つい、書きたいところを書いたので「終わったー!」と思ってたら、よくよく考えたら、まだ千冬と束の対話とか、ナターシャの事とか書いてませんでした。
というわけで、正真正銘原作三巻はこれで終了です。
それではどうぞ。
「紅椿の稼働率は絢爛舞踏も含めて四十二パーセントかぁ。まあ、起動して間もないし、こんな所かな。気になるのは夢幻の方だけど………」
空中投影ディスプレイを操作して、夢幻のデータを表示しようと試みる。だが、それはすぐに『ERROR』の表示へと変わる。もうかれこれ三十回は試している行為に束は溜め息を吐いた。
「う〜ん。やっぱり繋げないなぁ。コアが嫌がってるのかな?そういうのは聞いたことないけど、お母さんとしては子どもが独り立ちしたみたいで嬉しいなぁ」
独り立ちというよりも反抗期のような気もするが、それも悪くはない。生みの親である束にとって、自身の作り出したものが想定外の進化を見せる事は何より嬉しい事だ。その気になれば、無理矢理従わせる事も可能ではあるが、そうしないのはやはり自身の作り出したものに愛を感じているからだ。
「それにしてもまーくんにはびっくりだね。色々副作用があるみたいだけど、本当にISと同化出来るなんて、これなら近い将来男がISを動かすのが当たり前になりそうだね。其処のところ、どう思う?ちーちゃん」
岬の柵に腰掛けたまま、足をぶらぶらとさせていた束は顔を向けずに、背後の森から音もなく姿を現した千冬へと話しかける。千冬は近くの木にその身を預けると淡々とした口調で答えた。
「どうだろうな。ISを動かせない男とISを同化させた所で、結局ISは起動せず、生まれるのは欠陥品の
「まあ、そうだろうね。十中八九」
わからない風に質問をしたにしては返ってきた答えを肯定する束。普通に考えればわかることだ。ISを起動させられない男がIS同化してもそれはISを起動出来るようになったという訳ではない。結果として生まれるのは人でもISでもないナニカだ。試す価値はあるかもしれないが、束としては成功失敗に関わらず、有象無象の男に我が子と同化させる事などごめん被りたい。
「束。二、三質問させてもらう」
「わお、唐突だね。ま、いいよ。だってちーちゃんからのお願いだからね」
「お前は藤本と何時から面識があった?」
「なんでそんな事を聞くのかわからないけど……………中学の頃かな。箒ちゃんを見てたら、面白い子がいるなぁ〜って思って、ちょっかい出してみたのが始まりかな。その後もちょくちょく絡んでたけど、ちーちゃんが思ってるような関係じゃないよ」
嘘をついている素振りを見せない束に千冬は将輝の言っていたことが本当であったと納得する。しかし、それが本当であれば、納得出来ないこともあった。
「いやぁ〜、本当に面白いよね、あの子。無人機の時も、VTシステムの時も、そして今回も、対応が誰よりも早かったよね。まるで、全部わかってたみたいに」
「………そうだな」
「本当に超能力者か何かなのかな?未来予知とかしてたりして」
と冗談交じりに言う束だが、その実、心の中では本当に将輝が何者なのか気になっていた。もし、将輝が本当に超能力者なら、それはそれで一向に構わない。そうなれば自分や千冬に匹敵する存在になり得るし、退屈なこの世界を面白くしてくれるかもしれない。それ以外だった場合は自身の想像を超えたナニカである可能性がある為、それもありだ。
「ねぇ、まーくん貰ってもいい?」
「却下だ」
「ちぇ、残念だなぁ」
とは言っているものの、大して残念そうな素振りは見せない。ダメ元というよりもそもそも断られる事前提として聞いていたようだ。
「質問を続けるぞ。お前は本当に一夏や藤本がISを動かす事が出来ているのか、わかっていないのか?」
「ん〜?まあね。どうして白式や夢幻が動くのか、私にもわからないんだよね。こと、まーくんに至っては初めて起動させた時は細工なんてしてないし」
束の言葉に千冬は眉を顰める。束は今しがた『まーくんは』と言った。ということは『一夏は』初めてISを起動させた時に何かしら細工を施したという事になる。もちろん、それは可能性の問題として、千冬自身も考えてはいたが、遠回しとはいえ、こうもあっさりと本人が認めるとは思ってもみなかった。
「私の憶測だけどね、ちーちゃん。彼、色々気付いてると思うよ」
「それはIS学園に入ってからの事件のことか?お前の言う『細工』の事か?それともーーー」
「全部だろうね、困ったなぁ」
と言っているその表情は今までのように無邪気な笑みではあるが、その中にあった何処か退屈そうな雰囲気は抜け落ち、その変わりに新しい玩具を見つけた子どものような果てなく、そして残酷なまでの好奇心の色が宿っていた。けれど、束の表情は千冬から見える事はなく、束もすぐにその表情を潜める。例え見えずとも、雰囲気で気付かれるからだ。伊達に世界最強で親友ではないという事だ。
「ちーちゃん。私からも質問いいかな?」
「何だ?」
「今の世界は楽しい?」
「そこそこにな」
「そうなんだ。私はーーー」
岬に吹き上げる風が、一度強く唸りを上げた。
その風の中、何かを呟いて、突然と忽然と束は消えた。
