——“あの”霧魔の襲撃事件以降、横島と古は楓の眼を盗んで毎日のよーに逢瀬を続けていた(違ry
ちゃっかりした事に、古はキチンと大首領(笑)であるエヴァに“あの件”について再確認している。
念の為というヤツだ。後でどんな問題が起きないとも限らないと気付いたからだ(寸借詐欺的に)。
流石は横島を師と仰ぐだけはある。こすっからく成長したものだ。
「修行に関する事でなければ会ってどうこうするのはかまわん」
との事。
つまり、古は横島との修行を禁じられてはいるが、そうでないのなら密会をしようが体育用具室とかでムニャムニャしよーが知ったこっちゃないとゆー事らしい。
ココんトコ追い詰められ気味な彼の事、ゆっくりとアプローチすれば『オラ、ワクワクしてきたぞ』な展開になってもおかしくなかったのであるが、幸いと言うか残念ながらと言うか、小鹿の無垢無垢な眼差しもあってそう上手く(美味くw?)はいかなかったりする。
ねぇねぇ、ナニするの? と好奇心イッパイのキラキラした目で見つめてくるもんだから、ウッフンなアクションがとれやしない。
元々が精霊なのでコトに及ぼうとしても気にはすまいが、それでもあの澄んだ目には勝てないのだ。
……尤も、男の方ではなく、少女の方がそんな空気に持っていこうとしていたのはチョット問題であるのだけど。おまけに無意識っポイし。
魔法に関する事や霊能力に関する事を見聞きする事も修行となるのだから、功夫の型とかを見せて意見を聞いたりするのもダメなら、ネギを鍛える件や試練についての横島と相談したり質問をするのは当然不可という事となる。
それはそれでガッカリなのであるが、会えるなら後の楽しみに取とくアルと、古はけっこー簡単に納得していた。
確かにメインは横島の悲痛な声に反応する かのこを押さえておく事であるが、別荘に向う間、他愛無い学校の“お話”をしたり、時間までブラついたり軽く食事をしたりとかなり楽しんでいる。横島にしても拷問鍛練の生き抜き…もとい、息抜きになるからとけっこー楽しんでいたし。
古の方も自分と話をする事を楽しんでくれているのを見るのは嬉しいらしく、バイト先である<超包子>に連れて行って一緒に軽食を摘んだり、エヴァの家に向うコース上にあるカフェでお茶を飲んだり、まったりとした時間を交えてかなり充実した日々を送っていた。
……ま、ぶっちゃければやっぱり逢瀬と称しても言い過ぎではないくらいで……
と、兎も角、コソーリと覗いていた超が思わず安堵の涙を拭っちゃうくらい、(本人達に自覚があるかどーかは微妙であるが)マジモンのデート。
流石に一週間もそーゆー事を続けていたお陰であろう、何時の間にやらちゃっかりと自覚が進んでいたりなんかしちゃってるもんだから、以前よかベタベタしてたりする。
前にも述べたが、横島の霊力値と煩悩値は反比例しており、疲労が溜まっている現状ではその年齢の垣根はググっと下がっているので古とのデートも純粋に楽しんでいたりするのだ。
そりゃあもう、楓が目の当たりにすれば嫉妬の余りのたうって悶えてしまうほどの仲の良さだったらしい。
古の武闘派追っかけにハッケソされてなければよいのだが……
——またかな〜り話が逸れてしまったが、つまりそーゆー理由で横島は古から な〜んにも話を聞いていないと言う事である。
そんな彼であるから、エヴァの別荘で霊力回復中、世界樹前広場に行けと言われてイキナリ叩き出されただけで何が何だかサッパリ解っていないまま。
どーも周りの話から鑑みればネギが茶々丸と何やら行うという程度の事しか解らない。
そこでイキナリ代打に選ばれたとしても、
「 あ゛ ー も ぉ っ ! 何 が 何 だ か っ ! !
説 明 ぐ ら い せ ー っ ! ! ! 」
と、混乱して怒鳴るのは当然の行為であろう。
一応、茶々丸の代わりとしてネギとナゾの理由でバトらねばならない事だけは理解できたものの、聞けば聞くほど自分が巻き込まれる事に納得が行かない。
何せネギは魔法使いとして天賦の才を持ち合わせてはいるが、実践云々で言えばまだド素人。
対して横島は悪霊や魔族と戦い続けて生きるか死ぬかの生活を送っていた男だ。
そんな横島に(イロんな意味で)純真無垢なネギをドツき回せと言う。
ぶっちゃけてしまえば児童虐待。
腐っても横島忠夫。それを『やれ』と言われて『OK!』と素直に受けるよーな男ではないのだ。
ものごっつい剣幕にネギや明日菜は元より茶々丸までがオロオロしているのを見、やっとこさ古も『そ、そー言えば説明してなかたアルな……』と気付き、代表のように彼の前に進み出て説明をする。
また出遅れたでござる!? と打ちひしがれる楓を他所に、ジェスチャーを加えつつココに至った経緯を語る古であったが、その説明を受ければ受けるほど横島の額に皺が寄ってきた。
彼女の話をまとめれば、強くなりたかったからエヴァに師事を請い、何とか試験をしてくれる確約は取れたもののその内容を聞く前に古に白兵戦闘の師事を請い、エヴァを怒らせたという事となる。
彼の経験から鑑みれば、バイト先である除霊事務所の所長にナイショで近所の魔法料理店でバイトしているようなもの。
まぁ、実際に貧困の余り食うに困ってやっちまってた事もあったりするが、それがバレた時に怒れる所長によって三途の川でメドレーリレーを堪能した挙句、営業担当の死神ちゃん(横島用に女性だったらしい)の甘言に乗せられてウッカリあの世行きの書類に捺印してしまうところだったのは黒歴史だ。
例えばエヴァに見付かった際、『ナイショで体を鍛え、試験当日にその結果を見せて驚かせるつもりでしたー』とか、『貴女に教えてもらう為に必死で鍛えました』とかかませば角は立たなかっただろう。
上手くいけばフラグの一つも立つか、好感度とかが上がったかもしんない。そこら辺を見据えられないのはまだまだオコチャマだなぁ……等と苦笑してみたり。
「いや、そーじゃなくっ!」
妄想を手で払って現世に意識を戻し、エヴァに顔を向ける横島。
この場で初めて説明を聞き、あたふたするトコが見たかったのだろうか?
