憑依系男子のIS世界録   作:幼馴染み最強伝説

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臨海学校と言う名の戦場へ

 

「海っ!見えたぁっ!」

 

トンネルを抜けたバスの中でクラスの女子が声を上げる。

 

臨海学校初日、天候にも恵まれて無事快晴。陽光を反射する海面は穏やかで、心地良さそうな潮風にゆっくりと揺らいでいた。

 

「おー。やっぱり海を見るとテンションあがるなぁ」

 

「…………そうだな」

 

「なんだ?酔ってるのか?テンション低いな」

 

「……乗り物弱いんだよ、俺」

 

開いたバスの窓から顔を出している将輝はまだ始まったばかりだというのに既にグロッキー状態だった。

 

将輝は元々乗り物に弱く、普段は寝て凌ぐのだが、いかんせん女子が五月蝿い為に寝れず、こうして酔ってしまい、吐き気を堪えるのに必死で、自然と口数も少なくなっている。

 

隣に座る一夏はそんな将輝の背中をさすりながら、外の海を眺めている。

 

「本当に大丈夫ですか?将輝さん?」

 

通路を挟んで向こう側の席に座るセシリアが心配そうに将輝へと話しかけるが、将輝の方は大丈夫ではないというジェスチャーのみを返すだけで何も言わない。

 

「ふむ。藤本将輝の弱点は乗り物か」

 

心配するセシリアの隣では腕を組んだラウラが冷静に分析するような口調でいうが、それについては別段興味がないのか、将輝の方に視線を向けることはない。

 

「その様子では彼方に着いても一緒に泳げなさそうだな」

 

残念な表情でそう言うのは後ろの席に座っている箒。将輝はそれに「頑張る」とだけ答えるが、はっきり言って、頑張れそうにないのは目に見えている。

 

「将輝、何なら席、私と変わる?」

 

気を利かせて席を変わるように言ってくれているのはやや離れた席にいるシャルロット。人数上、彼女は一人で席を使っているので、変われば横になれるが、その代わり全方位女子という寧ろ余計に疲れるので、このままで良いと断る。

 

「そろそろ目的地に着く。全員ちゃんと席に座れ」

 

千冬の言葉で席を移動していたりした女子達はさっとそれに従う。相変わらずの指導能力の高さは世が世なら天下を統一していた事だろう。最も統一していないだけで、頂点は取っているが。

 

言葉通り、程なくしてバスは目的地である旅館前に到着。四台のバスからIS学園一年生がわらわらと出てきて整列した。

 

「それでは、ここが今日から三日間お世話になる花月荘だ。全員、従業員の仕事を増やさないように注意しろ」

 

『よろしくお願いしまーす』

 

千冬の言葉の後、生徒全員で挨拶をする。この旅館は毎年お世話になっている旅館で、年齢は三十代くらいの着物姿の女将さんが丁寧にお辞儀をする。

 

「はい、こちらこそ。今年の一年生も元気があってよろしいですね」

 

ふと、目線が一夏とあった女将は千冬に尋ねる。

 

「あら、こちらが噂の……?」

 

「ええ、まあ。今年は男子が二人いるせいで浴場分けが難しくなってしまって申し訳ありません」

 

「いえいえ、そんな。それに、いい男の子じゃありませんか。しっかりしてそうな感じを受けますよ」

 

「感じがするだけですよ。挨拶をしろ、馬鹿者」

 

「お、織斑一夏です。よろしくお願いします」

 

ぐいっと頭を押さえつけられるようにして、無理矢理頭を下げさせられる一夏。今しようとしたのに、という視線は案の定スルーされる。

 

「ところで、もう一人の男の子は……」

 

「それなら……………ご覧の通りです」

 

後方を見た千冬は視線の先で箒達に介抱されている将輝に口を閉じて、微妙な表情をする。女将も千冬のその表情を見て、苦笑する。

 

「清州景子です。よろしくね、織斑一夏くん。藤本将輝くん」

 

