-Ruin-   作:Croissant

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後編

 

 

 一癖も二癖もある麻帆良の学園は体育部どころか文化部ですら元気に充ち溢れている。

 

 

 一例として挙げるならば図書館探検部。

 

 名前からして突飛であるが、何よりも他の学校よりカッ飛んでいるのはその部活動で、クラブの名前通りに図書館島という正気を疑う施設を探検するという事だろう。

 

 何せ何時建てられたのかハッキリしない上、その蔵書もイギリスの国営図書館ですら平伏すと言われるほど。

 

 しかしカッ飛んでいるのはそれだけに止まらず、侵入者封じのトラップが至る所に設置されているし、滝があったり休憩施設があったり、地下にはダンジョンがあったりと常軌を逸しており、初来館者達のゲシュタルトが崩壊しない事が不思議である。

 

 そんな施設だからして、その蔵書を調べたり書籍の確認をしたりするのには超人的な体力と運と勘が必要となっているのは必然。

 というより、並の体育部より体力が必要なのは如何なものか?

 

 まぁ、それは兎も角(いいとして)

 

 

 そういった特異過ぎる例は横に置くとして、極普通に活動しているクラブだって当然ある。

 

 特定の男性教師以外の人物画が抽象画っぽくなってしまう暴れん坊部員のいる美術部やら、国際ホテルのオーナーシェフが目を剥くほどの腕を持った女子中学生がいるお料理研究会やら、女子中学生相手に平気で形而学を滔々と語り尚且つ理解してしまう哲学研究会とか……いや、かなり突飛か?

 と、兎も角、真っ当な文化部とてない訳ではない。書道やら華道やらは確かに普通なのだから。

 

 そして、茶道部もその真っ当な文化部の一つである。

 

 尤も、クラブで使用している茶器は一品物だらけだったり、使われる菓子は政財界界御用達の店より美味くて綺麗(超包子製)だったり、クラブにくっ付いている野点を行う庭園は国定公園並みに立派なのだが気にしたら負けだ。

 

 

 その部活動で使っている茶室の中、風炉の側らで茶を点てている金髪の少女がいた。

 

 日本古来の伝統文化であるが、少女のそれは作法に則った綺麗な所作で、教えられたものをなぞったという動きではなく、独自で高めたであろう美しさがあり、その背筋をぴんっと伸ばした座する姿も奇異な点を全く感じられないほど。

 

 よっぽど昔から茶の湯に触れてきたのだろうという事が窺い知れる。

 

 

 しかし時間的に言えばまだ授業中の筈で、学校によっては茶道の時間もあったりするが、彼女たちの学校にはその課外授業はなく、あるとしても高等部からだろう。

 つまりここにいるはずもないのであるが……まぁ、言ってしまえば授業をサボってここに居るという事である。

 

 

 「……で? お前達はそれでいいのか?」

 

 

 部活動の時間ではないからか、面倒だからか、部長であるその金髪の少女は着物に着替える事もなく制服で茶を点て、そんな事を言いながら二人にその器を差し出した。

 

 器の底に茶筅を触れさせず細かい泡を立て、捻るように救い上げて真ん中をやや膨らませるのは手馴れているからか。

 素人目にもけっこうな御点前である。

 

 だが、差し出された二人は器に触れる事もなく、彼女を見つめ続けていた。

 

 

 「……さっき聞いたよね?」

 

 「あん?

  ああ、私が単独で作ったもので防げたかどうかというヤツか?」

 

 

 質問をした少女は問い返しにコクリと頷く。

 彼女が聞いた話とは、この金髪の少女が自身の力で作り出した道具が彼女の力になれたかどうかという事。

 

 で、少女の答はというと端的に言えば『どうにかなる』だ。

 

 見た目は中学生どころか小学生で通ってしまう幼女であるが、この少女は優に数百年を生きている。

 だが無力であった時代もかなり長かった為、彼女が問うような事柄に対する備えだってちゃんとあるのだ。

 それを応用すれば、彼女が懸念した事にだって対応できるに違いない。

 いや、『できる』と言い切れるだろう。

 

 

 「アレは単にアイツの勇み足だ。

  ……まぁ、お前を心配し過ぎた感もあるがな」

 

 

 ククク……と含み笑いで締めくくると、問いかけた少女の頬にすっと朱が走る。

 尤も、怒りではないようだが。

 

 

 「……で? アイツの為にお前らは人生を棒に振るのか?」

 

 

 そんな子供っぽいオンナ予備軍の二人にからかいの表情を向けて探りを入れる。

 

 赤くなっている少女の横で、下着が見えるのもかまわず黙って胡坐を掻いている娘は自分の下僕。

 彼女というラインを通して大凡の話を聞いているし、まぁ、大体理解は出来ているのだが、二人の口から直接聞きたいというのが本音だ。

 

 やはりと言うか、何と言うか、二人は示し合わせたように同時に口を開く。

 

 

 「違ぇーよ」

 

 「違うわ」

 

 

 これまたニヤリとさせられる答え。

 無論、内心に留めているが。

 

 

 「では何だ? アイツに惚れたか?」

 

 

 「ち、違うわよ」

 

 「さてな」

 

 

 おや 今度はズレたか。

 本心は知らないが。

 だが、()に向けている気持ちは同じ、か。ククク……

 強いて言うなれば復讐……いや、しかえし(、、、、)だろうか? 責任とれというヤツかもしれないが。

 それを伝え難そうな少女を茶菓子に、自分用に点てた茶を啜る。

 

 まぁ、下僕は理解しているだろう。とっくに自分が許可を出す気になっている事に。

 

 

 ——どちらにせよ、私には全くデメリットがない話だしな。

 

 

 目の前の主が、そう状況を楽しんでいる事に。

 

 「……取り敢えず、部外者(ぼーや)達には伝えておくとしよう。

  根を詰め過ぎているから今日は休息日にするとな。

  現に不甲斐無い事にフラついてた事だし。

 

  ま、下等動物には仕事をしてもらうが……」

 

 

 邪魔に入られたくはあるまい?

 

 そう聞こえるように呟いてから、意地悪げにククク……と笑う。

 裏の意味を嗅ぎ取った少女はカッと頬を染めて俯くのだが、意外にも下僕もどこか照れているようだ。

 初心なネンネじゃあるまいし……等と思いつつも、このご主人様は内心面白くてたまらない様子。

 

 彼女にしてみればこの機会に確認も出来るのだし、全くもって損のない話なのである。

 だからこそ、このご主人は快く申し出を受け入れたのだ。

 

 

 それは——妹分と話をした後。

 

 

 とある騒動が起きる二時間も前の話である。

 

 

 

 

 

 

 

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              ■二十一時間目:あくの分岐点 (後)

 

 

 

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 「え゛? い、いや、その……私は……」

 

 「嫌ってるわけじゃねぇけど……」

 

 

 流石の二人も、いきなりナナに横島の事が好きかと問われれば焦りもする。

 

 尤も、答えに詰まっている円は兎も角として、零は別だ。彼女の場合は毒気が抜かれたに近い。

 どちらにせよさっきまで悩んでいた憤りだけは霧散していたが。

 

 

 「ん〜 じゃあ、好きなんレスね? 良かったレス〜」

 

 

 問うたナナの方は単純明快。

 

 答えの中にある曖昧さすら気にしていない。

 彼女は好きか嫌いかY/Nだけの選択肢しかないのだからとってもシンプルである。

 

 無論、言うまでもないが円も零も別に彼の事が嫌いな訳ではない。

 寧ろ限りなく好意を持っていると言っても良い。

 と言うか、何でイキナリこんな事を聞いてくるのかという方に疑問が湧く。

 

 

 「ハレ? お姉ちゃんたち、それで悩んでたのと違うんレスか?」

 

 「「 は、 は い ぃ い い っ ! ! ? ? 」」

 

 

 とんでもない答えが返って来、二人同時に声を上げてしまった。

 

 何せ自分達が悩んでいたのは憤りの向ける方向の事であり、彼が好きかどうかの話は全く出ていないのだから。

 無論、全然関係がない訳ではないが、それは彼の浅慮に対しての腹立たしさが出発点というだけで……

 

 

 「ん?」

 

 「あ、あれ?」

 

 

 ——何か、引っかかった。

 

 

 「??? ひょっとしてお姉ちゃん、気付いてなかったレスか?」

 

 

 そんな二人に対し、ナナは思いっきり首を傾げる。

 コテンと頭を傾ける様は中々クるものがあるが、萌えるシス魂はいないので事件は起こりそうにない。

 それは兎も角として、どうやらナナの方は解っているらしくて何だか不思議そう。

 

 

 「えっと……ナナちゃん、私達がどうかしたの?」

 

 

 流石に焦れたのかそう円が問いかけると、ナナは如何にも不思議そうにこう言った。

 

 

 「えっとぉ、お姉ちゃんたちみんな、

  お兄ちゃんが歩いてると直に見つけて目で追いかけてるレスよ」

 

 「「いいぃっっ!!??」」

 

 

 余りと言えば余りの言葉に二人して引きつった。

 

 突きつけられた事実は本人全く無自覚。

 

 気付かなかった、知らなかった事であるが、第三者から指摘されれば思い当たる節があるのだろう、段々と顔を火照らせてゆくではないか。

 人前で照れ顔を曝す円も確かに珍しいが、零の照れる顔などレアどころの騒ぎではない。

 

 

 「だからお兄ちゃんのこと怒ってると思ったんレスよ?

