機動戦士ガンダムSEED Gladius   作:プワプー

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 1ヶ月に1話をと、思っていましたが、考えてみれば(いや、すぐにわかるだコまないで)それだと1年で12話という計算なのですよね。
 そうすると、完結まであとどれくらいかかるんだ(汗)

 …がんばってペース上げようかな(汗)上げれるかな?上げたいなぁ…(願望)






PHASE-45 Cross Culture

 

 

 ケートゥス号から降りて、街の中へと入っていくと、ヒロはその光景に目を輝かせた。

 艦内にあったこの街のガイドブックであらかじめ調べていたが、改めて実物を見るのはやはり違っていた。

 かつて植民地として支配していたヨーロッパの名残を残す建物と地元の文化が混じりあった街並み。海から見えた金色のドーム屋根のモスク。多くの活気に満ちた地元の人々。

 「…すごい。」

 ヒロはその一言のみを口にし、それ以外何も言わなかった。いや、言えなかった。

 南米の小さな海の町、プラント、ヘリオポリス、バナディーヤ…。

 今まで見た街ともどれも違う。

 それぞれに、そこに暮らしてきた人の歴史や文化があり、それぞれ違う。そして、東は太平洋からアジアへと、西はインド洋で、その先は中東、ヨーロッパへと人々が行き交う交差点であり、それを表しているようにその2つが混じりあった文化を持つこの街。

 それは自分が生まれるずっとずっと前から繋がっている道筋…。

 そのことを考えると、簡単に表現できず、やはり「すごい」という平凡な一言しか出てこないのである。

 ヒロが街を魅了しているのを察してか、ネモは他の人に言った。

 「サミュエルのじいさんのところへは俺とハック、ススムで行く。モリスはヒロともに日用品や食材の買い出しをしてくれ。」

 「りょーかい。」

 モリスはちらりとヒロを見た。

 「安心しろ、ヒロがふら~と迷子にならないようにちゃんと見ておくから…。」

 その言葉に心当たりがあり、思わずヒロはドキリとした。

 そういえば、バナディーヤでも街並みに感動し、そのままカガリたちとはぐれてしまったのだ。

 「えっ、いや…ちゃんと、後についていきます。」

 同じ轍を踏むわけにはいかない。

 「はっ、はっ、はっ!好奇心旺盛っていうのはいいことさ。じゃあ、待ち合わせはいつものバーカフェの前でいいな?」

 「ああ。」

 こうして2組に分かれ、各々のするべきことをするために雑踏の中に入っていった。

 

 

 

 

 

 

 満身創痍の状態で大西洋連邦の防空圏に入ったアークエンジェルは守備隊の護衛を受けながら、アラスカに向かっていた。そこに1機の哨戒ヘリコプターがやって来ていた。

 「はっはっはっー!俺、参上っ!」

 格納庫に着いたヘリコプターから勢いよく降りてきたアバンは片手をグーにし、その腕を上げ、大声を出した。

 「あー…まあ、あいも変わらず元気なことで…。」

 正面にいたためアバンの大声をもろに食らったフォルテは半ばあきれ顔で迎える。

 「これが元気でいられずいれかって!なんたってとうとう俺も自分のMSを持つことができるようになったからなー!」

 ふたたび大声で話すアバンに格納庫の整備士たちは煩わし気であったが、アバンはそんなことちっとも気にも留めてなかった。

 フォルテはわざらしく拍手をし、彼に言った。

 「そうか、そうか…おめでとうな。けどな、アバン…その肝心のMSはいったいどこにあるんだ?」

 「え…えー!?」

 アバンは大慌てで左右を見渡すが、たしかになかった。

 そして、くるりとうしろを向き、後から降りてきたオーティスに言う。

 「なあなぁ、オーティス…。俺のMSがない。」

 「いや…さすがにこのヘリでは運べないだろ?」

 MS輸送を想定されていない時代に造られた哨戒ヘリで来たのだ。オーティスの指摘はもともであった。アバンはガックシとうなだれた。

 「…まあ、きっとウォーデン中佐のことだからきっとアラスカの本部に届けてくれたのではないのか?アークエンジェルだと居場所がなかなか特定できなかったし…。」

 「あー、そうかっ!」

 オーティスが推測を述べるとすぐに彼は立ち直った。

 フォルテはその様子を呆れながら見た後、オーティスに告げた。

 「じゃあ、俺は哨戒ヘリ(そっち)に乗って、次の依頼の場所に行くから…。」

 「うむ。あとはこっちの方でやっておく。」

 フォルテはヘリに乗り込んだ。

 「ところで、フォルテ…。艦長さんたちは?」

 そういえば、周りにフォルテの見送りはいなかった。

 「ああ、俺からいいって言っといてるからいいんだ。」

 「なにか…不思議な感じね。」

 すると背後から声をかけられ、振り向くとマリューがこちらにやって来ていた。

 「艦長…わざわざ傭兵なんか(・・・・・)のために見送りに来なくてよかったのに…。」

 フォルテは苦笑した。

 「その傭兵たちが自分たちの得にもならないのにいてくれたおかげで、アークエンジェルは大西洋連邦防空圏(ここ)まで来れたのよ。」

 「いや…それはあのお人好し(・・・・・・)がほっとかない性分だからですよ。その言葉はソイツがアラスカに着いたときに言ってくださいよ。」

 「あなたもほうっておけない性分(・・・・・・・・・・)でしょ?…本当にここまで艦を守ってくれてありがとう。」

 そして、マリューは深く頭を下げた。

 「あっ、いや…艦長…。」

 フォルテは戸惑い、しどろもどろになっていた。

 「できれば…今度会う時は、()として会いたくはないわね。」

 「いや~それは分からないっスよ。なにせ、金で相手も立場も変える傭兵なのでね。」

 フォルテは自嘲と皮肉が混じった言葉で返すが、マリューは気にする様子も見せなかった。

 そして、フォルテはヘリに乗り込み、艦を後にした。

 自分の次の依頼の場所…プラントに向かうために。

 

 

 

 

 

 

 「すごく賑やかなのですねっ。」

 「おうよっ。なにせ、ここの通りのマーケットは世界的にも有名だからな。」

 食材を買い揃えたヒロとモリスはついでと露店市場に立ち寄った。

 多くの人でごった返し、気を付けなければ人の波にさらわれてしまいそうなほどであるが、ヒロはその合間から見えるアンティーク品、特産物、屋台で売られている食べ物に目を輝かせた。

 「本当は夜が本番なんだ。もっと人が多くいて、活気に満ち溢れている。」

 こんなにも混んでいるのに、さらに人がいたらどうなってしまうか…。

 見てみたい気持ち半面、この通りを歩ききれるか自信がなかった。

 すると、ざわりと、この明るい賑やかな声とは違った人の動揺した声が響いてきた。

 なんだろうとヒロは訝しむとこの通りを抜けた、向こう側の大通りから罵声が聞こえてきた。

 「青き清浄なる世界のためにっ!」

 その言葉にヒロは思わず体を強張らせた。

 大通りでは老若男女がプラカードを掲げ、拡声器を持って叫び、デモ活動をしていた。

 さきほど聞こえてきたスローガンから彼らがブルーコスモスだと安易に推測できた。

 プラカードには遺伝子を模したらせん図がはさみで切られている絵に『NO』の文字を並べたものや地球の絵になにか描かれているものがあった。

 「この清浄なる大地を踏みにじるコーディネイターどもを抹殺するべきだっ!」

 「あってはならないもの(・・・・・・・・・・)を消し去る使命が我々にはあるっ! 」

 聞こえてくるのは、コーディネイターという存在がどれほどの『悪』であり、倒すべき存在か、ということを喧伝したものであるが、それら聞こえてくる言葉1つ1つがまるで鋭利な刃物となり、体に突き刺さるようであった。膝が震える。額に冷たい背が流れるのを感じた。

