横っちの魅力を文珠だけにしたくなかったので あえて半封印。
やり方次第で無双できる能力ですしね。
だから位置付けは『文珠使い』ではなく、『文珠“も”使える能力者』です。
私は彼の人柄が大好きですから、“珠だけ男”にしたくなかったもので……コレも賛否両論ですか?
前編
「ふん……思っていた以上に優秀だが、思っていた以上にめんどくさいヤツだな……」
等と責めるような言葉を口にしながらも、その唇は実にイイ感じに笑顔のそれを見せている。
言葉というものは前後が入れ替わるだけで誉め言葉になったり、貶し言葉になったりする。
当然ながらこのえらそーな金髪少女……エヴァンジェリンも国語的使用法は理解している。あえてそう語っているのだが。
だから実際の言葉の順番は逆で、『めんどくさいヤツだが、思っていた以上に優秀』というのが本音。
こーゆーヤツは誉めるより、ある程度貶し、その後でちょっと誉めて方が良い。
そういう事を理解しているからであろう。
流石は女王様。躾が厳しい。
「おい。聞いているのか?
親切な私がキサマの能力を解りやすく教えてやろう。
そうだな……キサマの能力をゲーム的に言えば……」
筋力 C 魔力 E(+α)
耐久 AA+ 幸運 C(+α)
敏捷 AA+ 宝具 EX+
●クラス別能力
セクハラ:AA 霊力が下がった時に自動発動。所構わずセクハラを行い、霊力を回復する。
●技能
煩 悩:AA+ (説明する気ナッシング)
モラル:B−(時折E−) 女子高生未満の女性には萌えない。と思う。多分。きっと
回避力:AA+ もはや神レベル
逃げ足:AA+ 上に同じ
霊能力:AA+ 少なくともこの世界では最高(というか霊能力者と言える者がほとんどいない)
宝具 文珠 精霊かのこ
「……という感じか?
一見すると凄そうだが、マトモに戦闘に役立つであろうスキルは回避能力ぐらいしか無い。
見事なまでにヘタレだな。せめてマトモな戦闘スキルくらい持っておけ」
どこかで聞いたような表記法を口にし、それでもやはり嬉しそうな顔をしている。
ただ、彼のパートナーを自負している楓らによれば、ここ一番という場面での補正はシャレにならないらしい。
エヴァはまだその時を目にした事は無いが、それがまた大きなマスクデータで何とも楽しいのだ。
事実、彼女は当てる気で何度も魔法攻撃を仕掛けているが、まともに一発喰らった事がないのだから。
その魔法も……
『ワハハハハ……耐えてみろ!
Lic lac la lac lilac.
centum spritutus obscuri SAGITA,MAGICA,OBSCURI!!』
闇属性の魔法の矢は
だが、それでも彼は受け切った。
『死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬっ!! 死んでしまうっ!!』
はっきり言って見苦しい泣き言がかなり目立っていたが、それでもその全てをサイキックソーサーとかで受けきったのだ。
話によると、光源氏計画を行っていた外道ロンゲ公務員が、その娘が彼になびいたので罠を張っておびき寄せ、暗殺せんと連射能力のある銃でフルオート射撃をかましてきた事があったという。
その時に彼は、その外道ロンゲ公務員とやらが弾丸を発射してくるのを視認してから盾で受けていたらしい。
はっきり言って、絶対人間ではない。
その外道ロンゲ公務員とやらの話を話半分にしたしとても、現実に今彼の実力を目の当たりにさせられた訳であるから否定のし様が無いし、色ボケ忍者楓と馬鹿ンフー娘の古の様子から鑑みて、みょーに女を引き寄せるナニかがありそーなので、その計画にいた娘とやらがなびいていたと言う話もあながち間違っていないよーな気もする。
「ど、どうしたの西条君!? 兎に角、銃を捨てなさい!!
まさか下剋上でもする気なの!?」
「違います先生……何故かあの馬鹿に天誅を加えねばならない気がするんです。
これも正義の行為なんです!!」
……なんか別次元で事件が起こりかかっているよーな気がしないでもないが、それは兎も角。
何を言っても反応しない
——しかして“それ”はピクリとも動かない。
「ケケケ……
返事ガ無イ。タダノ屍ノヨウダ……ゼ? ゴシュジン」
そう笑うのは、転がったままの“それ”の腹の上に立つ人形だ。
エヴァの従者である茶々丸をショートヘアーにしたような容貌のそれ。
ぱっと見は黒い服を着た人形で、小さくて可愛らしいという代物であるが、両の手に持った剣呑な得物……ククリナイフに似た大型ナイフで台無しだ。
“彼女”こそ、暗黒時代からエヴァに長らく仕えている人形の一体、その名もチャチャゼロである。
従者ではなく使い魔に近く、エヴァの魔力によって活動し、戦う。使い魔のようであり、彼女(?)自身がエヴァの武器のようなものだ。
尤も、今現在のエヴァは封印されているので、別荘内やエヴァの魔力が高まる満月の晩以外は喋る程度の事しかできないのであるが。
そんな彼女(?)は、サイズ的にでか過ぎるナイフを両手に持って転がっているそれを見下ろしている。
エヴァはその言い草と、無様に“それ”がころがり続けている事が気にいらないのだろうか、再度鼻先でふんと笑い、
「そうか、屍なら仕方ないな。
チャチャゼロ、刻んで海に捨てとけ」
「OK、ゴシュジン。
——極彩ト散レ!」
ざぎゅっ……!!
