「織斑と藤本。お前達のISの事だが、準備まで時間がかかる」
「へ?」
「予備機がないって事ですよね。と言う事は学園が専用機を用意してくれると?」
「そういう事だ」
入学してから翌日の四時限目の開始直後。千冬は個人情報を露呈しようとする一夏を出席簿で沈黙させたのち、そう口にした。それを聞いた周囲の生徒はざわめき出すが、一夏は何が羨ましいのか、全く意味がわからない。そういう顔をしていると、見るに堪え兼ねた将輝が簡単に説明する。
「早い話が、ISは世界で467機しかない。理由はISの核たるコアを作れるのが篠ノ之束のみで、それ以上作る事を本人が拒絶したからだ。普通なら専用機なんてものは国家或いは企業に所属する人間しか貰えないけど、俺たちの場合は特別。『あー、何で男がIS使えるんだろう。取り敢えずデータ取りの為に専用機渡しとくか』的な感じだ」
「かなり省かれているが、藤本の説明で大体合っている」
「そうなのか、言われてみれば凄いな」
流石の一夏もある程度は重要性を理解したようで、何度か頷いた。
「あ、あの、先生。篠ノ之さんって、もしかして篠ノ之博士の関係者なんでしょうか………?」
女子の一人がおずおずと手を上げて、千冬に質問する。篠ノ之という名字はそんなにありふれたものではない。ともすれば、その仮説に至るのは当然だ。
「そうだ。篠ノ之はあいつの妹だ」
そして千冬はその問いを肯定した。因みに束は超国家法に基づき、絶賛手配中だ。犯罪者としてではなくらIS技術の全てを掌握した人間が行方不明ともなれば、どの政府や機関も心中穏やかではない。最も、本人にとって、それはどうでもいい事なのだが。
「ええええーっ!す、凄い!このクラス有名人の身内が二人もいる!」
「ねえねえっ、篠ノ之博士ってどんな人⁉︎やっぱり天才なの⁉︎」
「篠ノ之さんも天才だったりする⁉︎今度ISの操縦教えてよ」
授業中にもかかわらず、箒の元へとわらわら女子が集まる。そんな光景を一夏は面白そうに見ているが、ふと、「あれ?箒ってIS使った事あったっけ?」と疑問に思う。
「あの人は━━━」
ガタンッ!
関係ない。大声でそう言いかけた箒だが、それも突然音を立てて、倒れた椅子の所為で中断させられる。箒へと群がっていた女子達も突然の物音に其方へと向く。
「あー、ゴメンゴメン。驚かせるつもりはなかったんだ。落ちたシャーペンを取ろうとしたら、椅子を倒しちゃって」
椅子を倒したのは将輝だった。倒してしまった椅子を起こし、シャーペンを拾ったというアピールをする。その後、席に着いた将輝は女子の方へは向いて、こう口にした。
「これは俺の勝手な思い込みかもしれないけど、箒と篠ノ之博士って今、結構デリケートな問題を抱えてるみたいなんだ。出来れば、あんまり詮索してあげないでくれると友人としてはありがたいかな」
将輝は申し訳なさそうに、肩を竦めて、頼むような素振りを見せる。すると箒へと群がっていた女子達は彼女に謝り、席へと着いた。
「さて、授業を始めるぞ。山田先生、号令」
「は、はいっ!」
千冬に促されて、真耶が号令をした後、授業が始まった。
一夏は箒と束の仲が悪い事に疑問を持ちつつも、二人が一緒にいた光景がどうしても思い出せず、後で聞こうと思い、教科書を開いた。
「やはり、将輝さんと織斑さんには専用機が支給されるのですね」
「まあ、殆ど実験体的な意味だろうけどな」
休み時間。将輝の席へとやってきたセシリアは、そう言った。
「これでクラス代表を決める試合で、機体によるハンデはなくなりましたわね」
「機体によるハンデ?オルコットさんは訓練機を使うんじゃないのか?」
「一夏。オルコットはイギリスの代表候補生だろう。となると、専用機を持っていてもおかしくはない」
「篠ノ之さんの言う通り。わたくしは現時点で専用機を持っておりますの。そしてわたくしの専用機の開発や設計、整備などを本国で担当してくださっているのが、将輝さんのご両親なのですわ」
何処か誇らしげに胸を張るセシリア。新事実に将輝も一夏と箒と共に驚きの声を上げた。
「凄いな。将輝の親父さん達」
「イギリスに両親がいるとは聞いていたが、まさかIS研究者だったとはな」
「篠ノ之博士ほどではないにしろ、二人もIS研究者の中ではかなり名の知れた研究者ですのよ?整備科の方達であれば、おそらく全員知っていますわ」
(そ、そんなに凄かったのか……)
