機動戦士ガンダムSEED Gladius   作:プワプー

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お久しぶりです
(というか、最近この挨拶から書き出している気がする(汗))
そして、タイトルを見ての通り前編です。
ということは後編もあります。



PHASE-53 光り輝く天球・陸 ‐遠い記憶・前編‐

 外から聞こえてくる人の行き交う賑やかな声が聞こえてきて目を開けると、まず見慣れぬ天井が目に入った。

 …そうだった。

 レーベンは寝ぼけた思考の中で自分がどこにいるのかを思い出した。

 今、自分たちがいるのはハウメア神殿の支院であり、観光客やバックパッカーのための格安宿泊所である。

 ユゲイを通して宿泊客という名目で、身を潜める場所に使わせてもらっているのだ。

 政教分離原則のもと、宗教勢力のハウメア神殿が政治に立ち入ることはできない。その逆もしかりで政府が宗教に踏み込むことはできない。つまり、自分たちがここにいると政府が察知しても簡単に踏み込むことはできないので時間的余裕を持てるというということだ。

 また、この支院の近くにある赤道連合や東アジア共和国からの移民等アジア系が集まって形成された街、アジアンタウンがある。その近くで表立って事を荒立てたくないという思惑もあるという理由だそうだ。

 そこら辺の事情についてレーベンは部外者であるためわからない。

 というか、今現在頭がぼうっとしているため思考が回らない。

 昨日夜更けまで起きていたし、今朝は早くから起きた。

 とにかく一旦頭をスッキリさせたくて帰って来てからもう1度寝た。

 そうでなければ、朝にユゲイから聞いた話を考えきれない。

 彼の話は衝撃的であった。

 事件の内容もさることながら、それにシグルドが関わっているということにレーベンは不安を覚える。

 シグルドが敵討ちのために動いているのか?

 彼の今までの依頼に対する姿勢や行動から復讐に走るなんてとてもではないが考えられない。しかし、いくら頭でわかっていても、その相手に会えばまた違うのかもしれない。

 そんなことを悶々と考えては見るが、堂々巡りとなってしまう。

 時計を見ると10時を過ぎている。

 もはや朝ともいえない時間となってしまった。

 もうシグルドも起きているだろう…

 それとなく彼の様子を見ればわかるのではと思い、レーベンは彼のいる部屋へと向かった。

 部屋を覗き見ると彼は起きていた。そして、腕立て伏せをしていた。

 「…昨日、傷が開いたことわかっているよね?」

 激しい運動はここ数日控えるようにと言われているはずなのに…

 もし、ここでまた傷が開いたらどうするんだ?

 せっかく身を潜めているのに無駄に終わってしまう。そうなれば、マキノたちになんて言われるか…。

 と、心配するレーベンをよそにシグルドはきっぱりと言い切る。

 「ただ軽く動かしていただけだ。それに1日体を動かさないだけで、3日分衰えるんだ。いざという時に動けないと困るだろ。」

 「…そうだけど。」

 いつもの返しのはずなのに、妙に今朝の件のことを意識してしまう。

 彼がこだわっているのは本当に復讐なのか?

 しかし、彼は自分たちがユゲイから話を聞いているとは知らない。

 ここは知らないことを通すために、あえて別のことを話題にした。

 「昨日のことで依頼は続行したのはいいけど、ミレーユにどう弁明するのさ?」

 なにせ彼女が拒否したにも関わらず、彼女を通さず別の人間から依頼を続行し、さらに別の人間と協力して行う。

 きっとそれを知れば、ミレーユはカンカンに怒るだろう。

 「何を弁明するんだ。」

 だが、シグルドは知ったことではないと言った顔であった。

 「向こうからビジネスパートナーを解消したんだ。そして撃ってきたんだぞ。それなのに、なんであいつに気を遣わなくちゃいけないんだ。」

 そもそも無茶のはシグルドじゃないのかい?

 と言いかけたところで、また今朝のことが頭に浮かび止まる。

 おそらく、そのまましゃべり続けたらうっかり口を滑らせてしまいそうだ。

 なんかハラハラしてしまう。

 しかし、とふと思う。

 ミレーユがここまで拒絶したのは、やはり彼女もそのことを知ってしまったからではないのか?

 おそらくジネットあたりから聞いたのか。

 とはいえ、彼女の場合、それを口に出さなければ、拒否の理由が利益かビジネスと言う言葉になってしまう。

 もっと別の言葉をかければいいのに…と思うが、おそらく彼女もそれを突っぱねるであろう。

 「まったく、そういうところは2人とも意地っ張りなんだから…。これじゃあ、このままパートナー解消だよ…。」

 レーベンは溜息をついた。

 この件が終わった後の関係修復に難儀しそうだ。

 「じゃあ、2人で同時に互いに謝ればいいんじゃない?」

すると、後ろの方から提案が聞こえてきた。

 「そうすれば、どっちかが悪いとかどっちが先だとか関係なく仲直りすることができると思うよ?」

 「そうだけどね…。」

 レーベンは答えるが、悶々と解決策を考えていたためその声の主にまで気が付かなかった。

 「それができないから困っているんだよ。」

 「だけど、よく友だちとケンカした時とか、先生がまず互いに話し合って解決するよ。」

 そこでようやくレーベンはここに自分たち以外の第三者がいることに気付いた。

 誰と話しているんだ、僕は?

 向かいのシグルドは苦笑いを浮かべている。

 ふと振り向くと、そこには昨夜の男の子がいたのだった。

 「また会えたねっ、お兄ちゃんたち!」

 ケントは再会に喜び満面の笑顔でこたえた。

 「えっ…ええええ~!?」

 レーベンは男の子がここにいることに驚きの声を上げた。

 「なんで!?どうして!?ええっと…」

 そういえば、ここまで驚いて何だが、まだこの子の名前を知らないんだと気付いた。

 ケントもそれに気付いたのか、自分の名前を言う。

 「ボク、ケントだよ。ケント・リンデン。ケントって名前はオーブの言葉で『健やかなる人』っていう意味が込められているんだって。だけど、ボク、まだ『健やか』って漢字書けないけど…。」

 「そうなんだ。…じゃなくてっ。」

 なぜ彼はここにいるのだろうか!?

 昨日の話の様子では、クオンたちがこの子に自分たちの居場所を教えるはずがない。

 その答えはすぐにわかった。

 「私についてきたからだよ。」

 ひょっこりと中年の女性が顔を出した。 

 「メリル・シノ!?」

 彼女の登場に驚いたのはシグルドであった。

 「よう、放蕩息子。話に聞いた以上に元気じゃないの?」

 メリルと呼ばれた女性は部屋に入ってきた。

 「旦那がハウメア神殿に用事があるってことで、ここに来るまで代わりにあんたたちの様子を見てほしいって言われたのよ。シグルドのことだからベッドでじっとしていられないだろうし、脱走でもされたら困る、ね。やっぱり筋トレをしていたとは…。」

 「あっ、まあ…そうだな。」

 彼女の名はメリル・シノ・オクセン。

 ユゲイ・オクセンの妻であり、彼女もまたオーブ氏族の人間である。才知にあふれ精力的な彼女は、結婚後も氏族の伝統的な考えによる淑やかで内において夫を助ける妻というスタンスにとらわれず、ソーシャライト、フィランソロピストとして様々な慈善活動やNPO活動をしている。

 また、当時その異端の結婚と見られたがゆえに氏族の社交界で孤立していたネイにあえて接近し、友情を育んだ。その行動に対して保守的な氏族からは『歴史ある氏族の一員としての品位はないのか』とか『伝統を壊すつもりなのか』とか『私たちがよき友人を紹介してやろうか』等々、ほとんど根拠の悪口の批判を受けた。それに対してメリルは意に介さず、むしろ『ご安心ください。わたくし、自分より格下と思う者を差別し、身分や財力そして力のある者にへりくだるような卑屈な人間と付き合わないという氏族の教えをしかと守り、人と友誼を交わしておりますので…』と逆に一蹴した。

 彼女のその時の行動と言葉に対して、柔軟な氏族や革新的な氏族からは支持され、いつのまにかそういった氏族の夫人たちの勢力をまとめる立場にもなったりするのであった。

 そんな気勢の強い性格の彼女にはシグルドも頭が上がらなかった。

 「だけど…それで何でこの子がいるんだ?」

 「この子のお母さん、今日仕事なのよ。だけど、学校はお休みだから…それで帰ってくるまで面倒を見ることになったってわけ。」

 そして、ケントをぐいとシグルドに近づけさせた。

 「それじゃあ…私はちょっとここの院長と話をしてくるからこの子を見ていてね。」

 「はあっ!?」

 突然、メリルから言い渡されたことにシグルドは驚く。

 ちょっと待ってっ

 ユゲイから自分の様子を見てこいと言われたなら昨夜のことは聞いているはずだ。そして、ケントを危険から遠ざけるのにマキノたちがどれだけ骨を折ったのかも、だ。子どもを危険に巻き込むなんてメリルだって思うはずなのに…。

