話がどんどん進んでいくけど、
新しい登場人物とか登場機体とかも
いよいよまとめなくてはいけないのに…。
中々、事は上手く進まない…(汗)
翌朝。
シグルドたちはカガリに先導のもと、オノゴロのモルゲンレーテの地下工場に来ていた。
工場区にあるメンテナンスベッドには、いざという時のためのディンを置いた。
「けど…MSの置き場所ができたのはいいとして、これだとバレませんか?」
フィオは迎えに来たエリカに聞いた。人の10倍近くもあるMSをおいそれと置けないので、場所の提供はうれしいが、これではM1アストレイの在処を伝えているようではないだろうか。
「大丈夫よ、MSの発進ゲートはこの島の様々な場所にあるから。」
しかし、エリカはフィオほどの懸念は持っていないらしくニコリと答える。
「というか、ミレーユは依頼の詳細を聞くためだから同伴しているのはいいとして、なんでおまえまでついてくるんだ?言っておくが、依頼を受けたからと言って、モルゲンレーテの見学が好きにできるというわけじゃないんだぞ。」
「わっ、わかってるわよっ。」
シグルドの指摘にフィオは慌てふためくが、もはや下手な建前は使う気はないようだ。
「でも~、いつでもディンを出撃するようにメンテナンスしなくちゃいけないいじゃん。同じモノでもいじる人によって違うっていうからやっぱりそこを知る必要があるじゃない。」
「どんな言い訳だよ。」
シグルドは溜息を吐いた。
「それで、見せたいものはこの奥なんだ。ついてきてくれ。」
カガリに促され、エリカに案内されて工場区の奥へと歩を進める。
「モルゲンレーテにはシグルドの知り合いはいないんだね?」
道すがら、フィオはこそこそとシグルドに話しかけた。
「そんなに頻繁に会っても困るがな…。俺としては、できることなら会わないで済みたいものだが…。」
しかし、シグルドのわずかながらの希望はすぐに砕かれた。
工場区のさらに下層へと降りて、奥の部屋へとたどり着く。その部屋はM1アストレイの試験場のある部屋なのだが、すでに先客がいた。
「遅かったではないか、シグルド。」
扉を開くと、シキが椅子に座り、部屋に備わっているインスタントコーヒーの入ったコップを飲んでいた。隣にはクオンが立っている。
「なんでシキがいるんだっ?」
シグルドは恨めしそうな顔でシキに詰め寄った。
「なに、いるからいるんだ。それに、今後協力してやっていくことになるんだから、そんな不機嫌そうにするなよ。」
「協力…?」
シグルドはカガリの方へと顔を向ける。
「これから話すところだったんだ。ここでM1を見てもらって、その後国防本部へ行ったときに。まったく、
「カガリ嬢、人には仕事量のキャパシティというものがございまして…。その時限り、それ以上できたとしても、今後続かないようであれば、無理せずに行うのが定石なのです。」
「変な言い訳はいいさ。まったく…。」
「おい、こらっ。こっちの話はどうなっているんだっ。協力って…。」
カガリがシキのペースに乗せられて、そこで話の脱線をされないようにとシグルドは間を割ろうとしたが、別の人物が入ってきた。
「カガリ様、これは依頼内容に反することでないでしょうか?」
「ミレーユ…?」
いつもと違う、どこか不機嫌で圧するような感じにシグルドは戸惑った。ミレーユは続けて言う。
「我々はM1の戦力秘匿のための防衛の依頼を受けました。それは国防軍、つまり正規軍が出れば、かえって相手に余計な情報を与えかねないからということをおっしゃっていましたね。それにも関わらず、正規軍と協力するということは我々を信用していないと言うことですか?それであれば、ここで我々は手を引かせていただく所存にございます。」
「いや、ちょっと待ってよ。ちゃんと話すから…。」
カガリはたじろいだ。さすがにこんなことに発展するとは思っていなかったようだ。
「ミレーユ…少し落ち着け。確かにカガリは物事の順序を間違えていたが、ここで手を引くというのは早計じゃないか?」
シグルドがミレーユをなだめる。カガリに助け舟をするということもあるが、本来であれば、これらの意図に彼女は気付くはずだ。
「どうやら、少々…我々が
「…そうだな。」
カガリは説明を始めた。
「シグルドたちにはM1の防衛をしてもらいたい。ただ、襲撃者が来るということは表立ってにしろ、裏からにしろオーブという国に侵入してくるということだ。つまり、本来国防軍の任務をシグルドたちに任せるということだ。でも例えシグルドであったとしても一介の傭兵が国防軍を差し置くというのは、やはりどこか…う~ん、なんというか…。」
カガリはそこで言いにくいのか言葉につまる。それを今度はシキが重ねて続ける。
「正規軍が傭兵に対する感情はおまえたちが身に染みてわかっているだろ?」
「まあな…。」
シグルドは思い当たる節が数えきれないほどあるためすぐに納得がいった。
「だから、俺たちがバックアップとして君たちが動きやすいように協力すると言うことさ。まあ、いざとなったら援護もするがな。」
「シキは教導隊の隊長なのだが、その部隊はMS戦闘の教導隊だから、都合がいいだろうと思ったんだ。それにシグルドとシキは士官学校で同期で首席がどちらかと競っていた親友だからやりやすいだろ?」
「そういう人選か…。まあ、どちらにしろ納得はいったか、ミレーユ?」
