-Ruin-   作:Croissant

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 ゲリラ投下ですw

 移動、開始。



一時間目:ミチとの遭遇
前編


 朝靄が微かに漂う早朝——

 

 

 深い森の中にある僅かに開けた岩場の上で一人の少年がポツンと佇んでいた。

 

 脇にはちょっとした滝がかなりの水を落としており、周辺の木々からは小鳥のさえずりも聞えてくる。

 少年の直ぐ側には少人数用のテント。

 案外、この情景を気に入ったからこそこの場に設置したのかもしれない。

 

 少年はその滝の音にも、朝の冷ややかな空気にも動ぜず、両の拳を合わせた不思議な格好で祈るように眼を瞑り続けていた。

 

 と——

 

 

 ギュン…ッ

 ゴォオオオオッ!!

 

 

 そんな少年に向って何かが風を切って飛来。あわやぶつかる! という所で差し出された少年の左掌にその飛来してきた長いものが収まった。

 

 その少年はそれが何であるか解かっていたのか、来てくれる事が解かっていたのか、微動だにせずその長いもの…彼の身長よりも長い“杖”のようだ…を受け止めると、嬉しげな表情をして口を開いた。

 

 

 「ありがとう 僕の杖」

 

 

 受け止めた杖を右手に握り直し、「よしっ」と自分を引き締めるように呟くと、

 

 

 「ありがとう長瀬さん。

  僕……何とか一人でがんばってみます」

 

 

 テントに振り返って誰に呟くとも分からない礼を言い、その杖に跨ると風を切る音を残しそのまま飛び去っていった。

 

 その姿、モノは違うが箒に跨った魔女のよう。

 それもその筈、信じ難い事であるが少年は<魔法使い>なのだから。

 

 

 テントの中で寝たふりを続けていた少女は、そんな彼を見送りつつ、

 

 

 『行くでござるか…』

 

 

 と呟き、そっとテントの入り口を元の様に閉じ直した。

 

 その顔はどこか満足そうであり、嬉しげ。

 普段から細い眼も笑顔のそれに曲がっている。

 残念ながら彼女の性根からの優しさは近しい者で無ければ解かるまいが。

 

 

 「魔法使いって本当にいるんでござるな——

  拙者も人のコトは言えんでござるが」

 

 

 ニンニンと妙な語尾を着け、再度寝直そうと瞼を閉じてゆく。

 

 まだ早朝。

 日曜の朝であるし、“修行”にはならなかったが中々の体験をしたと満足中で二度寝を貪ろうとしていた。

 

 

 が——

 

 

 「?!」

 

 

 その少女の細い眼がいきなり大きく見開かれる。

 

 ざっと姿を消した瞬間、彼女の姿はテントの外にあり、テントに残ったのは移動後のつむじ風のみ。

 

 正しく風のように移動した彼女は長めの襦袢のような出で立ちのまま、クナイを握り締めて空を睨んでいた。

 

 

 何時の間にか鳥達の声が止んでいた。

 

 響くのはすぐ近くの滝の水音のみ。

 

 息を潜めた生物らが我先にとこの場を遠ざかってゆくのが解かる。まるで何かを恐れているかのように。

 

 静けさの中での“それ”ではない耳鳴りが、先程から彼女の耳を襲っている。

 そしてそれは段々と大きくなってゆき、軋みすら覚えるほどまで上がったその時、

 

 

 「来る…?」

 

 

 呟くのが早いか異変が早いか。

 

 唐突に彼女の見つめる地点、

 丁度彼女の上空十メートル弱。

 

 そこの風景が丸く“ぐにゃり”と捻じ曲がった。

 

 

 「これは……」

 

 

 流石に肝が据わっている彼女もこういった異変は初めてだ。

 

 今通っている学園にしても異様な“氣”を持っている人間は多い。

 それは強かったり激しかったり、無理に押さえ込まれていたりと様々である。

 

 だが、“そこ”に“発生”した氣…いや、まだ気配ですらないが…はそのどれとも違った全くの異質なものであった。

 

 その空間の乱れは、回る洗濯機を覗き込んだ時のそれに似ている。

 

 かき回され、かき乱され、旋回し、交わり、混ざる。

 

 何が? と問われれば返答に困るのであるが、説明のし様の無いモノがそこに穿かれ、何かがその向こうに発生しようとしていた。

 

 キン…っ!!

