-Ruin-   作:Croissant

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中編

 

 

 「このかさん、淋しそうでしたね」

 

 「うん……

  普段のこのかなら、絶対あんな顔しないもん」

 

 

 浴衣を着て、廊下を歩きながらそんな事を言い合う影二つ。

 

 一つは小柄な少年で、もう一つは長い髪を左右に分けた少女である。

 似たような髪の色をしているため仲の良い姉弟のようにも見えるが、れっきとした教師とその教え子。

 

 魔法先生ネギ=スプリングフィールドと、まがりなりにも仮契約を行って従者……のよーな位置をもらった神楽坂 明日菜の二人である。

 

 今、二人が話し合っているのは、明日菜のルームメイトであり、ネギの教え子である近衛 木乃香の事だ。

 

 明日菜と木乃香の二人で連れ立って露天風呂に入りに行くと、脱衣所の中でサルの集団に襲われ、あわや木乃香が攫われそうになったところに颯爽と駆けつけ、そのサル……の式神を蹴散らして彼女を救ったのは、ネギたちが西の刺客では? と疑っていた桜咲 刹那であった。

 

 その風呂場での騒動のおり刹那は自分は敵ではないと言っていたし、木乃香に不埒な事をやったサル(式神)に対して本気で怒っていた事実から、彼女の嫌疑はかなり薄まっている。

 

 ただ、必死になって救ったはずの木乃香から逃げていった事、

 その事で木乃香がひどく落ち込んで泣いていた事、

 

 そしてネギらが入っていた岩風呂に多量の血痕が残されていた事がネギを未だ悩ませる結果に繋がっていた。

 

 

 あの時——

 

 木乃香がサルに運ばれかかった時、凄まじい踏み込みで距離を詰め、木乃香を攫おうとしていた不埒な式神達をなぎ払った。

 式神達が消え去った跡には奴等を操っていたであろう術者の気配は無く、代わりに凄まじい出血の跡が残されていた。

 

 おそらく、刹那が刃を振るった折に式神ごと相手を斬ったのであろう。

 そしてその怪我は出血量からして致命傷。良くても重体であろう事に間違い無い。

 

 余りにも酷い惨状であったため流石に明日菜に見せるようなことはしていないが、それでも否応なく緊張はネギから伝わってゆく。

 

 

 対峙して判った事であるが刹那は強い。間違いなく自分より。

 

 彼女が木乃香を守ろうとしている気持ちは、あの時の怒りの波動からもひしひしと感じられている。

 

 だからといって術者を殺していいという理由にはならない。少なくともネギはそう思っていた。

 

 まぁ、刹那が命を奪いかね無いほどの攻撃を行わねばならない程の相手がいたという見方もあるが、まだまだ子供であるネギにはそこまでの洞察力は備わってない。

 

 それだけが原因という訳ではなかろうが、まだまだ問題は山積みなのである。

 

 なぜ木乃香が狙われたのか?

 刹那が殺意を持って当たらねばならなかった術者とは?

 そして、刹那はなぜ木乃香から逃げたのか?

 

 そんな風に謎だけがどんどん積み重なってゆき、ネギは熱が出そうであった。

 

 

 「あ、あれ?」

 

 「? アスナさん、どうかしましたか?」

 

 

 ネギの困惑が伝わったのか、何となく重い空気を持ったまま歩いていた明日菜が、通路の向こうで起こっている怪異を眼に留め、奇妙な声を漏らして立ち止まっていた。

 

 いぶかしんだネギが問い掛けると、アスナは“それ”に向って無言で右手の人差し指をのばし、その指した方向をネギの目線が追う。

 

 

 と……?

 

 

 がんがんがん……

 

 

 硬い壁を打つ奇妙な音。

 明日菜が示したその先には丁度その音の出所があり、それをよく見れば長身の人間が壁に頭を撃ちつけている音だと理解できた。

 

 そして、その人間がネギと明日菜が良く知る人物であったのだから、流石に驚愕続きだったネギでもその驚きは大したものである。

 

 ギョッとしてネギは駆け出し、その女性……いや、少女の奇行を浴衣の袂を引っ張って止めさせた。

 

 

 「ちょ、ちょっと!!

  長瀬さん!! 何やってるんですか?!」

 

 

 ネギが叱るようにそう咎めると、我に返ったようにその少女……長瀬 楓は奇行を止め、ネギに向って何時もの思考が読み辛い笑顔を向けた。ちょっち額から出血していたが……

 

 

 「おお、ネギ先生。お疲れさまでござる。

  今夜は静かな夜でござるな」

 

 「いえ、その……静かとは程遠い光景が見えたんですが……」

 

 「はっはっはっ……気の所為でござろう?」

 

 

 楓はピュ〜〜と額から出血しつつもそう言って笑った。

 

 何だか木乃香に金槌で小突かれている学園長を彷彿とさせられ、ネギや明日菜、カモも顔に縦線、後頭部にでっかい汗を浮かべてしまう。

 

 

 尤も、楓の言う通りに今現在は静かな夜である事に間違いない。

 

 何せ騒がせどころが全員酔い潰れているのだから騒ぎようが無いのだ。まぁ、次の日からはその反動で大騒ぎしそうであるが。

 

 それを知っていて尚、静かだというのだから、ひょっとしたら楓には何か酷いショックな事があったのかもしれない。いや恐らくあったのだろう。

 

 明日菜にとって、それはシンパシーと言ってよいかもしれない。

 確証も証拠も無いのだが、彼女は何だかそんな気がしたのである。

 

 彼女は隣に立つ子供教師が来てからそーゆーイタイ事柄が続いていた事もあって、ショックな事件には事欠かないでいる。だからそれを感じた明日菜には他人事とは思えなかったのだ。

 

 

 まぁ、事件の内容も知らず慰める事等できようもないし、自分にとってのイタイ事件……憧れの先生に“見られた”というショックを癒したのは“時間”と“慣れ”だった。

 なら触れない方が得策ではないのか?