両手に持ったナイフが煌き、それが転がっていた場所に格子状の亀裂が入る。
いや、正確に言うと亀裂ではなく斬撃の跡。
ナイフを振りたくったチャチャゼロが、その可愛らしい見た目とは裏腹の驚くべき殺人技量で斬り裂いたのである。
当然ながら転がっていた“それ”も、その刃の葬礼を受け入れる筈であったが……
「ナゼ避ケル?」
「 避 け る わ ド ア ホ っ ! ! ! 」
一瞬で“それ”としか形容できなかった肉塊から全体を修復し、器用にその身をひねって十七分割の恐怖から逃げ切っていた。
そのマンガ的な修復能力、驚異的な回避力から解る。“それ”と形容されていた物体は横島忠夫その人だった。
「キティちゃんも無茶すなやーっ!!
オレを殺す気かぁ———っ!!??」
完璧に涙顔でそうエヴァを怒鳴りつけるが、当の彼女は涼しい顔。
それがどうしたといった塩梅だ。
「死んだふりしてサボっている方が悪い。
大体、キサマがあの程度避けられぬはずがなかろうが」
「当たったらどーすんねんっ!!!」
「防げばいいだけだろう?」
暖簾に腕押しとはこの事である。
とは言え、『できるのではないか?』という仮定で仕掛けた訳ではなく、ちゃんと技量を計っての事。
少しづつ攻撃速度や質、数を増やしていき、どこまで反応できるか確認していたからこそ言えるセリフである。
それに、えっぐえっぐと泣いている横島にしても、泣いた文句を言ったりと五月蝿くて適わないが、『やめる』とは一言も口にしないのだ。
だからエヴァの楽しげな口調も、その横島の心情が解っているからなのであろう。
「まぁ、防御と回避には文句はない。
何だかんだで周囲に気を配れていたのも解った。
尚且つ飛来する魔法全てに反応でき、チャチャゼロ“達”の攻撃も防げていたしな」
「全部ニ反応シテクレルカラ追イカケンノハ面白ェケド、全然血ガ見エネーカラ ツマンネーゾ」
「うっさいわっ!! 当たってたまるか!!」
ケケケと笑うキリングドールに、マジ泣きで文句を言う横島。
どうやら本当に生き人形と相性が悪いようである。ご愁傷様だ。
「だがな……」
そんな彼の様を眼に入れつつ、エヴァはフン、と鼻を鳴らす。
「全周囲攻撃には反応出来るが、全体攻撃には反応できんのは減点だ。
実際、足場に電撃を走らせると途端に感電したからな。
キサマの“普段の”魔法抵抗力はかなり低い。
もっと気合入れて防御しろ」
「無茶言うなっ!!」
実際、横島は魔法の矢とか、闇の精霊達による攻撃等は、見た目よりも効果範囲が広いサイキックソーサーで防ぎ切る事ができていた。
が、それは『盾で防ぐ』といった一方向のみの防御法。攻撃法が範囲氷結等の“場”に変れば当然盾で防ぎ切る事ができる訳もなく、良いように攻撃を受けてしまうのである。
ぶっちゃけ、毒ガスや石化の霧等を喰らう事になれば、珠の力を使用する他無いという事だ。
無論、そんな切羽詰った状態で珠を瞬時に生成できる訳がない。
そんな弱点を持つ彼に対し、
「魔力を纏うなりしてレジストすれば良いだろう?」
最強の悪の魔法使い様はそんな事を仰られた。
「オレは霊能力者やから、魔力なんぞ無いわーっ!!!」
余りに理不尽な言い様。横島の叫びも当然である。
しかし、当のエヴァは片眉を器用にピンっと上げ、不思議そうな顔をしてこう言った。
「何だ。やっぱり気付いていなかったのか……」
「ナニが?」
「横島忠夫。
キサマは恐らくマトモに魔法を使う事はできまいが、魔力“だけ”なら持つ事ができるぞ?」
「は?」
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■十五時間目:TRAINING Day (前)
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少女が一人、スタスタと道を歩いている。
いや、別段アヤシイ事もないし、彼女が一人でいたとしても『奇怪なっ!!』と身を縮こませる必要もない。
何よりパッと見はちょっと童顔気味の美少女であるし、その性格も可愛い。
バストサイズは標準レベルではあるがプロポーションが良く、そこはかとない不思議な色気を感じさせるしなやかでバランスの取れた身体をしていた。
登校途中という事もあって制服姿であるが、靴というか“沓”に近い扱いをしている履物を素足に履いて足元だけしっかりと固めていたりするが、その異様さより褐色の生足を惜しげもなくさらしている事もあってそちらの方に目が行ってしまう。
麻帆良学園中等部の生徒にして中国武術研究部部長、古 菲その人である。
相変わらず年齢度外視の技量持ちの部長様であるが、勉強は不得意ながら学校が嫌いではない筈の彼女は、何時もなら笑顔で登校している。
子猫を思わせる愛嬌のある笑顔を振りまきつつ、テスト前でも軽い足取りはその日に限って何だか鈍かった。
そしてその表情もどこかぶすったれてたりする。
