-Ruin-   作:Croissant

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中編 -壱-

 

 濡れ鼠となった横島が部屋に帰った時にはすっかり夜になっていた。

 

 

 エヴァの別荘から出たときはそんなに遅くなかったのであるが、電話連絡をしてイラついてそこらの電柱に八つ当たりしたり、牛丼を食いに行って迷子の女の子を一人送ったりしてた物だから予想外に遅くなってしまったのである。

 

 かのこはプルプルと身体を振るえばそれで大分水滴を飛ばせるのだが、横島は(一応)ヒトなのでそうはいかない。

 温かいシャワーを浴びるなり、風呂に湯を張って身体の芯まで温めたりしたい物であるが、ンな事をだらだらしていたらテイクアウトした牛めしが駄目になってしまう。

 

 花冷えも過ぎ、幾ら温かくなっているとはいえ、身体より貧乏性を優先するのは如何なものか? 大体、店でも食ってたやんっ!! 等というツッコミは無駄だろう。

 何せ自分はそこそこ拭いただけで、小鹿はキッチリとバスタオルで拭いているくらいのアホタレなのだから。

 まぁ、横島なんだから死んだってこのバカなトコは治るまいし。

 

 

 「うーむ……偶にああいう娘と話すのもいいもんだなぁ……」

 

 

 迷子の少女——とは言っても、本人談ではゴーレムらしい。なにしろ真っ銀々であったし。

 まぁ、精霊を使い魔にしてる横島からすれば些細な事(、、、、)だが。

 

 いやそれ云々以前に、家族と逸れた挙句、道に迷ってシクシク泣いてる女の子にどう冷たく接しろと言うのか?

 当然のように彼は横島的超必殺技 The DO☆GE☆ZAを駆使し、辛くも少女の信用(?)を勝ち取って彼女からこの地に赴いている理由と目的(の一部)を聞き、待ち合わせをしているという建物がある場所……麻帆良学園中等部まで送ってあげたのである。

 

 それに、あの少女も木乃香に勝るとも劣らない 結構のほほんとした癒し系。

 久しぶりに巫女みこ少女並の癒し系ドジっ娘と話ができたお陰だろうか、ちょっと気疲れはしたもののささくれかかっていた心をある程度以上の回復させてくれたのである。文句など出よう筈もない。

 何せ“こっち”に来てからず〜っとバトル系の少女しか身近にいなかったのだ。

 

 確かに大首領を誇示するエヴァや茶々丸、その姉達や零、当然ながら楓も古も美少女であるが、茶々丸以外が揃いも揃って好戦的で武闘派なのだ。気が休まらないったらない。

 バスタオルに包まってきょとんと自分を見上げているこの子(かのこ)がいなければ心がへし折れていたやも知れない。

 

 だから偶にああいった娘に心を癒してもらわないと身が持たないのである。

 まぁ、かのこも強力な癒しキャラには違いないのではあるが、残念ながら女の子による癒しとはベクトルと効能が違う。

 

 

 「うぬれ……

  ネギには のどかちゃんみたいな癒し系パートナーがおるとゆーのに……」

 

 

 心底羨ましそうに愚痴を零す横島であったが、実のところつい最近まで仮契約カードを良く理解していなかった。

 

 その力……セクハラに近い魔力伝達を知った時の横島の“しっと”ぶりったらなかったと楓らはぶすったれて語っている。

 とは言っても、幾ら憎き美形であるとはいえ幼いネギに八つ当たり仕切れず、矛先をカモに向けて嫉妬のハッスルタイムかましたのは記憶に新しい。

 

 何せただでさえ美少女揃いの麻帆良の中でもトップクラスの美少女がネギの契約者なのだ。

 今言ったように のどかという癒し系を始め、明日菜に刹那という元気系や(最近ちょっと壊れ気味であるが)クール系と様々。都合三人もの美少女契約者がいるのである。

 

 昔の横島なら、何時ぶち切れて“しっと”のマスクマンとなって襲い掛かってもおかしくないだろう。 

 無論、“今現在”暴挙に及んでいないしていないと言うだけなので安心してはいけないが。

 

 何せ仮契約の方法を知った時ですらかなりキれた彼である。

 今だってちょっとの事で堪忍袋の紐がぶちりと千切れないとも限らない臨界点ギリギリなのだ。

 ネギがこの地で少女らと共にいる限りカウントダウンは止まらないので、何時ぶち切れて地獄絵図が発生してしまうのかするのか想像に難くない。

 

 つまりネギの命運は、けっこう綱渡りだったりするのだ。

 

 ——無論、そんな風に嫉妬に喘いでいる横島も、楓に古に零といった美少女らにおもっきり好意を持たれていて、他の男どもから憎しみの眼差しを向けられていたりするのだが、幸いなのか不幸にもなのか判断が難しいが彼は気付いていなかったりする。

 

 まぁ、それは兎も角(いいとして)

 

 

 「ひゃあ……ギリギリかよ」

 

 

 縛っていたビニール袋を解くと、器の蓋が開きかかっていて排出したはずの雨水が入りかかっていた。

 その袋の縛りが甘かったのだろう。焦ってたし。

 

 無論、如何に保温効果のある器だろうと水冷された訳であるからとっくに牛めしは冷えている。 

 言うまでもないが、冷めた程度で牛めし捨てるなどという選択肢は横島にはない。

 部屋には電子レンジもあるが、実のところ横島にはレンジで温めた方が不味く感じるのだし、何より彼は——

 

 

 「食えたら美味い」

 

 

 という、貧乏性なのである。

 