 自力で立ち直る方が人生の肥しとなるのだし。

 

 明日菜はそういう答に行き着き、一人うんうん納得していた。

 

 

 「と、ところで長瀬さん、一体なんで壁に頭を叩きつけてたりしてたんですか?」

 

 がくんっ

 

 

 そんな想い等露知らず、子供らしい好奇心のまま問い掛けてしまうネギに、明日菜は滑りコケてしまった。

 

 せっかく彼女が大人としてそのままスルーしてあげようとしていたとゆーのに、物の見事にぶちこわしてくれたのだ。

 

 

 「アンタねーっ?!」

 

 「ひゃっ?! な、なんですかーっ?!」

 

 

 訳のわかっていないネギの襟首掴んでネックハンギングかましつつブンブン頭を振る。

 子供教師は白目となって苦しんでいた。

 

 そんな二人の前で、楓は今さっきの事件を思い出し、

 

 

 「うう……み、見られたでござる……

  し、しかも…………み…見てしまったでござる…………」

 

 

 等と顔を赤くしてまた壁に頭を打ち始めていた。

 

 

 くノ一とはいえ、武闘派である楓は“そういう手合いの術”の修業は成されていない。

 それでも“見られた”という程度で自分を見失う事はありえないはずであった。

 その上、“見た”という事ですら冷静さを失っているではないか。

 

 

 彼女が“見られ、見た”という程度でどうして冷静さを失っているのか……無自覚な楓の心は出口の無い感情によってかき回されていた。

 

 

 

 そしてその事が歯痒くてたまらない女も一人……

 

 

 『いい加減にしろ!!

 

  お前は特定の人間に見られた事を“照れている”んだっ!!

  まさか“照れている”事にすら気付いていないのか?! アホかお前は!!』

 

 

 廊下の影で褐色の肌の少女が一人地団駄を踏んでいた。

 

 仮にもライバルとして見ている少女が己の感情の変化に気付けないままでいるという事が彼女をイラつかせ、地団駄を踏ませているのだ。

 

 

 それでも戦士としてのイラつきより、同級生を見守っている一人の少女としてのイラつきが大きいのは彼女にとっても良い事なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

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                  ■七時間目:猿の湧く所為 (中)

 

 

 

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 「し、死ぬかと思った……」

 

 何時の間にか口癖となっているお馴染みのセリフをほざいているのは言うまでもなくタダキチ(セブン)こと、横島忠夫である。

 尤も、今は飴の力が切れていつもの高校生くらいの外見へと戻っているが。

 

 

 何というか……横島の習性と言うか性質と言おうか、楓のカラダが曝された瞬間、その見える範囲全てを心のハードディスクに焼き付けてしまったのである。

 時間にして一秒も見ていなかったにも拘らず……だ。

 

 それ故の鼻血。それ故の大量出血であった。

 

 その際、意識を失った彼を火事場のクソ力で横島の部屋へと運んでくれた楓であったが、直後に飴の力が切れ、彼のブツをウッカリ目に入れてしまったのだ。

 その所為で彼女は自分の近くにいないのだろう。そう考えると自己嫌悪も混ざって苦しみも一入である。

 

 

 「うう……ひょっとして、楓ちゃんに“反応”してたとか……ぐぉおおおお〜……」

 

 

 その真偽は兎も角、横島が完全に意識を取り戻したのは楓が去ってから十分ほど後の事。

 ホテルの人が敷いてくれていたのだろう、布団の上に全裸で寝転がっていた。

 

 流石に全裸で寝っ転がっているのにはビビったが、

 

 

 『私に何をしたの?!』

 

 

 等とボケかましている場合ではないのだ。

 

 状況からして、楓が運んでくれたと思うのだが、そうなると彼女にイロイロと拝見されてしまった可能性が非常に高い。

 しかしどんな状態でいたか……というのは彼女自身が口を割ってくれなければ闇の中だ。

 

 かと言って、そんな恥ずい質問などしたくもないし。

 

 

 暫く部屋で一人悶えていた横島であったが、ここでイモムシが如くゴーロゴロと転がってても埒が明かないという事に何とか気付き、自販機で茶を買ってロビーで気を落ち着かせようと頑張っていた……というわけである。

 そんな簡単に落ち着けるものなら世話無いのであるが。

 

 

 「くっそぉ〜〜〜……オノレよくも……西の奴らめぇ〜〜……」

 

 

 だから一番簡単な方法、

 

 責任転嫁に走ったのである。

 

 

 ギリギリと歯を食いしばって正義(?)の怒りを燃やし、今だ姿の見えない敵に対して無意味に気炎を上げてゆく横島。

 相変わらずと言うべきか、進歩が無いと言うべきか。どちらにせよ褒められたものではないが。

 

 それでも失態を怨敵の存在にすり替えた事でいくぶん気も楽になってくる。

 紆余曲折はあったものの、西側の刺客に八つ当たりをする事で鬱憤を晴らす事を心に決めた横島は、何とか立ち上がる気力を取り戻す事ができた。

 

 後は……

 

 

 「楓ちゃんに謝るだけ……か」

 

 ぷしゅるるる〜〜……

 

 

 折角高めた気力がいきなり萎み、又もソファーに沈み込んでしまう。

 いや——ナニに謝罪するのかと問われれば返答に困ってしまうのだが。

 

 

 『イヤハヤ、お粗末なものをお見せしまして』

 

 

 と謝罪するにしても、

 

 

 『なかなかな物をお持ちで。イヤ眼福眼福』

 

 

 と楓を褒める(?)にしても勘弁して欲しい行為である事に間違いないのだから。

 