事実、何かニタニタしてこっち見てるし。
オレはドコに行ってもそーゆーS女に縁を持ってしまうとゆーのか!?
ええい腹の立つ……このドS幼女め」
「……刻むぞ? キサマ」
「ああっ! 何時の間にか声に?!」
“あの”元雇主に比べればやはりエヴァはかなり温厚(!?)のようであるから命は取られまいが、睨まれるとやっぱり怖い。
元から女王様系女子に弱い事もあるし、
無論、魂レベルで叩き込まれている元雇主への恐怖感よりはマシであるが。どんだけトラウマ植えつけられているだろうか。彼の女傑、恐るべし。
「そ、そんな事より、何でオレがネギと殴り合いせなあかんねんっ!!」
そんな恐怖を誤魔化す為か、迫り来るお仕置きを避けんが為か、何とか必死に話を逸らそうと……もとい、話を戻そうとしどろもどろ。
しかし意外にも彼女は言い訳めいた彼の言葉にすぐ従ってくれた。
尤も、
「ほぉ?
つまりお前は茶々丸にネギを殴らせ、
あまつさえ茶々丸が殴られるかもしれない状況が見たいと?」
「う゛っ!」
余り嬉しくない
だが、そう言われると流石の横島も言い返せなくなる。
ちらりと目をエヴァが見ている方向に合わせてみると、そのやりとりをオロオロとしつつも見守っている件のロボ少女の姿。
その様子は何か同僚の巫女少女を思い出してしまう。
責められてもいないのに、『−横島さん……』と悲しい眼で見られて気になってくるのもチキンハート故の事だろう。
尚且つ、彼はその茶々丸にかなりお世話になっていた。
何故かは知らないが、エヴァはまるで横島の能力を茶々丸に
そして、傷の手当てや食事の時になってやっと彼女はその場に呼び出されるのだ。
だから横島は、かのこは世話になっているし甲斐甲斐しく手当てもしてくれるしで、茶々丸にけっこー気を使っていたりする。
確かにそんな事をされている理由は解らないが、元々エラい低かった人外と人との垣根は更に低くなっているので、当然のように魔法と科学の融合体である彼女を一人の少女として接しているし、茶々丸が美少女であるという事も手伝って、感謝の念は特売セールに出しても余るほど持っていた。
そんな彼女が叩かれる、傷を負うかもしれない状況になっても良いのか? と問い掛けられれば、否 断じて否! 絶対にノゥ! と言わざるをえまい。
つーか他の選択は無い。
「せ、せやけどわざわざこんな事せんでも、別にオコチャマの一人や二人、教えたっても……」
ええんとちゃうか? 等とテンパっている所為だろうか、微妙に関西弁になりつつそう問い返すのだが、
「ほう?
私に師事を請いに来たその口で、即行でバ功夫娘に教えを請いに行く。
そんな口を直に信じろと?
そんな行動を踏まえた上で、教えるにせよ断るにせよ、
その想いの強さが如何程のものか見てやろうと言うのだ。
これ以上に慈悲を見せろと言うのか?」
「う゛……」
エヴァの方に筋が通っていた。
確かに、仮にも師匠になってもらおうとしていた相手に断りも無く古に教えを請うの筋が違う気がする。
人にもよるだろうが、中途半端な気持ちで当たっていると取られても仕方が無いのだから。
前述の通り、そういう理由の怒りを横島は身を以って知っていた。
しかしそうなってくると断る手立てがなくなってくる。
横島は茶々丸に食事の世話と手当てをしてもらっているだけなので彼女の戦闘力を知らない。
元いた世界で戦闘力特化の人造人間を知ってはいるが、見た目茶々丸の方が華奢であるし“色んな意味”でボリュームに劣る。
特に胸部装甲は薄そうだし。
「−……? 何でしょう? 急に横島さんに攻撃を仕掛けたい気持ちが……」
「……」
と、兎も角、
茶々丸の戦闘能力をまともに知らない横島は、見た目が華奢な美少女である彼女と魔力で肉体強化が出来るネギがガチで殴り合いをするのは賛同しかねる。
つーか、嫌だ。
となると……
「ふふふ……そう言う事だ」
こ、この娘、悪魔や……等と悔し涙を流しつつ、横島は了承するしかなかったのだった。
言うまでも無いがエヴァは甘い男はそんなに好きではない。口にする人間によっては虫唾が走る程に。
だが、内容を詳しく知っているわけではないが、横島の甘さの“理由”は余りに重過ぎる事は理解している。
それに横島の馬鹿は口だけではなく、突き抜けているので余り気にしていないのだ。
……まぁ、その甘さを利用する事くらいはするのだが。
「ぼーやも嫌いでもない茶々丸に手を上げたくあるまい?
どうだ?」
等と胡散臭い笑みでもってネギに持ちかけるエヴァ。
やはり彼女は悪である。
そんな言われ方をしてこの少年が断れる筈がないのだ。
「あ、えと……ハイ。解りました」
彼としてもその申し出はありがたい。
以前の卑怯な襲撃に対する引け目もあるので、彼女には殊更手を上げたくなくなっているのである。
攻撃が当たるか当たらないかは別問題であるけども。
——だが、彼は何かを忘れている。
双方の快い(片方は嫌々であるが)了承を見、エヴァは内面で闇夜の三日月を思わせる笑みを浮かべていた。
尤も、外面は優しげに口元を歪め(この辺りは流石)てはいるが。
しかし、当然ながら反対意見者がいなくなった訳ではない。
「「 異 議 あ り っ ! ! 」」
言うまでもない。楓と古の二人だ。
どこぞの謎法廷宜しく、勢いよく手を上げ異議を申し立てた。
ココんとこいっしょにいる古は練習着なので見慣れているが、楓は珍しく私服であるし、おまけにノースリーブ。
制服より生地が薄い所為か、勢いよく手を上げた為に年齢不相応に『たゆん』と大きい果実が揺れ、それがハッキリと見えてしまった横島は、霊力が下がって煩悩ゲージが上がっている所為だろうコソーリと鼻を抑えてたりする。
まぁ、それは
「幾らなんでも力量に差があり過ぎるでござる!!
