「藤本君、貴方、生徒会副会長になりなさい」
楯無は命令するように将輝に向けてそう告げた。
実際、楯無は将輝に選択権を与えるつもりはなかった。与えれば必ずノーという回答が返ってくるからだ。それは当然の事であるが、何も楯無は享楽で将輝を副会長に置こうと考えている訳ではない。
当人は知らないが、IS学園内のごく一部では将輝の行動が注目されていた。
無人機騒動、ドイツ軍のVTシステム、そして銀の福音。
どれもこの半年間で起きた事件ではあるが、一歩間違えれば大量の死者が出かねない事態だった。何より最後に関しては蘇生を果たしたものの、将輝が死んだ。だが、それは想定を遥かに下回る人的被害であり、どれも二桁の人間が死んでも何一つ違和感はなかった。そしてそれを未然に防いだのは紛れもなく将輝だった。
VTシステム以外の二つは勝利こそ専用機持ち達の健闘による勝利ではあるが、こと『被害を抑える』といった点では将輝の未来予知に等しい行動による所が大きい。
それを偶然と捉える者もいれば、必然と捉える者もいる。少なくとも、楯無は偶然ではなく必然と捉えている者の一人だ。故に確かめたかった。将輝の未来予知に等しい行動を。
「また会長権限ですか?やめていただきたいですね、そういうのは」
「不服?生徒会に入れば学園祭の賞品として部に強制入部させられる事は無くなるわよ?」
そして今朝の行為もまた、将輝を引き入れるための策の一つだった。
普通の感性であれば女子しかいない部活動に男子一人だけというのは嫌だ。だが、同じ女子だけとはいえ、生徒会と部活では勝手が違う上に妙に絡まれる事はない。ならば生徒会の方がマシか、とそう思わせる事が目的だった。
将輝はそれを一瞬顎に手を当て、考える素振りを見せる。それを見た楯無は良し、とそう思ったのだが、将輝が言ったのは拒絶の言葉だった。
「だが断る」
「………一応言っておくと貴方に拒否権はないのよ?」
「確かに便宜上、俺に拒否権はなく、貴女が副会長に任命した時点で俺は生徒会副会長だ。だが、同意抜きなら其処に俺の意志はない。在籍するだけにして、全部無視すればいい。おまけに賞品の時のような大衆を利用する事も出来ない。彼女達の立場からすれば賞品が提案者によって減らされるんだから、賛成するはずがない」
そう。あくまで会長権限であれば将輝に拒否権など存在せず、生徒会副会長にはなるしかない。だが、その役職を全うするか否かは将輝の意志が必要となり、拒んでしまえばそれまでだ。入れてしまうまでは強制力はあれどそれ以降は全く強制力が働かないのだから。おまけに会長の一存で本人が拒んでいて、剰え周囲が反対しているにもかかわらず、入れたとなれば教員達も将輝を生徒会活動に参加を促そうとは思わない。
「なんなら生徒会活動も会長権限で強制しますか?結構ですよ?その時は不平不満を漏らしながら甘んじてその境遇を受け入れます」
「流石に人権すら会長権限で奪う事はしないわ。はぁ…………頭が切れるとは聞いてたけど、まさかここまでとは。お姉さん、少しびっくりしちゃった」
「全然ですよ。結局のところ、貴女が人格者で無ければ俺は人権無視で生徒会副会長ですからね」
肩を竦めてみせる将輝に楯無はやはり一筋縄ではいかない。と認識されられる。簡単に流れに乗ってくれるような人間であればあの手この手で無意識のうちに自身の流れに乗せることが出来る。だが、将輝は無意識のうちに他者の流れに逆らっている。将輝自身が自覚なしにそんな事をしているのであれば、意識的に引っ張る事は至難の技だ。なかなか出来ることではない。
故に楯無は目的を変えた。正確には変えるではなく、妥協点を作った。
近くに置いて秘密を暴くのではなく、徐々に将輝への信頼度を高めて、向こうから本心を吐かせようと。
だが、楯無は知らない。それが如何に高難易度であるか。恋人である箒ですら、未だそれの片鱗すら知らない事を。
「わかったわ。君を勧誘するのは止めておく」
「それはありがたい。じゃあ「その代わりに私のお願い聞いてくれる?」はい?」
やっと諦めたと思って肩の力を抜いた将輝は楯無の話がまだ終わっていないことに疑問の声を上げた。
「簪ちゃんの事、お願いしても良いかしら?」
「…………マジで?」
「マジよ」
親しくなるついでに楯無は個人的な相談を持ちかけてみたのだが、将輝はそれに敬語も忘れて素で聞き返した。
将輝の中で更識簪という少女ははっきり言って得意であり、苦手な人物であった。
彼女は世間一般で邪気眼或いは厨二病と称される部類の人間であり、また重度のコミュ症であった。将輝以外の人間には話しかけられる事すら拒み、フォローに入ればトドメを刺しに行く。
ただ、こと将輝に限定すれば彼女は饒舌に話す。
それは過去憑依以前に将輝が厨二病だった事が要因しており、それを何処と無く察知した為だ。初対面であったにもかかわらず、彼女は初見で同類であることを瞬時に気づき、まるで旧友であるかのごとく、心を許していた。
他者からすれば取りつく島もない簪であるが、将輝からすれば黒歴史を呼び起こせば彼女の相手をする事は造作もない…………精神は全くの別物であるが。
それゆえ得意であり、黒歴史を呼び起こさなければならないという点で苦手な人物だった。
その相手を頼まれたとあれば、苦い表情をするのは自然な事である。
「お姉さんで学園最強なんだから、簪と同じくらいの知識をつけることは出来るんじゃないですか?」
「好きこそ物の上手なれ、よ。私は簪ちゃんと違って、好きで見ている訳じゃないもの」