 今にも崩れそうになりそうな体をモリスが腕を掴み、支える。

 「ここから離れるぞ。」

 小声でヒロに呼びかけ、彼を誘導する。

 ヒロはモリスに支えられ、やっとの思いで、歩き出す。

 「コーディネイターをすべて滅ぼせっ!」

 耳を塞ぎたくなるような言葉。しかし、どんなに耳を塞いでも、奥の方からまるで反響するようにいつまで自分の中で響いてくる。

 ヒロはただ、何も考えず、この場から離れたい一心であった。

 

 

 

 

 

 「…落ち着いたか?」

 大通りから外れた広場でモリスはベンチに腰掛けているヒロに声をかける。

 遠くからパトカーのサイレンが鳴り響いている。

 ヒロは渡したミネラルウォーターのペットボトル一気に飲みほした後、大きく息を吐き、そして呼吸を整えていた。

 迂闊だった。

 モリスは内心舌打ちした。

 中立国だからと安心していたため、よもやヘイトスピーチに出くわすとは思ってもいなかった。

 アレはゲリラ的なものであろう。

 事前の申請があれば、こちらに情報が入って来るし、警官もいるはずだ。

 モリスはヒロを見る。

 さきほどより落ち着いてきてはいるものの、まだ顔は青ざめている。

 当たり前だ。

 傍から聞いている自分が聞いても、気分が悪くなるような罵詈雑言だ。

 青き清浄なる世界と言っているが、あんな言葉を空気に混ぜている方がその清浄なる世界というものを濁らせているのではないかと斜めに思ってしまう。

 あれは一部の人間だ。誰かを攻撃することで、自分たちのアイデンティティに自信をつけたい連中だ。

 人それぞれ考え方の違うヤツがいる。

 どの言葉が思い浮かんでも、差別的言葉をもろに受けた本人にとって、どれも慰めにもならないだろう。

 「…はじめて、かもしれません。」

 ヒロの声は震えていて、小さく耳を立てなければ聞こえないものであった。

 「今まで…そんな、コーディネイターとか、あんまし気にしてこなかったから…。」

 あのデモの言葉を聞いたとき、自分に向かって直接言われていなかったけど、コーディネイター(・・・・・・・・)である以上、やはり自分に言っている言葉だと受け止めた。

 ‐コーディネイターのくせに、なれなれしくしないでっ!‐

 そういえば、フレイがラクスに対して、そんな言葉を言ったことを思い出した。

 あの時の言葉もコーディネイターに対する、嫌悪感が出た言葉であるが、あのデモで聞いた言葉は、嫌悪を通り越したものを感じ、村を襲った者たちの目と同じものであった。

 自分は生きてはいけない、すべてを否定され、まるで自分の足元の地面が崩れ去って、真っ暗の闇の中に落ちて行くような…。

 「ものすごく…嫌ですね。」

 あんなことを言われ、自分の根本が揺らがれてしまい、恐ろしく、追い詰められてしまい、思わず、拳を上げてしまうかもしれない。

 実際に、コーディネイターのなかには、ナチュラルは滅ぶべく人種だと言っている人もいる。

 …でも。

 「モリスさんは…コーディネイターのこと、どう思っているのですか?」

 「なにっ?」

 突然の質問に、モリスは目を丸くし、しばし考える姿勢を見せた。

 「う~ん…俺の周りでも、コーディネイターにいい感情じゃない話は山のようにあふれていたけどな…。」

 そして、モリスはヒロに目を向ける。

 「頭がいいとか運動神経がいいとか、それに対するやっかいや嫌がらせなんてコーディネイターがいる前からある話じゃないか。コーディネイターがいなくなれば万事解決とは、俺は思えねえな。それに、好きとか嫌いっていうのは、実際に会って、その時の印象から出てくるもんだろ?一度も会っていないのに、そいつが嫌いかわかるんだ?」

 「僕…コーディネイターですけど、会ってどうですか?」

 「抜けたところのあるお人好しで 、かな?」

 「…そうですか。」

 ヒロは自然と顔がほころんだ。

 「…ああいう人たち(・・・・・・・)もいる。」

 コーディネイターを嫌悪し、排斥するナチュラルの人たちの姿を目の当たりにし、実際にいることを知った。

 「でも、モリスさんのような人もいる。」

 だからといって、ナチュラル全員がそんな感情を抱いているわけではない。

 「…それで僕は十分です。」

 ヒロは立ちあがった。

 「もう大丈夫です。…行きましょう。」

 モリスもまた顔をほころばせた。

 「…そうか。」

 傷ついたのではないかと心配していた。恨み節の1つや2つ受ける覚悟もあった。しかし、彼はコーディネイターに対する両端の考えを聞き、受け止めて、それで自分の感情や考えと向き合い、結論を出したのだ。

 柳みたい、かもな。

 モリスは心の中で感心した。

 とはいっても、やはり差別的な言葉を受けたのだ。すこし気分転換が必要だろう。

 「じゃあ、うまい飯でも食べに行くかっ。」

 モリスはヒロを誘う。

 腹が減る。美味いものを食べれば元気が出る。

 それはナチュラル、コーディネイターなんて関係ない。

 2人はふたたび市場へと戻った。

 

 

 

 

 

 「じゃあ、積み荷の方は後で配達させる。」

 「…頼む。」

 通りからはずれた道の古びた板の看板が目印となっているのがサミュエルの店であった。主に扱うのは銃などの武器類であるが、ジャンク品や表では手に入れない物品、集荷などを扱っている。

 「しかし…それはちと厄介な話だな。」

 ある意味、彼の店で手に入らないものはないといっても過言ではないが、そんな彼にもその品は難しい問題であった。

 「連合製のMSが裏ルートで出回っているから手に入れてこいなんて、おまえさんとこの注文者はえらく難儀な仕事を依頼してきたな…。」

 「報酬は支払わているんだ。…やるしかないだろ?」

 これにはネモも苦笑いであった。

 「連合のMSっていうなら、おまえさんの艦にぶっ壊れたのがあるだろ?それ…もらっちまえばいいじゃないか?」

 「相変わらず、情報が早いな。だが、それは艦に乗せている()の所有物だ。それを勝手に取るわけにはいかない。」

 「まあ、律儀だな。」

 サミュエルは溜息をしつつ、思案し始めた。

 「だがな…、そもそも連合のMSの量産は始まっていると聞くが、まだ実戦に顔をだしてないからなぁ。出ても、公にはならないような戦闘だ。ジャンク屋でも簡単に手に入れられる代物ではない。この間、オーブ近海でそのMS同士の戦闘があったと聞くが、すぐにオーブの人間たちがやってきてこっちは手も出せなかったしな…。そういえば、盾が今度オークションに出されると聞いたが…それじゃMSとは言えないしな。」

 「…そうか。」

 「まあ、1つ…心当たりがないとはないのだが…。」

 サミュエルが口ごもる。

 「ちょいと曰く付き(・・・・)のMSで、俺は存在を知っているという程度だがな…。」

 「曰く付き?」

 ハックはいったいそのMSになにかあるのか不思議に思った。

 「なんというか、あまり地球軍にとってあまり表で目立ってほしくないMSらしいんだよ…。俺は話すだけだからそれを手に入れようとして、もしく手に入れて追いかけられても責任はとらないぞ。」

 「それでもいい。」

 どのみち注文者であるヘファイストス社も自分たちに依頼したのだから表に出す気はないだろう。

 ネモはうなずき、彼の話を聞き始めた。

 「実は、現在生産ラインになっている連合の量産MSに上位機種があるって話だ。その機体はヘリオポリスで奪われたヤツをコンセプトにしているというが、ちょいと問題なのは、それはとあるコーディネイターたち(・・・・・・・・・・・・・)が操縦するモノなのさ。」

