-Ruin-   作:Croissant

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後編

 

 

 

    ドッ!!

 

 

       ズズズズズ……

 

 

  ド シ ャ ! ! 

 

 

 

 緊急事態ではあるが結構な高さから叩きつけられた挙句、追撃の光が届く前に真横にかっ飛んでかわした二人。

 石化の光を避ける為とはいえ、かなり乱暴な方法であるが、幸いにも二人は氣と魔力によって強化がなされているので然程のダメージはない。

 

 

 「痛つ……」

 

 

 とはいえ、受身を考える暇も無かった為、小太郎は少々額を切ってしまっていた。

 

 しかしネギの方はほぼ無傷。

 小太郎に叩きつけられる形となっていたのであるが、暴走していた魔力が注ぎ込まれて肉体が強化されていたお陰だろう。

 どちらかと言うと、

 

 

 「あ、あああ……」

 

 

 精神のダメージの方が大きいようだ。

 

 握り潰さんばかりに強く握り締められていた己の手を開き、呆然として掌を見詰めている。

 何かに恐れるかのようにわなわなと身体を震わせて。

 つまりはそれほどのショックだったのだろう。

 

 ——いや、悪魔と戦った事や、小太郎に助けられた事にではない。

 

 感情が白く塗りつぶされたとはいえ、自分が初めて持ってしまった感情の行き場を——生れて初めて起こしてしまった感情の暴走。

 それを持て余していたのである。

 

 

 「ネギ……」

 

 

 そんなネギの混乱を知ってか知らずか、小太郎はゆっくりと身を起こして声を掛けた。

 

 後先考えずネギを空中で引っ攫った為に上手く受身がとれず、地面にネギを庇ったまま激突していたのである。

 無論、氣で強化していたので然程のダメージは無かったのであるが。

 

 そんな彼の動きにすら反応せず、まるで血で汚れている錯覚をしているかのように我が見つめて震えているネギ。

 

 小太郎はネギの側に歩み寄り、その右腕を振り上げ、

 

 

 「この…… ア ホ か —— っ ! ! ! 」

 

 ポギャンッ!!

 

 「へぷっ」

 

 

 ネギの頭におもいっきり拳骨を入れた。

 

 

 「こ、こここ小太郎君!?」

 

 「だーホっ!! ニワトリかおんどれは!!

  ボケが!! あんな闇雲に突っ込んでったら返り討ち喰らうんは当たり前やろが!!」

 

 「う、うう……」

 

 

 言葉も無い。

 

 

 「確かにお前の魔力の底力がスゴイんは解ったわっ!!

  解ったけどな、今の戦いは最低や!!

  周りも見えてへんし、結局決め手も入れてへん!!

  あんな力押し、オレでも勝てるわ!!」

 

 

 小太郎の怒っている通り、どれだけ破壊力が上がろうと力だけの突撃など、実力者相手なら無意味な行為に過ぎないのだ。

 体の良い的になるのが落ちだろう。

 

 仮にもネギは一度でも自分に勝った。

 小太郎は、そんなライバルと認めた男が迂闊な行為に走るのは我慢ならないのである。

 

 まぁ、戦いの中で見出した友人として見ている節もあるのだが……無自覚のようだから由としよう。

 

 

 

 

 「……その通りだ少年」

 

 

 

 不意に掛けられた言葉に、二人は驚いて身構えた。

 確かに危機は脱したとはいえ、敵はまだいるのだ。油断していた訳ではないが失念していた事は否めない。

 

 ……が、声をかけて来たのはあの老人ではなく、闖入者の方だった。

 

 

 「仇に挑発されてキれるのは、ぶっちゃけ人の事言えんから説教できんが……

 

  人質無視して暴走してのドツキ合いたぁどういう了見だ?

  マジに美少女救う気あんのか?」

 

 

 「え、え〜と…?」

 

 

 ——更にはイキナリ説教まで始められるし。

 少年らが混乱するのも仕方のない話である。

 

 おまけに、この闖入者の説教……何だか方向が違う。

 

 何せ微妙どころか小太郎の話と殆ど被っていない。

 いや、戦いより何より気にしているベクトルが違うのだからしょうがない…か?

 

 

 「それに相手の事が何一つ解っとらんのに、突撃かましてどーすんだ?

 

  そりゃ威力偵察の暇もなかったんは解るけど……

  それやったらせめて先に人質の居場所探すくらいの事はやっとかんかいっ!!!」

 

 「う……」

 

 

 コッコッと靴音を立てつつ、正論をかましたそいつが土煙の向こうから姿を現す。

 それなり以上の危機だったわけで、結果的にネギも救われた訳だから礼の一つを言わなければならないだろうし、文句言われたのだから多少は言い返しもしたかったのであるが……何せ言ってる事に間違いがないものだから何も言い返せない。

 

 いや、確かにそれもある。それもあるのだが……一番の問題はその相手の姿にあった。

 

 ネギもそして小太郎もその姿を見た瞬間に固まってしまっていたのだ。

 

 何せそいつ、怪しい。

 怪しいにも程があり過ぎる。

 

 ネギは修学旅行中にこんな感じ(、、、、、)の怪人物に何度も助けられているのであるが、別に見慣れてる訳ではないので混乱は大きい。

 初見の小太郎が固まるのも無理は無いだろう。

 

 だが怪人物は少年二人が唖然……というか、ぽっか〜〜んっとしている事に首を傾げた。

 うん? 言ってる事が解らなかったのか? である。

 感覚がズレているのか自分の姿が珍妙なのに気付いていないのか、或いは両方か。

 

 兎も角、何時までも固まっていては話にならない。

 

 その怪人物は何とか正気に返そうと口を開きかけたその時、ガラガラと重そうな音を響かせて地面に叩きつけられていたヘルマンが瓦礫の中から立ち上がった。

 

 

 「ふん……やっぱり生きてやがるか……

  まぁ、悪魔って話やからアレで倒せるとは思って……ムッ!?」

 

 

 魔力の消費を抑える為だろうか、何故か人間の姿に戻って瓦礫の中から出てきたヘルマンの姿を見て、怪人の言葉が止まる。

 

 

 「く……何だ今の攻撃は……?

  氣でもましてや魔法でもない……しかしこの全身に走る衝撃は一体……?

  カグラザカアスナ嬢の障壁すら効かないとは……ヌッ!?」

 

 

 そしてヘルマンは初めて自分に攻撃を仕掛けた相手を目にし、言葉が止まった。

 

 

 『何だコイツ……

  黒い上下に黒い外套、黒ブーツ。おまけに服もベルトだらけのデザイン……

  ジジイのロッカーなんか!? パンク老人なんか!?

  悪魔でロッカーなのか!? リアルなデーモン閣下!?』 

 

 『古めかしい四角いゴーグル付きのマスク。

  それにあれは……マスクについている鶏冠みたいなものはアルファベットのBを模っているか?

  白い長手袋に白いブーツ……そして絶対的に似合わない胡散臭い銀色のコート姿……』

 

 

 この時、二人の感想は一致していた。

 

 

 即ち——

 

 

 

 

 

             『『 怪 し い 奴 ! ! 』』

 

 

 

 

 

 ——と。

 

 

 

 「キミは一体何者かね?

  男の勝負に割り込むのは無粋ではないかな?」

 

 

 内心、ちょっと引きが入っていたヘルマンであったが、体裁を整えて背後から不意打ちを掛けた“それ”をそう咎めた。

 しかしそれは悪びれもせず肩を竦めてこう返す。

 

 

 「は? 少女誘拐犯のセリフかそれ?

  それに人に名を問うときは自分からと知らないワケか?

