憑依系男子のIS世界録   作:幼馴染み最強伝説

73 / 92

久々の投稿!やっと更新できたぁ!

本当に遅れてすいません。何を書こうか悩んだ結果これになりました。

こんな感じに投稿が遅れてしまいましたが、これからも憑依系男子のIS世界録をよろしくお願いします!


ひと夏の出来事

 

(何も変わっていないな、ここは……)

 

八月のお盆過ぎ。その週末に箒はとある神社にいた。

 

とある神社というか、其処は篠ノ之神社。彼女が転校する前の家であり、生家でもある。

 

板張りの剣道場は昔のままで、箒が聞いた話によると定年退職した警察官の男性が善意で剣道教室を開いていて、剣は礼に始まり礼に終わるという教えの通り、子供達に道具の手入れと道場の掃除をさせている為だった。

 

今では昔と違い、かなりの人数が門下生としているのが壁の木製名札を見て取れる。昔は一夏、千冬、箒の三人だけだった。

 

(懐かしいな。あの頃の一夏はよくつっかかってきたな。それが今はだいぶ落ち着いた雰囲気になっているのだから、男子三日会わざれば刮目せよとはよく言ったものだ)

 

「箒ちゃん、ここにいたの」

 

「雪子叔母さん。すみません、懐かしくて、つい」

 

箒に声をかけてきたのは四十代後半で年相応の落ち着いた物腰と柔らかな笑みを浮かべた女性。

 

「あら、いいのよ。元々住んでいたところだもの。誰だって懐かしくて見て回るわよ」

 

昔から箒はこの叔母さんに怒られたことがない。正確に言えば彼女は怒ることも叱ることもしない。

 

『自覚があるからそれでいい』。そんなことを言われるたび、箒はなんとなく恥ずかしくなる。

 

「それにしても良かったの。夏祭りのお手伝いなんて」

 

「特にする事もなかったので。それに昔から雪子叔母さんにはお世話になってますから」

 

「そうなの?せっかくの夏祭りなんだから、誘いたい男の子の一人もいるんじゃないの?」

 

「そ、それは……」

 

ボッと顔を赤くする箒。その脳裏には当然恋人である将輝の顔が浮かんでいる。

 

その反応を見て、小さく笑みを漏らす叔母に箒は観念したように正直に言う。

 

「……います」

 

本当なら将輝と一緒に祭りを見て回りたかったというのが偽らざる本音だ。しかし、当の将輝は『用事がある』と言って断った。妙に歯切れの悪さが目立っていたが、そういう日もあるだろうと箒は渋々諦めた。

 

「やっぱり。箒ちゃんくらい可愛い子なら彼氏がいてもおかしくないわよね」

 

「そ、そんな可愛いだなんて」

 

謙遜する箒。箒自身はあまり自分の容姿に自信を持っているわけではない。セシリアやラウラの方が綺麗だと思っているし、鈴やシャルロットの方が可愛いとも思っている。実際の所は箒は彼女達に全く見劣りしないのだが、其処は十代乙女特有の思考からか、他人の方が上だと感じてしまう。

 

「でも、せっかく箒ちゃんが手伝ってくれるって言ってるんだから、厚意に甘えましょうか。六時から神楽舞だから、今の内にお風呂に入ってちょうだいね」

 

「はい」

 

元々、篠ノ之神社で行っていたお盆祭りというのは、厳密な分類では神道という土地神伝承に由来するもので正月だけでなく盆にも神楽舞を行う。

 

現世に帰った霊魂とそれを送る神様とに捧げる舞であり、それがもともとは古武術であった『篠ノ之流』が剣術へと変わった理由でもある。

 

正確な事は戦火によって記録が消失したので不明との事だが、この神社は女性用の実用刀があったりと、とにかく『いわくつき』の場所なのだ。

 

篠ノ之一家が離れた後も、こうして親戚がその管理を受け継いでいる。

 

(ここも変わっていないな)

 

脱衣所でかつて住んでいた家の事を懐かしむ箒。

 

そして、不意にこの家を離れた理由を思い出した。

 

(姉さんがISを作らなければ……)

 

