-Ruin-   作:Croissant

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十二時間目:The くらうん 
前編


 

 朧に青白く輝く巨大な体。

 

 その巨大な顔の全面と背面には硬質な顔があり、その身体につりあった巨腕が三対生えている。

 

 

 それこそが伝説の飛騨の鬼神−リョウメンスクナ−

 

 十数年前にも一度封印が破られ、現関西呪術協会の長と、千の魔法を使いこなすと謳われた魔法界の英雄サウザンドマスターらの活躍で封じられはしたが、その危機が去った訳ではない。

 

 現に、完全ではないものの今その封印は解かれたのだから。

 

 

 

 グ ォ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ……

 

 

 

 ただ声が零れたに過ぎないのであるがその圧力は尋常ではなく、空を飛ぶ少女の下腹にも響いて一瞬動きが止まるほど。

 

 完全に現界し切っていないのは幸いであるが、それでもそのプレッシャーには流石に少年少女らの足が竦む。

 

 無論、それで後退するほど安っぽい思いなど持ち合わせていないが。

 

 

 リョウメンスクナを復活させ、これで東の奴らに一泡吹かせてやれるとほくそ笑んでいた千草であったが、ネギがパクティオーカードの力を使って従者契約をしている二人、明日菜と刹那を召還した時からどうも風向きが変わりつつあった。

 

 

 「……それで、どうするっていうの?」

 

 

 銀髪の少年は然程も気にしてはいなかったが、千草の胸には暗雲が見え始めて焦りが見える。

 

 これだけの力を得たというのに何を不安がっているのか?

 

 そう自分を叱咤するのだが、術師としての勘だろうか、どうしても不安をぬぐいきれないでいた。

 

 

 

 

 そしてその不安は的中する——

 

 

 

 

 「木乃香お嬢様……良かった……」

 

 「せっちゃん……」

 

 

 何とリョウメンスクナの肩口に捉えられていた木乃香は刹那によって奪回されてしまったのである。

 

 

 敗因は刹那が純粋な人間ではなく、烏族の血が混ざっていた事。

 

 彼女は烏族のハーフで、翼を持っており、かなりの速度で空を飛べた事だ。

  

 リョウメンスクナはその巨体故に宙を飛んで迫る少女に対応しきれず、やむを得ず使用した式らも掻い潜られ、あっさりと木乃香は刹那の腕に抱かれて連れ去られてしまったのである。

 

 

 そしてその眼下でもまた、風向きが変わりつつあった。

 

 

 こちらの敗因もまた少女の力。

 

 神楽坂明日菜の持つ、レアな力である魔法無力化能力。それが大きかった。

 

 水と石の属性魔法を使う少年の攻撃魔法はその力によって防がれ、或いは無効化されて効果を発揮し切れない。

 少年の攻撃も、ある理由(、、、、)からネギ達を本気で殺そうという気はなく、優勢でありながらも決め手に欠けていた。

 

 

 そして、遂に隙を突かれてしまう。

 

 

 明日菜の持つ力の方が厄介だと踏んだ少年は、先に彼女を行動不能にさせようと拳を振るった。

 

 だがその拳が彼女を襲う直前、底力を発揮したネギによってその腕はつかみ取られ、明日菜の持つハリセン『ハマノツルギ』によって障壁を叩き壊されてしまう。

 

 

 「ネギ!!」

 「 う ぉ お お お お お お お っ ! ! 」

 

 

 打ち合わせをしていた訳でもないのに見事な連携。

 

 明日菜が魔法障壁を破壊し、少年の動きが止まった僅かな瞬間、最後の魔力を腕に込めたネギが遂に一撃加える事に成功したのである。

 

 

 「……身体に直接 拳を入れられたのは……

  君で二人目だよ……ネギ=スプリングフィールド」

 

 

 そして……初めて少年は感情を見せた。

 

 表情を変えた訳ではないし、声を荒げた訳でもない。

 

 だがそれでも、昼間の戦いでの失態を思い出してプライドに引っ掛かったのであろうか、少年の発する波動は間違いなく怒りのベクトルへと向いていた。

 

 

 相手が子供であるという事から手加減していたのだろうか。

 今までの速度とは段違いの一撃を、初めて本気を感じさせる攻撃をネギに加えようとした。

 

 

 「ネギッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——千草らの敗因は、その手段である。

 

 

 彼女は関西のVIPであるという自覚のない木乃香がのこのこ京都に来るという事からこの策をとった訳であるが――

 

 これがもし(、、)、時間をかけて自力で封印を解いていたなら、

 

 尚且つ、強力な呪符等を用いてスクナをコントロールするといった手段を用いていたならば、

 

 間違っても長の娘……

 いや、高い魔力があるからという理由で、一人の女の子(、、、、、、)を依代なんかにしなければ、もっとマシなラストを迎えられたかもしれない。

 

 

 いや——それも儚いIFだろう。

 

 

 女の子を攫った時点で、

 女の子を使う(、、)という策に出た時点で末路は決定しているのだから。

 

 全ては叶わぬ夢として散る羽目になるのだから。

 

 

 何せ、あの男が……

 

 

 

 

 

 

 

 

       突拍子もないバカがこの世界に来てしまっているのだから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グ ォ !?

 

 グ ォ オ オ オ ォ ォ オ ォ オ オ オ オ オ オ……ッッッ!!

 

 

 

 

 唐突に頭上から降って来た苦しげな叫びに、ネギに反撃を掛けようとしていた少年の動きが止まった。

 

 

 「ネギッ!!」

 

 「あ、明日菜さん!? うぷっ……」

 

 

 そしてその隙に明日菜が滑り込むように割り込みを掛けてネギをかっ攫い少年から距離をとった。

 

 服は石化して砕けたので胸がむき出し。

 

 ネギは胸に顔を押しつけられて窒息しかけていた。

 

 

 彼は息が苦しくてジタバタもがいていたのであるが、明日菜は気にしていられない。

 

 

 「な……何が……」

 

 

 それほどの怪異が起こっていたからだ。

 

 

 「これは……」

 

 

 未だ空にいた刹那も呆然と見守るのみ。

 木乃香がしがみ付いてくる力が強くなっても気が付かぬ程に。

 

 千草も突然暴れだしたスクナにしがみつくのが精一杯だ。

 

 

 ズシン……と、遂に膝を突いてしまうスクナ。

 

 三つの巨腕で自分の身を抱きしめるように苦しんでいる。

 

 

 いや——震えている?

 

 

 輝きを見せていた巨体も弱々しく、まるで精気を磨滅させているかのよう。

 それは傍目にも力を失いつつあるようにも感じられた。

 

 

 「な、何が起こったんや!?」

 

 

 蹲りはしたものの、暴れる事はしなくなった為にどうにか体勢を整えられた千草は慌ててスクナの様子をうかがう。

 

 とは言っても、流石にこんな鬼神を使った事など無いし、そんな文献も今の世では存在しない。

 

 考えられるのはコントロールに使っていた木乃香を奪回された事くらい。

 

 

 だったら彼女を取り戻せば……  

 

 

 そう判断してキョロキョロと見回して木乃香……と刹那の姿を追った。

 

 

 と……

 

 

 その眼は、全く別の姿を捉えてしまう。

 

 

 「なん……や……?」

 

 

 鬼神を封じていた要石の上。

 

 

 今まで気にもならなかったその石の上に人影が一つ。

 

 

 式のようでいて、式ではない怪しげな影が片膝をついていたのだ。

 

 

 そしてその人影の顔。

 

 月光とスクナの光によって淡く浮かんだその人影の顔に辺りに、チラリと鬼にも似た赤い仮面のようなものが見えていた。

 

 

 『ま……まさか?』

 

 

 その赤い仮面が見えた瞬間、千草の頭にある伝説が浮かび上がる。

 

 

 リョウメンスクナとは飛騨の鬼神。

 

 そして飛騨の国にはとある忍の一族の伝説が残されていた。

 

 

 世が乱れし時に現れ、時に悪の組織と戦い、

 

 時に妖怪を滅し、

 

 時に巨大怪獣をいなしていたという忍の一族……

 

 その一族の党首は代々赤い仮面を着用し、妖怪や妖物等のあらゆる怪異らを空を飛んだりビームを発射したり、ミサイルやバズーカーもどきを発射したりと、トンでも忍法(?)で戦い続け、それら全てを屠って来たという。

 

 

 『ひょっとして、あの伝説の仮面の忍者 赤……』

 

 

 その名が思い浮かびかかった時、やっと目はその姿を完全にとらえていた。

 

 

 まず、顔についているのは赤い仮面ではなく、赤いお面だ。

 

 忍者刀も持っておらず、手にしているのは無骨で大雑把な刃だった。

 

 左手にも何か持っているようだがよく見えない。

 

 忍者装束も来ておらず、何やらマントに似たものをひっかけている。

 

 

 ……アレ? なんか違うかも。

 

 

 だがそれでもその身から立ち昇る力には身が竦む。

 

 それ程莫大な力……

 何と何と、信じ難い事にスクナに匹敵するほどの力がその影には満ち溢れていたのだ。

 

 

 「な、何や!?

