-Ruin-   作:Croissant

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中編

 

 

 『くちびる争奪!!

  修学旅行でネギ先生とラブラブキッス大作戦』——とは?!

 

 

 各班から二名ずつを選手に選び、新田先生方の監視を掻い潜り、

 旅館内のどこかにいるネギ=スプリングフィールドの唇をGETするという、何というか名前の通りそのまんまのゲームの事である。

 

 妨害は可能! ただし武器は両手の枕投げのみ!!

 

 上位入賞者には豪華商品プレゼント☆

 

 ただし、新田先生に見つかった者は他言無用。朝まで正座!!

 死して屍拾うものなし、死して屍拾うものなし!! 大事な事なので二回言いました!

 

 

 ……何だかペナルティの方が大きい気がしないでもないし、勝手に宿泊施設をクラックしてまで行うので立派な犯罪じゃない? という気がしないでもないが、そーいった理屈はさて置いてイベントに飢えた女子中学生らにはかなり受け入れられていた。なんてこったい。

 とゆーか、クラス委員長が率先していた気がしないでもないのだから困ったもの。

 

 しかし、そんな脳天気な女子中学生らの知らない裏では恐ろしい陰謀が蠢いていたりする。

 

 

 既に少女らが宿泊をしているホテル嵐山の周囲には魔法陣が描かれており、これにより当旅館内でネギとキスをすれば即仮契約が成立してしまうのである。

 

 つまりこれは、ゲームイベントの名を借りた仮契約者大量GET作戦だったのだ!!

 

 おまけに班&個人の連勝複式トトカルチョまで実施するので、どう転んでも企画をぶったてた朝倉 和美&アルベール=カモミールはウハウハなのである。

 

 

 だが——

 

 

 「アンタ、どうかしたの? 何か凄く疲れてるような気がするんだけど……」

 

 

 彼女の言葉は自分の胸元に投げかけられた。

 その朝倉の胸元から顔を出しているのは今回の相方であるオコジョ妖精カモなのだが……なんというか、白い体毛を灰色にしてぐったりとうな垂れていたのだ。何だか白いウナギの様でもある。

 

 

 『いや……なんつーか……理不尽な仕事をさせられてよ……』

 

 「は?」

 

 『何でもねぇ……

  いや、上手くいけば丸儲けになるわけだし、結果的には良い方向にいくかも……』

 

 「ふぅん……?」

 

 

 何だか要領を得ない朝倉であったが、聞いてはいけないよーな気がしたからスルーしてやった。このオコジョが何だかボロボロに疲労している事もあって、流石に追い討ちは気が引けたのかもしれない。

 

 しかし、それでも美少女の胸の間にいる所為か何とか気力が回復してきてヨロヨロと身体を起こし始めるカモ。

 疲労困憊とはこの事だろう。

 

 何せ脅しに脅され、魔方陣の契約対象者の式の中にもう一名の名前を追加させられたのだから精神的にもかなりキていた。

 

 そんな事をムリヤリ書き込んだのだから折角の仮契約式が崩れたりしない様に調整するのは大変だったのだ。

 

 

 『それにしても……あの名前のヤツって一体何モンなんだ?』

 

 

 事情を知らないカモは只首を捻る事しかできなかった。

 何せ見た事も聞いた事もない名前だったのだから疑問も当然だろう。

 

 聞いたら聞いたで『おろ? カモ殿は自殺志願獣だってござるか。これはウッカリ』『今、ここで〆ればいいアルか?』等と言われたので寿命縮んだし。

 

 なんだか不安ばかり積もり積もって行く中、必死にそれを思考の外に追いやって作業に戻るカモであった。

 

 

 

 

 

 

 「修学旅行特別企画!!

 

  『くちびる争奪!!

 

   修学旅行でネギ先生とラブラブキッス大作戦』〜〜〜〜〜〜!!」

 

 

 

 各部屋のテレビに映し出されたのは各班代表の少女らの姿。

 画面は六分割され、五つの代表の様子をそのまま見る事できていた。

 

 

 「キャ——っ!

  始まった——っ!」

 「なかなか本格的じゃん——」

 

 

 イベント開始の合図に、観戦側の少女らから小声の歓声が上がる。

 

 旅館内の防犯カメラまでクラックしてこんなイベントをかましている訳であるが……勝手にこんな改造をして良いのか? という話も無いわけではない。

 無いのだが……無駄に技術と能力のある者だらけで何時も訳のわからない騒動を起こしている麻帆良の生徒らは余り気にせず画面に見入っていた。

 無論、麻帆良の頭脳とまで言われている超 鈴音ならもっと別なやり方をしていたかもしれないが、自分からそこまでちょっかいを掛ける事は余り無いし、今回は完全に傍観者である。

 何せ賭けても無駄だと理解しているから、トトカルチョにも関われないのだ。

 

 

 彼女らは本当に楽しげに、少年の唇ねらうハンターとなった少女らに声援を送っている。

 

 手堅いのであれば2班−4班の一点買いだとか、3班は本命だとか騒ぎつつ。

 何というかプチギャンブラーを楽しんでいるようだ。

 

 

 その班の代表者達であるが……

 

 

 『うぐぐ……

  なんで私がこんな事を……』

 

 『つべこべ言わず援護してくださいな!

  ネギ先生の唇は私が死守します!!』

 

 

 3班代表選手

  雪広 あやか

  長谷川 千雨

 

 

 死守っつーか、自分の唇で塞いで守るつもりなんだろ? とかツッコミを入れたい気がしないでもないが、そうなると妄想に浸ってウザいので黙っている千雨。

 ヤる気の塊あやかと、全くもってナッシングの千雨のペアである。ただ、あやかのショタコンパワーに皆の期待が掛かっていた。

 

 

 

 『よ——し、絶対勝つよぉ——っ!!』

 

 『エヘヘ……♪ ネギ君とキスかぁ……んふふ……』

 

 

 4班代表選手

  明石 祐奈

  佐々木 まき絵

 

 

 安定感のある運動部二人組。

 バスケ部の祐奈と新体操部のまき絵だ。

 

 何だかネギを可愛いと思っているまき絵は兎も角、祐奈の方はゲームで勝つという気力だけが前に突き出ていたりする。

 そのバランスと勢いに期待がかかっていた。

 

 

 

 『あぶぶぶ……

  お姉ちゃ〜〜ん……正座はいやです〜〜』

 

 『大丈夫だって!

