機動戦士ガンダムSEED Gladius   作:プワプー

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まえがき

今さらながら今月気付いたこと
→今年、『SEED』放映開始15年じゃんっ!?
もうそんな月日経ったのかと…年とるわけだぁ(遠い目)





PHASE-50 光り輝く天球・参 ‐慮外の敵‐

 昼下がりの午後の出来事であった。

 「ねえねえ、シグルド。もしも、襲撃者がやってきたらコレ(・・)使わない?」

 フィオからデータを手渡され見ると、レールガンであった。現在、モルゲンレーテ社で試作中の装備であるらしい。

 「本当はもっと別の形になるんだけど、測距離センサーとレールガンの射程距離を測定したいから、ちょうどいいんじゃないかってエリカさんが…。」

 「う~ん…携行の長距離砲はなかなかないからありがたいが…。」

 しかし、シグルドの返事はいまいちであった。

 「ディンだとあまりにも重たくて、無理だと思うが?」

 「そこはうまく固定すれば、なんとかなるよ。使い方次第って、いつもシグルドが言っているじゃん。」

 「そうだが…。」

 「お願い。私のためと思って…。」

 「シモンズ主任にいったい何を口走ったんだ、フィオ?いまなら、まだ怒らないから話してみろ。」

 「もしもし…。さっきから2人とも騒がしいだが…一応、ここ、わたしが使っている部屋だということを忘れてほしくないんだが…。」

 「いつも、人の作業中にノコノコとやって来ていた人間がよく言う。」

 「私は別に人の邪魔はしていない。」

 シグルドの反論にカガリは心外そうに返した。だが、シグルドはふたたび反論する。

 「俺は随分と、作業の手をとめることが何度かあったが…。」

 「それはシグルドの要領の問題だ。」

 「カガリ、文句言っているけど、カガリも手が止まっているよ。」

 カガリから依頼を受けて、数日が経った。

 特に変わったこともないまま、シグルドは名目上の依頼である『カガリの護衛』の毎日を過ごしていた。今日は、どこかに行くわけではなく、国防本部にカガリにあてがわれた部屋にいることになった。

 部屋といっても、建前上役職のないため、公に部屋を使わせることはできないので、日ごろ軍の倉庫代わりに使われている部屋を使うことになった。そのため、部屋には要らないものが入った段ボールが置かれていたり、棚にあったりと散乱していたが、カガリは気にもせず、自分が使う空間がとりあえず片付けて使っているという状態であった。

そして、現在、手持無沙汰にしているシグルドとフィオは空いているソファでくつろいでいる。

 「しかし、どういった心境の変化があったんだ?」

 シグルドはメイカーで淹れたコーヒーを飲んだ後、一拍置いてカガリに尋ねた。

 「心境の変化って?」

 「砂漠での時、俺に散々言っていただろ?ウズミ前代表が中立の立場をあくまでも取り続けることに反発していたり、地球軍の兵器を作っておいて、それでいいのかって…。」

 「ああ、それは…。」

 たしかに砂漠でシグルドと再会した時、カガリは彼に言い放った。

 ヘリオポリスで地球軍の新型兵器の開発の協力のこと、崩壊後ふたたび父親に問い質すが「世界を知らない」と言われ反発して飛び出したこと、レジスタンスで戦って一層中途半端なオーブの姿勢に反感を抱いたこと…。

 だが…

 「あの後、偶然、()だったザフトの兵士と、生身の少年兵士と会ったんだ。」

 無人島での出来事を思い起こす。

 「その時、ふと仲間を殺して恨んでいた敵の『砂漠の虎』の言葉がよみがえった。」

 ‐なら、どうやって勝ち負けを決める?どこで終わりにすればいい…?やはり、どちらかが滅びなくてはならんのかねえ…?‐

 いま思えば、無人島の出来事はきっかけ(・・・・)だったのかもしれない。

 「オーブに戻ってきて、それでもアークエンジェルの…キラの事がどうしても気がかりでともに行こうとした時、お父様からミアカ叔母様のこと聞かされて…。『お前が誰かの夫を撃てば、その妻はお前を恨むだろう、お前が誰かの息子を撃てば、その母はお前を恨むだろう。そして、お前が誰かに撃たれれば、私はそいつを恨むだろう』…お父様から銃を取ることによって起こる『憎しみの連鎖』について言われた。」

 カガリは暗い顔で俯く。

 「そして、その『連鎖』の結末を見たんだ。」

 オーブ近海で起きたアークエンジェルとザフトの戦い、ストライクとイージスの戦いのことをカガリは話した。

 「ストライクを討ったイージスのパイロット、アスランはキラとは昔からの友だちだったんだ。」

 今でも、なぜこんなことにと悲しみとやりきれなさで心を埋め尽くす。

 「アスランは彼のお母さんがユニウスセブンにいて…それでザフトに入って…。キラだって、友だちを守るためにストライクに乗って…そして、キラがアスランの仲間を討って、だから、アスランがキラを討って…。」

 カガリはやりきれない思いで話し続ける。

 「私は…アスランを撃てなかった。持っていた銃を、引き金を引くことができなかった。キラを討ったパイロットが目の前にいて、キラを失って悲しくて憎くて悔しくてっ…。」

 でも…。

 「それでアスランを撃ったからって…キラは戻ってこないっ、それで戦いも終わらないっ。」

 カガリは震える手をギュッと握った。

 「だから、私は…私はっ。」

 キラの死を、キラを撃ったアスランに、その代償を支払わせまいと決めた。撃って撃たれての循環の輪が繰り返されるのであれば、私がそこで止める。

 たとえ、死の悲しみを、後悔を抱えても…。

 「だから…『銃を取ること』以外の解決…それを模索したいと思ったんだ。」

 人の死を悲しみ、それを晴らすために銃を取るということは誰かか同じように悲しみ銃を取ることだ。そればかりを繰り返して本当に終わりはあるのか?

 ‐どこで終わりにすればいい?‐

 その言葉が別の意味を伴って、カガリの胸に去来する。

 「それは…見つかったか?」

 それまで黙って彼女の言葉を聞いていたシグルドは静かに尋ねた。

 カガリは彼の問いに小さく首を横に振った。

 「そうやって『憎しみの連鎖』を目の当たりにして…じゃあ、どうすればいいのかと考えてもわからないことばかりだ。」

 カガリは今、自分の中にあるさまざまなものを話す。

 「銃を取ることだけが戦いではない。でも、オーブは中立を維持するためにその力を持っている。お父様はヘリオポリスでの連合のMS製造は知らなかったと言っておきながら、自分とユゲイが職を降りる形で幕を引いた。にもかかわらず、自国のMSの量産は行っている。なぜ、そういうことをするのか…それが『国を守るため』とは言うことは解るけど…でも、どこか納得できな部分もある。だから、解らない。」

 それはまだ学び始め、そしてまっすぐな性格の彼女にとっては難題なものであった。

 「だけど、解らないからといって、やっぱりわからないままではいけないから…だからこうして、今、自分にできることをしようと…そこから学ぼうと思ったんだ。それで答えを見つける一歩の前身になるならって…。」

 「…そうか。」

 彼女の決意をきいたシグルドは静かにうなずく。

 「…何か言わないのか?」

 カガリは黙ってずっと話を聞いて、そして、静かにうなずいたシグルドに尋ねた。

 「何を、だ?カガリの考えだろ?」

 「それは、そうだが…。」

 シグルドは思わず苦笑した。

 「だって、砂漠の時だってそうだ。『おまえは間違っている』とか何も言わなかったじゃないか。…気付いていたんだろ?なら…」

 「言えば、納得したか?」

 「それは…。」

 シグルドの指摘にカガリは口ごもる。

 たしかにきっとそこでシグルドに何か言われても納得できず、反発していただろう。

 「正しいとか間違っているとか、それは結局、その人自身が思うことだ。だから、俺は間違っているんじゃないかと思っても、カガリが正しいと思っているなら、それがカガリの考えだと受け入れるだけだ。」

 「ほう…国を出たことでどうなったかと思えば、随分とご立派な物言いを言うほど成長したな。」

 突然。まったく別の所からの声がかけられ、3人は同時にドアの方を振り向いた。

 入り口の前に軍服姿の壮年の男が立っていた。

 「バエン…!どうしたんだ、何かあったのか?」

 「たまたま通りかがったので少々ご様子をと…。」

 ドア元に立っていたバエン・ジオ・リュウジョウは、カガリに勧められ部屋へと入って来て、応接用のソファに座る。カガリはすぐさま、コーヒーを淹れていた。

 この人がシグルドの養父(おとう)さん…。

 フィオは自分の目の前に座っているその軍人の姿をじっと見つめた。

 50代に入っているが年齢を感じさせず、無駄肉のない、しかしやせ過ぎではない筋骨、武人といった雰囲気であるが、堅苦しさはなく、氏族であっても気取ったところはない…そういった印象を持った。

 視線を自分の隣に座っているシグルドに移すと、彼はたじろいでいた。

 「さっき通りがかったって言っていたが、何かあったのか?」

 カガリはバエンにコーヒーを出し、シグルドの隣に座るとすぐに尋ねた。

 「いえ。少し、国防五軍の准将級の会合がありまして…。」

 「…五軍?」

 フィオはシグルドの耳打ちをする。

 「オーブには本土防衛軍の他に、国防宇宙軍、陸、海、空軍の五軍で構成されている。もともとは陸・海・空とあったところに、宇宙開発で宇宙軍が、そして、島嶼国家ゆえに起こる他の軍の管轄とかの兼ね合いがあって、本土防衛軍が置かれたんだ。」

