-Ruin-   作:Croissant

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後編

 

 その空間は南向きのワンルームだった。

 

 白い壁紙が真新しく、木目調のフローリングが目にも美しい。

 トイレバス付き、二つの電磁調理器のある簡易キッチン付き。

 押入れに使える収納棚と、壁に収納できるセミダブルのベッド……

 

 

 「なんつー贅沢な……」

 

 

 等という声が漏れてしまうのも仕方あるまい。

 

 簡易キッチンの下に備え付けられている冷蔵庫ですら、学生時分に使っていた冷蔵庫より容積が大きいときているのだから。

 

 それよりなにより重要なのが………何と風呂付きという点であろう。

 

 

 そう、風呂付きなのである!

 

 それも結構広いのだ!

 

 クソ寒い中、銭湯に向かわずとも良いのである!!

 

 

 手で顔を覆い隠し、思わず天井を見上げる青年。

 その指の隙間からはハラハラと熱いものが零れ落ちた。

 

 

 何だろう? 

 本当ならGSという仕事上、とんでもない額の税金を払わねばならないほどの高給取りであった記憶が微かにあるというのに、

 

 何故だろう?

 今の自分の方が勝ち組だと思ってしまうのは。

 瞼の下から溢れ出るのは心の汗か? 滔滔(とうとう)と流れ出る涙が意味するものは……

 

 十七歳からの記憶と経験の大半が消失している彼が解かる筈も無かった——

 

 

 

 

 本採用が決定し、正式な住処としてワンルームを与えてもらった横島。

 彼は、その部屋の中を見て感動しまくっていた。

 

 

 ここは、暦からすれば彼が実際に居た年代より二,三年過去の世界に当たるだろう。

 実際、彼の記憶に残っているカレンダーから照らし合わせてもそうなのだから。

 

 が、時間軸が過去というだけで、マクロで言えば全くの異世界である。

 

 その証拠に、青年が知る携帯電話より、そこらの学生の使っている携帯電話の方が薄くて軽くて多機能だし、スマートフォン等SFの領域である。

 連絡用にと支給してもらった携帯ですら彼の想像を超えている。何せテレビすら見られるのだから。

 

 ファッション等は元々朴念仁だった事もあってよく解からないが左程の差は無さそうである。

 だが、そういった機械的な技術レベルは彼の想像より上にある事はハッキリと理解できていた。

 

 ゲーム機も想像を絶する程高度な機能が満載で、画面もとんでもなく美しい。

 

 携帯ゲーム機にしてもそうだ。

 小さくて超多機能。何とソフトによって声だって出る。

 某修業場の猿がみたら是が非でも欲しがりそうだと苦笑すら浮かんでしまう。

 尤も、機能は充実して画面も音楽もキレイであるが、シナリオに自由度は殆ど無いのが矢鱈(やたら)と目に付く。

 青年の知るカクカクしたポリゴン格闘ゲームの方が何だか楽しそうにも感じられた。

 

 

 ま、それは兎も角として……

 

 

 元々そんなにテレビゲームが好きという訳では無いからそれはスルー。いやぁ、別世界の技術ってスゲェなぁ…ってなもんで、その件は既に終了している。

 ゲーマーではないので別にそんなモンに現を抜かさずとも生きて行けるのだし。

 

 それよりも普通の生活品を手に入れる方が大事である。

 

 物価はやや“向こう”より高く、消費税も何だか高い気もするが、代わりに量販店等の値引きはこっちの方が上だった。

 だから横島も思っていたより色々と購入する事ができていのである。

 

 前述の通り、この世界は西暦や時間軸的には過去に相当するがテックレベルで言えば確実に未来。

 よって彼の知る100円ショップよりこちらの100円ショップの方が品質も品数も充実しており、生活必需品の大半を揃える事ができていたのである。

 

 

 支度金ももらえているし、ゲート事件のお陰で臨時収入もあったのだが、あえて100円ショップで買い物をする男……

 身についた貧乏性はどうしようもないのだろう。

 

 

 それでも見た目は学生、中身は大人…である彼は、マンガ等の娯楽品よりも生活必需品を取り揃える事に重点を置いていた。

 煩悩だけしか自慢できるものが無いと豪語していた彼がよくここまで生長したものである。

 

 どーしても麻帆良では手に入らないブツもあったので、二人の自称弟子が来られないというのを幸いに、都市の外に出て重要な生活必需品を取り揃えてきた青年は、ラックや収納棚に其々を手際よく納めてゆく。

 一人暮らしが長いからやたらと手馴れているのが物悲しい。

 

 それでもテレビや冷蔵庫、エアコンに電話は備え付けられていたので別に高いものは買わずとも良い。それは大助かりだった。

 

 その備え付けらしい20インチの薄型液晶テレビと、安物とはいえDVDプレイヤーという発明品を見た時には流石にカルチャーショックを受けてたまげたが、モノがモノだけに超高画質のテレビと超便利な映像再生機だと理解するのはとても早かった。

 何せ——

 

 

 「うむ、生活必需品。生活必需品♪」

 

 

 と大事そうに紙袋から出してきたのはきわどい水着を着用している女性の写真が張り付いたパッケージ。

 赤いビキニであるが、フロントの部分のホックがきれいに外れている事からナニなDVDである事が窺い知れる。

 そーいったブツを見られるとなれば僅か数秒でDVDの使い方を把握してしまうのは流石だ。

 

