-Ruin-   作:Croissant

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中編 -弐-

 「ふむ。

  ようやく主役が御登場のようだね」

 

 「!? ネギ!!」

 

 

 助演を自称するは、舞台に立つ老人。

 

 当然、主演女優は囚われの姫君たち。

 

 そんな姫君を救出せんと駆けつけるのは、大粒の雨の中を貫いてゆく風——

 いや、その風すら切り裂き、黒い弾丸の如く飛んでくる幼き少年。

 その杖に跨る少年こそ主演の魔法使いであり、ご丁寧にも従者の代わりにその背に盟友を連れている。

 少年の心情は他者には測りしれないが、若過ぎる魔法使いの少年が駆る杖が今までに無い速度で雨の夜空を突き進んで来る事から予想は出来る。

 

 ——面白い。

 

 ここまで舞台が整っていると皮肉が利き過ぎている感もあるが、自分と言う三文役者でも主役を輝かせる事ぐらいは出来よう。

 あの時の少年(、、、、、、)が。

 あの恐るべき魔法使い(バケモノ)の血を持つと言う幼子がどこまで成長できたのか味わえるのだから悪くない。

 

 ただ、惜しらむはその結果。

 成長しているにせよ、していないにせよ、少年を戦闘不能にせねばならぬという命令が下りているという事。

 

 惜しい。実に惜しい。

 もう少し時間をおけばもっと熟してくれるだろうに。

 

 だが無粋な話であるが、雇われの身分なので内心でしか文句が言えない。

 

 ならば——少しでも。

 

 少しでも長く楽しむとしよう。

 お嬢さん方には申し訳ないが、暇に喘ぐ身としてはこれくらいの楽しみがあっても良いだろう?

 

 

 

 急ぎに急ぎ、加速し、加速する。

 跨っている杖を強く握り締め、更に魔力を流し込んでその速度を増してゆく。

 

 それしか出来ないから、それぐらいでしか今は頑張れないから、

 自分の判断の甘さが皆を窮地に陥れたのだから。 

 しかし、それが彼に……ネギに力を齎せているのだから皮肉な物である。

 

 後ろに乗せてもらっている少年。

 京都の一件でネギの敵として戦っていた少年、小太郎も唇をかみ締めただ前方を睨みつけていた。

 

 ネギは彼がこの地に来ている理由は聞いていない。

 幾ら仕事であろうと西の本山に対するクーデターに加担したという罪は許されるものではなく、事件後にその身を確保されていた小太郎。

 

 その彼が隙を見て御山から逃走を果たし、ネギと決着をつけるべく麻帆良に向かっていた事等知る由も無い。

 

 尤も、逃亡の件は麻帆良では学園長である近衛以外は耳にしていないし、今は関係ない話。

 その逃走途中でネギに対する襲撃の話を聞き、アイツを倒すのはオレだとばかりに攻撃を仕掛けたのだが返り討ちに遭い、記憶を失っていたらしい。

 

 幸いと言うか、大事なアイテムらしい『封魔の壷』とやらは奪えた上、それを守り切れはしたのであるが……その代わりに彼を保護し、介抱してくれた恩人である千鶴がネギの目の前で連れ去られてしまったのである。

 

 その事がネギを、そして小太郎を苛んでいた。

 

 しかし彼らにできる事は少ない。

 

 一秒でも早く指定された戦いの場に赴き、正体不明の老人を倒す。

 

 それだけしかなかったのだから……

 

 

 

 

 

 「……な〜んて事考えてんじゃねぇだろなぁ……」

 

 

 その夜空を突き進んで行った二人の軌跡を追うかのように、地べたを滑るが如く駆ける影。

 

 魔法の杖を使った飛行魔法によって空を飛んでいた二人とは違い、障壁で守られている訳ではないので加速すればするほど雨粒がビシバシ当たって痛いの何の。

 

 ネギらの背はとっくに見えなくなっているのだが、向こうに感じる霊波動からして話に聞いたジジイとのバトルは始まっているだろう。

 しかし彼は……横島には戦いの事より、少女らの身の安全。そしてネギの考え方の方を危惧している。

 

 ネギが極端な考え方に傾く理由も解る。

 

 自分が“そう”だったからだ。

 

 己の力の無さ、不甲斐無さが大切な物を失わせた。

 そんな自分に対する憤りが自分に対する重荷を増やして行き、他人より傷つく事で救われる気になってゆく。

 身近な誰が怪我をすれば自分の所為だと思い、その負わせた痛みが自分の弱さだと錯覚する。

 それは愚にもつかない自傷行為。

 

 ——直に自分の責任として背負い込む。

 責任感が強いという見方も出来なくは無いが、そう簡単に答えを完結させる事こそが弱さであり、その行為こそがどれだけ自分を想ってくれている人を侮辱しているかなど思いもよらず……

 

 いや、横島とて自分がその悪癖が払拭しきれている等と自惚れてはいない。

 もし払拭しきれているのなら、キれて性格が切り替わったりすまい。

 

 だがそれでも間違っている事だけは理解できる。

 自分で背負い込む事が一番楽だから逃げているだけだと解っているのだから。

 その行為がどれだけ自分勝手なのか理解しているのだから。

 

 だから追う。

 ネギを連れ帰って叱り付ける為。

 だからぶち壊す(、、、、)

 そんな考え方も、そして巻き込む事すら躊躇しない奴らの考え方も。

 

 

 「……ンの野郎ぉ……」

 

 

 それが何に対して漏らした怒りか定かではないが、“マスク”に隠されてはいても溢れる感情を隠せず、

 クソ派手で似合わない“銀色のコート”を身に着けてはいるが、不完全で拙いとはいえ身体を強化させている魔法を怯ませたりできまい。

 

 それこそが彼、横島忠夫。

 

 その身に染み込んでいる諦めの悪さと解り難く過ぎる優しさを力に変えられるのが彼の真骨頂なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はは…ははははは……

  流石は横島殿、でござるな」

 

 

 彼とは違うコースで荷物をしょって駆けてゆく影。

 口調から直に何者か解ってしまう くノ一な少女、楓である。

 

 エヴァに条件等と切り出されて緊張した二人であったが、何の事は無い程度。何時もの通りである。ただ、かなりきつめに言われてはいたが。

 

