-Ruin-   作:Croissant

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 癒し系、参入しましたw
 今更ですが、癒しキャラが小鹿と銀スライムって……



二十一時間目:あくの分岐点
前編


 

 エヴァンジェリンの城、レーベンスシュルト——

 

 ドイツ語の名前を持つそれは、直訳すれば「命の負債」だとか「社会の罪」とかいったとなる。

 実に皮肉が利いたエヴァらしいネーミングだ。

 尤も、地平線が霞むほど広い空間であるが広さそのものが紛い物なのでエヴァは箱庭と思っているかもしれない。

 

 エヴァの別荘と同様、瓶の中に存在している暗黒時代の彼女の居城。

 学園に封じられ、鬱屈とした日々を送っていた彼女はいつしかここに足を踏み入れる事はなくなっていた。

 外界と時間の流れが違うので、余計に長く縛られているように感じるのが原因なのだろう。

 

 しかし今、ここは大修行場として開放されていた——

 

 城を取り囲む大密林。

 爽やかさとは程遠い、原色の緑と深緑の鬱蒼とした森。

 一歩踏み入れるだけで一生彷徨い続けてしまいそうな薄暗く、不安の闇に飲み込まれそうなそんな木々の牢獄の一角。

 

 そこは、円を描くように大きく抉り取られていた。

 

 余りに不自然な空間であり、余りに不可解な位置にあるそれ——

 考えようによっては何かに使うために伐採したとも考えられるのだが、生憎とそんな酔狂な事をする者はいない。

 

 そもそもここは閉鎖空間であり、施設も整い過ぎるほどある。

 雪山や砂漠、密林やレジャー用の海岸まであるのだからこれ以上増やす必要は殆ど無いのだ。

 

 では、何故この場に伐採が行われているのか?

 

 ——いや伐採ではない。

 そういった作業によってできた空間ではないのだ。

 そこは、単に余波(、、)を受けただけなのだから——  

 

 

 「ぐ……あぁ……」

 

 「ぬ、うぅ……」

 

 「は、はぁはぁはぁ……」

 

 

 『ふむ……

  今日はここまでですね』

 

 

 その戦いの場に立っているものはただ一人。

 後の三人は地面に倒れ付していた。

 

 ネギは満身創痍。呻く事しか出来ない。

 楓と古はそこまで酷くはないが、それでも息が整わない。

 そこまで激しい鍛錬が行われていたのである。

 

 ——そう、ここに広場が出来ていた理由はその鍛錬の激しさ故。

 

 魔力で強化しないと一般人並の体力しかない少年は兎も角、体力自慢のバカレンジャーですらこの有様。

 特にこの二人は、最近は霊力を使って体力を維持できるようになっていると言うのにここまで疲弊している。 

 少女二人はかなり反則的の能力を持つアーテファクト……いや、宝貝まで使用しているというのにこの有様。

 

 運不運もあろうが、木々を根こそぎ薙ぎ倒す程の“余波”が発生する鍛錬なのだ。それがどれほどのものか想像に難い。

 

 それを汗一つ掻かずに行えるほど、そこに立っている女性は桁が……いや、次元が違っていた。 

 

 見た目はどこにでもいる雰囲気を持った女子大生くらいの女性。

 

 デニムのジャケットにミニスカート。

 黒いストッキングにバッシュ、とガジュアルというよりアクティブなファッションの女性である。

 二十歳かその手前のようでもあり、圧倒的に年上のようでもある不思議な雰囲気の女性だが、何より普通と違った部分があった。 

 

 いや、セミロングの髪の色が、朱色に近い赤というありえない鮮やかな色の髪が地毛なのは大した事ではない。

 

 どこかの青年宜しく赤いバンダナを巻いている事も些細な事だ。

 この三人を相手にし、尚且つこの城の主とその従者達まで交えて戦っても圧倒してしまうというふざけるにも程がある戦闘能力もさる事ながら、それを納得させる一因であるものが頭についているのである。

 

 位置にして耳の上辺り。

 左右、耳の上辺りに()が生えているのである。

 

 

 『よく持つようになりましたね。

  特にネギ君の成長は感嘆しました。あなたの歳で五秒はすばらしい』

 

 「あ、ありが……と、ごじゃい、ま……」

 

 

 そして三人はその女性に鍛えてもらっているのだ。

 幸いにもと言うか不幸にもと言うか三人とも優秀で、全力には程遠いが手加減したとはいえ、大人でも冗談抜きで死ねる程キツイ組み手を行ったというのに意識を持っている。

 

 その事がまた“彼女”の笑みを深くする。

 

 

 『楓さんと古菲もよく凌ぎ切れましたね。

  正直、もっと早く力が尽きると思ってましたよ』

 

 「か、かた……(かたじけな)い……」

 

 「ふっ、くぅ……謝謝」

 

 

 ヘトヘトになってはいたが、まだ口は利けるようだ。

 

 ネギに対しての攻撃より多少上乗せにしているのに言葉を返せるのは凄い。

 何せそこまで力を使い切っているのに、三人とも立とうとしているのだから。

 

 彼女は両刃の剣を肩に乗せ嬉しげに微笑んだ。

 

 

 『ですが、やはり欠点を残したままなのですね』

 

 「「「う゛……」」」

 

 

 勿論、甘言だけでは成長はない。

 締めるところは締めねばならないのだ。

 

 

 『楓さんの鋭さは最初の頃よりは研ぎ澄まされていますが、やはり直線過ぎです。

  曲線のない攻撃は避け易い。その事は叩き込んだはずですよね』

 

 「め、面目……」

 

 『謝るだけなら愚者でも出来ます』

 

 「く……」

 

 

 どうやらこの女性、かなり厳しいようだ。

 謝罪すらぴしゃりと切るのだから。

 

 

 『次に古菲』

 

 「あ、あい……」

 

 『確かにあなたは楓さんより攻撃に円があります。

  しかしそれは“楓さんよりはある”と言うだけですね。

  攻撃を避けられるたびに引いて円運動を止めています。

  “受けてもらった”時だけしか連続した円を描けないのは致命的です』

 

 「……」

 

 

 世間一般のこの年齢の拳士に言うレベルではない物凄い事を言われているのだが、古は自覚していたのだろう悔しげに唇を噛んでいた。

 

 

 『精進なさい』

 

 「っ…対不起……」

 

 

 ちょっと大仰に謝っている古に女性は苦笑する。

 しかし古にしてみれば苦言ほど嬉しい物はないのだ。

 突き刺すような指摘がそのまま実になるのなら、身に余る光栄なのである。だからこそ、恩に報い切れていない自分を詫びているのだ。

 

 

 『それでネギ君』

 

 「は、はい……」

 

 

 彼女が目を向けると、ふらふらであったはずのネギは既に片膝を付いて二人と同様に話を聞いているではないか。

 まったく……あの人(、、、)が思っていた通りだ。

 見当違いのガッツだけは人一倍あるのだが、精神の成長速度が悪い意味で速過ぎる。これではちぐはぐな人間に成長しかねないではないか。

 下手に悩みだすと袋小路直行で、褒めればそこで頭打ち。

 反省時間が無意味に長く、例え戦いの最中だろうと自分の失敗(失策)を無意味に責める。

 