 『コーディネイターが操縦するMS』という言葉を聞いただけでもある程度の察しはつくが、彼の話を聞き続けた。彼のニュアンスが少し違っていたというのもあったからだ。

 「けど、ナチュラルでも操縦ができるMSが登場すると、そのとあるコーディネイターたち(・・・・・・・・・・・・・)は用済みとされて処分(・・)され始めている。」

 「『処分』…。」

 ススムは顔を青ざめ、ゴクリとつばを飲み込んだ。

 想像しただけでも、恐ろしい気がしたきた。

 「俺が言っているんじゃねえ。彼らのお偉い方がそう呼んでいるんだ。」

 サミュエルはススムの反応に付け加えるように言った。

 そして、話を続けた。

 「そして、そいつらの持っている機体も処分された…はずだった。開発の経緯や運用がどうであれ、MSには変わらない。しかも、連合、というよりも大西洋連邦が開発したものだしな…。企業とかはそりゃ喉から手が出るだろうよ、大金をはたいてでも…。」

 アークエンジェルのアルテミスで拿捕されかけたことが例にある通り、連合のMSの技術は大西洋連邦が独占している。ユーラシアの国々はもちろんのこと、企業もその技術欲しさに実物を狙っているほどである。

 「そして、その大金に目を眩むやつ大西洋連邦の軍人がいて、金欲しさに書類には処分を書いて、裏で企業とかにに売りさばく。」

 サミュエルはまるで何かを持っているようなしぐさをして、それを横にずらすという動作をした。

 つまり、『横流し』を意味しているのだ。

 「…で、実はこの赤道連合にそのMSを手に入れたヤツら(・・・)がいるのさ。」

 サミュエルは誰を指しているか口に出して言わなかったが、ネモには察しがついた。

 「なるほど…爺さんの言いたいことはわかった。その手に入れたヤツも誰だかも含めて…な。」

 「遅かれ早かれ、おまえさんたちがMSを探しているっていう話も含めてもうこの界隈じゃあ知れ渡っているさ。俺ができるのはここまでだ。こっちはこっちでお前さんたちから頼まれた仕事をする。…それだけさ。」

 「話が聞けただけでも、それだけの価値はあったさ。では、その件はなんとかこっちの方でやっていこう。」

 そう言い、ネモ達は店を去った。

 

 

 

 

 

 待ち合わせのカフェの入り口にはモリスとヒロが一足早く来ていたようであった。

 「おおっ、どうだった?…例のMSは?」

 それを聞いて一番初めに反応したのはハックであった。彼はうなだれながらぼやいた。

 「よりにもよって、アイツらが持っているとは…ついてねえな。」

 ハックもまたサミュエルが誰の事を言っていたのかわかっていたようだ。モリスもまたそれだけで察しがついた。

 「げえっ!?アイツら…。」

 「そんなに手ごわい相手なのですか?」

 ケートゥス号への帰路の途中、ヒロは尋ねた。

 「手ごわい、というか厄介というか…。」

 「職業柄、多少の縁はあるけどなぁ。」

 「船長~どうします?連中…こっちにそれに釣りあうモノでなければ、取引に応じないッスよ。」

 すると、艦を留めてある波止場に近い人気のない倉庫まで着くと、ネモは足を止めた。

 「…船長?」

 ハックは訝しむと、ヒロはふと周りを見回した。

 「どうしたの?」

 「なにか…あちこちから人の気配(・・・・)が…。」

 「「「へ?」」」

 ヒロの言葉にハックとモリス、ススムはあたりを見渡すが人なんてどこにもいない。ネモは何か構えているようであるが…。

 「誰もいないぞ。」

 ハックがヒロにそう言うタイミングで後ろから声がした。

 「よう、船長さんよぉ。1ヶ月ちょっとでまた会っちまったな。」

 「ぎゃ~、来たー!」

 声がする方を振り返った途端、ハックは声を上げた。

 「いくら感激したからと言って、あんまりはしゃぐなよ。」

 「いや、感激してないって…。」

 男はハックの突っ込みに意に介さず、ネモたちに近づく。

 「随分と早かったな。」

 「まあな、『兵は神速を尊ぶ』ってあるだろ?」

 すると男が手を上げると、周りから武装した男たちが彼らを取り囲むように銃を構えて居た。

 「この人達…?」

 「…ここらへんを拠点としている海賊さ。」

 ヒロのつぶやきにモリスが小声で答える。

 「アークエンジェルがマラッカ海峡を抜けるときにザフトを襲撃したのも連中さ。」

 それが今回は自分たちに銃を向けている。どうやら今目の前にいる男がこの海賊の頭領らしい。

 「そうそう、下手に動かない方がいいぞ。潜水艦を沈められたくなかったらなぁ。…話すか?」

 海賊の頭領は飄々とし、通信機に何か話した後、ネモに渡す。

 通信機をネモが受け取ると、テオドアの声が聞こえてきた。

 (ネモか?なんか…いきなり海賊が踏み込んできて(ふね)を乗っ取られたんだが…。)

 

 

 

 

 

 彼らに伴われ、というか半ば連れられて行く形で潜水艦を留めている波止場に着くと、艦の周りにグーンが数機おり、艦内へとつながる上部ハッチには見張りの武装した海賊がいた。

 「…いったいどういうつもりだ、これは?」

 ただならぬ様子にネモは海賊の頭領に言う。

 「なぁに…、そちらの潜水艦にちょっとおもしろいもの(・・・・・・・)が積まれているっていう話を聞いてね。」

 頭領の言葉にネモは眉をひそめる。

 「本来なら海賊稼業よろしく襲って奪うところだが、よしみとして取引しようって言う話だ。」

 「取引?」

 「そう。お前んとこに壊れちゃいるが、ヘリオポリスで造られたMSがあるだろ?それと、お前たちが欲しがっているMSと交換するのどうか?」

 頭領の言葉を聞いたヒロはすぐにクリーガーのことを言っているだとわかり、話に入ろうとするが、ネモに遮られた。

 「…ネモ船長?」

 ヒロの困惑の表情を背に、ネモは頭領に話しかける。

 「なるほど…。だが、人と話をするのにこれはどうなのだ?」

 「言ったろ?その気なら力づくで奪うって。まあ、ここじゃぁ話をするのも何だから艦内でしようじゃないか。案内してくれや、船長。」

 言葉とは裏腹に、彼らにも銃を向けた海賊が取り囲み、半ば無理やりに促した。

 「話があるのは艦長と副長だけだからな。残りは他のやつらと同様に船員室に…。」

 「待ってくれ。」

 頭領が部下に指示を出すのはネモが割り込む。

 「ここにいる2人は客だ。この艦の船員(クルー)ではない。」

 ネモはヒロとススムを指し、頭領に話す。

 「彼らは客室代わりに使っている士官室に居てもらう。…ハック、お前が連れていってくれ。」

 「了解っ。」

 ハックがネモの指示を受け、ヒロとススムを士官室に連れて行く

 「こらこらっ、船長さんよ、勝手に…。」

 「この艦の主は俺だ。」

 周りの部下たちはハックがヒロたちを連れて行かないように迫るが、その前にモリスに立ち塞がった。

 「俺を他の船員たちのところに行かせるのだろっ!?よろしく頼むわっ!これ、重いからお前たちも手伝えっ!」

 街の市場で買った日用品や食料品を部下たちの目の前でドカドカと置き、行く手を阻んで行った。

 ネモはハックたちが中に入っていくのを確認した後、頭領に向き直った。

 「言っただろ?話をするのは俺とテオドアだ、と。なら、それ以外文句はないだろ?」

 占拠という暴力的手段をとっている海賊にとって、彼らの一連の行動は許しがたいもののはずであるが、それを意に介さず、どこか余裕の笑みであった。

 「まあ、いいぜ。時間はたっぷりとある。ゆっくり話そうや。」

そして、ネモともども艦の中へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 「ああ~、海賊の襲撃を受けるなんて…。基本、この艦はそういう目に遭わないようにしているんじゃなかったのですか!?」

