-Ruin-   作:Croissant

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後編

 

 

 「ジジイっ!! 何を愚図愚図しているっ!!!」

 

 

 普段は結構静かな理事長室に、黄色い怒声が響き渡る。

 

 見た目は長い金髪の美少女であり、歳は十歳程度。

 

 何故かシックで艶っぽい黒の下着を着用しているが、意外にもその年齢にも関わらず似合っている。

 

 そんな少女が何をイラついているのか、床をバンバン叩いて目の前の老人を急かしていた。

 

 

 「待て待て待て。もうちょっとじゃ」

 

 

 だが件の老人はそんな彼女に怒鳴られなれているのか然程気にした風も無く、何やらややこしい方陣を描き続けていた。

 

 実のところ、こんな方陣を組むのは初めてなのであるがそこは海千山千の古参魔法使い。その手際は決して悪くは無い。

 悪くは無いのであるが……方陣でもって誤魔化しをかけようとしている対象が老人の力量を圧倒しているのだからそれだけはどうしようもないのである。

 

 少女もその事が解らぬでもないのであるが、気が急いているのか八つ当たりをかけているのだ。

 だからイラつきを隠そうともせず怒鳴り続けているのである。

 

 ぱっと見が幼女である分、何だか我儘を言って祖父を困らせている態になってしまうのは仕方の無い事であろう。

 

 

 嗚呼だがしかし、誰が彼女をそれと理解できるであろう。

 

 彼女こそ、真祖の吸血鬼。600万ドルの賞金首。

 “人形使い”、“闇の福音”、“不死の魔法使い”等と様々な二つ名を持つ恐怖の代名詞、エヴァンジェリン=アタナシア=キティ=マクダウェルであると。

 

 

 そんな魔法界でも超有名な彼女が今、焦りを見せている。

 

 先程学園長に掛かってきた電話連絡。

 

 関西呪術協会の本山が何者かに襲撃を受け、全員が石にされてしまったというのだ。

 

 確か本山は強力な結界で守られている筈。

 その守りを潜り抜け、尚且つ娘婿である詠春すら魔法で倒したという。

 これは容易ならざる相手である事に間違いない。

 

 しかし、別所にいる西の手勢に連絡を送ったとしても行動できるのは明日になってしまうだろうし、かと言って今の学園には転移を行えて現場に直行できるほどの術者がいるわけでもない。

 例え行えたとしても、それほどの術者と戦えるかどうか微妙なところだ。

 おまけに頼みの綱の高畑も海外に飛んでいる。

 

 どうしたものかと視線を前に落して見れば。

 

 

 「ん? 何だジジイ。マヌケ面して」

 

 

 現在、自分を打ち負かしている恐ろしい碁敵がいるではないか。

 

 背に腹は替えられないから彼女に頼むのは良いとしても、今のエヴァは学園の封印によって満月でも完全には力が使えないし、“登校地獄”という呪いによって学園から出られない単なる女学生だ。

 その呪いをどうにかしないと学園都市から一歩も外に出られないのである。

 

 しかしその呪い、無意味に強力に掛けられたもので彼女が十数年掛けても一向に外れる気配が無いという代物だ。

 

 が、修学旅行は学業の一環なのだから短時間であれば呪いを誤魔化せまいか?

 そう考えた老人はさっきから色々と試しているのであるが……

 

 

 「うーむ……ナギの奴、力任せに術をかけおってからに……」

 

 

 彼女に呪いをかけた者は魔法界の英雄“サウザンドマスター”事、ナギ=スプリングフィールド。

 現在、窮地に陥っているネギの父親である。

 

 父親の掛けた呪いによって助けが遅れているのだから皮肉なものである。

 

 

 「言い訳なんぞどうでもいいからとっととやれっ!!

  その粗末な頭をトマトのように叩き潰すぞっ!!」

 

 「そ、そんなこと言われても、コノえもん困っちゃう」

 

 

 テヘ☆と舌を出すて誤魔化す老人。

 

 

 「何がテヘ☆だっ!! 引き裂いてジャーキーにするぞっ!!!」

 

 

 流石にそのふざけた態度にエヴァもぶち切れ寸前である。

 

 

 「−マスター……そんなに熱心になって……」

 

 

 ここまで焦りまくるエヴァを見るのは実に珍しい。

 

 茶々丸の眼からすれば、それは男の子の心配をする女の子のそれにしか見えなかった。

 

 

 「−よほどネギ先生が心配なのですね……」

 

 「誰・が・あのガキのこと心配してるって〜〜〜? 私はただ外に出たいだけで……」

 

 

 照れ隠しなのやら見当違い過ぎる茶々丸の指摘に腹を立てたのやら、はたまた図星なのやら不明であるが、エヴァは茶々丸の頭の後ネジを巻きまくる。

 『あああ、いけません。そんなに巻いては……』というセリフにも耳を貸さずにお仕置きだと巻きまくる。

 

 

 「ま、まぁ、そんなに焦るな。かなりイヤじゃが……手段はある」

 

 「何?!」

 

 

 どれほどのものかは不明であるが、老人は溜め息をついて机に向って歩き出した。

 

 複雑怪奇な呪式を組まねばならないし、何よりとてつもない重労働なのだから気が進まないのだ。が、背に腹は替えられない。

 

 

 「それにの、あそこには“彼”がおるでな。

  最低でもこのかやアスナ君、刹那君くらいは何とかしてくれるじゃろ」

 

 

 あの……ネギ先生は? という茶々丸の呟きは小さすぎて学園長も聞こえていない。

 

 

 「彼? 誰だ?」 

 

 「新しく雇った青年じゃよ」

 

 「……そんな話は初耳だぞ……使えるのか?」

 

 

 その質問に老人は顎髭を撫でつつ、

 

 

 「氣を使うのは達人クラスじゃが戦闘技術は低く、魔力はほぼゼロじゃな」

 

 

 等ととんでもない説明をぶちかました。

 

 

 「んなっ!?

  それでは役に「じゃが、恐らく負ける事は無いな」……は?」

 

 

 当然のように食ってかかろうとするエヴァであるが、近衛はドコからか大量の朱肉とインクを取り出しつつそう言葉を遮った。

 

 何を言っている? といぶかしむエヴァを尻目に、これまた大量の書類をドコからか運び出してくる。

 

 

 「何というか……戦闘技術はド素人なのじゃが、戦闘能力は存外に高いんじゃよ。

  こと、女子供が関わればワシも想像すらできん」

 

 「ふん?」

 

 

 随分買っているではないか……と言う目で老魔法使いを見る。

 

 何だかんだで孫を心配しているであろう彼が、ここまで焦っていないのはその男を信用している為なのか?

 

 今一つ要領を得ない説明であるが、そこまで言い切れるとなると、それなり以上の“何か”を持っているのだろう。

 

 

 「で? その男はなんと言う名だ?」

 

 「うん? 彼かの?

  おぬしらの学校の新人用務員、横 島 忠 夫 じゃよ」 

 

 

 

 素が道化師。

 

 本質はクラウン。

 

 見てても聞いてても飽きが来ない青年じゃて。

 

 

 

 そう、関東魔法協会理事である近衛近右衛門は意味ありげな笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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              ■十二時間目:The くらうん (後)

 

 

 

 

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 倒す、と口で言うのは簡単であるが、実際にやるとなるとめっさ難しい。

 

 

 

    グ ォ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ……

 

 

 

 低く唸りながらこちらを睨みつける巨大な鬼神。

 

 向こうはやる気(殺る気?)満々のようだ。

 

 何か威嚇してるし。

 

 

 ——さて、どうすべぇ……?

 

 

 焦りはしていないものの、横島はその手段にあぐねていた。

 

 ぱっと見は余裕綽綽。

 

 内面は冷や汗ぽたぽたでその巨躯を見上げるお面の忍者“なまはげ”事、横島。

 

 後ろで見守っている少女らもはらはらとしてはいるが、何だか彼に策がありそうなので微かに期待もしてたりする。

 

 視線でそれが解るもんだから彼も大変だ。

 

 

 ——横っちホントまいっちんぐ♪

 

   何て言ってる場合じゃねぇ——っっ!!!

