機動戦士ガンダムSEED Gladius   作:プワプー

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実に久しぶりの更新です。
あまりにも久しぶりすぎて投稿の仕方を忘れかけていた(汗)


PHASE-51 光り輝く天球・肆 ‐転回・前編‐

 熱い…息苦しい

 まるで逆巻く渦に呑まれているような感覚であった。

 ‐シグルドっ!‐

 周りから聞こえてくる淀んだような声や音以外に、よく通った声が自分を呼ぶ。

 誰だ?

 シグルドはその姿を探す。

 「シグルドっ!」

 ぼやけた視界に、涙に濡れた金色の瞳がうつった。

 ‐シグルドっ!しっかりしろっ!‐

 自分を呼ぶかける声が今度は、目の前に養父(ちち)バエンの、しかもまだ30代前半の頃の姿へと変わった。

 すると、数々の過去の光景がフラッシュバックする。

 朝日がのぼり始めたばかりの薄明りの砂浜。風にたなびくつややかな黒髪。透き通った歌声。見慣れぬ男たち。そして、全身を打ちつけるような衝撃。

 次に気付いたとき、砂にまみれて横たわっていた。

 ミアカは…?

 朦朧とする意識の中、顔を上げると男たちの集団が離れていくのが視界に入った。その中に意識を失っているのか、連れて行かれようとするミアカの姿もあった。

 だめっ、…いかないで。

 必死に手を伸ばした瞬間、今度は別の光景に変わる。

 ‐どうしてっ!?お母さんっ!‐

 泣きながら、母のもとへと駆けていこうとする前に祖父に止められた。

 母は心配ないとこちらに顔を向ける前に、そばにいた男に阻まれ車に乗せられる。

 それは突然のことであった。

 いきなり警察のような男たちがやってきて母は連行された。

 まだ幼かった自分は何もわからず、ただただ呆然とその成り行きを見ているだけであった、

 ‐なんでっ!?‐

 祖父にすがりむせび泣いた。

 ‐お母さん、なにも悪いことしていないんだよね!?

 ‐ああ…悪いことなんかなにもしていない。‐

 ‐じゃあ、なんでこんなこと(・・・・・)するの!?‐

 ‐いいかい、シグルド。‐

 祖父は、静かにいった。

 ‐理不尽を許してはいけない、諦めてはいけない。そして、打ち勝つ心を持つんだ。…人を恨んではいけないよ。‐

 その声が奥底に響くと同時にまた別の光景へと変わる。

 風に揺られる木々の音、鳥のさえずり、時折聞こえてくるそれらの音以外、あたりは静寂に包まれていた。

 深緑の木々に覆われた茂みの中で、シグルドは息をひそめ、狙撃銃を構えていた。夏季がこの土地にとってもっとも過ごしやすい時期といえども夜は肌寒くはあるが、シグルドは耐え続けた。

 銃口の先にはコンクリート状の建物があり、シグルドはとある1室にいる人物を狙っていた。

 あれから十数年近い時は流れた。

 もう2度と失いたくない、大切なものを守れる力が欲しい。

 そのために、ずっと己を鍛え、そして力を得てきた。

 ‐恨んではいけない‐

 あの時の祖父の言葉はいまでも心の中にあるが奥底でくすぶり続ける火が消えることはなかった。

 自分ではどうすることもできない感情もまた存在しなにかのきっかけで噴き出していた。

 だからこそ、ここに来た(・・・・・)

 あそこにいる男は、多くの人の命を奪った。その死に責任を負うべき存在にも関わらず、その罪をまったく自覚していない。それは、奪われた者の悲しみがどんなものか、怒りがどんなものか…その男は一切理解していないのだ。

 それが許せなかった。

 だから、その痛み(・・)を思い知らせるためにこうしている。

 スコープ越しから格子のついた窓が開こうとしているのを捉えた。

 シグルドは息を殺し、狙いを定める。

 あと少し…。

 ふと脳裏に、懐かしい大事な人たちの顔がよぎる。

 母、祖父、そしてミアカ…

 理不尽な暴力で、命を散らした大切な人たち。

 もうすぐ…終わる。

 窓が完全に開き、男が顔を出す。

 今だっ。

 シグルドは引き金を引いた。

 

 

 

 

 「ダンファードさんっ!わかりますかっ!」

 いきなり目の前にライトを当てられ、そして、医師の呼びかけによりシグルドの意識は現在(いま)に戻る。

 ここは…どこだ?

 MS、爆発、襲いかかる衝撃波…

 自分が意識を失う前の記憶が次々とよみがえってきた。

 そうだ、俺は…

 どうやら病院に運ばれたらしいと、まだ意識が朧げながらも認識した。

 と、同時に忘れてはならない直前までそばにいた人物を思いだした。

 カガリは…?そうだ、カガリはどうなった!?

 あれだけの爆風と衝撃だ。しかもその後の記憶はまったくない。

 彼女は無事であろうか。

 しかし、体が思うように動かない。

 身じろぎすると、治療にあたっている医者が制止する。

かろうじて目だけを動かすと、部屋の外、ガラス越しにカガリの姿があった。泣きじゃくったのか目は赤く腫れ、それでもまだ泣きそうな顔であった。とはいえ、ここから見る限りどこか怪我をした様子はなかった。

 まったく…泣き虫姫が…

 シグルドは彼女の無事に安堵しつつ、苦笑した。

 思えば自分が怪我するたびに彼女は大泣きであった。自分が怪我したわけでないのに…。

 その姿を見て張りつめていたものがほぐれてきて、眠気が襲ってきた。

 薬が効いてきたのだろうか…。

 シグルドはふたたびカガリの方へと視線を移す。

 彼女のそばにクオンの姿がみえた。

 …大丈夫か。

 クオンが病院にいるということはシキもいるはずだ。ならば、カガリのことは任せてもいいだろう。

 シグルドは安堵し、そのまま眠気に身を任せた。

 

 

 

 

 「かの医師はとても優秀な方だ。きっとシグルドも助かるだろう…。」

 シキはICU治療の病院区画にある待合室でミレーユにここに至るまでの経緯を説明した。

 まだ明け方の時間帯のためか病院関係者以外にいる人間は彼らだけであった。

 現在、彼らはオロファト市内にある国防軍中央病院にいた。

 その名の通り、オーブ国防軍の管轄にしている病院で軍人、軍属およびその家族の傷病を診察対応が中心だが、一般市民の救急医療の受け入れ先としても指定されており、高度の医療施設とスタッフを備えた病院である。

 「ええ…二佐にはさまざまなご尽力(・・・・・・・)をしていただき感謝いたします。」

 ミレーユは謝意を述べるが、そこにはどこか含みのある言い方があった。

 いくらこの病院が一般の救急医療を受け入れているとはいえ、さらにシグルドが元・オーブ軍人であっても、ここまで迅速かつ優先して使うことはできないであろう。

 おそらく、シキが救急搬送を要請した際に何かしら手を打ったはずだ。

例えば、カガリも巻き込まれたと報告すれば、彼女も負傷した可能性もあるので、受けた側もすぐさま対応にあたり、彼女を高度の医療機関に搬送する。そして、ついでに(・・・・)護衛も搬送できるというわけだ。

 もちろん、彼女も見た目では怪我の程度は軽いとはいえ何かあるかわからない。念のための検査もしなければいけないから彼の行動に批判することはできない。

 この軍人はただ指揮能力が高いというだけでなく政治的感覚も持っている。

 ミレーユはあらためてこの若い佐官を評した。

 と、同時に身構えた。

 何かしらの見返りがある可能性もあるからだ。

 シキはこちらの警戒に気付いたのか、ふっと笑った。

 「私たちはあなたたちをバックアップするという任務があります…。そのためにいかなる努力も惜しみません。」

 これもまた仕事の一環であり他意はないと暗に伝えたのであった。

 「では、こちらも仕事がありますので…。」

 シキは会釈したのち、待合室を後にした。

 部屋を出ると廊下でクオンが待っていた。

 すでにカガリの方の検査は終わり、彼女は侍女と共に帰ったのであった。

 「ミッターマイヤーから連絡は?」

 シキはすぐさま、戦闘のあった無人島に残したウィリアムからの報告の有無を聞いた。

 「いいえ。まだ襲撃した集団がいないか周辺警戒しながらなので、調査隊の到着も遅れているようです。」

 実のところ、現場に到着したときにはすでにゾノの姿はなかった。

 ディンの自爆から逃れたのか、それとも巻き込まれ海中に沈んだのか?

