さくら荘の空太君が開き直った様です。《完結》   作:こいし

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神田空太の信頼

 神田空太のゲーム作りは、とても順調だった。元々、空太は現実から目を逸らすあまり、その思考に反して創作者としてではなく、消費者としての視線で面白いと思えるゲームを考えてきた。それは単に自分の夢に対する未練なのだが、今回はそれが幸運にも良い方へと転んだ。

 赤坂龍之介によって齎された知識とメイドちゃんによる講座でゲーム制作のなんたるかを知った空太はこれまでのゲームの案を組み合わせてトントン拍子にゲームを作りあげて行った。

 コンセプトから始まり、システム構成を着実に組み立てて行く様は、かなり順調に進んでいる。

 

「さて……次は………で、………」

 

 ブツブツと何かを呟きながらパソコンに向かう神田空太。その瞳は中々に輝いていて、その表情は中々に楽しそうだった。扉を少し開けて、その隙間からそんな空太を見ている美咲や仁、ましろは空太の様子に微笑し、互いに顔を見合って音もなく笑いあった。

 あの空太が本気を出す。それだけで美咲や仁は楽しみだった。彼らにとって空太という人物は才能あふれる努力の人だ。今まで何もせずにただ怠惰な生活を送ってきた空太に憤慨した人も少なくない。そんな空太が本気を出して作る作品、というのは自分達を大きく超えた物でも同じく夢を追う物として、身震いする。

 

「空太の奴。楽しそうだな」

「私もなんだか負けてられないね!」

「空太、楽しそう」

 

 三人はそう言って、自分達の部屋へと戻る。ましろは原稿の続きを、仁はただ寛ぎに、美咲は美咲で新たに作品を作るのだろう。問題児だらけのさくら荘、だがその住人は総じて、大きな夢に向かう才能と努力の人達だった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 時間は進み、夜。現在、空太もゲーム制作を中断し、リビングで寛いでいた。というのも、今日は七月七日、七夕なのだ。故に、夢追い人といえどイベント好きのさくら荘。ここで騒がない訳にも行かないのだ。

 よって、そのトップである美咲の提案で七夕パーティをすることになったのだ。

 

「こーはい君こーはい君! 見てみて!」

「どうしたんですか美咲先p……おお……」

 

 ドアが大きな音を立てて開き、美咲とましろが飛び込んでくる。空太はその声に振り向き、絶句した。そこには着物を着た椎名ましろが居たからだ。

 椎名ましろはそこまでスタイルの良い身体をしている訳ではないが、腰の細さ故に数値より大きく見える形の良い胸や白い肌は芸術品を思わせる。そして基本的に胸の無い女性でも綺麗に見せる性質をもつ浴衣はさらにましろの美しさを際立たせていた。

 

「すっごい綺麗だ……」

「おお! こーはい君も絶賛だね! やったねましろん!」

「……うん……空太、ありがとう」

「あ、ああ」

 

 ましろに一目惚れした空太からすれば、ましろのそんな格好はときめく以上に痺れた。少しだけ嬉しそうな無表情がいつも以上に愛らしい。

 

「なぁましろ」

「何?」

「七夕って知ってるか?」

「知らないわ。でも、美咲は願いを叶えてもらえる日だって言ってた」

「概ねその通りだ。でもな、俺はこう思うんだよ。七夕は御姫様と普通の男が身分の差を気にせずに愛を確かめ合える日だって。まぁ、昨今の七夕なんて短冊を飾って形式上行なうだけの小さなイベントに過ぎないけど、そっちの方が面白いだろ?」

「……そうね」

 

 空太とましろは美咲達が笹の葉に群がって騒いでいるのを隣り合って座りながら眺め、そんな会話をする。空太の頭の中では、ましろが御姫様で、自分がその普通の男でありたいという考えが浮かぶ。

 浮かんで、そのまま掻き消した。七夕限定の付き合いなど、自分の望むところでは無いのだ。

 

「空太」

「ん?」

「短冊……何を書けばいいか分からないわ」

「そりゃあそうだろうなぁ……適当書いとけ。例えば、新人賞受かりますように、とか」

「……そう」

 

 現在、椎名ましろは編集者のサポートの下、新人賞に作品を応募している。結果待ちなのだ。今は。

 空太はそれに追いすがる様に作品を作っている段階。全力というのはかくも時間が掛かる物だ。

 

「短冊、飾ってくる」

「おう。行ってこい」

 

 空太はましろが騒ぎの中に入っていくのを眺めながら笑った。全力を出すと決めた以上、今はただそれに尽くすだけだ。

 勿論、ましろの書いた物が採用されることを願ってもいる。やはり失敗よりは成功して欲しい物だ。

 

「さて、俺も飾るとするかな……」

 

 空太はそう呟いて、短冊にさらさらと適当な願いを書いて騒ぎの中に入っていった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 大雨。

 七夕の星空を眺めようと準備してきたさくら荘の面々がこの日見れた空は、雲に隠れて水を降らすさめざめとした雨空だった。結局、空太の言う御姫様と男が出会う事は無く、雨は天の川の水位を大きく増水させた。なんとなく、嫌な不安をじわじわと感じさせてくる。

 

「……ま、これで織姫と彦星は会えない! 男女の恋は実らないってことね!」

 

 そんな中で、千石千尋は存在していない架空の人物の恋にまで嫉妬の言葉を吐き捨てた。空太は濡れたましろの頭をタオルで拭きながらその様子に溜め息を吐く。ましろは首筋に空太の溜め息がぶつかって少しくすぐったそうに眼を細めた。

 

「さて、これでいいな。身体冷やさない様にちゃんと風呂入れよ?」

「分かってるわ」

 

 空太の言葉にましろはこくりと小さく頷いてみせた。

 すると、ましろのポケットから着信音が鳴り響く。当然、取り出してましろは電話に出た。

 

「……」

 

 そらたはましろの表情を覗き見る。無表情ながら、少しだけ悲しそうに眉を潜めたましろに、空太はちゃんと気付いた。

 そしてましろは一つ、ありがとうございましたと言って電話を切った。

 

「……どうした?」

「新人賞。落ちたわ」

「……そうか」

 

 ましろの言葉に、美咲や仁、千尋が少し吃驚した後、気まずそうに顔を俯かせた。こういう時、どんな言葉を掛けても慰めにはならない。同じ様に夢を追う者だからこそ、その痛みが分かるのだ。だから、誰も何も言えなかった。

 

「……それで?」

「?」

「それで、ましろはどうするんだ? 諦める? まぁお前には漫画よりも確実に成功出来る絵画の道もある訳だし、諦めちゃっても良い訳だけどさ」

「空太、言い過ぎだ」

「……部屋に戻るわ」

 

 ましろは敢えて空太に何も言わずに部屋に戻った。そして、部屋を出て行く一瞬。空太と眼が合う。そしてそのまま消えて行った。

 美咲達は空太の言葉を言い過ぎだととらえつつ、ましろとの仲が壊れてしまうのではないかと心配になった。それほどまでに、二人の間に流れる空気が緊迫していたのだ。

 

「俺もゲーム制作の続きに戻ります」

「空太」

「大丈夫ですよ仁さん。俺もましろも、大丈夫です」

 

 仁は空太の様子に少し怪訝な顔をする物の、空太はそんな仁に自信ありげに笑ってそのまま部屋に戻って行った。

 

 

 

「大丈夫、俺の好きな椎名ましろは……この程度で諦めるほど普通な奴じゃないさ」

 

 

 

 

 

 


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