草野球の代打に○ぶさん出すよーなものでござるよ!?」
「だ、大体、経験が違い過ぎるアル!!
いくら史上最強の弟子でも入門したてではヤンキーにも勝てないアル!!」
『なんつー解り難い喩えだ』等と思いつつ、それでも二人が反対してくるのは想定内。
エヴァは然程も慌てず馬鹿声から鼓膜を守るべく耳の穴を塞いでいた指を抜き、
「ああ、心配するな。ちゃんとハンデは考えてある」
と言って茶々丸に顎先で指示を出した。
彼女も“既に命令を受けていた”から驚きもせず、ポケットから取り出したチョークでもって横島を中心に半径1mの正確な円を描く。
皆もそれが何を示しているのかサッパリ解らなかったが、線を引き終えた時にエヴァが説明を始めてやった。
「確かに単にこの男とやり合えば ぼーやは瞬殺だ。そこまでムチャは言わんよ。
だから横島から攻撃してはいけないというルールを考えた。
まぁ、カウンターは仕方ないと思うがな。
そしてこの円から出しても ぼーやの勝ち。
ぼーやは横島に一撃入れるか、この円から出せばいい。どうだ?」
「なれど……」
エヴァからしてかなり譲歩したルールであるが、二人はそれでも納得しかねている。
まぁ、多少なりとも横島と鍛練をしており、その実力を身をもって知っているのだから当然であろう。
しかし、
『それと、あいつの霊能力の使用も禁止とする。それならいいだろう?』
そんな裏のルールを念話で伝えてこられたのだからしょうがない。
成る程、確かにここまでハンデをつけた横島に一撃も与えられないようでは弟子に取る気にはなるまい。
二人とてそんな横島とならヤり合ってみたいと思うし。
ここまで足枷を付けてもらって却下とは流石に言えなくなってしまった。
「ふ……納得したようだな。
……では、始めるとするぞ」
ぬたりとした笑みを浮かべて下がって行くエヴァ。
その笑みにものごっつい不安を覚えるも、やはり二の句を継げず、しぶしぶといった態で楓らも下がって行く。
やや緊張した面持ちで軽く関節をほぐしているネギ。
顔からイヤそーな表情が消えない横島。
何とも落ち着きが対照的な二人であるが、イキナリ代打に立たされた彼もスッカリ諦めの境地に入ったか、茶々丸に かのこを見ててと預けてその円の中に立った。
ドンと胸を叩いて『−お任せください』と何故か自信満々に了承し、その胸にかのこを抱き上げて危ないですから下がっていましょうと小鹿に説明しつつ距離を置く。
クラスメイトらの羨ましそうな視線を全て弾き返しつつ、『−調子はいかがですか?』とか『−ご夕食はとられましたか?』等と語りかけ、『ぴぃぴぃ』と返事を返してもらっては実に幸せそうな顔をしていた。
これを成長と見ればよいのか、堕落したと思えばよいのか微妙なトコであるが…兎も角、周囲の邪魔者が下がったのを確認した後、右手を軽く上げつつエヴァは、
「あぁ、言い忘れていたが。横島よ。
間違っても一撃喰らって負けたりしたら“例の修業”を3セットな」
と、横島にとって死刑判決に近い罰をこの期に及んで口にした。
「 な、な ぁ に ぃ い い い っ ! ! ? ? 」
エヴァの言葉にマジな恐怖の色を顔に浮かべる横島を見、楓達は首を傾げたが当然ながらその恐怖の意味は計り知れない。
その横島の怯えを見て、更にエヴァは満面の笑みを浮かべつつ上げた手を振り下ろす。
「では、始めっ!!」
そして、試験は始まった——
———————————————————————————————————
■十六時間目:功夫・Hustle (中)
———————————————————————————————————
「う〜ん……何というか妙な展開になってきたな」
刹那から聞いていた話を思い出し、見回りが終わったその足でここに来てみたのであるが……流石はエヴァンジェリンといったところか。
何とも周到な事に、周囲には点々と栓の開いたペットボトルが置かれおり、その中には水が入っていた。
恐らくこれらを繋いで侵入阻害の結界を張っているのだろう。
試験の邪魔をしないようにしているのだろうが、ここの学園長より強大な魔力を持っているというのに、それ封じられている彼女は水のような触媒無しには魔法は使えない。
その水とて水道水を入れるだけでは済まず、それなりの手間を掛けなければならない。
にも関わらず、彼女はその面倒な手順でもって作り上げた水をペットボトルに詰めて、場の周囲に配置して結界を張っている。
しかし、魔力を持たない人間を含む、特定の人物だけは入られるようになっているのだろう、魔法使いではない少女の姿もチラホラ。
隠蔽力も高く、自分でなければ結界があるとも思えなかっただろう。
「横島さんとネギ先生か……どう考えても先生に歩が悪過ぎるな」
“彼女”は既に彼の実力の一端を目にしているので容易に想像がつく。
いや、彼女でなくとも当のエヴァにしてもそれは容易に想像がついているだろう。
仮にネギをからかう為に横島と戦わせるにしても手間がかかり過ぎている。
という事は、
「……試験ではない……という事か?」
或いは戦わせる事こそが目的である——かだ。
「ふむ……」
少女は顎に手をやって僅かに悩みはしたものの、ネギと横島が向かい合い、周囲から少女らが離れて行くのを見て直にその思考を放棄した。
何だか面白そうな事が始まろうとしているというのに、つまらない事を考えつづけるのは無粋というものだ。
「ま、どうせ後で解るさ。それに……」
チラリと空に視線を向ければ、無音ローターを回して宙に浮いている物体が一つ。
メカメカしい外見と、こんなモノを組み上げられる人物に心当たりがある彼女は、フ…と苦笑して観戦者に徹する事にした。
今のネギの実力を見るのも由、手枷足枷状態の横島の戦いを堪能するも由。
見所は多そうだ。
「ま……個人的には横島さんにボコボコになってほしいんだがな……」
ぶっちゃけ八つ当たりなのだが、それはほぼ不可能であるから直に諦め、ストレスのネタを与え続けてくれるバカブルーを苦い眼で睨む。
エヴァに気付かれないよう、結界の外からスコープでもって観戦するスナイパーな彼女。
何かと気苦労の種には事欠かないようである。
****** ****** ******
少女らは一瞬、何が起こったか解らなかった。
いや正確には、見えてはいたのであるが、それでも理解できていないと言ったところだろうか。
少女らの口から零れ落ちるのは呆気に取られたような吐息のみ。
ネギと横島の実力を知っている筈の古や楓ですらその有り様だ。
「……ま、そうだろうな……」
ただ、エヴァだけはギャラリーの少女らとは別のベクトルで呆れてはいるが、驚いた風もない。
茶々丸の頭上で珍しく何も喋らず二人を見つめているチャチャゼロも……極めて表情を読む事は難しいが、恐らく驚いてはおるまい。
かのこを抱えて右往左往している妹とは対称的だ。
彼女らの視線の先。
試験の為、横島との試合を始めたネギは、
「う……く……」
「え、えーと……大丈夫か?」
開始の合図と共に自分に魔法による肉体強化を施して踏み込み、一撃を入れようとしたその瞬間、弧を描くようにひっくり返されてしまったのである。
「……え、え? ええっ!?
