-Ruin-   作:Croissant

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後編

 

 

 広がる光景は南国のそれであり、吹き抜けていく風は適度の潮の香りが混じっていて爽やかだ。

 

 

 だが、エヴァの心はそんな風すら軽くしてはいない——

 

 

 他人の事には結構クールであるエヴァにしても、珍しく二の句を告げられないでいた程なのだから。

 

 

 『只者ではない事だけは解っていたが……流石にどうも……な』

 

 

 自分とて“あの日”にいきなり吸血鬼にされてしまった身。好きで吸血鬼になった訳ではない。

 

 確かに横島は生物学的に言えば成分こそ人間であるが、内容からすればその存在からして人間ではない。

 この世界に迷い込んできた異物が、この世界の物質に成分を変えた存在なのだから。

 

 無論、元いたオモシロ世界を歪んでいると認識してしまっている時点で完全にこの世界の成分存在となっているであろうが、異世界出身という認識があるからか彼自身は認め切れていないだろう。

 

 

 しかしそれはエヴァだからこそ理解できる事。

 

 吸血鬼だと知っても級友、教え子として接してもらってはいるが、人と自分との間に600年間引き続けている線引きを止める事ができない彼女だからこそ……

 

 

 

 

 「ん〜……

  なれど、島殿は大半の記憶ごと若返っているでござるから、その十年は体験していないのと同じでは?」

 

 「そーいえばそーアルな。

  その人たちはココにいないのだから、絶対にそんなヒドイ事にならないわけで……」

 

 「え、えと、まぁ、オレ自身も現実味無いからわりと平気でいられるんだけど……」

 

 

 言ってしまえば、このバ楓や馬鹿ンフー娘のように平気で引いた線を飛び越えてくる奴らの方が常識的にはおかしいのだ。

 

 

 おかしいのであるが……

 

 

 「それに大切なモノ奪われたらおかしくなるのは当然アルよ?

  それだけ私の級友を大切に思てくれた事には感謝してるアル。

  暴走はナニだたアルが……」

 

 「ま、確かに。

  それを恥じ、悔いているからこそ長殿に頼んだわけでござろう?

  では、そうならないよう進む所存でござるな。

  ならば別に問題はないでござる」

 

 

 自分らはただ付いて行くのみ——

 

 

 声に出してはいないが、そういった念を送り続けている二人にエヴァは肩を竦めて苦笑する事しできない。

 

 ぶっちゃけて言えば、二人の行動は単に問題の掏り替えである。

 

 別に横島は楓らが言っているような事を口にしているのではないし、そんな事を気にしている訳でもない。

 

 

 彼は遠まわしに自分が自分のスクラップのようなものと言っているのだ。

 

 

 残り物である自分が、居場所を持たない自分が、自分の世界からはじき出された自分がここにいるという事実を口にしただけの事である。 

 それでも二人はそんな彼の心に()を見たのだろう。無意識に問題を掏り替えて何時もの調子へと導いて行こうとしている。

 

 

 『まぁ、そういったグダクダはアイツらの問題だしな……』

 

 

 と、エヴァは妙に生暖かい目で見守っていた。

 

 

 ——くだらない感傷と言えなくもない。

 

 

 無論、自分だってそんな憶えはある。

 昔、自分もそんな“疵”の中に心を沈めて自暴自棄になっていた気もするし。

 

 支えてくれた、力になろうとしてくれた者もいたような気もするが、何せこっちは不死身のバケモノ。そういった存在は記憶ごと老いさらばえさせて塵となっている。

 

 何だか昔の自分を見ているような気がして僅かながらでも苛立っているというのだろうか?

 或いは我知らずヒトの異物となった時の事を思い出していたのか……

 

 その想いの真偽はとかく、稚拙な言葉の使い方で問題を必死に掏り替え、横島を励まそうとしている二人を見ていると不思議と(横島もそのようだが)自分が纏っていた空気が軽くなっていくようだ。

 

 こうなると皮肉の一つも言いたくなるが……

 今は止めておく事にした。何だか無粋であるし。

 

 

 『フン……この私がな……』

 

 

 ……まぁ、自分だって不死身の吸血鬼と言う不条理の極致。今更ナニを言わんかやだ。

 

 現実逃避ともいえるが、これ以上頭痛のタネが増えたら堪らない。そーゆー奴なんだと流してしまえば済む程度の事である。

 ——と、言う事にしておこう。ウン……

 

 

 それに、

 何よりも気に掛かっている事もある——

 

 

 「その辺で人前でいちゃつくのは止めにしないか?

  まだキサマに聞いていない事もあるのだからな」

 

 

 そろそろ好奇心を止めて置くのも限界だった。

 

 僅かながら割り込むのには気が引けたが、やはり置いてけ堀なのも腹が立つ。

 だからついに楓と古に挟まれてなにやら悶えている横島に対し、妙に偉そうに問い掛けてしまった。

 

 やっと自分の調子を取り戻しつつあるのだろう。ズン…という擬音でも聞こえてきそうな程に威圧感が増す。

 

 

 「ナ、ナニかな?」

 

 

 横島の本質はヘタレであるからして、そう言った美少女の威圧に弱い。

 

 と言うより、何を言われていたのか知らないが、二人によって追い詰められていた彼の目はさっきのそれに戻っているのだ。

 こうなると昔の横島まんま。女王様オーラに敵う訳が無い。

 

 ちょっと惜しい気もするが、この眼差しの方が彼らしいという気もする。だから今のマヌケ面に苦笑しつつ、エヴァは聞きたい事を口にした。

 

 

 「あの晩……スクナとやらを理解不能の技で封じたのはキサマだったらしいな?」

 

 「え? あ、そ、そうやけど……

  あっ、アイツを霊気で縛り上げたのはオレの力だけやなく、アイツ本人から吸った霊気も……」

 

 「余計な事は言わなくていい。黙れ」

 

 「あぅ……」

 

 

 流石に女王様気質全開のエヴァを相手にしては、元に戻った横島では抵抗しきれまい。つーかできない。

 やっぱり丁稚では女王様には勝てないのだろう。当たり前だが。

 

 さっきまでそのエヴァすら黙らせていた気配が嘘のようだ。

 

 

 「そして、さっきキサマの記憶に自我を持って行かれかかった私を引っ張り出したのは……」

 

 「私に渡されてた球の事アルか?」

 

 「そうだ。アレは何だ?」

 

 

 念の為にと古に渡していた例の“珠”。

 万が一、記憶の奔流に引きずり込まれた事態を想定して『還』って来られるよう古に使い方を教えて渡していたのだ。

 

 タイミング等は二人に任せていたのだが、流石に霊感が上がっていたからだろう。中々に良いタイミングで使用してもらえている。

 

 が、そのお陰と言うか、その所為でエヴァに知られた事は如何ともし難い。

 

 

 「そー言えば、木乃香のパパさんを石から戻したのも、アレ使てたアルよ」

 

 「何だと?」

 

 

 いらんコト言っちゃダメーっ!! と、横島は内心涙声で叫んでいたのであるが後の祭り。

 まぁ、木乃香を救う為に大盤振る舞いしていたのだから、何れ話す事になるだろうとは覚悟してはいたが。嬉しくないのもまた確か。

 

 古が知っている範囲とは言え、その力の奇怪さは異常そのもの。

 彼の霊能力と言うだけでは納得し切れまい。現にこちらを向くエヴァの視線は険を帯びていた。

 

 

 解っている。解っているともさ。

 こーゆー目線は良く知っている。話さないと拙い何てもんじゃない。

 お仕置き直前の雇主やグレートママンと同じよーな眼差しなのだから。

 

 

 それに——

 

 

 「ま、もうそろそろ話してもいっか……」

 

 

 とは思ってはいたのであるが。

 

 

 横島は左掌を広げ、霊気を集めて六角形の小さな盾のようなものを出した。

 

 

 「初めて力が発現した時はコレくらいだったんだ。

  も、ホントにド素人の時。全身の霊気を一点集中して一部分だけを強化するっていう、捨て身に近い技」

 

 