 それに“そんな物”を生活必需品と言っているくらいなのだから、如何に見た事も無い技術だとしても、エロスに使用する道具の使用法を理解するのは難しくもなんとも無い。

 驚くよりも先にコレで見たい! という欲求の方が天よりも高いのだから。

 

 何処へ行っても彼は彼という事か。

 まぁ、霊力起動の源が煩悩というふざけるのも大概にしてほしい存在なのだから間違っていないのだが。

 

 鼻歌を漏らすほど機嫌が良く、飯より何よりも先にDVDをセットする彼に『本当にそんな生活で良いのか?』と問いただしてみたくなってしまう。

 

 いや、哀れにもそれが彼にとっては正しいのだろう。多分。

 

 

 

 

 だが、彼は知らない。

 まだ気付いていない……

 

 

 パッケージにエッチっぽい女性が映えるエロDVDらしきそれ。

 

 その裏には、

 

 

 −○学生舞ちゃん 少し大胆にお兄ちゃん達にせまります−

 

 

 等と書かれたロリ系である事を…………

 

 

 

 

 

 

 

 

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          ■四時間目:ハダカの銃を持つオトコ (後)

 

 

 

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 「謀ったな市屋亜(しゃあ)。父さんと同じで僕を裏切ったんだ」

 

 

 等とどこかで聞いたような、それでいてどこか間違っているよーな事をほざきつつ、朝っぱらから萌えない…もとい、燃えないゴミとして昨夜のDVDを破棄している横島の姿。

 いや、萌えた後でパッケージ裏に気付いてしまったからこそ廃棄物にしたというのが正解だろう。

 

 何だか背中が煤けているのが物悲しい。

 

 

 横島の実年齢は兎も角として、外見年齢はどー見ても高校生くらい。

 身分証明書はおろか保険証すらまだ持っていない彼は、当然ながらレンタルビデオ店の会員にすらなれない。その為、そーゆービデオソフトは購入せねばならないのである。

 

 元いた世界での経験から、未成年にでもそーゆーモノを売ってくれるそーゆー店がどーいった場所に隠れているか等も必要以上に詳しくなっている横島は、持ち前の勘で秘密の店を探し出して好みの女性のDVDを発見して悦び勇んで購入した訳であるが……

 

 

 まさかあんなにチチもでかくて色っぽい姉ちゃんがおもっきり少女だったとは塵ほども思っていなかった。

 

 

 おまけに楓や古とほぼ同じ年齢である。

 

 

 「ちくしょう…どうしちまったんだオレのジャスティスは……」

 

 

 等と唇を噛み締めて悔しがる横島。

 内容を知らねばそれなりにシリアスに見えない事も無いが、モノがモノだけに情けなさ全開。尚且つゴミ捨て場でロリDVDを前にしてのセリフなのでバリバリに不審者である。

 

 だが、本人にとっては深刻だ。

 スーパー見鬼くんと並び称される己のセンサーに狂いが生じている可能性がある事が余計に彼へのダメージを深めていたのだ。

 

 

 幸いにしてこの日も二人はクラブに顔を出す為不在。

 『惜しいけど今日も修業ができないでござる(アル)』との事。

 

 昨日の今日でジャスティス(ロリ否定)も重体なので立ち直れておらず、横島は顔を合わせずホッとしてたりする。

 まぁ、そんな事くらいで動揺している時点で終わりだという気がしないでもないが。

 

 

 「さて…と、気を取り直して仕事に行こうかな〜〜」

 

 

 そんな事を声に出して言うところに傷の深さが伺い知れる。

 

 わざと声にして自分を鼓舞しているのが見え見えだ。

 

 横島はポケットの中に“珠”を出現させ、麻帆良の屋上へと転移して行った。

 

 

 

 元の世界でも現代の宝貝と名高いその“珠”。

 

 今の精神状態で女子中学生が満載の電車に乗って自分を見失ってしまう危険性を避ける為に使用するとは……数多の神魔が聞けば嘆きの涙を零してしまいそうな話であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

             ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 

 

 「案外しつこいでござるなぁ…秘密でござるよ」

 

 「ほほう…黙秘権?

  よっぽど理由があるみたいだね〜 そこんトコがもうちょっと知りたいんだけど?」

 

 

 何時もの様に楓に朝倉が突撃リポートを敢行し、楓が逃げる。

 ここ数日、見慣れた光景だ。

 

 楓が年上の男性と深い仲となり、色気が増したという噂が流れているのだから、麻帆良のパパラッチを誇る(パパラッチを誇ってどーするという気もするが)朝倉 和美としては是が非でも真相を掴みたいところ。

 和美の目からしても楓の雰囲気は如実に変わっている。こうなると単なる噂では済まなくなっているのだ。

 

 それに鎌をかけるつもりで楓に、

 

 

 「そーいやさ、噂のその人って優しい?」

 

 

 と何気なく問い掛けたところ、

 

 

 「とても思いやりがあって優しいでござるよ」

 

 

 等とナチュラルに即答されてしまったのである。

 

 楓はハっとして直に自分の口を塞いだのであるが、その行為が意味するところは実に重い。

 

 何せ楓ほどのポーカーフェイスの少女が微笑みすら浮かべて言ってしまったセリフであり、口を紡ぐという事はそういったイベントがあったという事実を表わしている。

 となると、どーいったイベントが発生していたのか知りたくなるのも人情だ。

 

 だから懲りもせず今日も突撃しているのである。

 

 

 

 

 「今日も飽きずにがんばるアルな〜」

 

 

 そんな和美を眺めつつ苦笑している古。

 何せ楓の席は和美の真後ろなのだから和美はやり易く、楓は防御し難い。楓とてこれ以上担任に迷惑をかけられないから早々授業をサボるつもりは無いのだし。

 

 左斜め前を見れば器用にも上半身だけを動かして和美のマイクから逃げ回る楓の姿。

 

 前を見ればこのクラスの担任であるネギ少年がミョーにテンションを高めて修学旅行の説明をしている。

 

 

 「うわ——

  楽しみだな修学旅行!!!

