-Ruin-   作:Croissant

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中編 -壱-

 

 

 ——はぁ……どうしたものでござろうか……

 

 

 青々とした竹が林立する竹林。

 その陰を縫い、少女が腕を組んで一人悩みつづけていた。

 

 登るだけでも難しい竹と竹の間に入り、其々の枝の間に足をかけ、見事なバランスで竹を揺らす事無く静止し続けている。

 

 その技も術も、その年齢からすれば度外れた技量であるが、そこまでしてやっている事は悩む事だけ。

 なんとも気の抜ける話である。

 

 

 無論、少女からすれば真剣であり、大切な事なのだ。

 

 

 頭に浮かぶのは一人の男性。

 

 思い出されるのはその唇の感触。

 

 

 それも昨夜の事なのであるから記憶も鮮明だ。

 

 尚且つ、時間が経てば経つほどにその感触がリアルに思い出さされてしまい、まともに顔を合わせる事も難しい。

 だというのに、合わせないと妙に淋しさも浮かんでくるアンビバレンツ。

 

 

 「はぅ……」

 

 

 妙に熱い吐息が零れ、顔を赤くして思わずしゃがみ込んでしまう少女。

 

 言うまでもなく竹の枝葉の上なのであるが、無意識に取っているバランスは驚嘆するのみ。

 内容とのギャップが酷すぎるが。

 

 

 頬の火照りは然程続かないものの、胸の奥を締め付けてくる感触は理解し難い。というより、全く解らない。

 

 それに、自分の口の中に差し入れられた舌を思い出すと下がった筈の体温が上がってくる。

 

 

 ……いや、“無理矢理された”というのならもっと冷静でいられたかもしれない。

 

 

 初めからそれを狙っており、自分から彼の唇を求め、無意識にであろうがその彼から過剰サービスで返された。

 

 そこが問題……

 いや? あの時の嫌がっていた訳ではなく、どこか悦んでいたような気も……

 

 キスをした…というのではなく、唇を奪い、逆襲されたというシチュエーションは兎も角、そうまでされた事に嫌悪の“け”の字も浮かばず、奇妙な感激すら湧いてきていた。

 

 そこにも照れが現れてくるのである。

 

 

 「……って、何で拙者は照れてるでござるか!?」

 

 

 はぁ…とまた溜め息一つ。

 

 十四年というまだまだ浅い人生であるが、それなりの経験は積んで来たつもりであった。

 

 だが、流石にこういった手合い——はっきり言えば“色恋沙汰”という難問にぶち当たった事が無い少女は、心底戸惑っているのである。

 

 

 何とか立ち直ったのか、また腕を組んで溜め息一つ。

 

 

 「結局……拙者は何がしたかったのでござろう………」

 

 

 思い浮かぶのは困ったように笑う彼の顔。

 

 学生達に逆恨みされて泣いている彼の顔。

 

 表情が豊かなので、百面相が如く変化する彼の顔だ。

 

 しかし、気の所為かもしれないが彼が本当の意味で笑顔を見せてくれた事がないような気もしてくる。

 

 

 そんな彼の心からの笑顔が見てみたくて、

 

 そんな彼に心からの笑顔を浮かべさせてあげたくて事に及んだ……筈なのであるが——

 

 

 「拙者は……」

 

 

 結局、少女の唇は次の言葉を紡げなかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……等と乙女っポイことを悩んでいる少女の下方では——

 

 

 

 

 「そーゆうデカイ口叩くんやったら、まずはこの俺と戦ってもらおうか」

 

 

 

 という、けっこうマジな戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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              ■十時間目:独立愚連隊ニシへ (中) −壱−

 

 

 

 

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 「しっかし……ホント、タダキチ君って強いね〜 お姉さん感心しちゃったよ。

  つーか、ホントに初めてなの?」

 

 「ふ……何を隠そう、オレは遊びの達人なんや」

 

 

 嵯峨野のゲームセンター。

 

 何ではるばる京都に来てまでゲーセンなのかという気がしないでもないが、そこには何だかご機嫌の眼鏡少女と、その彼女に肩を叩かれて胸を張っている少年。

 そんな二人を呆れた眼で見つめながら紙パックのジュースを啜る少女、

 

 そして、

 

 

 「せっちゃん!!」

 

 「わぁああっ!? お、お嬢様!?」

 

 

 何だか目を瞑って考え事(?)をしていた少女に纏わり着くストレートロングの黒髪を湛えた少女と……

 

 

 「ま、待たせたアルね……」

 

 

 何だかやたら手洗いを往復している中華娘がいた。

 

 

 何故にここに皆が寄り集まっていたのかというと、実は眼鏡魔人ハルナに引っ張って来られたからだ。

 

 彼女が言うには、ここにあるカードゲームの筐体でゲームを行い、上手くいけば関西限定版レアカードが手に入る……かもしれないとの事。

 

 まぁ、実際にはレアというだけあって早々簡単に入手はできなかったりするのであるが、チャレンジしなければ確率は何時まで経ってもゼロだ。

 だからハルナ達は件のカードゲームのゲーセンバージョンを遊びに来たと言う訳である。

 

 そのゲームは巷でけっこう流行っており、プレイヤーは魔法使いとなって、さまざまなカードを使用して戦術戦略を駆使して戦うというシステムである。

 

 新幹線内でハルナらが行っていたのをネギも見て興味を引かれていたし、何より魔法で戦うという内容にも何やらやってみたい気が湧いてきていた。

 

 だから夕映らの勧めもあってネギも最初はやっていたのであるが、途中でハルナに勧められて横島が乱入。

 

 

 

 そこから伝説が始まった。

 

 

 

 元々、横島という男はどういう訳か遊び関係にめっぽう強い。

 遊びに関してだけ……といのは言い過ぎかもしれないが、実際に無茶苦茶強いのだ。

 

 流石に某修行場の猿には格ゲーでは及ばなかったものの、一般人相手なら無意味なほど強かったりする。

 

 ハルナらがやっているのを後から見てルールを覚え、スタートセットのカードの特性をじっくり読んで頭に叩き込み、“戦い方”というものをあっという間に理解してしまったのである。

 

 いや、これがもっと単純なルールのものであればもっと梃子摺ったであろう。

 だがしかし、このゲームはそれぞれのカードに特性がくっついていてややこしい分、逆に勝利への抜け道が多量にあるのだ。

 

 元より『卑怯でケッコー、メリケン粉♪』な戦いを普通としている職場で培われた生き汚さは伊達ではない。 

 筐体相手の戦いは元より、途中で対戦を挑んで来た自信ありげな少年らをも速攻でフルボッコにしてしまうほどだった。

 

 無論、中身が大人びていよーが成長していよーが、その本質はやはり横島忠夫である。

 正々堂々とした戦い方では無く、ちまちまとした挑発攻撃込みのトラップメインな、おもっきり卑怯戦法であった事は言うまでも無い。

 つか、トラップカードルールがある時点で勝ちは決まったようなものだった。

 

 余りに渋すぎる戦い方であるが、ぶっちゃけ彼からすれば勝ちゃあ良いのである。

 

 大攻撃より地味攻撃。辛勝でも大勝利!