  アンタ誰やっ!!」  

 

 

 ついにこらえ切れなくなったか、ウッカリと千草は名を問うてしまった。

 

 

 その叫びに、その場にいた全員の眼がそこに集中する。

 

 

 ユラリ……と、その影は視線に応えるかのように立ち上がった。

 

 

 「!?」

 

 

 そして皆の眼は驚愕の色に染まった。

 

 

 赤い仮面ではなく、赤い鬼の面。

 

 右手に持っていたのは無骨で大雑把な獲物はでっかい包丁。

 そして左手は桶だ。

 

 その身を包んでいたのはマント……ではなく、何と蓑。

 

 

 そう、赤い影……○影ではなくその正体は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    「エ゛ ロ゛ い゛ 娘゛ は゛ い゛ ね゛ ぇ゛ え゛ か゛ ぁ゛ あ゛ あ゛ っ゛ !?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “それ”は、(かなり)特殊な“なまはげ”だった。

 

 

 「い、一字しか()ぅてないやん……」

 

 

 赤○ではなく、なまは“げ”。

 語呂しか合っていないし、“げ”しか同音はない。

 

 呆然と感想を漏らす千草のセリフに、その場にいるネギ以外の人間達はやるせなく同意していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——在り得たはずもなかった未来。

 

 しかし、今や迫りつつある新たに生まれてしまった未来。

 

 今よりもう少し先の世界において、ある一人の男の噂が飛び交っていた。

 

 

 様々な場所にて様々な想いを持って活動する組織があり、様々な方法を用いて活動を続けている。

 

 その思惑は多種多様であるが、魔法や氣の力を用いて大規模犯罪阻止活動の支援やら災害時の救済活動を行い、秘匿を常として表向きはNGO団体を名乗りつつもその活動を続けていた。

 

 無論の事であるが、そのような力を持つのはそんな善行の組織だけという訳もなく、欲望や野望を持って働く組織も存在している。

 

 そして当然の如くそう言った組織らは対立を続けていた。

 

 しかしその中にごく少数で活動し、尚且つどの陣営にも属さない奇怪な男と女()がいた。

 

 

 どこかの組織が何かしらの活動を行い、尚且つその活動内容に一方的な犠牲を強いるものがあれば災害の如く唐突に出現し、

 正しく竜巻が如く場をしっちゃかめっちゃかにかき乱し、それらの活動はおろか組織のネットワークまでもズタズタにした揚句 全てを御破算にして去っていってしまう恐るべき者たちが……

 

 

 被害者を救出する。 無論の事。

 

 加害者をやっつける(、、、、、)。 当然の事。

 

 

 それは今まで魔法界に知られている英雄達もやっていた事。珍しくもなんともない。

 

 

 しかし、その男はかなり変わっていた。

 

 

 やる事にそつが無いくせに無駄な動きが多く、何せどの陣営だろうとお構いなしという理解しがたい行動を含む事も多々あり、当然ながらその立場は孤立無援で四面楚歌。

 

 その上、やたら女癖が悪いとキている。

 

 

 ある時は別組織の女幹部を口説いて仲間にボコられ、

 

 またある時は生贄にされかかっていた少女を救いだして口説いた挙句、やはり仲間に血の海に沈められ、

 

 そしたまたある時は組織によって実験に使われそうになっていた女子供を救出し、やっぱり女に声をかけて仲間に血だるまにされる……

 

 その懲りず引かず顧みなさ過ぎる珍妙な行動には誰彼となく呆気に取られてしまう。

 

 

 だが、常にその男の行動理念は曲がる事無く、

 

 傷つけられ苦しめられていた者を癒し、

 傷つけていた者にトラウマもののお仕置きをかます(、、、)

 

 

 

 被害者らの苦しみや悲しみを台無しにし、

 

 

 加害者らを計画ごと完全に破壊し、破滅させ、絶望に導いてゆく……

 

 

 悲しみを台無しへと導く者であり、咎人を絶望と破滅に導くエンターテイナー。

 

 

 苦笑混じりの微笑みと、絶望の想いを背に受ける彼を人は——

 

 

 

 

 

 

 

            R u i n(ルイン)と呼んだ——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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              ■十二時間目:The くらうん (前)

 

 

 

 

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 「な……何ですか、あれは……」

 

 「何と……まぁ……」

 

 

 流石にあんな巨体が出現すれば、夕映らの眼にも入る。

 

 

 何だかよく解らない理由で悶えていた楓もそのお陰で復帰を果たしていた。

 

 鬼神が出現した事は最悪なのであるが、彼が復帰できた事は喜ばしい。並べて称せる事態ではないが。

 

 

 「あれが飛騨の鬼神、リョウメンスクナでござるか……」

 

 

 詠春の話だけだったのでその全容など知る由も無い。

 

 それでも凡その見当はつけていたのであるが……まさかあんなに巨大な鬼だとは思っていなかったようで、楓は恐れるよりも前に呆れ返っていた。

 

 

 「飛騨?

  廃藩置県前の東山道八ヶ国の一つで現在の岐阜県。

 

  吉城・大野・美濃の三群、東は信濃、

  南は美濃、西の加賀・越前・美濃、北は越中の諸国に囲まれていた山国の名前っ」

 

 「う……ま、まぁ……」

 

 「それに両面宿儺といえば、千六百年ほど昔に悪逆を尽くした挙句、難波(ナニワ)根子武振熊(ネコタケフルクマ)に討たれたという鬼では!?

  あそこに見える巨人がそうだというのですか!!??」

 

 「うぅ……」

 

 

 知られ過ぎたでござるーっ!! とか頭を抱えても後の祭り。

 

 横島の事に気を取られ過ぎ、ウッカリ夕映にイロイロと見せまくってかな〜り“裏”を見せてしまった。

 

 頭を抱えても遅過ぎるし、尚且つ話が大事になっているので隠し切れまい。

 

 どこからどこまで説明すれば良いやらサッパリで、流石の楓も『横島殿〜……へるぷみ〜……』等と思ってたりする。まぁ、仕方あるまいが。

 

 そんな楓の混乱をよそに、テンパったら超絶的に説明口調になってしまう夕映は、遠目に見えるスクナを見つめつつ延々と伝奇を語り続けている。

 

 どうも夕映は暴走すると口が回り過ぎる衒いがあるようだ。

 

 無論、理路整然とし過ぎているので楓にはチンプンカンプン。

 彼女でなくとも溜息が出よう。

 

 

 と、そんな彼女であったが、

 

 

 「……っ」

 

 

 何に気付いたのか、やおら右手をしならせて何かを投擲した。

 

 

 横投げで放たれたのは三本のクナイ。

 其々を指の間に挟んでいた、投擲用の物だ。

 

 トス、トス、トスッ!! と狙い違わずそれらは等間隔の音を立て、まるで柵のように地面に突き立った。

 

 

 「!?」

 

 「どこに行くでござる?」

 

 

 少年の行く手を阻む為に。

 

 

 「すでに勝負はついてたでござろう?

