-Ruin-   作:Croissant

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中編

 

 

 薄暗いその部屋には、微かな気配が犇いていた。

 

 とは言っても微かと称する事すら大げさに感じてしまうほど微弱なもの。果たしてそんな気配を蠢くと言ってよいのやら。

 

 だがそれでもここには何か(、、)がいる。

 

 

 それも部屋中に。

 

 静寂という騒然の中、それらは只座しているのみであるが。

 

 

 そんな部屋に、ハッキリとした気配が五つ割り込んできた。

 

 上の階と同じ敷地面積だというのに、上の階より明らかに広いこの地下に、誰がが入ってきたのである。

 

 それでも“それ”らが反応する事はなかったが。

 

 

 「うわっ 人形がいっぱいアル!?」

 

 「流石にこれだけあると、不気味を通り越して壮観でござるな」

 

 

 この建物の主である金髪の少女に導かれ、階段を下りてきた二人は部屋に溢れかえっている夥しい量の人形たちに圧倒されていた。

 

 ぬいぐるみやマリオネットはもちろんの事、ビスクドールや日本人形、果てはコ○助モドキ(?)といったパチモンくさい物等、多種多様の人形が所狭しと並べられているのだから当然であろう。

 

 

 「な、なぁ、キティちゃん」

 

 「キティちゃん言うなっ!!」

 

 

 その二人の前を行く一人の青年が、皆を案内している(というか、とっとと先を歩いている)金髪の少女の背中にそう問い掛けた。

 

 少女はその呼び名が気にいらないのか激昂して振り返ったのだが、

 

 

 「な、何でこんなに生き人形があんだ?」

 

 

 という質問の内容を聞くと表情を変え、ほぉ? と感心したように眼を見開いた。

 

 

 「解るのか?」

 

 「解るわぁっ!! どいつもこいつも霊気あるじゃねーかっ!!」 

 

 

 その青年には嫌な思い出でもあるのか、半泣きでそう抗議する。

 どうもさっきから必要以上に身を縮めて足早に少女のついて歩いて行くと思えば、どうやら周りにある人形達の中に動けないようになっているだけの生き人形が混ざっている事に気付いていたようだ。。

 

 後に続いていた二人の少女はその言葉を聞き驚きの表情で人形を見つめ直した。

 

 

 「ぜ、全然、解らないアル……」

 

 「いや、言われてみれば何かしら感じなくもないでござるが……本当でござるか?」

 

 

 言われてみればそんな気もしないでもないと言う程度で、幾ら探ってもそれ以上の事は感じられない。

 

 いや、時折かのこが立ち止まってじ〜っと見ている人形があるから、どうもそれがそうなのだろう。

 

 当の本人はやたらと生き人形とやらにビクついているのであるが、何だかんだで力は本物である。二人は改めて青年の能力に感嘆していた。

 

 

 その青年。

 無駄に人形に怯えているのだが、それはしょうがない話と言える。

 

 何せ最初に関わった事件では、異空間を埋め尽くすモガちゃん(商品名)人形集団に襲われたし、悪魔が取り付いたマネキン人形にはマネキンにされた挙句、女性下着を着せられると言う屈辱を与えられている。

 更には中国人形(石像)には熱烈な抱擁をされ掛けているし、呪いの日本人形にはツルッパゲにされているのだ。

 

 ぶっちゃけ、生き人形との相性はサイアクなのである。

 

 

 そんな彼の過去なんぞ知る由もなく、金髪少女は妙に怯えを見せている青年を鼻先で笑いつつ先へと進んでいく。

 

 

 やがて四人と一頭は妙に明るい部屋にたどり着いた。

 

 いや、正確に言うと部屋が明るいのではなく、部屋の中にあるものにスポットのような明かりが当てられていて、その反射が明るさを放っているのだ。

 

 

 「何アルか? コレ。

  模型? 箱庭ならぬ瓶庭アルか?」

 

 「……にしては異様に細かいでござるな」

 

 

 見た目は大きいフラスコ。

 ボトルシップの瓶宜しく横倒しになっており、やはり中には何やら模型が入っている。

 ボトルシップとの違いは、中にあるのは船ではなく建物だと言う事だ。

 

 一抱えもある大きなフラスコの中には塔のような建物があり、その天辺にはテラスのようなものまである。

 

 少女の言う通り、その作りは模型にしては異様に細かく、建造物は元より塔の根元にある砂浜や草木に至るまでが本物を縮小したかのようでホログラフではないかと思わせるほど。

 

 そしてその大きなフラスコの表面にはこう書かれていた。

 

 

 「『EVANGELINE'S RESORT』?

  直訳したら『エヴァンジェリンの保養地』……あ、“別荘”か。

  ん? ひょっとしてコレ、隔離結界か何かか?」

 

 

 中の様子と、伝わってくる力。そして瓶に書かれた文字だけでそう判断を付ける青年。

 

 先程もそうであったが、さも意外そうな顔で金髪の少女は青年の顔を見直していた。

 

 

 「正解だ。驚いたな……

  キサマの事を頼まれてたついでもあったしな。

  夕べの内に茶々丸に引っ張り出させてメンテナンスしておいたんだ。

  しかしさっきもそうだがよく解ったな。ただのボンクラではないという事か……」

 

 「ボンクラたぁーなんだっ!!」

 

 

 何だかさっきから泣き続けである。

 

 

 「ま、まぁ老師」

 

 「ちょっと落ち着くでござるよ」

 

 

 そんな彼を取りなそうと二人が一歩足を踏み出した。

 

 ——と? 

