-Ruin-   作:Croissant

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十八時間目:EUREKA
前編


 

 

 見渡す限り、森の木々、木々。

 そんな密林のド真ん中に、その城はあった。

 

 西洋の城で、実戦的な造りなのか遊びの部分は無く質実剛健。

 それでいて白亜の美しい佇まい。

 無駄を完全に省きつつ、美しさを残しているところに城主の合理性が垣間見えるようだ。

 

 

 そんな城の直近くの森。

 

 その中を影が駆けていた。

 

 

 「く……っ」

 

 「フ……」

 

 

 追われる者。追う者。

 いや、正確に言えば狩られる者狩る者だろう。

 

 力足りぬ駆け出し魔法使いと、伝説の魔法使い。その差は歴然だ。

 おまけに駆け出し魔法使いの少年の敵は“三人”なのだ。

 

 

 「ラ、Ras tel ma scir magister.

  来たれ、虚空の雷、薙ぎは…へ ぶ ぅ っ!?」

 

 

 必死こいて覚えたての雷系上位古代魔法を唱えようとする少年であったが、唱え終わる前に魔力の篭った掌底に腹部を打たれる。

 

 

 「遅いわ。戯けが」

 

 

 実に楽しげな口調で嘲る少女の背の陰から下僕が加速し、左右から追撃を掛ける。

 

 一方は無手。

 もう一方は両の手に刃を持って。

 

 対する少年は体勢を思いっきり崩されて立ち直りが遅い。

 

 いい加減身を起こした時点でもはや二人から距離を置けるほどの間は無くなされている。

 

 

 「あ、うぅ……っ

  Ras tel ma scir magister……風花(フランス)(バリエース・)障壁(アエリアーリス)!!」

 

 

 瞬時にそれを悟り、防御魔法を唱えて二人の攻撃を防ぐのは流石。

 

 瞬間、少年を中心にして風の結界が発生し、左右から襲い掛かる少女らの攻撃が止められる。

 

 見た目の年齢は一桁〜二桁の入り口の少年にしては思い切りが良いと言えよう。

 

 

 ドシャ!!

 

 「うぎゅっ」 

 

 

 尤も、それが成功したのは一瞬。

 

 元より接近戦に持ち込もうとした二人の一方は結界解除プログラムを所有しているので、予測されれば結界は意味をなさない。

 

 忽ち件のブログラムを所持している少女に押さえ込まれ、もう一方の——背の低い方の“少女”には……

 

 

 ズドドドドドド……ッ!!

 

 

 「うっひゃあっ!?」

 

 

 正に剣林。

 おびただしいナイフを身体の周囲に落ち込まれて身動きを取れなくされてしまった。

 

 

 「つまんねー……ちったぁ避けろよな。

  これじゃあ、急所も狙えねぇ」

 

 「ね、狙わなくていいです〜」

 

 

 肌を掠める事も無い絶妙な位置に突き刺されたナイフ。

 刃の腹に身を伏せているかのよう。

 そんな少年の様に肝が冷えたのか、背の高い方の少女がそんな()の言動にオロオロしている。

 その()の様子に苦笑しつつ、少女は石畳に突き刺したナイフを別に力を入れた風も無くひょいひょいと抜いてスカートの裾の裏に戻してゆく。

 どうやらそこに仕込んでいるようだ。

 

 少年はというと、未だ腰に力が入らないのかうつぶせのまま。

 慌てて弟分を自称するオコジョが駈け付ける。

 

 だが、そんな小動物が近寄るよりも先に、先に長い金髪を風に靡かせている少女が少年に歩み寄り、

 

 

 むぎゅっ

 

 「へみゅ」 

 

 

 黒いニーソックスを履いた足で踏みつけた。

 

 

 「阿呆ぅが。いくら使えるコンボだと教えはしたが狙い過ぎだ。

  やる前からバレバレなら隙を突くのも容易だと言っただろう?」

 

 「あうあうあう〜……」

 

 

 靴を履いていない足でぐにぐにと踏みにじっているのは情けだろうか?

 

 

 「大体、ぼーやみたいな奴の鈍重な詠唱なんぞ待つ馬鹿はおらんわ。

  それに唱えようとする前に何を使うつもりなのか見て取れたぞ。

  だからこそ平手一発で潰されるのだ愚か者が。

  『小足見てから昇竜余裕』という(ことわざ)を知らんのか」

 

 「し、知りませ〜んっ」

 

 

 そんなゲーム用語なんぞ知る訳も無く、少年は頭をグリグリされ続ける。

 鬱憤ばらしもあるのだろう、少女はとても楽しそうだ。少年は蝶☆迷惑だろうが。

 

 

 「まぁ、いい。

  とっとと回復しろ。

  回復したら実践訓練を更に二時間だ。

  もう少し耐えられるようになったら、高速詠唱か無詠唱のコツを教えてやる。」

 

 「ハ、ハイ マスター!」

 

 

 

 『ええっ!? まだ続けんのかよっ!?

  もう四時間もぶっ続けだってぇのに……』

 

 

 ヘロヘロになりながらも肩膝を突いて師に応えている少年。

 

 そんなやり取りに、オコジョ妖精はただ呆れるばかり。

 一体ドコの魔法傭兵団の訓練だと問いたい。

 

 

 『……つっても、文句言ったら最後。生皮剥がれてタタキにされかねねーし……

  スマネェ、兄貴。生温かく見守る事しかできねぇオレっちを許してくだせぇ』

 

 

 ぺしっと前足(両手?)を合わせて小声で謝罪するオコジョ。

 言葉遣いがナニでなければ可愛く見えたかもしれない。中身はヲヤジそのものだが。

 

 ヨロリラと覚束(おぼつか)ない足のまま立ち上がる少年。

 子供ながらも中々なガッツを見せる様に、師である少女の口元は愉悦に歪む。

 尤もそれは、もうちょっと虐めて楽しむ事に対するものか、少年の弟子としての心意気に対してかは定かではない。

 

 

 『しっかし……この修行場もそうだが……驚かされるよなぁ……』

 

 