 元上司に叩き込まれている『如何なる方法をもってしても勝てば美酒を呷り、負ければ辛酸を舐めるのよ! オーホッホッホ……』の教えは健在のようだ。

 

 当然ながらかな〜り盛り上がりに欠ける為、地元の子供達にはブーイング喰らっていたが、逆に麻帆良の少女らには感心されてたりする。

 何せ刹那でさえ、横島の挑発を込めた駆け引き攻撃の妙には見入っていたくらいなのだから。

 

 さて——

 そのボコられた子供らの中には夕映を参謀につけたネギと、何だか妙な気配を持ったニット帽の少年もいたのであるが、言うまでも無く結果は……

 

 

 「でも、ちょっとやり過ぎたんじゃない? あそこまでボコらなくても…」

 

 「って、言われてもなぁ……正直、アイツら弱すぎたで?

  ごっつ攻撃パターン読み易かったし」

 

 「ま、まぁ、あれだけ真っ直ぐな戦い方してたらキミみたいなトリックスターには勝てないでしょうけど……」

 

 

 案の定、見事な敗北を見せてくださっていた。

 

 

 横島がエグイのは、無意識にではあるが相手のオーラを探ってしまうところである。

 

 相手の気勢が解かるのだから後は簡単だ。

 向こうがトラップを意識すると正々堂々と戦い、逆に向こうが正面戦闘だと踏んでくればトラップを発動するだけである。

 

 だとしても彼は店内ではスタートセットしか買えておらず、ネギにしても夕映に借りたスタートセットだったのでカード内容はほぼ五分だった。

 つまり、駆け引きでネギらは負けた訳である。

 

 

 「うう……こんな子供に読み負けてしまうとは……」

 

 

 と、夕映も負けを認め、膝をついていたし。

 

 しかし、実のところ彼女が横島より劣っていると言うわけではない。

 彼女は優秀な戦略家で戦術家でもあった。

 

 単に横島が汚過ぎるだけなのである。

 

 おそらく楓や古なら直ぐ勝てるだろう。

 男キャラやモンスター以外…特に女の子キャラの絵のカードは犠牲にしてないのだから。

 

 

 「あれ? そう言えばネギ先生は?」

 

 「……あ、のどかもいませんね」

 

 「アスナもおれへんよ〜?」

 

 

 勝ちまくりはしたがレアは入らず、肩を落としつつ休憩を取っているハルナらであったが、今頃になってメンバーが足りなくなっている事に気が付いた。

 

 どうやら彼女らはゲームに熱中していた余り、三人が消えていた事に気が付かなかったようだ。

 

 無論、刹那は明日菜とネギがいなくなっている事はとっくに気付いている。

 というより、あの二人が彼女と古に目配せをして出て行ったのであるから知っていて当然だ。

 

 言うまでも無く本山に親書を届ける為にこっそりと出て行ったのであるが、のどかまでがいなくなっているのはよく解らない。

 

 刹那も一瞬、戸惑いを見せたものの、一緒にいる古が顔色一つ変えていないし、ちょくちょく手洗いに行っている。

 あれはどこか…楓辺りに連絡を取りに行っているのだろうと(勝手に)納得して黙っていた。

 

 ハルナらがまたぞろ騒ぎ始めたので落ち着いて場所を変えようと言葉を掛けようとしたその時、

 

 

 「!?」

 

 

 首筋にジクリとした殺気を感じ、慌てて身を捩った。

 

 その瞬間、風を切る音がして目の前を黒い何かが通り過ぎ、UFOキャッチャーの筐体の縁に突き刺さった。

 

 

 『棒手裏剣!?』

 

 

 周囲の人間に気付かれない内にそれを引き抜き、店の入り口に目を向ける。

 

 

 ニコ…

 

 

 そこには、一昨日の晩と同様に、お嬢様然とした衣装に身を包んだ剣鬼が微笑を浮かべて立っていた。

 

 

 

 

 その手に剣呑な得物を携えて——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、その頃……

 

 

 

 開かれた竹林の中に赤い鳥居が立ち並んでおり、その下を全力疾走で三つの影……と、一つの小さい影が駆けていた。

 

 

 先頭を駆ける影はまだ幼い少年。

 

 それを追い、攻撃を仕掛けているのもまた同じくらいの年頃の少年。

 

 そしてその二人の間に何とか割り込もうと努力を続けているのは少しばかり年上であろう少女の影だ。

 

 小さな影は、そんな三人を追っている手のひらサイズの人形のような少女の影。

 

 何というか、かなり非現実的な光景がそこに広がっていた。

 

 

 ここは炫毘古神社——の入り口。

 

 外観が伏見稲荷に良く似ているが、古くから西日本の呪術の総本山として知られている関西呪術協会の本山なのである。

 

 それなりに力がある者であれば見ただけで相当強力な結界が張られている事が理解できるであろうほどで、恐らく入り口である鳥居を潜らねば何かしらの罠に捕われてしまう事であろう。

 

 そして現にその少女を含む三人(+1体と1匹)はそこに囚われてしまっているのだ。

 

 とは言っても、別に彼女らは竹林の方から突撃した訳ではない。

 ちゃんと正式な入り口である鳥居の方から入っていたにもかかわらず、彼女らは囚われてしまったのである。

 

 

 

 『半径約250mほどの円形の結界でござるか……それも繋がっているだけ……

  これは完全に時間稼ぎの結界でござるな……』

 

 

 流石に戦いが始まれば竹の上から様子を窺っていた少女——楓も再起動を果たせていた。

 何時までもハズい思考に沈んでいる彼女ではない。戦いが始まれば直にスイッチが切り替わり、妄想を振り払えている。

 

 

 ……まぁ、悩み事を棚の上に置いて後回しにしただけという説もあるが。

 

 

 ともあれ、相変わらず竹を撓らせる事も無くその枝の間に足をかけて立っている彼女は、下方の諍いを見守りながら、ふーむ……と首を傾げていた。

 

 いや、彼女が結界を破る……というのであれば、実は然程苦労はしない。

 

 こう言った結界——無間方処の呪法——の場合、中心に“核”となるモノが置かれているか、出入り口が括られているか…なのだから。

 手段としては“核”を探して破壊するか、出入り口を括っている“門”を壊せば良いだけだ。

 

 

 だが、彼女は“まだ”動けなかった。

 

 