  良かったレス。みんなお兄ちゃんのことが好きなんレスね〜」

 

 

 彼の事を好きだ、好きなんだと連呼されれば否が応でも頭に血が上り続ける。

 他者の色恋沙汰はそれなりに知っているし、友人が失恋した時にはずっとついていた円であるが、それが当人の事となれば話は別なのだろう。中々自分の調子が戻ってこない。

 

 あ、ぐ、え……っ 等と要領を得ないうめき声が漏れるのみだ。

 

 だが、ナナの言葉の中に何だか引っかかる物を感じたのでふと正気に戻る事が出来た。

 

 

 「え、えと、ナナちゃん?」

 

 「なんレスか?」

 

 「好きだから怒ってるって……どういう事?」

 

 「ふえ?」

 

 

 今度はナナの方が首を傾げる。

 その所作から解っているはずなのに何言ってるの? という気持ちがありありと解ったのであるが、問いかけた円も零もさっぱりさっぱり。

 いや、何だかずっと引っかかり続けているのに間違いはないのだが、何に引っかかっているのか、何が引っかかっているのか解らない。それが何とももどかしい。

 

 そんな二人を前に、えーと、えーと……と首を左右にコテンコテン倒しつつ悩み続けているナナ。

 

 解っているのが一番年下(と思う)ナナである事は皮肉が利いているが、もどかしいままなのは勘弁だ。

 流石に焦れた零が問い直そうとした時、やっとナナは疑問の意味に気付いたのだろう、ポンっと手を打ってこちらに顔を戻した。

 

 

 「ああ、そーだったんレスか。

 

  お兄ちゃんのことが好きすぎて、気がつかなかったんレスね〜?」

 

 

 ……かなーりピントはズレてはいたが。

 

 

 「あ、いや、そーじゃなくてだなぁ……」

 

 「だ、だから私達が聞きたいのは……」

 

 

 そう慌てて否定する二人だが、何だか感心するようにうんうん頷いているナナには馬耳東風。ぜんぜん聞きゃしない。

 

 はぁ、と溜息を吐いて二人がかりで説明をしてやろうとした正にその時、

 

 

 「あのね、お姉ちゃん」

 

 

 ナナは二人に向けてニッコリと笑顔を浮かべ、体の色を銀色に変えた。

 

 

 「……え?」

 

 

 この娘は唐突に何をするのだろう。

 

 銀色の肌は忽ちの内に本来の身体である流体銀となり、可愛らしい白のワンピースの繊維を潜り抜けてパサリと衣服が下に落下した。

 

 見た目はのどかを幼くしたような外見の幼女。

 彼女より元気で、彼女より人見知りしなくて愛嬌のあるナナ。

 だが、決定的にのどかと、いや人間と違う点がある。

 

 

 それは体色がメタリックシルバーであり、構成している物質が魔法金属という点。

 はっきりと言ってしまえば、ナナは人間ではない。

 

 

 彼女は——

 

 

 

 『私、モンスターなんレス』

 

 

 

 衝撃の告白。

 

 知らぬ者ならば声を失い、関係者なら痛ましい想いを持つだろう幼い少女の告白だ。

 

 それが思春期を迎えたばかりの少女達ならば尚更だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 尤も、

 

 

 

 

 

 

 

 「えっと……? それは知ってるけど……」

 

 「いきなり何言ってんだ?」

 

 フツーの少女なら(、、、、、、、、)、という言葉が前に付くのだが。

 

 

 何せ円は銀スライムであるナナに拘束されていて、そこから裏の世界に足を突っ込んだ訳であるし、強化外皮宜しくよく身に纏っていたりする。

 零に至っては真祖の吸血鬼を主に持ち、数百年と言う長きに渡って生きてきた元殺戮人形であり現九十九神モドキだ。ぶっちゃけ端からモンスターのカテゴリー。

 

 はっきり言って、ナニを今更……な二人である。

 

 しかしナナは、二人のそんな反応に満面の笑みを浮かべ、何が何だか解っていない二人にそのまま嬉しげに抱きついてきた。

 

 

 「わっ えっ、ちょ、ちょっと!?」

 

 「な、なんだぁっ!?」

 

 『あはは お姉ちゃ〜ん♪』

 

 

 やや軟体になっているが、もとより二人はナナを振り払うつもりはない。

 はしゃいだまま抱きついてくる意味が解らず、ただわたわたと慌てるしかない。

 

 ひとしきり頭をすりつけて二人の感触を堪能していたナナであったが、やっぱり説明は必要なのだと気付いたのか、ちょんと離れて頭を下げた。

 

 

 『あは ごめんなさいレス。あんまり嬉しくてつい……』

 

 「ん、いや、詫びを入れるほどじゃねぇよ」

 

 

 無論、ナナ以外の奴がやったら命の保障はできないが。

 

 

 「でも、何なの?

  何が何だか話が見えないんだけど……」

 

 

 下げたナナの頭を撫でくりつつ円がそう問いかけると、

 

 

 

 『……あのレスね』

 

 

 

 彼女の手を頭に乗せたまま……面を上げた。

 

 

 面を上げる——?

 

 

 円と零はその顔を目にすると思わず手を引っ込めてしまった。

 

 

 ナナは笑顔のまま。

 

 メタリックシルバーなので解り辛いが、確かにニッコリと笑っている。

 

 

 だが、二人はそんな笑顔を見た事がない。

 

 横島が引き取ってから見せ始めた無邪気な笑顔であるが、この顔はそれに似ているようで全く違う。

 

 良く言えば透明な笑顔。

 

 静かな水面が映す波紋のような極滑らかな表情だ。

 

 

 だが、悪く言えば出来すぎの作り笑顔。

 

 正に先に述べた水面が如く、周りの風景を映したり風に揺れたりで彼女自身の感情がその表情に入っていない。

 

 本当の意味での作り物めいた笑顔。それが妥当な表現だろう。

 

 銀色の肌と相俟って、余計に人のイミテーションさが強まってしまう。

 

 

 「……止めろ ド気色悪い。ンなツラ見せんな」

 

 

 即効で沸点を超えたのか、零が苛立った声でナナの表情を止めさせようとする。

 

 言われたナナは直にその表情を引っ込めると、今度は寂しげに笑った。

 それでも先ほどの笑みより“生きた顔”で、ずっとマシである事が物悲しい。

 

 零はその長い経験から、そして円はその感受性から気がついた。

 先ほどの笑みが諦め(、、)の表情である事に。

 

 ナナは本気で怒ってくれている二人に、素直に頭を下げて謝った。

 理由云々は別にせよ、大好きなお姉ちゃん達を不快にさせたのだから。

 

 そしてようやく、二人に何を言おうとしていたのか口を開いた。

 

 

 『私、目が覚めてからずっと一人だったレス……

  目が覚めてお外に出て、お姉様たちに拾われるまでの二年間、

  ずっと森の中で一人住んでたんレス』

 

 

 それは二人とも前に聞いた。

 

 何でも、最初に出会ったのが魔法使いで、銀色スライムという初めて目にするものに腰を抜かした失態を誤魔化す為、襲われたの何だのと報告書をでっち上げ、家畜が獣に襲われた事件すら彼女の所為にして罪を重くして追い回していたとの事。

 その件を思い出し、零は『よし、今度そいつに会ったらナナに気付かれないようぶっ殺そう』と誓った。

 

 

 『そしてここにお仕事で来て、

  お兄ちゃんに会って、

  お兄ちゃんの妹になって一緒に暮らしてるレス』

 

 

 ナナを救おうとしたのは魔法使いでも氣の使い手でもない超能力者(霊能力者)。

 

 そしてナナの姉貴分であるスライム達の減刑を願ったのは半人前の魔法使いと、少女達。

 

 ほとぼりが冷めたら絶対に瓶から出してやると確約してくれたのは悪の魔法使いだ。

 

 つまり、ナナに笑顔を与えた者の中に“正しい魔法使い”とやらがいない。

 何とも皮肉な話である。

 

 

 『ここのみんな、とっても優しいレス。

  みんな私にとってもとっても親切にしてくれるんレス』

 

 

 うん。と言うか、“みんなの妹”扱いだ。

 

