機動戦士ガンダムSEED Gladius   作:プワプー

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どうもご無沙汰です。
もう8月ですね!?
なんか…あっという間…今年前半の記憶がほとんどない…



PHASE-55 光り輝く天球・捌 ‐紅き炎 前編‐

 

 モルゲンレーテで起きた爆発の音は宿泊所にも聞こえてきた。

 「ええ…そう。」

 遠くから聞こえてきた轟音に異変を察知したマキノはすぐさま同僚に連絡を取った。

 「じゃあそっちの準備、進めておいて。こっちもできるだけ向かうから。」

 通話を終えたマキノは振り返りシグルドたちへと向いた。

 「モルゲンレーテで爆発が起きたわ。」

 そして、マキノは現在の状況を報告する。

 「といっても規模も小さくて場所は来客用の駐車場。そこに停められていた車がとつぜん爆発したとのことよ。政府はテロの可能性をふまえてモルゲンレーテ周辺をすぐさま封鎖、会社はすぐに社員の避難を始めているわ。本島(こっち)はまだ市民にテロの情報はいってないし大騒ぎとはなっていないけど、オノゴロへの幹線道路に規制をかけているから道路渋滞や公共交通機関に遅れなどの混乱が発生してくるでしょうね。そして、行政府では代表が主要首長たちに召集をかけている。」

 「…そうか。」

 おそらく初動がこうならば、政府はテロの可能性をふまえて動いたのであろう。

 テロが起きたときは後手に回りやすい。

 ある意味、奇襲攻撃と同じようなものだ。

 ならば、それが空振りであったとしても、法律の範囲内で動いた方がいいと判断したのであろう。

 と、外野からオーブ政府の対応に評価しつつシグルドはマキノとクオンへ目を向けた。

 「…で、おまえたちは?」

ならば、政府職員および軍関係者の2人には緊急の召集連絡が来るはずだ。

 「私は行政府に行くにしても、道路が混雑しているから別のところで情報分析するってなっているわ。」

 マキノは問題ないとした。

 一方、クオンは…

 携帯端末にシキからの緊急呼び出しがかかっていた。しかし、彼女は呼び出しを取ることなくは部屋の端っこの棚の隙間に放り投げた。 

 「どっかに落としてきた。」

 「…じゃあ、そういうことにしておこう。」

 彼女と連絡つかないことに動揺するシキが容易に想像できるのと同時に、あとで自分に協力していたと分かれば何か言われるであろうと思いつつ、シグルドはうなずいた。

 実際、2人がいなければどうにもならないのだ。

 なにせ他はレーベンを除いて…

 「あ~連中、やっぱり危険な連中だった。取引をうまくごまかして正解だったぜ。…はっ、まさかそれで俺を殺そうとしたのか…。」

 首を突っ込みたいのか、それとも関わりたくないのかわからない商売人と、ここにはまだいないがうさんくさい隠居老人しかいない。

 正直、マキノとクオンの存在はありがたい。

 「…けど問題はここからよ。」

 マキノの顔は浮かないものであった。

 彼女の職場はテロを止めるために活動しているのだ。いくら犠牲者がいないからといって喜べるものではない。

 「これがカムロの仕業としたら目的は何?」

 昨日、クオンが接触してもそれだけはわからなかった。

 だからこそ、彼らの言う『ある段階』まで待つことにした。その結果なのだ。

 マキノは自分の中で懸命に言い聞かせながら、資料やデータを目にして考える。

 「彼らの主義主張から考えて、一番狙われやすいのはアジアタウンやオロファトの中心街かと思っていた。」

 しかし、実際爆発が起きたのはモルゲンレーテ社。

 確かに以前はサハク派が実権を持っていたが、今はウズミが掌握している。

 「けど、来客用の駐車場だった。今は通勤時間帯だから社員用の方が人は多いのに…。」

 無差別のターゲットとしては格好のはずだ。

 「じゃあ、他に何が狙い?M1が狙いでもおかしい…。」

 それを囮にして、浮足立ったところでM1を奪取するにしても工場区から離れ過ぎているし、なによりM1を持ち運べる人員はそこまでいないはずだ。

 ふと、来客のスケジュールに目が行き、ポツリとつぶやいた。

 「この時間、ウズミ様が視察に来ていたんだ。」

 「ウズミが?何で?」

 シグルドがその名前を聞いたことに嫌そうな顔で質した。

 「何でってあなたたちがやってくれたゴタゴタの一件の後、ウズミ様がふたたび任じられたからよ。襲撃事件やあなたの逃亡と一緒にね。」

 マキノはコンピューターで状況を確かめる。

 「ウズミ様はその爆発のとき来客用の駐車場にいたけど、車から距離が遠かったから無事よ。すぐに護衛として駆け付けた兵士とともに避難してこの後、軍本部でキサカ一佐と合流することになっているわ。」

 「…っ、…ウズミ・ナラ・アスハ。」

 ふとクオンは思い出したようにその名を呟いた。

 「ごめん。クオンとしてはあまり名前を聞きたくないけど、私としては…。」

 「カムロは私にとっていい話と言っていた。」

 「たしかにそう言っていたな、なんか調べたって…ん?」

 シグルドはふとあることに気付いた。

 「そうか…狙いはウズミか。」

 そうなるとカムロが言っていた意味もわかる。

 「あっ…あのこと?」

 マキノも気付く。

 「だからいい話って…。っていうか、アイツ事情なんか知らないくせに愉快そうに言ってっ。」

 「ウズミ嫌いのサハク派にとってそういうのは英雄同然なんだろ?…あっ。」

 「おいっ、今、なんかすごっく物騒な感じな話していないか?」

 一方、3人の話についていけていないレーベンとキリであったが、彼らが抽象的に言っている言葉の内容に不穏さを感じていた。

 「なんか聞いちゃいけないようなこと…?」

 知りたいけど、聞かない方がいいような…。

 こういうときに限って知っていそうなユゲイがそこにいない。

 「けど、狙いって言っても、ウズミ様は無事だったのよ。今では兵士たちもいる。これじゃあ…。」

 「いや、もう1人いる。」

 マキノの言葉にシグルドが被って言う。その表情には焦りが見えた。

 「もし、その話を聞きかじっただけだとしてもアスハの人間で関わっている人間がもう1人いるんだ、マキノ。」

 そう言うシグルドの表情に焦りが見えた。

 「カガリ、だ。」

 その時、部屋の外の陰に小さな人影が動いたのだが彼らは気付かなかった。

 「カガリ様ですって…?」

 マキノもそこまで考えに至らなかったようだ。

 カガリは今何も役職もついていないし、職務もしていない。護衛がついておらず手薄だ。

 「だけど…。」

 マキノはうーんと唸る。

 どうしても合致しないのだ。

 カムロはサハクを支持しているが、それでウズミやカガリを狙うのは唐突過ぎる気がした。

 「彼らは何をしたいの?」

 まったくもって彼らの目的が見えてこない。

 「とにかく、今すぐカガリの元へと向かう。」

 シグルドは立ち上がる。

 先日の一件以来、なるだけ接触がないようにしてきたが、彼女の身に危険が及ぶとなればそうと言ってられない。

 「そうね…。」

 マキノも今は目の前のことに集中しようと息を吸って吐いた。

 「ユゲイ様にも伝えてあの人から…。」

 政府や軍本部に口利きしてもらおうと思い、彼がいるであろう空間に目を移した。しかし、彼の姿がそこになかった。

 「いない!?なんで!?」

 爆発の音を聞き、職場に連絡を取った時にはいたはずだ。

 「いや~困った、困った…。」

 すると、困り果てた顔でユゲイが部屋へと戻って来た。

 「…どうしたものかのぅ。」

 マキノとクオンの顔を見ると、悩まし気にうなる。

 「なによ、人の顔を見てから困らないでくれない。」

 いったいどこにいたんだと咎める気もなれなかった。

 こんな状況でもペースを崩さないユゲイに呆れを通り越してむしろ感心してしまいそうになる。

 「いや~のぅ…そなたらが知れば怒りそうでのぅ…まったく目を離さんようにと言うておったのに…。」

 「何が起きたんですかっ、まったく…。」

 こっちは急いでいるのに、ユゲイは自分の困りごとをなかなか言おうとしない。

 無視したいのであるが、彼に頼み事もあるためできない。

 それに、なにか彼の困り事が気になってしまうのだ。

 「ユゲイ…言いたいなら早く言ってくれ。」

 シグルドも我慢できずに問う。

 それでもユゲイの話を聞く気であるのは、これほどマイペースだがこの状況に関して無関係でもないと分かっているからだ。

 「ふむぅ…実はのぅ。」

 ユゲイは観念したとばかり話し始めた。

 「さっきここにいたはずのケントくんの姿が見えんのじゃよ。」

 「はあ!?ケント!?」

 「どうして…。」

 あまりにも突然出た名前にマキノとクオンは驚く。

 彼女たちは3日前の出来事以降彼が関わっていないと思っていたのだ。

 「いや~一昨日、ここにメリルとともに来たのじゃよ。あの子とはああ口約束したもののあの年頃の好奇心はなかなかじゃからのぅ。だから敢えてシグルドたちは無事に匿われてますよ~ということにして内緒にするとしたんじゃが…学校に行く前にまた遊びに来てのぅ。とはいえ、この爆発騒ぎだからそなたらに会わすわけにも行かず、学校に送ろうとここのスタッフに頼んだんじゃが…どうやら目を離した隙に姿が見えなくなったんじゃよ。」

 「私たちそんな話聞いてないわよっ!?」

 信じられないといった顔でマキノは訴える。

 「じゃとて、そなたらにいいかと問えば反発するであろう。」

 「そうですけどっ!?」

 実際、今ものすごく文句を言いたい気分だ。

 「第一、シグルドたちもなんでユゲイ様のこんなことに付き合っちゃったのよ。あなたたちだってあの子を巻き込みたくなかったでしょっ。」

 「そうだが…言おうにもすでに来てたんだからどうこう言えるもんじゃないだろ?」

 「あ~もうっ。」

 マキノは頭を抱える。

 この状況からケントは自分たちの話を聞いていた可能性が高い。

 そして、シグルドを助けように何かをしなければと支院から飛び出したのではないか?