 「それじゃあケントくん、こういった空いた時間にすること…覚えているわね?」

 「学校の宿題があったら、まずそれを終わらせて…それから言われたことをして…それがなかったら遊んでいいっ。」

 ケントはそう答えると、背負っていたリュックを床に置いて中から学校のドリルを出す。

 「よしっ。じゃあ、よろしくね。」

 ケントが宿題を始めたのを見届けたメリルは、シグルドの反論の機会を与えるまえにそのまま部屋を出て行った。

 

 

 

 

 メリルが下の階に行って、小1時間ほど過ぎた。

 自分の手持ちの資料を整理していたレーベンが時計を見ると、時刻はすでに11時半を回っていた。

 ときに悩み、ときに閃いて宿題を進めていたケントも集中が切れかかってきたのか、こちらをちらちら見るが、それでもここで終わらせようと必死に進めている。

 自分たちがなぜここにいるのかと聞かれるのではないかとハラハラしたが、今のところ問題なさそうだとレーベンは安堵した。とはいえ彼を巻き込ませず、かつ納得させる答えを今の内に見つけなければいけなかった。

 シグルドはというと、ベッドの上で寝転がっていた。ただ起きてはいるようで時折ケントの様子をちらりと見たりしている。

 この部屋から黙って出て行くというつもりはなさそうだ。

 まあ、このまま脱走でもすれば、ケントも自分も行くと言い出してついていくであろう。それはシグルドの本意ではないはずだ。

 だからこそ、メリルはあえてケントをここに残していったのか…?

 あれこれ考えながらレーベンはふたたびケントの方へと見る。

 彼は宿題の最後の問題に取りかかっていた。

 その様子を見ながらレーベンは感心した。

 このぐらいの歳頃は見ている人間がいなければ、すぐにでも遊びに行きたいはずだ。いくらいいつけられたとはいえここまでできない。

 「もう終わるかい?」

 「うん、あとちょっと…。」

 やがて、計算ができたのかケントは答えを書く。

 「終わったよーっ。」

 そして、両手を上げめいっぱい喜びを表現した。

 「すごいねー。ちゃんと全部解いて。」

 答え合わせは明日提出するため、正解か不正解かわからないが、ざっとみたところ間違いはなさそうだ。

 ケントは嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。

 「ボクね、いっしょうけんめいに勉強して、学ぶんだ。そしたらね、お母さんのことをね、コーディネイターだからすごいじゃなくて、一生懸命ガンバっているからすごいんだって言えるようになるんだっ。」

 「…そうなんだ。」

 レーベンは一瞬、何か違和感があったがうなずく。

 ケントは「だけど…」とちょっと浮かない顔をする。

 「パソコンのキーはまだ人差し指でしか使えないから遅いんだ。お母さん、すごく速いのに…。これだけはムズかしいな。」

 やはりなにかおかしい。

 それを確かめるためレーベンはある質問をする。

 「お母さん、コーディネイターなんだよね?なら君も…?」

 コーディネイターじゃないの?と聞こうとしたところで、後ろのシグルドから「おいっ」と咎める声でそこから途切れた。

 しかし、ケントには質問の内容を理解したようだ。

 「ボク、ナチュラルだよ。」

 彼は率直に答えた。

 ケントが事もなげに振る舞っているのに対して、レーベンの頭の中は混乱していた。

 たしかコーディネイターの子どもは、親のコーディネイターの資質を受け継ぐことはできる。それが片方の親がナチュラルでも、だ。ゆえに、プラントでは『コーディネイターはナチュラルとは違う新たなる人類』という思想が広がっている。

 だけど、お母さんがコーディネイターであって、その子どものケントくんがナチュラルとは?

 するとレーベンの疑問に答えるようにケントはふたたび答えた。

 「ボク、『養子』だもん」

 「ああ、養子…そうなんだ。」

 「うん。ボクが赤ん坊のころにお母さんが引き取ったんだって。」

 たしかに血縁がなければそうなる。

 それで疑問は解消されたが、逆にレーベンは反応に困ってしまった。

 デリケートなことにふれてしまったのではないかとケントのことを心配するが、当のケントは暗いところも、触れられて嫌そうな様子もなく、話を続ける。

 「それでね、それでね~お母さんはね、みんなが気持ちよく暮らしていけるようにルールを決めたり、本当にそのルールでいいのかっていうのかチェックしたりするお仕事をしているんだ。」

 今度は母親の仕事について話をしているようだ。

 「それって…。」

 レーベンはすぐに推測でき、それを言おうとした矢先、

 「この子の母親は法務省に勤めているのじゃよ。ここ数年は、行政府に出向しておるじゃよ。」

 廊下からユゲイが顔をのぞかせた。

 「いや~遅くなってすまぬのぅ。年寄りの話は本当に長くて…なかなか抜け出せなかったわい。」

 部屋に入って来たユゲイはケントに顔を向けた。

 「さあケントくんや、メリルおばさんがそろそろで帰るようだから準備を始めなさい。」

 もともとメリルはユゲイの代わりにここにいるのだ。ユゲイがやって来た以上、もう用はない。

 「え~、もう帰るの?」

 一方、ようやくシグルドと遊べると思っていたケントは残念そうな顔をした。

 「ほれ、もうお昼の時間じゃぞ?それに、このあとメリルおばさんとハンバーグを作るのじゃろ?」

 「あー、そうだったっ!」

 ユゲイの言葉で、自分の好物をお母さんのために一緒に作るのだということを思い出したケントは声が明るくなった。

 「それとケントくん、いいかい。」

 ついでにユゲイはもう1つのことを言い聞かせる。

 「実は、このお兄ちゃんたちはある人から頼まれて悪い人達を追っていたのじゃよ。しかし、途中で彼らによって大怪我をしてしまって身動きが取れなくなってしまい、頼んだ人も連絡が取れなくてハラハラしていておってな…ケント君がお兄ちゃんたちを見つけたおかげでその人とも連絡がとれて、その人は助けてくれたケントくんのことを褒めて感謝しておったぞ。」

 「ほんとっ!?」

 その言葉にケントは嬉しそうな顔をする。

 「もちろん。それでお兄ちゃんたちは怪我が治るまでここで休んでいるんじゃ。」 

 「そうなんだ。」

 ケントはどうやらそれで納得したようであった。

 「しかし、また悪い人達がこのお兄ちゃんたちをやっつけに来るかわからん。だから、ケントくん…このことは誰にも話さないようにするのじゃぞ。それと、君のことを尾行してお兄ちゃんたちがいる場所を知ろうとするかもしれないからメリルおばさんと一緒の時しかここには来ないようにな。…約束できるかの?」

 「うん。お兄ちゃんたちにせっかくまた会えたのに寂しいけど、約束守るよっ。」

 ケントは素直にうなずいた。

 「お兄ちゃんたちのお仕事が終わったらワシから言っておくよ。」

 そして、ケントを下の階にいるメリルのところに送り届けた。

 ユゲイが部屋に戻って来るとシグルドは呆れまじりの声で言った。

 「ユゲイ…よくもああ話せるな。」

 「別に嘘はついとらんじゃろ?」

 「そうだが…。」

 たしかに話の本質は間違っていないし、これで夕方に来るマキノとクオンと鉢合わせすることはなさそうだ

 だが、なんか納得できないのはなぜだろうか?

 溜息をつくと、今度はレーベンの方を向いた。

 「それとなぁ…おまえ、本当にジャーナリストか?」

 「いや…もちろんそう名乗っているさ。けど…。」

 ケントの話のはじめの部分で違和感があったが、確証はなかった。

 「知っておるか、インテリジェンスというのはinter『行間』をlego『読む』から来ているのじゃぞ。」

 「ううう~。」

 ユゲイも追い打ちをかけるように言う。レーベンはぐうの音もでなかった。

 「ユゲイ、陰でこっそり立ち聞きしていただろ?どうして止めなかった?」

 「あの子の『養子』の話やコーディネイターやらナチュラルといった話は1年前にとりあえず1つの壁を越えたからのぅ~。」

 しかし、シグルドとユゲイのこの会話はレーベンの耳に届いていなかった。

 「だって知りたがるのが性分なんだよぉ~。」

 事実、興味深い話ではあった。

 今、世界ではナチュラルとコーディネイターが互いの陣営で争っている。

 親がナチュラルで子どもがコーディネイターであることも、色々と大変なのだ。しかし、親がナチュラル、コーディネイター関係なく、また子どももナチュラル、コーディネイター関係なく子を引き取れる、親になってくれる人がいるのだ。

 これもナチュラル、コーディネイター関係なく暮らしていけるオーブだからこそできることだろうか、と。

 

 

 

 