 言うまでもないだろうが、横島はエヴァの出したその条件を即飲し、教えられた場所……世界樹のすぐ側に設置されたコンサート会場に駆けて行った。

 その際彼は何と基本中の基本……足を早くするだけ……とはいえ、魔法を使用して楓を驚かせたものである。

 

 実のところ、あの夜の暴走を覚えていた彼女は、横島がまたあのようになってしまわないかと心配していた。

 確かにあの晩の状況と違い、今回はまだネギをおびき寄せる為の人質。

 見も知らない相手を信用している訳ではないが、ネギが誰かに話したり指定された場所に向かわないとかしない限りは無事だと思われる。

 

 そうは言っても、そのまま放って置いて良いはずが無い。

 何せ賊は後先考えていないのだろう、まるで無関係な少女までひっ攫っているのだ。

 

 だからこそ楓は横島がまた暴走してしまわないかと心配していたのであるが……

 

 

 「杞憂でござったな。はは……」

 

 

 エヴァの戯言を真に受けたのだろうか、どちらかと言うと彼は提示された条件に合わせる事に必死に頭を使っていたのである。

 火事をダイナマイトで鎮火させる様な大雑把で乱暴な手段ではあったが、横島には覿面(てきめん)だったようだ。

 

 無論、だからと言って少女らの身を案じている気持ちに嘘は無い。

 

 普段の行動がナニ過ぎて非常に解り難いが、横島はそこらの男では足元にも及べないほどフェミニストだ。

 いざとなったらその身を挺して盾になる気満々なのだから。

 しかし、それであってもあの夜のように正気を失っている訳ではなかった。

 その事を懸念し、心配げな眼差しを隠せていなかった楓の様子に気付いたのだろう。

 彼は、

 

 

 「大丈夫。もうあんなポカはしねぇよ。

  ンな事したらまた楓ちゃん泣かせちまうしな」

 

 

 と、苦笑しつつそう言ったものである。

 無論、彼の言葉を聞いた際に、楓は瞬間的に顔を真っ赤に染めてしまった事は言うまでも無い。

 

 

 「ま、ネギのバカも向かってるみてぇだしな。

  オレ達はアイツがやり合っている隙に木乃香ちゃん達を助け出そうぜ。

  あくまでも安全に」

 

 

 はは……本当に彼らしいでござるな。

 と呟く楓の口元に笑みが絶えない。

 

 彼らしい——?

 そう、彼らしい(、、、、)

 

 後ろ向きな逃げの作戦ではあるのだけど壊してしまう時、壊してやらねばならぬ時は自分から突き進んでぶっ壊す。

 ビビリで痛がりでお馬鹿だけど、いざとなったら誰よりも早く動き、本当に本当の危機一髪というタイミングで現れるだろう。

 

 如何なる壁が立ち塞がろうと、乗り越えられないというのなら抉り込み、抜けられぬならば破壊してでも進むだろう。

 

 遅れても諦めない。

 

 諦めても諦めない。

 

 絶望を蹴倒して全てをひっくり返す。

 

 彼の人となりを知らぬ者なら誰も信じはすまい。

 力より何より、最高に良い意味での往生際の悪さ、それこそが彼の真骨頂なのだから。

 その根本はまだ曝してはくれないが、いずれは知りたいと思う。いや、必ず知ろうと思う。

 

 「ま、拙者は相棒(パートナー)でござるし」

 

 

 かかる状況で欠片も心配そうな表情を見せず、何時の間にやら絶大な信用を彼に置き、

 楓はお願いされた物を背負い闇を駆けていた。

 

 

 

 彼に頼まれた品物が入っている、薬屋の袋を背負って——

 

 

 

 

 

 

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            ■十九時間目:雨に撃たえば (中)−弐−

 

 

 

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 巨大な樹の根元。

 

 迫る学園祭に備え、この学園の中央にある世界樹の根元には、大学部が学園祭で使うステージを組み上げていた。

 

 しかし、学生達によって催されるであろう様々なショーよりも前に、幼い魔法使いと謎の老術師が戦おうというのだから、とんでもなく豪華な前座である。

 

 

 「射てネギ!!

  先制攻撃や!!」

 

 「でも」

 

 『牽制だって!! いけ兄貴!!』

 

 「わ、わかった!

  Ras tel ma scir magister.

  風の精霊21人!!

  縛鎖となって敵を捕まえろ!!

  SAGITTA-MAGICA. AER ARE CAPTURAE!!」

 

 

 先制はネギ。

 

 マスターエヴァの猛烈シゴキによって魔力容量が上がっているのか、何気に精霊の収束度も大きかった。

 何せ牽制なのだから然程の数ではないが、僅か数秒とはいえ茶々丸ですら拘束できる魔法の矢。

 数にして21本の光矢が恰もシャワーが如く老人を襲う。

 

 

 「うむ!

  いいね」

 

 

 だが老人はまるで恐れた風もない。

 

 気に入った芸でも目にして感心した程度。

 彼は毛の先ほども焦りを見せず、迫り来る魔法に対してゆっくりと掌を向けると

 

 

 バシュウウッッ!!

 

 

 光の矢の全ては障壁でもあるかのように防がれてしまった。

 

 

 「弾かれた!!」

 

 「障壁か!?」

 

 『いや、何かにかき消されたように見えたぜ!?』

 

 

 しかし隙は出来た。

 思ったより威力があった事に老人が歓心を見せている間に、ネギ達はステージ客席の最後尾に着地する。まぁ、彼も邪魔をするつもりはないが。

 

 

 「来たで おっさん!!」

 

 「皆を返してください!!」

 

 

 ここに来るまで氣を練っていたのだろう、小太郎の気力はかなり高まっている。

 

 そしてネギも、魔法を使用した直後とは思えないほど魔力が高まっていた。

 何だかんだいってエヴァのシゴキが効いているようである。

 

 

 「ネギ!!」

 

 

 地に足が着いた時には既に戦闘モード。

 

 鍛錬のみとは言え、身体が既に戦い慣れている証拠だろう。

 そんなネギを見て彼の名を口にした明日菜。その顔に浮かぶのは助けに来てくれた事に対する喜色ではなく、ただ心配一色。

 易々とこの老人に負けるとは思ってはいないが、いやな予感が止まらない。

 

 

 「あ、アスナさ……あっ!?」

 

 