「……つまんないアル」
眉を顰め、口からそう零すと、空に向って溜め息一つ。
何時になく元気を感じられない様子だ。
いや、別に体の調子が悪いとか、悩み事があるといった事情ではない。
単に放課後の特訓がないだけなのだ。
とは言っても普通の武術トレーニングは何時もやっている。
拳法の型を整えるだけでも相当の時間を取るし、それ自体も容易ではないので修行にならない訳でもない。
単に特別な特訓ができないから……なのであるが、
「一週間はちょと長いアルよ……」
その間隔が長い事が彼女を落ち込ませている要因なのである。
え? 僅か一週間? という気がしないでもないが、一日分の筋肉衰えを回復させる為には三日は掛かるというように、武術の鍛練は一日でも疎かに出来ないのだ。
毎日の積み重ねこそが昇華への道であり、その道には近道などありえない。
だから“首領”の命令であろうと、件の特別な修行を一週間もの間休むという事は、それだけ数値になら無い怠惰という贅肉を付ける事であり、一流の武術家を目指す古にとっては苦痛で……——
「一週間も老師と会えないアルか……」
まぁ……建て前はその辺にするが……
要は古 菲、一週間も師である横島に会えないの事が、ものごっつつまらないのである。
大首領(エヴァ)曰く——
『この男には魔法知識やら“この世界”での魔法戦闘やらのスキルが無い。
折角の素材だからな。根本から鍛え尽くしたいのだよ。ククク……
まず横島につきっきりで基本を叩き込んでやる。
キサマらと修行するのはその後だ。
そうだな……これから一週間は横島忠夫に教えを請う事を禁ずる』
無論、術等の知識が“向こうの世界”準拠である横島からこの世界での正しい魔法戦闘法を教えてもらえる訳も無いし、彼の持つ知識も途切れ途切れなので今一つだ。それに中途半端な知識は無知より怖い。
だから基本を理解した横島と共に学べる方が確実性が硬いし、理に適っている。
それに古は、横島が例の“奥の手”以外のスキルを高めたいと願っている理由に納得していたのだ。
あの力はあまりにも便利過ぎて、下手をするとあの能力の“使い手”から、道具に“使わされる者”になりかねない。
何せ“術”というものに疎い古は元より、楓やエヴァですらあの力の利便性の高さに呆れ返ったほどなのだ。
攻撃を防ぐとか、攻撃に使うとかだけではなく、天候すら操り、如何なる状況も生み出す事ができる。
消滅しかかった精霊を一瞬で蘇生(修復?)させ、
物質の構成概念すら書き直し、
如何なるモノであろうとイメージを固めた概念を押し付ける事が出来る。
尚且つそれはあくまでも概念なので障壁等で防ぐ事は不可能に近い。仮に防げたとしても、如何なる障壁も紙屑同然に出来るし。
……成程。確かにこれは反則にも程があるだろう。
ただ便利な道具に頼り切る“だけ”の戦い方を続ければ、その汎用性とは裏腹に使う手は先細りしてしまう。
折角の手数を自ら削り落とし、いざという時に“便利すぎる道具”に縋って取り返しのつかないミスを犯してしまいかねない。
時と場合によってはそんな時間すら惜しいというのに。
だからそんな致命的な失敗を
便利に縋って自分を退化させたくない。
そんな男になりたくない——と、自分の可能性を伸ばすという意志を横島は固めていた。
あれだけの力を持っているというのに、道具に使われ振り回される恐怖をちゃんと理解しているのにはエヴァはもちろんの事、古も楓も感心していた。
この世界において、こんな強力過ぎる力を持っている事に対する危機感もしっかりと持っているし、これがあくまでも便利な道具に過ぎず、確かにメリットは大きいがそれ故のデメリットの巨大さもちゃんと理解できているのだから。
だから彼の言う事も納得できるし、エヴァによる拷問一歩手前の超集中講座が行われる事も理解できる。
が、それとこれとは話は別なようで、そんな無茶(?)な提案を容易に受け入れるような古達ではなかったりする。
即ち、
自分らは横島忠夫のパートナーであり、弟子であるから、彼と共に修行を受ける権利がある!!
これが二人が放った屁理く……もとい、“理由”であった。
尤も、いきなり大首領を自認するようなエヴァだからそんな安っぽい理由など聞く訳もないし、
『何だ嫉妬か?
勘違いするな。私は人の男に手を出す趣味はない』
と言われたら二の句が出せない。
いや、説得力があったとか、納得できるだけの理由だったとかではなく、『人の男』と言われて硬直してしまっただけなのであるが……
何で硬直してしまったのかは相変わらず自覚できていないスカスカな部分は兎も角、その上で、
『それに、その一週間の間にもっとちゃんとした“修行場”も用意できるのだぞ?
そうなると広大なスペースに二人〜三人きりになる事も多いだろう。
誰の眼も気にならない場でな……』
等と言われ、う゛……っと、二人は息を飲んだ。
『一週間……その間にコイツはどれほど強くなれるのだろうな?