  横島殿に気押されていたし、何よりネギ坊主の行く手を阻んだ時点でおぬしの負けでござるよ」

 

 「うっさいわっ!!」

 

 

 傍目にも虚勢と解る顔色で、小太郎は楓に食って掛かった。

 

 そんな彼の様子に楓はやれやれと肩を竦める。

 

 

 彼女には……

 いや、今の彼女だからこそ解る。

 

 今まで積み上げてきた自分を、我を見失いかかっている事を認めたくなくて必死になっているのだろう……と。

 

 

 「確かにお主の眼は確かでござる。

  今は(、、)まだ拙者の方が強いとはいえネギ坊主の実力に気付いたのは中々でござるし」

 

 「く……」

 

 

 焦ってはいても小太郎とて実戦を知る者。

 

 飄々と話す楓をすり抜けて“あの二人”を追う事など出来そうも無い事くらい解っている。

 

 

 それに楓には、隙がまるで無かった。

 

 

 「まぁ、自分とやりあえる者と出会えたのだからしょうがないと言えなくもないでござるな。

  その気持ちは解るでござる」

 

 

 井の中の蛙であると解ってはいても、大海を知らしめてくれる者と出会えない。

 

 ある程度以上の強さを持つ者ならば、それは苛立ちとなって積もってゆく。

 

 楓とて麻帆良という地にて真名や高畑、刹那や古といった強き者達と出会えねばもっと惰性的だったかもしれない。

 

 

 ——しかし、出会えている。

 

 

 そして更に横島という完全にベクトルの違う強さを教えてくれる者と出会えていた。

 

 そのお陰で裏の裏に関わる事が出来、自分の知る天井より更に上の世界を知る事が出来いた。

 

 

 故に楓は、そして古は恵まれている。

 

 

 上の上を知り、そして更に別の強さを知る事が出来ているのだから。

 

 今の自分より更に更に上の世界が存在している事を肌で実感できているのだから。

 そして尚且つ、その超者(、、)に学ばせてもらっているのだから。

 

 

 目の前にいる小太郎は運のない自分の姿と言える。

 

 

 ネギという好敵手に出会えた事により感情の高ぶりが抑えきれず、自分の趣旨と違う事が行われようとしているというのに二の次にしてしまう。

 挙句、初めて出会った恐怖の対象に呑まれてしまった自分を誤魔化し、勝てそうにも無い事を自覚しているというのに後を追おうとしている。

 

 

 自分が壁を持ったまま生きてきたならば“こう”なっていたかもしれないのだ。

 

 

 「……お主、不完全燃焼でござろう?」

 

 「何やと……?」

 

 

 だったら、教えてやるのもまた同情であろう。

 

 

 「戦いたい。戦って面白いと感じる相手に出会えて嬉しい。

  そう感じたからこそ、ネギ坊主を襲ったでござろう?」

 

 「……」

 

 「お主にとって、東に一泡吹かすというのは二の次。

  強き者と出会い、戦いたかった。

  色んな強さを知りたかった……というのが本音でござろう?」

 

 「だったらどないやっちゅーねん……」

 

 

 食いついてきた——

 

 

 内心、楓は苦笑する。

 

 今言った全てが満たされているからこそ出る苦笑。

 

 

 「……言ったでござろう? 不完全燃焼であろうと……」

 

 

 じわり……と、闘気を漏らし、小太郎に向けた。

 

 そう、闘気。

 殺気や怒気などではなく、純粋に闘う気の投射。

 

 纏わり着いてくるじっとりとした闘気に小太郎の耳がぴんっと立つが、それと同時に唇の端も嬉しげに跳ね上がった。

 

 

 「ハンっ!! 女と本気でやりあえっか!!」

 

 

 と憎まれ口を叩く。

 

 

 しかしその口調は安っぽい挑発。

 楓の闘気は、飢えた少年にはよほど旨かったのだろう。

 

 そんな無意識にであろう気炎を上げてゆく小太郎の様子に、楓はどこか優しげな眼差しで応えると、ス……と自分の札を取り出した。

 

 

 「見せてやるでござるよ。

 

  ド外れた戦いというものを——」

 

 

 彼女が札を出すと同時に、夕映はまたも楓の分身によって後ろに下がらされた。

 

 その札を見た時、夕映は『楓さんも持ってたですか?』と思いはしたが、記憶力には自信のある彼女はすぐにデザインが別物であると気が付いた。

 

 

 小太郎の方は、一瞬また西洋の術か? と気が落ちかかっていたのであるが……

 

 彼女が札を使用した瞬間、その気持ちは吹っ飛んだ。

 

 

 

 「−こいこい−」

 

 パァッ!!

 

 

 一瞬の光の間に札はメタリックな葉団扇へと変貌を遂げる。

 

 楓が現れたそれをつかみ取ると、団扇の表面に相撲の軍配宜しく文字が現れ、その文字はスロットマシンが如く激しく文字が流れて入れ替わる。

 

 刹那、楓の衣服はチャイナドレスから見慣れる衣装。

 薄桜色の鈴懸、小豆色の袈裟に、材質不明の頭巾、そして一本歯の高下駄を履いた姿となった。

 

 修験者が羽織っているそれを露出度を多めにしたようなものと言えば分かりやすいだろう。

 

 それと同時に、入れ替わっていた文字から三つだけが選ばれ、本当に軍配に書かれた文字のような配置にそれが納まる。

 

 その文字は、『翔』『剛』『念』の三つ。

 

 

 その葉団扇の文字を確認し、楓は笑みすら浮かべ、

 

 

 「甲賀中忍にして横島忠夫が従者、長瀬楓……参る——」

 

 その身を十六に分け、背中から生えた(、、、、、、、)白い翼を羽ばたかせ空を飛んだ。

 

 

 術の体系に“仙道”というものがあるが、その中に狗法(くほう)仙術というものがあった。

 

 この場合の“狗”とは天の狗、即ち天狗の事で、狗法仙術とは天狗の力を修行によって身につける仙術の事である。

 

 その術には、飛翔・剛力・念動・読心・陰行・透視・水歩・風刃・霊波・幻視などがあり、これらは全て身につけられる訳ではなく、能力の開眼には本人の資質や修行の内容によるという。

 

 

 楓の持つ魔具の名は<天狗舞>。

 

 僅か十分間であるが、その狗法を使いこなす事が出来る道具だった。

 

 

 「うおっ!?」

 

 

 その十六体の分身から同時に石礫が放たれる。

 

 驚いて小太郎が地を蹴った次の瞬間、その立っていた場所にそれら石くれが一斉に突き刺さり、恰もショットガンを喰らったかのように吹き飛ばしてしまう。

 

 

 「こ、殺す気かーっ!?」

 

 「はっはっはっ まさか。避けられると踏んでの事でござるよ。

  それともそこまで手加減されて嬉しいでござるか?」

 

 

 思わず叫んだ小太郎の後ろから楓の声がする。

 

 ぞわりとした闘気を感じ、そのまま勘で身を捻るが一瞬遅い。

 

 

 ボッ!!

 

 「うわっ!?」

 

 

 何とか回避を成功させたものの、何故か何時も羽織っている学ランの裾が背後から襲いかかった物体に削られてしまう。

 

 かなり体勢を崩した所為でかなりバランスを崩した着地であったが、それでも倒れるような無様さを披露させずに済んだ。

 

 しかし、自分をふっ飛ばそうとした彼女の得物を見た時には流石に目が点になる。

 

 

 「な、なんやそれはっ!?」

 

 「は? 見て解らんでござるか?」

 

 

 空に浮かんだままその得物を肩に乗せ、ハテ? と首をかしげる楓。

 

 しかし、空を飛んでいる事や、露出度の高さを除けたとしても誰の目にも異様に映っている事だろう。

 

 

 何せその彼女の左手には、今この場で引っこ抜いた大きな木が握られていたのだから。

 

 

 彼女がその葉団扇には奇妙な特性があり、アイテム召喚直後にスロットマシーンが如くランダムに文字が刻まれる。

 文字は『翔』『剛』『念』『読』『陰』『透』『歩』『風』『霊』『視』の10個の中から完全な任意で文字が選ばれ、その力は使用者の意志で自由に発動させられる。

 これらは天狗の仙術である狗法で、使用者(楓)はカード使用時間中に3回までそれらを使う事が出来るようになるのだ。

 

 

 今回の発現した力は『翔』『剛』『念』。

 

