臨海学校二日目。
今日は午前中から夜まで丸一日ISの各種装備試験運用とデータ取りに追われることになる。特に専用機持ちは大量の装備が待っているのだから大変だ。
「ようやく全員集まったか。ーーーおい、遅刻者」
「は、はいっ」
千冬に呼ばれて身をすくませたのは意外や意外ラウラだった。
優等生であるシャルロットと同じく、時間に厳しい彼女は珍しく寝坊したようで、集合時間に五分遅れてやってきたのだ。
「そうだな、ISのコア・ネットワークについて説明してみろ」
「は、はい。ISのコアはそれぞれが相互情報交換の為にデータ通信ネットワークを持っています。これは元々広大な宇宙空間における相互位置情報交換の為に設けられたもので、現在はオープン・チャネルとプライベート・チャネルによる操縦者会話など、通信に使われています。それ以外にも『
「流石に優秀だな。遅刻の件はこれで許してやろう」
そう言われて、ふうと安堵の息を漏らすラウラ。心なしか、胸をなでおろしてるかのように見えるのは、ドイツ教官時代に嫌という程恐ろしさを味わったからだろう。
「さて、それでは各班ごとに振り分けられたISの装備試験を行うように。専用機持ちは専用パーツのテストだ。全員、迅速に行え」
はーい、と一同が返事をする。流石に一学年全員が並んでいる為、かなりの数だ。
因みに現在位置はIS試験用のビーチで、四方を切り立った崖に囲まれている。ドーム状なのが、何処か学園のアリーナを連想させる。大海原に出るには一度水面下に潜って、水中のトンネルからいくという、何とも映画のようなロケーションだ。
ここに搬入されたISと新型装備のテストが今回の合宿の目的。
当然ISの稼働を行うので、全員がISスーツなのだが、元々の見た目と場所が相まって、なおのこと水着に見えてしまう。
「ああ、篠ノ之。お前はちょっとこっちに来い」
「?はい」
打鉄用の装備を運んでいた箒は、千冬に呼ばれて其方へ向かう。
「お前には今日から専用ーーー」
「ちーちゃ〜〜〜〜〜〜〜ん‼︎」
ズドドドド……と砂煙を上げながら人影が向かってくる。その速度は滅法速い。何より凄いのが、それをISを装着せずに生身で出していることだ。そしてそれが出来る人物はこの世に二人しかいない。
「……束」
そう稀代の大天災にして、ISの生みの親。細胞を弄り倒した人外。篠ノ之束だった。
立ち入り禁止もなんのその、束は臨海学校に堂々と乱入してきた。
「やあやあ!会いたかったよ、ちーちゃん!さあ、ハグハグしよう!愛を確かめーーーぶへっ」
飛びかかってきた束を千冬はひらりとかわすと片手で掴む。しかも顔面、思いっきり指が食い込んでいた。それは俗にアイアンクローと呼ばれる技だ。全くもって加減のされていないそれに束の頭蓋骨はミシミシッ……悲鳴をあげていた。
「うるさいぞ、束」
「ぐぬぬぬ………あ、相変わらず容赦のないアイアンクローだねっ」
拘束から難なく抜け出した束は着地をした後、今度は箒の方に向く。
「やあ!」
「……どうも」
束の挨拶に箒は嫌悪感を隠す事なく、返事をする。
「えへへ、久しぶりだね。こうして会うのは何年ぶりかなぁ。おっきくなったね、箒ちゃん。特におっぱいが」
「殴りますよ」
「い、痛いのは束さんやだなぁ………あ、でもそういう愛情表現も……」
「ありません」
他人行儀で突き放すような物言いの箒に気にすることなく束は話す。二人のやりとりを見た女子一同はポカンとする。
「え、えっと、この合宿では関係者以外ーーー」
「んん?珍妙奇天烈な事を言うね。ISの関係者というなら、一番はこの私を置いて他にいないよ?」
「山田先生が言ってるのは、この臨海学校のって事だ」
見事、轟沈した真耶のフォローに入ったのは将輝。その声を聞くと束はぐりんと将輝の方に向いた。
