今時間目はネタバラシ回なのでややこしいです。
主にSF的に。
前編
——何時もの様に道を駆け、見慣れた街を進んでゆく。
やや薄汚れた空ではあるが、見慣れた東京の空の下。
私は時間に遅れないよう歩き慣れた歩道を駆けている。
何せあの雇い主の事、下手に遅刻すればそれを口実に減給されかねない。
ただでさえ超薄給なのに、これ以上給料を下げられたら餓死しかねないのだ。
尤も、早く彼女らの顔を見たいという欲も無い訳ではないのだが。
だがその欲故であろう。
生き死にに関わる折檻を受ける可能性が多々ある職場に足取り軽く通う事ができるのは。
だからだろう。
労働基準法といった労働者を護る法律を完全無視した職場で働き続けられるのは。
進んだ先にあるのは一見古びた洋館。
しかしてその実、雇主がある試練を受け、正式な持ち主となった世界でも数少ない自意識を持った霊的建造物。
それを象徴するかのように見ためは古めかしいが事務所としては破格の対霊措置が施されており、不審者どころかその辺の悪霊では近寄る事すら叶わない。
『——』
そのドアを開けると、何時もの様に“屋敷”が挨拶をしてくれる。
考えてみれば職場に着いて真っ先にあいさつをするのはこいつなのだから、ある意味この職場で一番親しくしているのはこいつと言えるかもしれない。
そんな
向こうから聞こえてくるのは女性達の声。
親しくしてくれる大切な女性達の声。
だから何だか頬が緩んでくるのも仕方のない事だろう。
何時ものように屋敷が到着を伝えたのだろう、自分の名を口に出す少女の声が聞こえた——
ふよふよと浮いたまま何時もの様に出迎えてくれる巫女幽霊の姿を思い、思わず唇が端から笑みに変わってゆくのが解る。
ドア前に立った私は、一度深呼吸をし、ノブに手をかけ、引き開けつつ挨拶を……
――……っっ!? 違う!!
持って行かれかかった意識を何とか引き摺り戻し、私は私を取り戻した。
私が離れた“奴”は、奴自身が想像していたように、ドアを開けた瞬間に巫女少女から笑顔の挨拶を受け、だらしなく頬を緩めている。
相手が幽霊であろうと妖怪であろうと可愛ければどうでも良いというのには驚かされもしたが……
雇い主が巻き起こすであろう騒動の中に嬉々として入って行く“奴”を見ながら、私は成る程と納得していた。
——ジジイが私にやらせるはずだ。
人間ならば……その辺の魔法使い程度では完全に奴の記憶に引きずり込まれ、再び意識を取り戻す事は叶うまい。
それほど“克明過ぎる”のだ。コイツの記憶は……
普通の人間ならば記憶というものはその人間が見知っている範囲でしか憶えていない。
当たり前であるし、それ以上を“観る”事は絶対不可能である。
確かに写真記憶という能力も存在するし、とてつもなく鮮明に記憶している人間もいないわけではない。
だが、コイツの“記憶”はそれどころの話じゃないのだ。
その辺の歩いている犬等にしても当たり前の様に食欲があって、食べているものを取り上げれば当然のように飢える。
石を拾って人にぶつければ怪我をし、ちゃんと人が出てきて騒動となる。
風に匂いがあり、日差しに熱があり、何かに触れれば感触がある。
記憶とかどうとかいうレベルではない。全てが恰も一つの世界のように存在しているのだ。
「記憶世界…とでも言えばよいか? 興味深いが……」
余り長時間いると、私ですら自意識を喰らわれかねない。
長居は禁物。
兎も角、目的の場へと急ぐとしよう。
それはコイツの二十七歳時の遭ったであろう出来事。
記憶を失う原因となった事柄の記憶だ。
本を読み飛ばすような感じに体験記憶をすっ飛ばして先へ先へと進んでゆく。
周囲では恰もビデオの早回しのように画像が進んで行き、相当興味を引くシーンも多々あったが構ってはいられない。下手に覗き込むと記憶に引っ張られるからだ。
それにしても……何度となく目にする画像には相当数の女の姿があり、そのどれもが途轍もなく克明で鮮明であるのだが、反対に男の画像はやたらいい加減なのはどういう事だろう?
おまけにその親しげな女の多くには人間らしいのが少ないときている。
まぁ、異様なほど像がはっきりとしているからこそ解った事ではあるのだが……
色々と確認したい事が多く、後ろ髪を引かれる感覚を何度も何度も振り切りつつも何とか意識を向かせないよう突き進んで行く。
やがて高校の終わりであろう頃に達したその時、
「な……っ!?」
私の身体は恐怖にも似た驚愕に硬直してしまった。
「な、何だこれは……!!??」
——混沌。
正に混沌という表現しか思いつかない光景が広がっていたのだ。
モザイク状のタイルと言おうか、パッチワークと言おうか、記憶そのものが様々に組み変わり、様々な図柄をムリヤリ描き出している。
それでいて記憶はその先に続いており、多方向という事すら生ぬるいほどに飛び散っている。
多重人格……? いや、多重混線記憶とでも言えばよいのか? 兎も角、どれが求める先に続いている記憶なのか全く解らない。
「何だコイツの記憶は……何だこれはっ!!??」
他人の記憶を覗いたことは初めてではない。
くだらない記憶や、想像していたよりややこしい過去を持っていた人間も散々見てきた。
だがこれはそのどれでもない。
そのどれにも属さない。
誰がここまで鮮明且つ克明で混沌とした記憶を持っていると言うのだ?