 士官室内でススムは頭を抱えてた。

 「それはコッチも同じ気持ちだっ。ったく…ホント、アイツら、やってくるよ。」

 ハックはブツブツと文句を言いながら、室内でなにか準備始めている。

 「船長達…どうなるんですか?さっきの海賊の話…あれ、クリーガーのことですよね?僕がこんなところにいてもいいのですか?」

 「そうですよっ!警備隊とか呼ばなくていいんですか!?」

 「あの海賊は赤道連合の政府や軍と繋がっている。…そんなもんムリだ。」

 ハックにあっさりと跳ね返されたススムは「なんでっ!?」と信じられない顔をした。

 「あくまで噂程度としか聞いてないから、詳しいことは知るかっ!とにかく、国が守ってくれるなんて都合のいいことはないっていうことだけだ。」

 ハックは奥の棚から荷物を取り出していた。

 「あーっ!アレ(・・)…、どうしようっ!?」

 ススムはなにがなんだかと事態を飲み込めず、呆然としたが、自分が整備担当を任された機体の存在を思い出して、叫んだ。

 「アレ(・・)、今はお前以外起動できないようにロックかけているんだろ?…クリーガーも?」

 「あっ、はい…。」

 「…なら、しばらくは心配ないさ。問題はこっちだ。」

 そして、士官室の床にある大きな扉を開ける。

 扉を開けた瞬間、今まで開かなかったのか、モワッとした湿気と臭気がここまで漂ってきた。その扉を覗くと、中に梯子があり、その先に通路があるようであった。

 ヒロとススムは一体何なのかと呆然としているがハックが促す。

 「ほらっ、気付かれる前にさっさと行く。」

 そう言うとハックは先に降りていく。2人もまた後に続いた。

 「コレは船内で何かあったとき用の緊急通路だ。」

 ハックは進みながら説明する。

 「この先はちょうど格納庫の下に位置していて、そこに2人乗りの潜水艇が置かれている。お前たちはそれに乗り込め。その後注水して、発令所にいる船員にうまくハッチを開かせる。お前たちはそれで脱出するんだ。」

 「ええ~!?」

 いきなりの事でススムは思わず声を上げた。

 「取引なんてアッチは言っているが、潜水艦占拠されている以上、同じ土俵に立てるわけないだろ!?…いいか。」

 ハックは地図を広げる。

 「ここが今、俺たちがいる都市で、ここから海峡を進んでいくと、大都市がある。そこまでたどり着けるだけの航行距離もあるし、食料もある。で、その都市にドゥアンムー商会の支部があるから、そこに行くんだ。これを出せば、通る。」

 そして、ハックは名刺を渡す。

 「商会なら最終的にクリーガーもあの機体も取り戻してくれる。いいな。」

 そして、ふたたびハックは通路を進んだ。

 いきなりのことでなかなか追いつけなかった2人だが、ヒロはハックに詰め寄る。

 「そんなっ!?みんなを置いてなんか…行けません。」

 「お前たちは自分の身だけを考えるんだ。」

 ハックに念を押されるように言われるが、ヒロは納得できなかった。

 すると、とつぜんスピーカーから音声が流れだした。

 (さあっ…これで、船長室(ここ)でする会話が艦全体に聞こえるだろ?)

 「ぎゃっ!?なんで、海賊たちが流すんだよっ!」

 頭目の声にハックは驚きの声を上げる。

 その間にも、頭目とネモの会話が流れてきた。

 (こんなふざけた真似をしてどういうつもりだ?)

 (見てのとおり、船員(クルー)全員にここでする重要な話を聞かせてあげるっていう親心っていうやつさ。)

 ネモの咎めの声に頭領はさらりと流す。

 (なにせ、船員の命がかかっているんだ。誰だって死ぬのは嫌だろ?しかも、知らず知らずになんて…)

 その会話を聞いていたヒロに焦りの表情が浮かんだ。

 こんな風な状況になったのは、クリーガーがケートゥス号にあったからだ。それなのに、他の人を置いて自分だけ逃げるようなことはできなかった。

 「ハックさん…やっぱり僕、戻ります。」

 「おいおいっ、なんのためにお前たちを逃がすと思っているんだっ!?」

 ヒロが戻ろうとするのを、ハックは手を掴んで止める。

 「だって、僕たちが逃げたとわかったら、どうなるか…ハックさんだって…。」

 「そりゃぁ、俺も怖いさっ。」

 ヒロの反論はハックの言葉に遮られた。

 「見ろよっ。お前たちを逃がすってかっこいいこと言っていながら、ビビってるんだぜ!ヒザが笑ってるんだぜっ。」

 下を見ると、ハックの膝ががくがくと震え、今にも崩れ落ちそうであった。

 「そりゃあさぁ、カッコ悪いがな…。カッコ悪いならいっそのこと相手の要求を呑んだ方がラクかもな…。でも、それじゃあ俺たちが仕事として今までやってきた…積み重ねてきたものがすべてパアっになっちまうんだ。そのうえ、お前たちみたいなガキンちょを守れないなんてカッコ悪いこの上ないだろ?」

 普段のハックからは考えられない…どんどんと声が小さくなっていき、今にも消えそうになっていた。

 「なあ…頼む。言うこと、聞いてくれ。」

 自分を止めるために掴んでいる手もまた震えていて、ハックの抱いている恐怖が伝わって来る。

 この人も怖いのだ…。

 当たり前だ。死ぬかもしれないのに、それを怖がらない人間なんていない。

 でも…それでも、背一杯奮い立たせて、自分たちを逃がそうとしてくれている。

 この人達のその思いを無駄にできない。でも、だからこそ、この人達を助けたい。ヒロの中で、思いがせめぎ合う。

 どうすればいいのだろうか?

 どうすれば…全員が助かる方法があるだろうか?

 クリーガーを海賊に渡すか?

 船長達は渡すつもりがないが、クリーガーのパイロットは自分だ。渡すといえば通るかもしれない。

 しかし、後々もらう予定だったのだからといっても、それはアラスカに着いた後(・・・・・・・・・)での話だ。クリーガーの中にある戦闘データを渡すことも依頼にある。その仕事も放棄するわけにはいかない。

 それに、渡してこちらが確実に助かる見込みがあるわけではない。

 ‐ここら辺を拠点としている海賊さ。マラッカを抜けるときにザフトを襲撃した連中さ‐

 ふとヒロに説明した海賊の事についての話がよぎった。

 ‐あの海賊は赤道連合の政府や軍と繋がっている。‐

 ‐噂程度で、詳しいことは知らないがな。‐

 そういえば…。

 ‐これ…赤道連合の海軍の波形パターンさ。‐

 そうか…。

 アレがどこかで見たことあると思っていたが、それがどこかようやく思い出した。

 霧の中から晴れ渡る空の下へと抜けるようにヒロの頭の中で1つ1つ、点になっていた物事が繋がっていった。

 あとは打開策だ。

 どうすればいい?