い、今、何があったのっ!?」
最初に再起動を果たせたのは、勢いがいい明日菜。
そしてそれを皮切りに、皆も再起動を果たしてざわめき出す。
「え? え?」
「いきなりネギ先生がひっくり返ったよ!?」
「な、投げた……? ううん、違う。何なの!?」
まぁ、見えなければ混乱もするだろう。
眼が良かろうが知識がなければサッパリだし。
現に動体視力が尋常ではない明日菜も、見えてはいるが何が何やら解っていない。
「ち、ちょっ、刹那さんっ!?」
だから刹那にしがみ付くように問うが、問われる刹那も答えに窮している。
「わ、解りません。
先生が自身に魔力供給をして中国拳法の……崩拳…ですか?
それを入れようとしたとまでしか……」
実のところ刹那も見えてはいる。だが、見えてはいるだけだ。
正確に言えば『よく見えなかった』であるが、その『よく見えなかった』部分がネギを大の字に横たわらせている理由なのだから説明が難しい。
「……何と……」
呆然とした声に、刹那は振り返った。
声の主はその物言いからも解る少女、楓であるが、彼女には見えていたのだろう、皆とは違う眼でもって呆然としている。
更には、同じ様に古もまた呆然としていた。
流石に明日菜より眼が良い楓、そして事が武術であるから古にも解ったのかもしれない。
——今の瞬間、何が行われたのかを。
だからこそ、その驚愕は余りに大きく、再起動に時間が掛かってしまったのである。
現世復帰を果たした瞬間、二人は慌てるように皆より一段高い場にいるエヴァに視線を向けた。
彼女はただ、妖艶ともいえる奇妙な笑みを浮かべているだけ——
「く……っ」
と、してやられた事に唇を噛む古。
別にネギが負けたとてそんなに困る必要はないのだが、彼の努力を知っている分、古としては気持ち半分はネギを応援していた。
無論、横島に負けてほしい訳でもないが、ネギの意気込みを見、その中に横島の強くなりたいという気持ちと似たものを感じていた。
だからその分、エヴァに
もう一度、彼らに目を戻せばヨロヨロとネギが立ち上がってゆくのが見える。
やはりこの程度では諦めまい。ダメージらしいダメージも受けていないのだし。
あの瞬間——
横島はネギの拳をしゃがんで回避し、その踏み込んできた足を手で掬い上げたのだ。
しかしそれだけではなく、転がす際に、ネギが頭を強打しないよう自分の左足の甲を彼の後頭部に当て、その衝撃をやんわりと逃がしている。
その一連の動作を、横島は
次いで驚いたのは楓から説明を受けた明日菜達。
横島の見た目が見た目のなのだから驚愕も大きい。
確かに暴走といういらぬ要因はあったものの、京都の一件で彼の実力の一端は目にしているし、銀髪の少年と戦った際には、向こうの攻撃を悉く避けてカウンターでおちょくるような余裕も記憶に残っている。
だが、いざ通常の状態での横島を前にすると、“あの晩”の事などすぽーんと忘れてしまうほど(ややアホっぽいが)普通の青年にしか見えなかった。
それほどギャップが大きいという事なのだが、見かけで油断させられていると言っても過言ではなかろう。
「ネギくぅん! がんばってぇーっ!!」
「私達がついてるよーっ!!」
「横島さんなんかやっつけちゃえーっ!!」
慌てている明日菜らを他所に、単なるギャラリーである裕奈達がネギに声援を送る。
無論の事、チアリーディングを行っている三人も部活で鍛えた応援で彼を励ます。
ぶっちゃければこの場にいる少女らの大半……八割以上はネギの味方である。
「く……よ、横島さん……行きますよ」
その声援を受け、ネギの心に力が篭った。
こんな皆の為に強くなろうとしている事も理由の一つなのだから。
ぐ……と拳を握り締める。
まだ自分に対する契約執行の魔法は生きているし、心は折れていない。
エヴァの言った試験のルールに時間制限の話は出ていない。
屁理屈と言われればそれまででてるあるが、だったら気力が尽きるまでやればいい。
いや、“やれる”。
自分の気力が尽きるか、横島の気力が尽きるか。
その我慢比べが今回の活路だとネギは思っている。
そしてまだ拙いとはいえ、この一週間で己が身体に叩き込んだ拳法の構えをとり、前で待っている横島を見据え……
「さぁ、来い。男の敵め……
天に代わって成敗してくれる」
一瞬で気力が尽き掛けた。
「……ま、拙いアル」
「どうかしたのか!?」
今さっきとは別の意味で冷や汗を掻いて呟く古に、刹那が思わず問い掛けた。
何とか勇気を振り絞って崩拳で踏み込むネギ。
横島はその腕に手の甲を当てていなし、勢いを自分の背後に逃がしつつ軸足を手で払ってひっくり返らせる。
更にネギが受け身を取ろうとした瞬間、更に彼の足を掬い上げて投げ飛ばす。
何かさっきよか手加減がない。
横島は自分から攻撃ができないというルールだから、ネギが突っ込んでこなければ話にならない。
かと言ってネギの誘いに乗るような彼ではなく、どんなに挑発してもピクリとも反応を見せず、イキナリ懐から本を取り出して読み出したりする。