 

 どちらにせよ新たなる自分を自覚しそーでイヤ過ぎるのだ。

 尤も、そうやって悶えてても何もならないし、仕事だってあるのだが……

 

 ずりずりとソファーからずり落ちつつ、自分にとってかなり懐かしいアイテムであるバンダナを頭から外し、何となく握り締めて愚痴を吹きかける様に零す。

 

 

 「……何やってんだろなぁ、オレ……」

 

 

 確かに肉体年齢は十年ほど若返ってはいるが、中身は二十七である。はずだ。

 幾ら十七からの記憶が飛び散って消滅した(、、、、、、、、、)とはいえ、十七の時と同じ事の繰り返し。

 

 わざわざ異世界……別の宇宙までやってきて同じ事の繰り返しでは幾らなんでも進歩がなさ過ぎる。

 だから深い深い溜息が零れてしまう。

 

 

 元の世界に帰りたいという気持ちが殆ど無い理由も解かった。

 

 

 彼にとって——

 この(、、)横島忠夫にとっての返りたい元の世界は無い(、、)のだ。

 

 いや、“解からない”と言った方が良いだろう。

 

 

 その上、“自覚できない経験”によって帰ろうという気も起きず、その気になったとしても方法が無く、またその方法が見つかったとしても帰る世界の座標をしらない。

 これではどんな奇跡が起きても“向こう”に帰る……いや、“行く”事等できまい。

 

 だからこそ、この大地に骨を埋める覚悟はできていたのである。

 

 

 が、どこの世界へ行ってもそのまんま変化なし。

 それでは余りに情け無いではないか。

 

 

 「オレはオレらしく……かぁ……

  それはそうなんだが……ちょっと違うよなぁ……」

 

 

 今さっきとは別の重みの溜息が零れる。

 

 それは“前の世界”で言ってもらったセリフ。

 何かに囚われるより、横島は横島らしくいてほしい……そう願いがこめられた想いの言葉だ。

 

 その事は心に刻まれているし、その言葉にしがみ付いている訳でもなく、極自然にその言葉を実践できるようにはなっている……と、思う。

 

 だけど確かに横島自身が言うように、“これ”はちょっと違うだろう。

 

 “あの”十代の頃より煩悩は抑えられている筈であるが、どういうわけか切羽詰ると“あの頃”に戻ってしまう様になっているのだから。

 

 人一倍良心が脆いヘタレであるのに、一度美女美少女を目にすればエッチとかいうレベルを飛び越え性犯罪紛いの行為を反射的に行う、凶悪なパブロフの犬。

 幸いにも押し倒さんと襲い掛かる相手は確実に自分を撃墜できる者ばかり。後で自分の良心をズタズタに傷付けつつ土下座して謝り倒すまでには至っていない。

 

 流石に二十歳を越した頃には余裕を見せた方が引っ掛けやすい事を身体で学んでいたので、そういった行為は(横島的には)かなり鳴りを潜めていたのであるが、こちらの世界にきて若返るとまた発動しているではないか。

 

 

 何せ麻帆良には美女美少女が多い。

 

 特に眼を引く者は、癒し系美女であるしずな先生。

 バツイチである為であろう、隠しきれない色気と知性を振り撒いてくださっている刀子先生。

 そして清く厳しいシスター・シャークティ等々、『ぜってー顔とか“ぼでぃー”で選んでんだろう? このジジイ!』と学園長に拍手喝采……ではなく、一言言ってやりたい程に麻帆良は美女に事欠かない。

 無論、まだお会いしていないであろう“じょしこーせー”の皆様や“じょしだいせー”の皆様もそうだろう。

 

 まぁ……そんな彼女らに対して歯止めが利かなかったのはしょうがないだろう。

 

 実のところ、最初の暴走は身体を治す為に無意識に多量の霊力を消費し過ぎていたので、その霊力を回復しようと本能が超高速回転した事が原因である。

 

 彼の霊力発動のきっかけは煩悩。

 それ故の自己防御的な回復法であったのだが、初期に最悪のレッテルを作ってしまったのが痛かった。

 お陰で未だに魔法関係者らによって女子高生年齢以上の美女美少女から距離を置かされているのだから。

 

 霊力は溜まったついでに別のモノまで溜まる始末である。

 

 まぁ、そんな真相があろうが無かろうが、楓という“じょしちゅーがくせい”に反応してしまった恥ずべき事実がある事に変わりはない。

 実際、鼻血吹いたし。

 

 

 「オレってそんなに節操なしやったんか……なぁ? ジャスティス(ロリ否定)よ」

 

 

 横島の内宇宙の中で読書に耽っていたジャスティスは、いきなり話を振られて驚きはしたものの慌てて頭を振る事に成功した。無論、横にだ。

 

 そっか……と幾分胸を撫で下ろす横島であったが、当のジャスティスはというと実は信用できない状態にいる。

 

 

 幾度の戦場を越えて不敗…という事ではないが、数多くのロリの誘惑を“何とか(←ここ重要)”振り切って十年を過ごしてきた。

 

 外見ムチムチの人外娘らは中身はまだロリであったし、修業場にいた蝶の化身も外見は育ったが実際は十歳程度だった。

 

 だからそれを自分に訴え続け、耐えに耐えた。耐えられた。

 

 自分を賭けて毎日を送り、耐え切っていたのだから自分は勝者。ウィナーだ。

 ここに来るのが後数日遅れていたらどーなってたかは知らないが。

 

 だからこそ彼、ジャスティスは生まれたのだ。

 

 倫理……つーか、チンケなプライドを守る為に。

 

 

 しかし、横島が必死に頼っているジャスティスであるが、その彼とて横島の一部である。

 訳の解からん努力をし、目的の為に手段を選ばず、その手段の為に目的を見失うスカタン男の一部なのだ。

 