 自分という存在そのものもがオコジョ妖精という不思議生物であるが、それでもこれだけの不思議環境に対面すれば驚くより呆れが出る。

 

 一つはここ。この修行場として使わせてもらっている空間。

 彼が聞いた事も無いほど広く、そして大掛かりだった。

 流石は伝説の悪の魔法使い。所持しているアイテムもシャレにならない。

 

 

 チロリと目を兄弟分がヘタっている方に戻すと、石畳の上に腰を下ろして、短めのスカートから白い下着を見せている少女の姿。

 

 彼のストライクゾーンから僅かに逸れたボール球的な年齢の外見をしていなければ……ついでに「けけけ」と笑いつつ“兄貴”を地面に縫い付けているナイフを引き抜いたりしていなければ、割と好みの容貌。

 

 はっきりと美少女と言い切れる少女。

 しかし彼女の存在そのものがシャレにならないのだ。

 ちょっと前まであんな姿(、、、、)だったってぇのによぉ…… 

 

 

 そして——

 

 

 

 

 

 ち ゅ ど ———— んっ

 

 ち ゅ ど ど ど ど ———— んっ

 

 

 

 響く轟音に身を竦ませ、音がした方向に顔を向ける。

 

 眼下に広がる密林の向こう。

 緑の濃い森の奥、大きな木が棒っきれのようにキリキリと宙を舞ってすっ飛んでいるのが見えていた。

 

 技なんだか、力づくなんだか解らないが、少年のしていたものよりはるかにヤヴァ目なバトルが展開されている事は間違いない。

 

 

 

 「のわっ のわっ のわわわわわっっっ」

 

 「むぅ。前以上に守りが堅いアル」

 

 「流石は」「横島殿」 「拙者と」「二人きりで」「修行していた」「成果でござるか?」

 

 「……その言葉、宣 戦 布 告 と 判 断 す る ア ル 」

 

 「ほう……」「面白い」「でござるな」「当方に」「迎撃の用意あり」「でござるよ?」 

 

 

 「 ど ー で も え え け ど 、 オ レ を 巻 き 込 ま ん で ぇ 〜〜〜 っ っ ! ! ! 」

 

 

 

 ついでにホントに修行に関係があるのかサッパリな会話も聞こえてた。

 

 傍から聞いていれば三角関係+痴話喧嘩にしか聞こえない。あんなやり取りをかまし合いながらバトルも続くのだから大したものだ。

 

 

 『それでもまだ兄貴の修行よりキツイいんだってんだからスゲェよなぁ……』

 

 

 何せ向こうは実践的なバトルである。

 

 『手を抜けば殺すからな』と、この金髪の悪鬼師匠に言い含められているし、間に入っている男はとてもじゃないが死ぬとは思えないから大丈夫だとは思うが……

 

 

 『いずれ兄貴もアレに混じれってか? 大丈夫なのかねェ、ホントに……』

 

 

 溜息混じりに自分の兄弟分に目を戻すオコジョ。

 

 

 その件の兄貴は……

 

 

 「くくく……まぁ、その前に授業料を払ってもらおうか」

 

 「え、ええ……?

  で、でも、昨日もあんなにたくさん……」

 

 「あんなもので……足りると思うか?」

 

 「あ……

  エ、エヴァンジェリンさん……」

 

 

 師匠の少女に押し倒されて——

 

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 

 「あ〜ええと……何と申しましょうか……」

 

 

 朝——

 週のド真ん中。はっきり言ってしまえば水曜日の朝のHR。

 

 何だか今週に入ってから、異様に疲れている姿を曝しているネギ=スプリングフィールド教諭はそんな歯切れの悪い口調からHRを開始した。

 

 彼の衰弱ぶりは誰の目にも明らかで、早朝鍛錬にも差しさわりが出てしまうほど。

 尤も、件の鍛錬の師は事情をおもいっきり知っているので、きちんとバランスをとった修行をさせているので無問題。

 

 それより何より、今皆が気になっているのはヨロリラとしている彼の具合ではなく、その横に立っている少女のこと。

 

 ボブよりはちょっと長く、ややシャギーがかったセミロングには届かない程度の長さの髪。

 その色も金のようで黄緑のようで……言うなれば麦畑のような色合い。

 

 背丈は夕映以上、古未満といったところ。プロポーションもそんなもの(つまりは夕映よかマシ)。

 

 

 全く持って見慣れぬ少女であり、それでいて容貌はやたら知っているクラスメートに何だか似ているが、しかして雰囲気はそのクラスメートには似ておらず、どちらかと言うと鳴滝姉(風香)に似ている気もする。

 

 それでもはっきりと初対面の少女。

 

 いや、朝のHRにこの麻帆良学園女子中等部の制服を着ているのだから、あえて口に出さずとも如何なる少女かは見当がつく。

 

 

 ——そう、転校生である。

 

 

 この時期に……と言うほどまでは珍しくもないが、やはり転校生と言う物珍しさからか皆の視線は興味津々だ。

 

 尤も、何者であるか、というベクトルは普通とちょっとだけ違うのであるが。

 

 

 それが、このコドモ教師をキョドらせているのだ。

 

 

 「先生、どーかしたの?」

 

 

 とっとと紹介してほしいのに、肝心の担任が中々本題に入ってくれない。

 仕方なく和美が挙手してそう問いかけた。

 

 

 「あ、いえ、その……」

 

 

 それでもまだどこか煮え切らない。

 

 そういった態度が好きではない明日菜であるが、彼女自身も結構驚いているのか呆気にとられていてネギにッコミが入れられないでいた。

 

 

 しかし時間は有限だ。

 このままキョドられてもしょうがないし、紹介もできずに終わってしまう。

 そんな不甲斐無い弟子を見ながら、それでも悪戯が成功した子供のような表情を完璧に覆い隠し、教室最後尾の席にいるエヴァは挙手をして問いかけた。

 

 

 「それでセンセイ。

  その娘の紹介は何時になったらしてくれるのかな?」

 

 「はぅ……っ」

 

 魔法の師に(うなが)され(脅され)、落ち着かないまま仕事を続けるネギ。

 少年のその腰の引け具合にキュンとするバカもいるがそれは兎も角。

 

