ソードアート・オンライン ~黒の剣士と絶剣~   作:舞翼

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どもっ!!

舞翼です!!

はい、アンケート結果が出ました。
3のキャリバー書いて、後日談ですね(^^♪

誤字脱字があったらごめんよ。
それではどうぞ。



第88話≪守れた命≫

秋葉原 某所。

 

あの事件の後、警察が到着してすぐに、新川恭二は逮捕された。

それから数時間後、新川昌一、金本敦が逮捕された。

俺と木綿季と詩乃は、御茶ノ水の病院で検査を受けてから、軽い事情聴取を受けた。

その日はそのまま病院で一泊した後、早朝に覆面パトカーでそれぞれの家に送ってもらった。

 

翌々日。

学校が終わった放課後に、学校終わりの詩乃を連れ立って、秋葉原のとある喫茶店に訪れていた。

俺たちの眼の前の席には、眼鏡をかけたスーツ姿の役人、菊岡誠二郎が座っている。

菊岡は、スーツの内ポケットから黒革のケースを取り出し、一枚抜いた名刺を差し出した。

 

「はじめまして。 僕は総務省総合通信基盤局の菊岡と言います」

 

穏やかなテノールで名乗られ、詩乃も慌てて名刺を受取り、会釈を返す。

 

「は、はじめまして。 朝田……詩乃です」

 

言った途端、菊岡は口許を引き締め、ぐいっと頭を下げた。

 

「この度は、こちらの不手際で朝田さんを危険に晒してしまい、本当に申し訳ありませんでした」

 

「い……いえ、そんな」

 

慌てて、詩乃は頭を下げ返した。

菊岡はニッコリ笑い、

 

「それじゃあ、全容解明には至っていないんだけど……。 判った範囲で今回の事件を説明するね」

 

「……菊岡さん。 事件の説明してくれるのはありがたいんだけど……」

 

木綿季が一言文句を言おうとした所で、先程注文した物がやってきた。

 

「お待たせいたしましたー♪ご主人さま♡お嬢様♡」

 

フリフリのエプロンドレスに身を包んだ女の子が、注文した物をテーブルに並べた後、笑顔で戻っていった。

女の子を見送った後、木綿季が文句を口にした。

 

「……菊岡さん。……何で事件の説明をする場所が、メイドカフェ(・・・・・・)なんですかッ!!」

 

「……私も思っていたわ」

 

「……ああ、俺もだ」

 

「え? だって、三人共この後も用事があるんだよね? なら、なるべく近くの秋葉原を選んだんだけど……。 それに、ほら。 一度こういう店も体験したかったからさ。 さ、君たちも食べなよ」

 

笑顔でそう言いながら、眼の前に置かれた、プリンアラモードにスプーンを立てる。

 

「なぁ、普通の喫茶店にする選択肢はなかったのか?」

 

「ずっと前から、入ってみたかったんだよメイドカフェ」

 

菊岡はニコニコ笑いながら、プリンを口に運んでいる。

 

「……詩乃さん、警察に通報しようか。 公務員が女子高生をナンパしてますって」

 

「通報よりも、ツイッターに書き込んだ方がいいかしれないわ」

 

「うわぁーッ! そ、それだけは勘弁してっ!?」

 

慌てた様子で、木綿季と詩乃を止めに入った菊岡は、それでも最後のプリンの一欠片を食べた後、居住まいを正した。

俺は、恐る恐る聞いた。

 

「……それには、俺は入ってないよな」

 

「大丈夫。 和人は入っていないから」

 

「そうね。 命の恩人だもの」

 

「そ、そうか。 よかった」

 

菊岡は咳払いし、

 

「――話す内容があれだからね……。 少しでも気分を上げようと思ってさ」

 

「そういう事にしといてあげるよ」

 

木綿季の言葉を聞き、ホッと安堵の息を漏らした菊岡は、傍らに置いてあったビジネスバッグからタブレッドを取り出して、話始めた。

――三人の死銃について。

 

まず判った事は、GGOの中で死銃を操っていたのは、SAO時代は《赤目のザザ》だったプレイヤー、名前は新川昌一。

新川昌一は、新川恭二の実の兄であった。

そして、彼ら兄弟と組んでいた共犯者、金本敦。

SAO時代の名前は、《ジョニー・ブラック》。

《ラフィン・コフィン》では、ザザとコンビを組んでいた毒ナイフ使いだ。

金本がどの段階で計画に加担したかは、現在事情聴取しているらしい。

少なくても、最初の二件の殺人は新川兄弟の犯行らしい。

ゲームの中を恭二が、現実世界は昌一が担当していたらしい。

そして、今回の死銃のターゲットだったのは、《ゼクシード》、《薄塩たらこ》、《ペイルライダー》、《ギャレット》、《シノン》。

 