そしてその強くなったヤツの凄さをお前達が、お前達だけが味わえるのだ……
良いとは思わんか?』
そんな事言われて反対できる訳がないではないか。
ナニやらそんなセリフをぶちかますエヴァの瞳がギュピピーンと怪しく輝いていた気がしないでもないが、ナニを想像したか顔を赤くしてボ〜っとしてしまっている間に済し崩し的に話がまとめられ、二人して別荘から追い出されてしまったのだ。
後悔しても後の祭り。
再度別荘に入ろうにも鍵でも掛けられた(?)のか入られなくなっており、何時までもここにいてしょうがないので溜め息を吐いて楓と共にエヴァの家を後にしたのだった。
そして朝——
古はまだ溜め息というか、妙な苛立ちを胸に抱えたまま登校しているのである。
「……大体、エヴァにゃ……大首領はずるいアルよ。
考えてみたら一ヶ月以上、老師と二人でいるという事アル」
茶々丸とチャチャゼロもいるが、当然カウントされない。
どちらかと言うと、茶々丸はネギ坊主に気が向いている(←ナゼか確定)し、チャチャゼロにはそもそもそう言った感情はない。
ハズだ。多分。
しかし……
「く……老師だから油断できないアル……」
信用があるのか無いのか。
ある意味絶大な信頼であるが、古は何だか悔しげにそう呟き、足取りを尚も重くする。
横島からしてみれば言い掛かりも甚だしく、
『オレにお人形さんを愛でろと言うのか!? 何の罠やそれはっ!!』
等と怒涛の涙を振りまいて文句を言うだろう。
しかし楓も古もそう言った信用は出来ない。
何せ彼は“横島”なのだから。
『何やそれはーっ!! 泣くぞーっ!!??』
既に大泣きしいている横島の画像が雲間に見える気がする。
やはり古は重傷のようだ。いや、“重篤”か?
何に対して? と問うと首を傾げるのだろうけど……
相変わらず自分では理解できない想いを溜め息で零しつつ、足を引き摺るように……とまでは行かないまでも、何だか登校するのもおっくうなローテンションのままやっとこさ校門が見えてくるところまでやって来た。
と——?
「——古部長」
「ん?」
自分を取り囲むのはむくつけき男ども。
十や二十ではすまない男たちの群れ。
皆が皆して古よりも体格はがっしりしており、最低でもその身体は彼女の倍はある輩ばかり。
おまけに全員、暑苦しいまでに『格闘家してまーすっ!!』なオーラが滲み出ていた。
ナゾのガクランやら袖を千切った変形胴着やらの格闘コスプレの集団に見えなくも無いが、その出で立ちが表すように彼らはれっきとした麻帆良学園の武術部部員達である。
ハッキリ言って、ビジュアル的にも近寄られるのはご遠慮願いたい集団であるが、もはや恒例となっているのでしょうがない。
——そして“恒例”であるのだから、もはや説明は不要だった。
「「「「「「今日こそ勝たせてもらうぜ!! 中武研部長 古 菲っ!!!」」」」」」
全員一斉に闘気を燃やし、せめて一撃なりと…と拳を振り上げて襲い掛かってくる。
だが、その地響きにも古は全く動ぜず、手にしていた鞄を地に落とし、
「まぁ……ちょとは気が晴れるアルな」
と、唇を舐めた。
「よ、弱すぎるアル……」
男たちは数分を待たず地に伏していた。
言うまでも無く古は短い間ながらも楓と共に横島の元で霊力の鍛練を続けており、その後で彼と組み手を行っている。
地を駆け、打ち、蹴り、払い、自分が持っている全てをもって彼と闘り合っていた。
しかしその内容は惨憺たるモノで、全戦全敗。古の実力を知る者達ならば決して信用しないだろう程だ。
だが現実は彼らの想像の斜め上45°を更に飛び越えるほど厳しい。
何せ楓と組み、尚且つ彼女に分身の術を行ってもらっても一撃はおろか掠らせるのが精一杯。
楓は十数体に分けた分身ごと、そして自分は攻撃の間隙を狙われてハリセンを喰らっているのだから。
そんな腕を持つ横島を相手にしているからこそ得られるものも多い。
更に修学旅行の間には異界の強き者達と命が懸かった真剣勝負を行っている。
それらの事が彼女の強さの格を少しだけ引き上げていた。
何せ古も楓もホンモノの“使い手”達を肌で感じているし、前述の通り神レベルの回避スキルを持つ横島とやり合っている。
アマチュア格闘家に毛が生えた程度の彼らでは話にもならない。
比喩的表現ではなく、本当に止まって見えるのだから。
「しまたアル……老師の動きに慣れている分、遅すぎて手加減が難しいアルよ」
今の古からしてみれば彼らは乱立するサンドバック。木人だってもっとマシだ。
まさか自分が僅かながらでも強くなれたお陰で、こんな事で困ってしまう日が来ようとは夢にも思わなかった古であった。
「くーふぇさーん!」
そんな困惑気味に佇む古の背後から声が掛かった。
「んあ? あ、ネギ坊主か……
考え事に意識が入っていた古であったが、聞きなれた担任の声を耳にした事で我に返り、すぐに朝の挨拶を口にする。やや誤魔化し混じりであった為かやたら丁寧な中国語であったが。
