さくら荘の空太君が開き直った様です。《完結》   作:こいし

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神田空太の変貌

 神田空太は元々、とても悩みの多い少年だった。小さい頃から他人の言葉には一々揺り動かされ、起こる出来事には人一倍敏感で、責任には自分のだろうが他人のだろうが気にする性分だった。

 故に、彼は何時も何時も他人と自分を比べて自身を卑下していたし、周囲に居る才能のある人間には少なからず嫉妬の感情を持った。

 

 つまり負けず嫌いだったのだ。そして、それなのにきっと出来ないと心の底で諦めている様な矛盾した人間性。

 

 負けた訳じゃないのに、本当に負けるのが怖いから挑まない。何かと理由を付けて行動を起こさない。そんな自分を毛嫌いしている。

 

 神田空太はそんな人間のまま、小学校に上がり平凡な日常の中卒業。中学に上がると多少何か華やかな青春を送りたいと思い始めて少しだけ奇抜な行動を取ってみたり、自分の趣味として様々なゲームに取り組んだりした。

 この時が、空太が初めてやりたい事を見つけた時だった。

 

 ゲームを作りたい。誰もが楽しくプレイ出来るようなゲームを。

 

 そう思った時からは、中学生活もそこそこ楽しくなってきた――――筈だった。

 そう思ってゲームに関する知識を多少調べていたのだが、空太の周りには余りにも才能のある人間が多すぎた。別にゲームを作りたいと周囲の人間が思った訳じゃない。それこそ、短距離走や書道、イラストやファッション、歌唱と様々な才能を持つ人間が周囲に居たのだ。

 そして、そんな人間が周囲に居る事に気付いた空太は、小さな頃から染みついていた人間性が前に出た。

 

 空太は自分と彼らを比べた。比べてしまった。

 

 短距離の才能に負け、嫉妬した。書道の才能が無く、嫉妬した。イラストの才能は平凡以下で、嫉妬した。ファッションの才能はセンス自体無かったから、嫉妬した。歌唱の才能は陳腐な物でしかなく、嫉妬した。

 

 なにより、自分にそんな彼らの様な才能が無かったことに、苛立ちを覚えた。

 

 別に、ゲーム作りの才能が無くても良かったから、彼らに一つだけでも勝てる才能が欲しかった。でも、負けている部分を見つけると、全てが劣っている様に思えて自分自身に怒りを覚えた。

 

 

 だから、神田空太はここから変わった。全てに負けている様に思えた負けず嫌いの臆病者は、耐えきれずにこうつぶやいたのだ。

 

 

 

「めんどくさ。もーいいや、やーめた」

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 ―――四月五日、夕刻17時。とある寮の一室。

 

 神田空太は一つの邪魔者によって眼を覚ました。片方の視界を覆うピンク色の何か。神田空太は目の前に覆い塞がる物体を抱え上げ、眠気眼をパチパチとまばたきさせて心底めんどくさそうに呟く。

 

「ひかり、またお前か」

 

 ひかりとは、空太の飼っている猫の内の一匹。真っ白な毛並みの猫だ。とりあえず、空太はひかりを横にどかして起き上がった。ひかりが不満気な声を上げたが、空太は気にせずに立ち上がって窓を開けた。

 差し込んでくる夕焼けに目が一瞬焼けた様なダメージを負うが、空太は徐々に戻ってくる視界に入った茜色の街並みと吹き込むの暖かい空気に笑みを浮かべた。

 

「さて、お腹が減った」

 

 空太はそう言って、窓を閉めて騒ぐ猫達に餌をやりながら自身のベッドに胎児の様に丸まって眠る少女の声を掛けた。

 

「美咲先輩。起きろ」

 

「……zzz」

 

 少女は起きない。まぁ空太の発した並の声量では誰でも起きないだろう。だが、空太はそんな事承知で声を掛けたのだ。空太は頭の中でこう思った。

 

 ―――一度普通に起こした、なら次はもう少し過激に起こしても言い訳は出来る。

 

 その考えに空太は笑みを浮かべて美咲と呼ばれた少女をベッドから蹴落とした。ビタンッ、と鈍い音が鳴り響いた。短い呻き声が少女の口から洩れたが、空太は気にせずに追撃を仕掛ける。転がっている枕を掴み上げて、美咲の頭へと叩き付けた。

 

「ふげっ!?」

 

「起きろっつってんでしょうが」

 

「いてて……もうっ、こーはい君! こういう起こし方はおかしいと思う! 女の子はもっと丁寧に扱うべきだよっ!」

 

「知らないですよ。起きたならさっさと……」

 

「あ。あたし……将来お嫁さんになりたい」

 

「なれば?」

 

 急な美咲の方向転換に空太は冷たい視線を向けて素気無く返した。美咲はそれでもめげずに畳みかけようとする。

 

「じゃあ、あたしお嫁さんやるからこーはい君旦那さん役ね! 仕事から帰って来た所からね!」

 

「はいはい、分かりましたよ。こほんっ……えー『今帰ったぞ』」

 

「『お帰りなさい、あ・な・た♡』」

 

「『突然だが、今役所に離婚届を出してきた。お前のサインと判子は俺が代わりに押したから問題ない。ということでお前とは此処で終わりだ。荷物はまとめてあるから早々にこの家から出ていけ!』」