 この妙に寸止まりを起こす所など典型的な天才型が陥るドツボだ。才気がある分、始末が悪い。

 

 だったら一番いい方法は……

 

 

 『相変わらず、フェイントに異様に引っかかりやすいですね。

  もしかして途中で『勝った』等とつまらない事を考えたりしていませんか?』

 

 「う……」

 

 

 増長——というほどではないにせよ、恐ろしく簡単に油断してしまうネギ。

 それは秘密裏に行い過ぎた個人鍛錬の弊害。

 目標は大き過ぎるくらい大きいのに仮想敵すらもっていなかったが為、勝手に相手の程度を設定してしまうのである。

 

 

 『そういう妄想は止めろと言ったはずですよ。

  今のあなたでは私が目を瞑っていてたとしても欠片ほどの勝機もありません』

 

 「あう〜……」

 

 

 だから、“適度”に凹ませる。

 

 何せこの少年、幾ら油断されていたとはいえ師であるエヴァに一度勝ってしまっている。

 だから本人は無自覚であろうが、心の奥底では隙さえ突けば勝てると確信してしまっているのだ。

 

 

 『勝ったと思うのは勝手です。どんな無能者でも出来ますし。

  ただそれは未熟故の事。

  愚を行う、考えるのはそんな未熟者の証なのです。

 

  聞きなさいネギ君。

 

  勝負とは相手に土をつけるまで終わらないのです。

  確かにあなたの年齢からすれば多少は(、、、)強い方でしょう。

  そこらのチンピラ術者に勝つのもそう難しくない事でしょう。

 

  ですが、あなたの考えは単なる自惚れです。

  世界は広い。あなたより強い少年は幾らでもいるのですよ?』

 

 

 増長と自信は違うもの。

 “倒させてもらった”事に一々増長されたら堪ったものではない。

 だからこそ適度に凹ませ、その窪みを埋め立てさせる必要があるのだ。

 

 かなり難しい調整がいるが、幸いにも彼女はそういった事に慣れている。よほどの事がない限り、さじ加減を間違えたりしない。

 

 

 「はい……」

 

 

 しゅんとしているネギを見、そんなに酷く落ち込んでいない事を確認してから、彼女は担ぐように肩に乗せていた剣をどこかにしまい、

 

 

 『強くなる為の最初の一歩は、自分の弱さを思い知り、受け入れる事。

  弱さに潰される事なく、未熟であるが故に目指せる上があるという事を知るのです。

  それが解らなければ能力も技術も伸ばす事はできません。

  解りますね? 皆さん』

 

 「「「……はい」」」

 

 

 そう言を締めくくる。

 

 返してきた言葉に力は無いが、折れている訳ではないので彼女は内心笑みを浮かべていた。

 何と言うか……これだけ霊能力がない少年少女達だというのに、彼女(、、)の知る霊能力者達以上に身体能力が高く、また向上心も強い。

 どう痛めつけられても、どう打ち倒しても歯を食いしばって頑張って立ち上がり、構えをとって自分を見据えてくる。

 

 ……うん。目も良い……

 

 この歳にしてこの才気。

 いや才能だけなら散々無茶なヒトタチに出会っているのだが、気合というか努力を怠らない気質、このような真っ直ぐな心構えを持つ人間には会った事は殆ど無い。

 更に“ここ”にはそういった人間がたっぷりといてくれるという。

 

 嗚呼、何と師匠冥利に尽きる環境だろう。頬の緩みが止まらないではないか。

 どーして向こう(、、、)にはこーゆー“ありがた嬉しい”弟子がいなかったのか。

 思い出されるのは実力こそ人一倍あるのに人格面で大問題を抱えた修行者達。

 

 腹黒な銭ゲバだったり、煩悩超人だったり喧嘩キチだったり……確かに能力は認めるに値するのだが、人格的には碌なのいやしねぇ。

 それ思うと目頭が熱くなってくるのは気の所為ではないだろう。

 

 

 『悔しいなら、自分を不甲斐無いと思うのなら、次の機会まで精進を続けていてください。

  心が折れなければいくらでも前に進めるられるのですから』

 

 

 時間切れ……か。

 彼女の身体が淡い光に包まれてゆく。

 

 

 『では、またお会いしましょう……』

 

 

 その全身が光に包まれ、それが閃光というレベルまで強まった瞬間、その光は弾けて彼女の姿はなくなっていた。

 

 代わりに——

 

 

 「う゛ぐぅ……」

 

 

 バターンッ!! とでかい音を立ててイキナリひっくり返った青年が一人。

 

 

 「お、お疲れ様でござる……」

 

 「老師……だ、大丈夫アルか?」

 

 

 自分らも相当疲れているだろうに、そう青年を気遣うが当の青年はそれ所ではない。

 全身が軋み、全ての筋肉や骨が悲鳴を上げている。

 実のところ霊的な副作用による悲鳴なのであるが、物理的な痛みに感じるのも当然。

 何せ“普通なら”出来る訳もないほどの無理をさせていたのだから。

 

 よって……

 

 

 「ぐ、おぉおおお……

  小○が、こ、○錦がぁああ〜〜……」

 

 

 その苦しさと痛さで悶え苦しんでいた。

 

 その痛みは言語を絶し、まるで両手両足の骨がポキッと折れて、ちょっと苦しくなって蹲ったところに小○がドスンと乗ってきたような苦しさであるという。

 ショック死していない彼が異常なのか、そんな目に遭ってまだ使用する心構えがステキなのか判断に困るところであるが……

 

 ともあれ、結局は何時ものよーに彼の使い魔である白小鹿と従者人形らの救助隊が到着するまで、彼は気力の尽きた三人と共に呻き続けるのだった。

 

 

 

 

 

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              ■二十一時間目:あくの分岐点 (前)

 

 

 

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 最近、伏魔殿なんだかレジャー施設なんだかよく解らなくなってきているレーベンスシュルト城の片隅。

 

 ドームのような屋根が置かれているテラスの下。

 白くて丸い上品なテーブルに、二人の少女が席についていた。

 

 しかし一人は少女と言うよりは幼女。

 幼稚園児か小学校に上がったばかりに見える、ボブカットの女の子だ。

 やや丈が短いデザインの白いワンピースを着ているその女の子の容姿は、同じテーブルに着いている少女の友人にいる、本屋ちゃんと呼ばれている娘によく似ていた。無論、別人であるが。

 

 左利きなのだろう、しっかりし過ぎて握るような持ち方になってしまっているえんぴつの使い方で、何やら小冊子のような物に字を書き込んでいる。

 えっとえっとぉ……と、一生懸命えんぴつを動かしているその姿は中々微笑ましい。

 

 そんな少女を横に、彼女……円はテーブルに突っ伏していた。

 