 「いや~、宇宙・陸・海・空はそれぞれ独自の信条を持っていて軍内の雰囲気も違うから、もう調整に苦労して苦労して…。」

 「そんなに大変なの?」

 「まあな。軍の派閥争いっていうのはどこにでもあるが、オーブはちょっと変わっているというか…。頑固で偏屈で…その割に、変な義理堅さとかすごい勇猛果敢で…それは面倒で、面倒で。」

 「…よく、そんなアクが強いのにやっていけるね。」

 「まあな…最高司令官のおかげと言っておこうか。」

 フィオはシグルドのその意味深な言葉に疑問符がうかんだ。

 頑固で偏屈であるが、その義理堅さゆえに軍内での多少の軋轢はあっても最高司令官である代表首長の忠義という面では同じため、いざ戦闘になれば一致団結して戦うのである。ちなみに、代表首長への忠義と言いはしたが、代表首長は代々アスハ家が務めているため、アスハへの忠義と言い換えてもよいかもしれない。

 「おっや~。シグルドも軍にいた時は、随分とやらかしてくれたではないか?」

 「そういう父上も…若い時は結構いろいろと面倒なことをしたと聞き及んでいますが、准将?」

 フィオはさきほどからのシグルドとバエンのやりとりに不思議に思い、口を開いた。

 「ねえねえ、シグルド…さっきから文法の使い方がおかしいよ。」

 「本当だ。さっきからバエンに対して…なんでなんだ?」

 「それは…。」

 フィオとカガリの指摘にシグルドは口ごもる。

 「それはだな…。一言で言うなら、下野した身での自分がどっちで接すればいいのかよっくわからないからだ。」

 オーブにいた頃は、軍にいるときは上官として、家にいるときは父親として接してきた。

 「別に…そんな気にすることないじゃないか。」

 シグルドの悩みとは正反対にバエンはあっさりとしていた。

 「おまえがどんな身の上であろうと、俺はおまえの父親だと思っているし、元がつくが部下であるとも思っているんだ。別にどう態度されても気にはしないさ。…というか、そういう気遣いは国にいた頃にもっとやってほしかったがなぁ…。」

 「それは…。」

 バエンはさらにたたみかけるように続ける。

 「まあ…俺はいいとして、ネイの方がどうかな?仕事とはいえ、オーブに戻って来たのはたしかなんだ。にも関わらず、会いに行きもしないなんて…ネイが知ったら、きっと小1時間説教を食らうぞ~。」

 「え~!シグルド、まだネイに会いに行っていないのか!?ものすごく怒られるぞ?」

 「仕事がひと段落したら、母上には挨拶に行くつもりだ。カガリ、それまで黙っていろおよ?」

 「なんでさぁ…、会えるうちに会えばいいだろ?」

 「いろいろとあるんだ。」

 シグルドはまた面倒事ができてしまったのではないかと気もそぞろであった。

 「さてと…。」

 ちょうどバエンはコーヒーを飲み終え、ソファを立ちあがった。

 「では、息抜きもできたことだし…そろそろおいとましますか。この後、面会もあることだし…。」

 「そうか。」

 カガリも立ちあがり、彼を見送る。

 「バエン…M1の件、引き続きなにかあったら報告を頼む。」

 「…もちろんです。」

 そして、バエンは退出していった。

 シグルドは胡乱気に見送った。

 本当に何もないのか?

 息抜きに来たとは言うが、なにか隠しているような気がしてならなかった。

 「なあ、シグルド…今日1日何もなかったら、バーベキューしないか?」

 突然のカガリの提案にシグルドは目を丸くした。

 「また、唐突な思い付きを…。」

 「だってさぁ、さっきもバエンがいったように何もないからな。こう何日も私の護衛に付き合わせるのも疲れるだろ?たまにはリラックスするのもいいだろ?ヴァイスウルフに用意したホテルはコテージタイプのだからできる場所ぐらいあるだろ?」

 「それは、そうだが…。」

 そもそもそのタイプにしたのは、客室が一戸ごとゆえに と、万が一ヴァイスウルフを狙っての襲撃があっても、他の一般人に被害を受けないために用意したものではないのか。

 「それ、いいね。早速、準備をしてもらうためにレーベンに連絡を入れた。」

 そう思いつつも、カガリの提案を聞いたフィオはノリノリであった。

 「ああ、頼む。」

 満面の笑みを浮かべ、レーベンに連絡を入れるためにフィオは部屋を後にした。カガリはシグルドの様子に気付いた。

 「…迷惑だったか?」

 「いや、そういうわけでは…。」

 「そうか。楽しみだな、バーベキューっ。」

 カガリはそう言えば自分が書類作業をしていたことを思い出し、バーベキューまでには終わらせようと張り切って机に座った。

 シグルドは彼女の邪魔にならないようにそっと部屋を後にした。

 廊下を歩きながら、さきほど自分が抱いた違和感について考えていた。

 問い質してみるか、いまなら自分の執務室に戻っているはずだ。しかし、どうやってその部屋に入るかだ。オーブにいたときも簡単に行けなかったのだから、一介の傭兵ではなおさらであろう。

 そこへウィルが通りかかった。

 「おう、シグルド。どうしたんだ、姫のお守りは?」

 「今、彼女はこの後のバーベキューのために、目の前の作業を終えることに一生懸命だからな。邪魔にならないようにと出てきたのさ。」

 「バーベキューか…。いいねぇ、最近こんがりと焼けた塊の肉を食べてないなぁ…。」

 「ウィルも行くか?」

 「いや、残念なことにまだ仕事が残っているのさ。今日も夜通しで本部泊まりだろうな…。まあ、准将もそうだからなんとも言えねえが…。」

 「なに?最近、あの人、ずっと泊まり込みなのか?」

 「あっ、ああ…。」

 ウィルの言葉にシグルドの疑念はますます強くなった。

 「よし、ウィルっ、ちょっと来てくれっ。」

 そう言い、彼を無理やりに引っ張った。

 「来てくれって…もうしているじゃんかっ。」

 引っ張られながら、文句を言うが、無駄であった。

 

 

 

 

 「…では演習用に使っている哨戒艇を回るということでいいな。」

 「ええ。」

 バエンは自室にて、シキとなにやら打ち合わせをしていた。

 すると部屋の外で兵士が何事か騒いでいた。

 そして、バンと扉が開き、シグルドが入って来ていた。

 「おいっ、許可なく入室は…。」

 「ミッタマイヤー二尉が急いで報告があるんだ。俺はそれについてきただけだ。」

 「なあ、どうみても俺は引っ張られているだけだが…。」

 「シグルド…それにウィルまで…。」

 シキは彼の驚きの行動に目を丸くするが、バエンは苦笑していた。

 「いい。こいつらを通してやれ。」

 兵士に指示し、彼らを入室させた。

 「今まで、俺に何か聞くときや意見言う時はあらゆる手段をつかって入って来たが、この手はちょっと斬新だな。」

 「その度にあらゆる手段で入らせないようにされていたがな…。」

 「当たり前だ。特別扱いするつもりはないからな。」

 そして、バエンは居ずまいを正し、シグルドに聞く。

 「それで…何で来た?」

 「しらばっくれるなよ。何もないって嘘つきやがって…。」

 シグルドがバエンに迫った。

 「ウィルがここのところあなたが軍本部で寝泊まりしていると聞いた。なにかなくてはそんなことはしない。…だろ?いったい、何を掴んでいるんだ?」

 話を聞きながらバエンは思わず笑みをこぼした。

 さきほどカガリの部屋を訪れたときは、どう態度で接すればいいのか困惑していたのに、今はそんなこといっさい気にせずにいる。

 そういうことを考えている暇はないということか…。

 さて、いったいどうしたものか…。

 「別に嘘はついていない。」

 バエンは話を切り出した。

 「ただ、ここ数日、領海付近に不審船団が出没しているんだ。」

 「不審船、だと?」

 シグルドは眉をひそめた。

 「ああ、まだその所属も明らかにされていなくてな…。とりあえず、従来通りに国防海軍が沿岸警備を行っている。」

 「だが、何かあるからここに待機している。…そういうことか?」

 「…一応だ。M1の件と関係があるのかわからないから、話さなかっただけだ。」

 「そうか。」

 しばし、彼らの間に沈黙が流れる。シグルドはじっとバエンから視線を外さなかった。またバエンもずっとシグルドを見据えていた。

 どうやら、もし隠し事をしていてもこれ以上追及できないであろう。

 シグルドは息をつき、身を乗り出していた体を元に戻す。

 「そのことをカガリに話しても?」

 「…構わない。」

 「わかった。もう用事は以上だ。」

 そして、シグルドはふたたびウィルを引っ張った。

 「ちょっ!?おい、シグルド!なんでまた俺を引っ張るんだ!?」

 「ここに入る時に引っ張っていったんだから、出るときも同じでないと変だろう?」

 「いやっ、それ、言い訳になっていって!」

 シグルドとウィルが部屋を出て行ったあと、バエンは何か考えているような顔をしていた。

 「…少し、ドジを踏んだのかもな。」

 バエンは呟いた。

 「ヒョウブ二佐、君にはもしかしたら貧乏くじを引かせてしまったかもな…。」

 「それも込みの協力者です。できる限りの事はします。」

 シキもまた、彼がなにか隠している察しているようであったが、なにも追及しなかった。そして、彼もまた部屋を後にした。

 「…まだウズミにもホムラ代表にも耳にいれてないのだが。」

 シキが退出したのを確認すると、バエンは机の引き出しから1枚の写真を取り出した。

 この国は中立国で戦場となりにくいため傭兵にとって一時的な休息の場となっている。また、ザフト、地球連合などの潜入工作員も潜んでいる。そうでなくても、犯罪組織や武装組織が潜伏している可能性もある。