 空を飛べる事と、剛力、そして天狗礫などを使える念力の三つだ。

 

 楓はその剛力を用いて木を引っこ抜いて振り回したのである。

 

 

 「さぁ、まだまだ行くでござるよ。

  お主も全てを出し切るがよろしかろう」

 

 

 ポイっと木をそこらに投げ捨て、16人の楓が笑顔のまま一斉に襲いかかってゆく。

 

 本物は一体、あとは分身だと小太郎も解っているが、氣の練り具合が半端ではなく実体を感じてしまうほどなので見分けるのは難しい。

 

 尚且つ、その全てから石くれが放たれてくる。それも投げているモーション付きで。

 

 これではどれが分身なのやら解らない。

 

 

 本気ではない。

 

 流石にまだ小太郎は楓よりずっと弱いのだから。

 

 

 しかしそれでも手加減はない。

 

 

 其々が襲いかかる。

 

 クナイが飛んでくる。氣を纏った拳が来る。

 

 蹴りが、礫が、氣が、次々に小太郎に襲いかかってくる。

 

 

 「うぉおおおおおっ!?」

 

 

 当然、捌き切れない。

 

 結構いいのを何発も食らってしまう。

 

 顔面を防げば腹に来、正面をガードすれば脇に来る。

 

 何発かやり返しはしたのであるが、手ごたえがあったのは掠った感触のみ。

 

 圧倒的に不利。

 

 勝機の欠片すら見えてこない。

 

 

 だが——

 

 

 「や、やるやん。姉ちゃん」

 

 「お主もな。

  体術はまだまだでござるが……自己流でよくぞそこまで鍛えたものでござるなぁ」

 

 「おうさっ!!」

 

 

 狗神を呼び出し、数匹を足場として空を舞う楓に飛びかかり、残りを反撃として放つ。

 

 しかし楓も慌てず、クナイと葉団扇で叩き伏せ、その間にも練り上げた氣を叩きつけてゆく。

 

 

 これだけの実力者。

 

 そんな楓と戦えている小太郎は、

 

 

 圧倒的不利というこの状況に置いて、

 

 

 嬉しげに口元を歪めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『……ドコのマンガ世界ですか?』

 

 

 そして夕映はほったらかしだ。

 

 

 いや、安全圏には運んでもらっているのであるが、そのお陰というかその所為というか空中の戦いがバッチリ見える特等席のような場所。

 

 二人の突拍子もない戦い(楓が圧倒的であるが)の一部始終がはっきりくっきり見てしまっている。

 

 

 正しくのどかやハルナ達が読んでいるような週刊少年誌やジュニア小説のような戦い。

 

 明らかに人間離れをした運動能力。

 

 既存の物理法則を超越した現象。

 

 それこそが楓がよく口にしていた“氣”であり、“魔力”……

 

 

 昨日まで夕映の目を覆い隠していた秘密のベールは消え去り、ありえない筈の非現実的な世界が展開されていた。

 

 そんな状況下で、夕映は意外にも冷静にそれを現実として受け入れていた。

 『パルを石に変えた』のも、あの『光っている巨人(スクナ)』も、そして楓やコタローという少年が関わっている世界。

 

 そして昨夜の騒動において偽ネギの正体だった符。

 

 “氣”や“魔力”、今不思議な力を見せた“札”。

 

 これらのキーワードから示しだされるものは……

 

 

 ひょっとして……魔法……ですか? 

 

 

 元々勉強嫌いなだけで頭はかなり良く、頭の回転も速い彼女は答えがある方向に……世界の裏に到達しつつある。

 

 そして、

 

 

 という事は、ネギ先生は——

 

 

 

 

 

 「う……く……」

 

 

 「あ!?」

 

 

 呻く声を耳にし、はっとした夕映が顔を向けると、そこには蹲った白いものがモゾモゾと動いていた。

 

 前方のまぶしい程のトンデモ合戦に目を奪われていた夕映であったが、何とか闇に眼が慣れていたのでその物体の正体を見取る事に成功する。

 

 

 「確か……ツクヨミさん……ですか?」

 

 

 楓の言うところの月詠という少女が何とかふらつく足で立ち上がろうとしていたのである。

 

 あまりと言えばあまりの大爆笑に腹筋がエラい事になっているであろう彼女であったが、くだらなさ過ぎるジョークが聞こえなくなったので復活を遂げたのであろう。

 

 

 『こ、これはどうすれば良いですか……?』

 

 

 楓は何か忙しそうであるし、さっきのヨコシマとかいう青年はもういない。

 

 助けに来てくれるであろうが、今すぐという訳にもいかないだろう。

 

 言うまでもなく、夕映の力など論外だ。

 

 

 『このままでは行かれてしまうです……でも……』

 

 

 そう、彼の後を追うのかこのまま逃走するのかは不明であるが、この場から取り逃がしてしまう事は間違いない。

 

 状況から見て、彼女が割り込む方がややこしくなる訳で、悔しいが放っておく事が得策であろう。

 

 

 しかし……

 

 

 『……? あ、そう言えば、どこかで見た事があると思ってたら、シネマ村で襲ってきたあの謎の婦人?』

 

 

 ふいに思い出されたのはあのシネマ村で襲いかかって来た謎の美少女剣士。

 

 さっきの異様な雰囲気、そして妙に間延びした声、ゴスロリな出で立ち。

 あの時の少女に間違いなかろう。

 

 

 『……という事は、この旅行中にやたら妙な騒動も彼女達である可能性が……』

 

 

 やはり成績は悪いが、頭の回転は速い夕映。

 一連の事件の関連性にすぐ気が付いた。

 

 

 『つまり――

  ハルナは兎も角 のどかまで石にしやがったあの少年とこの娘は関係があるという事で……』

 

 

 何だか眼鏡魔人が蔑ろ気味であるが、それは兎も角として珍しく夕映は怒っていた。

 

 しかし、部活によって体力はあっても戦闘能力がある訳ではない。

 

 止めようとしたところでナマスにされるのがオチであろう。

 

 

 ——いや?

 

 

 夕映は拳をギュッと握りしめ、ある決意をした。

 

 

 確かに戦闘能力はない。手だれを相手にすればゼロどころかマイナスに過ぎないだろう。

 

 しかし彼女は図書部だ。

 

 栄光の麻帆良学園図書館探検部の一員であり、大学部の人間ですら立ち入れなかったであろう、島の最深部に到達した実績を持っているのだ。

 

 

 『図書部には、図書部の戦い方があるです!』

 

 

 何かが前に歩み寄って来た事を感じ、痛む腹を押して見上げる月詠。

 

 その前に立っていた夕映は、月詠の真正面に正座しつつ、どこに持っていたのか懐から扇子を取り出すとピシャリと自分の額を叩いてこう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「え〜……毎度、馬鹿馬鹿しいお笑いを……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕映の古典落語攻撃が放たれた瞬間である。

 

 

 笑い顔とは裏腹に、月詠はその顔色を真っ青に変えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 轟……っ!!

