-Ruin-   作:Croissant

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十七時間目:漢のキモチ♂
前編


 

 

 訳の解らないネギ=スプリングフィールドの試験から明けて月曜日——

 

 

 ネギに対し、何時でも稽古をつけてやると明言したエヴァであったが、流石に昨日の今日の学校で言われるとは思わなかった。

 無論、まるっきり予想していなかった訳ではないが、流石に早過ぎる。

 

 まぁ、約束したのだから直に行ってやるのが筋と言うものであるが、やっぱり早過ぎる気がしないでもない。

 まるで待ち構えていた(、、、、、、、)よーな感じもするし……

 

 

 ともあれ、

 ネギという新たなイケニ……もとい、魔法使いとしての弟子を得た事もあり、横島を鍛える為に使っていた別荘を再メンテさせる事にした。

 機械的な仕事ではないので茶々丸ではなく、その“姉”達にメンテナンスを任せたのではあるが、そんな事をさせているので今日は入れない。

 

 とは言っても、何だかウズウズしているエヴァは一日たりとも無駄にしたくないようで、今後のカリキュラムを組む為には絶対に必要なのだと、何時も横島らが使っているという廃墟にネギを呼び出したのだった。

 

 集まったのはネギを筆頭に彼のクラスの生徒兼、仮契約をした少女達——明日菜にのどかと刹那の三人に加え、ウッカリ事件に関わらされてしまった夕映である。

 そしてそのネギらと共に横島らもまたそこに呼び集められていた。

 

 面倒くさがりではあるが、みょーに律儀なエヴァが ついでに顔合わせも一緒にやろうとしている事がありありと解る。

 

 そしてそんな彼女によって呼び集められた廃墟であるが、荒廃しているわりに妙な“場”の歪みがなく、わりと霊的に澄んでいた為にここで霊力の修行をしていた横島らは見慣れた……と言うか、感じ慣れた場であるが、それなりにこの地に住んでいても来た事がない明日菜や刹那等はへぇ……と妙な関心を持っていたりする。

 

 と言うのも、霊的な修行を行うに当たって、変な浮遊霊等が興味深げによって来ないよう、何時も横島は修行を始める前に場を清めてあるのだ。

 よって、歴史ある神社ほどではないにせよ、それなり以上にこの場所は清められていたりする。

 

 

 尤も——

 

 

 「……どうでも良いが……なんでここは聖域のように清められてるんだ?」

 

 「は?

  いや、楓ちゃん達とよくココ使ってるから、何時も御祓いしてただけなんだけど……」

 

 「……質問だが、その御祓いとやらはナニをしていた?」

 

 「えと……この学園が結界内だから、そんなに丁寧にする必要はないと思ったから……」

 「思ったから?」

 

 「普通に軽く反閇(へんばい)で……」

 

 「私らから言えば必要十分以上に丁寧だ!

  キサマを基準にするなと何時も言ってるだろう?! このバカモノが!!」

 

 「ひ、ひぃっ!? スンマセ——ンっ!!」

 

 

 その清浄さは横島が基準であった。

 

 当然というか、彼の事を良く知っている所為というか、やり過ぎだとエヴァにゲシゲシ蹴られてしまう横島。

 イキナリ蹴られ出した彼を見て理不尽だと思ったのか慌てて止めようとする少女らもいるが、それでも彼の元上司の折檻に比べたらじゃれ合い程度なのだから涙を誘う。

 

 

 「なぁなぁ、せっちゃん。ヘンバイってなんなん?」

 

 「え? あ、ああ、反閇ですか? ええと、反閇というのは……」

 

 反閇(へんばい)は道教の兎歩(うほ)を起源に持つと言われている歩行法で、主に陰陽道で用いられる呪術的歩行の事である。

 

 足を三回運んで一歩とし、合計九回の足捌きでもって“九星”を踏んで行くとされており、その独特な力強い足捌きで足踏みをして、それで悪星を踏み破って吉意を呼び込むという、見ている側からすれば“じれったい歩き方”のお清め儀式歩行だ。

 

 実のところ、兎歩は鬼(式を含む)を召喚する時等に行われる儀式歩行であるが、反閇は場の清めに使われる方が多い。

 

 それそのものは物凄く基本的で大切な歩行法であるのだが、横島の元の世界の方では“地味”という理由で余り行われていなかったりする。

 無論、キチンとした手順を踏み、ちゃんと呪を唱えるとかなりの効果が期待できるのだが、よっぽどお金に(、、、、、、、)困ってたりしない限り(、、、、、、、、、、)お札を貼れば結界ができてしまうので余り重宝されていないのだ。

 

 

 言うまでもなく横島は金が無い方。

 

 何せ下手に呪札を使えば給料から天引きされてしまうというゼニゲバの元にいた彼である。

 これ以上給料を減らされれば餓死しかねない横島は、仕方なくちょっと時間は掛かるが反閇を多用していたのだ。

 その所為で体が覚えてしまっているのである。

 だから足を引き摺るように歩くそれ(、、)も こちらの世界の普通の術者よりずっと洗練されているし、尚且つ彼はそれを行っているのは道教の神を見知っている。

 韋駄天にとり憑かれて神気を身体に流した事もあり、某魔法使い料理人によって在ってはならない穢れゼロの場も見知らされているし、魔神の放つ魔気や、竜神の放つ竜気までその身で体感しているという『フザケンナ、ゴラァッ!!!』な人生を歩んできた横島忠夫なのである。

 この世界(、、、、)で唯一、神々が実在している(、、、、、、)事を見知っており、その霊波まで体感している人間が悪星をキッチリと踏み潰して行くのだからそれはシャレにならないだろう。

 

 そんな彼が言うところの“それなり”というレベルの清めであるのだから、神々を身近に感じた事のないネギ達にとってはその清らかさ具合は神殿のそれに等しかった。

 だからエヴァは、高が反閇程度(、、、、)で彼の認識での“それなり”というレベルまで場を清めている事を呆れ返っているのである。

 

 おまけに、これだけ清められているというのに真祖の吸血鬼であるエヴァに何の障害もないのだ。

 

 腐っても元の世界でも上から数えられる霊能力者という事だろうか?

 尤も、彼が本気で清浄結界何ぞ作ったらエラい事になるのは言うまでもないが。

 

 そんな彼に対し、オズオズとしながらも質問を投げかけてしまうのは好奇心からかもしれないが、仕方のない事であろう。

 

 

 「あ、あの……あなたがこの結界を作ったんですか?」

 

 「いや、その、結界ってほどじゃ……単に場を清めただけで……」

 

 「そう、ですか……」

 

 「あ、ああ……」

 

 「あの、え、え〜と……その、これからよろしくお願いします」

 

 「あ、うん……ま、これからよろしく頼むわ」

 

 

 別に初対面でもないのに、同じ場に呼び出されて何かギクシャクしているネギと横島。

 

 自分が弱いと思っている部分を吐露した相手である横島に対して恥ずかしそうなネギと、

 試験であったし、手加減しまくっていたから何にも悪い事をしていないのに妙な罪悪感を感じている横島。

 

 同じ人物(吸血鬼物?)から学ぶのだから弟弟子という事になるのだろうか。

 しかしこれから付き合いが始まるのだが、未だ緊張しているのは如何なものか。

 

 まぁ、傍目にはその光景は妙に対照的であり何か微笑ましくもあるのだが、ちょっと離れて見物してみればベーコン()レタス()なお見合いのよう。

 

 この場に某メガネ少女がいれば鼻息荒げて興奮必至だ。

 

 

 「ハルナがここにいなくて良かったです……」

 

 「はわ、はわわ……ネギ先生ぇ……」

 

 