 

 「え、えと、その……

  か、彼女は、き、今日から皆さんと一緒にこの学校に通うことになりました。

  ええ〜と……」

 

 

 そう言えば名前を詳しく聞いてないよ〜っ!? という衝撃の事実を思い出す。

 

 尤も、ショックの余りに話を聞き流してしまったという説もあるが。

 どちらにせよ、わたわたとしていてネズミのように落ち着きが無い。

 

 そんなアホゥな慌てっぷりに苦笑しつつ、その少女は一歩前に出てざっくばらんにこう言った。

 

 

 「てな訳で、今日からここで世話ンなる転校生っやつだ。

 

  名前は———絡繰(からくり) (れい)

  苗字で解ンだろーけど、絡繰 茶々丸の()さ。ヨロシクな」

 

 

 「え………?」

 

 

 疑問符を浮かべたのは誰だったか。

 

 その?マークが連続的に出現し、ポワポワと教室中に染み渡った瞬間、

 

 

 

 

 「「「「「「 え、 え え 〜 っ !! あ、姉 ぇ え ! ! ? ? 」」」」」」

 

 

 

 

 少女達は絶叫した。

 

 

 普通に見れば年下。

 

 いや、見た目ちっちゃい鳴滝姉妹という前例がなければ小学生にしか見えなかっただろう。

 

 百歩譲っても茶々丸の妹だ。

 

 

 だが、彼女は茶々丸の姉だと言う。

 

 

 件の茶々丸は——

 

 

 「ああ、姉さん……今日から一緒ですね」

 

 

 と、何時もの無表情をやや崩して嬉しそうだし。

 

 

 何だか納得し辛いのだが、茶々丸も嬉しそうであるし少女らは出席番号32番となった新しい級友を快く迎えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 「……チャチャゼロ……人形だと気を抜いておれば……侮れないでござる」

 

 「ぬぅ……ひょっとして拙いアルか?」

 

 

 

 極一部が微妙に棘のある眼差しを送りつつ——

 

 

 

 

 

 

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            ■十八時間目:EUREKA (前)

 

 

 

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 唐突にやって来た転校生、絡繰(からくり) (れい)

 

 あらゆる意味で謎だらけな上、何せ茶々丸の姉という設定まで付いている。

 こんな不思議存在に対し、朝倉和美が動かない訳が無い。

 

 何せパパラッチを自称するとんでも少女だ。

 ネギの魔法を見てスクープに奮え、トイレの個室で高笑いを上げたのは伊達ではない。

 一度パパラッチ魂(ジャーナリズム魂ではない)に火が付いた以上、知りたい聞きたい暴きたいという欲望を抑える術は無かった。

 

 実はテープを早回しでもしてんじゃね? 的な舌の回り具合で巻き起こる質問攻め。若干、皆が退いていたのだが気にしてはいけない。

 

 何時の世も突撃リポーターが嫌われるのがデフォなのであるし。

 

 しかし、当の零も然る者である。

 

 

 曰く——

 

 

 ずっと外に出られない生活が続いていたから、どこにいたとかもよく解らない。

 体格が違うのは今まで不健康にも寝床から動けなかったから。

 外に出て元気に走れるようになったのは極最近。

 片親だけの繋がりではあるが、茶々丸の姉である事は本当である。等々……

 

 何とゆーか……微妙にウソはついていない。

 

 だから嘘八百の白々しさも感じられないし、以前からポーカーフェイスで知られている茶々丸が何だか嬉しそうな雰囲気を醸し出している。

 

 それらがやたらと説得力を持たせてくださっているのだ。

 

 

 まぁ、普段が普段であるが、実のところ和美はKYという訳ではない。

 その勘の良さもあって、直に言えない何かがある事に気付いているのだが、ぶっちゃければ裏の事情臭もプンプンするので、流石にこの場で口にするようなヘマはしていない。そこまで彼女もボケていないのだ。

 

 だから本当に問い質したい事をぐっと堪え、当たり障りのないレベルに止めたのだから上等の部類だろう。

 

 それに——

 

 

 『ま、カモくんに聴きゃあ良い訳だし』

 

 

 という“裏技”があった。

 

 何せヤツはエロガモの称号をほしいままにしている謎生物。ちょっとばっかし色仕掛けを行うか、秘蔵の写真(女教師の着替え写真)とかをチラつかせれば即効だろう。

 

 どーせ『この写真の事を考えてもいいかな〜』とかいって引っ掛け、『ちゃんと考えたよ? あげるとは言ってないし』てな感じにチャラにするつもりだろーけど。何せ被写体によっては命に関わるのだかから。

 

 

 それは兎も角、ナゾの転校生——絡繰 零——

 和美もこの怪し過ぎる彼女を自分のクラスに入れる事を……反対するつもりはないようだった。

 

 パパラッチ娘にしてもそうであるし、元よりこのクラスは異質を異質として捉えない妙な度量を持っている。

 でなければ十歳のコドモ教師なんぞを受け入れるわけがないし、年下に教えられるという屈辱じみた事に耐えられる訳がない。

 

 零はそんなクラスの中にいて、異様に口が悪い事を除けば愛想が悪いわけではないし悪ノリの調子とベクトルの方向も何だかこのクラスの空気に合っている。

 

 それがまた少女らの中に溶け込ませるのを早めてくれていた。

 

 

 尤も、一般生徒の方は零の“以前”を知らないのでスムーズだったのであるが、裏も以前も知っている関係者の方はちょっと微妙だ。

 

 ちょっち怯えが見えているネギや、眉を顰めている明日菜。

 刹那も何だか微妙な顔をしているし、傍観者になっている夕映やのどか

 古や楓は——表情が異様に硬いし、黒いオーラしょってて皆が眼を逸らしててよく解らない。

 

 

 「あはは〜 チャチャ……やない。零ちゃん、よろしゅうなぁ」

 

 「おう。こちらこそ」

 

 

 変わらないのは木乃香ぐらいだ。

 

 

 後は……

 

 

 『ロボの姉が普通の人間だぁ!? ンな訳あるか!!

