が……

 いや、元々のそれに更に力が付与されている事に。

 

 

 そして少女達が首を傾げている間にその変化は露になった。

 

 

 

 『……ム?』

 

 「え……?」

 

 

 それは、実に懐かしい感触(波動)だった。

 

 

 楓にもらってからずっと着けているバンダナ。

 十代の折、仕事中に着けてからずっと愛用していて、とある事件で消失してからもやっぱり新しいものを手に淹れて着け続けていたそれ。

 流石に二十代を過ぎてからは着けるのを止めていたのだが、十代の肉体に戻り、楓からこれをもらってからは何か物足りなくてずっと着けていた。

 

 そのバンダナから懐かしい波動がしている。

 

 いや、違う。ハッキリと変化を見せている。

 

 額の位置がバックリと裂け、そこに目が現れていたのだから。

 

 

 『………ここ……は?

  空気中の霊気が違う? 一体ここは……』

 

 「お、お前……まさか……」

 

 

 具体的に言えば目を開けているのだ。

 

 

 『ム? ヨコシマ……か? 何だかいきなり霊圧が上がっている気がするが……

  そうだ、試合はどうなった?』

 

 

 「……し、心 眼 ! ! ? ? 」

 

 

 『??? 何だ? 何を驚いている?』

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 横島の驚愕は如何なものか。余人には計りし得まい。

 

 完全に無くした筈の彼の最初の師。

 龍族の神通力によって生み出された彼の霊能力の師、心眼。

 まさか再会を果たせるなどとは想像の端にも無かった事だ。

 

 ただ、楓らは元よりナナですら“それ”を強く感じている。

 横島にあるのは想像を絶する驚きであるが、それすら大きく上回る喜びだ。

 

 完全に無くした筈の前の世界の絆の一つ。

 

 横島を庇って消滅したという過去を持つそれが、アーティファクトという相棒の形を取って再出現したのだ。

 

 運の強さというか、確率変動の極致というか、人生一生分の運を他人の分まで使い切っているような事態である。

 尤も、自分を良く知る者(物?)との再会はそんなデメリットなど頭の隅から外に放り出されていることだろうけど。

 

 話したい事は色々あるだろうが、それよりも心眼に状況を説明せねばならない。

 何せ彼(?)は試験会場で某バトルモンガーに破壊されてからこっちの情報が無いのだから。

 しかし、十年分+こっちでの生活等を一々説明していたら日が暮れるどころじゃない。

 よって、別の世界に来ている事や、ここではオカルト等の情報は秘匿とされている事、こっちでの戦闘を吸血鬼の真祖であるエヴァンジェリンに習っている事、色々あってバカンフーとバカ忍者と円が横島の従者となっており、その横島は零の従者にされている事、そして妹を得た事などを簡単に説明していたのである。

 

 

 『しかし、異世界移動とはな……お前らしいというか何というか。

  それだけならまだしも、あのボンクラが使い魔まで持つに至るとは…な』

 

 「ボンクラで悪かったなぁ!!」

 

 『更には女子中学生を捕獲してはべらし、(あまつさ)えゴーレム少女を妹にするとは……

  随分と歪んだ光源氏計画だな。堕ちたものだ』

 

 「ンな訳あるかーっ!! 人聞きの悪いコトいうなーっ!!」

 

 『冗談だ。ククク……』

 

 「くぅうう〜……」

 

 

 頭に巻いたまま話していると目が疲れるので、横島は頭から外してテーブルの上に置いて話をしている。

 言い合いそのものは突っ込みだらけのコントのそれであるのだが、昔を懐かしむというか、空いていた時間をゆっくりと歩み寄って行っているというか、そんなじゃれ合いのようなやり取りは見てる分には微笑ましいやら苦笑が浮かぶやら。それでいて目が潤んでくるから始末が悪い。

 

 

 何せ——

 

 何せ、それほど嬉しげなのである。彼が。

 

 

 まぁ、だからといってこのままじゃれあいを続けさせていれば幾ら結界内で時間が余っていても無駄使いだ。

 

 

 「積もる話もあるだろうが、ちょっと後にしてくれないか?」

 

 

 気持ちは解らんでもないが、そろそろアーティファクトとしての力も知りたい。

 好奇心の方が勝ったエヴァが代表のように声を掛けた。

 

 ……空気読めやという少女らの視線は気にしない方向で……

 

 

 『ム? ああ、すまない。確かエヴァンジェリン殿だったな』

 

 「うむ。付け加えるのなら、そのバカ男の飼い主でもある」

 

 『ほう』

 

 「納得すなーっ!!! つーか飼い主ってナニ!?