と思う箒だが、頭を振る。

 

初恋の相手である一夏と離れ離れになるキッカケとなったのはISではあるが、二度目の恋にして、現在の恋人なる将輝と出会ったのはISのお蔭なのだ。そう考えるとISも憎々しいものではない。

 

そう考えるだけで険しくなりかけていた表情はすぐに緩和する。左腕についている金と銀の一対の鈴がついた赤い紐ーーー紅椿の待機状態を見て、頬を綻ばせる。

 

(けれど、将輝の隣に立つ力をくれたのも姉さんだ。それに将輝を救ってくれたのも)

 

自分の慢心の所為で将輝は今もISの補助を受けて生きている。将輝は気にしていないとは言っていたが、箒としてはやはり気になる。

 

そして福音事件の元凶を知らない箒は自分の尻拭いをしてくれたのは姉である束だと思っている。一度将輝の命を奪ったのもそして救ったのも束である事を箒はまだ知らない。将輝はそれを伝えるつもりはない。どういう形であれ、これを機に二人の中が戻らないかと考えているからである。

 

(あれだけ嫌っていたのに、今は感謝しているなんて、都合が良すぎるだろうな)

 

箒は紅椿の待機状態の腕飾りだけを身につけた姿で浴室に入る。

 

神楽の前に禊ぎである為、本来は川や井戸の冷水を使うのだが、その辺りは結構いい加減にーーーというよりも『続けさせるために緩くする』という先人達の工夫だった。

 

箒が幼い頃に改築したという風呂場は、総檜木のしっかりとしたもので、先月に行った臨海学校で行った温泉宿にも引けを取らない。流石に広さは其処までないが、それでも四人くらいは十分に足を伸ばして入れるだけの広さはある。

 

「ふぅっ……」

 

何年か振りに入る湯船は、やはり昔と同じで心地が良かった。

 

箒の好み通り、湯船には少し熱めのお湯が張られている。

 

その中で体を伸ばすたび、ちゃぷ……と小さな水音が木霊して、どこまでも気分が和らいでいくのがわかる。

 

キメの細かい肌をお湯が滑るたび、じんわりとした安らぎが体全体に広がっていく。

 

暫くの間、ぼうっとその感覚にたゆたっていた箒は、ふと先月の事を思い出す。

 

夜の海、其処で将輝と想いを打ち明け合った時間を。

 

そしてどちらからでもなく交わしたキスを。それを思い出し、指先で唇を撫でる。

 

あの日以来、キスはしていない。

 

したくないわけではない。ただしようと考えると恥ずかしすぎて行動に移せないのだ。

 

将輝もそれを察しているのか、そういうことはせずに普段通りに接している。そのお蔭か、特定の人間以外には将輝と箒が付き合っていることは知られていなかった。

 

(いっそ強引にでもしてくれれば良いのに……)

 

意思を尊重してくれているのは嬉しい。だが、偶には強引に迫ってきてほしいという気持ちもある。多少は抵抗するかもしれないが、結局折れるのは自分であることを自分自身か一番よく知っている。

 

(いかんいかん。何時もならいざ知らず、今日は巫女としての責務がある。雑念は消さねば)

 

それから箒がお風呂から上がったのは実に三十分後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、と。これで準備万端ね」

 

純白の衣と袴の舞装束に身を包み、金の飾りを装った箒は何時もよりもぐっと大人びている。神秘的な雰囲気も纏い、息を飲むような美しさがあった。

 

「口紅は自分で塗れる?」

 

「はい。昔よくしていましたから」

 

「そうよね。箒ちゃん、小さい頃からやってたもんね。神楽舞。う〜ん、あの姿も可愛かったわぁ……」

 

「む、昔の話は……」

 

「うふふ。ごめんなさいね。歳をとるとどうしてもそうなのよ」

 

照れ隠しに表情を引き締めつつ、箒は小指の先で小皿から取った口紅をすっと唇に塗っていく。スティックルージュではなく、昔ながらの口紅を使うのもこの神社のしきたりだ。

 

(良し)

 

鏡を見て、上手く口紅を引けたことに確認をして箒は満足する。

 

