憑依系男子のIS世界録   作:幼馴染み最強伝説

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漂流者

 

 

「将輝ー……あれ?どっか行ってんのかな」

 

将輝が外出している事を知らない一夏は、将輝の部屋の前を訪れていた。

 

いつも休日は男だけで気兼ねのない時間を過すのが、ある意味一夏の精神的な安らぎの場であった。断じて不健全な意味ではない。

 

以前の生徒会の催しで部屋に楯無が来てからというもの、一夏の心労は増すばかりである。

 

その為、よく将輝の部屋に転がり込むのだが、将輝が外出している以上ここに来ても意味はなく、仕方なく部屋に帰ろうとしていたその時ーー。

 

「む。織斑一夏か」

 

「ラウラか」

 

同じように将輝の部屋を訪れたラウラとばったり鉢合わせた。

 

ラウラはというと、休日は基本的に手持ち無沙汰になる事が多く、今回は予定よりも『キャノンボール・ファスト』の準備が完了したため、何気なく将輝の部屋を立ち寄っていた。

 

「貴様も藤本将輝に用があるのか?」

 

「も、ってことはラウラもか?」

 

「ああ。だが、その様子だと外出中のようだな」

 

「みたいだ。せっかく話したい事があったのにな」

 

話というよりかはもはや愚痴に近い。その多くが楯無に関することなのだから。

 

将輝も将輝で一夏を憐れんで、決して嫌がらず真摯に話を聞くことにしている。

 

因みに何故かそれもバレて後で色々されるのだが、それでも一夏は将輝に愚痴るため悪循環だった。

 

「まぁ、藤本将輝でなければ織斑一夏。貴様でもいい。話がある」

 

「俺?」

 

「ここではなんだ。やつの部屋を借りるとしよう」

 

「え、いいのか?勝手に入って」

 

「いいわけはないだろうな。だが、二人で話すにしても、邪魔が入りそうにないのはここぐらいしかあるまい」

 

ごく自然にピッキングを始めたラウラを止めようとしたものの、帰ってきた言葉に一夏は頷く他なかった。

 

一夏の部屋には楯無が、そしてラウラの部屋にはシャルロットがいる。

 

今の時点では一夏の部屋に楯無はいないがいつ帰ってくるかわからないし、ラウラの部屋にいるシャルロットはクラスメイトと楽しくおしゃべりをしている。それを追い出すわけにもいかない以上、条件のあてはまる部屋は将輝の部屋しかないのだ。

 

ものの数十秒でピッキングを終えると、素早く部屋に入るラウラ。

 

軍人らしい素早い身のこなしに感心していた一夏だったが、自分も入らなければいけないことにすぐに気づき、周囲に誰もいないことを確認して部屋に入った。

 

「さて、織斑一夏。話をする前に何を飲む?コーヒーか、紅茶か、それとも麦茶か」

 

「麦茶で……って、ここ将輝の部屋だけど、勝手に漁っていいのか?」

 

「安心しろ。配置は覚えているし、専用のコップも既に持ち込み済みだ」

 

そう言って、ラウラはコップを取り出す。

 

箒に次いでかなりの頻度で将輝の部屋を訪れるラウラは、将輝の許可を得た上でこうしてマイコップを置いている。最初こそ紙コップではあったが、あまりにも来る頻度が多いための措置だった。

 

ちなみに一夏もまた、専用のコップを部屋に置いていたりする。

 

「……なんか、慣れてるな」

 

「当然だ。やつのことは毎日見ている」

 

「その言い方だと恋人みたいだな」

 

「冗談でも篠ノ之箒の前で言うのはやめておけ。死にたくはないだろう」

 

多分に冗談を含んだ言い方をする一夏に、ラウラは冷静に答える。

 

一夏としては空気を和ませるつもりであったのだが、全く意味をなさず、早くも心の中で将輝の帰還を祈っていた。

 

「と、ところで話ってなんだ?」

 

空気の重さに耐えかねて一夏が口を開く。

 

ラウラはてきぱきと無駄のない動きで互いの飲み物をいれると、コップを持って一夏の方に戻ってきた。

 

「話というのはだな。『愛』についてだ」

 

「愛……?」

 

「ああ」

 

ラウラの言葉に一夏は首を傾げた。

 

何故そんなことを聞くのか、そしてその相手が何故同性ではなく、将輝や一夏という疑問だ。

 

それを考えているうちにもラウラは言葉を紡ぐ。

 

「藤本将輝から愛について様々なことを教わった。後は自分で知るべきだと言われたが、いまいちピンとこない。そこで改めてヒントをもらおうと思ったのだがーー」

 