 そしてネギは、人質にされている明日菜達を目にし、

 

 

 「アスナさんがまたエッチな事に!?」

 

 

 やっぱりまた勘違いぶっこいた。

 

 

 「 違 —— う っ ! ! 違わないけどっ

  つーか、“また”ってナニよ!!」

 

 

 どうもネギは関西呪術協会本山での一件をまだ疑っているようだ。

 

 

 「ネギくーんっ」

 

 「ネギ先生——」

 

 

 木乃香らは嬉しいのか単純に喜んでいる。

 

 

 「え……? ネギ先生?」

 

 『ふぇ? あ、あの子がそうなんレスか?』

 

 

 そして円はちょっと驚いていた。

 任務で来た筈のナナが顔を知らない理由は知らないが、エヴァの弟子入り試験でネギの強さはおおよそ解っていたつもりではあるが、明らかに危険が伴う状況に年端も行かない少年が飛び込んでくる事が不思議なのかもしれない。

 

 

 「ああ……皆さん……」

 

 

 明日菜は何故か下着姿で両手拘束。

 まどか達はドーム状の何かに裸で捕らえられていて、千鶴と刹那は四肢を拘束されて球状の何かに閉じ込められている。

 そして円は(見た目)全裸で身体を銀色に塗りたくられているではないか。

 

 

 「皆さんまでエッチな事に……」

 

 

 「「「「「「 違 ー(いますっ)う(です)(アル) っ ! ! 」」」」」」

 

 

 ネギは勘違いしっぱなしだった。

 

 当然のように否定の声が上がるのだが耳に入らないのだろう、彼は悔しげに唇をかみ締めて老人を睨みつけている。

 

 

 「あ、あれ? あの子……」

 

 

 後で覚えてなさいよ……とブツブツ呟く明日菜であったが、諦めが入った為に落ち着いたのか、ネギの直後ろに立つ影に気が付いた。

 どこで見たような小柄な子供で、漆黒の髪の上にちょこんと犬の耳のような物が突き出ている。

 こんな特徴的な少年なのだ。流石にまだ記憶から外れてはいない。

 

 

 「確か修学旅行の時の……」

 

 「小太郎君!?」

 

 

 夕映とのどかも、実際に戦いの場で出会っているのだから名前もしっかり覚えている。

 関西での事件で敵側にいたはずの少年、小太郎である。

 何故、麻帆良にいるのか、少なくとも敵ではないようだが……

 

 

 「ちづる姉ちゃん……」

 

 

 そして彼はじっと捕らえられている千鶴を見つめている。

 

 

 「あなたは一体誰なんです!?

  何で皆にこんなエッチな事を!!?」

 

 

 やはり気が急いていたからだろうか、咎めを含んだ声でネギが老人に問う。

 『いい加減、そのネタから離れなさいよーっ!!』という明日菜の叫びや、『ハハハ 若いね少年』という老人のセリフはスルーしよう。

 老人は場の空気を誤魔化す様に軽く咳をしてから真面目な顔に戻してからその問い掛けに答えた。

 

 

 「……いや、手荒な真似をしてすまなかった ネギ君。

  ただ、人質でも取らねば君は全力で戦ってくれないかと思ってね」

 

 

 そう、それだけである。

 いくら自分のような“存在”であろうと、それ以上の非道に走るのは無粋という物。

 だから彼は約束する。

 

 

 「私はただ君たちの実力が知りたいだけだ

 

  私を倒す事が出来たら彼女達は返す。

  条件はそれだけだ——これ以上話す事はない」

 

 「な……っ!?」 

 

 

 しかし思いっきり自分勝手だった。

 言っている言葉だけ抜き出せば正々堂々と言えるが、完全に無関係な人間を巻き込んでいる以上、単なる犯罪である。

 だからネギはその身勝手さに腹を立てつつ、そんな人間の起こした事件に皆を巻き込んでしまった自分の不甲斐無さに腹を立て、

 

 

 「よし 僕が行く」

 

 

 と、真っ直ぐ敵を睨みすえつつ腰を落として身構えたのだった。

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 「けけけ やられてやんの」

 

 「アホかあいつら……」

 

 

 少年と老人の戦い場。

 例のステージを見下ろせる特等席。

 世界樹の太い枝の一つに腰を掛け、エヴァとその従者二人は戦いを見守っていた。

 

 恐れもせずやって来、ネギが一歩前に進み出て身構えたまでは良かったのだが、戦いが始まるより前に何故か助っ人らしい黒髪の少年と口論をおっ始め、その隙に老人の配下らしい三匹のスライムに初撃を喰らってしまったのである。

 当然ながらネギを鍛えているエヴァと零は呆れたり笑ったり。完全に見物モードだ。

 茶々丸だけが彼を心配しているのかオロオロと落ち着かない。

 

 

 「−ああ……ネギ先生……」

 

 「落ち着け、妹よ」

 

 

 そう零が促すも、やはり茶々丸はわたわたし続けている。

 そんな姉妹の様子を苦笑するエヴァであるが、視線はネギの戦いから逸らせていない。

 

 身体強化への魔力供給は横島なんぞ話にもならないくらい高いし、古の手によって鍛えられている中国拳法とのかね合わせもまずまずだ。

 現に初撃こそとられはしたが、ザコとはいえスライムの攻撃を意外なほどあっさりと退けているし。

 

 が、冷静さを欠いているからか やたら隙が多いのは頂けない。

 

 何せ相手は軟体の魔物であるスライム。斬撃よりはマシであろうが打撃などほとんど効かない。

 そんなのを相手に正攻法…それも打撃戦に持ち込んでいる時点で大減点だ。

 魔法を使って焼き払うなり、凍らせるなりしないかぎり何度でも立ち上がってくるというのに。

 

 無論、普段のネギ達ならもっとマシなのであるが…まぁ、実戦経験の低さや年齢的な弱さはどうしようもないという事だろう。

 

 おまけに……何故かターゲットを切り替えて老人に向かってダッシュしてたりする。

 

 

 「何でだ?」

 

 「おそらく決定打に欠けるからだろうな。

  ぼーやの得意な魔法は風系と雷系だから、まずはあのジジイからにしたんだろ」

 

 「何だそりゃ?