「ヤッホー!君もいたんだね」
「いるよ、専用機持ちなんだから。てか、皆に自己紹介しろ」
「えー、面倒くさいなぁ。私が天才の束さんだよ、ハロー。終わり」
そう言ってくるりんと回ってみせる。ポカンとしていた一同も、ようやく其処でこの目の前の人物が天才科学者・篠ノ之束だと気付いたらしく、女子がにわかに騒がしくなる。
「せめてもう少しマトモな自己紹介はないのか……」
「藤本、そもそもその馬鹿にマトモを期待するのが間違いだ。そら、一年、手が止まっているぞ。こいつの事は無視してテストを続けろ」
「わお、こいつは手厳しいなぁ」
そうは言いつつも笑顔は崩さない。そんな中割り込んだのは轟沈した真耶だった。
「え、えっと、あの、こういう場合はどうしたら……」
「ああ、こいつはさっきも言ったように無視して構わない。山田先生は各班のサポートをお願いします」
「わ、わかりました」
「むむ、ちーちゃんが優しい…………束さんは激しくジェラシー。良いもん良いもん!束さんはこの子で遊ぶから」
言うなり、束は将輝へと飛びかかる。対抗しようにもそもそも身体スペックが違いすぎて、良いように遊ばれてしまう。おまけに真耶に負けず劣らずの豊満な膨らみもまた将輝の抵抗力を削いでいた(呼吸を妨げるという意味で)。
「な、何をしているのですか⁉︎」
「ん?どったの箒ちゃん。そんなに慌てて、あ、もしかしてヤキモチーーー」
「違います!将輝が困っているでしょう!」
「えー、そう?何か表情が若干幸せそうに見えなくもないけど」
「………し、死ぬ…」
「ああああっ⁉︎将輝から離れてください‼︎」
抱きついていた束を突き飛ばし、箒が駆け寄る。将輝の顔は酸素不足によって、死にそうではあるが、束の言う通り、何処か幸せそうではあった。そもそも同じ状況に出会った時、将輝と同じ状態になる男子は決して少なくはない筈だ。
「貴方という人は…………。今回は一体何をしに来たのですか」
「うっふっふっ。誕生日プレゼントさ!さあ、大空をご覧あれ!」
びしっと直上を指さす束。その言葉に従って、箒も、他の生徒も空を見上げる。
ズズーンッ!
いきなり激しい衝撃を伴って、なにやら菱形の金属の塊が砂浜に落下してきた。
銀色のそれは、次の瞬間正面らしき壁がばたりと倒れてその中身を将輝達に見せる。其処にあったのはーーー
「じゃじゃーん!これぞ箒ちゃん専用機こと『紅椿』!全スペックか現行ISを上回る束さんお手製ISだよ!」
真紅の装甲に身を包んだその機体は、束の言葉に応えるかのように動作アームによって、外へと出る。
太陽の光を反射する紅い装甲を持った機体は、束によってさらりと流されはしたが、全スペックが現行ISを上回るという、文字通り最新鋭機にして最高性能機なのだ。
「さあ!箒ちゃん、今からフィッティングとパーソナライズを始めちゃうから!すぐに乗って!」
「え?あ、はい」
あまりにも唐突で突拍子のない流れについていけず、箒は束の言われるがままに『紅椿』へと近づく。
「じゃあ、始めようか」
ぴ、とリモコンボタンを押す束。刹那、紅椿の装甲が割れて、操縦者を受け入れる状態に移る。しかも自動的に膝を落とし、乗り込みやすい姿勢にと変わった。
「箒ちゃんのデータはある程度先行して入れてあるから、後は最新データに更新するだけだね。さあ、ぴ、ぽ、ぱ♪」
コンソールを開いて指を滑らせる束。さらに空中投影のディスプレイを六枚ほど呼び出すと、膨大なデータに目配りをしえいく。それと同時進行で、同じく六枚呼び出した空中投影のキーボードを叩いていった。
「近接戦闘を基礎に万能型に調整してあるから、すぐに馴染むと思うよ。後は自動支援装備もつけておいたからね!お姉ちゃんが!」
「は、はぁ……」
