時刻は十一時半。
七月の空はこれでもかとばかりに晴れ渡り、容赦のない陽光が降り注いでいる。
砂浜では将輝、一夏、箒の三人が僅かに距離を置いて並んで立ち、一度目を合わせて頷いた。
「出てこい、夢幻」
「来い、白式」
「行くぞ、紅椿」
全身がぱあっと光に包まれ、ISアーマーが構成される。それと同時にPICによる浮遊感、パワーアシストによる力の充満感とで全身の感覚が変化する。
「箒、よろしくね」
「俺もよろしく頼む」
「本来なら女の上に男が乗るなど私のプライドが許さないが、今回だけは特別だぞ」
作戦の性質上、将輝と一夏は箒に移動の全てを任せる事になる。それ故二人は背中に乗る形になる。
それを最初に聞いた時、嫌そうにしていた箒だが、今は何故だか妙に機嫌がよかった。
(しかし、大丈夫なんだろうか……?)
箒の専用機は、使い始めてからまだ一日も経っていない。いくらあの篠ノ之束がパーソナライズとフィッティングをしたからといっても、操縦者の方はまだ未熟と言え、一夏の心配は当然と言える。
「それにしても、偶々私たちがいた事が幸いしたな。私たちが力を合わせれば出来ない事はない。そうだろう?将輝?」
「偶々………ね。そうだね。けど、用心はしておいてね。相手は軍用ISだから、一筋縄じゃいかないだろうから」
「無論わかっているさ。ふふ、どうした?怖いのか?」
「怖い……確かに怖いのかもしれない。もし誰かが怪我をするって考えたら怖くてしょうがない」
「心配するな。お前達を運んだ後は私もしっかり援護に回る。大船に乗ったつもりでいろ」
やはり何処か浮かれ気味に話す箒に将輝は何かを言いかけて止めた。それはなんとなく彼女の気持ちがわかるからだ。だから其処は自分がカバーしていけばいい。そう思っていた。
『織斑、藤本、篠ノ之、聞こえるか?』
ISのオープン・チャネルから千冬の声が聞こえる。将輝と一夏と箒は頷いて返事をした。
『今回の作戦の要は
「了解」
「織斑先生、私は状況に応じて二人のサポートをすればよろしいですか?」
『そうだな。だが、無理はするな。お前はその専用機を使い始めてからの実戦経験は皆無だ。突然、何かしらの問題が出るとも限らない』
「わかりました。出来る範囲で支援します」
箒の返事は一見落ち着いたもののようだが、やはり口調には喜色を含んでいて、何処か浮ついた印象を受けてしまう。其処に将輝のプライベート・チャネルに千冬からの通信が入った。
『ーーー藤本』
「はい」
『どうも篠ノ之は浮かれているな。あんな状態では何かを仕損じるやもしれん、いざという時はサポートしてやれ』
「俺じゃなくて、一夏に言わないんですか?」
『あれには他の事を考えさせるとミスをするからな。それにーーー』
「それに?」
『いや、なんでもない。頼むぞ』
「了解」
それから再び千冬の声がオープンに切り替わり、号令がかかった。
『では、始め!』
作戦開始。
箒は二人を背に乗せたまま、一気に上空三百メートルまで飛翔した。
そのスピードは白式の瞬時加速と同等か或いはそれ以上。さらに上昇を続ける紅椿は夢幻と白式という荷物を乗せた状態にもかかわらず、ものの数秒で目標高度五百メートルに達した。
「暫時衛星リンク確立……情報照合完了。目標の現在位置を確認。将輝、一夏、一気に行くぞ!」
箒はそう言うなり紅椿を加速させる。脚部及び背部装甲が展開装甲の名に相応しくばかりと開き、其処から巨大なエネルギーを噴出させる。
「見えたぞ、二人とも!」
「!」
「来たか…」
ハイパーセンサーの視覚情報が自分の感覚のように目標を映し出す。
目標は『銀の福音』に相応しく全身が銀色をしている。
そして何より異質なのがら頭部から生えた一対の巨大な翼。本体同様銀色に輝くそれは、大型スラスターと広域射撃武器を融合させた新型システムなのだ。
(資料にあった多方向同時射撃って、一体どんな攻撃なんだ)
ともあれ、考えている暇はない。高速で飛翔するそれを追いながら、一夏は《雪片弐型》を将輝は《無想》を握りしめた。
「加速するぞ!目標に接触するのは十秒後だ。集中しろ!」
「ああ!」
「了解……!」
スラスターと展開装甲の出力をさらに上げる箒。その速度は凄まじく、高速で飛翔する福音との距離をぐんぐんと縮めていく。
「うおおおおっ!」
零落白夜を発動。それと同時に瞬時加速を行って間合いを一気に詰める一夏。
行ける、そう思ったその時
「なっ⁉︎」
福音は、なんと最高速度のまま反転、後退の姿となって身構えた。
一度態勢を立て直す事を考えた一夏だが、それでは遅すぎると判断し、一気にケリをつけにいく。
「敵機確認。迎撃モードへ移行。《銀の鐘》、稼働開始」