そう言って女将はまた丁寧にお辞儀をする。その動きは先程と同じく気品のあるもので、大人な対応に一夏は言い知れぬ緊張感を持つ。

 

「それじゃあみなさん、お部屋の方にどうぞ。海に行かれる方は別館の方で着替えられるようになっていますから、そちらをご利用なさってくださいな。場所がわからなければいつでも従業員に訊いてください」

 

女子一同は、はーいと返事をするとすぐさま旅館の中へと向かう。一夏と将輝も取り敢えずは荷物を置く為、将輝は一夏に肩を借りて、自分達の部屋へと向かう。

 

因みに初日は終日自由時間。食事は旅館の食堂にて各自取るようにと言われている。

 

「ね〜、おりむ〜、ふじも〜ん」

 

何処か気怠げでゆったりとした口調で二人を呼ぶのはのほほんとした雰囲気が特徴の布仏本音だ。例によって亀のようなスピードで二人に向かってきていた。眠たそうにしている顔は素だ。

 

「二人とも部屋どこ〜?一覧書いてなかったー。遊びに行くから教えて〜」

 

その言葉で周囲にいた女子が一斉に聞き耳を立てる。しかし、当の二人も部屋については何も知らず、首を横に振る。

 

「織斑、藤本、お前達の部屋はこっちだ。ついてこい」

 

千冬の呼び出しを待たせるわけにはいかず、二人は本音と別れ、千冬についていく。

 

「ここだ」

 

「え?ここって……」

 

ドアにばんと貼られた紙は『教員室』と書かれている事から、ここが教員用の部屋であるのは誰にもわかる。

 

「最初は二人部屋という話だったんだが、それだと絶対に就寝時間を無視した女子が押しかけるだろうということになってだな。結果、私と同室になったという訳だ」

 

はぁ、と溜め息をついて千冬が告げる。

 

確かに効果は絶大で、おそらく誰もそんな地雷を自ら踏みに行くような真似はしないだろう。虎穴に入らずんば虎子を得ずとは言うが、この場合虎穴に入ったまま帰れなくなる。

 

そうして部屋の中に入る許可が下り、三人は部屋の中に入る。

 

三人部屋という事もあって、広々とした間取りになっていて、外側の壁が一面窓になっている。そこから見える風景はこれまた素晴らしいもので、海がバッチリ見渡せる。それ以外にもトイレ、バスはセパレート。しかも洗面所まで専用の個室になっている。ゆったりとした浴槽は男でも脚が伸ばせる程に大きい。

 

「一応、大浴場は使えるが男のお前たちは時間交替だ。本来ならば男女別になっているが、何せ一学年全員だからな。お前達二人の為に残り全員が窮屈な思いをするというのはおかしいだろう。よって、一部の時間のみ使用可だ。深夜、早朝に入りたければ部屋の方を使え」

 

「わかりました」

 

「……了解っす」

 

「さて、今日は一日自由時間だ。荷物も置いたし、隙にしろ」

 

「えっと、織斑先生は?」

 

「私は他の先生との連絡なり確認なり色々とある。しかしまあーーー」

 

こほんと咳払いをする千冬。これは彼女なりの照れ隠しの一つだ。

 

「軽く泳ぐくらいはしよう。どこかの弟がわざわざ選んでくれたものだしな」

 

「そうですか。じゃあ、俺はこれから海に行ってきます、将輝はどうする?」

 

「………一休みしてからすぐ行く」

 

「了解」

 

一夏は荷物から取り出した水着などの入っているリュックサックを取り出すと更衣室へと向かう。一夏とは入れ違いで入ってきたのは真耶だった。

 

「失礼します。織斑先生、少し宜しいですか………あれ?藤本くんは泳ぎに行っていないんですか?」

 

「………ちょっと……酔いの回復が……」

 

「そうなんですか。大変そうですね」

 

「ンンッ!山田先生、用事があったのでは?」

 

「あ!はい。実はーーー」

 

「そうですか。わかりました、早速行きましょう。藤本、ある程度回復したら泳ぎに行っておけ。初日の自由時間を寝て過ごすのは勿体無いだろうからな」

 

そう言い残すと千冬は真耶と共に部屋を出て行き、間もなくして将輝は一度眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眠りについて三十分。将輝は人の気配に僅かに意識を覚醒させた。

 

頭には何か柔らかい感触のものが置かれていて、眼前も何かで覆われ全く見えない。

 

(なんだ…これ?)