 

 

 風すら叩き潰す勢いで巨大な鉄棍棒が斜めから振り下ろされてくる。

 

 棍術を使う者の中に頭の上で旋回させる者がいるが、実はそんな使い方をする者はあまり恐ろしくない。

 

 長巻や長刀同様に、牽制以外では振り回さずコンパクトに扱う使い手の方がよほど恐ろしいのである。

 

 この一つ目の式もかなり“使う”ようで、鉄棍を振り子のように左右に振って牽制し、相手の間合いを狂わせては踏み込みと同時に突きを繰り出してくる。

 

 だが、その相手も大したもので、丁度その棍の間に割り込むように距離を詰めて来ていた。

 

 

 それを止むを得しと見たのだろうか、一つ目は相手の少女と同時に踏み込み、同時に鉄棍を振り下ろしたのである。

 

 無論、喰らう方は堪ったものではないだろう。

 

 防ごうにも勢いがあり過ぎるし、身を伏せようにも到達速度の方が早い。

 

 そして飛び上がってよければ待ってましたとばかりに的になるだろう。

 

 できるのはバックステップで距離をとる事くらいだ。

 

 

 「ふ…ッ!!!」

 

 

 しかし、どの行動もとらなかった。

 手にしていた鉄扇トンファーが開き、その鉄塊を受ける。

 

 いや、受けるように見えたのだが、さに非ず。

 

 棍をそのまま受け流し、その上を鉄扇トンファーを下敷きにして転がって一つ目の式との距離を更に詰めたのだ。

 

 

 『ぬぉっ!?』

 

 

 悪戯が成功したのを喜ぶ少女のような笑みを見た瞬間、がら空きとなった一つ目の式の脇腹を衝撃が貫いた。

 

 脇腹に押し当てられたのは突き込まれた少女の左手。

 

 一つ目の半分以下の小柄な少女から放たれたのは浸透剄。

 

 とんでもなく器用な回避を見せた後、転がった回転モーメントすら込められたその一撃は、たっぷりと氣が乗っていた事もあってか内部破壊はおろか貫通の勢いを持って反対側の腕の付け根まで衝撃を突き抜けさせていた。

 

 

 『……まいった……嬢ちゃんの勝ちやわ……』

 

 

 

 体の中を斜めに破壊された、その声も苦痛一色。だが、その苦しげな声には感嘆の吐息も混じっている。

 だから彼は満足しきった笑顔で降参を告げた。

 

 いやもう、何と言うかここまで力が出し切れたのだから本望だ。殺合ではなかったが納得のできる試合は堪能できた。

 

 ものすごいコドモに負かされたし還されはするが感謝したいくらいだ。

 

 

 「アンタも強かたヨ。

  老師にはまだ足りないアルガ」

 

 『ちぇっ 言うてくれるやん……

  でも、ま……』

 

 

 “そいつ”とも闘り合いたいもんやな……と笑みを浮かべつつ、『またな』と言い残して一つ目は煙の中に消えていった。

 

 最後まで背中を見せるような油断をせずにいてくれた少女——古に感謝しつつ。

 

 

 『で? 続きはしてくれるんやろね?』

 

 

 その彼女の後ろからお誘いがかかった。

 

 

 「当然ネっ!」と、古も笑顔で振り返り、極自然体の構えで狐面と向かい合う。

 

 

 ——ええわ……ゾクゾクすんで……

 

 

 殺気がないのはちょっと惜しいが、笑顔の古からは今だ強い闘気が噴き出している。

 

 あれだけやり合ったというのに、闘気は萎えず高まりを続けている事に狐面は火照りに似た感触を覚えていた。

 

 

 ——惜しいわぁ……男の子やったら別のお相手したるのに……

 

 

 どこか淫靡な思考へと傾きかかるも、地を這うように低く身を伏せて踏み込んでくる古に意識を戻す。

 

 

 ゴギン゛ッ!!

 

 

 鉄塊と鉄塊がぶつかり合うような音が響き、衝撃を仲良く双方で分け合った。

 

 火花が散らなかった事を不思議に感じてしまう程のぶつかり合い。

 

 式として戦ってきた今まででも、これほどの鬩ぎ合いは何度あっただろうか?

 

 打ち合った部分からの熱を感じつつ、狐面はこの一瞬が少しでも長く続けばええなぁ……という想いを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 「ふ……」

 

 

 そんな古の様子を目の端に入れつつ、真名はゆっくりと弾装を交換している。

 

 

 弾を込めている最中なのだから隙だらけであり、今踏み込めば倒せるかもしれない。

 そう周りの式達も考えている。

 

 が、先ほどから何度もそんな“作った隙”に騙され、距離を詰め過ぎて回避する事が出来なくなり風穴を空けられている。

 

 殺気を操られ嘘の隙に騙され、もう何体が送り還されてしまったやら。

 

 だからそれを警戒して彼らも動きを封じられていたのである。

 

 

 「やれやれ男の事で調子を崩したと思えば、今度は男の事で調子が上がったか……」

 

 

 ガチリとカートリッジを押し込みつつ苦笑を洩らす。

 

 

 「――これだから色恋沙汰は厄介なんだ」

 

 

 とは思いつつも、安堵している自分も確かにいる。

 

 “仕事中”は友人関係は蚊帳の外に置いてはいるのだが、妙に微笑ましく思ってしまう。

 

 

 「関係ないと言いつつ私がこの有様。

  全く……彼には呆れてしまうな」

 

 

 何時の間にやら皆が引きずり込まれ、皆をその空気に巻き込んで行くあの男。

 

 どうしようもないロクデナシであるようで、楓が驚くほどの身体能力を持つ男。

 

 ド素人のように感情に押し流されるくせに、プロである自分ですらも驚く戦闘能力を見せたりもする。

 

 

 「女子供に甘い馬鹿だ馬鹿だとは思ったが……」

 

 

 突き抜けた馬鹿はああまで凄まじいものだったのか。

 

 

 「さてと……そんな馬鹿に負けたら恥の上塗りだしな……」

 

 

 真名は闇にも阻まれぬ眼を細めて感情を消した。

 

 空間の気配が撓み、真名の姿が朧げとなる。

 

 式らの眼ですら捉えられなくなり焦りが広がってゆくが、その輪よりも早くその体躯に穴が穿かれてゆく。

 

 

 そして彼女は、闇を駆ける影となった。

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 蹲る巨大な影。

 

 その肩の上で千草が必死に何とかしようとしているのだが、力が弱まっている理由が解らないので手の打ちようがない。

 

 そしてその鬼神の身体を灯りとして、眼下では——

 

 

 「く…っ」

 

 「うっひょ——っ!!」

 

 

 全くもって表現のしようのない戦いが起こっていた。

 

 

 僅かながら体を浮かせている所為か地を歩くという摩擦がなく、空を滑って怪人に襲いかかる。

 

 鞭のように腕をしならせ拳を放つ。

 

 音よりも速そうな攻撃であるが、何と怪人には掠りもしない。

 

 それどころかその手をつかんで引っ張り、体勢を崩させた少年の背後に回り込んで膝カックンまでぶちかます。

 

 

 「うひーっ やっぱ倒れね〜っ!!」

 

 「……当り前だろう?」

 

 

 何せ浮いているのだから。

 

 だがそれでも少年は呆れるより前に腹が立ってくる。

 

 何せこの情けない声、異様な回避能力。

 

 問うまでも無い。昼間戦った“アレ”だ。

 

 

 只でさえコイツには屈辱を与えられている。

 

 説明するのは難しいが、彼の常識と能力を全否定された気がしているからだ。

 

 戦いを始める前までは殺す気はなかったものの、本気で攻撃を仕掛けているというのに掠りもしないし、反撃はやはり昼間同様にくだらないカウンター。

 

 やる気は上げられないのに、どんどん腹だけ立ってくる。

 

 

 おまけに相手の今の姿は“なまはげ”だ。

 

 

 「真面目に戦う気はないのかい?」

 

 

 と、口を出さずにいられない。

 仮装大会じゃあるまいし。

 

 しかしてその相手は、そんな少年のイラつきをしたり顔で受け止め、

 

 

 「いや、本気だ」

 

 

 等と言い放つ。

 

 

 相変わらず無表情であるが、少年の額にはしっかり血管が浮いており実は腹を立てている事が見て取れる。

 

 だが、少年がクールに腹を立てれば立てるほど“こいつ”のペースに落し込まれてゆく。

 

 

 「す、凄い……お世辞にもカッコ良くないのに、あいつの攻撃が一発も当たってない」

 

 「カッコ悪くて悪かったのーっ!!」

 

 

 明日菜のつぶやきにもちゃんと振り返って反応する。

 

 背後を見せた事により、隙と見た少年は一瞬で呪文を紡ぎ、

 

 

 「石の槍(ドリュ・ぺトラス)

 

 

 そのまま背後に向けて放った。

 

 

 「ちょわっ!?」

 

 

 しかしまた珍奇な叫びをあげて板バネの様に身をひねって死角からの攻撃をかわし、それどころか片手に力を込めて石の槍をその掌で打って蛙のように跳ねて距離をとる。

 

 それでも隙を突けたのだろうか? 槍先が僅かに掠り胸元からボタンのようなものが飛ぶ。

 

 

 「ひゃぁ——っ!?」

 

 