 無論、ギャラリーの少女らにもそう見えなくもなかったり。横島にとっては甚だ屈辱的な感想だろうが。

 

 そんな二人を苦笑しながら見守っているのは楓と古。

 ……そして、横島の頭に乗っかっているチャチャゼロだ。

 

 彼を想うその心の立ち位置は違うものの、この三人(二人+一体)の思惑は同じのようで、今の様子を見て内心胸を撫で下ろしていた。

 三人が三人とも、昨日の横島の様子に気付いてた為、何だかんだで気を揉んでいたのである。

 

 これでネギが女の子だったらもっとダメージは残っていようが、幸いにしてネギは男の子。

 おまけに妙にモテたりする男の敵予備軍だ。

 

 それが幸い(?)してか、彼のダメージは思ったより早く回復しているのである。

 

 とはいえ、三人とも楽観視はしていない。

 ダメージを受けたという事実がある以上、またぞろ同じ様な傷を負う可能性が高いのだ。

 その事が横島に向けられている眼差しに気遣いの色が深められているのである。

 

 だがそれは、傍目にも解ってしまうほどの見つめ様で、

 

 

 「はぁ〜…ふ〜ん…ほぉ〜…

  せやったんかぁ……」

 

 

 そりゃあもう、木乃香がおもいっきりミョーな笑みを浮かべちゃうくらいに。

 

 何気ないセリフであるのに、声を向けられた二人にはその声音に蛇の舌が纏わり付いて来るイメージを感じさせられている。

 楓と古がぎくーんっと身を竦ませたが一歩遅い。

 

 

 「スゴイなぁ、せっちゃん。

  楓もくーちゃんもあの人にラっヴラヴやわぁ」

 

 「ら、らっぶらっぶって……

  いや、その……私はなんとも……」

 

 

 にへらっとした笑いを見せながら、木乃香はやっと隣という距離を取り戻せた刹那に話し掛けた。

 

 無論、大切な友達との仲を取り戻せた事は嬉しいのだが、イキナリ距離が戻った事による照れと、そーゆー話が得意ではない事もあってか刹那はまだちょっと硬い。

 それでも離れないのは大進歩だろうけど。

 

 

 「ら、らう゛らう゛って……せ、拙者は別に……」 

 

 

 否定っポイ事を言おうとした楓であるが、素っ頓狂に声が上擦っていたし、頬もやや薄桃に染まってたりする。

 そんなモンだから、すればするほどドツボだった。

 

 木乃香と楓のやりとりを見、逸早く勘に従って楓から距離をとって知らんぷり戦法をとった古の行動はおそらく正解。

 

 口に出すより何より、逸早く逃亡している古ですら真っ赤なのだ。

 ナニか言われたら即効で身体とかが反応し、自分までもボロを出しかねない。

 

 動物的直観に従ったすんばらしい反応速度での撤退であった。

 

 その他人事をかます様は見事な物で、助けを求めるかのように振り返った楓が『ああ、ズルイでござるっ!』と口の中で訴えたほど。

 オロオロすればするほど肯定している事に気付けていないのは残念だ。

 

 当然のように、木乃香は天使の顔で悪魔っぽくニタリとしているし。

 

 

 「ふえ? 何なん? 楓は横島さんの事嫌いなん?」

 

 「え゛?! い、いや、拙者は横島殿の事を嫌ってなど……」

 

 「ふ〜ん……せやったら、側におったらどんな気持ちになるんえ?」

 

 「あ゛っ!? え、いや……」

 

 「ドキドキするん?」

 

 「あ゛〜〜〜〜う゛〜〜〜〜………」

 

 

 やんわりと追い詰めて行く木乃香。

 

 刹那としては、気の毒な楓の為に止めてやりたい気もしないでもないのであるが……何というか、下手に止めたら何処からか飛んできた弾丸にヘッドショットを極められそうな予感がして今一歩前に出られない。

 

 何でそんな予感がするのか定かではないが、稽古用にエヴァが仕掛けている結界のギリギリ外からスコープで見つめられているよーな気がするのだ。

 それに実のところ、自分だってちょっと興味があったりする……

 

 

 「う〜ん……せやったら別に答えんでええよー

  無理に言わせても碌な事にならへんしー」

 

 「か、忝い……」

 

 

 しかし意外にもアッサリと木乃香は退いていた。

 

 ちょっと驚いてしまい、刹那も思わず意識を楓らに戻してしまう。

 

 目に入るのは追求を止めてもらえて安堵している彼女の顔。

 

 実に真っ赤っ赤で、流石の艶っぽい話に疎い刹那でもそこに潜んでいる想いが解ってしまうほど。

 

 つーか、この場にいる全員(男二名は除く)にバレバレだったりする。

 

 周囲の生あたたかい視線に気付けていない“おめでたい”楓は、木乃香が追及の手を止めてくれた事に安堵し、ほっと“気を緩めてしまった”。

 

 

 その瞬間——

 

 

 

 「ほな、楓は横島さんの事、どないに想とるん?」

 

 

 

 虚を突かれ、ぶふぅ——っ と、盛大にナニかを噴いてしまう楓。

 

 安堵の溜め息を吐いている途中だったので、肺から全ての空気が出し切ってしまい、切迫呼吸に陥ってしまう。

 

 ガハゲヘぶふォッ!! と呼吸を乱しまくって悶えている様子は無様の一言であるが、如何なる場面でも自分のペースを全く崩さない飄々とした楓がここまでコワるレア過ぎるシーンは、呆れよりも前に感動に近いものがあった。

 

 この場に和美がいれば狂喜してシャッターを切っていた事だろう。

 

 

 「うおっ!? 楓ちゃん、どうかしたのか?!」

 

 「楓さん?」

 

 

 当然ながらそんなに咽ているのだから、場の空気から蚊帳の外状態になっていた横島らも気付いてこちらに駆けて来る。

 

 

 どれだけ距離が有ろうと自分の異常に気付いて心配して駆けつけてくれるのはごっつ嬉しい。いや、ホントに。

 

 こちらを見ていなくとも、ずっと気遣ってくれている。その事が自分の中で何かを疼かせてくる。

 それがくすぐったくて、あたたかくて、そのこと自体は堪らないと言える。

 

 

 ——が、それも時と場合によるだろう。

 

 

 よりにもよって、こんなに注目されてる時に来なくとも良いではござらんか。

 楓は別の意味でちょっと涙ぐんでしまった。

 

 

 「へへぇ〜 横島さんって楓さんや古のこと、そないに気にしとんやねぇ……」

 「? 女の子心配すんのは当たり前やろ?」

 

 

 だ、大丈夫でござると言いつつもまだ咽ている楓の背を、おもっきり何気なく擦ってやりつつそんな事をのたまう横島。

 それがまた楓を咽させる事になるのだが、木乃香と話をしているので気付けていなかったりする。

 

 そしてその木乃香。

 横島の即答に一瞬面食らっていたのであるが、自然にそう答えた彼に対しての好感度がまた上がったのか、笑みが深まっていた。

 尤も、その笑みを見て楓や古は戦慄してたりするのだが……

 

 今更言うまでもない事であるが、木乃香は単に二人をからかう為だけにそんな事を言っているのではない。

 

 楓や古は自分を助ける為に力を貸してくれ、横島は更に刹那との仲がギクシャクしていた時に元気付けてくれた上に後押しもしてくれている。

 その恩返しをしようとしているだけなのだ。

 

 全くもってよけーなお世話という気がしないでもないが、彼女はけっこー真面目にその仲を応援していたりする。

 

 ただ、このままでは楓・古×横島という二対一の『コレって倫理的にヤヴァくね?』なカップリングになってしまう事を全く気にしていないだけで。

 

 このままでは横島はロリハーレムを築いてしまうかもしれない。

 そして哀れ楓と古という二人の少女が、そこに引き入れられてしまうかもしれない。

 

 危うし、美少女二人の未来(横島は今更である)!!