そんな彼女が戦っているのを遠巻きに見守っていたのだろう、駆けて来るネギの背後には明日菜や木乃香、楓の姿もある。
何となく感心してしている眼差しがくすぐったい。特に楓のものは同じ相手と修行をしている事もあって尚更だ。
尤も、楓の場合は自分も混ざりたかったという色もあり、『あぁ、かえでも八つ当たりしたかたアルか……』と微妙な納得もさせられたのであるが。
そう妙な考え事をしている間に、彼女らを後に残して駆けて来ていたネギが古の元に到着した。
「ハイ、おはようございます。
……じゃなくて、何してたんですか!?」
ウム まだツッコミが甘いアルな。と古は口の中で呟く。
生粋の関西人と同じと考えてはいけないが、すばやいツッコミを堪能(?)している古から言えば物足りないのだろう。
兎も角、そんな言葉を口にはせず、
「何て……挑戦者と戦てただけネ。
相手と納得付くのバトルをしてたアルよ」
極簡素にありのままを己が担任に語った。
小柄で体重も軽い女子中学生の古であるが、その中身は学園内最高レベルの拳法家だ。
そんな彼女の腕前を知った学園内の武道関連部の中でも腕の憶えのある連中が、腕試しに戦いを挑んでくるのである。
言うまでもなく、最初の頃はかなり侮られていたらしいが、流石にこれだけ見事に惨敗を喫すると心を入れ替えたらしく、それ以降は本気で立ち向かって来ている。
しかしリベンジにと再度挑戦して敗退。
そして彼女の腕を更に正しく理解し、本当の意味で戦いを挑んでまた敗北。
その腕を聞き、覚えのある者が集まって更に更に挑んでまた敗北。
高等部や大学部の者も加わってみるもまた敗退…と、その繰り返しによって男らは日課が如く彼女に勝負を挑んでは吹っ飛ばされる日々を送るようになっていた。
尤も、最初の頃は兎も角、今の男たちは負けたとしても悔いは全く無い。
それだけの高みを味合わせてもらっているのだ。それに追い付くべく必死に駆けて行くのもまた武の道であるのだし。
ただ、横たわっている男たちは、『う、うう……流石だぜ菲部長』『技のキレが素晴らしい……ハラショー……』とか呻き声ともつかない賛辞を漏らしつつ何か嬉しそうだ。
何だかんだ言って彼女の強さに惚れているミーハー部分もあるのだろう。殴られどつかれ蹴られ払われいなされて喜んで……いや、“悦んで”いる。
案外、Mっ気があるだけかもしれないが。
『まぁ、今日のトコロは八つ当たりに近かたわけアルが……』
そんな言葉を飲み込みつつ、足元に転がる男たちに対しちょっとだけ申し訳なく思う。飽く迄もちょっとだが。
大体、本当に悦んで殴られに来る輩も多いので、単に弱いだけで何の実にもならないし、その表情もヘンタイっぽくて辟易としてしまうのだから。
僅かとは言え以前より強くなってしまった分、不完全燃焼になってしまった古は溜め息を吐いた。
その僅かな隙に——
「まだじゃあっ!! 菲部長!!」
倒された男たちの一人——ガクランの隙間から覗くTシャツの文字からすれば高等部の空手愛好会——が、おそらく意識は殆ど無かろうのに立ち上がり、最後の力を振り絞って拳を振り上げてきた。
それも、
「うひゃあっ!!」
「ネギ君 あぶなーっ!?」
意識が半分飛んでいる所為か、ターゲットを完全に見誤ってネギに向って。
ネギの素っ頓狂な悲鳴と、木乃香の悲鳴が重なる。
無論、優秀な魔法使いであるネギは魔法で防げない筈もない。しかし彼は余りにいきなりの事で全く反応できていなかった。
少年の倍以上もある体格の空手家の渾身の一撃。頭部が粉砕してもおかしくないほどだろう。
しかし——
「ふシ……っっっ」
ズムッ!!
一瞬速く間合いを詰めた古が、ネギを庇いつつその空手研究会の男の腹部に掌底を叩き込んでいた。
以前の古ならば得意の崩拳等を叩き込むであろうが、今の古は楓と共に修行を行っているし、多少なりとも霊撃ができるようになっている。
とはいえ、氣と霊力の修行バランスはまだ完全ではなく、そんな彼女がきちんと手加減もせずに崩拳なんか放ったりすれば相手に深刻なダメージを与えかねない。だから咄嗟に掌底に切り替えていたのだ。
ネギを庇いつつ行った咄嗟の判断であるが、流石は武人。的確である。
まぁ……
「かはっ!!」
その手加減して放たれた掌底ですらパワーが上がっていて、十数メートルも吹っ飛ばされてしまった事はしょうがないだろう。
掌底から放たれた衝撃が、男の全身を波のように駆け巡り当然ながら大失神。完全かつ徹底的に落ちていた。
「ア、アイヤ……ちとやり過ぎたアルか……」
タラリと冷や汗を垂らす古であったが、飛ばされた当の本人は満足げ。
むしろエエ技もろたと言わんばかりだ。
格闘家は試合等で倒された時、最後に目にしたものが人であれば目に焼き付いて忘れられなくなるという。
何時も何時も古にぶっ倒されている彼らの眼には、当然の如く意識を失う直前に古の勇姿が焼き付いている訳で……
いや、殴り倒されて勇姿を目に焼き付けるのが快感に昇華されている可能性も……
誘蛾灯に群がる羽虫のように彼女に戦いを迫る彼らの真意や如何に?
