「そんな訳でまーくん、生徒会副会長就任おめでとー‼︎」
パン、パパン!とクラッカーの音が生徒会室に響く。
朝、生徒会副会長就任を果たした将輝はIS学園の制服ではなく、燕尾服であった。もちろん自ら望んだ事ではなく、束による半ば強引な手段の所為だ。
将輝としても最近は燕尾服に慣れてしまい、人知れず燕尾服を気に入っていたりもするが、決して口には出さない。そんな事を言えば確実に束やヒカルノに弄られるのはわかっているからだ。
「それにしても、本当に副会長に就任する羽目になるとは……」
「不服か?」
「嫌というか、問題というか………」
自身が未来から来た人間である以上、将輝は何かしらの形で自身がいた形跡を残したくはなかった。過去改変の危険性は介入し過ぎたせいで免れず、剰え全く原作とは関わりのない人間にまでその存在を認識されてしまったのだ。少しどころか、かなり問題があった。
「まあ、これが一番丸く収まるやり方だったんだろ?文句はないさ。これからよろしく頼むぜ、織斑会長?」
「やめてくれ。今まで通り、名前で良い」
「了解」
今日は生徒会のみで就任パーティーを行うと教師に言った為か、この部屋に依頼の話は送られて来ず、将輝達は他愛もない話をしながらも買ってきたケーキを頬張りながら、紅茶を飲んでいる。
そんな時、不意にヒカルノが口にした。
「私達、変わったよな」
「確かにな。少し前までなら、このような状況は考えられなかった」
ヒカルノの呟きに静も同意する。
「将輝がここに突然現れて、未来人だと知らされて、掃除に無理矢理付き合わされて、その流れで四人で生徒会の仕事をし始めた、そして」
「一緒になって、テロリストから学園を守った。少し前なら、全員バラバラに行動して、おそらく被害者なしでは解決出来なかった」
「案外、まーくんは私達を繋ぐ為にこの世界に飛ばされてきたのかもね〜」
「飛ばしたのはお前だけどな…………まあ、そういうのも悪くない」
そんな雰囲気に将輝はこの世界に来て初めて、安らぎを感じていた。
「はぁ……はぁ……疲れた……」
生徒会室に着くなり、将輝は上着を脱ぎ捨て、椅子に座る。
疲弊しきった様子の将輝に千冬達は首をかしげる。
将輝は別に仕事を終えてきたわけではない。それどころか、今来たところだ。急いでくるように連絡をした覚えもない。だというのに、将輝が疲れているのは昨日の千冬の発言が原因だった。
「千冬………頼むから昨日の話は無しにしてくれ……」
「昨日の話?」
「三日間、俺を襲っていいってやつだよ」
昨日。千冬は将輝の強さを感じたいのであれば自ら挑戦しろという将輝の生徒会副会長就任に反発する五パーセントの女子達を納得させるべく、生徒会長権限で将輝を襲う事を三日間限定で承認した。結果将輝は寮の部屋を出て、ここに来るまでの間に八名の女子に襲われた。全員腕には自身のあるものばかりで、おまけに格闘技や武道を嗜んでいる。それらが一斉に襲ってきたのだ。とはいえ、将輝は特に苦戦する事はなかったのだが、彼女らを倒した後が問題だった。倒したメンツはこぞって、将輝の強さに惚れ込み、弟子入り懇願してくる羽目になったのだ。将輝はそれに追い回され、何とかして生徒会室に逃げ込み、今に至るというわけだ。
「良かったではないか。これでまた支持率が上がったぞ?」
「その内、副会長じゃなくて、会長になるんじゃないか?」
「おー、そいつはわりかしありかもしれないぜ。織斑と交代するか?」
「会長だなんて勘弁してくれ…………人の上に立つような人間じゃないんだ」
人の上に立つには必ず才能が必要だ。
それが善政であれ、悪政であれ、その者達はそうする事の出来る才能がある。それ以外の者は一度は人を統べる事に成功しても、長くは続かない。才能がない故だ。