 後者であれば、調査隊が海中で捜索すればいいだけの話だが、問題は前者の場合だ。

 戦闘要員として当てにしていたシグルドは重体、責任者であるカガリもとても指揮を執れるような精神状態ではない。最悪、自分たちだけで、しかもM1アストレイを使わずに迎撃しなければならない。それがどれほど困難なものか…。

 そもそも敵は何者なのだ?

 シキは最悪な方を想定した戦術を練り、前提となる相手の存在について推測する。

 ここ数日の不審船団、その行動に合わせて出現した所属不明のMS。

 向かっていた方向がオノゴロであったので、彼らの狙いがM1であったという蓋然性は高い。しかし、M1を狙おうとする勢力といっても地球軍はザフトの大攻勢の作戦の噂でこちらを気に掛ける理由がない。ザフトもまたしかり。では別のところが、と考えるがそれらも考えにくい。それは襲撃前にシグルドがミレーユに話していたことと同じ考えであった。

 しかし、実際に襲撃はあった。それを望むものがいることは確かだ。

 それとも自分たちは知らないだけで、上は知っているのであろうか?

 バエンが何かを隠していると感じたのはそれ(・・)か?

 「どちらにしろ、調査結果が出なければわからない…か。」

 シキはつぶやいた。

 結局のところ、自分の持つ情報だけで推測できるのはこれが限界であった。

 そうこう思案を巡らせていると、彼の携帯端末から呼び出し音が鳴った。

 

 

 

 

 シキに連絡を入れたのは、エリカであった。

 すぐにモルゲンレーテに来てほしいとのことであった。

 彼女もまた不測の事態に備えて待機していた。

 彼女の呼び出しに何事かとシキは問いかけたが、彼女は詳細は来たときに話すというのみであった。

 不審に思いつつも、行かなければわからないので、シキはクオンを先に軍本部に戻るよう伝えた後、その足ですぐにモルゲンレーテに向かった。

エリカから指定された会議室に入った瞬間、彼は驚きを隠せなかった。その部屋にはエリカ以外にも彼の予期しえなかった人物が2人いたのであった。

 1人はバエン、そしてもう1人はウズミであった。

 なぜここにウズミ前代表が?

 バエンは、シキの直属の上司であり今回の一件に関わっている。ゆえに、この場にいても納得できるが、では、なぜウズミがいるのか?確かに代表辞任後、軍とモルゲンレーテに関わる事案の裁断を行っていた。しかし、この案件に関してはカガリに一任していたはずで、出てくることはなかった。それがなぜ今になって?

 疑問に思いながらも、まずはエリカの話を聞かなければとシキは椅子に座り、エリカに尋ねた。

 「それで…いったい何かあったのですか?」

 彼の質問を待っていたかのようにエリカは話を切り出した。

 「はい。未明ごろに当社のホストコンピュータ端末に不正侵入がありました。」

 「…なんだと?」

 驚く内容ではあるが、エリカの表情から深刻さはうかがえない。続けて彼女は言う。

 「ただ、幸いにも一番重要度の高いデータまで侵入される前に対策課が対応しましたので、なにか機密情報が盗まれたということはありませんでした。」

 「そうか…。」

 その話を最初聞いたとき、シキは驚きを隠せなかったが少し安堵した。

 モルゲンレーテには多くの軍事機密に関わるデータがある。そこが狙われることがあるが、今回起きたのはタイミング的に襲撃があった時間帯とほぼ同時だ。

 関連性がないとはいえない。

 「そのため二佐にも注意(・・)してもらいと思い、お話しました。」

 最後の言葉にシキは訝しむように眉をひそめた。

 どこか含みがあるような言い方であったからだ。

 まるで自分たちが今の任務から外れたような…

 エリカもどこか落ち着きがない様子であった。

 「シモンズ主任、まずあれ(・・)を出さなければ、ヒョウブ二佐も状況を把握できないと思うが…」

 すると、これまで成り行きを見守るように黙していたウズミがつぶやいた。

 その言葉にエリカはシキに差し出すように机に資料を置いた。

 「M1の最終データとテストパイロットの報告書です。」

 エリカの言葉にウズミが続ける。

 「ここ数日間領海付近を航行し続けていた不審船団は撃退した。彼らの正体および拠点が何処かなどを明らかにするにしても赤道連合の沿岸警備隊と情報を共有しなければわからぬこともあり時間がかかる。であるならば、ふたたび襲撃がある前に我々も事態に備えなければいけない。」

 「それが…これ(・・)ですか?」

 「そうだ。M1がハード・ソフト共にようやく完成し、これから急ピッチで配備を進め、訓練プログラムを順次おこなっていくつもりだ。ということは、そなたたちの本来の職務(・・・・・)に就いてもらわなければならない。」

 本来の職務…つまり教導隊の仕事と同時に、カガリから受けた任務から外れろと暗に示されていた。

 そして、ウズミは別の書類も出した。

 「ただ、そなたらは此度の襲撃に事件に携わったことで超過勤務時間となっていよう。いくら国の防衛を担う仕事とはいえ休息は必要だ。そこで、しばらく君たちの部隊は休暇を積極的にとってもらいたい。」

 

 

 

 

 

 シキが退出し、エリカもいなくなった後、会議室にはバエンとウズミの2人のみとなった。

 「あれは素直に言うことを聞かないぞ。」

 バエンはシキの態度について謂った。

 表に出さなくてもそれくらいのことはわかる。

 なにせ今まで行っていた任務に横やりが入って排除されたのだ。しかも、それを直接的でもなければ、その任務に関して指揮する人間でもない。そんなことされれば自分も腹立たしく思うだろう。

 「そんなことはわかっておる。」

 ウズミも承知の上での事であのように言ったのであった。

 「だが、いくら無人島とはいえ本土の喉元まで差し掛かったのだ。市民には伏せたとしても責任は免れない。」

 おそらく首長会議とまではいかなくても五大氏族や閣僚内から声が上がるはずだ。

 では誰が取るか?

