(おおう………どうしてこうなった)
将輝は珈琲を飲みながら、目の前で只管ケーキを食べ続ける眼鏡をかけた少女に内心で溜め息を吐いていた。
水色の髪を肩まで伸ばし、癖っ毛のある髪は内側へと向いている。一見すると儚げな少女を思わせる容姿をしているのだが、それとは対照的に彼女の口は止まることなく、かれこれ十分以上は動き続けている。
ここに至るまでの過程を将輝は思い出す。
ライトノベルや漫画を買う為に立ち寄った書店で、新作を買い漁っていた時、ふと同じ本に手を伸ばしたのがその少女だった。少女は本と将輝を交互に見た後、「来て」と短く告げて無理矢理ここに連れてきたのだが、連れてこられたのはケーキバイキングの店で入るや否や大量のケーキを只管食べ続けていた。
そのギャップに将輝は引きつった表情で彼女を眺めていると彼女はそれを手元にあったケーキに向けられているものと思ったのか、将輝とケーキを交互に見るとスッと将輝の方に差し出した。
「…………あげる」
「いや、別に欲しかった訳じゃないんだけど……」
「そう………おいしいのに」
そう言うと彼女はまたモグモグとケーキを食べ始める。無表情のまま食べ続ける姿には最早一種の愛らしさすら感じるレベルだ。
(箒はともかく、セシリアも鈴もシャルロットもラウラも皆原作から性格は変わってたが…………こっちの変わりようはまた一段と凄いなーーー更識簪)
更識簪。日本の代表候補生の専用機持ちであり、原作ヒロインの一人である。眼鏡をかけているが、これは外部ディスプレイである為、目は悪い訳ではない。だが専用機持ちであるとはいっても、彼女のISは未完成で、その原因は一夏の出現により、彼女の専用機を開発を担当している研究員が白式の開発に回された為だ。その為、原作登場時は極度に一夏の事を嫌っていた。そして彼女はその未完成の専用機を自らの手のみで完成させようとしていた。その理由は優秀な姉に対する劣等感からなのだが、彼女自身も間違いなく優秀だ。
「それで、何で俺は此処に連れてこられたんだい?」
「……貴方は、私と同じ……何故なら貴方は私の半身だから」
「言ってる意味がよくわからないんだけど……ん?今なんて言った?」
「………失われた私の半身。封じられた私の左腕がそう言っている」
(こ、こいつ、もしかして……)
ちらりと将輝は簪の左手を見てみると、左手には白い包帯が巻かれていた。
「……まさかとは思うけど、その眼鏡の事は魔眼封じとか言わないよね?」
将輝は震える指で簪のかけている眼鏡を指差す。外部ディスプレイのものであるとはわかっているが、今の発言から思わず出た言葉だった。それに対して簪は動きをピタリと止めて、ゆっくりと顔を上げるとーーー満面の笑みでサムズアップした。
「………やっぱり貴方は私の半身。よくわかっている」
(寧ろ、わかりたくなかったー!)