 

 と澄んだ音が辺りに響いた。

 澄みすぎた音で少女が耳鳴りを起こした程。

 

 硝子が割れた…というよりは“裂けた”音。称するのであればそれが一番相当する物音だろう。

 

 

 「…………ぁ…ぁ……」

 

 

 「む?」

 

 

 直後、音が降って来た。

 いや、音の発信源たる何かが“それ”の奥から降って来た。

 

 

 「………ぁぁぁぁぁぁぁ……っ!!!」

 

 

 「んん〜?」

 

 

 するすると余裕を持ってその場を移動する。

 そのまま居たら不味いからだ。

 

 何故か?

 

 

 「あああぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」

 

 

 

 とんでもない速度で墜落してくるモノに衝突してしまうからだ。

 

 

 

 

 ズドォ————ンッッ!!!!!

 

 

 

 

 「ござっ?!」

 

 

 衝撃が辺りに響き、少女も軽く浮いてしまう。

 おまけに落下地点は彼女のほぼ真正面。つまりは岩の真上で彼女がついさっきまで立っていた場所だ。

 

 固い岩盤は割れてこそいないが、おもっきり陥没していた。

 

 超高速の何かが墜落してきた事に間違いはない。

 

 

 「隕石でござろうか? にしては面妖な……」

 

 

 面妖…等というやたら古めかしい言葉使いは兎も角、確かに不可思議な現象だ。

 

 空間に穴が開いたのは目にしたのであるが、その穴が出現した高さは目測でおよそ十メートル。

 だが、その落下物はこの墜落衝撃度数からしてもっともっと高い位置から降ってきたものである。

 

 最低でも百メートルは軽く超えることであろう。

 

 ふと思い出して空に眼を戻すが、渦を巻いていたあの異様な空間は既に消え去って元の空の色を取り戻していた。

 

 今は何事も無かったように青の色を見せている。

 地上の事等知ったこっちゃないと言いたげに、腹立つほどカラリんと晴れ渡って。

 

 

 「う———む」

 

 

 首を捻ってそのまま落下地点に再度眼を戻したそんな彼女の顔の直正面。

 

 

 「お、お嬢さん……」

 

 「わぁっ?!」

 

 

 血まみれの男がそこにいた。

 

 

 接近の気配ゼロ。

 移動の気配もゼロ。

 

 全く何の動きも感じさせず自分の間合いに踏み込まれたのであるからその驚愕も当然であろう。

 

 

 だが慌ててはいても反射的に距離をとり、クナイを構えるのは流石。

 腰を落とし、如何なる動きでも取れるようにしているその用心深さも見事の一言。

 

 だが、その意味は果てし無く少ない。

 

 

 「い、医者呼んでくれたら嬉しいな———

  ボクとしては〜〜……」

 

 

 そこまでほざいてからバッタリとその男は倒れてしまった。

 

 呆気にとられるとは正にこの事だ。

 

 ウッカリ死体らしきものを発見して歩み寄る一般ピーポォが如く、恐る恐る近寄って足先でツンツンつつく。

 

 ピクリともしないが生きている…ようだ。多分。

 

 溜息に似た深呼吸をし、何とか心を落ち着かせ、しゃがみこんで怪我の確認をする。

 

 

 骨折部…らしきものは無し。

 擦過傷…数知れず。

 打撲等…数え切れず。

 火傷痕…深度は浅いがほぼ全身。

 出血量…甚大。

 

 

 「……で、この御仁は何で生きてるでござる?」

 

 

 年の頃は自分らと同じくらいか少し上。

 何だか体格に似合っていないスーツ姿。

 彼女はスーツの仕立て具合やメーカー等にはさして詳しくは無いが、そこそこに良いものだろう事は……

 

 いや? かなり良いものかもしれない。何せ手触りで解かるほど丈夫なのだ。

 言うならばケブラー繊維の様な丈夫なもので出来ている。防刃加工のスーツ等そこらでお目にかかるものではないのだが。

 

 靴にしても見た目は普通の革靴であるが、全体が何か特殊な加工がされており、しなやかなくせにワークシューズ以上に固そうだ。特に靴先は蹴りに特化しているように硬度が増しており、靴の裏の滑り止めも強い。