 

 

 カチ……

 

 

 何かを踏んだのか作用したのか、小さな音がして青年と少女の姿が消えてしまった。

 

 

 「え? あ? よ、横島殿?!」

 

 「な、何アル!?」

 

 

 いや、違った。

 あの二人が消えたのではない。

 

 自分らが移動したのだ。

 

 

 「こ、ここは……」

 

 

 呆然とあたりを見回す少女。

 

 肌に感じる風は初夏に似て、鼻に感じるそれは潮の香りのよう。

 耳に聞こえるのは風の音と波の音。

 

 そして目に見えているここは——

 

 

 「……ココ、どこアルか?」

 

 

 先程までいた地下室ではない。

 自分らが立っている円形の足場から向こうに見えるのは、細い一本橋で建物と繋がっている円形の塔の天辺。

 天蓋付き野外ホールを思わせる白い建物だ。

 

 

 そして周囲は広がる海。

 

 

 瞬きをする間も無く、二人は気が付けばこんな見知らぬ場に佇んでいたのである。

 

 

 もし二人がもっと落ち着いてこの全景を眺めていれば理解できたかもしれない。

 

 現実離れし過ぎてはいるが、頭の柔らかい二人なら受け入れられただろう。

 

 

 この場が、あのフラスコの中の別荘に酷似しているという事に——

 

 

 

 それを知るのは二人が辺りを歩き回った20分も後の事である。

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 ——ハッキリ言って、最初の印象からサイアクだった。

 

 

 あのボウヤを救……もとい、不甲斐無いボウヤにまかせておけない私は、ジジイに恨みがましい呪いを任せて影を使って転移。

 コトが起こっている場に茶々丸と共に駆けつけた訳であるが……

 

 ターゲットロックをボウヤ以外の魔法使いに設定していた所為だろうか、ナゼか敵と間違えてぶん殴ってしまった。

 

 無論、太古の鬼神だか何だか知らぬが、ナギや詠春などに封印されてしまうような手合いだ。全力とまでいかずとも負けるわけがない。サクっと広域殲滅魔法で瞬殺してやった。

 ……同じバケモノとしては見るに耐えれぬ顔をしていた訳であるし……

 

 

 ——と、そこまではいい。

 

 私はやるべき事をなしたのだから、どうこう言われる筋合いはない筈だ。

 

 しかし直後、呆然としたボウヤに殴り倒した怪人は敵ではないと言われてしまった。

 

 いや、いやいや、どう考えてもアレは敵だろう?

 

 外見も式まんまであったし、感じた波動も邪そのもの。

 それにターゲットのキーは“ボウヤ以外の魔法使い”にしていたわけであるから間違え様がないのだ。

 

 後で色ボケ忍者と馬鹿ンフー娘に彼は氣の達人ではあるが魔法使いではないとボコスカ文句を言われたが、私は魔法のプロだ。そんな初歩的なミスはしていない。

 

 ……いや、ひょっとして誰も気付いていないというのか?

 桜咲刹那は兎も角、ボウヤや、詠春ですら?

 

 間違いなくあの男から濃密な魔力(、、、、、)が漏れていたという事に……

 

 

 そして私の魔法、ほとんど絶対零度の氷結地獄の中にいて、氷漬け程度しかダメージが与えられず、あまつさえ生きていたという怪異。

 これは単純に氣だけで防げる話ではない。

 その程度で防げるのなら、私は今ここに存在していないと言える。

 

 

 おまけにこの件の首謀者とされていたあの符術師……あの女も理解不能の力で護られていた。

 バカ二人によると、確証はないがあの男のお陰だとか……

 

 ますますもって魔法使いではないか。

 絶対零度の氷結地獄を氣だけで防げると思っているのか?

 それでも単に氣の使い手だと言い張るのか貴様らは?!

 

 

 ……しかし、言い張られた……

 

 

 いや実際、氷を砕いて引きずり出した時には欠片ほどの魔力は感じられなかったが、そうだとすると先に感じた魔力は何だったのか疑問は残る。

 まぁ、学園に戻れば何時でも会えそうだからその場は矛を引っ込めたのだが……(京都観光もあったし)

 

 ボウヤ達とナギの家に訪問した帰り、詠春は私に頼みごとを伝えてきた。

 めんどくさかったが、例の魔力の件も気になっていたし、報酬が報酬だったので引き受ける羽目になってしまった。

 

 いや、ナギの情報が入れば真っ先に伝えると言われたから……つい……

 

 

 と、兎に角、詠春はこう言って来た。

 

 

 『物凄く不安定で、物凄く厄介な力を持つ“彼”を導いてやってくださいませんか?』

 

 

 巨大な力とかではなく、“厄介な力”……か……

 詠春め。相変わらず私の興味を引くような言い方をする。まぁ、その程度の腹芸ができなければ長なんぞやってられんか。

 

 彼とは無論、あの怪人の事だ。

 私が興味を引く言い方をした詠春にはちょっと腹が立ったが、興味がない訳ではない。

 

 ジジイにも、

 

 

 『ワシでは全てを見る事ができんが、お前さんならできるじゃろ?』

 

 

 等と、記憶喪失の回復が可能か否か。またその原因を探ってくれとみょーに引っ掛かる言い方で頼みごとをされていた事もある。

 

 

 『ただし、十二分に気をつけんとお前さんでも拙いかもしれんのでの』

 

 

 という挑発まで織り交ぜて……

 

 それに紛らわしかったのは事実だが、勘違いで殴り飛ばしたのもまた事実。

 借りを作ったままというのも癪に障るので、二つ返事……とまではいかんが、まぁ、会ってやるだけなら会ってやってもいいと伝えてやった。 

 

 まさか帰って直ぐの日に予定を組まれるとは思ってもみなかったがな……

 

 

 ……どういう訳かその約束の日の朝にボウヤと神楽坂明日菜の来襲を受け、初っ端から出鼻を挫かれはしたが、まぁ、それは何とか追い返す事に成功する。

 花粉症で頭がボ〜ッとしていて、何だかミョーな頼みごとをされた気がしないでもないが……変な事は言わなかったはずだ。多分。

 

 兎も角、入れ替わりのようなタイミングでやって来たヤツと相対した訳であるが……

 

 

 「あっ!! あの晩の幼女!!」

 

 

 出会い頭がコレだ。

 

 神楽坂明日菜とドツキ合いした後であるし、花粉症でイラついていたのだから当然の如く私の沸点は下がっている。

 

 

 「だ、誰が幼女だぁっ!!

  そーゆーキサマはあの晩の緊縛術師?!」

 

 「だーれが緊縛術師だ人聞きの悪いっ!!

  アレはオレの特技の一つだ!!」

 

 「そなもん大声で自慢するな!!

  あの符術師の女なんぞ、トラウマになって男性恐怖症になっとるわっ!!

  まぁ、○作に出会ったかのような怯え方されていた詠春には笑えたが……」

 

 「何とあの姉ちゃんが!?

  これは責任を取らねばなるまい。主にオレの身体で……」

 

 「結局シモネタか!? 殺すぞ!!」

 

 

 

 「−あの……長くなりそうですので留守をお願いできませんでしょうか?