 昔、ゲームの世界に引きずり込まれた時、とっととボスキャラを倒そうと雇主は霊力で持ってチートにもレベルをマックスに克ち上げた事がある。

 その横島のMAXレベル時のHPは村人以下。MP……霊力に至ってはゼロだ。レベル99でも何の役にも立たないという見本のよう。

 

 だから素質も才能もゼロだと思っていた。

 

 

 が、ある事件の調査の為、竜神の娘が僅かながらであるが竜気を授けてくれるというイベントが起こる。

 

 その時からやっと埋もれていた霊力が発現し、成長をし始めたのであるが……どういう訳か普通は一番簡単なはずの霊力放出はドヘタクソだったのに、無我夢中ではあったが難度の高い収束だけはイキナリ成功していた。

 

 考えてみれば素質が霊波の収束能力だったのであれば、後押し無しではその力が発現する事は無かったのかもしれない。

 

 

 「で、ある事件で香港に行った時。

  強化ゾンビの群れに追い詰められたオレは、何故か力の格が上がったんだ」

 

 

 段々と大きくして見せていたサイキックソーサーがほどけて左手に巻き付いた。

 

 その霊力(楓らから言えば氣)は光る手甲のような形状で落ち着いており、二人の少女からは何度見てもすごいと言う感嘆が漏れる。

 

 

 ボヒュッ!!

 

 

 そしてガスバーナーに火がつくような音を立て、一瞬で剣のような形状へと変化。

 霊気の手甲は美しいエメラルドグリーンの霊波刀となった。

 

 

 「ほぉ……?」

 

 

 流石のエヴァも感心していた。

 

 いや、確かに記憶では“観”てはいたが、それは漫画の流し読みに近い状態での事。

 横島の克明過ぎる記憶に引っ張り込まれないよう、あえてそうしたわけなのだが……その力を目の当たりにするとボンクラさが嘘のようだ。

 

 確かに自分とて断罪(エクスキューショナー)(ソード)という剣の様に見える魔法を使う事ができる。

 だがあれは今言ったように“剣の様に見える”が、物質の状態を相転移させる魔法であって、実際には接近戦魔法ではないし“能力”でもない。

 

 しかしこの男は『断つ』という意思を霊力とやらで形成しているようなのだ。それも無造作にだ。

 

 やはりこの男はかなり珍しい素質を持っているようである。

 

 

 だが、この男の力はそれだけに留まらない———

 

 

 「……でもある時、この程度じゃ戦力にならない。

  良く切れる武器を手にしても、使いこなせなきゃ話になら無い。

  だから民間人は帰れっ!! て、ある女に言われたんだ」

 

 「それは……そうアルな……」

 

 「幾ら研ぎ澄まされた名刀を手にしようと使い手が素人では話にならないでござるし……」

 

 

 何となく横島の口から出た“ある女”という単語に反応を見せたものの、想いを馳せるほどの間柄ではないのを眼差しから受け取った二人の武道家はわりと冷静に肯定して見せた。

 

 様々な武器を使える楓らだからからこそ解る事。どんな強大な剣も使えなければ置物と変わらない。その事を体感で理解しているのだから。

 

 しかし、今の彼はそこらの使い手なんか足元にも及ばないよう見えるのだが……?

 

 

 「うん。後で考えたら当たり前の事なんだよな。そん時は全然わかんなかったけど……

  でも何て言うか……悔しくてさ……

  だからダチの一人が修行に行くって言った時、付いて行っちまったんだ」

 

 「ほう?」

 

 

 

 

 

 エヴァはこの時の事を……

 

 初めてそれを目の当たりにした時の事を後々まで忘れられないと言う——

 

 

 

 

 

 「付いてったはいいけど、死ぬか覚醒するかってゆーデンジャラスな試練を受けさせらてさ……

  実際一瞬死んだよーな気もするけど……」

 

 

 どよ〜んと顔に縦線を浮かべつつも、右手の人差し指と親指を出し、空で何かを摘むような形をとる。

 

 

 何をするのかと見守る皆の目の前で、

 

 

 

 

 「「「 え ? ! 」」」

 

 

 

 

 “それ”は起こった——

 

 

 このマナの濃い特殊な別荘の中という特殊空間だからこそ解る力の集中。

 

 彼の言うところの霊気が収束し続け、渦を巻いて集まって行く。

 

 エヴァは元より、彼の収束能力を知っていた筈の楓達ですら目を見張るほどの超収束。

 

 物質を生み出す魔法は確かにある。

 エヴァとてできない訳ではない。

 

 だがそれは段階を踏んで召喚したものを具現させるだけの話であり、間違っても無から有を生み出す技ではない。

 

 しかしこれは……

 

 目の前のこの現象は……

 

 

 どんどん、どんどん集まってくる霊気。

 

 横島は皆に理解できるよう、あえて収束をゆっくり丁寧に行っている。

 

 そして集まってゆく濃度は かのこのような精霊からしても驚異的なもので、この小鹿も足踏みをしながら興味深そうに見守っていた。

 

 そんな風に、ゆっくり丁寧に行っているからこそ その異様さが際立っているのだが彼はまだ気付いていない。

 

 集まった霊気はランダムな螺旋を描き、その輝きを静めて行く。

 

 輝きを静めると言う事は、動きを止めると言う事であり、霊気がそこに固着して行くと言う事。

 

 やがてその静まって行く輝きは“それ”のツヤとなり、集まった力は完全に物体と化し掌の中にコロンと転がって落ち着いた。

 

 

 三人が三人とも呆気に取られている。

 

 目の前で起こった奇跡に、その奇跡によって生み出された珠に眼を奪われているからだ。

 

 

 力の密度を上げて分身を作る術を知っている。

 

 氣を高めて圧力を生み出す事も知っている。

 

 魔力を高めれば、“物質のように”重量が増える事も知っている。

 

 

 だが、これは……

 

 これはそのどれとも圧倒的に違う。

 

 完全に物質となってそこに存在しているのだ。

 

 

 その上その珠の持つ力は、そんな彼女らの想像を遥かに越えている——

 

 

 「これがオレの奥の手。

 

  収束した霊気をキーワードで解放し、込められたイメージを発現させる力……」

 

 

 

 驚きかえっている少女らを前に、どこか自嘲めいた顔で横島は言った。

 

 

 

 

 

 

            使う者を弱者へと導く力……−文珠−

 

 

 

 

 

 と——

 

 

 

 

 

 

 

 

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              ■十四時間目:Total Recall (後)

 

 

 

 

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 「頭痛い……」

 

 

 ズキズキと痛むのは偏頭痛。

 

 花粉症にかかると風邪を引きやすくなり、体力が無い今の状態はかなりキツイだろう。

 まぁ、この“別荘”にいる間は多少力が戻る為、そういった弱さから解放されるのだからマシであるが。

 

 タカミチがもうちょっと若い頃、この場を貸して修行させていたがそれ以降は使っていなかった。

 思えば花粉症にかかった時はとっとと篭って治せば良かったかもしれない。

 

 その代わり一日がかなり伸びるから、年月を今以上に長く感じるので使う気にはならなかったのであるが……

 

 

 しかし、彼女の頭を痛めているのはそんな事ではない。

 

 

 「何という反則アイテムだ……」

 

 

 横島忠夫という男が見せた力。

 

 自分の意志を霊力とやらで収束し、その霊的な武器で持って戦うドハズレた退魔師。

 だが、その収束特化した能力は武装だけに止まらず物体創造にまで及び、その信じ難い力は更に信じ難いモノをこの世に出現させてしまう。

 

 

 現代の宝貝“文珠”。

 

 彼は人類で唯一それを生み出す事ができる能力者だったのである。

 

 

 漢字一文字からなるイメージを込め、解放する事によってその現象を発現させ、あらゆる状況に干渉させる事ができる正に反則のアイテム。

 おまけに生み出すのは彼の能力なので、霊力とやらが尽きない限り幾らでも生成できる。

 

 だがそれでも、彼の話によると使い勝手はかなり下がっているとの事。

 

 何でも元々の文珠は確かに生成に時間は掛かるものの、その安定した力は分解する事無く固着しつづけ、一度生成すると使用するまで物質として存在し続けられるからストックしておく事が可能だったらしい。

 