 彼女が学園長から与えられた任務は子供教師……先頭を走り、追撃を防御しつつも何とか隙を見出そうと努力を続けている少年……の補助と木乃香の護衛である。しかし、この中に“命の危機が迫らない限り手を出してはならない”という“おまけ”がついていた。

 

 当然であるが今現在は魔法に接点の無い木乃香に危機が迫った場合は話は別であるが、ネギの方は試練を受け続けなければならない。

 だから戦いの覚悟は元より、様々な状況でも対応できる精神を養わねばならないのである。

 

 数え十歳相手に何させやがる!? と教育委員会に正面から喧嘩売ってるような連中であるが、魔法界という“裏”に関わる以上危険は常に付いて回るのだ。

 

 それに……

 

 

 ——既にあの学園長は、ネギと真祖の吸血鬼を戦わせている。

 

 

 当然、そこには女子供を殺さないという信条を掲げている吸血鬼を信頼して戦わせたのであろうが、普通ならどう考えてもやり過ぎだ。

 

 未だ様子を見続けている楓も、学園長から話を聞いた時には呆れてものが言えなくなったくらいである。

 

 

 甚だ余談となるが——

 

 真祖の吸血鬼とやらの実力を知らなかった楓は、その事を横島に質問したのであるが、彼は自分の知識から件の存在を……

 

 

 『昔話に出てくるヤツと同じで蝙蝠になったり霧になったり、人間の血ぃ吸って下僕にしたりできるけど、

 

  その本質は 物 騒 で ア ホ で 時 代 遅 れ な 田 舎 モ ン だ 』

 

 

 と答えている。

 

 まぁ、彼が知っている範囲で真祖の吸血鬼を語るとそうなってしまうだろう。

 

 彼の知るそれは、確かにその昔ヨーロッパに死と破滅をぶちまいた恐るべき存在であるが本質はバカタレであった。

 

 とてつもない魔力を持っていたにもかかわらず、その力の片鱗を見せぬまま息子と噛みつき合戦をして敗北し、封印されてしまったほど。

 

 その息子にしてもバンパイアハーフだからか、水の流れや陽光にもビクともしないくせに、ガーリックパウダーで半死半生になるし、音楽センスねーわ何かナルシー気味だわでどこかヌケまくっている。

 

 それで七百歳だというのだから、学園に封印されている600歳程度で、尚且つ“たかが600万$程度”の賞金首でしかない吸血鬼をどう恐れればよいと言うのだろうか?

 

 

 そんなこんなで、間違った認識をもっている横島から教えてもらっている楓だから、件の吸血鬼……エヴァンジェリンに対する認識はかな〜り生あたたかいものへと変貌していたりする。

 

 

 —閑話休題(それはさておき)

 

 

 まぁ、本来ならここまでややこしい状況になっていなかったかもしれないが、彼女のライバルが言っていた通り『学園長と長の見通しが甘かった』と言えなくもない。

 

 しかし、少女はここに第三者の介入を感じなくも無かった。

 

 ここ最近鍛え上げられて行く“霊的”な力のお陰で妙に感覚が冴えてきている彼女だからこその“勘”かもしれないが。

 

 

 「オラオラオラオラオラーっ!!」

 

 「あうーっ!!」

 

 

 そんな少女の視線の先では、氣が篭った拳のラッシュを喰らってネギの物理障壁もかなりキツくなってきていた。

 

 

 何せこの西の刺客であろう少年の動きが速すぎる為、明日菜とネギの二対一で戦っているというのに掠りもしない。

 

 さっきから少年はネギを追い詰め、明日菜がそれを防ごうとするのだが少年に攻撃が当たらないのだ。

 

 ネギも防ごうと必死なのだが、何せ彼は術者なので体術の方は大した事が無い。魔力で強化しているだけ一般人よりマシというだけである。

 だからその防戦は単に障壁を削られるだけの一方的な消耗戦となっていた。

 

 

 更にはこの並び——

 

 ネギが逃げ、少年が追い、その少年を明日菜が追う。

 

 これでは圧倒的にネギらの方が不利である。

 

 

 「ちょこまか逃げんな! このチビ助!!」

 

 「!」

 

 

 全身のバネをもって、掬い上げるような掌底。

 

 ネギの張った不可視の壁をぶち抜かれ、ある程度衝撃を失ったものの打たれ慣れしていないネギにとって十分にダメージとなる一撃を顔にもらってしまった。

 

 

 「ネギ!!」

 

 

 慌てて駆け寄る明日菜であるが、走らねば届かないほど距離がある。

 つまり、ダッシュ時に二人に負けているのだ。それでは少年の攻撃に追いつかないのも当然であろう。

 

 

 「う……」

 

 

 打ち倒されたネギであるが、それでも何とか身を起こす。

 口の中を切ったのか、やや血を吐いたもののダメージは深くないようだ。

 

 そんなネギを見、既に勝った気でいる少年は、

 

 

 「どや、見たか!!??

  俺は弱ぁないで?! 強いんや!! 同情される謂れは無いわ!!!」

 

 

 と血管を浮かべてネギに吠えた。

 

 横島にフルボッコされた彼を、ウッカリ慰めてしまったネギに対し、プライドを傷つけられた少年は逆上して襲い掛かっていた。

 ……としか思えないセリフである。

 

 

 まるで関係ないところで何気なく敵を逆上させてしまうところは、やはり横島であった。

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 タッタッタッタ……

 

 

 けっこう息が乱れてはいるが、それなりの速度で商店街を突っ切って行く。

 

 それを追うように左斜め後方辺りから足跡が響いてくる。

 尤も、道路を踏みしめる音ではなく、瓦を踏む音。つまり、屋根瓦の上を駆けているのだ。

 

 

 「せ、せっちゃん、どこ行くん?

  足速いよぉ——」

 

 「ああっ、す、すいません! このかお嬢様!」

 

 

 木乃香、そして……

 

 

 「な、なぜ……いきなり……マラソン大会に…?」

 

 「ちょ、ちよっと桜咲さん……何かあったのー?!」

 

 

 と、遅れて駆けてくるハルナと夕映。

 先頭を走る刹那以外は、丁度何だかんだで体力のある図書館探検部のメンバーなので何とかなっている。実はこの部は非常に体力を必要としているのだ。

 

 そしてその後を、

 

 

 「うーむ……棒手裏剣かよ。

  街のど真ん中で物騒なやっちゃ」

 

 

 ものごっつ体力のあるオコサマと、その相方である古がてってけてってけ余裕で駆けて来ている。

 

 どこが余裕なのかというと、木乃香を狙って投げ付けてくる棒手裏剣を片っ端から掴み取っているのだ。

 尚且つ根が貧乏性である彼はそれをどんどん懐に収めてゆく。これを余裕といわず何と言おう?