 自給255円。完璧かつ徹底的に労働基準法違反の賃金だ。

 それだけでもアクティブ過ぎる学生にはカツカツなのに、くだらない男のロマン(主に18禁な本等)で浪費して更に貧困だった。

 あの時の事を覚えているのだから、贅沢なんぞしてられない。

 それ以前に、こんな大雨ン中を傘も差さずに走って帰りゃあ牛めしとて水に浸りもするだろう。ぶっちゃけ自業自得なのである。

 

 いや、如何にクソ貧乏性な横島とて傘ぐらいは持っている。

 傘が嗜好品であるイギリスじゃあるまいし、日本なら安っぽいビニール程度なら彼とて容易に手に入れられるのだし。 

 では、何でエヴァの家へ行く時も、彼女の家から出る際にも持っていたはずの傘を持ってないのかと言うと……

 

 

 「あの子、風邪引いたりしねぇかな……」

 

 

 そう、少女の目的地であった女子中等部校舎に送った際、銀色の少女にあげてしまったのだ。

 

 彼女の姉達に迷子になってたのがバレたら気不味かろうと思い、とっとと少女から離れようとしたのであるが、流石に女の子を雨ン中をズブ濡れで立たせっぱなしなのは彼の流儀に反する。

 よって別れる祭、持っていた自分の傘を半ば無理やり彼女に持たせたのである。

 

 言うまでもないが、自称ゴーレムである筈の彼女が風邪を引くか否かは別問題。気分の問題なのだから。

 

 因みに少女は彼の姿が見えなくなるまで手を振ったり頭を下げたりしている。それがくすぐったくてこっ恥ずかしくて、横島は足早に去ったものだ。

 

 何でも三人の姉と一緒にお世話になっている人とこの学園に仕事をしに来ているとの事。

 彼女は内緒レスよ? と言ってたが、その世話人は自称落ちぶれ貴族で現在は殆ど単独で仕事をしているらしい。

 それでも爵位は伯爵。えらそーである。

 

 名前も実にえらそーで、ヴィルヘルム=ヨーゼフ=フォン=ヘルマン伯爵という長ったらしい名前なんだそうだ。

 ジジイとの事なので激しくどーでもいいが。

 

 因みに彼女には『7番型流体銀(Argentum・vivumⅦ)』という名前とは思えない“名称”があったのだが、女の子と言う事もあるし何よりラテン語で発音が面倒くさいので彼は彼女をナナちゃんと呼び、『ちくせう。伯爵だからナナちゃんみたいなカワイイ娘侍らしてやがんのか……』とボヤいて少女を照れさせたりオロオロさせたりしたものである。

 

 まぁ、ナナの話に聞く限りでは伯爵もそんな外道(決定)ではあっても、彼女をちゃんと身内として見てくれているようなので横島もすぐに気にしなくなった。

 相手がどういう立場であれ、女の子を虐げていないのなら叙情酌量の余地はあるのである。でなければ悪。それは決定事項だ。

 だから彼も、彼女を心配しつつも窓から目を戻し、腹と心を満たしてくれる牛めしに意識を戻したのだった。

 

 

 「ホイ、お前の分」

 

 「ぴぃ♪」

 

 

 尤も、かのこの分はフルーツ。桃とかブラックチェリーとかで缶詰物ではなく、生鮮食の物だ。

 横島のよりやっぱ値が高い。

 それらを丸くて深い皿に盛ってやり、同じくちゃぶ台の上に置く。

 

 相変わらず可愛がっているものには懐がゆるい男である。

 

 

 「んじゃ、いただきます」

 

 「ぴぃぴぃ」

 

 

 ちょっと前までは一人だったのでちょっと寂しかったが、今はかのこが一緒。

 人間ではないけど、それでも嬉しいものは嬉しい。

 

 賑やかに食事が出来る場所なら<超包子>等の名所が挙げられる。

 何せ麻帆良(ココ)の出店は部活と言う範疇を超えて安くて激ウマ。尚且現役美少女学生らが中心となっているのだ。コレは行かずばなるまい。

 ただこの<超包子>はオーナーもオーナーシェフも女子中学生なので僅かにストライクゾーンを外れたビーンボールなので残念過ぎて痛いにも程があるのだけど。

 

 尤も、偶に現れる美女教師やら美女子大生やらに目を向けるだけでナゼかバイトのチャイナバトラーにマジ殺気を向けられるし、何故かそーゆー時に限ってタイミング良く幼女中学生姉妹を連れて夕食を食べに来るくノ一な少女の静かなる憤怒の視線に射抜かれたりするので全然気が休まらなかったりする。

 おまけに最近は元殺戮人形なんぞが加わっているものだから……いや、詳しくは語るまい。

 エラい事になる——とだけ言っておこう。

 

 

 「せめて……せめて、アイツらがじょしこーせーやったら……」

 

 

 等と楓と古を想い涙にくれる。

 零れ落とす言葉はもちろんド本音。

 自覚はなかろうが、かなり解脱の日は近くなっているのかもしれない。

 尤も、それならそれでエラい(エロい?)事になって板の移動が必至となってしまうだろうけどそれは兎も角。

 

 安く買ったコーヒーメーカーで、そこそこの豆を使って淹れたコーヒーをカップにそそぎ、小鹿にはペットショップで買った子猫用のミルクを小皿に注いでそれ置く。

 かのこのは良いとしても、横島の方は牛めしにコーヒーなので組み合わせとしては無茶である。無論、彼は気にしたりしないが。それだけでちょっと贅沢な気になるのだから。

 

 彼がそこそこのコーヒー豆を買うのは意外に思えるかもしれない。

 しかし、入れ様にもよるが挽いた豆がスプーン3〜4もあれば十杯はコーヒーが入れられる。

 