そして記憶が余りに鮮明であるが故に、記憶のパッチワークから観えてしまう全体像がおぞまし過ぎる。
尚且つ、記憶の先——恐らく少年期の終わりごろより先は粉々になっていて残骸しか残っていない。
辛うじて残っている記憶の道筋にしても
そしてその記憶の隙間の奥で、
真っ黒く大きな
——私はぞっとした。
この黒いものは恐らくイドだ。
しかし、ここまで表層に見えていると言うのに本能の化身となっていないのは
そして見てるだけで気がおかしくなってしまうような抽象画のような光景は記憶ではなく“記録”なのだろう。
こいつが自分を二十七歳だったと理解しているのは、この性質の悪過ぎる抽象画の様な“記録”の断片から記憶になるものを汲み出せているお陰なのだろう。
そうでなければおそらく精神的な感覚も十七歳のままだったに違いない。
しかし、私が怖気が立ったのはそんな事だけではない。
——恐るべきはコイツの精神。
何とコイツはこのモザイクタイルのような記録から、断片のままでそれらの事柄を取り出しているという事。
そしてそれらを繋ぎ合わせて鑑みる事ができているという事——
普通であればここまでイドが表層に出ているのならば理性の壁等ものの役に立つ訳はないし、矮小であるヒトの精神が持つわけが無い。いや、絶対に待たない。
コイツが発狂していない事が不思議……いや、
だというのに私の目の前には蠢きつつ調和し、調和しつつ混沌として完全に安定している。
人間として……いや、それどころか如何なる魔族であろうと魂までも弾け散るほどの怪異が私の前に広がっているのだ。
あの鮮明すぎる記憶にしてもそうであるが、少なくとも個人の力でできる事ではない。
個人の力だけで、個人の魂の地力だけでこんな状態のまま一個の存在として魂や心が維持し続けられる訳がないのだ。絶対に。
とすると、得体の
一体……コイツは…………
『おや? 客人かね』
ビクンッ!! と私の身体が今度こそ恐怖に硬直した。
恐怖などという感触は長らく感じなかったものだ。
しかしその声から受けた感情は恐怖以外の何物でもなかった。
穏やかなのに圧力があり、
歓迎の意すら感じられるのに平伏しそうで……
自分という存在に絶対の自信を持っていた私ですら足が竦む想いがする。
大体何が声をかけてきたと言うのだ?
この混沌とした意識空間の中に何が“確立”し、存在していると言うのだ?
動くなっ!! と自分に命じても、怖いもの見たさからか体が勝手に振り返ろうとする。
見るなっ!! と自分に念じても、やはり私の感覚はそれに意識を向けてゆく。
混沌としたモザイクタイルの記憶の上に立ち、柔らかい笑顔で自分を見つめているそれは——………
『絶対的』な——………
私…は——……………
『還』
カッ!!
「か……っ
はぁ———っっっ!!!」
突然の閃光に彼女の意識は完全に戻って来た。
それでも心に受けたプレッシャーは尋常ではなかったらしく、過呼吸状態で喘ぐに喘ぐ。
「エ、エヴァ殿!!」
「大丈夫アルか!?」
そんな彼女を心配したか、慌てて駆け寄る同級生二人。
彼女の片割れが彼女の意識をムリヤリ取り戻させたのである。
そんな少女らの手を乱暴に振り払い、彼女が意識を取り戻すと同時に眼を覚ました男に詰め寄ってゆく。
男がこの家に来た当初、彼に向けていた侮りの眼差しはもう無い。
「貴様……一体何者だ!?」
そこにあるのは自分に恐怖を感じさせた事に対する怒り、そして——
「答えろ!!
横 島 忠 夫 っ!!」
——十数年ぶりに湧いた、果てしない好奇心。
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■十四時間目:Total Recall (前)
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「うーん……やっぱできねぇなぁ……」
今や来慣れてしまった学園の外れにある朽ちかけた教会。
最近の少年少女ではこんな場所を遊び場にする訳も無いし、ここの広域指導員は武術家かヤクザが何か勘違いして教師になったとしか思えないくらい強いので不良らしい不良もいないから“根城”にされる事も無い。
盛り付いたカッポーが逢瀬を交わすにしてもぞっとしない場所なので、普段ここに人気は全く無い。
が、そんな場所だからこそ使う人間もいた。
——この横島忠夫の様な人間がそうである。
「できないでござるか?」
「ああ……」
広げた右手を見つめ、溜め息を吐いている彼を興味深げに見つめていた楓は、椅子代わりに使っていた石壁の残骸から腰を上げ、横島の元に歩み寄って行く。
その横にペタンと座り込んでいた白小鹿…かのこも『もういいの?』と楓を見上げてからご主人様の元に駆け寄ってゆく。
危ないから離れているように言われていたのだろう。
そんな彼女らに顔を向けつつ、細く紙縒っていた霊気を戻して行くと、指先に輝く紐のようなものが見えてくる。
見ている間にそれは段々と太くなって行き、それに伴って指先から垂れ下がって行く。恰もロープのように。
「な? このくらいの太さだったらロープみたいに使えるんだよ」
「目に見えてしまうほど霊気を収束してロープ状に……
それだけでもド外れにも程があるでござるが……
それでもあの夜は蜘蛛の糸程までにして使っていたようでござるよ?」
「ああ。だけどさ……」
きゅうう……と霊波を絞り上げ、またも器用に紙縒らせてゆく。
見る見るうちに直径二cm程はあった霊力のロープは細くなって行くのだが、代わりにどんどん張度が増し、糸の細さを得る頃にはピンッと張り切った状態となってしまった。
「な?