 

 SPとかが使っている装備に似ているような気もするが、少女の知識をもってしても生地の材質などが全く解からない。

 それでも結構値が張るものだという事だけは何とか理解が出来た。

 

 尤も、全てが焼け焦げたかのようにボロボロであったが。

 

 

 ぶっちゃけ、生きている事や喋られる事が信じ難い程、全身がズタボロなのである。

 

 チラリと眼を隕石(?)落下地点に向ければ血の痕がここまで続いている。

 やはり落下してきたのは(信じ難いが)この男のようだった。

 

 腕を組み、首を捻ってこの男の正体を想像してみる。

 とはいっても判断材料が少ない上、無自覚ではあるが僅かに混乱を残したままの状態。そんな今の彼女の想像力ではとうてい思いつく訳も無い。

 

 であるからして、かなりテキトーな答しか思いつかなかった。

 

 

 「う〜〜む……

  魔法使いがいるくらいでござるから“宇宙人”がいても不思議ではござらんな」

 

 

 等と勝手に宇宙人認定してみたり。

 

 無理もない。

 宇宙人やMIB関係者と言われたほうが納得できない事もないのだから。

 

 

 「だ、誰が宇宙人やねん……」

 「おろ?」

 

 

 何と少女の言葉にちゃんと突っ込みが入った。

 

 半死半生の状態からでもツッコミをいれるド根性と、その見事なタイミングはまるで関西芸人のようだ。

 

 しかしそれより何より感心してしまうことが一つ。

 

 

 「この怪我で意識があるのはスゴイでござるなぁ……」

 

 

 である。

 既に人としての範疇を飛び越えている。 

 

 

 「……ほっとけや……」

 

 

 ギリギリとまるで故障した機械のように首をめぐらせてくる青年。

 

 声の主が女性っぽいので意地になって眼に入れようとでもしているかのよう。つーか、そうなのであるが。

 

 そして首を廻らせた眼の先、

 

 

 「む……?」

 

 

 無論、それは単なる偶然の重なり。

 

 男はうつ伏せで倒れており、少女はその具合を確かめようとしゃがんでいる。

 尚且つ、少女は実力からの自信があるからか少々無用心なのだ。

 

 

 「んん?!」

 

 

 偶然にも彼が向いている先にあったのは白い逆三角形。

 

 ぶっちゃけ、しゃがみこんだ少女の足の付け根がかなり至近距離にあったのだ。

 

 

 「ぶっはぁっっ!!」

 

 

 「おろ?」

 

 

 いきなり鼻血を吹いて失神。

 その際、少女から顔を背けたのは見事である。

 

 だが彼から迸る鼻血の出血は凄まじいの一言。

 岩清水が如くさらさらと川に流れ込む様を見て、その物凄い出血量には流石の少女も更に驚いてしまった。

 

 何せ控え目な表現でも大動脈が破裂したかのような出血なのだから。

 

 

 「むぅ……それでもまだ生きてるでござるか…

  …って、何故鼻血を吹いた後の方が気が高まっているでござる?!」

 

 

 『スケベパワーがチャージされ、少しだけ体力が回復したんです』

 等という戯言の様な真実に気付ける訳もなく、少女はどうしたものかと首を捻るばかり。

 

 だがしかし、

 まさかこの青年とこれから長く付き合う事になろうとは、神ならぬ彼女が知る由も無い事であった……

 

 

 

 

 

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  Ruin 〜ぶちこわし〜

 

 

 

                  ■一時間目:ミチとの遭遇(前)

 

 

 

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 「う〜む……俄かには信じられないんだけどなぁ……」

 「と、仰られても拙者は見たまま正直に申しただけでござるよ」

 

 

 麻帆良学園中等部生徒指導室。

 

 

 ここ、超巨大学園都市である麻帆良学園の中等部に通う生徒の内、不良…というか素行不良程度の女生徒が呼び出しを喰らって説教される部屋である。

 とはいっても行き届いている教育の賜物か、基本的に素行不良という生徒は殆ど存在せず、たまに説教されるのはこの学園一の超天才少女くらいな物である。

 因みに件の少女が説教を喰らうのは、余りに天才過ぎるが故に“裏”の存在に気付いてちょっかいをかけたりしているからだ。まぁ、彼女のその真意は知らないが……

 