「……あの」

 

詩乃は、この問いを聞かずにはいられなかった。

 

「新川君……。 恭二君は、これからどうなるんですか……?」

 

菊岡は指先で眼鏡を押し上げながら、

 

「昌一は十九歳、恭二は十六歳なので、少年法による審判を受けることになるわけだが……。 四人も亡くなっている大事件だからね。……彼らの言動を見る限りでは、医療少年院へ収容される可能性が高いと、僕はそう思う」

 

「そう……ですか」

 

詩乃はポツリと呟き、俯いた。

詩乃は数秒間何かを考えた後、顔を上げ、正面から菊岡を見る。

 

「あの……恭二君との面会は出来ますか?」

 

「すぐには無理ですが、面会は可能ですね」

 

「そうですか。――私、彼に会いに行きます。 会って、私が今まで何を考えてきたか……。 今、何を考えているか、話したい」

 

その言葉に、菊岡は本心からと見える微笑を浮かべると、言った。

 

「あなたは強い人だ。 ぜひ、そうしてください。 今後の日程の詳細は、後ほどメールで送ります」

 

それから別の用事があると言う事で、店を出た。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦

 

菊岡と別れた後、ノストラジックな下町の風景が広がる、御徒町の路地を右左に分け入り、やがて一軒の小さな店の前に到着した。

黒光りする木造の建物は無愛想で、そこが喫茶店だと示しているのは、ドアの上に掲げられた、二つサイコロを組み合わせた意匠の金属板だけだ。

そこには、≪Dicey Cafe(ダイシー・カフェ)≫という文字が打ち抜かれている。

無愛想なドアに掛けられたプレートは、《CLOSED》側になっている。

 

「……ここ?」

 

「「ああ(うん)」」

 

俺は、躊躇いなくドアを押し開けた。

“かららん”、という軽やかな鐘の音に共に開いたドアを支えながら、木綿季、詩乃と続いた。

店内は、スローテンポなジャズミュージックが流れている。

 

「いらっしゃい」

 

そう言ったのは、カウンターの向こうに立つ、チョコレート色の肌の巨漢だった。

戦歴の兵士といった感じの相貌とつるつるの頭は迫力があるが、真っ白いシャツの襟元に結んだ小さな蝶ネクタイがユーモラスさを添えている。

店内には、学校の制服を着た、二人の女の子がカウンターのスツールに座っていた。

彼女たちのブレザーが、二人の制服と同じ色に、詩乃は気付いた。

 

「二人とも、おそーい」

 

「明日奈さん。 いじけないの」

 

そう言ったのは、栗色の長い髪を背中ほどまでに伸ばした女の子と、長い黒髪を背中ほどまでに伸ばした女の子だ。

 

「悪い悪い。 クリスハイトの話が長くてさ」

 

二人はすとんと床に降りて、慣れた様子で割って入った。

 

「それより、早く紹介してよ。 和人君、木綿季ちゃん」

 

「あ、ああ……そうだった」

 

詩乃は俺に背中を押され、店の中央まで進み出た。

 

「ボクが紹介するね。 こちら、ガンゲイル・オンライン三代目チャンピオン、シノンこと朝田詩乃さん」

 

「や、やめてよ。 木綿季」

 

思わぬ紹介の仕方をされ、小声で抗議するが、木綿季は笑いながら言葉を続けた。

栗色の、長い髪を揺らす女の子を示し、

 

「こっちの女の子が、ボクの唯一無二の親友、結城明日奈」

 

「はじめまして、結城明日奈です。 よろしくね」

 

明日奈は微笑みながら、詩乃に軽く会釈をした。

木綿季は、もう一方の女の子に左手を向ける。

 

「それでこっちの女の子が、ボクの姉ちゃん。 紺野藍子」

 

「はじめまして、紺野藍子です。 よろしくお願いします」

 

藍子も微笑みながら、詩乃に会釈をした。

木綿季はカウンター奥のマスターに左手を向けた。

 

「で、マスターのエギルさん」

 

エギルはにやりと笑みを浮かべると、分厚い胸板に右手を当て、言った。

 

