機動戦士ガンダムSEED Gladius   作:プワプー

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前話で1ヶ月に2話掲載をたった1ヶ月で挫折してはいけないとパソコンに打ち出していますが…なんかあとがきのネタを思いついている暇がなくなった(泣)
しかも、前回のまえがきなのに誤字があったし…(汗)



PHASE-46 忘れられた戦場

 

 

 港町を出航したケートゥス号は、一旦、マラッカ海峡の出口にある大都市に寄港し、手に入れた連合製のMSをドゥアンムー商会の支部に届け、そこからヘファイストス社へと送るように手配した。そして終えた後、南シナ海を北へと目指していた。

 「これらの荷物を届けに行くのですね?」

 「そうさ。ただ、私は行けないからね。行くのは、船長と君。だから、こうして説明しているのだよ。」

 ヒロは船医から港町でサミュエルを通じて受け取った品、今回の荷物についての説明を受けていた。箱の中には医薬品、ガーゼや包帯などの医療消耗品が詰められていた。

 「…これらも裏ルートから手に入れたものなのですか?」

 一見、普通の品々であったので、思わずヒロは質問を口にした。

 「はははっ。これらはすべて寄付や募金からのもので、ちゃんとしたものさ。ただ、場所が場所だから、我々のような運び屋が持っていくのさ。」

 「そんなに…危険なところなのですか?」

 「そうだよ。だから、これ…。」

そう言われ手渡されたのは、フラックジャケットと戦闘用ヘルメットであった。

 それらを見たヒロは、目をしばたたかせた。

 「あれ?船長、なにも言っていないのか…。そうか…。」

 ヒロの反応を見た船医は、少々困ったような顔をした。彼が今回行く場所を知っているものだと思っていたためである。自分の口からそれを言っていいのか、答えあぐねたがやがて話し始めた。

 「…まあ、こちらから言っても問題ないだろう。今回行く場所は東アジア共和国、その地方都市で経済都市、カオシュン(・・・・・)さ。」

 「カオシュンって…。」

 ヒロはどこか漠然としか不安を心奥底より感じた。

 

 

 

 

 

 沖合に艦を固定し、ヒロとネモは小型船に乗り移り、静かにケートゥス号を出発した。

 船の中では2人は終始無言であった。

 先日の1件のこともあるが、これから行く場所がさらに無口にさせていった。

 遠くからでも見える。

 大きなビル群。その間より大きなレールが弧を描いて、天を目指すように高く伸びていた。

 しかし、次第に近づくにつれ、高層ビルのところどころでは崩壊し、一部が欠け、それより上部の階層がないものが点在し、マスドライバーも大きく崩壊していた。

 カオシュン。

 C.E.71年1月。

 これまで膠着状態が続いていた地球軍とZAFTであったが、太平洋・北回帰線を戦線に活発化していった。目的はこのカオシュンにある宇宙港、つまりマスドライバーをめぐる戦いであった。およそ1週間を要した戦闘によってカオシュン宇宙港は陥落した。

 それはヘリオポリスが攻撃を受けたわずか2日前のことであった。

 街の中心街であるビル群からすこし離れたところで、船を接岸し、そこで、待っていた地元の案内人と医療ボランティアのスタッフと合流した。

 ネモとその案内人スタッフが一通りの挨拶をした後、船に乗せていた荷物を停めていた車へと移動させた。

 すると、突然大きな轟音と震動が響いた。

 ハッと驚きその方向を振り向くと、宇宙港のあるビル群から大きな煙が上がるのが見えた。

 いったい何が起こったのか?

 ヒロがその方向を視線を注いでいる中、案内人がネモに話しかけた。

 「ここからは遠いけど、砲弾が間違って飛んでくるかもしれない。遠回りで慎重に行かせてもらう。」

 「ああ…。そうしてくれ。」

 砲弾だってっ!

 案内人の言葉を聞いたヒロが驚いているのもつかの間、ふたたび轟音が聞こえた。

 カオシュンが陥落したのは3ヶ月前のことだ。しかし、今の爆発は明らかにMSの砲撃であった。

 戦闘は終わったのではなかったのか!?

 荷物を車に積み終え、車に乗ってその場を後にしながらも、ヒロは困惑しながらそれを見送った。

 

 

 

 

 中心街から少し離れた街の中に入ると、宇宙港付近から尾砲撃の音は鳴りやんでいた。

 あれは…何なんだろうか?

