翌日。朝のHRにシャルロットの姿はなかった。
一夏が起きた時にはその姿はなく、彼女を見た生徒もいなかった。
その事に一夏は、もしかしたらシャルロットがフランスに帰ってしまったのでは?と勘繰ったが、それもすぐに杞憂に終わった。
「シャルロット・デュノアです。皆さん、改めてよろしくお願いします」
ぺこりと一礼するシャルロット。その姿は男装していた時の男物の制服ではなく、ちゃんとした女子の物だった。
「ええと、デュノア君はデュノアさんでした。はぁぁ…………また寮の部屋割りがぁぁ………」
教室に入ってきた時から溜め息を吐いていた真耶の憂いはシャルロットが男ではなく女だった事よりも寮の部屋割りを考える方だった。
「え?デュノア君って女……?」
「おかしいと思った!美少年じゃなくて美少女だったわけね」
「って、織斑君、同室だから知らないって事はーーー」
一人の女子の言葉にクラスメイトの殆ど全員の視線が一夏へと向けられ、教室が一斉に喧騒に包まれた。
「お、俺も昨日偶々知ったんだ!別に黙ってたって訳じゃない」
「そうだよ。一夏は昨日偶々私の裸を見て知ったんだよね?」
「そ、そうなんだ!うっかり約束忘れて…………え?」
すかさず入ったシャルロットのフォロー(一夏のものとは言っていない)に同意した一夏だが、すぐにそれが墓穴を掘っている事に気がついた。だがしかし、既に同意はしてしまっている。
「いつかはするのではないかと思っていたが…………一夏。せめてもの情けだ、私が介錯をしてやる」
「度々発言にデリカシーの無い方とは思っていましたが、淑女の裸体を無許可で見たとあってはデリカシーが無いでは済みませんわよ?」
「間抜けの上に変態か。つくづく救いようのない阿呆だな」
そう言いながら箒は帯刀していた日本刀をすらりと抜き放ち、セシリアはISが修理中の為護身用にラウラから借りているハンドガンのセーフティを解除する。ラウラは特にどうする事もないが、その視線はごみ虫を見るかのような冷ややかな視線だった。
「ち、違う!あれは事故なんだ!不可抗力なんだ!」
「そうそう。一夏はうっかりさんなんだよね。私が普段から何回も釘を刺してるのに忘れちゃうんだもんね。あ、もしかして本当は見たかったとか?ごめんね、タオル巻いてて」
「ちょっ⁉︎シャルロット!それフォローになってない!火に油を注いでるだけ!」
「まさかお前にそんな変態趣味があったとはな。一度死んで出直してこい」
「一度と言わず十度の方がよろしいかと」
変態を成敗すべく居合の構えから箒が一夏に向けて剣戟を放ち、セシリアも弾の装填された(四発当たればバッファローも昏倒する特殊なもの)ハンドガンを一夏に向けて発砲したその時。
「騒々しいなぁ………ほえっ?」
「ま、将輝⁉︎」
つい先程まで机の上眠りこけていた将輝が運悪く目を覚まし、頭を上げた。その頭は箒の抜きはなった一撃の線上で目の前まで剣先が接近していた。必死に止めようとする箒だが、もちろん止められるはずも無く、将輝の頭と胴体は綺麗に泣き別れする…………事はなかった。
「やれやれ、いくら馬鹿で愚鈍で間抜けで変態とはいえ、一応教官の大切な弟である織斑一夏を助けようとしたのだが…………まさか藤本将輝の方を助ける事になるとはな」
ラウラが日本刀をサバイバルナイフで受け止めたお蔭でその剣先は首元まで僅か二センチ辺りで止まっていた。
「あ、ラウラおはよう」
状況が状況だというのに将輝は何事もなかったかのように寝起きの挨拶をする。
「ああ、おはよう。挨拶はさておき避けろ、私がいなければ死んでいたぞ」
「ごめんごめん。寝起きだったし、ラウラが近くにいたから」
「信頼するのは結構だが、私とて万能ではないのだ。次からは避けるように」
「流石に今の状況が何万回起きても俺には避けられる気がしないんだけど……」
頭を上げた直後に首に向かって居合抜きなどそもそも避けられる人間はいない。最強な方々はまずそんな状況を作らないのでカウント外。よってそれ以外の人間に限定されるが避けられる者はいない。