昔、母親がしていたのをどうしても真似をしたくて、無理を言って小さい頃から神楽舞をやっていたのは懐かしくも恥ずかしい思い出だ。

 

(それにしても雪子叔母さんの化粧は流石だ。これなら将輝にも……)

 

其処まで思い至って、また箒は一人顔を赤くした。

 

(どうにも最近私は浮かれているな…………理由はわかっているが)

 

叶わぬと勝手に決め付けていた二年越しの恋が予想外にも両思いという形で成就したのだ。直前で諦めていた箒としては反動で浮かれぬ道理がない。

 

ごほんと咳払いをして、再度表情を引き締める。

 

鏡を見てコロコロと表情を変える箒を叔母は楽しそうにしながら祭壇から宝刀を持ってきた。

 

「そういえば箒ちゃん。昔はこれ、一人で持てなくて扇だけだったわねぇ」

 

「い、今は持てます!」

 

その言葉通り、一息で刀を抜いてみせる箒。そして、刀を右手に、扇を左手に持つ。

 

この一刀一扇の構えは古くから『一刀一閃』に由来し、現在も篠ノ之流剣術の型の一つにある。

 

とはいえ、実戦で本当に扇を使うわけではなく、受け、流し、捌き、を左手の得物に任せ、右手で斬り、断ち、貫きを行うという、いわば守りの型の二刀流に近い。他流派では小太刀二刀流の型として呼ばれるものだ。因みに回転剣舞六連が使えたりはしない。

 

「ねえねえ箒ちゃん、扇振って見せてよ。叔母さん、小さい頃のしか見たことないから」

 

「え、ええ。それでは練習も兼ねて舞ってみましょうか」

 

刀を鞘へと戻し、それを腰帯に差す。それは神楽というよりも侍のようだが、少なくとも篠ノ之流はこれが正しい。

 

「では」

 

閉じた扇を開き、それを揺らす。

 

左右両端一対につけられた鈴が、シャン……と厳かに音色を奏でた。

 

練習でありながら、神楽を舞う箒には本番さながらの気迫にも似た雰囲気があり、辺りが突然静かになったような錯覚さえ覚える。

 

扇を右へ左へと揺らしながら、腰を落としての一回転で刀を抜き放つ。そして刃を扇に乗せ、ゆっくりと空を切っていく。

 

それらの様はまさしく『剣の巫女』の名に相応しい厳格さと静寂さを兼ね備えており、幼かった頃よりもぐっと美しくなった箒はそれらを自然に纏っていた。

 

「以上です」

 

「まあ!まあまあまあ!素晴らしいわ、箒ちゃん!ちゃんとここを離れても舞の練習はしてたのね」

 

「え、ええ、まあ………。その、一応巫女ですから……」

 

叔母の喜色満面の笑みに押されて、箒は照れ臭そうにそう告げる。

 

しかし、これに関しては将輝にあまり知られたくはなかった。

 

昔の経験から女らしいことをしているというのは箒にとって軽いトラウマなのだ。

 

絶対にそんなことはあり得ないのだが、もし、らしくないと言われた日には海での時のようにみっともなく泣き出してしまう可能性すらある。

 

(どちらにしても将輝は来ない。だから精一杯、舞を舞うだけだ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れさん、箒」

 

「………」

 

「あれ?箒?おーい」

 

率直に言えば将輝がいた。

 

用事があり、来ないと言っていたはずの恋人の突然の出現に箒は全ての行動を止めて固まっていた。

 

(待て。待て待て待て、おかしい。私は神楽を終えてから軽く汗を拭くついでに巫女服に着替えてお守り販売の手伝いをしにきたら将輝がいた。何故?)