 

 しかし神は、意外に所から助け舟を入れさせた。

 

 

 「何時まで遊んでいる気だ?

  そろそろ始めるぞ。横島、とっととこっちに来い。木乃香も早く」

 

 

 今日から修行を始めてやろうとしているエヴァである。

 

 

 「あ、ああ……」

 

 

 木乃香の笑みに、何やら崖っぷちに追い詰められかかっていたよーな錯覚を起こしていた為であろうか、何だかホッとして楓の手を引いてエヴァの元に駆けて行く横島。

 

 その、“手を繋いで歩く”という行為を余りにさり気無くやった事から、二人の仲をほほぅ…と確信(?)する木乃香と白オコジョがいたりするし、『出遅れたアル!!』と悔やむバカイエローがいたりするがそれは兎も角。

 

 特に白オコジョは人の好意を推し量るイヤ過ぎる能力がある為、ニヤニヤし切り。どの程度の好感度かは口にしていないから不明であるが。

 ひょっとしたら未だ修学旅行中に怯えさせられた恨みを持っていて、その意趣返しのチャンスを待っているのかもしれない。

 無論、下手にそーゆー復讐をしようとすると必然的に横島が巻き込まれてしまって、とんでもなくタイヘンな反撃を受けてエライ目に遭ってしまうであるが……

 

 

 兎も角、ビミョーに気が抜けた空気の中、本格的な修行が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「エヴァちゃんのイケズ〜」

 

 「ふん……くだらんな………

 

  ああいった手合いはもっと時間をかけてからかうのが面白いと何故解らん?」

 

 

 

 

 

 

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             ■十七時間目:漢のキモチ♂ (前)

 

 

 

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 「契約執行 180秒間!」

 

 

 魔法発動体である何時もの杖とカードを持ち、魔力を高めてそのカードに注ぎ込んで行く。

 

 ネギが手にしているパクティオーカードは、術者と契約者(仮ではあるが)とを繋ぐものだ。

 だから当然、こんな事もできる。

 

 

 「ネギの従者、宮崎のどか

 

  神楽坂明日菜

 

  桜咲刹那」

 

 

 カードを通して契約を結んだ少女たちに力が送り込まれて行く。

 

 契約執行とは、魔法契約を結んだ事により、術者の魔力を契約者に回して強化する事ができる機能の事である。

 

 『機能』と言うのは国語的な言葉使いとしてはヘンだと思われるだろうが、本当にカードの持つ機能なのだからしょうがない。

 

 兎も角、ネギは少女らに魔力を流し込みつつそれを維持し続けていた。

 

 

 「……老師……ナニ顔赤くしてるアルか?」

 

 「き、気のせいだよ……」

 

 

 ただ、魔力を注がれている少女らは、魔力を注がれた瞬間、ぴくんぴくんと抱擁でもされているかのような艶っぽい声を漏らしている。

 魔力が伝わっている間中そんなくすぐったいような感触が続くのだろうか、その間中頬を染めてたり喘ぎにもにた小さな声を漏らしたりしているので、何と言うか……ちょっとエッチっぽい。

 

 そんなピンクボイスを漏らすのがこの学園でも上位に位置する美少女達だ。そんな三人がそーゆー感じになっちゃっているので、何時の間にやらジャスティスが行方不明(笑)になっている横島の精神防御値はかなり低くて抵抗し辛かったりする。

 

 お陰で古はジト目で睨んでいるし、楓は無表情だけど何か ムーン…ムーン… と怪奇な波動を放ってて怖過ぎる。

 頭の上にいるチャチャゼロからも何か黒いオーラを漏れ出してるしで散々だ。

 

 横島的に言えば『オレが何したっちゅーんやっ!!』というトコであろうか。いや、実のところ自業自得なのであるが。

 

 

 「よし次。

  対物・魔法障壁 全方位全力展開」

 

 「ハイ!」

 

 

 無論、エヴァはそんなアホらしい修羅場手前の光景など“今はまだ”シカトである。

 

 ネギの様子を目に入れているのかいないのか、エヴァは自分の従者である茶々丸が用意した椅子に腰をかけ、白い木材を削りながら指示を出していた。

 

 ただの木材だったその丸太を見事な刃物の扱いで曲線を持たせながら命令を下す彼女であるが、片手間に見えなくもないそんな所作でも見下されたという気にならないのが不思議である。

 

 普通はそんな片手間のように言われれば腹の一つも立とうというもの。

 

 しかし一度は勝てた相手であるが、実際には魔法使いとしての差は歴然。

 腹が立たないのは、彼女の真の実力を理解しているからかもしれない。

 

 それにエヴァは無視しているのではなく、自分のすべき事をしながらもきちんとネギの波動を感知しながら指示を出している。

 彼女から言えば基本中の基本レベルなのだから凝視する必要もない。だからこのように“感知”だけで事が足りるのだ。

 

 しかし、実のところネギがやらされているのは結構レベルが高い制御法で、普通ならこの歳でやらせる事ではない。

 

 できる方もできる方だという説も無い訳ではないが、一方でかなり強力な魔力供給を行わせつつ、もう一方でも魔力を操るというのは、普通はこの年齢でそうそうできる事ではない。。

 まぁ、魔法国のエリートクラスならできるかもしれないが。

 

 

 「——次。

  対魔・魔法障壁 全方位全力展開」

 

 「ハイ!」

 

 

 僅か十歳の子供相手に更に無茶な飛ばすエヴァであるが、それについて来るネギもネギである。

 

 残っている魔力を更に掬い上げてそれに回す。基本中の基本とは言え、やはりこの年齢で易々とできる事ではない。

 それでもまだ余力がありそうなのは流石と言えよう。

 

 しかし無茶をしている事に変わりはない。

 

 魔力供給が初めてではない明日菜にはそれを感じ取れているのだろうか、チラリと心配そうな眼差しをネギに送っていた。

 

 

 「そのまま3分持ちこたえた後、北の空へ魔法の射手199本。

  結界は私が上掛け(、、、)して張ってあるから遠慮せずやれ」

 

 「 うぐ……ハ、ハイ!」

 

 

 それでも魔力の容量には限界がある。

 

 ——いや、正確に言えば魔力の効率には慣れがいる……が、正しいだろう。

 

 

 「光の精霊199柱

  舞い降りて敵を射て!」

 

 

 息を荒げつつも片方で供給を維持し、もう一方で魔法を紡ぐ。

 

 

 キュバッ!!