 

 案の定、ジャスティスはその方法を履き違えている。

 

 

 敵を知り、己を知らば百戦しても危うからずと意気込み、ロリを知らぬが故に苦しむのだと曲解してしまい、手段を思いっきり間違えて『要はロリに耐性をつければ良いのだ』という大義名分の下に、そーゆー世界に浸り切っていたのだ。

 

 

 今、横島の確認に力強くシリアス顔で頷いたジャスティス。

 

 その彼の手には薔薇な乙女のフィギュアだとか、混沌の欠片とか言いだしそうなゴスロリ少女のポスター等で、

 今読んでいた本にしても、ハンマーもった赤い服の魔法使いを主人公にした同人誌(それも18禁)である。

 

 そんな物を戦闘用資料だと大事そーに抱えている時点で、何もかも手遅れっポイ。

 

 

 横島の未来ははたして———?

 

 

 

 

 

 

 −真の敵は自分の中にあり−

 

 

 等という事を知る由もない横島は、ようやく気を取り直してソファーから立ち上がった。

 

 このホテルに泊まっているのは大半が麻帆良の女生徒である。

 

 何かえー匂いがする…という感想がポロリと零れそーで怖いから、外回りに出かけて頭を冷やすのが一番だろう。

 ジャスティス(ロリ否定?)が何やら未練がましく振り返っている気がしないでもないが、たぶん気の所為。

 

 浴衣のまま外を歩いて風邪を引くのもなんだから、一旦部屋に戻って服を着替えに戻ろう……

 

 

 「あ」

 

 「あ……」

 

 

 ——として、楓と鉢合わせてしまった。

 

 

 「あ、あの、えと……」

 

 「あ…う……」

 

 

 何やら二人してもじもじし、次の言葉に移ってくれない。

 

 謝るべきか、どう切り出すべきか判断がつかず、二人して間誤付いているのである。

 

 

 ドン ドン ドンっ

 

 

 どこかで地団駄踏んでいる音が聞えないでもないが気の所為だろう。

 

 

 未だ楓の心に引っかかっている事。“肌を曝す”という行為は、ある意味戦術でもある。

 

 その戦術はかなり基本的かつポピュラーなのだが異性に対してはかなりの効果を生む場合が多いので昔から使われている方法である(特に横島には効果的)。

 

 それが理由と言うわけではないが、楓は異性に肌を見せる事に対する羞恥は薄い。

 いや、普段ならば別に露出癖があるわけでは無いし、そこまで恥知らずでも無いのであるが、その年齢を度外視する戦闘力を持った戦士でもある彼女は、戦っている間ならばそれに対する気遣いはかなり薄くなる。

 

 

 ——先程の楓はその状態にあった。

 

 だが、その状態にあったにも拘らず楓は羞恥心を発動させていたのだ。

 そして困った事に、羞恥心が溢れ出たというその意味を理解していない。

 

 それが歯痒くて堪らず、物陰に隠れた誰かがハンカチを噛み締めていたりするがそれは兎も角。

 

 

 ロビーの壁に掛けられている時計の針の音が妙に響いている気がする。

 

 それが聞えてしまっているからこそ、その音に急かされているようで二人の焦りは強くなる。

 

 

 それがお互いを異性として意識しているから……という事は、誰の目にも明らかだ。

 ……当人達以外の目には——

 

 

 それに気付いたのだろうか、何者かが柱の影から飛び出し、彼らを針の音にて急かす壁の機械をむしりとってフロントの奥に蹴りこんだ。

 

 あまりの暴挙に驚いて飛び出そうとしていたフロントの係員達もその人物に次々に当身を喰らってポポイのポイと部屋の奥。無茶苦茶である。

 まぁ、おかげ様でロビーは完全に静けさを取り戻したのであるが。

 

 

 だがこの二人は、そんな強引な気遣いすら気付いていないとキている。

 ある意味、二人の世界と言っても良いが、様子を窺っている方からすれば堪ったものではない。

 

 現にフロントの影から漏れているイラつきオーラもむくむくと膨らんでいってるし。

 

 

 なぜか時計が消失しているので正確な時は不明であるが、体感時間にして三十分は見合ったまま。

 

 眼が細いので良く解からないが、楓は横島から視線を逸らしたり戻したりと忙しい。ちなみに横島も同様だ。

 何と言うか……同じタイミングでそれを行っていたりする。

 

 

 時間にして長針が十回以上は動いているであろうのに、二人は見合ったまま。同じ行為をぶっ壊れた玩具の様に繰り返している。

 

 何だかんだでその茶番に付き合っている少女も、流石に脳内血管がプツンと切れそうになり我慢の限界。ついに二人を怒鳴りつけようとした正にその時、

 

 

 

 「「あの……」」

 

 

 

 二人が同時に口を開いた。

 

 

 おお……っ?! と飛び出しかかった少女は風の様にフロントの陰へと戻り、その時が来た事を感じ取って拳をググっと強く握り締めた。

 

 

 楓は気恥ずかしい思いをしている理由がよく解かっていないのであるが、横島は別だ。

 

 実は今、彼女が……楓が異様に可愛く見えているのである。

 

 

 『ど、どーしちまったんだオレ?!

  確かに、確かに楓ちゃんは可愛い!! 間違いない!! それは断言する!!!

 

  それに今の楓ちゃんは……な、なんやその上目遣いっぽい眼差しは?!

  なんやその薄ピンクに染まった頬は?!

