将輝が過去に飛ばされて早二日が経過した頃。
大してする事のない将輝は自室に篭り、今の時代のIS学園の教科書に目を通していた。
内容は第二世代や第三世代IS、モンド・グロッソの事などを差し引いてはあまり内容は変わらず、おそらく省かれているであろう文章なども多数見受けられた。
現在、このIS学園に二年生、三年生は存在しない。
IS学園が設立されたのが、今年の春で、その年の中学三年生しか、ここを受験出来ていないからだ。各国は何としても競争を制する為、その年の優秀な上位五名を選出し、このIS学園に送り込み、何とかして頭一つ分抜け出そうと躍起になっている。しかし、篠ノ之束が日本人であり、また将輝と束以外誰も知りはしないが、『白騎士』の搭乗者たる織斑千冬が日本にいる時点で、競馬で言えば日本は十馬身差、或いはそれ以上の差をつけているので、無駄なあがきとしか言いようがない。
「それにしても暇だな……」
本来ならそろそろ夏休みに入って羽を伸ばしている筈にもかかわらず、兎の所為で半ば強制的に引きこもりをさせられている。普通の男子高校生なら現状に不満を持ってもなんらおかしくはないし、将輝とて不満はありありだった。しかし、文句を言ったところでそうそう変わる事はしないのが現実でもあった。
だが、そんな時、部屋をノックする人物がいた。
「どーぞ」
「失礼する」
入ってきたのはIS学園の初代生徒会長である織斑千冬。現在、将輝の監視役と世話係を兼用している現時点で間違いなくIS乗りとして世界最強の少女。
普段は朝昼晩の食事を運んでくる時にしか来ないのだが、今は午後四時。晩御飯を食べるには些か早い時間だ。それを疑問に思った将輝が問いかけるよりも早く、千冬が口を開いた。
「藤本。今暇か?」
「暇以外の何者でもない。退屈過ぎて死にそう」
「そうか。それは良かった。では、私についてきてくれ。暇なお前にちょうどいい仕事があるんだ」
退屈さをアピールする将輝についてくるように促す千冬。する事がなさすぎて困り果てていた将輝は本当にちょうど良かったと彼女の言う通り、その後ろをついていった。
「用があるのはここだ」
千冬の立ち止まった部屋のプレートには『生徒会室』と表記されている。
因みにここはIS学園の寮の中ではなく、校舎の中。
ここに来るまでの過程で、将輝はすれ違う女子達の視線に晒された訳なのだが、それは自分達のいる学園の女子達とは違った。
侮蔑、嘲笑、恐怖といった様々な負の感情が入り混じった視線。大抵の事には慣れていたつもりではあったものの、そういった感情に対して気が滅入るのは人として当然の事だろう。
将輝の時代のIS学園の女子達は幼少期からIS学園に入学するため、女子しかいない学校での生活をした事もあり、男子には興味津々ではあったが、この時代は違った。
男を見下しているか、それとも苦手意識を持っているか、どちらにしても好意的なものはほとんど無い。わかってはいたことだが、それでも辛いものは辛い。幸い、千冬が一昨日話した通り、何かしら適当な理由をつけて説明した事によって、教員を呼ばれて捕まる事はなかったが、遠巻きに視線による攻撃は受けていた。
千冬はノックせずに入り、将輝もそれに続く形で入る。
生徒会室を見た将輝の第一印象はーーーーーゴミ屋敷だった。
散らかり放題の無法地帯。紙くずと書類の混じった山に、溢れかえったゴミ箱。机の上にも当然ながら色んなものが散乱し、床には空き缶とペットボトルが転がっている。最早それを部屋と呼んでいいのかすら疑問に思うレベルだ。
「な、何だ……コレ」
なるべく表に出さないように言ったつもりではあったが、その声は引きつっている。それ程までに酷い。
「俺が呼ばれた理由はなんとなくわかったが…………」
ちらりと千冬の方を見てみると顔を逸らす。
「………掃除をする努力はしてみたのだが」
居心地が悪そうに言う千冬に将輝は納得したように頷く。
基本的に完璧超人である彼女ではあるが、家事に関しては全く出来ない。それどころか手を出す前よりも酷くなるのだ。故に弟である一夏が家事に秀でるという未来型ハイスペックイケメンに拍車をかける形となったのだが。
「まあ暇つぶしも兼ねて、やってみ「あー!死ぬかと思った」うわっ⁉︎」
早速手近なゴミ山に手を乗せた時、その中から勢いよく少女が現れた。
深緑色の髪の毛を無造作に伸ばした切れ長の目の女子。学園の制服の上から白衣を着ており、服越しにもわかる女性特有の膨らみは真耶に勝るとも劣らないものだ。頭の上にはスポーツサングラスを乗せていて、目の下には浅いが隈ができていて、口からは特徴的ともいえる犬歯を覗かせていた。
「生徒会室を墓場にする所だった…………おんや?君誰?」
積まれた紙の山の中から上半身だけだしている少女は見た事のない男子が目を白黒させて固まっている事に疑問を投げかけた。
「そいつが昨日集会で話した男だ」
「へぇ、君が堅物生徒会長織斑が連れ込んだっていう男かい?」
「連れ込んだなどと人聞きの悪い事を言うな」
「ま、概ね変わらないからいいじゃないか。よろしく、私の名前は篝火ヒカルノ、この生徒会で会計やってる」
「あ、ああ。よろしく」