 それらを一々、過剰に対処していればキリがなく、逆に足元を見られてしまうこともある。そのため軍や政府など国内の各情報機関がそれらの動きを監視し、情報を集める。そして、攻撃されるなどの急を要するものから定期報告まで情報の報告が来ることになっている。

 この1枚の写真も彼らが監視対象としている犯罪組織のもので、切迫性のない定期報告のものであった。

 しかし、バエンは見逃さなかった。

 この写真に写っている人物の中の大勢の1人。

 その人物がこの国にとってどれほど危険な人物か。しかし、この人物が関わった事件があまりにも重大で衝撃的ゆえ、ごく一部のみしか知らない秘匿ゆえ情報機関からは見逃された。

 なぜコイツがこの国にやって来たのか?

 偶然か、それとも…。

 バエンの中に大きな不安が影を落とすと同時に、杞憂であることを願った。

 

 

 

 

 

 「それ…確かなのね。」

 アドリア海に浮かぶ小島、そこに建てられているホテル・スメラルドにあるガスパールのバーでジネットは先ほど常連客からの話に耳を疑った。

 「ああ、本当の本当だ。俺だって腰を抜かしそうになったんだ。」

 初老の品のいい紳士風に見える少し小太りな男は大げさなしぐさをしながら話す。

 「俺はその時、それはそれはとても上機嫌だったんだ。なにせ、久しぶりのオーブへのバカンス…他のリゾート地のこれからのシーズンに向けて、準備運動のような気分だったんだ。だが、まさかそこであんな奴を見てしまうとは思わなかった。」

 「それが…ギャバン・ワーラッハ。」

 「そう、その男っ!まさしく黒猫を見てしまった如く、この後、俺はクルーザーからすべってひっくり返っちまうんじゃねえかってぐらい不吉なことが起きるんじゃないかとビクビクしてしまったんだぞっ。」

 「黒猫はとても甘えん坊で人懐っこいって言われているんですよ。」

 「知ってるさっ。ものの例えだ、例え。俺だって、ギューっとしたくなるぐらいだからな。」

 若い女性のバーテンダーと男性のやりとりを横目にジネットは考え事をしていた。

 今、シグルドたちがオーブにいる。仕事のためだ。

 関係はないだろうが、万が一鉢合わせした場合はとても危険だ。

 とくに…シグルドに関しては。

 「…ルドルフに連絡いれますか?」

 ガスパールはこっそりとジネットに話した。

 「まだ、確証はないわ。それに…彼はプラントよ。数日で戻って来られるようなものではないわ。」

 あの男に対抗できるのはルドルフぐらいだが、現状無理の状態である。

 ジネットは最悪の事態を考えるが、同時に別の事も考え始める。

 やがて考えがいたったジネットはミレーユに連絡を入れるためバーを後にした。

 

 

 

 

 「つまり、リュウジョウ准将は他になにかを隠していると?」

 「まあな…。」

 コテージの外ではバーベキューの真っ最中ではあるが、シグルドとミレーユはテラスに置かれた椅子に座り、先ほどのことを話していた。

 もちろん、カガリにも不審船の話をした。

 一応、用心はしておくよに、と。

 しかし、彼はバエンがまだ話していないことがあるとふんでいた。

 「いったい何を隠したいのかまでは分からないが…なにかあまりいい予感はしない。これは…本当に憶測だ。」

 「そう…。」

 「そっちの方からはどうだ?どこかがオーブに関して、何かの動きがあるといった情報は…?」

 彼の問いにミレーユは首を横に振った。

 「そもそも、連合もザフトもそれどころじゃないからね。」

 「オペレーション・スピットブレイク…最後のマスドライバーであるパナマの攻防戦か…。」

 そういった戦場の情報に関して傭兵の嗅覚は鋭い。大きい戦場であればあるほど、そこで依頼が来れば大きい稼ぎになる。しかし、今回不思議なことにパナマへの攻防戦に向けて双方から傭兵への依頼があるという話は聞かなかった。

 「しかし…なんか()だな。プラントのこの作戦概要は…。」

 「あら?あなたはそう見ている(・・・・・・)のね。」

 「そりゃ、そうだろう。防衛ラインの戦力を最低ギリギリまで抑えて、地上に多くの部隊を降ろし、さらに宇宙(そら)からの降下部隊も投入する。ずいぶんと大きく動いている…。」

 「マスドライバーを2つ落として、さらに第8艦隊も壊滅、Nジャマーのよって核の脅威がないから、そこまだ、防御を固める必要はなくなったからじゃない?」

 「まあ、そう言うのもあるだろうが、パナマは他の2つと違うのは、元は南米ものでもあったということだ。シーゲル・クラインの政治工作によって南米がプラント側に立って、1度は無傷で手に入れられたようなものだ。まあ、その後、大西洋連邦に武力で併合されたが、その強行に南米の中にも不満を持つ者は少なからずいる。それらの勢力とうまく交渉してひっかきまわしてもらって攻めた方がそこまで大規模な戦力はいらないはずだ。」

 「それでは時間がかかってスピットブレイクにならないからでしょ。議長になったパトリック・ザラは戦争の早期終結を掲げて、就任したのよ。早く結果を出したいのよ、要は…。勢いで権力を掌握したから、早く地盤を固めないとクライン派にまたひっくり返されると思っているのよ。」

 「面倒なものだ。」

 大抵、何か軍事作戦を展開するというのは、それが成功しなければいけない。そうでなければ、金銭的な損失、世論の信頼の低下など、さまざまな大打撃がある。

 ゆえに、事前調査を始め、参謀が練りに練って作戦を行うものだ。

 そもそもパトリック・ザラは国防委員長だ。軍のそういった事情ぐらい把握しているはずなのだが、自分の政治成果を優先したいがために、急かさせるとは…。

 軍のエキスパートという名が聞いてあきれる。

 「それが、政治(・・)じゃない?」

 「俺は政治が嫌いなんだ。」

 そう言いきって、シグルドはグラスの中に入っている飲み物を一気に飲み干した。

 「まあ、これで連合とザフトの特殊部隊は除外される。残るはそれらから依頼を受けた傭兵や民間軍事会社か。」

 「けど、それらが果たしてどれほどで来るのか…。ヘリオポリスと違い、こちらは本土…アークエンジェルの件でも、ザフトの一部隊で強行突破はしなかった…。いくら、バックがいても、手を出すのは難しいでしょ?」

 ミレーユの指摘ももっともだ。シグルドも自分の知っている限りの傭兵部隊や民間軍事会社を頭の中で候補に挙げていく。しかし、どれもしっくりくるものはなかった。

 「だが、うま味もある。MSが登場したとはいえ、軍でもない傭兵や軍事会社が手に入れるのは難しい。しかし、手に入れれば、それだけアドバンテージも高い。しかも、それがこれまで乗れなかったナチュラルでも、というのであれば、な…。」

 これまでMSに乗れるのは例外を除いてコーディネイターがほとんどだ。つまり、自然と傭兵しかり民間軍事会社のMS戦闘員はコーディネイターとなっていく。ナチュラルの傭兵にとっては自分の稼ぎが少なくなる。会社の経営陣にとっては彼らを雇うために高い報酬を支払わなければならないので、コストがかかってくるということになる。

 ナチュラルでも操縦可能なM1を手に入れることができるのであれば、それらの問題を解消できるため、どんな手を使ってでも手に入れたいはずだ。相手は国といってもプラントや理事国に比べれば手は出せやすい。

 「あらっ、その考え方なら、我が部隊はある意味で大きな(・・・)存在(・・)、ということかしら?」

 ミレーユは笑みを向けた。

 確かに自分を始め、MSパイロットはフォルテ、ヒロ、そして、ナチュラル用のOSができていればという仮定にあたればアバンもそれにあたる。大方、ミレーユのことだから、依頼を受ける際に、地球軍のいらなそうなナチュラル用OSにされたMSを報酬としているのであろう。

 まだ実力が未知数の2人を合わせてこの部隊には計4人いることになる。

 確かにいち傭兵部隊にすれば、大きなアドバンテージであった。

 「だが、まだまだ(・・・・)さ。」

 シグルドは苦笑しながら、グラスに飲み物をそそぐ。

 そう…たしかに裏社会では大きくなるであろう。だが、世界を見渡せば未だに小さな存在だ。

 「俺はこれで終わるつもりはない。このヴァイスウルフをいつか…一国の軍隊の大部隊に匹敵するほどまでの戦力に育て上げる。()を持つ者たちが、無視できないほどに…な。」