 

 

 等と一人ボケツッコミも大活躍だ。

 

 女子供の件が無ければ単にヘタレと言えなくもない彼の事。

 アレに勝てば眼鏡姉ちゃんをゲットできると(勝手に)思っているからこそ今ここにいられるし、ヤる気……もとい、やる気も萎えないのだ。

 

 

 

 

 

 

 ここに向かってくる最中、出現したスクナを見た時には流石の横島も、かっくーんと顎を落っことしかけた。

 

 いや、サイズ的に言えば(“究極の魔体”に比べると)デカイ部類に入るだけであるし、かかってくるプレッシャーも“あの”狼王を下回る。

 つーか、月で戦った時の邪竜の方がよっぽど強かったし怖かった。

 

 だから普段のヘタレ具合さを披露して『帰ろかな……』等とは思わなかった。全くしなかった訳ではないにせよ。

 

 

 尤も木乃香や未来に幸多そうな美少女を放っておく事は断じて出来ないし思いもつかない。

 つーか、神や大家が許しても横島は絶対に許せないのだ。

 

 だから横島は泣く泣く突撃を緩めなかったのである。

 

 とは言え、式達から強奪したモノで戦おうにも対象が大き過ぎるし、半実体状態では物理ダメージは意味をなすまい。

 式からぶんどった得物やお面もその使用法は単なる変装だし。

 

 不幸中の幸いは、暴走状態で暴れまわっていない事。

 それをされてたら木乃香の救出はおろか近寄る事も叶わなかっただろう。

 

 とは言え、その巨体と潜在的なパワーは侮れまい。

 何せ先人は倒す事をせずに封印をかけているだけだったのだから。

 

 

 だから横島も何とかかんとか頭を捻り倒して策を練っていたのであるが大した策は浮かばなかった。

 

 思いつくのはアレを操っている人間を止めるか、引きはがす事。

 それか再封印だ。

 

 焦っている所為かこの程度しか浮かばなかったのだ。

 

 

 『あ゛〜〜〜っ どないしょ〜〜〜っ!!』

 

 

 等と顔にかぶったお面の下で絶叫しつつも足を止めていない。

 

 それだけは感心できると言えよう。激しくみっともないが。

 

 

 「ん?」

 

 

 そんな横島の視線の先で、ある変化が訪れた。

 

 

 「んん〜?」

 

 

 何と、野太刀を手にしている少女……刹那が背中から白い翼を現し、その翼をはためかせて空を飛んでいたのである。

 

 

 「うぉっ!? ひょっとして天使!?

  綺麗な娘やったし、何かフツーの人間とちゃう思とったけど……天界の娘だったのか!?」

 

 

 正確に言えば烏族のハーフ。

 

 これを木乃香に知られて拒絶されてしまう事を恐れて距離をとっていた刹那。

 

 そんな事等知る訳もない横島は、単純に彼女を天界の美少女と見ていた。

 

 言うまでも無いが刹那は心身ともに美少女である。

 この時点で横島は全くもって全然OKで、毛の先ほども気にならない。女の子よりとは言え、差別と言うものをもっていない点には感心できるし褒められるべき男だ。

 

 

 「惜しいっ!! ちゅーがくせいやなかったら……」

 

 

 その代わり、年齢制限に対してはギリリと歯を食いしばって悔しがっている。

 

 何という悔しがり方であろうか。まるで親の仇の話を聞いた復讐者の如しだ。

 ……これさえなければもっとマシだろうに。

 

 

 兎も角、その天界剣士(横島主観)は木乃香を奪還すべくスクナに迫った。

 

 

 「おぉっ!!」

 

 

 何せスクナには刹那という的は小さすぎる。

 仕方なく千草は式神を放つが、彼女は野太刀の一振りを以ってそれらを退け見事奪回。

 

 結果スクナは主要コントロールを失った。

 

 となると、あとはアレ本体をどうにかすれば良いだけである。

 

 横島は敵に聞こえないように拍手を送りつつ、その案を練った。

 

 

 そして千草の着物姿を見た瞬間、シナプスから発せられた電撃が脳内を駆け巡る。

 

 

 「そうか、封印できないくらい力があるんだったら……」

 

 

 その力を奪えば良い。

 

 

 ニヤリ……とやたら歯並びの良いフクモト的な笑み(←邪悪版)を浮かべた横島は珠を二つ出現させ、一方をスクナに『吸』の字を入れてから投げつけ、手の中に残った珠に『収』を入れた。

 

 これで吸い上げた力は彼に収まる。

 そして吸った力でもって更に強い珠を生み出すのだ。

 

 ずっこくてスゴイ策だった。

 いや、それ以前に着物姿を見て力を奪う策を思いつく裏は如何なる理由が隠されているのやら。

 

 何と言うか実に横島らしい話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして今、その策は半ばまでは大当たりをしていた。

 

 

 あの一番厄介だと踏んでいた少年も吸い上げて珠を作った残りのエネルギーで粉砕したし、後はコレをどーにかするだけなのであるが……

 

 

 『(それがムチャクチャ大変なんだけどな〜……)』

 

 

 又しても吐いてしまう内心の溜め息。

 

 だが、そんなに時間は余っていない。

 

 鬼神の肩にいる千草も、何か横島に対してトラウマを持ってしまっているからか今は硬直しているから良いが、もうそろそろキれて襲いかかってくるだろう。

 

 彼には解る。

 こーゆー噴火手前の状態になっている女性のテンパリ具合はよく解るからだ。

 

 それにまぁ、味方のぷっつんで三途の川見るよかマシなんだ……

 

 

 ——何時も復活するまであそこの河原にいる子供らと遊んでたっけ……

   石を蹴倒してたって鬼も何か保父さんっぽくていい奴らだったし。

   子供たちとゲーム感覚で石倒しやってたなぁ……

 

 

 極普通の流れでまた現実逃避なんかしちゃったりする。

 

 

 実際のところ手が全く無い訳ではない。

 

 滅びのイメージを強め、叩きつければそれで大抵なんとかなるのだ。

 

 ぶっちゃければスクナから奪った力をぎゅうぎゅうに込めた珠が二つあるのだから、その珠を二つともぶつければ如何にスクナとはいえただでは済むまい。

 普通の珠ですら竜神を滅する事ができたのであるし。

 

 だがその場合、かなりの確率であの肩にいる姉ちゃんも巻き込まれてしまうのだ。

 流石にそれはムゴイし、(色んな意味で)惜しい。

 

 何せ対象がデカければデカいほど込めるイメージは強化せねばならないし、手を抜けばエラい目に合う。

 

 下手に手加減したとすれば、最悪弾き返されかねない。その場合はこっちが『滅』んでしまうのだ。それは御免蒙る。

 

 

 それに……迂闊にそんな事をすれば“この世界”で目立ち過ぎる。

 

 十代のアンポちゃんの時ならヒーロー願望があるからやっちまったりするかもしれないが、流石に今の精神年齢ではその危険さは理解できてしまう。

 

 即ち、一撃で鬼神を滅ぼせてしまう力を持つ者がいる——という事実が、世に出てしまうのだ。

 

 

 “あの世界”なら兎も角、“こっちの世界”では拙過ぎる。

 

 

 いっそ自分の霊波刀を『強』『化』して叩っ斬っちまうか?

 

 等とテキトーな手に意識が傾きかかった時、

 

 

 「あ、あのっ!! 無茶はしないでくださいね!!

  僕の生徒も来てくれるそうですから!!」

 

 

 ネギが横島を心配してそう声をかけてきた。

 

 さっきまで石化が進行していたネギであるが、今は完全に癒えていて元気そうだ。

 尤も、魔力が尽き掛けているので戦力外。

 それでも苦しさより、人を心配する想いの方が強いようだ。

 

 

 ——は? 女の子が来て何になるんだ?