細く紙縒れるって事は収束率を上げるって事なんだ。
だから紙縒る程、ピアノ線みたく張り詰めちゃって何かに巻きつけるなんてとてもとても……」
「……それでも拙者らからすれば呆れるほどド器用なのでござるが……しかし……」
ピンっと伸びた霊気の糸。
横島の指先から伸びているそれは、針金を立たせている様にも見えた。
が、針金のように撓んだりしない分、その異様さは目立つ。
指先から三メートル以上も伸びているのに張り詰めたままなのだから。
「重さがない分 動かしやすいけど……使い辛いなぁ……」
何せモノが霊気なのでどう動かしても風を切る音すらしない。
そして彼の言うように重さも無いので、指先を動かすだけでとんでもないリーチを持って振り回す事もできるのだが……
顔を顰めつつちょいと指を動かしてみる。
すると伸ばしていた糸の先が石垣に触れ、抵抗なくそれに滑り込んでしまう。そしてカミソリで豆腐を切るようにあっさりとバラバラにしてしまった。
それを目にし、楓は冷や汗を流してしまう。
何せ仕組みで言えば霊波刀を細く紙縒らせたシロモノだ。その切断力は尋常ではないのである。
「う、うーむ……
氣を細く紙縒る事はできるでござるが、それに集中し過ぎて“切る能力”を鈍化できない……と」
「うん……
おまけに細くする事に集中してるから今見せたみたいに弾力がねぇし、
普通の霊波刀みたく手加減する事もできねぇんだ」
それに細くする事に集中しなければならない所為か使用している横島本人の眼にも糸がよく見えず、尚且つ収束しまくっているので切断力だけが激増しているのだ。これは致命的である。
確かにこのまま紙縒らせ続けて蜘蛛の糸程度まで細めれば、貫かれてもそれと感じられないくらい素晴らしい暗器となろう。指先をちょいと動かすだけで対象を真っ二つにできる程の。
だが、何と言うか……その技は暗殺やテロを行うには勝手が良いかもしれないが、切断力が特化しただけなので普通の“仕事”には向かないのだ。というか使い辛い。
「という事はやはり……」
「……今のオレじゃあ、あの時みたく霊糸で“からめ捕る”なんて事はできねぇってコト。
ヤレヤレ……」
仮に『巻』と“珠”に文字を込めて力を使えば巻き付ける事もできるだろうが、その代わり対象を釣り糸バラしのように刻んでしまうだろう。
それを防ぐ為には『止』等の文字を込めねばならないし、相手が動かないようにする為には“あの晩”のように『束』も必要だと思われる。
余りと言えば余りにも非効率だった。
「……やっぱ」
「?」
「やっぱ、元からやり直した方が良いな……」
溜め息と共に力の具現させた力を消し、よいしょっと立ち上がる。
横島が何を確認したかったのか楓にはよく解らないが、その表情には最初から諦めの色があった。
『諦める為の確認』
それだけは理解できてはいるのだが。
「はぁ……
ま、しゃあないか」
口から出た言葉は肩を落す男のそれであるのに、伝わってくる空気には悲壮感等はゼロ。
かのこの頭を撫でているその顔にも穏やかなままだ。
ここまで自分に不向きだと諦めも早いのだろうか?
確かに切断力だけなら面白いのだが、面白いだけで使い勝手が悪すぎるのだし。
何だかんだで平和愛好者なので武器は欲しがらないからというのもあるのだろう。
「あ。そういやぁもうすぐ約束の時間じゃねーか。
そろそろ行くか」
「言われてみれば」
そんな横島の言葉を聞き、腕時計で時間を確認すれば確かに彼が言っていた時刻が迫りつつある。
朝食を一緒に食べたという事もあるが、久しぶりに珍しく二人だけであったから時が進むのを早く感じるのだろう。
因みにもう一人の仲間である古は朝練があるそうだ。
修学旅行に出ていた間、他の武術部との合同演武等を行っていなかったのだから当然だとのこと。
帰ってきて早々の日曜に練習日を組んでいたというのも彼女らしい。
まぁ、楓が横島と二人きりになるのが知られていればもっと対応は変わっていたかもしれないが。
「フ……
それでも別にこれといった期待はしてなかったでござるよ……」
「は? 何が?」
「いやいや。こちらの話でござる」
と、手を振って誤魔化す楓。
実のところ楓と古の間には抜け駆け禁止と言う約束事があったり無かったりする。
だが楓は『ひじょうじたい』という事で彼女が喜び勇んで……もとい、“仕方なく”横島の元に馳せ参じていた。
だから『裏切りではなく、必然だったでござるよ』等とのたまいつつ横島の横を歩いていたりするのだ。
流石はバカレンジャーが端くれバカブルー。屁理屈だらけである。
さて——
つい二日前くらいはギクシャクしていた二人の距離も、麻帆良に戻る頃には落ち着いた距離を取り戻していた。
最終日手前までは横島と肩を並べるとミョーに焦ったりしていた彼女であるが、あの夜の騒動後には今のように自然に横を歩けもするし普通に会話もできていて余り気にもならない。
だから……
「んじゃ、そろそろ行くか」
「あい♪」
横島がそう声をかけると、楓は柔らかく微笑んで彼の横に並んで歩き出した。
修学旅行から帰った直後の今日——
横島は必要にかられてその朝っぱらから“お出かけ”なのである。
この日、本当ならば横島は一日中だらけていた筈だった。
ヘトヘトになりつつも麻帆良に戻り、楓らと別れた横島は報告をすると共に詠春が纏めてくれた調査書を提出せんと近衛の待つ学園長室に直行したのであるが、何に疲労困憊しるのかサッパリ不明なのだが近衛は学園長室でうつ伏せに寝転がって唸っていた。
そして横島は珍しくお互いの疲労を鑑み、このままクドクドと報告するのもナニでると判断し、説明しきれていなかった かのこと直に対面させ、報告書等の書類を手渡し早々に退室。
後日、口頭で報告する事にし、今は近衛をゆっくり休ませようという老人介護精神に溢れる行いをかましていたのである(その際、かのこが近衛を見て妖怪だと怯えたり、その無垢々々な眼差しを受けてガクエンチョが『ああっ、そんな目でワシを見ないで!!』と悶えていたのが興味深い)。
兎も角、数ヶ月も戻っていなかった気になってしまう自室に小鹿と共に戻り、ちゃっかりいただいた休暇をどう有効利用しようかな〜♪等と、ウキウキしつつシャワーを かのこと共に浴びて安らかな眠りに就こうとしていたのであるが……