 それが俺の…白き狼(ヴァイスウルフ)の戦いだ。

 「シグルドー!」

 「もう、だいぶ肉が焼けたぞー!早く来ないと全部食べるぞー!」

 バーベキューコンロの側で肉が焼けるのを待ちわびていたフィオとカガリが自分たちに呼びかける。

 シグルドとミレーユは顔を見交わした後、2人とも椅子から立ちあがり、彼らの下へと歩を進めた。

 

 

 

 

 

 いつもの日常が終わり、人々はまた明日へと眠りにつく。そして、日をまたいだ未明となった。

 国防本部は慌ただしい空気に包まれた。

 「…それで、現状は?」

 バエンは司令部に着くやいなやオペレーターに問いただす。

 「はい。巡回中の護衛艦より領海付近で不審船団を発見。警告を発し、彼らへの対応をしているとのことです。」

 「また(・・)現れたということだな…。」

 「護衛艦の報告では、ここ数日に現れる不審船と船の特徴がほぼ同じであると…。」

 これで連続日数をふたたび更新したことになる。

 「不審船団の対処は国防海軍の管轄だ。そちらに任せておけばいい。」

 自分たちがやることは他にある。

 「ヒョウブ二佐を呼んできてくれ。」

 バエンは近くにいた兵士に、同じく本部で待機しているシキを呼びだした。

 

 

 

 

 寝静まった部屋に電話の音が鳴り響いた。

 シグルドはすぐに受話器を取る。

 「もしもし。」

 (どうやら、寝ぼけていないようだな。)

 電話口でシキが皮肉めいた一声を上げる。

 「まあな。もちろん推測の域であったが、あそこまで動いていたということは今日の可能性が高いと思っていたからな。…あたりだろ?」

 (ああ、先ほどリュウジョウ准将から呼び出しがあった。)

 「つまり、不審船団が現れた、と。」

 (そうだ。)

 シキは頷き、そして、彼に問いかける。

 (シグルド…もし、彼らの狙いがM1だとすると、わざわざ領海で数日間は何のためだと思う?)

 「それは、そちらの方に注意を向けたいからだろ。」

 どうやら満足した回答だったのか、電話越しのシキの声は嬉しそうであった。

 (現在、こちらもその応戦に準備をしている。)

 「…すぐに向かった方がいいな。」

 どのみち電話で話していても、なにもできない。

 シグルドは受話器を置き、急いで部屋を出て、駐車場の車に向かった。

 キーを回し、エンジンをかけたその時、助手席にカガリが乗り込んできた。

 「私も行くぞっ。」

 慌てて飛び起きたのか、急いできたのか息はあがっていたが、こちらをみた表情はなんで自分を置いていくんだという不満気であった。

 「ふつう、こういう時の雇い主は後ろで終わるまで待っているのだがな…。」

 「私が任された仕事だぞ。それなのに、安全なところにいれるわけがないだろっ。」

 これ以上言っても、頑として聞かないであろう。

 どのみち、まず向かうのは国防本部だ。いきなりそこを攻めてくることはさすがにないであろう。

 シグルドは彼女を乗せて、車を走らせた。

 

 

 

 

 「よし。まずはシグルドの連絡はこれでお終い、と。」

 シキは受話器を置いた。

 一応、車にはこちらの動きがわかるように通信機の類は置いてあるであろう。

 シキはモニターの地図に目を向ける。

 さきほどシグルドと話したように不審船が囮であれば、別働隊が動くはずだ。

 その現れる場所。

 領海に現れた不審船の目から外れる場所で、身を隠すにはうってつけの場所。

 シキは本島の北東部にある大小さまざまな島々が入り組んでいる地点に目を向けた。

 おそらくそこら辺であろう。

 シキは待機しているウィルとクオンに連絡をいれた。

 

 

 

 

 

 オーブ本島、ヤラファス島。

 その北東部ではリバー・ボートの類の船舶が停まっていた。

 「はっはっはっ。どうやら、連中、あっちの方に食いついたようだぜ。」

 領海付近で不審船が現れ、しかも何日も続いているということからオーブ軍は神経をそちらの方にむけて対応を追っている。

 それが囮である知らずに…。

 こちらは彼らが仲間の不審船に目を奪われている間に、一番怪しいオノゴロに乗り込む。

 こんなにもスムーズに行くとは思わなかった。

 「さあ…行きますかっ。」

 この船団を仕切っている男が声を上げる。

 それに従って他の船も動きだす。

 意気揚々と船を進めるが、入り組んだ島の途中で、自分たちとは別の船が突如現れた。

 「なんだぁ、ありゃ?」

 それが視界に入った男は訝しんだ。

 

 

 

 「お~、備えあれば憂いなしっていうのはこういうことを言うんだな。」

 船の操舵室にいるウィルからも見るからに怪しい小型船の一団がいることを確認できた。やはり別働隊がいたようだ。

 「さあ、ここからは君の独擅場だ、ハツセ二尉っ。」

 船の前方にいるクオンに声をかけた。

 ここには、国防海軍はいない。

 もしいたらいたで面倒であるが、自国領内に入りこんだ者を背後から奇襲をかけるのはこちら(・・・)の領分だ。

 文句は言わせない。

 船の先端に立つ彼女は、片手には回転式弾倉を持つグレネードランチャーを、もう片手には短機関銃を手にしていた。

 そして、ウィルの言葉を合図にするように、クオンはグレネードランチャーを船団のうちの1隻に狙いを定め、引き金を引いた。

 

 

 

 

 「おいおい、あれは何なんだ?」

 「迷い込んだ漁船か?」

 「なら、面倒だから沈ませようぜ。」

 ここら辺はいい漁場でもある。

 だからこそ、無法者たちはこちらに向かって来る船が偶然迷い込んだ漁船と思いこみ、警戒をしてなかった。

 なにせ、ここは平和の国。なにかあってもろくな対応ができない。ヘリオポリスのように…。

 「おっ、おいっ!あれ…。」

 そう小ばかにしていた瞬間、別の男の慌てた声がその思考を途切れさせた。いや、途切れてしまった。

 その矢先、男の目の前で、何かがさく裂し、閃光と爆音が鳴り響いた。

 それが、男が最期に認識したものであった。

 一方、他の船に乗った男たちはその出来事に唖然とした。

 突然、向こうの船からグレネード弾が飛んできて、それが船団の内の1隻に命中。船は爆炎と黒煙をあげながら、停止し、沈んでいった。

 1隻の船が炎上し、沈んでいくのを他の船の乗組員が唖然と見ていた。

 まさか、と誰もがそう思った。そして、彼らを仕切っていた男が怒りで大声を上げる。

 「あっ…あの女をぶっ殺せっ!」

 その言葉を合図に船は一斉にウィルたちのもとへと向かって来る。

 クオンは甲板で助走をつけ、こちらに向かって来る船へと飛び越える。

 それを認めたウィルは、なるだけ流れ弾から避けるように後方へと船を下げた。

 クオンがいきなり飛び越えて着地した船の乗組員たちは仰天するが、クオンはグレネードランチャーを自分のいる船と並走している船に向け撃ち、こちらの船では応戦しようと銃を構えた男たちにもう片方の手に持っている短機関銃を撃ちこむ。

 別の船が仕留めようと、回り込み、急造に備え付けた機関銃を構え、狙いを定めた瞬間、それを察知したクオンは銃撃で倒れた男を盾として、また別の船へとジャンプし、移動する。

 「くそっ、くそっ、あの女をなんとかしろっ!」

 男の叫ぶ声も空しく響くだけで、乗組員は次々と撃たれ、船は沈められていく。

 とうとう仕切っている男の乗っている船のみしか残っていなかった。

 男は歯噛みした後、すぐさま船を反転させるように他の乗組員に指示を出した。

 「チクショーっ!」

 急旋回した船の中で悪態をつく。

 「何だよっ!話が違えじゃんかっ!なにが、平和ボケだっ!?」

 完全に背を向けた状態のため、自分の船が狙われているのも気付いていなかった。

 彼らの頭にはとにかく逃げることしかなかった。

 「あの女、バケモノかよっ。あんなの相手なんて聞いてねえって!」

 こうなれば命あっての物種。別に金さえもらえればどうでもいいのだ。

 だが、彼らの逃走は空しく終わった。

 最後のグレネード弾が船に着弾した。

 船を沈めず、乗組員だけを撃って鎮圧した船からクオンが止めの一発を放ったのだ。

 彼女の前に、動ける者はいなかった。

 

 

 

 「いっや~!すげえっスね、ハツセ二尉っ!」

 巻き込まれないように下がっていたウィルたちの船はクオンを拾い上げるため、ふたたび近づいていった。たしかに作戦はうまいったが、ウィルはなぜかこの船に乗っている別の人物に眉をひそめた。

 「…なんでこの船に乗っているんだ、オオシマ准尉?これは本土防衛軍が使う練習用艦艇だが。」

 リュウ・オオシマはその大柄の体つき同様大きな声で言った。

 「いや~、ここ、俺の仮眠部屋にしていて…ほらっ、本部の方だと少しベッドが小さくて…。」

 「まったく…お前と言うやつは。」

 その回答にウィルは呆れるしかなかった

 とりあえず、今はこちらが受けた任務は完了した。

 ウィルは嘆息しながら、シキへと報告する。

 

 

 

 

 クオンたちが別働隊を鎮圧している頃、シグルドの運転する車は本島から繋がる幹線道路を抜けオノゴロ島に入った。

 通信から聞こえてきた別働隊鎮圧の報告にシグルドは訝しむ。

 本当にこれが主攻か?