 そう考えると、きっとケントはカガリの元へ向かったはずだ。とはいえ、彼はカガリのことを知っているのだろうか?

 「なんで?なんでそうなるのっ!?」

 マキノはクオンを見やる。

 彼女は普段あまり感情を顔に出さない方だが、今回は激しく動揺しているのが目に見えてわかった。

 マキノがもっとも懸念していたことだ。

 「…いったい何を考えているの?」

 クオンがようやく声を絞り出して彼らに問い質す。

 「こっちは…ケントくんを巻き込まないようにしていたのに…。」

 彼らを見るクオンの目は怒りで満ちていた。

 「とはいってものぅ…クオンよ。」

 ユゲイは彼女の怒りに臆することなく話す。

 「あの年頃の好奇心はなかなかなもんじゃい。いくら大人たちがダメだと言うても見たく、聞きたく、したくなるのだよ。だからワシやメリルは敢えてシグルドに会わせて無事に匿われているという風に知ってもらい、それを内緒にするということにしたんだ。」

 「それはあなたたちの尺度じゃないですか!?」

 クオンは普段では見られないような声を荒げる。

 「あの子は…あの子はあなたたちや私たちと違う。学校に通って友だちを作って…そして帰る家があって待っている人がいる。あなたたちだってそれを後押ししているのに…なんで!?」

 「落ち着け、クオン。」

 シグルドは肩をポンと叩く。

 「ケントが行ったとしても子どもの足だ。なら、こっちがカガリの元へと向かえばケントも守れる…そうだろ?」

 シグルドは彼女を落ち着かせるように状況を、そして自分たちがすることを筋道立てて話す。

 「えっ、ええ…そうね。すぐに追いかければなんとか…。」

 クオンも冷静さを取り戻そうと彼の考えを反芻する。

 「ねえ、ケントはカガリ様のことを知っているの?」

 マキノはシグルドにさきほどから思っている疑問をささやくように訊いた。

 そもそも彼らが知り合いでなければその前提条件が崩れる。それをクオンには聞かせられない。

 「ああ…ユゲイ、ケントはカガリと知り合いか?」

 そこは一番知っていそうなユゲイにシグルドは聞いた。そっちの方が手っ取り早い。

 「ああ、そうじゃ。」

 ユゲイはうなずき詳しく答える。

 「ケントが小学校に入ったばかりのころ、あの子、行政府の託児施設から脱走したっていう騒動があったのじゃよ。」

 「脱走?」

 「冒険という名の脱走じゃ。場所が場所なだけに大人たちが一生懸命探し回った結果、見つかったのは代表執務室だったのじゃ。」

 「なんかその後の話が簡単に見えるぞ。」

 「ああ。そこから出そうにも嫌がって…まあウズミがいいっていっておったからのう。 まあ、それでそなたの予想通り、お母さんが仕事終わるまでいることになったじゃ。まあ、一応彼にも仕事があるからその間はちょうど学校から来たカガリ様が遊び相手になったというわけさ。そういう経緯じゃ。」

 「…2、3年前に子どもが脱走したそんな話聞いたことあるけど、あれ、ケントだったのね。」

 職場が同じ建物であるマキノはそういえばそんなことあったなと思い出した。

 「…となれば。」

 あとはカガリを見つけるためにケントがどこに向かったのか場所を探せばいい。

 レーベンにオーブ本島の地図と3色のペンと画鋲を持ってこさせた。

 そしてシグルドは赤と青のペンで道をなぞっていく。

 「何しているの?」

 レーベンの疑問にシグルドは答える。

 「昔、映画やドラマであっただろ?2つの殺人事件が起きるんだが、それぞれの容疑者にはアリバイがある。一見、接点は無いように見えたが、それぞれの容疑者は通勤のための同じ交通機関を使っていた。そこで交換殺人を互いに提案、実行されたって言う内容だ。カガリが俺に会いに行くっていっても軍事施設とか部隊のオフィスか、だ。幼い子どもが行って1人でウロウロするのは危険だ。そこで俺たちは互いが通るルートから交わったところで 会うようにしていた。」

 「もしかして…それをカガリさんとケント君もしていたと?」

 「ああ。あいつの性分からあんまし堅苦しいところっていうのは嫌だろうしな。ユゲイ、ケントの家と学校は?」

 「ええっと…こことここじゃ。」

 ユゲイが指示した場所を、シグルドは緑のペンで印をつける。そして、先ほどと同じようにその2つの点の道をなぞっていった。

 「いくつもルートがあるよ。」

 一通り書き終えたシグルドはペンで地図を指しみんなに説明する。

 「このくらいの子どもはいろいろ寄り道する。赤がカガリ、青は俺、そして緑がケントのルートだ。俺のを加えたのはここ数日のことを考えてあいつの性分から俺に会うか会わないか考えてウロウロしているはずだ。」

 逃亡している身の人物が従来のところにいるはずがないと考えるが、自然と足をそちらに運んでしまいがちだ。だからこそ、シグルドは自分のも加えた。

 「この3つの線が通る近くに会うには最適な場所は…。」

 すると海辺の近くにある公園があった。

 「ここだ。ワダツミ海浜公園。ここならアスハの屋敷も近いし、『秘密基地その2』もある。そこにカガリがいるだろうし、ケントも向かったはずだ。」

 『秘密基地その2』とは何?2ってことは1もあったのか?

 他の者たちがその単語に対してそんな疑問がでる反応を気にもかけず、シグルドは銃の入ったホルスターを腰にかけて準備する。

 「キリ、車を出してくれ。すぐに向かうぞ。」

 「私も行くっ。」

 防弾ジャケットを羽織り、銃をホルスターにしまったクオンも彼らの所に来る。

 「クオン、お前が行ったら、先日来たのが潜入だとバレるぞ。」

 そうなればカムロたちは行動を早めてしまい、もしかしたら最悪な結果になるかもしれない。

 そこまで考えが回らない彼女ではないはずだ。それともまだ落ち着きを取り戻してないのか?

 「あなたたちが撃ち合いになった時、誰があの子を守るのっ。」

 クオンは引き下がらない。

 「私があの子の安全な場所に避難させる。それなら彼らにも顔を見られないでしょっ。」

 「あ~、こんちくしょうっ。」

 シグルドは悩んだ。

 彼女の言い分も一理ある。

 自分とキリだけじゃあケントを撃ち合いの外に連れだせない。

 彼女がバイクで行けば可能だ。

 「ええい、行くぞっ。」

 シグルドは折れ、彼女も行くことに同意した。

 もはやこれは賭けだ。

 万が一もあるが、彼女の腕を信じるしかない。

 「いや俺、銃持っていなしそんなに射撃は…だから俺が行っても…」

 なんかもう撃ち合いが前提の話だし自分も行くことになっていることにキリはそんなところに行かないように遠回りに言い訳をする。

 すると、クオンが持ってきていた鍵付きのバックを取り出して中を開けた。そこから銃を1丁取り出し、キリに渡す。

 「これでいいでしょ。」

 「えっ…。」

 思わぬことに戸惑いつつも受け取ってしまった。

 これで自分も行くこと決定だ。

 その様子を見ていたシグルドは溜息をつく。

 「キリに貸せるなら俺だって貸してもらいたいんだが…。」

 しかし、クオンはお断りだと無言で答える。

 「ダメか…。」

 シグルドは仕方なく予備で持ち歩いている銃を使うことにした。

 「ワシは軍本部へと向かってこの一連の事件について話を通しておく。ここにはメリルに来てもらおう。」

 ここでただ成り行きを待つ気のないユゲイは立ちあがる。

 「私も自分の職場に行くわ。」

 そして、マキノもまた立ちあがる。

 「といっても、別オフィスにね。そこのコンピューターならケントも探せる。動いている連中を追跡できるわ。」

 「じゃあ、頼む。」

 「ああ、ちょっと待てっ、シグルド。」

 クオンとキリが支院から出てからマキノは呼び止めた。

 「もしかしてさ、あんた…。」

 何かを聞きたそうであるが、そこで言葉が途切れる。

 「何だよ?早く聞けよ。」

 外ではクオンはバイクに乗っていて、キリが待ち切れないとクラクション鳴らしている。こっちも急ぎたかった。

 「いや…いい。」

 マキノは思い直したように頭を振る。

 「とにかく…ケントを無事に見つけてね。」

 そう言ってマキノも支院を出て行った。

 ユゲイも出て行くのを見た後、シグルドはキリのバンに乗り、大急ぎでワダツミ海浜公園に向かった。

 