 そこからが問題(・・)となる。

 ゆえにウズミは早めに手を打ったのだ。

 「いわゆる政治的主導権争いというわけだ。」

 軍人である自分がそこに関してとやかく言うつもりはない。だが、納得も気持ちもそれとこれとは別である。

 「そなたとて無関係ではないぞ。」

 「…もちろん。」

 何を言いたいのか理解したバエンはすぐに応じた。ウズミはしばし黙った後、静かに言った。

 「私はあくまで軍を統括するのみの立場であり、それは代表もしかり…ゆえに五軍が各々独自に遂行する任務について何かしら口出しするつもりはない。」

 婉曲な表現ではあるが、一連の襲撃事件に関してバエンが何かを隠しているのを察知しているようであった。

 その言葉にバエンは訝しんだ。

 なにせわざわざ口に出して言うほどでもないからだ。

 ウズミはさらに言葉を続ける。

 「とはいえ、例えばそれに関わる職務(・・)を代表から指示されれば無関係とはいかない。」

 

 

 

 

 

 バエンが軍本部にある自室に戻った頃には時計はすでに午前7時を回っていた。

 徹夜となったわけではあるが、バエンは休む間もなく残った事務処理を行っていた。

 さきほどまでの襲撃事件の残務処理はもちろんのこと、自分が処分を受けて不在の間に』部下に引き継ぎをする事務案件もあった。

 「…やはり気付いていたか。」

 バエンは独りごちたのはモルゲンレーテでのウズミの言葉であった。

 彼はこの一連の襲撃事件に関して何か裏があると思っている。そして、そこには本土防衛軍の特殊部隊(・・・・)の任務が絡んでいることも。

 とはいえ、自分が何かしらの処分を受けても任務が継続できるようにはしてある。そもそも、それ自体織り込み済みで作戦行動している。だから心配しなくても彼らがうまくやってくれるはずだ。

 だが…

 バエンは気にかかることがあった。

 最後にウズミが発した言葉…一体、彼は何を考えているのか。

 自分がどうこうできる問題ではないが、長年の勘からか、あまりいい予感がしなかった。

 

 

 

 

 首都オロファトから郊外へといく幹線道路と連なる横道から林を抜ける道を進んでいくとひらけたところに出て倉庫群が立ち並んでいる。

 かつては工場から出荷された物品を小型機で輸送するために一時的な保管庫として利用されてきたが、経済成長によって変化する物流と立地条件についていけず会社は倒産、倉庫も廃墟と化していた。

 しかし、誰も使われていないはずの倉庫の内の1棟から灯りがついていた。

 灯りがついている倉庫の中には何人もの柄の悪そうな連中がいた。

 ここをたまり場としているのか、室内には空になった酒瓶やゴミが散らかっていた。

 今、その広間にいくつもの木箱が積み上げられ置かれていた。

 彼らのリーダー格らしき男が、手下に命じて箱を開けさせる。

 すると中にはアサルトライフルが入っていた。それも数丁ではない。ここの集まっている人数分以上の量であった。他の木箱にも弾薬など様々な装備が入っていた。

 リーダー格の男は1丁のライフルを持つ。

 ひと通り確認した後、ふたたび銃を置き、他の手下にも促した。

 それを合図に他の者たちも次々と手を取り喜びの声をあげる。

 「なかなかではないかっ。」

 リーダー格の男は、その輪から抜け、隅に座って酒を飲みながら様子を見ていた女の下へとやって来た。

 彼女が木箱の装備を調達した人物であった。

 「あれほどの銃を用意できるとは…。」

 「あら?期待していなかったの?」

 「いや…ただ、君がここまでのことをするとは正直思っていなかったのだよ。」

 男も席に座り、空いているグラスに酒を注いだ。

 「君はオーブ国防五軍の中でもっとも強いといわれる本土防衛軍、さらにその精鋭の両用偵察部隊の所属の人間だったんだ。」

 女は男の言葉に苦笑いを浮かべた。

 「あら、私をここまで誘ったのはあなたなのよ。それに本土防衛軍といっても、その前に『元』がつくわ。いいえ、それさえ(・・・・)もつかない…不名誉除隊(・・・・・)だから。」

 女は寂しげな表情を浮かべ、酒を飲んだ。

 残った氷がグラスの底に当たり、カランと音が倉庫に響く。

 「本当にひどい話だ。」

 男は女の境遇に憐れんだのか顔を曇らせた。

 「しかし、なにも気に病むことはない。君は国を守りたいという一心だったのだ。」

 「けど…トップはそうは思わなかった。だからこういう処分なのよ。」

 女は酒が無くなり氷だけとなったグラスをわずかに振る。氷とグラスの当たる男がカランとかすかに響く。

 「しかし…ホンドウ警務官もひどいものだ。身内である君に対してなにか手助けがあってもよかったはずだ。」

 「昔気質で頑固で融通が利かないのよ、父は…。」

 女は吐き捨てるようにこぼした。

 「オーブの理念を正義とし、理念のために戦うのが軍人の務め、と。でも、そういう軍人でめでたいと思うわ。本当の軍人の仕事を知らないんだもん。国の外では、どれほどの軍人が命を賭して戦っているのか。理念で、国を守れるなら軍人なんていらないのに…。」

 「だからアスハ(・・・)きれいごとの理想(・・・・・・・・)に盲従できるのだろ?国民もそうだ。」

 男は嘲るように言った。

 「だが、もうすぐ変わる。」

 男は女の空になったグラスに酒をついだあと、木箱の山に目を移した。

 「俺たちの手で変えるんだ。この平和ボケの国を。」

 男はグラスを掲げた。

 「オーブの力を世界に見せつけるのだ。」

 女もまたふたたび酒で満たされたグラスをあげた。

 「そして、軍人に正当な名誉をっ。」

 

 

 

 

 

 緊急手術を受けたシグルドは、しばらくは経過ICUに留まっていたが、傷の治りが順調と判断されたため、今は一般の個室病棟に移っていた。

 「暇だっ…。」

 シグルドは大きなため息をついた。

 なにせベッドで寝ているだけで特に何もすることがないからだ。

 まだ傷口は縫い合わされただけのため、養生するのが当たり前であったが、シグルドにとって不満であった。何度かこっそりと筋トレをしようと試みたが、その度に看護師に発見され阻止される始末であった。

 「暇だよぉ~。」

 シグルドと同じくらい溜息をついたのはフィオであった。

 「モルゲンレーテの社内見学ができなくなっちゃった…。」

 そもそも部外者でもあるフィオが軍事関連もありセキュリティの厳重なモルゲンレーテの社内見学をできたのは依頼の関係上やエリカの好意からだ。なのに、自分が怪我をしていて動けないのに、彼女だけが立ち入ることは易々とできない。

 しかし、それを口に出すことはしなかった。

 言えば、その倍になって言い返されてしまう。

 彼女曰く、先日の襲撃事件で自分は置いてけぼりをくらったとのことだ。朝、起きたら誰もおらず、連絡もつかず、仕方なく部屋で待っていても誰も帰ってこず…。

 そのことを、耳にタコができるくらい聞かされているので、それに繋がりそうなことはしばらく言わないようにしようとシグルドは決めたのであった。

 そんなこんなと2人が暇をしているところに、ミレーユが病室に入って来た。

 「…どうだった?」

 シグルドは、彼女の姿を認めるとふたたび上体を起こし、短い一言で問いかけた。

 「いいえ。」

 彼女の返答もまた簡素なものであった。

 「…というより、面会できなかったわ。出てきても代理の者そして、決まって一言、『追って通知するので待っていてほしい』ですって。」

 「そうか…。」

 2人が話しているのは、カガリから依頼された任務、その今後についてだった。

 今回の襲撃事件のその詳細はわからないが、MSまで出てきたのだ。M1に関わっているとみて間違いないはずだ。あれから数日経ち、そのことについて何か話があってもいいはずだが、未だにない。そもそも依頼者本人であるカガリが、襲撃事件以降、姿を見せていないのだ。この病室にやって来ないだけではない、カガリがいつも行きそうなところにも姿を見せていないのだと、フィオがアサギたちから聞いた話だ。

 「シキから何か聞けたか?」

 依頼者本人に会えないのであれば、周りから様子を聞くしかない。

 しかし、ミレーユの表情は明るくはなかった。

 「軍本部で会えなかったから、あなたから聞いた窓口(・・)を使って会ったわ。だけど、収穫なし。彼も今、そっちの職務を外されているらしいから何も教えることができないって…。分かったことと言えばそれぐらい、ね。」

 結局のところ、収穫はないということだ。

 とはいえ、これだけでもわかることがある。

 「やはり…なにかおかしいな。」

 任務のその後についての話がない。依頼者とは会えない。しかも協力していたシキたちの部隊もその任務から外されたのだ。

 なにかの力が働いている。

 それもカガリやシキを抑えるほどのもの…思い当たる人物がすぐに浮かびシグルドは眉をひそめた。シグルドにとってあまりいい思いのしない人物だからだ。だが、()以上に動き、そして可能な人間は思い浮かばない。

 いったい何を考えているんだ、ウズミ?