 ウィリアム・ミッタマイヤーは不機嫌だった。

 今日から数日、クオンが休暇でいない間、シキが書類仕事をサボって逃げ出さないようにまた仕事完遂のために見ていなければいけない。

 しかし、見事に初日からしてやられてしまった。

 彼のデスクには書類の山があるが、その椅子に座っているのは本来の主ではない人物が占拠していた。

 出勤してきて早々、この状況を目にしたウィリアムはその人物に詰め寄った。

 「おいっ、リャオピン!?なんでここにいるんだ!?シキは!?」

 その問いにリャオピンはぐったりとした声で答えた。

 「俺がこの席を立ったら、戻って来るってよ…。どうせクオンちゃんもいないことだし、のびのびと羽を伸ばしているんじゃね。」

 そして、そのまま机に突っ伏して寝てしまった。

 それならば、急いで起こさねばと何度もウィルは声をかけるが、リャオピンは全然起きない。

 そもそもなぜかオフィスに人がいない。

 確かに休暇とかシミュレーターやら訓練やら出ているが、あまりにも人がいない。

 「ああ…ハヤトはモルゲンレーテに行くって。」

 リャオピンはウィルの疑問に答えるように言うとふたたび寝た。

 いったい何なんだ…

 まあしかし、少しぐらいいいだろう。

 なんか具合悪いそうだし…

 と思いつつ、この男が具合悪いことがあるのかという疑念も半分あるが、ここは大目に見て彼が起きるのを待った…

ら、すでに数時間が経ってしまった。

 あまりにも長すぎる。

 「おいっ、いつまでいるんだよ?とうか、仕事は?サボりか?」

 ウィリアムはふたたびリャオピンに苛立ち混じりの声音で問い詰める。

当のリャオピンはウィルの声が聞こえるとだらりと顔を上げ、そばに置いてあったビニール袋から紙コップと茶葉パックなどを出した。そして、リャオピンは紙コップを前に出してお湯を入れてくれとせがむ。

 仕方なくウィルがポッドからお湯を入れてくると、

 様々な種類の茶葉パックの袋を開けて、それを茶こしの中で混ぜてから紙コップのお湯に入れる。

 「何だ、それ?」

 「ええと…グオ家代々伝わる二日酔いに利く気つけ薬ってじいちゃんが言っていた。」

 見た目は独特を通り過ぎて毒々しい色をするその飲料は絶対マズイであろうと想像したウィルは顔をしかめる。案の定、それを一気飲みしたリャオピンは舌を出し、苦々しい表情になった。

 「あ~マズっ。」

 二度とこんなものは飲むまいと空になったコップを勢いよくごみ箱に捨てた。

 「最悪だ…まだ頭がガンガンする…。」

 リャオピンは机に肘をつき、頭をおさえる。

 二日酔いと言う言葉を聞いたウィルは驚いた反応であった。

 「お前が二日酔いって…どんだけ飲んだんだよ?」

 ウィルはリャオピンが相当な酒飲みであることを知っているので、その彼が二日酔いでつぶれるなど信じられなかった。

 「いや~、昨夜声をかけた彼女が相当飲む人間でな~。俺と飲む前にすでに飲んでいたのに、俺以上飲んでいたぜ。まさか朝まで記憶がないっていうのは士官学校以来だっけなぁ~、はっはっはっ。」

 ウィルはその話を聞き、彼のトラブル遍歴を思い出し思わず身を乗り出した。

 「まさか…その彼女とよもや間違いなことは起こさなかったよな?」

 この男のトラブルにはさんざん巻き込まれている。

 「いや、それはないと思うぞ。俺、そのバーのあったホテルの廊下で寝ていたけど、そこの宿泊の予約とってないし、すぐにバーのマスターに訊いたら、その彼女が酔いつぶれた俺を 行ったっていうもんだ。第一、あれだ…感触(・・)はない。」

 「真っ昼間に下ネタ言うなよ。」

 「おまえが言わせたんだろ。」

 「というか、そんなに元気になったんだったら早く自分の職場に行けっ。また大目玉食らうぞっ。」

 「いや~、ここに来る前にメールで教導隊に行って報告書を受け取ってから出勤するって伝えてあるから時間が経っても平気さ。」

 ああ言えばこう言う。時に、無駄にできた論理で説得される。

 この男との言い合いで勝った記憶はない。

 だが、この男を退けさせなければ仕事が進まない。

 どうしたものかと思っていた矢先、オフィスの電話が鳴った。

 人がいないのでウィルが直接取った。

 「はい、第8教導部隊…ああ、ホ秘書官?」

 その名前が出た瞬間、リャオピンは椅子をひっくり返しかけるほど後ろへと後ずさりずっこけた。

 「ええ…いますよ。じゃあ、お伝えしておきます。」

 「チェヒからだって!?なんてっ!?」

 さっきまで余裕はどこへやら…デスクの陰に身を隠しながらウィルに訊く。

 散々迷惑をかけられたウィルはここぞとばかりに仕返しをする。

 「なんかイズカワ秘書官がカンカンに怒っている、と…なんかバーの高額な請求書が来たって…。」

 「ぎゃあっ。」

 リョオピンは大慌てで持ってきたものを片付け、椅子にかけていたスーツの上着を羽織った。

 「やべっ…俺の名刺、テーブルに残して行っちまったんだっ。」

リャオピンは大急ぎでオフィスを出て行った。

 「なんだったんだ…。」

 とウィルはただ見送るだけだったが、やがて大事なことを忘れていたことに気付き声を上げた。

 「しまったっ!二佐の居場所、聞くの忘れていたっ。」

 

 

 

 

 一方のシキはというと…マーカスとともに軍本部の屋上にいた。

 あまり人の来ないこの場所は密談するにはうってつけの場所であった。

 「俺がシグルドを匿っている…そう思っているということか?」

 シキからの問いにマーカスは苦笑した。

 「ええ。あなたがわざわざ見舞いに行くとはよほどのことがあってのことと思っておりまして…。」

 「だが、彼の見舞いはチェックがある。秘書官(・・・)を通して政府へと情報がいく。だからこそ、俺にシグルドを追う命令を下したのだろう。」

 「『灯台下暗し』、という言葉もあります。」

 追う立場にある人間が逃亡犯を匿っているというのは、たいてい考えに浮かんでこない。マーカスがそこをついてシグルドを匿っている可能性があるとシキは思ったのだ。

 すると、柔らかな風が2人の間を吹き抜ける。

 「いい風だ。」

 「はじめてこの国の陸に上がったときの風と同じだ。」

 懐かしむようにしばし風の名残りに浸った後、おもむろに口を開いた。

 「この国とて万事うまくいっているわけではない。だが、可能性(・・・)はある、選択(・・)ができる…だからこそ大事なのだ。」

 空を見上げていた顔をシキに向きなおし、そして問うた。

 「シキ、おまえはなぜ軍人になった?」

 それのみを言い残し、マーカスは去って行った。

 1人残されたシキにふたたび風が吹く。

 シキはその風の行き先に目を向け、眼下に広がる街が視界に入った。

 にぎわった街。

 俺が軍人になった理由…

 士官学校の時、他の候補生とそんな話をしたことがあった。

 国を守るため、

 身近な人たちを守りたい、

 自分を試したい、

 使命感や忠誠心、挑戦心…そんな高潔な理由など自分にはなかった。

 それは…ただ1つのことのためであった。

 シキは青々とした空を見上げ、追想する。

 ‐必ず…必ず、迎えに行くっ!‐

 どんどんと小さくなっていくその背中にシキは叫んだ。

 彼女(・・)が振り返らなくても、

 屈強な男たちに両脇を抱えられて引きずり出されようとも、

 大きな門でその道を阻まれても、

 14歳の、あの頃の自分は無力な子供だった。

 大人たちが決めたことに逆らい切ることができず、さりとてその手を取ってどこかで遠いところへ行くこともできなかった。

 なんと愚かで甘い幻想を抱いていたか。

 いつかは、大人になれば、名ばかりの親族に引き取られた彼女を取り戻すことができると信じ切っていた。

 そして見事にその幻想は打ち砕かれた。

 自分と彼女との間にはとても大きな壁があった。

 「名」と「出自」が大きくのしかかっていた。

 そして、決めた。

 それがたとえ歪んでいようともやり通す、と。

 約束を守るために。

 だから、この道(・・・)を選んだ。

 シキはしばし瞑目した後、ふたたび目を開き、澄みきった青空を瞳に映す。そして、携帯端末を取り出し、電話をかけた。

 「ウィル、私だ。」

 (二佐っ!?いったいどこにいるんですか!?)

 シキがなかなか戻ってこないことにイライラしているウィルは彼を問い質す。

 「そのことについて今はどうでもいい。」

 しかし、シキは彼の糾弾に取り繕う気はまったくなく、自分の用件を告げた。

 「すぐに、そして内密にホンドウ教官、もしくは教官の身内が関わった案件について探し出してくれ。」

 (え!?ホンドウ教官?どうして…?)