 

 

 

 カガリはワダツミ海浜公園の遊歩道を1人、歩いていた。

 ここはアスハ邸からもオロファト市の中心街からも近いためよく訪れる場所であった。

 散歩しながら海側へと目を向けると高層ビル群と緑豊かな森林と対照的な景色を重ねている見ることができ、さらにその先の、どこまでも広がる水平線を一望することができる。

 ここはある意味オーブのすべての面を見ることができるのだ。

 しかし、ここ最近のカガリはそれらをゆっくりと見る余裕はなかった。

 ここ最近の出来事が、さまざまな考えがずっとカガリの中で巡り続け、終わることのない堂々巡りとなっていた。

 模索していた。

 しかし、同時に自分の無力さを痛感した。

 あれこれ考えていたカガリであったが、遠くから爆発音が聞こえてきたときはハッと顔を上げた。

 今のは…?

 おそらくオノゴロの方であろう。

 遠く黒煙が上がっている。

 何かあったのか?

 カガリはその場所へと行こうと駆けだした瞬間、脳裏にモビルスーツの爆発がフラッシュバックした。

 「あっ…。」

 足を止め、ふと手のひらを見ると血がこびついていた。

 違うっ

 カガリは否定し懸命に首を振ってふたたび手のひらを見ると血は付いていなかった。

 錯覚だ

 しかし、ふたたび足を踏み出すことができなかった。

 また誰かを傷つけるのでは…

 思い悩んでいると、公園沿いの道路に車が1台停まり3人の兵士が降りてきた。

 「カガリ様っ。」

 兵士たちはカガリの姿を認めるとすぐに彼女のもとへと駆け寄った。

 「モルゲンレーテで爆発が起こりました。」

 「モルゲンレーテだって!?」

 オノゴロだろうとは推測したが、まさかモルゲンレーテとは思わなかった。

 また襲撃があったのだろうか?

 今日は平日で多くの社員が出勤しているはずだ。

 そこにはカガリの見知っている人達もいる。彼らは無事か…

 あれこれ考えるカガリはふとあることを思い出し嫌な予感を覚えた。

 「…っ、お父さま。父が、ウズミ前代表がいたはずだ。無事なのか!?」

 今日の午前中にウズミが視察に行くと邸での会話をたまたま聞いていた。

 まさか、巻き込まれてしまったのか…

 「はい。駐車場で爆発がありましたがけが人は今のところおりません。社では従業員の避難誘導を行っており、ウズミ様も護衛の兵士とともに避難されました。」

 「そうか…。」

 ウズミも社員も無事であると知ってカガリは安堵した。

 「しかし、いつまたどこかで爆破されるかわかりません。カガリ様も避難するようにとのことで迎えに上がりました。今からご案内いたします。」

 「ああ…だが…。」

 カガリは兵士の言葉に戸惑った。

 いつもであればこういった緊急時にはキサカが来るはずだ。

 安全上のためにそうしている。

 しかし、ここで彼らを拒否してどうなる?

 勝手な行動をしてまた誰かが傷ついたら…

 カガリは乗ろうと車の前までいった。 

 「ダメっ!」

 すると、カガリの腕を引っ張って止める存在があらわれた。

 「ケントっ!?」

 カガリは驚く。

 確かにこの公園はケントと遊ぶときの待ち合わせに使っている。

 しかし、なぜいまここに現れたのか?

 そもそも今は学校に行っている時間のはずだ。

 「カガリ、ここで待っていよう。もうすぐシグルド兄ちゃんも来るからっ。」

 「シグルドっ…シグルドがっ!?」

 カガリは思いがけずケントからシグルドの名前が出て驚く。

 ケントは説明をする。

 「あのね…もうすぐ危ないことが起こるんだっ。お兄ちゃんたちは、その人達を一生懸命探していたんだっ。その人達が軍に紛れているかもしれないって。しかも、カガリを狙っているって…。」

 「カガリ様っ。」

 すると兵士の1人がケントに割って入って来る。

 「たかがこどもの戯言です。事実確認はこちらでいたしますので、まずは車にお乗りください。」

 兵士は必死に説得しようとするが、カガリは彼の言葉などすでに聞いておらずケントから視線を外さなかった。

 ケントは懸命に自分に伝えようとしていて嘘を言っているようにも思えなかった。

 しかし、状況がわからない。

 これから何かが起こるだって?あの爆発はそのためのものなのか?

 けど、なぜシグルドがそれを追っているのだろうか?

 オーブはシグルドに恩を仇で返すような真似をしたのに…

 それにケントはどこでシグルドと会ったのか?

 あれこれ考えるが見当もつかない。

 とにかくケントからさらに詳しく聞こうとケントの方に体を向けた。

 が、突如、兵士がケントを突き飛ばした。

 思いっきり突き飛ばされたケントはカガリから引き離され地面にぶつかるように尻餅をついた。

 「何をするんだっ…。」

 カガリはいきなり子どもに対して暴力を振るった兵士に抗議の声を上げたが、その声は途中で遮られた。

 彼女の前にナイフがつきつけられた。

 「おとなしくしろっ。」

 反射的に体が固まった隙をつかれ、カガリは兵士に腕を抑えられる。

 「このっ…。」

 カガリは抵抗を試みるが、叶わず、後ろ手に縛られた。

 もう1人の兵士が銃を抜き、ケントの方へ銃を向けた。

 それが視界に入ったカガリはケントを見るが、彼は立ち上がってなかった。

 「逃げろ、ケント…逃げるんだーっ。」

 このままではケントが殺される…

 そう思ったとき、遠くから車のクラションが鳴り響いた。

 なにが…?

 兵士たちとカガリはその方向を見ると1台のバンが近づいてきていた。

 「おいおいっ!連中、やる気マンマンだぜっ。」

 兵士になりすました男たちは、銃を構えこちらに向けていた。

 「これじゃあ、こっちがやられるっ。」

 キリは叫んだ。

 「時間稼ぎだ(・・・・・)っ。思いっきりアクセルを踏めっ。」

 シグルドは銃を構え、上体を窓から出すと撃ちこんだ。

 カガリの姿が見えた。

 カガリっ

 「シグルドっ!」

 すると、キリに襟首をつかまれた。

 相手のうち2人が発砲してきたのだ。

 キリはシグルドを車内に戻させ、急ブレーキかけながら車体を横に向ける。

 そして車から降り、車の盾にしながら男たちに向け発砲した。

 シグルドっ!?

 カガリは残りの1人に後ろ手に縛られ車に押し込められようとしていたが、バンの人物を見た。

 もう1人、シグルドの士官学校時代の学友のキリ・イリカイだということも認めるが、彼女が一番気にしていたのはシグルドであった。

 ケントの言った通りシグルドが来たっ

 この状況下で彼が来てくれる嬉しさ反面、戸惑いとうしろめたい気持ちがあった。

 なぜ?

 自分に関わってまた命を落としかねないのに、彼に対し何も報いていないのに…

 そのためか…カガリは声を上げることもしなかった。

 「うわわわっ…。」

 その頃、ケントは自分の近くで鳴り響く銃声に驚いていた。

 とにかくこの場所から避難しようと身をかがめたまま逃げようとするが、四方八方から鳴り響いているように聞こえて、どこに逃げていいのかわからなかった。

 なんとか這いつくばって進もうとした矢先、

 「危ないっ。」

 誰かが覆いかぶさったかと思うと何かジャケットのようなもの体を被せられた。

 ケントはその聞き慣れた声にちらりと見上げるとクオンの姿があった。

 「クオっ…。」

 ケントは喜びの声を上げようとしたが、その前にクオンに「静かに」と言われた。

 クオンは偽兵士たちに自分の姿を見られないように、またケントをすぐにでも遠くに逃がせるように撃ち合いを背にしているが、ちらりと様子を窺って隙を見ていた。

 「くそっ!」

 シグルドは撃ち合いの状況に我慢の限界がきていた。

 これでは埒が明かない。

 シグルドは銃弾をふたたび弾倉に装填している間に叫んだ。

 「その子を早く遠ざけろっ。」

 そしてシグルドはふたたび銃を構えた。

 「行くわよ…走ってっ。」

 それを合図にクオンは小声でケントに言った後、彼を立たせ走らせる。

 ケントは訳もわからないまま、それでもクオンの言葉に従い、走る。

 それに気付いた1人の男がケント達に銃を向けた。

 が、それはシグルドたちの銃弾によって遮られる。

 結局撃てず、ケントを逃した男はもう1人の男に耳打ちする。

 状況が不利と判断した彼らはカガリを抑えていた男が彼女を車に押し込めるのを見た後、応戦しながら車に乗る。

 「シグルドっ!あいつら、逃げるぞ。」

 「言わなくてもわかるっ。」

 シグルドは発車し後方転回した車に狙いを定めて銃を構えるが、銃弾は届かなかった。

 それでもシグルドは車の、後部座席にいるカガリに目を離さなかった。

 「くそっ。」

 シグルドは舌打ちした。すでに車は遠くへと去って行ってしまった。

 