 そして今、ここで話をさせられているのは素行や説教とはまるで無関係といえる少女。

 3年に上がったばかりの中等部の少女で、成績不振ではあるもののその性根には学園も信頼を置いている長瀬楓である。

 この部屋に連れてこられるほどの悪事を働いたことは無いし、校則違反もした事が無い…という訳では無いが教師に怒られる程の事もしていない。バレて無いだけかもしれないが。

 

 だが現に今、制服に着替えた彼女はこの部屋で話をさせられている。

 尤も、相手は(楓からすれば)まるで担当違いの教師であるガンドルフィーニであった。

 

 そんな彼と楓が何でここにいるのかというと……

 

 

 

 「ホントでござるよ?

  突然、空(くう)が渦を巻き、穴が穿かれそこから降ってきたでござる」

 

 「う〜ん……」

 

 

 ずばり、事情聴取であった。

 

 

 

 異様に元気なくせに出血多量で意識を失った件の降って来た青年(?)をどうしたものかと首を捻っていた時、異変に気付いた魔法教師が駆けつけて来たのである。

 それがガンドルフィーニだった。

 

 楓に異変を見られた事を気にはしたが、今はこの血をダクダク流している男の命の方が優先である。

 学園に連絡を入れ、見つからないよう慎重に学園の医務室まで搬送したのはついさっきの事。

 

 尤も、しゃれにならないくらいの出血だったというのに只の脳震盪だったというのには呆れ返ってしまったが……

 

 

 そして事件はその直後に起きてしまう。

 話を聞きつけた別の魔法教師が医務室に入った来た瞬間、昏睡ギリギリまで意識を失っていた筈の青年がカッッと眼光鋭く目を見開いて跳ね起き、

 

 

 「生まれる前から愛してました——っ!!」

 

 

 と飛び掛ってきたのである。

 

 

 「んなっ?!」

 

 

 その魔法教師の名は葛葉刀子。

 長い髪をさらりと流すやや切れ長の冷たさを感じる眼差しを持つ美女であり、ある特殊な剣技を使う実戦隊の一人だった。

 

 その彼女が、鯉口を切る事以上の動きが出来なかったのだ。

 刃の部分が見えるよりも前に、青年に押し倒されかかればそれは硬直もするだろう。

 

 幸いにも近くにいた別の魔法教師、高畑の拳によって青年は吹っ飛ばされ、見事に天井に突き刺さって刀子は事無きを得たが…やはり何の反応も出来ずに踏み込まれたショックは強かったのだろう。プライドが刺激されたかブツブツと何やら呟いていたりする。

 

 

 それだけならまだしも、

 

 

 「い、痛いやんかぁ——!!」

 

 

 と青年は全くの無傷。

 

 その拳の威力で裏で名が知られている高畑・T・タカミチ。

 その彼が青年の人外の動きに反応して反射的に拳を繰り出していた上、手加減はしたもののうっかり本来の力でもって殴ってしまったというのにピンピンしているのである。

 周囲の驚きは凄まじいの一言だった。

 

 尤も、先に不死身さを目の当たりにしていた楓はさほど気にしていなかったが…

 どちらかと言うと、『高畑先生はこういう事が出来るでござるか…』という事の方がよっぽど驚いていたりする。

 

 

 この後、更に様子を見に来た源しずな先生に反応してまた飛び上がった青年であったが、今度も(若干更に力が込められているようだったが)殴り飛ばされて壁に人型を残して昏倒するなど、中々に微笑ましいイベントを起こしたりしていた。

 

 その異様な肉体耐久度に危機感を持った教師らは傷を完全に回復させていたその恐るべき青年を頑強な別室…尋問室の方が正しいかもしれない…に連れて行き、

 高畑がその青年を、そして楓をガンドルフィーニが担当して話を聞く事となった。

 

 

 

 そして楓から一通り話を聞き終えたガンドルフィーニであったが…

 

 

 「どうも…頭が痛くなる話だね……」

 

 

 と、眼鏡を外し、米噛をマッサージしている。

 

 

 「……」

 

 

 うーん…と腕を組む楓。

 