正にその時、彼の携帯電話がイヤンな音楽を奏で出した。
所謂ダースベイダーのテーマ。近衛からの電話である。
これ以上のボランティア精神はないぞーとかホザきつつ、湯の雫を滴らせながら電話に出れば、
『言い忘れとったが、婿殿からの伝言での。
この日曜にOKが取れとるそうじゃよ。メールで住所を伝えるで行ってくれんかの』
との事だった。
昨日の今日でOKかよっ!! 早いわっ!! とツッコミ入れる間もありゃしない。
オノレ ジジイ!! 恩を仇で返しやがってと憤った事は言うまでも無いだろう。
はっきり言ってメンドーだし、褒美というか代休というか、学園長から休暇をもらえので、かのこと一緒に部屋でゴロゴロしてるか、ゆっくりと羽を伸ばそう(ナンパに出るとも言う)と思っていた矢先の事だったので、やはりこの世は無常であるようだ。
とは言え、おもっきり『イヤ!』と断りたい所ではあるのだが、自分から頼みこんだ話である。そこまでの不義理は流石の彼にもではない。
そして何より自分から申し出た事であるし、下手打って相手を怒らせでもすればチャンスを失いかねない。それはシャレにならないではないか。
そうなると、やはり日曜を潰して向わねばならないだろう。
『あ゛あ゛……街にはオレを待つ美女がおったかもしれんのに……』
唇を噛み締め、血涙を流し苦渋に満ちた顔で辛酸をベロンベロンと舐めまくりつつ、横島は自分を待ち望む美女との遭遇(※妄想)を諦めて指定された所に向う意志を固めたのだった。
そして今、彼はその約束の場に向かっている。
無論、住所を教えてもらっただけで行けるほど横島はここの地理に明るくない。
だから幸いとゆーか何とゆーか、ナゼか朝駆けで部屋を訪れた楓に道案内を頼む事にしたのである。
因みに報酬は<超包子>でのモーニングだ。
楓は女子としてはそこそこ食べる方ではあるが、期待していた以上のボーナスをもらった後で横島の懐も暖かかったし、何より美少女に対するオゴリである。横島の胸も懐も痛む筈がない。
だから二人仲良く朝食を共にし(かのこにはフルーツをもらった)、まだ時間があるので何時もの場所で能力の確認をしていたという訳である。
時間が迫ってきてはいたが、楓の見立てではそんなに急がずとも大丈夫だとの事なので、然程慌てず二人連れ立って道を歩く。
横島のストライクゾーンから外れている年齢ではあるが、楓は間違いなく美少女。それも顔良しスタイル良しのとびっきりだ。
よって横島もわりと機嫌が良い。無論、楓が笑顔という事もプラス要素である。
ぽてりぽてりと二人と一頭で小道に入ってゆくのだが、楓も何だか機嫌が良くてその様子は誰の目から見てもデート以外の何物でもない。かのこというオプションも付いているが、それが傍目の仲の良さに拍車を掛けている。
場所が麻帆良の中央区なので男子の影はほとんど無いが、もしあったなら憎しみのオーラが立ち昇っていたであろうほどに。
「にしても……朝から来るとは思わなんだぞ」
「いやぁ〜 少しでも早く横島殿の顔が見たかったでござるよ」
「ハイハイ。で? 何か理由あんだろ?」
等と会話での距離も近いのだ。そりゃ怨みもされるだろうというもの。
無論、横島の問いに返した楓の言葉は八割以上が本音だったりするが、そんな彼女の言葉はアッサリと流されてしまう。
イケズでござるな……等と拗ねて見せたりもするが、ゴメンゴメンと頭を撫でられて何も言い返せなくなる。
まるっきり子ども扱いなのであるが、どういう訳か腹も立たない。
「……まぁ、確かに早くに部屋を出た理由はあるでござるが……」
「だろな。なんか逃げて来たっつー感じだったし」
何気なくそう言った横島であったが、楓はその言葉に
見た目では解らない様にドアの前に立った時、手鏡を見ながら身嗜みを整えていたというのに、だ。
実際、楓は追われていた。
それも友人に。
朝っぱら……それも鳴滝姉妹がやっと起きて歯を磨いている時という早朝。
何時もは森に入って修行をしている楓であるが、今日はキチンと休みを取って部屋で眠っていた。
だが、それを見越したかのように真名が突然やって来たのである。
「……それで今日、横島殿が何処かへ出掛けられる事を聞かされたでござるよ」
「真名ちゃん、何で知ってんだよ……」
兎も角、それだけなら逃げる理由は無いのであるが、どーゆー訳か真名はやたら食い物や飲み物を勧めてくる。そのくせ鳴滝姉妹が手を伸ばそうとすると直に取り上げるのだ。
二人が『ケチーっ!!』と文句を言うと、
「これは“横島さんの所に行く楓”が食わんと意味が無いんだ」
と嗜めるではないか。
タラリと汗を流した楓は、何だか知らないがマズイでごさる……と危機感を覚え全力で逃走して来たというのである。
それで横島の所に来たら本末転倒っポイ気がしないでもないが。
「……ええと……一体何が……」
「……拙者もサッパリサッパリでござるよ」
横島によって霊的なものに目覚めつつある楓は、以前より勘が鋭さを増していた。
真名が何かしらの行動をとるよりも前に反応が出来、襲い掛からんとするイヤンな予感を信じて必死に逃走し、何とか正常(?)の楓で今に至っているのだ。
何とゆーか……それを食せば女として、いや“女の子”として終わってしまうよーな気がバリバリにしたのだ。何が? と問われても勘なので返答に困るのであるが。
大げさでなく背後に蠢く陰謀(淫謀?)を感じ、怖気が走る二人。
温かい日におサブイ話である。
「!?」
——その時、突然楓は横島の腕を掴み、茂みに引きずり込んだ。
何が何だか良く解っていない かのこも後を追い、茂みに入る。
今の今まで真名の件を話していた楓である。当然のように危機感を握り締めたままなのだ。よって何かしらの気配に対して過敏になっているのだ。
状況が状況なのでこの男は『外じゃイヤ——っ!!』等とアホなセリフをほざきかけるのだが、そんな事は解りきっているのか楓によって口は塞がれている。因みに掌で。
それに、
『(シッ! 誰か来るでござる)』
そう彼女に言われれば横島も黙る。
楓と共に息を潜め、気配を消し、木々と一体化して木遁を行う。
と……?