 つまり、100グラム千円のコーヒー豆であろうと、自分で豆を買って自分で入れたらその一杯は缶コーヒーより安くなるのだ。しかも淹れた後のカスは脱臭剤の代わりになるし(←みょーにケチ臭い)。

 困窮の中で横島はその事に気付き、こうやって小さな贅沢を満喫してたりするのである。

 

 閑話休題(それはさておき)。 

 

 やや硬くなってしまった飯を気にする事も無く割り箸をぶっ刺し、腹を満たさんと口の中に入れようとしたその時、

 

 

 ちゃっちゃら ちゃっちゃら ちゃちゃちゃちゃちゃっちゃ〜ん♪

 ちゃらら ちゃっちゃらちゃっちゃらちゃちゃちゃちゃちゃ〜ん♪ 

 

 

 ドびくぅっ!! と、萎縮してしまう横島と小鹿。

 唐突に彼の携帯が大音量で軽快なマーチを奏でりゃあ、そりゃ驚いて箸も止まるだろう。

 

 

 「あ、焦ったぁ〜……

  軽快過ぎるわ。音楽変えようかな。心臓に悪い」

 

 

 いやそれ以前にボリュームを落としたらどうか? と言ってやりたい。

 何せ目覚まし用の音量にしてあるのだから。

 

 因みに着メロは忍者マーチ。相手は楓である。

 解り易いにもほどがある。

 

 

 「ホイ、横島です。

  楓ちゃん、どうかした?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして……

 

 横島はまた戦いに駆り出される。

 

 

 

 

 

 

 ネギの過去との対面に付き合う形で——

 

 

 

 

 

 

 

 

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            ■十九時間目:雨に撃たえば (中)−壱−

 

 

 

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 「何なのよ!

  このエロジジィ——ッ!!」

 

 「ろも゜っ!!」

 

 

 雨が流れ落ちてようやく気が付いた明日菜。

 イロイロあった別荘での一件を終え、今日は早く寝ようとパジャマに着替えて寛いでいたはずなのに気が付けば野外。

 

 おまけに何故かセクシーランジェリーに身を包んでいればそりゃ驚きもするだろう。

 

 それだけではない。

 両の腕を拘束されているのだ。

 そんな姿にされているのを、黒い帽子に黒外套に黒衣服と黒い靴という上から下まで黒尽くめの見るからに怪しい老人に朗らかに微笑まれたら、そりゃ蹴りの一つも入れたくもなる。

 

 で、蹴りを入れられたその老人であるが……

 

 

 「いやいや

  ネギ君のお仲間は生きがいいのが多くて嬉しいね」

 

 

 やっぱり楽しげに、ハハハと笑っていた。

 蹴られた所為で鼻から出血しながら……

 

 

 「鼻血流しながらナニ気取ってのよ!! おろしなさいよっ」

 

 

 やたらネギの魔法暴走に巻き込まれて服を飛ばされたり、ノーパンで戦わされたり、訳の解らない銀髪少年に衣服を石にされて砕けたりしたが、好きでやっている訳ではないし別に彼女は露出狂ではない。

 下着姿にされている上、触手っポイ何かに両腕を拘束されて喜ぶようなマニアックな趣味は持ち合わせていないのである。

 しかし、彼女の怒りは長続きはしなかった。

 

 

 「!? 今、ネギの仲間って言った?」

 

 

 老人のセリフに聞き捨てならないものが混じっていた事に気付いたのだから。

 

 

 「アスナ——ッ!!」

 

 「アスナさん!!」

 

 

 老人が答えるまでもなかった。

 

 その問い掛けに答えるように、見知っている級友の声が明日菜の耳に飛び込んできたのだから。

 

 どうやら明日菜が起きた事に気付いて声を掛けたのだろう。

 

 

 「彼女達は観客だ」

 

 

 彼の視線と、級友の少女らの声に導かれてその声にする方向に目を向けると……

 

 

 「アスナ大丈夫ー!?」

 

 「コラ——っ!! エロ男爵!!」

 

 「ここから出すアルヨー!!」

 

 

 「みんな!?」

 

 

 透明なドーム状の“何か”に捉えられたネギに関係している少女らの姿。

 

 そして、

 

 

 「ネギ君の仲間と思われた7名は全て招待させてもらった」

 

 「刹那さん!?

  そ、それにあれは……那波さん!!? 何で!?」

 

 

 木乃香らが入れられたドームを挟む形で、左右別々に備えられたドーム閉じ込められた二人。

 しかし刹那は兎も角、千鶴は完全に無関係のはずである。 

 

 

 「退魔師の少女は危険なので眠ってもらっている。

  そちらの“お二人”は成行きの飛び入りでね」

 

 「……!?」

 

 

 実のところ、千鶴を連れてくる気は全くなかった。

 何せ騒ぎを大きくしてしまう可能性だってあるのだから。

 だが、彼女はとある少年を保護し、そして匿っていたのである。

 それだけならまだしも、その少年を無力化しようとした時に大体にも老人の顔に張り手をかまして邪魔をしたのだ。

 

 いや、彼とてそれなり以上の力を持つ“存在”。その程度で腹を立てたりはしない。

 

 むしろその真逆。

 気に入ったのだ。

 

 異質なモノを目の当たりにし、尚且つその力を見せ付けられたというのに毅然とした態度をとり、怯えの気配も見せずハッキリと言うべき事を述べたその心が。

 単なる気紛れである事も否めないが。

 

 

 「で、そっちの皆はなんですっ裸なの?」

 

 「風呂場で襲われたんだよ!!」

 

 

 そう、明日菜と一緒に部屋で襲撃された木乃香は兎も角、他のメンツ……のどか、夕映、和美、古はスッポンポンなのだ。

 襲撃を掛けて来たのが水系のモンスターだった所為か、彼女らが風呂に入って緩み切っていたところを一網打尽にしたのである。

 だったら全裸なのも当然だろう。

 その姿のまんまなのは趣味が悪いと言わざるをえないが。

 

 

 「文句はそっちのオッさんに言うアル!!