 自分を始め横島の弟子二人。明日菜や木乃香、刹那や茶々丸までもが何か妹扱いしてるし。

 特にのどかは自分に似てる事もあってか特に優しく接してたりする。

 

 

 『先生たちもすごく優しくしてくれるんレス』

 

 

 ぶっちゃけ、円は裏に関わるまでこの学園が魔法使いだらけとは全く気がつかなかった。

 

 それだけ魔法と言う存在を隠してた事もあるんだろうけど。

 尤も、気付かないように認識をズラされていた事にはちょっとイラっとしてたりするが。

 

 

 『でも……』と、またナナの表情が曇る。

 

 

 確かに魔法先生らも優しい。

 高畑を始め、瀬流彦や弐集院、堅物のガンドルフィーニまでもがナナに優しくしてくれる。

 その事にありがたいと思う事はあっても、煩わしいなどと感じた事はない。

 

 ないのであるが……

 

 

 『先生たち、みんな言うんレス……』

 

 

 彼らは言う。

 横島の側で笑う彼女を見、その幸せそうな彼女を祝福するつもり(、、、)で。

 

 全く悪気無く。彼女の為を思って。

 

 

 『大丈夫。君は人間だよ。

  そんな笑顔が出来る君は人間の女の子だ』

 

 『君は人として幸せを掴むんだ』

 

 

 と——

 

 

 無論、これは彼女が改造人間であると知っているからこその善意。

 人間ではない事を気にしないように掛けられた、彼女を想っての言葉だ。

 

 

 しかし、彼らは失念している。

 

 

 彼女が自我を持った時、既に彼女は自分をモンスター、ゴーレムとして自覚を持っていた。

 つまりナナには人間であった時の記憶は全く無く、『7番型流体銀(Argentum・vivumⅦ)』としての自分しか記憶がないのである。

 

 そんなナナにとって、彼らの優しさは本来の彼女の身を拒絶しているようなものである事を。

 

 

 『みんないい人レス……とっても優しくていい人たちレス……

  でもみんな、モンスターの私はいらないんレス……

  本当の私はいらないって言うんレス……』

 

 

 無論、教師たちにそんな事を言ってる訳がないし、悪気も全くない。

 本気の本気でナナの身を案じ、幸せになってもらいたいと思っているからこそ、そのつもりで接しているのだろう。

 本国の魔法尊攘論者(クソバカヤロウ)なら兎も角、お人よし集団の麻帆良の魔法教師らに悪意は全くないのだ。

 

 しかし、ナナは見た目通り心もまだ幼い。

 

 人間の部分がナナに幼い子供のナイーヴさを持たせている。

 だからこそ彼らの善意が痛くて堪らない(、、、、、、、、、、)

 

 『可愛い人間の少女』として接し、彼女の幸せを願う心が知らず彼女を傷つけている。

 彼らが持つ優しさ故、人間と改造生物と境を持っている事に気付けないのだ。

 

 

 「……」

 

 

 零には解る。

 

 以前のように接してくれる高畑は兎も角、他の教師らは折角人間になったのだから、人としていられる様になったのだからと非常に煩い。

 

 別に零は人間になった訳ではない。

 

 人間の外見を持てて、歩き回れるようになって飯を美味く感じられるようになったというだけで、殺戮人形から妖怪のカテゴリーにシフトしただけなのだ。

 

 だから自分の枠内の考えで言葉を投げかけてくる教師どもに辟易し、いっそぶった斬ってやろうかと思ってしまったほど。

 

 そんな零が平気で笑顔でいられるのは——……

 

 

 「あ……」

 

 

 零は、ようやくナナの言わんとしていた事に気がついた。

 

 

 

 

 教師達の言葉を思い出したか、また作り笑顔を見せたナナ。

 

 そんな顔の意味を知り何も言えなくなった円であったが、彼女が何か言葉を紡ぎだす前に銀の幼女は面を上げた。

 

 

 満面の笑顔で。

 

 

 『でも お兄ちゃんは、

  お兄ちゃんは私をぜんぶ受け入れてくれるんレス』

 

 

 ——そう。

 

 横島は人間じゃないとか妖怪だとか、魔族だとかロボだとか等どうでもいいのだ。

 

 伊達に人狼を弟子に持ち、恋人に魔族を持ち、同僚として人工幽霊や九尾の狐といて、同級生としてバンパイアハーフと九十九神を持ったりしていない。

 

 何せナナを引き取った時でも、彼女の実名である7番型流体銀を使おうとしたくらいなのだ。

 

 横島 7番型流体銀。ウン。カッコイイかもしんない。何てバカタレな事を思うほど彼はドアホゥだった。

 

 元々『ナナ』という呼び名も、長すぎて呼びにくいからと横島がつけた彼女のあだ名だ。

 だというのに、ナニをどう思い違いをしたのか学園側はそっちで登録してしまったのである。

 

 無論、彼女が嫌がれば即行で学園長を脅して名前を戻そうと考えていたのだが、意外とすんなり彼女はナナという名を受け入れたので不問にしていた。

 

 横島にとって、人と違うという意味は殆どない。

 

 相手が美少女であるなら、人とそれ以外の垣根は“隣の家に住んでる娘”くらいの高さに過ぎないのだ。

 

 その証拠に、ナナと散歩する時はスライム状態なら肩や頭に乗せて歩くし、そのままケーキ等を食べさせてやったりする。

 

 女の子形態なら普通に手を繋いで歩くし、途中でスライムになってもあんまり文句を言わない。

 その文句にしたって、彼女が裸になったりするはしたなさ(、、、、、)や、服や下着を持って歩かされる事に対する文句ぐらいだ。そんな時に限って絶対に警官に職質されるに決まってると認識しているからだが。

 

 例えば一緒にお風呂に入るとする。

 女の子形態なら普通に頭を洗ってやったり、肩まで浸からせて数を数えさせたりしている。

 スライム状態なら洗面器に入れて湯に浮かべ、遊園地のティーカップ宜しくクルクル回してあげたり、表面を優しく洗ってピカピカにしてあげてたりしている。

 

 そう、彼はナナがナナであるのならどちらでも良いのだ(、、、、、、、、、)——

 

 

 過去を含めて彼女の全部を受け入れ、

 それでも妹として接してくれ、

 流体金属の状態でも気にせず一緒に寝てくれて、甘えさせてくれる。

 

 彼女の何もかも全てひっくるめて抱っこしてくれるお兄ちゃん。

 

 そんな本当の意味で優しい彼だからこそ、彼女は……ナナは横島が心の底から大好きなのである。

 

 

 「あー……」

 

 

 それは円にも解った。

 

 彼女に同情して引き取った彼であるが、それは彼女の過去云々ではなく、『行く所がなくてかわいそう』という理由のみ。

 所謂、改造被害者への生活支援のような意識は全くない。

 

 しかもそれだけが全てではない。

 

 確かに自分の級友らの順応力もあるだろうが、裏に関わったとはいえ、更にナナの人となりを知っているとはいえ、余りといえば余りにも接し方が柔らかくなるのが早い。

 

 これは横島の接し方は周囲に伝染し、あっという間に『かわいそうな女の子』としてではなく『皆の妹分のスライム幼女』としてのイメージが広がったからだろう。

 感受性能力者として目覚めた円だからこそ解った事だ。

 

 何もかもに自然に接し、どこまでも馬鹿正直であけすけだからこそできる事。

 

 そして意図的じゃないからこそ深く広がってゆく想いだ。

 

 

 意図的じゃない。

 

 その事がどれだけナナを救っているのか理解しようともせず……

 

 

 『でも……お兄ちゃん酷いんレスよ!?」

 

 「「え゛?」」

 

 

 唐突に色を取り戻し、人間の姿で怒り出すナナ。

 ぷんすか怒っている様は元が良いだけに可愛いの一言だが、素っ裸なのはいただけない。

 

 

 「え、え〜と……何がひでぇんだ?」

 

 

 とにかく服着ろと零が衣服を拾って手渡してやると、ナナはパンツを穿き穿き。

 

 

 「だって、妹なのに心配しかさせてくれないんレスよ!?」

 

 「は?」

 

 

 てんってんっとワンピースを被るように着つつ、そう言って怒る。

 無論、主語が抜けているから彼女が何を言っているのか今ひとつ掴めない。

 何とか服を着られたナナは、ふんっと腰に手を当ててない胸を反らして怒っている。

 

 

 「この間、お姉ちゃんの事ですごい苦労したんレスね?」

 

 「え゛?」

 

 

 いきなりあの事を言われて動揺する二人。

 横島とてナナに言うと心配するだろうから黙っていたし、エヴァにも口を噤んでもらっている。

 だからナナが知るはずもないのであるが……

 

 

 「この城のお姉ちゃんに聞いたレス」

 

 「あ……」

 

 

 そう。

 茶々姉ーズに対する口止めは行われていなかったのだ。

 

 普通は喋るとは思わないからの失態であるが、何だかんだで身も心も横島の妹となっているナナはとっくに彼の異変に気付いており、『何かあったんレスか?』と彼女らに質問していたのだ。

 だから彼女達も馬鹿正直且つ懇切丁寧に説明してしまった訳だ。

 

 

 「「……」」

 

 

 こんな簡単な事に気付けなかった○○コンビはちょっと落ち込んでたり。

 

 

 「お兄ちゃんは私を妹にしてくれたレス。

  まるで前からずっと一緒に住んでるみたいにすごくすごく幸せレス。

  でも、お兄ちゃんは、私には何も言ってくれないんレス……」

 

 「ナナちゃん……」

 

 

 その気持ちも解る。

 

 おもっきり内に引き入れて接しまくってくれているのに、肝心なところで線引きをして中に入れてくれない。

 

 勿論、こっちに要らぬ心配をさせたりしないようにしてくれているのは解るが、それでも水臭………

 

 

 「「……ん?」」

 

 

 また、二人の疑問の声がハモる。

 先ほどと同じで、何かが引っかかったからだ。

 

 

 「お兄ちゃんの気持ちはうれしいレスよ? 