  大体、あのロボと同じで髪の色もありえねーし、あの耳についてるバイザーも訳わかんねーっ!!』 

 

 

 一般生徒で唯一、このクラスのノリについて行けない長谷川 千雨が心の中で絶叫しちゃうくらいなもので——

 

 

 

 

 

 

 

 そんなネギ達の困惑を眺めながらニヤついているエヴァ。

 

 悪戯成功と言ったところか。今日まで内緒にしていた甲斐があったというものだ。

 

 無論、勝手にクラスに入れられる訳も無く、裏でジジイ(ガクエンチョ)の暗躍もあったわけであるが、その当の近衛近右衛門も最初に話を聞いたときは呆気にとられたものである。

 

 

 『おいジジイ。事故でチャチャゼロがこんなになった。

  せっかく人間大の下僕になったのだ。

  遊ばせておいたらもったいないし、こんななりでは問題もあるだろうからクラスに入れろ』

 

 

 いや、いきなり横島と共に人間大になったチャチャゼロを引き連れて来てそうのたまわられれば、如何に近右衛門であろうと目が点になろう。

 

 当然ながら説明を求めた彼に対し、エヴァは何故か微妙にふんぞり返り、

 

 

 『この間の一件でチャチャゼロがのっとられて操られた事は知っているだろう?

  二度とそんな無様な事にならんよう、封じ印を彫り込んだら今度は魔力が伝わり難くなって意識が飛びかけた。

  で、焦って横島におもいっきり霊力を注ぎ込ませたら、事もあろうに九十九神化してしまったのだ』

 

 

 と、嘘でも事実でもない話をぶちまけた。

 

 実際、近右衛門も高畑から霧魔の一件は報告を受けているし、今までずっとエヴァの家に置いてあったチャチャゼロを横島のお目付け役としたならそれなりの手を打とうとは思ってはいた。

 

 だから話だけ聞けば、その手段とやらを先に思いついたエヴァが彼女なりの考えで実行し、失敗したに過ぎない。

 

 しかし、結果的にエヴァの戦力が増した事になるので頭の固い教師らはかなり渋い顔をしたのであるが、

 

 

 『確かに日中自由に歩き回れるよーになったけど、基本は前と変わんねぇぞ?

  今だってキティちゃんの魔力がねぇと、そこらの女の子程度の力しか出ねーし』

 

 『つーか、幾ら自由に歩き回れるよーになったって、ヨコシマから霊力もらわねーと動けなくなんだけど』

 

 

 という事実が横島とチャチャ……いや、零の口から語られると、そんなに口酸っぱい事を言わなくなった。

 

 何でも今の零は、エヴァの魔力と横島の霊力によって活動できているだけなので、彼女が茶々丸のネジを巻くように、零は横島からある手段で霊力を分けてもらわねば、今まで同様転がっているだけの人形となってしまうと言う。

 

 それに、ここまでメンタル面までヒトに近くなってしまうと、根は善人の魔法教師らは対外的は兎も角として心情的には零に対して余りきつい事は言えなくなってしまったのだ。

 

 

 無論、土下座スキルMAXである横島の活躍も見逃せない。

 数多の魔族や神族にすら効く横島土下座。流石兄者ってなレベルである。思わずAA貼りたくなる程に。

 そしてそんなにエヴァとチャチャゼロを然程危険視していない学園長と高畑の口利きも相俟って、めでたくチャチャゼロは麻帆良学園中等部3−Aの転校生、絡繰 零としてデビューを果たしたのであった。

 

 

 

 ——無論、ズンドコの苦労がネギ少年に丸投げされたよ—な気がしたとしても、スルーせねばなるまい。

 

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 「あ〜……やっぱり、あの娘ってエヴァちゃんトコの……」

 

 「えぇ、チャチャゼロさんです。ちょっと信じられませんが……」

 

 

 昼休み——

 

 本当なら本人に突撃インタビューをかけたい所であったが、件の零は不在。

 何時の間にか教室から出て行っていたらしい。

 

 和美の席は左最前列、零の座席はエヴァの隣……つまりは右最後尾なのだ。気をつけていない限り見逃す事もある。

 

 考えてみればエヴァも茶々丸も何時も昼食時は教室から出ている。予想してしかるべきだった。和美一生の不覚である。

 

 仕方なく菓子を摘まみつつ、修学旅行後からやっと仲良く並び始めた木乃香と刹那から聞き込みを開始しているのだ。

 

 

 「ん〜〜? でもさ、そんな事が出来るんだったら何で今まで人間の姿を……

  って、まさか……」

 

 「そうみたいやで? ウチもよう知らへんけど、横島さんが何かしたみたいなんや」

 

 

 刹那と隣り合って座っていられるのがよほど嬉しいのだろう、食後のおやつに持って来ているポッキーを齧り、笑顔でそう答える木乃香。

 そりゃあもう、二人っきりならポッキーゲームでもしそーなくらい。

 

 そんな表情しまくるから百合だと思われるんだ。そう呟きつつも、謎の用務員の事に考えを巡らせて行く。

 

 

 横島忠夫。年齢(書類上)17歳。

 

 この春から麻帆良に勤めだした中等部校舎担当の用務員。

 

 自分の同級生である長瀬楓との仲が噂されており、彼女に対しての突撃取材が成功した例がない為、確証は取れてはいないが満更ではない事は周知の事実。

 

 楓を良く知る数名から、

 

 

 『楓姉、出かけるときはやたら時計を気にして時間きっちりにでかけるですー』

 『そん時もさ、なんか下着をしっかりチェックしてるしね〜

  にひひ……知ってる? 何時の間にかエッチぃレースのなんか買ってるんだよー?』

 

 『あのバカは自覚がないだけだ。

  多分、横島さんに押し倒されても口先でしか嫌がらんと思うぞ。

  全く……横島さんもとっととヤルことヤればいいのに……ブツブツ』 

 

 

 という話も取れている。

 

 ……何かチャチャゼロの謎から別のゴシップになりかかっているよーな気がしないでもないが、気にしてはいけない。

 

 