 ウィルは事情を聞く前にシキは電話を切って、次の場所へと向かった。

 

 

 

 

 夕方、マキノは仕事場からそのまますぐに支院にやって来た。

 はじめクオンと合流してから向かう予定であったが、彼女は寄っていくところがあるということで少し遅れてくることとなった。

 手にはノートパソコンとレジ袋を持っていた。袋の中には小腹を満たすために買った菓子や軽食類が入っていた。

 「なんだよ…サラミとかジャーキーとか肉系ないのかよ。」

 マキノがパソコンを立ち上げている最中、シグルドは袋をのぞき嘆息する。

 「それ、酒のつまみよ。」

 「じゃあ、せめて肉まん。」

 「冷めるからっ。第一、あなたのために買ってきたわけじゃないのっ。ケガ人はちゃんとしたもの食べなさいっ。」

 「おや、せんべいとかないのか?」

 今度はユゲイから不満の声が上がる。

 彼の手には急須と湯のみ茶碗を持っていた。ここでくつろぎながら話を聞く態勢に入っていたのだ。

 あなたたち、ここに集まっている目的を忘れてない?

 しかし、そんな文句を言っても、どちらも暖簾に腕押しであろう。

 ユゲイなんかは、あくまでも自分たちを繋ぐパイプ役だから話を聞くだけと言うだろう。現に部屋にいても少し離れたところにいる。

 マキノはそんな不満を思いつつこれ以上何も言う気もないので、その分をノートパソコンへの入力に注いだ。

 「これって何だい?」

 レーベンはコンピュータ画面に映る数字や文字の羅列を不思議そうに見る。

 「もちろん、あなたたちの手伝いよ。」

 マキノはさも当たり前だというように答える。

 「私の専門は情報分析…行政府の情報調査室には犯罪組織やテロ情報、各国・地域の情報が入って来る。それらを精査し、現在オーブに関連する情報を洗いだすのが仕事よ。これはそのデータベース。ここにアクセスできるようにあらかじめ設定しておいたの。」

 「あれ?それって…機密は?」

 彼女の話を聞きながらレーベンはふと疑問に思った。

 それに対し、マキノはにっこりと言った。

 「国家機密法?」

 「反対。」

 「じゃあ、文句ないでしょ。」

 バッサリと言い切られてしまった。

 「第一、情報の隠ぺいとか情報操作とか…そんなすぐにバレるようなことをしている暇があるならもっとちゃんと仕事をしてほしいって話よ。こっちとしては…。」

 それって君の立場上大丈夫なの?

 と、彼女の愚痴を聞きながら心配するが、そもそもそれを心配するのは自分の立場的にもおかしいのでは、という何がなんだかわからない論法となってしまうので、これ以上の追及はあきらめた。

 それに自分はあくまでもシグルドに巻き込まれた側としていたいため、あまり深く事件に関わらないというスタンスを決めたのだ。

 モヤっとした感覚は残ったままだが、ここはあえて言わないようにした。

 「遅くなってゴメン。」

 そうこうするうちにクオンがやって来た。

 「大丈夫よ。そこのケガ人が肉だとか言っているだけだから。」

 「そうだと思って…。」

 クオンはシグルドに袋を渡した。

 中には紙袋が入っており、それをあけると肉まんが数個入っていた。

 「クオン、最高っ。」

 それを見たシグルドはありがたく肉まんを頬張って食べ始めた。

 「1個1アースダラーね。」

 「金、とるのかよ!?」

 「ちょっと2人とも話していいかしら~?」

 準備ができたマキノはさっそく話を切り出す。

 「あんたから言われたギャバン・ワーラッハについてなんだけど…情報調査室(こっち)のデータベースでその名前があるか調べてみたわ。だけど、そんな名前、民間軍事会社にも傭兵にも犯罪者のデータベースにもなかったわ。」

 そもそもゾノの残骸を調査してもまったく手掛かりが出てこなかった男なのだ。これででてくればこっちだってこんなに苦労はしない。

 シグルドも予想した通りという表情で答えた。

 「俺が傭兵となった時、この男が関わっていそうな事件や紛争を調べたことがあった。だけど、出てこなかった。ある情報屋(・・・・・)もワーラッハは20年前から姿を現していないと言っていた。それに、去年地球に投下されたNジャマーでデータ通信ネットワークは一度ダメになったはずだ。それは政府や軍情報機関も例外じゃないだろう?」

 「ああ…あれねぇ~。」

 マキノはシグルドが何を言いたいのかわかった。

 『エイプリル・フール・クライシス』

 ユニウスセブンが地球軍の核ミサイルによって崩壊したのを受け、核の脅威を認識したプラントはその対抗手段としてNジャマーを開発した。その効果は核分裂を抑制することであるが、電波通信の妨害という副作用もあった。それゆえ、ザフトは自ら開発したMSが有利な状況、有視界戦闘へと持っていくため戦場で投入した。

 その後、核攻撃の報復として地球全土にNジャマーを撃ちこまれることとなった。

 それによってこれまで原子力発電エネルギーに頼っていた地球各国で深刻なエネルギー不足に陥り、また電波が阻害されたことによる通信障害によって混乱を極めたのであった。

 「Nジャマーの情報はあったのよ…。通信システムが使えなくなるって…一応の対応はしていたのよ。だけど、実際に起きてシステムダウンしたら、そんな備えなんて無意味なのよ~。で、まず市民生活に支障がないまでに復旧作業をして、それと並行して政府と軍の方の復旧とNジャマー下で使えるネットワークの再構築と失ったデータの再収集もして…あの時、何十時間の残業したんだろう…。」

 マキノはあの時の苦労を思い出し嫌な顔をした。そして、これ以上思い出したくないと話を切った。

 「とにかく…たしかに急を要していたから、そんな20年前から動きのない人物が載っていないのはあり得るわね。」

 とはいえ、手掛かりがないわけではないとシグルドは話を切り出す。

 「襲撃がある前、親父が何か隠しているような感じがあった。それがギャバン・ワーラッハであれば、そっちの方ですり抜けていって親父の元にいった何かに手掛かりがあるはずだ。」

 「リュウジョウ准将ねぇ…。たしか犯罪組織や武装組織のメンバーの情報を定期報告として提出しているからそこに姿が写っていたのかも…。」

 マキノはバエンに提出していた報告内容を探し出す。

 シグルドは彼女の言葉に少し引っかかりを感じたが、まずはマキノ を待った。

 「お待たせ。これらが、リュウジョウ准将に提出した報告よ。」

 マキノはパソコン画面をシグルドに向けて確認させる。

 現状、ギャバンの顔を知っているのはシグルドだけだ。

 シグルドはいくつかの映像を見て、やがて指さす。

 「これだ。」

 マキノが目を向け、その画像をアップにする。

 「こいつらと一緒に入国したのね…。」

 しかし、マキノの表情が晴れることはなかった。

 「だけど、こいつらおそらく…。」

 マキノはパソコンを操作し、画面を切り替える。

 「やっぱり。クオンが退治した沿岸部にいた武装集団よ。」

 マキノは溜息をつく。

 「この連中、いつ入国したとかまでは照合できたんだけど、どこに所属しているのか、全然データベースに出てこないのよね。おそらく民間軍事会社人間だろうけど…。」

 見つけるのは時間がかかるし、なにより安全保障会議で挙がった話だ。

 結局、振り出しに戻ってしまった。

 「少し…見方を変えてみないか。」

 するとシグルドは提案する。

 「この連中の行動…入国してなにもなかったのであれば、そのまま攻撃してもよかったはずだ。にも関わらず、不審船団と連携してまるで外から襲来したと見せるようにしている。こちらの目を逸らすという目的はあるだろうが…あんな挑発的な不審船団の行動じゃ、裏に何かあると読まれやすくなるじゃないか。」

 「そうね。だから教導隊(こっち)もあらかじめ準備をしていた。」

 シグルドの考えにクオンもうなずく。

 「そうだけど…。」

 マキノは思い悩んだ。

 たしかに、不審船団の行動にわざとらしさはあった。

 それはこっちが実戦不足であるからと侮っていた面もあったのでは、と思っていた。

 しかも、ギャバン・ワーラッハは過去に自分がこの国でしたことを覚えていれば必ず警戒されると思うはずだ。

 そうまでして何が狙いなのだろうか?