楯無はあまり漫画やアニメなどについて興味があるわけではない。人並みにはある方だが、自らの睡眠時間すら削り見ている簪とはかける想いが違う。いくら見て覚えようにも好きで見ていないものならば自然と忘れるのが道理である。
「………つまり玉砕したと?」
「……………あの時の簪ちゃんの呆れた溜め息は忘れられないわ。「え?この程度もわからないの?」みたいな表情。お蔭で三日寝込んだわ」
「其処までか………流石はシスコン」
「シスコンで結構!弟、妹の事が嫌いな姉なんて世の中に存在しない!」
やたらキリッとした表情でそう言う楯無に将輝は千冬と束の事を連想する。
タイプこそ違えど、千冬も束も重度のブラコンとシスコンで何事においてもそちらを優先する。そういう点では楯無と通ずるものがあった。
「はぁ…………で?それを引き受けたら、会長は俺を勧誘するのを諦めてくれますか?」
「ええ。副会長は他の子でも出来るけど、これは藤本君にしか出来ないから」
(副会長をする労力と簪のコミュ症を治す労力。どっちが楽かわからないな、こりゃ)
内心で深い溜息を吐きつつも、楯無の依頼を引き受ける事となった将輝はその足をアリーナから整備室へと向けた。
side out
「結局、今日将輝は来なかったな」
「将輝にしては珍しい。直前でキャンセルするなど……………もしや生徒会長が原因か?」
「流石にそれはないんじゃないかなぁ。昨日の今日でちょっかいはかけてこないと思うよ?」
存外的を射た発言をした箒だったが、それをシャルロットは否定する。
箒もシャルロットも楯無の事については全校集会でしか見た事がなかった。それ故に常識的に考えて、昨日あんな事を言ったのだから、流石に他の事を頼むなんて事はないだろう、とシャルロットは踏んでいたのだが、楯無のそれが予想の上を言っていることを知らない。
そしてその件の楯無の魔の手は一夏に伸びていた。
「やっ、こうして話すのは初めてだね。織斑一夏くん?」
ごく自然な足取りで、いつの間にか隣に立っていた楯無に三人は驚愕する。その反応を見て、楯無は嬉しそうにほくそ笑んだ。
「そういう反応してくれると助かるわ。藤本君、リアクション薄いから」
おまけに相手もし辛いし、と楯無は心の中で付け加える。
将輝としてはそれは願ったり叶ったりであるが。
「今日はごめんなさいね、藤本君、私が用事を頼んだから来れなくなったの」
「そうですか………やはり貴女が………それはともかく将輝は何処に?」
「私の妹の所よ」
「妹?」
「ええ。名は更識簪と言うわ」
「か、簪さんのところ………だと」
それを聞いた箒は雷に打たれたかのようにショックを受け、その場で膝をついた。
想定外のオーバーリアクションにさしもの楯無も困惑の色を隠せなかった。
「だ、大丈夫?篠ノ之さん?」
「だ、大丈夫です………少しトラウマを……」
箒の脳裏に呼び起こされるのは簪と出会ったあの日だ。
人と接するのがあまり得意ではない箒だったが、何処と無く自身と同じような雰囲気を醸し出している(気がした)簪に自身から歩み寄ってみた…………のだが、その勇気は粉々に打ち砕かれた。そしてその上、剣道少女の箒としてはコンプレックスの一つでもあった胸の事を散々言われたのは今でも箒のトラウマだった。何故女子力対決では問題なかったのかと言われれば、単に負けられなかったから。
因みに事情を知らない一夏とシャルロットは何故?と首を傾げていた。
これ以上、話題をそちらに置いておくのは不味いと判断した楯無は一足早く本題に移った。
「い、一夏くん。唐突かもしれないけど、これからは君のISコーチを私が務めさせてもらうわ」
「確かに唐突ですね……理由を聞いてもいいですか?」
「君が弱いから」
「ッ⁉︎」
遠まわしに言うでもなく、オブラートに包むでもなく、率直に楯無は一夏にそう告げた。
思わず言い返しそうになった一夏だが、反論の言葉が出る事はなかった。
「てっきり反論してくると思ったけど………自覚はあったのね」
「…………はい」
一夏は重く頷いた。
現在、一夏達専用機持ちの中で一番勝率が低いのは一夏だ。
代表候補生であるセシリア、鈴、シャルロット、ラウラは代表候補生の中でもかなり優秀な存在である為、仕方のない事ではあるが、将輝と箒にも一夏は負け越している。
それは実力差もそうだが、知識の差による所が大きい。
そして一夏のISである『白式』は恐ろしく燃費が悪い上に遠距離武装がない。
そうなると如何にして近接戦闘のフィールドに引きずり込むかが鍵となるのだが、未だ一夏はそうした技術を習得出来ないでいた。
決して一夏に才能が無いわけではない。寧ろ才能はある。かといって彼女達の指導が下手だというわけではない。だが、専用機持ちたる彼女達は一夏よりもずっと以前からISに関わり、己を磨き続けてきた。将輝も起動させた時期こそ同じであれ、知識量は言わずもがな上だ。それでも一方的にやられずに徐々に勝率を上げている一夏の成長速度は凄まじかった。
だが、それでも当の一夏は自身がここぞという場面で役に立たなくなるのではないか、と危惧していた。
「そうやって自分の弱さを認めている子は好きよ。そういう子は強くなる為にどんな努力も惜しまないから」
「…………俺は強くなれますか?」
「それは一夏君。君次第よ、真に強くありたいと願うなら私はそれの手助けをするだけだから」
「お願いします………俺を強くしてください」
「宜しい。それじゃ明日の明朝からみっちりしごいてあげるわ」