 確かに、領海は囮として別働隊の存在はあるのは示唆されている。

 しかし、リバー・ボートの類で攻めきれると本気で思っていたのか?

 道路で車を一旦停止させた。

 「シグルド?」

 「俺はここで降りる。地下工場のディンを射出してもらい、そこから出撃()る。」

 「ええっ!?」

 シグルドは最低限の衝撃に耐えられるように後部シートからヘッドギアとグローブを取り出す。

 この別働隊も囮かもしれない。

 「じゃあ、あたしも行く!ランチャーも入っているんだろ?」

 「ダメだ。」

 しかし、シグルドに拒否された。

 「おまえはこのまま国防本部に行くんだ。」

 「でもっ…。」

 「なぜ、俺がMSで行くと思っているのだ。おそらく、相手はMSでやって来る。」

 そうなれば、MSにとって豆粒ほどの大きさでしかない人が巻き込まれればたまったものではない。

 「そうだけど…。」

 カガリは納得できなかった。

 「おまえに万が一の事があればどうするんだ?」

 シグルドは念を押すように、カガリを説得する。

 「いいな。おまえは本部に行くんだ。」

 シグルドは車から出て、道路を駆けだした。そして、通信機を取り出し、すぐさまシキに連絡を入れる。

 「シキか?モルゲンレーテに連絡して、俺のディンをすぐに出してくれ。ポイントは今から送る。」

 (カガリ嬢は?)

 シキは自分がMSに乗る理由は聞かなかった。

 彼ももしかしたら同じように考えたのか。

 「そのまま国防本部行くように言った。」

 (そうか…。では、すぐに準備する。キサカ一佐に連絡を入れて、カガリ嬢を迎えに行ってもらう。)

 「そうしてくれ…。」

 カガリは走り去っていくシグルドの後ろ姿を、バックミラー越しに見送った。

 「シグルド…。」

 カガリは彼を追いかけたい気持ちに駆り立てられるが、実際自分が行ってもどうすることもできないことも理解していた。たしかにランチャーだけではMSに対抗でいない。それはまさしく身をもって(・・・・・)経験していることだ。カガリは歯がゆい思いを抱えながらも仕方なく、車を発進させた。

 

 

 

 

 薄暗い部屋に緊急用のコールが鳴り響く。

 ミレーユは布団の中から手探りで、それを荒っぽくとった。

 「…どうしたの?」

 この通信機に、そして緊急にかけてくるのは、現状で1人しかいない。

ジネットだ。

 (シグルドはどこにいる?)

 いきなりの問いにミレーユは眉をひそめ、起きた。

 「この部屋にはいないわ。今、オーブの領海付近で騒ぎがあって、そこへ向かったわ。」

 (彼…今回の襲撃の犯人について何か言っていなかった?)

 なにが言いたいのか分からず、ますます疑念がわく。

 「いいえ、何も…。そもそも、いったい何者が仕掛けてくるなんて、こっちにはそんな情報は来てないわ。」

 (なんてこと…)と愕然とした声が聞こえてきた。

 そして、ジネットはしばらく黙っていたが、ややあってミレーユに告げた。

 (すぐに彼を止めてっ。…でないと、彼…死ぬわよ。)

 「ちょっと、それって…。」

 いきなり飛び出した物騒な言葉にミレーユは問い質そうとしたが。通信はそれきり切れた。

 「いったい…。」

 ジネットの言いたいことはなにかわからなかった。

 しかし…

 ミレーユは居間へと向かい、そのソファで寝ているレーベンを叩き起こした。

 「どうしたのさ~、ミレーユ…なにかあったの?」

 まだ寝ぼけているレーベンの襟首を掴み、叩き起こす。

 「早く車を出してっ。」

 ミレーユはなにか不吉な予感を覚えた。

 

 

 

 

 領海内では護衛艦シホツチが待機していた。シホツチだけではない。領海で不審船の対処に追われている護衛艦以外の他の護衛艦は各自領海内での本部から指示された任務に就いていた。

 「トダカ一尉。何があったのでしょうか?」

 副官のアマギがふと漏らした。

 「本部からは『護衛艦が各自警戒を怠らず、哨戒し、適宜判断せよ』と通達されていますが…いったい何かが起こっているのでしょうか?」

 「俺だって知らないさ。」

 すると上空監視の兵士が声を上げた。

 アマギとトダカは言われた方向へと目を向けると、領空に5機のMS…ディンが飛行していた。

 「なっ!?」

 トダカは驚きの声を上げる。

 これは明らかに領空侵犯だ

 しかし、国防空軍所属の戦闘機の姿がどこにもいない。

 何がどうなっているんだ!?

 トダカは愕然とした。

 「見ろよっ、あれ…今頃慌ててやんの。」

 ディンのパイロットはこちらを攻撃してこない護衛艦に揶揄するように言い放った。

 「いいのかよ、一発で終わるんだぜ?」

 他のパイロットが言うが、彼らをまとめているこのMSのリーダー格の男に制される。

 「隊長の作戦だ。このままオノゴロに奇襲をかける。」

 あとはこのまま真っ直ぐ向かうだけ。

 向こうは突然の出来事に慌てている。

 自分たちはその間をすっと抜けていけばいいだけだ。

 そう思っていた。

 すると突然、何か高速の物体が横から飛んできて先頭のディンに命中した。

 何が起きたのか、わからないまま、ディンは爆散し、墜ちていた。

 「何だっ!?」

 その突然の出来事に残りの4機は足を止めた。

 どこからの攻撃か?

 4機は辺りを警戒する。

 すると、ふたたび、その内の1機の左肩に命中した。

 「あっちだっ!?」

 1機はそれが飛んできた方向を算出した。すると、今自分たちが飛んでいる海域のかなり距離の離れた無人島からであった。

 「バカな、あんなところからっ!?」

レーダーが使えないNジャマー下で遠距離の攻撃はほぼ不可能だ。

しかし、実際に撃ってきて、そして命中した。

 まぐれだっ!まぐれに決まっている!?

 しかし、このままでは作戦に支障をきたしかねない。

 彼らは小島へと向かって行った。

 

 

 

 

 「よしっ、くいついた。」

 オノゴロ島でディンに乗り込んだシグルドは少し離れた小島で待ち構えていた。

 しかし…とシグルドは今、撃った砲に目を落とす。

 先ほど、彼が使ったのは、昼間にフィオから頼まれた試作品のレールガンであった。

 あくまで牽制用として使ってみたが、その性能はいい意味で想定外であった。

 その威力もさることながら、センサーを合わせて使うことにより、こんな長距離からでも運用できたのだ。ただ、現状、固定砲台にしなければいけないが…。

 シグルドは空を見上げる。

 日の出前ではあるが、空は明るくなってきており、下弦へと移り行く月が白く見えが、所々で雲に隠れていた。

 ディンの右ホルスターから突撃機銃を、左ホルスターは重斬刀を‐本来散弾銃ではあるが今回はそこにMSとの接近戦用にマウントしている‐左手に持ち、小島から飛び立ち、上昇した。

 そして、そのまま4機のディンに向かっていくことはせずタイミングを見計らって反転し、さらに上昇して行った。

 「ちっ、追えっ!追えっ!アイツを仕留めるんだっ!」

 撃っておきながら、逃げるような動きにコケにされたと思ったパイロットたちは、シグルドのディンを追いかける。

 執拗に追いかけ突撃銃を撃つが、なんなくかわされていく。

そして、シグルドのディンはなおも上昇し、厚みのある雲の中へと入っていった。

 すぐさまディンのパイロットは視界不良の戦い、計器戦用に切り替え、センサーでシグルドのディンを追う。

 熱紋では、ディンはまだどんどんと上昇していた。

 このまま雲の上にまで行き、自分たちが抜けたところ待ち伏せする気か?