 

 

 しかし横島はその女の子がどういう少女か解っていない。

 

 この子供の生徒というのなら女生徒。女子中学生だ。そんな子が来て何になるというのか?

 

 だからネギの言葉に首をかしげていると、

 

 

 『ただの女じゃねぇぜ!?

  その名もエヴァンジェリン=アタナシア=キティ=マクダウェル!!

  かの有名な悪の大魔法使いにして真祖の吸血鬼だぜ!!』

 

 

 とカモがネギの言葉を補足した。

 

 その言葉に、横島は眉間に皺を寄せてしまう。

 

 

 何しろ横島にとって、吸血鬼とは強敵ではあるもののヌケ作の代名詞でもあるのだ。

 

 それに真祖の吸血鬼という存在で彼が知っているのは十三世紀で思考が停止しているアホ伯爵。

 その息子にしても妙に蚤の心臓であるしナルシス入ったヘタレだ。

 

 何をどう信用すればよいのやら……

 

 

 ——あぁ、でも信長のフリしてた吸血鬼がいたっけ?

 

 

 ああ言う手合いかもしれない。

 何せ悪の魔法使いとか言ってるし。

 

 でも、アレもなぁ……

 

 

 「信用……できるのか?」

 

 

 流石にそーゆー手合いに任せるのは心配だ。

 

 だから後ろにそう問いかけた。

 

 

 「はい!!」

 

 

 だが返って来たのは真にストレートな返事。

 

 そこには一片の疑いの色も無い。

 

 

 自分の知っているダンピール同級生と同じタイプなのか? と、一応の納得をする横島。

 

 それに、彼らがそこまで大丈夫だと言い切れるのだからそれなり以上の実力があるのに間違いはない。

 

 考えて見れば自分はあのアホ伯爵を基準に置いているではないか。それは根本から間違っているのだろう。

 

 オコジョだかノロイだか知らないが、あの小動物が言っていた名前からして何か強そうだ。

 あのブラドーだかべラボーだかよく解らないアホ伯爵のような名ではなく、何だか人型決戦兵器のようではないか。名前からして暴走されそうな気がしないでもないが。

 

 

 だったら——

 

 

 ニタリ……

 

 

 横島は、その名のように邪な笑みを浮かべた。

 

 

 右手に一つ。

 

 左手に一つ。

 

 

 無意識下に沈めておいた特製の珠を取り出し、イメージを込める。

 

 この珠を生成したのは目の前のスクナの魔力。

 

 その莫大な魔力を押し固めて作られているそれは、通常の“それ”なんぞ比べ物にならない。

 

 だから彼のあまりと言えばあまりに強力過ぎるイメージの全てを再現できるであろう。

 

 

 いや、“再現し尽くせる”だろう。

 

 

 瞼を閉じ、意識を集中。

 

 目の前にいる鬼神は無視。

 

 その姿形も無視。

 

 

 その形状を微妙過ぎる形へ——

 

 つーか人として明らかに道を間違った思考の果てのモノへと変換させて集中する。

 

 

 「うわ……」

 

 「な、何だ? この波動は……?」

 

 

 明日菜と刹那はそのリビド……もとい、謎の氣に押されていた。

 

 反してカモは、

 

 

 『ス、スゲェ……ただモンじゃねぇ……』

 

 と、何かよく見知った波動(パトス)に感心頻り。

 

 

 そんな目で見守られていた横島の手がス……と動き、目を瞑ったまま“それ”を投げた。

 

 

 千草はびくっと体を硬直させて身を竦ませるが、その投げられたモノは大きく鬼神を外れ、ポチャポチャンと軽い音を立ててその体躯の左右に落下してしまう。

 

 

 「外れた——っ!?」

 

 「ノーコンっ!?」

 

 

 何をしようとしていたのかは知らないが、投擲された物が思いっきり外れた事にネギと明日菜が叫び声をあげた。

 

 千草も未だ怯えを残してはいたが、外れたのが解ると安堵のため息と共にスクナの肩に手を付いてしまう。

 

 

 そう、外したのではないと理解できる者はこの場にいなかった。

 

 

 バシッ!!

 

 

 「え?」

 

 「なっ!?」

 

 

 スクナの全身。そして千草の体に電気に似たものがまとわり付き、その行動の全てを奪う。

 

 いくら力を込めようにも、幾ら足掻こうにも指先一つ動かない。

 

 

 「く……ぁ……っ!?

  ウチどころか、スクナまで……一体何が……」

 

 

 どう抗おうにも抗えない。

 

 レジストしようにも、そもそも術ではないのでレジストできない。

 

 魔法とほぼ同じ特性をもつ<技>。

 

 そんなものに抗う術など持ち合わせている訳がない。

 

 

 「鬼……い……だ」  

 

 

 そして横島は呟く。

 

 必死こいて呟き続ける。

 

 

 「あれは鬼じゃない。鬼神じゃない」

 

 

 完全に目を瞑り、妄想の眼で凝視しているのは偽りの鬼神。

 幻想の彼方の虚像の相手。

 

 鬼神本人(?)を前にして、彼はその対象を全く違う存在へと妄想可変させてゆく。

 

 想像を絶する煩悩の集中力だ。

 

 

 「オレの前にいるのは鬼娘。

 

  腕が四本あるけど、ロングヘアーの鬼娘!!

 

  ぼっきゅっぼんっのエエ女ぁっ!!」

 

 

 エロスで霊能覚醒した男は伊達ではない。

 

 たちまちの内に妄想が大きく膨らんで組み上がり、おどおどろしい鬼神は何故か体操服にスカート、杯を持っ胸の大きい鬼娘の姿を確立させた。

 

 そしてその妄想は現実を侵食する。

 

 更に技を強める為に行われている現実逃避と超強力な自己暗示により底力を引きずり出し、それによって彼の心の力を発動させた。

 

 

 昔、月で邪竜と戦ったおり、彼とその雇い主は二手に分かれて珠を使用した。

 

 これは珠を投げつけても回避されるであろう事を読んだ雇い主の策で、呪縛するという意味を『糸』と『専』の二つに分けて件の邪竜を間に挟み、足りない分の『`』に見立てて発動させたのである。

 

 

 そしてこれはその応用。

 

 

 イメージをずっと強化。

 ガキの時と違い、今は縛り付けるという意味(、、、、、、、、、、)をよく知っている。

 

 だから超強化された珠の力を持ってその『糸』『`』『専』は横島の超絶なる煩悩イメージを完全に再現させてゆく。

 

 

 「ひゃ!? ひゃあぁあああっ!?」

 

 

 千草が悲鳴を上げて逃れようとするがどうする事も出来ない。

 

 

 「う……わぁ……」

 

 「……えと……」

 

 

 呆然と見上げている明日菜とネギも言葉を失ってゆく。

 

 

 「何やの〜? せっちゃん見えへん〜」

 

 「見てはいけません!!」

 

 

 見ようとする木乃香の眼を手で塞ぎつつ、刹那も顔を赤くしてそれを見てしまっていた。

 

 

 おぉ、何と言う事だろう。

 左右から挟み込んだ珠は、完全のスクナと千草の身を霊気で封じ込めているではないか。

 

 

 嗚呼、何と言う事だろう。

 半物質化したそれは、明確なロープとなってその身にまとわりついている。

 

 

 あっという間もなく、その手は合掌の形に背面で固定され、千草の左右の胸は三角に通されたロープによって強調されていて、足は胡坐を組む形で固定されてしまった。

 

 

 

 背 面 合 掌 胡 坐 縛 り。

 

 かなり難易度が高く、尚且つ縛られる側の体が柔らかくなければ苦痛を伴う恐るべき縛りの技が発現されていたのである。

 

 

 そしてスクナすら同じ様に謎の力で捕縛されていた。

 

 ただし、こちらは一対の手だけが背面で、後は上方と胸の前。変則合掌での胡坐縛り。

 はっきり言って、しびれも憧れもできないが正しく匠の技である。

 

 

 

 だけど、いくら匠の技とはいえ技の名前が解らなくとも未成年のボクちゃんたちや嬢ちゃんたちはネット調べたりしちゃだめだぞ? 