人は見かけによらないとはいうが、自分の両親ほど、その言葉が当てはまる人間はいないと将輝は実感させられる。子煩悩な父親にそれプラス何処か抜けてそうな母親。どう考えても仕事などマトモに出来ているビジョンが思いつかないが、セシリアの口振りから察するに手際はかなり良いのだろう。
「この話はここまでにして………将輝さんは本当に優しい方ですね」
「ん?何が?」
「先程の篠ノ之さんが質問攻めにあっていた時の事です」
「わ、私もだ。その礼を言おうと思ってな」
「何のことか、さっぱりわからないんだけど」
白けるような素振りをするが、二人はお見通しとばかりに言う。
「わたくしはもちろん、篠ノ之さんも見てましたわ」
「皆の注意が其方に行くようにわざと音を立てて、椅子を倒したのだろう?」
「………バレてたか」
将輝はポリポリと頬をかきながら、気恥ずかしそうに言う。箒とセシリアの言うように将輝が椅子を倒したのは偶然ではなく、わざとだった。箒と束の確執が残っている以上、箒が声を荒げて否定するのは目に見えていた。そんな事をすれば、女子達からは浮いてしまうだろう。箒自身は気にしないと言うだろうが、入学して翌日から自分の友人がクラスで浮いているという状況は到底見過ごせない。そう思った将輝は音を立てずに椅子から立ち上がり、椅子を横に蹴飛ばした。シャーペンについては予め持っておいて、さも今拾ったかのように見せて、偶々椅子が倒れたというアピールをし、最後に全員に向けて、忠告をする。自身が男であるから、女子達は耳を貸してくれる筈だという可能性を考慮しての行動は殆ど思惑通りに運べたと言えた。だが、それを後ろから見ていたセシリアと偶然将輝が椅子を蹴飛ばすシーンを見た箒という目撃者を作った事で偶然を装うという点に関しては失敗だったし、千冬もそれを見ていたが、将輝の意思を尊重し、気づかないふりをして、授業に入ったのだ。
「そうだったのか。俺は箒の方に向いてたから、わからなかった」
「悪いな、箒。あんな気遣い必要なかったな」
「そんな事はないぞ。本当に助かった、あ、ありがとう……」
「どういたしまして」
こうして面と向かって、礼を言われれば、気づかれた事はそんなに悪い事ではなかったのかもしれない。少なくとも、今の将輝はそう思った。
「それじゃあ昼飯食べに行くか。あんまり遅れると座る席無くなるだろうし」
「俺も頭使い過ぎて、腹減ったぜ」
「その割には全く理解出来ていないみたいだがな」
「うっせ。俺だって頑張ってるんだぞ」
「仲がよろしいのは良い事ですが、今は早く昼食を摂りに行きましょう。お話したい事もありますので」
四人は食堂に着くとちょうど空いていたテーブルに座り、食事を摂っていた。
一夏と箒は日替わり定食の鯖の塩焼き定食。セシリアは洋食ランチ。将輝はカツ丼を食べながら、今後の事について話していた。
「どうしようかなぁ、このままじゃ来週何も出来ずに負けそうだな」
「電話帳と間違えて捨てるからだ。馬鹿」
「うっ!それを言われると何も言い返せない……」
「まあ、ある程度なら俺が教えられるから、今回に限って言えば、それは問題ないんじゃない?」
「本当か‼︎いやぁ〜、持つべきものは友達だな!」
「あくまでもある程度だぞ………って、人の話聞けよ」
大丈夫か、コイツと思わず頭を抱えそうになる。それにある程度というのは時間もさしていて、あんまり一夏に付きっきりだと今度は自分が一夏と同じ羽目になる。今は問題なくとも、後で問題になるのであれば、意味がない。男子高校生の中ではISの知識が豊富でも女子でISの勉強をしてきた者に比べれば確実に劣っている。そしてここは私立で超名門のハイパーエリート校。努力せずして生き残る事は出来ないのだ。いくら男だからというブランドがあっても、他が平均以下では話にならない。一夏のような天才型の主人公体質でない将輝には一日の努力と鍛錬は必要不可欠であり、そうおいそれと自分以外の人間に時間をくれてやる余裕は殆どないといっても良かった。にもかかわらず、教えてやろうと思ったのは、単に将輝がお人好しだからだ。
「ねえ。君達が噂の子でしょ?」
いきなり話しかけてきたのは赤いリボンをつけた三年生の女子。ここIS学園では学年ごとにリボンの色が変わる。一年は青、二年は黄色、三年は赤というようにリボンで学園の見分けをつけられるようにしている。
「はあ、多分」
「俺たちで合ってると思います」