 あの晩に前情報宜しく木乃香らから色々と聞いてはいたが、それでも与えられた情報は無茶過ぎるくらい多かった。

 何せ理解するには体験するのが一番とばかりにココに連れて来たのだが、横島らのコミカルにもほどがある行動によって誤魔化されていただけに過ぎず、その実は常識の限界を飛びぬけていたのだ。

 

 円はついこの間までイッパソ……もとい一般人。

 魔法がどーとか(主にエヴァ、ネギ、明日菜、木乃香、のどか)、氣がどーとか(刹那、楓、古)言われてもどう返してよいやら。

 

 更にそこにロボ(茶々丸)とか、ゴーレムとか、九十九神モドキ(零)とか言われても困るし、その上ちょーのーりょくしゃ(横島)何て言われたら頭もパンクする。マンガかラノベの世界だ。

 何でも来いにも程がある。

 下手すると探したら未来人とか異星人とかいるかもしれない。どこかのS○S団じゃあるまいし……

 

 でも、そういうムチャクチャ信じられないホラ一だかファンタジーだか解らない話を噛み砕いて説明してくれた男がいた。

 それこそが横島忠夫。その人である。

 

 ……未だ円は彼の顔を見たらちょっと赤面しちゃうが、気にしたら負けだ。

 

 兎も角、耳を通して頭に入れたは良かったのだが話が話。円の常識を根幹からぶっ壊すような内容だった。

 当然ながら円は知恵熱ぶっこいて沈没してしまっていたのである。

 

 いや『知恵熱程度で済んでいる』と言った方が良いのだろう。ぶっちゃけ、のどかや楓らのようにアッサリ受け入れている方がみょーなのだし。

 

 

 『ま、初めて世界の真実を教えられたんだ。

  無理もないやな』

 

 

 等とカモがクソ生意気に紙巻の煙をムハーとぶち吐いて、何か態度悪くエラそーに慰める一幕もあったが、当たり前というか納得できないというか、そんなファンタジーの証拠そのものに慰められたら世話がないので華麗に無視してたりする。

 

 

 「−失礼いたします」

 

 

 そんな円に茶々姉が静々と歩み寄り、よく冷えたアイスハーブティーを注ぎ直して目の前に置いた。

 コトリとも音も立てず置いたのは流石。

 円がテーブルから顔を上げた振動で初めて氷がカランと音を立てたくらい。

 

 

 「あ、ありがとう……」

 

 「−いえ」

 

 

 そんな行為も当然の事。

 そう言わんばかりの自然な所作で今度は女の子のお茶を入れ直してあげるも、当の女の子は気付けていない。

 

 どうも集中してて気付けないようだ。

 円は、そんな女の子を見守っているに茶々姉の表情に柔らかさが宿ったような気がした。

 

 そんな茶々姉。最初会った時に円は茶々丸だと勘違いてたりする。

 激似だと思っていたら姉の一人だと言われ、嗚呼やっぱりと納得したものの、自動人形(ロボットではないらしい)という事実にまたビックリ。

 そんなところでも世界はファンタジーに満ちていると再認識させられた物である。

 

 だが聞けば零はそんな彼女達姉妹の長女という話で、彼女の下には何百と妹達がおり、茶々丸は一番下の妹らしい。

 年下になればなる程イロイロと(、、、、、)成長していくのは何故だろう? と首を捻っていたり。

 

 

 「−何か?」

 

 「い、いえ別に」

 

 

 ほんのちょっと大きめのティーカップに入れられたそれで口を湿らせると、途端に頭が冷えてくるような気がしてくる。

 流石にきちんとしたルールで淹れられたハーブティーなんて初めて飲む円だったが、口当たりの良さで上等のものという事だけは何とか理解ができた。まぁ、その程度だが。

 

 はっきり言って、時間をもてあましていて居心地が悪い。

 

 

 「あ、あの〜〜……横島さんは?」

 

 「−鍛錬が終わったようですので、かのこ様と姉妹達が回収に向かっております。

  かなり汚れていて鬱陶しいとマスターが仰られているので、

  まず汗を流していただいてからになると……

  その後でまた話をさせるとの事ですので、もう暫くお待ちください」

 

 「は、はぁ……」

 

 何であの小鹿(かのこ)まで様付けなのかは兎も角、

 よく解らないが、エヴァは何時もやっている鍛錬を休ませる気はないと四人を修行場なる所に向かわせていた。

 彼女(エヴァ)によるとネギ先生はその特殊鍛錬を始めたばかりなので、途切れさせると後のスケジュールが狂うのだそうだ。

 子供もクソもない拷問のような鍛錬らしいけど。

 

 因みにエヴァは色々とやってお疲れのようで仮眠中。

 まぁ、そのお陰で(、、、、、)目の前の少女が女の子らしい女の子に見えるのだが。

 

 

 「できたレス〜」

 

 

 非常に嬉しげに冊子を掲げるその女の子。

 

 茶々姉は「−まぁ」と手を合わせ、嬉しげ(!?)に歩み寄り、エプロンドレスのポケットから赤ペンを取り出して○とか×とかを入れてゆく。

 くるりと丸を描いてもらうたびに目を輝かせ、×を入れられるたびにくしゅんとする。喜怒哀楽が大きい事だ。

 

 

 「−ハイ、七十点です。

  前回よりかなり間違いが減ってますね。よくがんばりました」

 

 「あ、はいレス!」

 

 

 返してもらってニコニコと笑顔を見せる女の子。

 

 彼女が頑張って書いていたのは国語ドリル。

 小学校低学年向けの“むずかしい漢字”が入っているが、それでも何とか仕上げたのだ。

 

 何せこの国語ドリル、お手製なのである。 

 彼女の為にがんばってこれを作った“お兄ちゃん”の為に、彼女もこれだけ一生懸命になったのだろう。

 

 

 「こーゆーの見るたびに悩んじゃうんだよね……」

 

 

 ——何に? 

 

 

 そう問う者がいないのは幸い。

 彼女が悩んでいるは教えられた<世界の真実>ばかりではないのだから。

 

 円は、嬉しそうに勉強道具をしまっている女の子を視界に入れながら溜息一つ。

 

 彼女の悩みは誰にも解らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ご、ごめん……おまたへ……」

 

 「あの、い、いえ、その……」

 

 

 やって来たのは良いが、まだ完調ではない事がバッチリ解る横島。

 足元からして かのこに支えてもらってて何とも危なっかしい。誰の目から見ても疲労困憊でヨロリラとしていて、やっぱりどこか覚束ない。

 

 

 「だ、大丈夫なの?」

 

 「ふふふ……ふふ、ふふふふ……なーに、気にしたら負けさ……」

 

 

 異様に煤けているが気にしたらそれこそ“負け”であろう。

 

 横島が来てすぐ、ナナが飛びつくように駆け寄っているが、疲労は隠せていなかったものの邪険に扱ったりせず、ドリルをやり上げた事を褒めて頭を撫でていた。

 その様子をまた茶々姉ーズがニコニコとしながら眺めていたりする。

 異様なようでいて、かなり微笑ましい光景だった。

 

 そんな横島は待たせた事に再度詫びを入れ、茶々姉に入れてもらったお茶で咽喉を潤してから、

 

 

 「あ、そーだ。

  楓ちゃん達にも話したい事あるから、悪りぃけど呼んで来てくんねぇか?