「そういや、束は?」
「タバネん?まだ来てにゃいぞ?」
「束なら、おそらくラボだろう。「まーくんを副会長にする為にわざわざ話したくもない奴等と話したから疲れた」と言っていたぞ。それにあいつは将輝が未来に帰るための装置を造っている途中だからな」
「そうか。不安だったけど、ちゃんと造ってくれてるんだな」
もしかしたら束は全く手をつけていないのでは?と悪い勘ぐりを入れていた将輝はそれを聞いてホッとする。もし「ごっめーん!まだ手をつけてなかったー☆」と言われれば、束の頭は壁に減り込んでいるだろう。
「ところで、今日の仕事は?」
「ああ、実はだな………」
千冬は後ろの箱の中から縦一メートル程ある書類の束を机の上にドンと置く。
「……それ全部に目を通せと?」
「まさか」
手を横に振る千冬に将輝はホッとするが、返ってきたのはより酷い答えだった。
「全部お前の貸し出し申請だ」
将輝は思わず目眩がした上にずっこけた。
凄まじい書類の束の中から選ぶのが怠かった俺は取り敢えず律儀に一番上から仕事をこなしていくことにした。仕事が終われば次の仕事を千冬に転送してもらう。我ながらいい手だと思う。
「まずは………野球部の練習の手伝いからか」
「よろしくお願いします!副会長」
「ていっても、俺野球はあんまりやった事ないぞ?」
「副会長の身体能力の高さを持ってすれば、問題ないと思います!」
問題しかないと思う。いくらスペック高くても経験には勝てない部分というものがあるはずだ。
「あー、じゃあ、取り敢えず一通り投げてみてくれる?」
「はい!」
俺はキャッチャーの後ろで投球練習を観察する。十五球を投げた辺りで、大体わかったのでバッターボックスに立った。
「行きますよ〜」
「おう」
投げてきたのはストレート。おそらく、此方が初心者である事を伝えたからであろう。百三十五キロくらいと部員から聞いた。憑依前の俺ならかすりもしない速さだが、今の俺には止まって見える。
全力でバットを振ると、球が勢い良く飛んで、遥か彼方に消えた。
「次、宜しくね」
「は、はい」
スイッチが入ったのか、変化球を混ぜて投げてくるが、結果は全て場外ホームラン。だって、俺パ○プロ方式ならパワーカンストしてるし、当てれば入るんだからもうチート。これでは練習にならないとピッチャーに行くことになった。
全力で振ると肩が外れるので、軽く、本当に軽〜く、全身を使って投げる。
キャッチボールくらいの間隔で投げるので、コントロールは余裕だ。全力だと下手すると大怪我するかもしれない。
投げた球がミットに入るとやけに良い音がする。何か本当に野球選手になってるみたいで感慨深いものがあるな。それにしても………
「バット振らないと練習にならないよ?」
「副会長……もう少し加減してくれませんか?速すぎて手が出ません」
「これでもかなり加減してるんだけど………」
「え?」
「え?」
因みにスピードガンの表示は150kmだったらしい。チート万歳。
その後、変化球の握り方を教えてもらって、見よう見まねで投げたらもの凄い事になったり、変な魔球を開発したりして、二時間が過ぎた。
「ありがとうございます、副会長!お蔭で良い経験になりました!」
「そう?何か途中から俺も楽しんでたから、役に立てたかわからないけど………まあ、夏の大会が終わるまで付き合うよ」
女尊男卑のこの世界では女子野球も甲子園はあるし、プロ野球も男子と扱いは同じだ。その点だけは俺も女尊男卑の風潮を評価してもいいと思っている。まあ平等になれば一番良いんだけどな。
因みにIS学園野球部は一年生だけのメンバーにもかかわらず、甲子園を制覇する事になるのを俺はまだ知らない。
「思いの外、時間かかったな………次は……空手部の組手相手か」