 

  でも、私を妹に見てくれるんなら、

  家族として見てくれているんなら、心

  配かけさせるだけなのはイヤなんレス。

 

  お兄ちゃんばっか疲れたり、痛い思いさせるのぜったいに嫌レス。

 

  兄妹だったら、家族だったら、ずっと一緒に苦労したいんレス……」

 

 

 最後の方はやや泣き声が混ざっていた。

 

 言うまでもなく横島が小さな女の子が苦労するのを黙って見てられない事なんか先刻承知だ。彼の本質を知るものなら誰だって解る。

 

 しかし彼を知る者であればあるほど、彼の本質に魅かれている者なら、魅かれているほど彼が矢面に立つ事を認められまい。

 無論、適材適所というものも解るし、ナナは自分が前面に出て戦えるとは思ってもいない。だけど心配以外は何もさせてもらえないのは辛いのだ。

 いや寧ろ、心配だけしかさせてもらえていないからこそ辛いのだろう。

 

 円はそんなナナを抱き寄せ、その小さな背中をぽんぽんと優しく叩いてあやしてやる。

 零も珍しく穏やかな眼差しでその二人を見守っていた。

 

 ナナはその身体の芯まで銀であるが、落ちる涙は皆同じらしく水晶のように透明だ。

 

 だからこそ余計に美しく見える。

 

 彼女を人間だどうだと拘る魔法使い達の正気を疑うほどに。

 

 

 「オラ、もう泣くんじゃねぇよ。

  あのバカが見たらアイツが泣くぞ?」

 

 

 零が指でナナの目元を拭ってやると、

 

 

 「いいんレスっ ずっと心配させられたんレスから、泣かせちゃうんレス」

 

 

 そう言ってぷいと拗ねて見せた。

 まったく……仕種の一つ一つが可愛いったらない。

 

 

 「あはは そーよね。

  ずっとこっちに心配掛けさせてさ……」

 

 「だな……」

 

 

 そして零と円は何かを吹っ切ったように顔を見合わせ、頷き合った。

 

 

 「……ふえ? どーかしたんレスか?」

 

 

 無論、ナナには意味が解らない。

 

 悩んでいた事は解るのだが、本当の意味で何をどう悩んでいたのか解らないし、自分が何をどう伝えられたかも解っていないからだ。

 

 しかし——既にナナは二人に答を投げつけている。

 

 二人の心の余りにも近いところで、足元であるが故に見えなかったモノを気付かせていた。

 

 躓いているにも拘らず、原因が解らないでいたそれに。

 

 

 「ハッ 何でもねーよ。

  お前のお兄ちゃんをちょっと怒ってやらねぇといけねぇだけさ」

 

 「ふぇっ? 怒っちゃうんレスか?」

 

 

 零が強くて怖い事は先刻承知。

 ナナが怯えていないのは彼女が自分を傷つけないと解っているから。

 ちょっと心配そうなのは、お兄ちゃんにひどい事されるのではと懸念しているからだろう。

 

 円はそんな要らぬ心配をする可愛い妹分の頭を優しく撫でる。

 

 

 「うん。私達も怒ってるからね。

  心配ばっかかけさせられてさ。こっちにも苦労させろっての……」

 

 

 そう説明をする円を見てナナは首を傾げるばかり。

 怖い雰囲気はないのに、何故か迫力があるのだから。

 

 零にしても円と気持ちは同じ。だからひょいと軽く肩を竦ませて見せる。尤も、少しばかりベクトルが違うのだが。

 

 そして二人とも怒るという言葉とは裏腹に、笑顔を浮かべている。

 

 それはまるで抜けなかった棘がやっと抜けたかのような晴れやかなもの。

 

 ナナはそんな二人が纏う空気の意味が解らず、ただ首を傾げるばかりだった。

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 遠くに学校の鐘の音を聞き、何だか言い様のないノスタルジーに浸ってしまう。

 

 自分はそんな柄じゃないのは解ってるのだが、人気が少なくなった放課後にあの音色を耳にすると何故だかそんな気持ちになってくるのだから不思議である。

 

 尤も、時期はまだ夏休みにすら届いていないので夕暮れは遠い。

 

 にも拘らずこんなもの寂しい気持ちになってしまうのは、この間の失敗が響いているからだろう。

 

 

 「〜〜………」

 

 

 溜息と共に声にならない嘆きが零れる。

 

 酔っ払った勢いで、自分の中に押し込んであったものを吐き出したのは良かったが、吐いた相手は何と女子中学生。

 

 女子供に底抜けに優しい彼だからこそ、イロイロと溜まったものを押し隠していたのであるが、それに気付かれてウッカリ喋ってしまったのが今だ響いていた。

 

 

 「オレってヤツぁ……」

 

 「ぴぃ」

 

 

 どよ〜んと蹲って落ち込んでは小鹿に肩をポンと叩かれて慰められる——その繰り返しだ。ハッキリ言ってこの男、鬱陶(うっとう)しい事この上もない。

 

 あの夜からずっとこんな感じである。

 進歩がないというか優柔不断というか…或いは両方だろう。

 

 この世界での一番弟子、二番弟子と共にやや勘違いをしているのだが、彼女らが嘆くほど彼は辛い過去を引き摺っても落ち込んでもいない。

 

 確かに、体験させられる過去の自分。アホ丸出しの自分には怒りどころか憎しみすら浮かび、彼女の優しい嘘を信じて側から離れる時には殺したくなったりもするし、魂の結晶を破壊する時など身が砕ける思いがする。

 

 だが、その度に胸の奥に彼女の息吹を感じるし、(ドスゲェ腹立たしいが)当の事件を起こした張本人のデッドコピーが心が壊れないように超自我を封じてくれているので、弟子二人が泣くほどの辛さはないのだ。

 とは言っても、女子供に手が上げられなくなっていたり、修学旅行中の木乃香の事件の様に、女の子を犠牲にする事態に直面すれば、あのシーンと本来の自分の記憶が直結してブチ切れるという欠点もあったりする。

 

 しかし、その程度で終わっているのは奇跡と言って良い。

 

 正に奇跡のオンパレード。

 この世界に生きていられる事や、こんな状態で正気でいられる事等、例を挙げたらきりがない。

 

 何とも宇宙に愛されている男なのである。彼、横島忠夫という人間は——

 

 

 「あ゛〜〜……会い辛れぇ〜〜……」

 

 

 等とほざきつつ、足を引き摺るように肩を落として歩く。

 纏わり付くように付いてきている かのこも心配そうだ。

 何となくタロットカードの愚者の絵のようだが。実際、心は崖っぷちにいるし。

 

 皆に心配かけた事とかで愛妹のナナもぶんすか怒っており(ちょっと可愛いと思った)、昼頃にどっか行ってしまったのも響いている。どこまでシス魂に堕ちていくつもりだと問いたい。

 

 こんな気持ちで修行場に行きたい気持ちになる訳もなく、おもっきりサボって不貞寝でもしたいところであるが、仕事時間の終わり際に大首領事キティちゃんからメールが入っていた。

 

 

 

 

 from:マスター to:怪人壱号

 本文:命令だ。()は必ず来い

 

 

 

 

 ……誤字が何だかごっつ痛かった。

 

 

 行ったら泥沼。行かずば地獄。

 

 こうなると選択肢は一個しかない。

 

 どーせ泥沼なんだったら、とっとと行って決着つける方に傾いた方がいいわい。そう判断した横島は何とか向かう気になったのだが……テンションはどーにもならず、それが周囲の空気と歩き方に現れていたのである。

 

 

 「にしても心の準備がぁ〜……」

 

 

 往生際の悪さは相変わらずのようだ。

 ある意味彼らしいと安堵する者もいるだろうが、一般人から見ればその行動は単に奇行。

 学校帰りの女生徒たちなんか、不審者として通報しようかどうしようかと携帯を出し入れしている有様だ。

 