  RPGとかで攻撃相手間違えた時のパターンじゃねーか」

 

 「だな」

 

 

 強敵と戦うのには先に数を減らすのが得策。中ボスクラス以降の戦いでの定石だ。

 無論 例外はあるが、スライム達は使い魔のポジションにいるので主を無視するとは思えない。

 現にスライムトリオが妨害にかかっいる。

 しかしそれは小太郎が分身を使って阻んだ。

 

 

 「……ほう?」

 

 

 即席のコンビではあるが、連携は意外に出来ている。

 打ち合わせの暇なんぞ無かったのに、これだけできれば上等な方か。

 

 とはいえ、これは戦力の分断だ。

 スライムと老人に分けたのではなく、ネギと小太郎を分けさせられた(、、、、、、、)のだから。

 引っ掛けられている事に気付く間も無く、ネギは練習用の杖をふるって一瞬で魔法を発動させた。

 『魔法の射手』を無詠唱で唱えたのである。

 

 

 「ま、目くらまし程度なら一本で上等か……」

 

 

 防がれる事が前提。

 本命はその後。

 馬鹿の一つ覚えのように繰り返されている体捌きの鍛錬。

 それによって身に刻み込まれている動きで持って老人の死角を潜り抜けて背後に回る。

 

 

 「僕達の勝ちです」

 

 

 そう手に持った何かを前に突き出し、短いワードを口にした。

 

 

 「LAGENA SIGNATORIA」

 

 

 封魔の瓶——

 霊格が高い存在は、例えその身を破壊されても滅ぼされはしない。

 普通の人間(、、、、、)がそういった脅威を退けるには何かに封印する他無い。

 何処から持ってきたのか不明であるが、ネギはその小瓶を取り出し、老人を封印すべくワードを唱えたのである。

 

 が……

 

 

 キィイイイイイ……

 

 「ひゃっ あぁああああっっ!!」

 

 「アスナさん!?」

 

 

 囚われている明日菜の胸元が輝いたかと思うと、空に浮かんでいた小瓶の呪式が停止。

 起動を始めた封印魔法がキャンセルされて地面に落下してしまった。

 

 

 

 

 

 「ああ、やはりな……

  神楽坂明日菜だけ別けていたから何かあると思っていたが……」

 

 

 もう少し牽制なりすれば解ったかもしれないが、ネギの魔法を防いでいたのは魔法抵抗などではなくキャンセルだ。

 そしてそのつど明日菜の胸元が光っていたのだから無関係であるはずが無い。

 

 となると幾つか手段は考えられる。

 

 呪いのような方法でもって身代わりにさせるというのもあるだろう。

 明日菜の首に何だか珍妙なペンダントが掛けられているのだが……それではないだろうか?

 単純だが手早くてよい手段と言えよう。

 

 しかしそれよりも——

 

 

 「しかし魔法無効化能力か……

  だろうな。でなければ私に蹴りなど入れられるはずも無いか」

 

 

 極めて希少であり、極めて危険な能力だ。

 見たところ放出系の魔法くらいにしか効いていないようだが、使いこなせれば特定の魔法を任意に破壊する事も可能になるかもしれない。

 封印や儀式破壊も可能だろう。

 

 尤も、今は手近にもっとシャレにならない力を持つ者がいるからそんなに驚きは無い。

 

 

 「大体、あのジジイが詠春の娘と同居させた上、ぼーやまで入れているのだからな。

  何かあるとは思っていたが……どこで拾ってきたんだ? あの小娘」

 

 

 確か身元引受人は……タカミチだったか?

 等と、今更な事を考えている内に状況は一変した。

 

 

 「ネ、ネギぃっ!!」

 

 

 魔法が効かない。

 小太郎の放った気弾まで消去され、二人が怯んだ隙に老人が遊びは終わりとばかりに詰に入りだしたのである。

 

 

 「は、言ってくれる……

  自分は魔の波動を放っている癖に相手には拳で語れと? ふざけた奴だ」

 

 

 人の事言えんか? と零は思ったが口には出さなかった。

 無論、自発的に動くつもりはないのだろう、幹に腰を掛けて足をぶらつかせながらネギがボコボコにされてゆくのを気楽に見物している零。

 殴り飛ばされるたびに反射的に顔を隠し、オロオロしている茶々丸とは大違いである。

 

 

 「妹よ 落ち着け」

 

 「−でも、ネギ先生が……あぁ……」

 

 

 レンズ洗浄液でセンサーアイまで潤ませているのだから、人間で言うところの半泣き状態なのだろう。

 横島の情報を少しでも漏らさないよう、茶々丸は彼の休息時以外は距離を置かせている。

 そうなると必然的に茶々丸はネギにかかり切りとなって接点が増えている。その接点の多さ故だろう、かなり入れ込んでいるようなのだ。

 そんな自分の妹に苦笑し、座らせて落ち着かせようとするが……やはり上手くいかない。

 思わず腰を浮かしたり身をよじったり。以前とは大違いである。人の事は言えないが。

 

 

 「まぁ、待て。あのガキの底のデカさはご主人から聞いて知ってるだろう?

  このままでは終わらんだろうよ」

 

 「−でも……」

 

 「見てろって、色んな意味で何か起こるさ。

  最悪でも……」

 

 「−姉さん?」

 「あ、いや……多分、何か(、、)が起こるだろうからな。

  少なくとも死にゃあしねぇよ」

 

 「−姉…さん?」

 

 

 

 あのガキがあぶなくなったら——どっかのバカ(、、、、、、)がどうにかしちまうさ。

 

 

 

 

 

 

 「君は——

 

  何の為に戦うのかね?」

 

 

 全力で戦っていたと言うのに、手も足も出ない状況。

 

 その途中で疲れたように手を止め、いきなり語り出した老人。

 

 

 「な……何の為?」

 

 

 急にそんな事を言われてもどう反応してよいのか困る。

 自分が魔法を学び続けていた理由は確かにあるが、それと今の状況は関係あるまい。

 

 

 「小太郎君を見たまえ。実に楽しそうに戦う。

 

  君が戦うのは仲間の為かね?

