普段はてんやわんやと騒がしいさくら荘の光景は、段々と影が差していた。主に受験生である美咲と仁の二人の問題や、青山七海の意地が中心になってだ。過去、こういった悩み事はさくら荘になかったわけではない。だが、その時々でさくら荘の住人全員が力になって解決してきた。
だが、今回は少しわけが違う。他人に話し難い悩みだったり、他人に頼らない意地が協力を避けているのだ。全員が力になれば案外簡単に解決しそうな話だというのに、そう出来ない想いがつっかえになっていた。
そんな中、さくら荘で最も信頼の厚い男、神田空太は普段通りゲーム作りをしていた。彼としては重暗いさくら荘の雰囲気はあまり好ましい状況ではない、が、特にそれをどうこうしようとは思っていない。理由は単純明快、『面倒』だから。椎名ましろが漫画や絵以外に興味薄なのと同じ、神田空太はゲーム作りやましろ当番以外にあまり興味が無いのだ。面倒的な意味で。
ゲーム作りは中々順調、既に完成まで秒読みという所まできていた。イラスト的な部分は結局実力的に間に合わなかったので、泣く泣く悔し交じりに美咲に頼むことになった。けして、ましろには頼ろうとしなかったが。
「はぁ……やっぱりこんなもんか……赤坂にもチェック入れて貰おうかな」
呟き、溜め息を吐く。空太的には中々の出来だが、やはり自信は持てない。今まで何もしてこなかった自分が早々簡単に上手く行く筈がないからだ。
空太は同じさくら荘の住人であり、天才プログロマーである赤坂龍之介にゲームの資料データと共にメールを送った。
『赤坂、ゲームのプレゼン資料見てみてくれ』
『了解した、ざっと見てみるから少し待て』
流石に同じ場所に住んでいるだけあって、直ぐにメールの返答があった。空太は背もたれに身体を預けて天井を見上げる。首を鳴らしてぐいっと身体を伸ばした。
「後は……青山と仁さん達かー……」
すると、空太の部屋の扉がノックされた。返答を返すと、扉が開く。姿を見せたのは、ましろだった。
「………どうした?」
「七海がおかしいの」
「青山はさくら荘の奇行種だからな」
「………巨人?」
「あ、知ってんだ……意外だな」
「漫画、読んだことあるわ。七巻だけ」
「なんで七巻?」
空太は苦笑しながら立ち上がり、青山の下へと向かう。青山がおかしい、と言われれば少し気になる。体調管理は重々注意していた筈、それでいておかしいとはどういうことなのか? 変な行動を取っている的な意味であればいいのだが。
だが、その不安は最悪の形で現実になった。
空太は部屋を出て、玄関で青山七海を見つけた。そう、ふらふらになって具合の悪そうな青山七海を。
「………はぁ……めんどくせぇ……」
空太は顔に手をあてて心底だるいなぁと思う。あそこまで徹底して体調管理したのに体調崩すのかこの馬鹿は、と内心青山に呆れながら歩み寄った。空太に気が付いていない様子の青山を抱え上げ、二階へと上がる。
「……なに? あ、神田君……なにして……」
「お前本当馬鹿だよなぁ、大人しくベッドに沈んでろ」
「今日……バイトだから……」
「連絡入れろ、休め、そんな状態で来られる方が迷惑だ」
「うん……ごめん」
空太に抱えられながら、携帯でバイト先に連絡を入れる青山。意識は朦朧としていて、空太が二階に上がったことにも何も言わないようだった。か細い声で休みますと伝える青山を見下ろしながら、空太は何度目になるか分からない溜め息を吐いた。
青山の部屋の扉を開けると、ましろの部屋までとはいかないが散らかっていた。おそらく朦朧とした意識で着替えようとして色々出したんだろうと予想される。パンツやブラ、女の子らしい服が普通に散乱していた。
「………なんか面倒過ぎて腹立ってきた」
空太は通話を切った状態のまま携帯を持った青山をベッドへ放り投げると、散らばった衣服を回収し、纏めてテーブルの上に置いた。丁寧に畳んだ状態でだ。そして迷惑料的な意味でメモを残す。
『部屋はちゃんと片付けた方が良いぞ、特に衣服類。PS 案外エロい下着持ってんだな(笑) 神田空太』
よし、と頷きながら全然良くない内容のメモを書き終えると、空太は青山の身体の上に掛け布団を掛ける。
その時、青山がうなされるように小さく呟いているのに気がついた。
「明日は……行くから……絶対、行くから……」
明日。それは青山に取って重要な日、発表会の日だ。空太としてはこの日の為に体調管理をしていたのにやっぱり倒れた。こうなると空太の予想と悪い予感は合わさって当たったことになる。これは最早予知のレベルじゃね? と内心自分に感心している空太である。
「行きたいなら倒れてんじゃねーよ」
「あぅ……」
ぺしっと額を叩く空太。青山は小さく悲鳴を上げた。
覚醒空太は達観してるな。