 

  楓ちゃんと古ちゃんの二人な。ネギは休ませといてやってくれ」

 

 

 と、何故かナナにそうお願いした。

 

 その際、それは私達が……と茶々姉が言いかけるのを横島は小さく首を横に振って封じている。

 主にナナの視界に入らないよう。

 

 

 「あ、はいレス!」

 

 

 そのナナはお願いされた事が嬉しいのだろう、ぴょんっと元気に横島の膝から飛び降りた。

 そんな彼女に小鹿も『ぴぃ』と小さく鳴いて付いてゆく。

 

 

 「一緒に来てくれるんレスか?」

 

 「ぴぃぴぃ」

 

 「ありがとレス」

 

 雰囲気的に、お手て繋いでお使いに行く感じか? お兄ちゃん(横っち)の目に何とも微笑ましく、僅かながら癒されてたり。

 

 手を振って言って来るレスと駆けて行く二人(?)を手を振って見送りつつ、「迷わないよう気をつけてやってくれ」と茶々姉達にお願いして出て行かせる。

 無論、異論の無い彼女達は足早にナナに付いてテラスから離れて行った。

 

 

 そうやって——人払いは成った。

 

 

 目で見送り、気配を探ってナナ達が完全に離れた事を確認して直、横島は円に向き直り、

 

 

 「まず、ゴメン!!!」

 

 「えっ!?」

 

 

 唐突に、ゴスっ!!! とテーブルに頭を打ち付けるほど勢い良く頭を下げた。

 

 あまりの行動に円の頭が真っ白になる。

 しかし同時に、ナナには聞かせられない話をする事は理解できていた。

 

 

 それは——

 

 

 「円ちゃん。きみは霊能力に目覚めている」

 

 「……え?」

 

 「否が応でもキミに霊能力の修行をさせなきゃならなくなっちまった」

 

 

 「………………え?」

 

 

 

 円を裏に進ませざるを得ない話なのだから。

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 何と言うか……

 確かに話そのものは理不尽と言ってよいほどのもので、例の事件の所為と言えるのであるが——円は意外なほどあっさりとそれを受け入れていた。

 

 いや、そもそも謝られる理由が解らなかったのだ。

 

 横島の話によると、あの事件の晩、彼がその莫大な霊波で持って円の中からナナを搾り出した訳であるが、その際に横島が放つ人間最高峰の霊波をまともに受け、命の危機にあった円の魂はその霊圧によ強制的に能力に目覚めさせられていたというのだ。

 要は危機に直面した際に力に目覚めるという例があるが、それを後押しした形になってしまったとの事(業界(、、)ではイヤボーンの法則というらしい)。

 

 彼によると、霊能力というのは魂の力なので魔法使いにはなれないのだそうだ。

 

 そのベクトルは兎も角として、魔法は“魔”なので霊力が繋がれば魂そのものが魔に傾いてゆくらしい。

 横島くらいになると“それはそれ、コレはコレ”と別けられるのだが、霊能力のド素人達にそれが出来る訳がない(当然、楓達も無理)。

 何の手も打たずそのまま使い続けると人間でなくなる可能性もゼロではないとの事(横島によると前例があるらしい)。

 

 しかし何かしら以上の手段は持たさねばならない。

 何しろ“敵”の魔法使い達の対応がいい加減過ぎて読めないのだから。

 

 だが前述の理由によってネギやエヴァに護身用に魔法を教えてもらうという道はチョット難しい。かと言って氣を使うには下地が無さ過ぎる。

 消去法によって横島が霊力制御を教えなければならなくなったのだ。

 

 尤も、円にしてみれば『だから何?』である。

 

 彼女は、助けてもらっといて文句を言うほど落ちぶれてはいないつもりだ。

 元々人に声援を送るチアリーディングをやっていて鼓舞の才があった事、そして音楽をやっていた事で感受性が豊かだった事もあってか、自然に霊能力に目覚める可能性はあったというし、何より自分から進んでネギが行っていたような魔法バトルをやりたいとも思わない。

 だったら勘が鍛えられて、鋭くなるという霊能力の方がマシではないか。

 それで危機回避能力が手に入るなら万々歳である。

 

 ナナに話を聞かせなかった理由も納得できた。

 円が力に目覚めたのは、ナナが恐怖に駆られて彼女の口に中に逃げてしまって窒息しかけた事も関わっている。

 罪悪感が人一倍強いナナの事、そんな話を聞かれたら泣いて謝りだすだろう。

 

 

 『……まったく……

  やろうと思ってやったわけじゃないのに……』

 

 

 等と眉を顰める円。

 当然ながらナナの“所為”とは欠片ほども思っていない。

 

 

 

 「お兄ちゃ〜ん」

 

 

 「おお」

 

 

 丁度良いタイミングで、楓らと共にナナがかのこに乗って戻ってきた。

 サイズや体格的には無茶であるが、この妹は結構軽い。よって地力もある かのこなら易々と乗せられるのである。

 目にもほのぼのとした優しい光景にお兄ちゃんの目も潤みっぱなしだ。茶々姉'Sも嬉しそうだし。

 

 案内してもらったとは言え、迷わず二人をここに連れてこれた事を褒めてもらいたいのか、小鹿と一緒に横島に抱きついてきた。

 無論、シス魂と愛玩精神に目覚めつつある(というか手遅れっポイ)彼は双方の頭をなでなで。ナナは兄からの、かのこは御主人様からのナデポを素直に喜んでいる。

 犬だったらぶんぶか振りたくっているだろう尻尾を幻視しちゃうくらい。

 

 ……そんな笑顔を見せるようになった彼女の顔を曇らせる気は全くないのだ。

 

 

 「ホントに……何で……」

 

 「へ?」

 

 「何でもないです……」

 

 仲睦まじい家族(、、)を見ながら何かを噛むように呟いた円だったが、それは言葉という形を持つには至らず、また誰の耳にも届かなかった——

 

 

 

 

 

 

 

 「さて……

  この馬鹿の汗臭さもどうにかなった事だし、本格的な話を始めようか」

 

 

 寝過ぎた為だろう、皆をちょっとばっかし待たせたにも拘らず大王のようなエラソーな態度で登場してくれやがったのは、当然ながらこの城の主エヴァンジェリン。

 

 高原の別荘に避暑にやって来た深窓の令嬢(幼女)宜しく、純白のワンピース姿でやって来た為かかなり雰囲気と似合っていない。

 

 にも拘らず椅子に座る仕草や動きは品に満ちており、完全な自然体。生粋の女王気質なのかもしれない。

 

 そんな彼女が席に落ち着き、テーブルに手を置いた瞬間、その手の直側に茶々姉が音もなくアイスティーを置く。

 慣れているのか信頼しているのか、エヴァは指先を迷わせる事もなくグラスを手に取って口の中に流し込んだ。

 一連の動作に淀みが無いのは流石と言うか……

 

 

 「そういえばネギ坊主はどこにいるでござる?」

 

 

 ふと人が少ない事に気付き、楓がそう問う。

 

 テラスに置かれたテーブルは二つ。

 一つにはエヴァと零、そしてナナと かのこを膝に乗せた横島。

 

 もう一つには今質問をした楓と古と円の三人。

 横島がナナに頼んでいたように、この場にはネギ(と、ついでにカモ)、そして何故か茶々丸の姿は無かった。

 

 

 「ああ……結局、疲労が激しかったようだからな、奥の例の部屋に休ませてある。

  横島用に使った部屋だが、回復が早まるからな。

  それに茶々丸を看病に付かせているのだから文句は無かろう?」

 

 「てか、アイツ、自発的にガキについてったぜ?