 

  早く来週が来ないかな——」

 

 

 まるっきりお子様である……

 

 そのノリに引き寄せられたか鳴滝姉妹が先生にじゃれ付いてバシバシ叩いている程。

 彼の放つテンションの高さが伝播したのか、クラスもどこか浮ついているのだ。

 

 まぁ、呆れ果てている人間もいないでもないが。

 

 

 楓の逃げ足は師事している彼の影響からか以前よりも切れがある。対して和美にあるのは異様な執念深さだ。

 以前の楓であればのらりくらりと会話ではぐらかしていたであろうが、何故だか老師の事となると変な所でムキになってしまう。

 だからこそ和美もそれを気にして執念で芸能リポーターばりの粘着質で追いかけ、楓は誤魔化して風の様に逃げ…と悪循環が続いていた。

 

 写真は既に撮ってあるので、件の彼のところに取材に行けばいいのに…という説もあるが、そちらの方は意外にも真名が手を打っていた。

 

 

 曰く——

 

 

 『楓が付き合っている彼は、家族も友人も住んでいた家も全て一度に無くしているんだ。

  ある事で彼と知り合いとなっていた学園長がそれを知り、居場所を与えた…という訳さ。

  だから彼はしばらくはそっとしておいてやった方が良いと思うぞ』

 

 

 ……別に嘘は言っていない。

 語っていない部分がやたら多いだけである。

 

 真名にしては大盤振る舞いであるし、これ以上のフォローをするつもりもない。

 後は自力でどーにかしろという事だろう。

 

 実際、和美が楓ばかりを追いかけているのはそのフォローが効いているのだし。

 

 和美とて実はお人好しであるから好き好んで居場所を無くした青年をいたぶる気は無い。

 そんな彼の支えとなっている内に気持ちが芽生え、そして…といった段階を踏んでいると思われる楓の方が記事になるだろうし。

 だから第一報以降の記事には横島の写真は無いのだ。

 

 代わりに楓が割りを食っている訳だが……まぁ、それはさておき。

 

 

 そんな二人を眺めながら、古は親友である超からもらった新作の肉饅をモソモソと齧っていた。

 

 美味いのは美味いし、文句の付けようも無い。

 自国でもこれほどの味に出会えるとは思えない程の逸品である。

 

 にも拘らず、それを食べているのに古の反応は薄かった。

 

 

 来週より五日間、修業時間が無い——

 

 

 何だか気分的には“おあずけ”だ。

 

 

 『ワタシは子供アルか?』

 

 

 古自身、そう愚痴を零しそうになる程その事を気にしている。

 

 いや、修業ができない…という事は無い。

 今教室にいる時でも修業は出来る。

 

 氣を練り、意識的に動かして腕に走らせ、肩に戻し、反対の肩に流してまた腕に走らせる。

 たったこれだけの事でも相当の修練になるのだ。

 

 氣の練り方と呼吸法と使い方を同時に学べる訳であるから実に効率的なのである。

 

 打ち合いにしても、楓や親友の超に頼めば相手をしてくれるだろう。

 体術的に言えば氣を教えてくれている彼より上なのだから。

 

 

 ——ただ、彼に会えない。

 

 

 彼に教えを請えないのである。

 

 その事がなんだかよく解からない胸の燻りを古に与えていた。

 

 

 古自身でも理解…いや、“自覚”できていない気持ちの表れはそれだけではない。

 

 彼の事を“老師”と呼んでいる事だってそうだ。

 

 単に彼に指導しててもらうだけならば師父だって良いし、先生や師という端的な呼び方でも良い。

 にも拘らず彼女は最初から老師という呼び方で持って彼と接していた。

 

 

 実際、彼は強い——

 

 古も上手く説明できないのであるが、彼から表現し難い確かな“強さ”を感じ取っている。

 

 

 今までの古の認識で強い男というのは腕っ節やしっかりとした気構えを持った人間の事であった。

 

 彼女からしてみれば、母国の伝記や本山に伝わる勇者達のような人物……

 敗北を含む経験を持ち、培った知識や体験を糧にして前へ進み続ける者。それが彼女が認識していた“強い男”の像である。

 

 

 楓との関係を疑われている青年……横島忠夫。

 

 古もつい数日前に出会ったばかり。

 その出会いの時の戦いからずっと感心ばかりさせられ続けていたその戦闘スタイル。

 

 楓のように氣でもって分身を作ったりできる訳でもなく、

 剣道部員である桜咲刹那のように武器に氣を通して闘える訳でもなく、

 自分のように内氣を練り上げて闘う訳でもない。

 