 ヒロが考えていると、赤い十字マークを上に高々とつけた病院の建物が見えてきた。

 「裏手に回ってくれ。」

 スタッフが運転する地元の案内人に指示を出し、案内人も角で車を曲げる。

 その車内からヒロは覗くと、その光景に息を呑んだ。

 病院の入り口には溢れんばかりの人で埋め尽くされていて、病院のスタッフだろうか、数人が対応していた。

 病院の裏手につくと、1人の事務スタッフが待っていた。

 そこで車を停めて、ネモとヒロは同乗していたスタッフに促され降りる。

 「これらはこちらで運ぶのですが、リストとか作ってあります?」

 「これだ。」

 ネモはあらかじめ作成していたのか、運んできた物品のリストの紙を渡した。

 「2人は、裏口から案内します。ついてきてください。」

 一緒にやってきたスタッフと案内人を残し、ネモとヒロは裏口から病院へと入っていった。

 病院のなかでは、廊下の両端をストレッチャーと色別のタグを付けている負傷者で埋め尽くされ、患者のうめき声や悲鳴、医者の叫び声や怒号が飛び交っていた。

 ヒロはその光景に呆然と立ち尽くした。

 そうしている間もスタッフは平然とかき分け進み、ネモもその後をついていく。

 自分も行かなければいけない。

 ヒロは恐る恐る歩き始めた。

 廊下を慌ただしく駆ける医者やスタッフを避けながら、視線が自然と病院に運ばれてきた負傷者へといってしまう。

 目を覆いたくなるようなひどい傷を負い、悲鳴を上げる重傷者。応急処置のために、看護師が必死に暴れる負傷者をおさえ、医者が必死に対応する。

 またあるところではストレッチャーの横たわっている人の上にカバーがかけられていて、看護師も医者もいない。ただ横で人が泣き喚いていた。

 血と消毒液の臭いとそれらの光景が自分の中でぐちゃぐちゃに混じりあうような感覚になり、寒気を覚える。

 「どうした?」

 ネモは振り返ると、顔を青ざめ立ち尽くしているヒロに声をかける。

 「あっ…。」

 大丈夫だという言葉を口に出す前に、胃の中のモノを吐き出したい衝動が襲い、言葉にできなかった。

 「おいっ、ヒロっ!?」

 ネモが肩をつかまれ、顔を見るが、当のヒロには彼の顔が歪んで見えた。彼だけではないすべての景色がぐにゃりと曲がっているようであった。

 なおもネモがこちらに声をかけているが、聞こえてこない。

 くらりくらりとヒロはそのまま視界が真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 「まあ、迷走神経反射ね…。まあ要するにさっきの光景見て、すこしショックを受けちゃったっていうことよ。」

 「はぁ…。」

 ヒロはベッドに足を高くした状態で横になりながら女医の説明を聞いていた。

「初めて来た人にとっては、刺激が強いから、そうなる人もいるわ。…しばらくそのままの姿勢でいれば治るわ。もし、それでもよくならなかったら言ってね。」

 「はい。ええっと…。」

 「リンシン・チャンよ。」

 「わかりました、チャン先生。」

 するとリンシンはネモの方に向いた。

 「少し待っていてね、ハリソン先生ももうすぐ来るから。」

 「済まない。この場合にはどっち宛てにすればいいか今度検討するよ。」

 「いやー、遅くなってすまないねぇ、ネモ君。」

 突然、大きな声で、男の医者が入って来た。

 その声にまだ気分の優れないヒロの頭を突き抜け、グラングランとした。

 「…ハリソン先生。」

 リンシンはヒロに目配せし、窘めた。 

 「んー?あー、すまなかったね~。まったく…ネモ君も少しは配慮して、連れてくるんだね。そうそう、自己紹介が遅れたね。私はジェフ・ハリソン。ここに来ている医療ボランティアチームのリーダーを努めさせている。まあ、肩書なんてどうでもいいんだがな。なにせ、仕事と責任が増えるだけだしな。ところで、彼は新しい水夫なのか?」

 こちらが答える間もなく、次々としゃべり続けるその医者にネモはすでに慣れた様子で話す。

 「いや。彼は客だ。ただ、目的地に着くまで距離もあるし、何かしたいとのことで彼からの申し出で潜水艦の手伝いをしてもらっている。今回もそれの延長線上だ。」

 「ほ~、そうだったのか。」

 ジェフは感心のまなざしをヒロに向ける。対しヒロは、気分悪く倒れてしまい、逆に世話になってしまったことに申し訳ない気持ちになった。

 「すみません、倒れてしまって…。」

 「なにっ、気にすることはない。さっきも言ったようにあんなのを見て気分良くなる人間なんていないさ。見続ければ慣れると言われるが…あまり慣れたくもないものさ。」

 ジェフは気にするそぶりも見せていなかった。

 「…で、本題に入ろうか。」

 それを受け、ネモは話を切り出した。

 「さっきスタッフにも手伝ってもらったが、医薬品、栄養治療食、飲料水…その他医療消耗品を持ってきた。」

 「ああ。ここに来る前に倉庫に入れるところを確認したよ。」

 ジェフは頷いた。

 「いまだ戦場(・・)でなにもないこの場所にこれだけのものを届けてくれたんだ。ほんと、感謝しきれないよ。」

 戦場…戦場っ!?

 「ここではまだ戦闘が続いているんですか!?」

 その言葉を聞いたヒロは飛び起き、尋ねた。

 あまりの勢いであったのか、リンシンとジェフは目を丸くしてこちらを見た。

 「あっ…すみません。僕、何も知らなくて…。その…カオシュンは3ヶ月前に陥落したと聞いたから、てっきり戦闘は終わっているものだと思っていて…。」。

 「謝ることではないよ。確かに、君の言う通り…マスドライバーは破壊され、カオシュン宇宙港は陥ちた。」

 穏やかなに応えたジェフは窓の外へと視線を向け、嘆息する。

 「しかし、残念だがそれで戦闘が終わったわけではないんだ。地球軍はその後、すぐに東アジア共和国を中心として、カオシュンの奪還作戦が開始された。いくらマスドライバーが破壊されたとはいえ、敵の手のままにあるわけにはいかないとね…。ザフトもまた、いくら破壊されたとはいえ、それを放置したままではいつ再建されるかわからない。だからその防衛のために応戦をしている。…まあ、3ヶ月前ほど大規模ではないこともあるし、はやりこれを見ていない人にとってはもはや過去(・・)()出来事(・・・)と思っているために、あまりニュースにならないから、知らないのも無理はない。」

 「そう、だったのですか…。」

 ジェフの話を聞いたヒロは顔を曇らせた。

 ザフトの作戦目標であるマスドライバーの制圧、それを防衛する地球軍。一方がそれを達成できからといって、そこで戦闘が終わりのように見えても、もう一方はそれでただ黙っているわけではない。