 

  くだらない実にくだらないぞネギ君。期待はずれだ」

 

 

 表情のわからない顔で淡々と諭すように言い続ける。

 

 今とは無関係なはずなのに、

 

 明日菜達を助けたいと言う気持ちは本物なのに、

 

 何故か彼の言葉が心に突き刺さってゆく。

 

 

 「戦う理由は常に自分だけのものだよ。そうでなければいけない。

  『怒り』『憎しみ』『復讐心』等は特にいい。誰もが全霊で戦える。

  或いはもう少し健全に言って『強くなる喜び』でもいいね。

  そうでなくては戦いは面白くない」

 

 

 

 

 

 

 「ほう? 雑魚にしては良い事を言うではないか」

 

 「全くだぜ」

 

 

 その言葉に感心し、ウンウンと頷いて肯定する主と従者。

 もう一人の従者はネギを思いやって無言で見つめている。

 

 

 老人は言う。

 

 責任感や義務感。

 そんなものを糧にしても決して本気にはなれないと——

 

 

 確かにその通りである。

 

 それは単に気が急いている事が形を変えて飛び出すだけで本気の力とは言えまい。

 

 それだけではない。常に背後や弱き物が枷となって足を引張って本物の力も出せまい。

 

 それは理であり、世の倣いでもある。

 

 

 

 

 と、頷いていた事だろう。この間までであれば——

 

 

 

 「ちょっと違げーんだよな。これが……」

 

 「−姉さん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ちょと……違うアルな」

 

 

 溜息を吐く様な声。

 少女らを捕らえている水の檻の中、古がボソリと小さく呟いていた。

 

 

 「え? くーふぇ……?」

 

 

 その呟きにのどかが反応する。

 僅かに苦笑しているようだが、その顔は今まで見た事が無いくらい大人っぽく見えた。

 

 

 古は想う——

 

 責任で戦うという事は、自分の名誉が主題だと感じてしまう。

 

 義務で戦うという事は、その中に守りたいという想いが殆ど見当たらない。

 

 それで戦うのは確かにおかしい。いや、そもそも例に挙げる方が変である。

 

 ネギが求める強さは、

 そして自分の向こうにある強さは そんな想いのカケラも無いモンじゃあ全然届かない。

 その向こうの強さ(、、、、、、)には、そこに進めるだけの強い意志と強い意味(、、)と持っていなければ届かない。

 

 現にかの男(、、、)の戦いは、ぱっと見た目は確かにみっともない。

 自分の為だったら逃げる事しか考えず、戦い以前に勝負が大嫌いなヘタレ。

 本当なら鍛錬だって好きじゃないし、自分より優れた者と出会ったら妬んで泣くようなスカタン。

 物凄いこき下ろした印象であるが、悲しいかな間違っていない。

 

 だがしかし、ボロクソに言っている男を、

 そんな彼を想う時の古の顔は不思議と誇らしげだった。

 

 何せその男、誰かを助ける時は身体が震えても心が退く事は無い。

 誰かが泣いてたら必死になってそこに駆けつけ、砕けそうなのに何故かひびすら入らない不壊の盾となる。

 普段がビビリのヘタレの癖に、背後に守るべき者がいれば、相手がどれだけ強大だろうと凄まじい牙を見せる。

 古の(、、)老師は、誇示する力は示す事ができない。

 出来たとても大した事は無いだろうし、どうせ勘違い的にみっともないだろう。

 

 しかしその代わり彼は、誰かの為だったら出来ない事は……いや、不可能なぞないのだ。

 

 少なくとも“彼”は——

 自分が師として、一人の男性として接している彼は、

 

 自分の事以外の理由で戦っている時は無敵なのである。

 

 くだらない理屈を並べ立てる者が、

 それっぽい理由を並べ立てる者が、

 

 誰かの為に立ち塞がっている時の彼に勝てるとは塵ほども思えない。

 

 

 「そんなジジイの戯言に耳を貸してはいけないアル!!」

 

 

 「む……?」

 

 「く、古師匠?」

 

 

 同級生らと共にエサにされたとはいえ、ネギの戦い。

 早々口を出すつもりは無かった。

 

 だが、色々と“彼”の事を考えてゆくと老人に対する憤りによってテンションが上がり、我慢し切れなくなってしまったのである。

 

 

 「そのジジイが言てるのと今戦っている理由は別問題アル!

  このかや本屋ちゃんを助けるのに理由がいるアルか!?」

 

 

 というより、下手な理由なんかつけられる方がイヤである。

 その点、老師は簡単だ。

 

 『美女美少女助けるのに何の理由がいるんじゃ ボケ!!』

 

 或いは、

 

 『勝手に身体が動いたんだからしょーがねぇだろが!!』

 

 ——だ。実にシンプルで、実に考えなし。

 そして、実に底抜けな力強さを表してくれる。

 

 

 「忘れてはいけないアル!! ネギ坊主は私の弟子!! そして老師の弟子アル!!

  自分だけ(、、、、)なんて理由では一ミリだて老師に近寄れないアル!!」

 

 「古師匠……」

 

 

 ネギは覚えている。

 

 あの試験の晩、どう肉体強化を施し、どう加速しても手も足も出なかった。

 

 全ての攻撃がかわされ、流され、返され続けた。

 

 もし一撃でも入れられていたら、いや古師匠によるところの避けられない本気の一撃を喰らえば、エヴァですらただではすまないとの事。

 

 この間もこってり怒られたが、誰かを巻き込んだり被害を広げたりする事を由としない……いや、許してくれない。

 

 それだけ他者を想い、根性で救いに来る強さを押し上げている理由に、自分がほとんど入っていないのだという。

 

 そんな彼は、老人の言う本気に当てはまらない。

 いや、老人言う本気程度では彼に追いつけない。

 そう古は言っているのである。

 

 

 「ぼ、僕は……」

 

 

 ——しかし、実のところネギには難しい叱咤だった。

 元々ネギは考え込み過ぎる性格である為、両極端な意見を言われると直に答えられなくなるのである。

 

 そんなネギの様子を見、老人は肩を落として溜息を吐いた。

 

 

 「……やれやれ……無粋ではないかね?