 何と彼は無造作に氣を…楓の話によれば意思を具現化しているとの事…無造作に束ね、盾を生み出したり手甲にしたり剣にしたり出来る。

 

 氣を練って開放する事より束ねる事の方が簡単だというふざけた能力。

 それでいて氣を他人の身体の中に浸透させて活性化させる事もできる。

 

 実際、自分や楓の調子が上がってきているのも、彼が自分の氣を導いてくれているからだ。

 その事は楓はもとより古自身が感じている。

 

 女に手を上げる事が出来ず、逃げ回り避けまわるだけのヘタレな根性なしで、お馬鹿でド助平でデリカシーが無くて不死身のギャグ体質で無節操……

 ざっと思い浮かべただけでもこれだけ文句が湧いて出てしまう。

 

 だが、今思いついた文句を塗りつぶすほど、他者と接する時にこだわりが無くて優しいのだ。

 

 尚且つ持っている能力は達人クラス。

 

 暴力は嫌いだとか言いながらドツキ漫才は大好きなようで、ハリセンを持たせて戦わせてもらったら楓と二人がかりで攻撃しても掠らせるのが精一杯だったのだから。

 

 強いのか何だかサッパリであるが、彼の目に時折浮かんで見えるひっそりとした光。

 それが彼女に踏み入れない強さの片鱗を感じさせていた。

 

 

 「う゛〜〜〜……何だか解からないアルよ〜〜〜〜……」

 

 

 口に肉饅を咥えながら、机の上で頭を転がす。

 

 何時の間にか彼の事が頭いっぱいになり、文句と長所と短所と尊敬と感謝をぐるぐる回らせてい自分がいる。

 楓と恋人同士だと騒がれているのを聞くと、何だか面白くなくなってくる自分がいる。

 

 

 『ワタシだって弟子アルよ』

 

 

 と口に出してしまいそうになる。

 

 

 「ワケ解かんないアル……」

 

 

 同じ事ばっか考え続けていた古は、煮詰まって知恵熱が出て来そうになっていた。

 机の上でだらりと垂れ、どこぞのでろんとしたパンダキャラのよう。

 

 口はもごもごと動かして肉饅を頬張っているのだが、閉じられた瞼の奥では横島の事を考え続けている。

 

 

 瞼に浮かぶのはあの夜の事。

 

 成仏させた子供の霊達を優しげに見送るその眼差し。

 

 

 そして——

 

 

 『……あの光を見ていた時の老師の顔……』

 

 

 何であんな表情をしていたのだろうか……

 

 

 そしてまた、古は彼の事を悩み続けていた。

 

 子供先生に問い掛けられても気付けないほど——

 

 

 

 

 「んん〜〜……?」

 

 「どうしました? ハルナ」

 

 「何か私のセンサーにビンビンと反応が……

  のどかのとは別のラヴ臭をほのかに感じるよーな……」

 

 「……………………アホですか」

 

 

 

 

          ******      ******      ******

 

 

 

 

 きゃあきゃあ騒ぐ女子中学生達の声を遠くに聞きながら、青年は一人体育館をモップで擦っていた。

 

 まだ全校清掃日ではないから滑り止めワックス等で拭かずとも良いのであるが、乾拭きは必要である。

 部活後に体育部の一年らが一応は清掃してるのだが、やはり一晩経てばうっすらと埃も積もる。そんなに気にせずとも良いのではと思いつつも仕事であるし少女らの為だと思って、大きなモップでひたすら擦っている。

 

 まぁ、ここは女子高生らも使用する事があるというので力も入るというもの。

 どーせなら更衣室も徹底的に掃除してさしあげたいのであるが、中等部も使ったりするので逆にダメージになりそうだ。

 それ以前にさせてはくれないのであるが。

 

 

 「横島くーん。終わったら水も捨てといてねー」

 

 「ういっス」

 

 

 彼にそう声をかけ、一緒に掃除しているオバちゃんはゴミ袋を持って集積場へ。

 お菓子の袋とかのゴミがしっかり残っていたりするのはいつもの事らしい。

 

 

 この男、横島忠夫。

 世界の半分はオバちゃんで出来ている——という理論を展開し、何気にオバちゃんズとは仲良くしていた。

 

 何せオバちゃんは独自の情報網を持っているから伝達速度が尋常では無いし、結束力も半端では無い。

 流して欲しい情報をポロリと流せば夕方には麻帆良の端まで届く事請け合いであるし、逆に知りたい情報をさり気無く問えば次の日までには大抵の情報を握り締めている。

 

 

 横島の父、大樹曰く——

 

 『女を…特にオバちゃんの集団を舐めるなよ。

  敵にすればの世間の半分は敵になるぞ?

  そのねちっこさは尋常じゃないんだ』

 

 

 そう語った父の真剣な眼差しにビビリつつ、横島は顔を青くしながらその事を心に刻んだものである。

 

 だから横島と他の用務員らの仲はかなり良かったりするのだ。

 

 

 それはさて置き、

 

 

 「すー……はー……よし、もうドキドキせんぞ。オレはノーマルだ。うん」

 

 

 大きく息を吸い込んで吐き、深呼吸をして体育館内に残る少女らの残り香でドキドキしない自分に胸を撫で下ろす横島。

 しかし、確認の為とはいえ やってる事は殆どヘンタイである。

 

 まぁ、嬉々として吸ってないのだから情状酌量の余地はあるだろう。

 

 

 夕べ受けたダメージが中々抜けなかった横島であるが、仕事をしている内に何とか鎮痛効果が出てきたようで、どうにかパラメーターを回復しつつあった。

 

 そこまで焦らずとも良いだろう? という説も無きにしも非ずなのだが、楓や古などの年代は横島の実年齢から言えば一回り下である。

 そんな歳下の少女に萌えるのは大問題だ。

 

 だからジャスティス(ロリ否定)が力強くがんばって彼の屋台骨を支えてくれているのだが……

 

 どーもここんトコ、ナニかが心の奥から語りかけてくるのである。

 

 

 『少年よ、何を気にしているのかね?