 

「それは俺が箒に会いたかったからって事で流してくれるとありがたいんだが」

 

(心を読まれた⁉︎)

 

混乱のあまり過去回想を始めかけた時、将輝が箒の心の声に返答した事で強制中断させられる。

 

「よ、用事があって来られないのではなかったのか……?」

 

「うん?用事なんてないよ。単に俺が箒の神楽舞を見たかっただけさ」

 

「な、何だそれは⁉︎」

 

「だって俺と夏祭りに来たら箒は神楽舞をしなかっただろ?」

 

「うっ………確かに」

 

箒が手伝いに来たのはあくまで将輝と夏祭りに来られなかったから来ただけなので、将輝が承諾していれば神楽舞はしていない。将輝もそれは勿体無いと思い、罪悪感に苛まれながらも一度は断り、そして神楽舞が終わったタイミングを見計らって箒のいる場所に来た。

 

「それにしても凄く綺麗だった。思わず写真撮っちゃったし」

 

「な⁉︎今すぐ消してくれ!」

 

「何で?」

 

「あ……う……その……は、恥ずかしい……から」

 

「じゃあ残す」

 

「ひ、人の話を聞いていたのか⁉︎」

 

「恥ずかしいってだけじゃ、箒の晴れ姿の記録を消す訳にはいかない。それも箒の恋人としての務めってやつかな」

 

そう言う将輝に箒は顔をボンッと真っ赤に染める。その赤さは巫女装束の袴の色にも匹敵するものだ。

 

「あ、あまり人のいるところで言うな………」

 

「それもそうか。IS学園の生徒がいる可能性もあるし」

 

本来ならばもう少しいじり倒したい所ではあるが、それで偶々来ていたりする学園の生徒にバレると洒落にはなっていないので止める。

 

「箒ちゃん。さっき大声が聞こえたけど何かあったの………あら?」

 

先程の箒の大声が気になりやってきた叔母は、箒の様子と将輝の姿を交互に見るとポンと手を打った。

 

「箒ちゃん。後は私がやるから、夏祭りに行って来なさいな」

 

「いえ、私から手伝うと言った手前、簡単に投げ出すわけには……」

 

「彼が誘いたかった男の子なんでしょ?なら一緒に楽しんできなさい」

 

「で、ですが……」

 

「ほらほら、急いで。先ずはシャワーで汗を流してきてね。その間に叔母さん、浴衣を用意しておくから」

 

箒の反論を許さず、強引に箒の身体を回れ右させて母屋まで押していく。そして、去り際に振り向いて将輝に行った。

 

「ちょっとだけ待っててね。彼女を待つのも彼氏の役目よ」

 

ウインクを送って言う叔母に将輝はサムズアップをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(将輝が来た……これは予想外の事態だ……)

 

頭からお湯を被りながら、箒は先程から突然現れた将輝のことを考えていた。

 

(私の神楽舞を見るためだけに一度は断るなど………落ち込んでいた私がバカみたいではないか。言ってくれれば何時でも見せたというのに……)

 

そう思う箒だが、実際のところは将輝に見せてくれと頼まれれば見せる努力はする。しかし、本番の時とは別の緊張感があり、しくじって落ち込む姿は目に見えている。それ故に将輝はある意味自然体で神楽舞を行う本番の神楽舞を見ようとしたのだ。

 

(それにしても何故将輝は私が神楽舞をするのを知っていたのだ?私が神楽舞をしていた事を知っているのは昔の私を知っている人間の筈だが………もしかして一夏か?)

 

ふとそんな疑問に至るが、すぐに一夏に聞いたのだと自己完結をする。実際は将輝の原作知識にあったことで一夏ですら今日箒が神楽舞をする事を知らなかった。

 

「箒ちゃーん。そろそろ上がってねー。もう二十分経ってるわよー」

 

「ええっ⁉︎」

 

あーだこーだと考えている内に時間が経過している事に気がついていなかった箒は、それから慌てて髪と身体を洗い、しっかりと汗を落とす。

 

上がってすぐにドライヤーで髪を乾かしながら、時間短縮といって浴衣の着付けをしてくる叔母に逆らえず、されるがままになってしまう。

 

「うん。出来た。やっぱり箒ちゃんって和服が似合うわぁ〜。お母さん譲りの髪のおかげかしらね」

 

「ど、どうも……」

 

褒めてくれた事と浴衣を着せてくれた事の両方にお礼を言いながら、箒は何時もとは違う服装に若干の戸惑いを覚えている。

 

浴衣を実に数年振りに着たわけだが、その姿は雑誌のモデルと比較してもなんら遜色ない程の雰囲気と一体感、そして着こなしを見せていた。

 

(こ、これで大丈夫だろうか…?)