 それは誰かを撃ってからと撃たれ、誰かに撃たれたからと撃って…。その連鎖が、1つの戦いが、また新たな戦いを呼び起こしているようであった。

 そういうことは見ている(・・・・)のだから想像できたはずなのに…。知らなかったでは済まされない思いであった。

 「…と、両軍に言い分はあるし、それが戦う理由なのだろうが…彼らはここがどういうところ(・・・・・・・)であったのか、すっかり忘れておる。」

 ジェフの、溜息とともに出た言葉にヒロはいったいどういった意味なのか不思議に思った。

 「カオシュンのマスドライバーはパナマやビクトリアのように軍事基地内にあるのだが、民間人の住む街から非常に近い位置にあるのだよ。」

 ジェフがヒロの疑問に答えるように話し続ける。

 「地球軍の、プトレマイオス基地への補給路っていう点ばかりに目がいっているけど、もともとマスドライバーが建造されたのは宇宙ビジネスのため。東アジアは資源衛星も持っていたから経済的側面が大きかったのさ。いくら軍事基地を目標といっても、人の10倍以上あるMSの、10倍以上の砲弾が、しかも降下してくるMSが撃てば、それが街へと飛んでいかないわけがない。応戦する側も然り…さ。」

 「カオシュンは昔からずっと経済で発展した賑やかな街だったのよ。」

すると、今度はリンシンが話し始めた。彼女はこのカオシュンに住み、この街にある病院で働いていた医者であったのだ。

 「宇宙ビジネス関連の企業の入った高層ビルが立ち並び、その周辺には飲食街が栄えていて、夜でも夜景がきれいだったのよ。」

 懐かしむようなリンシンの言葉からヒロは在りし日のカオシュンの街の様子が想像できた。きっと、この間立ち寄った海峡の港街に負けないぐらいの賑やかな街であったのであろうと…。

 「でも、マスドライバーがあって…ここが戦場になってすべて一変してしまった。」

 リンシンは俯く。

 「ハリソン先生の言う通り、いくらマスドライバーを目標としても、人の住んでいる街に砲弾が飛び交う。人が家族とゆっくり過ごす上を、会話が弾む食事中に、日々の労働の中を…。すべてが破壊されていく中で、職も失い、安全な生活はなく…私が元々働いていた病院も、近くに砲弾が落ちてきて、やっていけなくて閉鎖してしまったわ。そんな中を誰だって望んで暮らしたいとは思わないわ。この街から避難した人たちもいるわ。」

 「チャン先生は…ここに残って怖くないですか?」

 「もちろん、怖いわ。」

 ヒロの問いにリンシンは静かに答えた。

 「でも、この街から逃れられた人もいるけど逃げられない人もいる。もしくは、逃げてもその逃げた先でやっていけなくて戻って来る人もいる。そうした中でもここで生きていけない人も爆撃でけがを負うし、病気になる。なのに、そこに病院もなく、医者も看護師もいなかったら困るでしょ?」

 そして、リンシンはジェフの方にちらりと見る。

 「最終的に残っている医者は私ともう1人、スタッフは数える程度…。どうすることもできない状況の中、ハリソン先生たち医療ボランティアが来てくださったおかげでこうしてやっていけているの。」

 「チャン先生には、別の場所での活動に参加してもらっているからね。まあ、困っているときはお互い様だ。互いが受けた恩は互いが困っているときに返す…ということさ。」

 「すごい…です。」

 ヒロは思ったままを呟いた。

 「私たちはただ…自分にできることをしているだけだよ。」

 ジェフが微笑んだ。

 「たしかに、これは危険の隣り合わせだ。この病院もいつか爆撃されてしまうかもしれない。そういう可能性もあるのだ。」

 「爆撃って…ここは病院なのにですか!?」

 「ああ、そうだ。」

 ヒロの驚きにジェフは低い声で答える。

 「いつの時代も、どんな場所でも、どのような軍であろうとも、病院が攻撃にさらされることがある。」

 ジェフは深く息をついた。

 「その攻撃を、それを行った軍や政府は『過失』だとか『誤爆』としているが、『戦闘地域に民間人はもういない』とか『敵に支配された地域には敵しかいない』、『そんな地域で機能している施設は戦闘拠点しかない』といった意識があり、民間人がいることも、そこに医療従事者がいるという事象を判断から排除して行っているものもある。」

 ジェフはヒロをまっすぐ見据える。

 その目には、なぜ命を救う場所に爆弾が降り注ぐのか、そういった行為を認めてはいけない、現状を知ってほしいと訴えているようであった。

 「それでも私がここにいるのは…爆撃の巻き添えになったり、感染症にかかったり…衛生環境の悪化による体調不良だったり…それらで失う命に目をつぶって通り過ぎることはできなかっただけなのだ。それに対し、できることが医療活動をすることだった。ただ、それだけのことさ。」

 するとコンコンとドアをノックする音が聞こえ、ドアが開いた。

 「ハリソン先生…。」

 開いた隙間から小柄の初老の女性看護師が顔を覗かせた。

 「ネモ船長からくださったお菓子があるでのすが…。」

 「おおっ、そうか。ネモ君、ありがとう。」

 「どういたしまして。それより早く言った方がいいのでは?きっと腹を空かせて今か今かと待っている連中がいるから呼びに来たのだろう?」

 「そうだろうね。リンダ、開けて休憩室に置いておいてくれ。早い者勝ちだが、ちゃんと最低1人1個は食べられるように。でないと、食べ物の恨みは恐ろしいからな。」

 「もちろん、そのように。」

 リンダと呼ばれた小柄の看護師はドアを閉め、急いで廊下を歩いていった。

 「長話になってしまったね。さて、君たちも案内しよう。ここにいる間はゆっくりとくつろぎたまえ。」

 「僕もいただいていいのですか?」

 「もちろん。美味しいものはみんなでわけるとなお美味しい、と言うであろう?チャン先生、案内してあげてくれ。」

 「ええ。」

 ヒロはリンシンに案内され、部屋を出ていった。

 「いや~、あの子はなかなかいい子だ。知らないことを知らないと受け止め、人の話を聞き、彼なりに理解しようと努める。つい、私も話が長くなってしまったよ。」

 「あなたの長い話はいつものような気がしますよ。それに、たしかに彼はしっかりした面もありますが、たまに自分から鉄火場に足を踏み込んでいくときもありますよ。」

 「それは君だって…初めて会った頃はそうだったじゃないか?」

 「そうでしたっけ?」

 「そうさ。さあ、早くしないとハイエナ共に君が持ってきてくれた菓子を食べられてしまう。行こうではないか。」

 そう言い、ハリソンはネモを促す。しかし、ネモは立ったまま、なにか思いつめた表情し、やがて意を決したように口を開いた。

 「ハリソン先生、どうしてもあなたに伝えなければいけません。」

 「一体何かな?」

 「…できれば、ユリアナにも聞いてもらいたいのです。」

 ジェフはいったい何のことかと訝しむが、ネモのどこか暗い表情に不穏なものを感じた。

 