 ヒロはハックの方に顔を向けた。

 「…なんだ?」

 ハックはいきなり顔を向けられ、たじろいだ。

 「ハックさん、少し…話、聞いてもいいですか?」

 「なにを?」

 「ススムも。」

 「ボクも?」

 ハックとススムはヒロが何を考えているのかわからず互いに顔を見合した。

 

 

 

 

 

 「船長さんよぉ、よく考えましょうや。」

 ケートゥス号の船長室ではネモとテオドアが頭領と向かい合いに座り、その周りに海賊たちが銃を持って囲んでいた。

 「依頼された積み荷をしっかりと運ぶ。それが俺たちの仕事だ。一部とはいえ、他人に売り渡すのは信用(・・)に関わる。」

 ネモは頭領の要求に折れなかった。

 「信用(・・)なんて宙に浮いたもので腹は満たねぇぞ?」

 「その宙に浮いたものでも商売は成り立っているんだ。それを失くしても、食ってはいけないさ。」

 「そうか…。確かに商売をやっていけないだろうなぁ。」

 しかし、頭領は溜息をつき、呆れた声を出す。

 「なら、あの機体の価値を考えよう。確かにあの機体も依頼された人間の持ち物だから運ぶ。だが、受け渡す相手…その上の人間は果たして、機体を持ってきて欲しいと思っているか?なにせ、相手はコーディネイターと戦っている地球軍。そして、あの機体に乗ったのはコーディネイター。…一目瞭然だろ?なら、こんなところで筋を通すよりも自分たちの益になることを考えないといけねぇぜ~。」

 「そのことに関しては俺たちに関わりの話だ。」

 ネモは一歩も引かなかった。

 「それで、MSを手に入れなくなってもか?」

 「たしかに俺たちは上からの依頼で連合のMSを探してはいるが、あくまでMS自体(・・・・)であってお前たちの持っている(・・・・・・・・・・)とは言っていない。ここで手に入らなかったら、別のところを探す。」

 売り言葉に買い言葉とわかっていてもネモは言うしかなかった。

 今、ハックが逃がしているであろう彼らが安全圏に行くまではここで時間を稼がなくてはいけない。

 …そう、海賊たちが本格的に行動するまえに。

 それが、現状、自分たちにできることであった。

 しかし、それも奇妙であった。

 ここまで言われれば、大抵は人質を使って、こちらに要求を呑ませようとするが、その気配がまったくない。

 むしろ、目の前にいる頭領はニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。

 まるで彼も何かを待っているかのような…。

 いったい何を待っている?

 この奇妙な腹の探り合いに終止符を打ったのは、部屋の外から聞こえてきた海賊の怒鳴り声だ。

 「おいっ!おとなしくしていろと言っているだろっ!」

 「ちょっと話があって来たのです。…通りますね。」

 その声を聞いたテオドアとネモは一瞬、驚きの表情が変わった。

 なぜっ!?

 そのまま扉は開き、1人の少年が入って来た。

 「失礼します。海賊の頭領さんにお話があってきました。」

 周りの部下たちはヒロの行動に腹を立てているが、意に介さず、ヒロは頭領のところまでやって来た。ドアの近くではススムとハックがハラハラと見守っていた。

 テオドアはハックに彼らを逃がさなかったことへの非難の視線を送った。

 ハックはたじろぎ、少し後ずさった。

 もちろん彼も、2人を逃がしたかったのだが、こちらだっていろいろとあったのだ。そこも少し斟酌してほしかった。

 「…下がるんだ。」

 ネモは静かに、だがどこか怒気を込め、ヒロに言う。

 「艦に乗る前に言ったはずだぞ。これは俺とコイツとの話、だと。」

 今ならまだ間にあう。はやく逃げるんだ。

 口に出せないが、ヒロに対する言葉にネモのそんな気持ちが入っていた。

 「いいじゃねえか。」

 すると、頭領が遮った。そして、立ち上がり、ヒロのところまで行く。

 「俺と話がしたい…だろ?坊主。ただし、それなりの名がなきゃ俺は聞かないぞ?」

 「名乗る者でもないと思いますけど、僕はヒロ・グライナーです。白い狼(ヴァイスウルフ)の一員で、頭領さんが欲しがっているクリーガーの暫定的なパイロットです。」

 「ほぉ…そうか。俺たちはおめえが乗っているそのクリーガーっていうMSに用事があったんだよ。」

 そして、頭目はにやりとする。

 「なら、おまえと話をする。…それでいいな。」

 「ええ。」

 「こらっ、待て!俺たちと話をしているんだったろ!」

 テオドアが割って入ろうとするが、周りにいた部下に抑えられる。

 「ほらっ、だってアンタら頭固いし…こっちの方がいいだろ?」

 そうか…。

 ここでネモは頭領の真意に気付いた。が、もう手遅れであった。頭領は完全にヒロのみを相手にする気になっている。

 「…で、どうよ。船長との会話聞いていただろ?お前のあの壊れたMSと俺たちが持っているMS、そしてこの艦を解放すること…悪い条件じゃないだろ?」

 頭目は営業マンがするがごとく笑みを向ける。

 「…そうですね。」

 ヒロは頭領の提示に考えているようだった。

 「早く決めた方がいいぞ。」

 すると、突然、頭領の声音が変わった。

 「でなきゃ、この潜水艦は一方的な銃撃多重奏を奏でることになるぞ。」

 頭領の、低く冷たい声音を合図に一斉に、海賊たちがネモをはじめ、銃を向けた。ススムは悲鳴を上げ、テオドアとハックもこの事態に驚いているようであった。一方、ネモは平静を保ちつつ、頭領に話を持ちかける。

 「たしかにMSは彼のものだ。この艦の船長は俺だ。一旦、2人で話をさせて…。」

 「もうこのガキが出てきた時点で交渉相手は変わっているんだよ、幽霊(ゴースト)。少し、黙ってろや。」

 しかし、ネモの提案を頭領は遮る。そして、ふたたびヒロの方へ向く。

 「…で、どうだ?」

 それはさきほどと違い、高圧的なものであった。

 ヒロは彼らが銃をネモ達に向けたことに体をビクリとさせた。

 まずい…。

 ネモは内心、焦燥感に駆られた。

 おそらく、この状況は船員室にいる他の者たちにも起きているのであろう。

 一言、ヒロが海賊の要求を拒めば、引き金を引きかねない。

 もはや、彼が言える言葉は1つしかない。

 きっと彼の事だ。クリーガーを明け渡すというであろう。

 そう思いつつ、ネモはヒロを見る。

 すると、彼は一旦大きく息を吸い、吐いたあと、顔を上げ、頭領に向いた。

 この状況でも落ち着いている?

 彼の目は、まっすぐのまま、頭領から視線を逸らすことはなかった。

 そして、口を開く。

 「…頭領さんの言い分はわかりました。ところで、そのクリーガーのことで1点、話す隊ことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

 静かに物おじせず、相手を刺激することのない落ち着いた声音であった。

 声が通るのだな…。

 部屋が狭いということもあるが、第三者からもよく聞き取れることができる。初めて見る彼の一面かもしれない。

 ネモはこのような状況でもそう捉えることのできる自分を自嘲した。本当は内心いっぱいいっぱいで船長という立場でなかったら逃げ出したいぐらいなのに…。

 すると、今度は頭領が彼の提案に応えた。

 「…まあ、俺たちの手に渡るもんだ。聞いといて損はないだろう。…坊主、言ってみな?」

 ひとまず話を聞く姿勢を持ったことにテオドアやハックは安堵の息をもらしていた。

 「まず、クリーガーも含めてこれらのMSはOSを最適化することによって戦闘に対応しているのです。」

 ヒロは落ち着いた声で話を始めた。

 「そのOSの最適化の際、参考データとしてストライクの水中戦闘データを使わせてもらったのです。クリーガーは今までの航海で1回もなかったのですが、万が一も考えて…。」

 すると手持ちのコンピュータを取り出した。

 「そのデータの中にはこのマラッカ海峡でザフトを迎撃した時のもあるのですが、その時のがこれ(・・)です。」

 ヒロは頭領に見せる。

 「ちょうど、前方にいたザフト軍が海賊の襲撃を受ける直前あたりですね。その際に、ストライクはどこからかの通信の波形を拾ったのですよ。そのことをそのパイロットに聞いても知らないと言っていたので、特に気にしなかったのですが…。」