 実際に目の当たりにした彼女でさえ信じ難い事であったのだ。話を又聞きにしただけであるガンドルフィーニが早々納得はできまい。

 それに、これとてそこらの人間よりずっと冷静に物事を判断できる楓だからこその適応だ。魔法という怪異の中に身を置く魔法教師でさえ尚混乱しているのだから。

 

 

 『しかし…どうしたものか…』

 

 

 ガンドルフィーニだけでなく、他の魔法教師らもこの事態には頭を痛めている。

 

 数日後には結界が一時的にではあるが切れるのだ。

 只でさえその時に発生するであろう有事の際の対応に追われている忙しい現状だというのに、降って湧いたこの事件。いっそ、あの青年が外部からの間者であってくれた方が気が楽である。

 

 が、未だそれに相応する情報が高畑からは入ってこない。

 それだけならまだしも、『間者ではないけど、来訪者ではあるみたいですよ』という不思議な答は念話で伝わってきているのだ。

 

 訳が解からないとはこの事だ。

 尤も高畑も混乱しているから話を纏めてから全て話すと言っていたのだから相当の事なのだろう。

 

 魔法に関係する者以外が知る由もない“あの”戦いを知り、その後も世界を飛び回って戦い続けている彼がそこまで言うのだから相当に大変な話なのだろう。

 

 ならば自分が見たまま、そしてあの場を調査した魔法教師や魔法関係者達からの総合的な情報からしてこれ以上の事は解かるまい。

 それでも下手をすると学園そのものに大きな災いが起こりかねないだろう。

 

 どうせなら全てを丸投げにしてベッドで休みたい…というのが正直なトコロだった。

 

 そんな関係者達の空気から彼らの危機感を読み取っていた楓は、とりあえず納得をしてくれる話をしようと、持っている情報から魔法に対して素人である自分の意見を差っ引いて、自分の見たままの情報の話を再度構築し始めている。

 別に自分が悪い訳ではないのだが、何故だか申し訳無いような気がしたからだ。

 

 

 そう、彼女の方に落ち度はまるっきり無かった。

 何せ 魔法教師らの方が慌てて魔法を見せてしまっただけ なのだから。それでも気を使ってしまうのは彼女の人柄だろう。

 

 かと言って魔法知識なんぞ持っていない彼女が上手く説明できる筈も無いのだが……

 

 そんな楓にやっと気付いたか、ガンドルフィーニは慌てて手を振ってフォローを入れた。

 

 

 「ああ、君のいう事が信用できないって言うんじゃないんだ」

 

 「え? あ、そうでござるか?」

 

 

 堅物で生真面目な彼であるが、柔らかい面が無い訳ではない。

 自分の失態を理解しているからこそ、彼女にこれ以上の負担を与えまいとしているのだ。

 

 

 「単に、その…彼をどう扱って良いのか…がね。

  何と言うか…その、不審人物と言おうか、少々犯罪者チックなものでね」

 

 「あ、成る程」

 

 

 溜息混じりの彼の言葉に楓も納得し、話の再構築を一旦停止する。

 

 何気に酷い言い方であるし、楓にしても納得しているのだから酷い話である。

 尤も、二人がそう思った所でしょうがないと言えよう。

 

 空間に穴を開け出現した。

 それだけでも信じられないというのに、固い岩が陥没するほどの高度から墜落したというのに怪我らしい怪我もない。

 更にはその場を調査したところ凄まじい出血の跡もあった。確実に青年の容量より多そうだったが…

 これで生きてるのだから“裏”に、魔法界に関わっている可能性があったのだが、保有魔力はほぼゼロ。一般人が無意識に自然界のマナからもらっている程度である。

 

 では魔物の類か? と疑うのも当然の流れ。“あの”生命力からしてトロールの合成魔獣と言われても納得できるのだから。

 だが幾ら調べても、完全且つ徹底的に人間だという結果が出てしまう始末。

 

 身体調査を行った担当医師曰く、

 

 

 「信じられない話ですけど……どうも体質みたいなんですよ」

 

 

 との事。

 

 

 「不死身体質?! 何だそりゃ——っ!!」と叫んで頭を抱えても仕方の無い事である。

 

 

 更に頭の痛い事に、無関係の生徒だった楓が“見てしまった”のだ。

 