  僕らはかえで姉から教わっている秘密の術があるだろ』

 

 『そのかえで姉と当たったらどうするんですか——っ』

 

 

 1班代表選手

  鳴滝 風香

  鳴滝 史伽

 

 

 小学生然とした外見の双子が廊下を駆ける。直後ろからついてくる妹は半泣きだ。

 前を行く左右に髪をまとめているのが姉の風香で、泣きながらもついてくる髪をシニョンにしているのが妹の史伽である。

 

 技術は未知数。だが、ひたすら学園内を歩き回っている“さんぽ部”なので体力“だけ”は折り紙付きだ。

 

 

 

 「ゆ、ゆ、ゆえ〜〜……」

 

 「全くウチのクラスはアホばかりなんですから……

  せっかくのどかが告白した時にこんなアホなイベントを……」

 

 

 5班代表選手

  綾瀬 夕映

  宮崎 のどか

 

 

 押しの弱いのどかの頭が自分より身長の低い夕映とほぼ同じ位置にある。つまりはそれだけ腰が引けているという事だ。

 

 その夕映とて何時もならこんなオバカなイベントに関わる事はあまりない。

 目を前髪で隠しているほど内気であるのどかが勇気を振り絞って告白した矢先に、その相手の唇を皆が奪おうというのだから参戦せずにはいられ無かったのである。

 

 

 「ゆえゆえ いいよ〜〜〜

  これはゲームなんだし……」

 

 「いいえダメです」

 

 

 何時ものように一歩下がって遠慮しようとするのどかの意見を、夕映は目を光らせて却下した。

 

 確かにネギは今一つ頼りないし、ぶっちゃけお子様であるが、同年齢の少年よりかはメンタル面が遥かに大人であるし、何より粗は目立つものの既にイギリス紳士としての気遣いを見せる事ができている。

 

 のどかは知らない事であるが、夕映は麻帆良の図書館島の地下で彼に守られた事があるのだ。

 無論、全然頼りにならなかったのだが、それでも彼は彼なりに必死に自分らの事を考えて行動してくれていた。

 

 数日とはいえ一緒にいたからこそ、夕映はネギの事を大人の中でも最もマトモな部類にはいる男だと判断し、あれから彼の事をそこらの凡庸な教師らよりずっと頼りにしていたのである。見た目は変わりないが。

 

 言うなればネギは先物少年。

 正に今がお買い得なのだ。

 

 彼ならばのどかを泣かせたりはすまい。

 

 

 『絶対勝ってのどかにキスさせてあげます!

  行くですよ!!』

 

 『う、うん——』

 

 

 嗚呼、なんと美しきかな友情……

 

 か弱い友人が勇気を振り絞って告白をした初恋の相手、ネギ。

 そのネギとの仲を取り持とうという夕映の友情には涙を禁じえない。

 

 

 

 

 

 

 

 ——そんな様々な想いが交錯する中、別の思惑を持って行動している者達がいた……

 

 

 

 

 

 その二名、

 普段よりずっとテンションが高まっており、その雰囲気からもオッズが上げられていて中々な人気馬となっている。

 

 確かに気合の入り具合だけでみれぱ確かに対抗……いや、本命とみなして良いかもしれない。

 彼女等の地の戦闘能力,持久力は班代表どころか学園でもトップクラスなのだから。

 

 嗚呼しかし……

 だがしかし、例え彼女らが最初にネギに接触しようとも、絶対に勝者となる事は有り得まい。

 

 いや——“克つ”事はあるだろう。

 

 何せ二人はこのゲームのルールに全然乗っていないし、乗るつもりもないのだから。

 よって彼女らに賭けたとしても何の利も発生しないのである。

 

 

 『ふ、ふふふ……ふふふふふ……』

 

 

 体の小さい方の少女が妙な声を出して笑っている。

 

 

 『ふっふっふっ……』

 

 

 そして相方の身長が高い方の少女もだ。

 

 笑い声もナニ過ぎて不気味極まりないが、その身体から噴出している気配は何だかただ事ではない気合が入っている。

 それも頭の中のネジはぶっ吹っ飛ばしたまま。

 

 だからこそ前述の通り、そんな二人の頭の状態を知らぬ少女らは掛け率を上げていたりする。

 

 しかし二人に賭けるのは単に胴元を喜ばせるだけ。

 何せ“克つ”つもりはあっても、勝負に“勝つ”つもりは無いのだから——

 

 

 『拙者らは酔っているでござる!』

 

 『ウム! 酔てるアル』

 

 『だから判断力が鈍っているでござるよ!!』

 

 『ウム!! もー大変アルね!!』

 

 『つまり……』

 

 ウッカリと他の誰か(、、、、)を件の子供先生(ネギ)と間違えてもしょうがないのである。

 

 

 『うむ、仕方ない事でござるな。この暗さ故に見間違ってしまいそーでござるし』

 

 

 ……ヲイ、忍者。

 

 『そうアル。仮に(、、)間違てしまても不幸な事故アルね。事故』

 

 

 主に相手にとって…かもしれないが。

 

 

 

 

 

 少女らの裏で蠢いていた一人と一匹。

 

 しかしその思惑に便乗する者が現れている。

 

 仮契約&トトカルチョというその思惑の中、更にその中で別の思惑が割り込みを掛けていた。

 

 ただでさえ混沌とした状況であったというのに、これにより更に拍車がかかる事は間違いあるまい。

 

 

 

 ともあれ、何だかよく解らない思惑が交差する狂乱の夜はこうして始まりの鐘を鳴らすのだった——

 

 

 

 

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              ■九時間目:PROJECT えー (中)

 

 

 

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 「ううっ……?」

 

 

 ぞくぞくと言い様の無い怖気が走り、思わず身体を縮込ませてしまうネギ。

 

 従者仮契約を結んだ明日菜と、木乃香を守る為にも力を貸してくれる刹那が見回りを終え、やっと深夜になって遅れた入浴に向っていた。

 そして一人部屋に残ったネギは、魔法使いの勘に引っかかったものがあるのだろうか、嫌な予感に見舞われていたのである。

 

 

 「何だろ? この寒気は……」

 

 

 やっぱり不安は拭い去れない。

 一休みしようかと思っていたのであるが、不安が増した事もあって眠気も失せてしまった。

 

 また西の刺客が向ってきた時にとっさに動けないと拙いので、スーツを着たままであった彼は、丁度いいとばかりに気晴らしも兼ねて外回りに出掛ける事にした。

 

 と、ドアに手をかけたところで点呼を思い出す。

 いくら教師とはいえ子供なので消灯時間は厳守。下手に部屋を開けてそれを他の一般教師等に知られてしまうと面倒な事になりかねない。主に新田先生的な意味で。

 

 一体どうしたら良いものか?