 

 

 

 

 「ハリソン先生、遅いですね。もう食べ終わっちゃいますよ。」

 口にお菓子を含みながら、事務スタッフのベンジャミンはほとんど空になりかけているお菓子の箱に目を移した。

 「と言いつつ、食べ過ぎですよ。」

 それに対し、別のスタッフが文句を言う。

 「だってコレ、どう見ても1人一個以上あるじゃないか?」

 「確かにハリソン先生は早い者勝ちって言っていたけど、同時に1人1個を確実に食べれるように言っていたのだから…モノには限度っていうものがあるのよ。ユリアナだってあまり食べてないんだから…彼女、怒るわよ~。」

 「ええ~!?もうお腹の中ですよ~。」

 リンダの言葉にベンジャミンは自分の腹を見た。

 「そのでっかいぽっこり腹に詰め込み過ぎだ。」

 「ぽっちゃりと言ってください。」

 「でも…いい加減このままだと本当にこの無尽蔵のお腹にすべて収まられてしまいそうだわね。」

 リンダはベンジャミンの膨らんだお腹を見ながら嘆息した。

 「じゃあ、僕、呼びに行きますよ。この後どうするのかネモ船長にも聞かないといけないし…。」

 「じゃあお願い。」

 ヒロはさっそく椅子から立ちあがり、先ほどの部屋へと向かった。ドアの前にノックをしようとした瞬間、看護師のユリアナ・フロリックの声が聞こえてきた。

 「ルキナがっ!?」

 その言葉にヒロは身を強張らせた。

 その間にも部屋からは話し声が聞こえてくる。

 「MIA…マリウスの時にも聞いたが、たしか戦闘中行方不明だったかな?」

 ジェフがネモに確認するように尋ねていた。

 「ああ。ただ行方不明なんて言ってはいるが、死体が見つかってなくて確認はできないけど戦死、ということだ。」

 ネモが苦しげに答える。

 「後で伝え聞いた話だが、艦長が宙域から離脱する際に近くの中立国であるオーブに捜索を要請して、オーブもそれを受けて捜索してくれたんだ。だが…しかし、機体は見つかってもパイロットは、ルキナは見つからなかった。」

 ここから離れるべきか、それともドアを開けるべきか…。

 どちらかを選ぶこともできず、ヒロはただその場から動けなかった。

 「みんなには、ルキナが拘束された時も、軍に入った時も会えなくてもずっと気に掛けてくれたから…言わなければと思っているのだが…。」

 ネモの悲しげに震える声が聞こえてくる。

 「どう伝えればいいのか…。いまさら、俺が、どうやって言っていいのか分からないんだ…。だから、まず、2人に話してから…と。」

 ケートゥス号がヘファイストス社からの請負をしており、アンヴァルの頼みごとも引き受けているということからルキナとネモ船長がどこかで会ったことぐらいはあるのは推測できる。ただ、その声音から知己以上の関係を窺わせていた。

 ヒロはまるで金縛りにあったように一歩も動けなかった。

 「どうしたんだ?」

 すると突然後ろから声をかけられ、ヒロは体をビクリとして背後を振り向く。

 そこには医療ボランティアの1人で医者であるジョルディ・ゴールウェイが立っていた。

 きっとなかなかヒロが戻ってこないのを不審に思い、様子を見に来たのだろう。

 「まだ、ハリソン先生たち呼んでないのか?」

 「あっ…。」

 ヒロはどう答えていいのか戸惑った。

 なんでずっとここにいたのかということを答えにくいこともあったが、中での会話にいきなり入るのは悪い気がした。

 「すっ、すみません。どうやら、まだ話し中らしくて…。」

 ヒロはたじろぎながら答える。それに対し、ジョルディは気にする様子もなかった。

 「そうか…。なんか、顔色悪いが、大丈夫か?」

 「あっ、いえ…。」

 自分の顔を見れるわけがないので、なんとも言えないが、そうまで心配されると言うことはよほどのことか。しかし、その理由を聞かれたくもないし、話したくなかった。

 「あの…そのっ、僕、少し外の空気を吸ってきますね。」

 ヒロは逃げるように駆けだした。

一方、部屋の外でヒロが聞いていたことも、ジョルディとのやり取りがあったことも知らない3人の話は途中であった。

 「そうだったのか…ルキナが…。」

 ジェフはうなだれるネモに声をかける。

 「君の今の姿を見ればわかる…たとえ君が『ネモ』であっても、ルキナのことをどれほど思いやっていたのか。そんな君を誰がなじることができる?」

 「『ネモ』であってもか…。」

 ネモは呟く。

 「なんで『ネモ』となったのか…。それらの原因が自分にすべてあるにもかかわらず、何も彼女にしてやることもできなかったのに…考えれば俺は卑怯な男だ。」

 

 

 

 

 