  それに無関係なのまで風呂から引張てきたヨ!!」

 

 「へ?」

 

 そうだ。よく考えてみれば今老人はお二人(、、、)と言っていたではないか。

 となるともう一人いることになるのだが……

 

 そう思いついて改めて見直してみると、五人が入れられているドームの陰。

 

 隅っこギリギリのところに銀色のマネキンみたいな何かがあった。

 いや、パッと見にはオブジェに見えなくもない。

 ここが学園祭用のステージなので、その大道具か何かかと思ったくらいなのだから。

 しかしよく見ると……

 

 

 「え……

  !? く、釘宮さんまで!!? 何で……っ!!??」

 

 

 首から下がまっ銀々に塗りたくられている級友、釘宮円がそこに——いた。

 

 

 「私だって訳が解んないわよ。

  くーちゃん達とお風呂場で攫われて、気が付いたらここに連れて来られてたんだし」

 

 

 言うまでも無いが円は一般人。

 

 麻帆良という不条理都市にいるのだから様々な怪奇現象に向かい合う訳で、そうやたらと驚いてばかりじゃ生活も出来まい。

 だが、流石に魔法や魔族などは超論外。それだけならまだしも、その魔族に魔法を使って攫われたのだから最初はかなり驚き慌てふためくのも当然だろう。

 

 当然なのであるが……

 

 何故かは知らないが、溜息を吐きつつ状況を語る彼女は意外なほど落ち着いているではないか。

 

 

 『えっぐえっぐ……こ゛、こ゛め゛ん゛な゛さ゛い゛レ゛ス゛ぅ゛〜……』

 

 

 代わりと言っては何だが、彼女の全身に張り付いている銀色のナニかが、えっぐえっぐとしゃくり上げながら謝り続けてたりする。

 

 

 「あ〜……もぅいいってば……」

 

 

 自分を捕らえている筈の銀色不定形少女の方が罪悪感でボロボロ大泣きしているのだ。そりゃあ毒気も抜かれるというもの。

 

 木乃香らは水でてきたドームに囚われているのだが、円を捕らえていたのは彼女がさっき見た銀色の少女。

 その少女が不定形な身体を使い、円の身体を包み込む形で身動きできないようにしているのである。

 お陰で円の見た目は全身タイツどころか銀色に塗りたくられているようにしか見えない。

 幸いにも円は、ボリュームは兎も角プロポーションがかなり良い方なのでまだマシであるが、ボディラインやら何やらがハッキリクッキリ出ているのでとんでもなく恥ずかしい。

 

 ギャーギャー騒いだってどうかしてくれる相手ではなさそうだし、他の女の子達は普段風呂場で目にしている。

 だから『どんな羞恥プレイよ。コレ……』と思いっきり恥ずかしいが開き直る事が出来ていた。

 

 それに、円はチアリーディング部であるが、音楽もやっていてかなり感性の人間である。

 だから自分を捕らえている少女がおもいっきり本気で謝っている事を感じ取れていた。

 

 そんな彼女だからこそなのかもしれない。泣き虫少女と話をしていてかなり落ち着いてしまったのは。 

 大体、犯人側が先に泣かれたら気分がシラけてしまうというものだ。

 

 

 『な〜んか……泣き虫にした本屋ちゃんと話してる感覚なのよねー』

 

 

 のどかは内気で引っ込み思案。下手に会話しようとしても何かしらに慌て、一人あわあわするのがディフォルトである。

 しかし実のところこの二人、会話のポイントはあまりかわらない。言いたい事をハッキリ言えないトコもよく似てるし。

 

 

 「ご、ごめんアル……私がもとしかりしてたらくぎみーを……」

 

 

 意識を円に取られていた為、古は近寄ってくる魔の気配に気付けなかったのだ。

 いくら初心者とはいえ横島を師として霊力の修行をしている彼女からしてみれば痛恨のミス。

 くしゅ〜んと落ち込むのも仕方の無い事だろう。

 

 

 「くぎみー言うなっ!!

  だから違うって! 巻き込んだのはくーちゃんじゃなくて、あのエロジジイでしょ?

  実際、このかとかアスナとかは巻き込まないように内緒にしてくれてたんでしょ?

  朝倉はしんないけど」

 

 「酷っ」

 

 

 この世界に魔法があり、そして魔法使いがいる事は明日菜が気を失っている間に皆……この銀色の少女にも……から説明を受けていた。

 そんな力が秘密にされていて、この世界の裏でそれらが戦いを続けているのだと言う。

 何というか……そんなライトノベルの世界で自分は生活していたというのだから驚くよりも前に呆れかえってしまった。

 

 その上、

 

 

 「アスナやくーちゃんは兎も角、本屋ちゃんやユエまでもねぇ……」

 

 「どーゆー意味アル!?」

 

 「いやだって、アスナとくーちゃんの体力って普段から魔法じみてるし」

 

 

 極々身近にその関係者がいるとは思いもよらなかったし、まさか自分の担任……それもあんなオコサマが本物の魔法使いだとは『思ってもいなかった』のである。

 ぶっちゃけ円と千鶴は完全に無関係で、誘拐犯の不手際と趣味という完璧巻き込まれなのである。

 

 

 『う゛う゛……ごめんなさいレス』

 

 「だーかーらー何度も言ってるでしょ?