 

 

 精霊に力を借り、発動させた魔法の矢……数にして199本が少年の手から放たれ、ほぼ真っ直ぐに北の空へと飛んでゆく。

 

 無論、予め結界が張られているので、その壁面に衝突して爆発するように霧散してしまう。

 

 

 「おお——」

 

 「スッゲぇなぁ……」

 

 「ふーむ」

 

 

 主の凄さを見知っているので余り驚きはないチャチャゼロは兎も角、横島や楓らは大いに感心していた。

 

 横島はもっと凄い物を知ってはいるが、ネギのような子供がこのレベルの魔法を使うのはやはり驚きがあったのだろう。

 

 

 「これが魔法…ですか」

 

 『まーな』

 

 

 夕映は改めて見た魔法に只ぼぅっとしてしまう。

 その存在を頭で解っていたつもりでも、こうやって見ると感心や感動が再燃してくる。

 やはり聞くだけの知識より、目で見て吸収する物の方が一入なのだろう。

 

 そんな彼女の肩の上で、別にカモがやった事ではないのに彼が何か偉そうなのはご愛嬌だ。

 

 

 「おー」

 

 「キレー」

 

 

 従者三人娘の方もただ見とれるのみ。

 尤も、相変わらず非常識な力だと明日菜だけは呆れていたが。

 引っ込み思案である のどかの方がすんなり受け入れているのが意外である。

 

 そんな少女らの前で魔法を放った姿のまま固まっていたネギであったが——

 

 

 「あうう?」

 

 

 「せんせーっ?!」

 

 「ネギく——んっ!!」

 

 

 へろりと身体をふらつかせたかと思うと、バタンプーとぶっ倒れて気を失ってしまった。

 

 

 そう——

 先ほど述べたようにネギはまだ使用効率に慣れていない。

 よって按配が解っておらず、完全には魔法を使いこなせなかった為、魔力がスッカラカンになって気絶してしまったのだ。

 

 ——ま、こんなものか……な。

 

 予想通りの展開だったので呆れも驚きもないエヴァであったが、その表情に変化はない。

 

 しかしその実、あわててネギを介抱する従者娘らを尻目に、魔力の基礎から徹底的に作り上げてやるかと内心ほくそ笑んでいた。

 

 

 

 

 

 「この程度で気絶とは話にならんな。

  いくら親譲りの強大な魔力があったとしても、使いこなせなければ宝の持ち腐れだ」

 

 

 先ほどと同じく椅子に腰をかけて作業を続けたままそう酷評する女王様……もとい、エヴァ。

 

 ただの木材だったその丸太に刃を入れ、見事な曲線を持たせるという作業を止めずに下す評価なので、やはり片手間にしか見えないのであるが、やはり見下されたという気にはならないのだから不思議である。

 

 口から紡がれるのは歴然とした事実だけにどうしようもないし。

 

 しかし、カモはご不満なのか、眉を顰めて口を開いた。

 

 

 『よーよー

  エヴァンジェリンさんよぉ、そりゃ言い過ぎだろ?

  兄貴は10歳だぜ?

  三人同時契約3分+魔法の矢199本なんて修学旅行の戦い以上の魔力消費じゃねーか。

 

  気絶して当然だぜ。並の術者だったらコレでも十分……』

 

 

 耳で聞くだけなら単なる過小評価。

 ネギの弟分を自称するカモはそうやって弁護するのだが……

 

 「(さえず)るな下等生物。

  私は自分の弟子と話をしている」

 

 『ひぃ……っ』

 

 

 当然、一睨みで撃沈である。

 

 

 「だいたい『並の術者』だぁ?

  この私の弟子(、、、、、、)ともあろう者が並の術者程度で良いとでも思っているのか?

  余りふざけた事をぬかすと引き裂いてワインビネガーに漬け込むぞ」

 

 

 もはや呻き声すら出せない。

 完全に腰を抜かし、声も出せずガクブル状態で明日菜にしがみ付いていた。

 

 よしよし怖かったねと苦笑して撫でている明日菜は並の心臓ではない。

 

 しかし、カモは過小評価だと受け取ったようであるが、さっきから述べているように別に彼女はネギを下に評価している訳ではない。

 

 ネギが目指している彼方——

 

 彼の父親。

 魔法界の英雄“サウザンドマスター”ナギ=スプリングフィールドはこの歳でこの程度の事ができていたのである。

 

 実のところナギは使いこなせる魔法の数は数個しかない。

 だというのに英雄として名を馳せていたのは、其々の出力やコントロールが他の追従を許さないからだ。

 まぁ、ネギの場合は強力な魔法の使用を控えていた所為で、高い出力の魔力の放出に慣れていない事も理由の一つに挙げられるのだが……

 

 それでもネギが目指す地平は余りに遠い——

 

 だからこそエヴァは淡々と事実を述べ、正直にその距離を教えてやったに過ぎないのである。

 

 それに、ネギはかなり運が良いのだ。

 横島という虐め……もとい、鍛え甲斐のある怪人(下僕)を得た事で結構角が取れているエヴァであるからこの程度の小言で済んでいるのだし、何よりもその当人であるエヴァに弟子にしてもらえているのだ。

 

 この世界でも数少ない大戦期を知る魔法の使い手。

 『真祖の吸血鬼』『闇の福音』『人形使い』等と数多くの異名(悪名?)を持つ大魔法使いエヴァンジェリン=アタナシア=キティ=マクダウェル。

 

 その伝説の少女に魔法を習えるのだ。

 そこらの“正しい魔法使い”とやらでは考えられない程の“待遇”である。高みを目指す魔法使いにとってこれ以上の幸運はなかろう。

 まぁ、相当“苦労”はしそうであるが……

 

 

 「解るな? ぼーや。

  キサマは私の弟子となった。だからこそこの程度でへこたれる事は許さん」

 

 

 ——しかし、そうでなければ鍛え甲斐がない。

 

 

 「泣き言をほざく事は許そう。

  いくらでも泣き喚くがいい。聞き入れるつもりは欠片ほどもないがな」

 

 

 先輩である横島が散々泣き喚いているのを笑っているエヴァなのだ。

 

 120%ほど生命の危機に陥った人間の泣き言は真に迫って面白いと言える。

 

 だが、それでも彼は、

 そんな目に遭わされていても彼は立ち上がってきていた。

 

 

 「だが、足を止める事は許さん。踏み止まる事もな。

  私の弟子となった以上は停滞は不可だ。

  如何な回り道をしようが弛まず進み続けろ」

 

 

 どれだけ詰られ様と踏まれ様と体力の限界が来ようと、足をふらつかせつつも立ち上がるその害虫の如きしぶとさ。

 

 歩みは決して速いとはいえないのに、這いつくばってでも前に進んで行く訳の解らない底意地。

 

 それを持つ者を知ってしまったが故の寛大さが今の彼女には有った。

 

 

 「解ったな? ぼーや……」

 

 

 だからこそ、じっくりとこの弟子の未来を見据えられている。

 

 この地に自分を縛りつけた憎き“奴”。

 

 ずっとずっと心から追い求めている“奴”の位置まで自分の手で叩き上げられる日を——

 

 

 「ハ、ハイ! マスター!!」

 

 

 問い掛けに答えるように身を起こし、片膝をついて師弟の礼をとり元気よく答えるネギ。

 

 純真無垢で真っ直ぐなその眼差しは、長く陰に生きてきたエヴァには眩しく感じてしまう。

 

 それでも少年のその答えに満足そうに頷き、手を休めていた作業を再開する。

 

 “こちら”も急がなくてはならないのだから。

 

 

 「そー言えばさ、エヴァちゃん。さっきからずっとナニ作ってんの?」

 

 

 一応の区切りを感じたか、人心地付いた明日菜がさっきから聞きたかった事を口にした。

 

 デスマに入ったハルナを知っているが、あそこまで焦った風でもない様なのだが、一分一秒も無駄にしたくないとでも言わんばかりに、ずっと集中しつつナイフで細かく木を削っている。

 皆口には出さなかったものの、その事はずっと気になっていた。

 

 

 「……あぁ、コレか? 気にするな」

 

 

 だが、女王様はにべも無い。

 

 

 「気にするなったって……」

 

 「何れ解るさ。

  一週間ほど待てば否が応でも目にする事になるだろうがな……」

 

 

 何が面白いのかクククと笑いつつも手を止めず削り続けるエヴァ。

 

 頑固とかではなく、面白がって言わない事を感じ取った明日菜はそれ以上問う事を諦めた。

 

 しつこく聞けば怒り出すだろうし、何より意地になって話さなくなる可能性も高いのだ。

 