 そんな白い目も何のその。

 

 別荘にいるだろう女の子達に対する言い訳で頭を痛めながら彼は歩き続けるのだった。

 

 

 

 

 

 そこで何が待っているのかも知らず——

 

 

 

 

 

 

 見た目は素敵なログハウスであるが、気分が沈んでいる所為か映画の悪魔の住む家をイメージしてしまうエヴァの家。

 

 来慣れてしまった為だろうノッカーを叩く事もなくドアを開け、そのまま真っ直ぐ地下に降り、地下室の奥にしつらえられている魔法陣の上に乗ると、一瞬で別世界。

 

 エヴァの持ち城であるレーベンスシュルト城に——

 

 

 「って、アレ? 何で城の中に??」

 

 

 何時もはゲートを潜れば城から離れた場所に出たのであるが、今回は何故か城の中。

 それもどこか知らないがけっこう奥っポイ。これはどういった意味があるのだろうか? そう横島は首を捻っていた。

 

 

 「−お義兄様」

 

 「 う わ ぁ お っ ! ! ? ? 」

 

 

 いきなり真後ろから声を掛けられ、彼は飛び上がって驚いた。

 リアクションが大げさ過ぎるという説も無くもないが、ここまで接近を許してしまうほど心を開いてくれている事に“彼女”はちょっと嬉しかったりする。

 

 

 「び、びっくりしたぁ……」

 

 「−申し訳ありませんでした。非礼をお詫びいたします」

 

 「い、いや、それは良いんだけど……

  えっと、確かキミは何時もかのことナナの世話してくれてる……」

 

 「−お分かりになられるのですか?」

 

 

 流石は世界一の霊能力者だと感心してしまう彼女。

 無論、彼が髪型で判断した等と気付いてもいない。

 

 

 「−御察しの通り、私はマスターの下僕人形の一体。

  便宜上、アメリアとでもお呼びください」

 

 「ふーむ、アメリアちゃんか」

 

 「−ハイ。お義兄様」

 

 

 お兄様って、どこまで妹が増えんねん。等とセリフの微妙なニュアンスの違いに気付いていない横島はそう口の中で愚痴た。

 

 自称アメリアはそんな彼に再度一礼し、マスターに命じられていた場に彼を誘う。

 横島も色々疲れている事もあっておとなしく彼女の後を追った。言うまでもないが彼女は“少女型”人形なので尻を追うなんて事はしない。

 

 

 「で、そこで何をやらされんだ?」

 

 「−申し訳ありませんが、私は何も伺っておりません」

 

 「ヤレヤレ……」

 

 「−お義兄様のお役に立てないなんて……何と言ってお詫びを……

   こうなったら身体で償うしか……」

 

 「いや、いいから! 気にしてないから!!

  つーか、身体で償うってナニ!?」

 

 

 等とgdgdしつつも五分と掛からず何とかその部屋にたどり着いた。

 

 場所的には城の中ごろの階層で、ずっと端の部屋。

 

 中庭の真上に位置する奇妙な離れの部屋で、感覚的には空中にぽっかり浮かんだ一つの部屋という感じ。

 

 その妙な部屋の中に入れとの事らしい。

 

 尤も、部屋に続く道は幅二メートルくらいの石の橋しかないのであるが。

 

 

 「何時も思うが、ここの渡り廊下ってどうして手すりが無ぇんだ? マジ怖いんだが……」

 

 「−マスターも茶々丸も飛べますし、お姉様はそもそも落ちるようなヘマをいたしません。

   それに私達は修理が出来ますので安心です」

 

 「いやキミらは良いとしても、

  オレとかは人間だから落ちたらひじょーにヤヴァいんですけど?」

 

 「−……え?」

 

 「何で人間ってトコで心底不思議そうな顔するの!?」

 

 

 かのこは集合精霊だからかその気になったら羽(それも鷹やフクロウの)を出せるし、高所に対する恐れはない。そんな足場でも楽しそうにひょいひょい駆けて行く。

 主の方は『ああ、待っていかないで』と涙目なのが物悲しい。

 だから結果的にアメリアに縋る様にして歩く事となる。気の所為か彼女は嬉しそうだったが……

 

 そんな凸凹メンツで部屋の中に入れば中は真っ暗。

 

 え゛? ここでナニやらされちゃうの? と恐る恐る聞いてみるが、アメリアは返答なし。知らないのか無視しているのかすら解らない。

 彼女がやった事は、何時もの様に かのこを抱っこして横島から離れてゆく事だけ。

 お陰様で すげくいやな予感がエキサイトして警鐘を振りたくってくださる。

 

 きょとんとした顔でこちらを見ている小鹿を抱いたまま、アメリアは一定の距離を置き、部屋の奥にお進みくださいと言葉を発した。

 

 横島的には逃げたい。明日に向って全力で、といったところだろう。

 無論、エヴァの家までやって来た時点でどーしょーもないのだけど。

 

 毒を食らわばそれまで。虎穴に入らずんばそこまで。間違っているのに何気に合ってる気がする諺を思い浮かべちゃうほど、何か嫌な予感しかしやがらねぇ。

 それでも帰る事も退く事も出来ない状況なのだから行くしかない。ホロリとしょっぱい汗が目から流れ出てしまうが許して欲しい。

 

 仕方なく恐る恐る足を踏み入れるも何も無い。

 強いて言えばどこかで感じたような奇妙な魔力の流れを感じるくらいか。

 

 ここで何やらされるんだ? と、後ろにいるであろうアメリアに問いかけようと振り返った横島。

 

 

 すると——

 

 

 「……待ってたぜ」

 

 「横島さん」

 

 

 「あ゛……」

 

 

 彼女の代わりに、二人の少女。

 

 何処に潜んでいたのか円と零の○○コンビが物陰から現れ、逃走を防ぐように部屋の入り口に立ち塞がっていた。

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 空気がその比重を増した気がしてしまう。

 

 横島に罪は無いが非はある。

 

 その後ろめたさが彼の足を退かせて行くのだろう。

 

 

 二人が一歩踏み込めば、じりりと一歩下がる。

 

 二歩進めば、二歩下がる……と、完全に横島は気押されていた。

 

 

 「どうして逃げるんです?」

 

 「い、いやその……」

 

 

 女子中学生にどんどん追い詰められてゆくのは恥以外の何物でもないのだが、今の二人には何とも言えない気迫があり、端から尻尾が巻いている横島では精神抵抗値が追いつかない。

 

 やがて部屋の中央付近まで追い詰められた時、円達の足は止まった。そして当然、横島の足も止まる。

 

 無意味なほど怯えまくる横島を無視し、彼の足元を見て位置確認した後、○○コンビは頷き合った。

 

 

 「……ナナちゃん、今よ」

 

 『はいレス』

 

 

 どこからか聞こえてきたのは愛妹の声。

 

 『え?』と横島が呆けた僅かな隙に、一瞬で彼の足元が盛り上がって横島を飲み込んだ。

 

 

 「な!? ナナぁ!!??」

 

 『はいレス♪』

 

 

 何と今まで無人だと思っていた部屋の床にナナが潜んでいたのである。

 床一面に広がって表面のテクスチャを変えただけ。それだけで見事周囲に溶け込んでいたのだ。何と見事な擬態であろうか。

 

 

 「うむ。見事なバケ方だ。

  お兄ちゃん大感心だ……っ て 、 オ イ ッ ! ! ! 」

 

 

 じたばた足掻くが、今のナナは拘束モードなのだからどうにもならない。

 

 いや、全力で弾こうと思えば横島なら出来るのであるが、何せ相手はナナ。弾き飛ばしても瞬間再生すると幾ら解っていても、愛妹に対してそんな乱暴な事が出来る訳が無いのだ。

 

 

 『ごめんさいレス。

  でも、お兄ちゃんもいけないんレスよ?』

 

 「へ?」

 

 

 最初の頃と違い、怒った声を出しても無意味に謝り倒したりしなくなっている。その事については喜ばしいのであるが、ナナが怒っている事には首を傾げてしまう。

 幾ら現在不定形であるとはいえ、彼の目を持ってすればプンスカしている事は見て取れる。

 だからこそ余計、頭にクエスチョンが踊るのだ。

 

 

 「……やっぱり解ってないみたいですね……」

 

 「え? あ、いや、ゴメ……」

 

 

 何時の間にか間近に寄っていた円の剣幕に押され、何時もの謝罪を口にしようとした横島であるが、

 

 

 「謝らないでください!!」

 

 

 と激しい口調で、がま口が如く口を閉ざされた。

 逃げようにも首から下の動きをナナに封じられているのでどうしようもない。

 何時もナナに強請られて抱っこして寝てたりするものだから違和感が無い為、余計にフィットしてたりする。

 

 

 「謝らないで、ください……」

 

 「あ、う……」

 

 

 襟首を掴まれるが、円は面を下げたまま。

 

 こういった女性にかける言葉を持っていない横島はただ彼女の頭を見つめ続ける事しか出来なかった。

 自分の何が悪いのか解らないが、確かに自分が何かやったと感じているからだ。

 いや、彼がずっと気にしていたように、彼女達に愚痴を零した事がやはり傷つけているのだろう。そう感じた彼も何とか慰めの言葉を紡ごうとしていたのであるが……

 

 ぐわっといきなり上げた円の顔は物凄く怒っていた。

 

 

 「あのね、横島さん……」

 

 「は、はい……?」

 

 

 横島の目を貫くように真っ直ぐ見、一度息を大きく吸ってから円は、

 

 

 「あなたが“あの事”を吹っ切ってるのは解ってる。解ってるわそんな事。

  でなきゃナナちゃんに笑顔向けたり出来る訳ないし、この娘も笑える訳無いもの。

 

  でもね、いくら私達が心配だって一個しかない命賭けまくってどーすんのよ!?