噂とは代表候補生と試合をする事で、確実に自分達の事だとはわかっているが、念の為、確信のない返信をする。
「代表候補生の子と勝負するって聞いたけど、ホント?」
「はい。そしてその代表候補生がこちらにいるセシリア・オルコットです」
「そ、そうなんだ……」
その女子は将輝のごく自然な流れで紹介されたセシリアを見て、顔を若干ひきつらせる。それは別にセシリアに問題があるのではなく、まさか噂の渦中の人間が揃って食事を摂っているなど夢にも思っていなかったからだ。しかし、彼女も二人と何かしら接点を持ちたいのか、気を取り直して、話を続けた。
「でも君達、素人だよね?IS稼働時間はいくつくらい?」
「二、三十分くらいですね」
「俺も将輝と同じぐらいだと思います」
「それじゃあ無理よ。ISって稼働時間がものをいうの。オルコットさんは代表候補生だから、軽く三百時間はやってるわよ」
具体的にどの辺りから凄いのかはわからないまでも、稼働時間がものをいうISに於いて、一時間未満と最低三百時間とでは普通は話にならないだろう。それはたったばかりの赤ん坊と体育系の部活動をしている小学生が駆けっこをするようなものだ。このままでは二人の敗北は必至といえる。
「でさ、私が教えてあげよっか?ISについて」
「はい、ぜ「結構です」」
是非と言おうとした一夏の言葉を遮ったのはセシリアだった。彼女が今の今まで喋らなかったのは、食事中に話すというのは些か品性に欠けるという自身の独自理念からで、食事を終えた彼女は口を拭いた後、言葉を続けた。
「先輩方のお手を煩わせる訳にはいきませんわ。あくまでこれはわたくし達クラスの問題ですので、必要とあればわたくしが織斑さんや将輝さんに教鞭を振るうまでです」
「でも貴方、六日後に二人と戦うのよね?それって敵に塩を送るのと同じじゃない?」
「敵?わたくしは二人の事を『敵』などという物騒な事は思ってませんわ。これから三年間、互いを切磋琢磨しあう『仲間』と捉えてます。なので、何の問題もありませんわ」
女子は言葉を詰まらせる。だが、そうおいそれと手にしたチャンスは諦めまいとしつこく食い下がろうとしたその時、必殺であり、トドメの一言を箒が言い放った。
「問題ありません。私が二人に教えますから。何せ私は…………篠ノ之束の妹ですので」
一瞬、言うかどうか迷いつつも、これだけは譲れないとばかりに言い放った箒の言葉に女子はここぞとばかりに驚き、その先輩は軽く引いた様子で帰っていった。
「言いたくないこと言わせて悪かった」
「………気にするな。私が勝手にした事だ」
「それで、俺達には箒が教えてくれるのか?」
「そうだと言っている。オルコット程ではないが、お前たちより知識はあるはずだ。それにもし二人が無理ならば一夏はオルコットに教えてもらえ」
「え?何で?俺は幼馴染みだし、箒の方が良いんだけど」
「わたくしも将輝さんとは同室ですので、その方が効率が良いと思いますが……」
一夏としてはよく知る幼馴染みの方が気が楽なので箒の方が良かった。セシリアの方は言葉通り、効率が良いので、そちらの方が良いとも思っているが、将輝にマンツーマンで指導したいというのが一番の理由である。二人の利害は一致しているので、話は其処で終わらせる事は出来るのだが、箒の教え方を知っている将輝としては二人の意見に同意しなかった。
「俺も箒に賛成だ。絶対に其方の方が効率がいい」
「理由を聞かせてもらえますか?」
セシリアは納得出来ずに理由を将輝へと問う。すると将輝はセシリアに近づき、耳打ちした。
「教え方が壊滅的に下手なんだ。俺は同じタイプだからわかるが、一夏はわからない」
「………そういう事ですの。わかりました」
そう何を隠そう箒も教え方が壊滅的に下手だった。将輝と同じく擬音と感覚の入り混じったぶっ飛び解説になるので、それをわかるのは同じタイプの人間のみ。そしてそれは中学時代に将輝の手によって実証されている。
「では、織斑さんはわたくしが将輝さんは篠ノ之さんが教えるということで宜しいですね?」
「箒の方が気が楽で良かったんだけど、オルコットさんは代表候補生だし、教えるの得意そうだから、まあいいか」
「話は纏まったな…………っと、一夏に将輝、今日の放課後、時間はあるか?」
箒は思い出したかのように将輝と一夏に問う。
「あるけど、どうかした?」
「俺も特に予定はないな」
「剣道場に来い。久々に試合をしたい、一夏も腕が鈍ってないか見てやる」