 「あ〜でも、そーなると横島さんに直接話聞きたいなぁ……

  ねぇねぇ、アスナ」

 

 「……ん、ん? 何?」

 

 

 刹那に気を使ってか、木乃香からちょっと離れてポテトを摘まんでいるツインテールに声をかける。

 摘まんでいる…とは言っても、一口齧っただけでただボ〜っと外を見つめていた明日菜。

 その所為で和美の声に直に返答できなかった。

 

 そういった事にやたら勘が良い和美は明日菜が眺めていた方向に目を向ける。

 

 と、向こうの廊下をフラフラと歩いている子供の姿。

 昼休みだと言うのに、職務か私用かは知らないが食事もしないでどこかへ歩いている。

 可愛い事で全校で知られているので否が応でも目を引き、ほかのクラスの女生徒に心配されたりしてて中々に微笑ましい。

 

 

 「ふぅん……ネギ君、ねぇ……」

 

 「な、何よ」

 

 「ん〜ふふふ……べっつにぃい〜」

 

 

 修学旅行から……いや、弟子入り試験の夜から、何だか明日菜は前以上にネギの事を気にしているようなのだ。

 

 無論、明日菜の性格上、核心を突けば大否定した挙句に意固地になるのは目に見えている。

 

 “今はまだ”熟し切っていない。

 この件についてはもうちょっと間を置き、ゆっくりと煽るとしよう。

 

 心の中で口元をニヤリと歪めつつ、何気ない表情を顔に被って今さっき聞こうとした事に話を戻す。

 

 

 「あのさ、横島さんについて何か知ってる事無い?」

 

 

 

 

 

 

 ——そんな事、こっちが聞きたいくらいよ!

 

 

 いや、別に怒る事はないのだけど……何となくイラついてそう答えそうになった。

 

 でも……と、考えてみる。

 

 

 横島忠夫。

 

 この名前を聞き始めたのは極最近。

 

 確かに修学旅行では散々お世話になっている。

 

 楓ちゃんとくーふぇによれば、修学旅行の間、ずっと見守ってくれてたそうだけど……何だろう? 何故か私は今一つ信じ切れない。

 

 

 ううん。横島さんが悪い人じゃないって事は何となく解る。

 あの人はとんでもないお人好しだ。

 

 それは楓ちゃんも……それどころかエヴァちゃん達までそれを認めている。

 確認するまでもない、と解ってはいるんだけど……

 

 

 『ホント、何でだろう?』

 

 

 皆が認めているのに、

 チャチャゼロ、エヴァちゃん、楓ちゃん、くーふぇ、そして……

 

 

 『横島さん? うん、ええ人やでー

  ウチがせっちゃんの事、諦めかかっとった時、本気で怒ってくれたんや』

 

 

 木乃香も。

 

 この娘もお人よしだし、浮世離れと言うかどこか世間とズレしてたりするけど、人を見る目はある方だ(と思う)。

 それに、木乃香のお父さんである詠春さんが太鼓判を押している。それも刹那さんが驚くほど高く買っている。

 

 

 そう——実のところ私も信用できる人だと解ってる。うん、解ってはいるんだけど……

 

 何だろう? 良い人悪い人とかの話じゃなくて、

 

 う〜ん……嘘で塗り固められてる気がするのがスッキリしないっていうか……

 

 

 朝倉が変な顔をして見つめてたけど、私は言葉に出来ないモヤモヤにまともに返答できないでいた。

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 「けけけ 今日も良い天気だぜ」

 

 

 ノリノリ……というか、アイス二段重ね(ラムレーズン&ラズベリィ)片手にご機嫌で道を歩くチャチャゼ——いや、“零”。

 もう片方の腕は、隣を歩く男の腕に絡めているのだから当然かもしれない。

 コンパスの差があるからか、ややゆっくり目に歩いているのは男の優しさだろう。

 

 

 「ぬぁ〜にが良い天気だ。おもっきり雨じゃねーか」

 

 

 そうぼやきつつも、零の方に傘を傾けているのが微笑ましい。

 

 そんな二人の足元を かのこが跳ねるように着いて来ていた。

 

 無論、濡れないように中型犬用のレインコートを纏っているのだが、それがまた傍から見れば、いや、訳を知らぬ者が見ればペットの散歩に出ているラヴラヴカッポーにしか見えなくしてたりする。

 

 実際 かのこは元より零はそーゆー顔で嬉しそうであるし。

 

 

 「ま、そー言うなや。こんな美少女と腕組んで歩けてんだから役得だろ?」

 

 「美少女っちゅーのは同意するが……

  チクショー……せめてあの外見のままやったら」

 

 

 等とよく解らない理由で歯軋りをする男——今更、言うまでもないだろう。横島である。

 

 零が生徒としてエヴァのクラスメイトとなって数日。

 何だかよく解らないが、ものごっつ楽しげに授業を受ける日々を送ってた。

 

 とは言え、体育はおもっきり手を抜かねば死者の山が出来上がるので、当然ながらそーゆーバランスはとっている。

 

 

 「けけけ 流石にクラスメートを殺るのは心苦しいからな」

 

 

 だそーだが、同級生以外はどーでも良いのかと言う疑問には笑うだけ。なんとも恐ろしい話である。

 

 ——話が逸れた。

 

 つまり、零は周囲が思っていた以上にクラスに溶け込んでいるということだ。

 少しだけ周囲と違うのは、放課後ともなると毎日のように横島とデートしている事だろうか。

 

 

 「デートとちゃうわっ!!」

 

 

 いや、彼がどう否定しようと周囲はそうとしか見ていまい。

 

 和美なんぞ楓とフタマタ!? ううん、くーちゃんも入れてサンマタ!? 何という淫獣!! 爆発しろっ!! 等と横島に取材したがっている。

 

 無論、相手は横島だ。

 彼女程度に追いつかれるほど落ちぶれてはいない。

 

 今日もきちんと(?)かのこと共にダッシュして逃げ切っている。

 彼の隠行もシャレにならないし、この小鹿がいる限り茂みに入れば絶対に追いつけないのだから。

 よって待っていた零とかなり安全に落ち合い、二人で共にエヴァの家に向かっているのだ。

 

 彼がどう否定しようと、デートしながら——

 

 

 「まぁ、いいじゃねーか。外に出られて自分の足で歩きまわれるだけで相当嬉しいんだぜ?