 リーダー格の男は、その動きから対策を練る。

 ならば、それを逆手にとるまでだ。

 「いいかっ、雲を抜けたら、なんであろうと撃ち続けろっ!向こうはこっちが何もしてこれないと踏んでいるっ。」

 もうすぐ雲を抜ける。

 他のディンも突撃機銃を構え始めているのが影から見えた。

 すると、その直前、センサーの熱紋が突然消えた。

 「何っ?」

 それを訝しみ、考える間もなく雲を抜けたディンたちは一斉に突撃機銃を撃ち続けた。

 この一撃で倒そうと、弾倉すべての弾を撃ち果たすが、一拍置いて、そこに自分たちが追いかけていたディンの姿がいないことに気付いた。

 「そんなバカなっ!」

 熱反応は1つしかなく、それを自分たちは追いかけてきたのだ。

いないはずがない。

 「どういうことだ…?」

 まさか、自分たちはMSの幽霊(ゴースト)を追いかけてきたのではないかというバカバカしい考えまで浮かんだ。

 空振りに終わってしまい、気が緩んでしまった。

 すると、突然、自分たちが通って来た雲の中から追いかけていたディンが重斬刀を逆手持ちで現れた。

 「これで…2機目っ。」

 シグルドのディンは比較的雲の近くにいたディンをその剣で切りつけた。

 突然のことに、動けなかったディンはそのまま撃墜される。

 「いっ、いたっ!?」

 その、あまりの突然の出来事に他のディンは慌てて突撃銃を向けるが、弾倉に弾がないことに気がつき、結局撃てなかった。

 そして、シグルドのディンはふたたび雲の中へと入っていた。

 「周囲、警戒っ!」

 リーダー格の男は残りの2機に指示を出し、3機はそれぞれを背に向け、弾を装填し、現れるのを警戒した。

 どうやら、敵に一杯食わされたようだ。

 どうしてこうなったのかは考えている暇はない。次の攻撃に備えなければいけないからだ。しかし、さっきの手はもう通用しない。

 今度こそ、現れた瞬間にハチの巣にしてやる。

 リーダー格の男は左腕を損傷しているディンを雲から遠ざけ、自分がその前方に配置、無傷のディンは最前の位置にし、段階的な射撃および防御を取らせた。

 さあ、来るなら来い。

 男たちはふたたびディンが雲から出てくるのを待った。

 一方、シグルドは次の行動へと移すために雲の中を待機していた。

 まず初手は上手くいった。

 1回限りの奇襲。

 シグルドは雲の中へと入り、彼らも自分を追いかけてきたのを確認すると、肩部ミサイル部からダミーのミサイルをこのまま進めば行く、予定飛行ルートへと1発撃った。それと同時にディンを飛行形態のまま、計器戦用センサーになるだけかからない位置で、彼らが通り過ぎていくのを待った。

 もちろん、大気圏内での飛行はある程度熱量が出るのは避けられない。

 しかし、彼らは自分たちの攻撃を仕掛けておいて、逃げるような行動を取ったシグルドのディンの挑発と受け取って、頭に血が上った状態で追いかけていたため、そこまで注意がいかなかった。

 これで1対3となったが、依然戦力比は向こうが有利だ。

 相手は自分が出てくるのを待ち構えているであろう。次こそ撃つと、意気込んでいるに違いない。

 ならば、それを利用する。

 まもなく雲から抜ける。

 その瞬間、シグルドは3機のディンの位置を見分ける。

 前に1機。最後方に片腕を損傷したディンとそれをカバーするように前に立つディン。

 ならば…。

 シグルドは判断と同時に操縦桿を引いた。

 3機のディンはシグルドのディンが出てきた瞬間、構えていた突撃機銃を放った。

 しかし、撃つのとほぼ同時にシグルドのディンは下方に滑るように移動する。

 時間にしてわずか数秒。

 真下に滑り込んだシグルドのディンは右の突撃機銃を前の位置にいるディンに向け撃ち、同時に対空ミサイルを一気に後ろの位置にいるディンに放つ。

 思わぬ行動に足を止めた前方のディンは突撃機銃をもろに食らい撃墜される。

 残りの2機は後退しながら、必死に突撃機銃を撃ち続け、対空ミサイルを撃ち落とす。

 シグルドはフットペダルを踏み込み、対空ミサイルの後を追うように一気に2機のディンに向かっていく。

 損傷したディンをカバーしながら、対空ミサイルを撃ち落とすことに必死だったディンは向かって来るシグルドのディンに突撃機銃を構えるのを一拍遅れた。

 それを見逃さず、シグルドは敵のディンの懐に入りこみ、左腕の重斬刀で突く。

 航空機との空戦を想定されたディンの武装では、MSとの接近戦用はなく、懐に入られたディンはなすすべもなく、撃墜された。

 残ったのは片腕を損傷したディン1機のみ。

 そのディンはこれまでの一連のシグルドの動きに圧倒されてしまい、動けなかった。

 楽な仕事であるとタカをくくってしまい、自分以外のディンが全滅するなんてコレッぽっちも思ってもいなかったからだ。

 逃げなければ…

 頭ではわかっていても体が動かない。

 その間にも、ディンの突撃銃を自分に向けて構える。

 しかし、操縦桿を握る手も、ペダルにかけている足もガタガタを震える。

 「たっ、助けて…!」

 相手に聞こえもしない懇願。

 叫び終わる前に彼の声はディンの突撃銃によってかき消された。無数の巨大な弾丸が襲ってきた。

 己を動かす主を失ったディンは、そのまま制止し、墜ちていく。

 そして、そのまま海面へと落ち、その衝撃によって大破、爆発したのか大きな水柱が上がった。

 

 

 

 

 レーダーから5機のディンの反応が消えたことに、ギャバンは眉をひそめた。

 「なぁにやってるんだ?…あいつらは。」

 ギャバンは部下の不甲斐なさに溜息をもらした。

 そして、残っている1つの反応に目をやる。

 数で上回る相手を、ほぼ同性能の機体で倒したディンのパイロット。それなりの腕を持っているようだ。

 …面白い。

 別に無視しても構わないが、派手に暴れ回る方がかえって好都合かもしれない。

 それに、しばらく、この暗い水の中に居続けるのも、飽きてきたところだ。

 ギャバンは、現在搭乗している機体を進ませた。

 

 

 

 

 「…どうですか?」

 シホツチの艦橋では、アマギは双眼鏡で上空の戦闘を見ていたトダカをうかがう。

 「詳しくは知らん。」

 トダカは双眼鏡を降ろした。

 「だが、爆発光は3つあった。」

 そして、先ほど落下してきたディン。合わせて4機。

 どうやらさきほど小島に身を潜めていたディンがすべて倒したようだ。

 「すごい…。」

 アマギは思わず口を漏らした。

 先日、地球軍のアークエンジェルとザフトのMSとの戦闘は自分たちも出動していたので間近で見ていたが、MS同士の戦闘にふたたび圧倒された。

 「シグルド・セオ・リュウジョウ…いや、シグルド・ダンファードか…。」

 トダカはゆっくりと降下してくるディンの左肩の白い狼のエンブレムを見て、呟いた。

 「しかし、なぜこんなところに?カガリ様の護衛が…?」

 アマギは疑念を口に知る。

 彼らが聞いているのは、カガリの護衛に傭兵がついたということぐらいだ。にもかかわらず、その傭兵がこの場にいる。もしも、カガリが近くにいれば別の話だが…。

 「俺だって知るか。」

 どうやら自分たちの知らないところで、何かが動いているのであろう。

 すると、その時索敵担当の兵士が声を上げた。

 「トダカ一尉っ、ソナー探知っ!」

 トダカとアマギはハッとし、兵士を中止する。そして、兵士はふたたび叫んだ。

 「モビルスーツですっ!海中にモビルスーツがいますっ!」

 まさかといった表情でトダカは索敵のコンソールへとやって来て、ヘッドフォンを耳に当てる。

 すると、たしかにゴゥンとする推進音とともに金属同士がこすれる音が聞こえてきた。

潜水艦とは違う…モビルスーツであった。

 先ほどのディン同様、いつ領海付近を突破されたのかわからない。しかし、今はその理由を探している暇はなかった。

 「対潜用意っ!」

 トダカはすぐさま艦の兵士に命じた。

 

 

 

 

 一方、降下してきたシグルドは周囲を警戒しながら通常の高度を飛行していた。

 これで本当におしまいか?

 領海に不審船、内部の群島に現れた集団、そして先ほどのモビルスーツ…おそらく、領海付近の騒ぎを囮にして、その間にモビルスーツでオノゴロまで一気に攻めるつもりであったのだろう。

 しかし、それらの行動がどうにも腑に落ちなかった。

 モビルスーツ4機だけで十分と本当に思ったのか、それとも別の…何かがまだあるのか?

 そう思案していると、突然、足元、海中からレーザーがこちらにむけ照準されていた。

 …まずいっ。

 それがなにかはわからないが、身の危険を即座に感じ取ったシグルドはすぐさまその射線から機体を避ける。

 すると、一拍遅れてそれは、ディンの右ホルスターに命中し、ホルスターは砕けた。

 フォノン・メーザー砲である。

 そして、ふたたび、海中からレーザーが照射された。

 シグルドはふたたび操縦桿を引く。

 音波を用いた兵器であるフォノン・メーザー砲はその射線は目に見えないため、その直前の照準用のレーザーのみが回避する頼みの綱だ。とはいえ、光と音の早さの違いはほんのわずか。少しでも判断が遅れれば命取りであった。

 

 

 

 

 シグルドのディンが海中から攻撃を受けているのを、シホツチの艦橋からでも捉えることはできた。

 「ソナーっ!」

 トダカは索敵担当兵に向ける。

 さきほどこちらで探知したMSと同一か。それとも他に数機いるか?

 「推進音は1つだけです!」

 と、いうことは1機のみ。

 しかし、ここはこちらで対応するものか?

 本来であれば護衛艦群がただちに出動するのだが、本部からはまだ何も言ってこない。他の対応に遅れているのか?

 トダカは思案するが、途中兵士の上ずった声で中断する。

 「トダカ一尉っ!不明機(アンノウン)こちらに接近しますっ!」

 「ただちに迎撃っ!魚雷…。」

 トダカが命令を下す前に艦体は激しく揺れた。

 そして、目の前に異形の姿は現れた。

 UMF-5 ゾノだ。

 ゾノに向け、25mmガトリング砲が放たれるがまったくビクともしない。

 ゾノは右腕の、鋭利な爪を開き、高々と掲げる。

 やられるっ…

 シホツチの誰もがそう思ったであろう。

 しかし、ゾノの爪は、シホツチの間に入って来たディンの重斬刀によって受け止められた。

 一度は安堵するが、すぐさま速射砲の砲撃用意をさせる。

 (撃つなっ!)