  オレ、人権無いん!!??」

 

 「『気にするな。ククク……』」

 

 

 何だか息が合っていて、横島的にはとってもイヤン。

 彼に出来た反撃は、えっぐえっぐと床に突っ伏して泣く事のみ。

 一応、少女らは慰めてくれるのだが、それによって少〜しクラっとしてるモンだから如何に追い詰められているのかがよく解る。少女愛に堕ちるのも早いか?

 

 

 「すまん。自分から脱線していれば世話は無いな」

 

 『いや、妾も調子に乗りすぎた。相済まぬ』

 

 

 それに何だかこの二人(?)仲良いし。ヤな連合もあったものだ。

 ……ただ、聞き捨てなら無い単語も混じっていたのだが、誰も気付いていないようである。

 

 それは兎も角。

 

 

 「さて、お前は龍神に生み出された式神みたいなものだった。

  そして資格試験の最中に横島の盾となって消滅した。だったな?」

 

 『ああ、間違いない』

 

 

 ふむ、とエヴァは顎に指を当てて思案。

 だがまだ材料は少ないので保留する。

 

 

 「それで今のお前は、アーティファクトとしての自覚は?」

 

 『アーティフクト? 骨董品の事か?』

 

 

 単語を直訳すればそうにもなるだろうが、真っ直ぐ答を返す心眼。

 が、言ってからやや押し黙り、何か思い立ったのか外していた眼差しをエヴァに戻した。

 

 

 『……いや?

  何故かは知らぬがそう言われてみれば何だか思い当たる気もするな。

  うん? 魔法の道具だった……か?』

 

 「そうだ。

  ふむ……やはりな……」

 

 

 納得しているのはエヴァ一人。

 知識不足の円とナナ、考える事を完全に人任せにしている零は別として、横島と楓と古は揃って首を傾げていた。お似合いだかバカっぽい。

 自分のアーティファクトだろーがっ キサマもちっとは考えろっ と言いたげな視線を投げつけ、自分の前に置いていた心眼を手にとり、珍しく自分から横島に手渡した。

 

 

 「では、自分の能力を把握しているのか?」

 

 『んん? 自分の能力……? ム? ムム?』

 

 

 恐らく言われて初めて“それ”が思い付いているのだろう。一つ目のバンダナという形態であるが、傍目にも混乱しているのが良く解る。

 

 

 『こ、これはまた……何というか……

  オイ、横島。何だこれは??!!』

 

 「説明もされてへんのに解るかっ!!」

 

 『そ、それもそうだな……しかしこれは……』

 

 

 何を気にしているのかブツブツ言い続けている心眼を額に巻き直し、改めて聞きなおそうとエヴァに顔を向ける。

 が、彼が口を開くより前に手で制し、横島を立たせて距離を置かせた。

 

 

 「な、何だよ」

 

 「いいからとっとと離れろ。あくまでも念の為だから気にするな」

 

 「??」

 

 

 訳が解らないままであるが言われた通り距離を置き、遠くでもう良いというエヴァの声を聞いて足を止めた。

 改めて目測で図ると距離にして約50メートル。こんなに間を置かせて何をやらせようというのか。

 

 

 「ぶっちゃけキサマのアーティファクトの使い方なんぞ私には解らん。

  だからその心眼とやらに聞け。そいつならキサマに合わせて解りやすく説明してくれるだろう」

 

 「は?」

 

 

 いきなり言われても訳が解らない。

 アーティファクトを調べるんとちゃうかったんか? と疑問を浮かべるが、

 

 

 「とっととやれっ!!」

 

 

 と怒声がぶっ飛んできたらそんな疑問もスポーンと抜ける。

 

 

 『ヤレヤレ……

  守銭奴女王から離れたら吸血鬼女王か……よくよくお前は下僕運が良いだな』

 

 「ンな運なんぞいらんわーっ!!!」

 

 『まぁ、それは横に置いておこう。

  で、妾の使い方だったな?』

 