 おそらく政治的な意図があるのだろうが、だからこそシグルドにとって腹立たしかった。

 すると、そこへ病室のドアをノックする音がして、シグルドの思案は中断した。彼は顔を上げる。

 可能性としてレーベンであろうが、どうも違うようだ。

ミレーユとフィオへと顔を向けるが、彼女たちもこの来訪を知らないようなのか首をかしげる。

 ふたたびドアをコンコンと叩く音が聞こえた。

 ミレーユが用心しながら、来訪者の正体をつかもうとドアの陰にたつ。

 網入り型ガラスの向こう側に見える人影は細身で、身長は平均より少し高めといった感じであった。

 とりあえずこちらを襲うといったような雰囲気でないので、ミレーユはドアを開けた。

 するとドアの前にはサングラスをかけた、見立て通りの体格と身長の若い男性が立っていた。

 「いやぁ、これはこれは…。」

 その男はミレーユの姿をみるやいなや、サングラスを外し、すぐさま彼女の手を取った。

 「噂はかねがね聞いておりましたが、噂以上にとてもお美しい…。初めまして、リャオピン・グオと申します。そこにおりますシグルドとは国防士官学校の同期になります。お近づきのしるしにどうでしょう?この後、近くにあるリゾートホテルの最上階にございますバーにて、南海の宝珠が夜のとばりの中で輝く景色を眺めながら共に過ごしませんか?」