 

 

 

 ユゲイが軍本部に急行して事の次第を話したのはリャオピンであった。

 「ウズミ様と姫さんが狙いだってっ!?」

 彼の話を聞いたリャオピンの反応は驚きの中に呆れも混じっていた。

 「連中、それで何がどうなるって思っているんだ?」

 狙いはなんとなくわかるが、しかしそれが出来たからといって彼ら(・・)の状況が変わるわけでもないのだが…。

 「それはワシにもわからん…。だがどうであろうとも、連中が狙っているのであればワシらも対応せねばならんじゃろ。」

 ユゲイも溜息をついた。

 「だとすると…この爆発騒ぎを起こしてその隙をつくってことか…。」

 「とにかく…避難したウズミのもとに行かねば…。」

 ウズミは一旦軍本部の一室へ避難している。そして安全が確認され次第、行政府へと移動することになっている。

 2人はその部屋へと向かっていると、リャオピンの同僚で同じくウズミの秘書官であるチェヒがキサカとともにやって来た。

 「ウズミ様からまだ連絡がないのよ。」

 チェヒはリャオピンに説明した。

 軍本部に避難した後、執務室に連絡がいくことになっている。

 しかし、もう着いてもいい時刻になっても連絡はない。

 そこでイズガワはチェヒとキサカに確かめるように頼んだのだ。

 それを聞いたリャオピンとユゲイは互いに顔を見合わせる。

 まさかすでに連中は事を為したのか?

 「とにかく…部屋へと向かおう。」

 彼らはキサカ配下の数人の兵士たちともにウズミが避難することになっている部屋へと向かった。

 部屋の前へと着くとキサカの手の合図のもと兵士たちは配置につき、中の様子を探ろうとリャオピンはドアの傍から聞き耳を立てる。

 兵士たちは銃を構え、チェヒもまた隠していたホルスターから銃を抜く。

 リャオピンが合図を出せば、すぐにでも突入できるようにするためだ。

 しかし、リャオピンが訝しむような表情となっている。

 「どうした?」

 キサカは小声で訊く。

 「…なんか様子がおかしい。」

 中が静かであった。

 すでにいないのか?

 「チェヒ。」

 先に彼女に行ってもらおうと呼ぶ。

 彼女であればすぐさま異変に察知できさらに対応できる。

 それにはキサカも頷いた。

 「行くよ。」

 彼女の合図とともにドアを蹴破り部屋へと入り、兵士たちも続いて入っていった。

 部屋に入った彼らが目にしたのは意外なものであった。

 物が散乱し、数人の兵士たちが倒れている。

 おそらくウズミの避難の際に誘導していた兵士たちだ。

 しかし、ウズミの姿はこの部屋にはなかった。

 「彼らを殺してウズミ様を連れ去ったのか?」

 キサカは周りを見渡し、そう推測する。

 「いや…違うっぽいですぜ。」

 リャオピンは兵士たちのIDを見ながら否定した。

 「これは偽造されたもの…おそらく彼らが偽の兵士(・・・・)だ。」

 「どういうことだ?ウズミ様はどこに?」

 この状況から偽の兵士たちがウズミを狙ったが失敗したことが窺える。

 しかし、肝心のウズミがこの部屋のどこにもいない。

 「…まずいのぅ。」

 そう懸念の言葉を口にしたのは後ろに控えていたユゲイであった。

 「グオ、ホムラに連絡してくれないか?あまりいい状況ではなくなった。」

 「了解っす。」 

 ユゲイの言葉を受けてリャオピンはすぐさまホムラに連絡を入れた。

 キサカとチェヒは、この一連の出来事を承知済みのように振る舞う彼らに互いに訝しんだ。

 

 

 

 