 

 しかし、確かに勿体無いとは思うが、刺さったりしないのだろうか?

 

 

 そしてそんな彼らの後を追う二つの影。

 

 一つは……

 

 

 「ぴぃ〜♪」

 

 

 自分のご主人様が駆け出したからか、或いは鬼ごっこか何かと勘違いをしているのか、何だか楽しそうに後を追っている かのこ。

 普通の鹿ではなく、精霊である為か息切れもせずについて来ているのだが、その分やたら目立っていたりする。

 

 

 そしてもう一つの影。

 

 

 「む〜〜……」

 

 

 襲撃を仕掛けた側の者。

 

 その追跡者…少女であるが…は今の状況が不満そうだった。

 

 彼女の狙いは先頭の刹那であり、決してこんなミョーなオコサマではない。

 追従している小鹿も可愛いくて良いのだが、狩りたいという欲求を持たせるは程遠い。目には麗しいのだけど。

 

 彼女にしてみれば焦れた刹那が自分に向って迎撃行動に入って欲しいところなのだが、その肝心の攻撃がターゲットに殆ど届いていないのである。

 

 いや実際には届いてはいるのだけど、当たるよりも前に掴み取られているので意味が無いのだ。

 

 何しろそのオコサマ、手癖の悪さは天下一品。

 その掴み取りが余りに素早い為、彼女には掴み取っているように見えていないのである。

 

 

 外見は深窓の令嬢のような少女であるが、その中身は剣客。

 おまけに“死合”が好きというかなり物騒な性格をしている。

 

 だから……という訳でもないが、死闘以外に余り興味がない為、仕事以外では自分で決めたターゲットの他には興味が湧かなかった。

 よってそのオコサマは完全に眼中に入れていない。それ故の大失敗なのである。

 

 気配は一般人。

 行動も単なるオコサマ。 

 

 しかしてその中身は二十歳越えの立派(?)な青年男子であり、業界屈指の霊能力者、横島忠夫である。

 

 あまたの存在に舐めた眼で見られ、そのほぼ全てを裏切って痛い目に遭わせ続けている彼だ。

 弾丸を掴み取るほどの実力がなれば生きていられない職場にいた横島だからからこそできる芸当である。

 この刺客……月詠程度の眼力では見極められまい。

 

 ……まぁ、雇い主のシャワーシーンを覗いているのを察知され、その場から逃げる際に培われた技術だったりするが。

 

 

 「ええ〜いっ」

 

 

 なんとも気が抜ける声であるが、月詠からすれば気合が篭っているのだろう。

 兎に角、袖口から引き抜いた四本の棒手裏剣をまたしても……そして今まで以上の氣を込めて投擲する。

 

 

 普通の手裏剣と棒手裏剣の違いは速度と音で、十字手裏剣や八方手裏剣などは幾ら高速回転し殺傷能力が高くなろうと音によって避けられる事がある。これは手裏剣術を修めている者が投げても同様だ。

 無論、対象がそれなり以上の技量を備えていなければどうしようもないだろうが。

 

 しかし棒手裏剣の場合は軌道は直線のみなので解りやすいものの、音も少なく速度も速い為、“間”と呼吸が読めていないとどうにもらない。

 

 

 ハズである——

 

 

 「ちょいさっ!!」

 

 

 空中に投げ上げられた壁に弾かれ、勢いを失ったそれは又しても奪い取られてしまった。

 

 今までは余りと言えば余りにその奪い取られる技が速かった為、やはり月詠の眼ですら捉えきれていなかったのであるが、そんな現象が起きれば流石に彼女でも理解が出来るというもの。

 

 

 「あれ〜? 刹那さん以外にも誰か付いとるんやろか〜?」

 

 

 それでも振り返って月詠の様子を窺おうともしていない横島にはまだ気付けていなかったりする。

 

 

 「う〜〜ん……いけずやわぁ……刹那さんの技量が解らしまへん」

 

 

 何とも勝手な言い草であるが、そんな妨害を受けたというのに彼女はその意識を再びターゲットに向けた。

 

 言うまでもなく、それは自分の技量に確たる自信があっての事。

 普通の攻撃ならば今行われたとしてもどうにでもなるし、刹那同様会得している神鳴流には飛び道具が役に立たない。

 いや、正確に言うと、飛び道具に対する防御手段を叩き込まれているのであるが……

 

 

 

 「ほいっ」

 

 

 

 相手が非常に悪かった。

 

 

 「え? あ〜〜〜〜〜〜…………」

 

 

 月詠は踏み出した足が瓦を踏む前に何かを踏み潰し、足を滑らせてしまった。

 

 

 実は横島、確かに背後の月詠に目を向けてはいなかったのだが、ずっと彼女の視線を手繰り続けていたのである。

 だから彼女の気配が刹那に動いた瞬間、横島は速度を緩めて月詠の真横に移動し、懐から生卵を取り出して横合いに投げつけたのだ。

 

 見事その卵は月詠が踏む場所に命中し、うっかり踏み潰してしまった彼女はそのヌメりで足を滑らせ屋根から落下してしまったのである。

 

 

 「ふ…ちょっち勿体無かったけどな……」

 

 

 生卵一個の事で物惜しげに溜め息を吐く横島。貧乏性は抜けていないようだ。

 

 『今思えば朝食の生卵をガメていたのは正解だった……』と彼は思っている。

 よく割らずに今まで持ち歩けたものであるが。

 

 それに何だかんだでプロである月詠の足の置かれるであろう所に生卵を命中させられた横島。

 彼女に投げたものではなく、横合いから足が行く場に投げ付けた為に回避行動が取れなかったのだ。そんな彼の技量には感心するより呆れが出てしまう。

 

 大体、自分より圧倒的に強い存在の隙を突き続けていた彼だ。とっくの昔におちょくりつつ逃げる能力は人間を超えていたりする。

 

 

 物音に気付き、刹那が後ろを振り返った時には既に横島は古が駆けている位置にまで戻っている。

 流石は神域の逃げ足所持者だ。

 

 だから後ろを振り返った刹那が見たものは道路に落ちる月詠くらい。

 二人とも何が起こったか、誰に何をされたか気付けまい。

 

 恐るべしは横島の誤魔化し能力の高さであろう。

 

 

 何だかよく解らないが、刹那はあの追跡者が屋根から落下してへたり込んだのを見た。

 

 どうせあの程度で仕留められはすまいが、それでも時間稼ぎにはなってくれるだろう。

 自分は何もしていないので、おそらく後を駆けている筈の古が何かやってくれたのだろうか。

 

 感謝の気持ちを持って、古の方へと目を向けると……

 

 

 「ぶっ!?」

 

 

 その顔を見て噴いてしまった。

 

 

 「なっ!? く、古ぅ!?」

 

 「ふぇっ? な、ナニあるか?!」

 

 

 驚いてそう問い掛けるが、言われた古の方が気付いていない。

 

 横島もその刹那の様子に首を傾げ、右斜め後の第二パートナーを見……

 

 

 「ぶーっ!!??」

 

 

 彼もまた噴出してしまった。

 

 

 「ナ!? ナニがどうしたアル!!??」

 

 

 未だ恥ずかしさ抜けきらず、横島に顔を向けられなかった古であったが、流石に彼のその様子に驚いて駆け寄る。

 

 

 「な、なんじゃそりゃ——っ!?