 ましてやお父さんやお母さんに聞くなどもっての他だ。

 間違っても良い子の皆はそんな事をしたりしてはいけないぞ? おねーさんとの約束だ!

 

 

 

 ……等とイロンナ防御壁を作っている横で、横島は感慨深く出来具合を確認していた。

 

 思い出されるのはボーヤだったあの時代。

 焦りとか、経験不足とかでイマイチ実力を出し切れなかった若い時代の記憶。

 

 “あの時”はガキだった。

 

 つーか、桜ん坊だった。

 

 だから相手を呪縛するというヘタレなイメージしか込められなかったのだ。

 

 

 しか——しっ!! 今は違う!!

 

 数多の経験は彼を強く逞しく、激しくベクトルが明後日である気がしないでもないが、とりあえずは鍛え上げられている!!

 

 要するに強くイメージできるもの、主に煩悩関係の方向にスライドすれば、そのイメージはミラクルなパワーで込められる事に彼は気付いていたのである。

 

 しかし、当然ながら美女美少女以外にそんな妄想を持つ事は不可能!

 

 だからスクナの外見をガン無視し、絶大膨張させた妄想の中のスクナギャル(仮称)をそーゆー目に遭わせ、その練りに練り上げたイメージを解放したのである。

 

 心の目と妄想力によって巨大鬼が“見えない”横島は、千草の姿“だけ”を見て出来具合を再確認し、

 

 

 「どーじゃっ!! 神技 OGRE SIX(鬼6)!!

  このオレの恐ろしさを思い知るがいい!!」

 

 

 と、満足げに高笑いを上げた。

 

 

 

 確かに恐ろしい男である。

 

 

 

 イロンナ意味で——

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ス、スゲェぜ兄さん!!! そこにしびれる! 憧れるぅっ!!』

 

 

 いや、そんな彼を滂沱の涙で見つめている者が一人いた。

 

 つーか、一匹。

 

 言うまでも無い。カモである。

 

 

 「ふ……この程度でそこまで感心されては……な」

 

 

 右掌を上にしてその指先を額に当て、左手を腰に置いて身をひねり、ナゾのジョジョ立ちを意味もなく極めた横島は、フー……と溜息をついて余裕を見せる。

 

 

 『この程度!?

  アンタは神!? 神なのか!?』

 

 

 呆気に取られる面々の様子をよそに、カモは拳(前足?)をぷるぷる震わせて驚きを深めてしまう。

 

 しゃなり、スチャッ! とポーズを極めた横島は、そんなカモに肩をすくめてヤレヤレというジェスチャーすら余裕で見せていた。

 

 

 言うまでもなく、感涙しているカモにネギや少女らはついて行けない。

 というか、時折上から聞こえてくる、

 

 

 「く……ぁあぁぁぁっ く、苦し……何や、こ、これ……」

 

 

 という何だか熱い千草の吐息のような声が気になってしょうがないのだ。

 

 

 ぶっちゃけ彼女は、ここでは表現が果てしなく難しい姿で悶えている。

 

 煩悩に掛けては天界魔界でも一目置かれている横島の技だ。

 その刺激を施す絶妙さは筆舌に尽くしがたい。

 

 明日菜や刹那は勿論、幼馴染の目隠しから逃れた木乃香らオコチャマ連中も顔を真っ赤にしていた。

 だが、何だか目が離せないのはやはり思春期故の好奇心からか。

 

 

 「ふははははははははは……

  その鬼神から奪った霊力……もといっ、魔力でもって紡ぎあげた霊縄の味はどうだ?!

 

  フツーの縄と違って痕も残らんし、死ぬほど苦しくもないハズ!! つか、気持ちよくね?」

 

 

 そうイメージを込めたからな。と、そんな千草にとんでもない事実を告げて言葉責めを行い、更に霊力を上げる変態…いや、横島。

 

 事実、彼は女子供をいたぶる趣味は持ち合わせていない。

 

 いや確かに敵なれば攻撃もできようが、どこまでも甘い彼は拷問などは不可能な話なのである。

 

 だから彼のこーゆー技は苦しい事は苦しかろうが、それ以上の事にはならないのである。決して。

 

 

 「ちょ、ちょっと!! 何をするつもりなの!?」

 

 

 しかし、流石に同性として見かねたのだろう、明日菜が前に出て問いかけた。

 

 その声にあっさりと振り向き、何言ってんの? とお面をつけたまま首をかしげる横島。

 

 

 「え? そりゃ尋問だけど?」

 

 「尋問〜?」

 

 

 拷問じゃないの〜? という明日菜の疑いの眼差しを射抜かれつつ、その痛みによろけながらも踏ん張って耐える。

 

 何と言うか、こんな美少女にそーゆー目で見られるのは痛過ぎるのだ。

 

 尚且つ彼女には妙なシンパシーというかデジャヴュを感じるのだ。彼が絶対に逆らえない者の一人である元雇い主に似てるような似てないようなという……

 

 

 「あ、あのな……あの姉ちゃん、やり方が強引過ぎるだろ?

  いくらこんなモンを復活させて力を得たっつーても所詮は一体だぞ?

 

  それに西の長の娘であり、東の理事の孫娘である木乃香ちゃんを誘拐した。

  それもコントロール兼、人質にするっちゅー非道かましてまで。

 

  フツーだったらそんな騒動起こしたら、裏の関係者がこぞって止めに来るだろ?

  特に西の連中は責任とる為にモノごっつい奴らで止めに来るハズ。  

  そんな事くらいすぐ解る筈だろ?」

 

 「え……? そ、そーかな……?」

 

 

 横島にそう諭されるが、今一魔法界に詳しくない明日菜は刹那の方を見て助けを請う。

 

 流石に木乃香はさっぱり解っていないようだが、当然の如く刹那は理解しているのでコクリと小さく頷いて肯定を見せた。

 

 何せ内輪もめで魔法の秘匿が蔑ろにしたというのなら、メンツ丸潰れなのだ。

 

 そんな歩く恥の証明をほったらかしにする訳ゃないのである。

 

 

 「こんな事件おっ始めたら実力ある奴らがわんさと動いて、とっとと止めに掛かるだろ?

  流石にこんな秘匿もヘッタクレも無いバカかましたら京都中の情報規制せにゃならん。

  そうなったら組織の危機だぞ? 協会がどーたらじゃ済まんハズだ。

  いくら穏健派でもジジイだって騒動鎮圧に乗り出さにゃならん。

  そしたら裏の超有名人らしい高畑さんも出張って来てエラい事になるぞ?」

 

 「い゛っ?! 高畑先生って魔法関係者だったの!?」

 

 

 知らんかったんかいっ!? と思っても後の祭り。

 

 その驚き具合から、木乃香は兎も角、明日菜も知らなかったようだ。

 

 

 『ヤベっ 言っちまったよ……』

 

 

 等と顔を青くしてたり。

 

 

 「と、とにかく、

  そーゆー訳だから、あの姉ちゃんだってそんくらいの事は解ってる筈なんだ」

 

 

 だけど“やった”。

 

 

 その程度の事は解っている筈なのに。

 

 前回の戦争から然程経っておらず、その件で西洋魔法に対して恨みを持っている千草が理解できない筈がないというのに……

 

 「あの姉ちゃんだってホントなら(、、、、、)知ってる筈だ。

  どんな力を持てたとしてもたった一人じゃなんもできん事は解ってる筈。

  でも、自信満々にやってた。

  何かに唆されなきゃ、誰かに思考とかを誘導されなきゃこんな事する訳ゃねぇんだ」

 