 

殆ど眠っている意識の中、右手で視界を覆う何かを触れる。すると触れたそれに右手はゆっくりと埋没していき、手のひらに柔らかな感触を伝える。寝ぼけた脳ではそれが何なのかわからず、何度も触れていると…………

 

「……ん………結構大胆なんだね、君って」

 

聞き覚えのある声に急激に意識を覚醒させると、転がるようにして距離をとって、起き上がった。

 

「篠ノ之束」

 

「おひさ〜、一年ぶりくらいかな。どうだった?束さんの太腿とおっぱいの感触は?」

 

「?何の事だ?」

 

「えー!そりゃないよ〜。さっきあれだけ揉みしだいてたじゃん」

 

「だから何のことだが………………まさか」

 

将輝は先程の事を思い出す。もし太腿の感触が頭に当たっていたものなら、右手で触れたあのとてつもなく柔らかい感触はもしや束の胸なのではないかと。そう思った瞬間、将輝の顔が一気に真っ赤になった。

 

「あ、やっと理解したんだ。顔真っ赤にしちゃって、可愛いなぁ〜」

 

「う、うるさい!な、何しに来たんだ!」

 

「君をからかいに来た………って、言ったら納得する?」

 

「するか!」

 

臨海学校に何をしに来たのかはわかる。しかし、自分に会いに来た意味はわからない将輝は束がまた何かしら良からぬ事を考えていると考え、束を見据えるが、相変わらずの掴み所の無さにからかわれてしまう。

 

「何しに来たって言われれば、君に会いに来たっていうのも強ち間違いじゃないよ。何せ一年間も会ってなかったんだから、束さん寂しさで死んじゃうかと思ったよ」

 

「馬鹿言え。寂しさで人が死ぬなら、全国のぼっちはぼっちを自覚した瞬間に死ぬぞ。それに一年ぶりって言っても俺がお前を見てなかっただけで、お前は俺を見てただろう?」

 

「まあね、衛星をハッキングしてちょちょいっと」

 

(俺が言ってるのはそっちの方じゃないんだけどな)

 

将輝が言いたかったのは無人機の時の方だ。尤も、束が素直に答えないのはわかっていたことなので否定はしない。というか、衛星でも見られていたという新事実にまたツッコミをしそうになる。

 

「さて、君の顔も拝んだ事だし、私はそろそろ箒ちゃんを探しに行こうかなっと」

 

「束」

 

「ほえ?今度は何?」

 

「あまり面倒を起こしてくれるなよ」

 

「う〜ん。君のいう面倒っていうのが、何を指すのかはわからないけれど、そういうのって気づいたときにはもう始まってたりするんだよ?」

 

無邪気な束の笑み。けれどそれは残酷で既に止められないナニカが始動している事を告げているようでもあった。

 

「じゃね。また明日会おう!」

 

去り際のヒーローよろしく、窓から飛び降りていった束を見て、将輝も海に泳ぎに行くべく準備をする。

 

動き出した歯車は最早何かの犠牲なしに止める事は出来ない。歯車を壊すか、それとも壊されるか。全てを奪うか、失うか。

 

結局の所、万人がそうで良かったと言えるような結末は望めない。例え元が創作物だったとしても、彼が介入したその時点で、それは作者の手を離れ、現実と化してしまったのだから。

 

それでも彼は抗う。最良の道を選び抜く為に。


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