千冬は親友の去り際の一言に、溜め息を吐き出す。
その口元から漏れる息は、潮風に流れて消えた。
翌朝。生徒達は朝食を終えて、すぐにIS及び専用装備の撤収作業に当たる。
そうこうしているうちに時刻は十時を過ぎており、作業を終えた生徒達はクラス別のバスに乗り込む。昼食は帰り道のサービスエリアで取るとの事だった。
座席に腰掛けた将輝は来る前とは違い、何処か晴れやかな様相で窓の外を眺めていた。
「将輝。何か良いでもあったのか?」
「一応な。今回の臨海学校は人生の幸福と不幸を同時に味わったぜ」
「不幸ってのはわかるけど、幸福ってなんだ?」
「そのうち分かるさ」
そう言って将輝は通路を挟んで反対側の席に座っている箒を横目で見ると、どうやら向こうも此方を見ていたらしく、目があった途端に顔をボッと赤くして、視線を窓の外にやった。
「俺が言い出して何だけど、違和感あるな。将輝のその口調」
「元々これが俺の口調だ。まあ、時間が経てば慣れるさ」
今朝、ISの補助のお蔭で何事もなく食事が出来るようになっていた将輝はいつも通りの話し方で一夏達と話していた。その時に一夏に『その口調って何か他人行儀っぽいから、福音と戦ってた時みたいな口調の方が良くないか?』と言われ、それにセシリア達も同意し、こうしてある意味では素の口調で話している。女子達も突然口調の変わった将輝に驚きはしたが、すぐに適応した。十代女子の適応力に驚かされるばかりだ。
「ところで、将輝と箒って喧嘩でもしてるのか?朝からぎこちないけど」
「いや喧嘩なんてしてないが、心当たりはあるな。教えないけどな」
「そうか。まあ、喧嘩してないならいいや」
特に追及する事はなく、話も途切れた時、それと同じタイミングで車内にブルーのカジュアルなサマースーツを着た二十歳くらいの金髪の女性が入ってきた。
「ねえ、藤本将輝くんっているかしら?」
「はい、俺ですけど」
来る時に酔った事もあって、帰りは一番前の席に座っていた事が幸いし、将輝は素直に返事をする。
すると金髪の女性は谷間にサングラスを預け、目線を合わせるように腰を低くする。
「ふうん、貴方が……」
女性はそう言うと、将輝を興味深そうに眺める。それは品定めをしているという訳ではなく、単なる好奇心から観察しているといった感じだ。
「初めまして、藤本将輝です。ナターシャ・ファイルスさん」
「あら、私の事を知っているの?」
「なにぶん、ISを動かす前までは技術者としての道を選ぼうと思っていましたから、国家代表はもちろん代表候補生やテストパイロットの方も大半知ってますよ」
「そう。博識なのね。じゃあ、私が『銀の福音』の操縦者って事は知っているかしら?」
「………いえ、それは初耳ですね。驚きました」
「本当なら、お礼の一つもしておきたいところだけど、貴方のガールフレンドが怖いから、やめておくわね」
「そうしてくれると助かります。俺も後が怖いですから」
箒やセシリアの視線に苦笑したナターシャはひらひらと手を振ってバスから降りる。それに将輝も肩をすくめて、手を振り返した。
(流石に初日から他の女性に何かされるのは御免だからな。かなり適当な事言ったけど、まあいいか)
そんな事を思いながら、将輝は旅館で売られていた耳栓(¥500)とアイマスクを装着し、眠りについた。
バスから降りたナターシャは、目的の人物を見つけるとそちらへと向かう。
「どうだった?お前を助けた貴公子は?」
「見た目よりもずっと大人びてましたね。精神年齢は私より高そう」
お蔭でサプライズプレゼントが潰されちゃった、とはにかんで見せるナターシャに千冬はやれやれと溜め息を吐く。男が来てからというもの、何かと心労が絶えない日々を送っている。
「それより、昨日の今日で動いて平気なのか?」
「ええ、それは問題なく。ーーー私はあの子に守られていましたから」
ナターシャのいう『あの子』とは、つまり暴走によって今回の事件を引き起こした福音の事だ。
「ーーーやはり、そうなのか?」
「ええ。あの子は私を守る為に、望まぬ戦いへと身を投じた。強引なセカンド・シフト、コア・ネットワークの切断………何よりあの子は私の為に自分の世界を捨て、その手を血で染めてしまった」
言葉を続けるナターシャは、さっきまでの陽気な雰囲気など微塵も残さず、その体に鋭い気配を纏っていく。
「だから、私は許さない。あの子の判断能力を奪い、全てのISを敵に見せかけた元凶を。何よりも飛ぶことが好きだったあの子から翼を奪った相手をーーー私は許しはしない。必ず追って、報いを受けさせる」
福音は、そのコアこそ無事ではあったが、暴走事故を招いた事が原因で今日未明に凍結処理が決定された。
「あまり無茶な事はするなよ。この後も、査問委員会があるんだろ?暫くは大人しくしておいたほうがいい」
「それは忠告ですか?ブリュンヒルデ」
「アドバイスさ。一人の教師のな」
「そうですか。それでは、大人しくしておきましょう………暫くは、ね」
一度だけ鋭い視線を交わしあった二人は、それ以上の言葉なく互いの帰路につく。
またいずれ。
そんな言葉が、二人の背中にはあった。