「——……助かりました、アスナさん」
「ま、まぁ、あのくらいは……」
「でも、これでチャンスは得られましたから……
本当に感謝してます!」
「そ、そう? で、でもさ、アンタ大丈夫なの? エヴァちゃん強いんでしょ?」
「あ、ハイ。で、でもテストだってエヴァンジェリンさんも言ってましたから……」
『いや、アニキ。安心すんのは早いぜ? やっぱ用心にこしたこたぁねぇよ』
「そうよ! また怪我しちゃったらどうすんの?!」
「で、でも……」
等と会話を続けながら茂みの前を通り過ぎてゆく二人(と、一匹)。
少年の方は何やら強い決意を感じられるのだが、少女はその事すらも心配しているようだ。
そんな彼女の様子を少年の頭に乗ったオコジョがヲッサン臭くニヤついて眺めているのが印象深い。
ともかく、年の差はあれどその空気は危なっかしい彼氏を心配している彼女という間柄にしか見えなかったりする。実際、何だか少女は少年を潤んだ目でいていたようであるし。
何ともほほえましい光景であったが、結構カンの良い少女や、野生の嗅覚を持っているハズ(多分?)のオコジョですら、茂みの中に潜むモノに気が付かなかった。
やがて二人と一匹の後姿が完全に見えなくなろうとした頃、
「………って、ヲイ。あのボウズじゃねーか」
「で、ござるな……アスナ殿とネギ坊主でござるよ」
ガサガサと茂みから楓と横島は姿を現しその背を見送った。
わからなかったの? と無垢な瞳で見上げてくる かのこの視線もちょっとイタい。何も悪い事してないのに、だ。
背が見えなくなるまで見送っていたのは、真名のアヤシゲな行動に不思議な恐怖を感じていたからだろうか。どちらにせよちょっと神経質過ぎたという気がしないでもない。
まぁ、彼女が追っ手というのなら臆病なほどの用心深さは必要であろうけど。
「とは申せ、あのまま二人の前に茂みから登場するというのは些か……」
「そーだな……」
只でさえあらぬ噂が立っている横島(特にあの二人はあの晩の横島の奇行を見知っている)であるし、例の報道部の号外によってミョーなウワサのある楓だ。
おそらくあの二人なら完全に二人の仲を誤解してしまうだろう。楓的に言えばどーでも良いかもしれないが。
元からトラブル体質である横島のこと。『茂みの中でお楽しみでした』と誤解されたって不思議でも何でもないのだ。
それに楓は兎も角として、今の横島は別の意味で問題がある。
何せ頼みの綱だったジャスティスが、あの晩以降無反応になってたりするのだから。
そんな状況で在らぬ(?)ウワサが立ったらヤケに走りかねない。
何せ横島自身、自分のリビドーほど信用できないものはないと重々承知しているのだ。
現在既に崖っぷちであるし。
——お礼と言う名目でデートに誘ってるしな……
その事を思い出し、横島の顔にどよ〜んと縦線が入った。
おまけに珍しく旨く逝って……もとい、上手くいってしまったのだ。
ひょっとすると自分の属性はロリなのかもしれへんなぁ……と疑い始めてたりする。何か泣けてきそーだ。
この際、バンカラ
「……横島殿?」
「え? あ、イヤ、何でもない」
ぐいっとTシャツの袖で涙を拭い、何でも無さを笑顔でアピール。何か洗剤のCMっポイさわやかさだ。
あの晩から彼の笑顔に中てられっぱなしの楓としては、そんな事されちゃうと黙る他手が無い。
ほんわかとしてるのやら、オマヌケなのやら表現が難しいが、とにかくいい加減そんな空気を纏ったままなのもナニであるし、約束の時間に遅れては話にならない。
「そ、それじゃあ、そろそろ……」
「で、でござるな」
と気持ちを切り替えた。
楓も頭を振って気を落ち着かせる。
どーもあの晩から気持ちが先走りそーで困る。
いや、彼の思いやりとかに触れるのは全くかまわないのだが、触れれば触れるほど暴走しがちになってしまうのだ。
『(これが、先に良いところを見せられてたのなら話は別だったのでござるに……)』
それならばメッキが剥がれてゆく訳だからこんなにも焦りはすまい。幻滅だけしてりゃいいのだから。
何というか……先におバカな行動を見せられまくった分、後になって解ってくる良さが身に沁みてしまうのである。
いや、身に沁みてるからどうかしたのかと問われれば彼女も返答に困るのであるが……
——お、おのれぇ……
そんな彼女の耳に何だか真名の怨念の篭った幻聴が聞こえてみたり。
温かな日差しの中、楓は何故だか肩を震わせていた。
と、そんな彼女に対し、
「……へ?」
横島が差し出してきたものがある。
とは言っても別にプレゼントとかではない。
それは手。単に手を差し出してきただけ。
極自然——
極々自然に、楓の前に横島が自分の手を差し伸べてきたのである。
時間にして僅か0.5秒。しかし、武術家にとっては余裕で五回は死ねる長時間。
楓の思考は完全に凍り付いていた。
対して横島の方も凍りついている。
何せ女の子に手を差し出すのは当たり前の事であるし、元からフェミニストなのだから不思議でもなんでもないのだ。
だが、別に楓は何かに困っていた訳でも、躓いたりしていたわけでもない。
そんな彼女に対し、極自然に手を差し出してしまったのである。
恰も、手を繋いでいこうと誘っているかのように——
年齢的に言えば楓は中学生。子供である。
如何に身体つきは大人っぽかろうが、顔を見ればハッキリと子供だと解ってしまう。何だかんだ言っても、彼女の面立ちはまだ
しかし、彼が芯からそう見ているのならば、子供だと見る事ができているというのならば、別に何も焦る必要はない。
子供相手なのだから『お手て繋いでいこう』というノリを貫けば良いだけの話。通常の横島ならできたはずである。
が、横島は凍りついていた。
確かに女の子として見てはいたが、意識してみていた訳ではない。
そして今、意識して見てしまっているからこそ彼は硬直していたのである。