 「よ、よく解んないけど……騙されたって事?」

 

 「大雑把に言やぁな」

 

 

 明日菜のオバカさん具合に、人狼族のアホ弟子を思い出しつつ頷く。

 

 その所為で気が緩んだのだろう、

 

  

 「兎も角、オレがあの姉ちゃんの口を割らせて背後喋らせたら……

  そんで自白した事にすれば罪一等を減じられるかもしんねーし」

 

 

 と思わず本音がポロリと出た。

 

 その呟きに明日菜も刹那もギョッとする。

 

 言うまでも無く、アレだけの事をしでかした千草に対して情けを掛けようとしていたからだ。

 

 無論、二人とて彼女に対して怒りも持っているし、それなりの憤りもある。

 だからと言って殺す気はないものの、それでも簡単に許す気はない。

 

 だが、そんな彼女にあっさりと情けを掛けようとしているのは……

 

 

 やはり、横島忠夫。

 甘い男なのである。

 

 

 兎も角、どことなく見直すような眼差しに気付いた彼は、居心地の悪さも手伝って千草に目を戻し、心の動揺を見せまいとしたのであるが・・・・・・

 

 

 「『おぉうっ!?』」

 

 

 その千草は……何と言うか色っぽさが増していた。

 

 

 横島とカモは二人同時に拳をぐっと握りしめ手前に引く。

 

 何とも見事なほどに思考が同じベクトルに傾いていた。

 

 この時点で彼へのイメージはまた急降下である。

 

 

 それもそのはずで、先程まで漂わせていた悪の首魁然とした空気はすぽーんと消え去り、横島が固めた妄想通りに痛みだけではないという“問題”もあって、彼女の顔は羞恥やらイロイロでうっすらと桃色に染まって『ドコのエロゲキャラ?』的な空気の只中にいる。

 

 そして着物は汗でしっとりと濡れ、

 元から大きく開いている胸元は霊縄によってさらに大きく開き、大人の女性の滑らかさを露にし、

 

 無理やり胡坐をかかされた為、裾が肌蹴て太ももはむき出し。

 スクナの肩が邪魔してギリギリで脚の付け根とかそーゆートコが見えないが、逆にそれが妄想を駆り立てる。

 

 二人(一人と一匹)からして……とゆーか、世のバカ男どもにとってベラボーにベラボーなナイス光景がそこにあったのだ。

 

 

 「あ、く、ンん……ぉ、お助け……」

 

 

 流石に彼女とてかかる状況での逆転劇は毛の先程も思いつかない。だからという訳でもなかろうがそう弱音が漏れた。

 

 

 しかし、それは完璧かつ徹底的に逆効果だ。

 

 何せその声は吐息のような呟きは、どこか甘く熱かったのだから。

 

 

 『へ、へへ……兄さん、あのアマあんな事言ってヤスぜ?』

 

 

 鼻血をブーッと噴きつつ、カモが妙に似合ったチンピラ口調で横島に言う。

 

 

 「ふふふふふ……やっぱ甘ぇな姉ちゃん。

  アンタにゃあ、イロイロ歌ってもらわなきゃならんのでな……可哀想だが我慢してもらうぜ。

  な〜に、心配しなくていい。(じき)に自分から『してぇ』って口にするだろうしな」

 

 

 くくく……と含み笑いで持って堪える横島は正に悪人(更に時代劇風味)。

 

 千草は——

 いや、明日菜や刹那ですら生理的な恐怖を感じてしまう程、その言葉には妙な恐怖が篭っていた。

 

 実際にされる側であろう、千草の恐怖とは如何なるものやら。

 

 

 「そ……んな、せ、せめて西洋の魔法とかで心読んだらええやん……」

 

 

 何だか痛みとか苦しみとが紙一重を越えてしまいそーになりつつも、何とか自我を保てる手段を横島に伝える千草。

 

 まぁ、確かに東西問わず読心術というものは存在するし、ネギですらある程度は使う事ができる。

 横島の身の潔白を証明したのもその魔法であるが、

 

 

 「もっと良い方法もあるが……使ってやらん!!」

 

 

 彼にそんな気は更々無かった。

 

 ぶっちゃけ“珠”を使えばアッサリと解る事なのだが……そんなアッサリ事実なんか知っても面白くないんだもんっ!!

 

 

 「サ、サディスト〜〜っ!!」

 

 

 泣きが入るが、霊力減退中の横島は単なる煩悩男。よって馬耳東風。

 つーか、そんな泣き声をかませばテンションが上がるだけだ。

 

 女を泣かせないとか言ってたポリシーはどうなったと問いたい。

 

 

 「あれは直に悦びの声となるから良いのだ!」

 

 

 ——さいですか……

 

 

 兎も角、何故か引き抜いたベルトを二つ折りにしてパシンパシンと鳴らしつつにじり寄る横島。

 

 ノリに乗ったカモも、何だか怪奇なパピヨンマスクをつけてひほほと奇怪な笑い声を漏らしながらローソクを手にしている。

 

 女性主観生理的嫌悪もハンパではなく、その怖気のあまりに千草の意識が飛びそうになるが、ギリギリと絞まってくる霊縄がそれすら許してくれない。

 

 おまけに何だかちょっとイイかも……なんて気に呑まれかかってたりしているではないか。

 

 

 オコサマ連中は顔を真っ赤にしていて当てにはならないし、頼みの綱である仲間の月詠や小太郎もいない。

 あの新入りも一撃で吹っ飛ばされている。

 

 

 『アレ? ひょっとしてウチの貞操、絶体絶命?』

 

 

 等と今更ながらその状況に気が付いた。いや、現実逃避をしてただけかもしれない。

 

 

 グ ル ル ル ル ル ル ル ル ル………♪

 

 

 何だか足元のスクナすらミョーな声で唸っているよーな気がするし……

 

 

 「み、見えてへんっ!! 聞こえてへんっ!!」

 

 

 そんなスクナの声やイヤ過ぎる顔を目に入れかけてしまい、横島は頭を振って現実から眼を背ける。

 

 その上、よくもそんな気色く悪い声聞かせやがったなと千草に八つ当たりをかます。

 

 

 「ひぃいい〜〜っ!! 言い掛かりやぁ〜〜っ!!」

 

 

 あぁ、悪事に手を染めたとは言え女を捨てた憶えは無い千草。

 

 このまま毒牙に掛かりまくって明日には横島を御主人様☆とか呼んでしまうのであろうか?

 

 

 「性義……もといっ、正義の怒りを思い知れ——っ!!」

 

 

 先程まで見せていた情けを完璧且つ徹底的に台無しにし、謎の声を張り上げて気色満々に飛びかかろうとした横島。

 

 血圧アップでテンションアップ。

 

 更に“邪”さもドドンとアップだ!

 

 

 だがしかし、

 

 

 

 

 ガシッ!!

 

 

 

 

 年齢制限という趣旨にガン無視かまそうとした横島のチャレンジ行為は、

 

 文字通り、意外に所から現れた意外な“救いの手”によって阻まれてしまった。

 

 

 

 「あれ?」

 

 

 

 何と彼の影から細い腕が伸び、彼の手を万力のような力で掴み止めたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ウチのぼーやが世話になったようだな?」

 

 「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 THE 勘違い。

 

 

 

 

 ドカンッ!!!