 

 その時思い出したのは刹那から借りた式符。

 

 “奴さん”を思い出す、人型に切られたそれ。

 関西呪術協会などでポピュラーに使用されている『身代わりの紙型』といわれているもので、西洋風に言えば簡易ペーパーゴーレムを生み出すマジックアイテムである。

 その紙に名前(本名)を書けば、札はその名前の人物そっくりの人型をとるのだそうだ。

 

 

 「ええ〜と……」

 

 

 ネギ=スプリングフィールド……と口で言うのは簡単なのでであるが、ネギは元々イギリス人。

 日本語会話と“読み”に関しては兎も角、“書く”方はまだ完璧ではなかった。

 

 

 —ぬぎ—

 

 「あ、間違えた」

 

 

 —みぎ—

 

 「あ……カタカナの方がいーかな?」

 

 

 —ホギ=ヌプリングフィールド—

 

 「あれ……? 何かちがうぞ」

 

 

 何枚か失敗し、それでも何とか自分の名前であるネギ=スプリングフィールドと書き終えた彼は、その符を起こすべく教えてもらった言霊を唱えた。

 

 

 「お札さん お札さん 僕の代わりになってください」

 

 

 符に込められた式が発動し、光が溢れ出す。

 書かれた真の名を触媒にしてその力は人の形を取り、一瞬後にはネギのそっくりさんが彼の前に立っていた。

 

 

 「こんにちはネギです」

 

 「わ——スゴイや!!

  僕そっくり。西洋魔法にはこーゆーのは無いなー……」

 

 

 何だか目の焦点合ってないよーな気がしないでもないが、それでも見たこともない魔法(正確には術であるが)にネギは喜んだ。

 

 これを上手く使えば敵の目を眩ませる事も可能であるだろうし、これから行おうとする見回りの身代わりも務めてくれる。これさえあればとりあえずの誤魔化しなるだろうし。

 

 何せネギの代わりに布団の中で寝てくれていたら良い“だけ”なのだから。

 

 

 「ここで僕の代わりに寝ててね」

 

 「ネギです」

 

 

 ……何だか返事がかなり心もとない。

 

 だが、それでもネギは気にしていないのか気付いていないのか、はたまた身代わりができた事に安心したのか、杖を片手に元気に窓から見回りに飛び出して行ってしまった。

 これで本体である自分が人目に付きさえしなければ怒られたりする事はあるまい。

 

 

 いや、彼“が”見つからずとも、彼“みたいなモノ”が見つかっても同じなのであるが……

 

 

 「こんにちは ぬぎです」

 「みぎです」

 「ホギ=ヌプリングフィールドです」

 「やぎです〜〜〜」

 

 

 丸めてごみ箱にポイ捨てしただけで、見届ける事もなく部屋を出て行ってしまったのは大失敗だ。

 

 式符というものは、下地の形を無くさねば……つまりは破いたり燃やしたりしなければ発動する事もあるのだが……

 

 陰陽術に詳しくない彼が知る由もなかった———

 

 

 

 

 

 

 

 「むぅ……っ?!

  何だ、このざらっとした感覚は?!」

 

 

 一方その頃——

 子供先生が訳の解らない寒気を覚えた挙句にポカぶちかましていた正に同時刻、

 ネギ達と同様に襲撃を警戒していた横島は、かのこを連れてちょこちょこと旅館周囲を見回っていた。

 

 そんな時、何故かはしらないがどこかのNT宜しく異様なプレッシャーをピキュイーンと感じたのである。

 

 

 多数の少女らから狙われているネギほどではないのだが、横島の方が霊感が高い為に僅か二人からとはいえ、受けるプレッシャーは同じだったりする。

 

 

 「風邪か? いや……何か知らんがオレの霊感にビンビン感じるものが……

  何だろう……このままだったらナニかが終わってしまうような……」

 

 「ぴぃ?」

 

 「い、いや大丈夫だ。

  やらせはせん。やらせはせんよ——

  具体的に何を? と聞かれたら困るが」

 

 

 傍にいる小鹿の頭を撫で撫で、そう自分に言い聞かせる横島。

 言い聞かせている時点で何か終わってる気がしないでもないが。

 

 こんな彼であるが腐っても霊能力者である。

 

 それも周囲が優秀すぎた故に本人の自覚は無いのだが、世界でも指折りのランクなのだ。

 だから彼の勘というものは馬鹿にできない。

 

 彼の頭に浮かぶ予感というものは“予知”と言っても良いレベルで、本当に何かの予兆だったりする。

 

 それを理解しているのかしていないのか、横島はその怖気を気の所為とすべく、とりあえず風呂に入って汗を流そうとしていた。

 人それを単なる現実逃避という。

 

 因みに本日二度目の入浴……ではなく、これが最初だ。

 ……さっきは入ろうとしてエラい目に遭って機会を逸していたのである。やはり人汗流したいという想いは残っているのだろう。血溜りには浸かれたが……

 

 

 「ふ……まさか女子中学生の裸体に見とれてしまうとは……

  実際、楓ちゃんの歳ってばオレの半分やいうのに……

  しかしエエ身体しとったなぁ………」

 

 

 思い出すのは湯で火照ったのであろう、薄赤く色づいたなめらかな肌。

 すっと伸びている四肢。

 大きな胸。

 くびれたウエスト。

 腰からヒップに続くライン……そして……

 

 

 「——はっ!?

 

  い、いや……いやいやいやいやいや、違うぞ!! オレは想像なんてしてへんぞ!!

  ドッキンドッキンやしてへんぞ!?

  中学生にときめいてないぞ!!!」

 

 

 ——いやいや……考えても見ろ。

   “向こう”にいた時だって、幽霊とはいえ初対面の“あの娘”にお前は飛び掛っただろう?

   あの時の彼女は数えで十五……つまり十四歳だったんだぞ?

 

   身体を取り戻して高校に通ってはいたが、肉体年齢は変化していない筈。

   だというのにナニを今更 躊躇っている?

 

 

 等と真実を告げる声が心の奥から聞こえてきたりするのだが、あえて無視。ガン無視である。

 

 

 「聞こえないったら聞こえないっ!!」

 

 

 こうまで必死にならないと女子中学生に萌えてしまうというのか?

 世界はオレに何をさせようというのか?

 

 ドちくしょう!! みんな敵じゃあっ!!

 オレの純潔を返せぇっ!!