 そして、頭領にコンピュータを見せながら、次の操作をする。

 「こちらはケートゥス号がこの港町に来る前に赤道連合の海軍とやりとりした際の通信波形です。」

 ヒロはさらに続けた。

 「この波形とマラッカ海峡の波形が…ほらっ、同じなのですよ。」

 コンピュータを操作し、2つの波形を重ねると見事に合致した。

 「坊主…何が言いたいんだ?」

 するとそれまで黙って聞いていた頭領が口を開いた。

 「つまり、赤道連合(・・・・)の合図で、俺たちが襲撃したみたいなぁ言い方じゃないか?すべて状況証拠じゃないか?」

 頭領の言い分はもっともであった。しかし、ヒロは窮することなく、返した。

 「もちろん、もしも(・・・)の話です…。しかし、このデータを地球軍が見ればどう思うか?ここを通る地球軍関連に卸している船もやられていると聞いています。しかも相手は国家です。個人がする以上に調べることもできます。」

 「そうか…。だがなぁ、坊主…一歩惜しかったなぁ。」

 頭領はニヤリと勝ち誇った笑みを向けながら、ヒロに銃口を向ける。

 「そんなデータ…ここで俺たちが力づくで奪い取って消せばいいだけの話じゃないか。ロックの解除はその道のプロにやらせりゃなんとかなる。しかも、そのストライクっていうMSもつい先日撃墜されたのだろ?そのデータを知る方法はなくなるって言うわけさ。…残念だったな。」

 引き金に指をかけ、今まさに撃つ所までいっていた。

 「僕になにかあったときは、そのバックアップをアラスカで渡しておくようにっ。」

 思いがけない言葉に頭領の動くはぴたりと止まった。

 「…クリーガーとストライクの中にあるデータですべてとは言っていませんよ。その今までの戦闘データを、後学のためにバックアップを別の所にとっておいたのです。もちろん艦長の許可を得て。機密にかかわる以外は。そのバックアップに関して、信頼しているのに保管し、万が一の時には、とさっきのことを伝えているのです。」

 ヒロの口元がほころぶ。

 「今は、僕の無事が知らされていると思うので、開くことはないでしょう。…もちろん、僕が無事だとわかる限り。」

 ヒロはさらに続ける。

 「もちろん、その部分のデータは僕個人が勝手にしたことなので、それを削除して地球軍に渡しても僕の仕事に影響はないです。」

 それを最後に部屋はしんと静まり返った。

 銃をネモ達につきつけている海賊の部下たちは困惑しながら自分の頭領に目を向ける。ネモ達もまた彼がいったい何を言うのか、待っていた。

 しかし、頭領は何も言わず、不気味な沈黙が流れた。

 やがて、口を開く。

 「な~るほど…なるほど…。」

 その言葉を発した後、ふたたび黙るが、ふたたびしゃべり始めた。

 「ったく、お人好し(・・・・)と聞いて、ここに引きずり出すとこまではよかったが…。」

 頭領は苦笑し、ヒロに向けていた銃を下ろした。

 「おまえ…いい悪党(・・)になれるぞ。」

 そして、ネモの方に向き直り、そちらに歩み寄る。

 「赤道連合と俺たちが繋がっているというのは、かなり痛い(・・・・・)。かなり…な。」

 頭領は部下たちをちらりと見て、合図をする。すると、部下たちもまた銃を下ろす。

 「『データを消すこと』と『MSを渡すおよび潜水艦の解放』、それでつり合いがとれる。…どうだ?」

 ネモは静かに口を開く。

 「…こっちはそれで問題ない。」

 「そうか。じゃあ、これで交渉成立だな。」

 その言葉を合図にテオドアとハックは気づまりを吐き出すように大きく息を吐いた。

 「この艦にもう用はない。さっさと引き上げるぞ。」

 すると部下は出て行き、他の海賊たちに頭領の指示を連絡しに行った。

 「倉庫まで案内するから艦の外で待っている。責任者と交渉したやつは絶対についてこい。いいな。」

 そう言い、頭領は他の海賊たちを引きあげさせ、自分も船長室から出て行った。

 海賊のいなくなった船長室で、静寂になった空気を最初に破ったのはネモであった。

 「なぜ、戻って来たっ!?」

 その声に怒気が含み、ネモはヒロを見据える。

 「自ら鉄火場に足を踏み入れるバカがどこにいる!?」

 ヒロはたじろぐが、「それでも…」と反論した。

 「僕の事で巻き込まれたんですよ。それをほうっておいてはいけません。」

 「これは君だけの問題ではないっ!」

 ネモは一喝する。

 「巻き込まれた、だと?俺たちは端からそう思ってはいない。MSはお前のモノでもあるが、俺たちの仕事の荷でもあるんだっ。」

 両者に険呑な空気が流れ始める。

 そこへテオドアが割って入る。

 「海賊が艦の外で待っているのだろ?連中の気が変わらないうちに行った方がいい。」

 テオドアがネモの肩をおき、告げる。

 ネモはしばらく黙った後、入口へと身を翻す。

 「…行くぞ。ススムとハックも来い。」

 「俺もっスか?」

 MSに関する知識があるススムもついていくのは当然だが、なぜ自分もいくのかハックは戸惑った。

 「…おまえにも責任はあるだろ?」

 反論は許さないとばかりの低い声にハックは何も言えなかった。

 ネモが先に部屋を出て、ススムとハックがその後をついていった。

 船長室にはヒロとテオドアだけが残された。

 「僕のしたこと…間違っていたんでしょうか。」

 ヒロはつぶやく。テオドアは息を吐き、ポンと肩に手を置いた。

 「…本当に危ない橋だったんだ。」

 テオドアは続ける。

 「あの海賊たちはなにか目的あって行動しているんだが、その行為に予測がつかないんだ。下手をしたら、死人が出たかもしれないんだ。…さっきのように。」

 「でも…。」

 そこで、ヒロは口ごもる。

 「切り抜けられたことは感謝しているさ。…もちろん、船長も。けどな…これが今回うまくはまったからよかったけど、次は違うかもしれない。さっきも言ったように予測のできない連中だからな?」

 たしかに、全員に銃を向けたときは本当にこのままうまくいけるかわからず怖かった。もしかしたら、本当に誰か撃たれたかもしれない。

 テオドアが深く息をつく。

 「まあ…アイツは『船長』という『責任』を負っているんだ。背負うのを止めた身ながらな…。」

 「え?」

 テオドアのぼそりと言った言葉を聞きとれなかったヒロはもう1度聞こうとしたが、「1人ごとだ、気にするな」と返されてしまった。そして、ヒロの背中をポンポンと叩く。

 「ほらっ、君も行くのだろ?艦の外にトレーラーを待たせちゃ悪い。行った、行った!」

 彼に促されたヒロは船長室を後にし、急いでケートゥス号を降り、そこで待っていたトレーラーに乗った。そして、海賊たちとともにMSの受け取り場所へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 海賊たちに案内されたのは、街から少し離れたところにある漁村であった。そこへ入っていき、しばらく車を走らすと、村の奥の海岸沿いに廃墟となった小さな倉庫がポツンと佇んでいた。