  マスターが壊してしまった分の食器や御茶菓子の買出しに行きたいのですが……」

 

 「ああ、承知したでござるよ」

 

 

 

 「何だとーっ!? 恩は五倍返しは当然やけど、恨みは十倍返しも必然やんか!!

  それを身体で払うだけでOKいうんは破格の待遇やろが!!」

 

 「言葉を弄ぶな性犯罪者!! 単にヤリたいだけだろーが!!」

 

 

 

 「あ、いや、おかまいなく。

  ………でもできれば超関係の店以外なのがいいアル」

 

 「−? ハイ。解りました」

 

 「あ、それなら厚かましいでござるが、かのこには果物がよいでござる。

  実はこの子は精霊故、そういったものを好むそうでござるよ」

 

 「−精霊……成る程。

  この私、絡繰 茶々丸。その使命、しっかと承りました」

 

 「ぴぃ?」

 

 「そ、そこまで真剣に……」

 

 

 

 「キミみたいな幼女がヤルなんて言っちゃダメー!!

  当局にタイーホされちゃうぞ!! つーか、ちっちゃい子が卑猥な事言うの禁止ーっ!!」

 

 「だーれがちっちゃい子だ!! 私はこれでも600歳だ!!」

 

 「ナヌッ!? 600歳!?」

 

 「どーだ恐れ入ったか!!??」

 

 「若っ!!」

 

 「何ぃっ!?」

 

 

 

 「−では、行ってまいります」

 

 「気をつけて行くでござるよ」

 

 「寄り道しないで戻ってくるアルよ」

 

 「−ハイ」

 

 「ぴぃぴぃ」

 

 「−ハイ。かのこさん お任せください」

 

 「……」

 

 「……」

 

 

 

 「オレの同級のバンパイアハーフは700歳やったぞ?!

  オレの周りにおった人間以外のヤツで600歳以下のヤツ何か数えるほどしか知らんぞ!?」

 

 「な、ななな……」

 

 「星神とかやったらン億歳やしな。あ、一応タマモは転生したから十ン歳か……

  ケイは……もう二十歳くらいやったかなぁ……」

 

 

 

 「い、一体……

 

  一 体、何 者 な ん だ キ サ マ は っっ!!??」

 

 

 

 

 

 

 

 等というアホタレな一騒動もあったのだが、それはスルーだ。

 思い出したくもない。

 

 かな〜り失礼で、私を幼女扱いしやがる無礼者であるが約束は約束。

 

 三匹ほどおまけがくっついてはいたが、大人の余裕でもって地下に案内し、少し面白くないがジジイの言うように念を入れて昨夜のうちに茶々丸に用意させた“別荘”へと誘ってやった。

 

 

  

 だが……

 

 あの時、怒鳴るように言った私の言葉に対し、件の男は——

 

 

 

 「いや、それを理解したいからココに来たんだけどね」

 

 

 

 と、妙な苦笑で持って答えた事が何故だが異様に印象深く心に残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

      ——そして私は、

 

            怪異と直面(、、)する事となった——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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              ■十四時間目:Total Recall (中)

 

 

 

 

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 海岸と水平線が見えるこの“別荘”中央のテラス。

 

 デッキチェアーに腰をかけ、どこからか湧いて出た茶々丸によく似た侍女から飲み物を受け取り、喉を潤し終わる頃にはエヴァはやっと落ち着きを取り戻していた。

 

 

 他人の記憶に意識を沈めるのは初めてではないが、何せ相手が相手。

 想像を絶する鮮明さに引き摺られていた所為だろう、やや感覚的に混乱が見受けられる。

 

 自分の持つ常識や知識的な混乱も相俟って、落ち着いてはいるが眩暈は止まっていない。

 

 

 「……よりにもよって異世界だとぉ?」

 

 「ハ、ハイ、スンマセンです。そのとーりです……」

 

 

 何だかミョーにさっちょこばっているがそれもそのハズ。

 この男、横島忠夫。元々の性質なのか、十年も働いていた職場による精神汚染なのかは不明であるが、どういう訳か女王様然とした相手に逆らえないのだ。

 

 今の今まで首をしめられ、チアノーゼを起こした挙句、三途の河原で船乗りと値段交渉しながら脱衣婆の孫娘の見合い写真を勧められてた最中に復帰するという珍しいなイベントを経験した直後という事もあるだろう。記憶は飛んでいるが。

 意識が飛ぶ直前まで十歳くらいの女の子の写真を見せられていた気がしないでもないがそれ横に置いといて。

 

 

 兎も角、キョトンとしている かのこの横で生まれたての子鹿のようにプルプル震える男はほっといて、エヴァは再度額に手をやって頭痛を抑えた。

 

 あの記憶から見て文明水準はこちらの日本とほぼ同レベルなのだが、人外の混じり具合等からすればこっちの世界で言う本国(、、)のそれに近い。

 

 術の使い方等を教える専門の学校らしきものもあるし、マジックアイテム屋らしきものもあったのだが、それが東京のど真ん中。都心部の点在しているのだ。

 

 マジックアイテム等は容易に使えるものが多いが扱いが難しく、精神を操るもの等を所持するだけで罪に問われたりする。

 

 しかしあの世界(、、、、)では法外な値が付けられてはいるが金さえあれば一般人でも買えるし、簡単な式くらいなら図書館で勉強しただけで誰でも作る事ができる。

 霊力さえあれば誰でも使える式神ケント紙なるアイテムもあったし。

 どんな世界だと問いたい。

 

 それに……

 

 

 「魔族はいい。こちらにもいるのだからな……

  しかし、幾らなんでも神族はないだろう?」

 

 「と言われても、ダ女神からパシリの神まで色々おったんも事実でありまして……」

 

 「黙れっ!」

 

 「ひゃいっ!!」

 

 

 それが一番エヴァの頭を悩ませているのだ。

 

 確かに理屈から言えば魔族がいるのだから神族がいたっておかしくはない。おかしくはないのであるが……

 

 

 「鬼“神”とかなら兎も角、600年も生きているがそんなものが“居た”という形跡すら聞いた事がないぞ?」

 

 「いや、だからオレのいたとこの話だし……流石に600年程度じゃ会えなかったかも……」

 

 「僅か十年程度で会いまくったキサマには言われとうないわっ!!」

 

 「ひぃっ!! 仰るとーりでございます——っ!!」

 

 

 そしてまた伝家の宝刀、正直スマンかった土下座が炸裂した。

 