  さっすが低級ロリコン悪魔。礼儀を知らねぇ」

 

 「む 没落したとはいえ一応は伯爵クラスではあるのだがね……」

 

 「伯爵…だろ? 良くて中級じゃねぇか。

  あぁ、そっか。そう言えば神族のいないここ(、、)じゃあ伯爵クラスが上級になるんだったな」

 

 

 その言葉にヘルマンの目元が引き締まった。 

 怪人物の言葉に人間が知る由もない事を知っている可能性が含まれていたからだ。

 

 改めてそれを観察するヘルマン。

 

 どう見直しても“それ”は一見して変態だ。申し分なく。徹底的に。

 だが、よく見てみると足元は自然体。

 加えて隙らしい隙が全く見当たらない。

 魔力も氣も感じないのに、攻撃を受けた背中は未だじくじくと痛みを訴えている。

 

 

 (色んな意味で)絶対只者ではない。

 

 

 

 「もう一度問う——

  キミは……何者だ?」

 

 

 

 怒りではなく、探るような冷たい殺気を送りつつそう問いかけるヘルマン。

 

 だが、その怪人物はまるでそのレベルの殺気など受け慣れているのか微風程度にそれを受け、口元に笑みすら浮かべてこう言った。

 

 

 

 「オレは美女美少女(限定)の味方、ブラボー。

  人呼んで——

 

          蝶 ☆ 絶 倫 人 ブ ラ ボ ー マ ン ! ! ! 」

 

 

 

 ブラボー参上!!

 等とどこからか声が響き、ちゃきーん!! と金属音付きのポーズを決めて見得を切った怪人物。

 お世辞にもかっこいいとは言い難いのだが、どういう訳かサッパリサッパリ不明なのであるが不思議な安心感を少女らに齎せていた。

 

 

 「……何か力抜けるけどね……」

 

 

 明日菜の呟きも至極真っ当なものだったのだろう、少女らは全員一致で納得の頷きを見せていたという。

 

 

 

 

 

 

 

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            ■十九時間目:雨に撃たえば (後)

 

 

 

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 一、正体を隠す。

   向こうにキサマの情報を与えてやるようなサービスを行う必要はない。

 

 二、使用霊能力は新たに使用できるようになったものをメインに使う。

   使えぬものを授けたつもりはないのでな。

 

 三、当然だが文珠の使用は禁止。

   理由は言うまでも無かろう? ただし、戦略上の理由(演出)があるのなら一個に限り認めよう。

 

 四、せめて、ぼーやにケリをつせさせろ。

   ぼーやの客だからだ。

 

 五、負ければ殺す。

 

 

 これが横島に提示された条件である。

 

 ぶっちゃけ何時も通り(罰を含めて)なので毒気が抜かれただけであったが、効果は覿面。

 一気に冷静となった横島は忽ち何時もの調子を取り戻し、学園祭の準備品なのだろう、その辺に置かれている備品からてきとーなブツを着用しつつ駆けて行った。

 勿論、相手が魔族(悪魔)である事、配下がスライムである事くらいの情報は伝えてある。

 威力偵察——というほどでもないが、この程度の情報があればあのバカはどーにかするだろう。

 エヴァにしては随分と優しいという気がしないでもないが……

 

 

 「アイツは冷静さを欠き過ぎると戦闘マシーンになるのだろう?

  バカブルーの言う通りのスペックなら、あの程度の悪魔なら瞬殺だ。

  それでは何も見えんし、楽しめんではないか」

 

 

 という実にすんばらしい理由が付いていた。

 やはりエヴァはエヴァだ。

 

 

 「それにしても……」

 

 

 眉を顰め、下方に眼差しを送る。

 

 同じ場を視線を向けている茶々丸は驚きを隠せず、零は苦笑して。

 

 

 「ああまで遊ぶか。あの馬鹿は……」

 

 

 その眼差しの向こう。

 下手をすると惨劇へと発展しそうだったステージは、喜劇一色に塗り替えられていた——

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 「ブラボー! ブラボー!

 

  ブブブブラボー!! オオ、ベラボーッ!! ベラボー!!!」

 

 

 「ぬぉっ、ぐっ、ぐぉっ、がっ!!??」

 

 

 ブラボーの掛け声と共に繰り出される光る拳。

 最後の方の掛け声は何か幽波紋の“銀の戦車”っポイよーなアクセントだが気にしてはいけない。

 これがぶち当たる度に『ガンっ!! ガンっ!!』と痛そうなんだかコミカルなんだかよく解らない擬音が飛び出し(、、、、)、軽そうな音に反してヘルマンにおもいっきりダメージを与え続けている。

 

 

 「す、凄い……」

 

 「障壁が効いてへん? 魔法や氣とちゃうんか!?」

 

 

 その有様にネギと小太郎は呆れるより前に感心。

 自分らが手を焼きまくっていた相手が単なるサンドバックと化していればそうもなろう。

 

 何せヘルマンのガードが全然効いてないのだ。これには目を見張るしかあるまい。

 

 元より明日菜の魔法無効化能力を用いた障壁であるから、概念を叩きつける“栄光の手”による攻撃には殆ど意味を成さないし、何よりこの(誰だか解ってるだろうが)自称ブラボーマンの“栄光の手”は元から魔族相手の戦いの中で覚醒した物である為、悪魔等には覿面に効果がある。

 

 覚醒した直後の初期状態ですら、誰もが決定打を放てない魔界と同質にされた空間下で魔族相手にただ一人痛みを与えていたのだ。

 霊力の収束能力に完全覚醒している現在の力がどれほどの物か。

 それはヘルマンがその身で曝して……もとい、示していた。

 

 まぁ、“こちら”の世界観からいえば正体不明の力なのだから混乱もするだろう。

 それに厄介極まりないがコイツは初歩とはいえ魔法まで使えたりする。

 

 

 「Maminalla(マミナリア) Culus(キュラス) Femu(フェルム).

 

   太古の血族、根源より出でて影の如く地を這え。

 

    Cockrouach(黒き) Dash(弾丸)!!」

 

 

 距離が開いた瞬間、ブラボーにべラボーな怪人は早口で呪文を紡ぐ。

 

 その発動キーを耳にして力が抜けてしまうも、チャンスとばかりに左手で小フックのモーション。

 

 放たれたのはやっと出せたデモーニッシュア・シュラーク…自称 悪魔パンチ。

 キュバッと風を切る音は一発だが、同時に放たれただけで連撃。実に三発だ。

 どちらかというと牽制に近い攻撃なのだが、速度と破壊力は十分だった。

 

 しかし、それでも彼の速度には追いつけない。

 

 

 「ブラボーっ!!」

 

 「ぐっ!?」

 

 

 眼を疑うような動きで身をくねらせ、地を這うように身を伏せて駆け回る。

 そのアヤシゲな魔法でもって強化された回避力……というか“逃げ足”は、ただでさえ人外じみた移動能力を更に克ち上げていた。

 

 ヘルマンの左側に回ったかと思えばあっという間に距離を詰め、またまた光る拳でガンっと一発。

 やや無理な体勢で放ってしまった所為で反応が遅れ、その顔面にモロに喰らってしまう。

 しかしせめて一撃はと、その左手で裏拳を返すが、又しても人外の動きでかわされて空を切り、ヤツは事もあろうにヘルマンの股の間を潜って逃げた。

 

 その戦いなれたヒット&ウェイにはネギたちは勿論、少女らも感心しきり。

 古はコーフンしているし、某所から様子を伺っている某くノ一も細い眼を広げて眼を見張っている。

 状況が状況なのだから、上手い事やったら好感度もググっとアップしたかもしれない。

 何せ釣り橋効果も手伝っているのだから、見惚れたっておかしくないのだ。

 

 

 

 カサカサカサカサカサ というキケンな足音さえ立っていなければ……

 

 

 

 「む……あ、あれは伝説のゴキブリ走法!?」

 

 「知っとるんか!? 雷…もとい、ゆえゆえ!?」

 

 

 何故か顔がクドくなって行われている二人のどこかで聞いたようなやり取りは横に置いとくとして、足を滑らせるように戦場を駆け回るブラボーにベラボーな怪人。

 

 その動きの元は夕映が説明しているように正にGなる昆虫。

 女性だけでなく多くの人間(特に飲食業の方達)が忌み嫌う、台所を跳梁跋扈(ちょーりょーばっこ)するアレだった。

 やっつけようと挑みかかっても、踏みそうになると何故か躊躇して足を止めてしまうアレだ。

 

 意味不明な行動理念と運動能力がそのアヤシサとイヤな部分を強調し、素晴らしい怖気を醸し出している。

 つーか、アヤシサに拍車をかけているだけともいうが。

 そんな人外な動きのお陰で、ヘルマンよか彼の方の不信具合が爆発してたりしてなかったり。

 