「と、兎に角、ネギ坊主。大丈夫だたアルか?」
「え? あ、ハイ」
自分が見せた惨事を見なかった事にし、被害に遭いかかったネギを労わる古。
そのネギであるが、謂れの無い拳を喰らいかかった驚きより、むしろ体格差を全くものともせずに撃ち飛ばした古の技量に対する驚きの方が大きかった。
そしてそれらを行った直後であるのに息一つ乱していない。
これは古の動きに全く力みや無駄が無かった事を意味している。
とりあえず路上試合は終了したので自分の鞄を拾い、パンパンと土埃をはたき落す。
それを見届けた明日菜達も寄って来たので登校を再開した。
「くーふぇさん、強いんですねぇ」
「いや、真名や楓に比べればまだまだアルね」
木乃香や明日菜は古の事を全然心配していなかったし、楓は古同様にやや元気が無いから彼女をほっといたっポイ。無論、楓も古を信頼しているからこそそうしたのであろうが。
その三人の後ろをついてゆく形でネギは古と並んで歩いていた。
そんな古に対してネギが賛辞を送るも彼女は笑顔で否定している。
謙遜ではなく、歴然とした事実。
真名にも楓にもまだ勝てる気がしないのだ。
確かにアーティファクト(というか、魔具)は手に入れたが、それは別に彼女自身が強くなったわけではない。
彼女が修学旅行の間に少しでも前に進み出れたと理解できるのは実戦を経験したからであり、言うなれば経験値が入ってレベルが上がり、報酬として道具を得たようなもの。
決して道具のお陰で強くなったわけではない。
それに飛び道具を無力化できる魔具を手にしたとは言え、そんな道具を手にしただけで真名に勝てるとは到底思えないのだ。
尚且つ……
『道具に頼り切てしまうと本来の自分を見失てしまいそうアル』
“道具に使われたくない”という、横島の気持ちが心に残っていた。
古の得意とする拳法は形意拳と八卦掌。後は八極拳と心意六合拳を少しばかり齧っている。
因みに心意六合拳は河南省伝来の回族に起源があるといわれており、獣の形と意を真似た十種の単式拳と、数種の套路,槍術,大型のヌンチャクである長梢子棍等の武器術等から構成されており、八極拳同様に強力な発勁で知られる拳法であるらしい。
形意拳の原型であるとも言われているが、有名であるはずのに今一つ日本では名が知られていない。そんな『知る人ぞ知る』レベルの拳法ですらそれなり以上に使える彼女はその若さから言っても強過ぎるほど強いのだが、やはり強さを追い求める気持ちは本物のようだ。
そんな彼女だからこそ単純な格闘戦“だけ”なれば真名にも楓にも引けは取らない自信を持てているのだろう。
しかし、道具に頼り切った戦いに慣れてしまうと、そんな格闘戦ですら勝てなくなってしまいかねない。
それは自分は元より武術仲間で霊能仲間である楓も納得できない話なのである。
「? くーふぇさん?」
「へ? あ、いや、なんでもないアルよ」
いきなり笑顔を潜めて無言となった古に気が付いたネギが問い掛け、その声で彼女も現世復帰を果たした。
『やぱり、まだまだ駄目アルなぁ……』
と、腹にたまった横島や自分の事を溜め息で吐き出しつつ、古は何とか笑顔を汲み直して明日菜達と共に学び舎へと歩を進めていった。
まだ一日目だというのにこの体たらくだと別の意味での溜め息も吐いて……
そんな古を見つめるネギの眼差しに決意のようなものが浮かんでいる事に気付かぬまま——
****** ****** ******
ギィ……ギィギィィイイイイ………
何かが軋むような音が人気の無い廊下に響き渡る。
放課後の学校。
クラブ活動に励む生徒らは兎も角、帰宅部の連中もとっとと帰り、教室の中には全く人の影が見当たらない。
普通の学校なら授業が終わってもダラダラと教室で話し続けているかもしれないが、ここ麻帆良学園の生徒らは中等部以上となると寮生活者が多く、必然的に友人らと過ごす時間は部屋に帰っても然程変わらない。
だから帰宅部もとっとと寮に帰ってしまうのである。
そんな人の絶えた校舎内を無気味な音が響いていた。
件の音と共に響くのは何かが滴り落ちる音——
ギリギリと締め上げる音がきつくなると共に、その水音もか細くなって行く。
ポタ、ポタッと滴が水溜りに落ちる音を最後のその二つの音は聞こえなくなる。
遠くで聞こえるのはスポーツに励む運動部の声。
傾いてきた陽によって朱さを増して行く教室。
そんな教室の廊下の窓に影を落としつつ、その音の主は前かがみで蠢いていた。
ギリ、ガジョン……
その作業に飽いたかのように、その音の主は絞り上げていた“それ”を噛ませるのを止め、ずるりずるりと滑るそれを引きずり出してゆく。
——そう、終わったのだ。
「ふ〜……よし、今日も終了っ」
教室内のモップ掛けが。
一生懸命すすいだモップモ、脱水用のローラーから引きだしたがやはり白くなったとは言い難い。
流石に毎日元気すぎる少女らが走り回っている廊下だ。
如何にワックスで磨かれていようと乾拭きをすれば僅か一二回で水は“ド”がつくほど真っ黒になってしまうのだから。
これが少女らの腹黒さだったやヤダなぁ……等とミョーにトラウマった事を思い浮かべてたり。
現にその汚れた水には何故か白い小鹿は近寄って来ないし。
イヤイヤと頭を振って何とかそれを振り払い、今絞ったばかりのモップ肩にのっけてバケツを持って廊下を後にした。
「……っかし、体だっる〜〜……」
青いツナギを着用し、両手に軍手、頭には赤いバンダナを巻き、小鹿を伴って足を引き摺るように廊下を歩いているその用務員。