 「うわぁぁぁん~。」

 宿泊所の2階にはケントの泣き声が響き渡った。

 彼が泣く理由はさきほどの銃撃戦で怖かったからではない。いま、自分の目の前に腕を組んで立っているクオンが恐いからだ。

 彼女は何か怒鳴るわけでもなく、ただじっとケントを見据えているだけだが、ものすごく怒っていることがわかる。

 助けを求めようとケントは視線を彷徨わせるが、ドアから覗き込んでいたレーベンとキリはケントと目が合うやいなやさっと顔を隠す。

 彼らもクオンの怒りのとばっちりを食らうのが怖いのだ。

 シグルドもマキノからの連絡を待っているからと部屋にいない。

 完全に1人。

 耐えきれなくとうとうケントは泣き出したのだ。

 「泣いているだけじゃわからないでしょ。ちゃんと説明しなさい。」

 ずっと黙っていたクオンが口を開いたが、ケントにとってこんなにクオンに強い口調で問い詰められたことを知らない。

 「うぐっ…うう…だっで~。」

 ケントは泣くのを懸命にやめようとしたがやはり涙が出てくる。

 「シグ…兄ちゃんたちの…話し声がして…。」

 涙声の半濁音混じった声でいきさつを話した。

 数日前にシグルドと再会してユゲイとああは約束したが、せめてもう1度会いたいとケントは学校に行く途中に支院に寄ってみた。

 すると、遠くから大きな轟き音が聞こえてきた。

 なんだろうと不思議に思いながらも2階にやって来ると、シグルドの他にクオンやマキノもいた。

 彼女たちもいることを知り、うれしく思ったケントはいざ部屋に入ろうとした時、彼らの会話からカガリが危ないと聞こえ足を止めた。

 ケントはカガリのことを知っている。

 お母さんの仕事場にいるおひげのおじさんのところでよく遊ぶ年上の友だち、というのがケントの認識である。

 そして、ふと考えた。

 ここで彼らの中に入っても、きっと危ないからとカガリを助けに行くのにここに残されるだけだ。

 なら、先回りしてカガリに危険を知らせれば、きっとシグルドやクオンも褒めてくれる。

 そう思い立つや、いつもカガリとよく遊ぶ公園にさっそく向かった。

 あくまで公園に向かったのはただいるかもというケントの単純な考えだった。

 そして、たまたまであったが、カガリはそこにいた。

 しかし、なにやら怪しげな男たちと一緒だった。

 きっと彼らが悪いヤツらだ、と思いケントはカガリを引き止めようとした。

 しかし、結果は…ケントが思っていたものとはかけ離れていた。

 男たちに突き飛ばされいとも簡単にカガリと引きはがされ、みすみす男たちを逃してしまった。

 「だって…ボクだって手伝いたかっただもん~。」

 そう言って、ケントはふたたび大声で泣く。

 クオンやマキノから言いつけられているし、ユゲイとも約束はしたが、やはり自分も何かしたかった。

 それにいいことして褒められれば、きっと母親が自分のしたいことを認めてくれると思ったのもある。

 いつもテストでいい点数をとったりお手伝いすると、ケーキや大好きなおもちゃを買ってくれたりするのと同じ…クオンに会いに行くことを許してくれる、その思いもあった。

 「うわぁぁぁん~。」

 ふたたび大声で泣く。

 悔しくて悲しくて泣いた。

 自分だってできるんだって教えたかったのに…自分の望みを叶えたかったのに…結局何もできなくて、さらにケントが会いたいクオンから怒られて…

 散々である。

 クオンをじっと見据えながら、やがておもむろに口を開いた。

 「ねえケントくん…私がなんで怒っているかわかる?」

 「うっ…うっ…クオンの言いつけ守らないで勝手なことしたから…。」

 「それもあるけど…もっと違う…とっても大事なことで怒っているの。」

 「…大事なこと?」

 意外な言葉にケントは戸惑う。

 「それはケントくん…あなた自身よ。」

 「ボクが…?」

 「そう。あの時、ケントくんの周りはとても危なかったの。…大ケガをしたかもしれなかったのよ。」

 クオンはケントにもわかるように、そしてケントが恐がらない言葉を使って説明する。

 「ケントくんに何かあったら…お母さんはとても心配して悲しむでしょ?」

 「…お母さんが?」

 「そうよ。」

 ずっと手伝いたい、何か役に立ちたいと考えるだけで、お母さんに心配をかけることなんていっさい頭になかった。

 ケントは今、それに気付きシュンとした。

 「おい、クオン。」

 その時、ドアからシグルドがクオンを呼ぶ。

 マキノがカガリを連れて行った連中の足取りを掴んだことを知らせにきたのだ。

 彼の隣にはユゲイから呼ばれてきたメリルもいた。

 彼女はそのまま部屋に入ってクオンとケントのもとに行く。

 「まだお母さんが来れそうにないから、私がこの子を預かっておくわ。」

 「お願いします。」

 そしてクオンは立ちあがり、シグルドのところへあくる。

 「ねえ…。」

 去り際、ケントがクオンを呼び止めた。

 彼自身、なぜそうしたかわからない。

 しかし、こんなにも近くなのに、とても遠く感じたのだ。

 距離は変わっていないはず。

 わからず、ふいに呼び止めてしまい、それでもなにか言わなければと出たのはカガリを心配する問いかけであった。

 「…カガリ、大丈夫だよね?」

 すると、シグルドがケントの元に近づき、頭をワシワシと撫でた後、微笑んで言った。

 「ちゃんとここで待っているんだぞ。」

 いきなり撫でられたことに驚き目を丸くしながらケントは彼らを見送った。

 「連中がカガリを連れ去ったのは例の廃倉庫だ。どうやらあそこがアイツらの本拠点で間違いないだろう。」

 廊下を歩きながら、シグルドは説明する。

 「このまま殴りこみに行くが、準備はできているか?」

 「ええ、もちろん。」

 「というか、俺たちも行くの?」

 シグルドとクオンはやる気満々だが、彼らの後ろをついて歩くレーベンとキリだが、2人が行く理由が見つからない。

 キリが代表してその疑問を投げる。

 「ここはあくまで匿われている場所だぞ?」

 向こうできっとかち合うのはギャバン達だけではない。オーブ軍やら警察が来るかもしれない。

 のちの捜査を考えれば、ここにはこれ以上はいれないのだ。

 「う~ん…。」

 まだキリは渋っていたが、支院からでると普通にバンの運転席に座った。

 「…本当に大丈夫か?」

 助手席に座ったシグルドはウインドウからバイクに乗るクオンに再度念を押しするように訊く。

 「…ええ。」

 クオンは短く答えた後、なにか口ごもるように小さく呟いた。

 「甘かった。ただ、それだけ。」

 「…そうか。」

 そして、先にバンが続いてバイクが発射し、廃倉庫へと向かった。

 

 

 

 

 モルゲンレーテの工場区ではテロ対策のマニュアルに則り、 M1アストレイを別の区画へと避難する作業を行っていた。

 M1を乗せたトレーラーが出ては入ってと繰り返している。

 「あらかたの避難は完了したぞ。」

 ウィルことウィリアム・ミッタマイヤーは搬送作業の進捗をシキに報告する。

 現在、教導部隊は避難誘導兼作業員及びモビルスーツの護衛を行っている。

 「ああ…。」

 シキはウィルからの報告にうなずくが、どこかから返事のようであった。

 彼はずっと携帯端末を見ている。

 「ハツセはまだ出ないのか?」

 ウィルはこっそりと訊いた。

 彼女であれば呼び出しや にすぐに出て現場に来る。

 しかし彼女は現れず、呼び出しにも応答しない。

 「嫌な予感がする。」

 「状況が状況だからか?」

 とはいえ、クオンのことに対してウィルが関われることはない。

 「他の隊員には、ハツセ二尉は二佐に対してストライキを起こしていると伝えておいた。」

 彼ができることと言えば、彼女がいないことに対して不審に思う隊員に冗談を言うだけだ。

 「ああ、彼らもそれで納得するだろう…。」

 シキの返事はやはりうわべのような感じであった。

 というか、ストライキを起こされるようなことをしている自覚があるのか?

 とそこへ、シキの端末から呼び出し音がけたたましく鳴る。

 いきなりのことで思わずウィルは驚くがすぐに顔をのぞかせる。

 「ハツセ二尉!?」

 しかし、シキは眉間にしわをよせて「いいや」と首を横に振った。

 「リャオピンからだ。」

 

 

 

 

 (はーいっ。シグルド、クオン…聞こえる?)

 廃倉庫へと向かっている道中、マキノから通信が入った。

 「ああ、聞こえているぞ。それでそっちから何かわかったか?」

 間髪入れず、シグルドはカムロたちの動向を訊いた。

 (クオンが聞いたカムロの連絡用の携帯端末の発信は廃倉庫から出ているわ。そして、さっき銃撃戦があった場所からそこまでの道路の防犯カメラを追跡してその道を車が通ったのは確認できたわ。廃倉庫の敷地内や周辺にカメラはないから目的地かどうかそれじゃあ確証ないから…一応、熱探知を上空から確認したところだと十数人反応があるわ。)

 「そこにカガリを連れて行ったのは間違いないわ。」

 (それと、私なりにカムロたちの目的とギャバン・ワーラッハとの関係の有無について、そしてある仮説を立ててみたわ。)

 画面の向こう側には資料が山積みになっている。おそらく追跡している間に彼らに関する資料を調べたのであろう。

 (初めは彼らがなぜここまでするかわからなかったわ。なにせ突拍子すぎるから。)

 もともと自分たちはギャバン・ワーラッハを追っていた。そして、内に協力者がいるのではないかと推測してカムロたちに行きついた。

 しかし、彼らの目的が見えないのだ。

 大抵ある組織が事を起こすには目的がある。

組織の勢力拡大、人員のリクルート資金源確保、政治的などが挙げられる。

 この場合、政治的目的が有力である。アスハとサハクが対立し、現在サハクは実権から遠ざけられている。サハクを支持している彼らはその実権を取り戻すためにウズミやカガリを狙うというのはあり得るが、その先が全く見えない。

 いくら要人を確保したからといって、人質として交渉できると思っているのか?さらに、なぜ外の人間を使う必要があるのか?

 そう思っていたマキノであったが、彼らの以前の事件に取っ掛かりを覚え、再び彼らの資料に目を通した。

 以前のカムロが不起訴になったのは武力行使できる装備も資金源も実効性もないからだ。つまり、公安や情報調査室など捜査機関にとって彼らは客観的(・・・)に見てもさして脅威(・・)とはなりえない…それだけの存在であった。

 しかし、彼らは自分のことが何かすれば事は動くほどの大きな(・・・)存在だと思っている。

 (彼らは、自分たちが実力あるものだと証明したいのよ。)

 アスハに対してだけではない、サハク家に対して自分たちをアピールしているのだ。

 アスハ家の重要人物を連れ去り人質にすることができるほどの実力がある。

 もしかしたらサハク派の人間に(そそのか)されたのかもしれない。

 成功した見返りとして、それなりの地位を与えることを対価として…

 唆した人間にとって自分たちが動かずに重要な駒を得ることができると思ったのであろう。そして、カムロたちにとってもまたとないチャンスだ。

 それを他の者に邪魔をされたくない。

 だからMDIAを名乗ったクオンが接近して協力を申し入れても、カムロの反応は消極的だったのだ。

 (とはいっても、現実的に見てカムロたちだけでは無理ね。おそらく、彼らを使うと考えた人間が外の人間の助力として派遣したのかもしれない。)

 そう考えれば、これまでバラバラに見えていたものに辻褄が合う。

 (シグルド…彼らの背後にギャバン・ワーラッハがいるかもしれないわ。)

 マキノはこれまで懐疑的であったが、ようやくシグルドの言葉を信じるようになった。

 「だから俺がずっと言っていただろう…。」

 (だって根拠がないんだものっ。いくら見た見たといっても、もしかしたら国外に去ったかもしれないし…)

 「とにかく、それをアレックスにも知らせなくてはいけない。」

 (…なんで?)

 「両用偵察部隊が動いているなら、サラの上官であるイムの部隊だろう?」

 (サラ・ホンドウのこと?いや、でもぅ…。)

 シグルドはサラが潜入していると考えているが、マキノはまだそちらの方は信じられなかった。

 「おまえがそこまで推理しているなら両用偵察部隊だって考えているはずだ。おそらくテロが起こる情報を掴んで、な。それで動いていても、おそらく養親父(おやじ)はどこかで見つけたギャバンの存在については話していないはずだ。アイツを知らないまま突入したらアレックスだって危ない。」

 (う~ん…。)

 しかし、マキノの反応は曖昧なものであった。

 「なら、部隊の車両を追えばいいだろ?お得意のハッキングでどの車両を使っているかわかるし、どこにいるかもわかるさ。それで確証を得られるだろ?」

 (確かにその方法あるけど…あそこ、強烈なガードがかかっているのよ~。しかも、情報調査室の人間が軍の部隊のコンピューターをハッキングするのは今後のこと考えるとマズイというか…。)

 「わかった…別の手を使う。レーベン、お前の携帯端末貸してくれ。」

 マキノのいまいちな受け答えに痺れを切らしたシグルドは後部座席に座っているレーベンに手を向ける。

 「いいけど…壊さないよね?」

 「使うだけだ。」

 そしてシグルドは携帯端末でどこかの番号にかけた。

 スピーカ音にしているため、呼び出し音が鳴っているのが車内に渡る。

 しかし、数回鳴らしてシグルドは切った。

 不審に思うキリとレーベンであったが、しばらく間隔をあけてふたたびその番号にかける。

 すると向こうが出る音が聞こえた。

 「よう元気か?」

 シグルドは連絡した相手に声をかける。

 (やっぱり…もしかしてと思ったらシグルド、あなただったわね。)

 すると女性の声が返ってきた。

 「レーベンが俺と逃亡しているということになっているならこの番号も知っていると思ってな。俺としてはよかったぜ、番号を変えられていなくて。」

 (ということは…気分で連絡をしたっていうわけじゃないわね?)