 尤も、引き気味の明日菜や和美らは兎も角、古や某くノ一らは見慣れている事もあって、実戦で使われた場合の動きを初めて目にして単純に感心してたりする。

 いや、痘痕(あばた)笑窪(えくぼ)とはよく言ったものだ。どーせ本人らは無自覚だろうが……

 

 しかし実のところ二人は見惚れ(?)ている場合ではなかったのだ。

 

 

 

 『あわ、あわわわ……』

 

 「す、凄い……

  誰なの? あの人……」

 

 

 泡食ったナナが怯えの声を漏らしまくり、その声によってカサカサという足音を聞き逃している円がいたのだから——

 

 

 

 

 

 

 

 

 「く……」

 

 

 ヘルマンは苦痛の表情を隠しもしていない。

 いや、できない。

 

 何せその拳が異様に体内に響いてくるのだから、体裁を取り繕う暇も無いのだ。

 どうも霊核に直接響いてくる攻撃らしく、まともに拳を入れられれば只では済まない。

 

 だからほとんど全ての攻撃をひたすら防御せねばならない訳であるが……敵は、ヘルマンを直で狙ったりしていないのだ。

 

 

 「くっ 腕が……」

 

 「そりゅまぁ、避けねーで受けまくってるからな。

  いい加減ダメージも蓄積するだろうさ」

 

 

 何とこの怪人、ヘルマンが攻撃をガードされる事を前提にし、その腕を狙い続けていたのである。

 

 

 「がっ!? ぐっ!?

  ま、まさか攻撃に入る隙も与えてくれないとは……うぐっ!!??」

 

 

 その上ヘルマンがセリフを言い始めると、情け容赦なくボディを乱打する。語りの定石を無視しているし、地味にエグい。

 おちょくりながら攻撃しまくる上、僅かでも反論しようとすれば言い返すより前に殴りかかってくるから始末が悪い。

 そして憎々しげに睨みつけると、素早くロボダンスを披露したり(※無駄に上手い)してまたおちょくり返してくる。最悪だ。

 

 しかし、件のブラボーなる怪人は何故だか急に立ち止まってニヤリと笑みを見せた。

 そしてどうにも反撃の糸口が見出せないヘルマンに対し、

 

 

 「ふ 悪魔パンチ……だっか? お前の技は。

  少なくともそんな名前である限り、私には絶対に打ち勝てん!」

 

 「な、何だと!?」

 

 

 等と自信たっぷりに言い放った。

 余りに余りの自信に、流石のヘルマンも狼狽を隠せない。

 何せデモーニッシェア・シュラーク(悪魔パンチ)という名前がいけないというのだ。それは驚きもするだろう。

 下手をすると<言霊>が関わってくるのだから。

 

 いや、ひょっとしたら失われた<聖撃>の可能性も——

 

 

 「あの伝説の世界法則を知らぬキサマに勝機は……無いっ!!」

 

 「世界法則……だと?」

 

 

 「そう……

 

  滝○の法則も知らぬキサマに、勝てる手立て等無いっ!!!」

 

 

 

 

 

 「……………………………………は?」

 

 

 

 

 

 ——無いようだ。

 

 

 解説せねばなるまい——“○沢の法則”とは?

 別名『国電パンチの法則』。

 とある世界に実在する、転校しまくって戦い続ける少年の伝説から生れた法則である。

 諸般の事情で詳しい話は語れないが、その伝説の中に全ての始まりとも言えるボクシングの試合があり、その試合の中で件の少年はある法則によって敗北寸前まで追い詰められた事があった。

 

 それこそが後の<滝○の法則>。

 

 要は、必殺パンチの名前が向こうの方が短い為、技名を言い放っている間に相手に先制を取られ一方的にボコにされてしまうというものである。

 

 これ以降、必殺技は短めにするか、相手にぶち当ててから言い放つという派と、

 出だしからすごく長く感じつつも、相手に敬意を示して自ら技を喰らってあげる様式美派に分かれたという。

 −リン・民明書房 滝沢101誕生秘話より抜粋−

 

 

 

 

 「……ふ」

 

 

 

 「ふ?」

 

 「 ふ ざ け る な ー っ ! ! ! 」

 

 

 流石の紳士も堪忍袋の緒が切れたらしい。

 理由とやらを真面目に聞いていれば、単に名前が長いからなどと言われれば普通は怒るだろう。ぶっちゃけ、彼の怒りも当然である。

 

 ……まぁ、怒るように流されたのであるが……

 

 

 「デモーニッシェア・シュラーク!」

 

 

 だったら先に放てば問題なかろうと言わんばかりに、相手が何かするよりも前に拳を放つ。

 

 それもモーションは一つだが、その実五連撃。

 ネギ達に放っていたモノと違い、十分に殺傷能力のある右ストレートパンチでの連撃だ。言っては何だが大人気ない。

 その波動だけで彼の脇に転がっていた客席の椅子が飛ぶほどなのだから、その威力は押して知るべし。

 ネギとて障壁を張っていてもただではすまい。小太郎も同様だ。

 

 はっきり言ってしまえば魔法攻撃なのであるが……

 

 

 「ふ……」

 

 

  が ぎ ん っ ! !

 

 

 その攻撃は、前方の出現した“何か”に完全に阻まれ、コートの裾をそよがせる事しか叶わなかった。

 

 

 「な、何と!!??」

 

 

 「な……っ!!?」

 「何やて!!??」

 

 

 “怪人”の直前で、バラバラと砕けて消える“何か”。

 

 プラスチックにも似た六角形のプレート。

 それらが亀甲模様に組み合わさって出現し、威力も衝撃も完全に防ぎ切ってしまったのである。

 

 

 『く……私とした事が何たる迂闊な』

 

 

 ヘルマンとて実験を兼ねているとはいえ障壁を用意していたのだ。

 にも拘らず、あの“怪人”がそれを用意している可能性を頭から抜かしていた事は迂闊としか言い様が無い。

 

 

 『恐らくはあの奇妙な銀色のコート。あれこそが彼のアーティファクトなのだろう。

  そして彼の攻撃はカグラザカアスナ嬢の障壁だけでなく、私自身の障壁すら貫いてくる……か。

 

  命令とはいえネギ君と再会劇を楽しもうと思っていたのだが……』

 

 

 余りにも割が合わない仕事である。

 

 ——全く……厄介な命令を受けてしまったものだ。

 

 そう呟くヘルマンだったが、雨雫ではない冷たい物が背中を流れる感触だけはどうにも誤魔化す事はできなかった。

 

 

 

 

 

 『ふ、は……

  ふは、ふははははははははは……こ、怖かったぁああああ〜〜………っ!!!!』

 

 

 今更言うのもナニであるが、当然の如く自称“蝶☆絶倫人ブラボーマン”とやらの正体は横島である。

 

 大体、学園祭でもないのに素面でこんなバカヤロウな格好ができるのは横島くらいだろう。

 

 そして正体が彼なのだから、言うまでも無くハッタリだらけであり、マスクの下や衣装の内は冷や汗まみれである。

 ブラボーパンチ(仮称)の正体は“栄光の手”なので、端っから破邪能力があったりする(でなければ原初風水盤事件のおり、魔族に対し僅かとはいえダメージを与えるのは不可能であったはず)し、ヘルマンがまともに防御できないのは単に“栄光の手”を伸ばすタイミングを、拳を振り出すタイミングとズラしまくっていただけなのだ。

 

 どういう訳かこの世界の魔法使いの多くは白兵戦を嗜んでいる。

 そして何故か悪魔であるヘルマンもスタイルはボクシングに酷似していた。

 だからこそ、横島にとっては攻撃は読みやすく、腕のモーション等で攻撃の間を図る事が出来るのであるが……性根が腐っている彼はそれを逆手に取り、拳を振り抜く直前に“栄光の手”を伸ばしたり、逆に完全に振り抜いてから思いっきり伸ばしたり、はたまた拳を戻しつつ栄光の手コンボを入れたりと好き放題かましていたのである。

 更にはそれが悟られないよう、ちゃんと拳の動きと連動させてガードさせてみたりして相手にきちんと認識させないようボコりまくっていたのだ。本当に汚い。流石はあの女の元丁稚だ。

 