無論、それは誘いで、のせられたネギが隙ありと突っ込んでまた投げられたりしていた。
その流れるような動作に明日菜らの驚きも大きい。
「あの噂が流れていた理由が解ったでござるよ」
「は? い、いや、今はそんな事を聞きたかったのではなく……」
しかしその刹那の問い掛けに答えたのは古ではなく楓。
おまけにその答も何か見当違いっポイ。かくんと肩を落としつつ訂正しようとした刹那だったが……
「いや、“それ”が答でござる」
「は?」
横島を見つめたまま、楓は極真面目にそう返した。
「元々横島殿の自己評価は無意味に低いでござる。
人よりどれだけ勝っていようとそれに気付けず、
どれだけこっちが気にしようと感じ的には掴んでくれるくせに肝心の部分は気付いてくれない朴念仁。
……ったく人の気も知らないで……あの時だって……」
「か、楓?」
しかし彼女の言葉はどー考えても脱線しっぱなし。
刹那は、大丈夫かコイツと冷や汗を垂らしてしまう。
そんな少女らの前方で、ネギは横島にいいように遊ばれ続けていた。
古との特訓で鍛えた連打を横島に叩き込むが、何と言うか……横島は“のらりくらり”と身をかわす。
恰も風に靡く柳の如く。
どう考えても分が悪過ぎる。
体力的に見ても、魔法の強化無しではネギに勝ち目は無い。
何せ横島の方もカウンターは入れるのだが、打撃ではなくネギの力を利用した見事な捌き。
ネギの攻撃そのものを返しているに等しい。
これではネギしか疲労が溜まって行かないではないか。
横島がそういった武術の修行をしていないのは楓も古も知っている。
しかしあの動きはそんな鍛練を知らぬ者のそれではない。
何せ刹那から剣を習い始めて日の浅い明日菜ですら、横島が素人ではないと見て取れているほどなのだら。
「……な、何という体捌きでござろう……
それにアレは……もしや柔術でござるか?!」
ハッとして大首領たるエヴァに再度眼を向ける楓。
その視線の先、
高台の上から仁王立ちでその戦いを見つめている様は正に大首領という言葉通り。
楓の視線とその意味に気付いているのだろう、彼女はニヤリとして笑みでもってそれを返していた。
「く……っ この状況、そして横島殿の底上げから鑑みて最悪でござる。
これではネギ坊主に勝ち目は無いでござるよ」
「ちょ、ちょっと楓さん!! どういう事!?」
余りと言えば余りに悪い状況を嘆く楓の言葉に、明日菜が強く反応する。
ネギのがんばりを知っているし、ココ一番の無茶な踏ん張りも知っている明日菜であるから当然の流れであろう。
「さっき拙者が申した通り、横島殿の自己評価は無意味に低いでござる。
よって自分はモテないというコンプレックスを拭い切れず、やたらと色男に嫉妬してるでござるよ」
「だから、それが……」
「解らぬでござるか?
「へ?」
そう問われ、意味が解らぬまま振り返って場を見てみた。
彼女の視線の先で、ネギと横島の手合わせはまだ続いている。
殆ど一方的に遊ばれているネギであるが、その眼には未だ諦めの色は無い。
ネギは殆ど習っていない蹴りまで混ぜるが、横島はそっくり返るようにスウェーしてかわし、その足を掬い上げて少年の小さな身体を一回転させる。
当然のように石畳での頭部の強打だけは防いでくれているのだが、踵落し等の追い討ちはおもっきり出してたりする。
微妙なトコで手加減が無くて大人気ない。幸いにもネギは避けているのだが。
そんな虐めにしか見えない光景に、少女らの応援にも更に熱が入る。
「ネギくぅーんっ!! しっかりーっ!!」
「横島さんなんてぶっとばしちゃえーっ!!」
「子供相手にサイテーっ!!」
「大人気なーいっ!!」
無論、横島に対しての野次が入るのは否めない。
だがそこは横島忠夫。
その野次によってイロイロとパワーが上がって行く。すげく涙目なのが印象的だ。
「くくく……ココまで嫌われたら失うモンはないなぁ……
とことん殺らせてもらうとするか」
「ひぃいいっ!?」
一瞬、ネギの腰が逃げてしまうほど……つーかチビっちゃいそーなほど怖くなった。
横島の眼もかなり病んでるし。
「ネギ坊主は今、綺麗ドコの声援を受けて戦っているでござる。
対して横島殿は罵声を受けるのみ」
「そ、そりゃまぁ、ネギと戦ってる訳だし……」
そう答えてから意識を戦いの場に戻せば、やはりネギは圧倒的不利のまま。
踏み込めば流され、体勢を崩され、掬われ、捌かれ、コロコロ転がるのみ。
しかしそうなると、ネギに対する声援より横島に対するブーイングが増してゆく。
ナニすんのよーっ!! などと言うのは甘い方で、死んじゃえーっ!! に近いモノまで飛び出して来る有り様。
横島の笑みは黒さを増し、何か福本っぽく歯並びのいいイヤ過ぎるワライに変わってきてたりする。
当然、少女らは ざわ ざわ してるし。
流石の明日菜もこれにはヒキが入る。
「解ったでござるか?
