さくら荘の空太君が開き直った様です。《完結》   作:こいし

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青山さんは神田君の手の平の上


神田空太の援助

「椎名さん! 洗濯物は自分で洗う!」

「あああ! 蛇口は開けたら閉めて!」

「自分の事は自分で出来るようにしないと駄目よ!」

 

 あのましろ当番交代の時から、さくら荘では青山七海の声が良く聞こえるようになった。椎名ましろを朝早くに叩き起こし、朝食を食べさせて、着替えを自分で出来るように指導し、ましろが当番になっている掃除等のやり方も指導する。さくら荘にいる時の青山七海は常に椎名ましろにつきっきりで、空太としては楽になったが、青山七海は日に日にげっそりしてきたようにも思う。

 だが、空太達は特に何か手助けする行動は起こさなかった。それはさくら荘の全員が空太の予測を知っているからだ。いずれましろ当番は空太に戻ることになる、という予測を。

 

 美咲や千石千尋は仁から伝達されたようで、その時の反応は、

 

『こーはい君の言うことなら多分当たるね! ななみんには悪いけどわくわくしてきたよ!!』

『神田がそう言ったの? ……下手な天気予報より当たりそうね』

 

 というものだった。空太の信頼度は随分と高い所まで鰻登りのようだ。

 青山七海の怒声と悲鳴が良く響くさくら荘は、青山とましろの二人以外は通常運転である。とはいえ、このままいけば青山七海はいつか倒れるわけだ。さくら荘の仲間としてそれはあまり勧められたものではない。神田空太を含めて、全員が青山の体調を気にかけてはいるようだ。

 

「はぁ……」

 

 空太がリビングで一休みしていると、溜め息を吐きながら話の中心人物である青山七海が入ってきた。彼女は空太と目が合うと、疲れた表情を消してあははと乾いた笑みを浮かべた。

 

「あ、あはは……椎名さん、本当に凄い人だね……洗濯機の使い方も分からないなんて思わなかったよ」

「まぁな、俺も最初の何十回位は同じ説明をしたんだが、結局ましろが覚えたことは何一つない」

「何それ……」

 

 空太の言葉に若干絶望と諦めの表情を見せる青山。空太はそんな青山の様子に苦笑しながら、肩を落とす青山の下がった頭にぽんと手を置いた。空太の身長は鍛えているせいか平均よりも少し高い。仁よりちょっと小さいが、対して差はないほどだ。青山の俯いた頭は丁度手の乗せやすい位置にあった。

 

「まぁもう無理なようなら、また俺がやってやるけど? 青山が、もう無理って、思・っ・て・い・る・ん・な・ら・ね?」

「むっ……!」

 

 空太の挑発的な言葉にカチンと来たのか、青山七海は空太の手を振り払って空太を睨みつけた。

 

「大丈夫です! 神田君の力なんて必要ないから!!」

 

 ぷんすか怒ってリビングから出ていく青山七海。わざと炊き付けた訳だが、知っての通り青山七海は声優の養成所へ通っている。そしてその養成所で行われる発表会が近々行われるのだ。空太はそれを知って、嫌な予感がしていた。不安、というか最悪の展開を予想していたのだ。

 

 

 ましろ当番で疲労した青山七海が、発表会当日に倒れる

 

 

 という展開。空太の勘は結構当たるのだが、それは悪い予感に限って良く当たるのだ。故に、空太は周囲が思っている以上に青山七海にましろ当番を下りて貰おうと思っていた。不安は不安でしかないし、悪い予感は予感でしかない……が、それでも不確定要素は失くしておいた方が良いに越したことはないのだ。だからこそ、空太は青山の体調には人一倍気にかけていた。

 才能を持たない秀才が、理不尽な展開で取れたかもしれない成功を逃すのはあまり良く思えなかったのだ。

 

「………色々小細工してみようかな」

 

 空太はそう呟いて、青山七海が『倒れないように』する準備を整え始めた。無論、その発表会を過ぎるまでのサポートだが、空太はましろ当番でなくなったことで出来た暇をそういう風に使うことにしたのだった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 その日の夜、全員が就寝した頃だ。

 空太はリビングにいた。昼間の内に買ってきた茶葉を温めて、ネットで調べた正式なやり方でお茶を入れているのだ。所謂ハーブティーという奴だ。ティーポットに作ったハーブティーを温めたカップに注ぎ、そこへ微量の生姜を加えた。一口味見してみると、中々の出来だった。本格的なものに比べればやはり不出来なものだろうが、庶民感覚では美味いと感じられた。

 

「あれ? 神田君……まだ起きてたんだ」

「ああ、青山を待ってた」

「え、な、なんで?」

「ほら、これ飲んでくれ。最近ちょっと趣味で始めたんだ(嘘)」

「なにこれ……紅茶?」

「ハーブティーだ。身体が暖まるぞ」

 

 空太の差し出したカップを受け取って、素直に口に入れる青山。悪意のある行動であったのなら当然拒否しただろうが、空太の事をある意味尊敬している部分を持っている青山からすれば、空太の言葉を信用するのは当然のことだった。

 

「はぁ……美味しいね、これ」

「それは良かった。で、青山はなんで起きてるんだ?」

「あ、うん……椎名さんのブラウスのボタンが取れかけてたから」

 

 青山の手には確かにボタンの取れかけたブラウスがあった。なるほど、と頷いてテーブルに座る空太。青山も対面に座って、リビングに置いてあるソーイングセットから針と糸を取り出した。ちくちくとボタンとブラウスを縫い合わせていく。その手際を見ると、中々手慣れたものだった。

 

「なぁ青山、ましろはどうだ?」

「あはは、大変だよ。非常識で凄い才能を持ってるのに駄目駄目で……でもなんというか、憎めない人だよね」

「それは分かるな、それに可愛いしな」

「神田君……椎名さんが好きなの?」

「さぁてそれはどうかな?」

「……」

 

 じとっとした眼で見てくる青山に、空太は不敵に笑うだけではぐらかした。

 ハーブティーを口に含みながら、空太は更に会話を繋げる。

 

「そういえば、青山って声優目指してんだよな?」

「うん、皆上手くて置いて行かれそうだから毎日必死だよ」

「声優っていうとアレか……腹式呼吸とか」

「そう、私もそれが普通に出来るまでちょっと掛かったかなぁ……呼吸にも色々種類があってびっくりしたよ」

「知ってるか? 寝る時に目を閉じて身体の力を完全に脱力させた状態で、腹式呼吸を10分位やると、睡眠1時間と同等の休息が取れるんだってさ」

「へぇ……そうなんだ? 今日からやってみようかな」

 

 空太はさり気ない会話の中に、効率の良い休息を取る方法を織り交ぜて良く。青山七海は身体的には普通の女子だ、こうして疲労回復にサポートを入れていけば騙し騙しなんとか発表会を迎えることが出来る筈だ。食事の栄養バランスも考えて作るか、と空太は考える。

 明日の内に、ましろ達を含むさくら荘の全員に食事当番を代わって貰うように頼んでおこう。見えないところでましろの世話をやっておくのも一つの手か。

 

 空太は色々とこれからの事を考えながら、青山七海のサポートを開始した。

 

 




青山七海、完全に気を使われている。

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