「…ええ。」
ミレーユはまだどこか不機嫌であったが、そこでこの話を終わりにしても大丈夫なようであった。
「…では、こちら側の話もいいかしら?」
待っていたようにエリカが切り出す。
「ああ。そっちの方が本題だしな。始めてくれ。」
カガリの言葉を合図にエリカは説明を始めた。
「では、まず基本的な概要から話すわ。MBF-M1 M1アストレイ…私たちはP0シリーズと混同を避けるためにM1と呼んでいるのだけど、機体自体はすでに1月末には量産が開始されていたの。ただ、OSに関しては完成されていなかったの。」
案内しながら、エリカは 説明をしていた。
「知ってのとおり、MSはその複雑な操縦から高い身体能力を持つコーディネイターだからこそ扱えるものだったの。もちろん、ナチュラルには動かすことはできるけど、戦闘のような機動はとてもじゃないけど、できるものではないわ。だからこそ、ナチュラル用のOSの完成が早急の課題だった。それが先日、ストライクのパイロット、キラ・ヤマトとあなたの仲間の1人、ヒロ・グライナーによって改良されたOSが完成されたわ。」
「ちなみに、9割9分9厘はキラだからな。」
カガリが付け加えるように言う。
「でも…いくら戦力の秘匿とはいっても、ここまで完成しているのに隠し通すの?」
フィオは率直な疑問を投げた。
「それは…。」
カガリは答えにくいことなのか言葉につまった。
「まあ、見てくれればわかるわ。」
エリカは部屋の奥の、強化ガラスになっているところまで案内する。その向こう側ではM1アストレイが3機、稼働していた。
「もちろんパイロットは全員ナチュラルよ。」
「本当に、滑らかに動いている…。」
フィオは3機の動きに感嘆の声を漏らした。
アバンの操縦を見たことがあったため、ナチュラルが動かすのがいかに大変かはわかっているため、それがコーディネイターの操縦と変わらないのを見ていると、改良OSの完成がとても重要なことかわかる。
(あーっ!)
すると外部スピーカーから甲高い声が響いた。
(ちょっとマユラ、ジュリっ、あれ、見てっ!)
すると、今度は別の声が響いた。
(えーっ!なんで~!)
(ちょっとずるいわ~!)
どうやらこの声の主たちは、試験場でM1アストレイを操縦しているパイロットたちのようだ。
(この間の時といい、カガリ様ばかりずるいっ!)
(また、イイ男と一緒にいるなんてっ!しかも、ヒョウブ二佐もいらっしゃるし…。)
男…?
シグルドはあたりを見渡す。
現在、カガリの近くにいる男と言えば、自分とシキだけだが、先ほどの会話からシキははずれている。ということは自分以外いなかった。
「あのなぁ…。」
カガリは大きくため息をつく。
「シグルドはそうなんじゃないって!」
しかし、カガリの反論は彼女たちの耳に入っていないようだ。
(シグルドさん、あたし、アサギ・コードウェルですっ。)
(マユラ・ラバッツです。)
(私はジュリ・ウー・ニエンです。)
(ねえ、カノジョいますか?)
(この後、食事でも…。)
(カガリ様とはどんな関係ですか?)
「って、人の話を聞けー!なんで、おまえたちはそう毎回毎回、そういう話題にしたがるんだぁー!」
完全に話が脱線してしまった状態になってしまった。
「はいはい、
エリカが割って入る。どうやらこんなやりとりは日常茶飯事のようだ。
「彼は
エリカが説明すると、彼女たちのどこか辟易とした反応が返って来た。
(まさか、さらに
(ええ~!?筋肉痛がようやく治ったのに~。)
「その根性を叩きなおすにはむしろそっちの方がいいかもなっ。」
(((ひっど~い!)))
またか…と、ため息が出そうになるのを抑えるとともに、彼女たちの1人が発した『追加の特訓』という言葉が気になった。
ただ、その疑念を口に出す前に、カガリが「見ればわかる」と言い、そして、エリカの指示で模擬戦が始まった。シグルドは彼女に言われた通り、この模擬戦の成り行きを見ることにした。
そして、しばらく見ているうちに彼女たちの言いたいことがわかった。
「なるほど。カガリたちが言いたいことはわかった。」
シグルドはあえて明確な言葉を避けて、この模擬戦の感想を述べた。
「彼女たちの操縦技術はこれでも高い方なのよ。」
エリカはM1アストレイのパイロットをしているテストパイロットたちのことをフォローする。
たしかにエリカの言うように、彼女たちの操縦技量は十分あり(そもそも、そうでなければテストパイロットは務まらない)、M1アストレイの動きは、見事なものであった。しかし、模擬戦に移行するとガラリと変わる。
いざ、対峙するが、間合いも攻めも防御もカウンターもすべてグダグダであった。しかも、片方がではなく両方共であった。これでは模擬戦という意味すらもなかった。
「だから、サーペントテールに頼んで特訓メニューを作ってもらったんだ。彼らに依頼した『M1の性能を確かめるテスト』もこれじゃあできないからな。」
カガリの言葉に、なるほど、とシグルドは先ほどの3人娘の『特訓』という言葉を思い出し、合点がいった。
「テストパイロットがこれではいつまでもアグレッサーも役目を果たせない。戦闘技術を新たに研究・開発、仮想敵のシミュレートをしても、自軍の戦力が実戦レベルにならなければ不可能な話だ。そして、アグレッサーができないということは実戦のとき司令部もMS部隊をどう運用していいかもわからない…。」