言うまでもないだろう。横島である。
エヴァに修行をつけてもらっているはずの彼が何で“表の仕事”をしているのかと言うと……いや、別に何の不思議も無い話で。
彼女とて病気にでもなっていない限り、定時に登校だけでもしておかねば例の登校地獄という呪いによってエラい目にあってしまう。
だから結局、休日でもない限り、外の登校する時間までしか横島にかまっていられないのである。
横島の方も修行をつけてもらっているだけなので、表の仕事をキャンセルさせる訳にもいない。まぁ、横島だけ休ませるのが癪に触るだけなのかもしれないが。
だから修行時間は夜の見回りを言い付かっていない限り、仕事が終わってから朝まで別荘で缶詰状態とされてしまうという取り決めが行われてしまったのである。
彼の方から頼み込んだ事もあって反対するのは意味が無いし、何より敵なら兎も角、女王様オーラを持つものに横島が逆らえる筈もない。
よってこの地獄のようなトレーニング設定が組まれてしまったのである。
兎も角、そう言った拷問に近いハードスケジュールの第二日目はようやく終わりを……
「ジャネーゾ。コレカラオッ始メンノ忘レンジャネェヨ」
「うっさいわっ! 現実逃避ぐらいさせてくれい!!」
胸ポケットからの声でいきなり現実に引き戻される横島。
そんな彼の嘆きを耳で感じたか、そのポケットの中に間借りしているヤツがケケケと笑う。
「ドチクショオ……オレには心の安らぎも与えてくれんのか」
「カノコ ガ 居ンダローガ」
そう言うと、件の小鹿が『ぴ?』と首を傾げつつ見上げてくる。
確かにその仕種も可愛いし、癒されてる事に違いは無い。
例えば横島は一人暮らしをしているのだが、夜中ふと目覚めた時などに直側のクッションで丸まって寝ている かのこを見つけ、ふっと口元が緩ませている。
無聊を慰めるとか良く言うが、生活に彩ができた事を否定する材料は全く無いと断言できるだろう。
できるのだが……
「何か、こう……解んだろ?
下腹に堪るナニな活力をどーかしたいっつーか、
ドドメ色の
「知ルカ コノくそやろう。
ソンナオメーダカラ、ホットクト覗キヲ敢行シソーデ困んダヨ。
オメーガ捕マルトすけじゅーるガ狂ウッテ ゴシュジンモ言ッテルシナ」
「ナニその言いたい放題!?
つーか犯罪行為前提!? おまけにタイーホも前提!?」
「自分ノ胸ニ聞ケヤ。コノ性犯罪者」
「人聞きが悪いわっ!!」
彼の胸のポケットからピョコンと顔を出しているのは、見た目“だけ”なら何とも可愛らしい少女人形。
面立ちがエヴァンジェリンの従者である茶々丸に似ており、こちらはやや短く髪が着られている。そんな人形の口からあんな言葉が飛び出しているのだから違和感と驚きは相当なものであろう。
主であるエヴァがこの地に封じられて十数年。昔のように自在に動けなくなってはいるが口は立つようで、横島は事ある毎に憎まれ口をたたかれまくっているのだ。
その人形こそ、今の横島から言えばある意味先輩とも言えるエヴァ最古参の下僕、茶々丸の姉に当たるチャチャゼロであった。
何と言うか……いい歳こいた男が作業用ツナギの大きめな胸ポケにお人形さんを突っ込んでいる様はイタイ人そのものであるが、言うまでもなくこれには訳がある。
彼は普段、霊力が満タンの状態ならば意外なほど紳士的になるような体質になっていた。
どういった経緯でそうなるのかは記憶そのものが消し飛んでいるので不明であるが、とにかく溜まっていさえすれば妙なモラルと時と場合をキッチリみられる人間になれるのだ。
が、それは霊力が溜まっている状態のみで、こちらの世界に来てから修学旅行の間までで解った事であるが、彼は霊力が下がり始めると急速充電を行おうとするかのように、煩悩が激増してセクハラ……というか、犯罪行為を行い始めるのである。
見事に反比例グラフを描くそれは、霊力が無くなればなくなるほど激しくなるようで、カラの状態にまでなると古まで危なくなってしまいかねないほど。楓など完全に危ないだろうし。
流石にエヴァの普段のスタイルなら兎も角、茶々丸の姉達ですらその身が危ぶまれてしまう。
当然、一般の女子生徒……主に女子高生や女子大生等の危険度は如何なるものであろうか想像に難くない。
だからお目付け役としてチャチャゼロが押し付けられたのである。
かのこは方は解らんでもない。
実験的に麻帆良内で鹿を放し飼いにする事になったのだが適当な飼育員が都合が付かなくなり、小鹿の引取りに行った際に懐かれた横島が臨時に担当をする事となった——という設定を周囲が鵜呑みにしてくれたのだ。
言うまでもなく、認識疎外が働いてくれているお陰であろうが、それでも彼の本質を周囲に知られている事が大きい。
チャチャゼロにしても、前述の通り女の子人形をポッケにナイナイしている青年なんぞイタイだけであるが、『世話になっている先の女の子が、お目付け役に持ってけってうるさくて……』という説明をしただけで周囲は納得の色を見せている。
ナンパ云々の行動にサッパリ信用の無い彼であるが、仕事場のオバちゃんズやヲッさんズ達には深いところを見抜かれているだ。
ドスケベでしょーもない事ばかりするが、妙なトコで真面目であり無意味にモラルが高く、何だかんだ言って女子供に底抜けに優しい男である——と。
だから、女の子に押し付けられた人形を
相変わらず妙なトコで信頼されている男であるが、横島から言えばそんなあたたかい眼差しも、生あたたかい眼差しと感じるのだろう。
『チクショウっ!!