 今のそれは確かに出力こそ上がり、生み出す時間も僅か数秒という短時間になってはいるが、物質安定力はとてつもなく下がっていて最高でも十分で爆発崩壊。

 練り込んだ霊力が無駄に強力過ぎるて安定仕切ってくれないからとの事。

 

 要は使わねば爆発してしまうという事。

 物騒極まりない話である。大き過ぎる力はわが身を滅ぼす例えを現したかのよう。

 

 

 しかし確かにハイリスクではあるが、そのリターンはやはり物凄く大きい。

 

 

 文字を込めるのは霊力と言う魂から汲み出した力でなければならないようだが、込めるキーワードは何でも良いらしく、試しに魔力という意味で『魔』の文字を込め、その力を使用してみると……何とエヴァの魔力が大きく回復した。

 

 後で知った事であるが、この珠に込めるのはイメージの方が重要らしく、あのスクナと戦った時の魔力全開モードのイメージが強く残っていた横島は、その時のイメージで『魔』を生み出したらしい。

 ほぼ全盛期の魔力を出した時のイメージなのだ。そりゃ回復も大きかろう。

 

 

 『柔』と込めて大理石の柱にぶつけるとスポンジのようになり、『硬』と込めてワインに入れれば鉄のように硬い液体という不思議極まる物体となった(おまけにワインの味はそのまま)。

 

 『雨』と入れて空に投げれば雨が降り、『雪』と入れて投げたら雪が降る。

 

 『脆』と入れて岩にぶつければ豆腐のように脆くなり、『重』と入れてハンカチに使うとグランドピアノより重くなって石畳にめり込んだ。

 

 

 ——こんなふざけた力、どう納得すれば良いというのだろうか?

 

 

 確かに皆に黙っていた筈だ。

 この力は厄介すぎる。

 

 魔法というものは科学と別のレールを走ってはいるが、論理と定理とが存在しているので根っこは科学と同じもの。

 だからこそ本人の魔力量は兎も角、精霊の力を借りるコツさえ掴めれば誰だってできるのだ。

 

 

 しかし、この力は完全にヒトのそれを超えている。

 

 

 「物質としての維持に時間制限があるだけマシか……いや、それでもシャレにならんな……」

 

 

 神々がいた世界で、魔族や悪魔、魔神と戦っていたという与太話。

 

 しかし、こう言った能力者がいたというのなら何となく信じられるような気もする。

 

 神が本当に“存在”しているという事実は、未だ受け入れ難いのであるが。

 

 

 それでも——

 

 

 「ま 頭痛がするのはしょうがないが……

  この力の存在を我々だけが知ったというのは、悪い話ではないしな」

 

 

 額から手を離し、ニヤリと底意地の悪そうな笑みを浮かべると、エヴァは“そこ”に目を向けた。

 

 

 

 「ぜぇぜぇ……は、反省したでござるか?」

 

 「お、女のヒトに、そう、いた、コトしたらいけないアルよ!」

 

 

 そこでは楓と古が拳を赤黒く染め、地面に転がっているモザイクの何かに説教していた。

 

 

 

 

             —返事はない。ただの屍のようだ—

 

 

 

 

 魔力が大幅に回復したエヴァは、どういう訳か使ってもいないのに幻術で大人の姿をとっていた。

 

 只でさえエヴァはゴスロリか、妙に背伸び(年齢相応ではあるが)した露出が大目の衣装を身につける事が多い。

 よって大人の姿となった時はボンテージ風のドレス(更にやや小さめ)をまとった金髪美女となって出現したわけである。

 

 

 色んなコトで霊気が下がっている横島が自重できる訳が無い。

 

 

 脊髄反射でいきなり飛び掛ってエヴァと二人に撃墜された挙句、口に出すのも憚られるほどズタボロにされてしまったのは今更言うまでもない話である。

 ぴぃぴぃと鳴きながら少しでも癒そうと彼を舐めている かのこが物悲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふふん……いい格好だな」

 

 「……ほっといて」

 

 

 ぶっとい鎖つき首輪に後ろ手に掛けられた三連手錠。

 皮ベルトの目隠しまでされてエヴァの前に正座させられている横島。

 

 その首をから伸びるぶっとい鎖は、左右にいる乙女達……楓と古が握り締めている。

 

 何とフェチッシュな光景であろうか。

 それか国賊レベルの大犯罪者だ。あながち間違いでもないが。

 心配げに小鹿が擦り寄っている所為で余計に落ちぶれ感が増しているし。

 

 

 わざとらしく布が擦れる音を立てて足を組み替えるエヴァ。

 見えていない分、想像力が増大している横島の脳裏にはブルーレイも真っ青なビューティホー画像が浮かんでいる事だろう。主にエロい方向で。

 

 

 「ま、キサマがこの珠の話をしなかった理由も解った。

  確かにこんな力があると知れたら勘違いした奴らがわんさと詰め掛けるだろうしな」

 

 

 その勢力が正にしろ悪にしろ、彼を求めて様々な手段で攻め寄せてくる事は想像に難くない。

 エヴァの言葉にそんなビジョンが浮かび、ヤな結末に行き着いたか冷や汗をダラダラ流してしまう横島。

 

 

 「勘違いした奴らて何アルか?」

 

 「自称正しい魔法使いとか、悪の魔法使いモドキどもとかの事だ。

  正しい魔法使いとやらは、大抵『大き過ぎる力は個人が持つべきではなーい』とかぬかしながら攻めて来るだろうし、

  悪の魔法使いモドキはその力を我が物にせんと攻めて来るだろう。

  まぁ、極論なら、どの勢力にも渡すものかと始末しに来るだろうがな……」

 

 

 “それ”が普通なのだ。

 

 何せ魔法は秘匿するべきもの。その隠しとおせる範囲を飛び越え、概念を書き換えられるような力はあってはならないものなのだから。

 だから横島を引き取った近衛の行動は、結果的にこの世界の安定を維持した事となる。

 情けは人の為ならずとは良く言ったものである。

 

 

 「しかし悪の魔法使いとやらは兎も角、正しい魔法使いとやらまで……」

 

 

 理解はできるが納得はし難い。

 楓は溜め息を吐きつつ肩を落していた。

 

 

 「それが世界というものさ。

  私なんか自分から進んで人を殺す気もないのに吸血鬼だからという理由で追いまわされたぞ?

  魔女狩りの時代だったから尚更だがな」

 

 「ああ、確かにそんな感じやったな。

  ネットトラップに捕まった時は、そのまま火あぶりかと思ったし……」

 

 「……何で魔女狩りの時代を知っているんだ?」

 

 「いや、事故でタイムスリップして……」

 

 「………」

 

 「でも、千年前の京都の方がよっぽど人外魔境だったのはどういう事なんだろな?」

 

 「……もういい」

 

 

 兎も角、

 その文珠の力は不安定になってはいるが、反面その出力が上がっているのが厄介だった。

 

 何せ元々想像力さえあれば何だってできるアイテムだ。

 その力の出力が上がっているという事は、効果範囲も広がっているという事。

 おまけに、二つ以上の珠を連結させて意味を繋げればどんどん強力になってゆくという。

 そのふざけた力と魔法と組み合わせれば大抵の願いも叶ってしまうだろう。

 

 流石に時間すら移動できるというのには閉口したが。

 

 

 「まぁ、一度に十数個連結させなきゃならないけどな。

  その正確な方法も制御法も忘れちまってるから意味ねんだけど……」

 

 「……いや、“できる”という時点で魔法世界の常識をも大きく無視しているぞ?」

 

 

 それでもシャレにならないのだ。

 

 極小規模範囲であっても瞬時に天候を操作できて物の概念すら書き直せる。そんなふざけた力を一個人が持っている事が異常なのである。

 

 

 ——だというのに、彼のいた世界ではそれほど重要視されていなかったという。

 

 

 魔族にも『高が人間の力』という認識だけだったらしいし、兵器産業のデータにも珍しい珠を使う事ができるという程度の扱いだったらしい。こんなふざけた能力者であるにもかかわらずだ。

 オカルトが世界的に知られている世界にいて、その力をGSという職業間という広い範囲に知られていて、それでいて直その力の悪用法に気付いていない。

 