 

 

 その衝撃。

 

 『怒』『母』に劣るとはいえ凄まじかった。

 

 瞬間、衝撃を纏ったその拳は横島の身体を小石のように弾き飛ばし、水面に身体をガンガン叩きつけられつつ水切りの石のように回転しなからふっ飛んで行く。

 

 まさかのシーン焼き直しである。

 

 

 「うぼぉ——……っ!? ……あべしっ!!」

 

 

 先程自分がやったように、銀髪の少年同様、スクナの身体に叩きつけられ、そのままボチャリと水面に落下。

 何だかゴキブリを叩き潰したようなイヤンな音までしていた。

 

 

 ずるり…と影から現れて暴挙を行った“もの”。

 

 少女の姿をした“魔”。

 

 それは——

 

 

 「あ、貴女は……」

 

 

 突如として彼の影から現れたのは、シックな黒のナイトドレスを着用した金髪の少女・・・・・・誰あろう、今しがた話の出たエヴァンジェリンその人だった。

 

 

 「ふん……」

 

 

 妙に手ごたえが無かった所為だろうか?

 つーか、相手が何だか殴られ慣れ過ぎていた為か、はたまた倒してしまって興味を失ったのか、彼女は鼻先で笑いつつ呆気にとられているネギの方へと顔を向ける。

 

 

 その魔力。

 その波動。

 

 未だ完全には封印は解けてはいないが、以前の悪の魔法使いの呼び名に相応しい王者のそれがある。

 

 

 彼女は何とか呪いを誤魔化すウラワザが成功したので、影を使って転移してきたのだ。

 

 

 何せ焦っていたので状況を完全には把握できなかったから、邪悪な気配を放っていた存在を見てとりあえずぶん殴ったのである。

 

 

 「無事か? ぼーや」

 

 

 何だかんだで心配していたのだろうか、エヴァは真っ先にネギの様子に目を向けた。

 

 その声にハッとして再起動を果たしたネギであったが、流石に今の行動にはどう声を返してよいやら解らない。

 彼がそうなのだから、明日菜もそうである。

 

 

 「え、えと、あの、エヴァちゃん……?」

 

 「フ……これで貸し借りはナシだぞ?」

 

 「い、いやそーじゃなくて……」

 

 

 説明しようにもどう言えばよいのやら。

 明日菜がそううろたえている間に、エヴァは空に舞い上がった。

 

 

 「−マスター。ターゲットは結界に包む前に何らかの力によって拘束されています」

 

 「の、ようだな。しかし……何だこれは?」

 

 

 空中では彼女の従者である茶々丸が対戦車ライフルに似た大型火器を携えて彼女を待っている。

 

 その両足の脹脛から姿勢制御バーニアのようなものがあり、どうやら飛行能力すら標準装備しているようだ。

 

 

 「−……不明です。

  キルリアン反応はありますが、氣や魔法の類の波長がありません」

 

 「ほう……?」

 

 

 その茶々丸のセンサーをもってしても正体の解らぬ力。

 

 それによって鬼神は捕えられているのだ。術者ごと。

 

 

 尚且つ、

 

 

 「む? 背面合掌胡坐縛り……か。

  一分の隙も無い見事なものだな。一体何者の仕業だ?」

 

 

 流石にエヴァンジェリン。伊達に長生きをしていないようでこの縛りを知っている。

 ただ、女子中学生という立場なのだから補導員に出頭する事をお勧めしたい。

 

 とは言え、幾ら霊縄とはいえ素人目から見ても遊びの部分が無い、匠の縛りなのだから眼を見張ってしまうと言うもの。

 

 

 しかしその縛りに対する感心は直に眉間に皺を寄せる事で霧散した。

 

 

 「しかし……何だあの面は? 見るに耐えれん」

 

 

 伝説の鬼神とやらは、その縛りを受けて何だかとろけたような顔をしているではないか。

 

 自分がここに来る前までに何が遭ったか解らぬし、あの“怪人”が何をしようとしていたのかは不明である。

 

 しかし、アレは吹っ飛ばしたのであるから、未だコレに拘束状態が続いているのは別の理由だと考えた方が良いだろう。

 

 初見であるエヴァが、単に持続時間内だと知るはずもないし。

 

 

 そんな彼女の頭に浮かんだのは、コレに封印を掛けた人物の事。

 

 そう言えば自分に呪いを掛けた者と同じ英雄ナギだと聞いた気がする。

 

 となると、やはり自分同様に訳の解らぬハズカシー封印が掛けられているのではなかろうか? いやきっとそうに違いない。

 

 あの男の事だ。中途半端に封印が解けたらSMチックに縛るくらいのトラップは仕掛けてあるに違いない。ふざけまくった奴だったし。

 

 

 「……おのれナギめ」

 

 

 人事とは思えない有り様に、何だかギリリと歯を鳴らして見たり。

 

 勘違いによって更に恨まれている男。ナギ=スプリングフィールド。横島同様に罪深い男である。

 

 

 「せめてもの情けだ。

  私の魔法で屠ってやろう」

 

 

 伝説の鬼神が縛られて悦ぶなんぞ可哀想過ぎるではないか。 

 

 だから最期くらい華々しく散らせてやろう。

 

 悪としての礼儀でもって。

 

 

 「え? あ、あのちょっと、ウチもおるねんけど……」

 

 「Lic lac la lac lilac

  契約に従い 我に従え 氷の女王」

 

 「あぁ〜〜っ! き、聞いとくれやす〜〜っ!!」

 

 

 千草の声は本当に耳に入っておらず、エヴァはその強力な術を紡ぎ上げて行く。

 

 

 「来たれ! とこしえのやみ! えいえんのひょうが!」

 

 

 瞬間的にスクナの周囲が凍りつき、その氷によってスクナの巨体が押し潰されて行く。

 

 押し潰しつつ温度が急激に下降。

 氷すら凍り潰れる大零下がスクナを襲う。

 

 ほぼ絶対零度。

 150フィートの範囲を完全凍結する殲滅呪文。

 

 エヴァンジェリンの黄金期、好んで使用していた古典ギリシャ語系魔法が一つだ。

 

 如何な伝説の鬼神、リョウメンスクナとはいえ防ぐは敵うまい。拘束されてるし。

 

 

 「あ、ひぃいいいいっ!?」

 

 

 当然ながら千草もそれに巻き込まれかかっていたりする。

 

 ——が、

 

 

 ヒュッ カツンッ!!

 

 

 何かが投げ付けられた瞬間、彼女の周囲の温度だけが下降を停止。

 何かに『護』られるかのように絶対零度の息吹は彼女に纏わりつかなくなった。

 

 

 直後、

 

 

 「ΚΟΣΜΙΚΗ`(おわる) ΚΑΤΑΣΡΟΦΗ'(せかい)

 

 

 スクナそのものが瞬間氷結し、

 

 

 

 「砕けろ」

 

 

 

 芯まで凍り付いた鬼神は完全な氷塊と化し、ついには自重に負けたか大きく裂けて砕け散り、氷片となって湖面に散らばっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『終わった……みたいやね』

 

 「そう、みたいアルな」

 

 

 古の頭上、数センチのところで鉄扇に止められている得物。

 だが、鳩尾ギリギリにはもう片方のトンファーが止まっている。

 

 狐面の方も、首筋ギリギリで鉄扇をかわしてはいるが、その踏み込みによって古の膝が入りかかっていた。

 

 

 『もうちょっとやったに……残念やわぁ』

 

 「ん〜 でも、相打ちだたみたいアルね。

  私の氣の練り具合の方が甘かたヨ」

 

 「謙遜せんでええわ。ウチかて最期の方は本気やったしな。

  ほれに鳩尾を囮にして誘うや、ふつー思わへんわ。

  でもまぁ……」

 

 

 つい…と二人して距離を取って得物を降ろした。

 

 少しだけ残念ではあるが、こういったものは腹八分目も良いものである。

 

 終了を告げた山に同時に目を向け、何だか唐突に沁みてきた妙な虚脱感に口元を緩めて、またお互いの顔に眼を戻した。

 

 

 『決着は……また今度にしよか』

 

 「そうアルな。

  ちょと残念アルが……でも、感謝感激ヨ」

 

 『こっちもや』

 

 

 見れば巨体の鬼や烏族の剣士も真名や詠春に礼を言っている。

 