「はじめまして、アンドリュー・ギルバート・ミルズです。 今後ともよろしく」

 

詩乃はぺこりと頭を下げた。

 

「さ、座ろうぜ」

 

俺は六人掛けのテーブルに歩み寄ると、椅子を引いた。

詩乃と木綿季、明日奈と藍子が椅子に座るのを待って、エギルに向かって指を鳴らす。

 

「エギル、俺はジンジャーエール」

 

「あ、ボクも」

 

「あ……じゃあ、私も」

 

「明日奈さんと私は、お冷で」

 

注文が終わった後、俺は椅子に腰を下ろした。

 

「それじゃ、あの日何があったのかを、明日奈と藍子に簡単に説明するよ」

 

BoB本大会での出来事プラス、菊岡に聞かされた事件の概要を話終えるのに、ダイジェスト版でも十分以上要した。

 

「――と、まぁ、まだマスコミ発表前なんで、実名とか細部は伏せたけど、そういうことがあったわけなのでした」

 

話を締めくくると、俺は力尽きたように椅子に沈み込み、二杯目のジンジャーエールを飲み干した。

藍子と明日奈が身体を乗り上げ、

 

「……和人さんのバカ!」

 

「……木綿季ちゃんのバカ!」

 

と言い、額に軽くデコピンした。

 

「なんで、私たちに相談してくれなかったんですか」

 

「そうだよ、私たちも力になれたのに。 抱え込むのは、和人君と木綿季ちゃんの悪い癖だよ」

 

「「……ごめんなさい」」

 

俺と木綿季は、顔を俯けた。

 

「今度からは相談してくださいね」

 

「絶対だからね。 いい?」

 

「「……わかった」」

 

明日奈と藍子は椅子に座り直し、俺と木綿季は顔を上げた。

 

「あの……朝田さん」

 

「は、はい」

 

「私がこんなこと言うのは変かもしれないけど……。 ごめんなさい、怖い目に遭わせてしまって」

 

「いえ……そんな」

 

詩乃は明日奈の言葉を聞き、急いで首を左右に振り、ゆっくり答えた。

 

「今回の事件は、たぶん、私が呼び寄せてしまったものでもあるんです。 私の性格とか、プレイスタイルとか……過去とかが。 そのせいで、私、大会中にパニックを起こしてしまって……木綿季に落ち着かせてもらったんです」

 

「あの時の木綿季は、お姉さんしてましたね」

 

「うん、私も見たよ」

 

明日奈と藍子は、ばっちり洞窟シーン見ていたらしい。

 

「ともあれ、女の子のVRMMOプレイヤーとリアルで知り合えたことは、嬉しいですね。 これからよろしくお願いします」

 

「そうですね。 色々、GGOの話とかも聞きたいな。 友達になってくださいね、朝田さん」

 

明日奈と藍子は穏やかな笑みを見せると、テーブルの上に、手を差し出した。 白く、柔らかそうな手を見て――突如、詩乃は竦んだ。

友達、という言葉に胸が()み落ちた途端、そこから焼け付くような渇望が湧き上がるのを、詩乃は感じた。 同時に、鋭い痛みを伴う不安も。

ともだち。 あの事件以来、何度も望み、裏切られ、そして二度と求めないと、心の底に己への(いまし)めを刻み込んだもの。

友達になりたい。 そう言ってくれた明日奈と藍子という、深い慈愛を感じさせる少女の手を取り、その温かさを感じてみたい。

一緒に遊んだり、他愛も無いことを長話ししたり、普通の女の子がするような事をしてみたい。

しかし、そうなれば、何時か彼女達も知るだろう。

詩乃がかつて人を殺したことに、詩乃の手が、染み付いた血に汚れていることに。

その時、彼女達の瞳に浮かぶであろう嫌悪の色が恐ろしい。

人に触れることは――自分には許されない行為なのだ。 恐らく、永遠に。

詩乃の右手は、テーブルの下で固く凍り付いたまま、動くことはしなかった。

二人の少女が首を僅かに傾げるのを見て、詩乃は眼を伏せた。

このまま帰ろう、そう思った。

友達になって、というその言葉の温かさだけでも、暫くは詩乃の胸を温めてくれるだろう。

ごめんなさい、と言おうとしたその時――。

 

「詩乃さん」

 