 

 

 ——ナニが純潔なのやら。

 

 中学生に開眼しかかっただけで、世界レベルでの陰謀を疑っている横島。

 何だか情けなさ過ぎて泣けてしまう話である。

 

 いや、本当にしくしく泣いてるし……

 

 かのこ も心配して蹲って泣く彼の顔をペロペロと舐めている。

 そういう無垢な慰めがいっちゃん堪えるのだが言ってはいけない。

 

 

 そう追い詰められている横島であるが、彼の性質(含むセクハラ)は兎も角、その生活の環境には同情できるだろう。

 

 何せ女子校。

 男っ気が殆ど無い閉鎖空間なので少女らの普段の警戒心は相当薄い。

 お陰で手を出しても良い訳ではないのに、皆ものごっつ隙を見せまくってくる。

 尚且つ、身近にいる少女は年齢以外は(、、、、、)完全におもっいっきり好みのど真ん中なのだ。

 

 絶対にかじれない位置に人参をぶら下げられて走り続ける馬……今の横島はそんな心境だった。

 

 

 しかし、それにそれだけ耐えられないというのなら外に遊びに行けばよいのであるし、飴の力が切れてからナンパしたってよい筈だ。成功するかしないかは別として。

 

 だが、言うまでもなく木乃香という将来にドでかい期待がもてる美少女を横島が放って置く事等できる訳がないし、何より学園長である近衛に先に手を打たれているのも痛い。

 

 横島とて好きで子供の姿のままでいたい訳ではないのだ。

 

 

 ……実は彼、子供用の衣服以外を用意されていないのである。

 

 

 そうなると旅館で売っている下着以外は浴衣を着る以外手はないし、流石に浴衣姿ではナンパはできない。

 

 手持ちのお金も大した事がないし、観光地で売っているTシャツ等はデザインが微妙だ。そんな物を手に入れたとしても当地の女性らを口説くには余りに役者不足である。

 

 更には楓にあんなマジックアイテムを手渡されているので暴走すら任意に止められてしまう始末……

 

 

 つまり、(そう言った意味合いでは)完全に手詰まりなのだ。

 

 

 横島の事を心配し、信用してはいても釘もちゃんと刺してあるところは流石に関東魔法協会理事。

 珍妙な頭をしてはいてもやってくれるものである。

 

 ただ彼の煩悩パワーを人類の範疇に入れるという甘い考えをしているので、発散の時間や場を与えるという時間を取らせておらず、その所為で横島は溜まりに溜まったストレスで死にそうになっていた。

 

 かのこという癒しがなければ本当にイロイロと拙かった事だろう。 

 

 

 心配してくれる小鹿の頭を涙目で撫でてやりつつ、ふと窓から外に目向ける横島。

 

 廊下の窓からも庭の様子が解るのは月光で明るいからか。

 

 目に入る光を辿って空を見上げると、其処には己を白い輝きで見せている月が浮かんでいた。

 

 

 ——おかしいな月の周りに虹が……月虹まで見えてるぞ?

   ふふふ 涙で滲んでいる所為かな?

 

 

 等と横島はそのやるせなさから溜め息を漏らしてしまう。

 

 

 

 

 「あ……」

 

 「え……?」

 

 

 そんな彼の耳に、少女の呟きが入ってきた。

 

 相手が美少女であれば如何な年齢であろうと聞こえてしまう自分の耳が恨めしい。

 横島Earは地獄耳なのだ。

 

 目が反射的にその声の主がいるであろう方向を向いてしまうのが物悲しい。

 相手が美少女であるのなら、眼福である事に間違いはないのだから。

 

 はたしてそんな横島の目の先——

 廊下の灯りの下にいたのは、見回りを終え、結界を強化し終えた刹那と明日菜の二人であった。

 

 

 「アンタこんな時間に何してんの?」

 

 

 イキナリ“アンタ”はないだろう? という気がしないでもないが、明日菜がそう疑問を感じて問い掛けてくるのも当然で、時計の針は既に11時を回っている。

 横島は現在タダキチモードなので、こんな夜中に子供がフラフラと歩いていると否が応でも目立ってしまうのだ。

 

 

 一瞬、返答に困り焦った横島であったが、何故だか話し掛けてきた方の明日菜が急に押し黙っていた。

 

 はて? と首をかしげた横島の前で、彼女は何か拙い事でも呟いたかのようにバツが悪そうな顔をして視線を下に落としてしまう。

 

 そんな明日菜は元より、何だか相性が悪そーな気がする刹那ですらも横島の目元で何かを見出してから居心地悪そうな顔をしていた。

 

 はてはて? と横島が更に首を傾げる前に、明日菜がゴメンと小さい声を漏らしたではないか。

 全く持って彼には余計に訳が解らない。

 

 

 「な、何や? オレがどないかしたんか?」

 

 「う、うん……別に……」

 

 

 取り合えずはそういって場を取り繕おうとした横島であったが、明日菜は曖昧な返事で返されてしまう。

 刹那は刹那で何か言おうとして言葉を飲み込んでいるし。

 

 何というか……目の前の二人よか居心地の悪さを覚えてしまうほど。

 

 

 『ハ……っ!?

  まさかオレが眼鏡ちゃん(千草)にやったセクハラのショックで男性不信に?!』

 

 

 確かに、二人の様子はスケベィぶっこいた後の横島に対する女達の様子に似ている。

 引きが入ってる……というヤツだ。

 

 何せアレは、後になって横島自身が身悶えしてしまったほどの変態行為だったのだから。

 

 確かにそれを見せられた方は堪ったものではないだろう。下手をすると『男なんて——っ!』とか言って百合に走りかねないではないか。

 そう思うとなおさら居たたまれなくなってゆく。

 

 何よりかにより、ウジムシを見る眼で見られている(ような気がする)し。

 

 だから彼は、

 

 

 「え、え〜〜と……ま、まぁ、その……

  ほな……オレ、部屋に帰って寝るわ。オヤスミ」

 

 「え? お、おやすみ……」

 

 「……おやすみなさい……」

 

 

 入浴を諦め、言葉を濁してその場を逃げるようにその場を後にしたのである。

 

 

 というか、完全に逃げていた。

 

 自分の変質者的行為に対する負い目もあるし、何より責任という言葉からの逃避という事もあった。

 ならするなよっ! という説もないわけではないが、命に関わってもリビドーを止められない“今”の横島は、本能の制御が異様に難しいのである。

 

 

 それに彼女らから逃げたのにはもう一つ理由がある。

 

 

 彼女の持ち物からして入浴であろう事は解った。

 

 実は彼、『美少女との混浴♪』というシチュに萌えが沸き上がって理性が負けそうになっていたのである。

 

 あーゆー行動をとった事によってヒンシュクを買った挙句、その少女らに興奮でもしたら最悪ではないか。

 だからトンズラぶっこいたのだ。

 

 

 明日菜の方は知らないが、刹那の肌の白さや肌目の細かさはとっくに横島実装HDにハッキリバッチリ焼きつけられている。

 

 ロリ否定を掲げている横島ですら“記録”してしまうほど美少女である刹那。

 ドコをどー見ても中学生とは思えない楓や真名。何気にプロポーションが良くてしなやかな肢体の古。

 麻帆良という地は、彼が知っている範囲だけでも美女美少女だらけという、とんでもない環境なのだ。

 

 その中でも上級である刹那や明日菜といった美少女には、“押さえ”がそう利くとは思えなかったのであるし……

 

 

 「って、“押さえ”ってナニ?!