 思いっきり手を横に振りほどいたと思えば、そのまま彼の腕をひねり上げた。

 「痛たたたっ。ちょっ…ちょっと、痛いですっ。」

 あまりに突然のことにリャオピンは驚き痛みを訴えるが、ミレーユは気に留めずシグルドの方へ振り向く。

 「ねえ、あなたの知り合いってまともな人間はいないの?」

 「まるで俺がその中心みたいなじゃないか!?だが…そいつはいい。そのまま追い出せっ。」

 シグルドの言葉にリャオピンは悲嘆の声で訴える。

 「ひでっ。せっかく見舞いに来たのに…おまえはそんな薄情なやつだったのか!?」

 だが、シグルドはすぐに言い返す。

 「おまえがそんな殊勝なことをするかっ。そいう時は何かあるってことなんだよっ。主に、トラブル。それで今度は(・・)何のトラブルだ?酒か?ギャンブルか?女か?」

 「いや、さすがにケガ人に頼むほど人使い荒くないから安心しろ。」

 リャオピンは否定するが、なにか否定するとこがおかしかった。

 つまり、本人も自覚しているのだ。

 「…それってトラブル3点セットじゃん…。」

フィオははじめこそミレーユとシグルドの冷たい対応を受けたリャオピンに少し同情を向けたが、その同情したことを後悔した。そして、2人の対応に納得した。

 「ミレーユ、早くそいつをつまみ出せっ。」

 「いや待てってっ。せめて彼女のご連絡先を…。自分の胸ポケットに入っておりますので遠慮なくお取りいただければ…。」

 「だれが取り出すって?」

 2人がリャオピンを追い出そうとするのを、彼は必死にしがみつくという不思議な応酬はリャオピンの背後に現れた人物によって終了した。

 「ここは病院だ。あまり騒ぐな。」

 そう言って、リャオピンの後頭部をはたいたことによって、リャオピンは言葉をつぐんだ。

 その人物を見たシグルドは破顔した。

 「ホンドウ教官っ。」

 シグルドは彼を出迎えようとベッドから出ようとするが、その人物が彼を止めた。

 「けが人だろ?そのままでいいさ。」

 そして、近くにある椅子をベッドのそばへ寄せた。

 「それに、もう『教官』はよせ。今は、ただのいち警務官だ。」

 「俺にとっては『教官』は『教官』ですよ。」

 シグルドはミレーユとフィオを見ると今入って来た人物を紹介した。

 「この人は、マーカス・ホンドウ…士官学校で俺の教官だった人だ。教官、こちらはミレーユとフィオリーナです。」

 「よろしく。」

 一通り挨拶を終えるとフィオはミレーユにそっと聞いた。

 「つまり…?」

 「元凶(・・)の1人ってことね。」

 「リュウジョウ准将だけかと思った。」

 なにか意味ありげな言葉にシグルドは心外だとばかりに言う。

 「なんか俺がいつも迷惑かけているみたいな言い方だな。」

 彼らのやり取りを見ていたマーカスは顔をほころばせた。

 「()は聞いていたが…元気にやっているようだ。やんちゃ(・・・・)も含めて、な。」

 「ええ…まあ。」

 さきほどまで威勢のよかったシグルドもマーカスに言われれば形無しであった。このかつての教官はシグルドにとってそれほどの存在なのだろう。

 その様子を見ていたリャオピンが陰でくつくつとおかしく笑う。

 「しかし、なんでリャオピンといっしょに?」

 居ずまいが悪いと思ったシグルドは話題を変えた。

 とはいえ、マーカスが自分を見舞いに来るのにわざわざ人を連れてくることはないだろうから不思議には思っていた。

 「おまえに会うのに、いろいろとチェックが厳しいんだよ。こうして秘書官(・・・)を通さないといけなくてな…。」

 マーカスはリャンオピンの方を向いて面倒だと表情で訴える。さすがにリャオピンは気まずそうな顔をするが、「規則なので…」と小声で答えた。

 マーカスはそれ以上何も言わず荷物を取り出した。

 「ということで、見舞いついでにベッドで暇をしているお前に仕事(・・)を渡しにきたのさ。」

 そう言うと、マーカスは未完成の木工作品と木工用の道具をテーブルに置いた。

 「…これは?」

 「もうすぐこどもの日だろ?」

 その一言でシグルドにはマーカスの意図がわかった。

 これらは子どもの日に行われるチャリティーに出すものであった。彼はよくクリスマスなどの行事にこういったものをしているのだ。

 「…つまり、手伝えと?」

 「どうせ、おまえのことだからベッドで大人しているタイプじゃないだろ?」

 「あきらめろ、シグルド。これも教官の教え子の宿命だ。」

 どうやらリャオピンの分もあるようだ。

 「おまえはどちらかというと下手くそだったがな。」

 シグルドはリャオピンの不格好な作った品を思い出し、苦笑いをうかべた。

 「お前だって、人のこと言えないだろ。」

 「いやいや…まだ、俺の方がマシさ。」

 「そうか、そうか。」

 シグルドの言葉に我が意を得たりとリャオピンはニヤリと笑みを浮かべ、すぐさまドアの近くに置いていた物を出して彼の前に置いた。

 それはさきほど話題にあがったリャオピンの分のものであった。

 「やっぱ、こういうのはうまいヤツの方が子ども達も喜ぶからな~。それに俺、忙しいし…。ここはシグルドにお任せしますわ~。」

 「おい、それアリかよっ。」

 シグルドが抗議するがすでに彼はドアのところまで離れていた。

 「武士に二言はないって言うだろ?ってなわけでヨロシク~。俺、これから用事あるから~。」

 そうして、リャオピンはすたこらと去って行った。

 あまりにも唐突でつむじ風のような行動にシグルドは唖然とするしかなかった。

 「これって…アリですか?」

 マーカスは笑みをこぼし、シグルドの背中をポンと叩いた。

 「うまくのせられたな、シグルド。リャオピンの作戦勝ち(・・・・)だ。」

 そして、リャオピンが居ないのにいつまでもいると不審がられるからと彼も病室を後にした。

 「いいの、シグルド?」

 フィオはあまりにもひどいと、自分が行ってリャンピンに押し返すと意気込むがそれをシグルドは制する。

 「アイツの性格と悪知恵は知っているんだ。だけど、何か裏があると思わないで俺が言ってしまったし…教官の言う通り、あいつの作戦勝ち(・・・・)さ。」

 仕方がないと、シグルドはさっそく工作に取り掛かろうと机を出した。

 フィオも工作を手伝い始めた。

 「でも、ひどい人よね~。」

 フィオはまだ不満だったのか愚痴をこぼす。

 「忙しいなんて、絶対にやりたくない言い訳だよっ。」

 「ホント…あなたの士官学校の同期っていうけどよく卒業できたわね。」

 どうも2人ともリャオピンにいい印象を懐いていないようであった

 まあ、さきほどの行動を見ればそうであろうと思いつつ、シグルドは擁護した。

 「実際、忙しいんだろ…仕事でな。」

 「そういえば、さっき秘書官って言っていたけど、何の仕事なの?」

 フィオは一連の会話を思い出し、訊ねた。

 「ああ。アイツ、ウズミの秘書官だ。」

 シグルドの言葉を聞いてミレーユとフィオは驚きで固まった。

 「はあっ!?」

 「うそでしょ!?」

 今、シグルドが言ったウズミという人物はこの国で1人しかない。

 オーブの獅子…ウズミ・ナラ・アスハ。

 あんなチャラチャラした軽薄で不真面目な男がそんな人物の秘書官だなんて彼女たちはただただ驚きしかなかった。

 

 

 

 

 一方、リャオピンはというと…

 行政府へと向かい、その中にある首長たちの秘書官が集まる控室にそっと入っていった。

 現在、隣で会議が行われているため部屋には秘書官たちがいるが、みな会議を映し出したモニターに目を向けていた。その内の1人がリャオピンの入室に気付きいて目を向ける。

 遅刻だと、叱るような目であった。

 リャオピンの先輩にあたる秘書官、マイク・イズミである。彼もまたウズミの秘書官である。

 「いやいや、すいません。ちょっと用事で…。」

 リャオピンは彼のもとへ行き、小声で謝罪の言葉を口にする。 

 マイクも慣れているのか、これ以上追及することはしなかった。

 「それで…どうですか?」

 リャオピンは会議の進行状況を尋ねる。

 「見ればわかるさ。」

 マイクは説明せず、ただ会議室が映されているモニターに促した。

 リャオピンは促されるまま、モニターに目を向けた。

 現在、行われているのは国家安全保障会議である。

代表首長の召集によって開かれ、枢密院および閣僚、そして国防五軍の准将級が陪席として会議を構成し、国防に関わる重大案件を話し合うものである。国家の重要事の会議の1つであり、関係者はよほどの理由がないかぎり出席するものだが、1つだけ席が空席になっているところがあった。サハク家当主コトー・サハクがこの会議に出ていないのであった。彼はヘリオポリスの一件で、機械相であった彼の後継者とともに国防大臣の座を辞任しているが、五大氏族としての枢密院の席は健在であるため、本来は出席すべき立場にある。しかし実際、彼は欠席している。他の氏族たちは、そのことを気に留めていないようで会議は進んでいた。

 リャオピンが会議の全体像を把握したところで行政府の情報調査室職員による調査報告が終わったようであった。

 

 

 

 

 この会議で、行われているのは先日の襲撃事件についてであった。

 不審船団は何者であり、何の目的で領海侵入をしようとしたのか、そしてそれに呼応するのかのように現れた武装船団、そしてMS…。

 その存在は首長たちの気持ちを暗いものにした。

 3ヶ月前のヘリオポリスの襲撃、先月の領海付近での戦闘。

 それに続き、とうとうオーブを狙った襲撃があったのだ。

 しかし、彼らが何者か?

 それが分からなければ対応策を講ずることはできない。

 調査によって不審船団が、赤道連合および大洋州連合を拠点とする犯罪組織だということは判明した。しかし、彼らがもっとも肝心としている武装船団とMSについてはいまだ正体不明であった。

 そのことがさらに彼らを鬱屈とした気分にさせるのであった。

 「それでは何のためにこの会議を開いたのだっ。」

 五大氏族が1つ、キオウ家の当主が職員をとがめた。

 これは会議に出席した首長たちが思ったことであるが、あえて口に出さないようにしていた。それだけ困難なことであると理解しているからだ。それでも口に出すのがかの当主の性格である。

 それに対し、職員は申し訳なさそうに弁明する。

 「そちらに関しましては、現在、当海域にて発見された機体を捜査中です。…が、コクピット内のデータは消去され復元を試みていますが、二重三重のロックがかかっており、時間を要しております。」

 「その時間とはどれくらいなのだ!?ふたたび同じことが起き、今度は人家に被害が及ぶやもしれんことをそなたは理解しているのかっ。」

 キオウの口調は激しくなっていた。

 「キオウ、そなたの気持ちはわかる。しかし、ここで彼を責めても仕方ないとて。」

 最年長の首長、マイリが彼をなだめる。

 とはいえ、悠長に構えているわけにもいかなかった。

 オーブは中立。ゆえに他国の戦争なんて関係ないというのがオーブ国民の大半の認識である。しかし、それが薄いガラス板のようにもろいものであることは首長たちは自覚していた。一度、強風が吹けばひび割れ、災禍がこの国へと突き抜けていく…いかに割れないように情勢を見極め行動しなければならない。ゆえに、判断と行動が求められる。

 「リュウジョウ准将、あなたはここ数日の不審船団について警戒をしていましたが、それはなにか推測していたのでしょうか?」

 1人の首長が手掛かりを求め、会議に出席しているバエンに問いかける。

 陪席している国防軍の准将級、その幕僚長にあたる者は発言権はない。しかし高度な知識、意見を求められれば発言できる。

 バエンは首長の問いに静かに答える。

 「領海に侵入するというのは、たいてい何かしらの意図があって行われます。多くの場合は他の国々に対する軍事力誇示を目的としておりますが、そうであれば戦闘艦を用います。しかし、今回は漁船を以て領海付近を航行していた。それはなにか隠密なことがあると思い、警戒しておりました。」

 今度は別の首長が問うた。

 「しかし、それは国防海軍の職務ではないのかね?いくら本土防衛軍といえども、あまり他軍の職務に横やりをいえるのはいかがなものか?ヒジュン准将もあまりいい気分ではないでしょう。」

 そこにはバエンに対する責任を問う内容も含まれていた。

 今後の対応はもちろん、今回ここまで奥深くオーブの領域に侵入を許したことに対して何かしらの責任を負わなければいけない。

 とはいえ今回、特殊な事情(・・・・・)がある。

 そういった意味では、いま目の前にいるバエンは格好の対象であった。

 首長の言葉を聞きながら、バエンは海軍准将の方を見た。

 彼は沈黙を貫いていた。

 しかし、その意図ははかりかねるものである。

 さきほどの首長の言葉にあったように彼はヒジュン家の人間である。バエンの部下であるガウランが宗家に対し、彼は分家であるが、その実力をもって准将に昇格したことで宗家の若き当主ガウランにとって頭のあがらない存在であった。