 先導していた海賊の車がそこで止まり、中から頭領が降りてきて、こちらに促す。

 ネモ達も車から降り、彼らに案内され倉庫に入っていく。

 すると、倉庫の中の自分たちの視界一杯にして、グレーとオレンジ色のMSが横たわっていた。

 「GAT-01D ロングダガ―って言うやつさ。」

 頭領が説明する。

 「すごい…。」

 ススムは驚いた表情で前に進み、じっくりと精査するようにMSを見上げ、左右に歩いた。

 「こんなにも形を残した廃棄MSなんて見たことないよっ。」

 ススムは目を丸くし、驚きを口にした。

 ところどころ砲撃を受けた後や、機銃のかすり傷は目にするが、機体はほとんど原型のままといっていいものであった。

 「そりゃ、かたち残っている方が価値は上がるだろ?」

 「…これを受け取るのはありがたいが、お前たちは他のところで取引するから手に入れたのだろ。」

 「ああ~それね…。」

 ネモの問いに、頭領はそのMSの奥を案内する。

 「安心しろ、もう1機ある。」

 ロングダガーの隣に、もう1機…同じくロングダガーは横たわっていた。

 「あいもかわらず、抜け目ないな…。」

 ネモは苦笑した。

 「よかった…。ちょっと心配だったんですよね。僕たちが割って入って、海賊さんも取引相手の人も困るんじゃないかと…。」

 「この海賊のこともそうだが、おまえのそのお人好しもそこまで行くとすがすがしいよ。」

 ハックはヒロの心配にあきれながら返した。

 「そうそう。それにな…坊主。」

 頭目はハックの言葉に頷きながら、ヒロの近くまでやってきた。

 「俺たちは海賊。気分次第で船を襲い、金品や物資を奪い取るし、場合によっちゃあ人を殺す。そんなのは無用な心配さ。それにな…今回はコレで済んだが、次また坊主を襲うかもしれねぇ。それなのに親しみ込めて海賊さん(・・・・)なんて呼ばれちゃこっちの威厳がないのさ。」

 ヒロを脅すように言う頭目であったが、突然倉庫の入り口から中に響き渡るぐらい大声で海賊を呼ぶ声がした。

 「ちょいと、あんたたちっ!今朝獲った魚、ここに置いておくからしっかり食べるんだよっ!」

 見たところ、この漁村に住む老婆であった。

 「あんたら、ちょうと目を離すと、食べるもん偏るんだから…いいねっ!」

 彼女は海賊に物怖じせず大声を上げた。一方の海賊は怒るどころかタジタジであった。

 「わかったわかったっ、ばあさんっ!しっかり食べるって他の連中にも伝えておくよ!」

 態度が180度一変した様子に他は目を丸くした。

 そして、ネモとハックは思わず吹き出し笑った。

 「あっ、こらっ!だから…!」

 頭目は慌てふためく。

 「ええいっ!こうなったら約束破棄して、今からお前たちの船を襲うぞ!」

 と宣言したもの、ふたたび外からの呼びかけに遮られる。

 「おーい!手ぇ空いてるかー!」

 今度は引き締まった肉つきで肌は日に焼けている地元の漁師らしい初老の男性であった。

 「これから船の修理、ちょいとするからなー!手伝ってくれー!」 

 「わかったわかったっ!人手集めるから待っていてくれー!」

 もはやこれでは海賊の威厳もへったくれもない。

 「たー!だから、あんまし連れて来たくなかったんだよ…。」

 頭目はがっくしとうなだれた。

 「なに、誰かに言うつもりもないし、笑いの種にするつもりはないさ。」

 ネモは笑いながら言う。

 「ただ、ちょっと意外だったな、と思ったぐらいさ。」

 頭目は頭をかきあげた。

 「なに、この村の人達にでっかい恩があるだけさ…。」

 「恩…?」

 「まあ…いろいろと、な。頭が上がらないんだ。」

 ヒロの疑問に頭目が答える。が、しゃべりすぎたと思ったのか、途端に背を向く。

 「とにかく、ここの用事はもう終わったんだ。さっさと積んで持っていけ。」

 頭目に半ば追い出されるような形で急かさ、MSをトレーラーに積み込んだ。

 「ああ…言い忘れていた。」

 これからトレーラーを発進させようとした時、頭目はネモが乗っている助手席まで近づく。

 「この村のこと…絶対に外に言うなよ。…ここにいろいろと面倒事を持ちこみたくない。」

 それに対し、ネモは頷いた。

 「もちろん、こちらもそのつもりだ。見たところ…こんないい村はなかなかない。」

 「おまえさんならそう言うと思って、案内したんだ。」

 頭目に笑みがこぼれた。

 「さあさあっ、俺の気が変わらないうちにさっさと帰れや。」

 すると、急に背を向け、手を払った。

 「…そうさせてもらう。」

 ネモも運転席のハックを促し、トレーラーを発進させた。

 後部席にいたヒロは振り向いた。

 見送る気はないということか、頭目は背を向けたままであるが、本当にその気であれば、とうにその場からいないはずだ。これが彼なりの見送りであり、照れ隠しであろう。

 ハックのように、彼らの事を聞けば、艦を占拠された1件のように、あまりよく思わないだろうが、それでも憎めないのは、そういう一面を見たからだろうか。

 「おうっ、もう帰りか?」

 トレーラーが村から街に出る幹線道路に入ったあたりで、そこで、網の修復作業をしている男の人に声をかけられた。

 「アイツらに会いに行ったんじゃなかったのか?」

 海賊たちが外から人を連れてくるのは珍しいことなのか、小さな村ゆえすぐに話は広まるようだ。

 「いえ…。いろいろあって来ただけで、会いに来たというわけではないです。」

 トレーラーは一旦停止し、ネモは身を乗り出し、男性にこたえる。

 「はるばるプラントから会いに来たのかと思ったよ。」

 「プラント?」

 ヒロは驚き、呟いた。

 

 

 

 

 

 

 「ったく、調子狂っちまったぜ。」

 一方、ネモ達が去った後、海賊の頭領は入り口に置かれた魚介類を持って、自分たちの住居へと入っていった。

 「ホントにあのガキ…お人好しな顔をしていて、全然傭兵に見えないし、あんなに口達者とは思ってもいなかったぜ。ありゃぁ、半分詐欺だって…。」

 部下の1人が小言を口にしているのを頭目は聞き耳を立てながら、まったくその通りだと苦笑した。

 クリーガーのパイロットはお人好し、と聞いていたので、自分の事で他人に迷惑がかかると思えば出てくるだろうし、脅せば折れると思っていた。

 そのために潜水艦を占拠するという行動に出たが、結果は散々であった。

 いったいどういう経緯で傭兵になったのか。

 そこまで考えつつ、それは人のことを言えないと、自嘲した。

 自分たちがこんなところで海賊をやるなんて、ザフトに志願して入隊した時はこれっぽっちも思ってもいなかった。

 そう、あの時(・・・)まで…。

 ビクトリアの降下作戦に失敗し、唯一の退却手段である宇宙(そら)へ上がるシャトルにも乗れず、目の前には地球軍という状況の中、自分たちに残されたのは、全滅という道か、大洋州連合への命がけの逃亡であった。

 だが、大洋州連合までの道のりは過酷なもであり、1人また1人と多くの仲間が道の途中で斃れていった。さらに間の悪いことに、Nジャマーが地上に投下されたことによって、それまで使えていた電子機器や製品が使用不能になり、絶望的な状況へとなった。

 もうこれまでと思ったとき、助けてくれたのが、偶然漂着したこの漁村であった。彼らの介抱のおかげで体力も取り戻し、体調も回復したが、ここに着くまで持っていた思い…『プラントに帰る』という気にはなれなかった。

 『自分たちの住む場所、プラントに核ミサイルを撃ったナチュラルは敵だ』と指導者の言われるまま戦い、むしろそれが正しいことと思っていたが、飢えと極度の疲労の前にして、そして自分たちを助けてくれるナチュラルを前にして、そんな人から与えられた信念はもろく崩れ去った。むしろ、自分たちをこんな状況に置いといて、助けも来ず、Nジャマーを投下して、自分たちを殺そうとしたのはどっちか。