 そして防御能力——

 これまた説明の必要は無いだろう、例のサイキックシールド強化版である。

 拷問だか虐殺だが区別がつきにくい特訓によって、瞬時にプレート状のそれを出現させるにまで至った横島であったが、それでも我らが大首領様はご不満のようで、

 

 『我が(しもべ)を名乗るのなら、掌だけでなく全身隙無く出現させろ』

 

 

 と暴言をかまし、それに対しての特訓を強要した。

 

 十字架に磔にされ、当たったらただでは済まないような速度の石を投げ続けられてピンポイントでサイキックシールドを出現させる感覚を覚えさせられ、

 慣れてくるとナイフにされ、それに慣れたら魔法攻撃をされ、

 そして更に慣れたら零とエヴァの二人がかりで、更には茶々姉'S達が銃器を持って加わって……と、今生きているのが不思議に思ってしまうほどの修行の日々……

 横島はその時の事が頭をよぎる度に涙が浮かぶ。

 しかしそのお陰で、横島は例の超収束サイキックシールドであるプレートを『痛くなりそうな場所』に出現させられるようになったのだから文句を言ってはなるまい。

 

 ……尤も、掌に収束させるのと勝手が違う為、やたらサイズがちっちゃくなってたりもする。

 その欠点は数でもって補っているのだが、ビビリのお陰で瞬間的に数を揃えられたのでブロック状に出現するようになり、前以上にアーティファクトのように見えるようになっていた。

 横島にとってはその方が都合がよいので、正に怪我の功名である。

 

 何せ——

 

 

 「ふ……風でも吹いたか?」

 

 

 ハッタリとして最高の技なのだ。

 これまた言うまでも無いが、『怖かったわボケェーッ!! 殺す気か——っ!!!??』というのがド本音である。

 

 

 「それが奥の手……かね? 厄介な……」

 

 

 しかし、ハッタリは本当なのであるが、その強度は本物だ。

 

 素人に毛が生えた程度の時ですら想像を絶する強度を誇っていたのに、それが強化された物を複数枚展開しているのだからヘルマンのパンチ程度ではどうしようもない。

 その証拠にヘルマンも動揺を隠せていない。

 いい加減、横島殿も自分に自信を持ってほしいでござると物陰で誰かが呟いてたり。

 

 

 ——さて、

 当然であるが横島の内心は彼よか余裕が無い。

 

 それでも物陰の誰か働きで懸念していた事は解消されてたりするのでそんなに酷くは無いのだが。

 

 

 「それでもまぁ、驚かされはしたかな(訳:死ぬかと思たわぁ——っっ!!!)?

 

  当然、礼は受け取ってもらえるだろう……な!!」

 

 「!!??」

 

 

 ぐんっ、と振りかぶられる拳。

 セリフに反して叩きつけられ巨大な怒気に戸惑ってしまったヘルマンに迎撃行動を取る暇は無かった。

 仕方なく顔面ガードすべく、両腕をクロスさせたのだが……

 

 

 「車田パンチ!!!」

 

 

 振りかぶられたストレートパンチ。

 

 一見、顔面狙いだったそれは、何故だかサッパリ不明であるが——

 

 

  C R U S H H H H H H H ! !

 

 「がぁっ!!?」

 

 何故か下から(、、、)フックが入って上空に(、、、)殴り飛ばされた。

 因みに、『唐突にネタが変わったやん』等と言ってはいけない。

 

 キリキリと独楽のように舞って椅子をなぎ倒して吹っ飛ぶヘルマン。

 見た目はずっとオレのターン!! であるが、内面は綱渡りで足掻いてもがきまくっていた横っち。

 そんな内面の焦りやガクブルなんぞ解るわけもないのでその一方的な戦いを目にしてしまっていたネギと小太郎、そして少女は茫然自失である。

 

 

 「……な、何や今の……」

 

 「こ、小太郎君?」

 

 

 先に我に返ったのは小太郎。そしてネギもその声に反応して再起動を果たした。

 

 

 「何や今のパンチは……おっさんの手前で跳ねよった。

  こ、こいつ、ナニモンや!?」

 

 「え?」

 

 

 小太郎には見えていた。いや、見えてしまった。

 

 真っ直ぐ突き出された拳から伸びた光る拳。

 その光る拳はどういう訳か真っ直ぐ伸びずにいきなりフォーク気味に下がったと思えば、顎を打ち上げるように跳ね上がったのである。

 

 しかし、その軌跡を追えたのは狗の血が混ざっている小太郎の眼だからこそ。

 それなり以上の武道家なら更にはっきりと見えたかもしれないが、まだまだ鍛え方が甘い二人ではそこに至れない。

 

 だが、小太郎ですら見えた拳がヘルマンに見えなかったとは思えない。

 何せ実際に小太郎の攻撃は見切られていたのだ。その疑問も当然だろう。

 

 その上で当てるのが策であり、頭の使いどころなのだ。

 

 

 「——二人とも、よく聞け」

 

 「「!!??」」

 

 

 そんな疑問すらガン無視し、ブラボーマンこと横島は背を向けたまま口を開いた。

 

 

 「さっきも言ったが、人質を取られて誘われてたりしてんのに、馬鹿正直に来てどうする?

  せめてここの状況を見て救う手順くらい考えろ」

 

 「で、でも、攫われた皆を……」

 

 「助けたいのは解る。オレだってそうだ。

  だがな、早く助けたいからこそ、少しでも女の子達が危なくないよう気をつけなきゃいけない筈だ。

  違うか?」

 

 「それは……」

 

 「つーか、あのジジイと戦り合うより前にお前らがドツキ合うってどーよ?」

 

 「う……」

 

 

 そう言われるとぐうの音も出ない。

 

 現に何も考えず突撃してしまった所為で、明日菜の魔法無効化能力を使った魔法障壁に気付けず、彼女に負担を強いてしまっている。

 無論、見習いレベル程度のネギでは理解できなかったかもしれないが、それでも明日菜のネックレスから魔力くらいは感じられた筈だ。

 にも拘らず、『いたぞ、さっきのオッサンだ。行けーっ!!』てなノリで後先考えず突っ込んだもんだから大苦戦。

 

 自分とて今現在、暴走した挙句に魔力が切れ掛かって青息吐息だ。

 助けに来て、助けられたら世話は無い。

 

 ミカンとりがミカンにと言ったところか? ちょっと違うか。

 

 

 「いや、それやったら木乃伊取りが木乃伊やろ?」

 

 「ツッコンだらダメーっ!!」

 

 

 流石に頭が冷えたのだろう。小太郎から冷静なツッコミが入った。

 

 下手こいた相手にツッコミを入れられたのは流石に痛かったのか、横島は半泣きでツッコミ返す。

 が、決着がついていないというのに敵に背を向けるとは如何なものか。

 

 

 「デモーニッシェア・シュラーク!!!」

 

 

 当然、そんな隙が見逃されるはずもなく、横島が向けた背中に向け、隙瓦礫の中から魔法拳が飛び出してきた。

 

 

 ズドンッ!!

 

 「どわぁっ!!??」

 

 

 「あぁっ!!?」

 

 「オッサン!!??」

 

 

 反撃のチャンスをずっと待っていたヘルマンの、魔力がおもいっきり乗った拳。

 その破壊力は尋常ではないく、僅か一撃で横島の身体がロケットが如く空を切り裂くようにすっ飛んでゆく。

 

 

 ……空を切り裂くように?

 

 

 「な……しまった!!」

 

 

 やっと気がついたのだろう、ヘルマンが瓦礫から焦って飛び出してくるがもう遅い。

 その焦りの意味にネギ達が気付くより前に、ゴスロリッシュ〜と両手を伸ばしつつスッ飛んで行った横島から、

 

 

 「“そっちは”任せたぁ〜」

 

 

 と、マヌケなセリフが響いたではないか。

 

 

 「え?」

 

 「ま、まさか……」

 

 

 

 

 

 横島が懸念していた事は二つ。

 

 

 一つは言うまでも無く人質。

 ヘルマンを倒す事は不可能ではないが、大首領様(エヴァ)にも倒すなと言われているし、いきなり倒すとスライム達が少女らに何をするか解らない。

 

 二つ目はネギ達。

 本当ならスライムに直接向かいたかったのだか、ネギが危機過ぎた為に急遽変更せざるを得なかった。

 

 だから横島は別の手を用いた。

 

 ヘルマンと戦って体力を奪う。

 そしてその間にネギ達の息を整えさせてやる。

 

 さっきまでの戦いからして、二人が勝てない相手ではない。

 ただ、魔法が効かないだけだ。

 

 だったら、魔法が効くようになれば二人でも倒せる筈である。

 

 

 『こっち来タ!?』

 

 『そんナ……!?』

 

 

 しかし、単に向かおうにも距離があるので意味が無い。

 

 スライムだって馬鹿じゃないだろうし。

 ではどうするのか?