 バカレッド等と謳われている彼女であるが、そう言った判断だけは良かったりする。

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 「う〜ん……バカレッドがハリセン、本屋ちゃんが日記帳アルか……

  アレ? じゃあ刹那は何アル?」

 

 「私か? 私は……」

 

 

 別に続きを促す事もしていないし、一応はネギの今の実力を見知る事が出来たのでここまでなのだろう。

 

 その空気を感じたのか、少女らは目前で目にした魔法に付いてきゃいきゃいと語り合っている。

 

 そんな中、気になっていたのだろうか、古が刹那にそんな事を問い掛けていた。

 

 刹那も、そう言えば他人に見せてはいなかったなと気が付いて、周囲の期待の眼差しにも押され、カードを取り出してワードを唱える。

 

 

 「 Adeat 」

 

 

 カードが一瞬の輝きを見せた後、刹那のその手に現れたのは二本の剣。

 刃渡り20cm弱。鍔の無い短刀のような物だった。

 

 「おー!! 匕首(ビーショウ)アルか!?」

 「いや、あいくち(、、、、)だ。

  匕首(シーカ)十六串呂(シシクシロ)。これが私のアーティファクトの名だ」

 

 

 発音が違うので別モノのようであるが、漢字は同じで読み方が違うだけである。

 

 しかし、その使い方は匕首(あいくち)というより両刃の短刀、匕首(ビーショウ)が近いらしく、最大十六本同時に出現させて操り、投擲したり相手の動きを封じたりして使うらしい。

 そして“いろは”順に名付けられたそれらを適数取り出して使う事もできるとの事。

 

 長物を持ち込めない室内等では重宝するだろう。実に刹那向きのアーティファクトといえる。

 蛇足だが、“あいくち”とは(つば)の無い柄と鞘がぴたりと合わさって口が合うことから来ているので、正確には鞘の無いこのアーティファクトは“あいくち”ではないだろう。

 

 

 「ふーむ……咄嗟の場合に直に取り出して近い間合いに対応できるアルな。

  攻撃を防いだり、投げて牽制に使たりできるし……刹那にうてつけアル」

 

 「ああ……

  それに術を織り交ぜる事もできるようだし……正直言ってかなり助かる」

 

 

 陰陽術を使うものは、護法刀を使って印を結んだり結界を張ったりする事があるらしい。

 

 元々が関西呪術協会出の彼女だからそういった使い方もできるのだろう。

 

 正に彼女にとってうってつけのアーティファクトと言えよう。

 

 

 「T-Link ○ールドみたいな使い方アルな」

 

 「何だそれは」

 

 

 ちょっと違う。

 

 

 「そう言えば、古も何か使っていたな。

  何というか……扇子のようなトンファーのような……」

 

 

 ふと思い出したのはあの晩使っていたあの武器。

 

 圧倒的な質量をものともせず、式神の鉄棍棒を受け止めていた謎の武具。

 

 確かに古の実力だけでも受けられはするだろうが、その質量差は如何ともし難い。

 だからそういった打撃は受け流すのが常なのであるが……

 

 

 『あの時は“受け止めて”いた』

 

 

 ——のである。

 

 刹那の脳裏に浮かぶのは、大きく広げた扇子状の部分で月詠の使う神鳴流の剣や、式が使っていた鉄棍棒の打撃衝撃等を完全に殺していた古の姿。

 

 あの時は状況が状況だった為、然程気にならなかったのであるが……よく考えてみれば、重量差をものともせず受け止められるのならとんでもない能力である。

 

 

 「あれ〜? くーふぇも何かもっとるん?」

 

 「アラ? 言てなかたアルか? 私は老師と契約結んでるアルよ。

  つ い で に 楓 も」

 

 

 え゛?! 古と楓の二人と!? 

 

 そう古の言葉に全員の目が、ザッ!! っと一斉に横島に向けられた。

 

 当の本人は、何処から出してきたのか不明であるが、ハイキング等で使うカラフルなビニールシートを敷き、その上に座って古が持って来てくれている<超包子>の中華まんを楓と共にパクつき、かのこはその横で桃の実をちょこちょこ齧っていて完全に見物モード。

 こう言ったものの準備は今までの修行で慣れたものなのであるが、初めて見た者達からすればデート用の準備にしか見えない(あながち間違いでもないのだが……)。使っているのは古ではないという何点もあるが。

 

 アンタ、ナニヤッテンダ的な視線にギョッと驚いて中華まんを喉に詰め、苦しんでいる横島に楓がいそいそとお茶を飲ませているのがまた誤解(理解?)を深めてたりする。

 

 夕映以外の全員、結果的に仮契約を知ってしまっている為、契約時に何をするのか理解している。

 よってジョシチューガクセーに“そーゆーコト”をかましている横島に対する眼差しは冷ややかだった。

 

 

 「……何だと?」

 

 

 だが、その言葉に対してかなり遅れて反応した者もいる。

 

 

 「キサマら、横島と契約を結んでいたのか?」

 

 「ま、まぁ一応……」

 

 

 その話は初耳であったエヴァが楓にそう確認してみると、彼女は何だか頬を染めて肯定。

 古もコクリと頷いて見せた。

 

 横島だけが首をかしげているが、これは仕方の無い話だろう。

 

 

 「何で張本人のキサマが自信なさげなんだ?」

 

 「いや、そー言われても……オレ、契約なんかしとらんぞ。どーなってんだ?」

 

 

 何せ儀式等を行った覚えがないのである。

 

 だからそう何気なく否定して横島であったが……

 

 

 「「「「な……っ!! さ、 最 低 ぇ ーっ!!」」」

 

 「ぬひょおっ!?」

 

 

 周囲の反応はそんな呑気な彼の心境を完全にぶち壊した。

 

 責めるというか、責任追求の色バリバリの怒声に思わず珍妙な声を上げてコケてしまう。

 

 

 「アンタ!! 仮にも楓さんと古と契約結んだんでしょう!?

  だったらナニすっ惚けてんのよ!!」

 

 「え゛、え゛え゛っ!!??」

 

 「アカンやん、ちゃんと責任とらな!!

  オンナノコ傷モノにして放っとくや最低やで!?」

 

 「う、え、き、キズモノ??!!」

 

 

 ナニが何だか解っていない様子の横島であったが、それにも構わず明日菜と木乃香が詰め寄って行く。

 

 当然、横島は大困惑であるが無視だ。

 

 

 「確かに非常時でしたが、“無かった事”にするのは人としてどうでしょう?

  仮にも共闘させたのでしょう? それでも平気なんですか?」

 

 「は? いや、ちょっと、あの……」

 

 「外野から口を挟むまいと思っておりましたが、貴方のそう言った態度には不快を感じるです。

  年端もいかない少女二人を巻き込んで知らぬふりを決め込むのは人として間違ってるです」

 

 「い、いや、ワイは……ワイはぁ……」

 

 

 刹那ですら珍しく、契約方法を知らぬ夕映までもが彼を責めていた。

 いや、木乃香も怒っていたし、ムードメーカーの明日菜がいるから、二人ともそう言った場の空気にウッカリ乗せられてしまったのかもしれない。

 

 横島は哀れなほどおたつき、救いを求めるように視線をあちこちに向けていた。

 

 ふと目に入ったのは大人しいのどかの姿。

 大人しい筈なのにミニスカートはどういう訳かは不明であるが、それは兎も角として、彼女ならばと救援を求める眼差しを向けるのだが……

 

 

 「そ、そーゆーのは間違ってると思います」 

 

 

 彼女すら何か責めてくださっていた。

 

 

 こういった少女の純粋な怒りの眼差し、責任を問い詰める視線は横島にとっては深手以外の何物でもない。

 

 そしてそんな時、自分を見つめている視線にハッと気付く。

 

 何やら背後から自分を見つめている二対の眼差しがあるではないか。

 

 言うまでもなく自分の契約者だという件の二人。

 あの二人の視線までも自分を責めているような気になってきている。

 

 

 『横島殿……拙者との契約を忘れてしまったでござるか……?』

 

 『ろ、老師……そんなの酷いアル……』

 

 『ぴぃ〜……』

 

 

 幻聴まで聞こえてきた。

 何故かかのこにサイテー…と呟かれているよーな気もしてくるし。

 

 実際の二人は契約の時の騒動を思い出し、何か頬を染めて赤くなって俯いてるだけであるし、小鹿は小鹿でどーしたの? と首を傾げているだけなのだが、プリンの様に脆いハートにダメージを受けている彼がそんな事に気付く由も無い。

 

 

 「ぬぉおおおっ!?