つまり、ネギ坊主を応援すればするほど横島殿の“しっとパワー”が上がり、
ネギ坊主が危険度が高まって行くでござる」
言うまでもないが<モテない>というのは単なる被害妄想であるし、元の世界でも彼は然程モテない訳ではなかった。
実際、残念ながら記憶には殆ど残ってないが、二十歳を過ぎてからのナンパ率は鬼畜な実父に迫っていたし、雇主や同僚の少女ら(“女性”と称せねばならない年齢となっていたが)もずっと彼を気にかけていた。
おまけに人外からはむやみやたらと好かれている。それも本気の本気でだ。
が、小学生時分から堆く積み上げてきたコンプレックスは中々突き崩せないのである。
その“しっとパワー”は凄まじく、相手の髪の毛なんぞ用意せずとも藁人形一つで男に呪いをかける事ができてしまうほど。
呪術師も感嘆するほどの“しっと”の呪いパワーである。
「そ、そんな……
あっ!? だったらあの噂は……」
楓の言葉を聞き、やっとさっき彼女が何を言いたかったか気付く明日菜。
そんな彼女に楓はコクンと頷いて肯定する。
「そのようでござるな……あまりにピンポイントだと思えば、そう言う事でござろう。
ほぼ確実に横島殿が嫉妬するような綺麗どころが応援側に選ばれてるでござるし」
プロポーション的なもので言えば千鶴やあやかが適任であろうが、彼女らは実力行使に出る可能性があるし、何よりあやかは余りに五月蝿過ぎる。
それにストライクゾーンのド真中よりややズレていた方が、ハートにくるモヤモヤは大きい。
かと言って のどかも駄目だ。
彼女に涙目でじっと見つめたら横島は即死するだろーし。
だからこのチョイスとなったのだろう。
何とも見事な采配である。激しく使い方を間違っているような気がしないでもないが……
「それに老師が『休んでるトコを叩き出された』と言てたアル。
老師は“力”が減てくるとボンノーを使た集中力で回復しようとするアルね。
ボンノーが暴走してる今は、嫉妬の化身になり易いアル」
古がそう説明を継いだ。
加えて言うのなら、ネギと古は対茶々丸用に対策を練っていたのだから、練り上げた策は茶々丸でなければ役に立たない。
にも関わらず、ネギや古達はエヴァの放つ雰囲気と状況によってうっかり彼女の提案に乗ってしまったのである。
確かに断り難い提案であったが、ネギの対戦相手が横島であるというショックが強すぎ、その事を失念してしまっていたのも大きい。そして痛い。
これは余りに痛く酷い大失策だ。
「おまけに横島殿のあの動き……あれはどう見ても柔術のそれでござる。
拙者らに稽古をつけてもらっていた時はもっと素人臭さがあったのでござるが……
となると考えられる事は……」
確認のように古に顔を向ければ、流石に彼女もその事に気付いていたのだろう、苦く頷いて肯定した。
『……いやまぁ、そこまで深く考えてた訳ではないんだがな……』
幾ら封じられていようと流石は夜の眷属。
満月でなくとも夜の闇の中では幾分力が戻るらしく、彼女らの会話はしっかり耳に聞こえていた。
3−Aの少女らからイイトコをチョイスして集めたのは、単にネギの応援兼、横島のトリガー役だけである。
ネギの底力は誰かを守ろうとする時に浮き上がってくる。よって声援も結構効くのだ。
アレを見る前にへこたれられたら敵わないのでその対策の為だ。
そして横島が戦おうとするよう、トリガーの役目も担ってもらう気でいた。
どーせあの男の事だ。相手がガキであれば絶対に嫌がって殴り合いなんぞすまい。
確かに魔法で自身を強化したのにはちょっと感心はしたが、地力は十歳程度なのだ。覚えたて程度の技では横島に勝てる訳がない。
その事を横島自身も解っているので、まともな交渉でやり合わせるのは不可能だと思われた。
だから布石として意図的な噂を流して……いや、“与えて”みたのだ。
そんな少女らに応援をされるネギを目にすれば、自己評価がおもっきり低くて見た目も然程は悪くないのに酷いコンプレックスを持っている横島の事、行動に移させるのは容易であろう。
せめてあと二,三年育っていれば〜〜っ!! と横島が歯噛みするようなのをチョイスしたのもそれが理由だ。
因みに、ハルナであればもっと話を持って行かせ易かったかもしれないが、異様に五月蝿過ぎる上、とんでもないくらい勘が鋭いから拙いと判断して削ってたりする。
まぁ、現在ハルナは“修羅場”であったから丁度良いのだが。
因みに、プロポーション的にはやはり あやかや千鶴も挙げられるが、あやかはハルナと同じくらい五月蝿いしウザいので論外だし、千鶴は……何か上手くいかなくなりそーな気がするから却下だ。
兎も角、交渉材料の一つと言う意味合い(場合によっては、彼女らを使って戦わせようとも考えていた)だけで、気力アップの材料とまでは考えてなかったりする。
「−宜しいのですか?」
「……何がだ?」
そんなエヴァの呆れなど知る由もない茶々丸が唐突にそう問い掛けてきた。
その間も茶々丸は、戦いとは言えない一方的な遊びともいえるものから眼を離していない。まぁ、その分かのこが不安そうな視線を横島とエヴァの間を往復させてたりするが。
シリアスな顔で見守っている茶々丸と、うるうるとした眼差しを向けているかのことの対比が凄い。
尤も、ネギがすっ飛ばされる場面等では微かに言葉が詰まったりもしていたが、エヴァは気にもせず自分の従者の言葉を待った。
「−ネギ先生の勝率はゼロです」
端的に——茶々丸は事実を口にする。
「当たり前だ」
「−仮に私と戦ったとしても、今のように魔法で自身を強化なさっても、その勝率は3%未満でした」
「あぁ、そう言ってたな」
あの日——
見回りを終わらせて家に帰ろうとしていたエヴァは、拳法の型を練習し続けていたネギに出会った。
何故か彼と一緒にいたまき絵の訳の解らぬ庇い立てによって試験をする事になってしまったエヴァであったが、後になって考えたら何とも分の悪過ぎる試験ではないか。
確かにネギは天賦の才があろう。
能力全開でなかったし、けっこう手加減した戦いであったが、一度やり合った身なのでその事は自分がよく解っている。
——が、経験の無さはどうしようもない。