 「不信」…その一言であった。

 なにをするわけでもなく、たまに村人の手伝いをしながら過ごしていたが、転機になったのは村人の1人で、自分たちと積極的に交流をもった老人がポツリとこぼした言葉であった。

 海運業の仕事に従事している息子が今度、仕事で東アジアに行くが、無事に帰って来れるかという心配事であった。ザフトの通商破壊の対象となっていたのであろう。

 自分たちはいつかこの国の政府に捕まって理事国に引き渡されるか、プラントからも逃亡罪で殺されるかもしれない。先は短い。おそらく、とくに何もする気がなかったのは、そういう思いがあったのだろう。しかし、その時、どうせ短いのであれば、自分たちを助けてくれたこの人たちのために使おうと決意した。

 そしてわずかに動くジンで、ザフトに銃を向け、村人の息子が乗っている船を守った。

 もちろんすぐさま赤道連合の海軍がやってきたが、覚悟はできていた。

 ところが、彼らから罪人として裁かない代わりとして赤道連合の暗黙の了解で地球軍・ザフト問わず海賊行為をすることを提示された。中立国で、赤道連合になんの利益もない戦争によって、通商破壊や、カーペンタリア基地への攻撃準備のために住民を挑発するのはたまったものではないらしい。しかし、オーブと違い、軍事力も工業力もないこの国が表立って歯向かうことはできない。

 ゆえに、自分たちはちょうどよかったのであろう。

 自分たちも行く当てもなく、世話になった漁村のために働けるならと了承し、今に至っている。

 ホント、人生なんて何が起こるかわかったものではない。

 

 

 

 

 

 「そりゃあ、初めは驚いたさ。こんなど田舎にいきなりあんな巨大なモンが数機うじゃうじゃと海面から上がって、陸に降りてきたときはさ…。」

 男性は、いまは懐かしい話とばかりに海賊たちが村に流れ着いたときの事を話していた。

 「しっかし…いくら中立の国だからといって、よくザフトの人間を受け入れたっスねぇ。」

 運転席のハックはなかば呆れたような口調で言う。対して、男性は笑いながら話す。

 「地球とプラントが戦争しているからといって、誰もが銃をとっているわけじゃないさ。おまえさんたちだってそうだろ?」

 「はぁ…まあ…。」

 そう言われ、ハックは言い返せなかった。

 「魚を獲って、それを街で売って…いっぱい獲れて多く売れたら、喜び酒を飲み…あんまし獲れず売れなかったら、残念と酒を飲み…。」

 男性は続ける。

 「困っているやつがいるならその手助けをする。それがこの村人でも、流れ者でも、ナチュラルでもコーディネイターでも…。それが、ここに住んで父親たちの世代、祖父の世代、その前から続いている生活を俺たちはしたいからしているのさ。」

 そう笑いながら言った男性に見送られながら、ふたたび発進させたトレーラーはどんどんと村から離れていく。

 男性の話したことにヒロはあることを思い出した。

 それはかつてセシルが言った言葉…毎日を過ごすこと。

 いまではああいう風に笑って話してくれていたが、戦争になっていろいろと被ることもあっただろうし、自分が想像もできないぐらいの苦労や大変さもあっただろう。

 それでも、口にした言葉。

 では、自分はどうなのだろうか。

 これまでのことを改めて考えさせられたのであった。

 

 

 

 

 トレーラーが波止場に着くころ、ケートゥス号の近くに別のトラックが停められていた。どうやら、自分たちが出ている間にサミュエルの店の品が運ばれてきたようであった。

 ネモの代理をしていたテオドアとサミュエルが迎える。

 「どうやら…うまくいったようだな。」

 「…おかげさまで。」

 サミュエルがトレーラーから降りてきたネモに告げる。

 「しかし、じいさんも人が悪い。わざと遠くから見ていたなんて…。」

 テオドアは溜息をつく。

 MSの話で、海賊たちのところにあると話したのはサミュエルだ。ならば、艦を占拠されることなどそれ以後の出来事はすでにサミュエルは周知であったのだ。

 「まあ、おまえさんたちには少々驚かせてしまったが、あれ以上わしが動けば、わしの信用(・・)が失われてしまう。」

 「わざわざ俺たちに海賊が来ると暗に伝えてくれたんだ。爺さんの言うように信用を失うだろ?」

 「まあ、そりゃ…。」

 すると、サミュエルは積み荷の運搬作業の手伝いをしているヒロに視線を移した。

 「まあ、それでもおまえさんたちに手を貸したのは、白い狼のやんちゃ坊主に少々、縁があってな…まあ、昔話さ。」

 サミュエルはその当時の事を懐かしく思った。

 よく白い狼(ユル・アティラス)がオーブでの仕事の度に来ていたことを。あの国で買うのはある人(・・・)に悪いから、と。

 しかし、彼ももう十数年、会ってすらいないし、姿すら見ていない。

 もう本当に昔の話のことだ。

 現在の彼の異名からとった白い狼(ヴァイスウルフ)にもそこまで縁もないはずだ。

 なのに、ふと懐かしくなり、ついつい手を貸してしまった。

 サミュエルはふたたびヒロの方に目を向けた。

 こうやって見ると、あの子が()とどことなく似ている気がした気がしてしまう。…不思議なものだ。あの子とユル・アティラスは性格も雰囲気もまったく違うのに…。

 

 

 

 

 

 

 サミュエルから届けられた荷物の搬入を無事に終え、この街でのするべきことを終えたケートゥス号は早々と港を後にした。

 上甲板部でヒロはどんどんと離れていく港街を見つめながら、この街での出来事を思い出していた。

 活気賑わい生活する人々、あってはならない存在だと否定し排除の声を上げる人々、辛い経験をして裏稼業でもその場所で生きる人々、困っている人間をどんな人でも受け入れずと続く日常を送る人々…。

 誰も彼もが違う考え方を持っていて、正解は1つではない考え方。

 東西交易の中継貿易地として栄えた港町…それぞれ違った文化、違った風土を持っていた人々が行き交ったからだろうか。アークエンジェルにいて、この海峡を通った時には知ることのできなかったことだ。

 そして、今度は海を見つめる。

 海峡を航行しているため、左右両岸に陸地が見えるが、それを抜ければどこまで広く、水平線のさらに向こうまで続く広大な水の連なり。

 その彼方にはいったいどんな世界があるのだろうか。

 この港町と同じようなところか。それとも、タッシルやバナディーヤみたいなところか。

 ヒロはしばらく海に見入られながら、まだ見ない世界に物思いにふけった。

 

 

 

 

 

 

 

 





あとがき


 前回のあとがきで書きそびれたけど、11月に「ASTRAY」の新刊が出ましたね。
 この後したい話があるので、一言述べて終了します…『ミナ様の寝室、本邦初公開!?』
 すみません…思わずそこに目がいってしまい…。




 今回のタイトル…どうしようかと悩んだ結果、上記のようになりました。
 「Cross Culture」とは「異文化」とか「相互文化」という意味です。
 今話のメインの舞台が東西交通の要衝となり、さまざまな文化が混じりあった都市。海賊、運び屋、裏商人、地元の住人、それぞれの考え方および戦争との向き合い方…それはヒロが外の世界に出て、傭兵という仕事そしてアークエンジェルの中とは違うものを経験します。
 異文化という意味で使いたいのであれば「Different Culture」というのが、適訳でしょうが、「Different」つまり「違い」だと、例えば2本の線がそのまま互いにもう1つの線があると知らないまま伸びていくようなイメージに対し、「Cross」つまり「交わり」や「交差」だと、ぶつかりもあるかもしれないけど、それによって自分が通っている線以外もあるのだと認識できるというイメージが自分の中にあり、そちらを使わせていただきました。




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