  オレは別にロリちゃうはずやんっ!!

  ジャスティス!! しっかりしろ〜〜〜〜っ!!」

 

 「ぴ、ぴぃ?!」

 

 「おがーんっ!!」

 

 涙の軌跡を後ろに残しつつ、横島はただ駆けた。

 小鹿が追従しているので見た目のおマヌケさは如何ともし難かったが、駆けるしかなかった。

 

 何しろアイデンティティが船の中でするジェンガより揺らいでいたのだから。

 

 

 

 因みに——

 横島の心の中で悟りを得たジャスティスは、高い崖の上で直立不動で腕を組み、世紀末覇王も裸足で逃げ出す鋭い眼光を放ち、

 

 

 『可愛ければそれでOK!!』

 

 

 とサムズアップかましていた。

 

 

 

 

 

 「……泣いてた……みたいね……」

 

 「ええ……」

 

 

 見回りの所為もあってかなり遅い時間となってはいるが、流石にそこは女の子。入浴は欠かせないらしい。

 

 着替えを持って歩く二人であったが、タダキチと分かれてからは何だか足取りが重かった。

 

 というのも……

 

 

 「そうよね……家族を一度に無くしたんなら、笑ってばっかじゃいられないわよね……」

 

 「ですね……」

 

 

 何というか……タダキチ(横島)は無くした家族を思い出し、一人静かに泣いていた……と見られていたらしい。

 

 “向こう”でも良くも悪くも誤解されまくっていた彼であるが、異界の地に来てまで同じように誤解を受けているのだから大したものである。

 

 刹那ですら、列車内で疑った事を後悔しているくらいであるし、普段からガキは嫌いだといっている明日菜ですら後ろを振り返って見えなくなった彼の背を見つめていた程だ。誤解もここまで深まれば大したものである。

 

 いや、やはり世界を越えてまで発動する横島クオリティに感心すべきか?

 

 

 「そう言えばさ……」

 

 「……はい?」

 

 「このか……あの子に何か言われたみたいね」

 

 「みたいですね……」

 

 

 明日菜に言われて思い出すのは木乃香の笑顔。

 

 諦めたら終わり。

 だからウチから離れて行く理由が解るまで……ううん、理由が解ったらそれをどないかする!! そう言って突撃してくる木乃香。

 

 奈良公園で強引に逃げた事でやや落ち込んでいた刹那であったが、そう言いながら何かを吹っ切ったように突撃してくる木乃香のそんな笑顔に救われた気がした。

 それもあの少年が助言してくれたかららしい。

 

 余計な事を……という気がしないでもないが、喜んでいる自分も確かにいる。

 

 

 「本当に大事なものは、無くしてから気付く……か」

 

 「……? それは?」

 

 「ん? このかが言ってたの。

  あの子がそう このかに発破かけたんだってさ」

 

 「そう……ですか……」

 

 

 刹那にはその言葉の意味が解る気がした。

 

 “同族”からは疎まれ、“こちら側”からも白眼視されていた彼女から言えば、木乃香という存在は唯一の心の拠り所だった。

 

 幾ら彼女を守る為とはいえ、その彼女から距離を取っているのは木乃香に会う以前よりも孤独感が増す。

 

 

 そしてこの学園の皆が家族代わりである明日菜もそんな木乃香の気持ちが解る気がした。

 

 

 「家族……かぁ……

  私には良く解んないけど……

  仲の良かった友達が急に居なくなったって辛いんだから そりゃ辛いわよね」

 

 「う……」

 

 

 改めて言われ、今ごろになって思い直す。

 自分からこんな風に自分で作った壁に対して孤独を感じていたのだ。優しい木乃香なら尚更だろう。

 

 今更ながら、こんな方法しか思いつかなかった不器用な自分に溜め息が出た。

 

 家族を“知らない”という明日菜は、その代わりに麻帆良での友人知人がそれに相当する。

 だからこそ大切な絆である友達を大切にし、おせっかいをかけるのだから。

 

 

 と、そこまで明日菜の事を考えている刹那は、不意に彼女のセリフに引っ掛かりを覚えた。

 

 彼女は『家族の事はよく解らない』と言っていたのだ。

 

 

 「……? よく解らないって……神楽坂さん……」

 

 「あれ? 言ってなかったっけ? 私、麻帆良に来る前の記憶無いのよ」

 

 「え……?」

 

 

 実にあっさりととんでもない事を口にされ、刹那は二の句が出なくってしまった。

 

 しかし明日菜にとっては本当に何でもない事なのだろうか、直に思考は木乃香や彼女を狙っている西の輩に向いてウンウン悩んでいるではないか。

 

 刹那はただ、そんな彼女の後姿を呆然と見詰める事しかできなかった。

 

 

 明日菜はやはり、意外な話をしたという風もなく平然と歩いている。

 

 昔からであるが、一人でも別に寂しさは感じていなかったのだ。

 

 何せ小等部まではまだ親代わりだった高畑がそばにいてくれていたし、その後も高畑は元より木乃香やあやかとかが側にいてくれたし、彼女の感情の成長と共に友人知人が増えてきたのだから寂しさを感じる事がなかったのである。

 いや、だからこそそんな風に知り合いが離れて行く事による淋しさを感じられるのだろう。

 

 自分から距離を取っていた刹那には解り辛かった事で、明日菜から話を聞いて初めてそれに気付いたと言える。

 

 今更ながら木乃香の想いを知った気がし、刹那はまた落ち込んでいた。

 

 はたしてそれで本当の意味で木乃香を守っていたといえるのだろうか?

 距離を置いたのは自分を無理に納得させただけだったのではないだろうか?

 

 情けない……

 

 所詮、私は守れた気になっていただけなのか……

 

 

 そんな想いが何時の間にか彼女の足取りを重くしていた。

 

 だが、何時までも悩んでいる暇は無い。

 ここにいるのは彼女一人ではないのだ。

 

 彼女が付いて来ていない事にやっと気付いた明日菜は後ろを振り返り、

 

 

 「あれ? どうかしたの?」

 

 

 何気ない口調で問いかけて来るのだから。

 

 

 「い、いえ……」

 

 

 頭を振り、何か口にしようとした言葉を飲み込み、足早に彼女の横に駆け寄って行く。

 

 下手に言葉にすれば、彼女や木乃香に対して何か失礼な事を言ってしまいそうだったのだ。

 

 刹那はそんな自分を叱咤しつつ明日菜の横に立ち、肩を並べて夜の廊下を歩き始めた。

 

 

 魔法の知識が無いからか、やや見当違いな木乃香を守る術のアイデアをあーだこーだと口にして行く明日菜の隣で、刹那は大切な人を守ろうとするからこそ距離を置こうとした事が、

 

 

 ——自分に対する言い訳である事を、やっと受け入れ始めていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……それにしても、何でココに小鹿がいるのかしら?