 

  それに何で……何でオレはこないにガキみたいにドキドキしとんや——っ?!』

 

 

 いっぱいいっぱいとはこの事だ。

 

 

 『どうしたんだジャスティス!! しっかりしろ——っ!!』

 

 

 そのジャスティス(え…と…ロリ否定?)が煽っている所為でドキドキしているのは秘密である。

 

 

 楓の方も二言目が出なくて喘いでいた。

 横島に対して言葉を紡いだまでは良かったのだが、その続きがどーにも出てこない。

 

 

 『せ、拙者は何を言おうとしてるでござるか?!』

 

 

 と、外見以上に焦りまくっていた。

 

 同時ではあったが、横島に声を掛けられた事も拍車を掛けている。

 

 

 これではまるで、

 

 拙者はまるで………

 

 

 かちり——と、楓の心に何かがはまりかかっていた。

 

 

 そして眼前の少女が何かに気付きかかっているのと同様に、横島も何かドツボ……もとい、何かの流れに囚われようとしていたりする。

 

 

 “前の世界”において、横島は鈍感帝王の名をほしいままにしていた。

 だからこそ周囲の女性らはかなり強引な手段を取り、自分の気持ちを知ってもらおうとしていたのである。

 尤も、強引過ぎて理解されなかったというオチがついているのだが……

 

 

 だが、今の状況は間違いなく“あの世界”と違っていた。

 

 

 まずロリ否定する能力が、こちらの成長著しい外見の少女らによって磨耗している。

 そして直情的という程では無いにしても非常に純真で真っ直ぐな感情を持ち、尚且つ自分と何故か波長が合う楓と古という“中学生の少女ら”と共にいた。

 

 その事が彼の垣根を矢鱈と低くしていたのである。

 

 

 だから拙かった。

 実に拙かった。

 

 

 ただでさえ異世界にいるという孤独感を感じている横島は、京都の夜のホテルで美少女と向かい合っているというシチュエーションによって、妙に高まっていたのである。

 

 加えて今の楓は何だか色気があった。

 

 湯上りの浴衣姿の美少女という地味ではあるが萌えチョイス。そしてもじもじして見え隠れさせられている羞恥。

 これらが入り混じった破壊力は途轍もなく、横島の最終防壁すら危ぶまれる程。

 頼みのジャスティスに至っては、最終防壁に入ったヒビ割れを直すフリしてコッソリと楔を打ち込んでるし。

 

 

 横島と楓は又も同時に一歩踏み出し、

 そしてまたまた同時に口を開き言葉を紡ごうとした。

 

 二人して顔の赤さが増してゆくのは妙に盛り上がっている所為だろう。

 

 異郷の地の夜というものはそういった魔力があるのかもしれない。

 

 

 楓は何か言おうとして伸ばしかけた手を引っ込め、それでもその手を所在無げに口元へ持っていく。

 その仕種がまた可愛らしく感じられ、『もータマランですタイっ!!』とジャスティス(…否定?)も鼻血を吹きつつ感激していた。

 

 

 物陰から見守るおせっかい少女もその時を感じてググ…と更に強く拳が握りこまれ、その指の隙間から汗を滲ませている。

 

 シチュエーションも、タイミングもバッチリだ。

 

 横島自身も何だかどっかの心の扉を開けかかっており、既に退路は無かった。

 

 

 

 

 

 嗚呼、巨星…ついに歓楽——もとい、陥落か?!

 

 

 

 

 

 と思われたそんな時、

 

 

 

 「「「……ッッ?!!」」」

 

 

 

 明らかに異質の気配を感じ、

 二人(と、物陰に潜んでいた一人をコソーリ足して三人)同時に顔を上げて外に眼を向けた。

 

 

 たん…っ

 

 

 その瞬間、裏庭辺りに大きな影が一瞬だけ着地し、そして飛び去ったのが目に入った。

 

 外灯に映えたその姿。

 茶色く、丸っこく、ずんぐりむっくりなその影は正しく……

 

 

 「サ、サル……?」

 

 「サルの……着ぐるみ?」

 

 

 ——またしても湧いて出たサルであった。

 

 

 

 

 

          ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 人には“拘り”というものがある。

 

 

 それは術者という裏に生きる者達にしてもまた然りだ。

 

 いや、本人からすれば拘りを否定したとしても、第三者から見れば拘り以外の何ものでもないというものもある。

 

 

 丸っこい着ぐるみの手で器用に眼鏡をくいっと押し上げている一人の女性。

 その腕の中に意識を失った少女を抱え、正しくサルの様な身軽さで宙を舞い、地を蹴り、目的の場へと突き進んでいる。

 

 

 違うと否定をしようと、誰もがツッコむだろう。

 

 そんなマヌケなサルの格好で誘拐なんぞするのは絶対に“拘り”があるんだろう——と。

 

 

 猿を<式>として多用している為、外見的に目立つという問題を持っている符術師。それが彼女、天ヶ崎 千草であった。

 

 

 

 

 その彼女であるが、上手く事が運べていてかなり機嫌は良かったりする。

 

 何せおマヌケなお子様達は未だ身代わりの札に騙されているようであるし、正面から向かった時に感じた護衛の神鳴流のひよっこ剣士の強さも搦め手では異様に脆かった。

 だから思った以上に簡単に引っさらう事ができ、彼女の機嫌は良かったのだ。

 

 体の動きも軽やかになると言うものである。

 

 実はこの着ぐるみそのものが<式>である為、着用しているだけで身体が強化されていた。

 だからこのような軽業も可能なのだ。

 

 

 ズシャンッ

 

 

 それでも質量は誤魔化せないのか、着地するとけっこう大きな音がした。

 

 ホテルから足早に遠ざかり、渡月橋の脇に着地すると、

 

 

 「わぁっ?!」

 

 

 そこには見た事のある顔が。

 

 

 「おサル?!」

 「でかっ!?」

 

 

 外の見回りに出ていたネギ=スプリングフィールド……と、オコジョ妖精のアルベール・カモミールである。

 

 

 「あら さっきはおーきに。カワイイ魔法使いさん」

 

 

 少女誘拐した挙句の逃亡の最中だというのに、丁寧に挨拶をするのは余裕なのか?