 許してくださるのなら水面の上でだろうと土下座して見せますと言う気骨すら感じられる見事な技だ。激しくみっともないが。

 横でかのこが真似ている分、滑稽さに拍車が掛かる。

 

 

 「ったく……」

 

 

 その様子にエヴァはまた頭を抱えた。

 

 余りに膨大なイメージに横島の中で見た事は殆ど憶えていないが、それでも僅かながらかっこ良く見える場面もあったような気もする。

 このギャップには気疲れするというもの。

 

 

 『何かとてつもないモノと出逢った気もするが……』

 

 

 それが思い出せない。

 

 そしてその事が余計に彼女ら苛立たせている。

 

 そんな言いようのない焦りにも似た苛立ちを無理やり鎮め、エヴァはコメツキバッタ宜しくぺこぺこ頭を下げる横島(と、かのこ)から目を逸らした。

 

 

 と……

 

 

 

 

 「ったく……水臭過ぎるにも程があるネっ!!!」

 

 「全く持って面目ないでござる……」

 

 

 そっちはそっちで土下座が披露されているではないか。

 

 流石は横島のパートナーを自負するだけはある。

 背筋をぴしゃりと伸ばして額をこすりつけている様には感動すらできてしまいそうだ。

 

 

 「老師がフツーの人間じゃないコトなんか、とくにお見通しアルよ?!

  今更そこに宇宙人とかいう設定が付いてもナニが変わる言うネ!!」

 

 「……いや、全く持って仰る通りで……面目ないでござる」

 

 

 今になって思い出した事であるが、古はあんまり細かい事は気にしない性格である。

 そしてそれは自分と然程変わりないほどの器で。

 

 そんな古であるからして、今更横島が妖怪変化だと言われたとしてもそれほど気にもすまい。

 現に自分に至っては横島出現の場に居合わせた上、彼自身の口から直接聞いているのだが全然気にしていないのであるし。

 

 一体何であんな事を気にしていたと言うのだろうか?

 

 

 『そうでござった……

  拙者は古がその程度の人間ではないと知っていたはず……』

 

 

 だというのに、自分は何故……と楓は額を石畳にこすりつけつつ内心首を傾げていた。

 

 

 ——実のところ、こんな疑心暗鬼は彼女だけの話ではない。

 楓は忘れているかもしれないが、その解りやすい実例が極身近に存在しているのだ。

 

 

 あえて名を出すのなら刹那である。

 

 

 今さっきまでの楓同様、彼女もつい最近まで大切な幼馴染である木乃香を信じ切れていなかった。

 

 人に強い好意を持つと言う事は、ある意味臆病になる事でもある。

 楓が横島の心を気にして古に対する信頼が疎かになるのも、やはり女心から派生した感情。しょうがない事と言えよう。

 

 

 結局、そういった感情は自身ではコントロールしきれないものなのかもしれない。

 

 

 「聞いてるアルか!?」

 

 「ひゃ、ひゃいでごじゃる!!」

 

 

 その古であるが、元々の柔軟性とオカルト知識の無さから受け入れる体制は最初から整っていると言える。

 

 更にこの横島という男、“向こうの女性ら”もそうであるが、その側は異様に居心地が良く離れ難い。

 何せ一度この男の良い点に気付いてしまうとそこばかり目に入ってくるから始末が悪いのだ。

 

 確かに二人とも横島には大ボケは散々かまされている。

 

 普段兎も角、霊力が下がると途端にスーパーウルトラセクシャルハラスメントヒーローとなってしまうのだから、如何にこの二人でも殴り過ぎて拳を傷めかねない程。

 

 だがその反面、女の子に異様に優しく、また細かく気をつけてくれる。

 悲しそうな顔をすれば励まそうとするし、泣いていれば涙を拭き、挫けようとすれば支えてくれる。

 

 甘いと言えばそこまでであるが、その甘さ優しさ故、土壇場でとてつもない事をかます。

 

 特に助けようとする時の爆発力は計り知れない。

 

 楓もそうであるが、古も彼のその気質に触れているのだ。

 

 だから異世界人がどーの、異宇宙がどーの言われても今更である。

 というか、気にもならない。

 

 やる事なす事が破天荒で無茶苦茶なのであるが、その本質は善人で優しくて正直者。

 運が悪くておバカ一直線な面ばかりが目立ってしまうのだが、内面に気付いた今ではその行動に悩まされはしても嫌う事は不可能に近い。

 

 彼の人となりを知った上で、その彼を異質だとして距離を置く事は……二人には考えもつかない話である。

 

 

 女の子に被害が出る事を形振り構わず防ごうとしていた横島を、級友を巻き込む事に躊躇していなかったあいつ等に対して怒りを見せていた彼をどう嫌えば良いというのか?

 

 古達からすれば、あいつ等の心の方がエヴァや横島なんかよりずっとバケモノなのだから——

 

 

 

 そんな二人のじゃれ合い目の端で捉えつつ、エヴァは溜め息をもう一つ。

 

 あの馬鹿二人の鈍感具合が羨ましくなる。

 

 事はああ言ったお子様じみた恋愛感情の話だけでは済まされないのだ。

 

 

 「……かと言って、バカレンジャーに説明して理解が得られるかどうかは……」

 

 

 かなり微妙な話である。

 

 

 吸血鬼である自分の方が常識的とは一体どういう事なのか?

 

 何だか悩み事がズレてきた彼女であるが、その事に気付くのは古の憤りが収まるもう少し後となる。

 

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 

 「……落ち着いたようだな」

 

 「お互い様アルね」

 

 

 横島の異世界から来ました発言で取り乱されていたエヴァも、散々楓に文句言いまくってスッキリした古とほぼ同時に落ち着きを取り戻していた。

 

 後に残っているのはグッタリとしている横島と、真っ白に燃え尽きている楓。

 その間を かのこが行ったり来たりして気を使っているのが微笑ましい。

 

 何だか仲の良さげなとこ見せ付けられているようで古の額に井桁が浮かんだりもするが、それはきりが無いのでスルーだ。自業自得だし。

 

 

 「ふん」

 

 

 鼻先で溜め息とも嘲りともつかない笑いを見せ、お行儀悪く片肘を突いて紅茶を啜るエヴァ。

 

 彼女らの前には、茶々丸の姉に当たる侍女人形達が出してくれたテーブルがあり、その上には人数分の紅茶が用意されていた。

 