「そういうことだ。といっても、我々アグレッサーも無下に日を過ごすつもりはない。情勢は日々一刻と動いている。」
「だから、俺たちに
「…でも、なんでこんなにも模擬戦になるとダメダメになるの?」
フィオは素朴な質問をした。シグルドとシキの会話でどうしてもM1を隠し通したいオーブの実情はわかった。しかし、そちらの方の謎は解けていない。
「それは…中立国ゆえ、としか自分の口からは言えないな。」
「それって?」
「一にも二にも
カガリは思いつめた顔で話を再開する。
「今は、なんとか中立を保っているこの国だけど、地球軍とのMS開発の協力という一件以降、虎視眈々とオーブの技術を狙っている勢力もある。そして、肝心のオーブの守りがこれだと分かれば、たちまち攻撃されかねない…。非正規部隊とか傭兵とか本当にこの国に襲撃をかけるかわからないが、ヘリオポリスのこともある…。」
カガリは唇を噛みしめ、俯いた。
あの場所で、地球軍のMSがどこからかザフトに漏れて、それでヘリオポリスは襲撃された。そして、戦場となってその後どうなったかを思えば尚更であった。
しかし、そうならないようにオーブを守るための剣それがM1アストレイ…それなのに未だ配備できずにいて、そのことが知られれば攻撃されかねないからこそと守らなければいけないと思うも、その手段ははやり守るための剣である。まさに堂々めぐりの状況であった。
「だからこそ、
シグルドの言葉にカガリはハッと顔を上げる。
「昨日、すでにこの任務を引き受けたんだ。今更、手を引くなんて考えない。もちろん、依頼主を裏切ることもしないし、任務完了するまで放棄しない。それが俺たちのスタイルだ。だから、依頼したんだろ?」
「ああ、そうだったな…。ありがとう、シグルド。」
「おいおい、礼を言うのは終わってからだろ。まだ、始まってもいない。」
「あっ、そうだったな。」
カガリは思わず気恥ずかしなった。
「ところで、話の腰を折って悪いのだけど、いいかしら?」
エリカがふたたび話し始めた。
「ここでM1の実態について見に来ただけっていうのも折角だし、すこしM1の試乗してもらえないかしら?」
いきなりの申し出にシグルドは困惑した。
「それは…サーペントテールの仕事の領分では?」
「もちろん彼らには私から伝えるわ。実は、ナチュラルの操縦のサポートという観点から別のアプローチとしてOSを改良したものを製作中なの。そこで、あなたのデータも欲しいかなって思って…。」
つまるところ、彼女の言葉は技術者としての興味からでてきたものであった。
「それは妙案だ。」
真っ先に賛同したのはカガリであった。
「よしっ、シグルド。依頼主の命令だ。M1に乗って来てくれ。」
「命令っ!?そんな内容、聞いていないぞ!?」
「いいじゃんっ。自分がこれから守る機体の性能を把握することもできるだろ?」
「私も賛成~!」
フィオもカガリに賛同する。
とても逃げ切れる状況ではなかった。
「なんで、こうなるんだ?」
シグルドはM1のコクピットの中で不満そうにしていた。
(まだごねているのか?もう、乗っちゃったんだから、男ならバシッと決めるもんだろ。)
「無理やり乗せた人間が何を言うかっ。」
と、いくらカガリに文句を言っても詮無いことだ。しかし、強化ガラスの向こう側の人間たちは他人事と思って楽しんでいるようであった。さらに、試験場の中の3機のアストレイ3人娘はなにかはしゃいでいるのがスピーカー越しからもわかった。
外部スピーカーからエリカの声が流れる。
(それじゃあ、始めてくれるかしら。)
「了解。基本動作でいいんだな。」
(ついでにザフトのMSを動かす時との感触の違いも教えてくれると助かるわ。)
「始めるぞ。」
そして、シグルドはM1を動かした。
コクピットモジュールがザフト製と違うこともあるが、感触は従来とはまるで別物であった。こちらの方は人体により近い動きができるためか、フィットする感じがする。
「…操作性も違うな。」
ザフトのMSではその動作をするのに必要な操作がこちらの方が少なくて済んでしまう。
すると、先ほど自分が入って来た扉が開き、もう1機のM1が入って来た。
「なんだ?」
シグルドは訝しむが、外部スピーカーから楽しむような声が流れた。
(シグルド、せっかくの機会だ。ここで俺と模擬戦を行う。)
「はぁっ!?」
声の主はシキで、しかも唐突の宣言にシグルドは理解が追いつけなかった。
すると、今度はカガリから無線が入る。
(だ、そうだ。2人なら模擬戦をやっても様になるだろうし、いいじゃないか?)
「まさか…そのために俺を乗せたのかっ!?」
(いや、ついでだ。)
代わりに答えたのはシキであった。
「ついでってなんだよっ!?」
(もともと、そのつもりはなかったんだけど…ヒョウブ二佐があなたの腕を試してみたいって言うし、この2人の模擬戦の手本としてそこの3人に見せるのもいい手だって思って…。私もそっちの方がデータを取りやすいと思ってね。)
「何だ…その結びそうで、てんでバラバラな利害の一致は…。」
呆れを越してしまい、頭を抱えたい気分であった。
だが、シキはお構いなしであった。
M1の手に持っている、模擬戦用のビームサーベルを振り下ろす。
(行くぞ、シグルドっ!)