 外見がナニなサルの着ぐるみにそんな事を言われたら異様に怖かったりするが。

 

 

 「!! こ、このかさん?!」

 

 

 それでもおサルの腕の中に知っている少女…近衛 木乃香の姿を見れば冷静さを取り戻すのは早い。

 

 千草がここに着地する直前までネギは携帯で明日菜と連絡を取っており、木乃香が誘拐された事を既に聞いている。

 ナニが何だか解からないが、このおサルの人が彼女を誘拐した犯人であることに間違いは無い。

 

 素早く携帯用の小さな杖を懐から取り出し、魔法を紡ぎ出すネギ。

 

 

 「お待ちなさいおサルさん!!

  Ras tel ma scir magist…もがっ」

 

 

 だが、相手は(これでも)戦闘経験のある術者だ。

 

 無詠唱魔法ならともかく、普通の魔法など詠唱を止めれば何て事も無いのを知っているのである。

 

 

 彼が唱え終える前に小ザルの<式>を放たれて口を封じられてしまった。

 

 いくら雑魚の<式>とはいえ、この程度の事なら一々命令せずともさせる事が出来る。

 実に基本的ながら効果的な妨害行為である。

 

 そんな簡単な妨害に引っかかって行動が阻害されている子供教師に対し、他愛も無い……という嘲りに似た眼差しを送り、

 

 

 「ほなさいなら」

 

 

 千草はほくそ笑んで、少年を無視して立ち去……ろうとした。

 

 

 

 

 

 

 

 「本邦初公開……

  サイキックソーサー猫だまし(強)!!」

 

 

 

 

 パ ァ ア ア ア ン ッ ! !

 

 

 

 「わ、わぁっ?!」

 

 「きゃあっ?!」

 

 

 突如として発生した閃光と衝撃。

 

 まるで無防備だった千草……と、ネギ(ついでにカモミール)はマトモにそれを喰らって視界を完全に奪われてしまい、『眼が、眼がぁっ!!』とどこかの天空のモニョモニョに出てくる悪役っぽく混乱状態。

 

 

 『な、なんだ?! 何が起こったってんだ?!』

 

 

 眼を眩ませたままのカモも焦る。

 

 そりゃ閃光弾みたいなものが突然目の前で弾けりゃ彼だって焦るだろう。

 

 

 「ウキ?!」

 

 「ウキャッ?!」

 

 「キーっ!!」

 

 

 そしてネギにしがみ付いていたサル達が突如として離れて行く。

 

 無論、誰の目も見えないので何が起こっているのかサッパリだ。

 

 少年の足元に舞い落ちてゆくのはデフォルメされたサルのシルエットの紙。

 その紙、一枚一枚に串が刺さっている。

 

 実は団子の串によって撃墜されているのだが、目は見えないし、見えたとしても果たして解かるかどうか……

 

 

 「今のはかなり便利でござるな?」

 

 「いや、実は空中でタイミング合わせるのが大変なんだよ。

  外れたら単なる攻撃だし、相手に当たったら人間だったらまず死ぬし。

  どっちかって言ったら、その串手裏剣の方が役に立ってるよーな……」

 

 「お互い様でござるよ♪」

 

 

 混乱する三人(?)を無視したかのような呑気な会話。

 何だか聞いた事があるよーな気がしないでもない語尾のついた少女の声にネギは首をかしげる。

 

 その間にもその気配は素早く近寄って来ていた。

 

 

 −サイキックソーサー猫だまし− とは?

 

 横島108の小技と言われているものの一つで、今の技は何とか思い出したその中の一つである。

 

 要は左右の手にサイキックソーサーを出し、投げつけて空中でぶつけ合って距離を置いたサイキック猫だましを行うというものだ。

 何せサイキックソーサーを投げつけてぶつけ合うのだから、普通のサイキック猫だましより出力が高く、衝撃も閃光も格段に大きい。それでいて霊的なモノ以外には殺傷能力が無いのだから素晴らしい技だと言えよう。

 

 尤も、青年が言っているように、ぶつけ合うのを失敗してしまうと単にソーサーを二つ投げつけただけとなってしまい、相手をまず間違いなく殺傷してしまうという欠点もあった。

 他にコントロールする方法があったかもしれないが、記憶が中途半端にしか残っていないので、これ以上の事には使えない。

 記憶が完全では無い弊害がこれである。

 

 

 「く……だ、誰や?!」

 

 

 それでも、

 

 

 「くくく……誰でもエエやろ?」

 

 

 それでも、かかる状況では最適だったと言えるかもしれない。

 相手は無力化されているし、何よりもこの青年が……横島忠夫が人質にされている木乃香に当てる事だけは決して無いのだから。

 

 

 「おぉ……何か悪モノっぽいでござるな」

 

 

 横島の零したセリフに対しての少女の——楓の感想も納得だ。

 

 

 いや——?

 

 事実、横島は陵辱系エロゲの主人公のような笑みを浮かべて千草ににじり寄っていた。

 

 

 確かにこの後に続く尋問を容易にする為の悪人の演技も確かに混ざってはいるのだが、横島も千草の被害者である。

 コイツらの所為で彼は鼻血を吹いて三途の川のほとりである賽の河原で死んだじーさんとオクラホマミキサーを踊らされたり、脱衣婆の孫娘(半裸の上、けっこー可愛かったらしい)と野球拳に勤しんだりする破目になったのだ。

 尚且つ楓の全裸という超絶お宝映像を拝見して解脱しかかるというピンチに陥らされている。

 

 ここは一丁、責任を取ってもらわねばならないだろう。

 

 そりゃあもう、敵としてたっぷりと。幸いにも大人の女だし!!