 実際、千草の妙な召喚によって手足を縮めさせられるような戦いを強いられたのだ。

 全力で戦わせてもらえたのだから感謝もしようというもの。

 

 

 百体以上呼び出されたというのに、残り数体。

 

 如何に戦いが激しかったか解ると言うものだ。

 

 

 何が面白いのやら、その激戦の跡を眺めつつクスクス笑うと、狐面は古に背を向けて仲間に向かってゆく。

 

 

 『ホンマ、面白かったわ。

  “今度”はちゃんと殺合おな?』

 

 「望むところネ」

 

 

 振り返らずとも親指を立てているのが解る。

 

 それが解るからこそ、狐面も手を軽く振るだけ。

 

 

 『ありがとな。

  あ、そん代わりに男の堕とし方教えたるわ。

  もー速効でメロメロになんで?』

 

 「それは……期待するアルよ」

 

 

 あははと二人声に出して笑う。

 

 敵同士だったのに、どういう訳か空気が合う。

 

 恰も久方ぶりの懇談を終えた旧友であるかのように。

 

 

 最初は普通に戦い合っていたと言うのに、後半からはギリギリの殴り合い。

 

 肉を斬らせて肉を断つ、骨を砕かせ骨を砕く、パンクラチオンの態があった。

 

 しかし困った事に“それ”が面白い。

 困った事に楽しかったのだ。

 

 実際、根っ子の方では似た者同士だったのかもしれない。

 

 どちらがどちらに似ているかは知らないが。

 

 

 『次までに女磨いときや? まだまだお子ちゃま過ぎんで』

 

 「余計なお世話アル!」

 

 

 だからか別れの雰囲気は無く、殴りあった直後なのに棘も無く、

 

 

 

 『ほな、またな』

 

 「再見」

 

 

 

 女二人は極自然に、背中合わせのまま再会を誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おや? 

  終わったようでござるな」

 

 「みたいやな……」

 

 

 流石に霊力によって氣の密度を高められている十五人の分身と本体による十六人攻撃を相手にしたのだ。

 流石の小太郎も抵抗のての字も出せず地に伏していた。

 

 おまけに楓は全力ではあるが本気では無かったのだ。負けを認める他はあるまい。

 

 

 それでも、

 

 

 「随分とスッキリした顔でござるな?」

 

 「悪いか?」

 

 「いや。先程の追い詰められた顔よりは何倍も可愛らしいでござるよ?」

 

 

 うっさいわっ!! 男に可愛いや言うな!! と文句を言いつつ、楓の差し出した手をとって立ち上がる。

 

 背中に着いた草の葉を叩いて落としている小太郎の顔は、なるほど楓の言うとおりかなり落ち着いていた。

 

 けっこういいのをもらって痛むであろうに、それに関しては文句も無い。

 

 と言うより、相手をする事によって怒ってもらったのを喜んでいる節もある。

 

 

 『ああ 何だかんだ言って、この坊主も意に沿わなかったのでござろうな……』

 

 

 確かに西洋魔法使いに一泡ふかせるという目的も大きかったかもしれないが、それに対して木乃香という女の子を“使う”。その事が引っ掛かり続けていたのだろう。

 

 その箍を外したのが、自分とほぼ同じ力を持つネギとの戦い。

 

 そして、

 

 

 『横島殿の与えた恐怖だったのかもしれないでござるなぁ……

 

  全くあの御仁は……』

 

 

 そう口内で呟き、口元に楽しげな笑みを浮かべる。

 

 

 「何や? どうかしたんか?」

 

 「いや、なんでもないでござるよ」

 

 

 山から吹き降ろされてくる冷気にふと目を山に戻す。

 

 何だかよく解らないが、季節感を無視した冬の山風のようだ。

 

 

 「ふむ……?

  拙者は横島殿のところ……もとい、このかの所に向うでござるが、おぬしはどうするでござる?」

 

 「見逃す言うんか? そんな情けはいらんわ。けじめはくらいつけるわい。

  大人しゅうお山に行くわ」

 

 

 楓としてはこのまま見逃してよかったのであるが、本人がこう言っているのだからその意志を汲む事にした。

 

 

 「ん……? そー言えばリーダーは何処に?」

 

 「は? リーダー?」

 

 

 きょとんとする小太郎を他所に、楓は周囲をキョロキョロと見回して夕映の姿を探す。

 

 何というか……戦いに熱中し過ぎて彼女の事をすぽーんと忘れていたようである。

 

 

 「えと……あっ」

 

 

 幸い、直に見つける事ができた。

 

 

 「リーダー」

 

 「あ……楓さん」

 

 

 夕映は一人木立の中、月を見上げてボ〜っとしていたのである。

 

 裸足で浴衣姿。

 そんな姿でまだどこか肌寒い桜吹雪の中、美少女がもの憂げに佇んでいるのは中々良い構図だ。

 

 楓も一瞬ほぅ……と目を見張ってしまうほどに。

 

 

 「コイツがリーダー? 何でやねん」

 

 

 オコサマである小太郎は兎も角としてだ。

 

 

 「……あぁ、終わったですか?」

 

 「うん、まぁ、そうでござるが……如何いたしたでござる?」

 

 

 こちらを向いた夕映の眼は未だ夢心地。

 流石の楓もちょっと焦る。

 

 そんな彼女の想いを他所に、夕映はフ…と陰を落とした笑みを浮かべ、

 

 

 「時うどん……」

 

 「は?」

 

 

 溜め息をつくような声でそう零した。

 

 

 「柳家の伝統的なネタの一つです。

  関西の方にも解り易く、尚且つオチまでが近くて掴みのポイントが多い演目として私なりに選んだです」

 

 「はぁ…?」

 

 

 時うどん。

 

 上方落語での<時そば>の事だ。

 

 確かにオチが解りやすいし、関西弁での使いまわしもかなり面白いが、何故にこんな場所で古典落語なのだろうか?

 

 

 だが、ミョーにイイ汗をかいている夕映はそんな疑問に気付いた風も無く、ドサクサで逃亡を果たした月詠の消えた方向に眼を向けたまま、

 

 

 「あれだけウケれば……満足です……」

  

 

 ありがとうです小○治師匠……等と感慨深げに訳が解らないコトで一人頭を下げていた。

 

 

 

 

 

 

 ——因みに、月詠は何か知らないモンに覚醒してしまったようである。

 

 

 

 

 

 

 

 「ふふん……ぼーや、小娘。

  見たか? 私のこの圧倒的な力。しかと目に焼き付けたか?」

 

 

 学園内においては完全に力を封じられているエヴァであるが、その本質は悪の大魔法使い。

 半封印状態でもこのくらいの事はできる。

 

 元々の地力が半端でない上に、相手が全く以って魔法に対して抵抗を見せていない事もあって易々とその身を砕いてしまった。

 

 

 「え、ええと……」

 

 「何とゆーか……」

 

 

 ネギにしても明日菜にしても、確かに今の魔法の凄まじさは理解できる。

 

 二人よりは長く裏に関わっている刹那にしても、今の魔法の凄さは解るのだが、何とゆーか……その直前の“鬼神縛り”と、怪人ぶん殴り事件と衝撃が立て続けに起こっているので呆れる方が大きかったりする。

 

 

 「いいか ぼーや。

  今回の事を私が暇な時にやってる日本のテレビゲームに例えるとだな、

  最初の方のダンジョンとかで死にかけてたら何故かボスキャラが助けに来てくれたようなものだ。

 

  次にこんな事が起こっても私の力は期待できんぞ。

  そこんとこをよく肝に命じて置けよ」

 

 

 次は無いぞ? という意味合いの念押しをするエヴァ。

 

 妙な例えではあるが、何となく納得できてしまうのは不思議である。

 

 しかしその言い様からすれば口が悪いだけの世話焼きのよう。

 

 結局、茶々丸が言っていたように単にネギが心配だっただけなのかもしれない。

 

 