「将輝がいなくて、俺がいたってことか」

 

「ああ。貴様も同じ男だ。聞く価値はあると思ったのだ」

 

「て言っても、俺は別に付き合ってるやつも、今好きなやつもいないぞ?」

 

「構わん。聞かないよりはマシだ」

 

辛辣な意見ではあるが、一夏自身もラウラの助けになれる気は全くしていなかった。

 

姉弟愛や家族愛というのならわかる。親愛というのも、友情の延長戦のようなものだろう。

 

だが、ラウラの言う愛とは即ち『異性愛』であり、ある意味一夏に一番理解の足りていない部分と言えた。

 

「うーん。やっぱりあれじゃないか?この人と一緒にいたいとか、幸せにしたいとかじゃないか?」

 

「それはやつも言っていたが、抽象的過ぎる。もっとわかりやすいものはないのか?」

 

「わかりやすくって言われてもな……」

 

一夏は頭を悩ませる。

 

そもそも自分にそんなことを聞かれても困るのだが、他の人に比べて微妙にラウラとの距離感を感じていた一夏はある意味これを好機でもあると思っていた。彼女と親しくなれるまたとない機会だと。

 

とはいえ、一夏はラウラの求める答えを出すことができず、悉くが違うと一蹴されていた。

 

当然だ。色恋に疎い一夏はほぼラウラと同じであるのだから。

 

「他に何かないのか?」

 

「他になぁ……。ラウラの言う愛とかは関係ないかもしれないけど、俺は将輝やラウラ達が敵にやられたら、すっげームカつくし、相手を絶対に許さないけどな」

 

「なるほど……それだ」

 

「へ?」

 

同じように一蹴されると思っていた一夏は、ラウラの言葉に虚をつかれて間の抜けた声をあげていた。

 

「戦友を傷つけられた怒り。それに起因するものは親愛ーー友情だ。そしてそれは男女の愛ーーつまり異性愛でも同じようなことが起きるはずだ。愛とはある種の信頼の証。私の求めている答えではないが、それもまた一つの解ということだな」

 

合点がいったと頷くラウラ。

 

しかし、それとは対照的に一夏はどこか納得のいかない表情だった。

 

「うーん……微妙に違うような気がするんだけどなぁ」

 

「?ではどう違うのだ?」

 

「どうって………」

 

深く考えていたわけではなく、直感的な発言だった一夏は言葉を詰まらせるが、ラウラの無言の圧力から思考を働かせて、なんとか言葉を絞り出す。

 

「なんていうか……そういう論理的なものじゃないと思うんだ。こう……もっとふわふわしたものっていうか、考えるんじゃなくて感じるっていうか……」

 

「考えるのではなく感じる……つまり直感的なもの、ということか?」

 

「多分」

 

そうだ、と言い切れないものの、一夏はそう感じていた。

 

「ふむ……やはりそうなるか」

 

そしてラウラもまた、それには共感できる節もあった。

 

セシリアと対戦した時、福音に将輝が撃墜された時、そして将輝に頭を撫でてもらった時。

 

いずれも状況も何もかもが違うが、確かに言葉では言い表せない『何か』が存在していた。

 

あくまでも自分は軍隊という組織のパーツでしかないと、感情というものを正しく理解せずに生きてきたラウラには理解しがたいものではあったが、その『何か』は感情に起因するのだという事は理解していた。

 

(ではなんだ?私は藤本将輝をどう思っている?あの男に……私は一体何を求めている?)

 

もどかしい。

 

これは自分しか導き出せない解だ。人に聞いたところで正しい答えは出てこない。

 

だからといって、まだ自分には答えがわからない。

 

そんな状況にラウラは歯噛みするものの、ある意味では大きな進歩だと言えた。

 

一夏の言ったことはどれも正鵠を射た発言だったとは言い難いが、それでもラウラの求める答えに確実に近づけていた。

 

「感謝するぞ、織斑一夏。私はまた一つ成長することができた」

 

「う、うん?よくわからないけど、どういたしまして?」

いまいち事情を飲み込めない一夏は曖昧に返す。

 

余談だが、これを機にラウラの中で一夏の評価が初めてまともなレベルになった。

 

一夏とラウラが話しているちょうどその頃ーー。

 

キャノンボール・ファストまで残り数日と迫ったある日。

 

俺ーー藤本将輝は一人、喫茶店に立ち寄っていた。

 

別に誘う人間がいなかったという寂しい理由ではない。人間、一人になりたい時は誰しも存在するものだし、最近は来たる『キャノンボール・ファスト』に向けて、色々と調整や戦術を組み立てなければならない。そうなると誰かと一緒にいるというのはマズいだろう。特に箒が相手だと口を滑らせかねない。