 

  ワイは、ワイは最低やったんか!?

  美少女と契約を結んだ挙句、その事を記憶からすっ飛ばしてしまう外道やったんか!?

  ひょっとしてワイではないワイがそうさせたんか!? オノレ、ワイの中のオレめっ!!!」 

 

 

 何だかよく解っていないのだが、地面にヘッドバットしつつ自分を奇怪に責めていた。

 

 頭を抱えて悶えて転がる横島を見る皆の眼は飽く迄も生あたたかい。

 この期に及んでまだ自己弁護するのかと言わんばかりだ。

 

 契約という行為の重さに気付いていないのか、どう言ってフォローすれば良いか思いもつかないネギはただオロオロするだけ。そしてそんな彼をどうフォローしてやろうか思い付けず茶々丸もオロオロ。

 

 本来であれば場を執り成してくれる筈の楓や古は何か自分の世界に浸ってイヤンイヤンとくねくねしてるし……何というかこのカオスな状況は如何ともし難いと思われる。

 

 

 しかし、彼を責めてはいけない。

 

 横島が覚えていないのも当然なのだから。

 

 

 

 「まぁ、待てお前ら」

 

 

 

 そんな彼を救ったのは、非常に珍しい事であるが……エヴァだった。

 

 

 「言いたい事も解らんでもないがな……

  しかしお前らも知らぬ事とはいえ、コイツの事をそこまで見損なわない方がいいぞ?」

 

 

 言ってしまった手前、後悔するだろうしな……と後を続けるエヴァ。

 何の事か解らない少女らの頭の上には、当然のようにサッパリ妖精が舞っている。

 

 

 「へ……?」

 

 

 代表するかのようにマヌケっぽい声を漏らす明日菜に苦笑しつつ、今だゴロゴロ転がっている横島に歩み寄って行くと、

 

 

 ぷぎゅるっ

 

 「ぐべっ!!??」

 

 

 徐にその頭に足を振り下ろした。

 

 

 これだけゴロゴロ転がっているにも関わらずチャチャゼロを頭から落していない器用さに呆れつつ、横島の頭を踏みつけたままグリグリと踏み躙る。

 

 

 「い゛痛゛痛゛痛゛痛゛痛゛痛゛痛゛痛゛痛゛痛゛ぁっっ!!」

 

 

 言うまでも無いがチャチャゼロは踏んでいない。

 それでも何故か、この長い付き合いの下僕が自分を責めるような眼で見てたりするがそれは苦笑で返す。

 

 横島は踏みにじられた痛みで多少は落ち着けたらしい。

 

 自分を踏み躙る人物をチラリと見上げ、思わず『黒……』と謎のセリフを口にしそうになるが、奇跡的に飲み込めた。命冥加な男である。

 

 それでも涙目は相変わらずで、みっともない事この上もない。

 

 

 「くぅうう〜〜……な、何やキティちゃん。この心汚いオレになんぞ用か?」

 

 

 何とも卑屈になった物である。

 

 

 「ええい、泣くな! うっとうしいっ!!」

 

 「せやかて、せやかて……えっぐえっぐ」

 

 

 思いっきり不快そうな顔をするエヴァであるが、溜め息と共にそれを我慢して聞きたかった事を何とか口に出す。

 

 

 「キサマ、仮契約の方法を知っているのか?」

 

 「ぐすん……

  い、いや、知らへん…つーか、その仮契約っつーのもよう知らんのやけど……」

 

 「「「は?」」」

 

 

 ああ、やっぱりな……というエヴァであったが、彼女達にとってコレはけっこう意外だったらしい。

 

 というのも、彼女らの認識では横島は裏の世界(魔法の世界)の人間である。

 西洋魔法について直接的な知識を持たない刹那ですら『魔法使いには従者がいる』程度の知識はあったし、仮契約の方法もこの前“体感”して知った。

 

 だから、まさかあれだけの戦いができる横島が魔法使いに対する知識がド素人であり、従者という存在と仮契約という名前は知っているが、その契約方法は全然知らない等とは思い付きもしなかったのである。

 

 尚且つ明日菜らは素人であり、仮契約とは魔法使いと接吻(くちづけ)をして契約を結ぶものという認識以外はない。

 

 よって横島の事を『女の子のオイシイとこだけ頂いてポイ捨てした最低人間』だと思ってしまったわけである。

 

 

 落ち着いて話を聞けば、横島は楓らと契約を結ぶ約束はしたのであるが、それがどういったものか全く解らないとのこと。

 

 それも当然で、二人は横島を騙し討ちで仮契約を結んでいたし、彼は古が宴の可盃を使っているのは目の端で見ただけでアーティファクトだと気付いていなかった。

 いや、そもそも彼は<従者契約>どころかアーティファクトが何であるかすら理解できてなかったりする。

 

  

 「「「……ゴメンナサイ」」」

 

 「えっぐ、えっぐ……ふぇ?」

 

 

 騒動は散々起こすが根っ子はとても良い子な3−Aの少女ら。

 

 自分が明後日の方向を向いた盛大な勘違いで彼を責めていた事に気付くと、彼女らは揃って弾かれたように頭を下げた。

 

 イキナリ罵られるわ、イキナリ謝られるわで何が何だかサッパリサッパリであったが、少女らと共にカモや楓と古までもが説明に混ざって彼にその理由を語ると、やっとこさ横島も少女らの激昂の理由を知るに至った。

 

 

 「はぁあああ〜………って、コトはナニか?

  楓ちゃんと古ちゃんにキスした挙句、美味しかったご馳走様〜で終わらせた女の敵だと思われとったっちゅー事か……」

 

 「あうう……ゴメンナサイ」

 

 

 しおしおと小さくなる明日菜。最初に激昂して周りを勢い付かせたのだから当然かもしれない。

 

 それに実のところ、彼女は横島の事を余り良く思っていなかったのだ。

 

 妙なところで生真面目な彼女は、修学旅行の時に家族がいなくなった子供という嘘を吐いて自分らと行動を共にし、表立ってネギを手助けしてくれていなかったし、試験の晩にもネギを散々痛めつけ(注:明日菜視点)ていて謝っていない横島に対する印象がかなり悪いのである。

 

 無論、その事がかなりネギ贔屓の心配である事も理解している。

 

 理解してはいるのだが、何と言うか……理屈の外の感情がまだ治まっていなかったりするのだ。

 しかし神楽坂明日菜という少女は、成績こそスーパーアンダークラスに悪いが(さと)くない訳ではない。

 落ち着いて楓らから説明を受け、本当はかなりしゃしゃり出て助けようとしてくれていた事を知り、昨晩横島がどれだけ手を抜いてくれていたかを武道四天王の三人から説明を受けると直にクールダウンする事ができ、素直に頭を下げて謝る事ができていた。

 

 尤も、本人はかなり意地っ張りなところがあるので切っ掛けを待っていた節もあるが……

 

 

 「あー……いや、細かく説明を受けてなかったら当然だと思うからもういいよ。

  それに、オレだってその仮契約ってヤツを詳しく聞いてなかったんだから、こっちだって悪いし」

 

 「あ、ウン。その……本当にごめんなさい!」

 

 「いいって」

 

 

 横島は苦笑して明日菜を止めた。

 

 はっきり言って、明日菜のようなタイプの扱いには異様に慣れている。

 怒らせるツボも踏めるが、沈めさせるコツも知っているのである。

 

 

 「それだけネギが心配だったんだろうし、友達の事も心配してたんだろ?