 「あ、ああ……」

 

 

 心眼はふむ…と数秒思考した後、パチリと目を開けて横島にこう言った。

 

 

 『自分の額に目を開けるつもりで、妾に意識を集中してみろ。

  今のお前なら(、、、、、、)できる筈だ』

 

 「え?」

 

 『ほら、やってみろ』

 

 「あ、ああ……」

 

 

 やっぱり聞き捨てなら無い単語が混ざっていたよーな気がするのだが、エヴァが怖いので言われたようにやってみる。どーせ後で聞きゃいいのだしとお気楽に。

 

 すると——

 

 

 「のわっっ!!??」

 

 

 声を出して仰け反る横島。

 少女らも驚いて腰を浮かしかけるがエヴァが手で制する。

 

 恐らく想像通りなのだし。

 

 

 「な、何だぁ?!

  何時ものアレ(、、)みたいに……い、いや、それよか何かカードみたいなモンが……」

 

 

 他の者には全然見えないだろうが、横島の脳裏にだけハッキリと浮かんでいる。

 パクティオーカードに似た図柄に描かれた女性達の絵々。それがまるでコンピューターの選択画面が如くズラリと並べられた状態で浮かんでいるのだ。

 おまけにその図柄、彼がよく知る女性や少女達の絵姿ばかりである。

 

 

 『見えているな?』

 

 「お、おい、心眼。これって……」

 

 

 心眼には解っていたのか、別段驚いた風も無い。

 焦っているのは横島だけだ。

 

 

 『説明は後だ。

  兎も角、その中から一人を選択しろ。

  どうせ実験だ。誰でもいいぞ』

 

 「誰でもって……

  ま、まぁ、そう言うなら……」

 

 

 心眼の言葉通り、そのカードの中からマジてきとーに女性を選択した。

 瞬間、そのカードが光り輝き、横島の意識ごとその光に飲み込まれる。

 

 

 「!? 横島殿っ!!」

 

 『お兄ちゃん!?』

 「ぴぃっ!?」

 

 

 少女らと小鹿は慌てるが、エヴァはやはりなと納得しきり。

 そのエヴァの余裕が示す通り、実のところ光は瞬間的に起こっただけで直に収まり、光に隠されていた人影がその中から露になってゆく。

 

 

 「ん? んん〜?? ンなっ!!??」

 

 「え? えっ!? ええぇ〜〜っ!!??」

 

 

 古と円が驚愕の声を上げた。

 

 それも当然。何故なら、光から現れたのは見知らぬ女性。

 

 やや紫がかった長い銀色の髪。

 

 白磁のような白い肌、そして赤い瞳。

 

 ノースリーブのように肩を出した軽鎧に、どこか大陸を思わせる衣服。そして沓。

 

 年の頃は少女達より少し上くらいで、プロポーションも楓より上。そして“本物”と違い、頭に巻かれているのは横島と同じ赤いバンダナ。

 肌の白さと相まって紅色の唇がやたらと印象的な美少女だった。

 

 そんな少女が横島のいた場所に立っていたのである。

 

 いや円とナナは兎も角、他の者は『再』『現』を知っているので然程驚く必要は無い。

 古達が驚いていたのは見知らぬ少女の姿をとったからである。

 

 

 『はぁん……そういう事かい』

 

 

 見た目通り、どこか蓮っ葉な声で自分の手指を動かして何かを確認しているその少女。

 何だか異様な色香を放ちつつ、納得したようにエヴァの下に歩み寄ってくる。

 

 

 「ふん。お前も横島と縁が強いヤツという事か」

 

 『まぁ、ね。腐れ縁だけどさ』

 

 

 そう言って肩を竦めるその少女。

 

 何というか……正体は横島だと解っているのに、それだと感じさせられる凄まじい気配。

 今まで赤髪の龍神しか知らなかった楓達であるが、この存在も神魔というものであるのが思い知らされている。

 

 かの龍神は氣を押さえているので然程圧迫感を感じないでいたのだが、“これ”は違う。

 

 何が違うって、圧倒的なまでの“魔氣”——それもこの間のヘルマンなんぞ足元にも及ばないほどの凶悪で強烈な魔氣が発せられているのだ。

 ナナに至ってはその波動に怯え切ってしまい、円の陰に隠れて震えてしまっている。

 逆にかのこは小さな身体のまま角を生やして威嚇していた。つもりはそういった存在だからだろう。

 