 確かに身上調書によると彼女は甲賀流忍者の中忍。

 甲賀流では中忍が最高位なので彼女の実力は本物である。

 以前、高畑から話を聞いた時にはガンドルフィーニとてスカウトしたいと思っていた程だ。

 

 

 −彼女が一般生徒でなければ−

 

 

 確かに実力云々からいえば楓の実力は、下手をすると魔法生徒であり学園長の孫娘のボディーガードをやっている少女より上であろう。

 学園公認の狙撃手である少女ですら一目を置いているくらいなのだから。

 

 だが、今述べた二人は初めから“裏”に関わっている状態でここに来た生徒である。

 

 そして楓は裏社会を知るものではあったが、今回の件で初めて魔法界という裏の世界の更に“裏”に関わった。乱暴な称し方をすれば魔法を知らない一般人なのである。

 

 魔法使いの保護と支援、そして無関係な一般人を巻き込まない事を旨としていた彼らであったのだが、例の青年の件でガンドルフィーニらはうっかりと“力”を楓の前で使ってしまったのである。

 

 自分らから秘密を曝け出してどうするのか?

 おまけに彼女から秘密に近寄ってきた訳では無く、自分らで見せてしまったのだから明らかに非はこちらにあるのだ。

 

 これから何か大変な事が起こってしまうのではという不安もあり、ガンドルフィーニの頭痛は治まる兆しを見せてくれないでいた。

 

 

 そんな事でうんうん唸っているガンドルフィーニを前にし、ボ〜としている風を装いつつ楓は内心わくわくしていた。

 

 魔法という世界があった。

 そしてその魔法使い達が慌てるような事態が起こっている。

 

 魔法使いの存在を知った事もけっこう驚いた事であるが、その魔法使いが徒党を組んでいるのだ。

 

 魔法界という言葉も漏れ聞いた事もあり、楓はまだまだ世界が広さをもっている事を知って楽しくてたまらなくなっていたのである。

 

 

 『そしてあの御仁……』

 

 

 天から降ってきた青年。

 

 何故だか楓は彼の事が頭から離れなくなっていた……

 

 

 

 

 殆ど確認程度に一応の話を聞いたガンドルフィーニは、楓を促して指導室を後にした。

 

 問題は積載したままであるが、何にせよこれからの事がある。仕方が無いので楓を伴って学園長の元へと赴き、彼に判断を仰ぐ事にしたのである。

 

 問題の丸投げという説も無い訳ではないが、この時点で彼はまたポカをかましていた。

 というのも、学園長が“裏”に関わっており、尚且つ彼らを纏めているという事を楓に言っているのも同じだからである。

 

 楓はその事に気付いてはいたのであるが、あえて指摘したりせず苦笑を漏らしただけで彼の後を付いていった。

 

 

 「あ、高畑先生」

 

 「……おやガンドルフィーニ先生…って、お疲れのようですね…」

 

 「ははは……まぁね……」

 

 

 その途中、ばったりと高畑と青年と出会う。

 

 ガンドルフィーニを気遣った高畑であったが、彼自身もどこか疲労しているようだ。

 

 言うまでもなく当の青年の事情聴取をしていた高畑の方がガンドルフィーニより疲労するはずなのであるが、生真面目なガンドルフィーニは楓の話を聞きつつ高畑と一緒に居る青年の事を思い悩み続けていたのである。

 全くもって損な性格の教師である。

 

 そんな彼の事を高畑は気遣ったのだ。

 

 まぁ、それでも男だけの状況ならば青年はそれなりに普通の会話を交わす事が出来る。その事に気付けたのは重畳だろう。

 しかしその分、彼から齎された情報には頭を痛める事しか出来無かったのであるが……

 

 

 「お? さっきの美少女」

 

 「おや、先程の……」

 

 

 青年は眼が早かった。

 

 着ていた服は余りにボロボロであったので(実際には詳しく調べる為に調査部に送られている)、気を利かした高畑がとりあえずとばかりに渡したTシャツにジーンズを着用し、何だかこざっぱりとしている。

 何というか奇妙に落ち着いており、横に立っている高畑とガンドルフィーニの方が疲れも酷かった。

 

 だからだろう、彼らの反応が遅れたのは。

 

 

 『『しまった!』』と高畑、次いでガンドルフィーニが身構える。

 

 今まで見たパターンによれば、この青年は美女美少女を見ると淫獣が如く飛び掛ってゆく。

 その多くは見事撃墜されるのであるが、それでも思いっきり叩き落してもムクリとゾンビ宜しく懲りずに起き上がってくるのだ。これは性質が悪すぎる。

 

 楓が美少女である事は誰の眼にも明らか。

 だから大切な生徒である彼女の身を守る為に全力で止めようとしたのであるが………

 

 

 「美少女とは嬉しい評価でござるな」

 

 「いや、正当な評価だぞ?