  ちったぁ付き合ってくれても罰は当たらねぇと思うんだが。どーよ」

 

 「……わーっとるわい。だからこうやって隣歩いてやっとんだろーが」

 

 「けけけ 感謝するぜ。礼と言っちゃあ何だが好きな時に俺を抱いてもいいぞ」

 

 「感謝しとんやったら、そーゆー事言わんといて——っ!!!」

 

 

 零自身、何がどう嬉しいのやら解っていない。

 

 単に自由に歩き回ると言うのなら、主人であるエヴァの力が戻る満月の日にはやっていたし、元々が彼女の護衛兼殺戮人形なのだからガキの集団の中で生活をするなんて御免蒙る話の筈だ。

 

 だが、こうやって学校生活を送り、クラスメイトとじゃれ合い、偶に小鹿と戯れ、こうやって男の腕を取って歩くのが楽しくてたまらない。

 

 

 十数年も不自由を強いられ、月に一回くらい動ければ良い方だった。

 

 偶に戦えても手加減させられ、侵入者捕獲程度しか力が出せないでいた。

 こういう姿となり(、、、、、、、、)何とか動けるようにはなれたものの、相変わらず学校に縛られ、侵入者が相手でも手加減せねばならないという手枷足枷がついたまま。

 

 ——だというのに、何でこんなに楽しいのだろう?

 

 その意味はまだ解りはしない。

 彼女自身が知ろうともしていないのだから。

 

 だが今は……

 

 

 「おい、ヨコシマ」

 

 「……何だよ」

 

 「俺、何だか楽しくて堪らねーや」

 

 

 こてん、と横島の腕に頭を任せ、満面の笑顔で歩くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『うっひゃあ〜……ラヴラヴやん』

 

 『……』

 

 

 遠目に見ても零が“そう”だと見て取れる。

 物陰から様子を伺う彼女……木乃香と刹那から見てもだ。

 

 

 「ふふ〜ん。

  これはこれは……やっぱ表裏含めて特ダネのスメルがプンプンするよ〜♪」

 

 

 和美はほくそ笑みながらカメラのシャッターをパチリ。

 

 念の為に防水された奴であるし、デジカメのシャッター音はしないように改造されているので安心だ。違法とも言うけど。

 

 一見、単なる雨宿りと見せかけてその実はスクープ狙いのパパラッチ。基本といえば基本である。甚だ迷惑な話であるが。

 

 

 「しかし、これ以上あの二人の後をつけるのは至難というかほぼ不可能でしょう?

  零さんにしても横島さんにしても、その勘は尋常ではないですよ?

  それに かのこがいるのでどうやっても察知されますよ」

 

 「そーなん?」

 

 

 木乃香が気付く由もないだろうが、刹那には解っている。

 

 何せ二人とも実戦能力を持っているのだから、下手な動きをするだけで反応されてしまう。

 刹那は先程それをちゃんと確認しているから間違いない。

 

 和美とてパパラッチを自称しているほどだから、気配の消し方も心得ている。

 何せ“あの”真名ですら気付き難いというのだから大したものだ。

 

 それでもあの二人には気付かれるし、天然自然を味方につけた小鹿に至っては誤魔化す方法がない。

 

 何と難易度の高いターゲットであろうか。

 

 

 「あ、来た来た。来たで〜」

 

 

 そんな木乃香のどこか楽しげな声に視線を彼に向け戻すと、これだけ距離を置いているというのに、彼の『ひぎぃっ!?』とかいう声無き悲鳴が感じられた。

 

 彼は全力否定するだろうが、それは正に彼の父親の浮気がグレートなママンにハッケソされた時のそれに似ている。

 

 

 そう——如何にゴル○が如く背後に気をつけていたとしても、彼と同様、待ち伏せにはあまり意味を成さないのだ。

 

 

 「おぉうっ!? 見事な修羅場」

 

 「く、くく黒い……何という怒気」

 

 

 雨の中、にじみ出るが如く木の陰から現れ出でる影二つ。

 

 デートコース(笑)に待ち伏せていたのは二匹の獣。

 

 言わずもがな、楓と古の二人である。

 

 

 横島が体感している恐怖は如何なるものか?

 

 雨の中、傘もささずに笑顔のままずぶ濡れでになって佇んでいたのだからその恐怖に拍車が掛かる。

 

 

 「横島さん、あないに震えて……って、うっわぁ〜 雨の中やいうのに見事な土下座や」

 

 「でも、直前にぱっと傘を零ちゃんに手渡してるのはポイント高いねぇ。

  何気にかのこちゃんにも距離置かせてるし。

  彼女の表情が見えないのが実に惜しい」

 

 「そのさりげない所作が余計に二人を……

  あ、ああ、二人ともナニを笑って……い、いや、ワラって……?

  うぅ……人はあそこまで恐怖を醸し出せるのか」

 

 

 見た目だけニコヤカに横島に歩み——何か足を動かした風に見えないのが更に恐怖を煽る——寄り、がしっ襟首を掴むとスタスタ歩き出した。

 

 当然、横島の身体を引きずって……だ。

 

 

 言うまでもなく周囲はドン退きである。

 

 どれだけ心身を鍛えようと、原初から湧き上がって来る恐怖に耐えられるはずがないのだから。

 

 

 

 ずりざり、ざざざざ、ずぞぞぞぞぞぞぞぞぞ………

 

 ひ ぃ ぎ ぃ い い い 〜〜 ……

 か、 堪 忍 や ぁ あ あ あ あ ぁ あ あ ぁ ぁ 〜〜〜………

 

 

 

 昨今のホラー映画では表現できぬほどの恐怖を振りまきつつ、少女らはその場を去って行く。

 ウッカリとガン見してしまったモブの方々は今夜は悪夢の一つも見てしまうだろう。年甲斐もないオネショも覚悟だ。

 