 電話の相手は呆れ混じりの声であった。

 その声に聞き覚えがあるキリはハッと気づき声を上げる。

 「もしかして…マツナガか!? ミユキ・マツナガ!?」

 「…ちょっと外野がうるさいが気にしないでくれ。」

 「っていうか、何でマツナガの番号を知っているんだ!?」

 ギャアギャア騒ぐキリを尻目にシグルドは話を続ける。

 「それでミユキ…今、アレックスたちが作戦行動に使用している車を教えてくれないか?」

 ミユキと呼ばれた女性からの返事はしばらくなかった。

 「しかもファーストネームで呼ぶのか!?」

 その間も、キリはうるさい。

 (あなた…言っている意味、理解している?)

 間が空いてきた返事には戸惑いの色があった。

 (私に機密情報を漏らせと言うの?しかも逃亡中のあなたに?)

 それもそのはずだ。

 部隊の作戦行動なんて軍事機密だ。同じ軍所属でさえ教えることができないのに、まして軍から去った、しかも追われている人間教えるなんて犯罪をけしかけた言い方でしかない。

 「あー…今、起こっている事件を解決するためじゃダメか?」

 (…それで罪状が取り消されることになると思う?)

 そこをなんとか頼もうとしたが、向こうも折れない。

 するとミユキはため息交じりとともにどこか寂しげな声音になった。

 (あなたが去って数年音沙汰がないのは仕方ないとはいえ…この国に一旦戻って来ても何も連絡がなかったのよ。それでようやく来た連絡がこれ(・・)なんて…。)

 「なあ…なに、この雰囲気?ちょっとこれ…もしかして、もしかして…2人はそういう関係なのか?」

 キリは助手席と通信機の向こうの会話が気になって仕方がない。思わず後部座席のレーベンに問いかける。

 「いや…僕に訊かれても…。」

 それよりもかなり困っているのは困っているのはシグルドであろう。

 彼女がそこまで思いつめていたとは知らなかったようだ。

 頭を抱えながら逡巡し、ようやく口を開いた。

 「わかった、ミユキ。だけど、今はおまえの助けが必要なんだ。今までの埋め合わせも含めて何か礼はする。デザートにしろ、菓子にしろ、食事にしろ。…それでいいか?」

 すぐというわけではなかった。しかし、数分後返事が来た。

 (…いいわ、それで。)

 「ありがとう。」

 (今、会話している端末に送ればいいわね。)

 「ああ、そうしてくれ。」

 (…チーズタルト。)

 「え?」

 (今、美味しいって評判で行列ができるチーズタルトのお店があるの。)

 「よし、じゃあそれを買って来る。」

 (いちごパフェを出すお店。)

 「じゃあそれも…。」

 (パンケーキの食べ放題の店。)

 「わかったわかった。何を食べたいかは、その時じっくり聞くからっ。とにかくバレないようにな。じゃあ切るからっ。」

 端末を切った後、しばらく車内に沈黙が流れるがやがてキリが大声を上げる。

 「どういうことだ、シグルド!?」

 キリはシグルドに問い質す。

 「あのままいったら俺の財布が破綻する。ウチの経理厳しいから経費で落としてくれなさそうだしな…。」

 「そっちじゃなくて、マツナガとお前の関係!?付き合っているのか!?」

 「…もう過去形だ。」

 「マジかよ!?マツナガって後で本土軍の方に異動したんだよな。リュウジョウ准将の本土防衛軍でリュウジョウ准将の息子のおまえが、同僚のマツナガと付き合っていた!?」

 「なにかあるのかい?」

 レーベンは不思議そうに訊く。

 「軍の規定にはないが、リュウジョウ准将は自分の指揮下の部下たちの同僚との恋愛は禁じているんだ。」

 「それまたどうして?」

 「それは知らない。そのことで作戦行動中、他の兵士や将校たちに危険が及ぶからっていうことらしいが…自分の経験談という話もある。とにかく、そのおまえがしていたとは…。それ、准将も知っているのか?もしかして、それでおまえ除隊したんじゃ…。」

 「ああ、もう…しつこい。」

 「そりゃぁ、このことは士官学校同期生全員が知りたい話だろ?これを各所に話せしてその情報料で金儲けを…。」

 なんとか追及をかわそうとするシグルドになおもしがみつこうとするキリであった。

 (ねえ、あなたたち…)

 そこへバイクを走行しているクオンから通信が割って入った。

 (今、ふざけている場合?)

 これらの会話はマキノとクオンにも聞かれている。

 そして、彼女は今にも怒り爆発のところにいる。

 これ以上なにか彼女を怒らせる要因を増やしてはいけない。

 そう察っしたキリは急にシュンとなり黙った。

 そうこうしているとレーベンの携帯端末に赤い点滅がついている地図ナビが送られてきた。

 ミユキからアレックスの部隊の位置情報である。

 その点滅の廃倉庫へ続く道に向かっているのがわかった。

 「おい、キリ。もう少し行けば部隊の車が見えるぞ。」

 モニターを見ながらシグルドはキリに言う。

 その方向を注視すると車が1台同じ方向に向かっているのを視界にとらえた。

 「それで、どうするんだ?」

 キリはシグルドに尋ねる。

 実のところ、彼らを追いかけてどうするのかまでは知らない。

 「そのまま追突するんだ。」

 あまりにも唐突でしかも無謀な発言にキリは驚くしかない。

 「ええっ!?」

 「ちゃんと加減してだぞ。それで一旦向こうの車を止められる。」

 「いやでも…向こうは軍用だから装甲厚いだろ?…やばくないか?」

「その隙にクオンは向かってくれ。」

 (…わかった。)