 

 横島はアホ攻撃を続けてバレないように立ち位置ズラし、殴られやすいようをわざと隙を見せてヘルマンに攻撃させ、ド器用にも両の足に出したシールドでそれを受け、その勢い+身体のバネで一気に距離を詰めさせたのである。

 距離を詰める事、そしてヘルマンを動揺させて隙だらけにする事ができる、一石二鳥の策だった。

 

 

 だんっ!! を音を慣らせてステージに着地。

 

 見事一瞬で距離を詰め、スライムより距離はあるが、さっきよりは格段に少女らの近くに寄れていた。

 流石はド汚さを天界魔界で知られている事はある。見事な汚さだ。

 

 が、彼は横島忠夫である。

 期待を裏切ることなくどこか抜けているのだ。

 

 何せ勢いをつけ過ぎた所為で、両の足がジジ〜〜ンと痺れ上がって大変な事になっていたのだから。

 ぶっちゃけ、足の痺れと言うか痛みで動けなかったりする。

 

 

 『隙アリ!!』

 

 『気をつけてくだサイ!! あのヘンな手がありマス』

 

 

 当然ながらそんな隙を見逃すわけも無い。

 

 確かにとんでもない方法によって一瞬で距離を詰められた事には度肝を抜かれたが、それで我を忘れるスライム達ではない。

 三人(三体)揃って水のドームから離れ、横島に襲い掛かった。

 

 

 『今だ!!』

 

 

 しかし、それすらも横島が待っていたチャンスだった。

 

 何時の間にかコッソリとネギから離れていたカモ。

 そのカモが物陰から飛び出し、合図を送った。

 

 

 「「「「ardescat(火よ灯れ)!!」」」」

 

 

 

 最初は明日菜のネックレスを外すつもりだったが、ある人物の指示により木乃香らを解放する側に回っていたのだ。

 

 そしてその人物はカモと相談して霊力に目覚めている古に指示を送り、皆の力に同調させて魔力を底上げし、チャンスを待って練らせ続けていたのである。

 少女らを捕らえていたスライムが離れたその時が正にチャンス。

 

 少女らが練り続けた魔力を、木乃香が練習用にとずっと所持していた携帯用の魔法の杖でもって一気に開放。

 僅かに着いた火を更に木乃香の力を使って強化させて燃え上がらせ、その魔力によって——

 

 

 ぱぁんっ!!

 

 「アチチッ!!」

 「出れたーっ!!」

 

 

 スライム達の水の縛めを突き破った。

 

 

 『アっ!! 何時の間ニ!?』

 

 『ズッけーゾ!!』

 

 

 そう騒いでも後の祭り。

 手はず通り古は扇トンファーを呼び出して千鶴の水球の方に飛び、木乃香はまだ火が灯っている杖を刹那が捕らえられている水球に向かう。

 そしてナナに纏わり付かれている円の元には……

 

 

 「くぎみー殿、ご無事でござるか?」

 

 「え? あ、長瀬さん……って、あなたにまでくぎみー……」

 

 

 ずっと様子を伺っていた楓が何時の間にか現れていた。

 

 

 『ひっ……』

 

 「大人しくするでござるよ」

 

 

 そして楓は銀色の部分——ナナに手を当て、氣でもって動きを縛る。

 

 その間に和美が明日菜に駆け寄ってネックレスを毟り取り、

 非戦闘員である残りの二人、夕映とのどかが転がっている瓶の元にかけてゆく。

 

 横島との修行によって、今まで以上に完全に気配を消せるようになっている楓と相談して決めていた方法がこれだった。

 

 どうやって横島と相談したかと言えば、実のところ大した物ではない。

 単に楓が横島に携帯で話していただけである。

 会話は横島の方は聞くだけにし、一方的に楓がしゃべっていたのでバレる可能性は低く、尚且つ横島の方はワイヤレスヘッドフォンを使用している上、ノリでマスク何ぞ被っていたお陰で全く気付かれずに済んでいた。

 

 

 『させるカーっ!!』

 

 

 しかしそれでも諦めるわけも無い。彼女らにもプライドはあるのだから。

 

 既に魔法無効化障壁のタネは使えなくなっている。壷を使われたら一度使用されたヘルマンは兎も角、自分らはそれで終わりである。

 

 スライム娘らは一気に押しつぶさんと、波のように身を変えて夕映らに襲い掛かった。

 

 

 「それはこちらのセリフでござるよ!!」

 

 

 だがその行動も想定済み。

 楓が手に握り締めていたロープをおもいっきりビンっと引っ張ると、茂みから何かか勢いよく飛び出してスライムらにぶち当たった。

 

 

 『んオっ!!?』

 

 『これハ……』

 

 『な、何ですカ!?』

 

 

 それは大きな風呂敷包み。

 昔懐かしい唐草模様の大きな風呂敷に包まれたナニだ。

 余りに大きな物体だった上、形状が形状だった為、思わず受け止めてしまうスライム達。

 

 その隙にのどからは転がって瓶を取って距離を置いた。

 それでも使われるより前に抑えればどうにかできるので、二人に襲い掛かろうとしたのであるが……

 

 

 『!? 動きガ……!?』

 

 『力が抜ケル……』

 

 『そんな、何デ……!?』

 

 

 はっと気付いた自分らの中。

 受け止めた物体が大きく膨らんでいるではないか。それが力を奪っていると言うのだろうか?

 

 

 「ふ、ふふふ……気付いたか」

 

 

 小さく萎んでゆく三人に向かい、やっと痺れが抜けてきたのだろう(でも涙目)横島が、イヤな笑みを浮かべつつ歩み寄った。

 

 

 『な、何しやガッタ!?』

 

 

 ギッ!! と怒気を向けるがもうどうしようもない。

 風呂敷はパンパンに膨らみ、何か小さな袋のような物をはみ出させつつもまだ力を……水分を吸い続けているのだ。

 

 

 「いやな、お前らが水系のスライムって情報もらっててな、先に手を打たせてもらったんだ」

 

 『何ヲ……』

 

 「いや、コレ」

 

 

 彼はその辺に散らばっているそれを、風呂敷から零れた一つを拾って彼女らに見せてやった。

 パッと見てもよく解らない。パンパンに膨れ上がっている長細い袋みたいな薄いピンクのナニか……

 

 

 『な、何ですかソレハ?』

 

 

 見せられても解らない。

 

 これだけの力を持っているのだから、ただのマジックアイテムではない筈。

 

 

 と、思ったのであるが……

 

 

 「これか?