オープン・チャネルから聞こえたのは抑揚のない声。けれど其処には明確な『敵意』を感じ、一夏はぎくりとする。
ぐりん、といきなり福音が身体を一回転させ、零落白夜の刃を僅か数ミリの精度で避ける。それは慣性制御機能を搭載しているISであっても、かなり難度の高い操縦であるが、それを福音の銀の翼が可能にさせていた。
「はあああっ!」
将輝が箒の背から降り、瞬時加速と共に福音へと斬りかかるが、それもひらりと紙一重でかわされてしまう。
二人掛かりだというのに福音は踊っているかのような動きで躱すと、それに見事なまでに翻弄された一夏の残り時間に焦った大振りの一撃を躱した際にできた隙を見逃さない。
銀色の翼。スラスターでもあるそれの、装甲の一部がまるで翼を広げるかのように開く。
しまった。そう思った時には既に遅く、一斉に開いた砲口を一夏に向かわせる為、翼を前へと迫り出す福音。次の瞬間光の弾丸が撃ち出された。
「やらせないっ!」
撃ち出された光の弾丸から一夏を護るように将輝が躍り出る。高密度に圧縮された羽のような形をしたエネルギーを将輝は全て打ち落とす。そしてその間に態勢を立て直した一夏が入れ替わりで福音へと斬りかかる。
「箒!左右から同時に攻めるぞ。左は頼んだ!」
「了解した!」
一夏と箒は複雑な回避運動をしながらも連射の手を緩めない福音へと、二面攻撃を仕掛ける。
けれど、二人の攻撃はかすりもしない。福音はとにかく回避に特化した動きで、その上同時に反撃までしてくる。特殊型ウイングスラスターは、その奇抜な外見とは裏腹に実用レベルが異常に高い代物だった。
「一夏!私が動きを止める‼︎」
「わかった!」
言うなり、箒は二刀流で突撃と斬撃を交互に繰り出す。しかも、腕部展開装甲が開き、そこから発生したエネルギー刃が攻撃に合わせて自動で射出、福音を狙う。
(あっちもあっちだけど、こっちも相当化け物だな……!)
さらに箒は紅椿の機動力と展開装甲による自在の方向転換、急加速を使って福音との間合いを詰めていく。この猛攻にさすがの福音も防御を使い始めた。
「はあああっ‼︎」
いける、そう思って雪片を握りしめる一夏だが、其処に福音の全面攻撃が待っていた。
「La………♪」
甲高いマシンボイス。その刹那、ウイングスラスターはその砲門全てを開いた。その数、三六。しかも全方位に向けての一斉射撃だ。
「やるなっ……だが、押し切る‼︎」
箒が光の光弾の雨を紙一重でかわし、追撃をし、隙が出来たその時、一夏はあるものに気がつき、福音とは真逆の直下海面に加速しようとする。だが、その前に将輝の怒号が飛んだ。
「そっちは俺がやる!お前は福音の方へ行け!」
言葉通り、将輝は直下海面へと全力で向かい、密漁船へと放たれた光弾を斬り払った。
(良し、これで……!)
フラグは折った。そう確信した将輝だった。
しかし、イレギュラーは起きた。将輝という異分子を持ち込んだこの作戦にさらなるイレギュラーが舞い込んだのだ。
本来なら一隻である筈の密漁船。それがもう一隻増えていた。
「うおおおおっ」
将輝とはまた別の海面にいた密漁船へと放たれた光弾を今度は一夏が防ぎ、それと同時に一夏の手の中で《雪片弐型》の光の刃が消え、展開装甲が閉じた。エネルギー切れ、最大にして唯一のチャンスを失い、作戦の要の一人が消えた。
「馬鹿者!犯罪者などをかばって……そんな奴らはーーー」
「箒‼︎」
「ッ⁉︎」
「箒、そんな寂しい事言うなよ。力を手にしたら、弱い奴の事が見えなくなるなんて………どうしたんだよ。全然らしくないぜ」
「わ、私は……」
箒は明らかな動揺をその顔に浮かべ、刀を落とす。落とした刀が空中で光の粒子となって消えたのを見て、一夏はぎくりとした。
(今のは具現維持限界だ……!マズイ‼︎)
具現維持限界ーーーつまりそれは、エネルギー切れということだ。そして今は、IS学園のアリーナではない、実戦だ。
「間に合えぇぇぇぇ‼︎」
一夏は刀を捨てて、加速する。最後のエネルギー全てを使っての瞬時加速。
視線の先では福音が再び一斉射撃モードへと入っていた。しかも、今度は箒に照準を向けている。
エネルギー切れのISアーマーは恐ろしく脆い。それは第四世代とはいえ変わりない。絶対防御分のエネルギーは確保していたとしても、あの連射攻撃を受けたらひとたまりもない。
(頼む!頼む、白式!頼むっ‼︎)
祈るように心の中で叫ぶ一夏。けれど残酷にも一夏は間に合うことはなく、スローモーションで箒へと光弾が放たれる様を見届けようとしていたその時。
「おおおおおおっ!」
福音と箒の間に割って入ったのは将輝だった。