  心配してくれるのは嬉しいわよ?

  そこまで想ってくれてるんだもの。嬉しくない訳無いじゃない。

  だけど、それで横島さんが傷付いて私達が平気でいると思ってんの?!

 

  私達が横島さんを守って傷付いたら横島さんだってイヤでしょ?!

  今のそんな気持ちを私達にさせてんのよ!?

 

  大体、私は横島さんの彼女でもないのよ!?

  彼女でもない女の子に為に命賭けんなっ!!

  一々女の子に命賭けてたら、本命の女の子に会った時に何賭けるつもりなの!!??」

 

 

 思いのたけを一気に捲くし立てた。

 

 

 「あ、あうあうあう……」

 

 

 元々怒る女の子に弱々の横島は圧倒されるばかり。言い換えそうにも一々当たっているのでどうしようもない。

 

 何せ自分が蒔いた種であるし、自分の愚行なのだ。

 

 そんな防戦一方の彼に対し、追撃の手を緩めない円。

 横島が動けないのを良い事に、言うわ言うわ文句のオンパレード。

 やれ、心配する側の気持ちを考えろだの、自己犠牲しか考えていないのは自分さえよければ良いと考えているのと同じだだのと言いたい放題。

 思い当たる事ばかりなだけに言い返せない横島が哀れである。自業自得であるが。

 

 それに——円は気付いてしまったのだ。

 

 横島が自分らに対し、言葉通り身を削ってくれているというのに、彼は決して恩を報いさせてはくれない。

 

 その事が、彼女らに例えようも無い壁を感じさせている事に……

 

 円と零は無意識にその壁に気付き、その壁の異様なまでの高さと硬さに対して憤りを募らせていたという事に。

 想いをストレートに吐き出すナナにより、やっとその壁の存在を認識した二人はついに怒りの矛先を見出したのだ。

 だからこそこの怒りは深く、そして熱い。

 

 

 「横島さん……」

 

 「ひゃ、ひゃい?」

 

 

 完全に腰が引けている横島は、うっぷんを晴らしまくって落ち着いた円にさえ怯えていたりするが彼女は気にしていない。

 

 

 「……エヴァちゃんに聞いたよ?

  エヴァちゃんが普通に作るくらいのお守りレベルでもしっかり霊に対抗できるって。

  横島さんが命かけたりするレベルじゃなくても、

  そのくらいでも十分以上対応できるって……」

 

 「えっと……でも」

 

 

 横島が何か反論しようとするが、円は首を振って封じる。

 

 

 「解ってるわ。

  横島さんの事だから、万全を期したんでしょ?

  どういった状況だって私を守ってくれるように」

 

 「あ、ああ……」

 

 

 そう。横島は“万が一”を恐れていた。

 

 状況を軽く見て、後悔するのは嫌だったから。

 

 自分の甘さでもって円に辛い想いをさせるのだけは絶対に避けたかった。

 それが根本にあったのだ。

 

 

 だからこそ、

 

 

 「あのね」

 

 「い゛?」

 

 

 「ふざけないでよ!!!

  それでアナタが重症になったらしてくれるはずの修行が遅れて本末転倒じゃない!!

  私の身を本当に案じてくれるのなら、

  エヴァちゃんの作る程度で良いじゃないの!!!

  そうじゃないと何時まで経っても道具におんぶ抱っこじゃないっ!!!

  横島さんだって、自分が弱くなるからって珠を使わないようにしてるんでしょ!?

 

  じゃあ私は弱くなれっての!!??」

 

 そういった勘違いの想い(、、、、、、)を円は許せなかったのだ。

 

 何気にエヴァの事をボロクソに言っている気がしないでもないが気にしてはいけない。彼女も城のどこかで苦笑いしながら聞いているだろうし。

 兎も角、無意識に作っていた壁を指摘され、横島はタジタジ。

 その壁越しに叩きまくられて衝撃は貫通。内部のチキンハートをボコボコにしている。

 

 精神ダメージによって満身創痍の彼に対し、更にグイっと顔を寄せる円。

 

 か、顔近っっと慌てる彼であったが、円が涙目であった事の方に絶句して何も言えなくなった。 

 

 

 「あのね、横島さん……

 

  皆本気で心配してるんだよ?

  ナナちゃんも、零も、楓さんもくーふぇも、もちろん私だって……

 

  心配させないでとは言えないのは解ってるけど……せめて後ろくらい立たせてよ。

 

  心配だけしかさせてもらえないなんて……

  そんなの、辛すぎるよ……」

 

 

 心配かけさせるのは最低であるが、それしかさせないのは最悪だ。

 

 それはつまり、無関心になれと言っているようなもの。

 

 完璧且つ徹底的に他人事して扱えと言っているの代わりがない。

 

 男のプライド云々の話もあるかもしれないが、それだったら毛ほども感じさせてはいけないだろう。

 

 横島とて、民間人だから関わるなと罵られて奮起一心して修行に赴いたのだ。

 

 あの時の気持ちを不必要なほど思い出せてしまう今の彼だからこそ、円の辛さを余計に思い知る事が出来てしまっていた。

 

 

 涙目で睨みつけてくる円の視線から目を放し、一度天を仰いで今になって気が付いたバカヤロウな自分に溜息一つ。

 

 体が動けば抱きしめていたかもしれないほどの後悔を感じつつ、もう一度円に目を戻した。

 

 

 「……悪りぃ

  ホント悪りぃ……」

 

 「……」

 

 「……やっと解ったわ。円ちゃん」

 

 「……ホントに?」

 

 「ああ、マジに」

 

 

 ——何と言うか。不思議な話であるが、初めて横島が真っ直ぐ自分を見てくれた気がして円の頬は赤くなった。

 

 いや、今だってキス一歩手前の距離なのだし、おもっきり大仰な説教しまくったのだから、自分は何をやってるんだーっと逃げ出したい気持ちが満ち満ちてきて気恥ずかしさ大爆発だ。

 

 

 「あー……そ、その、円ちゃん?」

 

 「ひゃっ! ハ、ハイ?」

 

 「ちょっち顔近いんスけど〜……」

 

 

 やや迷惑そうな彼の声にまたイラっとする円。

 それに、よくよく考えてみれば、まだ目的(、、)を遂げてはいないではないか。

 かな〜り気持ちに退きが入りかかっていたのであるが、彼の不用意なたった一言で勢いは再燃し、当初の予定を実行すべくまたも力強い視線で横島を射抜いた。

 

 

 「……横島さん」

 

 「ひゃい」

 

 

 何であんなコトしちゃったんだろ? と後に円は語る。

 

 

 「折角作ってもらったチョーカーだけど、

  私、エヴァちゃんが前に作ったお守りの方使うから。

  だから横島さんは私達に心配掛けまくった罰として、

  私にしっかりと能力の制御方法を教えること。いい?」

 

 「問答無用ですね? 解ります。慣れてるし〜……トホホ」

 

 「……聞いてる?」

 

 「イエス、マム!!!」

 

 

 だけど女は度胸というし、何より本当の意味で後悔はしていない。

 

 

 「大体、命賭けたりするのは自分の彼女とかで手一杯でしょ?