  折角、男同士で拳の語らいをしているのに」

 

 

 「ナニが拳の語らいよっ!!」

 

 「魔法使えなくして殴り合いをさせる時点でフェアではないです!!」

 

 

 余りに身勝手なボヤキを零す老人に対して、少女らは非難轟々。当然だろう。

 だが、そんな喧騒も耳に入らないのか、老人は被っていた帽子で一度顔を隠し、

 

 

 「……仕方ないね。少し強引だがやる気を出せてあげようか 」

 

 

 その“素顔”を見せつつそう言った。

 

 

 

 

 

 「え……?」

 

 

 

 

 

 ドクンッ とネギの心臓が跳ねる。 

 

 

 「おお いい顔だね。

  やる気が出てくれたようでなによりだ」

 

 

 心臓の鼓動がドクドクと煩い。

 

 耳を殴りつけるように響いてくる。

 

 身体はカッと熱くなってゆくのに、頭は氷のように冷えてゆく。

 

 

 「いや、今時『ワシが悪魔じゃー』と出て行っても若い者に笑われたりするからねぇ」

 

 

 忘れようにも忘れられない。

 

 消えてほしくとも消えてくれない。

 

 

 「あ、あなたは……」

 

 

 

 拭い去れない悪夢——

 

 

 

 「そうだ。

  君の仇だネギ君」

 

 

 

 あの雪の日、

 

 村の皆や、スタンを石に変えた悪魔が、

 

 

 ヴィルヘルム=ヨーゼフ=フォン=ヘルマンという名の伯爵クラス悪魔が——

 

 

 

 

                ——そこにいた。

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 

 「ありゃ? あいつ悪魔かよ」

 

 「気付くのが遅いぞ零」

 

 

 やや前に乗り出し、ちょっと驚きを見せる零。

 学園結界に繋がっているからこそエヴァは最初から解っていたのであるが、零の方は人間ではないとしか解っていなかった。

 まぁ、確かに伯爵クラスと遭う可能性は低い。

 かなり昔やり合った事もあるが、従者である零が解り難いのも当然だろう。

 

 

 「−マスター。ネギ先生の援護に……」

 

 「無用だ」

 

 

 流石に相手が悪い。

 そう判断をした茶々丸が提言したがにべも無かった。

 

 

 「−しかし、あの者の内包魔力から中級以下の可能性は34%未満。

  53%以上の確率で上級悪魔と判断されます。

  流石にネギ先生では荷が重いと……」

 

 「落ち着けって」

 

 

 表情こそ冷静そうであるが、その身体はオロオロあたふた。実に顕著に焦って飛び出そうとしている事が解る。

 

 

 「だから落ち着け、妹よ」

 

 「−しかし……」

 

 

 ったく、しょーがねぇなぁと苦笑する。

 前以上に表情が豊かになっているのは間違いなくあのガキと一緒にいる所為だろう。その気持ちは良く解るし、妹の成長はほほえましい。

 

 だが、だからといってここまで取り乱すのはいただけない。

 

 

 「落ち着けって言ったろ?

  お前も解ってるはずだろーが。あのガキの潜在力が並外れてるって」

 

 「−それは……あっ」

 

 「ん? へぇ〜」

 

 

 ちょっと場から目を離した隙間。ほんの一瞬。

 

 その刹那の間に、『爆弾』が湧いていた。

 

 

 

 

 

 

 姿が消える。

 いや、消えたと思った瞬間、その身体はヘルマンの直前に出現し、ヘルマンの腹部を殴りつけその身体を突き上げた。

 

 

 「ぐぉッッ!?」

 

 

 流石に驚いたがそれでもまだその小さな影の動きは止まらない。

 放った矢を追って駆ける……という与太話を実践するかのように、突き上げたヘルマンを影が追う。

 

 

 ズガガガガガガガッ!!

 

 

 ラッシュ。

 拳が掌底が、ヘルマンの腹部を乱打する。

 

 空中で身をひねり、抉り込む様に肘を入れ、蹴る。

 

 

 「ぐむ…っ!?」

 

 

 流石のヘルマンもその変貌に防御が追いついていない。意識が驚きに喰われ、対処し切れなかったようだ。

 

 

 

 「ほぉ? 魔力を暴走させたか……

  くくく 面白いな」

 

 「へー 結構やるじゃねーか。アイツ」

 

 

 しかしその暴走具合もエヴァにとっては良い肴なのだろう。

 狂乱状態のネギを見て笑すら浮かばせている。

 

 元々ネギの最大魔力は膨大である。

 この年齢で……いや、そこらの魔法使いレベルではこの魔力には手が届くまい。

 ただネギに足りないのは使いこなせられるだけの技量。

 それ故に効率が悪く、ちょっと魔法を使えばタンクが直に空っぽになって気を失うほど。

 

 それでもその莫大な魔力は着実に増え続けており、くすぶり続けてもいる。

 それを一気に開放させれば、圧力弁の蓋を開けたようなものなのだからその能力は爆発的に膨れ上がるだろう。

 何せ自分もそれで負かされたのだから。

 

 だが……

 

 

 「如何せん、ただの暴走では撃ち合い以外では勝てんぞ?

  まぁ、そこらが次の課題だな」

 

 「だな。

  ま、頑張った方か……

  褒美に次のシゴキん時は可愛がってやるか」

 

 

 零はそう言って主に同意し、けけけと笑う。

 ネギの潜在力も見えたし、“向こう”の裏の繋がりもおぼろげながらも掴めた。

 

 

 「そろそろ幕か……

  さあ、何をしてくれる? 我が下僕(ピエロ)よ……」

 

 「−マスター?」

 

 

 そう言ってニタリと笑いながら空を見上げるエヴァ。

 その仕草を見、茶々丸がいぶかしげに視線を追うと……

 

 

 「−……? あれは!?」

 

 

 戦いの舞台の真上。

 

 そこに何かが——いる。

 

 

 

 「ははっ 始まるか」

 

 

 

 

 

 

 

 それと同時に、下方に意識を向けていた零が、

 

                     そう楽しげに呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『あー……

  ま、がんばったよーだけド、ありゃあもうダメだナ』

 

 『ふぇ!? ど、どういうことレスか!?』

 

 

 見た目にはネギが圧倒している。

 確かに力“だけ”なら大した物だ。

 だが、相手はモグラ叩きのモグラではない。

 

 今こそ『殴られてくれている』のだが、相手は“的”ではなく“敵”なのだ。如何に破壊力があろうと、ハンマーを振り回すような大雑把な攻撃が何時までも通用する訳が無いのである。

 

 

 「攻撃力が上がてるだけで、戦闘能力が上がてるワケではないアル!!

