「作戦完了ーーーと言いたいところだがな。お前達は独自行動により重大な違反を犯した。帰ったらすぐ反省文の提出と懲罰用の特別トレーニングを用意してやるから、そのつもりでいろ」
「………はい」
激戦を終えた一夏達の迎えは、それはそれは冷たいものだった。
到着するや否や、ISを展開したまま、将輝は束に連行され行方知れず。
一夏達は腕組みで待っていた千冬にこってり絞られて、勝利の感覚さえも朧げだ。
そして今は全員正座。かれこれこの状態が三十分も続いていた。日本人である一夏や箒はこれといって苦ではないのだが、セシリアやラウラはこう言った事に慣れておらず、怪我のことも相まって顔色が見る見る内に悪くなっている。
「あ、あの、織斑先生。け、怪我人もいますし、この辺で……」
「ふん……」
怒り心頭の千冬に対して、真耶はわたわたとしながらも説得する。その姿はさながら猛獣を手なづけようとしている飼育員のようだ。それにこうして一夏達を叱っている傍で真耶は救急箱を持ってきたり、水分補給パックを持ってきたりと大忙しだ。
「じゃ、じゃあ、一度休憩してから診断しましょうか。ちゃんと服を脱いで全身を見せて下さいね。ーーーーあ、だ、男女は別ですよ!わかってますか、織斑君⁉︎」
もちろん、そんな事は言われなくてもわかっているので、一夏は水分補給パックを受け取るとそそくさと退散する。
体を考慮してぬるめの温度にされているそれに一夏は感心しつつ、口にする。
「ってて……口の中切れてるな、これ」
口に含んだ瞬間に口の中に走った痛みに一夏は顔をしかめる。おそらく福音の攻撃を受けた際に自身の歯で切ったものであると思い、夕食に出てくるであろう刺身のわさび醤油は止めておこうと考える。
ぴしゃりと閉じられた襖に背を預けた状態で深く溜息を吐いた。
色々あったが、今回の戦いは結果的に誰も死なずに済んだ。
考えなければならない事は山程ある。けれど、一夏の心にはある一つの事しかなかった。
(もっともっと強くならないとな。誰も傷つかなくて済むように、皆を護れるくらい強く………)
今回の事件。
一夏は終始自身の非力さをこれでもかというくらい痛感させられた。
もし自身が最初の時点で福音を打倒していれば。そう考えなかったといえば嘘になる。将輝が時間稼ぎをすると口にした時も、意識不明の重体であると知った時も、福音が第二形態移行して追い詰められた時も、何度もそれが脳裏をよぎった。
それなりに強くなったと思っていた。けれど、現実は将輝が来なければ、誰かが命を落としていたかもしれない。それが自分なら構わない。しかし、彼女達や将輝がそうなるのだけは御免被りたかった。
故に一夏は決意した。
これ以上、誰も犠牲にせず、全てを護り通せる力を手に入れようと。
例え、その果てに自身が命を落とす事になったとしても。
ざあ……ざあ……。
「ふうっ……」
海から上がった箒は軽く息を吐く。
食事の後、箒は軽い休憩を取ったのち、旅館を抜け出して夜の海へと繰り出していた。
時刻は既に就寝時間をとっくに過ぎており、教員に見つかれば間違いなく怒られるにもかかわらず、彼女が海に泳ぎに来ていたのは落ち着かないからだ。理由は言わずもがな将輝の事だ。
束に連行されて以降、その容態は箒の耳には届いてきておらず、千冬に問うてもわからないという返事が返ってきた。
一見、何事もなかったかのように振舞っていた将輝ではあったが、怪我の状態を箒は知っている。
故にあれが一時的なものである事は簡単に想像出来たし、それを考慮して束が有無を言わせず半ば強制的に連行していったのもわかった。その点では箒は姉である束に感謝をしていた。
けれど、未だに何一つ報告してこないことには僅かながらに苛立ちと焦燥感を募らせていた。
そうこう考えている内に落ち着かなくなり、こうして頭を冷やす事も兼ねて泳いでは見たものの、依然として頭の中からその考えが消えることはなかった。
(本当に大丈夫なのだろうか。もしかしたら………)
其処まで考えて頭を振る。
どうしても悪い事ばかりを考えてしまう。何せ、一度は悪い事が起きてしまっているのだ。もしかしたらと最悪の事態を想像してしまうのは仕方のない事だ。