 その人物が沈黙しているのは、バエンを庇ってのことか、それとも彼を蹴落として宗家のガウランを准将に昇格させたいのか…けっして腹の内は読めない男であった。

 こういうの、嫌いなんだけどなぁ…。

 そもそも政治とか悪だくみとかそういったものが肌に合わないから軍人の道をとったはずなのに、いつの間にか政治的駆け引きをしなければならない立場になってしまった。

 まったく…どこで間違ったのか…。

 この会議の案件が今回で決まらないこと、自分の責任と処分が確定している目に見えているせいか、バエンは心の中でぼやいていた。

 一方、この会議を不愉快な気持ちで見ている者がいた。

 平和ボケをした無能どもめ…。

 首長たちの論議をそう侮蔑を込めて心の中で吐き捨てたのは、オーブ国防宇宙軍のカジワラであった。

 宇宙軍は、旧世紀から存在した陸・海・空軍と違い、C.E.(コズミック・イラ)になって建軍された比較的新しい軍組織であり、統合作戦および特殊部隊としての任務を有した本土防衛軍とは違った意味で他の軍と色合いが異なっていた。

 それは、氏族たちの影響力が少ないことから他軍では根強く残る氏族出身の准将の地位に、一般市民出身が准将になれること。それゆえにサハクの影響力が大きいことであった。

 カジワラも例外ではない。

 彼は、オーブが平和(・・)であるのは、サハク家が裏で担ってきた謀略などの汚い仕事によって得られていると認識していた。

 ゆえに、アスハの言葉などなんも実のもたない綺麗事である非難し、周りの氏族たちはそれに妄信する者たちと思っている。

 今回の襲撃事件の対応もそうだ。

 正体を知りたいのであれば、生き残った者に無理やり(・・・・)にでも聞けばいい。他国で活動する犯罪組織ならその国に強硬な姿勢で主張すればよい。そして、襲撃があれば、警告などせず、そのまま攻撃すればよい。次に攻撃がある前に先制攻撃すればよい。人家の被害や他国との折衝云々と気にしていては国など守れない。

 なんて生ぬるいのだ。

 それが彼の認識だった。

 いや、そもそもが間違い(・・・)であったのだ。

 もともと、軍とモルゲンレーテはサハク家がその職務を担ってきたのだ。しかし、そのポストはヘリオポリスの一件以降、ウズミによって占められている。とはいえ、彼らが行ったことが間違えればオーブ自体を危機に招きかねないものであるので、彼らの実権を取られたのは当然といえば当然だが、彼にはそんな認識はない。

 やはり、サハクが実権を握るべきだ。

 もちろん、カジワラはその思いを実行に移していた。

 彼らが、サハク家にしたように、責任を免れない状況を作るのだ。そうすれば降りざるをえない。

 カジワラは扉に目を向け、吉報(・・)を待ち構えていた。

 そんな彼の思いを応えるように会議室の扉が開いた。

 「失礼しますっ。」

 兵士が急ぎの報告として入室してきたのだ。

 それを見たカジワラは内心ほくそ笑む。

 事は成った、と。

 一方、これまで対応について話し合っていた首長たちは怪訝な顔を浮かべていた。

 「いったい何事だ!?」

 当然、首長たちはふたたび襲撃があったのではないかと初めは思ったが、どうも切迫した様子ではないので不審がった。

 「その者は宇宙軍の警務官補です。ある事が判明した際、入室するように言っておりました。」

 カジワラは立ちあがり、彼らの疑念に答えた。

 たしかに、その兵士には警務官を表す腕章があった。

 「なんだとっ!?」

 その事を聞いてまず不機嫌な表情になったのはキオウであった。

 彼は大のサハク嫌いということで首長たちでも有名であるのだ。

 「カジワラ准将、貴官にはこの会議に発言権はないのだが…。」

 もちろん、サハク派の人間にいい顔をする首長たちはここにはあまりいない。

 別の首長も、非難を込めてキオウに続いた。

 「もちろんです。しかし、この会議の内容に関わること、また火急の事案ゆえこのような対応をとりました。」

 もはや退けることもできないと首長たちは判断した。

 そして、代表首長のホムラが彼らの意を汲み、問いかけた。

 「それではカジワラ准将…あなたがたの調査で何が判明したのですか?」

 あくまで首長の質疑に答えるという形式を作りだしたのだ。

 そのことをカジワラは内心非難しながら答える。

 「我々はこの一連の襲撃事件と連動するかのように発生したモルゲンレーテのホストコンピュータへハッキングを行った者を探し出しておりました。」

 「それは宇宙軍の職務ではないであろう?」

 「ヘリオポリスおよびアマノミハシラのデータもございますゆえ見過ごすことは出来ません。」

 首長の指摘をカジワラは言い返すと続けて言う。

 「そして、その犯人は判明し、現在、拘束すべき出動いたしました。」

 その言葉に首長たちはざわついた。

 その一件もいまだ犯人を特定できないでいたから。さらに、出動したということはこのオーブ国内にその人物がいるということになる。

 「して、誰なのだ!?ハッキングを行った者は!?」

 その問いを待っていたかのようにカジワラは容疑者の名前を口にした。

 「その者の名は、シグルド・ダンファード。」

 

 

 

 

 「おいおい…マジかよ…。」

 リャオピンは控室のモニターを見ながらつぶやいた。

 シグルドが機密漏えいの容疑者だって?

 リャオピンからすればそんなバカな話と一蹴するであろうが、当の首長たちの驚きは大きいようだ。会議室はざわついていた。

 「まさか…あの男が?」

 「いくら傭兵といえでも、自分の出身国を売るようなマネをするのか?」

 その声はもはやひそひそ声とはいえないぐらい、モニター越しからも聞こえることができた。

 「いや、あの男ならやりかねん。あやつ、前よりウズミ様には反抗的であったからな。」

 「しかし、カガリ様が…。」

 「それとこれとは別やもしれん。あやつの母親、クリスティーナ・ダールグレンの件もある。」

 一瞬、興味を引きそうな話に聞き耳を立てかけたが、意識を別にむける。

 彼らが動揺しているなか、1人事態を眺めている者がいる。

 代表首長ホムラでさえ、落ち着かせようと対応に追われている中、冷静に黙している者…それはウズミであった。

 

 

 

 

 一方、カジワラは優越感に浸っていた。

 「首長方のお気持ちはわかります。しかし、実際証拠があります。彼が共にいるメカニックにハッキングをさせていたのです。その者はここ最近、モルゲンレーテ内に出入りしているため何のデータを盗むか、コンピュータのファイアーウォールを切り抜けることなどたやすいのです。」

 説明をし続けると、首長たちは自分を注目する。

 これまで自分たちの主張は正しいにも関わらず、無視され続けていた。

 この愚かな連中はいつも現実が見えず理想ばかり口にする。そして、こういった事態になれば、うろたえて何の行動も起こさない。

 だが、今回は違う。

 自分たちがその対処の術を知っている。

 彼らは、自分たちに頼らなければいけないのだ。

 そして、それを実行すれば、自分たちの計画が実行できる。

 それは、まず、シグルドとその仲間を機密漏えいの容疑で拘束する。そして、彼を雇った人物、カガリ・ユラ・アスハに責任を追及させる。

 きっとあの小娘のことだ。

 自分が騙されているなんて知らないであろう。

 しかし、そんなこと関係ない。

 国家の重要機密が盗まれようとしたのだ。

 この会議に、この襲撃事件の対応の責任者である彼女がいないのは、彼女に責任をいかせないという政治的思惑があってだが、こうなっては責任を免れない。

そして、彼女にその職務を任せたウズミにも責任を追及する。そうすれば、彼の現在のポストは空くことができる。

軍とモルゲンレーテ。

 サハク家が占めていた席を。

 カジワラはその後、サハク家のある方(・・・)に座ってもらうように進めるつもりであった。

 さあ、これでどうだ。

 カジワラはウズミへと目を向けた。

 きっと手の打ちようがないとほぞをかんでいるであろう…そう、カジワラは思っていた。

 しかし、その責任追及の矢を間接的に向けられたウズミは平静をしていた。そして、おもむろに口を開いた。

 「彼らを拘束に向かったと言ったが…何か起きた(・・・・・)のだ?」

 兵士への問いの言葉にカジワラは理解できなかった。

 いったい何を言っているのだ、この男は?