 

 『おっと、すまないね。お嬢ちゃん達の事忘れてたよ』

 

 

 だが、直にその様子に気付いて気配を落とす。

 忽ちの内に排水栓を抜いたかのように失せて行く魔氣。

 カタカタ震えていたナナも、警戒して唸っていた かのこもそれに伴って落ち着きを取り戻してゆく。

 

 

 『はは しかし凄いね、こりゃ。

  前は出来なかったのに、アタシまで再現できるとはね』

 

 

 何だか楽しそうにそう呟く少女。

 落ち着きはしたがそれでもまだ怖いのだろう、ナナは円の影から少女をチラチラ。

 それが面白いのか、少女はナナをツンツン突付く。

 

 そんな行為を見てエヴァも感心し切りだ。

 実のところ、アーティファクトの力そのものは似たようなのを良く知っているので殆ど気にならない。

 それよりもアーティファクトそのものに意思があり、横島の霊波を制御し切っているだろう事実。

 その強みの方に意識が向いているのだ。

 

 というのも、目の前に立つ少女は魔氣からして凄まじいまでに残虐な性格をしているはずだ。

 正しく魔族…いや、悪魔とはっきり言い切れるほどに。

 

 だがしかし、そんな存在であるにも拘らず、ナナと小鹿を見つめる眼差しはとても柔らかい。

 気を使って観察すれば解るのだが、浮かべている笑みは確かに彼と全く違うものであるのに、放っている雰囲気の中に横島の空気が見え隠れしているではないか。

 つまりそれが意味している事は——

 

 

 「お前……横島の意志の元に動いているのだな?」

 

 

 ほぼ確信を持ってそう問うと、少女は感心したような目でエヴァを見、

 

 

 『当たり。あんた冴えてるねぇ……

  あのバカに使われているアタシの名は女蜥叉(メドーサ)

 

  ヨコシマを虫ケラと侮った挙句、

  とことん邪魔されて最後には一撃で滅された馬鹿な白蛇さ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 横島が珠の力を使い、単体で『再』『現』していた際の欠点は、その克明過ぎる再現力だった。

 

 確かに対象を100%再現する事は素晴らしいのだが、この克明な再現力によって対象が恐ろしく絞られてしまうのである。

 

 つまり彼女のような魔族を再現した場合には100%同じ行動をとられてしまい、僅か十分とはいえ魔族を再現して野放しにしてしまうのだから何をされるか解ったものではないのだ。

 横島が手に入れたアーティファクトは<vinculum(ウィンクルム)rosea(ロゼア)>。

 繋いだ絆の相手を再生する“キヅナノセキフ”という布だった。

 

 因みに、ロゼアは確かに赤を意味するのだが、バラ色(色調でいえばピンクっぽい)なのが何とも横島らしい。

 

 その力は、彼が絆を結んでいる者達の力を再現し、その能力を使用できるというとんでもないシロモノである。

 心眼と呼ばれているものは、おそらくアーティファクトの管理人格がその能力の余波をモロに受け、彼の馬鹿げた記憶に引っ張られて再構成されたものなのだろう。

 それはアーティファクトの使用位置……額の位置に着用されるという事も関係していると思われる。

 

 要は今までの『再』『現』を簡単に出来るようにしただけのように思えるが差にあらず。

 

 このアーティファクトの強みは、管理人格が横島の霊波を制御してくれるので、今までの100%再現とは違って再現対象者に横島の意志を介在できるようになったところにある。

 この事によってメドーサというド厄介な魔族すら再現できるようになっているのだ。

 

 更に更に、心眼が負担等が起きないようにコントロールしてくれているのでデメリットである再現後の苦しみが無くなっている。

 これはとてつもなく大きい。

 

 何せ一度再現した後は丸一日治療室で唸ってなければならなかったのだから、横島の喜びたるや如何なるものか。

 

 感涙を持って舞い踊っている事からもどれだけ苦痛だったかが窺い知れるというもの。

 

 時間は相変わらず十分間であり、もう一度再現するにはチャージに一時間も掛かったりするが、今までに比べれば弱点など無いに等しい。というか破格である。

 

 

 「ありがとう、心眼!!