如何にかそれを頭の中から消し去ろうと再度泳ごうとした時、後方から声が聞こえる。
「あんまり泳ぎ過ぎると身体がもたないよ?一応激戦の後なんだしさ」
その声に肩をぴくりと震わせて、恐る恐る振り向くと、其処にはまるで怪我などなかったかのように普通に立っている将輝の姿があった。
「やぁ、箒。元気そう「将輝!」うわっ⁉︎」
将輝の姿を確認するや否や、箒はその元まで走り、抱きついた。将輝はそれを何とか踏ん張って受け止めようと試みるが、足下が海のサラサラした砂である為、踏ん張りきれずにそのまま押し倒される形となった。
「良かった………本当に良かった………」
そう言いながら、箒は強く、確認するかのように只管強く抱き締める。この辺りで優しく抱き締め返すことも出来れば良かったのだが、今の将輝はそれどころではなかった。
(や、柔らかい感触ががががが⁉︎⁉︎⁉︎)
自身の腹部に押し付けられた柔らかい二つの感触に鼻血が出そうになるのを堪え、箒の肩を揺さぶる。
「ほ、箒?取り敢えず離れてくれない?話したい事もあるしさ」
「…………う、うむ。わかった」
仕方なし、といった様子で離れる箒。将輝は倒れたことで服についた砂を手で払いつつ、今の自分の状態について話し始めた。
「皆には織斑先生を介して話してもらうつもりだったけど、箒には言っておくよ。率直に言うと、今の俺は機械の補助無しじゃ生きていけないんだ」
「⁉︎」
「あ、ここで一つ補足説明をすると、正確には怪我がほぼ治るまでの間だから、一生という訳ではないよ」
「そ、それを先に言ってくれ………」
補足説明を聞いて、箒はホッと胸を撫で下ろす。もし本当に将輝の身体が機械無しには生きていくことの出来ないものになってしまったとなれば、それは一生をかけても償いきれない。将輝は例えそうだったとしても、箒を責める事はしないし、そもそもその事を誰にも言わない。言ったとしても精々千冬くらいのものだろう。
「ということで、現在の俺は即興で擬似的にとはいえ、ISと同化してる訳なんだ。ここで注意してもらいたいのが………」
「ん?ちょっと待て。今ISと同化してると言わなかったか?」
「うん、そう言ったよ」
あっけらかんと何でもないように言う将輝。だが、対する箒はそれこそ目が飛び出そうになるくらい驚きに目を剥いた。
「人とISが同化⁉︎どういう理屈だ、それは!」
「その辺りは本人に直接聞いてくれると助かるよ。俺も理屈はわからないからね」
本人とは当然ながら、姉である篠ノ之束の事を指す。
将輝自身も束から告げられた時は心底驚いたが、それと同時に納得もしていた。怪我の具合は自身がよく理解している。はっきり言って福音を倒した時、これで終わったなと思った。それは戦いがという意味もあるが、それ以前に自身の命がというのを指しての事だ。故に束が此方の返答も聞かずにあれよあれよと進めたのは正解だったといえた。
「それで話は戻るけど注意点だ。ISと同化している俺は当然エネルギーを完全に失えば、その補助を受けられなくなって二分程度で死に至る……らしい。だから、当分ISの模擬戦も実戦も出来ないんだ。それから二つ目。ある意味これが本題ではあるんだけど………」
キョロキョロと周囲を見渡し、手頃そうな石を拾うとそのままーーーー握り砕いた。
「力の加減が出来ないみたいなんだ。後、痛覚もかなり鈍くなってて、今の石を砕いた所為で手の甲の骨も砕けたけど殆ど痛みを感じない。本当ならかなり痛いはずなんだけどね。ま、悪い所ばかりじゃないよ。動体視力も反射速度も上がってるし、傷の治りも一般人と比べるとそこそこ高くなってるから」
「………すまない」
「箒が謝る必要はないさ。俺が勝手にした事だから、責任は俺にある訳だし。それに前に言ったと思うけど俺はーーー」
「わかっている。篠ノ之箒の全てを護りたいのだろう?」
「我ながら恥ずかしい事を言ったとは思ってたけど、まさか箒も覚えてたなんて」
まさか覚えてはいないだろうと高を括って言おうとしたのを先に言われて、将輝は気恥ずかしそうに頬をかく。
「覚えているさ」
その約束があったから、箒は自ら立ち上がることが出来たのだから。
「話は変わるけど、ちょっと目を瞑ってくれない?」
(目を瞑る?………ハッ!こ、こここここれはもしや……!)