  そっちに賭けたら良いじゃないの」

 

 「……つーか、オレ今、恋人とかいないんだけど……

  そ、それに霊能ってマジにかなり気ぃつけんとあかんのやけど……」

 

 「ふーん……

  だったら——」

 

 

 何せ元から彼の事を嫌っていなかったのだし……

 

 というより寧ろ、会っている内に段々と——

 

 

 「横島さんのこと、心配しても平気でいられるくらい。

 

  あなたが無茶しても信じられるくらい、」

 

 

 「……え゛?」

 

 

 

 

      「私を……

 

          本気で惚れさせてみせてよ!!!」

 

 

 

 

 

 

         動けない横島の唇を、

 

 

                  柔らかい何かが——塞いだ。

 

 

 

 

 

 ……一瞬、何が起こったのか解らなかった。

 

 何だか自分達を淡い光が包んだような気がする、と思いはしたがそれ以上の事は理解不能だった。

 いや、実のところ解ってはいても、頭が現実を見て見ぬふりを続けていただけかもしれない。

 

 時間も不明。

 

 やーらかいなぁ……等と漠然と感じてはいたが、それ以上を味わうとかの余裕が無い。

 体感時間で一時間、現実はものの十秒といったところだろうか。

 

 

 「ン……ぷはっ」

 

 「……あ、う、え????」

 

 

 やっと離れた唇と唇。

 

 何だか細い糸みたいなものがその間を繋いでいて、ぼんやりとした横島と目と、顔を真っ赤に染めた円の目が同時にそれを見、やはり同時に顔を見合わせた。

 

 横島は現実を理解してしまい。

 円はやっちゃった事を自覚してしまい。

 

 

 「よ、横島さん……」

 

 「あう……?」

 

 

 真っ赤だった顔が更に赤さを増し、奮起させていた勢いもそろそろ限界だったのだろう円は——

 

 

 「あんまり女を……

 

    私を、ナメないでよねっっ!!!」

 

 

 捨て台詞を最後の気力でもって言い放ち、陸上部もビックリなハイスピードでミサイルのような勢いで部屋を飛び出して行った。

 

 

 『あ、お姉ちゃんっ』

 

 

 お兄ちゃんをアッサリ裏切って(?)いたナナは、敵前大逃亡を行った円の奇行に驚き、慌ててその背を追った。

 トテトテと遅い足捌きで。

 

 まるで竜巻が去った後のような静けさ。

 といっても、横島の頭の中では今だゴウゴウと嵐が吹き荒いでいたりする。

 

 ここに残されたのはそんな横島と、

 

 

 「けけけけ……

  よう、色男。寿命が七十五日延びたな?」

 

 「 じ ゃ か ぁ し わ っ ! ! ! ! 」

 

 

 おもいっきりからかいの目で見てくる零だけであった。

 

 

 「……うう……また女子中学生に奪われてもた……

  もう、アカンかもしれん」

 

 「おう、そう言やあバカブルーとイエローの二人ともヤってんだったな。

  合計225日か。半年以上寿命が延びたって訳か。良かったな」

 

 「 う っ さ い わ ぁ あ っ っ っ ! ! ! 」

 

 

 血涙すら流しつつ怒鳴る横島はかなり怖いものがあるのだが、残念ながら剣林弾雨の中で生きてきた零には暖簾(のれん)に腕押しといった按配。全然効きゃしねぇ。

 ガックリと跪いてしくしく泣き続ける以外の術は無かった。哀れである。

 

 そんな横島の姿がよっぽと面白いのか、零は『けけけ……』と癇に障るような声で大笑い。横島の流す涙の幅は広くなるばかり。

 だが一頻り笑った零は、横島の横にちょこんとしゃがんで異様に小さく見える彼の肩に手を置いた。

 

 

 「おめーも解ってんだろ?

  何も言わねぇ方が良い事もあっけど、マドカ(、、、)なんかはちゃんと教えといた方が良いタイプの女だ。

  あいつら傷付けんのがイヤで言わなかったんだろーけどよ。

  そりゃ拒絶ととられてもしょーがねぇだろ」

 

 「……………ああ」

 「カエデ(、、、)クーフェ(、、、、)はお前の傷が痛み続けてると思ってるみたいだしな。

  それで自分らのやった事が許せねぇって感じに自分を責めてっぞ。多分」

 

 「っ!? それは……」

 

 「ああ、違う。

  勘違いも良いトコだ。現におめーはキッチリ吹っ切ってるしな」

 

 「……」

 

 「ま。マドカも言ってたがおめーは女を舐め過ぎだ。

  そりゃ、女によっちゃ弱々だがどよ、オレやマドカは踏ん張る方だぜ?」

 

 「………………悪りぃ」

 

 

 わりと素直に詫びたのは、横島もそれが解ったからだろう。

 

 考えてみれば彼の知る女性達も、強そうに見える女ほどどこか危なげで、か弱そうな女性達ほど妙に芯が強かった。

 

 悪い言い方になるが、円達を女の子として強さを否定して見ていたのかもしれない。

 だったら悪い事をしたなと激しく後悔。

 それは彼女らの強さすら無くしてしまいかねなかったのだから……

 

 ふと下に目を向けるとそこにあったのは魔法陣。

 

 何か感じた事ある感覚だと思っていたのだが……修学旅行の時にも使われた仮契約の魔法陣ではないか。

 

 

 「カエデとクーフェはお前を支える為に仮契約したみてぇだが……

  マドカは違うぜ?」

 

 「……ああ、解ってる。

  ホント、女の子って強ぇわ……」

 

 「ったりめーだ馬鹿。女なめんな」

 

 円は足枷(、、)である。

 

 横島の無茶を押さえようと自分そのものを人質にする為に仮契約を行ったのだ。

 

 この男にはそれが一番効く(、、)のだから。

 

 

 ——全く……オレってヤツぁ、どこまで進歩しねぇバカなんだよ……

 

 

 見通しのアホさ加減に落ち込みはするが、それでもどこか気が晴れていくように思う横島だった。

 

 何せずっと気を揉んでいたのだから、ずっと突き刺さっていた棘が痛みごと抜けたようなもの。そりゃあ晴れやかにもなるだろう。

 

 先行きの不安は拭い切れまいが、それでも気持ちが軽くなったのは事実。

 安堵の吐息が出てしまうのも当然の事であろう。

 

 尤も……

 

 

 「ま、実のトコ俺だってまだ怒ってんだけどな」

 

 

 この方の怒りはまだ解けていなかったりするのだが。

 

 

 「え? あ、あれ?」

 

 

 焦る横島。

 

 さっき追い詰められていた時と違い、今度は命の危機を感じる恐怖がある。

 円の仮契約によって精神的に追い詰められていはしても、それは相手が美少女ある事も合って役得と言えなくも無い。

 解脱さえすれば一気に楽になれるし。

 

 だが、相手が零ならマジ命の危機だ。

 文字通り周囲を剣林に変え、ナイフでもって蜂の巣&膾に出来る殺戮人形なのだから。

 

 

 「あは、あはは………」

 

 「ほう? 俺を前にして余裕じゃねぇか。

  俺のパシリの分際で生意気な。やっぱ躾し直す必要があんな」

 

 

 無論、好きで笑っているのではない。

 笑うしかないだけだ。

 

 

 「ち、ちょっとは手加減してほしいかな〜……とか」

 

 「気にすんな……サービスで割り増しくらいしてやんよ」

 

 

 横島の頭をぐわしと掴む零。

 女の子女の子した小さな掌であるが、熊を髣髴とさせる握力で持って横島の頭を掴んでズルズル引き摺って歩く。

 

 

 「あ゛だっ あ゛だだだだだだっ 死ぬっ死ねるぅっっっ」

 

 「気にすんな。頚椎がコキン☆と折れる程度だ」

 

 「死ぬわっっっっ!!!」

 

 

 何が嬉しいのかケケケと笑ったまま、横島をポイっと投げ、部屋の一角に横島を転がす。

 

 背中を強か打ちつけて痛みで仰け反る彼の様を無視するかのようにツカツカと歩み寄り、横島の頭をまたしてもぐわしと掴み、おもいっきり顔を寄せた。

 

 

 「おめーよ 俺も舐めてただろ?」

 

 「……う゛」 

 

 「確かに俺も安定した存在とは言えねぇ。

  まだまだ霊格的に言っても不安定だろうさ。

  だがな、おめーが気にし過ぎるほど俺はひ弱じゃねぇ。

  おめーが無茶したり、ぶっ倒れるほど霊波使ったりしなくても実力で成り上がってやるぜ」

 

 「………」

 

 「心配し過ぎは信用してねぇのと変わりねぇんだぜ?」

 

 

 そう言って不思議な笑みを浮かべる。

 面白そうな笑みであり、どこか悲しそうな笑みにも見える。自分に対してのはっきりとした答を待っているのかもしれない。

 

 だが、横島は何も言えなかった。

 

 信じてもいるし、信頼もしている。

 彼女の事は文字通り痛いほど理解させられているのだが、世の中に絶対は無い。

 だから信じているのに答えてやれない。それが不甲斐無くて横島は悔しげに唇を噛んだ。

 

 しかし、零はそんな様子を見て逆に笑みを浮かべているではないか。

 

 

 「ふん。それが答か……だったらしょうがねぇな……」

 

 

 零は頭を掴み上げていた手を放し、今度はその顔を両手で挟み込んだ。

 

 

 「これは罰だ。

 

  お前の寿命を更に増やしてやんよ」

 

 

 

        何? と声を上げる間もなかった。

 

 

 

 パァ……と足元から光が立ち上り二人を包む。

 

 そんな光にも気付けやしない。唇を塞がれたショックが大き過ぎるのだから。

 

 離れようにもがっちりと顔を持たれて動けない。

 

 

 零は、ツ……と唇を離し、ニッと笑った。

 

 

 「おめでとさん。また七十五日増えたな。

  ついでにカードもゲットだ。ツイてるな、お前」

 

 

 カード? とボケた頭に疑問を浮かべ、光が立った床を見れば、何と足元には例の魔法陣がキッチリとあるではないか。

 

 ナナが床一面に広がっていて石畳の色に擬態していたので解らなかったのだが、何と床には二ヶ所魔法陣が描かれており、先ほど円がキスをしてきた場所とは別に、ちゃっかりともう一つ用意がなされていたのである。

 

 何と横島はまたしても唇を奪われるカタチで仮契約されてしまったのだ。

 

 

 「ついでに言やぁ、円のはお前への従者登録用で、俺のは俺に対しての登録用だぜ?