「んん?いきなりゴミ山から美少女が現れたもんだから、緊張してるのかい?」
「いや、そういう訳じゃないけど………」
確かに将輝はいきなり積まれていたゴミ山から人が出てきた事にも驚いたが、何より驚いたのは彼女の容姿とその名前だ。
篝火ヒカルノ。
原作において倉持技研第二研究所の所長を務めていた女性。白式の持つデータから『次世代量産機計画』を進めていた人物でもある。は束と同様、イマイチ人物像が掴めない人物であり、束には劣るまでも彼女もまた天才である。彼女曰く『織斑千冬と篠ノ之束とはただの同級生』と言っていた為、将輝はまさか彼女が織斑千冬の在籍する生徒会に存在するとは露ほどにも思っていなかった。
(単に過去に飛ばされただけかと思っていたが、平行世界のってオチか?いや、まだわからない。そもそも俺が存在している時点で正史とは異なっている筈だから、こういう事もあるか)
「そういえば、君の名前を聞いてなかった。名前は?」
「藤本将輝だ」
「なかなかイカした名前だね。ところで君の着ているその服趣味か何かかい?」
「………成り行き上、着ざるを得ないだけで、趣味じゃない」
「そりゃまた災難な事で」
とは言っているものの、ヒカルノは面白そうにクククと笑いを噛み殺している。
「それで?何しにここに?」
「暇してるから、掃除を頼まれたんだ。特に断る理由もないしな」
「そいつはありがたい。そろそろガスマスクを着けようかと考えてた所だ…………よっと」
ひょいっと積まれた紙の山から飛び出るヒカルノ。その際に山を崩して、さらに散らかすが気にも留めず、そそくさと部屋から退散していった。
「一応聞くけど他の生徒会メンバーは?」
「私と束、篝火と「やれやれ、相変わらず空気が淀んでいるな。ここは」来たようだ」
千冬同様、ノックもせずに入ってきた女子に将輝は先程以上に驚くと同時に一瞬目眩がした。
腰まで伸ばされた綺麗な黒髪にやや吊り上がった瞳。熱いのか、羽織っているだけの制服。下に着ているのはISスーツである為、体の線がくっきりとわかり、彼女もまた豊かなものを持っている。もちろん驚いたのはそんな事ではない。
「黒桐…………先生」
「何故私の名前を知っている。また、ストーカーの類いか」
何を隠そう将輝の目の前に立っているのは中学時代の保険医黒桐静その人であった。
人の関係とは妙なところで繋がっていると何処ぞの誰かもいっていたが、流石にこればかりは誰にも予測不可能だった。というか、そもそも将輝は彼女が千冬達と同期である事を知らなかった。
「やれやれ、この学園に入学してからはパタリと止んだが、まさか不法侵入してまで、付きまとう馬鹿がいるとは」
「俺はストーカーじゃありません。知人と似ていたものですから、ついうっかり」
「そうか。私のこの手が光って唸っていたのだが……」
「俺を倒す輝きとか叫ばないで下さい」
「うむ。お前はいい奴だな、私は黒桐静だ、書記をしている好きに呼ぶといい」
「(手の平返すの早っ⁉︎ネタが通じただけでどんだけ友好的になってんだ、この人。ギャルゲーならエンディングまで持って行くのに一時間かからないな。というか、他のルート選ぼうとしても勝手に信頼度上がってこの人のルートに強制的に持っていかれるオチだな)よ、よろしく、俺は藤本将輝」
「将輝か…………魔装機神はどうした?」
「サ○バスターなんて使えないぞ、あいにく」
何となく言われそうな事の予想がついていた将輝はすぐにそう返すと、静は嬉しそうに何度か頷く。何せ、このIS学園にそういった少年漫画やロボットアニメのネタが通じそうな相手がおらず、今の今までネタを挟もうものなら全員首を傾げていた。静のストレスの三割はこれが原因だったりする。そしてそれを無意識下で解決していた。
「巫山戯るのはここまでにして。お前が織斑の言っていた男子なのだろう?基本的に寮の部屋から出てこないと聞いていたが、何故ここにいる?」
「掃除を頼まれたんだ。この有様だとかなり時間かかるけど」
「それはありがたい話だ。まあ見ればわかると思うが、この生徒会には掃除が出来る奴なんていないからな」
「だから俺が引っ張りだされたっていうのもわかった。埃一つなくっていうのは無理だけど、綺麗にするくらいならなんとかなる」
「では、私は邪魔だな。ここは将輝に任せるとしよう」
くるりと踵を返して、生徒会室を後にする静。千冬に続く二人目の教員であった人物を相手にした為、掃除を始める以前から既に疲労を感じていると、静が来てから黙っていた千冬が口を開いた。
「…………驚いた。まさか出会ってすぐに親しくなるとは」
「親しくなってるかどうかはわからないな。まだ軽く話しただけだし、織斑もあれぐらいはするだろう?」
「いや、私はあの二人と殆ど話した事がない」
「?同じ生徒会なのに?」
「ああ。…………………私も出よう、いても邪魔になるだけだ」
一拍開けてそう言った千冬も同じように生徒会室を後にする。変に間をおいた事を疑問に思いつつも、取り敢えず掃除へと取り掛かった。
三話目投稿時点でまだ二日しか経ってない…………。
最早これだけでSS投稿出来るレベルの量になりそうです。
後、黒桐先生と織斑先生の口調が被ってて、なかなか辛い………自業自得ですけどね。