 

 

 ぬたり……

 

 

 ものごっつ不穏なオーラが漏れ広がり、千草はおろかネギまでもが震え上がる。なんか横島の氣に慣れている楓は苦笑するだけであるが。

 

 

 幸い……というか、不幸にもと言うか、千草は大人でありなかなかに美女である。

 

 そう、着ぐるみのセンスは最悪であるが、見てくれはかなり良いのだ。

 

 

 「くくく……アンタは新幹線で売り子をしていたねーちゃんだな?」

 

 「な……?!」

 

 

 −横島Eye−

 

 これまた横島108の小技の一つである。

 出会った人間(注:美女のみ)は霊的に見忘れない——を持ってすれば容易い判別である。

 

 着ぐるみに包まれていようがその霊波までを隠す事は不可能なのだ。

 ……ある意味視姦であるからセクハラなのは言うまでもないが。

 

 そんな高い能力を無意味な事に惜しげもなく使用している術者がいるなどと千草が知る由もなく、彼女は横島の眼力にただただ脅かされるのみ。

 

 その怯えの表情がまた横島を昂らせる。

 

 

 「さぁ、アンタは他に仲間はいるのか? どんな美女美少女なんだ?

  正直答えてくれたら……………まぁ、只では済まさんぞ」

 

 「な、なんやのそれ?! そんなん選択肢とちゃいますえ!?

  ほな、正直に答えへんかったらどうなさるおつもりなんどすか?!」

 

 「決まっとるやろ? 小鳥の様に囀るよう、エロエロ……もとい、色々としちゃうのさ……

  淫魔も跪いて泣いちゃうくらい18禁……いやさ、21禁は間違いないだろー事を!!

  多分、読んでてくださっている皆様も解禁はお待ちだろう。

  ご要望にお答えするのが義務だと思わんか?」

 

 「そんな義務いややーっっ!!」

 

 

 女子中学生の魅力に転びかけた(手遅れ気味?)八つ当たりであることは言うまでも無い。

 

 千草は知らないだろうが、これはつまり横島がこの世界に来て今まで溜まりに溜まった煩悩を喰らうという事なのだ。

 そんな目に合わされたらサキュバスですら足腰立たなくなっちゃいかねない。人間なら言わずもがなである。

 

 

 「ひぃいいい———っ!!」

 

 

 それでも自分に絡みつくような横島のオーラに、本気と書いてマジと読むほどの気合を肌で感じてしまい、その嫌悪感から千草は本気の本気で怯えて悲鳴を上げた。

 

 

 「HAHAHAHAHAHA! 泣け——っ!! 喚け——っ!!

  本当は自白させたり心を読んだりする方法は持ってるが絶対に使ってやらん!!」

 

 「変態——っ!!」

 

 「ふはははは!! 言われ慣れとるわ——っ!!」

 

 

 何せ眼が見えていないのだからその恐怖は一入である。

 

 人質でも使えば良いものを千草は意識を失っている木乃香を抱えたまま怯えてオロオロするばかり。まぁ、解からんでもないが。

 

 

 そんな完全にイっちゃってる横島を見ながら、楓は止めどころを計っていた。

 今までならそれは間々ならなかったであろうが、現在の楓ならそれが出来る。

 

 同じ女として本当にエロエロな事をされるのは勘弁してあげたいが、尋問する事には賛成だ。

 

 確かに横島はロクデナシであるが、本質的には善人なので傷つける事はできないだろう。

 だが、敵に対しまで甘さは持ち合わせていない。だから女の目線で見て止めてあげねばならない。

 

 

 尤もそれは敵であろう千草の為なんかではなく、他ならぬ横島の為に——だが。

 

 

 「く……なめんな——っ!!」

 

 

 流石に切羽詰った所為か、京女とは思えないほど声を荒げ、丸っこい手で式符を取り出して横島の声のする方向に投げつけようとする。

 

 だが、

 

 

 「甘〜〜い」

 

 

 符の力が発動する前に横島の右手が光に包まれ、手甲状になった霊力が素早く伸びて札を奪い取った。

 

 くしゃ…と他愛無く握り潰され、込められていた力すら蒸発してしまう。

 

 楓はその無造作に奪い去った手際と、闘う為に使われている霊力の収束力に『おぉ…!!』と感心している。

 

 

 「な、何や?! ウチの札が……」

 

 

 風の様に素早く奪われた事は感覚で解かった。

 だが、どのように間合いが詰められたかまでは全く感知できなかった千草はただただ驚愕するのみ。

 

 視力は幾分回復してきてはいるのだが、ボンヤリとしか見えていない分、余計に恐怖を感じていた。

 

 

 「ふふふ……その程度ではオレの“栄光の手”の閃きには勝てんぞ……

  さぁ〜〜て……その邪魔っけな着ぐるみを脱ぎ脱ぎしましちゃいましょ〜ね〜〜」

 

 「ヒィ〜〜〜っ!!!??」

 

 

 薄らぼんやりと見えている横島の右手。

 鬼火のように淡く光っているそれをわきわき動かせているのが何とも恐ろしい。

 

 その人攫いのオジサンを彷彿とさせる変質者的なセリフに、千草は童女の様なみっともない悲鳴を上げて後ずさる。

 あ〜あ……やり過ぎでござるよ……と、楓が止めさせようとした時に、千草の救いは思わぬところからやって来た。

 

 

 「ネギ先生!!」

 「ネギ−っ!!」

 

 

 千草の悲鳴を聞きつけたのだろうか、駆けつけて来たのは二人の少女。

 

 その二人の少女の声によって横島の邪悪モードが拭われ、ノーマルモードへと表情が戻っている。流石に少女らに向ける淫猥さは(まだ)持ち合わせていないのだから。

 

 

 「あれ? あの娘は……」

 

 

 うち一人は見た事があるサイドテールの少女。新幹線内で出会った剣士の女の子だ。

 

 その横を駆けて来る少女も横で眼を眩ませたままの少年と一緒にいたツインテールの女の子。

 

 という事は、このネギを心配してホテルから飛び出して来たのだろうか?