箒はそれしかないと妙な確信を持つと自然と高鳴る鼓動を感じつつも、目を閉じる。しやすいようにする為なのか、顔は僅かに上に向けている。
将輝が目の前まで近づいくるのを感じ取ると、胸の高鳴りは一層増す。いつ来るのかとドキドキしながら待ち続けてみるが、それは一向に来ない。変わりに首に何か細く冷たいものが当たっている感触がした。
「もう目を開けても良いよ」
言われて箒は目を開ける。そして首にかけられているネックレスに触れる。
「女子がどんな物を気にいるのかわからなかったから、こういうのを選んでみたんだけど、どうかな?」
「もしかして……覚えていてくれたのか?」
「もちろん。忘れる筈がないよ、箒の誕生日は」
とは言ったものの、日付は既に変わってしまっているので彼女の誕生日は既に昨日の話だ。しかし、そうだったとしても、この誕生日プレゼントだけはすぐに渡したかった。
「一夏からは新しいリボン貰ったの?」
「うむ、よく気づいたな。食事の後に一夏から渡されたのだ」
やはりというべきか、一夏は原作と同様に箒にはリボンを渡している。将輝はそれに被らないようにあえてネックレスを選択したのだが、それは正解だった。
「と、ところで将輝。は、話は変わるが………」
「うん?」
「ま、まま将輝は、す、好きな女子はいる……か?」
先程よりもさらに激しくなる胸の鼓動。声もかなり上ずって、後の方はやや声が裏返ってしまった。けれど、そんな事は気にならない。ただ、将輝の返答のみに集中する。
「あー………えっと、その………何か凄く言い辛いんだけど……」
そういう将輝の視線は何度も虚空を泳ぎ、気まずそうに言葉を詰まらせる。 その反応を見て、箒は一つの結論に至った。
(やはり、将輝はセシリアが……)
当然だ。散々迷惑をかけた挙句、自身のせいで死にかけたのだ。それを考慮すれば、彼を慕い、献身的に尽くしているセシリアの方が誰の目から見ても魅力的だ。箒はそう思い、納得した。
「……やはり言わなくても良い。お前の答えはわかった」
「そうなの?やっぱりバレてたんだ。恥ずかしいね」
朗らかに笑う将輝を見て、箒は想いが溢れ出そうになった。けれど、それはしてはいけないと寸前まで出かけていた言葉を飲み込み、俯いたまま、そそくさとその場から立ち去ろうとする。このままこの場にいれば、我慢など出来る筈がないから。
「あれ?箒?帰るの?バレてる上であれだけど、俺の口からも直接言いたいんだけど」
「………良いんだ。それはセシリアに言ってやれ」
「ん?どうして其処でセシリア?……………………もしかして、箒ストップ」
「嫌だ」
「そ。じゃあ、ほいっとな」
将輝は三度目になるお姫様抱っこをして、去っていく箒を無理矢理引き止める。突然の出来事に箒は自身の表情を将輝に晒してしまう。驚きに目を見開いた瞳には涙が滲んでいた。
「何で泣いてるの?」
「ち、違う!これは目に砂が入っただけだ!」
そう言って、目を擦るが涙は止まることなく、ただ溢れ続ける。そしてそれに同調するかのように嗚咽も漏らし始めた。
「何が悲しいのかはわからないけど、せめて泣き止むまで一緒にいるよ?」
(やめてくれ………優しくされてしまったら、私はまたそれに縋ってしまう。いっそ突き放してくれ、でないと私はこの想いを断ち切れない……………誰かの恋人になってしまったとしても、私はそいつから奪ってしまいたいと思ってしまう。だから止めてくれ)
「……………私だって………将輝の事が好きなのにぃ……」
「え?」
無理だった。どれだけ押し殺そうとしても、秘めたる想いを堰きとめる事など箒には不可能だった。それは耳をすませなければ聞こえない程のか細い声だったが、波の音しか聞こえないこの場においてはそれは将輝の耳に届いた。
将輝は大きく何度も深呼吸をし、数秒瞑目した後、その想いに応えた。
「俺も…………箒の事が好きだ」
「………え?」
今度は箒が聞き返した。
あり得ないと思っていた言葉が、そうであってほしいと願っていた想いが将輝の口から発せられたからだ。もしかしたら聞き間違いなのかもしれない。自身の幻想なのかもしれないと問い返そうとするが、それよりも先に将輝が噛み締めるように言った。
「中学の時から、俺は箒の事が好きだ。それはこの学園に来てからもずっと変わらない。だから、俺と付き合ってくれ、篠ノ之箒」
「…………………………………はい」
溢れ出す涙と止まらない嗚咽の所為で、箒が返せたのは短い返事だけだった。けれど、将輝にはそれだけで十分であるし、それは箒も同様だ。
そうして二人は互いに引き寄せられるように長い長い口づけを交わした。
少し離れた位置。
そんな二人を見守るように見ていた二人がいた。
「………良かったのか?これで」
「良かった…………とは言えませんね。出来れば、あの場所にはわたくしがいたかったというのが、本音です。ですが、それと同時に将輝さんが幸せであるなら、それで良いと思っています」
「諦めるのか?奴のことを想っているのはセシリアも同じだろうに」
「ラウラさんはどうなのですか?織斑先生の手前、ああは言ってましたけど」
「間違ってはいないさ。私は藤本将輝に好意を持っているわけでは無い…………と思う。おそらく教官に向けている感情と同じものだと思っている」
珍しく、はっきりとしない物言いにセシリアは少し驚いた素振りを見せる。ラウラ自身も自分らしくないと「忘れてくれ」と短く告げる。
「それとわたくし、諦めるつもりはありませんわ」
「その方が実にお前らしいな」
例え彼が誰かと結ばれたとしても、彼を想う気持ちは変わる事はないのだから。
原作三巻終了。そしてオリと箒がくっつきました。
これは当初から考えていた事で、話の流れがどうなってもこの展開に持って行くつもりでした。
オリは現在一時的にISと同期しましたが、クロエもしているので、一月半位の一時的なものであれば出来る…………筈という作者の独自解釈でしています。もちろん副作用で、痛覚麻痺に力の加減が難しい、IS戦は文字通り命懸けというクロエよりもかなり制約付きのものです。
まあ、それで結果的に一時人外化してるんですから、副作用といえるかわかりませんが。
次回は夏休みの第四巻です。乞うご期待。