 「さらにおかしいのは装備だ。」

 シグルドはもう1つの不審な点をあげる。

 「連中が外から来たということは、装備類も外から持ってきたということになる。銃火器ならある程度できそうだが、モビルスーツなんてあんなバカでかいものどうやって秘密裏に持ってくる?」

 たしかに、人間の10倍以上のモビルスーツを収納するのにそれなりに大きなコンテナが必要になる。それを税関が見逃さないはずがない。

 そうなるとある1つの考えが浮かぶ。

 あんまり考えたくないことだが…

 「この国の内部に、協力者がいるってこと…?」

 「そうかもな。ギャバンが見つからないのもその連中が匿っている可能性もある。」

 マキノは背中がゾッと寒くなるのを感じた。

 モビルスーツなんて1歩間違えれば市街地に大きな被害が出てくるほどの代物だ。しかも民間人に被害が出ようともいっさいおかまいなしの武装勢力が、だ。それでも協力するというのは、ここがどれだけ被害が出ようとも自分たちの利益、目的にかなえば知ったことではないと自分勝手に考えている連中であるということだ。

 一刻も早く見つけなければならない。

 「だけど…どうする?」

 マキノは考え込む。

 「こういった密輸業者は警察や軍組織が厳しくマークしているはずよ。もし、彼らの知らない業者があるとしてもどうやって見つける?この業界で協力してくれそうな人なんているかしら?」

 すると、彼女の言葉にクオンとシグルドが同時に口を開いた。

 「心当たりが…。」

 「ないわけではない。」

 思いもよらないことにマキノは目を丸くして2人を交互に見る。

 もちろん2人とも示し合わせたわけではない。

 それぞれの考えのもとではあるのだ。

 しかし、2人はたぶん互いに同じ人物を思い描いたのだと思い、互いに顔を見合わせ苦笑した。

 

 

 

 

 「…ここ(・・)がそうなの?なんか、たいしたものが売ってなさそうね。」

 「まあ古物商だから…人によってガラクタって見えるかもしれないわね。」

 店の外観からマキノとクオンは以上感想を述べた。

 現在、彼女たちはとある店の前まで来ていた。

 片側2車線の幹線道路の脇に沿うようにある通り。とはいえ片側1車線で、歩道がちゃんと設けられておりそれなり車と人は行き交う。

 そんなところにシグルドとクオンがあげた「心当たりのある人物」は店を構えていた。

 「それで…このリサイクルショップを経営しているのがその人物で名前は『ジャック・エドワーズ』。」

 マキノはタブレットでこの店の営業許可証や登記の情報を見る。

 シグルドとクオンは挙げた人物の名前はこの男と同じであった。

 とはいえ、『ジャック・エドワーズ』なんてよく見かける名前だ。同姓同名の別の人物ということもある。さらに情報を見たところでは怪しいところは見受けられない。

 しかし、シグルドは同じ人物であると言い切った。

 確証はある、と。

 そのため、一度のその店に行ったことのあるクオンとともにやって来たのだ。

 「とにかく…入ってみるしかないってことね。」

 と、マキノは意気込んだもの店に入るのを踏みとどまっていた。

 不審に思ったクオンであるが、マキノは彼女へと向く。

 「これで…本当にいいのかしら?」

 突然、マキノは疑問を口にする。

 「なにが?」

 「シグルドのこと…。」

 彼女が話題に出したのは今朝のこと、そしてシグルドの行動についてであった。

 報告書ではシグルドはその事件の目撃者となっていた。

 とはいえ、事件が起きた場所はアスハの別荘の近くの海岸であり、リュウジョウの邸からは遠い。明け方に7歳の少年が偶然通ったというのは考えにくい。

 シグルドとミアカが親しい間柄であったのではないかと推測してしまう。

 で、あるならば、シグルドにとってギャバン・ワーラッハは大切な人物の命を失わせる原因を作った男だ。

 なにかしらの感情を抱いてもおかしくはない。

 「確かに協力するって決めたわ。だけど、彼がここまでやるのって個人的な復讐じゃないのかなぁって…私たち、それに付き合っちゃっていることになっていないかなぁって…。」

 彼女の懸念しているのはレーベンと同じことであった。

 「そりゃ…あたしはこれまで憎む思いをするほどの身内を失ったことがないから、簡単にそれはダメだって言うことはできないわよ。けど…だからといって、やり返すってそれが最善なのかって言われても…。」

 思い悩んでいるのかマキノの表情が曇る。

 おそらくこういったことについて答えは簡単に出ないであろう。

 もしかしたらずっと堂々巡りとなるかもしれない。

 しかし、時にはその時だけでも決断を迫られる。

 「…そうね。」

 クオンは彼女の様子を伺いながら、数年前もマキノはもしかしたらこのように悩んでいたのかと思った。

 復讐…それはかつてクオン自身も辿った道であった。

 憎い、許せない。

 その感情だけが生きる糧であった。

 名前と温かな場所をくれた大切な人を失った喪失と生きる意味を見いだせない地獄のなかで正気を保つためのただ1つの思いだった。

 自分に起きたすべてのことをその怨んだ人物にすべて負わせようとした。

 その道だけがすべてだと思っていた。

 だから見えていなかった。

 自分を心底案じていた人の思いも。自分を守るために過ちを犯そうとした人の思いも。

 そんな自分にシグルドは言い放った。

 「だけど彼、私に対してあの時、啖呵切ったのよ。『何もわからないくせにって言うが、俺はおまえの人生生きてないんだからわかるはずがないだろ』ってね。」

 「はあっ!?」

 初耳だとマキノは驚きの声を出す。

 「さらにこう続けて言われたわ。『じゃあ逆に聞くが、おまえは俺の何をわかっているんだ』って。」

 「はあっ!?」

 ふたたび、前よりもさらに驚きを増して声を上げる。

 「『他人のことをわかろうとする努力もしないくせに暗いところで1人うずくまって、すべてが悪いって当たり散らせば、どんな辛い事情があってもそれは結局のところただの身勝手な八つ当たりだ』と言われたわ。」

 「シグルド、そんなこと言ったの!?あいつ…その時、クオンのこと知っていたはずなのに…。」

 マキノはわなわなと震える。

 「なんて無遠慮の無神経な図々しい言葉なのっ。」

 そして最後に謙虚という意味からもっとも遠い言葉を並び立て言い切った。

 「まあ、つまりそんなこと言ったんだから、ご自分はしないってことねっ。」

 腹立たしく感じながら、マキノは要約する。

 「もし、それで個人的な復讐しようとしていたらクオン、殴っていいわよっ。というか、私も殴るわ。」

 さっきの思い悩んだ姿はどこへやら、今では何か変なことに意気込みを見せていた。

 「パーにする?グーで?それともアッパー?」

 「まあ…その時に任せるわ。」

 マキノの言葉にクオンは苦笑いを浮かべて答える。

 もうすっかり立ち直ったマキノを見ながら、ただ…と思うことはあった。

 シグルドがここまで拘るのは依頼だからとか、自分にとって因縁の相手が関わっているとか…それらが関係しているという。

 しかし、本当の理由は根っこの部分、彼の戦いの根本的なものではないかとクオンは思った。

 それがどういうものかは知らないが、傭兵としての依頼や因縁もそこから繋がっているのではないかというのが彼女の考えであった。

 しかし、あくまでそれは憶測であるから口には出さなかった。いや、出せなかった。

 翻って自分の戦いとは何かを考えてしまうからだ。

 先のように復讐がすべてだった。そのために銃を取った。

 その道を一旦止まっている中、では自分はなぜ銃を取っているのか?

 任務のためか、職務のためか

 それならば、なぜ今その2つの理由でないのにシグルドに協力しているのか?

 頼まれたからか?

 「クオン~、早く入るわよ~。」

 すでに気を取り直して店に入ろうとしていたマキノの呼びかけにクオンはそこで自問を打ち切った。

 どの道、考えても答えが見つけることのできないと問いである。

 クオンは今、目の前のことに意識を戻し、店へ向かい始めた。

 

 

 

 

 店の中に入ると、そこには所狭しと多くの物が無秩序に並ばれていた。

 「これって…店というよりもはや収集品置き場…。」

 マキノはげんなりとし、それでも店主に会うべく奥へと進んでいった。

 クオンも後に続く。

 「結構、いろいろな種類があるのね…。」

 途中、進みながらマキノは品々を目で見ていく。

 リサイクルショップというだけあって、衣類もあれば家具類もあり、さらに家電製品もあった。

 「マキノ、あれ。」

 ふとクオンは何かを見つけたのか、マキノを呼び止める。マキノはクオンが指した方を見ると、そこには 3つのスパナを、ねじらせ三角形を作ったマークの入った板が置かれていた。

 「ジャンク屋ギルドのマークじゃない。」

 ジャンク屋とは、文字通り廃品(ジャンク)回収業者のことである。

 スペースデブリなどのジャンクを回収や修理、再利用を生業とするジャンク屋であり、その生業が発展するのも宇宙開発が進んでいったこの時代のゆえであろう。

 しかし、地球連合とプラントの戦争が勃発し、彼らの主な活動拠点である宇宙空間が戦場となったことで彼らは自身の身を守る必要性が出てきた。また各国も、戦闘によって破壊された回収するべき物品も増大していった。

 その解決策として、とある活動家と有識者たちによってこれまで個人事業者であったジャンク屋を「組合(ギルド)」としての業界団体を作り上げたのだ。そして統一された業務規定やルール作りを国際条約として盛り込み、すべての国家が批准したのである。