 キリの心配をよそにシグルドとクオンはもう体勢は十分だった。

 もはや逃げられない状況と思ったキリは「ええい、ままよっ。」と向こうの車に近づかせていく。

 向こうもこちらの存在に気付いたのか離れていこうとするがキリは懸命に食らいつこうとアクセルを踏む。

 「キリ、カメラっ。」

 とたんにシグルドは声を上げる。

 「えっ!?」

 「車内カメラだっ。今からスイッチつけて激突したら切るんだ。」

 シグルドの言っている意味を理解したキリはカメラをONにした。

 それを見計らってシグルドは銃を出してキリに向ける。

 「ぎゃー、助けてくれっ!」

 キリは助けを求めて叫ぶが、どこかわざとらしさがあった。

 「早く、あの車を停めさせろっ!」

 シグルドは銃を向け、脅すようにいうがやはりこちらもわざとらしさがある。

 「…なにこれ?」

 後部座席に座っているレーベンはまったく意味がわからず、2人の茶番劇にただ呆然と見ていた。

 その時、車に衝撃が来た。

 激しく上下する車にレーベンは必死に取っ手にしがみつく。

 そういえば…軍用だから装甲が厚いと言っていたけど…つまり、こっちがぺしゃんこになる確率が高い?これって危ないことなんじゃ…

 と、急に不安を覚え、思わず目を閉じて心の中でジーザスと言う。

 やがて、車の揺れは収まる。

 レーベンは目をそろそろと開けて自分がまだちゃんと生きていると実感すると思わず安堵の息を漏らした。

 すると激突された向こうの車両のリアゲートから1人の男が、続いて2人の兵士が降りてこちらにやって来る。

 2人の兵士に先行してやってくる男はこちらになにか怒鳴ることはしないがその形相は怒りそのものであった。

 やがて、男は助手席側までやって来て無理やりドアを開けて、シグルドの襟首を掴んで引きずり出すと車の後部へと連れて行った。

 キリとレーベンは2人の兵士たちに自動小銃を向けられそのまま動けず、シグルドと連れて行った男の後を見ることはできなかった。

 一方、シグルドは男にバンの後ろまで連れて行かれ、そこで思いっきりバンに突き飛ばされたかと思うと、ふたたび男に襟首を掴まれて睨まれた。

 「…カメラはもう切ったか?」

 それまで無言であった男はそっと小さな声でシグルドに訊く。

 「ああ…助手席から出たときに切った。」

 シグルドの答えを聞いた男はそこで手を離した。

 表情は変わらず眉間にしわを寄せたままだが、これで演技は終わりと一呼吸置いたようだであった。

 「…相変わらずだな、アレックス。」

 シグルドは苦笑交じりに挨拶をかわす。

 この男こそアレックス・T・イムである。

 「それで…これでただ首を突っ込むだけだったら許さんからな。」

 抑えているが、邪魔されたと怒りの感情は入った無言の圧がある。

 「ああ。カムロの後ろにいる存在について教えに来たんだ。」

 「そんなものはとっくに知っている。」

 アレックスから返ってきた意外な言葉にシグルドは驚く。

 「ギャバン・ワーラッハのことを知っているのか!?」

 「誰だ、そいつは?」

 「え…?」

 どうも話が噛みあわない。

 「とにかく、話は車の中でだ。こっちは急いでいる。」

 2人は車へと向かった。

 バンに残っていたレーベンとキリも兵士たちによって車に誘導される。

 車両のリアゲートからのぞかせている残りの兵士たちを見るとかつて自分が率いていたメンバーの顔があった。というか、全員である。

 「…俺の部隊を引き継いだのか?」

 「どっかの隊長が勝手に抜けただけで編成替えじゃないからな。」

 毒を含みながらも適格な指摘にシグルドは苦笑いするしかなかった。

 「とはいえ、そっち(・・・)の方が()にとっても楽だ。」

 「まあ…俺の前任の隊長からのモットーだからな。」

 部隊という単位でもその中には隊長の方針での特色がある。

 「俺としてもお前が率いてくれて助かるよ、テウン(・・・)。」

 後任がアレックスであれば、前隊長から続くその特色を引き継げる確信がある。

 だからこそ、あえてシグルドは彼をもう1つの名前で呼んだ。

 彼自身、その名前で呼ばれるのをごく一部の人間にしか許していない。

 ゆえにその名前を知っていて、かつ許された者でもあまり彼をその名前で呼びかけない。

 今回、そっちで呼ばれたアレックスはわずかに表情が変わった。

 怒っているのではない。

 普段無愛想でしかめ面であり、表情があまり読み取れない彼であるが、その瞬間、わずかであるが微笑んだのであった。

 が、すぐに表情は引き締しめて車に乗り込んだ。

 部隊の車両は隊員プラス民間人3人を乗せてふたたび発車した。

 乗ったシグルドはまず車内にいる人数に訝しんだ。

 両用偵察部隊内の作戦行動部隊は12人前後のチームである。しかし、車内にいるのは8人だ。また、自分の部隊を引き継いだのであれば副官である男の姿もいない。

 「残りは別のルートから来るのか?」

 チームは時に2~4人で作戦行動することもある。その可能性も考えられた。

 「いや、倉庫には来ない。」

 「…なるほど。」

 どうやら違っていたが、おそらく一連の作戦の中で別の任務に当たっているのであろうと推察しこれ以上の質問はしなかった。

 「それで?」

 シグルドはさきほどの会話の質問をした。

 カムロの後ろに誰かいることは知っているが、それがギャバンであることを知らない。一体、部隊は何を知っているのであろうか?

 「ヘリオポリスの襲撃から数日のことだ。NISからテロの情報が入った。」

 アレックスは事のあらましを話し始める。

 「NISって東アジアの諜報機関だろ、お前のところの古巣の?」

 東アジア共和国は日本、中華人民共和国、大韓民国など極東地域が集合した国家であり、プラント理事国の1つであり、地球連合の加盟国である。

 非理事国であり中立国でありるオーブとは一見友好関係がないように見えるが、両国は歴史的・民族的に深い関わりがあるのだ。とはいえ、現政権にはつながりがあるとはいえ氏族には親大西洋連邦派が多い。現在の情勢、東アジアの立場を考えればオーブとの関係は維持したい心づもりがある。

 「しかし、その情報に『誰が』という主語はなかった。」

 その言葉にシグルドは1つのある考えが浮かんだ。

 東アジア共和国の政府としての立場は上記のものであるが、諜報機関には諜報機関の繋がりがある。

 オーブの裏側を担っているサハクが現政権から実権をはく奪されている状況下でパイプを壊したくないNISは表だって協力はできないのだ。

 ヘリオポリスの一件は、政権のアスハとサハクの政治的対立が見え透いている。

 だからこそ見極めたいのであろう。

 もしくはNISにとってサハクを退けたオーブ政府に価値を見出しているのか?

 どちらにせよ向こうの事情なので、今こちらの問題にはあまり関わらない。

 「調査を進めるとカムロに行きついた。あの男は会社の解体後、その時の仲間とともにオーブ周辺を拠点とする犯罪組織の用心棒的な裏ビジネスをしていた。だが、それでテロを実行するまでの確たる証拠は見つからなかった。そこでサラを潜入させた。横流し事件をでっち上げてな。」

 「やはりサラは潜入だったか…。」

 信じていたとはいえ、その事実が確認できてシグルドはホッとした。

 「奴らは不名誉除隊とかの素行不良の連中を集めているからな。そして、新入りでもうまく中枢に入りこめるように、アイツらが欲していた武器を部品の番号(・・・・・)控えておいて(・・・・・・)、キリを利用して調達させた。」

 「キリねぇ…。」

 シグルドはちらりとキリの方を見る。

 どうやらアレックスもキリがジャンク屋やら運送業者を名目にしてワルをしていること

を知っていたようだ。彼の場合はわざわざ検挙するほどの悪事でもないし、ある意味この情勢情扱ってしまうモノであるため片目をつぶっているのであろう。

 しかし、わざわざ『ジャック・エドワーズ』なんて偽名を使っているのに彼を知る者にはバレバレだったとは…

 当の本人は名前を出され苦笑いを浮かべていた。

 「それで、武器を手に入れたのを機に踏み込む予定だったが、最初に動きがあったのは奴らとつるんでいる犯罪組織の方だった。」

 「もしかして…例の不審船団の領海侵入か。」

 「そうだ。だが、カムロたちの動くはない。もし俺たちが動けば向こうに勘付かれてしまう。」

 「あ…。」

 アレックスの話の内容からあることを思い付く。

 「まさか、俺が呼ばれたのは…というか、カガリを利用したのか?」

 アレックスやバエンが自分たちを体のいいカモフラージュとして利用したのではないか?

 「さあ…どうだろうな。俺たちはモビルスーツには関知していないからな。」

 しかし、アレックスはしらを切る。

 それでもシグルドの疑念は晴れない。

 そもそも傭兵(その結果、自分だが)を使った方がいいとカガリに助言したのはバエンだ。彼ならば、両用偵察部隊の任務も知り得るはずだ。

 とはいえ、これ以上追及する気はなかった。

 アレックスやバエンがこちらを利用とした確たる証拠があるわけでもないし、彼らの口から聞けるとは思えない。

 「だが、お前が関与して少々面白いことになったのは確かだな。騒動の後、サハク派の人間たちがお前に罪を着せることでカガリへの責任を追及してきた。どうもお前は彼らに目の敵にされていてな…。」

 それが部隊にとって好都合に思ったのだろう。

 シグルドに目を向けさせることで、両用偵察部隊が動きに気付かせない。

 そのように動こうとしたのであろう。

 「お前に拘束命令が出たのは予想外だった。とはいえ、作戦行動自体に大きな影響があるわけでもなく、司令官からもそちらの方は気にするなと言われていたが…まさか、横から相乗りしてくるとは…。」

 アレックスは溜息をついた。

 「…な~んか、面白くないな。」

 それに対してシグルドも少し不愉快であった。

 ユゲイから提案された時なにか思惑があると思ったが…まさか、その前から計画に乗せられていたとは…誰かの手のひらに踊らされるのは気分がよくないし、なんか腹立たしい。

 そこで、ふいにシグルドはあることに気付いて訊いてみた。

 「俺を乗せても大丈夫なのか?」

 勢いのまま乗り込んだが、手配中の自分を乗せて問題があるのではないか。

 「おまえの拘束命令は爆発騒ぎの時点でとっくに解除されている。」

 だから問題ない、とアレックスはきっぱり答える。

 「そうか…うん?」

 シグルドはさらにもう1つのことに気付いた。

 「つまり、マツナガがおまえに俺たちの居場所を教えてもとくに問題はないということだ。」

 「おいっ!?ちょっと待って!?」

 「すべて聞こえていた。」

 アレックスの言葉に頷く代わりに周りの兵士たちもニヤニヤと笑っていた。

 自分たちのかつての隊長が元恋人に振り回されているのをさぞおもしろおかしかったのであろう。

 「ああ、くそ~。」

 シグルドは頭を抱える。

 この様子から察するにチーム全員、もしかすると部隊の司令部にも会話が筒抜けになっていたということだ。

 こんな小っ恥ずかしいのを聞かれていたなんて…

 というか、ミユキもわかっていたのだから彼女に謀られたことになる。

 ならば…

 「ちゃんと奢れよ。部隊の全員が証人だ。」

 「うっ…。」

 奢る話はなかったことにと考えていたのを見透かしたようにアレックスが言い切る。

 もはやシグルドはぐうの音も出なかった。

 なんかリャオピンの時といい、自分が足を踏んだ場所がいきなり罠に変わってそのまま引っかかるというような感じばかりな気がするが…。

 シグルドはがっくりとうなだれる。

 「それで…おまえは大丈夫(・・・)なのか?」

 今度はアレックスが問う。

 「ああ、クオンのことか?個人的(・・・)に協力してもらっているのさ。」

 「…そうか。なら、いい。」

 アレックスはシグルドの答えになにか思うことがあるようだが、深く追及はしなかった。

 

 

 

 

 