 途中、追撃のように石槍が花火のように爆ぜて後を追うが、それすら掌で弾いて空中で一回転して着地する“なまはげ”。

 

 着地のポーズはガニ股でエラいカッコ悪いが回避能力は神がかっている。

 

 

 「何てよけ方を……理不尽だ」

 

 

 何せ相手が使用した攻撃魔法そのものに手を着いてよける等と考えられない事を仕出かす。

 

 昼間の戦いもそうであったが、自分が積み重ねてきた常識と能力を全否定されている気すらしてくる。

 

 無論、こんな事をされてもこれ以上の焦りは起こらないが、ただでさえ追い込まれている気がしているのだから気分が良いはずもない。

 

 

 こうなってくると手加減する気も失せてゆくというもの。

 

 

 「……まともに戦おうとしたのが間違いだったようだね」

 

 

 初めて少年から感情の波動が溢れ出た。

 

 

 負傷したのだろうか、ネギは片腕を抑えながらもその戦いから目が離せない。

 

 いや明日菜もそうであるが、二人の眼にも解るほど、明らかに少年の攻撃速度は自分らの時より凄まじい。

 目で追うのがやっとだ。

 

 だが、あの“怪人”……京都駅での変質者と同じようで違うよ—な……は、奇声こそ上げてはいるが余裕で回避しまくっている。

 

 おまけに、今の少年の言葉にも『ナニを今更……』と肩を竦めたりしているのだ。

 

 はっきりいって只者ではない。いや、ぱっと見でもタダモノではないのだが……

 

 

 「……君の戦いには覚悟が見当たらない。理念も見えない……

  危険に飛び込んでくる意味も不明だし、戦い方からして死に向きあっいる自覚を感じられない。

 

  そんな奴が闘いの場に来て……ただで済むと思わないことだね……」

 

 

 少年は目を細め、魔力を器に満たしてゆく。

 

 確実に行動不能に追い込む攻撃を与える気になったようだ。

 

 

 ネギは勿論、明日菜ですら解るほどの魔力の高まり。

 

 スクナ召喚を千草に任せていた理由が解らぬ程に。

 

 いくらなんでもあの人が危ない!! そう見て取ったネギは、手助けするべく足を踏み出そうとした。

 

 

 「ぴぃ」

 

 「え?」

 

 

 そんな彼を、角が…かのこが角で制止する。

 

 立派過ぎる角とすごい体躯をしているのに、目だけがつぶらで鳴き声もカワイイというとんでもないミスマッチであるが、それでも力強さはサイズ通りのものがあった。

 

 

 「ぴぃぴぃ」

 

 「え、えっと?」

 

 

 ただ、悲しいかなネギては何を言ってるかまでは解らない。

 

 どうしようと首を傾げた かのこだったが、ふと少年の腕が石になりつつある事に気がついた。

 

 

 「ぴぴぃ」

 

 「はい? あ、これは……」

 

 

 思わず隠そうとするネギであったが、ちょっと遅かった。

 

 普段兎も角、今のかのこの体躯には簡単に力負けしてしまい、辛うじて石化が届いていない袖を口に咥えられて引っ張られ、はっきりと患部を見られてしまう。

 

 

 「あ……」

 

 

 明日菜もそれを見て唇を噛んだ。

 

 先程あの少年の魔法を防ぎ切れず喰らっていた事を思い出したのだから。

 

 何しろ石化を解ける術が今はなく、僅かでも出来そうな人間は今戦っている。

 その間にもネギの石化は進行しつつあるのだ。

 

 具体的にどうなるか等は解らずとも、少年の危機だけは理解できていたのである。

 

 

 かのこはそんな二人の心境を他所にピスピスと鼻を鳴らしてその患部の臭いを嗅ぎ、何かを理解したかのように頷いた後、

 

 

 「 ぴ ぃ い っ っ ! ! 」

 

 

 と、大きく嘶いた。

 

 

 ヴンッッ!!

 

 「わぁっ!?」

 

 

 直後、イキナリ角が光に包まれて大きくなった。

 

 その輝きは霊的なものであるが、どういうわけか月の光のような神秘性を含んでいる。

 

 

 そして かのこはその角で、

 

 

 バスッッ

 

 「わ、わぁっ!!??」

 

 

 彼の石化した腕を突いた!!

 

 

 『ア、兄貴!!』

 

 「ちょ…っっ!!?」

 

 

 余りの暴挙に慌てるカモと明日菜だったが、その次の瞬間、

 

 パァンッという破裂音と共に腕を覆うように石化が進んでいた部分が弾け飛ぶと、何と石化しかかっていた腕が元に戻っていた。

 

 

 「う、うそっ!?」

 

 

 ネギが驚くのも当然だ。

 

 何せ少年から喰らったそれはまだ永久石化の魔法という訳ではなかったものの、その技術と魔力は未知のレベルであると理解していたのだから。

 だから治療するにせよそれなり以上の治療魔法を使わねばならなかったし、最悪ならそれは儀式魔法レベルである事も解っていたのだ。

 

 にも拘らず、この鹿は一瞬で解除した。それも無造作に。

 おまけに突き刺さったというのに傷一つ無い。それは確かに驚くだろう。 

 

 

 

 「何!?」

 

 

 そして当然、少年も驚愕していた。

 

 治療術程度で解けるレベルにしてはいたが、一瞬で解かれるとは思ってもいなかったのだ。

 それもあんな鹿の角で刺された程度で。

 

 行動が停止するのもまた仕方の無い話かもしれない。

 

 

 

 

 「なぁ……ひとつ聞いていいか?」

 

 

 

 

 そんな少年を現実に引き戻したのは——

 

 こんな状況下だというのに、落ち着きかえった“なまはげ”の声だった。

 

 

 「今さっき、お前は覚悟がどーたら理念が何やら言ってたよな?

  だったらお前さんの言う覚悟と理念って何なんだ?」

 

 

 驚いた事に、その怪人は少年の魔力のプレッシャーものともしていない。

 

 まるで慣れているかのように。

 

 「女一人調子に乗らせて、内乱を起こさせる(、、、、、)ほどの事か?

 

  それともくだらない作業の犠牲に女の子を巻き込むほどの事か?

 

  その女の子にしても、魔法使いの家系に生まれたのだから、いずれ魔法に関わってくる。

  だからこの程度はかまわんだろうって巻き込む事か?」

 

 

 “なまはげ”は肩を竦ませ、へっ! と鼻先で笑う。

 

 

 「アホらしい……お前のやってる事こそ覚悟も理念もねーボケた行為たじゃねぇか。

  気付けてねぇのか? オメデタイ頭してやがる」

 

 

 笑う。

 

 せせら笑う。

 

 巻き込む事の覚悟云々の話ではないではない。

 

 その事も解らんのかと馬鹿にする。

 

 

 「オレも相当のバカだし、救いようがねぇといつも思ってる。

 

  だけどな、自分から進んで犠牲を出しにはいかねぇよ。

 

  犠牲が当たり前だから、しょうがないなんてぜってー思わねぇよ」

 

 

 両の手を前に伸ばし、指を組む。

 

 少年は、相手が昼間戦った奴である事は既に理解している。

 

 だから怪人が掌から氣の盾のようなものを出していた事を覚えている。

 

 

 しかし、あの時より厄介な気がしてならなかった。

 

 

 いくら聞き流しても耳に入って来る。

 

 自分の中にある動かない感情にも、怪人の言葉がまとわりついてくる。

 

 厄介。

 

 何て厄介な奴。

 

 早急に始末せねばならない。

 

 

 「オレにも理念はあるぞ」

 

 

 組み合わされた掌に、霊気が籠った。

 

 

 「女を傷付けない、ガキ泣かさない!!

 

  地球が割れたって美少女を悲しませない!!