  何かアイツに懐いてたみたいだけど……」

 

 「さ、さぁ……?

  (何だかあの小鹿、やたら霊格が高かったような気が……)」

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 何だか自分の窺い知らぬところで(何時ものように)やたら影響を与えている横島であるが、そのトンズラぶっこいた彼が今どこに居るのかというと……

 

 

 「ナニ真面目に仕事してんだろ……オレのキャラとちゃうんやけどなぁ……」

 

 

 その姿は旅館の屋根の上で見つける事が出来る。

 

 

 ……いや、確かにイロイロな理由で敗走し、泣きながら部屋に戻ったのであったが、部屋に戻った瞬間にとてつもない怖気に見舞われ、

 

 

 

 

           —— ナ ニ カ ガ ヲ ワ ッ テ シ マ フ ——

 

 

 

 

 という、天啓を授かってしまったのである。

 

 慌てふためき かのこを抱き上げて部屋を飛び出した彼を誰が責められようか?

 

 ……まぁ、『大げさ過ぎっ!!』という説も無きにしも非ずであるが、横島的にはヲワリだとゆーのだからしょうがなかろう。

 

 煩悩そのものを霊力集中のスターターにし、萌える事によって出力を増していた非常識な男であるのだから、そう言った女性のストライクゾーンに煩くなってもおかしくない……のだろう。多分。

 それでも大人になってマシになった筈なのであるが……

 

 

 「……まだ“安定”してないんだなぁ……ヤレヤレ……」

 

 

 誰にも語っていないが、横島の心には“綻び”がある。

 

 それでも人間では考えられない速度で修復されていっているのだが、それでも限度はあるのだ。

 

 だから十七歳時の煩悩の暴走と同レベル“程度”で終わっているのはかなりマシなのである。

 

 

 何だか空から自分を見下ろす月にまで同情されているようで余計に物悲しくなってきた。

 

 横島はその月に軽く溜め息を吹き付け、気を取り直して霊波を探って異常がないか調べ始める。

 

 刹那達が見回っているだろうし、楓も気を付けてくれているハズ(、、)だ。

 

 それでも念の為…と再確認するのは護衛対象が女の子だからだろう。

 

 これがオッサンを護るとかの任務であったら既に寝ていたかもしれない。

 

 

 ——異常は……ないようだ。

 

 刹那も何やら結界を強化しているようであるし、彼も及ばすながら…とコッソリと霊気を送り込んで、符の強度ギリギリまで防護の力を上げているのだから、無理に旅館内に侵入しようとすると横島にも伝わってくるだろう。

 

 

 「でもまぁ……昨日は結界符を使ったってのに入られたからなぁ……油断できなん」

 

 

 流石に結界から出ると同時に千草に入られた……等という自分と同レベルのオポンチをネギがかましているとは思いもよらない横島であった。

 

 それでも油断をしていないのは成長した証なのだろうけど。

 

 

 

 「しっかし……何で屋根の上で酒の臭いなんかがするかなぁ……やっぱ誰か侵入してんのか?」

 

 

 紛いなりにも かのこも使い魔なのだから頑張ろうと鼻をぴすぴすさせて調べようとするのだか、やはり酒気に中ったかフラっとしていた。

 

 そんな小鹿を抱き上げて代わって調べる彼であったが、ツマミや肴の跡も匂いも無い事から酒だけ飲んでいた事が感じられる。

 それ以外の痕跡らしい痕跡は残っていない。

 

 仕方ないなと思いつつも、痕跡を探るがやはり何もなし。これで本当に侵入者があったならそれは容易ならざる相手となる。流石の彼もそれは勘弁して欲しかった。

 

 

 意外と真面目に仕事をしている横島であるが……やはりここで宿泊しているのが女の子。それも未来の美女である現美少女の安全が掛かっているのだから当然の事と言えるだろう。

 

 きちんと隅から隅まで目視で調査し、霊気を発して調べて違和感の無さまで調査を続けている事からも、その重要度が解るというものだ。

 

 そして彼は横島忠夫である。

 その超特殊な鼻は酒の種類を臭いで嗅ぎ当てられずとも、女の匂いはバッチリ嗅ぎわける事ができるワケで……

 

 

 「あ、あれ? 何か楓ちゃんと古ちゃんの残り香があるような……」

 

 

 実にアッサリと誰が居たか理解してしまっていた。

 

 彼に問えばその香りの見分け方を熱く語ってくれるだろうが、そんな事を詳しく文字で表したら検閲に掛かるか、R禁指定を喰らって削除されたりする事請け合いだ。

 

 兎も角、彼の超感覚によると件の二人はついさっきまでここに居て酒を飲んでいた事となる。

 

 言うまでも無く正解であるし事実だ。

 ミイラ取りがミイラに……って感じがしないでもないが、ともかく古を探していた楓はここで彼女を見つけ、イロイロあって一緒に飲みまくるというオバカさんかましたりしているのだから。

 

 

 「……まさか……な……

  オレじゃあるまいし……」

 

 

 しかしそこは無駄に自己評価を低くして自分を知る男。

 自分の様なバカをあの二人に限ってする訳がないという、よく解らない信頼を見せていた。

 

 未成年時から何時もノリで自棄酒を呷ってしまっていた彼だからこその自負(?)と言えよう。

 

 

 だから横島はこう考えた。

 

 結界が張られているにもかかわらず、古と楓はここに飲酒の跡……あるいは飲酒している人物を発見し、それを追っている……と。

 

 なるほど確かに多少の納得はできる。

 

 自分に何の連絡も入れていないのは妙だと思わないでもないが、そーゆー事もあるだろう。

 何せ楓はニンジャであるからして、異変の事実を確認してから報告に来るかもしれない。

 

 

 「まぁ、一応は再確認してみっか……」

 

 

 と、このかを抱いたまま屋根から飛び降りると、旅館の鬼門の方位から結界への見回りを再開させる事にした横島であったが……

 

 

 嗚呼……ここで異変を察知していれば。

 嗚呼……ここでもっと用心していればこの後の喜劇…もとい、悲劇は防げたかもしれないのに……

 

 尤も、

 

 

 — そう……それでいいのだ —

 

 

 等と深く頷いているジャスティス(裏切りモン)が居る限りは……かなり無理っポかった。

 

 

 

 

 

 

 

 『——っ!