  甲斐甲斐しくって若妻みてぇだったな」

 

 

 ご主人も見習ったらどーだ? けけけと零がエヴァをからかい、だまれフランケンっ! と怒鳴られてたり。

 何時もの掛け合いであるが、円は初見なのでちょっとヒく。

 

 そのネタにされていた茶々丸は何だかネギにべったりである。

 

 自分から離れるのは従者として問題があるが、何だか女として成長しかかっている茶々丸が人形遣いとして面白くてならない。だから放置しているのだ。

 実のところ茶々丸は魔法と科学のハイブリッド。

 自動人形の関係でも裏の世界で名を馳せているエヴァであるから、自立成長をしているそんな茶々丸がどう成長してゆくか楽しみでしょうがないというのが正直なところだろう。

 

 

 「ま、二人ともがこの場にいないのは我が結社としては都合が良いしな。

  放っておけ」

 

 「結社って……」

 

 

 無論、エヴァと愉快な怪人たち(仮)の事である。

 

 拙者(私)も怪人(アルかー!?)でござるかーっ!? という声が無きにしも非ずあるが気にしてはいけない。横島なんぞとっくに怪人認定されているのだから。

 零なんか「ああ確かに」と納得してるし、かのこは元から使い魔だし、ナナに至っては「お兄ちゃんといっしょレス〜」と嬉しそうだ。ひょっとしたら意味が解っていないのかもしれない。おバ可愛い銀怪人である。

 

 

 「あ、あの〜……私も入ってます?」

 

 「怪人くぎみー女アルか?」

 

 「くぎみー言うなっ!! つーか、語呂悪っ!!」

 

 

 いや、どちらかというと悪いのはセンスだろう。

 そういった声も鼻先で笑い、エヴァは横島の膝に乗せているナナの胸元に手を伸ばし、何と無造作に指を突き刺して何やらゴソゴソとやり始めたではないか。

 

 

 「ふん……思ったより安定しているな。

  不具合はあるか?」

 

 「全然ないレスよ」

 

 「そうか……」

 

 

 ナナの返事を聞き、エヴァは指を抜く。

 水面から指を抜いたかのように一瞬波紋が立つが、数秒と掛からず何事も無かったように人の皮膚の様を取り戻す。

 再度つつくが波紋は立たず、エヴァの指先には人の肌に触れた感触だけがあった。

 

 

 「これでよし……

  おまえの記憶素子は完全に今の外観と感触を記憶している。

  例えナイフが刺さったとしてもきちんと出血するほどにな」

 

 「わぁ……ありがとうございますぅ!!」

 

 「ふん。礼はいらんぞ」

 

 

 どうやら外見のデータの安定具合を調べていたようだ。

 

 この面子だから良いが、ナナの事を知らない者がみれば大慌てモノの光景だった。

 兎も角、エヴァの行動とセリフは突飛でちょっとナニであったが、ナナはそれでも嬉しかったのだろう素直に笑顔満々に頭を下げて礼を言っている。

 

 その謝礼をそっけなく返す彼女だったが、頬がちょっと赤かったり。

 気付いた横島がニヤリとしていた。直にアイスティーをぶっ掛けられてたりするが。

 

 無論、横島がぶっかけられたのだから彼の膝に乗っているナナも「きゃっ 冷たいレスっ」という事となり、その事に対しエヴァが「ス、スマン」と謝ったりして何とも微笑ましい。

 

 兎も角、あらあらと妙に甲斐甲斐しい茶々姉’Sが直にタオルを持ち寄って拭き拭き。事無きを得ている。

 

 

 「−ええ。私達にとってお義兄様ですし」

 

 

 何て言葉は聞こえない。気の所為だ。

 

 

 

 「ま、まぁ、兎も角だ!!

  我が組織の会合を始めるぞ!!」

 

 

 「「「「はぁ……」」」」

 

 「ほぇ?」

 「ぴぃ?」

 

 

 バンバンとテーブルを両手で叩いて無理やりgdgdを払拭しようとする。

 成功したかどうかはさて置き、一応は皆のニヤつきも止まったようだ。

 

 言うまでも無くナナと小鹿はちょっと解っていない。

 

 円はボ〜ッとして置いてけ掘になりかかっていたが、聞き捨てならない事を耳にしたお陰で我に返り、

 

 

 「え、えっと……さっき聞き逃したんだけど良いかな?

  何で私もそのナゾ組織に入れられてるわけ?」

 

 

 等と挙手をして当たり前の質問をするが、

 

 

 「ンなもん、キサマが霊能者になったからに決まっているだろう」

 

 

 と一蹴されてしまっていた。

 

 

 ここの世界にも、霊能力者がいない訳ではない。

 ただそれは、魔力や氣、或いは霊達に干渉できる道具を使ったもので、その大半は破邪やら除霊である。

 その理由はというと、霊力を力の源にすると魂を削り続けて命を縮めてゆく、所謂“邪法”だからだ。

 エヴァとてその事を知っているので魂の力を使ったりしない。

 元々が不死身である彼女。下手に魂を削れば単なるアンデッドモンスターに成り下がりかねないのだから。

 

 が、ここで横島という別のファクターが関わってくる。

 

 横島の言うところの霊力とは魂から発せられている波。所謂“魂波”が持つ力というのが正しい。

 だからその霊力とやらは普段駄々漏れになっている力を利用しているだけなので、完全に使い切ったりしない限り疲労するだけなのである。

 必要なのは力の収束率とベクトル。そして霊能力の特性ぐらい。

 安全……とは言い難いが、横島がきちんと教えられるならば、少なくとも世の術者達が恐れているような力にはまず成り得ないのである。

 

 

 「え〜と……

  つまり横島さんって、その霊能力の使い手としてはかなりスゴイってコト?」

 

 「かなりも何も……私はコレ以外にここまで使える奴を知らん」

 

 

 コレ扱いされている横島であるが、エヴァの言うように彼は“この世界”で唯一の“本物の霊能力者”で、尚且つ“元の世界”でもトップクラスの実力者なのである。

 

 