 

自分の容姿について自覚がない箒は、そんな自信のない事を考えながら改めて鏡を見る。

 

白地に薄い青の水面模様が付いた浴衣は、アクセントに朱色の金魚が泳いでいる。所々に置かれた銀色の珠と金色の曲線とが、決して派手な自己主張はせず、脇役に徹していて、涼しげな印象と落ち着いた雰囲気とを醸し出していた。

 

「それじゃ、これ持っていってね。お財布とか携帯電話とか、必要なもの色々入れておいたから」

 

そう言って巾着を渡される。

 

何時の間に……というのは最早今更であった。昔から叔母は気の利く人物で、いつも誰かのために何かを用意している。

 

「あ、あの、雪子叔母さん」

 

「なあに?」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

照れ臭そうにいう箒に叔母は少しだけ意外そうな顔をした後、とびきりの笑顔で返した。

 

「どういたしまして。それより、ほら。彼氏をあんまり待たせちゃダメよ」

 

「は、はい」

 

急かされるまま、玄関へと向かう。途中時計を見てみれば時刻は既に六時を過ぎて、外は橙色に包まれていた。

 

「八時から花火よね。ちゃんと二人きりになれる場所に行くのよ?」

 

「え?」

 

「はーい、いってらっしゃーい」

 

聞き返そうとした箒に有無を言わせず、草履をはくなり外に出されてしまっては最早どうしようもない。

 

それになにより、かれこれ約一時間は待たせている将輝が気がかりだった。

 

(いくら将輝でも流石に怒っているだろうか……?)

 

浴衣の裾を乱さないように気をつけながら、それでも出来る限りの早足で神社の鳥居へと向かう。待ち合わせといえば大抵の場合は其処を使うからだ。

 

(将輝は……)

 

「ここにいるよ?」

 

「ひゃあっ⁉︎」

 

多くの人で溢れかえる鳥居で将輝の居場所を探しているとすぐ背後から将輝の声がかかった。またもや突然の出現に思わず箒は変な声を上げてしまった。

 

「い、いきなり声をかけるなっ」

 

「いや、何かこういう方が面白いし、何よりさっきみたいに箒の可愛い反応が見られる。つまり一石二鳥」

 

「私は心臓に悪い……」

 

「そ。じゃあ止める。ああ、それとその浴衣、凄く似合ってて惚れ直した」

 

何でもないように………という訳ではないが、多少気恥ずかしそうにそう言う将輝に箒は数秒遅れで今までで類を見ない程顔を真っ赤にし、危うくのぼせるかというところまで来ていた。

 

「早速色々見て回ろう。夏祭りに来るのは初めてで勝手はイマイチわからないけど」

 

「…………」

 

今にも張り裂けそうな胸の鼓動を抑えるように、箒は左手で自分の胸を手に当てたまま、将輝についていく。その時不意に将輝が右手を差し出した。

 

「?」

 

「これだけ人が多いとはぐれるから」

 

そう言って差し出された手を箒は握る。

 

「で、最初は何処に行く?王道に金魚掬いとか?」

 

「将輝が夏祭りにどんなイメージを持っていたのかは知らないが……………そうだな。金魚掬いも良いな」

 

「そうと決まれば金魚掬いへレッツゴーだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鬱だ……死のう」

 

「落ち着け、将輝。今回は偶々ダメだっただけで次は大丈夫だ………多分」

 

「其処は嘘でも言い切って欲しかったよ」

 

金魚掬いを終えた将輝はやや病んでいた。

 

何せ一匹も掬う事が出来なかったからだ。それは別に将輝が下手過ぎるというのではなく、単に加減を覚えたとは言ってもまだ微妙な力のコントロールが出来ず、いざ掬うとなると腕の振りが強すぎてモナカが破れるのだ。それを五回続けた辺りで将輝は病んでいた。

 

箒も昔は金魚掬いが苦手ではあったものの、それも昔の話のようで将輝がモナカを破っている隣でひょいひょいと金魚を掬っていたのだが、それが将輝の精神ダメージをさらに増やしていた。