 扉を開けて、病院の建物の外に出たヒロは大きく息を吸い、そして吐いた。心臓が破裂するのではないかと言うぐらい大きな音を立てている。

 衝動的であった。

 会話を聞いてしまい、自分に沸き起こった感情をどう処理することもできず、そこに居続けることも隠し通すこともできず、ここまで来てしまった。

 息を整えながら、ヒロの頭の中では、置いていった事象が駆け巡る。

 アークエンジェルの事、仕事の事、自分が今までしてきたこと、守れなかったもの…。

 ネモ船長の、あの悲痛な声とともにそれらが自分に押し寄せてくる。

 すると、病院の角の奥からポンと軽い音の後にカンッと缶のようなものが落ちた音が聞こえてきた。

 何があるのだろうかと、ヒロは不思議に思い、近づくと、そこで小さな男の子が遊戯用のエアソフトガンを手に持ち、離れたところに置かれた空き缶を的にして撃っていった。

 放たれたBB弾が缶に当たって、台から落ちたと思えば、次に放ったBB弾は缶から大きくそれ壁にぶつかって跳ね返る。

 すべて撃ち終えたあと、男の子はくやしそうな表情をしながら、的のところまでかけより、落ちているBB弾を拾い、的を戻す。ふたたび所定の位置に戻ろうとしたところで男の子はこちらの存在に気付き、ヒロと目があった。

 「あっ…。」

 男の子の、なにを見ているのだという非難めいた目を向けられ、一瞬躊躇するが、このまま立ち去ることもできず、ヒロは男の子のもとへと歩み寄った。

 「それで…遊んでいたの?」

 「違うよっ。」

 ヒロの質問に対し、男の子は口を尖らせて答えた。

 「銃の使い方の練習をしていたんだよ。」

 その言葉にヒロはギョッとした。男の子は心外そうに話し続ける。

 「あんな奴らが来て、あんなでっかいので街を踏み荒らして、街はメチャクチャになった。軍人も守るとか戦うとか偉そうなこと言っているくせに、俺たちが住んでいるのにガンガン撃って街を破壊していくんだ。父ちゃんもじいちゃんも親戚のおじちゃんも近所のおばちゃんも死んだ。俺が、母ちゃんを守るんだっ。」

 男の子の悲しみと怒りの混じったまなざしにヒロは何も返せなかった。

 すると、ヒロはまだ男の子がじっとこちらを見ているのに気付いた。

 「ねえ、兄ちゃんっ!銃の使い方知っている?」

 「ええっ!?」

 ヒロは戸惑い、なんと答えればいいか悩んでしまったが、男の子はそれ肯定と受け止めたようであった。

 「ねえ、教えてっ。教えてよっ!」

 男の子からエアソフトガンを無理やり持たされた。

 ヒロはそのおもちゃの銃を見ながら、どうするべきか困った。

 子どもに銃の使い方を教えていいのかというのもあるが、それを言うのであれば銃を持つことがいったいどういうことか教えなければいけないのかとか、そもそも自分がそんなこと教えられるほどの偉さもない。

 そうしている間にも、男の子にせっつかされ、的の前に立たされた。

 なし崩し的になってしまったが、まず撃って、それから何か言った方がいい。

 ヒロはおもちゃの銃を構え、缶を狙いすました。

いよいよ引き金に手をかけた瞬間、目の前でジンが撃ちぬかれ、爆発するビジョンが見えた。

 ハッとし、ヒロは前をみるが、何の変哲もない的が立っているだけであった。

 今のはいったい…。

 「早く~。」

 男の子はまだ撃たないヒロを促す声をかける。

 気を取り直しふたたび構えると、今度はシグーディープアームズがこちらに迫って来る。

 やられるっ!?

 ヒロはとっさにトリガーボタンを押し、ビームライフルを放つ。すると、突然シグーディープアームズが消え、ビームはすり抜けていき、切り替わるように現れたビル群の一角を貫く。

 しまったっ。

 すでに手遅れであった。ビルの上層部がえぐれた部分の支えを失い、どんどんと傾いていく。それが引き金となって、上層部は下層階に落下し、そして、どんどんとビルが崩壊していく。

 ビルがあった場所は瓦礫と化し、土ぼこりが舞った。

 そんなっ…。

 ヒロは恐怖に後ずさりすると、ふと気配を感じ、視線を落とした。そのMSの下には多くの人がビルの崩壊に巻き込まれないように遠く逃げ、自分の乗っているMSに恐怖で顔を引きつらせているのが見えた。

 僕は…僕は、そんなつもりじゃっ。

 この場から離れようにも一歩動けば、人を踏みつぶしかねない。

 

 

 「ねー、兄ちゃんっ。まだー!?」

 いつまでたっても撃とうとしないことを不審に思いかけた男の子の声で、ヒロは我に返った。どうやらまだ自分はおもちゃの銃を構えたまま、引き金も引かずずっと立っていたのであった。

 あれは…幻?

 ヒロは戸惑いながら、構えをとき、男の子のもとに戻って来る。

 「ごめん。僕、今…ちょっと撃てなくて…。」

 ヒロは男の子にエアソフトガンを返す。

 男の子はがっくりし、そしてヒロを不審げにみるが、すると遠くから男の子を呼ぶ声が聞こえてきた。どうやら彼の母親のようだ。呼ばれた男の子は母親に返事をし、こちらを一瞥した後、去っていった。

 1人残ったヒロは呆然と俯き、立ち尽くしていた。

 今の幻影は…?

 ‐守るために戦うんだ‐

 男の子は言った。

 それはかつて、自分がヴァイスウルフに入る時に、己の中(・・・)で抱いた決意と同じものであった。

 守るために戦う。

 それはきっと自分や男の子だけでなく、地球軍の兵士やザフトの兵士もそう思っているのであろう。

 しかし…。

 ヒロは顔を上げ、破壊されつくしたカオシュンの街並みに目を向けた。

 その為に引く銃は、それは自分と対する者だけでなく、その周りをも傷つけると考えたことはあるのか?

 アークエンジェルの航路は主に砂漠や海の上を通っていたが、だからといってそこに人がいないとは限らない。

 僕は…その銃弾が流れて行くところを最後まで見ていたか?