  つまりお前は俺の従者だ」

 

 「な……っっっっ!!??」

 

 

 騙されたーっっっ!!! と叫びだたかった。

 

 可愛い妹にも謀られ、霊能力の弟子には勢いで奪われ、上司(涙)にもこんな事される有様。

 神よ!! オレが一体ナニをしたというのか!!?? と天を訴えたくなった。何様のつもりであろうか。

 

 しかし、残念ながらそんな暇は彼には無かった。

 

 何故なら——

 

 

 「黙れよ」

 

 「んむっ!?

  ン 〜〜〜〜〜 っ っ っ ! ! ? ? 」

 

 

 まだ彼女のターンは終了していないのだから。

 

 

 うねうねと舌が押し入り、歯茎を撫で回して横島の舌に巻きつく。

 

 しつこくねちっこく嘗め回した挙句、横島の唾液をすすり上げ、事もあろうにゴクリと咽喉を鳴らして音を聞かせやがる。

 

 カクン、と腰が抜けたた横島がひっくり返ると、それを追う様に覆いかぶさって馬乗りで彼の口中を蹂躙し続ける。

 

 頬の裏や舌の裏まで思うがまま味わうと、唇を合わせたままにやりと笑い、今度は自分の唾液を流し込む。

 

 朦朧とした横島がうっかりそれをごくりと飲み込むのを確認した時、唇を合わせたままニィ…と笑みを浮かべて零はやっと唇を解放してやった。

 

 ゼェゼェと息が荒く、生気を吸い尽くされたかのようにぐったりと寝そべる横島に馬乗りになったまま、ふぅと熱い息を吐いて満足げに微笑む零。

 

 「はは……この身体、思ったよりずっとオンナ(、、、)でやんの。腰が重くなってやがらぁ。

  本当ならこのまま寝台に引っ張り込むところだが……そーはいかねぇみてぇだな」

 

 「ぜぇっぜぇっ……へ?」

 

 

 何だかんだ言いつつ彼女も力が抜けているのだろう、ガクガクと膝を震わせつつ零が立ち上がる。

 やや内股なのがまた何だか艶かしかったのだが、そんな彼女の足の間から向こうに覗いてしまったものが目に入った瞬間、横島は心の奥底から肝を冷やした。

 

 

 「あ……が………」

 

 

 身体をカクカクと動かして逃げようとするも、残念ながら“それ”がいるのは唯一の出入り口。

 

 出来たのは奥へ奥へと這いずる事だけ。

 

 そんな哀れ過ぎる彼に対し、零は妙に色っぽくちょいと首を傾げ、

 

 

 「ま、今度はあいつらのターンってこった。

  ちゃーんと説明してやれよな」

 

 

 そう言って横島に背を向けて悠然と歩き去ってゆく。

 

 途中、“それら”がいる訳であるが、全く意に介さずその間を抜けて行った。

 

 

 その際に、

 

 「ああ、アタシ(、、、)らの事はご主人から許可もらってっから」

 

 

 という爆弾を置いて——

 

 

 

 

 

 

 

 「横島殿ぉー?」

 

 「老師ぃー?」

 

 

 

 妙に平べったい二人の声は、意識が吹っ飛ぶほど怖かったという。

 

 

 

 

 

       A a A a a G A a a a a a a a a っっ!!!

 

 

 

 

 

 中々愉快なアメリカン的絶叫が聞こえたのだが零は振り返りもせず歩き続ける。

 

 城の内側の廊下に戻れば、部屋を心配そうに見つめている かのこを抱っこしたアメリアを筆頭に、妹達が(どことなく嬉しげに)並んで礼をし、その先にいたエヴァが何やら小さく微笑んでいた。

 

 彼女は零が近寄ってくると黙って片手を上げる。

 

 それを見て苦笑した零も片手を上げて主の手をパンと打ち合わせた。

 

 

 「よくもやったものだな。

  しかし……良いのか? あのバカ二人なら勢いで横島を押し倒すかもしれんぞ」

 

 「気にしねぇよ。

  何、そうなったらなったの話だぜ。

  それに……」

 

 

 

 ——アタシはご主人の下僕で、当然アタシも悪、だぜ?

   そうなったら寝取るだけさ。

 

 

 

 零の言葉を聞き、一瞬ポカンとしたエヴァだったが、顔を伏せるように笑い出し、結局大笑いするに至った。

 

 

 「はは、ははははははは……

  いいぞ……いいぞチャチャ…いや、零。それでこそ我が下僕だ」

 

 「ったりめーだろ?

  姿は変わっても、ご主人の下僕で最古参なんだぜ?」

 

 「確かにな。くくく……

  ならば祝いの酒だ。良いの一本開けよう」

 

 「お。それは良いな」

 

 

 女たちは肩を組むように寄り添って廊下を歩き始める。

 

 その後を追う様に侍女人形達も突いて歩く。

 

 人形らしく一糸乱れぬ行進であったが、何となく嬉しげな雰囲気を漂わせている。

 

 やはり自分の姉が笑顔を浮かべているのは我が事のように嬉しいのだろう。

 

 アメリアは小鹿に一応、どうしますか? と問うたが、部屋に行きたし行くのは怖しといった態だったので抱いたまま行進に加わった。

 無論、言うまでもなかろうが彼女も嬉しげである。

 

 だから黙って姉妹達の後を追う。

 

 

 大切な存在達に対し最高の給仕を行わんが為。

 

 

 

 背後で響く肉を打つ音やら悲鳴やら呻き声などの音から小鹿を守るように。

 

 

 

 

 

 

 「折角……折角、覚悟したでござるに〜〜っっ!!」

 

 「この浮気モノ〜〜っっ!!」

 

 「A A A G Y A A A A A A A A A A A A ッッ!!!」

 

 

 

 気持ちを完全に自覚し、吐露しようとした矢先にエラいモノ見てしまって我を忘れた者や、

 

 

 

 「ああああ〜〜……っっ!!!」

 

 『お姉ちゃぁ〜ん 待ってくださいレス〜〜っ』

 

 

 

 ウッカリと勢いで行動してしまい、火照りが抜けずに走り回る者。

 

 

 

 「ほれ。取って置きのレ・ザムルーズだ」

 

 「赤ワインかよ。

  どっちかっつったらブランデーかラムの方が……

  って、<恋する乙女たち(レ・ザムルーズ)>だぁ? ベタ過ぎっだろ」

 

 「ははは……」

 

 

 

 また、完全に自分が女である事を受け入れてグラスを傾ける者。

 

 

 

 

 

 様々な模様を曝しつつ、この日少女達は——

 

 

 

 

 

 

             ——自らの意志で、あ く の 道 に 堕 ち た。

 

 

 

 

 

 

 




 遅れましてスミマセン。Croissantです。
 修正してたらギリギリになってしまいました。ゴメンナサイ。

 無印の時にも書いてますが、私の作中で一番早く横島を男として意識しちゃったという円でしたので一番難航してました。もーね、鼻と顎が尖って ざわざわ… しちゃいそうなほど。
 その代わり、零はさくさく進んでます。ヌワー

 ナナの独白はかな〜り前から出来てました。色んな話でよく出てくる『キミは人間だ』というセリフを真正面から蹴倒してますねw でも私の正直な気持ちです。
 その代り楓と古がチョイ役。まぁ、致し方なしww

 因みに横っちの“家族”、あと一人だけ設定があったりします。学園祭の後じゃないと出られません。あしからず。

 今回の話以降、よく言われてた横っちへの理不尽な暴力は結構少な目になって行きます。気持ち理解できましたしね。
 好きになった事に気付けず、それでもずっと気にしてると些細な事でイライラして『あいつが悪い』って思っちゃうもんなんですわ。

 兎も角、続きは見てのお帰りです。
 ではでは〜

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