 このマークは「組合」に所属するジャンク屋としての組合員という証とともに、各国から攻撃を受けず、また入国を拒否できないという目印である。

 「…いらないから売りましたってことないわよね。」

 そういった経緯とルールからそのロゴが簡単に売り出されるとは考えられない。

 ということは考えられることは1つ。

 ここの店の者がジャンク屋であることだ。

 しかしジャンク屋を営んでいるのは書類上ない。

 どうもシグルドたちの話の信ぴょう性が高まってきた。

 「いや~、いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」

 すると、彼女たちの来店に気付いたのか1人の男が店の奥からやってきた。

 「当店は、リサイクル店としてなんでも揃えております。趣味・実用と幅広く扱っておりますよ。」

 男はニコニコと完全に商売のための笑顔で応対する。

 「この人?」

 マキノは確認のためにクオンに訊いた。

 「ええ…そうよ。」

 クオンはうなずく。

 「けど…彼、覚えてないようね。」

 彼に会ったといってもあくまで自分は付いていっただけであり遠目であった。とはいえ、顔は合わせている。

 当の本人はいったい何の話なのかさっぱりわからないといった感じだ。

 「もしかして…二度目のご来店でしたか?」

 彼の頭はすでにこの店での営業のことのみしかないようだ。

 「それで…こちらに置かれている商品をお決めになったとか?それとも何かをお売りつもりですか?」

 「この人…間抜け(・・・)にもほどがあるわ。」

 さっさと本題に入りたいマキノが前に出た。

 「店長さん、彼女のこと見たことあるでしょ、別の店(・・・)で?」

 マキノの言葉にきょとんとしながらも男はクオンをじーっと見つめる。するとなにかに気付いたのか顔色を変えた。そして、半歩後ずさりしそのままクルッと半回転、彼女たちから逃れようと奥へ走りだそうとした。

 「確保―っ!」

 マキノの叫ぶ声と同時に、クオンが飛び出す。そして男が一歩踏み出すよりも早く首根っこを掴みそのまま押し倒す。と、同時に背中に飛び乗り腕を逆手にひねり上げる。

 「痛いっ、痛いっ!ちょっと待ってくれっ!」

 男は必死に抗弁する。

 「俺はちゃんと仕事したぞ。あんたら教導隊が表立って入手できないMSやその兵携行器はこっちでも性能を確認してしっかりしたものを渡したはずだ。なのに、何か文句があるんだったらシキ本人が来てちゃんと説明してくれって!」

 「あっら~残念ね~。今回、違う用事で来たのよ。」

 マキノがわざっとぽく言った後携帯端末を取り出した。

 「とりあえず…()に連絡入れるわね。」

 「えっ?なに、なに!?」

 腕をひねり上げられ、抑えつけられているため状況をまったく把握できない男に今度は画面越しから声をかけられる。

 (よう、キリ。儲かってるか?)

 「え、シグルドっ!?なんで!?」

 キリと呼ばれた男はその声に驚いた様子だった。

 やがてTV電話の画面をマキノは男に見えるように置いた。

 そして、男は画面越しに映るシグルドの姿を見た。

 (『ジャック・エドワーズ(富の守り手の男)』ってか。いかにもおまえらしい偽名だな。)

 「ははは…。」

 シグルドの再会を懐かしむのに対し、男は困惑の色を浮かべながら苦笑いする。

 そして、急にいきおいよく話し出す。

 「あっ、あの件(・・・)のことだろ?ほら、MSのパーツっ。それをおまえのところの知り合いのメカニックに転売したこと。あれはなぁ…そう、あれは先行投資っ。彼女、民間MSの工場を持つっていうのが将来設計だろ?だから今のうちにコネクションを作っとこうかなぁって…。」

 あらまあ~

 男の様子を見たマキノは呆れかえっていた。

 あえて聞かないようにしていたシグルドとクオンのこの男の接点…それをご本人から聞くことになるとは思わなかった。しかも、その内容はかなりまずいものも含まれている。

 それをあっさりと自らしゃべってくれたのだ。

 守秘義務もへったくれもなくない?

 マキノは苦笑いを浮かべ、クオンに顔を向ける。

 彼女はさぞかし不機嫌であろうと思ったからだ。

 しかし、彼女は確かに顔をしかめていたが、このキリという男に対しての怒りではなかった。

 「…なにか、臭う。」

 不審な顔で辺りを見渡す。

 「…臭う?」

 マキノは辺りを嗅ぐが、木製の家具やらの商品のにおいがするだけであった。

 「ちょっと待ってっ!ウチはちゃんと商品は新品同様に管理しているんだ。異臭なんてあるわけないだろう。」

 キリも自分の扱っている商品のことを言われたのかを思っているようで心外そうな顔をしているだけであった。

 ここの所有者でさえわからなかったが、クオンはとっさに立ちあがり、そしてキリも立たせた。

 「早く、外にっ。」

 そして、もう片方の手でマキノに外に出るよう促した。

 マキノは戸惑いながらもクオンの言葉に従い、急いで外へと出る。

 「ちょっとお客さんっ!?ってか、痛いっ!」

 キリはいまだに納得していなかったが、クオンに無理やり引っ張られる形で外へと釣れ出される。

 やがて3人が店へ出たその時。

 「伏せてっ!」

 クオンの言葉と同時に前のめりに地面に着く瞬間、

 背後からドカーンっという爆音が轟く。

 先ほどまで自分たちがいた店が中から爆発したのであった。

 

 

 

 

 「…ていうことで匿ってください。」

 宿泊所のシグルドが使っている部屋では、リサイクルショップの店長キリ・イリカイ

は正座をし、両手を前で合わせて頼み込んでいた。

 「マキノ、どうしてここに連れてきたんだよ?」

 面倒事が増えたのではないかと煩わしそうに訊くが、対するマキノも嫌そうな顔で答えた。

 「しょうがないじゃない。事情聴取終わって、さあ戻ろうってした瞬間、むりやり車に乗り込んだのよ、こいつ。追い出そうとしたんだけど、警察署の前で手荒なことして大事(おおごと)にしたくなかったから。それにこんな奴のために傷害罪で捕まりたくない。」

 互いに不本意な成り行きであった。

 しかし、キリは違う。

 彼は真剣に主張する。

 「だってよ~、警察はガス漏れ事故って言ったんだぜ。店の奥の給湯室のガス管の老朽化が原因だって。だが、俺は普段ちゃんと設備は点検している。あれは絶対に俺を殺すために誰かが細工したんだ。」

 そして、ふたたびシグルドに頭を下げた。

 「だからノコノコと顔を出したらまた殺されるかもしれないだろ?だから、匿わせてくれよ~。頼むよ~。なあ、友だちだろ?」

 「ねえ、ガス漏れ事故を装って人を殺すことできるの?」

 マキノは彼らの話を聞きながらクオンにこっそり訊いた。

 「ええ。やろうと思えばできるわ。」

 それに対し、クオンも小さな声でうなずいた。

 「匿うっていっても俺も匿われている身なんだがなぁ…。」

 シグルドは自分1人では判断できないとばかりに溜息をつく。

 「それにここも俺やレーベンという面倒事を抱えて、さらにもう1つ面倒事背負うのは嫌だろうし…。」

 「おいおい見捨てないでくれよ~。お前たちの頼み事はちゃんと聞くから~。」

 キリは必死にしがみつく。

 その様子を見たシグルドは一度マキノたちをちらりと目配せた後、「じゃあ」と提案する。

 「お前のところの店の客の名簿と帳簿を見せてくれないか?匿うっていってもお前の命を狙ったヤツが誰だかわからないし…手掛かりぐらい見つけられるだろ?」

 それが見ることができれば、こちらの目的を果たせる。

 店の爆発事故やらコイツがここに押しかけてきたとかトラブルはあったが、そもそも 知りたくて来たのだ。シグルドは彼を匿うという名目の下で取引をしたのだった。

 「えっ!?」

 しかし、キリは困った顔を浮かべた。

 「だけど…それ、仕事の守秘義務に反するからな。こういう商売って信用ないとやっていけないだろ?その代わり、心当たりがあるからそいつらを調べた方がいいって。」

 「…なんて言い草なの。」

 キリの言葉にマキノは呆れかえった。

 というか、この男には呆れっぱなしな気がする。

 さきほど自分たちが店に来たとき、あれだけベラベラとしゃべっておきながら、話さないつもりだ。

 すると事の成り行きを見ていたクオンがキリの側へとやって来た。

 そして、いきなり彼女はナイフを取り出し、キリの首筋に当てた。

 「ヒャっ!?」

 キリはあまりにも唐突さに悲鳴じみた声を出す。

 「まっ、まっ、まっ、待ってくれっ。脅すことないだろ!?」

 「二佐から、あなたとしている取引が外部に漏れた場合、あなたを始末しろ(・・・・)と命じられているの。」

 「えっ、えー!?嘘だろっ!?」

 クオンの言葉に命の危険を感じたキリは必死に弁明する。

 「かっ、勘違いしたんだっ。だってそこの姉ちゃんがあんたに見覚えあるかって聞くから…シキと関係あるって思うじゃんっ。」

 しかし、クオンは持っているナイフを引かず、冷徹に言い放つ。

 「それについては、二佐との間で取り決めはされているはずよ。私はただ、命令(・・)遂行(・・)するだけよ。」

 そして、首に当てたナイフをぐっと押す。薄い皮膚が少し裂けたのか、血が出てきた。

 「あっ…いや…。」

 キリは青ざめた顔でクオンも見ると、彼女の目はギラリとひかり、まるで獲物を狩る獣のごとく、キリを捉えていた。

 「じゃっ。じゃあ、これでどうだっ。シグルドの提案を受け入れる。名簿と帳簿を見せるさっ。それでチャラにしてくれませんっ。ほんとうにお願いします。」

 ナイフによって体は動かせないが、もし動ければ勢いよく土下座するぐらいの懇願であった。

 キリの言葉を聞いたクオンは、それで満足を得たとナイフを首筋から話した。

 解放されたキリは大きく息を吐いた。あまりにも恐ろしかったのか体中汗が噴き出していた。それに対し、クオンは平然としていた。

 「これで、いいでしょ?」

 「まあ…たしかにこれで見ることができるが…。」

 シグルドもマキノもこれがあくまで演技であることはわかっていた。

 少々やりすぎかと思いつつ、まあキリであればこれぐらいしてもいいだろうとそのまま黙っていたのであった。

 