「っ、いきなりかよっ!」
シグルドはシールドで攻撃を防ぐ。
(いきなりではないっ。さっきちゃんと言ったぞ。)
「ほぼ同時に攻撃したじゃないかっ!?」
互いに言い争うが、どちらも見劣りしない、激しい攻防であった。
「すっご~い。シグの実力は知っているけど、シキさんも負けてないね。」
「2人の模擬戦闘を見るの…あれば生身だったけど、見るのは久しぶりかもしれないな。」
フィオとカガリが食い入るように見ていた。
「
「それは同感だな。」
「いいぞ~!」
さらに、さきほどM1に乗っていた3人娘も加わって、視察ブースで模擬戦を観戦し、黄色い声援を送っていた。
ミレーユだけは、2人の模擬戦を見むきせず、後ろへと向き直った。
「あれっ…ミレーユ、見て行かないの?」
「依頼の詳細の話は終わったでしょ?なら、ここからはシグルドの仕事よ。」
この場から立ち去ろうとするミレーユにフィオは尋ねるが、彼女はこちらに一瞥し、一言二言述べただけで去って行ってしまった。
「ミレーユ…。」
今日の彼女はなにかおかしい。いや、昨日も不機嫌であったが…。しかし、不機嫌というかなんというか、うまく表現できず、フィオはただ見送ることしかできなかった。
「失礼します…あれっ?」
ダンは書類を持って、国防本部にある教導部隊の部屋に入ったが、肝心の探している人物が見当たらなく左右を見渡した。
「おや、ニシナ整備士、どうしたんだ?」
彼のもとに、山吹色の髪が少しハネたくせ毛のある士官がやって来た。
「ヒョウブ二佐はご在室ですか、マイヤー二尉?」
マイヤーと言われた男は、げんなりとした顔に変わった。
彼の本名はウィリアム・ミッターマイヤーと言う。しかし、彼の名前があまりに長いのと言いにくいためか多くの人がフルネームの途中で舌を噛んだりと悪戦苦闘していた。さらにとどめは、幼いころのカガリが彼のフルネームをしっかり言おうと何度も挑戦するがやはりダメで、それでも懸命に言おうと頑張る姿に本人が申し訳なくなってしまったため、ウィル・マイヤーと縮めた通称を用いるようになった。
「あの人、モルゲンレーテに行くって言ったきり、まだ帰ってきてないんだよぉ。」
そして、シキの執務机を指さした。
「ほらっ、見ろよっ!あの、うず高く積まれ書類の山をっ。まるで重力に挑戦するかのように高くそびえ立っているだろっ。」
「あっちゃ~、これは世界記録を狙えそうですね。」
もはや何も言うことができなかった。
「ハツセ二尉も一緒だから、時間見て帰ってくるというかこさせるというかだけど…。」
こちらの方は後回しになってしまうか…。
ウィルの嘆きを聞きながら、ダンは次の手を考えた方がいいと思案し始めた。
この攻め手がよいと思ったが、どうすべきか…。
すると、背後に気配を察知し、振り向く。
そこにバエンが立っていた。
「リュっ、リュウジョウ准将っ!?」
「おや、ニシナ整備兵…何をそんなに慌てているのかな?」
「あっ、いや…って、ええっ!?」
書類を 取られてしまった。
「なになに…。ミラージュコロイド粒子を応用した云々…。これをなんでアグレッサー部隊に持ってきたんだ?」
「ええっと…。」
ダンはつい先ほどまで、頭に入れていた理由を話し始める。
「今後、この技術を発展し搭載したMSが出てくる可能性は十分にあると思います。で、あるならば、それを想定し、シミュレートした方がよいと思い、そして、実機に搭載することで、さらに見識を広げることができるのではと思った所存にございます。」
「ううむ、そういう言い訳か…。」
バエンはポツリと呟く。ダンは冷や汗をかきまくっていた。
そして、バエンの言葉を今か今かと待ち、やがてバエンは「そういえば…」とふたたびこちらに向いた。
「この技術を持った機体ってたしかエマージェンシーが出された島にはなかったような~…。」
「ええっと、他にもと思い捜索範囲を広げたところ、近隣海域でミラージュコロイドシステムを搭載した機体の残骸を発見しましたっ。」
「でも、おかしいなぁ…
「
「…コクピットはパイロットの生存が不可能というぐらい破損していたのにか?」
「はいっ、
こうなればやけくそだ。
すると、バエンが何か考えるしぐさをした後、そしておもむろに言った。
「検証機としてM1は何機欲しい?」
「えっ!?」
「これを1機ですべてやるのは機体に負荷がかかるだろ?」
「あっ…じゃあ2機あれば…。」
「そうか。おって、そちらに回す。」
「えっ…ええっ!?」
「何を驚いているんだ。やっていいということさ。」
「あっ、はい。」
「ここの教導部隊は教導隊群の中に組織されているが、俺の直轄でもある。俺がゴーサイン出せば済む話だろ?」
「そっ、そうですね…。」
「まあ、これは表だってできないから、モルゲンレーテの技術者たちは仕事の合間となるがいいかな?」
「はいっ。」
「君も、ちゃんと
「そうか、ミレーユ、帰ったのか?」
「うん。なにかすごく不機嫌だった。」
やっとこさM1の模擬戦から解放され、一息ついたシグルドはフィオからミレーユのことを伝えた。
「やっぱり、さっきのことで怒らせたのかな?後でちゃんと謝っておくか…。」
「いや、それであんな風に機嫌を損ねると思えないがな…。」
シキの部隊の協力のことを先に話さなかったのが原因と考えていたカガリであったが、シグルドは否定した。
「やれやれ…。わかってないな、シグルド。そこのところは成長していないということか…。」
そこへシキが横から入って来た。
「何がわかってないって?そもそも、今日さっき会ったばかりで…。もしかして、おまえのその態度が原因じゃないのか?」
「私は女性に対して、常に真摯な態度で接している。そこに問題があるとでも?」
「大ありだ。それでいったい変な騒動を起こしたと思っている。」