 しかし、ディンからパイロットの声によって遮られた。

 (すぐにこの海域から離れるんだ。このMSはこっちで受け持つっ。)

 「何をっ!?」

 アマギは心外そうに顔をしかめた。

 すると、トダカがアマギをとめ、おもむろにシグルドに向かって、応えた。

 「現在、貴機が交戦しているMSは我が国に許可なく、領海に侵入したものである。それに対し、警告・自衛権の行使は我が艦の職務と自認している。」

 そうだ。

 アマギもトダカの言葉に心の中でうなずく。

 だが、敵はオーブの領海に入りこんできているのだ。それを対処するのが国防海軍である自分たちの職務と自認している。

 しかし、すぐさまシグルドは反論した。

 (貴艦は本部からどんな指示を受けているんだっ!?)

 「それを貴機に言う義務はない。」

 トダカの回答にシグルドは「そうじゃなくて…」と内心舌打ちした。

 おそらく、この護衛艦の艦長は実直なのだろう。

 シグルドは言い方を変えた。

 「ここで貴艦になにかあったら、どうなるか?それぐらいは想像(・・)できるだろっ!?」

 「いったい何が言いたいんだ!?あの男はっ。」

 一方のシホツチではアマギは憮然としてシグルドの言葉を聞いていた。

 (相手はザフトでもなければ、地球軍でもないっ!そんなヤツラにオーブの軍人の矜持をかける価値はあるのかっ!?)

 なんと無礼な奴なんだっ!?

 アマギはだんだんとその傭兵に腹立たしくなってきた。

しかし、トダカは彼の言葉の意図に気付いたのか、ハッとしたような顔をしていた。そしてややあって、おもむろに口を開いた。

 「艦をこの海域から離脱する。」

 「はっ…えっ!?」

 アマギは 反射的に答えるが、すぐに驚きの声を上げる。

 てっきり、傭兵の言葉に構わず対潜迎撃用意を進めるのかと思っていたからだ。

 「いっ、いいのですか?」

 「万が一、我が艦がここで撃沈されることがあれば、そちらの方が問題だ。」

 意固地になって、目の前のことにとらわれるよりも大事なことがあるということだ。

 もし、ここでこの艦が撃沈されることになればどうなるか?

 おそらく各マスコミはその真相を探り、市民も不安をかき立てるであろう。第2のヘリオポリスのような事態になるのではないか、と。

 だからこその『適宜判断』か…。

 トダカはようやく合点がいった。

 おそらくこれも政治(・・)というやつだろう。

 もちろん、トダカとて納得はしていない。

相手が何と言おうと迎撃する気はある。

だが、それでオーブに災禍が降りかかるのを防げるのであれば、そちらを選ぶとしよう。

 文句は後で言わせてもらうぞ。

 トダカは後退するシホツチの艦橋でディンを見送った。

 

 

 

 

 護衛艦が後退し始めるのを窺いながら、シグルドはほっと息をついた。

 どうやら自分が何を言いたかったのか、わかってくれたようだ。

 とはいえ、終わった後、文句の1つや2つは言われるであろう。

 「まあ、いいさ…。」

 それぐらやすいもんだ。終わって戻ったら、何べんでも聞いてやるさ。偏屈な軍人さんよ。

 「さて、そのためには…。」

 シグルドはゾノへと目を向けた。

 コイツを片付けなければいけない。

 「はははっ、マジで来やがったよ。」

 ギャバンは自分の攻撃から護衛艦を守るためにノコノコと上空から降りてきたディンに嘲笑を浮かべた。

 「こういうバカ(・・・・・・)がまだいたなんてなっ。」

 このディンはおそらく傭兵であろう。

 なんの依頼を受けたかは知らないが、報酬とは無縁の護衛艦を助けるなんてバカ以外にない。

 いったいどこの傭兵だ。

 ギャバンはディンの左肩のエンブレムに目が留まった。

 それを見ると、一拍置いて、口の端を釣り上げ声を上げて笑った。

 「ハッハッハッハッ、コイツは最高だっ!」

 噂には聞いていたが、まさかこんなところで出くわすとはうれしい偶然があるものだ。

 「アイツ(・・・)が生きていたか、それとも、アイツの真似事をしているバカがやってきるだけか…。」

 どちらにしろ、手合わせすればわかる。

 面白いっ、やってやろうじゃねぇかっ。

 

 

 

 

 

 一方、車を国防本部へ向け走らせているカガリは聞こえてくる通信機に耳をそば立てた。

 (こちら、シホツチ。所属不明機(アンノウン)を発見。現在、無人島より出現したMSが交戦中…)

 その通信内容にカガリはシグルドのディンが戦っているのだと理解した。

 先ほど4機のディンに続いて、今度はゾノとの戦闘…。

 シグルドの腕は知っている。おそらく大丈夫だと思うが、連戦となるのだ。モビルスーツのバッテリーだって時間的問題もある。

 シグルドからは何度も念を押されるように、国防本部に行けと言われた。自分の身になにかあってはいけないからと…。

 でも、しかし…。

 モビルスーツが出てくるぐらいだ。襲撃者は十中八九、M1アストレイを狙っている。

 それなのに…。

 自分だけこのまま何もせずにいていいのか?

 国防本部に向かって行っても、自分にできることはないであろう。

 自分が任された仕事なのに、自分はなにもできないのが歯がゆかった。

 だから、せめて…。

 カガリは車のハンドルを切った。

 国防本部へと向かう道からそれていく。

 所属不明機(アンノウン)とシグルドが交戦しているのはこの先にある無人の小島だ。そこに向かうための足が必要であった。

 次第に、小さな漁船やボートが停泊している船着き場に向かう。

 そこには明朝釣りをしようとする釣り人の姿がちらほら見えた。

 カガリは途中で車を降り、車の後部からランチャーを担ぐ。

 そして、並ぶボートの1つ、木製のエンジンモーターを取り付けた小型ボートに乗り込む。

 「誰かのものか知らないけど、コレ、借りていくぞっ。」

 釣り人たちは何事かと互いに目をしばたたかせているうちに、カガリはエンジンをかける。そして、一旦降りて、船を押し出して、また乗り込んで、急いで小島へと向かった。

 

 

 

 

 

 ゾノとシグルドのディンは一進一退の攻防が続いていた。

 すると、ゾノの爪の間にある方からふたたびレーザーが照射された。

 ふたたびフォノン・メーザー砲が放たれる。

 しかし、後ろにはまだ護衛艦がいる。

 シグルドはとっさにフットペダルを踏み、ディンでゾノをタックルした。

 至近距離からの攻撃であるため、ディンをかすったが、ゾノがよろめいたため、護衛艦の射線からは外れた。

 シグルドはその勢いで、ディンを上昇させる。

ゾノもまた一度体勢を立て直すために海中へと潜っていった。

 空戦用と水中戦用。

 本来の用途として、仕掛けるべき相手ではないが、そうもいかなかった。

 おそらく、これら一連の騒動を起こしたのがあのゾノのパイロットだ。

 シグルドは警戒しながら、海を窺う。

 海へと近づかなければ、こちらの方が有利である。

 しかし…。

 ゾノが海より顔を出し、フォノン・メーザー砲を放つ。

 ディンはそれを避け、突撃機銃を撃つ。

 しかし、ゾノには効いていないようであった。ふたたびゾノは海へと潜っていった。

 「やはり…ゾノの装甲では効かないか…。」

 水圧に耐えられるようにされている装甲。並のアサルトライフルでは撃ちぬけるはずもない。

 どうする?

 今、持っている武器で有効なのは重斬刀だが、使い方次第…しかも、見たところ相手は手練れだ。逆にこっちが仕掛けてやられかねない。

 では、レールガンを使うか?それも時間がかかる。ゾノは陸戦での戦闘の性能の低下はない。

 どうする!?

 すると、先にゾノの方が動いた。

 海中からロケット推進の魚雷を一定間隔に撃ってきた。

 「こちらに手がないと気がついたかっ!?」

 ディンは肩部ミサイルランチャーで撃ち落としていく。

 こうなったら…一か八か、だ。

 シグルドは魚雷とミサイルの応戦でできた煙幕を目くらましとして利用し、海中へと向かう。

 おそらく、次に海中から顔を出した時が勝負っ。

 しかし、予想外の方向に動いた。

 煙に中を突破していくディンの前方からこちらに急速に向かって来る黒い影が視界にはいった。

 それは水中巡行形態のゾノであった。

 相手も同じ考えであったのだ。

 巡行形態の推進力を使い、ゾノは海中から飛び上がってきていた。おそらく、こちらがこの煙幕のなか海面に向かって来ると踏んで。

 このままでは激突される。

 突撃機銃で撃っても弾ははじき返されるだけ。

 やられるっ!?