 なるほど、彼が言っていたように歪んだ世界だ。余りに“部分的だけ”が愚か過ぎる。

 

 

 「どちらにしても、この力だけじゃやってられねぇ。

  何せストックはできない事もないけど十分程度。咄嗟に使う事なんかできやしない。

  戦闘中に一々生成して念を込めさせてくれる親切な奴が早々いるとも思えんしな……」

 

 「ふむ……だからキサマは詠春に頼んだという訳か」

 

 「ああ……」

 

 

 様々な意味で“弱い”自分に、霊撃戦……いや、魔法使い相手に戦う方法を教えてくれる人を紹介してほしい。

 これが、横島が詠春に頼んだ事である。

 

 

 成る程。確かにこの文珠という代物は便利極まりない。

 しかし、今言ったような弱体化も大きく、特に咄嗟の事態に使う事ができないのも痛い。

 

 元々がこの珠に頼っていた記憶もある所為だろう、意識しなければ珠を使おうとしてしまう。しかし、その分とてつもなく隙が増えてしまうのだ。

 

 何だってできる分、使っていれば頼り出す。

 頼り出したら楽な方へ楽な方へと傾いて行く。

 

 気付いた時には『頼っている』のではなく、『頼り切っている』状態となり、いざという時も文珠だけ使おうとするだろう。

 

 

 “それ”が文珠を弱者に導くと評した理由である。

 

 

 幸いにもあの京都の事件は一応の解決を迎え、彼の様々な問題も“教訓”とする事ができた。

 

 犠牲を出さずに済んだお陰で、心の安定化と能力の底上げは重要だと悟る事ができた。

 

 だから色んな意味で自分をの心を鍛え、珠を使わず魔法使い達と戦う為の方法を求めて詠春に頼み込んだのである。

 

 まぁ、まさか元600万ドルの賞金首吸血鬼を紹介されるとはこれっぽっちも思ってはいなかったが……

 

 

 「ふむ……」

 

 

 と、腕を組んで考える風を見せているエヴァ。

 

 外見が大人になったままでいるので大きな胸が腕に押されてふにょんと形を変えている。

 

 それを見ている古の目がみょーにキツイのだがそれは兎も角。

 

 

 『さて、どうするかな……』

 

 

 考え込んでいる見た目とは裏腹に、既にエヴァは鍛える気満々になっていた。

 

 何せこの男。話を聞くと力に覚醒したのは十七で、魔人との戦いに最前線にいたのも同じ年齢だったらしい。

 となると、戦闘能力がスカだった時から、最前線で戦えるようになるまで一年と掛かっていない。

 

 単なる対人戦闘なら兎も角、魔族という強大な存在と戦うのに修行もせず、ただ経験と力だけで戦えたのならそれはとてつもない素質があったという事。

 そしてその力に殆どの人間が気付いていなかったという事。

 

 

 『コイツのいた世界はボンクラばかりだったのか?』

 

 

 と首を傾げてしまう程に。

 まぁ、魔族の軍人である戦乙女すら彼の素質を見誤っていたのだからしょうがないとも言えるが。

 

 

 『しかし……どう鍛えてやるかな? くくく……』

 

 

 顔にも出ているが、エヴァは楽しくて堪らない。

 何せ人間から言えば限りなく不死身に近い耐久力があり、その体力も獣人に匹敵する。

 おまけに退魔戦闘はプロだ。

 

 更にこの小鹿、実は精霊だと言う。

 精霊を契約だけで実体化させる程の力を秘めているのだから、それを見出して磨き上げるのも良いかもしれない。

 

 そこに魔法戦闘を叩き込むのは難しいがそれ故に面白そうだ。

 

 

 『ん? 魔力……?』

 

 

 そう言えばこの男は何故か魔力を持っていた。

 だがサーチして調べてみたのだが、この男“そのもの”は魔力をもっていない。

 

 飽く迄も可能性であるが、別宇宙の横島の記録中に魔法を使える者がおり、スクナの魔力に共鳴反応を起こした……という仮説が建っている。

 

 『コイツの魂に別のナニか(、、、)が混ざっていて、それが吸収した魔力に共鳴した可能性だってあるが……』

 

 

 そんな事を聞いたところでコイツが答えられるはずもないだろうし……と、エヴァは思いついた仮説を頭を振ってキャンセル。

 珠の話を聞いた事によって浮かんだもう一つの仮説を思い浮かべてみた。

 

 

 一番納得がゆくのはスクナの“それ”だったという説。

 

 何だかこれも今一つ首を傾げたくなるのだが、ネギが横島から漏れている魔力に気付かなかったのは、スクナと同質だったとすれば確かに納得はできるのだ。

 

 カモが感じていたように、木乃香を核にした召喚魔法はもちろん、スクナを形成していた力もまた魔力だった。

 だが、魔力を吸っただけでは彼の言う力、“霊力”にはならない。

 

 というより、横島の力はこの世界の定理に当てはめて言うと“氣”の範疇にはいる。

 自分の中から汲み出すのだから魔法のそれではない。

 

 

 魔力と氣はどちらも森羅万象 万物に宿るエネルギーの事である。

 

 魔力は大気に満ちる自然のエネルギー精神の力と呪法によって人に従えたもので、氣は人に宿る精神エネルギー体内で燃焼させているものだ。

 

 よって魔法使いは主に“マナ”を、氣の使い手は主に“オド”に頼っている形となる。

 

 無論、例外もあるが大体はそんなものだ。

 

 だが横島が使う“霊力”というものはその二つに似て異なる。

 霊能力といものは、ぶっちゃければその二つの良いトコ取りで、精神エネルギーも自然のエネルギーも使う事ができるのだ。

 元々が魂から出ている波動の様な力で、その魂から汲み出した力でもってそのどちらか、或いは両方を使う事できるらしい。

 

 だからこの世界の常識に照らし合わせてみると横島は反則技の集合体。

 元から彼はその隔たりすら突き抜けているというのに、珠の力を使ったにせよ横島自身すら理解し切れていない何かしらの方法によって『吸』った魔力を霊力にして『収』めていたと言うのだから。

 

 

 つまりスクナから吸収し、霊力に変換した残りが周囲を漂っていたのを横島の魔力だと誤認してしまったという可能性だ。

 

 まぁ、その仮説とて確証があるわけでもないのだが……

 

 

 『……ん? という事はナニか?

  文珠とやらを使ったにせよ、コイツは吸収した魔力を自分の力に変換する事ができるという事か?』

 

 

 ふと、そんな根本の事が気になった。

 

 横島の中に僅かに感じた魔力の流れの方に意味があるとも知らず。最初に立てた仮説も正しいのであるが、そんな事にエヴァが気付く訳もなく……

 

 しかしそんな事はもはや気にならぬ程、“ある可能性”を思い浮かべてしまったエヴァはその思考に完全に気を取られてしまっていた。

 

 

 「ひょっとして……

  オイ、横島忠夫」

 

 「へ? な、何?」

 

 

 いきなり声を掛けられてちょっとビビる。

 女王様波動には逆らえないのだろうか?