  その心理抵抗の理屈はおかしいぞ。大体、ル…シ…の年齢は憶えているだろう?

  彼女は……ザザ…ピー』

 

 

 ナニか気を使われているよーな気がしないでもないが、よけーなお世話だ。

 

 全力で意識を逸らし、何も聞えていない事にして気を取り直す。

 

 

 「あーモップ掛けってタノシイナー」

 

 

 等とヤケッパチになりながら見事体育館の隅から隅まで磨き上げ、専用のバケツで洗ってから絞り、言われた通りに水を捨ててバケツを洗って掃除用具入れに戻してゆく。

 この几帳面さは丁稚時代に培ったもので、割と褒められる事なのだが彼はやっぱり気付いていない。

 

 ちゃんと全ての窓の鍵を掛かっているか指差し確認してからドアに鍵を掛けて体育館を後にする。

 魔族のペットとされていた頃から目立っていた掃除夫としてのプライドもあるかもしれない。自慢は出来ないが。

 

 横島の仕事時間は放課後までとなっており、学校のチャイムに合わせて仕事をすれば良いのだから楽だ。

 だがこれは、一般学生らを何らかの事件から守る為…という理由が含まれており、横島は実質警備員を兼任しているのである。

 

 

 一応の仕事は終わったのであるが、帰宅部という名の少女らが満載された電車に乗ればまた心の傷が痛みそうなので、念の為に詰め所で他の用務員らとお茶をして時間を潰す。

 

 オバちゃんズとオッさんズと茶を飲むという潤いの欠片も無い状況であるが、リハビリだと思って我慢している。

 まぁ、それなりに楽しい会話であったが。

 

 彼らは横島の事を身寄りが無く、用務員をして自活している少年だと認識している為、かなり気を使ってくれており居心地はそう悪く無い。まぁ、気を使われすぎて申し訳無いという気がしないでもないが。

 

 チョコ皮に白餡という変わった饅頭を食べつつ、渋めの茶を啜っていたら何だか十も老けそう(つまり実年齢になるのであるが)だった。

 

 

 来週から女の子達は修学旅行だから掃除がし易いわねぇ。

 エスカレーター式だから気楽だねぇ。うらやましいよ。

 そーいえばうちの孫がさぁ…

 

 等とわいわい語り合っている。

 そんな話に混じっているとを煤けてゆくとゆーか、枯れていく気がしないでもないが、中学生にハッスルするよか何ぼかマシであろう。

 

 ほー…成る程そーですかぁ……それは良い事じゃのう……等と横島の精神が高齢化の兆しを見せてしまった頃、不意に彼の携帯が音楽を奏でた。

 因みにダース○イダーのテーマだ。

 

 

 「ん? 誰からだい?」

 

 

 と、何気なく問い掛けるオバちゃんに横島は、やっと使いこなせる様になった携帯でメールを読み終え、

 

 

 「学園長っス……」

 

 

 ゲンナリしながら携帯を閉じた。

 

 

 

 

 

             ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 ノックをして部屋に入ると、ちょっと驚いた顔で部屋の主である近衛が迎えてくれた。

 

 

 「おお、意外に早かったの」

 

 「いえ、帰ってなかったもんで」

 

 

 仕事中だったかの? と申し訳なさそうな顔をした近衛に横島は手を振って否定する。

 まぁ、それでも女子中学生の満員電車に乗って萌えに目覚めたくないから帰宅時間をズラした、等というタワケた理由は口にはしないが。

 

 

 「そ、それで、何か幼児…あ、いや、用事っスか?」

 

 

 ……何だかまだ傷が深そうである。

 つーか、自分で傷を掘り下げているよーな気もする。

 

 そんな彼の心情を知ってか知らずか、あえて詳しく問いただそうとせず近衛は直球を放った。

 

 

 「実は…ちょっと頼みたい件があっての」

 

 「えっと…“裏”っスか?」

 

 「うむ」

 

 

 横島がそう問うと、やや複雑そうな表情で近衛は頷いた。

 

 裏の…横島からいうとオカルト的な仕事…となるとちょっと真面目にならざるを得まい。

 未だ傷の痛みを訴えているジャスティスを蹴っ倒して無理矢理奮い立たせて表情を引き締めた。

 

 外見は若くとも、その中身は二十七歳のプロのGSである。

 記憶はサッパリ戻っていないのだが、精神的な積み重ねは完全には消えてはいない。

 

 近衛は横島の仕事モードの顔を再確認し、内心感心しながら手元の書類を立ててその件を彼に告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「来週から行われる京都奈良への修学旅行に同行してもらいたいんじゃ」

 「謹んでお断りさせていただきます」

 

 

 

 シリアス声で語られた近衛の依頼を、横島は間髪いれず断りの言葉を入れた。

 

 

 「なっ 即答?!