  アンタは何するか知らなかったんだからしょーがないじゃない」

 

 

 だからだろうか、この銀色子ちゃん(仮称)は、しくしく泣き続けているのである。

 魔法使いの街で罪を犯してしまった怖さもあるだろうが、悪い事をしている罪悪感が涙を加速させているのも円を信じさせている要因だった。

 

 

 『オイこらっ ヒトの妹分虐めンじゃねーヨ。喰うぞテメ』

 

 「だ、誰も虐めてないわよ!!」

 

 『あ゛う゛〜〜

  こ゛め゛ん゛な゛さ゛い゛レ゛ス゛〜〜』

 

 

 何というか……gdgdである。

 

 

 「やれやれ……緊張感に欠けるね」

 

 「いらないわよ!! そんなの!!」

 

 

 肩を竦めてヤレヤレというアメリカンなジャスチャーをやってみせる老人に対し、ムカっときた明日菜はまた蹴りを繰り出すが今度は外れ。

 流石に痛かったのだろう、彼はちゃんと間合いから外れた所に立っていた。

 

 彼のセリフではないが、実際、状況が状況なのに緊張感があまりない。

 明日菜をセクシーランジェリーに着替えさせていたり、風呂場で捕まえた少女らをスっ裸のままにしてたりとかなり趣味は悪いが、態度に下世話な物がないからマシとも言える。これが逆なら非常に居心地が悪かった事だろう。いろんな意味で。

 

 円ははぁと溜息をつき、相変わらずしくしく泣いている銀色の子……

 

 

 「え〜と……そう言えばキミの名前はなんていうの?」

 

 『くすんくすん ふぇ? 私レスか?』

 

 「そ、キミ」

 

 『えと、えと、私、Ⅶ……“ナナ”レス』

 

 「ナナ、ちゃん?」

 

 『はい。ホントはもっと長い名前なんレスけど、言い難いからってあのヒトがつけてくれたんレス』

 

 「あの人……?」

 

 『はいレス』

 

 「ひょっとして……横島さん?」

 

 

 ただの勘であるが、さっき二人でいたところを目にしているし、円にはナナの言葉に出てくるヒトと言われて思いつくのは彼しかいない。

 

 

 『ふぇ? 誰レスか?』 

 

 

 しかし、悲しいかな彼女は彼の名を知らなかったりする。

 少女……ナナの外見年齢がストライクゾーンから外れていた所為だろう。横島はいつもの『初めまして!! ボク、横島忠夫!!』な自己紹介を行っていなかったようだ。

 

 そうなるとそれなりの特徴を伝えなければならないだろうが、不自由な今の身ではそれも難しい。

 ハテサテどう説明したものかと悩んでいると、流石に悪いと思っているからだろう、ナナはある程度の身体の自由を円に返してくれた。

 ありがとうと礼を言うのはちょっと違うかな? とか思いつつ、円はやっと動かせるようになった左手で(今更ではあるが)胸を隠し、右手で自分のおでこ辺りをすっと撫で、

 

 

 「……ここに赤いバンダナ巻いてて、小鹿連れてる人?」

 

 

 と問い直した。

 何とも特徴的な発言である。

 

 

 『はれ? 何で知ってるんレスか?』

 

 

 それでもナナには印象的だったのか伝わっていた。恐るべき解り易さだ。

 

 

 「いや、知ってるも何も……う〜ん」

 

 

 さっき見てました〜と言って良いものやら。

 この調子なら、ナナは姉貴分らに迷子になった事がバレたら泣いちゃうだろう。

 悪乗りこそすれ、ある程度の空気は読める円は、ここで見られていた事を漏らせばまたこの娘はしくしく泣き出すであろう事を理解していた。

 

 つーか、容易に想像できる。

 

 

  ふぇえええ〜〜んっ

  人に見られてしまってたレスか〜〜っ やっぱり私はダメな子レス〜〜

 

 

 ……ウン。簡単だ。

 

 かと言って、知っている理由くらいはでっち上げてやらねばなるまい。それくらいはやってあげてもいいだろう。

 『私も一応は被害者なんだけどなぁ……』等と思いつつ言い訳を考えようとしていた円であるが……

 

 ——自分が空気を読めたって、他の者まで読めるとは限らない事を失念していた。

 

 

 

 「ちょと待つアル!!

  何でそこで老師の名前が出てくるアルか!!??」

 

 『ぴゃあっ!???』

 

 

 結局、ナナのウッカリは他の少女らに知られる事となり、彼女は円を包んだままた泣き出して姉分を怒らせたり、説明して間に今度は古を怒らせてまた姉分を怒らせたり、何で見てたのに私に言わなかたと理不尽に怒られたりと大変な騒ぎになってしまった。

 その間も、ナナなんかは円の身体を使ってしくしく泣くもんだから、彼女をあやす円が一人芝居している様な形になって何故かコンビ認定されたりと訳の解らない展開になったのだが……それは甚だどうでもいいことだろう。

 

 

 「……何だか聞き捨てならない話を耳にした気がしないでもないのだが……

  この緊張感の無さは何なんだろうね?」

 

 「……知らないわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 

 「横島殿!!!」

 

 「楓ちゃん!! 無事か!?」

 

 

 楓の連絡を受け、何もかもほっぽらかして連絡を受けた場所——中等部女子寮まですっ飛んできた横島と かのこ。

 

 濡れた作業着を洗濯機に放り込んでいたので着たのは丈夫さ重視のジーンズにスニーカー、Tシャツにジージャンという何時もの服。無論、バンダナも何時も通りだ。

 呼び出した楓の方は着替えておらず、濡れた制服のままである。

 

 横島の姿を見つけた楓は雨の中に飛び出し、僅かな時間も惜しいのか彼の元に駆けて行く。

 

 

 「一体何があったってんだ!?