  それを計り損なってるオレが悪いさ。フォローがきちんと出来てなかったしな。

 

  どっちかっちゅーたら美少女に頭下げられる方がキツイ。

  ホンマに悪い思うんやったら、頭下げるんはもう止めて」

 

 「あ、えと……ウン、解った」

 

 「ん」

 

 

 明日菜が頭を下げるのを止めると、横島はニカっと笑ってそれを喜んだ。

 

 何だか悪戯っ子のような笑みであるが、それがまたどういう訳か彼に良く似合っている。

 大人の男にしか興味が無い筈の明日菜ですら、ちょっと照れてしまう程に。

 

 

 「ぬ……」

 「ム……」

 

 

 その代わり、何か楓と古が不機嫌ぽくなったが……

 

 

 「ま、明日菜ちゃん達の方はこれで手打ちな。だから頭下げるんはもー勘弁。

  オレを責めたんかて楓ちゃんと古ちゃんの事を本気で心配しての事だろーから不可抗力だと思うし」

 

 

 そう言った美女美少女に対する気遣いだけは人に自慢できる横島だ。

 

 明日菜が謝罪した時点で直様彼女らの心境を読み取り、彼女らが何に腹を立てていたのか理解していた。

 

 それに、自分の間違いを素直に認めている美少女にこれ以上謝罪させるのは胸が痛過ぎる。

 

 確かに責められはしたし、ひ弱過ぎる良心は未だ痛みを訴えているのだが、それに比べたらとっとと許す方が一億倍はマシである。

 

 とは言え、責められた痛みが収まった訳ではない。

 ひ弱なハートは未だズキズキ痛むのだから。

 

 

 つまりは……

 

 

 「となると責任問題が湧いてくるのは……

  テメェだよな、クソオコジョ…… 」

 

 『ひぃいいいい——っ!? アッシですかいっ!!??』

 

 哀れな子羊(スケープゴート)が必要であった。

 

 

 ものごっつ怖いオーラを浴びせつけられ、カモは腰を抜かして明日菜の肩からポトリと落下。

 

 怒れる横島は鬼のようなオーラを放ちつつ、彼にじりじりと迫って行った。

 

 

 「あったりまえだろが!!

  テメェがあっさりネギの周りを巻き込んだのが悪いんやろーがっ!!」

 

 『ひ、ひぃいいっ!? で、でも、お陰で兄貴もこのか嬢ちゃんも助かったんだから……』

 

 「だーほっ!! それは単なる結果論じゃっ!!

  明日菜ちゃんの言う事には、金目当てでのどかちゃんとかを巻き込んだって言うじゃねぇか!!」

 

 『うぐぅっ!? で、ですが、兄さん…っ』

 

 「うぐぅ言うなっ!! タイヤキに謝れっ!!

  例えその事で木乃香ちゃんが助かったにせよ、巻き込んだ事実に変わりは無いわいっ!!」

 

 

 バッと右手を振るうと一瞬で光る何かに掴み取れて仕舞うカモ。

 それが横島の右手から伸びた何かだと気付いても、それが何なのか解らないのでどうしようもない。

 

 

 『んなっ!? 何だこりゃあっ!!??』

 

 「うっさいわケダモノ!! 暫く反省してろ!!」

 

 

 キン…ッ!! と済んだ音がし、一瞬でその光る何か……横島の“栄光の手”がカモを掴んだまま収縮する。

 

 あの霧魔との戦いの晩に気付いた霊能力の新たなる使用法。

 

 集束度を更に更に上げたサイキックソーサーから生まれでた奇跡の技。

 

 延べ二ヶ月も生きるか死ぬかの修行をさせられ、練度をかなり上げて使いこなせるようになったあの力。

 

 

 「カ、カモくぅんっ!?」

 

 「安心しな。暫く放っときゃ出られる」

 

 

 超集束型サイキックソーサー、サイキックプレート(仮名)である。

 

 泣いてオロオロするネギの前にふわふわと浮かんでいるのは、淡い赤色の六角形のプレートに閉じ込められて固まってしまっているカモの姿。

 

 マヌケな格好&表情でプレパラートのように固まっている様は、何か出来の悪い標本のようで彼には悪いが何か笑えてしまう。

 

 霊体を封じる事に使用された技であったが、カモは腐ってもオコジョ妖精。妖精の端くれだからなのか彼に対しても有効なのかもしれない。

 

 それに悲しいかな本気で心配しているのはネギ一人。

 後の人間は『あ〜あ……』と呆れるか、自業自得ですと気にもしないかだ。

 

 

 「ぴぃ?」

 

 「あぁ、気にせんでええよー ええ薬やろし」

 

 

 かのこのペアもこれである。

 

 何げに立場が悲しいカモであった。

 

 

 

 

 

 「しっかし……まさかキスが契約とはなぁ……」

 

 

 カモを八つ当たりをして落ち着いたのだろう、シートの上に座り直して呆れている。

 

 ネギは相変わらずあうあう〜と、プカプカ浮かんでいるサイキックプレートから何とかカモを出そうとしているのだが、魔法なんだか呪術なんだかサッパリ解らないので手の打ち様が無い。

 

 それに、

 

 

 『あ、下手に刺激するとプレートが爆散しちまうから止めといた方が良いぞ』

 

 と横島に注意されているので、ただ唸る事しか出来ないでいた。

 

 やたらめったらハッキリと、 『兄貴ぃいい〜っ!!』 ちゅどーん!! なBAD ENDシーンが想像出来てしまってるものだから尚更だろう。

 

 

 で、残る乙女達はというと、横島の言葉に反応するかのように頬を染めたり俯いたりと、もじもじしまくっている。

 

 照れ症であるのどかは言うに及ばないが、刹那も非常時だったし嫌いではなかった事もあって然程ではないが、それでもやはり女の子らしくテレテレ。

 

 年上趣味である明日菜であるが、ネギの唇の感触はハッキリと覚えているし、羞恥は別物なのでやはり顔を赤くしていた。

 

 契約をしてない夕映もかなり顔が赤い。自分がニセモノ相手とはいえ“契約しかかっていた”事を思い出したのだろう。

 ネギが止めなければ、照れ隠しにカモが入ったプレートを力ずくで破壊していたかもしれない程。

 

 茶々丸にしても何故かぼんやりとネギ……の口元を見つめているし。

 

 この場で冷静そうに見えるのは、手元が忙しいエヴァと頭に乗っかってるチャチャゼロくらいなものである。

 

 

 「フン。デレデレシテンジャネーヨ」

 

 「してねぇっつーの!!

  二人が美少女なんは認めるけど、女子中学生に手ェ出して喜べるか!!」

 

 

 その代わり、何か横島に絡んでたりするのだが。

 

 彼の言いたい事も解るが、聞いてしまった二人はちょっとムっとしてしまう。

 

 

 しかし、

 

 

 「確かに嫌いやったら振り払えもするわいっ!!

  嫌いやないからしゃあないやろ——っ??!!」

 

 

 なんてコトをほざかれれば、どうすれば良いと言うのだろうか?