 ふと気配を感じ、その方向を振り向くとユリアナが立っていた。

 「ゴールウェイ先生が気分悪そうだったって聞いてみたけど…。」

 どうやらさっきの、男の子に銃を教えようとしていたところも見ていたようだ。

 「…軽蔑しても構わないです。」

 いくらなし崩しとはいえ、子どもに銃を教えようとしたのだ。それがどうなるのかと分かっていなかったのにかわっているつもりになって…。

 「僕は…傭兵です。MSという兵器に乗っていたのですよ。『守りたい』って…。でも、僕は何も見ていなかった。銃を向ける相手だけではない。自分が今、銃を持っている周りがなんなのか…。そして、結局、何も守れず、誰も助けられず…。僕は…。」

 キラとアスランの、2人の戦いを止めることもできなかった。そうなると予感していたのに…。ルキナを助けられなかった。

 そんな自分なんてこの人達に罵られても当然だ。

 自嘲しようとするが、そこで言葉が詰まる。

 しばらく沈黙の後、ユリアナがヒロに近づいてくる。

 「この街を破壊したのは兵器よ。ここに住む人達を殺したのは兵器よ。」

 ヒロは体を強張らせ俯く。ユリアナと目を合わせることができない。

 「中には、武器を持っていない人しかいないとわかっても、悪意(・・)で攻撃する人達もいるわ。」

 そして、静かに言う。

 「それを守ったのも、また兵器を持った人間よ。」

 ハッと顔を上げたヒロはユリアナと目が合った。

 「私たちが人を殺す兵器を肯定することはできないわ。でも、それは私たち(・・・)()立場(・・)だからというものあるわ。善いことと悪いことってその人その人で違うでしょ?それは、あなた自身が決めることよ。」

 ユリアナの目がまっすぐヒロを捉え、ヒロは背けることもできなかった。

 「ただ…。」

 何かを押し殺したような顔をヒロに向ける。

 「あなたは人を死なせて、それを悲しんでいる。そんなあなたに1つだけ言わせて。人の死を悼むことは大事なこと。でもね…その人の死を、その喪失ばかりに目がいってしまってはダメ。なぜなら、死んだ人にもう何かしてやれることはないのだから…。でも、その人の、その死んだ人が生きている時に願っていたことをすることはできる。」

 昔、あなたと同じような人がいた。大事な人を失い、大きな悲しみに暮れた人が。

 その人は時に自分を責め、時にその不条理に憤り…そして、そのやり場のないもどかしさを怒りへと憎悪へと変えていった。そして、その人がその怒りや憎悪を他者へと向けてしまった。それは、その人にとって大事な人がもっとも望んでいないことであった。

 そのことを自分はどれほど悔やんだか。もっと何か声をかけるべきであったか、何かしてあげられたのではないか。

 だからこそ、今、彼に言うのであろう。

 ユリアナはそっとヒロの肩に手をのせた。

 「あなたは他人を理解しようとすることができる、物事を深く見通すことができる、自分と相手を大切にする表現をできる…そんな力を持っている子なのだから…。」

 そして、手をヒロの肩から放し、彼の返事も待たずに歩き出す。

 1人残ったヒロは、ユリアナの言葉を心の中で反芻する。

 ‐死んだ人が生きているときに願っていたこと‐

 ルキナは…いったい何を願っていたのだろうか?

 彼女と出会って、彼女がハーフだと知って、彼女の孤独を垣間見て…。

 こんな風にナチュラルとコーディネイターが互いに憎み合う中で、互いを殺し合う世界で…。

 彼女はいったい何を望んでいたのだろうか?

 ヒロは1人、自問し続けた。

 

 

 

 

 「なんで、彼に言葉をかけなかったの?」

 ユリアナは角を曲がったところで、そこでずっと立っていたネモに質した。

 どうやら、彼女はヒロに何も言わず、その角にいたネモに代わりヒロに声をかけたのだ。

 「俺は死んだ身だ。」

 ネモはぶっきらぼうに答える。

 だからこそ、本名を捨てて今の生活をしている。

 「そんな人間が生きている人間に、なにをどう言葉をかけるんだ。」

 「じゃあ、私があなたに言わせてもらうわ。」

 ユリアナが背を向けるネモに言い放つ。

 「あの子に言ったこと…あなたにも向けた言葉なのよ。」

 立ち去ろうとしたネモは一瞬ピタリと止まる。ユリアナは間髪入れずに続ける。

 「あなたは、自分は死んだ身だと嘯いているけど、ここで立って話しているのよ。今だって何も感じてないわけじゃないでしょ?」

 「なら、なおさらだ…。」

 ネモはユリアナを見ずに吐き捨てる。

 「あの子にしてられることなんて…俺にはなかったんだ。」

 そう言い放ち、ネモは去って行った。

 「ホント…バカなんだから。」

 彼を見送りながらユリアナは溜息をつき、つぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 

 日が傾き始め、空がオレンジ色に染まり始めたころ…夜になればNジャマー下での遷都はほとんどない。ゆえにこの時間帯を狙ってネモとヒロは出発をすることになった。

 「本当に助かったよ。」

 病院の入り口前に停まっている車に乗ろうとしていたヒロとネモのところにジェフたちが見送りに来た。

 「特にヒロ君、義務ではなく仕事でもないのに…ここまで来てくれて。君には感謝の念でいっぱいだよ。本当にありがとう。」

 「そんなっ…僕なんて…。」

 ジェフの言葉をヒロは受け取るのを戸惑った。

 それに気付いたジェフはしばし考えた後、ふたたび口を開いた。

 「そしたら、私は君にある言葉を送ろうか。」

 そして、一旦咳払いし、そして言った。

 「『誰かが私に一杯のお茶をくださったなんて、これが生まれてはじめてです。』」

 一瞬、ジェフが何を言いだしたのかと周りの人間たちは当惑するが、ジェフは構わず、言葉の説明を始めた。

 「その人にお茶を淹れたのは、義務感からかもしれないし、もしかしたら別の理由かもしれない。でも淹れてもらった人にとっては、その行為が嬉しいのさ。君はどんな人間であっても、今までなにかしたとしても、どんな理由があっても、君が医薬品などの物資を運んできたこと…そのことに感謝したいからこうやって『ありがとう』と言ったのだよ。」