その事に彼自身が気付いてしまったのだ。
コンマ数秒の内に突拍子もない速度で楓の心臓が動き、脳が手を出せ手を出せと促してくる。
ポンプアップもかくやといった心臓のパワーによって瞬時に顔を真っ赤に染め上げた楓は、その命令に躊躇していたわけであるが、身体の方が正直なようでゆっくりと手を差し上げて行く。
そのお相手の横島はと言うと、彼女の手を待ち望んでいるかのように手を動かさないでいる。単に硬直していただけであるが。
それでも彼の手に誘われるように楓はゆるゆると、そしてどことなくおどおどとしつつも手を伸ばして行った。
考えてみれば横島をからかう為に腕を組んだ事はそこそこあるのだが、彼からの誘いは初めてだ。
何故だろう? 遊び交じりではあるが既に腕を組んでいるというのに、手を繋ぐ方が恥ずかしく思うのは。
それでも意を決して自分の意思で手を伸ばして行く。
何というか……横島と手を繋ぎたいという想いが湧いて出てきたのだ。
浅く、そして長く息を吐き、何だか異様に気合を込め、つい楓は横島の手を——
「 見 つ け た ア ル ! ! 」
「「 わ ぁ っ ! ? 」」
——取れなかった……
突如として上げられたその大声に心底慌て、バネが弾けるように距離を取ってしまう二人。
かのこを中心にして左右に分かれて飛んだのだから、ちょっと間抜けな構図である。
他所の世界に意識を飛ばしたままだった横島も、そのアルアル語の声で何とか現世復帰を果たしていた。
楓の方もかな〜り複雑であったが、何だかホッとした気もしないでもないので表情に出さずに済んでいる。
それでも何時もよか慌てていた所為で中々声の主が特定できていなかったのだが……
「二人してドコ行く気だたアルかっ!?」
流石に二度も声を投げ付けられれば場所の特定ができると言うもの。
「あ……」
「あ、古ちゃん」
丁度ネギ達が去った方向。
その方向からこっちを睨みつけている少女が一人——
抜け駆け禁止の約束はどーなたアルか!? と、朝練に出ていたハズの古が、何だかスゴイ目でこちらに駆けて来たのである。
「カ〜エ〜〜デェ〜〜〜………」
修学旅行中からこっち、すっかりお馴染みとなってしまっている古の怨鎖の声。
彼女が着用しているのは何時も鍛練の時に使っている黄色い練習着。普段なら可愛さとそこはかとなく色気を感じさせてくれるそれも、ちょびっと返り血みたいなモノがついててプレッシャーも三割増し。
ぶっちゃけあの晩の式神たちよか怖かったりする。古に馴れている かのこですら横島の後ろに隠れたくらい。
「ま、まぁ、落ち着くでござるよ古」
「私、落ち着き返てるアル!!」
ヨッパライの酔ってな〜い発言レベルで。
「そ、それより朝練はどうしたでござる? 終わるには
楓は何とか話題を逸らそうと必死。
何時もの彼女とは思えないほど慌てふためいているのがありありと解る。
まぁ、気不味さも手伝っているのだから当然かもしれないが。
「ナニ話を逸らしてるカ!?
……練習のメニューを百人組み手にしたらスグに終わたアルよ」
……という事は、百人ぶちのめしてとっとと終わらせたでござるな……
聞くまでもない古の話の裏に、楓は後頭部にでっかい汗を垂らしていた。
以前の彼女でさえそのくらいの事はできるのだが、現在の古の腕は以前どころ騒ぎではない。
何せ横島から霊力の使い方を学んでいるし、楓から実戦での氣の使い方を学んでいる。おまけにその二人と摸擬戦じみた組み手すら行っているのだ。
そして修学旅行では強者との闘いを経験しているのだから、今の古には学園内の全格闘部関連の人間が束になっても敵うとは思えない。
元から気配を読めていたというのに、その上で霊感の働きが上がっているので感応範囲も広がっており背後の動きまで丸見えなのだから。
それでもヒャッハーと向かってゆく男どもをアッパレと言うべきか?
……いや、更にキレの上がった古の技を皆が皆して嬉々として受けていたのだ。単にM気の強いアホばかりなのかもしれない。
「で?
カエデはどーして老師とこんな場所にキてるアルか?」
「う……」
別に然程の裏はないのであるが、楓は返答に詰まってしまった。
これが自分から彼を誘いだしたというのならば楓が言葉に詰まった理由も解る。平然と約束を破ぶり、完全に抜け駆けを承知で連れ出しているのだから。
が、確かに彼女は横島のところに向いはしたが、それは言ってしまえば避難であり、おまけに誘ったのではなく彼に誘われたのだ。
確かに、誘われた時点で断ると言う手段もない訳ではなかったが、話が『西の長に頼んでいた件』では誰かに任せる事も叶わないではないか。
詰まる所、楓が取った手段は最善だったりする。
だが、それでも楓は言いようのない気不味さに答えを窮していた。
楓には珍しい事である。
「ま、まぁ、古ちゃん。彼女に頼んだのはオレなんだし」
と、横島が執り成さねば何時までも詰まっていたかもしれない。
横島本人にそう言われれば僅かにでも矛を下げねばなら無い。
そうなるとプレッシャーも緩むので楓も経緯を語る事ができる。やはり詰まりつつではあったが……
そして古も何とか『どーして真名が?』と形の良い眉を顰めつつも一応の納得を見せてくれたのだった。
「ま、そーゆー事なら仕方ないネ……」
「……申し訳ござらん」
やっと納得してくれた古に対し、素直に頭を下げる楓。
楓とて自分に黙って古が勝手に横島とデートしていれば怒ってしまうだろう。それもかなり。
それが解るからこその謝罪だった。
「別にいいアル。私も、何でこんなに怒てしまたか解らないしネ……」
……しかしこっちも無自覚のようだ。
『………』
何だかどこかで超が無言で歯を食いしばっているよーな気もしないでもない。
「それにしても、何で古ちゃんはオレらがこっちに来てるの解ったんだ?