「それで、ミス・アドリアーノが機嫌を損ねたのは…。」
「そこはスルーかっ。」
どうやら、彼自身思いあたることがあったのか、なるだけシグルドの話を避けて、続ける。
「…ハツセ二尉に会ったからさ。」
「はあ?」
突拍子もないような回答に、思わずシグルドは間の抜けた声を出した。
「意味がわからないぞ。それにいいのか、クオン?これで…。」
「二佐のおっしゃる意味がわかっていますので…。」
シグルドは勝手に原因にされたクオンに聞くが、彼女はシキの言葉をりかいしているようであった。シグルドはますますわからなくなった。
すると、突然カガリのお腹の間抜けな音が鳴り響いた。しばらく周りの時間が止まったように、沈黙が流れた。
「腹、減ったっ。」
カガリはその珍網を破るような第一声を上げた。
「もうお昼だものね。」
フィオは時計を見た。
「おまえなぁ…動いていたのは俺だったのだぞ?MS動かしたり、模擬戦やったり…。どうしてそんなに腹が減るんだ?」
「腹減るものは減るんだ。なにか食べに行こう。」
「そうだね、私もお腹空いたっ。」
カガリの提案にフィオも賛同する。
「じゃあ、ここの社食か国防省の食堂かにしよう。」
シグルドは呆れ顔するが、彼女たちの頭の中はすでに昼食のことでいっぱいで、こちらの話など入って来ていなかった。
彼らは食堂へ向かうため、試験場を後にした。
「ふむ、昼か…。」
シキもまた時計を見た。
「たしかになにか腹に入れなければ午後からの職務に支障が出るな。」
なにか考えているように、腕を組む。
「そうだ。彼らと綿密な打ち合わせもまだだからついでに我々も行くか。」
シキは彼らを追いかけようと歩き出そうとするがクオンに止められる。
「二佐、机にやるべき書類が山のように積もっているのをご存じでしょう?昼は売店で買って済ませてください。」
「…やはり、か。」
シキとしては、彼らとの打ち合わせを理由に書類仕事から逃れようと計画していたが会えなく潰えてしまったのであった。
海岸沿いの公園のベンチでミレーユは1人座っていた。
今は昼時。
公園には昼食を食べ終え、就業時刻まで別のベンチで休憩をとっている会社員や子供連れの主婦たちが世間話に花を咲かせ、子ども達は近くで遊び、端ではストリートパフォーマンスがやっていて、それを道行く人が足をとめ、目を奪われていた。
平穏な日常がここにはある。
ふと、ミレーユは上を見上げた。
晴れ渡った空に雲1つなく、空の色は青々としていた。
空というのは…どこで見ても変わらない。
それが血と硝煙の臭いがたちこめる戦場であって…、どぶと路地の腐敗した臭いのする場所であっても…。このような穏やかな場所で見るのとたいして変わらないのだと思った。
ふと遠くから車のクラクションが聞こえてきた。
その音の方を見る、車の中にいるレーベンは手を振っていた。
「よかったよ、ちょうどオノゴロにいた時で…本島だったら、幹線道路を行ったり来たりしなければいけなかったからね。」
レーベンの話を聞きながらも、ミレーユは返さず、ただ窓の外を眺めていた。
公園で見たときと変わらない風景であった。
「人それぞれ、見るものは同じでも感じ方は違う。」
レーベンの言葉にミレーユは運転席へと目を向けた。
「それは人が歩んできた道がそれぞれにありどれとて同じものはないから。正しい道も間違った道も歩んできた道。だからこそ、だれもそれを否定することはできない。」
「まったく…。」
お見通しというわけか…。
ミレーユは溜息をついた。
ふと、車窓から見えたものに
「ちょっと、車を停めてっ。」
「えっ!?なにっ!?」
急なことで驚くレーベンであったが、車を路肩によせ停止させた。道路を挟んだ向こう側には5つ星にあたる高級ホテルがそびえ立っていた。
「どうしたのさ、ミレーユ。」
しかし、ミレーユは返事をせず、ホテルの方を凝視している。訝しんだレーベンもそちらの方向を見た。
すると、玄関口に高級車が止まっており、3人の男がいた。
「あれ、ジンイー・ルゥよ…投資家の。それと、大西洋連邦上院議員のデイヴィッド・スワード。」
ミレーユがその内のさきほど降りてきたやせ形でアジア系の男性と初老の男性に目を向けた。
「ジンイー・ルゥって主に月や宇宙ビジネス関係への投資をしているんだよね?ヘファイストス社ともそれなりに懇意があるという噂だし…。でも、なんでこんなところで?」
「もう1人…いるからよ。」
今度は、2人より先に車に降りて、彼らを迎える男へと視線を移した。
「ユゲイ・オクセン…オーブの前宰相だよ。」
今度はレーベンが驚きの声をあげる。
3人は共にホテルへと入っていた。
「あの3人が会談って…。」
「さあね。」
「もしかして…尾ける、つもりないよね?」
レーベンはゴクリとつばを飲み込んだ。
彼女ならやりかねないと思ったからだ。
「もう行きましょう。車を出して。」
「え?」
しかし、彼女はあっけなく引き下がったので、思わず目を丸くする。
「私はそこまで
「え?」
「あっ…うん。」
彼女の言葉の意味を理解できなかったが、彼女に従った。車が発進する直前、ミレーユはちらりとホテルの方へと目を向けた。
さっき窺っていたところ、ベルスタッフやタクシーの運転手、清掃人…一見普通に見えたが、その普通さが逆に不気味に感じた。
おそらく、あの3人のホテルでの会談に探りを入れてくる人間を見張る、もしくは始末するための存在であろう。
しかも、隠してはいるが相当の手練れだ。
「
ミレーユは意味ありげに呟いた。
一方、ホテルへと入っていったジンイーとデイヴィッドはユゲイに案内され、上階へと向かう。そこには5つ星の最上級レストランがあった。
そして、店のホールの案内で、個室へと入っていく。
「どうでしたか、オーブは?」
彼らが入ると、すでに先客がおり、彼らを歓待した。