ハッキリ言ってしまえば人造人間である茶々丸は実際にはネギより年下である。
しかし、戦闘プログラムの更新やエヴァの従者としての戦闘経験の蓄積が戦士として彼女を鍛えているのだ。
よって今のネギと茶々丸の距離は圧倒的。
茶々丸にしてそうなのだから、存在自体が反則の塊である横島が本気になると最悪一秒と持たない。
尤も、その程度になれるくらいにあの男を投げに投げ、投げて投げて投げまくってやったのであるが……
「チ……ズイブン手加減シヤガッテ……
本気デヤリャア、スグニすくらっぷニデキルッテェノニ……」
そんな彼を見やりつつ、茶々丸の頭の上で面白くもなさそうにチャチャゼロが呟いた。
珍しい事だが、そこそこ不機嫌っぽい。
セリフそのものは何時ものそれのようであるが、毒を向けた相手は主であるエヴァに対してではなく、ネギをコロコロ転がしている横島に対してだ。
横島の鍛錬を直接目にした事のない茶々丸が彼の戦闘力を想定できるのもチャチャゼロが伝えているからであるが……実はちょっとばかり誇張も混ざったりしてその実力は曖昧にしか把握できなかった。そこら辺はエヴァがツッコミを入れて修正済みであるが。
この事からも解るように、何気にチャチャゼロは横島の肩を以ってたりする。
尤も、そんなこと言っちゃヤダー という上目遣いをする小鹿がいるからか、そんなに悪態を吐いていなかったりするが。
「くくく……やはり奴の事をえらく買っているようだな。
そんなにあいつが本気にならないのが気に入らないのか?」
かのこに対する気遣い込みで、長く付き合いのある従者の変化が面白いのだろう、エヴァの顔は実に楽しげである。
チャチャゼロはエヴァの古参下僕で、一番彼女に近しい位置にいる存在だ。
しかし何せ元は人形。
その存在概念をひっくるめた能力の大半をエヴァの魔力に頼っている事もあり、魔力伝達が滞りがちである昨今は喜怒哀楽すら乏しくなっていた。
しかし、横島の霊波という尤も魔力に近いモノを浴び続けていた所為か、幾分以前のような感情を見せるようになってきている。
……まぁ、それ“も”狙いの内ではあったが、こんな“おまけ”が付いてくるとは思いもよらなかった。
そんな感情の動きを面白そうに眺めている視線に気付き、チャチャゼロは一瞬言葉に詰まってしまう。
尤も人形の顔を持っているので表情が読み難い。それが幸いし、
「……ソ、ソウジャネーヨ。
単ニ、オレノ後輩ノ分際デツマラン手心ヲ加エテイルノガ情ケネェダケサ。
べ、別ニアイツヲ気ニシテル訳ジャネーカラナ?」
等と誤魔化しをかます事はできていた。
それが成功しているかは別として……だが。
『−ツンデレ乙…だと判断します』
等と妹にもそんな感想をもたれているし。
ま、それは兎も角——
「−マスターはネギ先生に魔法をお教えしたかったとお見受けいたしましたが……」
「ふ… まーな……」
意外にも、エヴァは茶々丸の意見を肯定した。
僅かにチャチャゼロがピクンと頭を動かして反応をして見せたが、それが主人の意外な言葉に対してなのかは解らない。
「−これではその目的達成は不可能では?」
「さてな」
茶々丸の問いかけにもエヴァのは微笑むだけ。明確な答は返ってこない。
尤も、そんな事を期待できる相手でもないのだが……
確かに茶々丸の言う通り、勝率ゼロの相手に勝つ事はできまい。
ネギの鍛練のメインは茶々丸に対してのカウンターで、攻撃方法はまだ本格的なものを習っている訳ではないのだ。
対して横島の方は、エヴァ自らが一対一の魔法使い相手の戦いや、対軍勢戦の技(業)を徹底的に叩き込んでいる。
前に高畑に語ったように、横島は物覚えが悪い。
おまけに女に手を上げられない性質を持ってしまっている。
だから普通の方法で鍛える事は不可能だ。
よってエヴァは投げた。
対人戦闘。それも、殴り合いや撃ち合いをあまり得意としない彼に合う戦闘スタイル。
霊能という特殊過ぎる能力者に最も似合う戦闘スタイルである、合気柔術。
ある人物に技を習い、達人クラスとなっているエヴァ自ら彼に直接技を叩き込んでやった。
兎に角エヴァは投げるに専念していた。
一方的に投げ、投げに投げまくった。
本気で。かなり本気で叩き壊すつもりで。
未だ女相手に組み手すらまともに出来ない横島が技を会得するには、投げに投げてその技を身体に刻み込み、身を持って教える他手は無かった。
無論、ヘタレの彼の事。マジ泣きで嫌がるし、許しを請う。
土下座だってするし、負け犬宜しく腹だって見せる。
そのヘタレっぷりには教えているエヴァの方も泣けてきそうになったものだ。
——しかし、『
許しを請うたとしても、それは手加減くらいで、止める等とは決して口にはしなかった。
泣き言を言いつつも立ち上がり、
ボロボロになりつつも眼の力を衰えさせようとせず、
震える足を叩いて踏ん張り、ボロ雑巾宜しく叩き込んだ術をじゅるじゅると小汚く吸収して行く。
実はエヴァは、彼のその小汚い貧欲さが気に入っているのである。
そんな横島をエヴァに次いで間近で見守っていて、彼の事を妙に気にしているチャチャゼロ。
そして何だか異様にネギの事を気にしている茶々丸。
姉妹して何とも対照的な
何を見守っているかは定かではないが——
茶々丸は、そんな自分のマスターの心中を図りかねて困惑していた。
いや、何を悩んでいるのかと問われれば困ってしまうのであるが、彼女自身も解らない部分が葛藤しているのだ。
何だかんだ言ってエヴァはネギの事を気に掛けて来ている。
横島にいいように遊ばれてはいるが何度も懲りずに立ち上がってくる少年を目に入れ、満足そうにほくそ笑んでいるのだし。
茶々丸も口にしているのだが、ネギでは横島に勝てない。
そんな事は言われるまでもなくエヴァも確信していた。
実戦経験の少なさはどうしようもないし、それより何より横島の経験の大半は彼よりも圧倒的に強い存在との戦いである。
よって余程の事がない限り、如何なる相手でも油断が無いのだ。
それだけならまだしも、心構えの点でネギは圧敗している。
確かにネギは努力しただろう。