 忽ちズボンッ! と景気のイイ音を立てて再度顔を赤くしてしまった。それもちょっと濃い目に。

 

 

 「……ケッ……優柔不断ナ男ダナ……」

 

 「ほっとけ」

 

 

 チャチャゼロは何故か次の言葉を思いつく事ができず、そのまま口を噤んでしまう。

 

 ペタリと横島の頭の上に大の字でうつ伏せになったまま。

 何だか不貞寝でもしているかのように。

 

 最近どうも変なのだ。

 

 主の命令ではあるが、別荘で鍛練をする時だけは敵として攻撃するものの、普段は横島とずっとくっついて行動している。

 

 十年以上、外に出られる機会がほとんどなかったチャチャゼロは、喩えこの妙な男の枷が目的ではあってもほぼ自由に外に出られる事を喜んでいた。

 

 やっている彼女自身が餓鬼っポイと思ってはいるが、同僚の用務員らと話をしている時以外、二人っきりになるとずっと横島とじゃれあっている。

 

 彼も性根がお笑いキャラでもある所為か、チャチャゼロのボケにはツッコミを入れ、自分のボケには彼女にツッコミをもらって中々良い関係を築いていた。

 

 

 そしてチャチャゼロはそれを『楽しい』と感じ、戦いの中でしか見出せなかった『笑い』を自分の中に覚えていた。

 

 

 思えばそれらの始まりは、あの霧魔との戦いの中だったのかもしれない。

 

 生き人形である自分を“一体”としてではなく“一人”として扱い、ひょっとしたら本人は気付いていないのかもしれないが、彼は間違いなくチャチャゼロを“女の子”として接している。

 

 

 無論、何時もの彼女ならば、煩わしい事この上もないだろう。

 

 彼女相手に、下手にそんな態度を取れば殺気すら放たれてしまうだろう。

 

 そしてあらゆる者は彼女の苛立ちをその身に受け、初めて自分の浅はかさを思い知るのだ。

 

 

 だが、横島はそういった輩と同じ様でいて全く違う。

 

 

 いくら脅してもすかしても徹頭徹尾そんな態度を取り続け、本人のスカなドジでもってそれを加速させ、こちらが根負けすると一気になれなれしく攻め滅ぼしてくる。

 

 本当ならそんな嘗めた行動をとられれば殺したくなる。

 

 思いっきり刃を突き立て、ふざけた口を持って産まれ出た事を絶叫という謝罪で持って答えさせていただろう。

 

 

 だが、できない。

 

 

 殺意を持つのも馬鹿馬鹿しい。

 

 敵であるのなら兎も角、コイツは“同僚”なのだ。

 

 自分の主の下にいるパシリなのだ。

 

 そんな相手に怒りを持ち続けるには、この男を嫌い続けるには、横島は余りにアホ過ぎて、

 

 余りに馬鹿すぎて、そして余りに真っ直ぐ過ぎて、どうにも嫌いになり切れないのである。

 

 

 そんな想いが覆い包んでいる本音。

 

 

 あの戦いの日に胸の奥に湧き、言い訳の下で成長を続けている“それ”を、チャチャゼロは未だ理解できずにいた。

 

 

 

 

 

 

 『? 何だか凄い“しんぱしー”を感じるでござるが……?』

 

 

 その感触に首をひねって見回すが、それがどこから感じるものなのか解らない。

 

 シンパシーを感じたよ—な気はしたのだが、それがどこの誰なのか解らず、まぁいいかと座り直した。

 それも、不貞腐れるようにビニールシートに腰を下ろしている横島の隣に。

 

 ムムっと古の目が変わったが気にしない。

 

 ついでにさっき横島に飲ませたペットボトルのお茶を再度手渡したりして何とも甲斐甲斐しい楓。

 

 何気ない所作ではあるが、横島の呼吸の間を知っているから実に自然な動きだった。

 

 

 そんな横島は、然程でもない筈のペットお茶を妙に苦々しく飲み干して行く。

 まだ憮然としたものが残っているのだろう。

 

 彼のそんな横顔をじっと見つめ、『よくもここまで拙者を変えやがったでござるな。忝い』等と感謝なのやら恨みごとなのやらサッパリ解らないボヤキを口の中で噛み潰す。

 くぴっと自分もボトルに口をつけ、口から出してしまいそうになっていた言の葉をお茶でもって飲みこんだ。

 

 

 何と言うか……このすぐ横、いや隣という位置がとてつもなく心地良いのである。

 

 それでいて気分的には横島と距離を置いて座りたいのだから矛盾している。いや、本当に。

 

 

 相反する心情がもどかしく、それでいて何とも落ち着いても来るのだから混乱もしようというものだ。

 

 

 「ん? 楓ちゃん、どーかしたのか?」

 

 「ナンデモナイデゴザルヨ?」

 

 

 おまけにコレである。

 

 この男、ちょっとでも油断すると直ぐにこちらの不調を感じて気遣ってくる。

 

 そんな彼に対し、やや言語がおかしくなってしまったが、ちゃんと返事を返して何とか誤魔化せた……と思う。

 

 何だか彼の側に居れば居る程、彼を近くに感じれば感じる程、そう言った腹芸が下手糞になって行くような気がする。

 

 霊力まで習い始め、勘も前以上に研がれているというのに、忍としては弱くなっているような気がしないでもない。

 

 

 『それもこれも横島殿の所為。

  貴殿の所為で拙者は落ち着かないでござる……

  なれど……』

 

 

 その事を欠片ほども不快に思えない。

 

 寧ろ、直ぐ側に気配を感じられなかったこの一週間の日々の方がよっぽど不快である。

 

 何せその間も古は横島といたというのだ。これを怒れずにいられようか。

 いや、度し難い。抜け駆けだド畜生。

 

 感情の波動を我知らず漏らしてしまったのか、その所為で手に持ったペットボトルの茶が楓の氣と霊波を受けてボコボコと泡立っていた。

 

 力の波動は液体の方がよく伝わる。

 だから感情の高まりがこんな形で現れたのだろう。

 

 真横にいる所為で驚かせされている横島は元より、怒りの波が直撃している古は身を固くし、ネギらは何故か怯えていた。

 場の空気に楓はようやくハっと気付き、アハハと誤魔化しつつペットの茶を呷る。

 

 しかし、普段は兎も角、何故に横島絡みになるとこうも感情が表れてしまうのか。

 

 

 

 『ほな、楓は横島さんの事、どないに想とるん?』

 

 

 

 木乃香から投げ付けられたこの質問。

 

 あの時に横島が近寄って来なければ、間違いなく木乃香に畳み掛けられていた事だろう。

 

 

 無論、横島の事を嫌いだと言う事はありえない。

 

 はっきり言ってしまえば、好きだと言える。

 

 だが楓は、その事を軽々しく口にする事が憚られてしまったのだ。

 

 間違いなく好きである。

 言っては何だが、少なくともかなり気に入っているネギよりも。

 

 だが、その好きがどういうものなのか、

 

 Likeとは違う好きである事に今一つ踏み込み切れていないのである。

 

 

 

 

 本当に、

 

 

 『……拙者もどうかしてる』

 

 

 ——のだ。

 

 

 

 技も術も、そして女としても成長し始めた楓。

 

 その当たり前の感情に戸惑う一方であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あれ? 楓ちゃん。

  今飲んでるそれ、オレのお茶……」

 

 「ぶふぅうう——っ!!??」

 

 

 

 

 

 「あはっ やっぱりそーなんやなー」

 

 「ぴぃ?」

 

 「うんうん。仲良き事は美しきかなっちゅーこと」

 

 「ぴぃ〜?」

 

 


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