  言葉に出来ないほどの感謝を!!!」

 

 『感謝してくれるのは良いが……流石に号泣して言われればちょっと引くぞ?』

 

 

 因みに絵札の赤い鎖は、それらの縁とその強さを表しており、それに伴って再現できる者たちを示しているようだ。

 

 女しか写っていない気がするのだが……まぁ、それは良いとして。“赤い鎖”で結ばれているのだから一度繋いだ絆はそう簡単には切れん。少女らにはそう物語っているように思えていた。

 

 何だか彼らしいカードだなぁ、と我が事のようにはにかむ少女達。

 

 割れ鍋に何とやら、蓼食う虫も何とやらで、良いように良いように物事をとるのは乙女の特権か。

 尤も、本質的に間違ってはいな分、始末が悪い。

 

 そんな夢見る乙女モードになっていた少女達であったが、楓はふとある事に気付き、照れはかなり残るものの勇気を振り絞って(大げさにアラズ)一歩を踏み出し、震える唇を何とか動かし彼に向かって問いかけた。

 

 

 「あの、えっと、横島殿?」

 

 「ん? 何?」

 

 

 実に自然に問い返す横島。

 

 目が合った瞬間、彼女の血流速度が跳ね上がった。

 

 修学旅行でもこんな事はあったが、今回はあの時より動揺のレベルが段違い。

 心の中では“ちび楓”達が檄を飛ばして大応援。その甲斐あってか、楓も何とか言葉にして問う事が出来た。

 

 

 「え、ええ〜と、そ、その……

  再現できるモノの中に、その……拙者はいるでござるか?」

 

 

 この言葉に、少女達の周囲の空気がズシンと重さを増した。

 

 そうなのだ。

 

 もし再現できるというのなら、それは強い絆を持ってくれているという証拠であり、それはすなわち彼の中にどれだけの大きさで自分らがあるのかというバロメーターとなる。

 普段はボケボケくノ一のくせに、こんな時に限って頭がよく回るではないか。

 

 で、問われた横島は乙女ヘッドを得ている楓達の頭の回転について行っていない様で、う〜ん……と言いながら呑気にセレクトモード(仮名)を眺めていた。

 時間にして一秒弱なのであるが、乙女モードで加速している彼女たちの思考速度は想定速度を凌駕しており永劫の間を感じてしまうほど。

 

 何せ将来が懸かっていると言っても過言ではないのだ。そりゃ意識も鋭角化するだろう。

 

 

 ……ナニを大げさな、と言うこと無かれ。恋に悶える思春期はそんなモンなのだ。

 

 

 しかし、大人になって女性の機微が解って来ているとはいえ、普段はやっぱり朴念仁である横島は、そんな深海のような空気の重さもなんのその。

 彼だけに見えているカードを検索してから、ごっつド呑気な声で質問に答えやがった。

 

 

 

 「あ あった」

 

 

 

 と——

 

 

 ぶ っ し ゅ わ ぁ あ あ あ あ っ っ っ っ っ ! ! !

 

 

 瞬間、楓の顔は赤熱化し、鼻血と耳血を噴いて直立不動の姿勢で卒倒する。

 幸いにして茶々姉の一人であるディードとエリーが瞬間的に距離を詰めて抱き止めたから良かったものの、間に合わなければ後頭部を石畳で殴打していたであろう。

 

 

 「おお 古ちゃんもあるぞ」

 

 

 ぱすんっ

 

 

 何故か耳から思いっきり空気が噴いた。

 まるで鼓膜が破裂でもしたかのように。

 

 当然のよーにひっくり返る古。そして顔色も楓と同様にスゲく赤い。文字にするなら真っ赤っ赤っ赤っ赤に。

 

 こっちはフィオが受け止めた。

 

 

 「ありゃ? ナナもいるし、円ちゃんや零もいるぞ……って、かのこまでいる」

 

 

 『♪』

 「ぴぃ?」

 

 「う……っ」

 

 「へっ」

 

 

 ナナは単純に喜び、かのこはよく解っていない様子。

 円は真っ赤になって俯く。零は肩を竦めるだけであったが、珍しく僅かに朱が走っていた。

 