 古はとっととその席につき、丸いテーブルの中央に詰まれたフルーツに手を伸ばし、紅茶を飲んでいる。

 結構高そうなボーンチャイナのティーカップであるが、古は気にもせず喉を潤す。そこら辺の物怖じしない性格はすごいと言えよう。

 

 

 「それでエヴァにゃん」

 

 「何だ、バカイエロー」

 

 

 エヴァにゃんと言われるのもかなりイヤであるが、キティちゃんよりはマシだ。

 つーか、この女が言って聞くような相手でない事は先刻承知である。

 

 

 「さっきからナニ取り乱してたアルか?」

 

 

 ずるっと椅子から滑ってしまうエヴァ。

 

 ああ、そうだ。そうだったコイツはバカレンジャーだったな。

 と、肩を落としつつそう諦めの溜め息を吐く。自分と同じアイデンティティの痛みを持ってくれる奴はおらんのか……と泣きたくなる。

 

 そんなエヴァの様子を見ても訳が解らない古は、アホの子でーすと言わんばかりの脳天気な顔で首をかしげていた。

 

 

 「あぁ、キティちゃんな、

  オレが別の世界から来たってコトを理解しちゃったから精神ダメージ受けちまってんだ」

 

 「ふぇ……?」

 

 

 流石に女王様から怒られ慣れている横島だ。回復も早い。

 脱力しているエヴァに代わって説明を次いでやっていた。

 

 

 「それて、そんなにタイヘンなことアルか?」

 

 「うん。まぁね」

 

 

 横島よりそのオツムは柔軟な古はアッサリと異世界を受け入れている。

 理屈どうとかではなく、目の前の常識として受け止めているのだ。

 

 逆に吸血鬼という非常識な存在であるエヴァの方が理屈を求めているのが何とも不可思議な話である。

 

 まぁ、古からしてみれば漫画の話と変わらないだろう。

 

 昔からある話。

 『魔法の世界から修行しにやって来た』……そんな話の漫画を大抵の人間は一度くらい読んだ事がある筈だ。それが事実であろうと、彼女ほど頭が柔らかければ受け入れるのは然程難しくは無いだろう。

 ネギなんかそのまま“実例”なのだし。

 

 だが、ある程度以上世界を理解している者なら、自分の持つ常識を覆されたらそりゃあ頭も痛めるだろう。

 

 そういう意味で言えばエヴァは常識人なんだと横島に言われて何とか古も納得できたようだ。

 

 

 「聞いた話じゃ、“こっち”の魔法の国は門を通じてはいるけど地続きに近いみたいなんだ。

  だけどオレのいたトコは完全に別。根本から違うから平行世界どころの騒ぎじゃない」

 

 

 近衛やエヴァの話によれば魔法国とこちらの世界は百ヶ所ほどのゲートで繋がっているとの事。

 自分がいた世界の冥界チャンネルのようなものだろう。門の数も似ているし。

 

 だが、横島のいた世界とは更に更に大きい隔たりがある。

 彼が言ったように、平行世界どころの騒ぎじゃないのだから。

 

 

 「へーこーせかい?」

 

 

 だが、古はその言葉の初耳である。

 教育テレビに出てくるアホな子宜しく、古は首を傾げて見せた。

 

 そこから説明がいるのか? とエヴァも面倒くさそうな眉を顰めたのであるが、

 

 

 「え〜と、パラレルワールドって知ってるか?」

 

 「あぁ、それはマンガで見たことアルね」

 

 

 極自然に横島が説明を開始している。

 

 妙に世話焼きなんだなとエヴァの口の端が緩んだ。

 

 

 「そうだなぁ……」

 

 

 じっと見つめて説明を待っている古に対し、横島はあたりを見回す。

 

 するとテーブルの上に置かれていたフルーツが目にとまり、彼は手を伸ばしてバナナを一本毟り取った。

 

 

 「これが歴史の流れとするだろ?」

 

 「? アイ」

 

 

 す……とバナナをしたから撫で上げ、中ほどで止める。

 

 

 「で、この辺りの時代……まぁ、あの橋で会った時だとしよう。それが古ちゃんの選択の時だった」

 

 「ふんふん」

 

 「あの時はオレを介抱して楓ちゃんとのトコにつれてってくれたろ?」

 

 

 と言いつつ、一ヶ所だけバナナの皮を剥く。

 

 

 「と、これがそういう選択をした場合の歴史の道だとする。ここまではいいか?」

 

 

 コクリと縦に首を動かして見せる古。

 

 横島はウンと頷いて話を続けた。

 

 

 「でも、他の可能性だってあるだろ?

  見なかった事にして帰ったかもしれない。

  或いは病院に連れてってくれたかもしれない。

  いや、オレが倒れてた事に気付かなかったかもしれない」

 

 

 そう例を口にしつつ皮を一つ一つ剥く。

 

 その場合、横島を知っているが事件には係わらず霊力の修行なんかやっていない歴史。

 或いは全く接点がなくあの戦いの夜を迎えている可能性もあるし、病院に連れて行った後、甲斐甲斐しく介抱してウッカリ恋人になるという突拍子もない歴史だって生まれていたかもしれない。

 

 

 「そんな感じに可能性別に枝分かれし、

  交差せずに別の時系列で進んでいる世界を平行世界って言うんだ。解った?」

 

 「へぇ〜」

 

 

 小学生に対して噛み砕いた説明をする教師のようだな……と、ちょっとだけエヴァは感心していた。

 

 確かにそう言う説明なら如何な古とて多少の理解は得られるだろう。

 何というか……無くした記憶の中には教師経験でもあったのかと思ってしまうほどに。

 

 尤も、単にアホ娘である狼少女の躾役をやらされていた事による慣れだったりするのだが……この吸血鬼が知る由も無い。

 

 

 「オレの世界じゃあ人類が生まれる前から神族や魔族は地上に来てたって言ってたんだ。

  こっちじゃその痕跡すらない。

  それに何て言うか……上手く言えないけど成分(、、)が違うんだよな。

  だからここはオレのいた宇宙とは別の宇宙って事になる」

 

 「平行世界ならぬ、平行宇宙でござるか?」

 

 

 その横島の言葉を、何時の間にか再起動を果たして近寄っていた楓が継いだ。

 

 古はちょっと驚いていたが、当然のようにその気配に横島は気付いている。そして楓のその言葉に一瞬頷きかけるが、ちょっと首を傾げた。

 

 

 「う、う〜んそうとも言い切れないんだよなぁ……

  オレは知ってるけど、根本から違う宇宙ってのはいっぱいあるんだ。

 

  例えば魔族……悪魔とか言った方が解り易いかな?