 

 

 

 「ひゃあ〜 スゴかったなぁ……キラース○ーマン並や」

 

 「お嬢様、それは伏字の意味が……

  いえ、それ以前にアレはものごっついD級映画の上、欠片ほどの怖さも……」

 

 「アレを真面目に作っとる時点で恐怖や思うえ?」

 

 「……」

 

 

 同種にトマトや人参等の殺人野菜や、避妊具型殺人生命体等もあるがそれは兎も角、あんなごっつい怖いモンを見送っているこの三人。

 意外な組み合わせであるが、二人の後を付けていたのにはそこそこの意味があったりする。

 

 和美は単純に興味津々といったものがあるが、木乃香の理由は明日菜にあった。

 

 彼女が心配していたように、ネギは特訓が始まってからずっと異様に疲労し続けており、授業中もふらふらだ。立ったまま寝てる事もあるほどに。

 

 一緒に鍛え始めているらしい楓や古は然程でもないのに、ネギだけが負担が増えているのは如何なる理由があるというのか?

 

 

 何だかんだいってネギの事を異様に気にかけている明日菜はその事をず〜〜〜っと気にし続けていた。

 

 こうなると親友である木乃香も動かざるを得まい。

 明日菜は意地っ張りな上、すげく不器用だから直で聞く事は出来ないし、何でもないと言われれば余程の状態にならないと口出しを踏み止まってしまうのだ。

 

 しかしその“余程の事”になってからでは遅いのである。

 

 

 となると誰かに聞くしかない。

 

 一応は楓と古に聞いてはいるが、格闘初心者であるネギは別のトコで拷も……修行させられているらしくよく解らないとの事。

 

 かと言って、エヴァとかに聞いたところで『撫でてやってる』とか言ってはぐらかしそーだ。

 

 

 そうなると消去法から言って聞ける人物が狭まってしまう。

 

 

 曰く、

 ——女の子に甘く、尚且つ子供にも甘い横島さんに聞けば一発や。

 

 

 てな訳で、横島を探していた木乃香……と、付き添っている刹那だったが、途中で別の意味で彼を探していた和美と合流し、今に至っているのだが……

 

 

 「なんつーか……四角関係のド修羅場に居合わせただけというか……

  これはこれで面白い記事になんだけどさ」

 

 「ほんでも何の解決にもなってへんえ? 後追わな」

 

 「あ、しかしお嬢様。このまま追ったとしても楓が相手です。

  生半可な尾行では直に気付かれてしまいますよ?

  それに今の彼女には近寄りたくないとゆーか……」

 

 

 (本人は意味もなく否定し続けているが)楓はかなり腕の立つ忍びである。

 その上、最近は横島のお陰……とゆーか“彼の所為”で更に気配に敏感になっているのだ。

 刹那らの周囲で尾行能力に特化した者は、楓の他には真名しか思いつかない。

 

 かと言って、真名に頼む訳にはいかない。

 何しろ仕事料はけっこう高い。それに……

 

 

 『何? 楓が転校生に嫉妬して横島さんを引き摺って行った?

  ……放っておいてくれ。すばらしいチャンスじゃないか。

  上手くいけば既成事実が起きてくれる……というか起こしてもらいたい。是非にも。

  いや、いっそCGで偽証拠写真をでっちあげるのも手か? 超に頼めばいくらでも……』

 

 

 ——どう考えても手助けは無理っポイ。

 

 それに、横島と楓の間の邪魔をするなと釘も刺されているのだ。

 

 

 『もし……もしも、だ。

  あいつらが盛り上がったりして18禁な関係になったとしてもバレなきゃ犯罪じゃない。

  バレなきゃいいんだ。私とお前の銃刀法みたいにな。

 

  ただ、アイツらのコトの邪魔をしたりしたら……私は何をするか解らんぞ?

 

  例えば横島さんに盛ろうと思ってた媚薬をキサマに飲まし、木乃香と個室に閉じ込めるとかな……』

 

 

 ……恐ろしい話である。

 何しろそう語った時の真名の目はグルグル回ってて正に石○賢。下手なコトを言えば犯られる。マジに犯る気の目だ。

 

 それを思い出し、今更ながらぶるると身震いをしてしまう刹那。

 

 木乃香の力になってやりたいし、自分もネギが心配だ。

 かと言って今の楓らに近寄るのは勘弁してほしいし、ヘタぶっこいてナニかの邪魔したりしたら自分もおじょー様も貞操の危機。

 

 嫌なタイミングでイヤな事に関わってしまったものである。

 

 

 『さて、どうしたものか……』

 

 

 流石の刹那も困り果てていた。

 丁度そんな時——

 

 

 「あれ? あそこに固まってる怪しげな集団は……」

 

 「へ? あれ〜?

  明日菜に……ゆえと のどかやん。どしたんやろ」

 

 

 その声に導かれるようにふと目を向けてみると、確かに怪しげな三人組。

 雨宿りしつつペッタリと壁にくっついて物陰から斜め前を見ている明日菜らの姿が……

 

 

 「何ですかアレは?」

 

 「さ〜……?」

 

 

 その彼女らの目が追っている方向。視線を追ってみると……

 

 

 「アレは……エヴァンジェリンさんとネギ先生? 

  二人を追っているのでしょうか?」

 

 「みたいやなぁ……」

 

 

 木乃香と二人して首を傾げる刹那。

 

 いや、確かに気にしてはいたようであるが、何であんなヘボ探偵宜しく不審者全開のヘタクソな尾行を皆して必死にやっているのか理解し難い。

 

 のどかは解る。常にネギを心配しているのだから。

 

 夕映にしても彼女を心配して付いて来ているのだろう。だからその行動は解る。

 

 だが、その行動は明日菜が率先して追っているとしか見えない。

 

 口では気にしていないといいつつ、やはり心配の度を超えてしまったのだろうか?