天才という誉通り、元々の才気が尋常ではない彼は古の教えをスポンジのように吸収し、数ヶ月は掛かる型でも二,三時間でモノにしたほどだ。
頭は悪くは無いが知識の遅れもあり、スタートの時点で横島はとっくに負けているといってよい。
しかし、如何ともし難い差がネギと横島との間にあった。
ネギは一生懸命だったし、がんばりも続けていた。今現在も意地でふんばっている。
が、横島はエヴァの課す拷問と差の無い修行を一生懸命受けていた訳ではない。
彼は、
ネギとて一生懸命勉学に励んでいたのであろう。天才という誉もその努力から来ているのだろうし。
その年齢からは考えられない努力を続け、自分を磨きつづけてきたのだろう。でなければ主席で卒業等できるはずもない。
しかし、その努力の中で死ぬ確率は殆ど無かった。
何だかんだ言ってイギリスの有名な魔法学校での事。彼が隠れて禁止されている魔法すらも学んでいる事に気付いている事だろう(でなければ節穴と言ってやる)し、魔法暴走などという場合の対応も整っている筈だ。
だからネギは戦いの場で“泣く事”ができたのだ。
本気ではないエヴァの実戦に対し、酷いというセリフを口に出せ、泣くという反応を行えたのだろう。
対して横島の必死は、一歩どころか半歩間違うと確実に死んでいる。
前述の投げまくった件もそうであるし、茶々丸自身はまだ実際に見たことはないのであるが、エヴァは横島に対して四方八方から魔法を叩き込んで対応法を身体に学ばせ、魔道人形軍団にボコらせ、その間隙をチャチャゼロに襲わせ、ほぼ本気で殺す気で横島を鍛え続けてきたのである。
確かに彼も戦いの場で泣くし、口ではとんでもないくらい情けない弁をかますが、その気持ちは決して折れず、死闘と変わりのない鍛練を決して止めようとしなかった。そして実戦の場でも諦めをしない。
“一生懸命”——力の限りを尽くしてがんばる事。
“必死”——死を覚悟して全力を尽くす事。
気構えがまるで違っているのだ。
「く…っ!!」
打撃や痛みによるダメージは無きに等しいが、仕掛けた攻撃を流され、返されているので蓄積して行く疲労は大きい。
それでも何度転がされてもネギは立ち上がり、懲りずに拳を叩き込んでゆく。
何かしらの強い想いがあるのだろう、幸いにも避けられない追い討ちは無いので何とか立ち上がる事ができるのだ。
無論、その隙すら体力や意志を削って行く罠なのであるが。
それでも諦める事無く拳は相手に向けられる——
その姿を見、
マスターの心中を図りかねている茶々丸は、ただ怯えるように己の手を握り締め、無言でネギを応援する事しか出来ないでいた。
何度転がされただろう。
何度攻撃をいなされたのだろう。
日本の諺に『ノレンに腕押し』というのがあり、使いどころは違っているかもしれないけど、感触としてはそれが一番近いと思った。
考えてみれば、古師匠と練った策は茶々丸さんの攻撃を誘ってカウンターで返すというもの。
相手が茶々丸さんでなく、尚且つ横島さんから攻撃をしないというルールにされている以上、こちらから攻撃を仕掛ける他無い。
でも、届かない。
全然手が届かない。
修学旅行の帰りにちょっとだけ聞いたけど、横島さんという人は古師匠と楓さんの師に当たる人で、二人がかりでも掠らせるのが限界だとの事。
確かにまともに戦っても勝つ事なんかできない。
まだまだ古師匠の足元にも及ばないのに、その師匠に当たる人に届かせようなんて自惚れは流石に持っていない。
だけど、このルールを言われた時には、多少の勝ち目があると思ってしまった……
——この僕の考えは甘かった。
古師匠にすら一撃も与えられないのに、その師匠に当たる訳が無いんだ。
事実、横島さんの動きは尋常ではなくて僕の目が全く付いて行かない。
動きが緩慢でも意外な方向に意外な避けられ方をされたら目も意識も付いて行けないんだ。
こうすればこう避ける。といったセオリーに全く当て嵌まらず、直感と気まぐれで避けられているような気にすらなってくる。
速さより何より、当たる直前に避けられるから、拳を振り切って見失ってしまう。
そして……
「よっと」
「わぁっ!?」
その攻撃のベクトルを自分に返される。
まるであの白い髪の少年を相手にしているよう……
それでもまだ……いや、あの少年を相手にしている時より、まだ手加減されている事だけは理解できていた。
だって横島さんが次に何をしようとしているのか解る。
手をかけてひっくり返そうとしているのも解る。
なのにその動きに反応が出来ない。
古師匠に比べてゆっくりとした動きなのに、僕の腕に添えられた手を払う事も避ける事も出来ない。
おまけに打撲とかは無いのだけど、蓄積している疲労が酷過ぎる。
思い切り出した攻撃が回避されると後が続かなくなると古師匠に言われたのは本当だった。
それでもカクカクと笑う膝に手をつき、何とか立ち上がる。
「うぉ!? まだやんのか? 諦めて寝る事にしねぇ?」
「ま、まさか……まだまだいきますよ」
横島さんからの攻撃は無いルールだから、立ち上がって呼吸を整える事ができる。
魔力の執行は切れてるから、魔力を防御に集中する事ができるからまだマシ。
でなければとっくに気絶している。
「あー……やっぱな……お前、素直過ぎるわ」
「え?」
そんな僕を見て、肩を竦めつつ横島さんはそう言った。
何を言われているのかサッパリ解らない僕を見て横島さんは苦笑する。
それが僕の性格の事か何なのか理解できなくて戸惑っていると、横島さんは急に何だかすごい真面目そうな眼になって僕に問い掛けてきた。
「あのさ……お前、何の為に強くなりてぇんだ?」
実は今時間目の話、“試験”ではなかったりします。
ウチの横っち理論から言うとネギは天才ではあっても強者にはなれませんしね。
絶対に越せない壁は存在しますし、力を得たらもっと越せなくなる。それが解っていなければどーしても一歩前に出られません。
原作のご都合主義にも程あるあの強化法ですが、あれを使うと横っちには絶対に勝てなくなります。かのこにはボロ負けするでしょうしw
ウチのネギはどう強くなるのか?
横っちはどう強くなるのか?
向こうで描き切れなかったシーンも書けるように頑張りますね。