 

 

 

 

 

 

 

 

        男女兼用介護パンツの中敷パット(夜用)ですけど。何か?」

 

 

 

 

 

 

 ………

 

 一瞬の間。

 何と言うか……取り返しのつかないような空気が立ち込めて全員が凝固する。

 

 異様に長く硬直してしまった気がしないでもないが、その実数秒。

 永劫にも感じる刹那の終わりは唐突だ。

 

 

 『『『 え、え ェ エ エ 〜〜 っ ! ! ? ? 』』』

 

 

 僅か一瞬の間をおいて解凍した彼女ら——特にスライム達は絶叫した。

 無論、少女らも同様。尤もスライムらの驚きの声に毒気を抜かれはしていたのだが、それでも驚愕は本物だ。

 まぁ、あれだけ厄介なスライム’Sがこんなアホな手段で無力化されれば当然だろう。

 

 その介護お役立ちグッズ。

 日本が誇る超吸水能力を持つ売れ筋商品。 

 赤ちゃん用紙おむつから派生し、今や様々な方面で利用されており、その保水力でもって砂漠化した地域の緑化活動にも使用され地球環境にも一役買っているナイスなシロモノ。

 

 科学の結晶、高分子吸収体。

 それがふんだんに使われているこれは今や介護用品として必須の商品である。

 

 その保水力。一晩、トイレ五回分は難くない。

 そんな奇跡の分子構造を科学部がノリで改良(改悪?)したものを袋の内部に秘めた、学園都市麻帆良オリジナルの一品。

 県内の薬局でもお勧めの介護用品だ。

 

 それらが束ねられた風呂敷受け止めてしまったスライム娘達はたまらない。

 忽ち身体を構成する水分の大半を吸収され、しおしおと力が抜け切ってしまったのである。

 

 

 『い、幾らなんでもこんな負け方ハ嫌ダぁ〜っ!!』

 

 『……せ、せめて一太刀デモ』

 

 

 それでも頑張って抵抗しようとするスライム達。

 まぁ、流石にこんな終わりは納得できまい。

 捕まっていた少女達ですら共感できる程だし。

 

 ぐぬぬ…と身を起こして一撃なりともとするのだが——

 

 

 「馬鹿め。スライムに殺されかかった経験のあるオレがそんな余力を残させるものか。

  やるぞっ かのこっ!!」

 

 「ぴぃーっ」

 

 

 そのタイミングで横島が介入。何かの袋を複数枚 取り出し、纏めて封を切って中身をスライム娘たちにぶち撒けた。

 水分が少なめになっていたスライムらは兎も角、ぷよんと膨らんでいたパットには それ…ケシ粒のようなものが張り付いてゆく。

 

 と同時に一瞬で角のある白雌鹿が出現し、主の行動に合わせてが甲高く嘶いた。

 

 

 『な、何ダァ?』

 

 『カラダが動かなくなっテ……』

 

 

 それも当然。吸われる速度が更に加速しているのだ。

 その投げつけられたツブはどうやら何かの種で、天然自然の精霊集合体であるかのこの声に反応して即座に芽吹き、物凄い勢いで中敷パットを通してスライム達から魔力ごと水分をガンガン吸収して行ったのだ。

 

 

 「え、え〜と……

  その芽ってどこかて見た事あるよーな……」

 

 「ですね……私も昼食時にランチで目にした記憶が」

 

 「確かサラダとかに入てるアルな」

 

 

 「そりゃそーだろ。

  ダイコンの種だったんだし」

 

 

 ——そう。

 

 吸水ポリマーの平和利用として知られている一つ、砂漠で草木を育てる事に使われている方法だ。

 水行(スライム)から手っ取り早く力を奪うのなら木行を使えば良いのだから、これが一番手っ取り早い方法なのである。 

 

 本邦初公開、水耕栽培ならぬスライム栽培の貝割れダイコン完成であった。

 

 

 『ぎゃあ〜〜っっ!!! 最悪ダーっっ!!!』

 『こんな負け方は許否しマス〜〜〜っっ!!!』

 

 「わははは…… 聞〜 こ〜 え〜 んなぁ〜 」

 

 

 これではどちらが悪役か解らない。

 

 しかし文句なんぞ言っても無駄だ。

 横島のモットーは勝てば勝ち。その手段も元雇い主直伝で『卑怯でけっこー メリケン粉』である。

 

 例えどんな犠牲が……

 

 

 

 「でも、これだけの量がよく手に入ったアルな」

 

 「いや種は無料だぞ?

  スーパーで家庭菜園の講習会してて無料配布してたんだ」

 

 

 その種をケチ臭い彼は店を往復して複数手に入れていたのである。

 別荘で茶々姉'Sに頼んでいれば中で育ててくれるので、リアル時間半日で採集できるのだ。

 そこそこ給料を貰えるようになっているというのに、ほんとケチ臭い男である。

 

 

 「中敷パットの方も簡単に手に入ったでござるよ。

  横島殿に言われた通りのセリフを言ったら薬局の店主殿が箱で出してくれたでござる」

 

 「へ? 何て言ったの?」

 

 

 ——曰く

 

 

 『学園長殿がとうとう……』

 

 

 その言葉だけで、薬局の店主は無言で深く頷いて労わるように楓の肩をポンと叩き、倉庫の奥からダンボールを出して来てくれたという。

 

 

 「「「「…………」」」」

 

 

 何ともいえない沈黙がその場を支配した。

 

 孫である木乃香に至っては、

 

 

 「……おじいちゃん……」

 

 

 と、涙を禁じ得ない。

 

 

 ——例え、学園長の体裁という犠牲を強いられようと、少女らの無事には代えられないのだ。人事だし。

 

 

 ありがとう、学園長。あんたの犠牲は無駄にしない。

 横島は目を潤ませながら、夜空に浮かんで見えている笑顔の学園長のビジョンに海軍式の敬礼をするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——何だかよく解らないが助かったようだ。

 

 余りに唐突な展開が続いた為、円の頭の中は真っ白になっていた。

 まぁ、いくらある程度の情報を教えてもらっているとはいえ、円も一般人。

 ついさっきまで自分の常識の中にいた少女がいきなりファンタジーに引きずり込まれたのだ。

 

 ラノベの主人公だってもっと慌てたに違いない。

 錯乱していないだけかなり上等の部類だ。

 

 だが、とんでもない体験をしてしまったという事実に変わりはない。

 

 本人は気付いていない様だったが、酷く精神が疲労していたのだろう。或いは気が抜けた為か、位置の間にか自由が戻っていた円の膝からカクンと力が抜けた。

 

 

 「おっと。くぎみー殿?」

 

 「だ、だからくぎみーって言う……」

 

 

 そんな円を労わり、手を貸してやろうとしたその瞬間。

 

 

 『ひぃっ!!』

 

 「ぬっ!?」

 

 

 ナナを固定していた楓の手が円から離れた僅かの隙に、心が追い詰められていたのだろう、ナナが悲鳴を上げて逃げてしまった。

 

 

 ——いや、恐怖に駆られた女の子が混乱の余り駆け出す事は珍しくない。

 

 鍛え上げられた兵士とて、緊張に耐え切れなくなると引き金を軽くしてしまう事があるのだ。

 

 ましてやナナの精神は子供のそれ。

 その上、魔法使いに追い回された過去すら持っている。

 そんなトラウマもあってか、如何に制止されたとはいえ混乱の余り逃げ出したとしても不思議ではないだろう。

 

 だが状況と手段が拙過ぎた。

 

 周りは魔法関係者ばかり。

 戦闘能力の有無は知らねど、恐れている以上はこの半包囲状態で突き抜ける気は起きまい。

 となると……

 

 

 「ンぐぅっ!!!??」

 

 「円殿っ!?」

 

 

 ナナはその流体の身体を活かし、円の口の中に飛び込んでしまったのである。

 

 皆も驚いて駆け寄るが、入り込んだのが身体の中なので手の出しようがない。

 楓も急いで氣を送り込んで押し出そうとしたのであるが……

 

 

 バチンッ!!

 

 「なっ!? 弾かれた!!!???」

 

 

 どういう訳か円の中に浸透せず、弾き返されてしまった。

 

 

 『止セ!! 

  そいつは魔法も氣も反射する能力があンダヨ!!