 

 

 「あ〜……ひょっとして……」

 

 「? 何か心当たりでも?」

 

 

 和美は何か思い出したのだろう。気不味そうに頭をカリカリ掻いている。

 

 

 「いやぁ……お昼ごろさ、アスナ達があんまり心配してたから冗談で言ったんだよ」

 

 「冗談ですか? で、何と?」

 

 「えっと、ね……

  僅かニ,三時間でヤツれて帰ってくるんだから、エヴァちゃんと房中術でも試してんじゃないかと」

 

 「 ア ホ で す か、ア ナ タ は 」

 

 

 ネギは十歳。

 まぁ、外国の子だし、

 年齢一桁代で女の子を妊娠させて、大きくなってからその時に生れた娘と一緒に宝探し(荒らし)をしている大学生の話もあるのだから、可能性は全くゼロというわけではないだろう。

 

 無理に考えれば、の話であるが。

 

 

 「せやけど、ようアスナが房中術やいう難しい言葉解ったなぁ。

  理解でけるや思わんかったわ」

 

 

 何気にヒドイ事を言う木乃香。本当に親友なのだろうか。

 とゆーか何故知ってる? 近衛 木乃香。

 それは兎も角、明日菜はちょっとエッチ程度の知識しかない普通の女の子なので、当然ながら全く解っていなかった。

 

 

 「いや、とーぜん私が説明したよ? そりゃあもう、微に入り細に入り……」

 

 

 ニヒヒと笑う和美。

 その顔はどこかエロオヤジを髣髴とさせた。流石はエロガモとコンビを組んだだけはある。

 

 

 「ああ、やっぱそーなんか。

  良かったわぁ それでこそウチの知っとるアスナや」

 

 「純情という意味か、オバカという意味で言ってるのか気になるトコだけどね……」

 

 

 等と無駄なセリフを応酬している間にも三人娘はエヴァをガサゴソと追ってゆく。目立つ事この上もないが。

 そしてそのエヴァは、ネギに傘を持たせたまま悠然と歩き去ってゆく。

 その方向は間違うまでもなく桜通りを通ってその向こう。人気の少ない小道の奥。彼女の家の方向だ。

 そして横島が引き摺って行かれた方向もそっちである。

 

 

 『これは……やはり集まって修行する為か? 十中八九そうだろう。

  しかし、ネギ先生だけが疲労が大きいのは何故だろう? 

  体力が子供だからか? いや確か魔法を使って体力の底上げもできるはず。

  となると……う〜ん』

 

 

 如何に陰陽術が使える刹那であっても、西洋魔法は専門外。

 以前の、明日菜を魔力で肉体強化できた事も初めて見たのだから。

 

 魔法使いは従者に魔力を送っているので、そうなると従者がいる事となるが、明日菜も自分も、木乃香ものどかも未だネギ達の修行に付いて行っていない。

 となれば、そんなに負担はかからないはず。

 

 では何故——

 

 

 ……いや?

 

 

 『まてよ……』

 

 

 二人の背を見ている内に刹那の思考はコロリと転げた。

 

 

 『“そんな事”より、ネギ先生と横島さんが同じ方向に向かっているのなら……』

 

 

 イキナリ『そんな事』扱い。

 この桜咲 刹那、黒い氣に中てられたのだろうか、何かが違う。

 

 何せ“それ”に気付いた瞬間、キュピ——ンッ!! とNT宜しく刹那の脳裏を閃光が駆けたのだから。

 

 

 「お嬢様、アスナさんと合流しましょう」

 

 「ふぇ? どないしたん?」

 

 「結局、私達はネギ先生の疲労の原因が知られれば良い訳です。

  でしたら回りくどい事はせず、彼女らと共に修行の様子を伺えれば良い訳ですし……」

 

 「あ、せやなぁ……一々掻い摘んでアスナに説明する手間も省けるし……

  うん。せっちゃんの言う通りにするえ」

 

 「はいっ」

 

 

 言うが早いか、刹那はささっと距離を詰めて明日菜に話しかける。

 彼女が驚いて声を上げるより前にその口を塞いで説明。

 

 陰でコソコソ動いていた事をちょっと怒られはしたが、自分を想ってくれての事であるし、何より彼女が人の事を言えない。

 

 よって直に和解。

 和美からすればちょっと残念であったが、これはこれで記事になるしと合意し、結局仲良く六人でゾロゾロとネギの後をつける事となったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無論、

 

 

 『これで良し……

  例え楓のゴニョゴニョの邪魔になったとしてもそれはアスナさんらのミスであるし、私達は無関係。

  アスナさんを先行させれば私達はネギ先生の後をつけただけという結果で終われる。

 

  お嬢様の疑念も晴らせるし、危険も回避できる。

  正に一石二鳥。本当に助かりました……アスナさん』

 

 

 等と、まるで横島の元雇い主に汚染されたかのような策をとっていた事など、誰一人として気付けるはずもなかった——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——同時刻。

 

 

 

 

 

 『いたカ?』

 

 『まだ見当たりマセン』

 

 『ドコ行ったんでしょうかネェ……』

 

 『はぅぅ……見つからないレス〜

  ごめんさない、お姉サマ……』

 

 『気にしないデ……』

 

 『ああ、オメーは“初仕事”ダカラナ。しくってもしょーがネェサ』

 

 『はぅぅ〜〜……』

 

 『落ち込むより前に探しマスヨ?』

 

 『はいレス……』

 

 『でも、確かに面倒ネ』

 

 『犬っコロの分際でヨ』

 

 『仕方ないデス。早く追いマショウ』

 

 『は、はいレス〜……』

 

 

 




 前にも書きましたが、このサブタイトル『ユリイカ』です。エウレカと読まないでください。これでも一応、かなり良い邦画ですw 物凄い長い映画ですが。
 傷だらけの登場人物たちが再生へと向かってゆく深い人間ドラマです。

 今作にてやっと出せました、絡繰 零。
 彼女の生れた事故の話。勿論、エヴァはその内容をぼかしてます。言えないくらいヤバイので。無論、例の彫像を使ってますし。
 理由は後でw

 感想でもご質問を受けましたが、サブタイトルは例外を除いてほぼ全て映画のタイトル。ひらがな&カタカナと漢字に変換してるのはコメディ要素強め。
 英文字はシリアス要素強めです。念の為。

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