  力だけで勝てる相手ではないアルよ!!」

 

 

 戦いをよく知る古は流石によく解っているようだ。

 だが、解っているだけでは意味がない。教えようにもあそこまで意識が飛んでいる今のネギには声が届かない。

 

 

 「く……あの晩の老師と同じアルか!?」

 

 

 尤も、横島の場合は戦闘力も上がっているので負ける心配は無いかもしれない。

 あの状態が良かったかと問われれば激しく否定するが。

 

 しかしネギの方は、あの時の横島に比べて圧倒的に劣っている。

 敵を殺す事に超効率的になっていた横島と違い、ネギの暴走は完全な力任せの力押しのみで“目的”が抜けているのだから。

 力のみの暴走なので動きが真っ直ぐで荒すぎる上、身体に掛けている負担は計り知れないし息切れも当然早い。悪いところばかりなのである。

 

 

 『そ、そんな……お姉サマ、どうにかならないんレスか!?』

 

 『……ムリ』

 

 

 わたわたと(円の身体で)慌てるナナであるが、ぷりんの言葉はにべも無い。

 あまりに端的に否定され、『そんなぁ……』と(円の身体で)膝を突いて崩れ落ちるナナ。

 そんな甘い妹分にソフト過ぎる肩を竦め、あめ子は優しく諭す。

 

 

 『残念ですが諦めてくだサイ。

  私達はジジ……伯爵と共に使役されてこの世にいる身ですヨ? 命令には逆らえまセン』

 

 『でも、でもぉ……』

 

 

 会った時から思っていた事であるが、この妹分は優し過ぎる。いや、考え方が人間に近すぎるのだ。

 ランク的には自分らより下であるが、魔法防御力は尋常では無いほど高く、何だか知らないが異様に頑丈なのに、内包魔力が異様に低い上に魔の匂いも薄過ぎる。

 余りにもちぐはぐな存在。それが彼女だった。 

 

 出会った時から薄々感じていた事であるが、ひょっとしたらこの娘は魔物なんかじゃなくて……

 

 

 

 そんなやり取りを他所に、円は深い混乱の中に置かれていた。

 

 ただでさえナナと横島の邂逅を見て頭がぐちゃぐちゃだったのに、その直後に攫われて落ち着く暇も無い。

 

 いや、確かに一見落ち着いたように見えてはいるが、その実、まだ頭がこんがらがっていたと言って良いだろう。

 木乃香やナナに説明を受けたとはいえ、完全に受け入れられたとは言い難かった。

 

 しかしそれでも解る事はある。

 

 あの日曜の夜の様子からして、ネギ先生は本気で強くなろうとしている。

 皆から聞いた話によると、強くなる為にアレからずっとエヴァに鍛えて続けてもらっているらしい。

 

 そして鍛える理由は、こういった手合いと戦って負けない為。

 理由こそ濁されたが、それでも無茶をしていた訳は何となく理解できた。

 

 そしてこの現状からして、(ナナは兎も角)自分らを攫ったナニかはネギ先生の敵のようだ。

 いや、あの老人の変身した姿からして悪魔だろう。ネギが我を失った様子と、木乃香らの言葉から仇のようなものなのだろう。

 

 だけどそんな事は関係ない。

 

 何事にも一生懸命なあの先生が、

 自分達の担任の、子供先生の危機なのだ。

 それ以上の、それ以外の大事が他にあろうか。

 

 

 「ネ、ネギーっ!!」

 

 「ネギくぅーんっ!!」

 

 「ネギ坊主ーっ!!」

 

 

 円はナナの所為で頭が上げられない。いや、例え身体の自由が戻っていようと見ていられまい。

 級友達の悲痛な声だけでネギの様子が想像できるのだから。

 

 

 「何で……何でネギ先生が……」

 

 『ひっぐ、ひっぐ……ごめんなさい、ごめんなさいレスぅ……』

 

 

 泣いている。

 

 攫ってきたはずのモノが、

 犯人側のモノが、犯した罪の意識に苛まれて泣き続けている。

 

 だから円は余計に腹が立つ。

 

 湧いてくる怒りが、理不尽な目に合わされている憤りを向ける場を見失って。

 

 泣かないでよ!!

 泣かないで私達を、ネギ先生を嘲笑ってよ!!

 だったら憎めるのに!! だったら嫌えるのに!!

 散々罵ってやれるのに……っっ!!!

 

 だけど円は理解してしまっている。

 

 話している内に理解してしまっている。

 自分を拘束しているこの娘は向こう側にいると言うだけでただの女の子(、、、、、、)

 見た目はかなり変わっているけど、その中身はただの小さな女の子(、、、、、、、、、)なのである。

 だから憎む事も嫌う事も出来ず、ただネギ先生の危機に二人して震える事しか出来ない。

 

 

 「くぅ……っ」

 

 

 悔しい。

 無力な自分が。

 

 悔しい悔しい。

 こんな事で泣かされる事が。

 

 その強さを知っている古や刹那すら捕まっているくらいだ、自分らでは盾にすらなれないだろう。

 だから余計に無力さを思い知らされる。

 

 

 「……誰か……」

 

 

 割と気が強い事で知られている円は、

 

 

 『誰かネギ先生を……』

 

 

 初めて、

 

 

 ——ネギ先生を、皆を……助けてよ……

 

 

 初めて助けを求めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……悪い予感がするアル」

 

 「ち、ちょっと!!」

 

 「何縁起でもない事言うですかーっ!!」

 

 

 ポツリと呟かれた古の言葉に皆が吠える。

 その剣幕もあったが、古は慌てて手を振って否定した。

 

 

 「ち、違うアルよ!!