「将輝!大丈夫か!」
「大丈夫だよ、頭と胴体がオープンゲットしてないから」
なおこのオープンゲットは二度合体する事はない為、永遠にチェンジしない。
「すまない、其処の変態を成敗しようとしたのだが……」
「変態?」
箒の指差した先には机に突っ伏したまま微動だにしない一夏。そしてその目の前には女子の制服を着たシャルロットがいる。将輝はそれを見て「ああ、一夏のやつ、結局やっちまったんだな」と一夏のラッキースケベに呆れかえる。
「なんで一夏が意識とんでるのかは大体わかったけど、これ起こさないとマズくない?」
「確かに。クラスで揉め事が起きたとあっては千冬さんが黙っていないな」
「教官のお手を煩わせる訳にはいかんな。そら、起きろ織斑一夏」
「ぐえっ⁉︎…………あれ?何があったんだ?」
流石は軍人と言うべきか、見事な手際で意識を失っていた一夏を文字通り叩きおこす。潰されたカエルのような悲鳴を上げながら起きた一夏はいつの間にか事態が収拾している事に疑問を浮かべ、真耶はこれを好機とばかりにSHRを終わらせようとする。
「で、ではSHRを終わります!そ、それでは〜」
あ、逃げた。一組の全員がそう思った。
今朝の騒動が落ち着きを見せた頃、シャルロットは『改めて皆と仲良くしたい』と事の顛末を全て話した。彼女としては真実を伏せたままでは本当に仲良くなれないと考えての非難覚悟の行為だったが、彼女の予想を裏切り、他の生徒は快く彼女を受け入れた。
そして現在、シャルロットは一夏にもう一つ話をしていた。
「私が男装をやめたのは、一夏や将輝にバレたからってだけじゃないんだ」
「へ?そうなのか?」
てっきりそれが理由なのかと思っていた一夏は思わず訊き返す。
「昨日話したでしょ?反対を押し切って此処に来たって。元々デュノア社の皆は私の男装に猛反対してたんだ。で、昨日一夏がシャワーを浴びてる間にバレたってお父さんに電話したら、『バレたならもう男装はやめなさい』って言われちゃって」
「それでいきなり男装やめたのか。納得した」
「それでね。一応バレるまでの経緯をお父さんに話したらーーー」
「話したのかよっ⁉︎」
「『今度織斑一夏くんをフランスに招待しよう。盛大に歓迎するよ……フフフ』って言ってた。良かったね、一夏。お父さん、一夏の事を気に入ってくれてるみたいで」
(絶対別の意味での歓迎だーーッ⁉︎)
「あ、後ね、一夏」
デュノア社社長からの見えない威圧により顔を青くしている一夏の横でシャルロットがもじもじとしながら、けれど言うときは満面の笑みでこう言った。
「責任取ってね♪」
地図上にはないとある島。誰も知らないその島には誰も知らないラボがあり、其処には誰もが知っている人物の姿があった。
「ほうほう。『夢幻』の稼働率は四十パーセントかぁ〜」
宙に浮かんだディスプレイを操作している彼女の瞳に映っているのは無人機を撃破までの一部始終。そして先日のVTシステムの一件の一部始終。彼女が興味を向けているのは無人機でもVTシステムでもない。そもそも無人機は
不完全で不細工な代物を作った施設は既に彼女の手によって世界から消えている。死傷者がゼロなのは別に彼女が平和主義者だからという訳ではない。意図的に死傷者をゼロにはしたが、正直生きようが死のうがどうでも良い。彼女にとっては四人ーーーーー二年前にはもう一人増えて五人となったが、その者達以外の生き死には彼女の知るところではない。
「仕込みは上々。覚醒まで後もう一押しって所かな」
次に映し出されたのはアメリカの軍用ISの演習。そしてそれと日を同じくしてIS学園の臨海学校。
「良いこと思いついちゃったぁ〜♪」
手をポンと叩き、思い立ったが吉日とばかりに彼女は無邪気な笑みを浮かべて準備に取り掛かる。けれど彼女の事を知る者はその笑みが良からぬ事を考えている笑みであるとすぐにわかる。
「私を失望させないでねーーーーー藤本将輝くん?」