 今、自分は機密漏えいの容疑として拘束に向かったと言ったはずだ。

 なのに、何が起きたか…だと?

 彼らを拘束した以外にあり得ないではないか。

 しかし、カジワラの考えは否定された。

警務官補は少し戸惑いつつも申し訳なさそうな顔をした。

 「はい。病院に向かった警務官補たちはまず数名を病室に向かわせました。しかし、その者たちは彼らに返り討ちにあい、残りの者たちも応援に向かったのですが…。」

 そして、彼はその時のことを語り始めた。

 

 

 

 

 「…少し、ひどくない。」

 外のやり取りを、ドアに耳を立て聞いていたフィオは呟いた。

 廊下では拘束しようとした兵士たちが伸びており、近くにはブラフとはいえトラップ装置があるのだ。何も知らない兵士は恐怖であろう。

 「ケンカ(・・・)は向こうから仕掛けてきたんだ。…それとも、おとなしく逮捕されたかったか?」

 「それはいやだよぉ…。」

 どうしてこんなことになったのか…フィオにはまったくわからなかった。

 突然、宇宙軍の警務隊と名乗る者たちが来て、自分たちを機密漏えいの容疑で拘束すると言ってきたのだ。

 もちろん、心当たりなんてないのだが、向こうはお構いなしに捕まえようとして来たので、シグルドとミレーユが返り討ちにした。

 今は、部屋のドアにバリケードを作り、籠城のような状態となっている。

 「とはいえ、あくまで時間稼ぎだ。」

 病院の外にいる他の警務官が来るまでの間に何か突破口を見つけなければならない。

 「それで…本当に何もしていないんだな、フィオ?」

 シグルドは確認するようにフィオに問う。

 「心当たりがなくてもちょっと拝借したデータがそれに該当する可能性もあるわ。もしかしたら、交渉材料になるかもしれない…どうなの?」

 ミレーユもフィオを見て訊ねる。

 2人の目は完全にフィオを疑っていた。

 彼女が何かやらかしたのではないか、と。

 「ちょっと、本当に何もしていないし、データを取ってないよっ。信じてよっ。」

 フィオは心外とばかりにむっつり言う。

 その言葉にシグルドとミレーユはかすかに疑いを持ちつつ、次の考えへとうつった。

 「ということは、誰か(・・)が私たちに無実の罪(・・・・)を着せようとしているってこと?」

 「そうだろうな。」

 ミレーユの考えにシグルドはうなずく。

 「俺たちが悪事を働いたことによって雇ったカガリに責任を追及したいっていう連中がいるんだろう。また、それを阻止しようとするのもいる。ミレーユ、さっきリャンピンから何かもらったんじゃないのか?」

 すると、彼女は小さく折りたたまれた紙きれを出した。

 おそらく、リャオピンが彼女に口説きながら手を握った際に渡したのだろう。

 「たしかにもらったわ。まさか、こんな風に使うとは思わなかったけど…。」

 そこには地図のようなものとなにかの印が書かれているが、渡された時は何なのかわからなかった。

 「けど、面倒ね…。」

 ミレーユは溜息をついた。

 不都合な事態になれば、依頼者が雇った傭兵(こちら)を裏切ることは多々ある。場合によってはこちらに責任を帰することもある。そして、今回のように身に覚えない罪を着せることもある。

 しかし、政治的対立の中に巻き込まれるのははじめてだ。

 その渦中に身を置いて思うことは、本当にこれ(・・)が重要事かとことだ。別になにか政治に口出す気はないが、くだらないとしか思えない。

 「だから、政治(・・)は嫌いだ。」

 シグルドも不機嫌面であった。彼も自分たちが利用されるというのを嫌っているようだ。

 「で、これ(・・)、使うの?」

 ミレーユは紙切れを見せながら訊ねた。

 「一応、こういった時に備えてこちらも逃走ルートは確保しているわ。」

 これが罠という可能性もあるが、ミレーユは先ほど見たリャンピンから向こうが用意したものに不備があるのではないかと信用していなかった。

 対して、シグルドは違った。

 「リャオピンは真面目じゃないが、仕事はできる男だ。でなければ、ウズミの秘書官なんかつとまらないさ。それにそっち(・・・)を使えば、先方に借り(・・)ができる。」

 「なるほどね。」

 ミレーユはシグルドが何を言いたいのか理解した。

 「てなわけで…。」

 話はまとまったと、シグルドは立ちあがった。

 「ミレーユ、フィオを連れてレーベンと合流した後、そのメモの方法でオーブを脱出してくれ。」

 「…あなたは?」

 ミレーユは怪訝な顔を浮かべて問いかけた。

 さきほどの会話の流れから彼も含まれているように見えたが、今の言葉には含まれていなかったのだ。

 「俺は、ここに残る。」

 「どうしてっ!?」

 それに抗議したのはフィオであった。

 「私たち、罪を着せられたんだよっ。なのに、残ったら危険じゃないの!?第一、残ってどうするのよ!?」

 「今回の襲撃犯を追う。」

 「えー!?」

 シグルドの言葉にフィオは驚きの声を上げる。

 「この状況でなに考えているの。こんな状況でなにも得にならないことをして何になるの?」

 ミレーユもシグルドの行動に反対する。

 さっき言ったように自分たちは追われている身だ。にも関わらず、もう関係のない事をして何の得になるという思いであった。

 「わかるでしょ?私たちの依頼者(・・・・・・・)は、もう蚊帳の外だってこと?」

 彼女はカガリが関わることができないと暗に言った。

 だから、彼女の助けを借りることはできないし、そもそも彼女の()性格(・・)を考えれば、この不利な状況を覆そうには思えなかった。

 「だが、こうなるのは彼女の意志ではないということだろ?俺の依頼人はあくまでも彼女だ。」

 あくまでもシグルドは譲らない気だ。

 「逃げるよりも、ここで襲撃者を追って倒せば、俺たちをはめようとした人間からも金銭を要求できるし、ウズミ側からも金銭をさらに要求できる。一石二鳥だと思うが?」

 そして、続けて言った。

 「それに、勝手に罪を着せられたり、逃げろと有無を言わさず示されたり…こっちのことなんかお構いなしに決められて、いつものおまえだったら腹立つといってやり返すだろ?」

 しかし、彼女は頑なに拒んだ。

 「ダメ。今回はリスクが大きい(・・・・・・・)。得るよりも損失の方の可能性が高いなら、そんな無茶はする気はないわ。」

 損得計算で考える彼女らしい考えであったが、シグルドの顔が険しくなった。

 「ミレーユ…おまえ、ジネットから()を聞いた?」

 そこには非難も込められているが、同時に怒りもこもっていた。

 「…さあ?どうかしら?」

 しかし、ミレーユは動ぜずしらを切るだけであった。

 どうしよう…。

 2人の言葉の応酬にフィオは困り果てていた。

 時に2人の意見が食い違うことはあったが、大抵どこかで妥協点を見つけるか、現状打破のために一時休戦をするかであった。

だが、今回どちらも譲る気はないといった雰囲気だ。

 ここまで意地になるシグルドもミレーユも初めて見た。

 しかし、彼らの間を取り持ついい考えは浮かばず、かといってこのままでは自分たちは捕まってしまう。

 こういう時こそレーベンにいてほしいのだが…。

 フィオはどうしたらいいのかわからなかった。

 彼女が見守るなか、まず口を開いたのはシグルドだった。

 「もう、いい。」

 それは自分の意見を折ったではなく、このまま何を言っても無駄だというあきらめのニュアンスであった。

 「俺は襲撃者を追う。」

 もはやミレーユの意見は聞かないといった言い方である。

 もしかして…このまま部隊(チーム)解散!?