 

そういうわけで息抜きも兼ねて一人で外出してみたのだが……やはり思考は『キャノンボール・ファスト』の方にどうしても引き寄せられてしまう。仕方がないといえばそれまでだ。しかし、これじゃ学園にいても外にいても大差ないな。強いて言うなら簪がいない分、少し落ち着いているぐらいか。

 

一応彼女なりに空気を読んではいるつもりなのだろうが、我慢しているという無言の圧力が半端ないから結局いつも通りにオタク談義に花を咲かせてしまう。その辺りは俺も悪いけども。

 

気分転換を図るつもりだったのだが、思考を切り替えられない以上仕方がない。

 

持ってきていたパソコンを開く。

 

やる事と言っても、『夢幻』の調整ぐらいのものだが……一応やっておかないとな。

 

伊達に技術屋を目指そうとしていたわけじゃない。今でこそ操縦者ではあるものの、調整程度なら自分の力でなんとかできる。まぁ、簪のおかげも多少はあるのだが。

 

もう何度見るかわからない『夢幻』のデータを見つめる。

 

実際のところ、これ以上改善の余地はないほどに『夢幻』は万全だ。訓練自体も山田先生や生徒会長にお世話になりながら、なんとかモノにはできた。

 

問題があるとすればーー。

 

「『夢幻』のあれだよな……」

 

目下、俺の悩みの種は夢幻の特殊仕様(ワンオフ・アビリティー)に他ならない。

 

発動条件はわかる以上、使うタイミングを計るだけなのだが、発動した際に何を犠牲にするのかが未だにわからない。エネルギー消費が倍になったり、武装にロックがかかったり、絶対防御が作動しなかったりと代償はまちまちだ。

 

どれも『キャノンボール・ファスト』じゃ問題があるが、絶対防御が作動しないのは致命的すぎる。下手すりゃミンチになってしまうし、妨害攻撃で死にかねない。

 

それらを考慮して、使うのを控えるのも視野に入れている。物理シールドでどうにかしようにも、それじゃ風の抵抗のせいで速さ比べしても負けそうだしな。

 

となるとやっぱり増設スラスターか?白式と違って、少しばかり拡張領域に余裕があるからできない事はない。ただ、そうなると機体の制御や再調整が要求される。期間的には問題ないんだが……どうするか。

 

「ああ、くそ。才能の有無に文句を言いたくないが、羨ましい限りだ」

 

今も昔も、才能というものには縁がない。まぁ、生まれ変わったわけでもなし、束の話が本当なら憑依しても俺は俺である。運動が憑依前よりできるだけで。

 

後は無駄に生命力が高いことぐらいか……爆発に巻き込まれたり、撃墜されたり。死んでから生き返ったり。

 

「……あれ。ひょっとして、俺も世界に染まってきてるんじゃ……」

 

「失礼。相席しても良いだろうか?」

 

そういえば時間が時間だけに結構人多いな。

 

「いえ、構いま……せん……」

 

「何か?」

 

「あ、いえ、なんでも……」

 

……この人、何処かで見た事があるような気がする。

 

向かいの席に座った女性はコーヒーを頼むとそのまま特に何をする事もなく、じっと席に座っている。

 

深く帽子をかぶって、サングラスをしているせいか表情は読み取れない。

 

まぁ、あまり人をジロジロと見る趣味はないし、他人の空似の可能性もあるしな。

 

気のせいと自分の中で区切りをつけて、そのまま元の作業に戻ってはみたのだが……。

 

「……」

 

気になる。っていうか、超見られてるのがわかる。

 

伊達に憑依前は人の目を気にして生きてきたわけではない。視線や空気の変化には結構敏感だ。ちらちら見られていてもなんとなくはわかるし、今みたいにじっと見られているとすぐに気づく。

 

とはいえ、こうも見られていると緊張するというか、あっちも俺と面識がある人の可能性が高くなってきた。

 

「あの……どこかでお会いした事とか、あります?」

 

妙な空気を打破する意味も込めて、目の前に座る女性に問いかける。

 

すると、女性は首を横に振った。

 

「あなたと直接会話をするのはこれが初めてです。この世界(・・)ではね」

 

「はい?」

 

何言ってるんだ、この人。この世界って、まさか別の世界から来たとか言い出すんじゃないだろうな。

 

………いや、俺が言えた義理じゃないから、頭ごなしに否定できないけども。

 

「やはり驚かないか。実にあなたらしい」

 