  古ちゃん、どーしたんやそれっ!?」

 

 「は? ナ、ナニが……?」

 

 

 指差して慌てる横島であるが、当の古はさっぱり解らない。

 

 

 その騒ぎに気付いたハルナや夕映らも古を見て噴く。

 変化が無いのは木乃香ぐらいだ。

 

 流石に異常に気付き、古は皆の視線を追って自分の顔に続いている事を見て取った。

 内心、首を傾げつつ顔に触れてみると……

 

 

 「なっ、何アルかコレ!?」

 

 「それはこっちのセリフじゃ——っ!!」

 

 

 今の古の顔は、ひょうたんの様な形にびろーんと水風船が如く膨らんで垂れ下がっていたのである。

 

 訳が解らず混乱する古であるが、そのたぷんとした手触りで何が起こっていたのか理解した。

 

 実は古、横島の近くにいると照れて顔色が変わりまくってしまう為、親友である超の提案に乗ってマスクを被っていたのであるが……

 古は慣れない異性への照れからか、超謹製マスクの発汗対応限界を超えてしまっているのである。

 

 先程からトイレを往復しているのはマスクの中から汗を掻き出し、無くなった分の水分を摂取しているからだ。

 

 

 そして今はその暇が無かった為、マスクの下に汗がたぷーんと溜りまくっていたのである。

 

 

 「あわ、あわわわ……」

 

 

 慌てて電信柱の陰に隠れ、バシャーと汗を捨て、タオルで拭きまくって更にデオドラントして顔をスッキリさせてから戻ってくる古。

 急に顔が細くなった為、皆目を丸くしていたりするが。

 

 

 「あ、あの……古。一体何が……」

 

 「何でもないアルよ? 全然サッパリ何でもないアルよ?」

 

 「そ、そーなん?」

 

 

 刹那や木乃香もかなりいぶかしげな目で古を見る。

 無論、マスクだから作り物の表情しか出ていないので顔色一つ変わるわけが無い。

 

 だから見た目が平気そうなので本人が何でもないというのだから納得するしかなかった。

 まぁ、表情が変化していないのでかなり不自然ではあるのだけど……

 

 

 「ふぅふぅ……そ、それにしても、何故いきなり走り出したですか?」

 

 「そ、そーだよ……ひぃひぃ……」

 

 

 立ち止まった事により、一気に疲労を実感してしまったか、ハルナと夕映がへたり込んでしまう。

 

 木乃香も口にはしていないが、同じ疑問をもっていた。

 

 

 「え、ええと……」

 

 

 口篭もる刹那であるが、ここで説明している暇は無い。

 

 月詠は墜落はしたが倒したわけではないのだ。直に立ち上がって追撃して来るだろう。

 

 しかしこのまま駆けて行っても何にもなら無いし、宿から既に離れすぎている。

 となると、どこかでやり過ごすしか手が無いわけで……

 

 

 「あれ? あそこってシネマ村やん。

  おねーちゃん、シネマ村に来たかったん?」

 

 「え?」

 

 

 タダキチの声に指し示されるかのように振り返る刹那。

 

 と、そこには京都の観光名所の一つ、太奏シネマ村の入り口がその佇まいを見せているではないか。

 

 

 『シネマ村…

  よし、ここならば!!』

 

 

 時代劇等を撮影する様に江戸時代の町並みが整えられているシネマ村。

 当然ながら観光名所なので人目も多く、ここなら目立った行動や攻撃はできない筈だ。

 

 

 「すいません!

  わ、私、このか…さんと……ふ、二人きりになりたいんです!!

  ここで別れましょう!!」

 

 「え!?」

 

 

 いきなりナニ言い出すですか!? と夕映らが問う間もなく、

 

 

 「お嬢様 失礼!」

 「ふぇ?」

 

 

 刹那は木乃香を抱き上げると、そのまま塀を跳び越えてシネマ村へと入って行ってしまった。

 

 

 「……ふぇ〜……セツナさん、やるアルね」

 

 「ま、あれくらいはやるだろーさ。それより問題は……」

 

 

 感心している古は由として、

 何だか疲れたような顔をしつつ横島はハルナらに目を向けてみると……

 

 

 「……女の子同士……二人きり……まさか……」

 

 「そう言うコトなんでしょうか……?」

 

 

 案の定、何だか二人は妙な誤解をしているではないか。

 

 人がせっかく誤魔化すネタを振ってやったというのに、あんなクソハデな逃走行為をかましてシネマ村に逃げ込むもんだから、余計な誤解を生んでいるではないか。

 

 他人の事は言えないが、もっと言い方に気をつけた方が良いぞと横島はコッソリとツッコミを入れていた。

 

 

 「老師!!」

 

 「え……? んなっ!?」

 

 

 やれやれ…と、ハルナらの見ていた横島であったが、突然の古の呼びかけに慌てて首を廻らせる。

 

 すると、何時の間に立ち直っていたのか、さっき撃墜した刺客がたんっと軽い音を立てて地を蹴り、塀を飛び越えて行くのが目に入った。

 

 

 「白か!?」

 

 

 ……ついでに別のものも目に入っていた。

 

 

 だが、ウッカリ月詠の様な年齢の少女の“それ”を見つめていた自分にハッと気付き、『オレという奴ぁーっ!!』とコンクリートの壁にヘッドバットして諌める。

 

 

 しかしそんな大馬鹿野郎な事をしている暇は無かった。

 

 

 「老師! ユエ達が……!!」

 

 「へ?」

 

 

 何と横島と古が月詠に気を取られた挙句、奇行をぶちかましている間に異変に気付かなかった二人は、持ち前の好奇心からか木乃香らを追ってシネマ村に入って行っているではないか。

 

 これでは横島が何気なくシネマ村がある事を刹那に教えた意味が無い。

 

 

 「あ、夕映ねーちゃん、ハルナねーちゃん、ちょっと待って!!」

 

 

 もうこうなったら止める方法は一つしかない。

 

 『人の恋路を邪魔したら馬に蹴られて地獄へ落ちるで?』とボケかまして踏み留まらせるのだ。

 

 何だか刹那のコレからが大変になるよーな気がしないでもないが、気にしてはいけない。

 

 それより“一般人”である彼女らが怪我するかしないかの方が大事なのだから。

 

 

 古と共に慌てて駆け出し、戯言だろーがなんだろーが戯言ぶちかましてでも二人を止める……そう決心してゲートを飛び越え……

 

 

 「おおーっと、ダメだよ。

  お嬢ちゃん、ボク。ちゃんとお金を払っていくんだよ」

 

 

 ようとして、同心の衣装を身に纏った守衛さんにガッチリ止められてしまった。

 

 

 「あ、あの、オレ……」

 

 「ははは……慌てなくてもシネマ村は逃げないよ。

  でも、ちゃんとお金払わないと火盗改方の怖いお役人様にお縄にされて、逆さ張り付けでロウソク垂らされちゃうぞ?」

 

 「イヤ——っ!!