 

 

 

 「これが俺の商売(・・)の帳簿だ。」

 キリはUSBメモリーを取り出した。

 マキノはそれを受け取ると、自分のノートパソコンに差し込んでデータを読み込む。

 パソコンには次々と依頼主や取引相手、金銭の授受等が映し出される。

 「確かに…本物だな。」

 シグルドは日付と取引相手にフィオの名前を見つけて確認した。

 「ほんとうにリサイクル業とか運搬業とかジャンク屋という名目のもとでいろんな商売しているわね。」

 マキノはまたまた呆れ混じりに言う。

 彼女が目にいったのは客よりも商売の内容だった。

 ジャンク屋としてヘリオポリス崩壊によって発生したデブリ等を回収し、特に日用品類は持ち主が望めば返還するなどまっとうな商売しているかと思えば、その際の戦闘で打ち捨てられた機動兵器やその武器の残存弾丸などは、傭兵や企業などに売ったりしている。

 まあ、これでシキたち教導部隊はシミュレートのための機動兵器を手にすることができたのであるが…

 それぞれ目を通していくと、やがてシグルドは何かに気付いたのが思わず画面に顔を近づけた。

 「おい、キリ。この数週間前の客…。」

 彼は画面を指さしてキリに問い質す。

 「サラ・ホンドウって…なぜだ?」

 シグルドの顔にはにわかに信じられないという表情であった。

 「いや…だって本人(・・)が来たからだよ。」

 他に答えなどあるはずないという風にキリは答える。

 しかし、シグルドは納得してなかった。

 「なぜ彼女が?おまえのところに!?しかも…依頼は銃火器の輸送?いったい…。」

 「シグルド…その人、知っているの?」

 レーベンは不思議そうに訊いた。

 シグルドは彼の問いに、困惑の表情を浮かべながら答える。

 「教官の娘さんで…俺の部隊(チーム)の仲間だった。」

 さらに続ける。

 「俺が軍を辞めて、オーブを出た後も両用偵察部隊に所属していたはずだ。」

 「両用偵察部隊?」

 「本土防衛軍の特殊部隊だ。その名の通り、沿岸や離島の偵察や対テロ作戦などを主任務にしているんだ。」

 「あの…ちょっといいかな?」

 すると、マキノが話に割って入って来た。

 「彼女、いまは両用偵察部隊にいないわ。」

 「はあ!?」

 「というか…そもそも軍にもいない。不品行除隊よ。」

 その言葉にシグルドは眉をひそめた。

 マキノは言いにくそうに話を続ける。

 「ヘリオポリスの一件があって、軍の中で内部調査が行われたの。そしたら、部隊内の武器の横流しがあったことが表に出て、さらに捜査した結果、彼女が行ったと判明したのよ。」

 「そんなバカなことがあるか!?」

 シグルドは一蹴するが、マキノがサラの個人情報を出し、その経歴書に不品行除隊という赤いハンコが押されているのが目から離せなかった。

 本当にこんなことするのか?

 シグルドは彼女が部隊に入って来たときのことを、その後のこともはっきりと覚えている。彼女の任務に対する態度も部隊にも真面目で忠実だったのだ。

 「私はその当事者じゃないから詳しいことはわからないけど、結構大変だったらしいわ。なにせ彼女の所属していた部隊(チーム)隊長(リーダー)はイムだったから…彼、すごい剣幕だったって聞いているわ。」

 「イムって…アレックスのことか?アレックス・T・イム。」

 キリは意外といった表情であった。

 「あいつなら問題ないだろ。オーブの市民権を得ているし…なにより経験(・・)は豊かだ。そう、経験豊か…。」

 シグルドはそうつぶやくと何かを考え込む。

 「それで、そのサラ・ホンドウからの依頼の輸送…誰宛なの?」

 マキノは届け先が記入されていないことを訝しみ訊く。

 「ああ。実はその届け出先の場所…トランクルームでな、依頼人から指定された番号の所にいれておいてくれって言われたんだ。まあ、こういうことはあるし、その場合は料金前払いだからあまり気にしてないが…。」

 マキノはさっそく自分のパソコンでその場所を調べる。

 「残念…ここの業者ずさんだわ。この番号の持ち主偽名だし、防犯カメラを作動していない。」

 もしかしたらこの者たちがと思ったが、ここで行き止まりとなってしまった。

 「ああ、ただ…。」

 キリは帳簿のある個所を指さす。

 「その後、彼女の紹介だって言ってやってヤマダって名乗る男がいて、ある物の調達してそのトランクルームに運んでくれという依頼を受けたんだ。」

 「ああ、これね。」

 マキノはもう1つのパソコンでその男を調べながら、品のリストへと目を向ける。

 「届けるのは…洗濯洗剤?」

 他にはサビ取り剤とかなにか清掃に使いそうな洗剤ばかり…

 マキノはその中身に不審がる。なにせそんなもの、そこら辺のスーパーで買える品だ。それわざわざ裏で買うということは別の理由があるはずだ。その理由はただ1つ。

 「…爆弾を作るってこと?」

 「かもな。俺も一応、そういうのに詳しい人間から聞いた。」

 話を聞き終えたマキノは眉をひそめた。

 「この人たち…この国でテロを起こす気?」

 「さあな…。俺もさテロを手伝ったってことで捕まりたくないから、依頼品の各々の化学物質がちょっと違う製品を混ぜて調達したんだ。んで、今度は別の件で取引したいって話があったんだが…店が爆破されてしまって…。」

 キリはここぞとばかり力を込めて言う。

 「だから、きっと店の爆破は連中の仕業と俺は思うんだ。爆弾の材料が違ったから。だがな、そこに綿密な原材料とか指定されていないから俺は何も契約違反はしていないぞっ。」

 自分はなにも過失がないと言い張る。

 「いや…もう1週間の話よ。仕返ししたいならもうとっくにしているはずよ。」

 マキノは溜息をつく。

 しかし内心ではどうしたものかと困り果てていた。

 どうもこの帳簿にはギャバンの姿どころか影の形すらもない。

 手掛かりは結局なかった。

 と言いたいところだが、今度はこの国でテロが起きるのではいかと推測できそうなものがでてきた。

 それも放っておくこともできない。

 しかし、今は自分の管轄外だ。

 どうしたものかとマキノは悩んだ。

 「マキノ、そいつを追いかけるぞ。」 

 するとマキノの心中を察したように、これまで考え込んでいたシグルドが言う。

 「それって…サラ・ホンドウと関係している?」

 マキノは訊く。

 「両用偵察部隊だぞ?知っているだろ?両用偵察部隊のモットーは『我らが平和の最後の砦』。国防軍が出てきて武力衝突すればもうそれは戦争状態だ。その部隊はただ戦闘能力が高いだけじゃない。銃を使わないで解決する知恵も必要なところだ。そこに在籍しておいて軍事国家を目指せとか言うのは、現場を経験していないか、よほどの能天気ぐらいだ。だが、サラはそのどちらにも当てはまる部類の人間じゃない。」

 しかし、マキノはそれ頷くことは出来なかった。シグルドもそれでは説得力がないことを承知しているのか重ねて言う。

 「もう1つ上げるとしたら、襲撃事件からまだ日も経っていないなかでテロの準備がされている、そんな偶然っていうのは出来過ぎ(・・・・)だと思うが…。」

 「確かに…それはあるかもしれないわ。」

 そこでマキノが頷いたのは、もう1つのパソコンで検索をかけて出た結果を見てのことだった。

 「ヤマダって男、調べたら彼も不行跡で除隊させられているわ。不品行除隊のサラ・ホンドウと不行跡除隊の2人がどこで関わりがあるのを、防犯カメラの過去の映像で顔認証かけて追跡したら2人ともある男と会っているの。」