 フィオはハラハラしながら事態を見ていた。

 が、ミレーユは何も言わず、シグルドも彼女を無視し、ここから脱出するために窓に向かった。

 本当にこのままでいいの~!?

 やっぱり何かいうべきだ。

 そう思い、フィオが「待って」と言いかけたその時、

 「待ちなさいっ。」 

 ミレーユが先に言葉を放った。

 とはいえ、どこか冷たいものがある。

 すると、ミレーユは銃を取り出し、シグルドに銃口を向けたのだ。

 「ミレーユっ!?」

 フィオは想像もしなかった彼女の行動に驚きの声を上げる。

 シグルドも予想外であったのだろう。

 彼は窓から降りるのをやめ、体をミレーユの方へと向けた。

 「別にこっちも無理やり引きとめるつもりはないわ。私たちはあくまでもビジネスパートナー(・・・・・・・・・)。仕事上で協力しあえないのであればそれはそれでおしまい(・・・・)よ。」

 そして、ミレーユは引き金を引いたのであった。

 

 

 

 

 「我々は部屋の中から銃声が聞こえたので急ぎ突入したところ、部屋にはすでにシグルド・ダンファードの姿はありませんでした。窓を覗いたところ、そこにも姿はなく…しかし、血痕があったのでおそらうそのまま逃亡したものを思われます。そして、部屋にいた2名から経緯を聞いたところ以上のことがあったとのことです。」

 警務官補が説明し終えると、あたりはしんと静まり返った。

 カジワラも例外ではなかった。

 彼は起きた事態をいまだ飲み込めずにいた。

 返り討ちにあうと考えていなかった。取り逃がすこともだ。さらに、なぜ仲間同士なのに彼女はシグルドを撃ったのか?

 今後仕事をしている中で()になることもある、だから今のうちに排除した、と彼女が説明していたと警務官補は話すが、わけがわからなかった。

 一方、すべて聞き終えたウズミは息をつくと、卓上の呼び出しボタンを押した。

 「グオ秘書官。」

 それは隣の秘書官の控室に繋がっていて彼はリャオピンを呼んだのだ。すぐさまリャオピンは会議室に入ってきてウズミの傍まで向かった。

 「すぐに本土防衛軍の警務隊とともに現場に向かい、宇宙軍の警務隊から引き継ぐのだ。オーブの本島(・・)において警務官らの公務妨害および軍病院内で発砲事件が起きたのだ。その管轄は本土防衛軍にすでに移すべきだ。」

 ウズミはリャオピンに指示を出しながらバエンに視線を向けた。

 形式上、軍の了承が必要なためだ。

 バエンもまた、それを理解し、無言でうなずくとすぐにそばにいた兵士に警務隊の出動を要請した。

 「2人には聴取せねばならない。フィオリーナ・カーライルには機密漏えい事件について、ミレーユ・アドリアーノには発砲事件について。そして逃亡中のシグルド・ダンファードを手配にかけるのだ。」

 その言葉に他の首長たちは驚いた。

 それはシグルドが機密漏えいの容疑者であると認めたと同義であった。それでは、カガリの責任問題が出てくると思ったからだ。

 ホムラも隣で息を飲んだ。

 すると、ウズミは見計らったように立ちあがり会議に出席している首長たちを見回した。

 「此度の襲撃事件およびその関連する事件に関して、今後、私に任せていただけないでしょうか?愚娘が担当しておりましたこの職務は私の職務の一部でございます。本来であれば私も責任を取る立場にあります。そして、その後任として軍事に詳しいサハク家当主コトー・サハク氏にと思っておりましたが、あいにく彼はこの会議に欠席しています。しかし、事態は急を要しております。暫定的な措置であってもよろしいのです。首長方にご同意いただけたく思います。」

 代表を退き、あくまでもいち首長家の当主という立場としてウズミは具申した。

 とはいえ、実力も実績もあり、ヘリオポリスの件さえなければいまだ代表の立場でいたであろう彼に異を唱える者はいなかった。

 なにより、サハク派に実権を奪い返されてはいけないという思いも強かった。

 こんなの決定がまかり通るか…

 ようやく我に返ったカジワラはこの決定に臍をかんだ。

 ウズミは暫定といったが、決してサハク派(こちら)に実権を渡すつもりはない気だ。だが、それを阻止することも翻意をうながすこともできない。

 ここにコトーがいればまだなんとかなったかもしれないが…。

 カジワラの不満はコトーにも向かった。

 おそらく彼が欠席したのはこのためであろう。

 もし、彼がここにいればサハク派(自分たち)がアスハから実権を取り戻せと、彼に促したであろう。だからこそ、彼が欠席した。

面と向かってアスハと対立することができないのだ。

 アスハへの不満を持ちながらもそれを表立って主張できない…カジワラの目にはコトーは不甲斐ないサハク家の当主としか見えていなかった。

 やはり早くあの方(・・・)こそこの国を、いやひいては世界を治めるにふさわしい…

 カジワラはひそかな決意を抱いた。

 

 

 

 

 乾いた破裂音が聞こえてきたのは、ちょうど車を停めた直後であった。

 それが銃声だとわかったレーベンは運転席からそっと窺う。

 ちょうど近くまで来たから、ついでにシグルドの見舞いにでも思って着たのだが、彼が音のした方向へと目を向けると、ちょうどシグルドの病室の窓が割れていた。

 シグルドの身に何かあったのか?

 事情の知らないレーベンはいそいで車から降りようとシートベルトに手をかけたその時、後部座席のドアが勝手に開き、人が乗り込んできた。

 「…よう、レーベン。そのまま車を出してくれないか?」

 「シグルド?」

 乗って来た人物が、今心配していたその本人であり、レーベンは目を丸くする。彼は息も絶え絶えで、腕の袖口から血が流れていた。

 「どうしたのさ?今、銃声が聞こえて、見たら病室のガラスが割れていて、そして、君がここにいて…。」

 「そんなことはどうでもいい。」

 彼を遮る。

 「とにかく発車してくれ。」

 彼の鬼気迫る顔にレーベンは何も言えず、そのまま車を出した。

 

 

 

 




あとがき

お久しぶりです。
なかなか更新できずに申し訳ありませんでした。
いや~いろいろ都合があって…(半分は言い訳でもある)
しかし、初めはこの話は早く終わる予定だったのに…
こんなにも長くなってかかってしまうとは(゚Д゚;)
長いということに関してもう1つ…今回の話は前編ということは後編もあります。
というかなぜこんなタイトルになったのか
実は両方合わせると4万字を超えるんですね(汗)
4万字…4万字!?
う~ん…
削ろうか、いや、削った方がいいよね。
読者の方、疲れちゃうよね…
でも、あの話もこの場面も削りたくない
やっぱ、そこは笑い取りたいし…
ってな感じで結局分割することに決めました。
いや~分割するところもどこでするか悩んだんですね(汗)
その結果、さらに字数を増やす結果に…
ってな、感じです(汗)
いやはや…遅れてしまい申し訳ないです。
いや~長かった(改めて)
本当は1年以内にアップしたかったのに、というか年をまたいだ(汗)
ただ、ちょくちょく作者はこのサイトにあらわれています。
実は、前の話を見直していくつか修正したりしています。
そのうちの1つに、登場人物の名前が変わっているのもいます。
まだちょい顔出し程度の方々なので誰が変更になったのか分かりにくいですが…
もし、わかいにくいという声が上がればその変更をどこかのあとがきで紹介します。


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