二人の転校生
無人機による襲撃から一カ月。将輝の傷も完全に癒えた頃。あいも変わらず、一組の教室は騒がしかった。
その原因は近々行われる自由参加の学年別トーナメントによるものなのだが、将輝が思っていた程、騒がしくはなかった。それは箒の行動の差によるものだ。
正史では引っ越しの日。部屋を移動した後に戻ってきた箒が一夏に向けて「私が学年別トーナメントに優勝すれば付き合ってもらう‼︎」となんとも一方通行な約束を取り付けたのだが、いかんせん声が大きかった所為で『優勝すれば男子と付き合える』というものへと女子達の間で独自解釈を果たされた。
ある意味では重要なイベントであるそれが起きなかった事に再度将輝は首をかしげるが、面倒が減るならそれはそれでありなので、黙っている。
「諸君、おはよう」
『おはようございます!』
それまでざわざわとしていた教室が一瞬でぴっと礼儀正しいさながら軍隊整列へと変わる。一組の担任織斑千冬の登場だ。立てば軍人、座れば侍、歩く姿は装甲戦車。兎にも角にも彼女の威厳は凄まじい。人の上に立てる人種であるのは確かだ。
「今日から本格的な実戦訓練を開始する。訓練機であるがISを使用しての授業になるので各人気を引き締めるように。各人のISスーツが届くまでは学園の指定したものを使う事になるので忘れないようにな。忘れたものは代わりに学園指定の水着で訓練を受けてもらう。それもないものは、まあ下着で構わんだろう」
((いや構うだろ⁉︎))
心の中で将輝と一夏はツッコミを入れる。男がいるというのに、女子に下着姿をさせるというのは公開処刑だ。それは逆もまた然りだ。前者とは違って、後者の場合、女子は喜ぶかもしれないが。
学園指定のISスーツはタンクトップとスパッツをくっつけたような感じの至ってシンプルなもの。わざわざ学園指定のものがあるのに各人で用意する理由はISは百人百通りの仕様へと変化するので、早いうちから自分のスタイルを確立させる為だからだ。もちろん全員が専用機を貰える訳ではないので、個別のスーツが役に立つのかは難しい線引きだが、其処は突っ込んではならない部分である。強いて言うなら花も恥じらう十代乙女の感性を優先しているといったところだ。
因みに専用機持ちは『パーソナライズ』というIS展開時にスーツも同時に展開するという特権を持っている。その際に着ている服は素粒子分解され、データ領域に格納されるが、この行為はエネルギーを消費するため、緊急時以外は普通に着替えるのがベターだ。
「では山田先生、HRを」
「は、はいっ」
連絡事項を言い終えた千冬が真耶にバトンタッチする。ちょうど眼鏡を拭いていた真耶は慌てて掛け直す。その姿はわたわたとしている仔犬のようだった。
「ええとですね、今日はなんと転校生を紹介します!しかも二名です!」
「え……」
『ええええええっ⁉︎』
知っている将輝はさておき、いきなりの転校生紹介にクラス中が一気にざわつく。それもそうだろう。噂好きの十代乙女達の情報網を掻い潜り、いきなり転校生が現れたのだから驚きもする。しかも二人。
「失礼します」
「………」
クラスに入ってきた二人の転校生を見て、ざわめきが止んだ。
それもそうだろう。何故ならその内一人がーーーーー男子なのだから。
「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れな事も多いかと思いますが、皆さんよろしくお願いします」
転校生の一人ーーーシャルルは柔かな笑顔でそう告げて一礼する。
「お、男……?」
「はい、こちらに僕と同じ境遇の方々がいると聞いて本国より転入をーーー」
人懐っこそうな顔。礼儀正しい立ち振る舞いと中性的に整った顔立ち。髪は濃い金髪。黄金色のそれを首の後ろで丁寧に束ねている。身体は華奢に見えるくらいスマートで、しゅっと伸びた脚は綺麗だ。さながら『貴公子』と言ったところだろう。特に嫌みのない笑顔は眩しい。
「きゃ……」
「はい?」
『きゃあああああああっ‼︎』
クラスの中心を起点に起きたソニックウェーブは防音加工がされている筈の窓ガラスをビリビリと振動させる。入学式の日に学習している将輝と一夏は耳を防御している為、助かったが、シャルルはソニックウェーブをモロに受けて、悲鳴を上げないまでも目を白黒させていた。
「男子!三人目の男子!」
「しかもうちのクラス!」
「美形!藤本くんとは反対の守ってあげたくなる系の!」
「愚腐腐腐腐。これは捗るわ!」
(何にだよ。あと笑い方が怖い)
「あー、騒ぐな、静かにしろ」
面倒くさそうに千冬がボヤく。それは仕事がというより、こういう十代女子特有の反応が鬱陶しいといった様子だ。