「押忍!宜しくお願いしますッス!」
「時間効率も考えて………一人頭十分かな。それでいい?」
「はい!副会長と組手が出来るなんて恐悦至極ッス!」
それは些か言い過ぎな気もするけど、まあいいか。
「じゃあ一人目」
「では、キャプテンの私からッス!」
あ、君キャプテンだったんだ。何か話し方があれだったから、普通の部員かと思った。
「せい!」
「良い突きだね。鋭いし、力も乗ってる」
「はっ!」
「蹴りもいい塩梅の威力だね。なかなか強いね、キミ」
「あ、ありがとうございますッス!」
とはいえ、全部いなしているけどな。いやあ、ISとの同化が終わった後も続かないかなこれ。そうしたら、その分無茶も出来るし、リスクも減るんだけど。
「あの……反撃してもらえないと困るんスけど……」
「あ、ごめん。そら」
俺は掌打を放つが、キャプテンの目の前で止める。やはり反応出来ないか。
「ま、取り敢えず当面の目標は俺に攻撃を当てる事。その次は反応する事かな。上から目線みたいで悪いけど、それが出来たら全国も狙えると思うよ」
「は、はいッス!」
「さて、次の人は……」
はじめに決めた一人頭十分の時間を守りつつ、俺は彼女達の組手相手を務めた。半チート化してるから、殆ど俺が遊んでいるような形になった為、彼女達は何人か自信を無くしていたが、俺は特殊な環境にいたからこうなったと説明したら、立ち直ってくれた。
後にこの空手部も個人団体共に全国優勝を果たす事になり、主将の子は敵の攻撃を全ていなし、防御をすり抜け攻撃を当てる様から『空手界のニュータイプ』と実しやかに囁かれる事になる。
合計で三時間が経過したというのに、まだ俺は二つしか依頼を終われていない。おまけに先程した二つは継続的なものなので、解決したとは言い難い。
千冬に簡単なものはないか?とメールを送ったら、荷物運びとその目的地である職員室にいる教員達から先日の事件についてのレポート作成の用紙を受け取って、生徒会室に帰って紅茶を淹れてお菓子を用意した後、生徒会室に置いてある束の書いたISについてまとめられた用紙を再度職員室に持って行って、其処から学園長の話し相手をするという、時間はあまりかかることはないが、かなり面倒くさい内容だった。
だった。
俺は指示通りにスマートに仕事を終え、最後に学園長のいる場所に着いた。
「失礼します」
「いらっしゃい、藤本副会長」
重厚なドアを開いて学園長室に入った俺を迎えいれたのは穏やかな顔をした初老の男性。
頭は総てが白髪で、顔にも年相応の皺が刻まれている。けれど柔和なその表情からはやり手というよりも近所の優しいお爺ちゃん的な雰囲気がある、
「初めまして。私は轡木十蔵です。よろしくお願いしますね」
「これはご丁寧にどうも。俺……いや、私は藤本将輝です。短い間ですが、よろしくお願いします」
「そうかしこまらなくていいですよ。私は藤本くんと話がしたいだけですから、楽にして下さい」
歳上だし、凄い人だから敬意は払ったほうが良いかと思ったんだけど。本人がそう言うなら楽にさせてもらおう。
「それで話というのは、世間話?それとも………」
「世間話ですよ。気を張らなくて結構です」
「それを聞いて安心しました」
「では、先日の事件のことですけど……」
おおう………それも世間話に入るのか。いやまあ確かに。世間じゃその話題で持ちきりですけどね。そんなどストレートに聞いてくるとは思わなかった。
「世間では彼等のことを唯の反IS派の過激派組織と捉えられているんですよ」
「理由は構成メンバーが全員男だから……ですね」
「ええ。ですが、私はもっと大きなナニカが絡んでいると捉えています。もし彼等が唯の反IS派の過激派組織だけであるなら、ISを盗もうとする必要はありませんからね」