 

  そんなの進んでやる奴ぁ生きたまま地獄で悶えさせてやるっ!!!」

 

 

 昼間の一件で相手の“魔法攻撃”は障壁を貫通してくる事と、追尾してくるから逃げる事は無駄だと理解している。

 

 だから少年は正面に障壁を集中させる。

 

 その上で石の壁やら水の壁を重ね合わせれば防ぎきれるだろうと踏んだからだ。

 

 

 しかし、その読みすらも相手の手の内だ。

 

 

 「必殺! スパイラルナックル……」

 

 

 何せ相手は、

 

 

 「……<改>!!」

 

 

 横島忠夫なのだから。

 

 

 

 組み合わせた両方の人差指だけをピンと立たせ、指先をぴったりと合わせる。

 

 小学生の男の子とかがやる“あの”形だ。

 

 

 それが何であるかと思う前に、

 

 

 『奥』『手』

 

 

 ぶずっっ!!!

 

 

 

 さっき転がったボタンのようなもの。

 

 “その内”の二つに『奥』と『手』の文字が浮かび上がり、くっついて横島と同じ手の形をして飛び上がったのだ。

 少年の下から(、、、、、、、)上に向かって………

 

 

 

 「……」

 

 「………」

 

 「…………」

 

 

 

 ネギや明日菜、そして少年や空にいた二人の間を、

 

 もうホント、どーしよーも無い、取り返しのつかない空気がまとわりついていた……

 

 何故かぴぃと鳴いた かのこの声がごっつ耳に痛かったほど。

 

 

 「ふはははははは……見たか聞いたか体験しました〜?! 

  どーよ!! オレの『奥の手』攻撃!!

  魔神すら謀った技の変則よ!!」

 

 

 少年の腰から下、太ももより上の中心位置辺りには……

 

 人差指だけを伸ばして掌を組んだ形のそれが突き刺さっていた。

 

 

 ちょうど小学生の男子らがするイタズラの“アレ”をした形に。

 

 

 あの時は一個で陰陽の珠が使えたし、咄嗟だった事もあり片手での『奥/手』だった。

 

 今回は二個。しっかりイメージを練り込めたので、組んだ右手と左手が形成されている。

 

 

 珠の大盤振る舞いであるが、攻撃が掠ったと見せかけてわざと転がした珠に意識を全く向けずにいた演技……というかブラフには閉口してしまう。

 それでいてちゃんとその珠の前に少年をおびき出しているのだ。

 

 そこが横島クオリティといったところだろうか?

 

 

 無論、された方は堪ったもんじゃない。

 

 人が真面目に耳を傾けかけたというのに、いきなりその隙を突かれれば当然だろう。

 

 

 尚且つ、まともな攻撃ではなく、こんな人を馬鹿にし切った技での一撃。

 

 腸が煮えくりかえる想いだろう。

 

 

 「………どこまでふざければ……」

 

 

 明確な殺気が、少年から横島に投射された。

 

 

 「ふはははははは……どこまでも♪」

 

 

 だが、彼は涼しい顔でそれを受ける。

 

 余人なれば受けただけでショック死しかねないその殺気を、彼は平然と受けて流していた。

 

 何しろこの男、過去の戦いにおいての最終局面で激怒する魔神の気を受けて笑えた男なのだ。何から何まで規格外なのだろう。

 

 

 

 

 それに——

 

 もう、少年に勝機は無い。

 

 

 

 

 お面をつけたまま少年をおちょくり続けていた横島であったが、ふと笑いを止めてスクナに目を向けた。

 

 流石に鬼神というだけあって、今だ健在。大したものである。

 

 

 「やれやれ……これだけ『吸』ってもまだあんだけ力が残ってんのか……

  やっぱ伝説の鬼神ってのは伊達じゃねぇんだなぁ……」

 

 「な……に……?」

 

 

 その呟きに、少年も、そして千草も、そして皆が反応した。

 

 全員の視線が横島に集中する。

 

 

 「いやな……

  流石に封じるには大き過ぎっからさ、アイツの力を『吸』って『収』めてたんだわ」

 

 

 お前さんと闘い、追い詰められる事によって吸い集める力を底上げしてな——

 

 

 横島のポケットの中には、ちゃっかりと『収』と書かれた珠が入っていたのだ。

 

 

 流石に皆、絶句してしまう。

 

 攻撃をかわして時間稼ぎをしていたのではなく、生存本能を刺激させてもらって吸う力を底上げしていた言われれば流石に驚くだろう。

 

 

 「ま、もうそろそろいっかな……封じるられるくらいには弱体化させたしな」

 

 

 先ほどから吸いまくった分はとっくに珠にして無意識下に沈めてある。

 

 以前よりずっと早く生成できるし、その能力もケタ違い。

 それでも流石に心もとないので、相手から力を吸って弱らせつつ、その吸った力を溜め込んでいたのだ。正に一石二鳥の策だった。

 

 

 「……今までのふざけた行動も……全ては君の策……という訳かい?」

 

 「いんにゃ。

  言ったろ? アレも本気だ」

 

 

 頭痛が止まらない。

 

 ふざけた力。

 

 とんでもない身体能力。

 

 何も考えてないようで、何時の間にか相手を策に引きずり込むその狡賢さ。

 

 

 そして——

 たかが少女一人の為にここまでとんでもない行動をかましてくるその無謀さ……

 

 

 『まるで……まるで彼は……』

 

 

 

 

 “あの男”のよう——

 

 

 

 

 「さーてと……そろそろ幕にしよっか?」

 

 

 舞台役者の様に大げさに手をふり、パキンっと指を鳴らす。

 

 瞬間、スクナに張り付けていた『吸』、そして手の中の『収』、『奥』『手』の珠が消えた。

 

 流石に“今の”限界を超えた同時制御だから負担はかなり大きかったのだ。

 

 言うまでもなく横島なのだから、その面の下の表情は焦りとビビリでタイヘンな事になっていたりするし。

 

 いやホント、お面を着けていて正解だった。ポーカーフェイスにも限界あるし

 

 

 事ここに至り少年は自分の失策を痛感していた。

 

 やはり手加減……いや、手を抜いたのは大失敗だったようだ。

 

 

 この男は底が知れない。

 

 

 魔力らしい魔力は感じないのに、驚くほど器用に氣を操り、人外の身体能力で攻撃全てをかわしてしまう。

 

 掠った……と思ったのもブラフで、実際には余裕だったようだ。

 

 見た目はただの変な男だというのに……

 

 

 いや——?

 

 

 そう思い込まされていた?

 

 愚者のふりでもって相手のペースを乱し、攻撃の最中にも気の乱れも起こさない者が只者であろうはずがないではないか。

 

 

 「小さき王、八つ足の蜥蜴、邪眼の主よ。

  その光、我が手に宿し、災いなる眼差しで射よ!!」

 

 

 「……っあの魔法っ!?」

 

 「ひょっとして……っ!!??」

 

 

 呪文のワードを耳にした所為で、ネギは再起動を果たせたが同時に焦りを見せた。

 

 同様に明日菜も復帰して先ほど受けた魔法である事に気が付いた。だが、あの少年から距離を開けている所為でどうする事も出来ない。

 

 

 『おいっ兄さんっ!! やべぇぞっ!!!』

 

 

 思わず叫んだカモであるが、もう全てが遅い。

 

 

 そう思った瞬間。

 

 

 「く……っ!?」

 

 

 少年の動きが止まった。

 

 いや、発動する筈の魔法が停止してしまったのである。

 

 

 「言っただろ? もう幕にするってなっ!!!」

 

 

 下から少年に突き刺したのは手指は珠が変化したもの。

 

 そしてその珠は横島自身の力であり、彼ならば遠隔でも文字を込めたり変えたりする事が出来る。

 

 とは言っても彼が制御できる数は少ない、追い詰めてもらった底上げで何とか四つどうにかなった程度なのだから。

 

 しかし、使っていない珠なら話。

 

 『奥』の『手』の中に、まだ無使用の珠が一個隠し持っていたのだ。

 

 その今、無使用の珠にはキーワードが浮かび、少年の魔法を完全に封じている。

 

 

 少年の腰の下あたりで、輝く『封』の一文字によって——

 

 

 「何をした!!」

 

 「言うかアホっ!!」

 

 

 そんな少年を尻目に横島が取り出した珠は二つ。

 

 そこに込められる言葉も二つ。

 

 

 昼間のに似て圧倒的に違う。

 

 横島とて……いや、不死身の父ですら死に誘われる恐るべきコマンドワード。

 

 

 即ち——

 

 

 

 

 

         『怒』 『母』

 

 

 

 

 

 ど が ん ッ ッ ッ ! ! !