 

 

 「隙あり!!」

 

 ボンッ!!

 

 

 エロ意の波動が薄まった横島の隙を突くのは千草でも容易い。

 

 一瞬の隙を突いて符を地面に叩き付けると、唐突に符は破裂して真っ白い煙を放って全員の視界を奪う。

 

 

 「しまった!!

  やっぱりさっさと(不適当な言動の羅列故、百行ほど削除いたしました)すればよかった!!」

 

 

 余りといえば余りのエロいセリフをうっかり耳にしてしまい、その駆けつけて来た二人の少女……刹那や明日菜はおろか、楓までもが顔を真っ赤にしてしまう。

 

 だが、木乃香が攫われているままなのでここで留まっている暇は無い。

 

 

 「しゃーない……追うぞ!!」

 

 「し、承知!!」

 

 

 視界を奪われようと霊気を追える横島と、氣でもって追跡が出来る楓の二人が煙幕を物ともせず、白煙から飛び出して千草の背を追った。

 

 

 刹那と明日菜は不運にも完全に煙にまかれている。今の状態では追う事はおろか自分の向いている方位すら確認できまい。

 

 そして二人がネギに気が付いたのは、川風によって煙幕が晴れた後の事だった。

 今は閃光で眼を眩ませていたネギを介抱している。

 

 

 「ネギ先生?! このちゃ……いえ、お嬢さまは?!

  それにあの二人は一体……?!」

 

 

 刹那から言えばそちらの方が重要だ。

 

 そんな彼女の剣幕に、ケホケホと咳き込みはしているのだが怪我は全く負っていないのでネギも直に息を整え、今解かっている事だけを簡単に二人に伝えた。

 

 

 「このかさんはあのおサルの人に捕まったままです。

  そしてあの二人は何者なのか解かりません……

  急にやって来てあのおサルの人に……そのぉ……エ、エッチな事をしようとしてましたし……」

 

 「「はぁっ?!」」

 

 

 確かにネギにとっては唐突に現れた“二人組の”痴漢の様なもの。

 眼が見えていなかったから尚更そう思ってしまっていた。

 

 

 「それってまさか……あの二人って痴漢なの?!

  で、でもあのサルの人に対してって……ひょっとしてホンモノの変態っ?!」

 

 「そんな……では、お嬢さまが!!??」

 

 「よく解からないんです。唐突過ぎて……でも、あまり味方とは思えません。何故なら……」

 

 

 横島にとって慣れ親しんだ方法はネギなどにとってはインチキで卑怯で反則である。

 

 己より強いモノとばっか闘い続けさせられていたのだから甘い事を言ってられず、正直言って不意討ち闇討ちが当たり前であった。

 だからこそ、まだまだ子供であるネギがそれを受け入れられる訳が無い。

 

 そして、その疑惑に拍車を掛けているのが横島のセンスだ。

 

 

 怯えさせて尋問を滑らかにする為に悪者の演技をしたのであるが、ノリにノってしまい悪人に成りきってしまっていた。

 

 そして、横島の霊能力であるハンズ・オブ・グローリーもその疑惑に更なる追い撃ちを掛けていた……

 

 

 「あの男の人ですけど……呪術具を使ってました。あんな道具を使っている人がまともとは思えません」

 

 

 “栄光を掴む手”という意味で名付けられたそれであるが、この世界の一般的な魔法知識によれば罪人の手を切り落とし、ロウ漬けにして作る呪術具なのだ。

 

 当然ながら魔法学校を優秀な成績で卒業したネギはその事を知ってしまっていた。

 

 

 「そんな…このか!!?」

 「く……っ お嬢さまっ!!」

 

 

 ギリリと歯を食いしばって姿を消したであろう方向へと駆け出す三人。

 

 何だかエラい勘違いされているよーな気がしないでもないが、それでも気合だけは入ったようである。まだまだ解決には程遠いようであるが……

 

 

 

 

 

 

 そして————

 

 

 

 

 「お、おのれ関西呪術協会め………」

 

 

 ここに一人、西側に対して強い怒りをもらしている少女が一人……

 

 

 絨毯を引っ掻くように蹲り、身体をプルプル震わせている様子からも、その怒りの強さが窺い知れる。

 

 

 「折角……

  折角、事が進みそうだったのに……また振り出しじゃないか……」

 

 

 フロントの物陰で肩を震わせていた真名は、ゆらりと立ち上がって怒りの矛先を西の刺客へと向けていた。

 

 今一歩で現状が進展すると思われた矢先、西の刺客によって木乃香が誘拐され、事が事だけに楓と横島は冷静さを取り戻して元の呼吸と距離に戻ってしまったのである。

 

 要は襲撃という事件が起こった事によって“頭が冷えた”というわけである。

 

 

 「また私がイライラせねばならんのか……胃に穴を開けろとでも言うのか?

  許さんぞ……西のやつらめ………」

 

 

 ゴゴゴゴゴ…… と怒りのオーラを発しつつ外を睨みすえる真名。

 

 そのオーラは京都らしく仏像……不動明王を思わせる、それはそれは怖いものであったそうな——

 

 

 

 こうして千草が全く与り知らぬ所で、彼女は凶悪な敵を生み出していた。

 

 

 だが、その事に気付くのは……もっと先の事である。

 

 

 

 





 注意:
 <サイキックソーサー猫だまし>及び<横島Eye>はオリジナルスキルです。


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