  電話じゃイマイチ解んなかったんだけど……千鶴ちゃんとネギが何だって!?」

 

 「拙者も詳しくは……

  兎も角 千鶴殿が攫われ、同室のいいんちょ……あやか殿が眠らされて夏美殿が一人残されていたでござる」

 

 

 結局、楓は零と話し込んでしまって帰るのが遅くなってしまった。

 

 すっかり暗くなってから寮に戻ってきてしまい、急いで双子が待つ部屋に入ろうとした彼女は、ふといいんちょの部屋のドアが開きっぱなしである事に気が付いた。

 幾ら油断しがちな女所帯であっても、几帳面ないいんちょと千鶴が開けっ放しで置いておく性格でない事はよく知っている。

 

 となると……

 

 いやな予感がした事もあり、慌てて部屋に飛んで行くと、深く眠り込んでいる あやかと、へたり込んでいた夏美を発見したのだ。

 ドアの鍵は文字通りひねり潰されて(、、、、、、、)いてそこを見ただけでもただ事ではないのが解る。

 涙すら浮かべて混乱していた夏美を介抱し、何とか話を聞いたのであったが……

 

 

 「サッパリ要領を得なかったでござる。

  兎も角、千鶴殿が怪我をした犬を拾い、

  治療しようと部屋に連れ帰ったら男の子となり、

  一緒に夕食をとっていればそれを追って妙な老人が」

 

 「訳解らんっ!!」

 

 

 御尤もである。

 

 如何に奇怪痛快な麻帆良学園の生徒とはいっても、夏美は一般人。怪異に初対面したのだから焦りと混乱で理解するのも伝えるのも難しかろう。

 見た事をそのまま伝えただけのだからしょうがないかもしれないが。

 

 それだけならまだしも、ネギの部屋に行ってみれば明日菜と木乃香の姿が無い。

 宿題だか復習だかしらないが、部屋はその途中で放り出したかのようになっていた。

 

 更に調べてみれば夕映ものどかも和美もいないし古もいない。更に何故か知らないが円までいないらしい。

 皆に隠れてどこかへ行った、と言うだけならまだ良いのだが、風呂場に下着と服を残してうろつくのはおかし過ぎる。

 

 

 だが共通点はある。

 

 行方不明になっている少女らは二人を除いてネギの裏に関係しているのだ。

 そしてあの修学旅行の時に敵側にいた少年……コタローというらしい……までもが何時の間にか麻帆良に来ており、ネギと共にその老人に誘き出されて行ったらしい。

 

 はっきり言って大事件である。

 

 だが、それでも追う手立ても手がかりもない。

 何せ今言ったように不審物に反応する結界が破られた訳でもないのに反応していない。これが曲者である。

 

 だとすると、結界をすり抜けてきた“浸入”という事になるが、ここの結界はそこらの使い手の介入を許すほど柔ではない筈。

 それに横島が以前、この世界に来た折に結界の中に出現したものだから、念の為ではあるが強化もしているのだ。

 

 この事から侵入者はかなり高位の術師であるか、麻帆良の監視員に関係者が混じっている可能性が浮かんでいた。

 無論、後者の可能性はそんなに高くない。だが必ずしもゼロではないのだ。

 その不安が解消されない限り、学園側に迂闊な連絡を入れる事が戸惑われてしまう。

 

 考え過ぎと言われればそこまでであるが、何せ少女らが人質になっている。

 慎重にならざるを得ないのも当然であろう。

 

 

 「なれど如何致す所存でござるか?

  真名にすら気付かれず刹那を誘拐するという術の持ち主。

  身を隠されれば魔法に疎い拙者らでは……」

 

 

 ただ単に潜まれるだけでも難しいのに、相手は術者。どのような術を用いられているか解った物ではない。

 現に麻帆良にだって認識が阻害される結界すらあるのだから。

 似たような結界を張られれば、“そこにいる”という核心が無い限り結界の存在すら気付く事も難しい。

 何せ魔法が働いている事にすら気付けないのだから。

 

 

 「待て、全く手が無い訳じゃない。

  細かい場所は兎も角、相手の情報はどーにかなる」

 

 

 しかし、魔法を知る知らないは彼には関係ない。

 

 

 「というと……まさか!?」

 

 「当たり!」

 

 

 右手に収束される霊力。

 人差し指と親指の間で転がすように収縮されてゆくそれ。

 力の波動に過ぎなかったはずのものが信じられないほど密度を増し、一つの物質へと昇華を遂げてゆく。

 

 人界唯一の奇跡。

 

 魔法のように周囲から力を借りるのではなく、純粋に自分の力だけで行い、魔法を凌駕する奇跡を成す奇跡。

 霊能力と言うだけでもド外れた力だというのに、あらゆる現象を起こす事が出来る万能の力。

 それこそが彼の奥の手なのである。

 

 一瞬止めようとするが躊躇してしまう楓。

 

 他の手が思いつかないとはいえ、横島の持つあの力は余りにも万能で異質過ぎる。

 大首領によると、世の魔法使いは勝手にその力を危惧して拘束しようとするか、或いはその力を我が物にせんと動き出すだろうとの事。

 楓もそれは理解できる。それほどの力なのだ。

 