 

「まあ来年また来ればいいから別に良いか」

 

「ああ。だが、その時は今回のような嘘は止めて欲しい」

 

「しないさ。というか、次やったら罪悪感で箒に顔を合わせられない……はい、たこ焼き」

 

十個入りのたこ焼きの買った将輝はそのうちの一つに楊枝をさすと箒の口に持っていく。つまり『はい、あーん』の要領だ。

 

「ん、ぐ。うむ、美味しいな」

 

「じゃあ俺も………ん、おお、確かに美味い」

 

「あ……」

 

将輝もたこ焼きを一つ楊枝に突き刺して口の中に放り込む。それを見た箒は一瞬何かを言おうとして押し黙った。

 

(い、今のは間接キスというものでは………将輝は気がついていないようだが……)

 

(そういや、今の間接キスだな。少し前は凄く恥ずかしかったけど、もう直接してるし、それほどだな)

 

箒の予想とは裏腹に間接キスとは気がついているが、将輝は特に気にしていないだけだった。それにそもそも楊枝で間接キスというのは何とも言えないというのもあるが。

 

「次は何処に………ん?」

 

「どうした?将輝?」

 

「いや、あれって一夏とシャルロットじゃね?」

 

「何?…………本当だ」

 

将輝の指差した先、其処には一夏とシャルロット。そして赤髪の少女がいた。

 

「あの浴衣姿の女子は誰だ?」

 

「さあ?わかるのは一夏の被害者っていう事くらいか」

 

実は知っているが、全く知らないといったように話す。知ってはいるだけであり、面識はないのだから。因みに一夏の被害者=苦労する、という図式は万に通じていたりする。

 

「どうする?」

 

「見なかったことに「おっ!将輝に箒!」出来そうになかった。無駄に視野広過ぎるだろ、ワンサマ」

 

一夏と絡むと折角の二人きりの夏祭りが台無しになると思い、静かに立ち去ろうと提案しかけた将輝だが、ここにきて一夏のハイスペック?が発揮され、見事に捕捉された。

 

「奇遇だな、こんなところで会うなんて」

 

「本当、奇遇だよな………俺は会いたくなかったけどな」

 

「そんな酷い事言うなよ。俺達仲間(学園でたった二人の男子)だろ?」

 

「仲間(鈍感+唐変木)じゃねえ…………ダチではあるけどな」

 

「ハハハ、本当、将輝は素直じゃないなぁ」

 

「うっせえ(つーか、何で俺の呟きはバッチリ拾ってんの?女子に対しては『え?何だって?』って言ってる癖に。本当にこいつホモなんじゃねえの。すごく怖いんだけど)」

 

こんな喧騒の中、自分の呟きをバッチリ拾われている事に将輝は何処となく身の危険を感じる。それは単純に一夏の最強コンボ(鈍感+唐変木)が女に対してのみのスキルなので、将輝には発動しなかっただけで、一夏の聴力は比較的高めであるのだが、二人の会話を聞いた三人の乙女は異様な危機感を感じていた。

 

(な、なんだ今のやり取りは………そこはかとなく不純なオーラを感じたぞ。将輝の恋人は私だぞ)

 

(何か付き合い始めたばかりのカップルみたいなやり取りだったなぁ………もしかして一夏は女の子よりも男の子の方が…………そ、そんな事はないよね……)

 

(もし一夏さんの好きな人がこの人だったらどうしよう………シャルロットさんが相手っていうなら可能性はあるけど、男の人が好きなんて言われたらどうしようもないなぁ……)

 

もちろん一夏はホモではない。ホモではない。大事な事なので二回言った。

 

発言の端々に危なさこそ感じさせているが、一夏とて思春期の男子なのだ。男よりも女の方が好きだ。

 

「で、両手に花の一夏くんが俺に何の用だ」

 

「何でキレ気味?いや、シャルと途中で会った蘭と見て回ってたら知った顔見かけたから声かけただけだ」

 

「お前は知ってる顔を見かけたらデートの最中でも声をかけに行くと?」

 