反ISを掲げるなら強奪ではなく破壊のはずだ。それに学園内の施設を破壊しなかったことや学園の生徒である千冬や静は狙わず、俺と真耶だけは普通に殺しに来た。学園の生徒には死なれる訳にはいかないが、それ以外は問題ないようだった。となると彼等にとっては操縦者も研究者も総じて必要なのだ。おそらく優秀な人材もそのまま拉致するつもりだったのだろう。
「それにね。織斑会長から聞きましたが、藤本くんはどうやら彼等の事を知っている節があると……」
「…………小耳に挟んだ程度ですが。何分、親がその手の関係者なもので」
もちろん嘘だ。うちの両親だってそんな事は知らない。まあ、バレる事はないだろうし、知りたいのはそんな事じゃないだろうからな。
「詳しい事は知りません。知ってるのは彼等が『裏の世界』で暗躍する秘密結社である事とかなり大規模である事くらいです」
これは本当だ。あいつらに関しては原作でも殆ど語られていない。お蔭でこいつら相手には原作知識が殆ど通用しない。常に後手に回るしかない。
「して、その組織の名前は?」
「
「亡国機業……ですか。やはり聞いた事がありませんね」
「憶測の域を出ませんが、奴等はこれからもここを襲撃する可能性が高いですので、防衛システムの向上を進言させてもらいます」
「それならば私よりも篠ノ之くんや篝火くんに言ったほうが良いでしょう。私達ではそれをするのに最低でも一年はかかってしまいますからね」
「それは重々承知しています。ですので、学園長からは『この学園を改造する許可』をいただきたい」
そもそも一般人が作った程度なら、突破されかねない。束に関わらせるとなると、防衛システムの穴を突きたい放題にされるが、どうせ他の人間がやっても同じ事だ。俺の帰りが遅れる事になるが………まあ未来の為になるし、この際それについては目を瞑るしかない。
「いいでしょう。生徒達の安全が一番ですからね」
「ありがとうございます」
これが終わってからでも束とヒカルノに連絡しておこう。合法的に改造出来ると聞いたら、あいつら嬉々として改造しそうだな。防衛レベルがどの国家よりも高そうだ。無敵要塞IS学園ってな。
「もうこんな時間ですか。世間話をするつもりでしたが、仕事の話になってしまいましたね」
十蔵さんは腕時計を見てそう呟く。俺もそれにつられて携帯に表示された時間を見ると時刻は八時を過ぎていた。そういえば腹減ってきたな。
「此方としてはこの話を自ら持ち掛ける手間が省けて何よりです」
「そういえば、藤本くんは紅茶を淹れるのが上手と織斑くんから聞きました」
「ええ、まあ。得意というか、勝手に上達したというか」
そりゃ四六時中やらされてりゃ、上手くもなるな。ていうか、文句言われるの嫌だったから、色々調べたんだけどね。
「また今度、美味しいお菓子を用意しますので、紅茶を淹れてくれますか?」
「ええ。近い内に。そう長い期間、ここにいる訳ではないので」
「そうですか。私としては貴方には彼女達と共にこの学園を良くしていただきたかったのですが」
「それは無理です。本来俺はここにいるべき人間ではないので。では失礼します」
俺は十蔵さんに一礼した後、学園長室を後にする。
妥協はするが、流石にこの世界を根本的に覆すような事はしない。何より、このまま行けば俺という人間が二人存在する事になる。
結局憑依するかどうかは知らないが、もし何かの間違いでそれが起きれば寸分違わず同一人物となる。それは問題とかそんなレベルの問題じゃない。付け加えるなら、自分の分身が箒とイチャついてるのを見るなんて御免被りたい。
結局この日、俺は生徒会の仕事を終わらせる為に日付が変わるまでする羽目になったのだが、二十分の一しか終わっていないという事実に頭を抱えることになった。