  横島君、ちょっとそれ、ムゴくない?!」

 

 

 何だかちょっと頭の悪い女学生のような言い方をして驚く近衛。

 その気色悪い態度も相俟って、横島はまたキレていた。

 

 

 「そりゃ断るわ——っ!! 爺さんボケたのか?!

  オレを堕落させよ—という魂胆か?! ナニ考えとんじゃ——っ!!」

 

 

 要は、見た目高校生の横島に修学旅行の女子中学生らに付き纏えといっているようなものである。

 

 そりゃ確かに嫌だろうが、言うまでも無くそれが依頼を断った理由では無い。

 五日間、楓と古から開放されて羽を伸ばせると思ったのに、よりにもよってあの二人と一緒となる上、女子中学生の集団と共に行動するのはジャスティスに止めを刺されるのと同じなのである。

 だから断ったのだ。それも全力で。

 

 何しろ横島の倫理が関わっているのだから当然である。

 

 が、そんな彼の精神状況を近衛が知る由も無く、学園長は苦しい胸の内を横島に語って見せた。

 

 

 「実はの、前に言うたかもしれんが、ワシは関東魔術協会の理事をしておるんじゃ」

 

 「え? あ、はぁ……えと、それが何か……」

 

 

 イキナリ何を言い出すのか。と、横島は勢いを削がれてしまう。

 ここで勢いが失われなければこれからの時系列はほぼ変わりが無かったかもしれないが、ここで運命は大きく分岐の兆しを見せる事となる。

 

 無論、神ならぬ二人が知る由も無く、近衛は話を続け、横島は黙って聞いてしまう。

 

 

 「でだ、実は向こうには関西呪術協会というのがあっての」

 

 「関西…呪術協会…?」

 

 「うむ」

 

 

 近衛の話では、日本は大雑把に分けて関東と関西の魔法協会に分かれているのだという。

 横島が知るところの魔法である関東魔法協会と、彼の知る知識では符術師や式神使いにあたる術師の集団が関西呪術協会らしい。

 

 まるで系統違うやん…と横島は思ったのだが、呪術も魔法の同じ魔法というカテゴリーに入るとの事。

 考えてみれば、横島のいた世界とて魔法使いが使おうが霊能力者が使おうが霊力は霊力だったのだから、同じ様な大雑把な別け方なのだろう。

 

 さてその二つの魔法協会であるが、実はその二派は昔から仲が悪く、しょーも無い諍いを続けているとの事。

 いがみ合っているだけで平和が訪れるわけもないし、そのまま連携が取れないままであれば、最悪、有事等が起こった際に共倒れとなりかねない。

 

 無論、全部が全部という訳ではないのだが、恨みという根は深く、中々手を取り合うにまでは至れないのが実状らしい。

 

 

 「ああ、デタント派と反デタント派がいがみ合っているよーな感じっスか」

 

 「うむ…というか、いい例えじゃの」

 

 「いやぁ…そーゆーのとやりあった事があったモンで……」

 

 「ほう…?」

 

 

 一瞬、横島のデタント——近衛らの認識で言うところの緊張緩和政策——の件とやらが気になった彼であるが、その話より頼みたい仕事の方が先だと思い直す。

 

 ともかく、近衛としてはもうこれ以上つまらぬケンカをやめて仲良くしたい。

 

 幸いにして向こうの長は近衛の娘婿で、近衛と同じ考えを持っていてくれているらしく、こちらの申し出を快く受け入れてくれるようだ。

 

 

 「この修学旅行で一人の魔法先生が親書を持たせておっての。

  その親書を無事に向こうに届けるのを見届けて欲しいんじゃよ」

 

 「ははぁ……? でも、他の魔法先生がついて行ったらどーです?

  例えば高畑さんとかスゴイ強いみたいだし」

 

 

 一人で危険だというのなら数を集めれば良いだろう。

 普通そう考えるであろうし、当然といえなくも無い。だが、

 

 

 「タカミチ君は駄目じゃよ。

  彼には別口の仕事が入っておるし、何より強過ぎるし有名過ぎるでの」

 

 

 そんな有名人を連れて行けば睨みを利かせに行っているようなものである。

 向こうの長と高畑は知り合いなのだというのだからそんな馬鹿な考えは持つまいが、向こうの全員がそうだと納得してくれるとは限らない。

 

 それに実力のある魔法先生も別の修学旅行の目的地に向ってしまうし、その力ある教師らは高等部の教師だったり大学部の教授だったりする。

 中等部の修学旅行に高等部の教師やら大学教授やらが付き回るのもおかしな話であるし、何より自分の仕事に穴を空けてまで付いて行くという事で向こうで悪い意味で目立ってしまう。

 

 だから護衛ともなるとそれなり以上の実力を持ち、尚且つ無名である事が必要なのだ。

 

 それに、問題はそれだけでは無い。

 

 

 「実はの…楓君と同じクラスなんじゃが…ワシの孫である木乃香がおるんじゃ」

 

 

 近衛の孫娘という事は、関東魔法協会と関西呪術協会とのハイブリッド……つまり、“東の派と西の派との間に立つ者”という事である。

 

 デタントの話ではないが、そんな両陣営の親善大使みたいな存在を快く思わない輩がいないとも限らないのだそうだ。

 