「そんな事はしないぞ。いくら何でもそれはマズいだろ」

 

何言ってるんだ。という表情をしている一夏に将輝は思わず殺意が湧いた。

 

(いくら知らないとはいえ、俺ら夏祭りデート中だっての。ていうか、お前もシャルロットと夏祭りデートしてたんじゃねえのかよ。途中で他の女子入れるか?これじゃあ誰も報われねえなぁ)

 

チラリとシャルロットの方に視線を向けると、シャルロットはお手上げのポーズを取る。シャルロットはシャルロットで既に諦めていた。

 

「ところで一夏。その女子は誰だ?初対面なのだが……」

 

「ん?ああ、蘭の事か。この子は五反田蘭っていって、俺の中学の時の友達の妹だ」

 

「ご、五反田蘭です……」

 

「篠ノ之箒だ」

 

「藤本将輝です」

 

一夏に紹介されて、赤髪の少女ーーー五反田蘭が将輝と箒に頭を下げる。それにつられて二人も頭を下げた。

 

(一夏の奴め、またこんな可愛い子を誑かしたのか。可哀想に)

 

(頑張れとしか言いようがないな。言葉に出して言ったら一夏が食いついてくるから言わないけど)

 

(何か激しく同情されてる気がする⁉︎)

 

二人の憐憫の視線に蘭も何かを感じ取っていた。

 

「そうだ。ここで会ったのも何かの縁だし、五人で見て回ろうぜ」

 

「はぁ?却下」

 

「私も却下だ」

 

「一夏、流石に私もそれは同意できないなぁ…」

 

「え……と、私もそれはちょっと……」

 

四人から一斉に否定された事に一夏は何故と首をかしげる。皆でいた方が楽しいのにとは思いつつ、皆が嫌だと言っているなら仕方ないと頷き、ある屋台に指をさした。

 

「じゃああれだけやろうぜ。五人で勝負だ!」

 

「射的か……私はあまり得意ではないのだが……」

 

「私も苦手で…」

 

「箒はともかく、蘭もなのか?」

 

「私はともかくとはどういう意味だ」

 

「いや、箒は銃よりも剣っていうイメージがな」

 

ギロリと一睨みして、たじろぐ一夏の言い訳を一応は聞き入れる。確かに箒は銃よりも剣のイメージが強いが、先程の発言ではそこはかとなく馬鹿にされていると取られてもおかしくはない。

 

対して将輝とシャルロットとはというと箒や蘭と違いかなり乗り気だった。

 

「射的は得意だから、結構自信あるよ」

 

「元射撃部の実力舐めるなよ」

 

「あれ?将輝って剣道部じゃなかったか?」

 

「あ……いや、あれだ。それよりも前の話だ」

 

「へぇ〜、将輝は射撃をやってたんだ………じゃあ、どっちがより多く景品をゲット出来るか勝負する?」

 

「良いぜ。絶対勝つ」

 

パチパチ……と互いに火花を散らす将輝とシャルロット。想像以上にヒートアップする二人の様相に三人は「大人しくしておこう」と満場一致で傍観する事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局勝負は引き分けだったな」

 

「ある意味、二人の勝利だったがな」

 

「私、目の前で出入り禁止を受ける人なんて初めて見ました」

 

一夏の言う通り、将輝とシャルロットの射的バトルは引き分けで幕を閉じたのだが、その理由が『狙う的が無くなった』からである。つまり、全ての景品を二人で取り尽くしてしまったのだ。これには射的屋の大将も真っ青で二人は出入り禁止を食らうことになった。

 

「調子に乗り過ぎた……」

 

「私もまさかここまで良い勝負が出来るなんて思ってなかったから、つい」

 

両手一杯に景品の入った紙袋を抱えながら二人は苦笑いする。僅か千円で合計一万以上を超える値段の景品を手に入れた二人はある意味では大勝利だった。

 

「荷物邪魔だな。特にこの液晶テレビ」

 

「そう言いつつ、藤本さんがその箱を指二本で持ってる事はツッコミを入れるべきなんですか?」

 