  ぶっちゃけキミが美少女に見えないヤツがいたとしたら、そいつはド近眼か変態だと断言できる」

 

 「あはは…それでは拙者の知っている御仁は皆して変態という事になるでござるよ」

 

 「んじゃ言い換えよっか? そいつらは趣味が悪いと。

  普通はキミ程の高レベルの美少女だったら声をかけるぞ」

 

 「それはそれは…結構な褒め言葉でござるな」

 

 

 意外にも彼の反応は極普通。まるで楓とは昔なじみであるかのように話を弾ませていた。

 

 青年は極普通に接し、楓も極普通に答えている。

 まぁ、余りにもストレートに青年が美少女と述べるので楓は若干頬を赤くしてはいたが。

 

 

 「え〜と…キミ…」

 

 

 当然の様に不思議に思ったのだろう、ガンドルフィーニが口を開いた。

 

 

 「へ? オレっスか?」

 

 

 青年は会話に割り込まれた事が気に障ったのか、若干機嫌が悪い。

 

 それでも返事を律儀に返すのは気性なのだろうか?

 

 

 「何というか…彼女には飛び掛らんのかね?」

 

 

 余りの言い様にその場でスピンして転ぶ青年。やはりリアクションがダイナミックだ。

 男としてはその質問は間違っていないだろうが、教師として有るまじき質問である。

 現に楓は若干冷や汗をかいていたりする。

 

 側にいる高畑も何だか笑いを堪えていたり。

 

 

 「い、幾らなんでもそこまで淫獣とちゃうわ——っ!!」

 

 

 と叫んで反論するのだが、先程の青年の奇行を覚えていたのだから当然の疑問である。

 

 

 「淫獣というよりはケダモノと言った方が正しかった風でござるよ?」

 

 「キ、キミまで……」

 

 

 がっくりと肩を落とす青年。

 一々リアクションが大きく、何というかそんな点も楓好みである。

 

 

 「しかし、拙者も不思議には感じているでござるよ?

  刀子先生やしずな先生には飛び掛ったくせに拙者には何もしようとしない。

  これでは先程の褒め言葉の信憑性も霞むというものでござる。

  何だか拙者に魅力が無いといわれているようでござる」

 

 「襲い掛かれいうんかいっ?!

  ンな事言われても俺かて知らんわいっ!!

  無意識にかかっとるブレーキをどー説明せぇっちゅーんじゃ!!」

 

 「「ブレーキぃ?」」とセリフをハモらせる二人の男性教師。

 

 

 精神のブレーキが本能すら凌駕するというのか?

 とてもじゃないが信じられない。尤も、この青年は端から端まで丸々規格外なのであるが。

 

 ギャースっ!! と涙流してまで反論する大げさなところは真に好ましい。つーか楽し過ぎる。

 

 同年代との男との会話が異様に少ない楓であるが、男性の好みが無い訳ではない。

 

 

 『案外、拙者はやんちゃな男に弱いのかもしれないでござるなぁ…』

 

 

 等と苦笑してみたり。

 

 

 「お、そういえば自己紹介がまだだったでござるな。

  拙者、長瀬楓と申す。この学園の生徒でござるよ」

 

 「あ、これはご丁寧に…」

 

 

 何だか名刺交換をするサラリーマンを彷彿とさせる青年の所作。その腰の低さには二人の男性教師も苦笑が浮かぶ。

 

 

 「んじゃ、オレの番ね。

 

  オレは 横 島 忠 夫 っていうんだ」

 

 

 謎の青年…横島忠夫。

 

 彼と彼女のこの邂逅が……

 後に長く付き合う世界の始まりであるとは、想像すらしていなかった——

 

 

 


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