 

 ちょっと気が緩んでいたのか、驚いて声が上ずっているし。

 

 だがエヴァはそんな事を一切気にせず、指を鳴らして横島の腕を拘束していた縛めを魔法で解いてやった。目隠しはそのままだが。

 

 

 「質問に答えろ。

  お前は霊力とやらを使って肉体強化はできるのか? 或いはその技術は存在するのか?」

 

 「へ?」

 

 

 イキナリ何を聞いて来るんだ? この美女(幻術)は。

 固まっていた腕の筋をほぐしながら横島は首を傾げた。

 

 

 「どうなんだ?」

 

 「え? あ、その……やった事はないけど、できない事もないと思うっス。

  現に片腕だけとはいえ、霊波で覆って強化できるし。

  そ、それと身体強化とは違うけど、魔装術っていう霊波で体を覆って肉体強化する術つーか技が……」

 

 

 何だか目上に対する喋り方になっているが、目が見えない分、伝わってくる女王様な波動に反応してしまっているのだろう。

 

 

 「ふむ……つまり、可能性としてキサマもできない事もないし、できる人間(、、、、、)を知っている(、、、、、、)んだな?」

 

 「あ、ああ……」

 

 

 その答を聞いたエヴァは、何か思いついたのか急に顎に片手を当てて目を瞑って思考の海に心を沈めた。

 

 三人をほったらかしにし、彫像のように立ち尽くして目まぐるしく知識をフル稼働させる。

 

 「あの〜……足、痛いんでそろそろ正座止めてもいいっスか?」

 

 

 という横島の訴えも耳に入らない程に。仮に入っても素通りだ。

 

 

 「シクシク……」

 

 

 閉じられたエヴァの睫毛の長い瞼がヒクヒクと痙攣してる。

 これはかなり思考を回転させいるようだ。

 

 この間の停電騒動時など根本から比べ物にならない。

 

 その表情は魔法を研究していた頃のそれで、彼女は何十年ぶりかにものすごい速度で思考を廻らせていた。

 

 楓らにはサッパリ解らない早口の言語で独り言が漏れ、そろそろ話し掛けなければなら無いかなぁ〜? と心配し始めた頃、

 

 

 エヴァはニタリ……と唇を思いっきり不吉な三日月形に歪めつつ面を上げた。

 

 

 「う、わぁ……」

 「ぴ、ぴぃ……」

 

 

 古達が怯えを見せてしまうほどに。

 

 

 「……おい。バカブルー」

 

 「な、何でござる?」

 

 

 そんな古の横に立つ楓に、エヴァは突然声をかけた。

 顔も向けず唐突に話が振られて楓は声が詰まっていたが、言うまでもなく気にするエヴァではない。

 

 

 「ジジイから話は聞いているが、確かキサマはあの聖骸布モドキを預かっているんだったな?」

 

 「え? ま、まぁ、確かにそう言った物は……」

 

 

 ちらりと右手に目を落とすと、やはり彼女の右手には横島のバンダナとおそろいの色の布が巻かれている。

 

 言うなればこれがスイッチで、これに意識を集中させて呪文を唱えると対になっている布が呼応して着用者のテンションを下げるのだ。

 

 当然ながらエヴァは長く生きている魔法使いであるからその効果も知っており、更にはもう一つの能力も知っている。

 

 この赤い布は元々が刑務所の暴動鎮圧用なので、ガスを抜くような感じに氣や魔力で強化した能力をもキャンセルさせる事もできるのだ。

 

 ただ、お蔵入りになった理由が『布を外せば終わり』という事なので鎮圧用とは言い難いが、横島のように頭に巻いたままの相手なら話は別。その力を遺憾なく発揮できるだろう。

 何せ楓にナンパ封じに使われていると言うのに、外す事を思いついていないのだから……

 

 

 「ふん、丁度良いな……

  タイミングはこちらで指示するから、私が言った時にそれを使用しろ」

 

 「は? 一体何を……」

 

 「良いな?」

 

 

 その念押しにイヤな予感が強まるのだが、彼女としては首を縦に動かす他ない。

 

 確かに体術云々では引けは取るまいが、何せ今のエヴァは悪の魔法使いバージョンだ。どうこう言って逆らえる相手ではない。

 それに事は横島に関係しているらしいのだ。だから彼女は只頷く事しかできなかった。

 

 

 「ふむ……」

 

 

 了承した楓を見て満足そうに頷くと、エヴァは二人を下がらせた。

 

 成功するにせよ、失敗するにせよ、被害が及びかねないからだ。

 我ながら甘くなったものだ……と苦笑しながらだが。

 

 

 その実験(?)対象者である横島だが、彼は今何だかヤな予感が止まらないでいた。

 

 つーか、不安も混じってどんどん高まって行くイヤ過ぎるスパイラル。

 

 当然、背中も後頭部も汗でぐっしょりだ。

 

 無駄に霊感が高い為、不安が高まると実質的な被害が想像できてタイヘンなのだ。

 

 

 そんな横島の額に、ピトっと何かが触れた。

 

 

 「わひっ!?」

 

 「騒ぐな。指で触れているだけだ」

 

 

 急に触られた事に奇声を上げた横島であったが、怒気はないが覇気の強い言葉の力でムリヤリ口を閉ざされる。

 

 彼の額にはエヴァの右人差し指が押し当てられていたのである。

 

 

 彼女は何かしらの単音の呪文を口にしていた。

 

 

 「……解るか? 周囲にある気配を。

  感じるか? 自分の身に纏わりついてくる力を……」

 

 

 その言葉を耳にし、横島は額……丁度、第三の目といわれるチャクラの真上に当てられたエヴァの指から、何かの自分のものとは違う感覚を得始めているのを感じる。

 

 じわりとした熱さと、芯から痺れる不思議な感覚。

 

 それが全身に広がり、何かが満たされたと感じた時、確かな動きを感覚が捉えた。

 

 

 「……解る……解るぞ。

 

  何だろう? 纏わり付くというより、歩み寄ってくるというか……

  あれ? でも何だか温泉の中にいるみたいな落ち着くっちゅーか、癒されるよーな感触も……」

 

 「ふふふ……飲み込みが早いな……」

 

 

 想像していた以上に素質がある。

 

 それが確認できたからか彼女の笑みは更に深まった。

 

 

 「……それが精霊の気配とマナの感触だ。

  この別荘内はそれらを感じ易くなっているからな。

  一時的に感覚を上げれば魔法のド素人でも感知できるようになる。

  まぁ、キサマは霊感とやらがあるから尚更だろう」

 

 「へぇ……」

 

 

 別の感覚と言うか、第六感が磨がれると言うか、眼は見えないのに周囲が良く“観えている”というのは妙な感じである。

 いや、霊波を辿れば観える事は観えるだろうが、それは“感じる”という感覚に近い。

 

 今の場合の“観える”は、どこか別の場所から自分を含めた周囲を捉えているという感じがある。

 

 自分がちっぽけなのも解るし、その一部を掌握しているという不思議な感覚も………

 

 

 「……飲み込みが早すぎだ。

  今は(、、)そこまで知覚しなくていいぞ」

 

 「え? こんなもんじゃねぇの?」

 

 「違うわっ!!

  普通そんなに直ぐに上級感覚が持てるかドアホ!」

 

 

 思った通り、この男は力の応用力がシャレにならない。

 

 ネギ=スプリングフィールドは確かに天才で知られているが、それは持っている魔力の容量と努力の賜物。

 父親に劣るとはいえ、あの年齢からすればシャレにならない技量を持っている。

 

 そしてこの男もまた天才だ。

 

 あの子供魔法教師とはまた違って、魔力容量等がない代わりにこういった小技習得能力が異様に高いのである。

 そしてその応用を思いつく速度も尋常ではないだろう。

 

 これで“アレ”が成功すれば……

 

 

 「……霊力とやらは魂から汲み上げる力だと言ったな?」

 

 「え? あ、うん」

 

 「そしてキサマは汲み上げた力を収束する事に特化している……」

 

 「つーか、それしかできないんだけど……」

 

 

 “それ”が異常なのだ。

 

 魔法使いに当てはめれば、魔法を放つ事はできないが、その魔力を収束する事はできるという事で、基本問題もできないのに、応用問題はできるという訳の解らない存在となる。

 

 

 という事は、ちゃんと基本から教えれば“アレ”ができてしまうかもしれない。

 

 それも自分すら完全に満足しきれていないアレの完成形に——

 

 

 エヴァはその事を期待しているのだ。

 

 

 「まぁいい……

  さっきから周囲に感じているだろう?