微かな囁きが、怯え、縮こまった詩乃の意識を揺らした。

ぴくりと身体を震わせて、詩乃は左隣に座る木綿季を見た。

視線が合うと、彼女は小さく頷いた。

大丈夫だよ、とその眼が言っていた。促されるように、再び二人の少女に視線を向ける。

二人の少女は微笑みを消すことなく、手を差し出し続けている。

詩乃の腕は、鉛が括り付けたかのように重かった。

それでも詩乃はその枷に抗い、ゆっくり、ゆっくりと右手を持ち上げた。

二人の少女が差し出す手までの距離は、途方もなく長かった。

近づくにつれ、空気の壁が、詩乃差し出す右手を跳ね返そうとしているように感じた。

次の瞬間、詩乃右手は、明日奈と藍子の手に包まれていた。

 

「あ…………」

 

詩乃は意識せず、微かな吐息を漏らした。

何という温かさだろうか。 人の手というものが、これほどに魂を揺さぶる感触を持っていることを、詩乃は忘れていた。

何秒、何十秒、そのままでいただろうか。

明日奈は言葉を探すように、ゆっくり喋り始めた。

 

「……あのね、朝田さん……詩乃さん。 今日、この店に来てもらったのには、もう一つ理由があるの、もしかしたら詩乃さんは不愉快に感じたり……怒ったりするかもしれないと思ったけど、私たちは、どうしてもあなたに伝えたいことがあるんです」

 

「伝えたいこと? 私が、怒る……?」

 

言葉の意味が解らず聞き返すと、詩乃の右隣に座る俺が、どこか張り詰めた声を出した。

 

「……シノン。 まず、君に謝らなければならない」

 

俺は深く頭を下げてから、漆黒の瞳でじっと詩乃を凝視した。

 

「……俺、君の昔の事件のこと、明日奈と藍子に話した。 どうしても、彼女たちの協力が必要だったんだ」

 

「えっ……?」

 

俺の言葉の後半は、詩乃の意識に届かなかった。

――知っている!? あの郵便局の事件のことを……十一歳の詩乃が何をしたかを、明日奈と藍子は知っている!?

詩乃は全身の力を使い、握られてる右手を引き抜こうとした。

だが、明日奈と藍子は、詩乃の右手を握り続けた。

少女たちの瞳が、表情が、そして伝わる体温が、詩乃に何かを語りかけていた。

だが――何を? この手が拭えない血で汚れていると知った上で、何を伝えることがあるというのか?

 

「詩乃さん。 実は、私と木綿季と明日奈さんと和人さんは、昨日学校を休んで、……市に行ってきたんです」

 

藍子の口から発せられた地名は、間違えなく、詩乃が中学卒業まで暮らしていた街の名前だ。

 

「な、なんで……そんな……ことを……」

 

詩乃は、何度も首を左右に振った。

木綿季が静かに口を開いた。

 

「それはね、詩乃さん。 詩乃さんが会うべき人に会っていない、聞くべき言葉を聞いていないからだよ。 もしかしたら、詩乃さんを傷つけるかもしれない。 でもボクは、どうしてもそのままにしておけなかったんだ。 だから、新聞社のデータベースで事件のことを調べて、直接郵便局まで行って、お願いしてきたんだ。 ある人の連絡先を教えて欲しい、って」

 

「会うべき……ひと……聞くべきことば……?」

 

呆然と繰り返す詩乃の両隣、そこに座っていた俺と木綿季が立ち上がり、店の奥に見えるドアへ歩いて行った。

《PRIVATE》の札が下がるドアが開けられると、その奥から、三十代くらいの女性と、まだ小学生に入る前だと思われる女の子が歩み出て来た。

顔と雰囲気がよく似ている、きっと親子なのだろう。

でも、詩乃の戸惑いは深まるばかりだ。

なぜなら、親子が誰なのか。 詩乃には解らなかったからだ。

女性は、呆然と座ったままの詩乃を見ると、何故か泣き笑いを思わせる表情を浮かべて、深々と一礼した。

隣の女の子もぺこりと頭を下げる。

その後、俺と木綿季に促され、親子は詩乃の座るテーブルの前までやってきた。

明日奈と藍子が椅子から立ち上がり、詩乃の正面に女性を、その隣に女の子を掛けさせる。

カウンターの奥から、今まで沈黙を守っていたエギルが静かにやって来て、二人に飲み物を出した。

こうして間近で見ても、やはり誰だか解らない。

なぜ木綿季は、この親子が《会うべき人》だと言ったのだろうか?