  いいんちょ!?』

 

 『まき絵さん、勝負ですわっ!!』

 

 

 その頃、廊下の曲がり角にて3班と4班が遭遇。

 

 唐突な敵対存在との遭遇によって一瞬、まき絵が硬直してしまった。

 無論、ネギの貞操……もとい、唇を狙うあやかがそんな隙を見逃す訳も無い。

 振りかぶった右手の枕をまき絵の顔面めがけて突き出した。

 

 

 ボッ!!

 

 『ふ゜っ!?』

 『も゛っ!?』

 

 

 だが、何と攻撃は同時だった。

 頭は弱くとも、まき絵は体力運動力は定評のあるバカレンジャーの一人なのだ。

 

 その無駄に素晴らしい反射速度によって、あやかとのタイムラグをカバーし切っていた。

 

 

 『もへっ……!?』

 

 

 それでも攻撃力はあやかも負けてはいない。

 年下への偏愛パワーもあって、たかが枕の一撃を受けただけでまき絵はピヨっている。

 

 無論、あやかもであるが。

 

 

 『でかしたまき絵!

  トドメだよ、いんちょ!!』

 

 

 その間隙をくぐり、同4班の相棒である祐奈が枕を振りかぶってあやかに迫った。

 

 あやかの相棒である千雨はというと、元からやる気はゼロである。

 ガキのゲームに関わる気もないし、ショタの気もないのでとっとと終わらせて戻りたい気満々だ。

 

 だから……という訳でもないが、マジに戦おうとしている祐奈には呆れが出、

 

 

 『ガキの遊びにむきになんなよ……』

 

 

 と、溜め息混じりに足をかけて進行を妨害した。

 

 

 『あたたっ?!』

 

 

 見事に踏ん張りどころを見間違えて空振り。

 あやかは九死に一生を(?)得た。

 

 

 『……っと、私とした事がナニ付き合ってんだ?

  とっととズラかってHPの更新を……』

 

 

 思わずあやかを援護してしまった千雨であるが、こういったバトルには関わりを持ちたくないのが本音である。

 

 だから、あやかと祐奈が身を起こし、向かい合ってバトルを再開させたのを確認すると、その隙を見てこの場を離れようとしていた。

 

 と……

 

 

 ばずんっ!!

 

 「あだっ!?」

 

 

 その後頭部に物凄い一撃が入った。

 

 何というか……明らかに枕の一撃とは思えない重さが後頭部に入り、前方にもんどりうって吹っ飛んでしまう。

 

 幸い壁で頭部を強打する事はなかったし、痛みも然程ではないが衝撃だけはハンパではなかった。

 

 ずり下がった眼鏡を押し上げつつ、何とか体勢を整えて立ち上がる。

 

 

 『うぐぐぐぐ………』

 

 

 余りの暴挙に肩を振るわせつつ後ろを振り返ると、そこにはふらつくまき絵の姿。

 

 千雨の視線に気が付くと、『へ? な、何?』と驚きを見せているのだが、

 

 

 『や……やりやがったなっ!?』

 

 

 何だかんだで気が短い千雨は突如として激昂、枕を振りかざしてまき絵に襲い掛かった。

 

 

 『え? あ、ひゃあああ〜〜〜っ?!』

 

 そんな千雨を見、まき絵も慌てて廊下に転がってい(、、、、、、、、)る自分の枕(、、、、、)を拾って防戦に入る。

 

 

 モニターに映る少女らの戦いはついに乱戦へと発展を遂げ、しっちゃかめっちゃかに枕を振り回して暴れまわっていた。

 

 その激しさには、流石に騒動に慣れていた3−Aの少女らも眼を大きくしている。

 

 何せ普段は我関せずを貫いている千雨がおもっきりバトルに参加しているから……という理由からだけではない。

 

 

 「ね、ねぇ……今、千雨さんに後ろから攻撃したのって……」

 

 「う、うん……」

 

 

 千雨が攻撃を受ける直前、まだ目を回していたまき絵は攻撃どころか立ててもいなかった。

 

 そんなまき絵と千雨に間に、風のように一人の少女が天井近くから舞い降り、千雨の後頭部を枕でひっぱたいて彼女が振り返る前にまた姿を消したのである。

 

 そして防犯カメラはその時の様子をちゃんと映写し撮っていた。

 

 

 「長瀬さんだったよね……」

 

 「だよね……」

 

 

 倒すまでも無く、自滅狙い。

 どつき合わせて数を減らすつもりなのだろうか?

 

 運動能力,戦闘能力の高さは誰もが知っているのだが、その能力とは裏腹に楓自身が動く事はめったに無い。

 そんな彼女が何時に無くアグレッシブに行動する事に観戦者たちも後頭部に汗を垂らしていた。

 

 

 

 

 「新田せんせーが移動したアル」

 

 「了解でござる」

 

 

 騒ぎを聞きつけ、鬼の新田が動き出すのを古は物陰から窺っていた。

 

 その背後を突き、彼が移動した方向の真反対に足音を立てず走って行く二人。

 

 何と、楓はあろう事か騒動を誘発させ、新田を誘き出して安全路を確保したのだ。

 普段の彼女からは考えれないほど手段を選んでいない。

 

 正に外道!

 

 

 「ふ……勝負の世界は情け無用でござるよ」

 

 

 酒は大分抜けようだが、頭のネジも抜けたままのようだ。

 

 いや、酒によってテンションが高められてしまい、中々治まりがつかないでいるだけかもしれない。

 

 何せネギ=スプリングフィールド(仮)という獲物を追い求めるハンターの眼差しのままなのだから。

 

 

 「む……?」

 

 「どうしたアル?」

 

 「夕映殿の気配が近くでするでござる」

 

 

 正に楓が察知した通り、楓らが駆けている廊下の外、屋根の縁の上を二つの影が匍匐前進で進んでいた。

 

 前を先導するのは綾瀬 夕映、後ろに続くは本屋ちゃん事、宮崎のどかだ。

 

 

 この二人、実は図書館部という同じ部に所属しており、こう言った行動には慣れていたりする。

 

 恐らく世界で唯一サバイバル能力がないといられないクラブ、麻帆良学園図書部の二人。

 朝倉が大穴と称しているのだが、何気に当たっていたりする。

 

 

 「……成る程……新田先生の目の無い外から安全路を進んでいるという訳でござるな」

 

 「ほほう……考えたアルね」

 

 

 そのまま進めば後は非常口からネギの部屋に一直線だ。

 

 抜け目のないバカブラックの事、どうせ非常口のドアは開けている事だろう。

 

 しかし——

 

 

 「でも、私らには関係ない事アル」

 