  お前を取り巻く力の源であるマナ……同じ要領でそれらを汲み上げて収束してみろ」

 

 「え゛?」

 

 

 いきなり何言い出すの? このエセ大人はと眉を顰める横島であったが、

 

 

 「早くしろ。捻り千切るぞ 」

 

 

 と言われればやらざるを得ない。

 

 ナ、ナニを千切られちゃうの?! と質問しかけたがウッカリ聞いてとんでもない答えが返ってきたら失禁しちゃいそうなので我慢した。

 

 兎も角、言われた通りにやってみるのが得策だと判断して。

 

 

 「その通りだ」

 

 「心読まないでーっ!!」

 

 

 実際にエヴァの指先とは魔法か何かで意識をつなげられているのだろう。指先を通じて感覚を強要しているようだ。

 当然、思考もだだ漏れで、これで逆にエヴァの思考は読めないのだから流石である。

 

 兎も角、横島は心の深いトコを読まれてヤヴァい事知られる前に終わらせちゃおうと、全感覚をマナの収束に集中する。

 

 言うまでも無く横島は魔法を使う方法など知らず、当然ながら魔力を収束する方法も知らない。

 

 だが、エヴァはあえてその技術を教えず横島の勝手にやらせていた。

 その方が彼はコツを掴み易いと判断……いや、理解しているからだ。

 

 

 そしてそれは間違いではなかった。

 

 

 「え?」

 

 「何と……」

 

 

 楓ら二人にもその収束されて行くモノが見えている。

 

 コツ……と言うか、やり方としては文珠を作り出す過程とあまり変わらない。

 違うのは自分の中に感じていた力ではなく、周りを満たしている力というだけ。

 

 思いつきで行った収束法であるが、珠を作り出すのと同じ感覚でやって余り間違いではないようだ。

 

 横島が思っていたより上手くいき、どんどんマナが集まってくる。

 

 何せ霊力をかき集めるのと違って、容量限界を気にしつつ自分の中から集める必要も無い。

 要は集めまくった力を制御して収束する事が必要以上に難しいだけの事。

 

 しかしこの男は収束に関しては『できてしまう性質』と言ってよいほど尋常ではない才能をもっている。

 

 だからこうやってマナを固定するコツを掴む速さはバケモノじみており、あっという間にその右手には塊となったマナが出現しているのだ。

 

 

 「くくくく……ここまでは予想通りだな……」

 

 

 そのマナの塊を見てエヴァはほくそ笑む。

 

 魔法にド素人の二人は解らないだろうが、横島の手の中に集まった力の大きさは中級の魔法に匹敵するものだ。

 

 無論、魔法と言う方向を定めていないので、このまま叩きつけたとしても意味は無いが……

 

 問題はこの後である。

 

 

 「横島忠夫……」

 

 「な、なんスか?」

 

 

 まだビビリがあるようだ。

 

 

 「修学旅行から帰って直、ジジイから話は聞いた。

  キサマ、摸擬戦でも敵ではない女に手を上げられないそうだな?」

 

 「……」

 

 「最初は甘っちょろい奴だと思っていたが……アレを見たら理解できたよ。

  あれでは手は上げられまい」

 

 「……」

 

 

 エヴァの言葉に横島は終始無言。

 口を開く代わりにマナの収束度が上がった。

 

 楓と古はエヴァの言葉を聞き、顔を見合わせて驚きを見せる。

 

 彼女が何を掴んだかは知らないが、間違いなく横島のトラウマにかかわる事を理解しているようなのだから。

 

 

 「何を無くしたかは凡その見当はつくが……無理もない。

  あれだけはっきりとした記憶を持ってしまっている(、、、、、、、、、)のだからな……」

 

 「……」

 

 

 やはり無言の横島。

 楓らは横島の心を案じたが、彼の表情には然程変化は無い。辛そうでも、悲しそうでも……

 

 そして内心も小波は立っていようが、傷ついてはいない。

 

 

 忘却は救いであると言う者がいる。

 

 その言葉通り、心を傷つける記憶は掠れていけばいくほどその者への救いとなる。思い出す事があるからこそ傷つくのだから。

 

 だが、克明過ぎる記憶は、忘れたい記憶すら薄れさせてくれない。

 

 

 まるで目の前で今正に“それ”が起こっているかのように、はっきりと思い出させられてしまうのだから。

 

 

 そしてそんな爆弾を抱えている横島を哀れに思いつつ——何故だかその歪みが好ましくもあった。

 

 

 「だから私が力の手助けをしてやろう。

  そんな事が二度と来ないよう、力を得る手助けをな……

  ……その代わり、報酬としてこれ(、、)を憶えてもらうぞ……

 

  何、キサマにとって損にはなるまい?」

 

 

 黒い。

 笑顔が本当に黒い。

 

 不死の魔法使い、人形使い、悪しき音信、闇の福音、禍音の使徒……様々な名で魔法界に広く知られている歩く災厄。

 エヴァンジェリン=アタナシア=キティ=マクダウェル。

 悪の魔法使いの二つ名は伊達ではないようだ。

 

 

 しかし、例外もあるのかもしれない——

 

 

 表情に反して彼女の声は、慈母のように穏やかで優しい。

 

 

 「確かにキサマのその克明な記憶は厄介だろう。

  事ある毎にキサマの足を引っ張るかもしれない。

  キサマが想像しているように、状況によってはその暗い感情を暴走させるかもしれない」

 

 「……」

 

 

 あの夜を思い出し、ピクリと眉が動く。

 後に下がった二人にしてもそうだ。

 

 周囲に与えかかった被害。

 そして後ろの二人を心底心配させた事が横島は今を持ってしても悔やまれる。

 

 

 「だがな、その記憶は“記録”に過ぎん。

  バカレンジャーが言っていたように、それはキサマではない。

  確かに身体ごと貰っているかもしれんが、それはキサマに酷似した別人に感情移入しているに過ぎん。

  

  しかしキサマ心の傷は深く、如何ともし難く、簡単に止まる程度の痛みなら苦労はすまい。

 

  が……」

 

 

 ふ……と、何故かエヴァの口元が緩む。

 

 珍しく、優しげに。

 

 そして嬉しげに。

 

 

 「私がきっかけを作ってやろう。

  これからもキサマを苦しめ続けるだろう“記録”でもってキサマを救う術を教えてやろう。

 

  如何に苦しみの材料となろう記録だろうが、現実を、今を歩んでいるモノには敵わない。

  その事を教えてやろう」

 

 

 横島は、塞がれている眼を、マスクの下からエヴァに向けた。

 

 何も見えない筈の眼に、闇の中で微笑みを浮かべている彼女が見えている気がする。

 

 

 「……よく聞け横島忠夫。

  キサマのその記録の中、今キサマが言った魔装術とやらを使っているヤツがいるな?

  そいつに意識を向けろ」

 

 

 その言葉に合わせて意識を傾けると一瞬の間もなく自称ライバルの姿が浮かぶ。

 今目の前に存在しているかのような鮮明さで。

 

 いやそれどころか真正面から相対しているそれの全てが理解できてしまう。

 親友に近い相手とは言え、男の全てを理解するというのは言葉にするだけでイヤ過ぎる。

 

 だが、余りに鮮明で克明な記憶は“掌握”に近いレベルで“奴”のデータを横島に突きつけていた。

 

 

 「……バカレンジャー二人。

  気を抜くな。身構えてろ……」

 

 「え?」

 

 「何が起こるでござる?」

 

 

 エヴァは横島から意識も目も離さない。

 それだけ集中しているのだろう。

 

 端的にそう言っただけで後は何も言ってくれない。

 

 それでも彼女がそう言ったのだから、それなり以上の理由はあるのだろう。

 すぐ言われた通り氣と霊氣を身体に廻らせて不測の事態に備えつつ、遠目で二人の様子を見守っていた。

 

 

 二人が構えを取った事を感じるとエヴァは、横島に最後の指示を行う——

 

 

 「そいつが力をコントロールしている所を思い浮かべ、手の中の集めたマナに力という概念を入れてみろ。

  集めたのはマナだが、キサマから言えば自然が持つ霊気と言っても差支えない。

 

  なら、“今のキサマ”ならできるはずだ」

 

 「……」

 

 

 横島は無言。

 

 さっきのエヴァの言葉を噛み締めているカのようにその行為に集中しきっている。

 

 しかし文珠に言葉を込める事に慣れきっている横島は、然程の苦労も無くその事に成功。

 

 マナの塊には文珠のように字は浮かんでいないものの、魔法のように力の方向性を向ける事ができていた。

 

 

 「いいか? よく聞け横島忠夫」

 

 

 それの成功を見、満足そうにエヴァは言葉を向けた。

 

 

 「マナというものは万物に宿る力だ。

  キサマにも私にも、後にいるバカ二人にも宿らせられる。

 