 「信じられんだろうが、霊波のコントロールは世界一。

  耳を疑うだろうが、魂の波動をエネルギーに転化させる技術も世界一。

  ムカつく事に、コイツは内包する霊力は人間の限界値を大きく上回り、

  悪い夢だと思いたくなるかも知れんが、コイツの霊力収束率は追従する者を許さず、

  正気を疑うかもしれんが、こんななりで霊体や悪霊を浄化する事まで出来るぞ」

 

 

 「へ、へぇ〜……?」

 

 「褒めるか貶すか どっちかにせぇーっ!!!」

 

 

 何だか『実はカモノハシの踵には毒の棘がついてます』的な意外性を感じてししまう話で今一つピンとこない円を他所に、貶しつつ褒めるという器用な言様に横島は泣いて抗議していた。聞き入れてくれる筈もないが。

 

 しくしく泣く横島の心を癒してくれるのは『お兄ちゃん、すごいレスぅ〜』と目を輝かせるナナとペロペロ頬を舐めて慰めるかのこだった。

 そんな純真な妹らに癒され、思わずぎゅっと抱きしめてしまう。

 真っ赤っ赤になって照れるナナであるが、やっぱりなんか嬉しそう。小鹿もぴぃぴぃ鳴いて甘えてるし。

 しかし傍目には順調にアブナイ街道に向かいつつあるよーな気がしないでもない。

 エヴァと茶々姉’S以外の目も何か生温かいし。

 

 

 「ンなしょーもない話は置いといて」

 

 「うぅ……酷い……」

 

 

 横島の抗議も華麗にスルー。

 しくしく泣く男を視界にも入れず、円に眼差しを戻しつつエヴァは、

 

 

 「不幸中の幸いと言うか、魔力も氣の基本も持たなかったお前は感受性だけは高かった。

  この男も言ったと思うが、霊能力はその性質上 魔力を持つ者は危なっかしくて使えない。

  氣と霊力は相性が良いらしいが、下地がないお前では暴走させるのがおちだ。

 

  つまりお前は、純然たる霊能力者になるしか道がないのだよ」

 

 

 ——と、言い切った。

 

 

 「……」

 

 

 円は押し黙ってしまったが、別にエヴァは脅している訳ではない。

 普通ならあの夜の事は忘れて寝てしまえとでも言ってやれるのだが、修学旅行の事件に関わった少女らを誘拐しただけでなく、まるで関係なかった千鶴と円を誘拐しているのだ。

 関西の本山の一件、そして今回の件から解ったとおり、向こうは一般人やらこっちの都合やらを殆ど考慮していない。

 

 いや、この程度で済んでいるのだから考慮してくれていると言えなくもないが、巻き込まれた(巻き込んだ)人間は間違いなく関係者として扱っている。

 まるで性質の悪いテロリストの思想だ。

 

 

 「こうなってくると危険なのは魔法関係者だけではない。

  戦闘能力をまるっきり持っていないお前はいいカモだからな」

 

 「う……」

 

 

 そう言われると円も黙るしかない。

 ナナがいるからだろう、エヴァはストレートな表現は行っていないが、暗に『人質にはもってこい』だと言っているのだ。

 

 何せあの晩、ネギが窮地に陥った一因は捕まった自分にもあると自責の念に駆られている彼女である。

 無論、単なる思い込みであるし、ぶっちゃければネギの魔法が効かなかったのは明日菜の所為(?)だ。

 しかし連帯を旨としている円は責任を感じずにはいられなかったのである。

 

 

 「……まぁ、ある程度はナナがいるからどうにかなるがな」

 

 「は?」

 

 

 思っていた以上の落ち込みを見せる円を見、何となく皆の目の冷ややかさが増したのを感じたか、エヴァは咳払いをして空気を変えることにした。

 

 だが、いきなりナナの事を言われても円には意味が解らない。

 当然ながら他の少女らもそうだ。

 

 

 「いや、ナナを調べていた時に解ったんだが……おい、ナナ」

 

 「ふにゃぁ お兄ちゃ……あ、はいレス!」

 

 

 横島に抱っこされて(物理的に)蕩けていたナナであったが、自分を呼ぶ声に気付いてカタチを戻して彼の膝からすくっと降りる。

 ナナが離れた瞬間、横島に多数の「後でお話しようか?」な視線がぶっ刺さったのは興味深い。

 ものごっつい理不尽であるが、オトメ心はそんなもんだ。

 ま、それは兎も角(いいとして)

 

 とてとてと歩み寄って来たナナのほっぺをエヴァは何故かツンツンぷにぷにと突付く。

 

 

 「普段の状態ならコイツはこんな風に歳相応にぷにぷにだ。

  仮にスライム状態になったとしても同様……

  いや、液状化も出来るからもっと滑らか過ぎる状態になる」

 

 「はうぅ〜」

 

 

 実はナナ、とても足が遅い。

 

 これはジェル状態なら這いずるしかないので移動が遅いのも当然であるし、人間形態になっても流体銀の体がおもいっきり正確に筋肉などを再現してしまう為に年齢相応のどんくさい少女の筋力しか持てない(どうも元の女の子がどんくさいらしい)ので足が遅い。

 更に、人型時には踏み込んだ時に地面に掛かる衝撃のほぼ全てをソフトな身体で吸収してしまう為、どうしても踏み込みが浅くなってしまって移動力が落ちるのだ。

 密林等で逃げ回る際は流体化して木々や岩の隙間等に逃げ込めるから良いのだが(一人でいた時はそうやって逃げていた)、スライム姉達と違って転移は勿論、元々が魔力を持つ水銀という“鉱物”なので水と同化する事や地面に染み込んで逃走する事もできない。よって隙間のないグランド等では一般人から逃げる事も難しいのである。

 

 

 「だがそれは“ナナ単体なら”の話だ」

 

 「はぁ……」

 

 

 エヴァがナナに目配せをすると彼女はコクンと小さく頷き、その場に着ていた物を残して液状化し、一瞬で円の服の中に滑り込んで身体にまとわり付いた。

 

 

 「わっ!? わっわわわわっっ!!??」

 

 「落ち着け」

 

 

 普通、そう言われて直に落ち着けたら世話はない。

 何せあの夜にはこの状態のナナに拘束されていたのだし、口の中に入ってきて窒息しかけたのだから。

 

 

 ——が、

 

 

 「び、びっくりしたぁ〜……

  先に言ってよ。も〜〜」

 

 『あう〜 ごめんなさいレス』

 

 

 

 意外……いや、異様なほど早く円は落ち着きを取り戻して見せていた。

 

 

 「何だつまらん」

 

 「エ、エヴァ殿……」

 

 

 狙ってやったでござるか!? と楓も冷や汗をかく。

 

 この大首領、特撮モノの首領と違ってみょーに面倒見は良いのだが、おちょくるときはおもいっきりおちょくってくるから始末が悪い。

 古もあはは……と引きつった笑いを浮かべてたりする。無論、零はニタニタするだけだが。

 

 

 「ナナが身体にまとわり付いた状態なら一般人以上の力が出せるし、逃げ足も異様に早くなる。

  更に、ナナは光系と雷系の魔法が無効化でき、氣も弾ける。

  その特殊防御能力まで追加されるんだ。

  二人一緒という前提ではあるが、茶々丸の攻撃すら防ぎきれるだろう」

 

 

 「「「へ?」」」と驚いたのは古と楓と零の三人。

 

 円とナナ、そして小鹿はそれがどれ程凄い事なのか解っていないのでポカーン。

 

 まぁ、コイツらならこういう反応だわな……とエヴァは溜息を一つ。

 茶々姉に命じてボードを持ってこさせ、何故かメガネをすちゃっと装着してから図を書いてやった。

 

 

 「ナナの身体は特殊でな。

  表面構造を分子の結びつきの固い側とゆるい側を任意に別けられるんだ。

  コイツを拘束していた能力のその一つだがな。

  それを逆に使うと装着者をかなり強化できるんだ。

  ……と言ってもバカレンジャーどもには理解できていないだろうなぁ……」

 

 「無論」

 「当然アル」

 

 「威張るなアホ!!