 「で、ござるな……横し……もとい、ネギボウズは恐らくあっちの方向でござるに」

 

 

 と、楓が指すのは夕映らが進む方向とは真逆だ。

 

 横島とのトレーニングによって、彼がわざわざ気配を隠していない限り、彼の霊気とやらを感知しやすくなっている楓はあっさりと彼のいるであろう方向を察知していた。

 

 

 「うむ。

  老師……じゃない、ネギボウズが待てるアル」

 

 「急ぐでござるよ」

 

 「アイアイ」

 

 

 そして二人はまた駆け出してゆく。

 

 飲んでから直身体を動かせば酔いが回りやすかったりするが、それは兎も角。

 ネギがいる(事になっている)ホテルの端に向って二人は何だか足をやや縺れさせつつも速度を上げて行くのだった。

 

 

 

 

 

 

          ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 「ひゃああああぁあ〜〜っ」

 

 

 普段から声が小さく、目立たないようにしていた少女の悲鳴が聞こえた。

 

 無事に目的地である304号室にたどり着いた5班の二人であったが、部屋の戸に手が触れる直前に1班代表選手である双子姉妹とぶち当たってしまう。

 その二人を食い止めてネギの元へのどかを送り込んだに夕映であっが、流石に多勢に無勢。

 某RPG宜しく、両手に持った本で奮闘を続けてはいるが押されている感は拭えない。

 

 が、流石は纏まりはなくとも仲の良さでは定評のある3−Aの人間。

 

 

 『のどか!!』

 

 『本屋ちゃんっ!!』

 

 

 のどかの悲鳴には同時に休戦してネギの部屋へと駆け込んで行った。

 

 三人の目に入ったのは、敷かれている布団が一組。

 そしてその上で目を回しているのどかの姿。

 

 

 『あっ!?』

 

 『のどか——っ!?』

 

 

 見れば窓が開いており、夜風でカーテンが棚引いている。

 

 のどか以外の人影はなく、ネギはこの部屋のどこにもいないようだ。

 

 

 『窓から逃げた!?』

 

 『史伽、追うよ!!』

 

 

 慌てて窓から飛び出す二人であるが、夕映はネギを狙っていた訳ではないし、友人を見捨てる事などできる訳もない。

 

 

 「のどか! しっかりするです。のどか!」

 

 「う〜〜ん……

  ネギ先生が五人……」

 

 「何言ってるですか!」

 

 

 とりあえずはのどかの浴衣の衣体を整えてやり、ネギの床であろう中に寝かせる夕映。

 

 目を回している理由は解らないが、少なくともネギがここにいないのは間違いないだろう。

 

 いや、少なくとも、ネギがここにいたのならのどかをこのような目に合わさないだろうし、そうであったとしてものどかを放っておいて逃げたりはしないはずだ。

 

 何だかんだで今日までの事件でネギの人柄を感じ取っている夕映は、彼の責任感や真面目さをきちんと認識していたのだ。

 

 

 「となると……

  ネギ先生の代わりに誰かがここにいたという事に……」

 

 

 ぞくりと肩を震わせ、思わず部屋を見回した夕映であったが、周囲に妙な気配は無いし隠れている様子もない。

 はぁ…と深く息を吐いて緊張を解き、ひっくり返っているのどかを目に入れる。

 

 そんな彼女が昼に勇気を振り絞った事を思い出すと、キ…ッと自分も気を奮い立たせ、

 

 

 「ネギ先生は私がきっと連れてきますから……

  ここで休んでいるんですよ。のどか」

 

 

 未だ目を回している彼女の手を握ってそう呟い廊下へと飛び出して行こうとし——

 

 

 「!? ネ……ネギ先生!?」

 

 「あ、どうも夕映さん」

 

 

 “それ”に出会った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 旅館の中心からみて丑寅(東北)の方位……まぁ、所謂“鬼門”であるが陰陽道においては悪鬼が出入りするところとして忌み嫌われていたりする。

 

 だが、そもそも西を知る刹那がここの守りを疎かにする訳もなく、旅館の人間がやっているのであろうお清めの塩盛りと平行して強めの印が凡字で刻まれていた。

 

 彼がその事を思い出したのはここに到着してからだった。

 

 

 「あらら……そうだった……

  まぁ、再確認できたからいっか……」

 

 

 植木鉢で隠されていた印を元のように鉢で隠し、手についた土を叩いて払う。

 

 テンパっていた所為で忘れてたとすれば、なんと間抜けな話であろうか。

 

 そんな自分に苦笑し、横島はそのまま旅館内に戻っていった。

 

 

 と……

 

 

 「あ、タダキチ…君?」

 

 「え? あ、あれ? ネギ…兄ちゃん?」

 

 

 建物の中に入ったと同時にネギから声を掛けられ、思わず演技を忘れて呼び捨てしかけてしまう。

 ギリギリで“兄ちゃん”と言う単語を貼り付ける事に成功はしたのだが、何故か(、、、)気配を察知できなかったのだから驚きも大きい。

 

 

 「どうしたの? こんな時間にこんなところで」

 

 「ええと……寝苦しかったさかい、ちょっと散歩に……」

 

 

 かなり苦しい言い訳である。

 

 

 何だかお兄さんぶったネギの言葉遣いに苦笑も浮かぶが、何とか表情に出さずにいられた。

 

 そう言うネギも子供なのであるが、念の為にと見回りに出ていたのであろう。

 内心、横島はそんな真面目なネギの事を感心していたのであるが……

 

 

 「ああ、そうだ丁度良かった」

 

 

 と、ネギは突如両手をパチンと合わせ、ミョーに嬉しげな笑みを浮かべつつ、ゆるりと横島に歩み寄って来たではないか。

 

 

 「ん? な、何や?」

 

 「うん。あのね——」

 

 

 そんなネギの顔を見て、横島は戦慄が走った。

 

 

 何とネギは、白い頬を薄桃色に染めていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 「……いいんちょさん」

 

 「!」

 

 

 

 「……まき絵さん」

 

 「!」

 

 

 

 「……史伽ちゃん」

 

 「あ! ネギ先生」

 

 

 

 『ね……姉さん。

  朝倉の姉さん!』

 

 「何よ」

 

 『いや……俺っちの目の錯覚かなぁ……

  ネギの兄貴が“四人”いるように見えるんだけど……』

 

 「な……!?」

 

 

 

 

 

 ——かくして悲(喜)劇の幕は、

 

 

 

 

 「タダキチ君……」

 

 「な、何や……ネギ……兄ちゃん。そのイヤンな表情は……

  オレはロリでもなければショタでも……」

 

 

 「キス……してもいいかな?」

 

 

 「は?」

 

 

 

 

 

 

 上がった——

 

 

 

 

 

 

 


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