未だ流れに追いついていない箒の返事は何処か気の抜けたものだった。それも当然と言えるだろう。いきなり何年もあっていない姉が来たかと思えば、専用機に乗せられているのだから。果たしてありがた迷惑と答えるべきか、素直に喜ぶべきなのか、悩むレベルだ。
「ん〜。ふ、ふ、ふ〜♪箒ちゃん、また剣の腕前が上がったねぇ。筋肉のつき方をみればわかるよ。やあやあ、お姉ちゃんは鼻が高いなぁ」
「そうですか」
「素っ気ないなぁーーーはい、フィッティング終了。超早いね、さすが私」
無駄話をしながらも束の手は休む事なく動き続けている。それはもうキーボードを打つというよりもピアノを弾いているかのような滑らかきつ素早い動きで、数秒単位で切り替わっていく画面にも全部にしっかりと目を通している。
因みに『紅椿』はというと、予め入れてあったデータのお蔭か、夢幻や白式のように派手な形態変化はとらず、箒の身体にあわせた微調整のみを行っている。
「あの専用機って篠ノ之さんがもらえるの………?身内ってだけで」
「だよねぇ。なんかズルいよねぇ」
ふと、群衆の中からそんな声が聞こえてくる。それに素早く反応したのは、将輝とそして束だった。
「おやおや、君達歴史の勉強をした事がないのかな?有史以来、世界が平等であった事なんて一度もないよ?」
ピンポイントすぎる指摘に女子は気まずそうに作業に戻る。それを別段どうでもいいように流して、束は調整を続ける。それどころか、そもそも発言の際も手は止まっていなかった。
そしてそれも好き終わって、束は並んだディスプレイを閉じる。
「あとは自動処理に任せておけばパーソナライズも終わるね。あ、二人とも、IS見せて。束さんは興味津々なのだよ」
「え、あ、はい」
「了解」
全部のディスプレイとキーボードを片付けて、束が二人の方を向く。ひらりとなびいたスカートが、子供っぽい性格とは正反対に淑女を連想させる。
ともあれ、二人は互いに自身の専用ISを呼び出す。
「データ見せてね〜、うりゃ〜」
言うなり、束は夢幻と白式の装甲にぶすりとコードを刺す。すると、またさっきと同じようにディスプレイが空中へと浮かび上がる。
「ん〜……不思議なフラグメントマップを構築してるね。見た事がないパターンなのは二人が男子だからだと思うんだけど……………二人とも形が違うのはどういう事かなぁ」
フラグメントマップというのは、各ISがパーソナライズによって独自に発展していくその道筋の事で、人間でいう遺伝子だ。
「束さん、その事なんだけど、どうして男の俺たちがISを使えるんですか?」
「ん〜、さあ?わかんない。ナノ単位まで分解すればわかるけど、していい?」
「いい訳ないだろ………」
「にゃはは、そう言うと思ったよ。まあ、わかんないならわかんないでいいけどねー。そもそもISって自己進化するように作ったし、こういう事もあるよ。あっはっはっ」
つまり何もわからないという事だ。ISの生みの親たる人物にも二人が何故ISを動かせているのかはわからないのだ。
「ところでさあ、いっくんさー、白式改造してあげよっか?」
「えーと………具体的にはどんな風に?」
「うむ。燕尾服とかメイド服とか、最終的にはいっくんが女の子になるとか!」
「いいです」
「おお、許可が下りたよ!じゃあ早速ーーー」
「だあああっ!わざと意味を間違えないで下さい!ノーです!ノーサンキューです!」
数年ぶりだというのに変わらない幼馴染みの姉のぶっ飛び加減にげんなりする一夏。ちょうどその時、ISの方が終わったのか、箒の方に向く。
「ん。これで終わりっと。んじゃ、試運転も兼ねて飛んでみてよ、箒ちゃんのイメージ通りに動くから」
「わかりました」
プシュッ、プシュッ、と音を立てて連結されていたケーブル類が外れていく。それから箒が瞼を閉じて意識を集中させると、次の瞬間に紅椿はもの凄い速度で飛翔した。