「なかなか…いい国ですな、ホムラ代表。いや…。」
ジンイーは苦笑し、訂正した。
「今日あなたをその名でお呼びするわけにはいけませんでしたな。」
「ええ。今日は、アスハ家のホムラとして…。」
ホムラは確認するように頷いた。
「ったく、疲れた。」
シグルドは国防省の通路の脇にある休憩所に腰を下ろした。
「モルゲンレーテの社内や試験場、工場に国防司令部…。このオノゴロをほとんど見て回っているといってもいいかも…。」
フィオも疲れ顔であった。
昼食を食堂で食べ終え、午後もずっと午前と同じように見て回ったのだ。
行く先々で兵士や技術者などさまざまな人と談笑していた。
もはやこれがカガリにとっては日課なのだろう。
こちちはこれで終わって一息つくことできるのにほっとしているが、当の本人は疲れ顔1つも見せず、別の所に行って来るからとその軽い足取りでどこかへと行ってしまった。
「でも、よかった。私、少し不安だったんだ。砂漠での時のように気軽に声をかけられないんじゃないかって。」
しかし、そんなことは杞憂だった。
というより、カガリ自身、誰とでも自然に声をかけてきて、こちらが変な気遣いをするのが可笑しく思えてしまった。
「それと、
「おまえなぁ…。」
シグルドはげんなりとした顔をした。
行く先々で、シグルドを知らない若い者たちからは、見知らぬ人物がカガリの護衛をしていること驚き、訝しみ、警戒し、シグルドを知る者たちからは「なんで下野したのに、カガリ様のお守りをしているのだ」と会うたびに言われていた。
「これで侍女のマーナに会ったらとんでもないことを言われそうで…。」
アスハ家に仕え、幼い頃母を亡くしたカガリにとって母親同然の存在で、カガリに近づく男はチェックをする彼女に会えばどうなるか…。
あらぬ誤解と騒動が待ち受けているのだと思うと、気が気でない。
「シグがこの国に着いたときに様子が変だった理由が分かった気がする。」
「これからあと何日かかるか知らないが、虎穴に入らないように細心の注意を払わなければな…。」
とは言っても、自分はオーブにいるんだ、と改めて認識させらる日でもあった。
生まれたのはスカンジナビアであっても、その人生の大半を過ごしたのはオーブだし、自分自身の存在を考えればシグルドにとって、ここが祖国といえよう。そういう理屈を抜きにしても、ここには多くの思い出もある。
この国には来たというよりも帰ってきた、という言葉を使う方がしっくりと来るぐらいに…。
なら、せっかく
まだ、それだけの余力があるのだ。
「フィオはこの後、すぐにホテルに戻るのか。」
「私、この後アサギたちとパンケーキが美味しい店に行くの。」
「そうか。」
疲れたと言いつつも、美味しいものを食べにいくのは別ということか、
と思いつつ、自分も人のことを言えないと、シグルドは苦笑し、立ちあがる。
「じゃあ、俺たちもここで解散ということで…。1人でホテルに帰れるだろ?」
「あれ?シグルドもどこか行くの?」
「ああ、俺はこれから
「シグルドの…友だち?」
「ああ。とても…大事な友だちだ。」
「そうか…。てっきり、シグルドも誘おうと思ったのに…。」
「そんな…女子が3人も4人もいる賑やかなところに俺が行っても仕方ないだろ?もしも、そっちの方が早く帰ったら、ミレーユたちにも言っておいてくれ。」
「…わかった。」
そして、シグルドを見送ったフィオは、彼の姿が見えなくなると深くため息をついた。
「どうしよう…困ったなぁ。」
実のところ、アサギたちからシグルドも一緒に来てもらうように頼まれたのだ。だが、こうして誘うこともする前に終わってしまった。
いったいどういい訳をすればいいのか…。
しかし、シグルドが「友だちに会いに行く」と告げたときに、ふいに見せた寂しそうな表情に、引き留めることもできなかった。
西に傾いてきた陽によって、水平線も空も橙色に染めていく。辺りは穏やかに吹き抜ける風の音のみで辺りは静寂に包まれていた。
シグルドは石で造られた階段を上っていき、やがて丘の頂上に着いた。
そこからは島の中央部にそびえ立つ火山が、その向こう側に見える湾が一望できる。
この風景はずっと変わらない。
そう、俺がオーブに来たときから…。
風に乗って花の匂いを道しるべに丘の頂の、ひらけた場所までやってきたシグルドはそこに置かれた小さな墓碑の前に立たずむ。
「久しぶり、ミアカ。」
シグルドは墓前に持っていた花束を置いた。
しかし、返事がかえってくることはない。
ミアカ・シラ・アスハ
シグルドはその名前の下に刻まれた命数に寂しさと痛みが込み上げてくる。
「俺の方が…年下だったのに…。」
もはや自分の方が彼女の齢を越えてしまった。
‐名前は?‐
‐へえ、シグルド君か。じゃあ、シグだね。‐
‐私はミアカ。よろしく、シグ。‐
その優しい声も、微笑みも、差し伸べてくれた手の暖かさも…。
目を閉じれば、その姿を鮮明に思い出せる。
だけど、
どこを探しても、あなたの姿はないのだと…ひしひしと身にしみる。
「俺がユルと同じように傭兵になって、しかもその隊の名前が『
きっと困ったような笑みを向けるであろう。
‐見つけたのでしょ?シグがしたいこと…。なら、シグの決めたことに私は反対しないわ。‐
そして最後にはうなずいて応援してくる。
「ミアカはいつもそうだったな…。」
シグルドはふと笑みがこぼれた。と同時に、胸の奥そこまで刃を突き抜けられた痛みを襲い、顔をゆがませる。
あの頃からずっと自分の無力さを悔やんできた。
そして、思わずにいられない。
もっと自分に
ふと、海からの柔らかい風に乗って、花の香りがしてきた。
同時に人の気配を感じ、シグルドは振り返った。
西日を背にしているため、思わず目を細めたが、その見覚えある立ち姿に息を呑んだ。
「…カガリ?」
なぜ、ここに?