 とっさに後退するが、それでも激突のその衝撃はまぬがれなかった。

 ディンが体勢を崩したのを見たゾノはすぐさまMS形態へと戻し、クローでディンの東部を掴み、海面へと叩きつけた。

 そして、そのままディンを引きずって進みだした。

 強烈なGによって視界の色調を失い、装甲のどこかに裂け目ができたのか、流れてくる海水に溺れかける。

 ディンを引きずったゾノは小島へと上陸し、砂浜にディンを叩きつける。

 「ここ、は…?」

 いまだ揺らぐ視界でシグルドは場所を確認する。どうやら近くの小島らしい。

かろうじて突撃機銃は持っていた。

 武器を手放さなかっただけでも幸いか。

 しかし、目の前にゾノが立ちはだかり、フォノン・メーザー砲を構えていた。

 一歩でも動けば撃つということか…

 圧倒的に不利な状況にシグルドは懸命に考える。

 (はっ、俺の部下を倒すからそれなりに手練れかと思ったがな…。)

 すると、あざ笑うかの声が唐突に外部スピーカーから聞こえてきた。

 「その声っ!?」

 シグルドは大きく目を見開いた。

 聞き覚えのあった声であったからだ。

 (そのエンブレム(・・・・・・・)はただのお飾りってことかぁ!?)

 白き狼…それを知っている!?そして、この声…まさかっ!?

 かつての、大きな傷となっている過去の記憶が掘り起こされる。

 この島ではないが、オーブにある浜辺。

 現在(いま)と同じ、払暁の(とき)

 ‐ああん?ガキがいたのか?‐

 あの時もこの男の声を聞いた。

 「ギャバン・ワーラッハっ!?」

 なぜだ!?なぜ、この男がオーブ(ここ)にいる…?

 ‐シグ…逃げて…‐

 何が起きたのかわからなかった。

 逃げて、とミアカの声がよみがえる。

 あの時は、恐怖で足が震えていた。

 …逃げたくないっ。約束したんだ、ユルとっ。…守るって。

 (どこの馬の骨かぁ知れねえが、こちとらボーナスもかかってるんでなぁ…)

 何もできなかった…

 ただ、一方的に殴る蹴られ…動けなくなるまで。

 自分が子どもだったからとか、相手が大人だからとか…そんなことはどうでもよかった。

 悔しかった。

 無力だった自分が…。

 力が欲しかった。

 (さっさと消えてもらおうかっ!)

 悲しみ、悔やみ、憎しみ、憤り…

 あらゆる感情が湧き上って来る。

 「おまえは…おまえだけはー!?」

 シグルドは激情に駆られるまま、突撃銃を放つ。

 装甲によってはじかれ、まったく効き目がなくても構わず、撃ち続けた。

 体勢を立て直し、さらに撃ち続けた。

 ただ、がむしゃらに…。

 しかし、ゾノがひるむ様子はなかった。

 逆に、その鉤爪で突撃銃を持っていた右腕をわし掴みにする。

 そして、至近距離からフォノン・メーザー砲を放たれる。

 攻撃の衝撃でディンは体勢を崩した。

 ゾノはそれを思いっきり踏みつけた。

 グワンとコクピットは振動で揺れる。

 (ああっ!?最後まで人の話は聞けってーのっ。)

 苛立つギャバンの声に続き、衝撃がコクピットを襲う。

 ゾノはその足で何度も踏みつけていた。

 襲い続ける衝撃にシグルドの意識は朦朧としてくる。

 やがて、衝撃がやんだかと思うと、モニター前面には、ゾノがフォノン・メーザー砲を構えている姿があった。

 もはや、逃げることも抵抗する力は残っていなかった。

 俺は…また、なにもできないのか…。

 諦めかけた。

 その時、

 突如、横合いから火線がクローに直撃する。

 それは小さな砲撃であったが、ゾノをわずかにひるませるには効果は十分であった。

 なにが…?

 シグルドは火線が上がってきた陸地をズームする。そこにいる人物に息を呑んだ。

 ランチャーを構えていたカガリの姿がいた。

 「カガリっ!?なぜ…。」

 どうしてここにいるんだ!?

 すると、ゾノのモノアイがカガリの方へと向いているのに気付いた。

 まずいっ…このままでは…!?

 カガリの身が危険だ。

 しかし、呼びかけるにも外部スピーカーでは、あの男にカガリの素性を知られてしまう危険がある。

 カガリ…逃げろ、逃げるんだっ!?

 しかし、カガリは逃げもせず、ランチャーをかかげ、もう1発放とうとしている。

 自分のためにわずかな隙を作ろうとしているのだろう。

 だが、今ディンには武器を失い、ミサイルもなかった。

 カガリが作ってくれた隙を活かすどころか、彼女を襲おうとしているゾノを止める術がない。

 …いや、1つ(・・)だけある。

 だが、それは危険な賭けであった。

 成功する可能性は低い。

 よしんば、成功したとしても相手がまだ戦える状態であったらならば、こちらの手はもうなくなる。

 どうするっ!?

 わずかな時間の、迫られる判断…。

 やるか、やらないか。

 …いや、違う。

 シグルドは心の中で否定した瞬間、すでに動作を始めていた。

 判断する(・・・・)必要(・・)なんてない(・・・・・)

 俺はとっくに決めていた(・・・・・)

 いったい何を迷う必要があるのか?

 シートの左横からテンキーを出す。

 そして、入力と同時に、フットペダルを踏み、ゾノへとタックルし、押し出す。

 テンキーに暗証番号を打ち込み、レバーを引く。そして、ディンをそのまま前進するだけの簡単な自動操作へと切り替え、すぐにコクピットからワイヤーを突っ立て、飛び降りる。

 あとはほんのわずかな間の流れであった。

 地面へと着地したシグルドは、すぐにカガリの下へと向かう。

 カガリは驚くが、説明する暇もないなかで、すぐに彼女をかかえ、岩場のくぼみに身を隠し、彼女を庇うようにその上に身をかぶせる。

 その刹那、

 閃光が背後から突き抜ける。

 ディンが自爆したのだ。

 激しい轟音が響き、目の前のカガリの声さえも聞こえないほどであった。

 そして、熱と衝撃が背後から何度も痛みとなって襲う。

 何度か失いそうになった意識をギリギリまで保たせ、シグルドはカガリの抱く手を決して緩めなかった。

 手放してしまったら、一身に受けているこの衝撃をカガリにも被る。

 そんなことは…させない。

 シグルドは背中を襲う激しい痛みをこらえ、歯を食いしばる。

 俺は…おまえまで…失いたくない。

 

 

 

 

 

 ポツリと1滴の雨粒が額に当たった。

 「…うっ…。」

 カガリはゆっくりと目を開けた。黒みがかった曇天の空がまず視界に入った。

 自分の体になにか重さがかかる。

 そちらに目を移すとシグルドが覆いかぶさっていた。

 そうだ…。

 カガリは意識を失う前の出来事を思い出した。

 シグルドの下へと向かい、小島へとたどり着くと、ディンがやられそうだった。

 無駄だとわかっていても、なんとかしたくて、カガリはロケットランチャーをゾノに放った。それでも、うまく隙を作れば、シグルドであれば、好転してくれると思ったから、だからこそ撃った。

 その後は、一瞬の出来事であった。

 シグルドがコクピットから出て、こちらに向かって覆いかぶさり、ディンが自爆して…

 ゾノはッ!?どうなったっ!?

 カガリは目を爆発直前までゾノがいた場所に向けると、そこにゾノの姿はいなかった。

 爆発に巻き込まれて海中に沈んだか、それとも逃げたか…

 どちらにしろ危機は去ったのだ。

 「よかった…。」

 カガリは安堵した。

 「シグルド、ゾノは去ったぞ。…やったぞ。」

 カガリは自分に覆いかぶさっているシグルドに呼びかけた。

 しかし、彼からの返事はない。

 まだ気を失っているのか?

 カガリは一旦、身を起こそうと、彼の体に手を触れたとき、恐ろしく冷たいことにぎょっとした。

 「…シグルド?」

 そして、背中に手をあてたとき、なにかぬるりとした生暖かいものが触れた。

 なにかと、カガリはその手を見ると、それは真っ赤な液体…血であった。

 自分には血が出るほどの怪我も痛みもない。…ということは。

 「っシグルド!?」

 カガリがあわてて起き上がると、ハッと息を呑んだ。

 背中には無数の破片が突き刺さった傷と打撲傷があった。

 「そんなっ…シグルド…。」

 その時、カガリはようやく悟った。

 シグルドは、あの爆発から、降り注ぐ破片から自分を庇ったのだと…。

 「シグルド…シグルドっ。」

 カガリは懸命に呼びかけるが、彼から返事はまったくない。

 私を庇って…私のせいでシグルドは…。

 その時、死という文字が頭の中にちらついた。

 シグルドが…死ぬ?

 「嫌だ…ダメだ…。」

 カガリはわなわなと震えた。

 「死ぬな、シグルド…死なないでくれ…。シグルドー!」

 カガリの叫びは、曇天の空にむなしく響き渡っただけであった。

 

 

 

 




あとがき

宇宙世紀だと、マゼラ・トップ砲とか180㎜キャノンとか対艦ライフルとかあるのに、
なんでSEEDに携行型の長距離砲がないの!?
バッテリーMSなのに(血涙)


はい、というわけで今回少しアップが遅くなりましたね(汗)
いや~久しぶりにMS戦闘書いたけど、何話ぶりだろ?


オーブの軍人さん(特に年配層)のイメージが三河武士だと思うのは作者だけ!?
というか、源頼朝配下の武士たちも相当だったから武士って言うのは大抵濃いんですかねぇ…。


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