 マキノはその画面をシグルドたちに見せる。

 「男の名前は、タダヨシ・カムロ。危険人物ってわけじゃないけど、私たちは注意人物として彼をマークしているの。」

 「知らない名だな。一体、何者なんだ?」

 シグルドは聞いたことがない名前に訊く。

 「元・国防陸軍の尉官だった男よ。なんだけど、その、まあ…。」

 マキノは途端に歯切れが悪くなった。不審に思ったシグルドであったが、彼女は彼の顔を見ると話すしかないと腹を決め、続けて言った。

 「なんというか、彼、軍にいた頃からまあ主張が凄まじいというか…。オブラートに包んで言うと、ロンド様こそ国を憂う真の愛国者だとか改革者だとか言って、この国をもっと積極的に戦争に参加して軍事大国にしようと言っているの。アスハを支持する人間をアレやコレたと言ったり…彼が提案としている政策というものが軍事費を上げるためにほにょほにょだったり…。」

 「オブラートというか、随分ぼかしていない?」

 彼女が言った主張が凄まじいというのは、そのアレとかコレとかほにょほにょの部分だが…

 レーベンは気になって仕方なかった。

 それに対してマキノは反論する。

 「だって、私だってその部分をどストレートに言いたくないわよ。聞いたというか見ただけでものすごく嫌な気分になるし…。つまり、ものすごい差別表現が含まれているのっ。差別的な考えなのっ。それに、言おうとするとそこの人がものすごく怖い気がしたのっ。」

 マキノが指したのはシグルドであった。

 確かに見ると、彼は顔をしかめていた。というか、怒り爆発一歩手前というか…。

 「とにかくその部分が気になるのなら、彼のサイトや匿名のそういったものを見てっ。私が言いたいのは彼が除隊した後のこと。彼は警備会社を設立したのよ。けど実態は…。」

 「民間軍事会社か。」

 「さすがシグルド、同業者だからすぐにわかった?けど、この国では銃刀法や刑法で外国に対しての私的戦闘は禁止されているからそれで1回逮捕されたわ。だけど、それを使ったのも初めてだし、実際どうしたかった不明だったから不起訴になったわけ。」

 「あれ?シグルド…。」

 オーブでそんなことが禁止されていると聞いたレーベンは思わずシグルドを見た。

 「だから、俺は素性を隠したんだろうがっ。おまえたちは俺の事を面白おかしく詮索するが、中立国っていうのナイーブなんだよ。そういった面では。」

 なるほど、とレーベンは合点がいった。

 「ったく、なんだよこれは…。バカは世界どこにでもいるが…。」

 シグルドは頭を抱えるように呻いたあと、ユゲイに顔を向ける。

 「なあユゲイ、これはどうなっている(・・・・・・・)だ!?」

 彼が指摘している意図を理解したユゲイは肩をすくめた。 

 「それ(・・)に関してはいくらワシとて無理な話だ。ウズミも、な。世の中にはいろいろな考え方の者がいるのだから。」

 彼の言葉に説得力はあるが、納得できないシグルドは苦虫を噛み潰したように顔をそむけた。

 「だけど…それでなんでテロを起こすのさ?」

 レーベンは訝しむ。

 「まだわからないけど…彼が支持しているサハク派はヘリオポリスで失った実権を取り戻そうと躍起になっているわ。実際、シグルドに機密漏えいの容疑をかけたのもサハクの息のかかった連中よ。カムロもそれを狙っているのかも。テロが起きて、その対応を遅れればその時の政権に非難がいく。さらにそれを自分たちで鎮圧できれば支持が得られる。つまりマッチポンプってことね。」

 「まったく…最悪だ。」

 シグルドは顔をしかめる。

 「こんなんテロじゃねえ。自分の思い通りにならないからって駄々をこねて周りに当たり散らすガキと同じだ。それが図体だけデカくなってやる身勝手な暴力だ。」

 「別にどう呼ぼうが勝手だけど…。」

 マキノも不快な表情であった。

 「こっちとしては無関係な民間人に被害が出るって以上、とにかく阻止しなくちゃいけないのよ。」

 シグルドはさらに苛立たし気に吐き捨てる。

 「まったく…何なんだ。そもそもロンドって誰だ!?」

 「ええっ!?うそでしょ、シグルドっ!?」

 シグルドの言葉にマキノは驚く。

 「あなた、この国に来て会ったでしょっ!?すぐ!?」

 「この国に来て…?」

 シグルドは記憶を辿る。

 まず、モルゲンレーテの技術主任であるエリカ・シモンズに会った。そして彼女から会ってほしいという人物がいるといわれて連れて行かれた。

 「ああ…そいつか。」

 「シグルド…知らないで会っていたの?」

 レーベンも驚いて訊く。

 そもそも、モビルスーツのパーツの取引はシグルドが話を持ちだしたからじゃないのか?

 彼がその人物を知らないとはどうやって説得したのか?

 「いや、まあ…ヘリオポリスの一件は、こっちのメンバーも関わっていたから一応バックグラウンドの情報はある程度入っていた。だからサハク派の人間だろうなぁとは思っていたが…。ほら俺、偉そうにふんずり返って椅子に座っている人間って嫌いだからな。」

 マキノは頭を抱える。

 「あんたに容疑がかけられたのって別の理由(・・・・)な気がしてきた。」

 「はあ?どういう意味だ?」

 「いえ…いいわ。」

 シグルドはわけがわからず聞くが、マキノはそれには答えなかった。

 言ってもいいのだが、その理由を聞けば、バカバカしいと一蹴するに違いない。そうなるとさらに面倒なので言うのをやめた。

 「それよりも、こっちの方を考えてよ。」

 マキノは脱線しかかった話に戻す。

 「どうやってこいつらがテロを起こすかとか、狙いはどこかなんてまだわかっていないんだからね。」

 情報調査室にあげることもできるが、それでは時間がかかるし、なにより情報元を明らかにしなければならない。

 「キリ、その金の支払いとかはいつの予定だったんだ?」

 シグルドはキリに訊く。

 「明日の朝、指定場所で会うことになっていたんだ。トランクルームに届けたことを伝えると同時に、な。連中はそれを確かめてから金を払うって話だったが、店が爆破されて、な。」

 キリはまた自分の店の件は連中であると主張する。

 調達するのに金を使ったのだから、その支払いがないことで損失したことを根に持っているようであった。

 「明日かぁ…。」

 シグルドはキリの無用の心配をよそに別の事を考える。

 さっきマキノが言ったように、キリが来られなくなったら爆弾の材料は手に入らないはずだ。店の爆破は連中であるとキリは主張するが、それなら材料を確認した後でもいいはずだ。

 なら、店の爆破は彼らの仕業ではないということか?

 「なあ、その商談を続けられないか?」

 キリが彼らと接触すれば、なにか情報を得られるかもしれない。

 「嫌だ。俺は行きたくないっ。」

 しかし、キリは反対した。

 「もし、店の爆破が連中だったら、俺がノコノコと顔をだしたら今度こそ殺されるじゃないかっ!?」

 「そんなこと言われてもねぇ…。あなたの主張が本当なら、その場所に連中は来ないかもしれないけど、もし別の人間の仕業だったら、それこそ連中、アンタを殺しにくまなく探しに来るんじゃない?」

 マキノは彼を脅かすように言う。

 なにがなんでもキリに頷いてくれなければ、彼らを追えないからだ。

 「それでも嫌だ。あんな恐ろしいのはコリゴリだっ。いいか、命は1つしかないんだ。金で買えないんだぞ。」

 だが、キリは頑なに断る。

 なんかいいことを言っている気がするが、場とタイミングのせいか全然響かない。

 「行くんだったら、誰か代理として行ってくれっ。」

 「誰かって言われてもねぇ…。」

 マキノは困った顔をする。

 こちらの職務の言い方をすれば潜入ということになる。

 しかし、そういった潜入するには、その人物の経歴をそれらしく偽造したりしなければいけない。

 「そういう用意って結構、時間かかるのよ。」

 とても明日までにできそうにないことだ。

 「いや、そうでもないぞ。」

 すると、それまで黙って様子を見ていたユゲイが入って来た。

 これまで話に参加しなかったからうっかり忘れていたが、夕方からずっといたのだ。

 「誰か適任がいるんですか?」

 マキノは不思議そうに訊く。

 今から彼の伝手で探すのだろうか?しかし、何も知らない他人を頼るのは危険ではないか?

 そう思っていたが、ユゲイから出たのは意外な言葉であった。

 「もうここに、本物(・・)がいるじゃろう?」

 そして、いつものごとく腹で何か企んでいる好々爺の笑みを浮かべた。

 

 

 




あとがき
今回分割するか否か直前まで悩んだのであとがきに書くネタはありません。
挙げるとしたら、ガンダムの最新作がやるっていうんだけど
テレビ放映じゃないんですよね…
配信ってなにが不便って、気がついたら期間過ぎていたり、
配信日を忘れたりってことですよね(泣)
そんな愚痴で終わらせてしまったよ…(汗)


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