  そんな新境地は勘弁してぇ——っ!!」

 

 

 そんなやり取りが行われている間にハルナ達二人は刹那を追って奥へと入って行ってしまうのだった。

 

 

 これが、後の大騒ぎへと発展するのである。

 

 

 

 

 

 

 「む……」

 

 

 ネギが殴られた瞬間、ス…とクナイを取り出して身構えた楓であったが、投擲する直前に思いとどまった。

 

 というのも、ネギの目を見たからだ。

 

 

 よく解らないが、あの少年が何か挑発的な事を言い、それを聞いたネギの表情が一変したのである。

 

 ネギの心のどんな琴線に触れたかは不明であるが、あの目は諦めや助けを待つ目ではない。

 

 眼前の敵と戦おうとする者の目だ。

 

 

 圧倒的に経験が少ない為か、まだまだ“ゆるい”がそれでも意志に火が入った事だけは楓にも解った。

 

 となると……

 

 

 「後は策を思い付かせるだけの“間”の確保でござるが……」

 

 

 ではクナイでは役が違う。

 別のものを取り出そうと、懐に手を入れた時、

 

 

 「オン・アクヴィラウンキャシャラクマン」

 

 

 「お?」

 

 

 「ヴァン!!」

 

 バフン…ッ!!

 

 

 投げ込まれたペットボトルが弾け、ネギらの周囲が霧のような水煙に包まれた。

 

 

 「ほぅ?」

 

 

 その霧に紛れて明日菜がネギを抱え上げ、全速力で撤退する。

 

 少年の方が忍の体術を会得しているというのに、忍のような術で逃げられてしまうとは何とも皮肉な話である。

 

 

 『歳のわりには中々やるでござるが……少々冷静さが足りぬようでござるな。

  あの程度で逃げられるとは……』

 

 

 等と同じように忍の技を使うからか、ネギ達の手際に感心しつつもウッカリ敵を評価してしまう楓。

 

 直にそのことに気付き、苦笑して意識を己の担任に戻した。

 

 まがりなりにも楓は忍である。

 だから魔法そのものには疎くとも、和系の呪文だけならば多少なりとも覚えがあった。

 

 よって今耳にした呪文が“八字の咒”と呼ばれているものである事に気が付いている。

 

 となると、そんなものを駆使してネギを逃がしたのであるから、あの場にはネギ側の陰陽術を使える者がいるという事となる。

 いや、エラく可愛らしい声であったが、何だか刹那の声に似ていたよーな気も……

 

 

 「ふぅむ……?」

 

 

 ひょっとすると、あの彼らの後をふわふわ浮いて付いて行っていた“ちんまい”のが刹那の<分け身>か陽身なのかもしれない。

 

 

 多少気にはなったが、敵ではなさそうだから後回し。

 今はあの敵の少年を観察する方が大事だとも意識を向けなおす楓。まぁ、ネギ達を殺す気はないだろうという事は確認できたのだが。

 

 年の頃はネギとほぼ同じくらい。しかし実戦慣れしているようだから、あの歳で結構深く裏に関わっているのだろう。

 ただ、ちょっと気が短めのようで、状況判断が甘く、短慮からやり過ぎてしまいかねない。

 それには注意が必要だろう。

 

 今もカッカして二人(四人?)を見失っているし。

 この辺は今後の成長に期待するところか?

 

 

 「とと…またあの少年の肩を持ってしまったでござるな。反省反省」

 

 

 コツン…と頭を叩き、苦笑して視線を下に戻と、未だ少年はネギの気配を探して竹やぶの中を駆け回っている。

 

 

 『ヤレヤレ……

  気配を感じないという事は、気配を紛らわせるものの近くにいるという事でござるに……』

 

 

 刺客のくせに何だか間が抜けているでござるなぁ……と苦笑が出たが、このまま指を咥えて見ているだけという訳にも行かないし、刹那らにも手を貸すと言ってしまっている。

 さて、ネギらの戦いにどう手を貸せばよいかと首を捻っていると……

 

 

 「おろ?」

 

 

 

 妙な本を持って石畳を駆けている同級生の姿が目に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 考えてみれば、シネマ村という場ほど異様な場所は無いのかもしれない。

 

 というのも、ここは様々な時代劇を撮れるセットが建ち並んでいる。

 

 京都という土地には、他にも時代劇を撮る為に場を借りている寺もあるが、町並みは大体ここだ。

 

 江戸の町並や京の町並、そして江戸時代初期から幕末を同じ場を使って撮影するのだから、通りを曲がった瞬間に時代が変わったりする。

 

 現実と切り離された隔離時代を体感し、タイムスリップしている気すらしてきて中々面白い。

 

 

 尤も、通りの陰で胸を撫で下ろしていた少女にとって、そんな事はどうでも良かった。

 

 

 『これだけ人がいれば襲っては来れまい……

  ここで時間を稼ぎ、ネギ先生達の帰りを待つのがいいだろう』

 

 

 つまりはそう言うことだ。

 

 魔法関係者というものは、正邪の違いはあっても魔法の存在が公になる事を嫌う。

 だからこれだけ人目の多い場所にいれば目立った事を仕掛けてはこないだろうという踏んだのである。

 

 

 成る程確かに人が多い。

 

 

 観光客や、刹那らのように修学旅行の学生、そして……

 

 

 「せっちゃん

  せっちゃん〜〜♪」

 

 「はい?」

 

 

 攻撃を受けた為に式神との繋がりが切れ、ネギとの連絡が取れなくなっている。

 そしてそのネギもかなり消耗していると見た。

 

 その事に気を取られ、呼ばれた声に何気なく振り返ってみれば。

 

 

 「じゃーん♪」

 

 「わぁ!?」

 

 

 木乃香がお姫様然とした紬を着て、和傘を持って立っていた。

 

 

 「お、お嬢様、その格好は?!」

 

 「知らんの?