 この事が示すように、彼自身は無自覚であろうがとっくに彼女たちは横島の内側に入れてもらっていたのである。

 

 元の世界の掛け替えの無い人達とほぼ同等の位置に自分達がいる。

 

 彼の横で共に笑えるような位置に自分達がいる。

 

 彼はそう自覚していなくとも、カードがそれを示している。

 横島のパクティオーカードをよく調べてみれば自分達のシルエットもあるかもしれない。

 

 その事実がどれだけ彼女たちの気持ちを底上げするか……解らないまま、彼は素直に馬鹿正直にそれを告げてしまっていたのである。罪作りは相変わらずのようだ

 

 

 「へぇ〜……って、のわぁっ!!??

  か、楓ちゃんっ 古ちゃんっ!!!??」

 

 

 セレクト画面から目を戻せば色んな汁を噴いて目を回す二人。

 

 

 自業自得というか、何と言うか……微妙にズレた関係を目にしてしまって溜息を吐くエヴァと心眼を他所に、横島は一人大慌てで茶々姉らと共に少女達を治療室に連れて行き、二人の回復に全力を尽くすのだった。

 

 結局その日も修行にならず、横島は介抱に奔走して終了。

 

 

 これが、再会劇の顛末であった——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 −おまけ−

 

 

 「お姉ちゃん」

 「ぴぃい」

 

 「おろ? どうしたでござる?」

 

 「老師の部屋は向こうアルよ。一緒に寝ないアルか?」

 

 

 如何に大騒動になろうと二十四時間は外に出られない為、何時も一泊をする事となるのだが、就寝時間なった時に何故かナナがかのこを伴って楓たちが雑魚寝をしている部屋にやって来た。

 イロイロと疲労しており、襦袢姿の楓や、髪を下ろしてチャイナ服に似た寝間着を着ている古、パジャマ姿の円もやや眠そうだ。

 

 

 「今日、こっちで寝ていいレスか?」

 

 「それはいいけど……横島さんのトコで寝ないの?」

 

 

 そう円が問うと、ナナは満面の笑顔で『はいレス』と答えた。

 

 

 「今日は特別にお兄ちゃんはシンガンさんに貸してあげるんレス。

  久しぶりだからいっぱい、いっぱいお話するはずレス」

 

 「ぴぴぃ♪」

 

 

 へ? と顔を見合わせる少女達。

 だがそんなナナ達の可愛い気の使い方に笑みを浮かべると、シーツを捲ってこの妹分らを誘った。

 

 

 「そっか……じゃあ私達と寝よっか」

 

 「好きなトコで寝るといいアルよ」

 

 「サンドイッチでござる」

 

 「わぁい♪」

 「ぴぃぴぃ♪」

 

 

 ぽすっとシーツに丸まり、かのこと一緒に顔だけ出してニッコリ笑う。

 

 優しくて強い絆の鎖で雁字搦めにされている幸せな女の子と小鹿。

 

 この子らが与えられている心地良さは、この行動とこの笑顔で見て取れる。

 

 

 そんなナナと小鹿を見て彼女達も笑みを深め、三人がかりでだっこして横になった。

 

 

 

 

 

 

 

 何より絆と幸せを感じさせる魔法の言葉、

 

 

                  おやすみを告げて——

 

 

 

 

 

 




 お読みいただきありがとうございました。

 横っちのアーティファクト、思いついたのは良かったのですが、あまりにチート過ぎる(神様を再現できるから)仕様でしたので、当初はどうしようかと悩んでいました。
 が、ナギやらラカンやらの亜神のよーな超人まで再生できるクウネル(アル)という例があり、幸い(汗)にもネギが似たよーなのを手に入れたので余裕で出せました。いや良かった良かった。

 心眼も前からこういう位置付けで出すつもりでしたし、やっと出せたのでホッとしてたり。
 因みに彼(?)は某魔砲少女でいうところのデバイス的な位置付けです。

 で、楓たちもやっと気持ちを自覚。
 ついにイチャイチャし始めるのか? 尤も先にいちゃついてるのは妹だったりしますがw
 これで学園祭編でイロイロとイベント起こせるので嬉しいですし、未公開ですが元々のサイトに送ったものとは全く違うモノとなります。
 まぁ、どうなるかは説明抜きてせ。後の話で語られる……かも?

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