 「じゃあ、なに!リャオピン、ずっとホムラ代表とユゲイ様と3人で共謀していたの!?」

 「共謀って…まるで悪だくみしたような言い方やめてくれよ…。」

 「同じじゃない。」

 一方、リャオピンはチェヒからの追及が続いていた。

 現在、彼らがいるのは軍本部にあるウズミの執務室。

 そこでリャオピンは事の経緯を何も知らないチェヒとマイク、キサカに説明していた。

 テロの情報が入り、その対策に特殊部隊が動くのも軍事行動にあたる。事前に行政府の代表に報告し、準備計画を練りその承認が行われて部隊は動く。

 今回も、部隊の司令官と任務を行うチームのリーダーであるアレックス、本土防衛軍准将のバエンがホムラとウズミに報告し、作戦の承認を得た。

 そして、アレックスがシグルドに説明した通り進んでいたが、ウズミの行動が途中でその計画から外れたものであった。

 「いや~まさか、ウズミ様がシグルドを警務隊に追わせるなんて俺たちは知らなかったんだよ。予定だと一旦国外へ逃がしてからユゲイ様と合流して呼び戻すつもりだったから…結構、焦ったんだぜ。」

 リャオピンは軽いノリで話すが、彼らの焦りは相当なものであった。

 彼らはシグルドをただカモフラージュのためだけに用いたのではない。相手がモビルスーツで襲撃をかけた場合に備えて雇ったのだ。

 未だモビルスーツの実戦配備に後れをとっているオーブ軍であるが、それは特殊部隊も例外ではない。そこでオーブの特殊作戦に通じていて、かつモビルスーツの操縦になれたシグルドが適任なのだ。

 もちろん、これはシグルドも彼を雇ったカガリも知らない事情だ。

 「まあ、運がいいことにシグルドはその場からうまく逃げてくれたし、カガリ姫のところには行かなかったし…。そこでホムラ代表がユゲイ様に連絡をしてシグルドを見つけて、彼をユゲイ様名義でもう1回雇うって形でとどまらせたのさっ。」

 「…それで?」

 マイクがしかめ面でリャオピンに問う。

 「君は本来の秘書官の仕事をさぼってまでどんな役割があったんだ?」

 「そりゃあ、ヴァイスウルフのもう1人やいざという時のためにということでシキの教導部隊とホムラ代表とユゲイ様の連絡係。」

 もちろん、シキもシグルドへの協力を要請されてはいても、その裏事情までは知らない。

 というより今の方がものすごく怒っているのではないだろうか。

 先ほど携帯端末でこの事態について簡潔に状況説明したが端末越しからでも彼の怒りが窺えた。

 それもそのはず、今回の一連の出来事から遠ざけたはずのクオンがなぜか中心近くにいるのだから…

 確かに、いきなり外されてしまってシキが納得していであろうということ、また彼らが立ち位置が必要なため彼に連絡をとっていたが、そこまではこちらも責任は持てない。

 俺じゃなくてユゲイのじいさんだって…

 と、彼の見えない怒りの追及に釈明したいが、当のユゲイ自身はまったくの偶然だとしらを切っている。

 まったくとんだとばっちりを食らってしまいそうだ、と嘆息した。

 「大変なのよ…俺も。」

 「で?」

 ふたたびチェヒが詰め寄る。

 「あなたたちが予測していた事態が起きて…それでウズミ様がどこにもいないのよ!?どうしてウズミ様がテロを起こした連中の元に向かうのよ。」

 「いや…それは俺に聞かれても…。」

 現場の状況からウズミが連れ去られた線は消えたが、なぜテロ集団のもとに向かったのかその理由はリャオピンにもわからなかった。

 それに関してホムラもユゲイも口をつむぐ。

 「とにかく…。」

 と、ユゲイは対応を話したいと彼らの会話に割って入るように軽く咳払いした。

 「ウズミの方はこちらで対処しようぞ。首長たちの方はホムラ代表に任せてもよいかの?」

 「ええ、あくまで時間稼ぎぐらいにしかならないでしょうが…。」

 ユゲイの提案にホムラは頷く。

 「アレックスのチームが現場に向かっている。が、ウズミが直接そこに乗り込むとは思えん。しかし、アスハ邸に武器をとりにいったわけでもない。…リャオピン、何か心当たりはあるか?」

 ユゲイの質問にリャオピンはしばし考えた後、あることに気付きチェヒの方へと向いた。

 「なあ、チェヒ…おまえのロッカー、見せてくれないか?」

 「はあ!?」

 「おまえのロッカーにレミントンの狙撃銃入っているだろ?それを確かめたいんだ。」

 「ちょっとっ…なんであんたが知っているのよ!?」

 初めはあまりにも突拍子もない質問に意味がわからなかったが、次に質問にチェヒは驚愕した。

 この国では一般人には銃の携行は許されていない。

 彼女がここに狙撃銃を置いているのは秘密事項なのだ。

 だからそのことを他人にバレてはいけなかいのだ。とくにある人物には…。

 「ホ秘書官。」

 いきなり背後からマイクに声をかけられたチェヒはピシャリと背筋を伸ばして振り返る。

 彼にこそもっとも知られてはいけなかったのだ。

 「あなたはご存じのはずです。」

 マイクは淡々としかし激しい怒りのこもった口調、そしてなぜか丁寧語で説教を始める。

 「この国では市民の銃器携行は認められておりません。軍人や警官も厳重な管理と規則が設けられています。貴女が許可を得ているのは特例なのです。貴女の前職、ウズミ様の秘書官という立場で万が一護衛の兵士とはぐれ身の危険が起きた際の非常時のみですよ。」

 「はい、はい…。」

 これはあきらかにマイクが怒っている証拠だ。

 チャヒはただうなずくことしかできない。

 「このことはウズミ様もご存じなのですね?」

 「えっ…それは…。」

 なんとかごまかしたいが答えられない。

 マイクは言ったように民間人には特別な場合のみ銃の所持は認められていない。そのため訓練もできない。それでは腕が鈍ってしまう。それに秘書官になる以前は当然のごとく 銃の訓練をしていただけにどうしてもストレスがたまる。

 それを知ってかウズミが密かに認め、勤務時間終了後の数十分間軍の銃訓練場をとってくれたのだ。さらに経験があるからと、時折ウズミから指導を受けている。

 ウズミが関わっていることをとうにマイクが見抜いているが、ここで認めてしまえばウズミもあとでマイクに説教を食らう。

 「ご存じですね?」

 マイクはもう1度、さらに強い口調で問い質す。

 これ以上、ごまかすことはできない。

 「はい…そうです。」

 チャヒは小さい声で頷いた。

 「まったく…いい歳した中年オヤジが何をやっているんだ…。」

 普段言葉遣いの丁寧なマイクが突如、毒を吐く。

 「あやつのやんちゃは今に始まったことじゃないからのぅ…。」

 ユゲイの言葉にホムラは激しくうなずく。

 それでいちいち怒っていたら身が持たないぞと案じたつもりだが…

 「立場というものがあるでしょ、立場がっ。」

 しかしマイクは怒り心頭だった。

 「まあ、ともかく…ウズミが狙撃銃をあると知っておれば、持っていくじゃろう。チェヒ、確認してくれ。」

 「は、はい。」

 チェヒは執務室内にあるロッカーを開ける。しかし、そこに狙撃銃が入っているはずの黒いケースがなかった。

 「…ない。」

 「なかったか…。」

 案の定、ウズミは持っていったのだ。

 「ホムラよ、首長たちの方はどうじゃ?」

 「召集した首長はコトー氏を除いて全員集まってます。」

 「コトーがのう…。」

 前回の安全保障会議に続いて緊急召集にも現れないサハクの動向を聞いたユゲイは何か考え込む。

 「首長たちは私がおさえておきます。その間にユゲイ殿たちにそちらをお任せします。」

 「うむ…そちらの方はそなたに頼むしかないの。しかし、困ったモノじゃ。」

 ユゲイは対処法を練り始めた。

 「あそこには、おそらく有効射程にあるあの近くのビルの屋上にいるのじゃろう。あそこらへんは廃倉庫ともどもそこの会社のビルも無人じゃからなぅ。というわけで、リャオピン、そなた探しに行くのじゃ。」 

 「なんで、俺!?」

 ユゲイからいきなり指名を受けてリャオピンは戸惑う。

 「ほれ、ウズミが狙撃銃を使うと推測できたのはそなたじゃし、バエンは両用偵察部隊の方で離れられないし、ワシのような年寄りがビルを駆けあがれないじゃろう。」

 「うう…。」

 仕方ないとばかりにリャオピンはあきらめた。

 「リャオピン、従兄(にい)さんの邪魔はしないでね。」

 「あのなぁ、お前の従兄とシグルドとクオンちゃん達デタラメ人間とヤバイ犯罪者のアルマゲドンのところに首ツッコむ気はないさ。」

 

 

 

 




あとがき

今回、何を書こうか本当に悩みます。
まさか年末にアップした話の数ヶ月後にこんなことになるとは…というか、年末が遠い過去のような感じがします。
本来なら3月か4月ごろにアップしたかったんですが…その頃、作者自身精神的にきつくて…
去年は去年で思い悩むことがあって、今年も今年で…
こういうのは本当にフィクションの中だけと思いたい作者です。
パソコンは相も変わらずなのでアップはあまりスピードアップできませんが、そろそろこの話を終わらせたいのでできるだけ早くアップできるようには努めます。



今日もこの作品を見てくださる読者の方々が無事でありますように…そして、明日もまた無事で過ごせるよう…いつかこんなこともあったと思える日が来るように…


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