 だからこそ楓も古も、そして零も“珠”の事を話の端にも上げず秘密を貫き、極力使わせないようにし続けている。

 

 だが、普段なら兎も角、今のこの非常事態。

 何より知り合いの少女の身の安全が掛かっている状況だ。

 そんな時にこの青年を止められるはずが無い。

 

 それが解っているからこそ、楓は躊躇しているのだ。

 

 明日菜達を助けたいのは事実。

 しかし使う事によって横島に何か悪い事が起きないとも限らないのもまた事実。

 

 何時も冷静さを失わない楓であったが、流石にこの状況下での判断はかなり難しかった。

 

 

 が……

 

 

 チャッチャチャチャチャラチャチャッチャッ♪ ぱふっ♪

 

 

 唐突に鳴り響くおマヌケな着信音。

 着メロだけでなく、一般でも超有名な○点のテーマである。

 

 

 ボ フ ー ン ッ ! !

 

 「ふぎゃーっ!?」

 

 

 あまりに気の抜ける音楽を聞いてスっ転んだ横島。

 その弾みで収束中だった霊気集中が途切れ、集めた力が暴発して吹っ飛ばされてしまった。

 自業自得とはいえ、あんまりなタイミングに涙が出そうである。

 

 こんな見事すぎる場面で……と、楓は後頭部にでっかい汗を垂らしつつ横島の状態を確認。

 

 幸いというか、やっぱりというか、焦げてはいるが横島は無傷。

 ぷすぷすと煙を出しつつ気を失っているだけのようだ。

 思ったとおり相変わらずの丈夫さで横島には怪我一つ無かった。呆れつつもホッとする楓。

 

 しかし今の爆発は寮のまん前。

 流石に拙いと悟っている楓は、ひくひくしている横島と、少しでも彼を癒そうと舐めているかのこを連れ、落っことした横島の携帯を掴んで茂みに隠れ潜む。

 何せ見付かると面倒なのだ。ネギ以外に男がいない女の園だから警備員だっているのだし。

 

 楓は周囲の気配を伺い、自分らの他に誰もいない事を確認してから着信ボタンを押した。

 

 

 『……兎も角、横島殿が無闇に珠を使わず済んで重畳でござった……』

 

 

 そんな事に小さな安堵を零しつつ——

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 「フン。ようやく出たか」

 

 

 携帯についているストラップ……涙滴型の紅色の宝石……を小指で玩びつつ、エヴァはそうほくそ笑んだ。

 出るのに時間が掛かっている理由も、そしてその時の様まで容易に想像できていたからである。

 

 

 『ハイ、横島でござる』

 

 

 しかし繋がった相手は別の声。

 これまたよく見知っている少女の物だ。

 

 

 「む? 何でお前が……

  あの馬鹿はどうした?」

 

 『ええと……何と言えば良いでござろうか……力を収束している最中に着信音が鳴ったので……』

 

 「ああ、そういう事か……ギリギリだったという事だな?

  にしても、その程度で集中が途切れるとは修行が足らんな。もっと鍛えてやるとしよう」

 

 『あー……』

 

 

 流石のエヴァも、自分の着メロが笑○になっているとは思いもつかないようだ(当たり前)。

 知られたら知られたらで横島がエラい目に逢いそうなので、楓も言葉を濁すのみ。賢明である。

 

 

 「まぁ、それは後だ。

  そんな事よりキサマら……神楽坂明日菜らを捜しているのではないのか?」

 

 『!!?』

 

 

 明らかに動揺している気配。

 本当に様子が解り易い。向こうの様子が見えるようだ。

 

 

 『そ、それはどうい……『どういう事だっ!!?』横島殿!?』

 

 「ククク……そのままの意味さ」

 

 

 流石に食いつきが良いな。と唇の端を歪めるエヴァ。

 携帯から零れたエヴァの声に飛び起き、楓から携帯を奪い取って話す様がよく解る。

 

 

 「何、大した事ではない。

  結界の中に異物が引っかかった感触があったのでゴミ探しをしてたんだ。

  その中でアイツ等が目に入っただけさ」

 

 『キティちゃんは感じたんか!? だったら何で学園側に……』

 

 「キティちゃん言うなアホ。

  大体、気の所為かもしれんのに一々伝えられるか。

  だから確認に出ていたんだよ」

 

 『ぐ……』

 

 

 イライラしている所為だろう、何時に無くテンパっている横島。

 普段の様子からは想像も出来ない。

 

 成る程、これがバカブルーらが言っていた切羽詰った横島か……と妙な事に感心するエヴァ。

 霧魔の一件以外ではまだ目にしていないが、このまま感情が追い込まれてゆくと横島は機械のようになってゆくという。

 無関係と言ってよい近衛木乃香を誘拐した相手に激昂し、その果てに殺戮機械と化した横島。それは普段の彼を知れば知るほど想像すら出来ない話である。

 女子供に甘過ぎる横島の、その女子供を守る為のモード。

 あれだけ甘っちょろい男を、必要以上にクールにするその根源。

 

 エヴァは、その“根”の部分を見てみたい。常にそう思っていた。

 

 が——

 

 

 「いいか横島忠夫。よく聞け。

  キサマに“敵”の居場所を教えてやろう」

 

 『!!??』

 

 

 あえて“それ”を封じる為に“敵”を与えてみよう。

 

 一見して信念も覚悟持ってなさそうであるが、その実は強過ぎる信念と覚悟を持っているこの男に。

 この男の正反対。無関係な者を巻き込む事すら厭わない者をターゲットとして伝えてみよう。

 何時もの鍛錬の時のそれではなく、“本物の敵”と戦う様子を見てみたい。

 どこまで()る事が出来るのか、そんな彼を目にしてみたいという欲望の高まりをエヴァ強く感じていた。

 