 

 

 使用した珠の力でもって殴りつけた瞬間、少年の姿が消えて音が後から聞こえた。

 

 全く放物線を描かぬ見事な横一直線。

 

 見事大地と平行にまっすぐすっ飛んで行き、板張り廊下を固定している柱をえぐり取って行く。

 

 

 その先にあるのは蹲るスクナ。

 

 ガキンっと音を立てて少年はその巨躯にぶち当たり、弾かれて湖面に突き進む。

 

 まるで水きりで投げた石の如く水面を跳ねつつ滑って行き、岸の一歩手前でぱしゃっと音を立てて沈んでいった。

 

 ここから向こう岸手前での水しぶきが見えてしまったのだ。

 それはそれはとんでもない事になっているだろう。

 

 

 「う……わぁ…………」

 

 

 ネギも明日菜も真っ青だった。

 

 想像を絶する怪人の一撃。

 

 あれだけ手古摺らされていた少年を苦もなく沈めたらそれは言葉も失おう。

 

 まさか魔物か? それとも改造人間!! とか思ってしまうほどに。

 

 

 「……やっぱり……

 

  やっぱり おかんは人間やない………」

 

 

 尤も、その横島すらその威力に怯え切ってたりする。

 

 余りに凄まじい一撃だったからか、圧縮された空気が広がって冷気すら舞っている。

 拳からはしゅううう……と蒸気の様なものが出ているのは、熱気ではなく圧縮空気が破裂した後の解放冷気という事か。

 霊力でガードしていなければ自分の拳までヤヴァかっただろう。

 

 横島は、今更ながら少年に与えられた衝撃を思い知って怖気がたった。

 

 

 その超絶威力の理由の一つには、極限まで恐れている母へイメージと、あの珠の並び方が挙げられる。

 

 『母』が『怒』る……ではイメージ的にやや弱い。水爆か原爆かの違いであるが。

 それでも言葉的に避ける事が出来るかも(、、)。そんなイメージがあるのだ(あくまでも横島的には、であるが)。

 

 

 しかし使用した並びは『怒』れる『母』——

 

 何せ霊能力の“れ”の字もないくせに、最高の霊能者として崇めてすらいる雇主とガン付けやって手抜きの気合だけで渡り合い、その波動の余波によって空港を破壊しかけたバケモンなママンである。

 

 魔神の娘に攻撃されて生きている彼が、本気で殴られれば即死すると恐れている母の拳。

 

 珠の能力は込められたイメージが何より先行する。

 そんな恐怖の対象であるママンの破壊力イメージが込められている拳だ。回避できなければ死ぬしか道がない。

 

 しかし横島父子に神ですら殺せると信じさせている程の恐怖の鉄拳。それを喰らうと解っていて命を懸けて浮気やセクハラをする父子に乾杯だ。

 

 

 「ま、まぁ、それは横に置いといて……」

 

 

 現実逃避すべく、ここにこうっ、と横に置くジェスチャーをしてからチラリとネギと明日菜、未だ空にいる刹那と木乃香の様子を見た。

 

 空の二人と明日菜は単に疲労しているだけのようだが、ネギは明らかに疲労が目立つ。

 

 いや怪我ではなさそうだし、かのこによって治癒もなされてはいるが魔力が尽き掛けているので疲れ切っているのである。

 

 これは彼がやって来るまでかなり苦労させていたようだ。

 

 

 「悪りぃ。口ばっかでお前に投げっぱなしだったな」

 

 

 彼はそんなネギに対し謝罪した。

 

 憎まれ口を叩く事は多々あるが、元より横島は子供好き。何だかんだでかなり良心が痛んでたりする。

 

 ネギからすれば急に謝られたって焦る事しかできないのだが、それでもこの怪人の正体だけは思い当たった。

 

 

 「あの、ひょっとしてさっきの……それに……」

 

 

 あのシネマ村で木乃香らを救ってくれた人のような気もする。

 

 

 「ま、話は後にしようや。今はアレを………」

 

 

 

 

 

    グ ォ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ………

 

 

 

 

 彼が顔を向けると同時に響き渡る鬼の嘶き。

 

 横島に『吸』われなくなった所為か、どうにかある程度力を取り戻したスクナが雄たけびを上げて立ち上がってきたのだ。

 

 

 「きゃあっ!?」

 

 「お嬢様!!」

 

 

 硝子が砕ける程の空気の震動が響き、宙にいた二人もそれに巻き込まれてしまう。

 

 慌てて刹那は皆のいる場所に飛び、ネギ達の後ろに舞い降りる。

 

 

 「このか!!」

 

 「木乃香さん! よかった……」

 

 

 当然、心配しきりだった二人は慌てて駆け寄って行く。

 

 木乃香も詳しい説明は受けていないが、それでも皆が自分を救うために頑張ってくれていた事は理解できるので何とも言えない顔でお礼を口にしている。

 

 こんな状況ではあるが、微笑ましい事には変わりはない。

 

 

 『良かったな……』

 

 

 そう聞かせる事も無いつぶやきを唇に紡がせ、横島は鬼神に対峙する。

 

 

 彼のその視線の先、

 

 やっと動き出した事に安堵していた千草の姿。

 

 

 力を得た勢いからか、何かテンションが高い。

 

 

 横島はこんな事をしでかした女とはいえ、そんな彼女の事を哀れに思っていた。

 

 

 確かに強い力ではあるだろう。

 彼女の知る範囲で一番強く、制御し切れる力を持ち合わせてはいるだろう。

 

 

 だが、この鬼神は二度も封印を受けているのだ。

 

 更に制御する為の木乃香は既に奪い返されているので力を出し切れないだろうし、制御の要がいないのだから暴走に向かう事だろう。

 

 

 それに横島は知らぬ事であるが、この程度の鬼神。“大戦”当時なら掃いて捨てるほどいたのである。

 

 

 「よしっ! このままお嬢様を取り戻したらどないかなるっ!!

  お嬢様を返さんかいっ!!」

 

 

 哀れなほど往生際が悪かった。

 

 いや、ギリギリで計画を踏みつけられたらそうなろうというものだ。

 

 横島は、『『何時このか(お嬢様)がアンタ(貴様)のものになったっ!!』』と憤慨する少女らをかばう形でその前に立ち、ヤレヤレと肩を竦めていた。

 

 

 「どーやら……マジにイッパツニハツで終わらせられんよーやなぁ?

 

  えぇ? メガネ姉ちゃんよぉ……」

 

 

 どびくぅっ!!!

 

 

 静かだが、異様に重い声の横島の呟きを耳にした瞬間、千草は厳冬の沼に落とし込まれたような滑る怖気に身を包まれてしまった。

 

 

 「ア、アンタまさか……」

 

 

 圧倒的優位である筈なのに、勝機が全く見えなくなった。

 

 凄まじい力を得た筈なのに、唐突にマッチ棒程度にしか思えなくなった。

 

 東に対抗できるはずだったのに、部屋の隅でいじけていた方が建設的な気がし始めていた。

 

 

 そんな怯えを千草に見出した横島は一気に萌え上がり(←変態)、おしおきタイムは好きほーだい♪と霊力ゲージが跳ね上げる。

 

 

 「なっ!? ま、またあの人の力があがった?!」

 

 「凄いけど……何か不穏な気配もするんだけど……」

 

 『そぉっスか? アッシにゃあ何故か他人じゃないような気が……』

 

 

 そんな言葉を背に受け、横島はお面の下でヌタリとワラった(←既に悪人面)。

 

 

 「さて……体力の準備は万端か? じゃないと……コワレるぜ?」

 

 

 言葉はちょっとサイコさんでかなり怖い。

 

 しかもその身から迸るオーラはドピンクに彩られている。

 

 物質的な圧力すら感じさせられるパッションとゆーか、リビドーとゆーか……人の限界を超えたナニな終着点を見てしまった気になってしまうほどに。

 

 

 何と言うか……千草にはそっちの方が怖かった。

 

 

 

 

 

 

 同時刻。

 別の場所で戦っている二人の少女の攻撃力が唐突に増したというが……甚だ余談である。

 

 

 

 

 

 

 


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