 『……つーか、あの兄さんはドコに?』

 

 

 未だ冷たい空気の舞う湖面をぼんやりと見やりながらカモがそう呟いた。

 

 

 「うん? 誰の事だ」

 

 「いや、その……今さっきエヴァちゃんがぶっ飛ばしたヒトなんだけど……」

 

 「あぁ、あの奇怪な術者か。

  知らんぞ。死んだんじゃないのか?」

 

 

 明日菜の返答も殊更どーでもよさげに答えるエヴァ。

 

 だが、テキトーに言った死亡説に、ネギの顔色が更に悪くなった。

 

 

 「あ、あの……」

 

 「む? 何だぼーや。

  流石にキツそーだな。大丈ぶ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あの人、敵じゃないです……多分……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネギの言葉に、氷使いらしくコキン♪と、キレイに凍りつくエヴァ。

 

 そのまま視線を他の少女らに送ると、明日菜と刹那も微妙ながらコクリと頷きを見せていた。

 

 

 「うん。なんかあの人、ウチらを助けに来てくれたみたいやで?」

 

 

 木乃香もそうアッサリと答える。

 

 

 ひゅ〜〜〜………

 

 

 何とも言えない気まずく微妙な風が六人の間を吹き抜けてゆく。

 

 

 「……そう言えばジジイがお前らの護衛に男を一人付けているとか付けてないとか言ってよーな気がするな……」

 

 

 今さらであるが、近衛の言葉を思い出すエヴァ。

 

 

 余計に取り返しがつかない空気になってきた。

 

 

 あの時のエヴァは、何だかんだ言って茶々丸の言葉通りネギの事が心配だったようで、近衛のセリフをよく覚えていなかったりする。

 

 それに霊力が減少している横島は、女にとって……特に美女美少女にとっては邪悪と言えない事もない。

 悪の魔法使いであるエヴァから見てもサブイボが出るほどに。

 

 悪認定されるのも自業自得であるのだし。

 

 

 「う……」

 

 

 そんなどーしよーもない空気に耐えかねたのか、或いは体力の限界からかネギが遂に膝を尽き、倒れ伏してしまう。

 

 

 「ど、どどうした ぼーやっ!??」

 

 「ネギ先生!?」

 

 「ネギっ ちょちょちよっと!!」

 

 

 流石に夜中に魔法の全力使用をぶっ続け、移動魔法も限界で使用しまくり、少年の魔法を全力でレジストしたりすりゃあ過労もするだろう。

 

 エヴァも一応は焦った声を上げたのだか、どちらかというと自分がかましたウッカリの誤魔化しに近い。

 

 

 「皆無事かっ!?」

 

 「あ、お父様!」

 

 

 おっつけ皆も駆けつけては来たのだが、何とか怪我も無く無事なようだ。

 

 父親の元気な姿を見て、木乃香も涙ぐんで抱きついたりしている。

 

 その光景に刹那も思わずもらい泣きして目元を拭っていた。

 

 

 それを見て楓達はようやく、

 ようやく長い夜が終わろうと——

 

 

 「アレ? そーいえば老師はどこ行たアル?」

 

 「む? 言われてみれば姿が……」

 

 

 

 そうキョロキョロと彼の姿を探す二人。

 

 何となく目を逸らす明日菜や刹那がいたりするが気付いていないようだ。

 

 それよりも先に——

 

 

 「ぴぃ、ぴぃ、ぴぃいーっっ!」

 

 

 と切なげに鳴く大きな白鹿 かのこの姿が目に入り、その視線を追ってゆくと……

 

 

 その先にあったのは氷の山。

 

 スクナ“だった”氷の塊がぷかりと泉に浮いている。

 

 

 その中に——

 

 その透明な氷塊の中に一つ、ゴミみたいな物が混ざっている塊が浮いているのに気がついた。

 

 

 「あぁっ!? 老師ーっ!!??」

 

 「「「「「 え え —— っ っ ! ! ! ? ? ? 」」」」」

 

 

 そう横島は、なまはげスタイルで片腕を差し上げた不思議な格好のまま標本宜しくコチンコチンに凍り付いていたのである。

 

 

 「横島殿ーっ!! 何故にあのような御姿にーっ?!」

 

 「い、今助けに行くアル……って、冷たっっ この水、ムチャクチャ冷たいアル!?」

 

 『あー……氷結呪文の余波で凍りついてるしなぁ……』

 

 「って、やったのエヴァちゃんでしょー!?」

  

 「私か!? 私だけが悪いのか!?」

 

 「−大丈夫ですマスター。情状酌量の余地はあります」

 

 「そんなの後回してでよいでござるから、早く横島殿をーっ!!」

 

 「老師ぃーっっ!!」

 

 

 

 

 ……結局、見かねたエヴァ(つーか責任は彼女にあるのだし)が茶々丸に命じて氷柱封印状態の彼をサルベージしに行き、事無きを得たのであるが……

 それでも魔法氷結であった事と、使用術者が音にも聞こえたエヴァンジェリンだった為、無駄に頑丈で硬い氷となって救出に大変な時間と労力を裂いたという。

 

 ある意味自業自得であるが、おさぶい話であった。

 

 

 

 

 

 

 

 「……やっと魔法が使えるようになった……か」

 

 

 そんな騒動を遠目で見、木の陰に身を潜めながら少年はそう呟いた。

 

 キュ…と握り締めた拳には瞬間的に魔力が篭る。

 彼の言うように魔法が使えるようになっているのだろう。

 

 理由は解らないが、彼はあの怪人の一撃によって魔法を完全封印されており、意趣返しすら行えない状態になっていた。

 

 昼間の一件もそうであるが、少年とて並の術者ではない。

 その障壁もそうであるが、魔法抵抗力はそこらの十把一絡げの魔法使いではどうする事もできないだろう。

 

 

 だが、あの怪人は一瞬でそれを行った。

 

 

 少年ほどの魔法使いの力を一瞬で封じたのである。

 

 そこには僅かながらの魔力も、そして呪術も感じられなかった。

 あったのは僅かばかりの氣。そして……

 

 

 「得体の知れないオーラ……一体彼はなんだったのだろう……」

 

 

 ネギの周囲には真祖の吸血鬼やら、何故助かったかよく解らないが詠春までいる。

 仮にも西の長という肩書きを持つ詠春だ。自力で石化を解いたのだろう。

 

 思っていた以上に色々と人材が整っていたのは予想外だった。

 

 

 「あんな未熟者でも予想外の能力を見せられる……か。

 

  あのままなら遠からず倒れる事になるだろうけど……」

 

 

 少年は腰を上げて湖面に浮かぶ氷に目を向けた。

 

 そこには先程の怪人が氷に閉じ込められて浮いている。

 

 

 あの不死の魔法使いが使った魔法は、話に聞く広域殲滅呪文の『おわるせかい』。

 

 つまり、その魔法に巻き込まれた彼は心身共に氷となっている事だろう。

 

 

 「君が何者だったかは知らないけど……

  助けに来て味方に殺されるなんてついてないね……」

 

 

 うねっていた怒りも、その最期があんな形であれば失せるというもの。

 

 何故か解らないが、ほんの僅かだけ少年の表情に陰がさすが、彼は軽く溜め息を吐いて表情ごと気持ちを切り替え、未だ騒いでいる未熟な魔法使い(ネギ)達に背を向けて闇に向って去っていった。

 

 

 恰も光に向って行く少年らと立場が違う事を示すかのように——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 言うまでも無いが、

 

 

 

 「し、死ぬかと思った……」

 

 

 「「「「「 い 、 生 き て る 〜 っ ! ! ? ? 」」」」」

 

 

 寒さで歯を鳴らしつつも、どっこい彼は生きている。

 

 

 

 

        これから始まる伝説と共に——

 

 

 

 




 復旧したとのことでしたので早速投稿。
 何かの呪いかと思ってしまいましたヨ。いやマジに。

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