さくら荘の空太君が開き直った様です。《完結》   作:こいし

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前回の話を全部台無しにする話。


神田空太の嫉妬

 空太とましろが学校をサボって、同じ部屋、同じ空間で惰眠を貪った後のこと。日も大分傾いて、夕暮れと昼間の中間の時刻に空太は眼を覚ました。大分長い時間を眠っていたせいか少しだけ身体が鈍っているが、それでも眠る前のことを思い出せばそれなりに気分が良い。

 

 空太は眠る前は掴まれていた服から、ましろの手が放れていることに気がついた。そしてそれを良いことに立ち上がり、伸びを一つ。そういえば女子の部屋で寝ちゃったなぁと思いながら、ましろの携帯電話が鳴っていることに気がついた。見ればまだましろはぐっすりと眠っている、だが放置するには画面に映っている『綾乃』という文字が気になる。何故ならその名前はましろの担当編集者の名前だからだ。

 昨夜落選の知らせを送ってきたばかりだというのに、何の用だろうか。急ぎの用なら不味いだろう。空太は取り敢えず、電話に出ることにした。

 

「もしもし、此方椎名ましろの携帯ですが」

『あら? もしかして神田空太君かしら?』

「ええまぁ……ましろの編集者さんですよね?」

『そうよ……で、椎名さんはいないのかしら?』

「隣でぐーすか寝てますよ、起こすのもなんなんで代わりに出ました」

『そう……あーそれじゃあ伝えておいてくれるかしら? 多分椎名さんよりは話が分かると思うし』

「いいですよ」

 

 空太はそう言いながら用件を促す。すると、綾乃は驚くべき事実を空太へと告げた。

 それは、この数時間の睡眠の中で空太がただ一つの逃げ道として用意していた最大の要素。だがそれはましろの落選によって閉ざされた逃げ道の筈だった。

 

 つまり、綾乃から告げられたのは落選の事実を覆すそれ以上のましろの成果。

 

 

 ―――連載デビュー

 

 

 当選にて賞を取るどころではない、それ以上の結果をましろは取って見せた。なんでも、体調不良で休載する者がいて、その代役に抜擢されたらしい。編集部がこの漫画ならば賞がなくとも十分通用するだろう、と。

 空太は眼を見開いて脱力した。立っていられず、再びましろの眠るベッドへと腰を落とした。

 

 なんだそれは、絵画の才能を持ちながらその道を捨て、興味本位に踏み込んだ漫画の世界で初めて応募した漫画賞……

 

 

 失敗して当然、にもかかわらずデビューだと? なんの功績も無く、実力だけで当選以上の成果を収めただと?

 

 

 実力は漫画の原稿を見れば分かる。悔しいが絵のクオリティは高く、さくら荘をモデルにしているだけあってその内容もバラエティ豊かだ……これならば確かに面白い、賞を取ったとしても何の不満も無い。

 だが、ましろは神にでも愛されているのか?

 

 

 偶然送ったネームが編集の目に止まり、

 

 

 偶然休載する漫画家がいて、

 

 

 幸運にも代役としてデビューを許された。

 

 

 なんと出来過ぎな運命だ。恐ろしいほど運に恵まれている、運も実力の内という言葉がこれほど憎らしく思うことも無いだろう。

 

『―――だ君? 神田君? 大丈夫?』

「……あ、ああ……大丈夫です」

『とにかく、椎名さんにちゃんと伝えておいてね。ちゃんと話は最後まで聞きなさいってのも付け加えておいて! それじゃ』

 

 電話が切れた。空太は通話終了の文字を表示する携帯を眺めながら、呆然とする。逃げ道が、出来てしまった。全力を約束して、才能や夢から眼を逸らせない状態にある空太に、この知らせはあまりにもダメージが大きかった。

 寝ているましろの顔を見ると、どす黒い感情が胸の中を掻き乱す。

 

「う……あ……ぐぅ……!」

 

 久しぶりに感じる、この嫌な気分。小さな頃、まだ開き直ってなかった頃毎日のように感じていたあの感覚が戻ってきた。空太は胸を抑え、この感情をどうすればいいのか分からず呻き声を上げた。歯を食いしばり、気がつけば眠っているましろの顔に向かって手を伸ばしていた。

 

「っ!? ―――っはぁ……はぁ……何やってんだ、俺……」

 

 だが空太はその手を抑え込み、気持ちを落ち着かせる。そして、考えないようにした。今までもそうしてきた、開き直って、思考を停止させ、眼を逸らす。簡単なことだ。

 

 なのに、

 

「なんだ……これ……くそっ……とまんねぇ」

 

 空太の胸中は何時まで経ってもどす黒い感情に占領されていた。眼を逸らせない、目の前のましろがそれを許さない。ましろとの約束が、全力でやってみるという約束が、前を向くという約束が、たった一回だけのことであっても空太を縛る。

 

「………駄目だこりゃ」

 

 空太はふらふらとましろの部屋を出た。此処にいたら、ましろに暴力を振るってしまいそうだと思ったからだ。この胸の内に生まれた悪感情、七つの大罪にも数えられる凶悪でおぞましい感情、

 

 

 『嫉妬』に狂って暴れてしまう。

 

 

 空太は自分の部屋に戻って、パソコンに向かった。机の上には、作り掛けのゲーム資料がある。自分が現在進行形で、順調に作っているゲームだ。ましろの成果を見た後だと、これがどうみても矮小な作品に見えてくる。いや、違う……おそらくどれほどのゲームだろうが今の空太じゃ椎名ましろに勝てない。

 

 意識が違う、空太自身が無意識のうちに感じているのだ。

 

 

 凡人(じぶん)では天才(ましろ)に勝てない、と

 

 

「すー………っはぁ……」

 

 深呼吸をして、少しだけ気分も落ち付いた。

 

「す………っげえなぁ……ましろは、どんどん遠くなっていく」

 

 呟いて、椅子の背もたれに寄り掛かる。でも約束は約束、ましろの真っ白な色で彩られた約束を反故にするのは、無色で空っぽな自分では足元にも及ばない。

 空太は、椎名ましろの強大さを再確認して―――考えるのを止めた。

 

 元々でっかい相手だったのは知ってた筈だ。それが更にでかくなっただけのこと、今まで何もして来なかった自分が太刀打ち出来ないのは当然のことだろう。ならば、今は約束を護ってさっさとこの現実から逃避する事を考えた方がまだマシだ。

 

「さーて……それじゃ張り切ってゲーム、作ってみようか」

 

 空太は胸の中に芽生えた嫉妬を置いておいて、差し当たり夕飯の時間までの間、現実逃避の為にゲーム作りに無理矢理没頭することにしたのだった。

 




ましろって現実で考えたらマジムカつく位成功してますよねー。しかも自分の本分でない土俵でって所が羨ましい過ぎる。才能の塊かお前。

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