  ええいっ、ナニを傍観している!! キサマも説明しろっ!!」

 

 「何気に八つ当たりっ!?」

 

 

 面倒くさがったエヴァによって椅子を蹴られ、無理やり立たされて説明を手伝わされる羽目となってしまう。

 オレ、疲れてるんですけど〜? という嘆きも馬耳東風。横島は泣けてきた。

 

 それでも説明を手伝ってしまうのは生来の面倒見の良さ所以だろう。

 

 しかも彼は、こういった馬鹿に対して説明する事が何故かみょーに上手かったりする。

 エヴァの説明に合いの手をいれつつ、図を書きながら注釈を入れていた。

 

 

 兎も角エヴァの話によれば、対象の体の表面をナナが覆って拘束した場合は、肉体との接触面だけを硬化させるので外部からの衝撃やら圧力をそのまま内側に伝えられ、拷問にも使えるらしいのだが、何らかの刺激から身を守ろうと外部を硬化した場合は逆に内側からの圧力以外は伝えなくなるらしい。

 物凄く大雑把に言えば『膝カックンに弱い構造』なんだと言う。

 

 これは流体銀の密度を変えて防御(拘束)力を上げている為で、一方の面の密度を限界まで上げるので反対の面の硬度が下がりまくって圧力を受け易くなるからだ。

 だからこの特性をそのまま使えば、包まれている円は自由自在に身体を動かせるのだが、外部から受ける衝撃はほぼ全て無視してしまうという現象が起きる。

 

 ぶっちゃけて言うのなら、ナナが円の頚骨までフォローしてさえいれば大型トラックに跳ね飛ばされても何のダメージも受けないという事のだ。

 

 古が寸剄を叩き込んでも突付かれた程度の衝撃であるし、楓が全力の氣を撃ち込んで表面を滑って無傷。

 

 魔法にしても、光と雷系に限ってではあるが、ネギが今現在使える全力の光系魔法程度なら反射するか無効化されて閃光弾の効果程度にしかならない。

 学校の屋上から飛び降りても、追突の衝撃は地面に叩き返して(その分、普通より地面は陥没するが)平気。

 走れば足にかかる衝撃を完全に大地に押し返せるので負担も少なく、普通より歩幅が広くなるので結果的に早く走れる。

 

 要は強化外骨格(Exoskeleton)ならぬ、強化外皮(Exoskin)の形態がとれるという事だ。

 円とナナの単体は限りなく無力なのだが、ナナが覆う事で防御面ならほぼ完璧となる。何というサポート特化能力であろうか。

 

 

 「つまり、二人が組めば一気に弱点が減る。

  見た目の色形も変えられるのでカモフラージュもできるしな。

  防御面ならこっちの世界では最強クラスだ。

  龍宮 真名とてヘッドショットを決めるしか手が無くなるくらいだろうな」

 

 

 尤も、その真名とて鼻の穴等の空気穴を開けた状態で全身余す事無く包み込まれたら狙い撃つのは難しいだろう。

 それでも彼女はその空気穴を狙い兼ねないが。

 

 だが逆から言えば“あの”真名ですらそこまでしないと倒せないようになるというのなら、その防御の無茶振りも解るというもの。

 

 

 「ナナ単体の防御力は大した物だが硬度を上げれば上げるほど動けなくなってゆくから余り意味がない。

  かと言って人型になって逃げようとするとどうしても“芯”に意識を集中させるから防御力が落ちる。

 

  その点、この二人が組めば逃げ足も速くなるし防御能力も上がる。

  二人して同時に安全性が高まるのだから良い事尽くめではないか」

 

 

 「「おぉ〜」」

 

 

 これには楓と古も感心した。

 

 ちょっと説明によって頭から煙を噴き掛けたが、横島がその都度入れてくれた注釈によって何となく理解をしたような気がしている。ホントに解っているかどーかは兎も角。

 まぁ、円とナナが組めば安心という事だけでも理解できたのは重畳だろう。

 

 

 「それにナナと円ちゃんは相性も良いしな。

  二人一緒なら、霊的な守りも相乗効果出ると思う」

 

 「そうなの?」

 

 「ああ。

  実際、さっきまとわりつかれた時に直落ち着いたろ?」

 

 「そう言えば……」

 

 

 エヴァもガッカリしていたのだが、前述の通り、普通ならもっと慌てるはずであるし、パニックを起こしてもおかしくはない。

 何せ円は、一度ナナによって命の危機にまで陥っているのだから、そうなってしまう事の方が正しいと言えよう。

 

 しかし実際には、さっきまで放置プレイ状態だった時に、やる事がなく暇だったので茶々姉と共にナナと遊んでたりしており、年齢相応に思いっきり無邪気に喜んでいたナナは、子犬宜しく二人にまとわりついていた。

 ——文字通りペッタリと(、、、、、)——

 

 その際、円にくっついて体の熱を持って行って冷やしてあげたりしてたりもするし、円もそれをしてもらって礼を述べたりしている。

 そう、彼女は文字通り「あっ」という間にナナという存在に慣れ切っていたのだ。

 

 驚くべきは彼女の順応性か、この学園に張られている“細かい事は気にしない”という結界のお陰か? それとも……

 

 

 「それ、円ちゃんの力もあるから」

 

 「へ?」

 

 

 何気ない横島の言葉に、皆も振り返る。

 

 

 「円ちゃんの霊能力、どーも感応型みたいなんだわ」

 

 「……かっ、官能型!?」

 

 「字がちゃうわっ!!!」

 

 

 感応型——

 言ってしまえばテレパシーみたいなものである。

 横島の交友関係で感応能力者といえば、影の薄い張子の虎(酷いんジャーっっ!!)が挙げられるが、覚醒したての円にあそこまでの能力はない。

 何せ件の張子の虎、サポートがあったとはいえ迫り来る艦隊の乗組員全員に幻覚を見せ、闇の只中にいると勘違いさせたほどの猛者だ。影は薄いが能力はぴか一だったりする。

 

 で、円であるが……彼女の感応能力は受信型がメインのようなのだ。

 

 

 「円ちゃん、チアリーディングやってて、バンドもしてるんだって?