  だがその力は不平等なまでに平等で、

  ボウヤのような『正しい魔法使い』にも私のような『悪の魔法使い』にも力を貸す」

 

 

 そう自分を悪だとのたまうエヴァであるが、闇に身を置く者として闇の中での慈愛も持っている。

 

 横島にとっての悪は“邪悪”。

 あらゆる生者の尊厳も感じない存在だ。

 

 そしてそういった勘の良さは相変わらずなのだろう。横島はエヴァの中にある闇の優しさに既に気付いており、そのこの場に込められた心を素直に受け取っていた。

 

 

 だからこそ、成功率は格段に上がっているのだ。

 

 

 「しかし世界はキサマに贔屓している。

 

  キサマがキサマの言うように異物だろうが、世界はキサマをこの世界の一部として受け入れ、

  更には異界の力もほぼそのまま使えている。

 

  これはキサマが世界に贔屓されている証拠だ。誇って良いぞ」

 

 

 簡単な言葉。

 

 世界に受け入れてもらえていると断言されるだけで何故こんなにも嬉しいのだろう。

 

 アイマスクの下、横島の目の奥がきゅっと痛んだ。

 

 エヴァは気付いるのか気付いていないのか、眼差しの柔らかさを深めて言葉を続けた。

 

 横島の自信と、価値を高めてやりつつ……

 

 

 「そんな世界に贔屓されているキサマだからこそ、

 

  マナにすら懐かれているキサマだからこそできる——

 

  引かず、恐れず、意識を外に委ね、

 

  その手に集まった力……マナから得た力を文珠とやらを使うように内側に解放してみろ。

 

  キサマが弱者を生むものと見ているその力が全ての基本を持っている。

 

  それを使っていたからこそできるんだ。

  だからこそできる(、、、、、、、、)のだ」

 

 

 

 エヴァの瞳が、紅く輝きを見せる。

 

 

 

 「やってみろ横島忠夫。

 

 

  今のキサマが使える“魔法”を……」

 

 

  見せてみろ横島忠夫。

 

 

  キサマの力の一端を——」

 

 

 

 彼の記憶の中にある魔装術の使い手の中、完全にコントロールし術を極めたものはただ一人。

 

 使う者は後二人いたのだが、内一人は失敗して暴走。もう一人も魔族化してしまった。

 

 しかしあの男……

 自称横島のライバルだけは完全にその力をコントロールし切っていた。

 

 そして横島は“ヤツ”が魔装術を極めた瞬間に立ち会った人間。

 その瞬間の記録のチャンネルにはさっきから合わせたまま。

 

 

 横島は“それ”と意識を重ねたまま……

 

 

 

 

       右手に収束したマナを握り潰した——

 

 

 

 

 

 

 

  ズ…… ド ム ッ ッ ! ! !

 

 

 

 

 「むっ!?」

 「な、何アル!?」

 

 

 魔装術は悪魔と契約を交わさねば使えない術であるが、霊力を全身に纏う事だけなら出来なくもない。

 そして収束した力を自分のものにできる事は既に実証済みだ。

 

 単にこれは収束に特化した力を利用し、収束した力を自分の中に向けて開放しているだけ。

 

 

 たったそれだけの事なのに、横島の霊力は元の十倍以上になっていた。

 

 

 竜巻のようにマナが混じった風が荒れ狂い、木々をへし折るかのような波動が押し寄せてくる。

 

 身体……というより、横島という存在感(、、、)が激増し、エヴァですらまともに立っていられないのか、圧力に負けて後ろに押されているのだから。

 

 

 「ス、スゴ過ぎるでござる……一体何が……」

 

 「老師の気配が……あんなに大きく……」

 

 

 二人も踏みとどまるのに必死だ。

 

 身体か軽い かのこがコロコロと転がって来たので何とか古が受け止めたのであるが、それ以上の事が出来ないでいた。

 

 何せそれだけの力の奔流がそこに起こっていたのだから。

 

 

 霊力による強化でも、文珠による強化でもなく、

 

 魔法による強化に似、それでいて圧倒的な差異も感じられるそれ。

 

 完全無属性な純然たる魔力だけを吸収し、その身が弾けんばかりの強化が成されている。

 

 

 

 「フフフフ……ハ、ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ! !

 

  “できた”か!? や は り で き た か 横 島 忠 夫 ! ! 」

 

 

 

 吹きすさぶ力の嵐の中、エヴァはただ笑い続けていた。

 

 想像していた通り、力を受け入れられた事に、

 想像していた通り、“記録”が使えた事に

 想像していた通り、“アレの基本が出来上がっていた”事に——

 

 

 

 (いず)れ“アレ”の完成形に立ち会えるという事に——

 

 

 

 「くくくくく……そろそろいいか……

 

  おいバカブルー。今だ、やれ!」

 

 

 ひとしきり笑ったエヴァであったが、この程度で調子に乗る訳にはいかない。

 幾ら嬉しかろうと、その歓喜に我を失うのはいただけない。

 

 そう余裕を見せつつタイミングを計っていたかのように、楓に声をかけるのは流石である。

 

 

 楓はそれを耳にしたが早いか、やや詰まりはしたものの前へと飛び出し、横島に向けて右手を掲げてキーワードを口にした。

 

 

 「Acta(あくた) est(えすと) fabula(ふぁーぶら).!!」

 

 

 叫んだ瞬間、その布に縫い込まれている呪式が発動し、細かく刺繍が輝きを見せた。

 

 それに合わせ、横島のバンダナも細かく輝きを見せ、横島のテンションをどんどん奪ってゆく。

 

 

 「え? あ、あぁ〜〜〜〜……」

 

 

 五月病というか、鬱寸前までテンションが下がり、集まっていた力がプシュ〜……っと漏れて膝から力が抜け、

 

 

 次の瞬間——

 

 

 

 ぼ ぱ —— ん っ ! ! !

 

 「たわばっ!?」

 

 

 

 見事、行き場を失った力によって自爆した。

 

 

 「わぁっ!! 横島殿ぉ——っ!?」

 

 「老師——っ!?」

 

 「ぴ、ぴぃ——!?」

 

 

 余りに事態に驚き慌てふためいて駆けつける二人と一匹。

 

 横島は真黒になり、口や頭から煙を吹いて目を回していた。

 

 というか、今の爆発で生きているのも凄い。

 お約束どーり頭はアフロになっているが。

 

 

 「え、衛生兵——っ!!」

 

 「そんなのいないアル!! 落ち着くある!! まずは霊柩車を呼ぶアルっ!!」

 

 

 流石の事態に二人も慌てっぱなしだ。

 

 別に怪我をした訳ではないだが、判断力が低下している古はとりあえず包帯代りに古は腰のリボンを巻き、楓はサラシをといてそれを巻いた。

 

 しかしウッカリサラシを解いたとこを見せてしまったのが災いし、ただでさえ半死半生の横島は鼻血を噴いて命の危機を迎えてたりする。

 

 

 「横島殿!? ナニ故——っ?!」

 

 「先にソノ“凶器”をしまうアルっ!!!」

 

 

 そんなこんなでしっちゃかめっちゃかだった。

 

 

 

 

 「ククククク……」

 

 

 しかし、そんな状況下、

 

 

 「ククククク……フ、フハハハハ……」

 

 

 当の惨事を引き押した当の張本人であるエヴァは尚も笑い続けていた。

 

 

 「………面白い……面白すぎるぞ横島忠夫っ!!!」

 

 

 言うまでもなく、彼のギャグ体質の事ではない。

 

 それは、彼が思っていたよりアレに到達できそうだという確信から来たものだ。

 

 

 横島が見せたそれは、エヴァ本人が編み出した禁呪の紛い物。

 

 強さを求め、必死に生きようと足掻いていた時に得た力。

 

 己が肉体に魔法を取り込み、その充填させた魔力で肉体を強化するというド外れた禁呪。その技のモドキである。

 

 

 だが彼はいきなり使えた。

 

 お世辞にも上手くいったとは言い難いが、それでも“できる”という確信を持たせるには十分なものだった。

 

 

 「できるのか?! できるというのか!?