 

 空太は夫婦のやり取りに一回成功させただけで終了の知らせを出した。美咲は空太のいきなり離婚展開に眼を丸くして修正しようと試みた。

 

「『ま、待って! 私は出て行きたくないよっ!』」

 

「『そうか……なら仕方ないな』」

 

 空太の言葉に美咲はイケると判断したのか更に畳みかけようとして

 

「『なら俺が出ていく。荷物はまとめてあると言ったな、アレは俺の荷物だ。』」

 

 突破口を土砂で潰されるかの如く塞がれた。空太はそう言うと、頭を掻いて欠伸を一つ出した。

 

「『じゃあな、お前とはもうやってやれ「スト――ップ!! ストップストップだよ、こーはい君!」……なんですか?」

 

「何ですかじゃないよ! なんでお嫁さんと旦那さんの役をやってるのにいきなり離婚してるのさ!」

 

「ノリが悪いですね先輩。悪いですが俺は幸せ者は死んでしまえという思いを持っているので」

 

 空太がそう言って視線を移した先にあったのは、書き初め用の半紙に書かれた『脱・さくら荘!』の文字。空太がなんか起きないかなぁと思って書いた、特に意味もない仮初めの目標。達成するつもりは別にないし、これで何かしらイベントが起きればいいなぁと思っているだけだ。

 

「じゃあ、先輩。昨日の続きしましょう」

 

「え゛」

 

 空太が足元のゲームコントローラーを拾い上げてテレビの電源を入れてゲームを起動させた。だが、美咲は空太の差し出すコントローラーを一向に受け取らない。

 

「どうしたんですか?」

 

「も、もういいよ! だってもう一週間は徹夜でやったもん! もう気持ち悪いよ! 画面で動くキャラクター見てたら吐きそうになっちゃうもん!!」

 

「え? でも二人とも満足するまでやろう! っていったの先輩ですよね? 俺はまだ満足して無いんですが」

 

「うぅ~……そ、そうだ! じゃあ代わりにコレっコレを見よう! 前々からこーはい君対策に用意してた……じゃなくて、前々から作ってた新作!」

 

 美咲が取りだしたのは、彼女の作ったオリジナルアニメーション。

 というのも、彼女はその界隈ではかなり有名な実力者なのだ。彼女にアニメーションを作らせたら5分だけのアニメーションでも300万人が視聴するという大人気ぶり。

 空太がまた才能人か、と嫉妬したあとどうでもいいかと開き直った一人でもある。

 

「………あー、まだまだですね」

 

 空太はそう言って美咲の作品を貶した。自身にそれ以上の作品が作れるわけでもないのに。開き直った空太はいつだって才能のある人間に対して敗北感を抱く事を受け入れているが、その才能を認める事はしなかった。

 故に、空太は才能のある人間から一種の勘違いをされていた。

 

「あー、やっぱりそう思う? こーはい君はやっぱり見る目があるねぇ。こーはい君に認められたらわたし誰にも負けない気がするよ!」

 

 この言葉。美咲の言葉はその勘違いを簡単に現していた。

 

 空太が他人の成果を認めずに、無意識なアドバイスとも取れる言葉を言う事から生まれた勘違い。それは、才能のある人間全員が思った事。

 

 『神田空太は非常に高く幅広い才能を持ち得た人物である。』

 

 こういうことだ。空太が一切に人の事を認めずに、無意識的で投げやりな助言を行なった結果、何の因果かその助言はその作品を更に良い作品へと昇華させてきた。分かり易く言うのなら、評価Bの作品が空太の助言で評価A⁺にまで上がる位の物。

 故に、空太は他人を育てる事に対して高い実力を秘めた人間、または誰よりも優秀な才能人と思われている訳だ。

 

「そうですか?」

 

「そうだもん! で、こーはい君! 今回の作品の駄目だし、お願い!」

 

「えぇ……またですか? え~と……」

 

 空太は別に、自身のアドバイスに特に頭を使ってない。適当に眼に付いた部分に指摘を加えるだけだ。のらりくらりとそれらしい事を言ってやり過ごし、そしてその言葉を才能人が勝手に脳内変換して良い案を思い浮かぶだけの話。

 

「……この部分。この部分はなんというか……薄いですよね(色が)」

 

「あーやっぱり? 私もそこは薄いと思ってるんだ(演出が)」

 

「あと、このシーン。キャラクターの動きがなんだか不気味かなぁ……(適当)」

 

「んー、それは思い付かなかったよ~……確かになんだか不気味だね……(真剣)」

 

 そこから空太の言葉を勝手に脳内変換してインスピレーションを働かせる美咲。彼女の頭の中ではその作品を良くする案が浮かんでくると同時に、空太への称賛と尊敬があった。

 

「さて、それじゃあリテイクしようかな! こーはい君も手伝ってよ~」

 

「いやです」

 

 空太はこの状況を重々理解していた。だからこそ、自分が手伝う訳にはいかなかった。何故なら、自分にその才能は無いからだ、寧ろ勘違いを正した方がいいと思うが面倒なので止めている。

 

 そしてそんな所に一人の人物がやってきた。

 

「神田ー入るわよ―?」

 

「千尋先生?」

 

 それは、神田空太の担任の教師――――千石千尋だった。

 

 

 

 


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