  だから元の感受性がそのまま高まった感じなんだわ」

 

 「音楽能力が高かたら霊能力に目覚め易いアルか?」

 

 「一概にそうとは言えんけどな。

  呪術者が踊ったり、呪い師が祝詞(のりと)を詠ったりすんのマンガとかで見た事あんだろ?

  トランス状態になって霊波を同調させるのも呪式の一つなんだ」

 

 

 思い浮かぶのは元雇い主のライバル。

 

 祝詞や呪いの舞の第一人者で、世界有数の呪術者。

 プロポーションも抜群のワイルドな女性で、飛び付きたくなるような(いや、しちゃったけど)美女だった。

 尤も、性格の悪さもライバルなよーで、危うく命を贄にされかかった事も……

 掛けた迷惑より、返された被害の方が大きいのは呪術者故か。

 その事を思い出して顔が青くなる横島。

 

 

 「横島……さん?」

 

 「え? あ……何でもない」

 

 

 顔色が悪くなったから、何か自分の能力に問題が……? と心配した円が顔を覗き込んでいた。

 慌てて否定するも半信半疑。まぁ、力に目覚めたてなのだから不安があるのだろう。

 

 

 「いや、そーじゃなくて。

  何つーか、昔そういった能力者に痛い目に遭わされた事思い出して……」

 

 「……それ、ひょっとして自業自得なんじゃ……?」

 

 「……」

 

 

 そう、大雑把に言えば『相手の悪意の波動やら矛盾やらを感じられる程度の能力』である。何か少女シューティングっぽい説明だが。

 

 いや“現在の”能力なら特に問題がある訳ではない。

 何せ性質の悪い男に騙され難くなるという利点もあるのだ。誘惑の多い都会なら必須ともいえる力である。便利な事この上もなかろう。

 だが、このままなら問題があった。

 

 

 「いや、この学園都市にいる間はいいんだ。

  女の子みんな良い子だし、ドロドロしたモンも殆どねーしな。

 

  だけどこの都市から出たら、社会に出たらそーはいかねぇ……」

 

 

 社会には建前と本音がある。

 自分らがいる世界のように裏と表がある。

 

 円がいるのは女子校であるし、どういうわけか生徒全員が美少女だから気付きにくいのだが、彼女だって誰から見ても美少女である。

 当然、この学園都市から出れば目立つし、普通の男なら下心を持って近寄ってくるだろうし、その事に嫉妬する女達も出てくる事だろう。

 

 以前から言っているが、ここ麻帆良はちょっと異常なほど平和で人間環境もやたらと良い。

 

 だがそれは、逆に言うなら温室育ちの人間関係で、そういった悪意に慣れていないという事でもある。

 悪意の真っ只中にいた横島と大違いなのだ。

 

 

 「 じ ゃ か ぁ し わ っ ! ! ! 」

 

 

 ——それはさて置き。

 

 感受性が上がってしまっている円がこのままの状態で結界外に出て生活をするようになると、そういった負の波動を思いっきり受信してしまう可能性が高いのだ。

 普通だってその波動に煩わしさを感じるというのに、今の彼女はその感覚が更に敏感になっている。

 そんな彼女が負の波動を浴びれば、良くても人間不信。悪ければ人格に障害が出かねないのだ。

 

 

 「そ、そうなの!?」

 

 「あー……大丈夫大丈夫。そんなに怯える必要ねぇから。

  今の内に制御を覚えとけばどーにでもなるし」

 

 「はぁ……」

 

 

 円はまだ完全に不安を払拭できていないのだが、楓らは成る程と感心していた。

 

 何せ楓と古はとっくに横島によって霊能の鍛錬を行っているし、その際に霊気を外部からコントロールしてもらっている。

 それによって身体(魂?)にコントロール法を覚えさせてもらっているのだ。

 

 今更横島が霊力コントロールが出来ないなんて思ってもいないのである。

 何故か鼻高々にそう説明をする二人にムッとするも、そこまで言うのならと円は胸を撫で下ろしていた。

 

 するとそこまで黙って話を聞いていた零がちょいと首を傾げ、

 

 

 「なぁ、コイツの力を封じることはできねぇのか?」

 

 

 ——と、らしくない事を口にした。

 

 皆の「へ?」という視線に何だよっ!! とむくれつつも、

 

 

 「コイツほど使いこなせるんだったら、封じた方が早ぇんじゃねぇかと思っただけだっ!!!

  ヘンな目で見るんじゃねぇっ!!」

 

 

 けっこうハッキリと疑問の理由を述べていた。

 頬をちょいと染めて、らしくない照れさ具合で喚く様は中々微笑ましいく、皆の目も生温かい。

 その眼差しが生温かければ生温かいほど零の温度が跳ね上がるのが面白い。焦げ付きそうで危険であるが。

 

 

 「あ、ああ、それも一応考えたんだが止めにしたんだ」

 

 「何でだ?」

 

 「霊波ってのは、感情の波でもあるんだ。

  それを抑えるって事は感情すら平坦になっちまうんだ。

  女の子にそれはちょっと……な?」

 

 「あぁ、成る程……」

 

 

 霊力だけを低下させる方法は流石の彼も知らない。

 いや、以前の(、、、)横島なら知っていたかもしれないが、今の彼には思いも付かないし、十七歳以降の記憶はツギハギでいい加減だ。下手に信用するとドえらい目に逢う。

 だったらコントロール法を教え込んだ方がずっと良いし安全だろう。

 

 しかし——

 

 

 「難点が無いわけじゃねぇけどな……」

 

 「何か問題があるんですか!?」

 

 「へ? あ、ああ、いや、円ちゃん達にはねぇよ。

  ウン、円ちゃん達には…………」

 

 「?」

 

 

 ガックリとする横島に、円……とナナは首を傾げた。

 

 尤も、横島が濁していた事が何なのか解っている楓達は複雑な顔をしている。

 それしか方法がないとは言え、ああいったハレンチな手(、、、、、、)しかないのは如何なものかと。

 

 というより、別の感情が腹の底に澱んでいるのである。

 

 それの吐き出し方が解らず、ただ眉を顰める事しか出来ないのだ。

 出来ないのだが……

 

 

 「兎も角。何をどうするかはちょっと待ってくれ。

  大まかな方法は考えたんだが、それだけじゃ足りん。

  まぁ、コントロールが出来るようになるまでの間は……何とかするから。な?」

 

 

 「う、うん……」

 

 

 疲労しつつも安心させるような笑みを向ける横島を見ていると、やっぱり胸の奥がざわめいてくる。

 

 

 それには空腹にも似ていて、渇きにも似た何か。

 

 

 気持ちの中から湧き上がってくるそれに、この期に及んでやっと気付き始めた娘達であった——

 

 

 

 

 

 そして円も、

 

 

 

 『……何で。

  何で横島さん……そんなに悲しそうな目をしているの?』

 

 

 

 目覚めてしまった霊能に、横島の魂が放つ波動が引っかかり、

 

 

 彼女もまた、奇妙なざわめきを感じ始めていた——

 

 


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