今回、始まりは将輝視点でのスタート。
深い意味はあるといえばあるし、ないといえばない。
そんなこんなで短めですがスタート。
スローモーションの世界で、俺ーーー藤本将輝は箒をかばうように前に躍り出た。
視界を覆い尽くす程の光弾が一斉に俺の半身へと降り注ぐ。
エネルギーシールドでは相殺しきれないほどの衝撃が何十発と続き、ミシミシと骨が悲鳴をあげる。同様に悲鳴をあげる筋肉、アーマーが破壊され、熱波で肌が焼けていく。
飛びそうな意識を此方に繋げたのは、一夏の叫びでも、箒の絶望したような顔でもなく、単にISの操縦者保護機能だった。
「………逃げろ」
瀕死の俺の口から出たのはそんな言葉。何方が逃げた方がいいかなど誰の目にも明らか。けれど、今ここで俺が逃げる訳には行かなかった。
一夏と箒はともにエネルギー切れ。肉体的に何のダメージは見られないまでも軍用ISと戦闘するには危険度が高過ぎる。対して俺はシールドエネルギーを越えての肉体的ダメージは計り知れない。左半身が麻痺して、ISは先程から操縦者生存危険を警告している。だが、俺のISはエネルギーがまだ残っている。それは気休め程度の代物ではあるが、戦闘をするには俺の方がリスクは低い。死ぬかもしれないがな。
「織斑先生、作戦失敗です。一夏と箒をそっちに帰します」
『藤本。お前はどうする気だ?』
「時間を稼ぎます。多分、こいつは目の前の敵全部落とすまで止まらないですからっ!」
福音が再度《銀の鐘》を発動し、全方位攻撃を作動させる。避けたいのは山々であるが、俺の後ろには一夏と箒がいる以上、其処から動くわけにはいかず、何とか全弾斬り払う。相変わらず土壇場になるとISの性能が上がっているかのような気がする。今までは人の精神次第で決まるなんて面倒極まりないと思ってたが、今となってはありがたい仕様だったといえる。
はぁ………まさか俺がこんな役回りをするなんてな。結局、憑依者なんてこんなものなのかな。
「一夏、箒、ここは俺に任せて逃げろ」
「し、しかし……っ!」
「その傷じゃ……」
「あはははっ、俺は全然大丈夫。後で絶対帰るから」
無理矢理笑顔を作るが、二人とも納得した様子を見せない。
「いいから逃げろ。出来るだけ早く、頼む、一夏」
俺の意識が持つのはISのエネルギーが切れるまで。切れてしまえば、俺はこの太平洋のど真ん中に沈むだろう。自分ではどのくらいの傷を負っているかわからないけれど、ISの警告音から察するにかなりの重傷である事はわかる。
「……………絶対帰ってこいよ、将輝」
「約束する」
「な⁉︎何を言っているんだ、一夏‼︎こんな状態の将輝を一人置いて行けるわけないだろ⁉︎」
「……………一夏。連れて行け」
「ああ」
一夏は俺の言葉に頷くと何かを言っている箒を担いでその場を離脱した。帰るだけのエネルギーはあったのか。こんな時、一夏があんな奴で良かった。変に聞き分けのない主人公だと「俺も戦う」とか阿呆なこと言い出して、俺の死に物狂いが滅茶苦茶になるからな。
逃した一夏と箒の後を追おうと身を低くした。やらせるわけないけどな。
「おいおい、こちとら命賭けてるんだ。逃した方を追いかけようとするなよ、てか、戦意のある方を無視するなっての!」
福音の追撃を妨げるように剣を振るう。全く操縦者が危ないってのに、ISの方は今までで一番元気な気がするな。
ここに来て性能が飛躍的に上がった夢幻に驚きながらも、俺は福音を足止めすべく《無想》を振るう。しかし、性能は上がっても操縦者の反応速度は落ちているし、攻撃も大振りなので、結局の所先程と大差ない。それどころかスペックに振り回されているようにも見えるだろう。事実、今の俺は夢幻を扱いきれていない。
《無想》の一撃を紙一重でかわした福音が《銀の鐘》ではなく、普通に回し蹴りを左脇腹に叩き込んできた。俺は傷を蹴られて呻き声を漏らすが、それでも構わず斬り返した。すると福音の翼に僅かではあるが、傷が入る。
「危険度A。目の前の敵機を優先して撃破します」
抑揚のない機械音声でそう告げる福音。良かった、これでこいつは俺を落とすだけで一時的に止まる。
そう思うと緊張の糸が切れたのか、今まで気にならなかった痛みが一気に襲ってきた。そのせいで視界は歪み、福音を視認することもままならない。何とかハイパーセンサーで福音の姿を捉えた時には既に何もかも遅かった。
目の前で大きく翼を広げた福音は全砲門を俺へと向けるとそれを一斉に放った。
あーあ、ちくしょう。こんな事なら告白しとくんだったなぁ。
そう思った次の瞬間、俺の肉体は光の弾雨に包まれた。
箒を将輝に任された一夏は無言のまま、教師陣や専用機持ち達の待つ場所へと降り立った。
「将輝さんは何処に……」
真っ先に異変に気がついたのはセシリア。その質問に一夏は顔を背けるしかなかった。
誰の目から見ても重症。本当なら戦えるような状態ではなかったであろう傷を負いながら将輝はあの場に残った。自分達を逃す為、苦痛に苛まれながらも笑顔を持って無事を伝えた。
「……何処へ行く。織斑」
「将輝を……助けに行きます」
「行ってどうする?」
千冬の言う通り、行ったところでどうしようも出来ない。エネルギーは底をつき、ここまで帰ってこられたの奇跡と言っても過言ではなかった。何処へも怒りを向けられず、ただ一夏は拳を地面へと叩きつける。
誰かを護りたい。幻想的な理想に一夏は憧れを抱いてきた。ISを動かせた時、戸惑いこそしたが、心の底では嬉しさがあった。何の力も持っていなかった一夏にISという絶大な力は理想を叶える為の力を与えた。未熟ではあったが、それなりに強くなってきたのではないかと徐々に思い始めてもいた。誰かを護れるのではないかと思っていた。
「巫山戯るなよっ!何が護るだ!結局………また護られたのは俺の方じゃねえか……っ!」
自身の強さは儚かった。結局、また護られた。護りたいと思っていた友に。友は言っていた「お前は強い」と。けれど今の一夏はそんな事は思えなかった。一体俺の何処が強いのかと、瀕死の友人すら護ることが出来ず、その友人を大切に思う人の涙すら止める事は出来ない自身に力などあるはずがないと。
「ッ⁉︎これは……」
その時、ラウラが驚愕に目を見開き、千冬へと話しかける。
「……何?それは本当か?」
「間違いありません。これは夢幻のIS反応です」
「オルコット。ISの使用許可を認める。藤本を救助してこい」
「了解しました……っ!」
セシリアは涙を拭うとブルー・ティアーズを展開し、将輝がいるであろう海域へと向かっていった。
(何で何も言わないんだ…………一番俺に文句を言いたい筈なのに……)
罵倒される覚悟はあった。何を言われても仕方がないと思っていた一夏だが、セシリアは涙こそ流したが、一夏にも箒にも何も言わず、ただ将輝のいる海域へと向かっていった。横を通る時も見向きもしなかった。
「織斑、篠ノ之。お前たちは部屋で待機していろ」
千冬にそう言われて一夏は言い知れぬ虚無感を抱いたまま、教員室へと戻っていった。