 

 「そうだ。神楽坂明日菜を始めとするぼーやの従者達。

  そしてあの夜に関わった綾瀬夕映や朝倉もいるぞ。

  何故か那波や釘宮もいるが……恐らくは“ついで”だろうな。

 

  そんな誘拐を行った犯人の居場所だ」

 

 

 『ぐ……』

 

 

 ——フン。やはりキレ易いな。

  女を巻き込む、傷をつける敵と言うのが鍵か……

 

 呆れつつも自分の仮説の流れが間違っていない事に納得もする。

 

 

 「ただし条件がある」

 

 『条件?』

 

 

 だが、幾ら欲望に身を任せてはいても大事な事まで見失ってはいない。

 

 “それ”まで見せる事や知られる事は自分にとっても横島にとっても良い結果に向いたりしないのだから。

 そんな事まで失念するほどエヴァは愚かではないのである。

 

 

 「この侵入者だが……どうやら目的は調査のようだ。

  わざわざ ぼーやの関係者を攫ったんだ。対象は言わずとも解るだろう?

  流石に私や魔眼持ちの龍宮、私の所にいたバカブルーは無理だったようだがな」

 

 

 どうせこの男の事だ。案ずるなと言ったところで無駄だろう。

 行くなと言っても行く男なら、先に枷を付けた方がマシなのだ。

 

 

 「ぼーやのだけでも大サービスだというのに、わざわざキサマの情報まで与えてやる義理はあるまい?」

 

 現に、今だって茶々丸に(、、、、)話を聞かせていない(、、、、、、、、、)

 

 件の茶々丸は前方の様子……誘拐犯たちの会話に対してセンサーを全集中させている。

 敵の情報を知るという意味でもその命令はおかしくないし、素直な茶々丸はそれに従っている。今現在のエヴァの護衛に零がついているので任せ切っているのだろう。

 

 まぁ、本人は否定するかはぐらかしたりするだろうが、級友が危険な目にあったりしないよう細心の注意を傾けている可能性だってある。

 

 実際、茶々丸が前方のステージの様子を見ているのは裸眼(裸センサー?)ではなく、呪式を施したアンチマテリアルライフルのスコープなのであるし。

 少女らに危機かが迫ったと判断すれば、即座にトリガーを引けとも命令してたりする。

 

 そこまで信頼している大切な従者ではあるが、何せ茶々丸は定期的にメンテナンスを受けているロボットである。

 だからこそ、“母親”にデータが流れる可能性を捨てきれないのだ。

 そうでなければ、ずっと横島の能力の修行時に距離を置かせたりしない。

 

 横島の能力は、他者に知られるには——いや、わざわざ教えてやるには惜し過ぎるのだ。

 

 茶々丸の二人の母親は別に敵ではないし、嫌ってもいないが今報せても面白くない。どうせ今だってどこかで様子を伺っている事だろうし。

 

 そんな身近な彼女らに対してですらこうなのだ。

 何が悲しくて敵に対してこんな面白い情報を与えてやらねばならんのだ。

 

 だから——

 

 

 「キサマは目的の為なら手段を選ばぬ。

 

  例え道化にだろうとなれるのだろう?」

 

 

 可能な限り“枷”を付けさせるのは当然の事。

 

 いや、如何に手枷足枷をつけられようと、エンターテイナーはそれすらコメディのスパイスとして使えるだろう。

 

 ましてやこの男はクラウン——世界を相手取った本物の道化だ。

 例え如何なる悲劇だろうと、熟練の道化師が舞い降りれば喜劇と成り果てる。

 

 

 確かに力はいるだろう。

 

 誰かを救い、大切な物を守るのには絶対的に必要なのだから。

 

 しかし、その力の方向が正しい魔法使いである必要は無い。

 

 

 

 

 『——で、条件は?』

 

 

 

 時間にしてコンマ数秒。

 いや、彼にしては熟考した方か。

 僅かな戸惑いと決意の言葉が携帯の小さなスピーカーから伝わってきた。

 

 

 ——そうだ。それでいい……

 

 

 その声を聞き、エヴァの口元に笑みが浮かぶ。

 さっきまでの皮肉げなそれでなく、嬉しげで優しげな笑みが。

 

 条件を付きつける事によって無理やり冷静さを取り戻させる。

 エヴァの悪さを見せつける事により、頭に冷や水をぶっかける。

 

 数百年を生きる彼女だからこそ、

 悪の魔法使いを誇るエヴァンジェリンだからこそとれる手段。

 自分に対して怒りを持たせ、その怒りの火によって鎮火を促す。

 

 悪と知られていて、悪を誇れる彼女だからこそ取れた手段。

 その辺の魔法使い等には言えない取引だった。

 

  

 そんなエヴァが知る魔法使い達の多く。

 手段を知りつつ、手を拱く事が多々あるウスノロな“正しい魔法使い”どもより遥かに共感でき、愚直な真っ直ぐさを持つ我が怪人。

 

 助ける事も守る事も下手糞だと自称(自傷)しつつ、対象の一番大切な部分である心を守り続ける戯け者。

 

 守れずとも助け出し、助けられずとも守り抜く事が出来ている事に気付かない愚か者。

 

 

 そんな彼の情報を自分ら以外の者どもにくれてやる必要は無いのだから——

 

 

 

 「よく聞け、そして駆けて行け 我が愚者よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてまた——

 

 

 

 

 

            バカが風を切って飛んでくる。

 

 

 

 

 

 

 

 


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