  そいつらと天使とかがいる天界との立場が逆転した宇宙も実験的に創られたらしいんだ。

  そんな風に根本から違う宇宙も存在してるらしいし……」

 

 

 「はぁっ?! 実験的に創られたぁっ?!」

 

 

 流石にあまりのトンデモ発言に頭痛の忘れてエヴァは嘴を突っ込んでくる。

 

 スケールが大きすぎるにも程があるのだから当然の事かもしれない。

 

 

 「え゛ぅっ??!!

  あ、いや、その……知り合いの神様がそんな事言ってたし、その……

  妹分の一人もそう言ってくれたし、実験的に創られた宇宙の卵は見たことあるし……」

 

 

 ドバドバ溢れ出してくるトンでも発言。

 楓と古は、理解の範疇を超えているからではなく、スケールの大きさから頭から煙を出し、エヴァは……

 

 

 「ふざけるなコラァアアッッ!!!」

 

 

 何よりかにより、キれて吼えていた。

 

 

 「ひぃいいいい〜〜〜〜っ!!! スンマセーンっ!!!!!!」

 

 

 

 彼にできる事は、神の領域に達した土下座くらいのものである。

 

 しかしまさかエヴァもその土下座技術の一部が、竜神という超存在にセクハラしまくった挙句に仏罰を喰らい掛かって培われたものであるとは……想像もできないであろう。

 

 

 

 

 

 

 彼女が落ち着きを取り戻すのには三十分近くかかってしまった。

 横島の言うように、この『エヴァンジェリンの別荘』は時間からも隔離された結界の中である為、外の時間で言えば僅か1分程度となるのだがそれでも復帰までエラク時間が掛かっている。

 

 自分の常識から飛び越えた事を言われたのだから当然かもしれないが。

 

 

 「ま、まぁ、兎に角……

  キサマが別のトコから来たという事は千歩譲って認めてやる。感謝しろ」

 

 「あ、ありがとさんで……」

 

 

 本当はもっとちゃんとした説明をしてやりたいのであるが、今の時点でコレでは説明が難しい。

 ヘタなコト言って逆ギレされたら何されるか解ったものではないからだ。

 

 考えてみれば、昔話や神話級の神々や妖怪、悪魔等と面識があるという話はちょっとナニ過ぎるかもしれない。

 そう考えての事でもある。

 

 

 「それで……?」

 

 「は?」

 

 「それで。キサマはそんなドふざけた世界からどうやってこの世界に来たんだ?

  それだけじゃない。あの記憶構造は何だ?

  同じ時系列で全く違う記憶がパッチワークのように絡み合っていたぞ。

  普通の人間……いや、人間と言い切る事もできん程にな……」

 

 

 ジロリ……と横島は上目遣いで睨みつけられる。

 ハッキリ言って流石は真祖の吸血鬼。とんでもないプレッシャーだ。

 

 かのこは元より、チキンハートの横島はその波動の余波だけでガクブルである。

 

 それでもチラリと目を向けた先にいる二人……楓と古が目に入ると不思議な事にプレッシャーが軽くなる気がした。

 

 エヴァとは逆に、自分を労わり、心配してくれている眼差しだからかもしれない。

 

 そんな眼差しの後押しを受け、横島は深呼吸をして落ち着こうとする。

 その様子にややイラつきながらも、エヴァは話そうとする彼に免じてプレッシャーを抑えてやった。

 

 

 だが、呼吸を整えてこちらに顔を向け直した横島の眼を見たとき、エヴァは珍しく息を飲んだ。

 

 

 「……よ、横島殿……?」

 

 「老師……?」

 

 

 めったに見せない横島のシリアス顔。

 それも実年齢が滲み出た大人の男の顔がそこにあった。

 

 普段とのギャップか、あるいは本質を見せられるのか本人は知るまいが中々良い顔を披露している。

 

 その証拠に、エヴァは兎も角として古と楓は頬を真っ赤に染め上げているではないか。

 

 だが、タイミング良く(悪く?)そんな二人に気付かなかった横島は、何かを決心したのだろう重そうな口を開いた。

 

 「今言った平行世界だけど、ほぼ間違いなくオレの世界には(、、、、、、、)存在しない(、、、、、)

 

 「は?」

 

 

 いきなりナニを言い出すんだコイツは? と吸血鬼は目を見張る。

 

 

 「まぁ、今は先に聞いてくれ。ちゃんとした無いっていう確信があるんだ」

 

 「あ、ああ……」

 

 

 腰を上げかけたエヴァであったが、横島が手を前に出して制してそう言い彼女の質問を止める。

 彼女にしては珍しく、その言葉に従ってデッキチェアーに座り直して耳を傾けるエヴァ。

 

 

 「で、今さっきも言ったけど、実験的に創られた宇宙の卵。

  それはかなり上級の……まぁ、魔神とか言われるレベル以上の存在だったら作る事ができるらしい」

 

 

 ココまではいいか? という眼での問い掛けに、エヴァは不承不承ながら頷いてみせる。

 

 

 「だから当然、ず〜〜〜〜っと上の存在も創ってるらしいんだ。

  それも実験的なのじゃなく、ちゃんと確立した宇宙とやらを」

 

 「……で?」

 

 

 続きを促すエヴァを見、次に楓たちに目を向ける。

 

 きょとんとしているかのこは別として、頭から少々煙が見えなくも無いが二人は何とかついてこようと耳を傾けていた。その努力が何だか涙ぐましい。

 

 ふぅ……と溜め息一つ。

 

 言いたくないというよりは、自分の口から認める言葉を発したくないようにも見える。

 それでも言わねばならないのも事実であるが。

 

 

 「オレのいた宇宙には確かに平行世界は無いけど、今言った理由で同じような時系列の流れがある宇宙は在ったらしい。

  あえて言うなら楓ちゃんが言ったように平行宇宙ってコトになるんだけど……」

 

 

 そこまで言って、横島は息を吸って言葉を切る。

 

 三人には何かに踏ん切りをつけているようにも見えた。

 

 

 「……丁度今のオレの見た目の歳、オレのいた世界ではでっかい歴史の分岐点が発生した」

 

 「と言うと?」

 

 

 もう一度言葉を切り、横島は呼吸を整えてエヴァの問いに答えた。

 

 「こちらで言うところの(、、、、、、、、、、)ソロモン七十二柱が一柱にして四大実力者の一柱。

  地獄の大公、恐怖公とも呼ばれている魔族と言えば解るか?