「賞賛されるのはありがたいことですが、それ以前にどちら様で?」

 

この反応だとまず元の俺がいた世界じゃない。こんな風に思われることは絶対にありえない。

 

しかし、そうだとすると、この人はいつの、どの世界の俺を知っている?元の世界とこの世界を除けば完全に別人にあたる以上、あまり長々と話をされても困るわけだが。

 

「そう警戒しないでほしい。その……なんだ。あなたにそういう反応をされるのはわかっていたことだが、少しばかり寂しいから」

 

……あれ?なんか俺が悪い感じが出てきたぞぅ。

 

当然の反応だと思うんだが、何故か悪いことをしているような気がしてきた。

 

「……すみません」

 

「いや、いいんだ。あなたは何も悪くない。顔も見せないこちらの方が悪いんだ。どうしてもこんな街中では私の顔は目立ってしまう」

 

目立つ……ってことはアイドルとか?

 

いや、いくらなんでもアイドルはないな。結構希少な男性IS操縦者ではあるが、残念ながらアイドルにお呼ばれすることもなければ、そもそもこんなところで会う必要もない。

 

……となると、アイドル並みに顔が売れているか、それとも国際指名手配でも食らっているという可能性も十分にあり得るところだが……。

 

うん?国際指名手配……テロリスト……顔が知れ渡っている……見覚えのある顔……まさか。

 

この人……いや、こいつはひょっとして。

 

「……織斑マドカ……なのか?」

 

あり得ない。そう思いながらも、その人物の名前を口にしていた。

 

織斑マドカ。

 

亡国機業に所属する織斑千冬と同じ顔を持った人間。

 

その出生は謎に包まれていて、織斑千冬の事を姉さんと呼ぶことから、俺の知っている時点までは『織斑千冬のクローン』説が強かっただけで、真実は何一つわからなかった。

 

イギリスの第三世代型IS『サイレント・ゼフィルス』のパイロットであり、その技術は代表候補生数人も歯牙にかけず、本国においてBT適正の最高値を誇っていたセシリアでさえかなわなかった偏向射撃(フレキシブル)を平然と行うなどのポテンシャルの高さを感じさせる反面、性格は極めて冷酷かつ残虐で、自身の能力の高さから相手を見下すなどの行為が見られた。

 

だが、目の前の人物からはそれらが一切感じられなかった。

 

能力云々で言えば、俺は圧倒的に劣り、見下されるのが当然。そもそも、こうして接触する理由が見当たらない。あくまでもこいつの目的は『織斑一夏を殺すこと』なのだから。

 

頭の中で様々な憶測が飛び交うものの、答えはすぐに見つかった。

 

何故なら目の前の人物が首肯……つまり、俺の言葉を肯定したからだ。

 

「あなたが私に疑惑を抱くのも無理はない。あなたのおかげで、今の私がありますから。今のあなたが知っている織斑マドカ()と大きく異なっているのは当然の事だと言えるでしょう」

 

柔らかい口調は、およそ俺の知る織斑マドカとは全く違うもので、ともすればプライベートで織斑先生が一夏と話している時に酷似していた。

 

端的に言う……誰だこれ。

 

今までもキャラ改変や事象変化が行われている人物は多くいた……というか、ヒロインは大体そうだった。

 

ただ、根本的に変わったかと言われればそうでもない。別人状態ではなく、変わったなと思うぐらいだ。

 

しかし、彼女は違う。

 

ここまでくると顔が一緒なだけの別人だ。一体俺がどんな影響を与えたのかは知らないが、それは織斑マドカという人物を根底から変えてしまうようなことだったのだろう。

 

聞きたいことは色々あるが、今一番聞きたいことは決まっている。

 

「俺に会いたかったそうだが、目的はなんだ?まさか、こんな街の中で拉致るじゃないだろうな」

 

その可能性は十分あり得る。いや、それどころか最も可能性が高いことだ。

 

実は今までの態度が演技で、本当の目的は俺を油断させて拉致することだった方が納得もいく。

 

「そんな事はしない。私があなたに会いたかったのは、あなたに話があったからなんだ」

 

聞けば聞くほど、彼女が全くと言っていいほどに嘘をついていないのが伝わってくる。よほど巧妙な嘘か、変な記憶でも刷り込まれているか、それとも真実か。どれも否定できない。

 

「話か……まさかとは思うがーー」

 

「おそらくあなたの推測通りだ」

 

『亡国機業に、私と共にきて欲しい』。

 

彼女の、織斑マドカの言葉はまさしく、俺の予想していた言葉であり、それでいてありえない代物だった。

 

 

 

 


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