「み、皆さんお静かに。まだ自己紹介が終わってませんから〜」
忘れていた訳ではない。それどころか意識の外にやるのが難しいもう一人の転校生は、見た目からしてかなり異端だった。
白に近い輝くような銀髪。腰近くまで長く下ろしているそれは綺麗に整えている様子はなく、伸ばしっぱなしという印象を受ける。そして左目には医療用ではない黒眼帯。開いている方の赤色の目の温度は限りなくゼロに近い。
印象は言うまでもなく『軍人』。身長はシャルルと比べて明らかに小さいが、その全身から放つ冷たく鋭い気配が一般人とはややかけ離れた雰囲気を醸し出していた。武道の心得のある将輝や箒から見ても彼女の隙の無さや触れれば刺さりそうなオーラはとても十代女子とは思えなかった。
「……………」
自己紹介をする番だというのに、当の本人は未だに口を開かず、腕組みをした状態で教室の女子達を下らなさそうに見ている。しかしそれも僅かの事で、今はもう視線をある一点………千冬にだけ向けている。
「…………挨拶をしろ、ラウラ」
「はい、教官」
いきなり佇まいを直して素直に返事をする転校生ーーーラウラに、クラス一同はポカンとする。対して、異国の敬礼を向けられた千冬はさっきとはまた違った面倒くさそうな顔をした。
「ここではそう呼ぶな。もう私は教官ではないし、ここではお前も一般生徒だ。私の事は織斑先生と呼べ」
「了解しました」
そう答えるラウラはピッと伸ばした手を体の横につけ、足をかかとで合わせて背筋を伸ばしている。先のやり取りで軍人、或いは軍施設関係者である事が伺える。そして何より千冬を『教官』と呼んでいるということは間違いなくドイツ。
とある事情で千冬は一年程ドイツで軍隊教官をしていた事がある。その後、一年の空白の時間を置いて、現在のIS学園教員になった。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
「………」
「あ、あの、以上ですか?」
「以上だ」
沈黙にいたたまれなくなった真耶が出来る限りの笑顔でラウラへと訊くが、返ってきたのは無慈悲な即答。案の定、真耶は泣きそうな顔をしている。そんな時、ラウラの視線がクラスの一人へと注がれた。
「!貴様がーー」
つかつかと壇上を降りたラウラは一夏の前にーーーーー立たず、通り過ぎて、その横にいた将輝の前に立ち、右手を振りかぶったかと思うと、そのまま振り抜いた。
「ッ⁉︎」
「危ない危ない。初対面の人間に酷い事するなぁ」
振り抜かれた右手は将輝の顔の真横で止まっていた。なぜかというと普通に防いだだけだ。流石に掴む事は出来ないまでも角度さえわかっていれば防ぐことは容易だ。
「ふん。流石はあの人の弟………といったところか」
「うん?」
「一目見てすぐに気づいたぞ。成る程、隣にいる間抜けとは違って、私に対する警戒心が高かったな。教官に常日頃から教えを受けているのであれば、当然ともいえるが」
「あれ?何か話がおかしい気がするんだけど、それじゃあまるで俺が……」
織斑一夏といっているみたいではないか。話の流れから察するにそうなのだろう。ラウラ・ボーデヴィッヒは今、盛大な勘違いをしている。隣にいる間抜けなのが、一夏で今平手打ちを受け止めたのは将輝だ。警戒心が高かったのは一夏が平手打ちを喰らう前に止めようと気を張っていただけだ。
「しかし、それとこれとは話が別だ。私は認めない。貴様があの人の弟であるなど認めるものか」
「君、何か誤解して…………って聞いてないよ」
将輝の言葉をスルーしてすたすたと立ち去っていくラウラ。空いている席に座ると腕を組んで目を閉じ、微動だにしなくなった。
どうしたものかと千冬の方を見てみれば、何処か笑いを堪えているかのように口に手を当てて、俯いている。というか肩を震わせている所を見ると明らかに笑っている。
「あ、あの、織斑先生?」
「あー………ゴホンゴホン!ではHRを終わる。各人はすぐに着替えて第二グラウンドに集合。今日は二組と合同でIS模擬戦闘を行う。解散!」
ぱんぱんと手を叩いて千冬が行動を促す。誤解解けぬまま、HRを終えた所為でラウラの中で警戒心MAXだった将輝が一夏となり、間抜け面を晒していた(ボーッとしていただけ)の一夏が将輝になるというかなり面倒くさい事態へとなった。どうやら転校生との出会いは前途多難どころの騒ぎではすみそうになかった。
おそらく今年最後のIS投稿になりました。予想より少し話の進行が遅めです。
本当であれば原作3巻くらいは書いている予定だったのですが、投稿に時間がかかったりもして、年最後の投稿が二巻突入すぐでした。
今年は諸事情により、皆さんに良いお年をとは言えませんが、来年もよろしくお願いします。