 

  その魔神が出現して事件を起こしたんだ。

  それもよりにもよって人間界。東京のど真ん中で」 

 

 

 

 「 ん な ……っ?!」

 

 

 

 言うまでも無くエヴァンジェリンは、今でこそ呪いによってその力の大半を封印されてはいるが、そこらの魔法使いなど足元にも及ばないほどの実力と知識を持っている。

 属性が<闇>であるからか、当然ながら悪魔の事もそれらを使役する方法もだ。

 

 だが、流石にソロモン七十二柱というのは話がでか過ぎる。突飛と言って良い。

 それだけでも大事件であると言うのに、話に出た魔神の爵位は大公爵。数ある悪魔の中でもトップクラスの実力者。最上級神魔クラスの大悪魔だ。

 

 

 はっきり言って無茶苦茶である。彼の記憶に触れていなければ正気を疑っただろう。

 

 しかしエヴァはその起こった事件らしいモノを見てしまっているのだ。それがまた頭痛の種だった。

 

 

 「何やらご大層な(あざな)をもっているでござるが……

  その者はそんなに凄まじい存在なのでござるか?」

 

 

 空気が読めないのか、無理にでも話に加わりたいのか、楓がそんな質問を述べる。

 古も聞きたかった事なのだろう。うんうんと頷いて耳を傾けていた。

 

 サッパリ理解範疇外の楓らが羨ましい。

 

 

 「 バ …… っ ! !

  あ、いや……そうだな。お前らが知るハズも無いか……」

 

 

 余りにもマヌケな質問をした楓に激昂しかけるが、直ぐに思い留められたのは流石である。

 ある程度の余裕があるのかもしれない。

 

 兎も角、今はその説明を後回しにさせてくれという横島の言葉を飲み、楓らは黙って続きを聞く事にした。

 

 

 「今言った事件は結局“何とかなった”。

  これも詳しい説明をするとかなり時間掛かるからまた今度な」

 

 

 何やら誤魔化された気もしないでもないが、楓もそうであるが古の方も頭がショートしてて限界っポイ。

 自分だってかなり頭が痛いのだから。

 

 仕方なくエヴァは了承して続きを促した。

 

 

 「言うまでもないけど、そんな大事件が起こればかなり今まで不動を貫いていた世界の軸だって変わる。

  だけど未来は既に(、、、、、)決定されてたから(、、、、、、、、)どうやっても変化は無い。

  小さな変化は兎も角として」

 

 「未来が決定されていた……だと?」

 

 「あ、うん。まぁ、その説明も後でするよ。

  兎も角、そう言ったわけで歪みの軸は色々な可能性を生んだ。

  当然ながら並行的に同じ時系列で進んでいた別の宇宙は……」

 

 

 歪みによる改変はその時期を分岐として様々な道を生み出していた。

 

 超上層の存在は兎も角として、それ以下の存在はその宇宙から出られない為、その宇宙の中の変化だけを受け入れる。

 

 

 世界に溢れ出た怨霊の被害に遭い、それらを駆逐する組織を作る者が出た世界。

 

 第二の事件発生を懸念し、徹底的に人外を駆逐するモノが出る世界。

 

 事件解決の功労者の能力に魅せられ、それを我が物にせんと動き出すモノが出た世界。

 

 冥界チャンネル襲撃の折、仲間や恋人を殺害されて魔族に憎悪を向けてデタント壊滅を目指す天使が現れた世界etcetc...

 

 

 そしてその中で一番歪んでいた宇宙——

 

 

 何の変化も発生しなかった宇宙。

 

 

 あれだけの事件が起こったと言うのに日々変化無く、淡々と時が進んでいた世界。

 

 

 事件後も人々は怨霊や妖怪を病的に恐れたりせず、

 除霊学科も以前と変わらない教育を続け、

 相変わらず日本のオカルトGメンは人材不足のままで現状維持され続け、

 

 万能と言える珠を生み出す能力者がいると言うのに、世間も魔族もほったらかしのまま……

 

 

 

 そんな大き過ぎる歪みの世界にこの横島(、、、、)は居たのである。

 

 

 

 

 「……壮大なんだか、妄想気味なんだか……

  異世界と言うだけでも信じ難いというのに…病院へ行って頭を見てもらえと言いたくなる話だな」

 

 「ま、そうだよな。“今のオレ”だってそう思う。

  兎も角、オレのいた世界のオレも、他の宇宙のオレも色んな可能性の歴史を歩いていた。

  ここまではOKか?」

 

 「……要は、お前の今の年齢までの歴史の流れはほぼ同じだったが、十七歳時の大事件以降からはかなりズレがあると言う事だな?」

 

 「そう。

  だったらもう大体見当ついてんだろ?」

 

 「……まぁ、な……納得できない点もあるが……」

 

 

 「え゛え゛っ!? 今ので解ったアルか!?」

 

 「拙者、頭の上でサッパリ妖精がダンスしてるでござるよ……」

 

 

 二人の理解力を飛び越えているのも無理は無い。

 エヴァとて非常識な思考まで論理飛躍しただけの事で、理屈も何もあったもんじゃないのだ。

 

 先程のパッチワークな記録と、並行宇宙という話。

 そんな材料を先に提示しているのだから、当然二つの話は結びついている筈だ。

 

 そして何より彼女の勘がそれ以外考えられないと告げている。

 

 

 「横島忠夫。

 

  お前……何かの拍子に別の宇宙の自分とやらと融合したな?」

 

 

 それが、彼女の勘が弾き出した答だった。

 

 

 「当たり。

  正確に言うと、宇宙の卵から落っこちたオレ“達”と合体しちまったらしい。

 

  で、別の体験してるから違う記憶の部分が矛盾を起して弾けちまったらしいんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 理由は様々。

 

 ちょっと前に夢の中であの魔神に言われたように多種多様。

 

 除霊の失敗。

 超古代魔道機暴走による事故。

 魔族の罠。

 神魔の封印を超えて逆行しようとしての失敗。

 君を危険視した反デタント派による暴走等と例をあげたらきりが無い。

 

 そしてその様々な理由によって宇宙の穴に落ち、或いは落とされた幾つかの世界の横島達は宇宙の外と言う“何も無い場所”に行ってしまった。

 