彼女もまた、シグルドがこの場所にいることに驚いているようであった。
墓参りの帰り道、2人はその近くの砂浜を歩いていた。
「けど、驚いた。」
「それはこっちのセリフだ。」
「シグルド…ミアカ叔母様のこと、知っていたんだな。」
「ああ、ミアカとユル…俺がオーブに来て、初めての友だちになった人たちだ。」
「ユル?」
「ユル・アティラス…『白き狼』の異名を持つ傭兵…俺たちの部隊名はそこから来ているんだ。」
「へえ~、そうなんだ…。」
「あの頃は、よく3人でいろいろなところに遊びに行ったな…。」
この砂浜もその1つであった。
ふと、シグルドは後ろを振り向く。
並んでいる足跡…
あの頃3人で歩いた足跡と今歩いている2人の足跡が重なる。
「なあ、ミアカ叔母様ってどんな人だった?」
カガリはシグルドを窺うように質問した。
「ほらっ、あたしが生まれる前だったし…。だけど、やっぱり知りたいなぁって…。」
「そうだな…。」
シグルドは空を見上げ、生前のミアカを思い浮かべた。
「ミアカは、心優しくて聡明で…」
いつも自分を差し置いて、他人を心配し、他人の事を優先していた。
「歌が上手くて…」
透き通った美しい歌声。ずっと聞いていたいほど好きだった。
「あと、
最後のオチのような言葉にカガリはふくれっ面を見せた。
「どこかの誰かって…悪かったな、どうせ私はがさつで子供っぽいですよぉっだ…。」
シグルドは思わず吹き出し笑いそうになるのをこらえた。ここで、笑ったらさらに拗ねるであろう…。
シグルドはあえて口に出さなかったが、ミアカとカガリが似ているところもある。しかし、それを口にするのは躊躇うものであった。
一方、カガリは拗ねながら、歩き出すと足元にこげ茶色をしたもじゃもじゃした毛の果実が波に洗い流されながらくるりと転がっていた。
「おっ、ヤシの実だ。」
カガリはそれを持ちあげ、あたりを見渡す。どこかの椰子の木から落ちて転がって来たかと思ったが、その木が生えているのは随分と先の方にありそこから転がって来たとは考えにくい。
「どこかからやって来たのかな?」
カガリはシグルドに見せる。シグルドは椰子の実をしばらく見つめた後、口ずさんだ。
「名も知らぬ遠き島より流れ寄る椰子の実一つ…。」
「どうした、いったい?」
カガリは訝しんだ。
「『椰子の実』っていう歌さ。知っているだろ?」
「それは知っているさ。でもなんで急に口ずさんだだよ。」
「そりゃ…カガリがその椰子の実がどこかから来たって言ったから。」
「確かに言ったけど…。」
それでなんで歌うのかは不思議だった。
「さてさて、カガリ…この椰子の実をどうする?」
「どうするって…。」
カガリは椰子の実を見つめる。
見つけたのは見つけたがどうしようかまでは考えていなかった。でも、このままというわけにもいかないし、だからといって歌を聞いていて捨てることもできない。
歌…?そうかっ。
カガリはいい案が思いついたとばかり、シグルドに向く。
「なあ、オーブは法と理念を守れば、誰でも受け入れるっていうことぐらいは知っているな?」
「それで?」
「これをあそこに生い茂っているヤシの木の近くに植えようっ。」
カガリは前方のヤシの木々を指さし、駆けて行った。
島の成因にはいくつかある。その中で洋島は坂道が多いと言われている。それは海底から直接海面に達しているからではないかと学校の先生が冗談めかして言っていたため、本当なのか嘘なのかはっきり分からない。
なんで、そんなどうでもいいことを思い出してしまったのか?
現在進行形で、自分は自転車で坂道を上っているからである。
普段乗らないというのもあるが、ここまで急こう配の坂道を上っていると少しうらめしいくもなる。
「シンー!早くー!」
なんでだっ!?