何だか探してたみたいだったし」
そう納得を見せ矛を完全に収めた古に対し、胸を撫で下ろしている楓に代わって横島が先ほどから疑問思っていたことを問い掛けた。
何せ学園長から連絡が入り、出掛ける事になったのは昨夜であるし、楓を誘ったのはそれこそ出る直前だ。
古に情報が伝わるにしては早すぎるのだから。
「ああ、それなら……」
と、古も直に答えを口に出した。
「超から聞いたアルよ」
二人が思いもしなかった名前を……
「は?」
「超殿……から?」
意外な名前を耳にし、二人して目を丸くする。
何とも見事にユニゾンしていた事か。それがまた何だか古の感情を逆撫でするのだが、それでもコメカミにバッテン浮かべつつも疑問には答えてやる。
「……そーアルよ。
カエデに言たように五日間不在になてたから、他の武術連と合同で朝の鍛練をする事になてたネ」
丁度始めようとした頃、超が『差し入れ兼、見学に来たヨ』と肉饅が入った袋を持って現れたのだ。
いや、そこまでなら然程不思議ではない。
古が北派の拳法使いであり、超は南派で知られている。文武両道を地でゆき向かうところ敵なしな超天才の超であるが、事が拳法となると古というライバルがいるのだ。
その所為かどうかは不明であるが、超と古は仲の良い友人……言ってしまえば親友関係を続けている。
だから、今までそんなことした事がない超が古の見学に来たとしても然程不思議ではない。無いのであるが……
『あ、そー言えば古は知ているかネ?
今日、横島サンは楓と二人でお出かけすると言う事を』
超はかなり横島の状況を知っているのだろう、他の武術部員の耳に入らないよう、古だけに聞こえるように肉饅を差し出しつつ耳元でそう囁いたのだ。
その後は語るまでも無いだろう。
桜ケ丘の林の中に入って行ったみたいネ……という超の付け足しを聞いた直後、ナゼか朝の鍛練は百人組み手……というか、古対全員という形に急遽変更。そして古は全員をとっととぶちのめして終了させ、すっ飛んで来たのである。
その話を聞いた二人は、
『『何で行くコト知って(るでござるか)んだよ……』』
と、同時に肩を落していた。
目的の場所を聞いたのは近衛とのホットラインであるし、楓とて朝横島の元に到着してから聞いているに過ぎない。
しかし真名や超には何時の間にかバレているのだ。
まぁ、真名は学園に雇われている身分なのでそんなに不思議な話ではなかろうが。
理由は兎も角として、その超と真名はとある理由によって裏で繋がっている。
だから真名から失敗したという連絡を受け、今度は超が動いただけのだ。
超は、楓と横島が一緒にいたという情報を自分の店<超包子>の支店から受け、ある方法で横島が向かう先を知っていた彼女は、彼が楓に道案内を頼んだと推理した。
自分の店(支店ではあるが)に二人で来るのが解っていたらクスリを仕込めたのに……と残念がっていたという話は横に置いといて、そう言う事ならばその事を古に伝えれば彼女はロケットが如くすっ飛んで行くに違いない。
そう読んで彼女に接触したのである。
そんな超の考えは見事に的中。
何だか予想以上のスピードで部活を強制終了させ、古は風のように二人がいるであろう場所に走り去っていったのである。
ま、唯一の誤算はと言うと——
「……そう言えば古。
ひょっとして超殿から何かミョーな食べ物を押し付けられはしなかったでござるか?」
「へ? あ、ああ、新作とか言て肉饅を渡されたアル」
「……し、してそれは……?」
「……何だかモノスゴイ嫌な予感がしたから武術部員の誰かに押し付けてきたアルよ」
「……そ、そうでござるか……」
楓同様に古の霊感も上がっており、鋭さを増した勘によって彼女の淫謀を察知されてしまったという事であろう。
蛇足であるが……
後日、武術部の誰かが不純
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何時までも小川の畔で佇んでいてもしょうがない。
幼稚園の遠足だってもうちょっとマシな事くらいやるだろう。
無論、小川を眺めながらお歌やお遊戯なんぞやる訳もなく、横島はそろそろ行こうかと声を掛けた。
暇だったのか、小川の水を飲んだりしていた かのこも移動の気配に気付いて駆けて来たので、ようやく三人は移動を再開させた。
古にしても、折角部活を強制終了させてきたのだからもうちょっと気の利いたとこに行けたらいいのだし、横島の誘いはありがたい。
だから京都でのデートの時にようにきゅっと腕に掴まって笑顔で横島についてゆく。
対して楓はと言うと……
「……良いのでござるか?」
二人の後ろをゆっくりとついて歩き、妙に真面目な口調で横島に問いかけていた。
横島はその質問に対し、足も止めずに進み続ける。
「うん」
そして返答も簡素。
まるでコーヒーに砂糖を入れるかどうか答えるかのように。
だが、その質問の意味は言葉とは裏腹に重い。
「なれど……」
——古に知られてしまうでござるよ?