 そして、ジェフは「あ、そうそう」とふたたび何かを思い出しようであった。

 「そういえば、この言葉…ルキナにも言ったっけ?」

 周りの者たちはギョッとした。そもそも、ジェフも目の前にいる者たちの事情を知っているはずだ。しかし、当の本人はそんなことおかまいなしに、当時の事を懐かんでいるようであった。

 「あれは…たしか彼女が自分のことで『堂々めぐり』になっていた時だったなぁ…この言葉を送ったんだよ。そして、実際にと、保護施設でスープを配ばったりと…。それからだ、あの子が医療ボランティアの手伝いを始めたのは…。もちろんミラもヴェンツェルも同意してくれた。あの子が医者になりたいと気持ちを明かしてくれた時も、それがきっかけと言っていたなぁ…。」

 「そう…だったのですか。」

 医者になりたい。

 いつだったか…話してくれたルキナの夢。

 そのきっかけになった話をここで聞くなんて思ってもいなかった。

 すべてを聞いたわけではない。話の途中で、彼女自身が何か触れたくないものがあったのか、話を区切ったからだ。ただ、話をしているとき、彼女は目を輝かせて話していた。

 彼女は本当に医者になりたいのだと、そのためにどれほど一生懸命打ち込んできたのか、まだ未来像を描けていない自分にとって輝いて見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 「ネモ君。」

 車に先にヒロが乗り、その後をネモが乗ろうとするところをジェフは彼を呼び止めた。

 「彼と話をしてみたまえ。」

 ジェフは笑みを向け言うが、当の本人の反応は鈍かった。

 「おや?気付いてないのかね?あんなにもわかりやすいのに…。」

 「意外と鈍いところがあるからねぇ…。

 「いったい何を?」

 ネモはジェフとユリアナが何を指して言っているのかますます分かっていないようであった。

 「まあ、とにかく話をするのだな。」

 ジェフは少し困った様子をみせたが、それ以上言わなかった。

 「…いったい何を話せばいいのです?」

 ネモは溜息をついた。

 「こんな俺の話なんて…。」

 ジェフが何をいいたいのかわからない。しかし、本名を捨て、こんな生活をしている自分の話なんてそれまでの経緯含め、ヒロにとってプラスになるようなことはない。

 「成功ばかりが人生でないのだよ。」

 すると、ジェフはにこりとしたまま、きっぱりと言い放った。

 「君が今まで見たもの、聞いたもの、経験したもの…善いと思ったことは善いと言い、悪いと思ったことは悪いと言う。それが子どもや若い者への年長者の責任ではないかい?」

 年の功というべきか、このように言うのも年長者としての意見か…。

 「とにもかくにも、彼と話をするのだよ、いいね?もう4度目はないからな。」

 もはやその言葉の一点張りであった。

 ネモは結局分からずしまいのまま、車に乗り込んだ。

 ヒロとネモを乗せた車はふたたびもと来た道へと、走らせていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 デブリベルト。

 数多くの宇宙塵が漂うこのエリアで1機のMSの最終調整のためのテストが行われようとしていた。

 1つ操作を間違えれば激突しかねないほど、多くある岩塊の合間を黒いMSが縦横無尽に抜けていった。

 「いよいよか。」

 そのMSの様子を見ている1隻のシャトルの操縦席に1人の男が入って来た。

アンヴァルの技術大尉であり、この計画に携わったラドリー・タルボットである。

 「ああ。これで一仕事終わるさ。」

 パイロットシートに座っている若い男は嬉しそうに彼に応じた。

 ヘファイストス社の技師の1人で、このテストに立ちあっているのであった。

 「X005の稼働状況はどうですか、ソレル中尉?」

 技師は通信機に向かい、黒いMSを操縦しているパイロット、アレウス・ソレルに尋ねる。

 (問題ない。むしろ、この機体は今まで乗っていた[ロッシェ]と比べ物にならないぐらいだ。)

 アレウスの感想に技師は笑みがこぼれる。

 主設計・開発をしたのは別の人間だが、この機体も、いやそれだけではない、バレットもヘカトスも、そしていまケートゥス号が運んでいる機体も、その開発に心血を注いだチームの一員として最高の言葉であった。

 だが、油断は禁物だ。

 この機体を狙っての襲撃もあるからだ。

 事実、イベリア半島でそういった出来事があった。

 だからこそ、念を押して、デブリの漂う宇宙ごみの調査という名目もつけ、同伴してるラドリーも休暇で、友人である自分を尋ねるためにコペルニクスにやってきて彼の仕事の誘いでここに来た、という体になっている。

 「では、中尉。ダミーを射出します。」

 すると船体から小さな機械がバラバラと飛び出し、各所でMSに模したバルーンを射出した。本当なら仮想敵としてのMSを用意して、本格的な模擬戦をしたかったのだが、そんな戦闘光を見せれば怪しまれる。

 アレウスも文句ひとつ言わず、実際にMSと戦闘するかのような機動で、MSを駆った。

MBE-X005は見事な動きで、デブリの合間をぬい、バルーンに模擬弾を放ち、撃ち落とす。

 「いい動きじゃないか。」

 ラドリーもMSの出来の良さに笑みがこぼれる。

 「あとはX005用の武装も用意しています。この後…。」

 すると、ブリッジ内に警告音が鳴った。

 「見つかったか!?」

 ラドリーはとっさにモニターに目をやる。ボタンを操作する。

 すると船体を大きな灰色のバルーンに包ませ、デブリにカモフラージュした。アレウスもまた近くのデブリに隠れる身を潜める。

 「いったい…なにが?」

 外が見えるカメラをONにすると、あきらさまに軍ではない、改造されたジンが数機うろついていた。

 「…海賊か?」

 ジンたちはあきらめ、宙域から立ち去り始めた。

 うまくやり過ごせたか。

 エンジニアもラドリーもホッとした瞬間、目の前にいたジンたちの上方から弾頭が飛んできて、破壊していく。

 「いったいっ!?」

 ここにもくる衝撃によろけながら、ラドリーはカメラを上へと向ける。

 すると、黒いジンが数機、こちらに迫って来た。

 「まさか…。」

 ラドリーは息をのんだ。

 イベリア半島に現れた部隊…幽霊(レイス)なのか!?