  そこの更衣所で着物貸してくれるんえ」

 

 

 着飾れた事か、刹那の側にいられる事が嬉しいのか木乃香の笑顔も軟らかい。

 

 何となくホケ〜としてしまっていた刹那にニコニコと笑みのレベルを上げ、

 

 

 「えへへ どうどう? せっちゃん」

 

 

 似合う? と身体を回してその姿を披露する。

 

 

 「ハッ…?!

  いや、そのっ

  もう、お、お……おキレイです……」

 

 「キャ——っ

  やった——♪」

 

 

 何というか…異様なほどその衣装が合っていた。

 

 しかし考えてみれば木乃香は西の長の一粒種。お姫様に違いは無かろう。

 

 彼女から距離を取っていた数年の短い間でよくぞここまで綺麗になったものだ。

 

 同性である刹那が何となく頬を赤らめてしまうのも木乃香の魅力であろう。

 

 

 「ホレホレ せっちゃんも着替えよ♪

  ウチが選んだげる——」

 

 「えっ!? いえ、お嬢様っ!?

  私、こーゆーのはあまり……ああっ」

 

 

 そんな彼女に引き摺っていかれる刹那。

 

 前日の横島の助言が生きているのか、彼女も中々積極的なようだ。

 

 以前よりアグレッシヴに攻めて来る木乃香に、流石の刹那もタジタジである。

 

 

 

 ——が、そんな二人を町並の陰から見守っている奇妙な視線があった。

 

 木乃香はおろか、刹那すら気付けないその無機質な目……

 

 二人が移動するのに合わせ、気配の動きの片鱗すら感じさせないゆらりとした移動を行い、ずっと追い続けている影。

 

 その影の主は、銀髪の少年の姿をしていた——

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あう〜〜……」

 

 「ったく……ンな事するからだろ?」

 

 

 所変わって、ここは更衣所。

 

 とは言っても、木乃香らの向った所とは違った場所で、彼女らが行ったトコよりややイロモノっポイ衣装が並んでいた。

 

 

 何せ時代劇にしろ、歴史モノにせよ、脚本によっては時代考証もクソもなくなってくる。

 

 マザコン将軍として知られている某有名将軍が日本を旅して悪人を成敗していったり、幕末の土佐の大有名人が関西弁喋ってたりとイロイロだ。飛騨の国から来た仮面の忍者だって、カテゴリーで言えば時代劇といえなくも無いし。

 

 だから貸衣装も場所によってはとんでもない物があったりする。

 

 よりにもよってそんなトコに来なくとも良いのであるが……そこはそれ、横島忠夫である。

 心より何より、ウケを求めて霊感が示す場に真っ直ぐ突き進んでしまったのだ。

 

 当然の如く、古も付いて来ていたのであるが……

 

 

 「ホラ、ちょっと見せてみ」

 

 「うう……」

 

 「恥ずかしいのは解るけどさ。今は我慢してくれ」

 

 「う゛〜〜〜……」

 

 「いや、睨まれても……」

 

 

 流石にここまでくれば横島にも気付かれてしまった。

 

 そう、古が今までマスクをつけて火照りを見せないよう誤魔化し続けていた事を……

 

 いやまぁ、それは良いのだ。

 超とて顔色を誤魔化す以上の期待をしてなかったりするシロモノだったのだから。

 

 だが、確かに通気性を考えて作られている良い仕事がなされたマスクであるが、問題は古の発汗量にあった。

 

 幾ら通気性が良かろうと、内部でドバぁドバぁと汗をかけば蒸れてくるし、通気性の限界値も下がってしまう。

 現に、溜まった汗を捨てては毎回水分を補給せねばならないほど古は汗をかいていた。

 

 となると、必然的に起こり得る事態にもなるわけで……

 

 

 「ん……かなりマシになってきてんな。

  もう、あんなことすんなよ?」

 

 「あう〜〜……」

 

 

 そう——

 

 古は顔に汗疹ができてしまっていたのである。

 

 

 「…………申し訳ないアル」

 

 「いいって。それよか女の子なんだから、もっと気ぃつけろよ?

  せっかくの可愛い顔が台無しになるぞ。そんな世界の損失はオレが許さん」

 

 「う゛……」

 

 

 更衣所の中、横島の見た目が子供だった事もあって、ちゃっかり二人一緒に入れられている時に気付けたのは幸いだった。

 下手にメイク等されて、気付くのが遅れたら目も当てられまい。

 

 幾ら若い肌とはいえ、それなり以上のダメージを与えると後々まで残ってしまうものだ。

 

 かのこですら古の顔をじ〜と見ていて心配しているくらいなのだから。

 

 未来の美女の肌が荒れるのは世界遺産の崩壊より甚大な損失である。天界やユネスコが許そうとも横島は許さない。

 

 だから横島は珍しく説教しつつ古を更衣所にあった椅子に座らせて治療に当たったのだ。

 

 

 「いくら古ちゃんの肌がピチピチや言うても、無理はアカンだろ?」

 

 「あう〜〜……」

 

 

 見た目はただ触れているだけであったが……

 

 

 手のひらで顔を包み込むように撫でるだけで痒みや痛みがゆっくりと去って行った。

 

 しかし横島は、“向こう”にいた時からヒーリングはできなかった。

 消滅している十年の記憶の中にはちょっとは技術があったかもしれないが、今使えないのなら何の意味も無いし記憶も経験も失せているのなら苦手のままなのだ。

 

 もちろん、全く手が無いという訳ではない。

 

 その一つとして、古に霊力を注ぎ込み、彼女の新陳代謝を活性化させて回復するというどこぞのエスパーのような手もあったが、古は人狼族ではないので超回復なんぞ持っているはずも無く、治らない事も無いがそれだけ細胞を酷使するという事なので横島的にはNGだ。

 人狼族等のヒーリングができれば一番良いのであるが、あれは“舐める”という行為が付加されている。

 つまり、古の顔を舐めまわす事になるので、できたとしても遠慮したい。いいかも…とか思いかけてるし。

 かのこが出来れば一番良いのであるが、心の癒しにしかならないようなので殆ど意味が無い。いや横島的には大助かりなのであるが。

 

 

 ではどうするのか?

 

 

 手っ取り早い方法としては、横島の霊能力の真骨頂である“珠”を使うという手がある。

 

 しかし、ここに一つ問題があった。

 

 実は今の横島は“珠”の生成法が変わっており、“珠”に込められている霊力が以前の三倍ほどになっている。尚且つ生成時間も数十秒にまでもなっていた。

 その代わり、“珠”が物質として存在し続けられる時間が激減しており、十数分程度で限界に達してしまう。その上不安定で、使用せずにそのまま放置すれば生成ミスの時と同様に爆発してしまうのだ。

 

 言うまでも無く生成にも霊力を使用する為、ホイホイ作ってストックしておく…という、以前から使用していた手段がとれなくなってしまっているのだ。

 

 それに戦いが発生する可能性がある以上、無駄に霊力を使用する事はできない。

 

 

 しかし、それでも彼は使った。

 

 だが、そこまで現状を理解しているというのに彼はどうやって“珠”の力を古に使ったというのだろうか?