  下手すると氣が中で暴れてそのガキだけ弾けルゼ!!』

 

 「何とっ!?」

 

 

 意外なところから助言が飛んできた。

 シオシオになって動けなくなっているスライムの一人(?)、すらむぃだ。

 

 

 『落ち着きナサイ!! 少なくともその方達ハ貴女に危害を加えマセン!!』

 『そのままではその子が危ナイ。早く出てキテ』

 

 

 他の二人もそう説得を試みるが、恐怖からか円の身体に遮られているからか声が届いていない。

 

 姉達同様に体積を変化させられる流体の身体を持っていようと、縮こませられるサイズには限界がある。

 円の身体の中に行き渡れば酸素を入れるスペースが無くなり、忽ち窒息死してしまうだろう。

 

 魔族であるスライム達は別に円の命など殆ど気にしていない。

 ただ、ナナが人を傷つけてしまう事、それによってナナが変わってしまう事を恐れているのだ。

 (ナナ)が人を殺めてしまい、戻れなくなってしまう事を……

 

 

 「退いてっ!!」

 

 「あ……」

 

 

 しかし、ここには非常事態にこそ力を発揮する男がいた。

 アヤシサ大爆発の姿のままであるが気にしてはいけない。

 

 食道が気道を圧迫している事まで瞬時に見て取り、楓からもぎ取って痙攣が始まっている円の身体を強く抱きしめた。

 

 

 「老師っ!!??」

 

 

 一体ナニを……と、慌てて近寄ろうとした古であったが、唐突に彼から発せられた霊波に足を止めさせられた。

 

 今までその実力を半信半疑だった夕映や和美、まどかも驚愕に目を見張る。

 そしてスライム達も。

 

 

 「弾かれるんならな……」

 

 

 その霊波の密度と濃度、そして流し込むルートがおもいっきり変わる。

 

 

 「弾かれるってんなら、

          この娘()に弾かせりゃいいんだよ!!」

 

 

 ゴッッ!!と、風が重い音を立てて横島の周囲を暴れた。

 

 楓はそのド外れた器用さに目を見張り、古はあの夜を思い出して得心が行く。

 そう、チャチャゼロの身体から霧魔を叩き出した時の事を——思い出したのである。

 

 

 「ほら、お前も出て来いっ!!

  天地が裂けたって虐めたりしねぇからっ!!」

 

 

 まるでチューブを絞るかのように霊気でもって円の中からナナを押し出してゆく。

 こんな事は楓達のような氣の使い手どころか、魔法関係者でも不可能。

 無意味なほどド器用な霊能力者である横島ならではであり、以前に古とチャチャゼロにやった事をするだけ。然程のものでもない。

 

 忽ち説得している彼の眼前。円の口の中には銀色の液体が顔を見せていた。

 

 

 『ヒィ!! いや、いやレスぅ!!』

 

 「バカ!! 

  円ちゃんを死なせてぇのか!!?? そうなったら戻って来れねんだぇぞ!!!??」

 

 『イヤァアアッッ!!!』

 

 

 横島はその悲鳴を聞き、舌を打った。

 

 ナナは正しい魔法使いというものに対してトラウマを持っている。

 この性格からして人を襲ったとはとても思えないが、今のような混乱をしているのだからよほど怖い目に遭っているのだろう。

 それにしたってここまで怯えているのだから相当な想いをさせられているはずだ。

 

 だからこそ、今人を傷つけさせてはいけない。

 

 それがきっかけで心が完全に魔に傾き、魂まで魔物になってしまいかねないのだ。

 

 案内をしている道すがら、横島はナナとずっと話をしていた。

 彼女は人と話せるのがよっぽど嬉しかったのだろう、横島の他愛無いジョークに笑い、些細な事で喜びを見せ、年齢相応の少女の笑みを彼に見せたものである。

 

 こうなると横島のチャンネルは完全に固定される。

 

 決定事項。ナナはただの女の子。

 珍しい力を持っているだけの女の子だ——である。

 

 だから横島は彼女も救いたかった。

 

 

   是が非でも、

 

          どうやっても、

 

 

                  何 が 何 で も ! !

 

 

 そして横島はそう腹が決まると……出来ない事なぞ無い。

 

 

 

 「仲直りすんのも、

 

    謝るのも、

 

     友達作んのも、

 

 

        顔 を 見 せ ね ぇ と 始 ま ん ね ぇ だ ろ っ !!!」

 

 

 

 日の光の下に行きたがってる女の子を、

 

          ま た 陰 に 行 か せ て た ま る か —— っ っ っ ! ! ! ! !

 

 

 「円ちゃん、ごめんっ!! 後で死ぬほど謝る!!!」

 

 

 横島はそう、土下座する勢いで謝罪すると、

 

 

 「ンッ!!」

 

 「んむ!?」

 

 

 何を思ったか、円の唇をおもいっきり奪った。

 

 

 「よ……っっっ!!!!」

 「ろ……っっっ!!!!」

 

 

 少女らも凄かったが、楓と古の驚愕はとてつもなかった。

 何せ耳には響かなかったのに、ズッギュウウウウウウウウン!!! という擬音を感じたくらいなのだから。

 

 円も一瞬で茹で上がり、明日菜らはただただ焦る。

 どう見てもディープキスであり、身体の自由が利かない円の口を犯しているようにしか見えない。

 

 だが横島からすればこれは真面目な救命行為。彼女を救うのには必要な行動だった。

 円も何をされているのか解ったのだが、身体の芯まで抱きしめられているような感じがしてピクリとも動けない。

 

 それに、自分を抱きしめている横島から伝わってくる“必死さ”に抵抗の意思が湧いてこないのだ。

 

 

 実際の時間は僅か数秒。

 

 

 唐突に展開された生キスに少女らの感覚が狂っていたのかもしれない。

 兎も角、そんな永劫の一瞬の後、

 

 

 ずる……

 

 

 何かが横島に吸い出され、二人の唇の間からあふれ出した。

 

 

 『いやァアアっ!!!』 

 

 「おひふへっへ……いふぁふぁっっ(落ち着けって言ったろ)!!!」

 

 

 ちょっと強引であるが、口で挟みとって引っ張り出したそれに、

 

 

 「ていっ!!!」

 

 

 −縛−

 

  −沈− −静−

 

 

 『ひゃあっ!? あ、あれっあれっ!!??』

 

 

 一瞬で“何か”を生み出し、その銀色の身体に押し込んだ。

 

 それがナニであるかと思うより前に、ナナはぴくりとも動けなくなった事に恐怖した。

 

 

 「だから落ち着けってば。

  オレは落ち着けは何もしない。ここにいる奴らはお前にひどいコトしない。

  さっきそう言ったろ?」

 

 『ひぃン……ひっくひっく……ふぇ?』

 

 

 そう優しく諭すと、珠の力も手伝ってか落ち着いたとまでは行かないまでもさっきよりかなりマシになった。

 それを見て取って安堵した横島は、やっと本命だとばかりに抱きしめている円を腕の中から解放し、開口一番、

 

 

 「ホンマにスマンっっ!!!」

 

 

 おもいっきり頭を下げて謝った。

 風圧で円の髪が踊る勢いで。

 

 まぁ、そりゃそうだろう。

 何だかんだいってうら若き乙女の唇を承諾なしに奪ったのだから。

 

 

 「……あ、いえ、そ、その……えと……」

 

 

 尤も、円はただ困惑するばかり。

 後からじわりと唇を奪われた事が実感されてきているが、円はそれを責めるつもりはなかったのだから。

 

 彼が必死に自分……とナナを助けようとしていた事は魂の波動である霊波によって思いっきり伝わっている。

 

 そこに下心があったなら責めも出来るし嫌いにもなれたのだが、こうまで真摯に謝られたらどう反応してよいやら解らないのだ。

 

 

 円はただ、俯いて鼻血を出している横島を見つめる事しかでき………………鼻血?

 

 

 「う゛……」

 

 「え………あ゛っ!!??」

 

 

 流石の円もやっと気付いた。

 

 今さっきまで円は羞恥プレイ手前の格好であったが、今まで彼女はナナに包まれていたのだ。

 そのナナがいなくなったという事は……

 

 

 「み、見ないでぇっ!!!」

 

 「スマンっ!! マジにスマンっっ!!!」

 

 

 そう、横島は全裸の円を抱きしめたままだったので、おもいっきり頭を下げた事によって円の身体を思いっきりガン見してしまっていたのである。

 鼻血を噴きつつ首を捻って他所を見る横島、だがその方向も。

 

 

 「こっち見ちゃダメーっ!!」

 

 「のわーっ!!」

 

 

 和美だったり、

 

 

 「キャーっ!!」

 「見るなですっっ!!」

 

 「ゴメンっっ!!!」

 

 

 のどか達だったりで大変だ。

 

 まだ明日菜がマシであるが、マシな彼女ですらセクシーランジェリー姿。

 大宇宙の罠か!? と言わんばかりである。

 

 そんなこんなで少女らもナニであるが、横島も大混乱していたのだが……

 

 

 

 「横島殿ー?」

 

 「老師ー?」

 

 

 

 