 

 何せ“何も無い”場所なのだから距離だって存在しない。だから“時間の差”も無い。

 

 落ちた横島達は同時に同じ場所に出現し、同一存在で霊力が同じ波形だったが為に融合してしまったのである。

 

 普通なら絶対にありえない話であるが、横島のいた世界……というよりは横島が使った能力の一つに同期合体という反則技がある。

 彼の霊体はそれを使った記憶と経験がある為、かなり容易に同調融合してしまったらしい。

 

 だが、同一人物であるが別宇宙の存在であるからして結局は他人。

 更に肉体を構成する成分が全く違う為に弾けてしまったというだ。

 

 その際、記憶も融合されていた為、同じ歴史を歩んでいた十七歳までの記憶は欠損が無くなって異様に鮮明に克明になり、それ以降の記憶は全く違う道を辿っていた為に矛盾を起こし、形を保てず粉々になってしまったらしい。

 

 

 幸いと言うか何と言うか、一時的とはいえ以前の同期合体以上の超出力が出せたお陰で元の世界に戻れたようであるが……彼だけはこの世界に落ちてきてしまったというのである。

 

 

 それが十年分の記憶はなくなっているが、十七年分の記憶“だけ”鮮明になっている理由である。

 

 

 しかし、それでも“この横島”だけがここに来た理由は解らない。

 

 

 「え〜と……キティちゃんは見てないだろうけど、楓ちゃんや古ちゃんは見ただろ?

  あの晩に暴走したオレ」

 

 

 「へ? う、うん、見たアルよ」

 

 「この眼で確と……」

 

 

 急に話をふられて戸惑ってしまうものの、何とかそう答える二人。

 

 既にチンプンカンプンの世界であるが、横島が後で詳しく教えてあげるからと言ってくれたので質問は控えている。

 

 

 「? あの変態行為がそうではないのか?」

 

 「違ぇーよ」

 

 

 横島は苦笑して否定した。

 何時もなら『ちゃうわーっ!!』と涙声で言いそうなものであるが。

 

 だがその事を楓らは気付けていない。

 

 

 「何て言うか……

  オレは元々目的の為に手段を選ばないんだけど、暴走した時のオレはその選ばない手段が……」

 

 

 <排除>なんだよな……と肩を竦めた。

 

 

 「あの時のオレが“この体”のベースなんだ」

 

 「体のベース……だと?」

 

 「ああ……」

 

 

 溜め息を吐き、テラスから見える水平線に眼を向ける横島。

 

 何だかその眼差しはカラッポで、古も楓も胸が痛む。

 

 

 「他のオレは自分の世界に戻れた……と思う。

  それはそれぞれにぶっとい絆が残ってたから可能だった事らしい。

  特に雇主は前世が魔族で、オレの前世と魂の契約を結んでる。

  だからその雇主との繋がりを辿る事もできた……らしい」

 

 「今度は前世ときたか……何と言えばよいやら……」

 

 

 “らしい”とか“思う”とか、説明は仮定ばかりで完全な確証は無いが、確信しての事。

 それでも信憑性の低さは如何ともし難い。直に見ていなければ単なる妄想野郎として見ていただろう。

 

 どちらにせよ前世の話まで出てくるのだから余計に信憑性が無くなる。こんな話はエヴァや現在絆を結んでいる楓ら以外には信じてもらえまい。

 

 

 「……ん? だとすると、お前は……」

 

 「そ」

 

 

 その流れだから解る。

 

 そう言った理由で他の横島が帰られたというのなら、この横島が帰る事ができなかったのは……

 

 

 「絆の全て。

 

  親や友達、雇い主や同僚、そして弟子。師にあたる神様。

 

  そ の 全 て を () く し て る」

 

 

 「え…っ?!」

 「な…っ!?」

 

 

 失った……いや、或いは失わされた(、、、、、)のかもしれない。

 そう納得させられるシーンが微かに浮かぶのだから。

 

 だからこそ知り合いを奪われそうになると暴走し、奪おうとする者には非情となる。

 

 

 全てを無くして生きてきて、カラッポで虚無な人生。

 

 求め欲してはいるが同じモノは存在せず、仮に他の世界のそれらに出会えたとしても完全なる別物であると理解し尽くしてしまっているほどのガランドウな心を持った横島。

 

 

 それでも心の奥底では昔を強く求め欲していたのも事実。

 

 

 だからこそ、真逆の位置にいたこの横島の記憶——

 

 何もかも失わず絆を増やし続け、その全ての直中にいたまま時間を積み重ねていた世界の横島忠夫。

 

 その記憶と記録を完全に受け入れてしまい、本人はゆっくりと“この横島”に全てを委ねている。

 

 全ての絆を失った横島の肉体に、全てを絆を保てたままの横島の記憶が焼きついた状態。

 つまり、言うなれば別の肉体に乗り移ったようなものなのである。

 

 

 「同軸憑依……とでも言えばよいのか? それが今のお前と言う事か……」

 

 「ああ……」

 

 

 “だから”この繋がりを無くしている霊体では主格の居た世界に戻れないし、仮に戻れたとしても自分の知るそれ(、、)と違って住み良いとは言い難い世界だろう。

 尤も、行こうにもその宇宙の位置……座標も軸も解らないのであるが。

 

 では、主人格の横島の世界に戻るのはどうだ? という話もあるが、他の横島は戻ったと今さっき口にしたばかりだ。

 

 つまり……

 

 

 「オレの居た世界にはとっくに“オレ”は戻ってる。

  ここにいるのはオレの記憶を持ったオレってこと」

 

 

 焼きついたのは記憶のみ。

 絆の多かった横島は当然のように戻る事が出来ているだろう。

 

 更に、弾けた身体を治す際、当然の如く珠を使用したのであるが、その時身体を治すのに使ったのこちらの世界のマナ。

 だから肉体成分が完全にこちらの成分となってしまっている。

 

 

 だから“戻れない”。

 

 

 いや、こちらの世界の成分となり、自分のいた世界の常識だった事を“歪んでいる”と認識している時点でこの世界の存在の枠に入っている。

 よって、もう横島は向こうに行けない(、、、、)のだ。

 

 

 「それが、前に楓ちゃんに言った、『どうがんばっても行けない』って理由だよ」

 

 

 

 絶句する三人を他所に、横島はかなり割り切った笑顔を見せていた。

 

 

 


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