簪は最後の一口を食べ終えると口についたクリームを拭うとスッと手を差し出した。
「私の名前は更識簪。真名は考えーーーその内思い出す」
(おい、今考え中って言いかけたぞ。ていうか、めちゃ中二病じゃん)
「私は自己紹介した。貴方もすべき」
「え?でも更識さんは見た所IS学園の生徒みたいだし、俺の事は知ってるんじゃないかな?」
「知っている。けれどそれは人伝て。貴方自身から貴方の事を聞いた訳ではない」
「それもそうだね。俺の名前は藤本将輝」
そう普通に名乗った所で将輝は簪からの期待に満ち溢れた視線に気がついた。無表情であるにもかかわらず、瞳だけは無邪気にキラキラと輝いている。「よろしく」と締め括るだけで良いのだが、その言葉が出ない。そしてその視線に敗北した将輝は過去の過ちを再発した。
「というのは仮の名前で、真の名は別にある。とはいえ、此処で俺の真の名を口にすれば君にも刺客が向けられるかもしれない。いくら君が俺の半身とはいえ、覚醒して間もない上に君の
無駄にドヤ顔で放った言葉に店内は静寂に包まれた。将輝は自分がついうっかりやってしまった事に気がつき、冷や汗をダラダラと流し始めた頃、うわぁという周囲の憐れみの視線とは裏腹に簪一人だけが花のような笑みを浮かべていた。
「……素晴らしい。流石は半身」
「帰らせてはいただけませんか……」
しかし、将輝の願いが叶うとはなく、この後一時間周囲の視線に晒される事になった。
「ということがあったんだ」
「何ともまあ濃い奴がいたものだな」
夕食を食べながら、将輝は今日の出来事を箒に話していた。
「というか、代表候補生はどうしてそうもキャラの濃い奴らばかりなのだ」
「セシリアはマトモなのにな」
「比較的な」
将輝が知らないだけで、セシリアとて普通ではない部分があり、箒はそれを知っているのだが語る事はしない。故にあくまで『比較的』なのだ。
「それでその更識簪という少女はもしや今将輝の後ろに立っている少女の事か?」
「はい?」
将輝は箒の指差した方を見ると、其処には料理の乗ったお盆を片手に静かに佇む簪の姿があった。
「さ、更識さん……?どうしたの?」
「……隣良い?」
「俺は良いけど………箒は?」
「私も構わないぞ。更識さんと少し話がしてみたいと思って……何だそれは?」
簪のお盆に乗っている物を見て、箒は顔を引きつらせた。
何処を見回しても赤色のナニカ。香ってくるナニカの激臭に隣にいる将輝はむせて、涙目になる。しかし、簪はそれを「いただきます」と言って、涼しい顔をして食べ始める。
(こ、この刺激臭………涙が止まらねえ。一体何を入れたらこんな危険物になるんだ⁉︎)
(クッ………見ているだけで胃がキリキリしてきた。しかし何故更識はあんな物を涼しい顔をして食べられるというのだ………)
食べている本人よりもそれを見ている将輝と箒の方の顔色が悪くなっている。因みに半径五メートル以内にいた他の生徒は既に退散している。二人も今すぐに逃げ出したい衝動に駆られるが、同席を容認した手前、それが出来ずにいた。
「………食べる?」
「更識さんは俺に死ねというのか」
「そんな事はない………これはまさしく至高の料理」
「それを料理と形容していいのか……というか、更識さんはよくそんな一級危険物を口にして涼しい顔をしていられるな。一体どんな鉄の胃袋をしているのだ?」
「え?えと……あの……」
簪は箒に投げかけられた疑問にわたわたとし始めるが、レンゲを置いて、左手を胸に当てて、何かをぶつぶつと呪文のように呟いた後、静かにこう告げた。
「出来れば………話しかけないでください」
(最初の返答にして最上級の拒絶だー⁉︎)
「あ、別に貴方の事が嫌いだとか、吊り上がった目が怖いとか、やたらと大きい胸がウザイとかじゃないんです。ただ、話しかけられたくないというか、その………ごめんなさい」
「…………」
なんのフォローにもなっていない上に気にしているところを突っ込まれた箒は傷心を通り越して、最早病んでいた。
「…………私は生きている価値が有るのだろうか……?」
「生きている価値有るから!落ち着いて!頼むから命を絶とうとしないで!」
「確かに死ぬ必要はない………その無駄に大きい脂肪だけなくなれば……」
「いや、それも良いところだから!何さらっと削り取ろうとしてるの⁉︎ていうか、君どんだけ嫉妬してるんだよ!」
「……嫉妬なんてしていない。あんなの脂肪のかたまり」
「脂肪のかたまりとか言っちゃダメ!箒気にしてるんだから!それに俺は大きい方が好きだから問題ない!」
女子がいる中でのその発言は明らかにセクハラなのだが、箒が簪が言葉を発するたびに精神的ダメージを負っているため、気にしている余地はない。因みに周囲では巨乳の女子達が脈ありとテンションを上げ、貧乳の女子達がこの世の終わりとばかりに絶望していた。
「とにかく、私は話しかけないで欲しいだけで、其処に他意はない」
「俺は?」
「例外」
「俺以外は?」
「嫌………でも今後例外が増える可能性もある」
(凄まじいまでのコミュ症だな。大丈夫なのか、代表候補生)
将輝は最早苦笑する事しか出来なかった。余談だが、この後箒を立ち直らせる為に二時間を要した。