楓は口を閉じだが、横島にはそれで十分伝わっている。
その言葉を聞かずとも解るのだ。
確かに横島はいろいろな技を古の前で使っているし、教えてもいる。
他所から来た事や、人外と関わってきている事や、自称弟子といった絆も全て伝えてはいる。
が『異世界からやって来た』という戯言のような事実は、まだハッキリとは伝えていないのだ。
彼は、ネギのように魔法使いといった別世界を生きてきた者達より更にかけ離れている存在。
やや乱暴な言い方となるが、異星人,宇宙人と称されても過言ではないのだ。
刹那があの晩戦った烏族と人間のハーフである事はすでに聞き及んでいるのだが、横島に至ってはその“括り”にすら入らないのである。
それを伝えて平気なのか? そんな意味が楓の言葉には含まれていたのだ。
だが、彼やはり何気なく答えを返してくる。
「いいんだ。
それに、これ以上隠してる方がヒドイだろ? オレなんか受け入れてくれてんだしな」
チキンでヘタレである横島が、そう言っているのだ。
そんな事言われたら言い返せないではないか。
彼の言葉の意にあるものは覚悟とは違うし、決意でもない。
ただ女の子に、絆を結んでくれると言ってくれた女の子に対して秘密をもったままでいる事が彼は許せないだけなのである。
「? どうかしたアルか?」
「べーつに?」
普段と変わらない顔でそう返す。
それでいて開き直りのような笑みを古に送っている。
意味は解らないが、微笑んでくれている事に古は素直に喜んでいた。
「……ったく……」
敵わんでござるよ。横島殿……
そんな彼に対し、苦笑とも呆れともとれる溜息を吐いて、楓は横島の反対側の腕をとった。
「ホラ、そっちではござらん。
こちらでござるよ」
万が一、古が離れようとも手を離さぬ事を誓いつつ——
「−学園長からお話はお聞きしております。
ようこそいらっしゃいました。横島さん」
「ありゃ? ちーちゃん?」
林を抜けた先にあったのは品の良いログハウス。
それもよくあるログハウスモドキなどではなく、ちゃんと木組から組まれている本物だ。
ヨーロッパ風建築のそれは築十年以上は経過しているであろう、周囲の風景と同化し、落ち着いた佇まいを見せてくれていた。
そのいい感じの建物に感心しつつドアに着いているベルの紐を引くと、横島が<超包子>でお世話になっている茶々丸がメイド服姿で出てきて挨拶してきたのである。
「ちーちゃん?」
「ん? ああ、茶々丸ちゃんって言ったら何か早口言葉みたいだろ?
だから何時も店ではちーちゃんって呼んでるんだ」
首をかしげた古に、横島は個人的ニックネームで読んだ理由を説明してやった。
因みに超の方は、『超ちゃんなんて読んだら“ちょうちん”て言ってるみたいだ』と気付き、彼女の事は鈴音という名前から
本来の読み方とは違うが、ミョーなところに拘る男である。
兎も角、そのちーちゃんがドコに住んでいるか思いもつかなかった横島であるが、そこらに触れるのはやめといた方が良いと判断し、彼女が掃除をしつつ客席を用意してゆくのを かのこの足を拭いてやりつつ見守っていた。
茶々丸の方も小鹿が気になるのか、ちらちらとこちらに視線を向けていて、目が合うと何だか動きが止まったりしている。
そんな彼女を不思議に思うのか、かのこは首を傾げたりするのだが、すると凝視する時間が増して作業が完全に止まったりしていた。
仕方なく横島達も片付けに参加。
客の方が自分らの席を用意すべく、箒を操ったり割れたカップ等を片づけてゆくという何だか良く解らない展開だ。
仕事上、掃除には目が肥えている横島から見ても超包子で働いている茶々丸の掃除術は丁寧で見事だったのであるが、その彼女は今、かのこの両手(両前足)を持って遊んでいる。
かのこの方も何が何だかサッパリであろうが、遊んでくれているのが嬉しいのかされるがままになっていた。
癒されはするんだけど、何だかなー…な光景に三人は苦笑しつつ作業を進めてゆく。
兎も角、丁稚時代を思い出しつつ、用務員という仕事のお陰で異様に手際よくなった掃除の腕を楓と古に披露しつつ、ふと分別し終わったゴミに目を落とすと……そこには小さな皿やカップの欠片。少なくとも数個のセット分の欠片があった。
個人がひっくり返したにしてはちと多い。
茶々丸はつい今しがたまでそれらを片していたようである。
「ちーちゃん、ちーちゃん」
「−……ハっ!?
は、はい?」
何だか かのこと戯れる事に集中し切っていた彼女に声を掛けると、彼女はスリープ状態から復帰したマシンが如く意識を取り戻した。
どんだけ集中しとったんや、と思いつつも声には出さない横島は紳士である。
「これ、何かいっぱい壊してるけど何かあったのか?」
「−はい。え、えーと……その……
そしてこれは先ほどのお客様の……その……後片付けで……」
ごにょごにょと言葉を濁すので要領を得ないが、どうも客が来たから割れたという事らしい。何ともアグレッシブな客もあったものだ。
無論、もっと理由もありそうなのだが、茶々丸が言い難そうなので横島らもそれ以上問いかけるのはやめにした。
殆ど表情に動きは無いが、そういう女性をおもっきり知っている横島は感情の動きを見てとるのに慣れている。
あからさまにホッとしたのが解るのでやっぱ触れたらあかんコトなんやなーと納得していた。
「何だ? 誰か来たのか?」
その声が上から響いてきたのは、
丁度三人がようやく席に着けた時だった。
「え?」
横島は兎も角、楓と古はよく知っている。
そして古はこの家を知らなかったのだからけっこう驚いていた。
ギっ、ギっ、と木の階段を軋ませ、二階から降りてきたその人物は……
「ん? バカレンジャーの二人と……それとキサマは……」
品定めをするように横島をジロジロと見つめているのは誰あろう、
意外過ぎるメンツに眉をひそめ、花粉症でやや荒れた声が痛々しい、楓達の同級生。
数百年を生きる真祖の吸血鬼、
エヴァンジェリン=アタナシア=キティ=マクダウェルその人だった。
「あっ!! あの晩の幼女!!」
「だ、誰が幼女だぁっ!!
そーゆーキサマはあの晩の緊縛術師?!」
……あまり良い印象はなかったりするが……