お人形さんで遊ぶヘンタイだと見られとんやなっ!? 何だかとってもドチクショウっ!!』
とハンカチ噛んで勝手に恥辱に苦しんでいたりする。
女心に対する鈍感さはやや改善されてはいるが、自己評価の低さは相変わらずのようだ。
無論、そんな横島だからして最初はエヴァに抗議した。
そりゃあもう全力で。
「何でじゃーっ!? そんなにオレは信用でけんと言うんかーっ!!??」
猛獣注意の札が張られてもおかしくも無いレベルで咆えまくったのだが、
「ほう?
では如何なる美女があられもない格好で現れたとしても指一本動かさない自信があると?」
「……」
そう言われると、霊力の反比例グラフという物的証拠もあって言葉を返し様が無かったりする。実際、幻術で大人の姿となったエヴァにダイブしてるし。
例えばやはり魔法教師を勤めているシスター・シャークティ。
どういう訳か彼女らのシスターの服、裏の仕事の為だろうか動き易さ重視でやたら裾が短くミニスカート風なのである。
当然ながら有事にはおみ足が覗けようが無視して活動しまくるので世の男性たちには目の保養だろう。
かなり最初の頃に横島がちょっかいを掛けていた葛葉刀子も同様で、いざ事が起こるとタイトミニだろうが何だろうが、刹那同様に修めている神鳴流剣術を使用する為に裾を絡げたり破いたりして戦うため、横島的に言えば誘われていると勘違いしてもおかしくない。
まさか中等部でひょこひょこ彼女らと出会う事も余りないだろうが、“裏”という仕事に関わっている以上、そんな女性らと会う可能性極めて高く、尚且つ修行によって霊力が下がっている横島が暴走しないとは考え難い。いや、信じ難い。
告げ口以上の事はできないだろうが、お目付け役を押し付けられるのも当然であろう。
——そう、向こうの世界での上司やママンによって行われる行為に匹敵する地獄が……
「チクショウ……夕陽が目に沁みるぜ」
「マァ、気ニスンナッテ。今日モ オレト楽シモウゼ」
「じゃかぁしっ!! その誤解を産みそうな言い方ヤメレ!!」
それでも真面目に修行しに家へと向うのは立派である。
ガックリと肩を落としていた彼であったが、ふと自分が口にした言葉……夕陽に今更気付き、足を止めて廊下の窓から山に身を隠してゆくそれに目を向けた。
……以前のように夕陽を見て胸を締め付けられる事はない。
今の彼は前以上に辛い事を思い出してしまう。
目の前で“今起こっている”かのように克明に思い出せてしまう。
瞼を閉じ、意識をその記憶に向けるだけでその場に居合わせているかのように……
それはかなりきついが、今の彼は前以上に彼女を感じる事ができるし、尚且つここはあの事件が“起こっていない”。それに感覚だけで言えば十年も前の話である。
だから悲しさが紛れている……という訳でもないが、それでもセンチメンタル程度で済むようになっているのは心の中にある“錘”の存在が大きい。
まぁ、ある意味大いに成長していると言っても良いかもしれない。
それに……
「……いつまでも一人の女引き摺ってんのもオレらしくないしな」
本心ではないが、偽りない本音でもある。
出会う確率は以前よりも上がっているし、再会した時は自分の子供。
ドタコン(ドーターコンプレックス)は回避不可だろうが、父性本能が勝って恋愛対象は成り立たないだろう。
その事だけはよく解っている。
そういう意味では諦めがついていると言って良い。
愛おしいという想いは不変。
だからこそ、彼は彼女を幸せにする為にも、自分も幸せにしたいと想う。
“皆も”という括りも含めて……
「オレはオレらしく……てか?」
今はそう笑えるようになっているのだから。
「アン? ドウイウ意味ダ?」
「何でもね……フラれ人生を思い返してるだけだ」
「……ソウカ?」
動かない身体であるが、チャチャゼロが首をかしげているのが解る。
その頭をポフンと軽く叩き、
彼と居る事が楽しいといった空気を放ってくれる小鹿を連れて、横島は掃除用具を持って用務員達の詰め所へと向って行った。
「ガキ扱イスンナっ!!」
と言う文句を聞き流しながら。
そしてまた、今日も横島は修行という名の拷問に悲鳴を上げる。
決して『辞める』とは口にしないまま——
早上好(ヅォ シャン ハオ)……『良い朝ですね』とか丁寧な言い回しの“おはよう”です。
ニーツァオの字が文字化けしたのでこちらを使用した……何てことは……アウチ