 どこから情報が漏れたのか、それとも偶然か

 「おい…どうする?」

 技師はこういうことに慣れてないためかうろたえた目でラドリーを見る。

 ラドリーはX005の方に目を向ける。

 どうやらアレウスは隠れているようだ。

 なら…

 「このまま去ることを祈ろう。」

 なぜここにやってきたのかわからない。しかし、もしたまたまであれば、こちらが迂闊に動くことはできない

 息を殺し、黒いジンたちが過ぎ去るのをじっと待ち続ける。

 モニターからかの機体たちは何かを探すようにモノアイのカメラを動かしているようであった。

 たのむ…はやく行ってくれ。

 やがて、じろじろとあたりを見渡すのをやめた。

 諦めてくれたか?

 そう安堵したのもつかの間、黒いジンはいきなり突撃機銃を構え、手あたり次第、撃ち始めた。

 「なんて乱暴なっ!?」

 相手はこちらを引きずり出すため、無差別に攻撃を始めたのだ。

 「どうする…ラドリー!?」

 ラドリーは歯ぎしりした。

 デブリが衝撃によって動き始め、こちらに衝突するかもしれない。だが、それは相手も同じことのはずだ。

 「もうダメだ、ラドリー!」

 我慢の限界が来たのはエンジニアだった。

 「落ち着けっ!今、姿を現せば、やられるぞ!」

 ラドリーは技師をなだめようとする。

 「このままじっとしていたら当たっちまうだろ!?こっちにはX005もある!コンテナから武装を射出して中尉に戦ってもらえばいい。」

 すると、バルーンがどこかの破片に当たったのか、引き裂かれ船体が露わになってしまった。

 見つかった!?

 黒いジンがこちらに迫って来る。

 X005が非常事態に気付き、隠れていた岩陰から飛び出し、シャトルへと書ける。

 「くそっ!」

 すでに技師は錯乱状態であった。

 「おいっ!」

ラドリーはノーマルスーツを着ながら叫ぶ。

 「この船にも武装はある。」

 外付で一旦船外に出て、取り付ければ足跡で砲台がある。

 「俺はそっちに行く。いいか、中尉に武装を渡すためにコンテナを開けるんだ。」

 アレウスがこちらを助けるために出ていったが、X005が持っていたのは模擬弾の入った銃だし、備えられている武装で対処できるような状況ではない。

 「それからは全力でこの宙域から離脱することを考えるんだ。」

 とにかく、倒すよりも知られないようにするよりもまず逃げて生き延びることが先決であった。

 「…開かねえ」

 技師は今にも泣きそうな声で言う。

 「コンテナハッチが開かないんだ。さっきの攻撃でやられたかも…。」

 「わかった。船外にある手動装置で俺が開く。いいな?」

 ラドリーは再度彼をなだめ、外へと出た。

 「うまく開いてくれよ~。」

 ラドリーは外のレバーを必死に引く。

 故障しているため、固かったが、全身に力をこめて引いた。

 コンテナハッチが開き、ブリッジで技師が操作したのか、X005の武装コンテナが射出された。

 X005がこちらがコンテナを射出したのを気付いたのか、黒いジンをかわしながら、近づいていく。

 これで…。

 「やったぞっ…。」

 なんとか切り抜けられる。

 安堵し、すぐに技師を安堵させようと通信を入れようとした瞬間、ブリッジに砲弾が着弾した。

 何が起きたのか。

 ラドリーは状況を飲み込む前に衝撃で命綱は切れ、船から飛ばされてしまった。

 船は内部から誘爆するように爆発する。

 中尉はっ!?

 衝撃と奔流に押し流され、上下がグルグルと回っていくなか、ラドリーは必死にX005とアレウスを探す。

 しかし、次第に脳に血が巡ってこなくなり、しだいにぼんやりと視界が霞んできて、そこで意識が飛んだ。

 

 

 

 

 

 「…これが、自分の…知っているかぎりです。」

 コペルニクスにある病室。その療養ベッドで横になっているラドリーは椅子に座っているジョバンニに話した。

 「…そうか。」

 事件が起きて、ラドリーは救助された。

 大きな怪我はなかったが、しばらく宇宙空間を漂流していたために衰弱していた。

 「…大将や会長に…申し訳…ないです。」

 ラドリーはつぶやく。責任を感じているのであろう。

 「セルヴィウスからの伝言だ。『ゆっくり休むのだ』と。彼も来る。」

 ラドリーはうなずき、ふたたび眠りについた。

 ジョバンニは席を立ち、病室をあとにする。

 情報がどこから漏れたか、『シェイド』が誰なのか、いまだわからないが、彼にいま地上の、アンヴァル内で起きたこと(・・・・・・・・・・・・)を言うのは得策ではないだろう。

 カートライトは窓に目を向ける。

 なにやら、まるで世界の情勢が暗雲漂ってくるように自分たちの周りもきな臭くなってきていた。

 

 

 




あとがき


今回の舞台のカオシュン…
SEEDの記念すべき第1話の冒頭にあるのに、なぜかマスドライバー施設の名称は不明のままで、その後もあまり話題にならなかったですよね(汗)
なんか仲間外れにされている感じで可哀想になってきた(笑)


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