自分と同じ坂道を上っていたはずなのに、頂上付近で同級生のミソラはまったくへっちゃら顔で待っている。
「待ってくれよー!少し、休ませて…。」
大声で返すも息が続かず、一旦自転車をとめ、吸って吐いて呼吸を整える。
「あちゃー。シン…そこで止まると逆につらいぞ?」
自分が置いていかれないようにとわざわざ後ろを走っていたマサキが追いついて声をかける。
「でも…こんなの、行けって…。こっちは大きな荷物持っているし…。」
そうだ。こんなに大変な理由はきっと後ろに乗せている買った物にある。
いきなり何を思いついたのか、何をするのか言われないまま、ミソラに準備のための買い出しと無理やり連れてこられ、荷物持ちにされてしまった。
「って言ってもなぁ…それ、電動アシストなんだぜ?」
マサキの指摘にああ、そういえばとシンは思い出した。モーターによって人力での負担を軽減してくれるから電動アシスト自転車なのに全く役に立っているのか実感できない。
ならば、いっそのこと…
「ああ、補助してくれているからマシなだけあって、
思わず言い当てられ、スイッチを切ろうとした手がピタリと止まる。
「普段乗らないからって、ミソラが考慮してソッチを回したんだ。アイツなんか普通の自転車プラス後ろに1人分乗せているんだからな。」
すると、ミソラの後ろに乗っているマユの声が聞こえてきた。
「お兄ちゃん、ガンバってー!あと、もうちょっとだよー!」
「…というわけだ。」
マサキはシンの肩をポンと叩いた。
「じゃあ、あともうちょっとだからガンバレっ。」
そして、先にグングンと登っていった。
わざわざ後ろを走っていたのに、これでは完全に置いていかれてしまうではないか…。
ああ、やりますよ。やるしかないじゃん。
「やってやるー。」
シンは勢いよくペダルを踏み、進もうとした。
するとどこからか歌声のようなものが聞こえていた。
シンは不思議に思い、耳を澄ませ、集中して聞くとやはり歌声であった。
あまり人気のないところでいったい誰が歌っているのだろうか。
坂道の横側、海の方の、砂浜から聞こえてくる。
「ほらー!シンー、置いていくよー!」
しかし、ミソラの声によって、遮られてしまった。
シンは不満そうに見上げるが、なんとマサキもすでに登り切っていたのだ。
まずい…このままだと本当に置いていかれる。
シンは慌ててペダルに足をかけ、地面を蹴った。
相変わらずペダルは重かったが、なぜかさっきとは違い億劫ではなかった。
オーブから北上したところの広い太平洋の真ん中に浮かぶポツンと浮かぶ島があった。
熱帯の植物や木々に覆われた一見無人島に思われる島であるが、古びた滑走路、今にも崩れそうなコンクリート造りの通信所があるなど、かつて旧世紀の前線基地として使われたであろうことが窺える。
それらはその役目をすでに終え、この島の自然と共にただ時を過ごすのみとなっていた。その中で、1つ、森の中央部のひらけた場所にバラック作りの小屋が建っていた。この建物は他の建物同様に古かったが、改築した後が見られる
その小屋の前にはいかにも荒くれ者といった風貌の男たちが集まっていた。男たちは
暇を持て余しながらも何かを待っているようであった。
やがて、1人の男がバラック小屋から出てきた。
粗野にみえる顔立ち、鋭い目つき、髭をたくわえたその男の姿は、この静かで穏やかな島では異質な空気を身に纏っている。それはこの男の職業と関係してくる。
男の名はギャバン・ワーラッハ。民間軍事会社所属の傭兵であった。
小屋の前で待っていた男たちはギャバンの前に集まってくる。彼らはみな、ギャバンの部下である。
「隊長、本部からはなんと?」つ
その内の1人の質問に、ギャバンはニヤリと笑って答えた。
「ああ。
その言葉を聞いて、部下たちもつられて口元を上げる。
そもそも今回の仕事について、ギャバンを始め、彼らは不満を抱いていた。
彼らの仕事場は戦場だ。それが地上であろうと宇宙であろうと、状況がよかろうと悪かろうと戦場さえ与えてくれれば文句は言わない。しかし、今回、彼らが向かわされたのは、こんな自分たち以外誰もいないちっぽけな無人島を拠点とした、戦場とはかけ離れたところへの仕事であった。もちろん、本部も彼らの性格は心得ているので、彼らにはこの島に到着するまであらかじめ仕事の内容は伝えなかった。
ただ、彼らは失念していた。この部隊の隊長がギャバン・ワーラッハであったことに…。
彼は島に到着し、仕事の内容を聞かされるや否や、すぐに通信機に飛びつき、本部に連絡し、喚き散らした。それから数日、彼らから自分たちの満足いく回答が得られるまで応酬が続いたのだ。そして、最終的に本部は、ギャバンに対して、この仕事は全面的に任せることを引き出したのであった。
それは、彼らにとって大きな旨味だ。
正規軍と違う民間軍事会社ではあるが、その登場から曖昧さゆえに起きた不祥事や問題に鑑み、彼らの行動について定義し、指針を盛り込んだ文書が採択されるなどの制約がされ始めた。会社の上層部もその動きに配慮して、モラルの遵守に躍起になっている。
しかし、それは彼らのような無法者には不満の種の1つであった。そもそもそんなモラルを守れといって素直に守るようであれば、正規軍に入ればいいだけの話だ。
それに対し、ギャバンは部下に対し、そんなことは求めていない。
虐殺、強盗等々、戦場では部下たちに好き放題やらせている。彼にとって部下に求めるのは自分についてこられるだけの実力を持っているかぐらいだ。
その点に関して、ギャバンを雇用している会社も頭を抱える問題であるが、それを差し引いても、ギャバンは必ず仕事を成功させる実力者であった。
実際、彼はどんな不利な状況でもこちらの損害を軽微に、むしろ相手に大打撃を与えて戻って来るほどである。そのため、排することもできず、かといって会社の評判を考えれば表だって出したくはない。そのため、彼らは民間軍事会社の所属戦闘員の名簿にはない、裏の部隊であった。
そんな彼らを使うということは、今回、あまり世間に知られたくはない仕事であることはギャバン自身了承していた。
「さあさあ、手前ぇら、稼ぎ時だ。」
ギャバンは両手を広げ、不気味な笑みを浮かべ、大仰に彼らを煽った
「あの平和ボケの国、オーブに
あとがき
ある時、「デスクワーク」ってワードで打とうとしたら、
間違って「だすくわーく」って打って、
さらに変換して「出す苦ワーク」ってなった。
なんだろう、作者の苦しみがパソコンに伝わった?
ウィリアム・ミッターマイヤー
ウィリアム・ミッターマイヤー
ウィリアム・ミッターマイヤー
…長いっ!作者も書くのに四苦八苦していますっ!
パソコンでなんど打ち間違えたか(苦)
(というか、そろそろ後半戦になってきたので、各登場人物の元ネタとかモデルとか
書いていこうかな?)