 幼馴染の少女が影からコッソリと護衛をしているのだが、親の方針でなるべく魔法に関わらせないよう教育されているのでどうしても無理が生じてしまう可能性がある。

 

 彼女らの担任である引率の魔法先生もそれなり以上に腕は立つのであるが、経験不足もあってかまだまだ固い……と言うか、突発的な事件に対する融通が利かないらしい。

 その点、横島なら機転が利くし裏技やイカサマが得意であるから突飛な事態でも対応できるであろう。

 

 ——と、高畑が横島を推したらしい。

 

 

 『あ、あのオッサンはぁ〜〜……』

 

 

 機転が利くと言ってくれるのは良いとしても、裏技やイカサマが得意等と言われて嬉しい訳が無い。

 

 事実なだけに。

 

 そんな文句が湧かないでもないが、伝えられた内容が内容である。強く仕事を拒否できる隙がなくなってしまったのが物悲しい。

 

 近衛にとって幸いしたのは、横島はデタントでの諍いを嫌という程知っている事である。だから彼は決して楽観視していないのだ。

 

 

 「となると……

  オレの仕事はその木乃香ちゃんの護衛と、その親書を持った魔法先生のフォローっスか?」

 

 「うむ。追加として横島君が関わっている事をバレない様にする事…かの?」

 

 「……」

 

 

 その言葉を受け、横島は腕を組んで熟考する。

 一見、その任務は軽いようであるが、抵抗する集団が物騒な思考を持たないとは限らない。

 この前の式神使いのような<外道>を使用する輩がいないとは言い切れないのだ。

 

 眼を瞑って熟考する横島に、近衛は再度彼を見直し、頼もしさを感じるのだった———

 

 

 

 

 

 

 が、当然ながら彼はその程度の器では無い。

 

 

 『物騒な輩は兎も角として、行き先は京都……京都といえば京美人。

  京美人と言えば舞妓さ……ン?

 

  ハッッ?! 学名:MaikoHanの生息地ではないか!!

 

  ぬぅっ、迂闊っ!! あの地は色白のしっとりとした京美人の生息地!!

  そんな事を失念するとは何たる迂闊っ?!

 

  思えば学生時代の京都への修学旅行。青過ぎるチェリーなオレ達はイタイ玉砕をしたもんだ。

  女子の入浴すら覗けず、全員拿捕されて一晩正座の刑を喰らった屈辱は未だ払拭し切れていない……

 

  今こそあの時の屈辱を晴らす時ではないのくわぁっ?!』

 

 

 

 「解かった……引き受けよう……」

 

 

 唐突にカミソリブレードの様な目となり、職業スナイパーの某デュークさんを彷彿とさせる口調で無意味にシリアスな返答を見せる横島。

 

 その邪…というかアホ過ぎる謀を知る由も無い近衛は、その瞳に頼もしさと見当違いの決意の光を見、

 

 

 「うむ。よろしく頼むぞ横島君」

 

 

 と想いを彼に託すのだった。

 

 

 「それと同行方法はワシに任せて欲しい。

  そのまま付いて行けばストーカーとしてタイーホは必至じゃからの」

 

 「……」

 

 

 その事をすぽーんと忘却していた横島は絶句してしまったが、露ほども動揺を見せずに深く頷く。

 この程度の事で動揺を見せては“あの職場”で生きていけない。特に雇い主の攻撃によって。

 

 

 こうして内外の別の顔は全く見せず、依頼を引き受けて学園長室を後にしようとした横島であったが、

 

 ドアの向こうに消える直前、ひょいと言い伝えておかねばならない事を思い出して近衛に向き直り、

 

 本来の(、、、)シリアスな光を眼に灯し、

 

 

 「もし、その木乃香ちゃんという娘をそんなクソくだらない理由で傷つけようとする輩が出た場合は……」

 

 

 

 

 ——叩き潰しますけどいいですよね?

 

 

 

 

 感情を全く感じさせない程の憤りを後に残していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふむ…」

 

 

 彼が去った学園長室。

 

 春の只中というのに、たった一つの言葉の発露によって室内気温が五度は下がった気がする。

 

 一人部屋に残った近衛は髭を撫でつつ横島の言葉を噛み締めていた。

 

 

 「女に甘い……か……成る程のぉ……」

 

 

 近衛は真名が横島を称した事を今思い知った気がする。

 

 と同時に、真名の言葉が少し間違っているとも感じていた。

 

 

 「女に弱いのには間違いは無いが……あの弱さはそのまま強さになっておるのぉ……

  アレは……」

 

 

 近衛は最後まで言わず口を噤み、ふと表情を崩してもう一人に連絡を入れた。

 

 彼があの感情を押し殺した憤りを持つ限り、最悪の事態は避けられよう。

 だが、その事態に近寄れば近寄るほど彼は傷付いてゆく…そしてそれは確信に近かった。

 

 

 「フォフォフォ……ワシじゃ。おぉ? いや仕事では無いぞい。

  ちょっと教えたい事と渡したいものがあるでの、すまんがワシのトコに来てくれんかの?

  いや、お前さんにとって悪い話ではないかも知れぬぞ?