その急加速の余波で発生した衝撃波に砂が舞い上がる。二人がISのハイパーセンサーで箒の姿を追うと、二百メートルほど上空で滑空する紅椿の姿を捉えた。
「どうどう?箒ちゃんが思った以上に動くでしょ?」
「じゃあ刀使ってみてよー。右のが『雨月』で左のが『空裂』ね。武器特性のデータを送るよん」
空中に指を踊らせる束。武器データを受け取った箒は、しゅらんと二本同時に刀を抜き取る。
「親切丁寧な束お姉ちゃんの解説付き〜♪雨月は対単一仕様の武装で打突に合わせて刃部分からエネルギー刃を放出、連続して敵を蜂の巣にする武器だよ〜。射程距離は、まあアサルトライフルくらいだね。スナイパーライフルの間合いは無理だけど、紅椿の機動性なら大丈夫」
束の解説に合わせて、箒が試しとばかりに突きを放つ。右腕を左肩まで持って行って構えるそれは、篠ノ之剣術流二刀型・盾刃の構え。攻防どちらにも転じやすく、刀を受ける力で肩の軸をうごかして反撃に転じるという守りの型。
そこから突きが放たれると同時に、周囲の空間に赤色のレーザー光が幾つもの球体として現れ、そして順番に光の弾丸となって漂っていた雲を穴だらけにする。
「次は空裂ね。こっちは対集団仕様の武器だよん。斬撃に合わせて帯状な攻性エネルギーをぶつけるんだよー。振った範囲に自動で展開するから超便利。そいじゃこれ打ち落としてみてね、ほーいっと」
言うなり、束はいきなり十六連装ミサイルポッドを呼び出し、次の瞬間箒に向けて一斉射撃をする。
すると箒は右脇下から構えた空裂を一回転するように振るう。すると束の言う通り、赤いレーザーが帯状になって広がり、十六発のミサイルを全弾撃墜した。
爆煙がゆっくりと収まっていく中、その真紅のISと箒は威風堂々たる姿をしていた。
全員がその圧倒的なスペックに驚愕し、そして魅了され、言葉を失ってしまう。そんな光景を束は嬉しそうに眺めて頷いた。けれどその中で二人だけ、束をまるで敵でも見るかのような視線を向けていたのは千冬と将輝だった。
その二人の視線に一夏は疑問を感じながらも、いきなりの真耶の大声に其方へと向く。
「たっ、た、大変です!お、おお、織斑先生!」
「どうした?」
「こ、こっ、これを!」
何時もより一層慌てている真耶に千冬が問うと、小型端末が渡され、その画面を見て、千冬の表情が曇る。
「特命任務レベルA、現時刻より対策を始められたし……」
「そ、それが、その、ハワイ沖で試験稼働をしていたーーー」
「しっ。機密事項を口にするな。生徒たちに聞こえる」
「す、すみませんっ……」
「専用機持ちは?」
「ひ、一人欠席していますが、それ以外は」
ひそひそと二人で話し始めた千冬と真耶だが、数人の生徒たちの視線に気がつき、会話ではなく、手話で、それもかなり特殊なもので会話をしていた。
一通り、話を終えたのか、真耶が何処かへ走り去ると千冬はパンパンと手を叩いて生徒全員を振り向かせる。
「全員、注目!現時刻よりIS学園教員は特殊任務行動へと移る。今日のテスト稼働は中止。各班、ISを片付けて旅館に戻れ。連絡があるまで各自室内待機すること。以後、許可なく室外に出たものは我々で身柄を拘束する!いいな‼︎」
『はっ、はいっ!』
いつも以上に有無を言わせないその覇気に女子達は騒がしくなる事なく返事をする。
「専用機持ちは全員集合しろ!織斑、藤本、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰!それと篠ノ之も来い!」
「はい!」
妙に気合いの篭った返事をした箒に一夏は訝しみ、言い知れぬ不安を覚えていた。
そして一際目を鋭くして、束を睨みつけるようにしていた将輝もまた、箒のその返事に一抹の不安を感じずにはいられなかった。