 

 

 生物は存在している限り、身体からオーラが放出されている。

 実は横島、その普段から自然と駄々漏れになっている霊気でもって“珠”を作りながら、形が整う前に意味を込めてその力を解放し続け、“なんちゃってヒーリング”を行ったのである。

 

 は? それって逆にメンドーでね? と思われるだろうが、霊力を“珠”に生成する霊力消費も馬鹿にできないのだ。

 だからその無駄な分を少しでも押さえる為、『治』『療』の念を込めた半出来の“珠”でもって古の肌を治療したのである。

 

 何だかエラい手間が掛かるしもったいないにも程があるヒーリングであるが、横島的に言えば『あり』なのであろう。

 

 ……尤も、実際問題、その治療は形を変えてはいるが“珠”を使ったエステである。“向こう”の世界の価値に直せば一億を越える事は間違いない。

 かの恐れ多い元雇い主に発覚すれば全殺しでも足りない目に合わされることは言うまでもないだろう。

 

 

 「……うしっ もー大丈夫だ。古ちゃんのお肌は完全に治ってるぞ」

 

 「も、もう治たアルか?」

 

 

 汗疹でミカン状態になっていた肌があっという間に元通り。

 

 あまりスキンケアに気を使っていなかったとは言え、やはり年頃の女の子。

 肌が荒れたことは気になっていた。

 

 それが彼が触れていただけでスッカリ治ったと言うのだから驚きも大きい。

 

 しかし実際に古本人が触れてみても確かに肌は元通りになっている。

 

 横島も些か得意げに『な?』と微笑んでいるし。

 

 

 「……凄いアルな……」

 

 「凄かねーよ。

  実際、ホントに凄いのは古ちゃんや、楓ちゃん。木乃香ちゃんを守ってる刹那ちゃんさ」

 

 「ふぇ!?」

 

 

 横島の言葉に奇妙な声を出してしまう古。

 自分の顔を両手で挟み込んだままだからかなり間抜けだ。

 

 

 「当たり前だろ?

  オレは古ちゃん達みたいに自分から修行しようとした事なんか殆ど無かったぞ。

  自慢じゃねーけど、古ちゃんくらいの歳ン時には遊び倒してたしな。

 

  修行してたら良かった……なんて思った時には………」

 

 

 うっすらと表情に影を落とし、そこまで呟くように零した横島であったが、すぐ口を噤んで言葉を切った。

 

 古に目を戻した時にはもう影は見えない。

 苦笑しているような泣いているような不思議な笑みを浮かべているだけ。

 

 外見は子供であるからこそ、余計にその不思議な感情の波が伝わってくる。

 

 

 だから古も問い掛けられなかった。

 

 

 今さっきまで顔を合わせることすらままならなかった彼女であるのに、今は逆に目を反らせられない。

 

 横島から何だか奇妙な儚さすら感じられたからだ。

 

 

 何となく表情が曇っていたのだろう、横島は古の眼差しに気付き、あえて明るく、

 

 

 「んじゃ、とっとと着替えよう。

  向こうの女子更衣所から刹那ちゃんが出てっちまうし、あのミョーな娘が来ないとも限らん」

 

 「……アイ」

 

 

 顔は合わせられるようにはなったのであるが、何だか以前の気不味さを取り戻してしまった。

 

 安堵してよいやら悪いやら。

 

 しかしとりあえず、側にいられるようになったからまだマシだろうと気持ちを切り替え、横島に背を向けて着替え用の個室に向って行った。

 

 適当に選んだ衣装を抱きしめ、個室に入った古は一人深い溜め息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「しっかし……どうしたもんかなぁ……」

 

 

 横島は横島で、側にくっついている かのこを撫でながら一人溜め息を吐いている。

 

 古や楓にドキドキするのも、

 

 その頬に触れ、柔らかな手触りに萌えを起こしてしまったとしても……まぁしょうがないだろう。自分デモアキラメテルッポイシ……

 

 

 「それに……」

 

 

 古が消えた個室のドアの方にちらりと視線を送ってからまた溜め息を一つ。

 

 

 横島も木石ではない。

 

 少なくとも十代の時のような超絶的朴念仁ではないのだ。

 

 だから何となく、楓らが自分に対する好意を大きくしていっているのも……

 

 

 『何だかなぁ……』

 

 

 と思いつつも理解しているのだ。

 

 だが、飲む打つ買うの遊び人レベルでは父親に程遠い上、特に“買う”に関しては父に惨敗なのだ。

 優しすぎて相手の気持ちを振り切る事ができないし、一回一回が常に本気となってしまうからである。

 

 だから今の自分の気持ちが膨らんでいる事は解るのだが、どうすれば良いのか…という点で躓いてしまうのだ。

 

 

 「ったく……せめてミスった経験を覚えてりゃあなぁ……」

 

 

 記憶が消滅しているのはそういう部分にもわたっている。

 

 失敗を覚えていないのは幸いと言えなくも無いが、それは教訓がないという事だ。

 

 エロい事や自分が出来る事はおぼろげながらも覚えているのに、教訓が無ければどうしようもないではないか。

 

 

 それに——

 

 

 「何か……オレも楓ちゃんや古ちゃんに……」

 

 

 惹かれている気がする——のである。

 

 

 以前から比べ、何とも正直なったものだ。

 

 ジャスティスの暗躍……もとい、苦労の賜物であろう。

 

 

 「……でもまぁ、今差し迫った問題は……」

 

 

 はぁ……と溜め息をつき、足元に視線を落す。

 

 そこに散らばっているのは破れた布地。

 引き裂かれた色とりどりの布切れである。

 

 

 木乃香に迫る危機。

 

 同じ施設内に潜んだ刺客。

 

 巻き込みかねない、“裏”の世界に関係の無いハルナのような一般人達。

 

 

 問題は山積である。

 

 

 尚且つ——

 

 

 「はぁ……」

 

 

 効果時間が安定していない為、切れるタイミングか掴み切れない飴……

 

 よからぬ事に使用されないよう、予備は楓が持って行ってしまい手元には無い。

 

 

 つまり……

 

 

 「どーすっかなぁ……」

 

 

 年齢詐称薬が切れ、昨夜同様に子供服を破いてしまった彼は、

 

 ほぼ裸で小鹿と戯れるというワケの解らないシチュを演じながら悩み続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……何か、真名のキモチが解る気がするネ」

 

 「どーかしたんですか?」

 

 「いじらしいだけなら微笑ましいガ、二人してあそこまで焦れてると流石にムカつくネ……」

 

 「はぁ……」

 

 

 


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