  ん…解かった。待っておるでの」

 

 

 電話を切り、その人物を待つ。

 

 ふぅ…と我知らず溜息をつき、瞼を閉じて横島の表情を思い浮かべる近衛。

 

 

 

 会った事も無い少女を傷つけようとする者に対し、純然たる怒りだけを浮かべた横島の顔。

 

 女に対して弱さを持つが故の優しさからくる強さ。

 

 だが、単一金属で成された刃のような鋭さを持つが故に、それ相応の脆さをも持ちあわせてしまう。

 

 近衛はそんな横島を思い、彼の支えとなるようその人物を呼んだのである。

 

 

 

 

 

 

 ——アレは……

   失う事の辛さを知る者しか出せない表情じゃからの……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人気の薄い道をギターケースを肩に掛けてた少女が歩いていた。

 

 その少女と並ぶように、同様に肩に自分の得物を引っ掛けて歩いている少女が一人。

 尤も、その少女の得物は竹刀袋が被さっているので剣か何かだと思われる。

 

 ギターケースをもった少女の方はクールというだけで無口ではないのだが、相方の少女は必要以上に余り喋らないので結果的に会話は少なくなる。

 それに不満がある訳ではないが。

 

 

 「龍宮…」

 

 「ん…? 何だ?」

 

 

 静かに、それでいて刃のように隙なくその少女が口を開いた。

 

 仕事を行う場へと向う間にそう語り掛けて来るのはとても珍しい。

 

 

 「……最近、警備班が増えたと聞くが…?」

 

 「ん? あぁ、そういう事か……」

 

 

 この剣を使う少女は、ある一人の少女の護衛についている。

 いや、その少女の為だけに剣を振っていると言って良いだろう。

 

 だから非常に学園内の警備体制の動きに疎い。

 寮で同じ部屋である自分が何時も教えてやっているくらいなのだから。

 

 こんな話を出したのは高畑に聞いたか、或いは刀子から聞いたか…だろう。

 

 

 「そう言えば教えていなかったな。悪い。

  増員は二人。高畑先生が担当している。一人は楓だ」

 

 「…楓が?」

 

 「ああ」

 

 

 その話を聞いて僅かに緊張を解く。

 

 長瀬 楓……

 彼女であれば人間的に信用が出来るし、その腕前も相当なものだ。

 だからこの少女は胸を撫で下ろしていた。

 

 何とも解かり易い娘である。余計な火の粉を“あの娘”が被ったりしないか気にしていたのだろう。

 

 

 「それで、もう一人は…?」

 

 「もう一人か……う〜ん……」

 

 

 ここで真名は悩んだ。

 一番良いのは実際に戦うところに居合わせる事なのだが、そんな事がひょいひょい起こるのも勘弁だし、何より最後まで戦いを見つめていないと絶対に勘違いを起こす。

 実際、楓や古、そして自分とて騙されたのだから。

 

 少女の方は言い澱んでいる真名をいぶかしんでいる。

 

 

 「何か問題でも?」

 

 「あーいや…問題アリアリというか、全く無いというか…

  少なくとも私達の年齢では対象外だから安全牌というか……」

 

 「は……?」

 

 

 頭を掻いてそう言い難そうに述べている真名に、少女は眉を顰めるばかり。

 

 お前、大丈夫なのかと妙な眼差しを向けてくる少女に気付き、真名はハッと我に返る。

 

 よく考えてみれば、何でこんな事で悩まねばならんのだ? 問われて応えるのは本人か楓の役では無いのか?

 

 自分はちゃんとフォローしてやったのに……そう考えてくると何だか馬鹿馬鹿しくなってきた。

 

 

 「龍宮…?」

 

 「……詳しい事は本人か、楓に聞いてくれ。

  兎に角、その男の名は横島忠夫といい、氣の使い手だ。

  関西出身らしく、ボケとツッコミが持ち味らしい」

 

 

 それで楓と自分も騙されたのだから立派な技と言って良いだろう。

 

 だが、聞かされた方は堪ったものではない。

 

 

 『関西…出身……?』

 

 

 無論それだけで存在を怪しむ事は流石にない。

 だが、件の人物の個人情報が何故か全て伏せられている上、師である女教師に問うてもやたらめったら言葉を濁されている。

 このあらゆる意味で中立であるクラスメイトに問うてようやく、といった具合にだ。

 

 となると、立場的にかなり厄介な人間である可能性が高い。

 

 少なくとも、同様に西から来た師が自分に対して説明をほどには……

 

 

 じわり…と湧いた疑念は、刺客に神経を尖らせている少女にとって思考を穢す毒そのもの。

 

 

 『ヨコシマ タダオ……』

 

 

 少女の眼が、針のように細められた。

 

 

 関西出身で氣の使い手。

 

 当人にとっては噴飯ものの妄想であるのだが——

 

 

 

 疑惑という毒の材料はこれだけで充分だったのである。

 

 

 




 ハイ、ここで今回の修正版は終わりとします。

 そして修学旅行編です。いやぁ、作業が中々進まない……

 以前も書きましたが、この話で書いた木乃香の立つ位置は、原作を読んでGS美神と照らし合わせて思ったことです。
 横島とルシオラとの間に子供が生まれてたらこんな感じの位置にいたかもしれませんね。
 まぁ、私が持った感想であり、意見ですので説得力も何もあったモンじゃないですがw

 修正はせっちゃんのトコ。流石にアホ過ぎたので理由付けしました。
 思春期の女の子にゃあちょっと言い辛いですよ、という話w

 という訳で、今回はここまで。
 続きは見てのお帰りです。ではでは〜

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