事情を知らない蘭からしてみれば邪魔だと言っている液晶テレビを涼しい顔をして指二本で持っているという光景は異常だった。はたから見ても将輝は超人か何かにしかみえない。

 

「そうだ。五反田さんは家がすぐ近くにあるんだろ?よかったらこの液晶テレビ上げるよ」

 

「ほ、本当ですか?」

 

「家は遠いし、何より全寮制の学校にいるんじゃ持ってても使えないしね」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「後で家まで持って行こうか?」

 

「いえ、お構いなく。おに……兄を呼びますので」

 

何時ものようにお兄といいかけたところでハッとして言い直す。

 

「私もどうしよう……こんなに持って帰れないし……」

 

「じゃあ、シャルは帰りに俺の家に荷物置いていけよ。また取りに来てくれればいいからさ」

 

「悪いよ………って言いたいけどそうさせてもらうね。寮にまで持って行くわけにはいかないし」

 

さりげなーく、一夏の家に行く口実を作れた事に内心でガッツポーズを取るシャルロット。一夏から言い出したこととはいえ、ごく自然にその流れに乗せたことにあざとさが隠しきれない。

 

「さっきの話通り、ここからは別行動な」

 

「おう。また明日」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三人と別れた将輝と箒はあれから色々と屋台を回り、夏祭りを満喫していた。

 

時刻は八時前。花火が始まる直前に二人はとある場所に向かっていた。

 

場所は神社裏の林。夏祭りの花火をみるための秘密の穴場があるのだ。

 

其処は背の高い針葉樹が集まってできているのだが、ある一角だけが天窓を開けたように開いている。

 

それはさながら季節を切り抜いた絵のようで、春は朝焼け、夏は花火、秋は満月、冬は雪と、色とりどり四季折々の顔を見せる秘密の場所だった。知っているのは千冬に束、一夏と箒の四人だけで、今しがた其処に将輝が追加されていた。

 

りぃん、りぃんと虫の音が聞こえる。人気のない林、僅かに吹く風が、夏の暑い空気を退かしていく。

 

若いカップルの二人にとっては其処は周囲から隔離された絶好のスポットなのだ。

 

(よ、良かった。幸い、今は私と将輝しかいない。となるとここは甘えても良いのだろうか……?ダメだダメだ!私は剣に生きる人間だ。腑抜けた事………しかし、それ以前に私は将輝の恋人であるし、そもそも甘えるとは一体どうすれば………)

 

「箒」

 

変な所で思考がつまり、四苦八苦している箒とは裏腹に将輝は彼女の名前を呼ぶとごく自然に自身の唇と彼女の唇を重ねる。突然の行動に箒の思考回路はショートしてしまっていた。

 

「い、いきなり不意打ちでするなっ」

 

「いきなりじゃないと不意打ちにならないだろ。それに今日くらいは別に良いかなぁって思って」

 

「それはどういう……ハッ!ば、馬鹿者!」

 

どういう意味だと聞こうとして箒はとある答えに至った。

 

『若い男女』『人気がない』『二人きり』『良い雰囲気』この項目を満たした状態でしか出来ないこととなるとそれは一つしかない。その答えに行き着いた箒は顔を真っ赤に染めながら、将輝の頭に鋭いチョップを浴びせた。因みにそれは恥ずかしさからくるものであっても、実際の所は嫌がるどころか寧ろ大歓迎だったりする。最もそれは完全に深読みなのだが。

 

「学園だとあんまりベタベタ出来ないしさ。誰も見てない所なら別に良いかなって思ったけど、ダメだったか?」

 

「い、いや、そんな事はないぞ!私も……そうしたいと思っていた」

 

見つめ合う二人はまるで互いに吸い寄せられるように本日二度目の口付けを交わす。

 

そしてそれと同じタイミングで百連花火最初の一発目が夜空に轟音とともに彩られ、二人を照らしていた。

 

「「あ……」」

 

ついでに一足遅れでその場所を訪れた一夏とシャルロットに将輝と箒が付き合っているという事があっさりと露見することになった。

 

十六歳の夏の思い出は、華やかな火に彩られながらも、何処かほろ苦さを残しながら過ぎていくのだった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。