 

  基本も何も知らぬキサマが!!?? 魔力なんぞ持たぬキサマが……!!!」

 

 

 怒声のようであるが嬌声に近いそれ。

 

 何をそんなに喜んでいるのか不明であるが、エヴァは横島を肴に大笑いを続けている。

 

 

 「フハハハハ……気に入った。気に入ったぞ横島忠夫!!!」

 

 

 半死半生だが、やはり“慣れている(涙)”横島。ちゃっかり楓の生乳をガン見したお陰で霊力が回復していた。

 とは言うものの出血多量で意識はないが。

 

 そんな横島の元につかつかとエヴァは歩み寄り、ぐいっと襟首を掴んで引き寄せた。

 

 横島は金髪美女(見た目のみ)に顔を引き寄せられ、又しても鼻血噴きそうであるが幸い(?)にして白目を剥いている。

 

 

 「横島よ。

  横島忠夫よ。感謝するがいい。

  キサマを栄えあるこのエヴァンジェリンの下僕になる事を許可してやろう。

 

  そしてこの私が直々に鍛え上げてやろう!!

  我が配下に連なる化け物にふさわしい災厄の怪人としてな!!!」

 

 

 実に偉そうであるが、その笑顔は無邪気そのもの。

 

 何せこの男、扱いこなす事さえできれば一家に一台(?)欲しい逸材なのである。

 

 ミョーに才能がある為、教え甲斐もありそうであるし、コイツがいれば魔力の補充は出来る。

 尚且つあの超万能アイテム文珠を生み出す事が出来るのだ。

 

 モノが強力すぎる為にまともに『解』『呪』なんぞ行えば吸血鬼の呪いすら解かれてしまうやもしれない。

 どのような強力な魔法使いでもこの身を真祖とした呪いは解けなかったが、それは単純に力押しでする場合の事。

 文珠は概念を書き換えてしまう為、可能性はゼロとは言えないのだ。

 

 しかしその使い手である横島が魔法を理解し、その呪いの核を見つけだす事が出来ればおそらく『登校地獄』だけを解呪する事も可能だろう。

 

 更には……

 

 

 『コイツの能力の多様性を使えばナギの居所も……』

 

 

 掴めるかもしれないのだ。

 

 

 昔無くした希望や夢を一遍に取り戻した気分だ。楽しくて嬉しくて堪らない。

 

 

 「どうだ!? 嬉しいか!! 光栄だろう」

 

 

 目が石○賢となっているところを見ると、嬉しさの余りイッちゃっているのだろう。

 横島の襟首を掴んだまま、笑顔でぶんぶか振っていた。

 

 

 カクン……

 

 

 当然、横島に意識はない為、首は力なく垂れ下がるのだが、それを見たエヴァは余計に笑いが強まってゆく。

 

 

 「そーか嬉しいか? そーだろう、そうだろう……

 

  アーッハハハハハハハハハハハハハ……っ!!!!」

 

 

 歓喜のあまりに大爆笑である。

 

 

 「なっ!? ち、ちょっと……っ!!」

 「待つアル!!」

 

 

 無論、黙っていられないのはこの二人だ。

 

 いい加減どーにかしろよと言いたいほど横島に対して好意を高めているのだから、彼女に取られる訳にはいかない。

 

 慌ててその間に割り込んで横島をかばう。

 

 

 ゴインっ☆

 

 

 その際、横島は後頭部を石畳に打ち付けてしまう事となったが、二人はそれどころではないようだ。

 

 

 「横島殿は“拙者の”パートナーでござるよ!?

  拙者に断りもなく下僕発言とは如何なる所存でござるか!?」

 

 「老師は“私の”師匠アルよ!?

  私に断りもなく下僕発言はどういうつもりアルか!?」

 

 

 踏み込みは同時、

 文句を言うのも同時なら、二人の言葉も同じだった。

 

 

 「ぬっ!?」

 「ムッ!?」

 

 

 言い放ってからそれに気付いたか、二人は同じタイミングで顔を見合わせる。

 

 仲が良いのか悪いのか解らないくらい同じタイミングでお互いの視線がぶつかり合い、火花が散った。

 

 「前に申したはずでござろう? 横島殿は拙者の(、、、)パートナーでござるが?」

 「そちこそ忘れたアルか? 老師は私の(、、)師匠アルよ?」

 

 

 火花と言うか、端的にスパークだが……霊的なものが仕上がりつつある所為か、二人の間には氣による“押し競”が発生している。

 

 どこからか飛んできた木の葉が間に挟まれ、ズタズタに裂けて飛び散るほど二人の氣の圧は上がっていた。

 修業は順調に進んでいるようだ。

 教えている当の横島が二人の氣の圧によって死の淵に立ちそーであるが。

 

 

 つい最近まで“裏”に関わっていなかった二人の成長具合に、横島の才能の片鱗を見たか、エヴァは実に満足そうな笑みを浮かべている。

 

 楽しいおもちゃが向こうからやって来たのだから当然かもしれない。

 

 ただ、あまりにオコサマな二人の具合に途中から苦笑に変わってしまうが。

 

 

 「二人ともまぁ待て。

  物のついでだ。横島忠夫同様、キサマらにも実戦を教えてやろうではないか。

  私が満足がゆく成長を遂げた時、我が軍団の女幹部として迎えてやろう」

 

 「何でそうなるアルか!?

  どーして私達が「そうなると怪人という立場の横島はお前らのモノでもあるという事に……」よろしくお願いするヨロシ」

 

 

 古の変わり身の早さに楓は呆れた。

 とは言うものの。あまりに魅力的な誘いであるのも確かだ。

 

 実戦経験がゼロとは言わないが、流石に魔法戦闘等は無いし、今までのように横島との修行を人気がない場所を選んで行う必要もないだろう。

 魔法とやらの力を使えば人気を無くせるのだから。それに女幹部として横島を自分のものにできるし。

 

 尚且つ彼のトラウマを理解しているであろうエヴァは彼に進むべき道を示してくれるやもしれない。

 子供の発想しかできない自分らよりはずっと彼を癒してくれるであろう。おまけに横島とべったりいられそーだし。

 

 そして更に、横島の全力が見られるかもしれない。

 彼が状況に“克つ”人間である事は知っているが、何せ女子供相手には力が出せないときている。無論、その事は嫌いではないが、好意を持つ相手の強いところをみたいというのも確かだ。カッコイイとこをもっと見られるかもしれないし。

 

 ……何だかみょーな感情がチラチラ浮かぶが、それを差し引いてもデメリットが見られない。

 

 何だ、答えは最初から決まってるではないか。

 

 

 「言い忘れたが、この別荘は一度使用すると24時間は外に出れんぞ。

  尤も、竜宮城とは逆に外では1時間しか経たないようになっているがな。

 

  急にお前らが来たから部屋は用意していないから、

  必然的に 横 島 と 同 じ 部 屋 で 休 ん で も ら う 事 に……」

 

 「がってん承知でござるよ!」

 

 

 

 休む場の“位置”をめぐって不毛なバトルをおっ始めた二人はほっとくとして、そのバトルの巻き添えをくらって宙を飛ぶ横島の骸(一歩手前)を目に入れながらエヴァはワラウ。

 

 通り向けてきた過去を想い、ひょっとしたら見えるかもしれない向こう側を想い、彼女はワライ続ける。

 

 

 

 

 魔力充填ならぬ、霊気充填による肉体強化——

 

 私が十年かけて編み出した技であるが……コイツの特性と改良を加えたらどうなるか……

 

 

 ククク……到達できなかった地平に辿り着ける……か?

 

 別の世界から来たとはいえ、“ニンゲン”が……

 

 フ……ククククク……

 

 ハッ アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 読んでいただきありがとうございます。
 もーね、前のに更に注釈入れようとしたんですけどね、がんばったんですけど……まだ判りにくいですね。ゴメンナサイ。

 要は、生きるのに疲れ果てた横島が、元気な横っち(の記憶)が貼りつけて進んで自己を消去した…って感じですかねー。

 もっと噛み砕いた文ができましたら差し替えますので更にご容赦を……

 次からはフラグと修業の始まりです。
 ではまた……


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