  私はただ、誰かが助けに来るよーな気がして……」

 

 「それのどこが悪い予感ですか!?」

 

 「そ、それはそーアルが……」

 

 

 そう。かかる現状なら別に悪い事ではなかろう。

 どちらかと言うと……いや、間違いなく良い事であるのだから。

 だが古には……いや、だからこそ(、、、、、)古には悪い予感がしていたのである。

 

 

 『あ〜……

  何と言うか……あのシネマ村の時のよーな……』

 

 

 刹那らの危機に心から救いを求めた時、あの人が文字通り飛んで来てくれた時と似たよーな感触があるのである。

 それが何で悪い予感に繋がるのかが不明なのであるが。

 

 

 

 「ム……!?」

 

 「ああっ、ネギせんせーっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 「残念だよ……この一時が終わってしまうのがね……」

 

 「くっ!! ネギぃーっ!!!」

 

 

 攻撃の全てが大振りの為、一度攻撃すれば距離が開き過ぎてしまう。

 そのテンポも数度打ち合えばわかってしまう程度。実に他愛無い。

 だから直にヘルマンに迎撃が取れない間合いを持たれてしまった。

 

 口の中に魔力が篭る。

 間違いなくネギの攻撃より早く、ヘルマンの攻撃が……全てを石に変える魔光が浴びせられるだろう。

 

 もったいない。こんなに輝く原石なのに。

 もったいない。こんなに楽しい一時だったのに。

 

 ネギを救わんと小太郎が飛ぶが今一歩間に合うまい。

 

 嗚呼——未来が楽しみな原石を二つも潰してしまうのか。

 その事が何より悲しく、何よりも惜しかった。

 

 だが……その美しい原石がくだけるのもまた一興!!

 

 

 「終わりだ少年」

 

 

 「っ!!??」

 

 「ネギーっ!!!!!」

 

 

 叫んだのは小太郎か明日菜か。

 伸ばすその手は届かない。

 

 

 

 普通なら間に合わない。

 

 普通なら助からないとそんな状況だったが——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「——え?」

 

 

 ——何時の間からだったのか定かではないが、この場に甲高い笛の音のような音が響いていた。

 

 その音色は振動を伴い、スライムらの身体や銀色の少女の身を震わせている。

 

 直に振動が伝わるからか、円にははっきりとその振動が伝わっていた。

 それに彼女は音楽をやっているからか音感もある。

 だからその音が楽器のような乾燥したものではなく、

 

 

 「く、口笛?」

 

 

 のようなイキモノが出した音だと気付いていた。

 しかし当然、それは口笛ではない。

 

 

 『ぐす… これ、鹿さんの声レス』

 

 「え?」

 

 

 森に隠れ潜んでいたナナは、それが鹿の鳴き声であると気が付いた。

 だがこんな街中に、こんな場所で鹿の声が——?

 

 

 その時、何故か円の頭をバンダナをつけた青年の顔が過ぎった。

 

 

 

 

 

 

 

 舞台の上。

 

 天蓋のようなデザインの屋根のところから見下ろすようにそれは——いた。

 

 

 それは白い獣。

 

 それは白き精霊。

 

 天然自然より生まれ出でし山の精霊の集合体。

 

 雄々しい大きな角を持つ、幻想の大鹿。角のある白い雌鹿。

 

 その大鹿が空に訴えている。

 

 鹿特有の笛のような声をあげて空に、天然自然に訴えかけている。

 主の命ではなく、主の願い(、、)により、声を放ってその力を解き放ち、

 虎落(もがり)笛の様に甲高く、それでいて温かく、絶対的な自然の力で持って雲に訴える。

 

 間違っていると——

 

 今、夜の光を曇らせる事は悪しき事に他ならないと。

 天然自然の力ある声に応え、暗雲は引き千切られ退(しりぞ)き、ついには月光を舞台に落とす。

 

 

 暗雲で暗く彩られた舞台は——ほんの瞬きの間に月光で明るく塗り替えられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「 ブ ラ ボ ー 参 上 ! ! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、ヘルマンの耳に珍妙な声が響いてきた。

 

 その声は小さく、遠く、誰が発した物かも定かではない。

 

 しかし、その声に気付いて出所を探すより前に、奇怪な事に気付いてしまう。

 

 

 「ムッ!?」

 

 

 その異常——

 それに気付いたのはネギから僅かに意識が逸れた為か、ありえない現象に動きが鈍る。

 

 何時の間にか雨が止んでいた。

 

 そして自分の身体を月光が撫でている。

 

 ハッとして上を向くと、何とこの戦いの場の真上だけ雲が丸く晴れ、大きく欠けた月が夜空で顔を見せているではないか。

 

 

 ——そして月をバックに何かが飛んで来る。

 

 

 

 「けっ!!」

 

 「ヌッ?!」

 

 

 それに気をとられた隙に、小太郎がネギを掻っ攫った。

 

 慌てて追撃のように魔光を吐くがやはり外れ。

 ネギを抱えているとはいえ流石は小太郎、地に付いた瞬間に横に跳び見事にかわしている。

 

 しかし、上空から迫るモノから距離が開いているとはいえ、意識を別に向けるのはいただけない。

 

 

 ——絶対に無視してはいけない相手だというのに。

 

 

 

 

 「 彗 星 ベ ラ ボ ー 脚 ! ! 」

 

  ど ず む っ ! !

 

 

 何と“それ”の身体が到着するより前に足が飛んできて、翼と翼の間、人間で言うところの肩甲骨の辺りに突き刺さった。

 

 

 「 が っ ! ! ? ? 」

 

 

 いや、足が伸びてヘルマンを蹴り落としたと言った方が良いだろう。地面に叩き落すかのように足(?)がめり込んだのだから。

 

 正確に言えば、エメラルドグリーンの光に包まれていた足のその光だけが伸びたのだが。

 

 

 『マ、マジ!?』

 

 『!!?』

 

 『伯爵!?』

 

 

 『ふ、ふぇえっ!!??』

 

 

 流石にあの悪魔モードに入っていた伯爵が大地に思いっきり叩きつけられたらスライムたちも驚いた。

 背面から蹴たぐられた訳であるが、落ちぶれたとはいえヘルマンのランクは伯爵。

 その伯爵に魔力を一切感じない、たった一発の蹴りであそこまでダメージ入れられるなんて思いもよらなかった。

 

 

 ナナが驚いて身体を起こした為、必然的に円も面を上げてそれを見た。

 

 明日菜や木乃香らと共にそいつを見た。

 

 空に浮いていた悪魔を蹴り落とし、その反動で加速を殺して地に降り立った影一つ。

 

 

 悲劇と悲壮を踏み躙り、

 

 死闘の彩りすらも塗り潰し、

 

 

 あらゆるモノを破壊し、破戒し尽くすモノ——

 

 

 

 「な、何……あの人……」

 

 

 

 呆然とする少女ら他所に、古は一人苦笑した。

 

 正に苦く、そして喜びの笑みで。

 

 

 ああ、やぱり来てくれたアルなぁ……と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

           ——そしてまた、破壊(Ruin)が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 


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