 背後から氷の刃を突き立てられたかのような底冷えする声に、横島はドビクゥッ!! と身体を硬直させられ、強引にその動きを止めさせられてしまう。

 あの平べったい声に何かデジャヴュを感じるし、見ちゃいけない振り返っちゃいけないと本能が告げていた。

 

 無論、その声を発した二人も緊急的に必要だった行為だとは理解している。

 アレ以外に手があったか? と問われれば何も返せないほど。

 

 だけどまぁ、心ン中に湧いてくる感情っつーものは理屈じゃない。

 得てして女心とゆーモンは理不尽であり、融通が利かないモンなのである。

 

 

 そして世の中っつーのは凡そ無常。

 彼も動かしたくもない首をギギギと後ろを向けていってしまった。

 

 

 

 

 そして——

 

 

 

 

 

 後に和美は語った。

 

 

 「うん。

  かのこちゃんと二人で とっさにナナちゃんの目と耳隠して庇ったよ。

  アレ見せなかったあの時のとっさの私らを褒めるね。

  お陰でナナちゃんのトラウマが酷くならなかったんだしさ」

 

 

 それは、横島がこの世界で二度目に体験した大惨事だったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「何というか……」

 

 

 悪魔の彼ですら呆然としてしまった惨劇。

 人とはあんな目に遭わせられても生きていられるのかと感心してしまう程。

 

 それに状況は既に詰んでいる。

 人質は取り返され、スライム達は無力化。明日菜からネックレスも毟り取られて無効化障壁が使えなくなっていた。

 あの怪人が現れてからまさかの連続。余りの唐突な場面転換には流石のヘルマンもポカンとする他ない。

 

 だが、戦っている最中に意識をそちらだけに向けてしまうのは浅はかだ。

 

 

 「アホが!! どこ見とんねん!」

 

 「ぬっ!?」

 

 

 正に状況の幸福。

 悪魔であるヘルマンは尋常ではないくらい目が良い為、あの惨劇をバッチリ目にしているし聞いてもいた。

 お陰で立ち直りがかなり遅れてしまったのである。

 

 その間に小太郎が距離を詰め、身を低くした体勢で氣を集めた拳を振りかぶっている。

 

 障壁がなくなっている以上、氣の攻撃に対してどれだけ自前の障壁が有効か解らない。

 

 意識の空白の間に攻撃された所為だろう、ヘルマンは反射的に叩きつけんと拳を振り下ろす。

 

 

 が、その拳は小太郎の身体を突き抜けた。

 

 

 「分身っ!?」

 

 「気付くんが遅いわっ!!」

 

 

 その声にハッとして崩れた体勢のまま身を起こそうとするが、

 

 

 「「ハァッ!!」」

 

 「がっ!!?」

 

 

 ヘルマンの背後から肉薄していた分身二体。

 その二体の、左右から挟み込むように狙った頭部への攻撃をまともに受けてしまった。

 

 

 「気ぃ取られすぎやっ おっちゃん!!」

 

 「!!??」

 

 

 人の事言えへんけどな、等と思いつつも、攻撃を受けた分身の直ぐ後から迫っていた“本体”が、下から飛び上がるように掌底をヘルマンの顎に放ち、完全な死に体を後ろで呪文を唱えていたネギに曝させる。

 

 

 「小太郎君!!」

 

 「おうっ!!!」

 

 

 まるで打ち合わせを行っていたかのような連携。

 今日再会したばかりのライバルとは思えないほどの呼吸の合い方だった。

 

 

 小太郎がネギの呼びかけに応えてヘルマンから身を退かせた瞬間、練りに練った魔法を解放しつつ、残った力を振り絞ってネギが力強く踏み込んだ。

 魔法の矢を肘に込め、古に叩き込まれている拳法の型でもってヘルマンにその技を入れた。

 

 魔法の射手 雷の一矢が込められた肘打ち。

 

 小太郎によってこじ開けられた隙にぶち込まれた衝撃と雷によるダメージ。

 その打撃はヘルマンの身体の中で爆ぜて暴れ、ヘルマンの身体が浮き上がる。

 

 その刹那、ネギは背負っていた杖を左手でしっかと掴み、右腕に魔力を込め、死に体となって無防備なヘルマンの身体にそれを放つ。

 

 

 「Ras tel ma scir magister.

 

         来たれ虚空の雷

 

                 薙ぎ払え——」

 

 

 振り下ろされる雷の斧。

 

 何とか悪魔ボディに戻ってレジストしようとするも、叩きつけられる斧の方が僅かに早い。

 

 そして——

 

 

 「雷の斧(デイオス・テユコス)!!」

 

 

 何と、地面に叩きつけられるよりも前に、下方から更に輝く斧が。

 

 ——デイオス・テユコス(雷の斧)の二連!?

 

 

 

 流石のヘルマンも度肝を抜かれた。

 

 想像以上に最初の斧のダメージが無いと思っていたらこういう事か。

 

 

 ド ガ ァ ア ア ッ ! ! !

 

 

 魔法と物理効果によって地面に叩きつけられる直前だっただけに、雷の斧による追撃ダメージはシャレにならない。

 地面に叩きつけられるまでも無く、流石に彼を現世に構成していた核も耐え切れず、ヒビを入れてしまう。

 

 

 

 ——散々だったが……最後によい物が見れた……二人とも、見事だったよ……

 

 

 

 そして遂にヘルマンは、満足の内に敗北を受け入れたのだった。

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 「−良かった……ネギ先生……」 

 

 

 茶々丸にしては珍しく、ハッキリと安堵しているのが解った。

 側にいる時、甲斐甲斐しく世話を焼いていると思えば……何時の間にここまで御執心になっていたのやら。

 妹の成長を喜べばいいのか、何もあんな子供に……と呆れればよいのやら。零は姉として苦笑する他ない。

 

 

 「フン……あれだけ今の二連は実戦に向かんと言っておいたのに使いおって……」

 

 

 しかし、やはりエヴァは文句を垂らしていた。

 と言うのも、雷の斧二連はネギが思いついた時に彼女に見せ、ダメ出しをした使い方だからだ。

 

 しかし理不尽な理由で言ったのではなく、今のネギの詠唱速度と魔力の練り方では一撃目のダメージが低すぎる上、二撃目の出が遅くて非常に避け易いからだ。

 それなら死角から素早く放つ一撃の方が遥かにマシなのである。

 更に、まだネギの魔力の練り込みは未熟である為、結局は無駄に魔力を消費してしまうのだ。

 

 

 「1÷2×2=1だと教えてやったというのに……あの馬鹿弟子が」

 

 

 確かに成功すれば雷で『挟み斬る』わけだからかなり凶悪な魔法になるのだが、未熟者が放てば出来の悪いコンボにしかならない。

 こんな凶悪な物を思いついた事には感心できるが、思いついただけでは何にもならない。

 

 

 「ま、そこらは今後の課題だな。

  横島も言いつけを守らんかったようだしな……

  師の言いつけも守れん未熟者どもめ。二人まとめてたっぷりと仕置きしてくれる」

 

 

 ククク……と底意地の悪い笑みを浮かべるエヴァと、何だか井桁マークを頭に浮かべて黒い笑みを浮かべる零。

 

 

 そんな二人のアヤシイ様子を見、

 ただオロオロしながらネギの安否を気遣う事しか出来ない茶々丸であった。

 

 

 

 

 

 

 

 ——ともあれ。

 

 悪魔との戦いという非常識な舞台は破壊され、天然自然の夜はまた舞い戻って来た。

 

 

 そしてまた、さまざまな矛盾をまた内に抱えつつ、麻帆良の日常が——始まる。

 

 

 

 

 





 御閲覧、お疲れさまでした。Croissantです。
 今回もちょっと長めとなりましたが御勘弁ください。いやホントに。直してたらまた増えてこんな事に……
 この話の無印版を打ってる時は、もっと裏があるの想像してたんですけどネ。後日全然無かったというオチが。うーむ……どうしよう? と今更悩んでみたりw
 嗚呼、もっと戦闘シーンを上手く表現したいなぁ…… 

 さて次は閑話。
 その次から円の本格参入イベント、さよが(ある意味)参入と続きます。もちろんネギや小太郎も強くなりますよ? GS勢のフェイクメンバーと戦ったりしながら。
 先は長いっ

 ともあれ、続きは見てのお帰りです。
 ではでは〜

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