いや、どこか記憶のずっと深い所で、何かが引っかかる気がした。

すると、女性が深々と一礼した。

続けて、微かに震えを帯びた声で名乗る。

 

「はじめまして。 朝田……詩乃さん、ですね? 私は、大澤祥恵(おおさわ さちえ)と申します。 この子は瑞恵(みずえ)、四歳です」

 

名前にも、やはり聞き覚えがなかった。

挨拶を返すことが出来ず、ただ眼を見開き続ける詩乃に向かって、祥恵という母親は大きく一度息を吸ってから、はっきりした声で言った。

 

「……私が東京に越してきたのは、この子が産まれてからです。 それまでは、……市で働いていました。 職場は……町三丁目郵便局です」

 

「あ…………」

 

詩乃の唇から、微かな声が漏れた。

それは――その郵便局は、五年前の事件があった、小さな町の郵便局。

彼女は事件当時、郵便局で働いていた職員の一人だ。

つまり、俺と木綿季、明日奈と藍子は、昨日学校を休んであの郵便局に行った。

そして、既に職を辞し、東京に引っ越していたこの女性の現住所を調べ、連絡し、今日この場で詩乃と引き合わせた。

詩乃はそこまでは理解できた。 しかし最大の疑問は残っている。

なぜ? なぜ木綿季たちは、学校を休んでまでそんなことを?

 

「……ごめんなさい。 ごめんなさいね、詩乃さん。 私……もっと早く、あなたにお会いしなきゃいけなかったのに……。 あの事件のこと、忘れたくて……夫が転勤になったことをいいことに、そのまま東京に出てきてしまって……。 あなたが、ずっと苦しんでいることは、少し想像すれば解ったことなのに……謝罪も……お礼すら言わずに……」

 

涙を流す母親を心配するように、隣に座っていた瑞恵という名の女の子が、祥恵を見上げる。

祥恵は、そんな娘の三つ編みにした頭をそっと撫でながら続ける。

 

「……あの事件の時、私、お腹にこの子がいたんです。 だから、詩乃さん、あなたは私だけでなく……この子の命も救ってくれたの。 本当に……本当に、ありがとう。 ありがとう……」

 

「…………命を…………救った?」

 

詩乃は、その二つの言葉を、ただ繰り返した。

あの郵便局で、十一歳の詩乃は拳銃の引き金を引き、一つの命を奪った。

それだけが、詩乃のしたことだった。

今までずっと、そう思ってきた。

でも――――、でも。 今、眼前の女性は、確かに言った。

救った、と。

すると、瑞恵が椅子から飛び降り、とことこテーブルを回り込んで歩いてくる。

瑞恵は、幼稚園らしいブラウスの上からかけたポシェット手をやり、ごそごそと何かを引っ張り出した。

不器用な手で広げられ、詩乃に差し出された画用紙には、クレヨンで絵が描かれていた。

中央に、髪の長い女性の顔。 ニコニコと笑うそれは、母親の祥恵だ。

右側に、三つ編みの女の子。 自分自身。

ということは、左側の眼鏡をかけた男性は、父親に違いない。

そして一番上に、覚えたばかりなのだろう平仮名で、《しのおねえさんへ》と記されていた。

詩乃は、瑞恵から差し出された絵を両の手で受け取ると、瑞恵はたどたどしい声で、でもはっきりと言った。

 

「しのおねえさん、ママとみずえを、たすけてくれて、ありがとう」

 

その言葉を聞いた途端、詩乃の瞳から大粒の涙が零れ出した。

大きな画用紙を持ったまま、ただぽろぽろと涙を零し続ける右手を。

火薬の微粒子によって作られた黒子(ほくろ)が残る、まさにその場所を――。

小さな、柔らかい手が、最初は恐る恐る、しかしすぐにしっかりと握った。

過去を全てを、受け入れられるようになるには、まだまだ時間がかかるだろう。

これからも苦しんだり、悩んだりするだろう。

それでも、歩き続けることは出来るはずだと、その確信がある。

なぜなら、繋がれた右手も、頬を流れる涙も、こんなにも温かいのだから。

 

~GGO編 完結~




今回は、明日奈さんと藍子さんを出しました~。
GGOに入ってから出ていなかったからね。
あと、死銃の三人は逮捕されましたよ。

さて、GGOが完結しました(^^♪
読者の皆さんが観覧してくれたおかげです!!

次回はキャリバー編ですね。

ご意見、ご感想、評価、よろしくお願いします!!

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